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特許7295044走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤
<図1>
  • 特許-走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤 図1
  • 特許-走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤 図2
  • 特許-走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-12
(45)【発行日】2023-06-20
(54)【発明の名称】走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
   C10M 161/00 20060101AFI20230613BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20230613BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20230613BHJP
   B60R 16/06 20060101ALI20230613BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10M 147/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10M 101/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10M 107/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20230613BHJP
【FI】
C10M161/00
C10M169/04
F16C33/66 Z
B60R16/06 Z
C10M125/02
C10M147/02
C10M101/02
C10M107/02
C10N50:10
C10N40:02
C10N30:00 D
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020004896
(22)【出願日】2020-01-16
(65)【公開番号】P2020117696
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2022-01-17
(31)【優先権主張番号】P 2019008170
(32)【優先日】2019-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000162423
【氏名又は名称】協同油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】須藤 淳一
(72)【発明者】
【氏名】新井 博之
(72)【発明者】
【氏名】兼原 洋治
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩史
(72)【発明者】
【氏名】谷村 公
(72)【発明者】
【氏名】小森谷 智延
【審査官】澤村 茂実
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-169862(JP,A)
【文献】国際公開第2010/010789(WO,A1)
【文献】特開2003-269469(JP,A)
【文献】特開2016-049880(JP,A)
【文献】特開2016-141167(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
F16C 33/66
B60B 35/18
B60R 16/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油、炭化水素系合成油、フェニルエーテル系合成油、エステル系合成油、ポリグリコール系合成油及びシリコーン油からなる群より選択される1種以上の基油と、増ちょう剤と、カーボンブラック及びポリテトラフルオロエチレンを含む添加剤とを含有し、且つグリース組成物の形態である、自動車の操縦安定性を向上させるための潤滑剤。
【請求項2】
前記基油が、鉱油のみからなる、請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
前記基油が、40℃において40~200 mm 2 /sの範囲の動粘度を有するパラフィン系鉱油である、請求項1又は2に記載の潤滑剤。
【請求項4】
前記炭化水素系合成油が、1-デセンを出発原料とするポリα-オレフィン油又はα-オレフィンとエチレンとのコオリゴマー油である、請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項5】
前記カーボンブラックの一次粒径が、1~100 nmの範囲であり、且つ前記ポリテトラフルオロエチレンの粒度分布における平均粒径が、0.5~50 μmの範囲である、請求項1~4のいずれか一項に記載の潤滑剤。
