(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】気泡内圧力測定装置、気泡内圧力測定方法、及び、プログラム、並びに、気泡内圧力評価装置、及び、気泡内圧力評価方法
(51)【国際特許分類】
G01L 11/00 20060101AFI20230614BHJP
【FI】
G01L11/00 Z
(21)【出願番号】P 2019083335
(22)【出願日】2019-04-24
【審査請求日】2022-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】594162412
【氏名又は名称】株式会社平山製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 さやか
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 智樹
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 由佳
【審査官】公文代 康祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-185064(JP,A)
【文献】特開平03-037538(JP,A)
【文献】特開2014-081269(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0138991(US,A1)
【文献】特開2011-200966(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 7/00-23/32
G01L 27/00-27/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を収容した容器と、
前記容器内に
収容された前記液体内において所定距離を隔てて配置された一対の電極と、
レーザー発振器を備え、前記一対の電極の間に前記レーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記
一対の電極の間に気泡を
誘起して生成させる気泡生成源と、
前記
一対の電極に電圧を印加することで、前記気泡生成源により生成された
前記気泡が膨張する過程において前記
一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせる放電制御部と、
前記放電制御部による前記放電が開始した時の放電開始電圧を検出する検出部と、
放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得する取得部と、を備える
ことを特徴とする気泡内圧力測定装置。
【請求項2】
前記電極は、それぞれ平板状の第1電極と第2電極とを平行に配置した平行板電極である
ことを特徴とする請求項1に記載の気泡内圧力測定装置
。
【請求項3】
前記参照カーブは、気体中の放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定するパッシェンカーブである
ことを特徴とする請求項1
又は2に記載の気泡内圧力測定装置。
【請求項4】
前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出する算出部を更に備える
ことを特徴とする請求項1乃至
3の何れか1項に記載の気泡内圧力測定装置。
【請求項5】
液体を収容した容器と、
前記容器内において所定距離を隔てて配置された一対の電極と、
前記電極の間に気泡を生成させる気泡生成源と、
前記電極に電圧を印加することで、前記気泡生成源により生成された気泡が膨張する過程において前記電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせる放電制御部と、
前記放電制御部による前記放電が開始した時の放電開始電圧を検出する検出部と、
放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得する取得部と、
前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出する算出部と、を備える
ことを特徴とする気泡内圧力測定装置。
【請求項6】
液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間
にレーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記一対の電極の間に気泡を誘起して生成させるステップと、
前記一対の電極に電圧を印加することで、前記生成された前記気泡が膨張する過程において前記一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせるステップと、
前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧を検出するステップと、
放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、を備える
ことを特徴とする気泡内圧力測定方法。
【請求項7】
前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップを更に備える
ことを特徴とする請求項6に記載の気泡内圧力測定方法。
【請求項8】
液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間
にレーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記一対の電極の間に気泡を誘起して生成し
、前記一対の電極に電圧を印加することで、前記生成された前記気泡が膨張する過程において前記一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせ、前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧データを取り込むステップと、
放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記取り込まれた放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、
をコンピュータに実行させることを特徴とするプログラム。
【請求項9】
