(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】超音波画像構築方法、装置及びプログラム、並びに信号処理方法
(51)【国際特許分類】
A61B 8/14 20060101AFI20230614BHJP
【FI】
A61B8/14
(21)【出願番号】P 2019208466
(22)【出願日】2019-11-19
【審査請求日】2022-08-17
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】穂積 直裕
(72)【発明者】
【氏名】小林 和人
【審査官】佐々木 龍
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/207276(WO,A1)
【文献】特開2006-271765(JP,A)
【文献】特表2016-510630(JP,A)
【文献】米国特許第06200266(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/00- 8/15
G01N 29/00-29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信ステップと、
前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化ステップと、
前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定ステップと、
前記奥行方向の固有音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築ステップと
を有することを特徴とする超音波画像構築方法。
【請求項2】
基体と、
前記基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する超音波振動子と、
前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化手段と、
前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定手段と、
前記固有音響インピーダンス分布推定手段により得られた奥行方向の音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築手段と
を備えたことを特徴とする超音波画像構築装置。
【請求項3】
プロセッサに、
基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で、超音波振動子に前記基体を介し
て超音波パルスを送信させた後、前記超音波振動子に前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信させる送受信ステップと、
前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化ステップと、
前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定ステップと、
前記奥行方向の固有音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築ステップと
を実行させるための超音波画像構築プログラム。
【請求項4】
標的物質に対する
超音波パルス波照射により得た標的信号と、参照物質に対する
超音波パルス波照射により得た参照信号とに基づいて、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号処理方法であって、
前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号のスペクトルから低周波成分のみを抽出する低周波抽出ステップと、
前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号のスペクトルから高周波成分のみを抽出する高周波抽出ステップと、
前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成して、規格化されたインパルス応答信号を取得する合成ステップと
を含むことを特徴とする信号処理方法。
【請求項5】
前記高周波抽出ステップの実行前に、前記参照信号及び前記標的信号に窓関数を作用させて波形を整形することを特徴とする請求項4に記載の信号処理方法。
【請求項6】
前記低周波抽出ステップでは、前記低周波成分のみを抽出した後の前記第1規格化信号をフーリエ変換により周波数領域に変換することを特徴とする請求項4または5に記載の信号処理方法。
【請求項7】
前記合成ステップでは、
前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを周波数領域で合成した後、取得された前記規格化されたインパルス応答信号を逆フーリエ変換により周波数領域から時間領域に変換する
ことを特徴とする請求項4乃至6に記載の信号処理方法。
【請求項8】
前記低周波抽出ステップでは、