【請求項6】
前記添加剤が、
二硫化モリブデン、グラファイト、及びメラミンシアヌレートからなる群より選択される1種以上の固体添加剤;
硫化オレフィン、硫化エステル、及び硫化油脂からなる群より選択される1種以上の極圧剤;
リン酸エステル、酸性リン酸エステル、酸性リン酸エステルアミン塩、亜鉛ジチオフォスフェート及び亜鉛ジチオカーバメートからなる群より選択される1種以上の耐摩耗剤;
アミン類、エステル類及び動植物系油脂からなる群より選択される1種以上の油性剤;
フェノール系酸化防止剤及びアミン系酸化防止剤からなる群より選択される1種以上の酸化防止剤;
脂肪酸アミン塩類、ナフテン酸亜鉛類及び金属スルフォネート類からなる群より選択される1種以上の錆止め剤;並びに
ベンゾトリアゾール類及びチアジアゾール類からなる群より選択される1種以上の金属不活性化剤;
からなる群より選択される1種以上の他の添加剤をさらに含有する、請求項1~5のいずれか一項に記載の潤滑剤。
【請求項7】
空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材と、請求項1~6のいずれか一項に記載の潤滑剤とを含む、自動車の操縦安定性を向上させるためのキット。
【請求項8】
自動車の摺動部に、請求項1~6のいずれか一項に記載の潤滑剤を適用する工程
を含む、自動車の操縦安定性を向上させる方法。
【請求項9】
自動車の車体に、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材を配置する工程をさらに含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記摺動部が、車軸転がり軸受である、請求項8又は9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行することにより車体が帯電する車両用潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等において、操縦安定性は、乗り心地と並んで最も重要な性能の一つである。一般に、自動車等における操縦安定性と乗り心地とは、両立させることが難しい性能であることが知られている。例えば、特許文献1は、操縦安定性と乗り心地との両立を実現することを目的とした、電流制御式の減衰力可変ダンパの制御装置を記載する。
【0003】
特許文献2は、十分な排水性や操縦安定性を確保することを目的とした、トレッド幅方向における中央部からトレッドショルダーまで延び、タイヤ周方向に対して傾斜する傾斜溝が路面と接地する陸部に形成されたタイヤを記載する。
【0004】
特許文献3は、走行風がタイヤに巻き込まれることを確実に抑制することにより、操縦安定性及び燃費の改善を図ることを目的とした、自動車の走行風ガイド構造を記載する。
【0005】
自動車等においては、動力伝達部、操舵機構部及び衝撃吸収部等の様々な摺動部に潤滑剤が用いられる。これらの用途に用いられる潤滑剤は、通常は、添加剤を含有する。
【0006】
例えば、特許文献4は、自動車の電装部品、エンジン補機であるオルタネータや中間プーリ、カーエアコン用電磁クラッチ、水ポンプ、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ、コンプレッサ等の高温、高速、高荷重条件下で使用され、更に水が混入しやすい部位に好適な転がり軸受に封入されるグリース組成物として、カーボンブラックのような導電性物質を0.1~10重量%の割合で含有するグリース組成物を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2009-40171号公報
【文献】特開2013-35344号公報
【文献】特開2015-209121号公報
【文献】特開2002-195277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記のように、自動車等の操縦安定性を向上させることを目的とした様々な技術が知られている。しかしながら、これらの従来技術には、いくつかの課題が存在した。例えば、特許文献1に記載のように、自動車等における操縦安定性と乗り心地とは相反する性能であり、通常は、両立させることは困難である。一般に、操縦安定性を向上させるためには、ダンパを固めに設定することが有利である。しかしながら、このような設定は、乗り心地を低下させる可能性がある。
【0009】
操縦安定性には、タイヤも影響を与えうる(特許文献2)。一般に、操縦安定性を向上させるためには、タイヤのトレッド面におけるブロック面積を拡大させることが有利である。しかしながら、タイヤのトレッド面におけるブロック面積を拡大させると、ウェット路面における排水性が低下する可能性があり、結果としてウェット路面における操縦安定性も低下し得る。
【0010】
特許文献3に記載の自動車の走行風ガイド構造のような空力特性を改善する部材は、部材の設置による重量の増加、路面への干渉、及び意匠性の低下等の好ましくない影響を生じる可能性がある。
【0011】
特許文献4に記載のグリース組成物は、自動車の電装部品等に適用される。特許文献4は、当該文献に記載のグリース組成物と自動車等の操縦安定性との間の関係について、何ら記載していない。