前記取り込まれた放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップを更に備える
ことを特徴とする請求項8に記載のプログラム。
【請求項10】
請求項
5に記載の気泡内圧力測定装置によ
り算出された
前記無次元化時間に対する圧力に基づいて前記気泡内の圧力を評価する評価
部を備える
ことを特徴とする気泡内圧力評価装置。
【請求項11】
液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間に気泡を生成させるステップと、
前記電極に電圧を印加することで、前記生成された気泡が膨張する過程において前記電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせるステップと、
前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧を検出するステップと、
放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出した放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、
前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップと、
前記算出した無次元化時間に対する圧力に基づいて前記気泡内の圧力を評価するステップと、を備える
ことを特徴とする気泡内圧力評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体中に生成した気泡内の圧力を測定するための気泡内圧力測定装置、気泡内圧力測定方法、及び、プログラム、並びに、測定された気泡内の圧力を評価するための気泡内圧力評価装置、及び、気泡内圧力評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キャビテーションは、圧力低下に伴う発泡現象と定義される。キャビテーション現象により液体中に生じる気泡(キャビテーション気泡)は、流体を用いた流体機械の性能向上を阻む主要因として知られる。具体的には、キャビテーション気泡は、流体機器の表面に壊食をもたらして機器を劣化させたり、また振動やノイズを生じさせたりする。このためにキャビテーションに関して長年にわたり様々な研究が進められている。その一方で、近年は、キャビテーション気泡を効果的に利用する応用例が増えている。キャビテーション気泡の応用には、例えば、結石破砕手術などの医療機器への応用,水処理,機械加工におけるピーニング処理などがある。
【0003】
このようなキャビテーション気泡の挙動を研究するために、液体中に気泡を人為的に生成することが行われている。例えば、特許文献1には、ナノバブルと呼ばれる微細な気泡を生成させるための気泡生成装置が開示されている。特許文献1の気泡生成装置によれば、容器内の液体中に一対の電極を挿入し、電極の相互間に電圧を印加することで、電気分解により生じた気体が液体中に分散し、ナノバルブが生成される。
【0004】
また、特許文献2には、試験液体中に微細気泡が含有しているか否かを判定する技術が開示されている。なお、微細気泡のうち、直径が50μm以下の気泡はマイクロバルブと呼ばれており、また、直径が1μm以下で、具体的には数十~数百nmの気泡はナノバルブと呼ばれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5190834号公報
【文献】特開2018-59785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、従来、気泡の挙動を研究するにあたり、液体中の気泡の圧力を測定する方法がなかった。このため、キャビテーション気泡の挙動の研究においては、気泡の内部の圧力として想定値が利用されていた。
【0007】
この発明は、上述の点に鑑みてなされたもので、液体中に生成された気泡の内部の圧力を測定できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明の気泡内圧力測定装置は、液体を収容した容器と、前記容器内に収容された前記液体内において所定距離を隔てて配置された一対の電極と、レーザー発振器を備え、前記平行板電極における前記一対の電極の間に前記レーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記一対の電極の間に気泡を誘起して生成させる気泡生成源と、前記一対の電極に電圧を印加することで、前記気泡生成源により生成された前記気泡が膨張する過程において前記一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせる放電制御部と、前記放電制御部による前記放電が開始した時の放電開始電圧を検出する検出部と、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得する取得部と、を備えることを特徴とする。
【0009】
(2)また、本発明の気泡内圧力測定装置において、前記電極はそれぞれ平板状の第1電極と第2電極とを平行に配置した平行板電極であることが好ましい。
(3)また、本発明の気泡内圧力測定装置において、前記参照カーブは気体中の放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定するパッシェンカーブであることが好ましい。
(4)また、本発明の気泡内圧力測定装置において、前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出する算出部を更に備えることが好ましい。
(5)また、本発明のもう一つの気泡内圧力測定装置は、液体を収容した容器と、前記容器内において所定距離を隔てて配置された一対の電極と、前記電極の間に気泡を生成させる気泡生成源と、前記電極に電圧を印加することで、前記気泡生成源により生成された気泡が膨張する過程において前記電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせる放電制御部と、前記放電制御部による前記放電が開始した時の放電開始電圧を検出する検出部と、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得する取得部と、前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出する算出部と、を備えることを特徴とする。