前記参照信号及び前記標的信号からそれぞれ高周波成分を除去してからダウンサンプリング処理を行った後、ダウンサンプリング処理後の前記参照信号を用いて、ダウンサンプリング処理後の前記標的信号を時間領域で規格化する
ことを特徴とする請求項4乃至7のいずれか1項に記載の信号処理方法。
【請求項9】
前記低周波抽出ステップでは、
前記第2規格化信号のスペクトルから低周波成分及び高周波成分を除去したものを元信号とし、前記元信号を時間領域に変換してピークの検出を行い、さらに前記ピークの周辺にインパルスを有する基底信号を生成し、次いで前記基底信号を前記参照信号の代わりに用いて前記標的信号を時間領域で規格化する
ことを特徴とする請求項4乃至7のいずれか1項に記載の信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波を利用して得た情報に基づき、皮膚等に代表される生体組織等の断層像を構築する方法、装置及びそのためのプログラム、並びに上記断層像を精度よく構築するにあたって有効な信号処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超音波Bモードエコー像は、医療分野において広く一般的に使われている方法であり、従来このような像を得るための装置が多数提案されている(特許文献1を参照)。簡単に説明すると、超音波Bモードエコー像とは、物体に入射した超音波が反射して返って来る時の反射信号列を画像化したものである。超音波が散乱せずに真っ直ぐ進んだと仮定する場合、電気信号と同じく、進んだ先の抵抗値(固有音響インピーダンス)の違いによって反射が生じることになる。それゆえ、固有音響インピーダンスの分布が分かれば、どのような反射信号列が返って来るかを推測することが可能となる。即ち、音響物性分布が既知であれば、どのようなBモード画像が観察されるかを推測することができる。また、その逆もしかりである。
【0003】
しかしながら、生体組織などの不均一で厚み(深さ)があるターゲットについては、入射して返って来る反射波形は、ターゲットに入射した超音波が散乱、吸収を経て様々な進み方をした結果と、多重反射をした結果とを反映したものとなる。このため、反射波形を固有音響インピーダンス等の音響物性に変換することは困難であると考えられており、この方法は従来検討されてこなかった。さらに、超音波Bモードエコー像は、生体組織内部での超音波の多重反射に起因したスペックルノイズによって乱れた画像となりやすいため、内部構造を高い精度で表示するのには不向きであるという問題もあった。ゆえに、従来装置では音響フィルタを入れるなどの対策が必要となり、構成が複雑化する等の問題があった。
【0004】
また、超音波Bモードエコー像を表示する通常の超音波診断装置では、皮膚等の生体組織内部の層情報は一応得られるものの、得られる画像は固有音響インピーダンスの異なる層同士の界面からの反射像である。よって、このような反射像では生体組織の内部構造、具体的には生体組織内部の固有音響インピーダンスの違いを把握するのには不十分であった。つまり、従来技術で得られる反射像は、層の界面の位置がどこにあるか等については感覚的に理解しやすいものである反面、界面と界面とで囲まれた中間の領域の固有音響インピーダンスがどのようになっているかが感覚的に理解しにくいものであった。ゆえに、超音波を利用して得た情報に基づいて、層構造を有する非常に薄い標的物質の超音波断層像を、感覚的に層構造が理解しやすい態様にて構築することが望まれていた。
【0005】
このような事情に鑑みて本願発明者らは、改良された超音波画像構築装置をすでに提案している(例えば、特許文献2を参照)。この装置は、既知の音響物性を有する基体、基材を介して超音波の送受信を行う超音波振動子、演算手段、画像構築手段等を含んで構成されている。この装置では、既知の音響物性を有する基体に、標的物質及び既知の音響物性を有する参照物質を接して配置する。そしてこの状態で超音波パルスを送信し、基体を介して標的物質及び参照物質に超音波を入射させ、標的物質及び参照物質からの応答信号(標的信号及び参照信号)をそれぞれ受信する。次いで、上記の参照信号を用いて標的信号を周波数領域で逆畳込処理(即ち規格化)することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する。この規格化されたインパルス応答信号に基づき、奥行方向の音響物性分布(具体的には固有音響インピーダンス分布)を多重反射の影響を考慮して推定する演算を行う。なお、生体軟組織内部の反射係数は小さいので、多重反射の影響が無視できるほど小さい場合には、より簡単な演算によって奥行方向の音響物性分布を推定することができる。そして、得られた奥行方向の音響物性分布に基づいて画像データを構築し、所望とする超音波断層像を得るようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-271765号公報