【0012】
それ故、本発明は、走行することにより車体が帯電する自動車等の操縦安定性を向上させることができる潤滑剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、自動車等の車軸を支持する摺動部である転がり軸受に用いられるグリース組成物の形態である潤滑剤に、導電性物質であるカーボンブラックを含む添加剤を含有させることにより、該潤滑剤を摺動部に適用した自動車等の操縦安定性が顕著に向上することを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の態様及び実施形態を包含する。
(1) 基油と、カーボンブラックを含む添加剤とを含有する、自動車の操縦安定性を向上させるための潤滑剤。
(2) 前記添加剤が、ポリテトラフルオロエチレンをさらに含む、前記実施形態(1)に記載の潤滑剤。
(3) 増ちょう剤をさらに含有し、且つグリース組成物の形態である、前記実施形態(1)又(2)に記載の潤滑剤。
(4) 空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材と、前記実施形態(1)~(3)のいずれかに記載の潤滑剤とを含む、自動車の操縦安定性を向上させるためのキット。
(5) 自動車の摺動部に、前記実施形態(1)~(3)のいずれかに記載の潤滑剤を適用する工程
を含む、自動車の操縦安定性を向上させる方法。
(6) 自動車の車体に、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材を配置する工程をさらに含む、前記実施形態(5)に記載の方法。
(7) 前記摺動部が、車軸転がり軸受である、前記実施形態(5)又は(6)に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、走行することにより車体が帯電する自動車等の操縦安定性を向上させることができる潤滑剤を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、操縦安定性の測定試験におけるレーンチェンジ時のステアリング操舵角を経時的に示すグラフである。
図2図2は、実施例1及び比較例1の試験車両において、60°/秒のステアリング操舵角における車両ヨー角加速度の値を示すグラフである。
図3図3は、実施例2及び比較例1の試験車両において、走行中のフェンダーライナーの電位の経時変化を示すグラフである。(a)は比較例1の試験車両の測定結果を、(b)は実施例2の試験車両の測定結果を、それぞれ示す。(a)及び(b)において、横軸は経過時間(秒)であり、縦軸は電位(kV)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0018】
<1. 潤滑剤>
本発明者らは、自動車等の車軸を支持する摺動部である転がり軸受に用いられるグリース組成物の形態である潤滑剤に、導電性物質であるカーボンブラックを含む添加剤を含有させることにより、自動車等の操縦安定性が顕著に向上することを見出した。それ故、本発明の一態様は、基油と、カーボンブラックを含む添加剤とを含有する、自動車の操縦安定性を向上させるための潤滑剤に関する。
【0019】
本発明の各態様において、前記のような作用効果を奏する理由は、以下のように説明することができる。なお、本発明の各態様は、以下の作用及び原理に限定されるものではない。自動車等の車体は、走行によって生じるタイヤと路面との摩擦及び外乱等に起因して、通常は、正に帯電している。他方、空気は、通常は正に帯電している。このため、自動車等が走行する際、車体の表面において、空気との間に静電的な反発力が生じ、車体の表面付近の空気流に対し、自動車等から遠ざかる方向に斥力が生じる。また、自動車等のタイヤも、通常は、路面との接触に起因して、正に帯電している。特に、近年、省エネルギータイヤへの要請の高まりにより、タイヤに使用されるシリカの含有量が増加している。このような高シリカ含有量のタイヤは、正に帯電する傾向が高い。前記のような帯電の結果、自動車等は、所望の空力性能及び/又は走行性能を得ることができず、結果として操縦安定性が低下し得る。ここで、自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に本態様の潤滑剤を適用する場合、該潤滑剤に含有される導電性物質であるカーボンブラックにより、摺動部を介して車体の表面及び/又はタイヤに帯電した正の電荷が除去され得る。それ故、本態様の潤滑剤により、自動車等の車体の表面及び/又はタイヤの帯電の除去を介して、該自動車等の操縦安定性を向上させることができる。
【0020】
本発明の各態様において、自動車等の車体の表面及び/又はタイヤの帯電の除去効果は、限定するものではないが、例えば、本発明の一態様の潤滑剤又はキットを摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用した自動車等の試験車両を準備し、非接触表面電位測定器(例えば0.1~5 kVの範囲の正極及び負極の表面電位を測定可能)を用いて、走行中の該試験車両の表面及び/又はタイヤの電位の経時変化を測定し、対照の試験車両の測定結果と比較することにより、定量的に測定することができる。
