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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】プラズマ窒化方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/36 20060101AFI20230614BHJP
   H05H 1/46 20060101ALI20230614BHJP
【FI】
C23C8/36
H05H1/46 M
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019025309
(22)【出願日】2019-02-15
(65)【公開番号】P2020132922
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】593149993
【氏名又は名称】中日本炉工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510223874
【氏名又は名称】公益財団法人名古屋産業振興公社
(74)【代理人】
【識別番号】100165663
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 光宏
(72)【発明者】
【氏名】水流 一平
(72)【発明者】
【氏名】大久保 大地
(72)【発明者】
【氏名】松尾 英明
(72)【発明者】
【氏名】後藤 峰男
(72)【発明者】
【氏名】市村 進
(72)【発明者】
【氏名】高島 成剛
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-052313(JP,A)
【文献】特開2016-156080(JP,A)
【文献】特開2004-190055(JP,A)
【文献】国際公開第2012/153767(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/104085(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/183379(WO,A1)
【文献】特開2002-194527(JP,A)
【文献】特開平07-118826(JP,A)
【文献】「アクティブスクリーンプラズマ窒化装置と処理特性」,工業加熱,日本工業炉協会,2007年,第44巻、第2号,p.41-45
【文献】"Influence of pulsed power supply parameters on active screen plasma nitriding",Surface & Coatings Technology,2016年,Vol.300,p.67-77
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/24-8/26
C23C 8/36-8/38
H05H 1/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマを利用しての被処理材の表面に窒化層を形成するプラズマ窒化方法であって、
(a) 密閉された処理容器内に前記被処理材を載置する工程と、
(b) 前記処理容器内に窒素またはアンモニアと水素からなるプロセスガスまたは窒素またはアンモニア、水素、およびアルゴンからなるプロセスガスを供給しながら、正極および負極間に通電させて前記プロセスガスのプラズマを発生させ、該プラズマによって前記被処理材の窒化プロセスを行う工程とを備え、
前項工程(b)、前記プラズマを発生させるための通電と併せて、前記正極と前記被処理材との間にバイアス電流を通電させることにより、前記被処理材の表面の0.5kgf荷重におけるビッカース硬度が1100~1200、かつ触針式粗さ計で計測した前記被処理材の表面の各点の高さで表される表面粗さが0.007~0.033マイクロメートルとなる状態を実現する工程であり、
前記工程(b)の通電の条件は、前記バイアス電流の制御によって実現され、
前記プロセスガスが、窒素またはアンモニアと水素からなる場合は、前記バイアス電流<0.3Aであり、