【文献】特許第6361001号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記従来装置の場合、逆畳込処理の演算を経て取得された「規格化されたインパルス応答信号」には低周波スプリアス成分のノイズが乗っており、そのためベースラインが不安定で誤差を含んだ信号となってしまう。そして、このようなインパルス応答信号に基づいて推定された音響物性値は、さらに大きな誤差を含んだものとなることが避けられない。このため、規格化されたインパルス応答信号を何らかの演算で補正処理して低周波スプリアス成分の影響を取り除いた後に音響物性分布を求めないと、所望とする超音波断層像を得ることができないという欠点があった。
【0008】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その第1の目的は、微細な内部構造を有する非常に薄い標的物質についての安定感のある超音波断層像を、規格化後の信号補正処理に頼らずに比較的簡単かつ確実に構築することができる超音波画像構築方法、超音波画像構築装置、超音波画像構築プログラムを提供することにある。
【0009】
また、本発明の第2の目的は、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号を、規格化後の信号補正処理に頼らずに比較的簡単かつ確実に取得することができる信号処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本願発明者らが鋭意研究を行ったところ、以下の知見を得た。即ち、従来装置において応答信号を逆畳込処理する際には、通常、標的信号及び参照信号をいったん周波数領域に変換したうえで、標的信号を参照信号で除してから、再び時間領域に戻す演算を行う(
図14参照)。この場合、時間領域波形の不連続を避けるために、時間領域で切り出された波形は、両端が同一の値となるように調整される。具体的には、
図14に示されるように両端が滑らかにゼロに近づく窓関数を作用させ、両端が徐々にゼロに近づくように波形整形する。このようにすると窓関数そのものが持つ高周波成分が低減される一方、この過程では切り出す前の波形が窓関数で強度変調される。時間領域の強度変調は周波数領域では畳込積分となるため、不要なスペクトル成分が発生してしまう。波形はもともと小さい低周波成分を持っているが、そこに窓関数によって発生する不要な低周波成分(即ち低周波スプリアス成分)が全域にわたり重畳してしまう。その結果、インパルス応答信号を取得するために逆畳込処理された復元波形は、低周波成分が不安定化する。なお、
図15(a)は周波数領域で規格化して時間領域に戻した波形であって、不要な低周波スプリアス成分が全域にわたり重畳しているものを例示している。
図15(b)も時間領域波形であるが、低周波スプリアス成分が重畳しておらず比較的正しく規格化された場合のものを参考例として示している。
【0011】
このような知見に基づいて本願発明者らは、標的信号を周波数領域で規格化して得られる信号をそのまま「規格化されたインパルス応答信号」とするのではなく、当該「規格化されたインパルス応答信号」のうち誤差の大きい不要なスペクトル成分を除去する一方、その除去したスペクトル成分を、当該標的信号を別の手法で規格化して得られる誤差の小さいスペクトル成分と置き換えることを発案した。別の言い方をすると、標的信号を周波数領域で規格化して得られるインパルス応答信号のうち誤差の小さい高いスペクトル成分を抽出するとともに、当該標的信号を別の手法で規格化して得られるインパルス応答信号のうち誤差の小さいスペクトル成分を抽出し、これらを合体させて相補的な「規格化されたインパルス応答信号」とすることを発案した。そして、本願発明者らはこのような発案に基づいてさらに鋭意研究を進めることにより、下記に列挙する解決手段を想到するに至ったのである。
【0012】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信ステップと、前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化ステップと、前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定ステップと、前記奥行方向の固有音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築ステップとを有することを特徴とする超音波画像構築方法をその要旨とする。
【0013】
従って、請求項1に記載の発明によると、標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号は、分解能の低い高周波成分を含んでいるものの、誤差の小さい有用な低周波成分のみが抽出されることで、当該信号から上記の不要な高周波成分が除去される。また、標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号は、相対的に誤差の大きい低周波成分及び低周波スプリアス成分を含んでいるが、相対的に誤差の小さい有用な高周波成分のみが抽出されることで、当該信号から上記の不要な低周波成分及び低周波スプリアス成分が除去される。それゆえ、第1規格化信号に由来する有用な低周波成分と、第2規格化信号に由来する有用な高周波成分とを合成して両者の不正確な部分を相補うことにより、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号が比較的簡単かつ確実に取得可能となる。また、本発明によると、所望とする超音波断層像を得るために従来必須とされていた規格化後の信号補正処理が不要になる。