【0021】
本発明の各態様において、自動車等の操縦安定性は、「走る、曲がる、止まる」等の自動車等の基本的な運動性能の中で、主として操舵に関する運動性能の安定性を意味する。自動車等の操縦安定性は、例えば、自動車等の運転者が能動的にステアリング操舵をする際の該自動車等の車両の追従性及び応答性、並びに、自動車等の運転者が能動的にステアリング操舵をしない際の該自動車等のコース保持性、及び路面形状又は横風等の外的要因に対する収束性等に基づき定義することができる。本発明の各態様において、自動車等の操縦安定性は、限定するものではないが、例えば、本発明の一態様の潤滑剤又はキットを摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用した自動車等の試験車両を準備し、該試験車両の操縦に対する該試験車両の応答性を評価することにより、定量的に測定することができる。前記方法の場合、例えば、試験車両の操縦を、ステアリング操舵角によって、試験車両の挙動の応答性を、車両ヨー角加速度によって、それぞれ測定することができる。ステアリング操舵角は、例えば、車両搭載の舵角センサー又はコントローラー・エリア・ネットワーク(CAN)データロガー等によって測定することができる。また、車両ヨー角加速度は、例えば、ジャイロセンサー等によって測定することができる。
【0022】
本発明の各態様において、自動車等は、4輪、2輪又はその他の数のゴム製車輪(タイヤ)を有する車両であって、エンジン又はモーター等の原動機を備える車両を意味する。以下、本明細書において、前記定義に包含される自動車等を、単に「自動車」と記載する場合がある。
【0023】
本発明の各態様において、車軸転がり軸受は、自動車等において、車軸を支持する転がり軸受であって、当該技術分野において、車輪支持用転がり軸受装置、車軸軸受、ハブユニット、ハブベアリング、ホイールハブベアリング又はホイールベアリング等と呼称される部材を意味する。車軸転がり軸受は、通常は、自動車等の車輪を取り付けるためのハブ輪を、複列の転がり軸受を介して回転自在に支持する構造を有する。本発明の一態様の潤滑剤が適用される自動車等の車軸転がり軸受は、例えば、複列アンギュラ玉軸受又は複列円錐ころ軸受のような当該技術分野において通常使用される各種の軸受であればよい。また、本態様の潤滑剤は、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材を備えた自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用することもできる。本実施形態において、放電部材は、限定するものではないが、例えば、アルミニウム製部材(例えば、アルミニウム箔、又はアルミニウムテープ若しくは導電フィルムテープ等の粘着テープ)、又は導電性コーティングであることが好ましい。空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材を備えた自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に本態様の潤滑剤を適用することにより、摺動部に加えて、放電部材を介して車両の表面及び/又はタイヤに帯電した正の電荷を除去することができる。
【0024】
本態様の潤滑剤において、基油は、当該技術分野で通常使用される鉱油及び合成油のような各種の基油から適宜選択することができる。本態様の潤滑剤に含有される鉱油は、パラフィン系鉱油及びナフテン系鉱油のいずれであってもよく、パラフィン系鉱油であることが好ましい。前記鉱油は、例えば、減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、及び水素化精製等から選択される1種以上の任意の精製手段を適宜組み合わせて製造されたものであることが好ましい。本態様の潤滑剤に含有される合成油は、例えば、1-デセンを出発原料とするポリα-オレフィン油及びα-オレフィンとエチレンとのコオリゴマー油のような炭化水素系合成油、フェニルエーテル系合成油、エステル系合成油、ポリグリコール系合成油、並びにシリコーン油等の公知の合成油のいずれであってもよく、炭素及び水素原子のみからなる炭化水素系合成油であることが好ましい。
【0025】
前記基油は、前記で例示した鉱油及び合成油のいずれかから構成されていてもよく、複数の鉱油及び/又は合成油の混合物として構成されていてもよい。前記基油は、鉱油のみからなることが好ましい。前記基油が鉱油のみからなる場合、コストを軽減することができる。前記特徴を有する基油を含有することにより、本態様の潤滑剤は、摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用する場合に所望の流動性を発現することができる。
【0026】