【0010】
(6)また、本発明の気泡内圧力測定方法は、液体中に所定距離を隔てて配置され一対の電極の間にレーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記一対の電極の間に気泡を誘起して生成させるステップと、前記一対の電極に電圧を印加することで、前記生成された前記気泡が膨張する過程において前記一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせるステップと、前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧を検出するステップと、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、を備えることを特徴とする。
(7)また、本発明の気泡内圧力測定方法において、前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップを更に備えることが好ましい。
【0011】
(8)また、本発明のプログラムは、液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間にレーザー発振器により発振したレーザーを収束することで、前記一対の電極の間に気泡を誘起して生成し、前記一対の電極に電圧を印加することで、前記生成された前記気泡が膨張する過程において前記一対の電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせ、前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧データを取り込むステップと、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記取り込まれた放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とする。
(9)また、本発明のプログラムにおいて、前記取り込まれた放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップを更に備えることが好ましい。
【0012】
(10)また、本発明の気泡内圧力評価装置は、前記気泡内圧力測定装置により算出された前記無次元化時間に対する圧力に基づいて前記気泡内の圧力を評価する評価部を備えることを特徴とする。
【0013】
(11)また、本発明の気泡内圧力評価方法は、液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間に気泡を生成させるステップと、前記電極に電圧を印加することで、前記生成された気泡が膨張する過程において前記電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせるステップと、前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧を検出するステップと、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出した放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップと、前記検出した放電開始電圧と前記取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出するステップと、前記算出した無次元化時間に対する圧力に基づいて前記気泡内の圧力を評価するステップと、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
一対の電極の間に気泡を生成し、生成した気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧を測定するだけで、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づいて、放電開始電圧に対応する圧力を、放電を開始した時の気泡内部の圧力として、取得する。これにより、従来測定できなかった気泡内部の圧力を測定することが可能となり、気泡の挙動をより正確に把握することができる。また、例えば、測定した気泡内部の圧力を、気泡の挙動を制御するパラメータの一つとして利用することも期待される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】一実施形態に係る気泡内圧力測定装置を示すブロック図である。
【
図2】参照カーブの一例として、水蒸気のパッシェンカーブ(Paschen curve)(C1)と水素のパッシェンカーブ(C2)とを示すグラフである。
【
図3】一実施形態に係る気泡内圧力測定処理の手順を示すフローチャートである。
【
図4】予備実験として空気中で電極間に電圧を印加した際の電圧波形と電流波形とを示すグラフである。
【
図5】予備実験として空気中で電極間に電圧を印加した際に、複数通りの電極間距離のそれぞれにて複数回ずつ測定された放電開始電圧の平均を、パッシェンカーブ上にプロットして示すグラフである。
【
図6】本装置において気泡が生成されて膨張する様子を時系列順に示す模式図であって、(a)は気泡が生成された時点,(b)は気泡生成から20μs経過した時点,(c)は気泡生成から40μs経過した時点,(d)は気泡生成から60μs経過した時点,(e)は気泡生成から80μs経過した時点,(f)は気泡生成から100μs経過した時点を示す。
【
図7】実験において生成された気泡の気泡径(実験値)を、レイリー・プレセット(Rayleigh-Plesset)の方程式を用いて算出した気泡径と時間との関係を示す曲線上にプロットしたグラフである。
【
図8】実験における測定結果から、気泡内放電時の気泡内部の圧力を推定した結果を示すグラフであり、(a)は1.5kVの電圧を印加した場合であり、(b)は2.0kVの電圧を印加した場合である。
【
図9】1.5kVの電圧を印加した場合と、2.0kVの電圧を印加した場合とで、電極間距離ごとに算出した推定気泡内圧力を示すグラフである。
【
図10】無次元化気泡径の挙動を示す曲線と、無次元化時間に対する圧力の変化を示す曲線とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