【0014】
請求項2に記載の発明は、基体と、前記基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する超音波振動子と、前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化手段と、前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定手段と、前記固有音響インピーダンス分布推定手段により得られた奥行方向の音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築手段とを備えたことを特徴とする超音波画像構築装置をその要旨とする。従って、請求項2に記載の発明によると、上記請求項1と同様の作用を奏することができる。
【0015】
請求項3に記載の発明は、プロセッサに、基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で、超音波振動子に前記基体を介して超音波パルスを送信させた後、前記超音波振動子に前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信させる送受信ステップと、前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号から低周波成分のみを抽出するとともに、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号から高周波成分のみを抽出した後、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号規格化ステップと、前記規格化されたインパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する固有音響インピーダンス分布推定ステップと、 前記奥行方向の固有音響インピーダンス分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築する画像構築ステップとを実行させるための超音波画像構築プログラムをその要旨とする。従って、請求項3に記載の発明によると、上記請求項1と同様の作用を奏することができる。
【0016】
請求項4に記載の発明は、標的物質に対する超音波パルス波照射により得た標的信号と、参照物質に対する超音波パルス波照射により得た参照信号とに基づいて、規格化されたインパルス応答信号を取得する信号処理方法であって、前記標的信号を時間領域で規格化して得られる第1規格化信号のスペクトルから低周波成分のみを抽出する低周波抽出ステップと、前記参照信号を用いて前記標的信号を周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号のスペクトルから高周波成分のみを抽出する高周波抽出ステップと、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを合成して、規格化されたインパルス応答信号を取得する合成ステップとを含むことを特徴とする信号処理方法をその要旨とする。従って、請求項4に記載の発明によると、上記請求項1と同様の作用を奏することができる。
【0017】
請求項5に記載の発明は、請求項4において、前記高周波抽出ステップの実行前に、前記参照信号及び前記標的信号に窓関数を作用させて波形を整形することをその要旨とする。従って、請求項5に記載の発明によると、上記各信号から切り出される波形の両端が同一の値となるように調整、整形される結果、上記各信号を困難なく周波数領域に変換することができる。
【0018】
請求項6に記載の発明は、請求項4または5において、前記低周波抽出ステップでは、前記低周波成分のみを抽出した後の前記第1規格化信号をフーリエ変換により周波数領域に変換することをその要旨とする。
【0019】
請求項7に記載の発明は、請求項4乃至6のいずれか1項において、前記合成ステップでは、前記第1規格化信号に由来する前記低周波成分と前記第2規格化信号に由来する前記高周波成分とを周波数領域で合成した後、取得された前記規格化されたインパルス応答信号を逆フーリエ変換により周波数領域から時間領域に変換することをその要旨とする。
【0020】
請求項8に記載の発明は、請求項4乃至7のいずれか1項において、前記低周波抽出ステップでは、前記参照信号及び前記標的信号からそれぞれ高周波成分を除去してからダウンサンプリング処理を行った後、ダウンサンプリング処理後の前記参照信号を用いて、ダウンサンプリング処理後の前記標的信号を時間領域で規格化することその要旨とする。従って、請求項8に記載の発明によると、ダウンサンプリング処理を行うことなく従来どおり時間領域で規格化する信号処理方法に比べて、データのサンプル数が減って規格化に要する計算の労力が小さくなることから、計算時間を短縮することができる。
【0021】