本態様の潤滑剤において、基油は、40℃において40~200 mm2/sの範囲の動粘度を有することが好ましく、60~100 mm2/sの範囲の動粘度を有することがより好ましい。基油の動粘度が前記下限値未満である場合、本態様の潤滑剤を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受において十分な油膜を形成することができず、車軸転がり軸受の転動面に損傷が発生する可能性がある。また、基油の動粘度が前記上限値を超える場合、本態様の潤滑剤の粘性抵抗が増加して、本態様の潤滑剤を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受においてトルクの増大及び発熱を生じる可能性がある。それ故、前記範囲の動粘度を有する基油を含有する場合、本態様の潤滑剤は、該組成物を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受において十分な油膜を形成して、所望の流動性を発現することができる。
【0027】
本発明の各態様において、基油等の動粘度は、限定するものではないが、例えば、ガラス細管粘度計を用いて、JIS K2283に基づき測定することができる。
【0028】
本態様の潤滑剤において、添加剤のカーボンブラックは、導電性材料として通常使用される各種の形態を有するものから適宜選択することができる。カーボンブラックの一次粒径は、1~100 nmの範囲であることが好ましく、5~50 nmの範囲であることがより好ましい。カーボンブラックの含有量は、潤滑剤の総質量に対して、0.1~15質量%の範囲であることが好ましく、0.5~10質量%の範囲であることがより好ましく、2~8質量%の範囲であることがさらに好ましい。カーボンブラックの含有量が前記下限値未満の場合、本態様の潤滑剤の導電性が不十分となり、該潤滑剤を適用する自動車等の車体の表面及び/又はタイヤの帯電の除去が不十分となる可能性がある。また、カーボンブラックの含有量が前記上限値を超える場合、本態様の潤滑剤の流動性が低下し、本態様の潤滑剤を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受において、該潤滑剤が十分に行き渡らない可能性がある。それ故、前記特徴を有するカーボンブラックを含有することにより、本態様の潤滑剤は、自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用する場合、該自動車等の操縦安定性を向上させることができる。
【0029】
本態様の潤滑剤において、添加剤は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をさらに含むことが好ましい。PTFEは、負に帯電しやすい物質であることが知られている。それ故、本実施形態において、本態様の潤滑剤の添加剤がPTFEを含むことにより、該潤滑剤を適用する自動車等の車体の表面及び/又はタイヤにおける正の電荷を中和して、該自動車等の車体の表面及び/又はタイヤの帯電を除去することができる。
【0030】
本実施形態において、PTFEの粒径は、特に限定されない。PTFEの粒度分布における平均粒径は、0.5~50 μmの範囲であることが好ましく、1~15 μmの範囲であることがより好ましい。PTFEの含有量は、潤滑剤の総質量に対して、0.1~15質量%の範囲であることが好ましく、0.5~10質量%の範囲であることがより好ましく、1~8質量%の範囲であることがさらに好ましい。PTFEの含有量が前記下限値未満の場合、本実施形態の潤滑剤を適用する自動車等の車両の表面及び/又はタイヤの帯電の除去が不十分となる可能性がある。また、PTFEの含有量が前記上限値を超える場合、本態様の潤滑剤の流動性が低下し、本態様の潤滑剤を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受において、該潤滑剤が十分に行き渡らない可能性がある。それ故、前記特徴を有するPTFEを含有することにより、本態様の潤滑剤は、自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に適用する場合、該自動車等の操縦安定性をさらに向上させることができる。
【0031】
本態様の潤滑剤は、所望により、当該技術分野で通常使用される1種以上のさらなる添加物を含有することができる。さらなる添加物としては、限定するものではないが、例えば、カーボンブラック及びPTFE以外の固体添加物(例えば、二硫化モリブデン、グラファイト又はメラミンシアヌレート(MCA)等)、極圧剤(例えば、硫化オレフィン、硫化エステル又は硫化油脂等)、耐摩耗剤(例えば、リン酸エステル、酸性リン酸エステル、酸性リン酸エステルアミン塩、亜鉛ジチオフォスフェート又は亜鉛ジチオカーバメート等)、油性剤(例えば、アルコール類、アミン類、エステル類又は動植物系油脂等)、酸化防止剤(例えば、フェノール系酸化防止剤又はアミン系酸化防止剤)、錆止め剤(例えば、脂肪酸アミン塩類、ナフテン酸亜鉛類又は金属スルフォネート類等)、及び金属不活性化剤(例えば、ベンゾトリアゾール類又はチアジアゾール類等)を挙げることができる。本態様の潤滑剤がさらなる添加物を含有する場合、該さらなる添加物は、前記で例示した添加物のいずれかから構成されていてもよく、複数の添加物の混合物として構成されていてもよい。
【0032】