前記プロセスガス、窒素またはアンモニア、水素、およびアルゴンからなる場合は、前記バイアス電流<0.4Aである
プラズマ窒化方法。
【請求項2】
請求項記載のプラズマ窒化方法であって、
前記バイアス電流は、パルス電流であるプラズマ窒化方法。
【請求項3】
請求項1または2記載のプラズマ窒化方法であって、
前記工程(b)は、
前記処理容器内に設置された正極と、該正極内に設置された導電性のスクリーンとの間の通電によって前記プラズマを発生させるプラズマ窒化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマを利用して金属の被処理材の表面に窒化層を形成するプラズマ窒化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼などの金属の表面を硬化させる処理方法の一つとして、表面近傍に窒素を浸透させて窒化層を形成する窒化プロセスが挙げられる。また窒化プロセスの方法の一つとして、窒素またはアンモニアのプラズマを利用して窒素を浸透させるプラズマ窒化プロセスが知られている。
従来、プラズマ窒化プロセスとしては、処理容器内の正極と、被処理材との間で電圧を印加してプラズマを発生させる直流プラズマ窒化(DCP窒化と呼ぶこともある)が用いられていた。DCP窒化については、種々の改良技術も提案されている。例えば、特許文献1は、窒化プロセスを開始する前に、炉の内部にアルゴンおよび水素の混合気体を注入しながら被処理材に電圧を加えることにより、被処理材の表面の残留ガスおよび不純物を除去するスパッタリングを行う技術を開示している。
一方、DCP窒化では、被処理材の端部などに放電が集中し改質層が不均一になるエッジ効果が生じるなどの短所があるため、これを改善する方法の一つとしてアクティブ・スクリーン・プラズマ窒化(ASP窒化と呼ぶこともある)も着目されている。ASP窒化とは、被処理材の周囲を覆うように、導電性の金属メッシュなどによるスクリーンを設置し、正極とスクリーンとの間に電圧を印加してプラズマを形成し、このプラズマを利用して窒化プロセスする方法である。ASP窒化について、特許文献2は、炉の内部雰囲気をアルゴンと水素との混合気体で維持し、酸化性気体および還元性気体によって被処理材の表面の残留ガスおよび不純物を除去する表面活性化を行う技術を提案している。また、特許文献3は、ASP窒化において、被処理材を微小振動させることにより均一にプラズマ雰囲気を発生させる技術について開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4644236号公報
【文献】特許第4378364号公報
【文献】特開2008-115422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、窒化処理では、表面の硬度が向上する一方、表面の粗さが粗くなることがあった。表面粗さを確保するために、窒化処理後に表面を研磨するという対策も考えられるが、かかる方法では、窒化処理によって硬化した表面層を削ってしまうおそれがあり、非常に繊細な加工技術を要するという別の課題を招くことにもなる。
本発明は、これらの課題に鑑み、硬度の向上と表面粗さの低下抑制を両立可能な窒化処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、
プラズマを利用して金属の被処理材の表面に窒化層を形成するプラズマ窒化方法であって、
(a) 密閉された処理容器内に前記被処理材を載置する工程と、
(b) 前記処理容器内に窒素またはアンモニアを含有するプロセスガスを供給しながら、正極および負極間に通電させて前記プロセスガスのプラズマを発生させ、該プラズマによって前記被処理材の窒化プロセスを行う工程とを備え、
前記工程(b)における前記通電は、
前記被処理材の表面の硬度が複数段階に向上させる通電の条件のうち、硬度の第一段階の向上が達成でき、かつ、第二段階の向上に至らない範囲の通電の条件で行われるプラズマ窒化方法と構成することができる。
【0006】