なお、以下に示す各実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。以下の実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができるとともに、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることが可能である。
【0017】
また、各図は、図中に示す構成要素のみを備えるという趣旨ではなく、他の構成要素を含むことができる。以下、図中において、同一の符号を付した部分は特に断らない限り、同一若しくは同様の部分を示す。
【0018】
[1.構成]
図1に示すように、気泡内圧力測定装置(以下、「測定装置」とも言う)10は、液体22を収容する容器20と、容器内20に設置された電極30と、容器20の外部に配置されて容器20内の液体22にレーザー光Lを照射するレーザー発振器40と、電極30に電圧を印加して電極30の間に放電を行わせる放電制御部50とを備える。放電制御部50は、所定周期毎にパルス電圧を生成するためのファンクションジェネレータ52と、生成されたパルス電圧を増幅して電極30に印加する電圧増幅器54とからなる。
更に、気泡内圧力測定装置10は、電極30に印加される電圧を検出するための検出器60と、検出器60に接続され、後述する気泡内圧力測定処理を行うためのプロセッサ装置70とを備える。
【0019】
図1に示す容器20は、その内部に液体22を収容可能な箱状容器であり、例えばステンレスにより形成される。容器20内の液体22は、気泡24を生成するための媒体であり、例えば水(純水)である。容器20の一側面には窓部21が形成されている。ユーザは、窓部21を介して、容器20の内部の様子を視認したり、図示しないマイクロスコープを用いて容器20内に生成した気泡24を可視化したりできる。また、容器20の別の側面には、後述するレーザー発振器40からのレーザー光Lを集光するためのレンズ42が組み込まれている。
【0020】
図1に示す電極30は、平板状の第1電極31と第2電極32とを所定距離d隔てて平行に配置した平行板電極からなる。第1電極31は電圧増幅器54に接続されており、第2電極32は接地線35を介して接地される。
電極30の間の距離dは或る一定の距離に設定されるものであり、具体的には電極30の間に生成される気泡の最大直径との相対的関係により適宜の距離に設定される。例えば、レーザー誘起気泡の直径は最大で0.8mm程度であるため、本実施形態の距離dは、0.4~0.7mm程度に設定されるとよい。
【0021】
レーザー発振器40は、液体中に気泡24を生成するための気泡生成源である。レーザー発振器40の発振するレーザー光Lは、例えば波長532nmでパルス幅6~7nsのナノパルスレーザーであり、単発での出力は平均で約7.8 mJに設定される。
レーザー発振器40は、レーザー光Lを発振し、発振したレーザー光Lを、図示しないミラー,レーザー拡張及び集光用レンズ,フィルタ等の構成要素を介して、拡大し、平行光にし、且つ、容器20に組み込まれたレンズ42で再び集光して、レーザー光Lが一対の電極30(第1電極31と第2電極32と)の間に焦点を結ぶように設定される。なお、レーザー光Lは破線で示されている。
【0022】
容器20に収納された液体22中の一点にレーザー光Lが収束することで、液体22中の一点に高温プラズマが発生して、単一の気泡24の発生を誘起する。このように生成された気泡24(「プラズマ誘起気泡」又は「レーザー誘起気泡」ともいう)は、キャビテーション現象により生じるキャビテーション気泡と同様に、膨張,収縮,崩壊,再膨張という過程をたどることが知られる。なお、レーザー発振器40を用いて液体中に単一気泡の発生させることは従来から行われている。
【0023】
ここで、気泡24が電極30(第1電極31と第2電極32)間に生成されるため、電極30の間に或る電圧を印加すると、気泡24が膨張する過程で電極30の間に放電が行われる。すなわち、気泡24の内部に放電が行われる。本実施形態の測定装置10は、電極30の間に電圧を印加した際に生じる気泡24の内部の放電現象に着目して、気泡24の内部の圧力を測定できるようにしたことに特徴の一つがある。
【0024】
検出器60は、例えばオシロスコープであり、第1電極31と電圧増幅器54との間に接続されており、電極30に印加される電圧と電流とを検出する。検出器60は、プロセッサ装置70に接続されており、検出した電圧を示す電圧データと検出した電流を示す電流データとをプロセッサ装置70に供給する。検出器60により検出した電圧のうち、気泡24の内部で放電を開始したときの電圧を、本明細書では「放電開始電圧Vb」という。
【0025】
プロセッサ装置70は、図示しないCPUと、ROM及びRAMを含む記憶装置と、入力インタフェースと、出力インタフェースと、これらを相互に接続するバスと、を含んで構成されるコンピュータである。記憶装置には、各種制御プログラムと、これら制御プログラムの実行に必要な各種データとが記憶される。
【0026】
プロセッサ装置70には、取得部72と、算出部74と、評価部76とが設けられている。取得部72と、算出部74と、評価部76とは、それぞれ、プロセッサ装置70の機能を便宜的に分類して示した要素であり、プロセッサ装置70のハードウェア資源を用いて実行されるソフトウェアとして設けられる。
【0027】
取得部72は、放電開始電圧Vbと、電極30間の距離dと圧力pの積pdとの関係を規定する参照カーブに基づき、検出器60から供給された放電開始電圧Vbに対応する圧力pを取得する処理(気泡内圧力測定処理)を行う。ここで利用される参照カーブはプロセッサ装置70の記憶装置に予め記憶される。算出部74と評価部76とは、取得部72により取得した圧力(気泡24内の圧力)について、評価するために設けられている。算出部74は、検出器60により検出した放電開始電圧と取得部72により取得した圧力とに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径を用いて無次元化時間に対する圧力を算出する。また、評価部76は、算出された無次元化時間に対する圧力に基づいて気泡内の圧力を評価する。評価の詳細は後述する。
【0028】
参照カーブは、例えば、気体中の放電開始電圧(絶縁破壊電圧)に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定するパッシェンカーブ(Paschen curve)である。パッシェンカーブは、放電開始電圧V