本態様の潤滑剤は、増ちょう剤をさらに含有することが好ましい。本実施形態の場合、本態様の潤滑剤は、半固体状又は固体状のグリース組成物の形態とすることができる。本実施形態のグリース組成物において、増ちょう剤は、当該技術分野で通常使用される石鹸系材料及び非石鹸系材料のような各種の材料から適宜選択することができる。石鹸系材料としては、例えば、リチウム石鹸等を挙げることができる。また、非石鹸系材料としては、例えば、ジウレア化合物又はフッ素粉末のような有機系材料に加えて、シリカ粉末、チタニア、アルミナ又は炭素繊維のような無機系材料を挙げることができる。本発明の各態様において、ジウレア化合物は、通常は、式(I):
【化1】
で表される化合物である。式(I)中、R1及びR2は、互いに独立して、置換若しくは非置換のC6~C20アルキル又は置換若しくは非置換のC6~C18アリールであることが好ましく、置換若しくは非置換のC6~C18アリールであることがより好ましく、置換若しくは非置換のフェニルであることがさらに好ましく、R1及びR2がいずれも4-メチルフェニルであることが特に好ましい。本発明の各態様において、R1及びR2が、互いに独立して、置換若しくは非置換のC6~C18アリールである、前記式(I)で表されるジウレア化合物を、「芳香族ジウレア化合物」と記載する場合がある。本実施形態のグリース組成物に含有される増ちょう剤は、ジウレア化合物若しくはリチウム石鹸、又はそれらの混合物であることが好ましく、ジウレア化合物であることがより好ましく、芳香族ジウレア化合物であることがさらに好ましい。前記特徴を有する増ちょう剤を含有することにより、本実施形態のグリース組成物は、高い流入性を発現することができる。
【0033】
前記増ちょう剤は、本実施形態のグリース組成物の混和ちょう度が220~385の範囲となる量で該グリース組成物に含有されることが好ましい。前記混和ちょう度は、265~340の範囲であることがより好ましい。前記要件を満たす増ちょう剤の含有量は、グリース組成物の総質量に対して通常は2~30質量%の範囲であり、典型的には3~25質量%の範囲であり、特に4~20質量%の範囲である。増ちょう剤の含有量が前記上限値を超える場合、本実施形態のグリース組成物を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受において、該グリース組成物が十分に行き渡らない可能性がある。また、増ちょう剤の含有量が前記下限値未満の場合、本実施形態のグリース組成物が過度に軟化し、摺動部、例えば車軸転がり軸受から漏洩する可能性がある。それ故、前記範囲の混和ちょう度を有する増ちょう剤を含有する場合、本実施形態のグリース組成物は、該組成物を適用する摺動部、例えば車軸転がり軸受から漏洩することなく、所望の流動性を発現することができる。
【0034】
なお、グリース組成物の混和ちょう度は、例えば、JIS K2220 7に基づき測定することができる。
【0035】
<2. 潤滑剤の製造方法>
本発明の別の一態様は、本発明の一態様の潤滑剤の製造方法に関する。本態様の方法は、特に限定されず種々の方法を適用することができる。例えば、本態様の方法は、基油と、カーボンブラックを含む添加剤とを混合する工程(以下、「混合工程」とも記載する)を含む。
【0036】
本態様の方法において、本発明の一実施形態のグリース組成物を製造する場合、混合工程は、基油と、カーボンブラックを含む添加剤と、増ちょう剤とを混合することによって実施されることが好ましい。
【0037】
本態様の方法において、混合工程は、ロールミル、フライマミル、シャーロットミル又はホモゲナイザ等の当該技術分野において通常使用される混練手段を用いて実施することができる。混合工程において、各種成分を混合する順序は特に限定されない。例えば、基油に、カーボンブラックを含む添加剤及び場合により増ちょう剤を同時に添加して混合してもよく、或いは別々に(例えば、連続的に又は所定の間隔を空けて)添加して混合してもよい。
【0038】
<3. キット>
本発明の別の一態様は、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材と、本発明の一態様の潤滑剤とを含む、自動車の操縦安定性を向上させるためのキットに関する。
【0039】
本態様のキットにおいて、放電部材は、本発明の一態様の潤滑剤に関して前記で例示した放電部材を適用することができる。前記放電部材は、通常は、本態様のキットが適用される自動車等において、車体に配置する(例えば、バンパー、ホイールハウス又はアンダーカバー等に貼付する)ことができる。本態様のキットを自動車等に適用することにより、該自動車等の摺動部、例えば車軸転がり軸受に加えて、放電部材を介して車体の表面及び/又はタイヤに帯電した正の電荷を除去して、該自動車等の操縦安定性を向上させることができる。
【0040】
<4. 自動車の操縦安定性を向上させる方法>
本発明の別の一態様は、自動車の操縦安定性を向上させる方法に関する。本態様の方法は、自動車の摺動部に、本発明の一態様の潤滑剤を適用する工程(以下、「潤滑剤適用工程」とも記載する)を含む。本態様の方法は、場合により、自動車の車体に、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材を配置する工程(以下、「放電部材配置工程」とも記載する)をさらに含むことができる。