本発明の発明者は、プラズマ窒化を行う際の通電の条件を変化させることにより、被処理材の表面の硬度と、処理後の表面粗さに相関があることを見いだした。また、プラズマ窒化による表面の硬度は、通電の条件に応じて単調に変化するのではなく、段階的に変化することを見いだした。そして、表面の硬度の向上が第二段階に至るほどに通電を行うと、表面粗さが極端に低下することを見いだしたのである。従って、本発明では、上述の条件で通電することにより、表面の硬度について第一段階の向上を達成しつつ、表面粗さが損なわれることを抑制することが可能となる。
【0007】
通電の条件としては、例えば、電圧の制御、電流の制御、双方の制御などが考えられる。
また、プラズマ窒化は、DCP窒化、ASP窒化、平行平板電極による窒化など、種々の方法を適用できる。
【0008】
本発明のプラズマ窒化方法においては、例えば、
前記工程(b)における前記通電は、前記被処理材の表面の0.5kgf荷重におけるビッカース硬度HV(0.5)が1250よりも小さい範囲となる通電の条件とすることが好ましい。
【0009】
実験によれば、表面のビッカース硬度HV(0.5)は、第一段階で1100~1200の値となり、第二段階で1250以上となることが分かった。従って、ビッカース硬度HV(0.5)が1250よりも小さい範囲となる通電の条件とすることにより、表面の硬度向上と、表面粗さの低下の抑制とを両立することができる。
【0010】
また、本発明のプラズマ窒化方法においては、
前項工程(b)において、前記プラズマを発生させるための通電と併せて、前記正極と前記被処理材との間にバイアス電流を通電させ、
前記工程(b)における通電の条件は、前記バイアス電流の制御によって実現してもよい。
【0011】
本発明において、表面の粗さの低下を抑制できる原理は、必ずしも完全に解明されている訳ではないが、プラズマが被処理材に作用する際のエネルギが一つの要因になっているものと考えられる。バイアス電流を通電させれば、被処理材の電位を制御することができるため、プラズマが被処理材に作用する際のエネルギを制御しやすくなる。従って、上記態様によれば表面粗さの低下を効果的に抑制することが可能となるのである。
【0012】
バイアス電流の通電の条件としては、例えば、
前記プロセスガスが、窒素またはアンモニアと水素からなる場合には、
前記バイアス電流<0.3Aとすることが好ましい。
また、バイアス電流<0.2Aとすることがより好ましい。
【0013】
また、
前記プロセスガスが、窒素またはアンモニア、水素、およびアルゴンからなる場合には、
前記バイアス電流は0.4A以下とすることが好ましい。
また、バイアス電流<0.35Aとすることがより好ましい。
【0014】
また、前記バイアス電流は、パルス電流であるものとしてもよい。
【0015】
パルス電流とは、電源からパルス状の電圧を印加し、これに応じて流れるパルス状の電流である。こうすることにより、パルス幅またはパルス密度を調整することによってパルス電流を制御しやすい利点がある。
また、バイアス電流のみならず、プラズマを発生させるための電流も、パルス電流としてもよい。こうすることにより、プラズマを安定して生成でき、プラズマ窒化を安定して実現することが可能となる。
【0016】
バイアス電流を流すか否かに関わらず、
本発明のプラズマ窒化方法において、
前記工程(b)は、
前記処理容器内に設置された正極と、該正極内に設置された導電性のスクリーンとの間の通電によって前記プラズマを発生させるものとしてもよい。
【0017】
即ち、アクティブ・スクリーン・プラズマ窒化(ASP窒化)による態様である。ASP窒化には、エッジ効果を回避できることが知られているが、このことは、被処理材へのプラズマの作用の偏りを回避できることを意味しており、この点で、表面粗さが局所的に損なわれることを効果的に抑止できるため好適である。
また、ASP窒化を利用する場合には、バイアス電流をプラズマ発生のための電流とは独立して制御可能とできるため、表面粗さが損なわれることを抑制しやすいという利点もある。独立の電圧制御を実現するためには、例えば、スクリーンの電圧およびバイアス電圧を印加するための回路を個別に設け、両者を個別に制御可能とすればよい。
【0018】
本発明は、上述の種々の特徴を、必ずしも全て備えている必要はなく、適宜、その一部を省略したり組み合わせたりして構成してもよい。