bが圧力pと電極30間の距離dとの積pdのみに依存する関係を示す曲線であり、この関係はパッシェンの法則として知られる。
図2は、理論値から得られた水蒸気のパッシェンカーブC1と水素のパッシェンカーブC2とを示す。縦軸は放電開始電圧V
bを示し、横軸は圧力pと電極30間の距離dとの積pd(以下、「pd値」とも言う)を示す。pd値は、トール(Torr)単位の圧力pとセンチメートル(cm)単位の距離dとの積(Torr・cm)として表されている。気泡24の内部は水蒸気で満たされているものと考えられるので、以下の説明では、水蒸気のパッシェンカーブC1を用いて気泡内部の圧力を測定する場合を例に挙げて説明する。
【0029】
[2.圧力測定手順]
次に測定装置10を用いた気泡24の内部の圧力pを測定する手順を説明する。その手順は以下の通りである。
(1)容器20内に設置された電極30に電圧を印加する。
(2)レーザー発振器40からレーザー光Lを発振して、電極30間に気泡24を生成する。
(3)生成された気泡24は、前述のように、膨張,収縮,崩壊,再膨張という過程をたどるので、電極30間において気泡24が膨張する(気泡24が大きくなる)。気泡24の膨張に伴い気泡24内の圧力pは下がる。電極30間の距離dが一定であるため、圧力pの低下に伴いpd値は減少する。
(4)
図2のパッシェンカーブに示すように、pd値の減少に伴い、パッシェンカーブ上の放電開始電圧V
bも低下する。このため、気泡24が膨張する過程の或る時点において、電極30に印加された電圧が放電開始電圧V
bを超える。このとき、電極30の間で放電が発生する。すなわち、気泡24の内部に放電が行われる。
(5)放電開始時に電極30に印加された電圧を測定すれば、その電圧を放電開始電圧V
bとして取得できる。放電開始電圧V
bを特定できれば、パッシェンカーブに基づき放電開始電圧V
bに対応するpd値を取得できる。ここで、pd値のうち距離dは所与の一定値であることから、pd値が特定さえすれば、放電開始電圧V
bに対応する圧力pを特定できる。この圧力pは、放電開始時の気泡24の内部の圧力を示すものと言える。したがって、放電開始時の電圧V
bを測定し、測定された放電開始電圧V
bとパッシェンカーブとを照合し、放電開始電圧V
bに対応する圧力pを取得するだけで、放電開始時の気泡24の内部の圧力pを測定できる。
(6)更に、上記(1)~(5)のプロセスに同期して気泡24の成長を可視化して、放電開始時の気泡24が最大径に対してどの程度の大きさなのかを解析することで、半径比に対する圧力を求めることが可能となる。ここで、半径比とは、気泡径と最大径との比(最大径で無次元化した気泡径)である。
【0030】
[3.圧力測定処理]
図3は、取得部72の動作である気泡内圧力測定処理の手順の一例を示すフローチャートある。プロセッサ装置70のCPUが記憶装置に記憶されたソフトウェアプログラムを実行することにより、以下の各ステップの動作が行われる。ここでは、図示しないスイッチ等を用いた測定開始指示があったときに、処理が開始する場合を例に挙げて説明する。
【0031】
ステップS1において、検出器60により検出された電圧データを取得する。検出器60は、測定装置10の稼働中は、電極30に印加された電圧と電流とを所定周期毎に検出しており、プロセッサ装置70は、検出器60が検出した電圧データと電流データとを所定周期毎に取得できる。ステップS2において、放電が開始したか否かを判断する。放電が開始したか否かは、例えば電圧データ及び/又は電流データの変化を観察することで判断できる。具体的には、電圧データ及び/又は電流データが急峻なパルス状に立ち上がったとき、放電が開始したものと判断できる。放電しないうちは(ステップS2のNo)、ステップS2の判断を繰り返す。
【0032】
放電が開始されたら(ステップS2のYes)、ステップS3において、検出器60から供給された電圧データのうち、放電開始時点の電圧を、放電開始電圧Vbとして取得する。放電開始時点は、例えばステップS2にて放電が開始されたものと判断した時点である。ステップS4において記憶装置に記憶された参照カーブ(パッシェンカーブ)に基づいて、放電開始電圧Vbに対応する圧力pを取得する。こうして、気泡24の内部に放電が行われたときの気泡内部の圧力pを測定できる。
【0033】
[4.実験結果]
〔予備実験〕
次に、本実施形態の測定装置10を用いて気泡内部の圧力を測定した結果を評価するための実験について説明する。
先ず予備実験として、空気中で電極30に電圧を印加した際の放電開始電圧を測定し、測定された値(「実験値」)と、理論値を用いたパッシェンカーブとを照合した。この予備実験において、ファンクションジェネレータ52によるパルス電圧の発生周波数を10kHzに設定して、空気中の電極30間にパルス電圧を印加した。電極30は、前述のように平板状の第1電極31と第2電極32とからなる平行電極である。
【0034】
図4は、電極30に印加されたパルス電圧の電圧波形V1と電流波形A1とを示しており、横軸はミリ秒(ms)単位の時間を示し、左側の縦軸は電圧をキロボルト(kV)単位で示し、右側の縦軸は電流をミリアンペア(mA)単位で示す。電流波形A1が急峻パルス状に立ち上がる時点a1,a2,a3,a4,a5がそれぞれ電極30間で放電が開始された時点を示す。したがって、これら時点a1~a5における電圧が、放電開始電圧V
bとなる。
【0035】
この予備実験は、電極30間の距離dを、0.05mm,1.5mm,2mm,および0.1~1mmまでの0.1mm刻みとし、各電極間距離において3試行分の放電波形を用いて放電開始電圧V
bを測定した。
図5は、各電極間距離dにて複数回ずつ測定された放電開始電圧V
bの値(実験値)の平均を、水蒸気のパッシェンカーブC1上にプロットしたグラフであり、縦軸は電圧をキロボルト(kV)単位で示し、横軸にpd値を「Torr・cm」単位で示す。また、各丸印は各電極間距離dにて複数回ずつ測定された実験値の平均を示す。
図5に示すように、各実験値は概ねパッシェンカーブC1上に分布しており、測定結果とパッシェンカーブC1とが良い一致を示していることがわかる。このことから、平行板電極30間に気泡24を生成し、電極30の間で放電を行うことは、平等電界中で放電を行うことである、と言える。したがって、平行板電極30は、平等電界を発生できる点で、測定装置10に好適であるといえる。
【0036】
〔気泡内放電現象の可視化〕
次に、測定装置10において、液体22中の平行板電極30の間に気泡24を生成し、気泡24が膨張する過程で電極30の間に電圧を印加して、気泡24内に放電を行わせる実験を行った。