請求項9に記載の発明は、請求項4乃至7のいずれか1項において、前記低周波抽出ステップでは、前記第2規格化信号のスペクトルから低周波成分及び高周波成分を除去したものを元信号とし、前記元信号を時間領域に変換してピークの検出を行い、さらに前記ピークの周辺にインパルスを有する基底信号を生成し、次いで前記基底信号を前記参照信号の代わりに用いて前記標的信号を時間領域で規格化することをその要旨とする。従って、請求項9に記載の発明によると、基底信号の生成等を行うことなく従来どおり時間領域で規格化する信号処理方法に比べて、規格化に要する計算の労力が小さくなることから、計算時間を短縮することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上詳述したように、請求項1~3に記載の発明によると、微細な内部構造を有する非常に薄い標的物質についての安定感のある超音波断層像を、規格化後の信号補正処理に頼らずに比較的簡単かつ確実に構築することができる。また、超音波を利用して得た情報に基づいて、培養細胞の内部構造や、皮膚等に代表される生体の軟組織の内部構造を簡便にかつ正確に観察、評価等できる超音波断層像を構築することができる。請求項4~9に記載の発明によると、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号を、規格化後の信号補正処理に頼らずに比較的簡単かつ確実に取得することができる信号処理方法を提供することができる。また、この方法を利用することで、例えば上記の超音波断層像を精度よく構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明を具体化した実施形態の超音波画像構築装置を示す概略構成図。
【
図2】実施形態の超音波画像構築装置の電気的構成を示すブロック図。
【
図3】X-Yステージの移動に伴う超音波の走査範囲の一例を示す概略図。
【
図4】(a)は実際に測定を行ったときにおける標的物質からの反射波形の取得についての説明図、(b)は標的物質を微小伝送路に見立てたときにおける反射波形の取得についての説明図。
【
図5】(a)は実際に測定を行ったときにおける参照物質からの反射波形の取得についての説明図、(b)は参照物質を微小伝送路に見立てたときにおける反射波形の取得についての説明図。
【
図6】各微小伝送路の特性インピーダンスを推定していく様子を概念的に示した図。
【
図8】本実施形態の信号処理方法を概念的に説明したダイアグラム。
【
図9】本実施形態の信号処理方法を具体的に説明したダイアグラム。
【
図10】固有音響インピーダンス像の構築についての演算処理を説明するためのフローチャート。
【
図11】(a)は本実施形態の信号処理方法を経て皮膚の固有音響インピーダンス分布を推定して得た音響インピーダンス像、(b)は周波数領域のみで規格化を行う従来の信号処理方法を経て皮膚の固有音響インピーダンス分布を推定して得た音響インピーダンス像。
【
図12】(a)は本実施形態の信号処理方法により得られた規格化されたインパルス応答信号の強度を示すグラフ、(b)は前記信号から算出した固有音響インピーダンスを示すグラフ、(c)は周波数領域のみで規格化を行う従来の信号処理方法により得られた規格化されたインパルス応答信号の強度を示すグラフ、(d)は前記信号から算出した固有音響インピーダンスを示すグラフ。
【
図13】別の実施形態の信号処理方法における低周波抽出ステップを具体的に説明したダイアグラム。
【
図14】従来における周波数領域での規格化処理の問題点を説明するための図。
【
図15】従来における周波数領域での規格化処理の問題点を説明するためのものであって、(a)は不要な低周波スプリアス成分が全域にわたり重畳した規格化後の時間領域波形を示す図、(b)は比較的正しく規格化された時間領域波形を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の超音波画像構築方法及び装置を具体化した一実施形態を
図1~
図12に基づき詳細に説明する。
【0025】
図1は、本実施形態の超音波画像構築装置1を示す概略構成図である。
図1に示されるように、本実施形態の超音波画像構築装置1は、超音波を用いて皮膚8を観察、診断等するための装置であって、パルス励起型超音波顕微鏡2と、パーソナルコンピュータ(PC)3とを備えている。
【0026】
パルス励起型超音波顕微鏡2は、ステージ4を有する顕微鏡本体5と、ステージ4の下方に設置された超音波プローブ6とを備える。パルス励起型超音波顕微鏡2の超音波プローブ6は、PC3と電気的に接続されている。
【0027】
本実施形態のステージ4は、ユーザの手動操作により、水平方向(即ちX方向及びY方向)に移動できるように構成されている。このステージ4には、測定対象物を接触させて配置するための樹脂プレート9が固定されている。ここでの測定対象物は、組織表面に対して略平行な方向に延びる血管を含む生体の軟組織(具体的には、肌組織;皮膚8)である。本実施形態では、ヒトの皮膚8を樹脂プレート9に直接押し付けることにより測定等を行っている。また、既知の音響物性を有する基体としての樹脂プレート9は、超音波を透過させることができる平板状部材であって、測定対象物である皮膚8よりも硬い材料からなる。このような形状及び硬さの部材を基体として用いた場合、測定対象物である皮膚8を確実に密着配置することが可能となり、奥行方向の固有音響インピーダンス分布を正確に推定可能となる結果、ひいては画像構築の精度が向上する。なお、本実施形態では厚さ1.4mmのポリスチレン板が用いられている。勿論、ポリスチレン以外の樹脂からなる板材などを用いることも許容される。