また、本発明は、上述したプラズマ窒化方法としての態様に限らず、プラズマ窒化プロセスを行うためのプラズマ窒化システムとして構成することもできる。 かかる場合には、上述の工程(b)における通電を制御する制御装置を設け、電源からの通電を制御するよう構成することが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】プラズマ窒化システムの構成を示す説明図である。
図2】窒化プロセス制御処理のフローチャートである。
図3】バイアス電流の変化に伴うビッカース硬度の変化例を示す説明図である。
図4】バイアス電流の変化に伴う表面粗さの変化例を示す説明図である。
図5】バイアス電圧を変化させた場合の表面粗さの変化例を示す説明図である。
図6】表面粗さの定義を示す説明図である。
図7】アルゴンガスを供給した場合のバイアス電流の変化に伴う表面粗さの変化例を示す説明図である。
図8】窒化処理後の表面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施例について説明する。
A.装置構成:
図1は、プラズマ窒化システムの構成を示す説明図である。窒素またはアンモニアを含有するプロセスガスに電圧を印加してプラズマを形成し、鋼などの被処理材の表面に窒素を浸透させて窒化層を形成するプラズマ窒化プロセスを行うための装置である。
プラズマ窒化プロセスは、プラズマ窒化装置10、電源装置20、制御装置40などを備えている。
【0021】
プラズマ窒化装置10は、プラズマ窒化プロセスを行うための容器11を有する。容器11は、真空に耐えられる密閉容器である。
容器11の内部には、その内壁に沿うように、プラズマを発生させる電圧を印加するための正極12が設置されている。
正極12の内部には、正極と所定の間隔dsをあけて導電性のメッシュ状のスクリーン13が設置されている。正極12とスクリーン13との間隔dsは、プラズマPの形成に影響を与える。従って、両者の間隔は、プラズマPが良好に形成されるよう、解析的または実験的に設定すればよい。また、スクリーンのメッシュ形状も任意に選択すればよいが、開口の形状がひし形で一つの対角線長さが8mmから35mmと、もう一方の対角線の長さが8mmから15mmが好ましく、より好ましくは、一つの対角線長さが12mmと、もう一方の対角線の長さが30mmである。
スクリーン13の内部が、窒化プロセスを施すための処理空間となる。スクリーン13の内部には、被処理材Wを載置するための載置台16が設置されている。
容器11の上部には、窒化プロセスに要する一連のプロセスガスを供給するための供給口14が設けられている。また、容器11の下部には、プロセスガスを排出するための排出口15が設けられている。
【0022】
本実施例では、供給口14には、3種類のガスタンクが接続されている。窒素を貯蔵する窒素タンク31、水素を貯蔵する水素タンク32、アルゴンを貯蔵するアルゴンタンク33である。窒素に代えてアンモニアを貯蔵するタンクを用いても良い。窒素タンク31、水素タンク32、アルゴンタンク33は、それぞれバルブ34、35、36を介して供給口14に接続されている。これらのバルブ34、35、36の開閉を制御することにより、窒素、水素、アルゴンの容器11への供給量を制御することができる。窒素タンク31、水素タンク32、アルゴンタンク33からのガスの供給量は、流量センサ37、38、39によりそれぞれ検出可能である。
【0023】
窒化プロセスの過程で、電源およびプロセスガスの供給量などを制御するため、容器11には、次のセンサが取り付けられている。アークセンサ17は、容器内でアーク放電が生じているか否かを検出するためのセンサである。例えば、アーク放電による光を検出するセンサをアークセンサ17として用いることができる。温度センサ18は、容器11の内部の温度を検出する。圧力センサ19は、容器11の内部の圧力を検出する。
本実施例では、アークセンサ17は一つだけ設けるものとしたが、スクリーン13で生じるアーク放電を検出するためのセンサ、載置台16で生じるアーク放電を検出するためのセンサを個別に設けるようにしてもよい。
【0024】