【0041】
本態様の方法において、潤滑剤適用工程を実施することにより、摺動部、例えば車軸転がり軸受を介して車体の表面及び/又はタイヤに帯電した正の電荷を除去して、自動車の操縦安定性をさらに向上させることができる。
【0042】
放電部材配置工程において、空気イオン化自己放電する突起を有する放電部材は、本発明の一態様のキットに関して前記で例示した放電部材を適用することができる。
【実施例
【0043】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0044】
<I:潤滑剤の調製>
基油(パラフィン系鉱油、動粘度:75 mm2/s(40℃))に、増ちょう剤(芳香族ジウレア化合物、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート及びp-トルイジンの反応生成物)、カーボンブラック(一次粒径:10~20 nm)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、粒度分布における平均粒径:5 μm)、及びその他の添加剤(酸化防止剤、錆止め剤及び耐摩耗剤)を加えて、3本のロールミルで混練して、実施例1及び比較例1のグリース組成物の形態である潤滑剤を調製した。芳香族ジウレア化合物の構造を下記に示す。実施例1及び比較例1の潤滑剤における各成分の含有量を表1に示す。表中、各成分の含有量は、潤滑剤の総質量に対する質量%として示す。
【化2】
【0045】
【表1】
【0046】
<II:潤滑剤の性能評価>
[混和ちょう度の測定試験]
実施例1及び比較例1のグリース組成物の形態である潤滑剤の混和ちょう度を、JIS K2220 7に基づき測定した。その結果、実施例1及び比較例1の潤滑剤の混和ちょう度は、いずれも300であった。
【0047】
[操縦安定性の測定試験]
実施例1及び比較例1のグリース組成物の形態である潤滑剤を、車軸転がり軸受(JTEKT社製、複列アンギュラ玉軸受を有するハブユニット)に封入した。この車軸転がり軸受を、試験車両の前後及び左右の4輪に組み付けした。試験車両の仕様を表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
実施例1及び比較例1の試験車両を、70 km/hの速度で走行させた。走行中、図1に示すレーンチェンジ時の操舵方法に基づき、レーンチェンジを繰り返した。図1に示す操舵方法では、0°→-30°→0°のステアリング操舵角の変化を、1秒間で実施する(以下、このステアリング操舵角の変化を「60°/秒のステアリング操舵角」とも記載する)。前記走行試験において、実施例1及び比較例1の試験車両のステアリング操舵角及び車両ヨー角加速度を測定した。ステアリング操舵角は、車両搭載の舵角センサー及びCANデータロガーによって測定した。また、車両ヨー角加速度は、ジャイロセンサー(CROSSBOW製NAV440CA-200)によって測定した。
【0050】
試験車両の操縦安定性を定量的に測定するために、試験車両の操縦に対する該試験車両の応答性を評価した。本試験では、試験車両の操縦を、ステアリング操舵角によって、試験車両の挙動の応答性を、車両ヨー角加速度によって、それぞれ測定した。実施例1及び比較例1の試験車両において、60°/秒のステアリング操舵角における車両ヨー角加速度の値を図2に示す。
【0051】
図2に示すように、実施例1の試験車両の車両ヨー角加速度の値は、比較例1の試験車両の値と比較して、顕著に高い値であった。この結果から、実施例1の潤滑剤の使用により、試験車両のステアリング操舵に対する該試験車両の応答性が向上し、結果的に該試験車両の操縦安定性が向上したことが明らかとなった。
【0052】
[車体の帯電除去効果の測定試験]
実施例1の潤滑剤において、増ちょう剤の含有量を3質量%、カーボンブラックの含有量を5質量%、PTFEの含有量を10質量%、その他の添加剤の含有量を1.8質量%、基油の含有量を残部に変更した他は前記と同様の条件で、実施例2の潤滑剤を調製した。実施例2の潤滑剤を用いて、前記と同様の条件で試験車両を準備した。
【0053】
実施例2及び比較例1の試験車両を、発進から約100 km/hの速度で走行させた。走行中、非接触表面電位測定器(0.1~5 kVの範囲の正極及び負極の表面電位を測定可能)を用いて、左後輪の後部におけるタイヤトレッド面の電位及びフェンダーライナー(タイヤトレッド面に対向する部品)の電位を測定した。フェンダーライナー電位の経時変化を図3に示す。図中、(a)は比較例1の試験車両の測定結果を、(b)は実施例2の試験車両の測定結果を、それぞれ示す。(a)及び(b)において、横軸は経過時間(秒)であり、縦軸は電位(kV)である。
【0054】
図3に示すように、比較例1の試験車両の場合、+0.34~-0.24 kVの範囲で電位が変動した。これに対し、実施例2の試験車両の場合、+0.09~-0.12 kVの範囲で電位が変動した。前記結果から、実施例2の潤滑剤を用いることにより、車体の正電位及び/又はタイヤの帯電が除去されて、車両走行時の車体の帯電電位変動が約1/3に低減されることが明らかとなった。
図1
図2
図3