【0028】
この樹脂プレート9において皮膚8が接触配置される側である上面には、参照物質としてのリファレンス部材10があらかじめ設置されている。リファレンス部材10は、樹脂プレート9とは異なる既知の音響物性を有している。本実施形態では例えばアクリル樹脂(アクリル接着剤)を付着させることによりリファレンス部材10としているが、勿論これに限定されるわけではない。リファレンス部材10に対して密着させることが可能なものであれば、樹脂材以外のもの(例えばガラス材、金属材、セラミック材など)をリファレンス部材10としてもよい。あるいは、このようなリファレンス部材10を設置する代わりに、例えば樹脂プレート9の上面に接するように水等を存在させておき、これを参照物質として用いてもよい。なお、樹脂プレート9にリファレンス部材10をあらかじめ設置しておくことにより、装置が置かれる環境の変化等に依存せず、リファレンス部材10に入射した超音波波形のインパルス応答情報を正確にかつ安定的に取得することができる。
【0029】
超音波プローブ6は、水などの超音波伝達媒体Wを貯留可能な貯留部11をその先端部に有するプローブ本体12と、プローブ本体12の略中心部に配置される超音波トランスデューサ13(超音波振動子)と、プローブ本体12を前記ステージ4の面方向に沿って二次元的に走査するためのX-Yステージ14とを備える。プローブ本体12の貯留部11は上部が開口しており、その貯留部11の開口側を上向きにした状態で超音波プローブ6がステージ4の下方に設置されている。
【0030】
超音波トランスデューサ13は、例えば酸化亜鉛の薄膜圧電素子16とサファイアロッドの音響レンズ17とによって構成される。この超音波トランスデューサ13は、パルス励起されることで樹脂プレート9の下面側から皮膚8及びリファレンス部材10に対して超音波を照射する。超音波トランスデューサ13が照射する超音波は、貯留部11の超音波伝達媒体Wを介して円錐状に収束されて樹脂プレート9の上面(皮膚8の表面付近)で焦点を結ぶようになっている。なお本実施形態では、超音波トランスデューサ13として、口径1.8mm、焦点距離3.2mm、中心周波数80MHz、帯域幅50~105MHz(-6dB)の仕様のものを用いている。
【0031】
図2は、本実施形態の超音波画像構築装置1の電気的な構成を示すブロック図である。
【0032】
図2に示されるように、超音波プローブ6は、超音波トランスデューサ13、X-Yステージ14、パルス発生回路21、受信回路22、送受波分離回路23、検波回路24、A/D変換回路25、エンコーダ26、コントローラ27を備える。
【0033】
走査手段としてのX-Yステージ14は、超音波の照射点を二次元的に走査させるためのXステージ14X及びYステージ14Yを備えるとともに、それぞれのステージ14X,14Yを駆動するモータ28X,28Yを備えている。これらのモータ28X,28Yとしては、ステッピングモータやリニアモータが使用される。
【0034】
各モータ28X,28Yにはコントローラ27が接続されており、該コントローラ27の駆動信号に応答してモータ28X,28Yが駆動される。これらモータ28X,28Yの駆動により、Xステージ14Xを連続走査(連続送り)するとともに、Yステージ14Yを間欠送りとなるよう制御することで、X-Yステージ14の高速走査が可能となっている。
【0035】
また、本実施形態においては、Xステージ14Xに対応してエンコーダ26が設けられ、エンコーダ26によりXステージ14Xの走査位置が検出される。具体的には、走査範囲を300×300個の測定点(ピクセル)に分割した場合、1回のX方向(水平方向)の走査が300分割される。そして、各測定点の位置がエンコーダ26によって検出されPC3に取り込まれる。PC3はそのエンコーダ26の出力に同期して駆動制御信号を生成し、その駆動制御信号をコントローラ27に供給する。コントローラ27は、この駆動制御信号に基づいてモータ28Xを駆動する。また、コントローラ27は、エンコーダ26の出力信号に基づきX方向の1ラインの走査が終了した時点でモータ28Yを駆動して、Yステージ14YをY方向に1ピクセル分移動させる。
【0036】
さらに、コントローラ27は、駆動制御信号に同期してトリガ信号を生成してパルス発生回路21に供給する。これにより、パルス発生回路21において、そのトリガ信号に同期したタイミングで励起パルスが生成される。その励起パルスが送受波分離回路23を介して超音波トランスデューサ13に供給される結果、超音波トランスデューサ13から超音波が照射される。
【0037】
図3は、X-Yステージ14の移動に伴う超音波の走査範囲R1の一例を示している。この例では、皮膚8を接触配置させる領域を包囲するようにリファレンス部材10が設けられている。そして、ヒトの皮膚8を当該領域に押し付けた状態で、リファレンス部材10がある位置から走査が開始される。そして、矢印で示すように、皮膚8の表面に沿ってX方向及びY方向に二次元的に走査が順次行われる。