次に、電源装置20の構成について説明する。本実施例では、200Vの交流電源からプラズマを発生させるための電圧を、正極12とスクリーン13との間に印加する。この電圧をスクリーン電圧と称する。また、正極12と載置台16との間にバイアス電圧を印加する。本実施例では、スクリーン電圧は、0~600V(50A)の範囲、バイアス電圧は0~600V(10A)の範囲で出力可能とした。
電源装置20には、スクリーン電圧を印加するためのスクリーン電源回路22、バイアス電圧を印加するためのバイアス電源回路23が備えられている。スクリーン電源回路22、バイアス電源回路23は、それぞれスイッチングトランジスタ、サイリスタなどのスイッチング素子のオン・オフによって、スクリーン電圧、バイアス電圧を印加するための電圧パルスを出力する回路である。
スイッチング素子のオン・オフは電源制御装置21によって制御される。電源制御装置21は、スイッチング素子のオン・オフを制御することにより、電圧パルスの時間幅・デューティを変調し、スクリーン電圧、バイアス電圧の電圧値を変化させる。より具体的には、一定周期で電圧パルスを出力する回路を構成し、電圧に応じてこの電圧パルスの一部を休止させるのである。こうすることで、時間的なパルス密度、即ちデューティを変調でき、電圧を制御することができる。本実施例では、500Hzの電圧パルスを利用した。
電圧の制御には、このようなパルス幅変調制御(PWM制御)に代えて、パルスのオン・オフの周波数を変調する周波数変調制御(PFM制御)を適用してもよい。
本実施例では、電源電圧は、容器11の内部のアーク放電の有無、および温度に応じて制御する。アーク放電の有無および温度は、アークセンサ17、温度センサ18によって検出される。
【0025】
プラズマ窒化システムの動作は、制御装置40によって制御される。制御装置40は、内部にCPU、RAM、ROMを備えるコンピュータである。制御装置40には、図示する機能ブロックが用意されている。これらの機能ブロックは、制御用のソフトウェアをインストールすることによって構成することもできるし、制御用の機能を実現する専用の回路によってハードウェア的に構成してもよい。
プロセス条件入力部43は、オペレータの操作などに応じて窒化プロセスの条件を入力する。条件としては、窒化プロセスの温度、圧力、バイアス電流、スクリーン電流などが挙げられる。
プロセスメイン制御部41は、窒化プロセスの条件に基づき、プラズマ窒化システム全体の処理を行う。電源装置20に対しては、容器11の内部の設定温度、バイアス電流、スクリーン電流など、電源制御に必要な条件を指定する。プロセスガス制御部42に対しては、プロセスガスの構成比その他の条件を指定する。後述する通り、本実施例では、窒化プロセスの前処理として被処理材を昇温する昇温処理を行うが、この過程ではアルゴンを含有したプロセスガスを用い、窒化プロセスの過程では、アルゴンを含有しないプロセスガスを用いる。プロセスメイン制御部41からプロセスガス制御部42には、これらの各過程で用いられるプロセスガスの配合比などが指示されることになる。
プロセスガス制御部42は、バルブ34、35、36の開閉を制御することで、窒素、水素、アルゴンの供給を制御する。本実施例では、容器内の圧力および各ガスの供給量に応じて制御される。
【0026】
B.窒化プロセス:
以下、窒化プロセスの処理内容について説明する。
図2は、窒化プロセス制御処理のフローチャートである。この処理は、制御装置40によって実行される処理である。
処理を開始すると、制御装置40は、プロセス条件を入力する(ステップS10)。プロセス条件は、制御装置40に設けたキーボードその他の入力装置をオペレータが操作することで指示できる。プロセス条件としては、窒化プロセスを行う際のプロセス温度、圧力などが挙げられる。
【0027】
制御装置40は、入力されたプロセス条件に従って、電源制御装置21に対して条件を設定する(ステップS11)。本実施例では、プロセス温度、窒化プロセスの保持時間、バイアス電流、スクリーン電流などが指示されることになる。