【0037】
図6(a)~(f)は、本実験において、電極30の間に気泡24を生成し、生成した気泡24が膨張する様子を時系列で説明する模式図であり、(a)は気泡24が生成された時点,(b)は気泡24の生成から20μs経過した時点,(c)は気泡24の生成から40μs経過した時点,(d)は気泡24の生成から60μs経過した時点,(e)は気泡24の生成から80μs経過した時点,(f)は気泡24の生成から100μs経過した時点を示す。
測定装置10においてレーザー光Lを入射すると、先ず、(a)に示すように電極30間に気泡24が生成され、その後、(b),(c),(d)に示すように時間経過とともに気泡24は膨張し、(d)に示す60μs経過時点で最大径となる。(e)に示す80μ経過時点で気泡24は収縮を始めており、(f)に示す100μs経過時点以後も収縮を続けて、やがて、崩壊する。本実験においては、(c)に示す40μs経過時点と(d)に示す60μs経過時点との間で気泡24の内部に放電が行われるものとする。
気泡24の生成,膨張,崩壊の過程と、気泡24の内部の放電の様子とは、例えばマイクロスコープを用いて窓部21を介して容器20内を観察することで、可視化できる。気泡24の様子を可視化することで、各時点の気泡径が、その最大径に対してどの程度の大きさであるのかを解析できる。
【0038】
図7は、本実験により観察された気泡24の気泡径(実験値)、つまり
図6(a)~(f)に示す各時点の気泡径を、レイリー・プレセット(Rayleigh-Plesset)の方程式を用いて算出した気泡径と時間との関係を示す曲線RP上にプロットしたグラフである。なお、レイリー・プレセットの方程式とは、気泡の膨張、及び、収縮,崩壊の挙動を記述する一般的な方程式である。縦軸は、最大径に対する比として表された気泡径(無次元化気泡径)を示し、横軸は最大径に達した時間に対する比として表された時間(無次元化時間)を示す。符号B1は、0μsの時点の気泡径(
図6(a)参照),符号B2は20μsの時点の気泡径(
図6(b)参照),符号B3は40μsの時点の気泡径(
図6(c)参照),符号B4は60μsの時点の気泡径(
図6(d)参照),符号B5は80μsの時点の気泡径(
図6(e)参照),また、符号B6は100μsの時点の気泡径(
図6(f)参照)を示す。
図7に示すように、0μs時点の符号B1から80μsの時点の符号B5までの気泡の挙動は、曲線RPで示すレイリー・プレセットの方程式を用いて求めた気泡の挙動とよく一致する。したがって、本実験により電極30の間に生成した気泡は、生成後から
図6(e)に示す80μs時点までは、電極30との接触や衝撃波の影響が無い一般的な気泡挙動を示している、と言える。
【0039】
〔気泡内放電現象を利用した圧力の評価〕
次に、測定装置10を用いて、気泡24の内部の放電が生じた際の放電開始電圧V
bの測定を行い、気泡内部で最初に放電が起きた際の気泡内の圧力を推定した。
この測定の条件は次の通りとした。レーザー誘起気泡の気泡直径は最大で0.8mm程度であるため、電極30間の距離dを0.4mm,0.5mm,0.6mm,0.7mmに設定した。各電極間距離dにおいて、1.5kV及び2.0kVの電圧を印加し、それぞれ5回ずつ測定を行った。
最初に放電が起きた際の気泡内の圧力を推定する手順を以下の(1)~(4)に簡潔に示す。
(1)最初の放電時の放電開始電圧V
bおよび対応する経過時間t(V
b)を求める。放電開始電圧V
bと、放電開始時の経過時間t(V
b)とは、電極30の間に印加されたパルス電圧の波形から特定できる。
(2)レイリー・プレセットの方程式を用いてt(V
b)に対応する気泡径r(V
b)を算出する。
気泡が最大径に達した際の無次元化時間をT
maxとすると、r(V
b)は以下の(式1),(式2)を用いて算出できる。ここで,R(T)はレイリー・プレセットの方程式上の無次元化した気泡径であり、r
maxは実験から得られた気泡の最大径である。なお、「無次元化時間」は、最大径に達した時間に対する比として表された時間である。「無次元化気泡径」は、最大径に対する比として表された気泡径(半径比)である。「T」はレイリー・プレセットの方程式上の無次元化時間である。「T
rayl」は、レイリー時間と呼ばれる、気泡が最大径に達した時点から崩壊に至るまでに要する時間である。なお、式中の「*」は乗算を表す。
【数1】
【数2】
【0040】
(3)水素のパッシェンカーブC1よりV
bに対応するpd(V
b)を求める。pd(V
b)はV
bに対応するpd値である。ここで、V
bに対応するpd(V
b)は、
図2に示すように、パッシェンカーブC1上ではpd値が減少する時(カーブが右肩下がりの時)の値と、pd値が増加する時(カーブが右肩上がりの時)の値との2点に存在するが、本実験ではpd(V
b)としてpd値が増加する時の値を用いることとする。
(4)以下の(式3)より圧力pを算出する。
【数3】
この手順により、気泡内放電時の気泡24の内部の圧力pとそれに対応する気泡径を推定することができる。
具体例として、
図6を参照して説明した実験での測定結果を用いて、上記の推定方法に従って気泡内部の圧力の推定を行う場合を説明する。上述のように気泡24内部の放電が40μsと60μsの間で行われているので、最初の放電時の経過時間t(V
b)は51.6μsとする。この場合、レイリー・プレセットの方程式上で、時間t(V
b)=51.6μsに対応する気泡径r(V
b)は、約6.1×10
-4mである。さらに、放電開始電圧V
bの際のpd値をpd(V
b)とすると、パッシェンカーブC1よりpd(V
b)=30である。電極間距離d=0.0725cmとすると、求める圧力pは55キロパスカル(kPa)と推定できる。
【0041】
図8(a),(b)は、前述した測定条件にて行った測定結果に基づいて気泡内放電時の気泡内部の圧力を推定した結果を示す。
図8(a)は1.5kVの電圧を印加した場合であり、
図8(b)は2.0kVの電圧を印加した場合である。
図8(a),(b)において、縦軸は気泡内部の圧力を10
5パスカル(10
5Pa)単位で示し、横軸は放電時の気泡径r
bを最大径r
maxで無次元化した無次元化気泡径(r
b/r
max)を示す。