【0038】
超音波トランスデューサ13の薄膜圧電素子16は、送受波兼用の超音波振動子であり、皮膚8で反射した超音波(反射波)を電気信号に変換する。そして、その反射波の信号は、送受波分離回路23を介して受信回路22に供給される。受信回路22は、信号増幅回路を含んで構成されていて、反射波の信号を増幅して検波回路24に出力する。
【0039】
検波回路24は、皮膚8からの反射波信号を検出するための回路であり、図示しないゲート回路を含む。本実施形態の検波回路24は、超音波トランスデューサ13で受信した反射波信号のなかから、皮膚8からの反射波信号(即ち標的信号)やリファレンス部材10からの反射波信号(即ち参照信号)を抽出する。そして、検波回路24で抽出された反射波信号は、A/D変換回路25に供給されてA/D変換された後、PC3に転送される。
【0040】
PC3は、CPU31(中央処理装置)、I/F回路32、メモリ33、記憶装置34、入力装置35、及び表示装置36を備え、それらはバス37を介して相互に接続されている。
【0041】
CPU31は、メモリ33を利用して制御プログラムを実行し、システム全体を統括的に制御する。制御プログラムとしては、X-Yステージ14による二次元走査を制御するためのプログラム、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列のデータを固有音響インピーダンス像へ変換するためのプログラム、固有音響インピーダンス像を表示するためのプログラムなどを含む。なお、CPU31とは別に例えばDSP(Digital Signal Processor:デジタル信号プロセッサ)を設けて、そこでCPU31が行っている信号処理の一部を行わせてもよい。
【0042】
I/F回路32は、超音波プローブ6との間で信号の授受を行うためのインターフェース(具体的には、USBインターフェース)である。I/F回路32は、超音波プローブ6に制御信号(コントローラ27への駆動制御信号)を出力したり、超音波プローブ6からの転送データ(A/D変換回路25から転送されるデータなど)を入力したりする役割を果たすものである。なお、超音波プローブ6との間で信号の授受を行う場合には、上記のような物理的なインターフェースに限定されることはなく、無線インターフェースを用いてもよい。
【0043】
表示装置36は、例えば、液晶、プラズマ、有機EL(electroluminescence)等のモニタディスプレイである。表示装置36は、カラー表示、モノクロ表示を問わずに使用できるが、カラー表示であることが望ましい。この表示装置36は、皮膚8の表層の固有音響インピーダンス像を表示したり、各種設定の入力画面を表示したりするために用いられる。
【0044】
入力装置35は、タッチパネル、マウス、キーボード、ポインティングデバイス等の入力ユーザインタフェースであって、ユーザからの要求や指示、パラメータの入力に用いられる。
【0045】
記憶装置34は、磁気ディスク装置や光ディスク装置などのハードディスクドライブであり、各種の制御プログラム及び各種のデータを記憶している。メモリ33は、RAM(ランダムアクセスメモリ)やROM(リードオンリーメモリ)を含み、超音波測定のためにあらかじめ取得されたリファレンス部材10の反射波形とその固有音響インピーダンスとを保存する。CPU31は、入力装置35による指示に従い、プログラムやデータを記憶装置34からメモリ33へ転送し、それを逐次実行する。なお、CPU31が実行するプログラムとしては、メモリカード、フレキシブルディスク、光ディスクなどの記憶媒体に記憶されたプログラムや、通信媒体を介してダウンロードしたプログラムでもよく、その実行時には記憶装置34にインストールして利用する。
【0046】
次に、本実施形態の超音波画像構築装置1において、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列から音響インピーダンス像を構築する手法について説明する。
【0047】
この超音波画像構築装置1では、音響インピーダンス像を構築するにあたって、まず、樹脂プレート9に皮膚8及びリファレンス部材10が接して存在した状態で、樹脂プレート9を介して超音波パルスを送信する。そして、皮膚8からの応答信号である標的信号と、リファレンス部材10からの応答信号である参照信号とを受信する(送受信ステップ)。次に、これらの応答信号に基づいて「規格化されたインパルス応答信号」を取得した後(信号規格化ステップ)、当該信号に基づいて皮膚8内の固有音響インピーダンス分布を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する(固有音響インピーダンス分布推定ステップ)。
【0048】
このような推定を行うために、本実施形態では、測定対象物内において、異なる音響インピーダンスを持つ無損失の微小伝送路51が奥行方向に連なって伝送路の集合体をなしていると仮定して、手前側の微小伝送路51の固有音響インピーダンスの推定結果に基づきその奥側に隣接する微小伝送路51の音響インピーダンスを推定する処理を順次繰り返すことにより、伝送路の奥行方向の音響物性分布(ここでは固有音響インピーダンス分布)を推定する演算を行うようになっている。このような演算は、メモリ33内に格納された所定のアルゴリズムに基づいて実行される。