条件を設定すると、制御装置40は、アルゴン含有プロセスガスの供給を開始するとともに、電源制御装置21に対して、電源制御の開始を指示する(ステップS12)。アルゴン含有プロセスガスの供給は、バルブ34、35、36を開き、窒素タンク31、水素タンク32、アルゴンタンク33から、それぞれガスを供給するのである。本実施例では、窒素、水素、アルゴンの配合比が、2:2:1ととなるように供給量が制御される。
【0028】
制御装置40は、容器11の温度を検知し、これがプロセス温度に到達するまで(ステップS14)、アルゴン含有プロセスガスの供給を継続する(ステップS13)。アルゴン含有プロセスガスを供給しながら、電圧を印加することにより、容器11の内部にはプラズマが発生し、被処理材が昇温する。
【0029】
容器11の内部の温度が、プロセス温度に到達すると(ステップS14)、制御装置40は、アルゴン非含有プロセスガスを供給する(ステップS15)。本実施例では、アルゴンタンク33に接続されたバルブ36を閉にすればよい。併せて、窒素および水素の配合量が窒化処理用に設定された割合となるよう制御する。本実施例では、窒素:水素=1:1となるようにした。窒素と水素の配合比は、他の値としても良い。
アルゴン非含有プロセスガスを供給しながら、電圧を印加することにより、容器11の内部にはプラズマが発生し、窒化プロセスが行われる。
制御装置40は、窒化プロセスを開始してからの経過時間が、設定された保持時間を経過するまで(ステップS16)、アルゴン非含有プロセスガスの供給を継続する(ステップS15)。
保持時間に至ると、制御装置40は、電源制御装置21に対して、電源制御を停止するよう指示して(ステップS17)、窒化プロセス制御処理を終了する。
【0030】
また、電源制御装置21は、制御装置40からの指示に応じて、スクリーン電源回路22によるスクリーン電源電圧の印加、およびバイアス電源回路23によるバイアス電源電圧の印加を制御する.本実施例では、電圧値ではなく、指定されたバイアス電流値が実現されるよう制御するものとした。
電源制御装置21は、プロセス温度に達するまでは、アーク放電が検出されたときは、スクリーン電源回路22、バイアス電源回路23に対して、電圧の印加を一時的に停止する。停止時間は、0.5~2.0秒の範囲で良い。所定の時間停止した後は、再び通電を開始する。また、プロセス温度に到達した後は、プロセス温度を維持しつつ、指定されたバイアス電流を維持するように制御する。
【0031】
プロセスガスの供給や、電源の調整は、制御装置40に依らずにオペレータが手動で行うものとしてもよい。
また、プロセス温度に到達するまでの過程において、アルゴンガスの供給を省略してもよい。逆に、プロセスに至った後もアルゴンガスを供給し続けるようにしてもよい。
【0032】
C.効果およびプロセス条件:
図3は、バイアス電流の変化に伴うビッカース硬度の変化例を示す説明図である。窒素ガスと水素ガスを1:1で含有するプロセスガスを用い、圧力350Pa,プロセス温度525℃の条件下で5時間処理を行った場合の結果を示した。被処理材は、12ミリ×12ミリの正方形の平面形状をなし厚さ5ミリのSKD61(鋼材)製の部材である。
【0033】
図3(a)には、バイアス電流を0~0.35Aの範囲で変化させた場合の結果を示した。硬度HV(0.5)は、0.5kgf荷重によるビッカース硬度である。外観は、窒化処理による表面粗さを視覚的に評価した結果であり、これについては後述する。
図3(b)は、図3(a)に示したバイアス電流と硬度HV(0.5)との関係を示すグラフである。図示する通り、未処理の状態の硬度(図中の破線)から、窒化処理によって硬度が向上することが分かる。また、この硬度は、バイアス電流の増加に伴って単調に向上する訳ではなく、直線L1、L2に示すように階段状に向上することが分かる。第一段階の硬度(直線L1)は、硬度1100~1200の範囲である。第二段階の硬度(直線L2)は、硬度1258以上である。
【0034】