図8(a),(b)より、気泡径が最大径に近づくにつれて圧力が若干ながら減少したことが示唆される。この挙動の傾向は、断熱圧縮過程であると考えられるプラズマ誘起気泡の挙動とよく一致していると考えられる。更に、印加電圧にかかわらず、気泡径が増加するにつれて圧力が減少している。また、(b)では、印加電圧が2.0kVと大きいため、気泡径が最大径に達する前に放電している場合が、(a)に比べて多い。更に、(b)では推定される圧力値が(a)に比べて大きい。以上の結果より、気泡径が大きくなるにつれて気泡内部の圧力が減少していることが示された。
【0042】
さらに、レーザー誘起気泡の挙動において、熱気泡界面を介しての熱の出入りを無視し、断熱圧縮過程であると考えると、気泡体積Vと圧力pの関係PV
γは以下の(式4)で表される。
【数4】
ここで、γは比熱比であり,比熱比の値は気体を構成する原子の種類数により異なる。プラズマ誘起気泡の内部を満たしていると考えられる水蒸気は水素Hと酸素Oから構成される多原子分子であるため、比熱比γ=1.33とする。この関係を用いて気泡が最大径に達した際の気泡内の圧力を推定する。
或る時間tにおける気泡内の圧力をP
tとし、或る時間tにおける気泡体積をV
tとし、気泡が最大径に達した際の推定気泡内圧力をP
maxとし、気泡が最大径に達した際の気泡体積をV
maxとすると、P
maxは次の(式5)で表すことができる。
【数5】
【0043】
図9は、(式5)を用いてt=t(V
b)として求めたP
maxを、1.5kVの電圧を印加した場合と2.0kVの電圧を印加した場合とで、それぞれ電極間の距離dごとに算出した結果を示す。縦軸は、最大径に達する際の推定気泡内圧力P
maxを10
5パスカル(10
5Pa)単位で示す。また、横軸は、電極間の距離dをミリメートル(mm)単位で示す。
図9より、電極間の距離及び印加電圧にかかわらず、(式5)を用いて求めたP
maxは、大きなばらつきを見せず、ほぼ一定の値をとることが示された。また、印加電圧が1.5kVの場合、距離dごとに算出されたP
maxの平均値は0.387×10
5[Pa]と求められた。また、2.0kVの場合、距離dごとに算出されたP
maxの平均値は0.395×10
5パスカルと求められた。このことから、各印加電圧における距離dごとに算出されたP
maxの平均値がほぼ等しく、気泡が最大径に達した時点における気泡内の圧力が、放電の際の印加電圧による影響を受けないことも示された。これら距離dごとに算出された推定気泡内圧力P
maxの平均値は,過去の気泡の挙動の研究にてシミュレーションで用いられてきた想定値よりも大きい。
【0044】
以上より、気泡が最大径に達する際の圧力を0.395×10
5パスカルと仮定すると、任意の時間tにおける気泡内の圧力P
tは、(式6)で示すことができる。ここで、P
tは10
5パスカル(10
5Pa)単位で表される値となる。
【数6】
(式6)において、レイリー・プレセットの方程式より求められる無次元化気泡径を用いて、無次元化時間に対する気泡内の圧力(以下「無次元化時間に対する圧力」)を算出した。ここで無次元化時間は、レイリー時間に対する比として表された時間(Time/T
rayl)である。
【0045】
図10は、レイリー・プレセットの方程式より求められる無次元化気泡径の挙動を示す曲線NRと、無次元化時間(Time/T
rayl)に対する圧力の変化を示す曲線ENPとを示すグラフであり、横軸は無次元化時間(Time/T
rayl)を示し、左側の縦軸はレイリー・プレセットの方程式より求めた無次元化気泡径を示し、右側の縦軸は圧力を10
5パスカル(10
5Pa)単位で示す。また、曲線ENP上に、印加電圧が2.0kVの場合と、1.5kVの場合とのそれぞれについて、本実験による測定結果に基づいて推定された圧力を無次元化した値(実験値)をプロットした。
曲線NRと曲線ENPとに示すように、無次元化気泡径が大きくなるにつれて無次元化時間に対する圧力が減少し、無次元化気泡径が最大になる時点で、無次元化時間に対する圧力が最も小さくなる。つまり、無次元化時間に対する圧力と無次元化気泡径とがよい一致を示していることがわかる。また、本実験による測定結果に基づいて推定された気泡内の各圧力(実験値)は、おおむね曲線ENP上に分布しており、測定装置10での測定結果に基づいて推定された気泡内の各圧力(実験値)が、印加電圧や電極間距離にかかわらず、理論から導いた式(無次元化時間に対する圧力,曲線ENP)とよく一致していることがわかる。
したがって、
図10に示すような、無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)を用いることで、従来不可能であった気泡内部の圧力評価において、新たな方法を提案することが可能となる。
上述の「気泡内放電現象を利用した圧力の評価」として説明した各種手順及び演算は、取得部72の動作と算出部74(
図1参照)の動作として実行されるものであり、特に上記の「(式6)において、レイリー・プレセットの方程式より求められる無次元化気泡径を用いて、無次元化時間に対する圧力を算出」することが、算出部74に相当する。また、評価部76(
図1参照)は、測定装置10により測定した気泡内の圧力pを、上記のように算出された無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)と照合することで、算出した無次元化時間に対する圧力に基づいて取得した気泡内の圧力を評価することができる。評価部76による評価は、例えば測定装置10により測定した気泡内の圧力pが、無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)にどの程度一致しているかを評価することである。
【0046】
以上説明した実施形態によれば、気泡24の内部に放電を開始した時の放電開始電圧Vbを測定するだけで、気体中の放電開始電圧Vbに対する電極間距離dと圧力pとの積pdの関係を規定するパッシェンカーブに基づいて、放電開始電圧Vbに対応する圧力pを取得できる。このように液体22中の気泡24に電圧を印加したときに生じる放電現象に着目したことにより、従来測定できなかった気泡内部の圧力を測定できる。その結果、想定値を利用していた従来に比べて、気泡の挙動をより正確に把握することが可能となる。
また、例えば或る程度大きな気泡であれば、プローブを用いて気泡内の圧力を測定することも考えられるが、マイクロバルブ,ナノバルブ等の微細な気泡にはプローブを適用できない。光ファイバーを用いた光学的手法による圧力測定も、液体中に生成した気泡内の圧力を測定することに適用するのは困難である。この点、本実施形態の測定装置10によれば、マイクロバルブ,ナノバルブ等の微細な気泡であっても、気泡内の圧力を測定できる。したがって、本実施形態に従う気泡内の圧力を測定する技術は、特に、マイクロバルブ,ナノバルブ等の微細な気泡内の圧力測定に好適である。