図4は、バイアス電流の変化に伴う表面粗さの変化例を示す説明図である。図4(a)には、未処理の状態の被処理材の表面を表した。このように被処理材の表面を鏡面に仕上げた上で、文字を記載し、これが窒化処理によって、どのように影響を受けるかを確認した。図4(b)~図4(h)は、それぞれバイアス電流が0.05A、0.1A、0.15A、0.2A、0.25A、0.3A、0.35Aにおける結果である。図示する通り、バイアス電流が増大するにつれて、表面の文字が判読できなくなっている。これは、処理前は、鏡面仕上げされていたものが、窒化処理によって表面が粗くなっていることを意味している。文字がどの程度判読できるかに応じて、鏡面仕上げ後の外観を評価した結果を図3(a)に示した。バイアス電流が0.15A以下(図4(b)~図4(d))の場合は、中心部およびエッジのいずれにおいても文字が良好に判読できる(図3(a)中に○で示した)。バイアス電流が0.2A、0.25A(図4(e)、図4(f))の場合は、エッジは判読しづらくなっているものの、中心部の文字は良好に判読できる。
バイアス電流が0.3A(図4(g))の場合は、中心部の文字はどうにか判読できるものの、エッジは、ほとんど判読できなくなっている。バイアス電流が0.35A(図4(h))の場合は、中心部、エッジともに判読できなくなっている。即ち、バイアス電流が03A以上の範囲では、表面粗さは看過できないほど低下していると言える。
【0035】
以上の結果によれば、窒化処理によって表面の硬度を向上させるとともに、表面粗さの低下を抑制するためには、バイアス電流は0.3Aに至らない範囲とすることが好ましく、0.2Aに至らない範囲とすることがより好ましいことが分かる。また、図3(b)に示す通り、ビッカース硬度は、バイアス電流<0.3Aの範囲で第一段階、バイアス電流が0.3A以上の範囲で第二段階というように階段状に向上している。従って、表面の硬度、表面粗さの低下抑制を両立するためには、ビッカース硬度の第一段階の向上が達成でき、かつ、第二段階の向上に至らない範囲で、バイアス電流の値を設定することが好ましいと言える。窒素と水素からなるプロセスガスの場合は、例えば、ビッカース硬度が1250より小さい範囲となるよう、バイアス電流の値を設定することが好ましいことになる。
【0036】
図5は、バイアス電圧を変化させた場合の表面粗さの変化例を示す説明図である。図5(a)~図5(c)は、それぞれバイアス電圧を280V、290V、300Vとしたときの処理後の表面の写真である。図5(a)、図5(b)は、いずれも中心およびエッジで文字が明瞭に判読できる。図5(c)は、エッジで判読しづらくなっているものの、中心部の文字は良好に判読できる。ビッカース硬度HV(0.5)は、いずれも1250よりも小さい範囲となっている。
【0037】
図6は、表面粗さの定義を示す説明図である。図5中の表面粗さRaは、図6に示した方法で算出したものである。具体的には、図6に示すように、触針式粗さ計で各点の高さZを計測し、この平均値を求めたものが表面粗さRaである。
図5(a)~図5(c)に示す通り、表面粗さRaは、0.007マイクロメートル、0.024マイクロメートル、0.033マイクロメートルとなっている。従って、表面粗さが、この範囲内であれば、表面の硬度と表面粗さを両立させることができると言える。
図5及び図6に示す通り、バイアス電圧を制御することでも、表面の硬度と表面粗さを両立させることができる。
【0038】
図7は、アルゴンガスを供給した場合のバイアス電流の変化に伴う表面粗さの変化例を示す説明図である。窒素、水素、アルゴンを1:1:1の割合で混合し、プロセスガスとして供給した場合の結果を示した。窒化プロセス制御処理(図2)では、アルゴン非含有プロセスガスを供給するものとしているが(ステップS15)、図7のケースでは、アルゴンを上記割合で継続して供給した。
図7(b)には、窒素、水素、アルゴンをプロセスガスとした場合の結果を△で示した。窒素および水素をプロセスガスとした場合の結果(図3と同じ)を併せて●で示した。図示する通り、処理によって表面の硬度は向上する。ただし、バイアス電流が0.4Aに至った状態でも、表面硬度の向上は第二段階に至っていない。表面のビッカース硬度HV(0.5)は、バイアス電流が0.05A、0.2A、0.35A、0.4Aのそれぞれについて、967、1140、1184、1223、即ち1250より小さい範囲となっている。
図7(a)には、表面粗さの評価結果を併せて示した。バイアス電流が0.2以下の範囲では、中心およびエッジの双方で、文字が明瞭に判読できる状態であった。バイアス電流が、0.35A、0.4Aの場合は、エッジで判読しづらくなっているものの、中心で明瞭に判読できる状態であった。いずれも表面粗さは、看過できないほど低下はしていないものと評価される。
【0039】
以上の実施例で示した通り、窒化処理の際のバイアス電流の条件を制御することにより、表面の硬度と表面粗さを両立させることができる。このようにバイアス電流が、表面の硬度および表面粗さの双方に影響する原因は、必ずしも全てが解明された訳ではないものの、以下に示す通り、窒化処理によって被処理材の表面に形成される堆積層が影響しているものと考えられる。
窒化処理による表面の硬化が得られる原因としては、被処理材の結晶中に窒素原子が入り込み結晶構造を硬化させること、および被処理材の表面に窒素と鉄の化合物層が形成されることなどが考えられる。これらの現象は、並行して生じると考えられるものの、まず、被処理材の結晶中に窒素原子が入り込み結晶構造を硬化させる現象が主として生じ、これによって第一段階の表面硬度の向上が生じるものと考えられる。その後、被処理材の表面に窒素と鉄の化合物層が形成される現象が生じ、これによって第二段階の表面硬度の向上が生じるものと考えられる。そして、表面に化合物層が生じることにより、表面が粗くなるものと考えられる。かかる現象を確認するため、被処理材の表面を観察した結果を以下に示す。
【0040】
図8は、窒化処理後の表面の顕微鏡写真である。図8(a)には、窒化処理前の状態を示した。鏡面仕上げする際の研磨傷のみが確認されている。
図8(b)は、バイアス電流が0.3A、表面粗さ0.021マイクロメートルの場合の結果である。未処理の状態と比較すると、微少な結晶が確認できる。計測によれば、100ナノメートル程度の結晶が表面に付着していることが確認された。図8(b)の右上に、表面の外観を併せて示した。図示する通り、表面の文字は判読できる状態であり、鏡面が維持されていることが分かる。
図8(c)は、バイアス電流が1.2A、表面粗さ0.091マイクロメートルの場合の結果である。さらに明瞭な結晶が確認できる。計測によれば、200ナノメートル程度の結晶が表面に付着していることが確認された。図8(c)の右上に、表面の外観を併せて示した。図示する通り、表面の文字はほとんど判別できず、表面粗さは、看過できないほどに低下していることが分かる。
図8の結果、バイアス電流が増大すると表面の結晶が厚くなり、表面粗さが低下していることが分かる。従って、かかる結晶ができない程度にバイアス電流を設定することにより、表面の結晶生成を抑制して表面粗さの低下を抑制しつつ、被処理材の結晶中に窒素原子が入り込み結晶構造を硬化させる効果を得ることができるのである。
【0041】
以上で説明した実施例の窒化方法によれば、被処理材の表面の硬度向上と、表面粗さの低下抑制とを両立させることができる。
上述の実施例において説明した種々の特徴は、必ずしも全てを備えている必要はなく、本発明は、適宜、その一部を省略したり組み合わせたりして実施することができる。また本発明は、さらに種々の変形例を実現することも可能である。
実施例では、ASP窒化を例示したが、平行平板電極による窒化を行うものとしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、ASP窒化プロセスにおいて、表面硬度の向上と、表面粗さの低下抑制とを両立した窒化処理のために利用することができる。
【符号の説明】
【0043】
10 :プラズマ窒化装置
11 :容器
12 :正極
13 :スクリーン
14 :供給口
15 :排出口
16 :載置台
17 :アークセンサ
18 :温度センサ
19 :圧力センサ
20 :電源装置
21 :電源制御装置
22 :スクリーン電源回路
23 :バイアス電源回路
31 :窒素タンク
32 :水素タンク
33 :アルゴンタンク
34 :バルブ
35 :バルブ
36 :バルブ
37 :流量センサ
38 :流量センサ
39 :流量センサ
40 :制御装置
41 :プロセスメイン制御部
42 :プロセスガス制御部
43 :プロセス条件入力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8