【0047】
また、電極30が、それぞれ平板状の第1電極31と第2電極32とを平行に配置した平行板電極であることにより、電極30に均等電界を生じるので、より精度の高い測定が可能となる。
また、気泡生成源として、発振したレーザー光Lを電極30の間に収束することで、気泡24を生成させるように構成したレーザー発振器40を適用することで、液体22中に単一のレーザー誘起気泡を生成でき、且つ、気泡の生成タイミングや最大径をレーザー発振器40に印加するパルス電圧で制御できる。
また、測定装置10において、検出した放電開始電圧Vbと取得した圧力pとに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径(曲線NR)を用いて無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)を算出することで、従来不可能であった気泡内部の圧力評価において、新たな方法を提案することが可能となる。
【0048】
また、本実施形態は、測定装置10を用いた気泡内圧力測定方法として把握できる。すなわち、気泡内圧力測定方法は、液体22中に所定距離dを隔てて配置された一対の電極30の間に気泡24を生成させるステップと、電極30に電圧を印加することで、生成された気泡24が膨張する過程において電極30の間で気泡24の内部に放電を行わせるステップと、気泡24の内部に放電を開始した時の放電開始電圧Vbを検出するステップと、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブC1に基づき、検出された放電開始電圧Vbに対応する圧力を取得するステップと、を備えることを特徴とする。これにより、気泡内部に放電を開始した時の放電開始電圧を測定するだけで、放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づいて、放電開始電圧に対応する圧力を、気泡内の圧力として、測定することができる。
【0049】
また、本実施形態は、測定装置10を用いた気泡内圧力測定処理をコンピュータ(プロセッサ装置70)に実行させるプログラムの発明として把握できる。この場合、プログラムは、液体22中に所定距離を隔てて配置された一対の電極30の間に気泡24を生成し、電極30に電圧を印加することで、生成された気泡24が膨張する過程において電極30の間で気泡24の内部に放電を行わせ、気泡24の内部に放電を開始した時の放電開始電圧データV
bを取り込むステップと、放電開始電圧に対する電極間距離dと圧力との積pdの関係を規定する参照カーブに基づき、検出された放電開始電圧V
bに対応する圧力pを取得するステップと、をコンピュータ(プロセッサ装置70)に実行させるものである。
上記の実施形態においては、
図3のフローチャートのうち、ステップS3が、「液体中に所定距離を隔てて配置された一対の電極の間に気泡を生成し、前記電極の間に電圧をかけることで、前記生成された気泡が膨張する過程において前記電極の間で前記気泡の内部に放電を行わせ、前記気泡の内部に放電を開始した時の放電開始電圧データを取り込むステップ」に相当する。また、ステップS4が「放電開始電圧に対する電極間距離と圧力との積の関係を規定する参照カーブに基づき、前記検出された放電開始電圧に対応する圧力を取得するステップ」に相当する。
【0050】
また、本実施形態は、測定装置10を用いて測定した気泡24内の圧力pについて、検出した放電開始電圧Vbと前記取得した圧力pとに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径(曲線NR)を用いて無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)を算出する算出部74と、前記算出した無次元化時間に対する圧力に基づいて気泡24内の圧力を評価する評価部76と、を備える気泡内圧力評価装置の発明として把握できる。
また、本実施形態は、測定装置10を用いた気泡内圧力測定方法により測定した気泡24内の圧力pについて、検出した放電開始電圧Vbと前記取得した圧力pとに基づき、レイリー・プレセットの方程式により求められる無次元化した気泡径(曲線NR)を用いて無次元化時間に対する圧力(曲線ENP)を算出するステップと、前記算出した無次元化時間に対する圧力に基づいて気泡24内の圧力を評価するステップと、を備える気泡内圧力評価方法の発明として把握できる。
【0051】
なお、上記の
図3の処理の変形例として、例えば高速度カメラ等の可視化手段を用いて気泡24の内部への放電の開始が感知されたときに
図3に示す処理を起動して、放電が感知された時点に検出器60にて検出された電圧データを、電圧データ放電開始電圧として取得(ステップS3)してもよい。この場合、ステップS2の判断は不要である。
【0052】
また、上記の実施形態では、気泡生成源としてレーザー発振器40を用いたが、気泡生成源はこれに限らず、電極間に発生させたスパークを用いる手法,超音波を利用する手法など、周知のどのような液体中で人為的に気泡を生成する手法を適用してもよい。
【0053】
また、上記の実施形態では、気泡24が生成された後に所定のタイミング(
図6では40μs経過時点)で電極30に電圧を印加する場合を例に挙げて説明した。これは、気泡が膨張した後の所定のタイミング(例えば放電が生じる直前のタイミング)に電極30に電圧を印加することを意図するものである。電極30に電圧を印加するタイミングは、これに限らず、例えば気泡の生成を開始するよりも前から印加し続けること,レーザー光Lを照射したタイミング(気泡が生成されたタイミング)で印加すること,などであってもよい。
【0054】
また、容器20に収容する液体22は水にかぎらず、アルコールや油など、その他の任意の種類の液体であってもよい。
【0055】
電極30は、平行板電極に限らず、針電極,一対のワイヤを平行に配置したワイヤ電極など、その他の種類の電極であってもよい。
【符号の説明】
【0056】
10 気泡内圧力測定装置
20 容器
30 電極
31 第1電極
32 第2電極
40 レーザー発振器
50 放電制御部
52 ファンクションジェネレータ
54 電圧増幅器
60 検出器
70 プロセッサ装置
72 取得部
74 算出部
76 評価部