【0049】
このアルゴリズムは、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を用いることによって、奥行方向の音響インピーダンスの分布の推定を行うアルゴリズムである。このアルゴリズムは、時間領域反射測定法(TDR法:Time Domain Reflectometry法)の原理を参考とするものであって、皮膚組織内部での多重反射を考慮した時間-周波数領域における解析を通じて、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を奥行方向の音響インピーダンス像に変換するアルゴリズムである。以下、これについて具体的に説明する。
【0050】
図4(a)は、実際に測定を行ったときにおける標的物質からの反射波形の取得について説明する図であり、
図4(b)は、標的物質を微小伝送路51に見立てたときにおける反射波形の取得について説明する図である。
図5(a)は、実際に測定を行ったときにおける参照物質からの反射波形の取得について説明する図であり、
図5(b)は、参照物質を微小伝送路51に見立てたときにおける反射波形の取得について説明する図である。
【0051】
まず、
図4(a)に示すように、超音波トランスデューサ13を作動させ、基体としての樹脂プレート9を介して、標的物質にとって十分な焦点深度を持った超音波の収束ビームを送信する。そして、標的物質である皮膚8に超音波の収束ビームを入射させ、そこからの反射波形を取得する。その時のインパルス応答Γ
0(ω)は、フーリエ変換を用いて、入射波S0と皮膚8からの反射波S
tgt(ω)とから次式1のように表される。
【数1】
【0052】
この場合、固有音響インピーダンスが既知かつ均一であって、標的物質である皮膚8に比べて十分な厚さを有するリファレンス部材10からの反射波形も取得する必要がある。リファレンス部材10からの反射波S
ref(ω)は、リファレンス部材10の固有音響インピーダンスZ
refと樹脂プレート9の固有音響インピーダンスZ0とを用いて、次式2のように表される。
【数2】
【0053】
また、標的物質である皮膚8からのインパルス応答Γ
0(ω)は次式3で表される。ただし、このインパルス応答Γ
0(ω)には皮膚8の組織の奥の複数の界面から発生する反射が含まれているため、インパルス応答Γ
0(ω)は周波数特性を持ったものとなる。なお、ここまでの式により、参照物質に入射した超音波波形のインパルス応答情報及び測定対象物に入射した超音波波形のインパルス応答情報から得た規格化されたインパルス応答情報が求められる。しかしながら本実施形態では、後述する信号規格化ステップのアルゴリズムを用いて、より正確な「規格化されたインパルス応答信号」が取得され、それに基づいてこれ以降の計算が行われる。
【数3】
【0054】
ここで、
図6は、樹脂プレート9に接する微小伝送路51から順に、各微小伝送路51の特性インピーダンスZ
1、Z
2…Z
nを推定していく様子を概念的に示した図である。この図に示されるように、各微小伝送路51の特性インピーダンスZ
1、Z
2…Z
nを、樹脂プレート9に接している微小伝送路51から奥行方向に向かって順に推定していく。
【0055】
図7は、多重反射の影響について概念的に示した図である。次式4は、インパルス応答Γ
0(ω)を逆フーリエ変換したg
0(t)を表したものであるが、その第1項は多重反射の影響を受けない(
図7参照)。従って、この第1項の値から樹脂プレート9に接する微小伝送路51の特性インピーダンスZ
1を、次式5のように推定することができる。
【数4】
【数5】
【0056】
周波数領域の皮膚8の固有音響インピーダンスZ
x0は、Γ
0を用いると次式6のように表される。
【数6】
【0057】
また、Z
x0はさらに奥からのインパルス応答Γ
1を用いて次式7のようにも表される。
【数7】
【0058】
ここで、次式8、9にて表すように、γは伝播定数、αは減衰定数、βは位相定数、fは周波数であるが、本実施形態のアルゴリズムではα=0、及び皮膚8の全微小伝送路51の音速をc=1600(m/s)と仮定している。
【数8】
【数9】
【0059】
また、各微小伝送路51の距離Δlは次式10のように表され、ここでも音速をc=1600(m/s)と仮定している。Δtは皮膚8からの反射波形のサンプリング間隔の1ポイントに相当する(本実施形態ではΔt=2(ns))。
【数10】
【0060】
そして、上記の式をもとに、さらに奥にある微小伝送路51からのインパルス応答Γ
1を求めることができる(次式11)。即ち、Z
x0及びZ
1の値をもとに、Z
1の終点におけるΓ
1の値を推定することができる。
【数11】
【0061】
次式12は、インパルス応答Γ
1(ω)を逆フーリエ変換したg
1(t)を表したものであって、その第1項は多重反射の影響を受けない。従って、この第1項の値から当該微小伝送路51に隣接するさらに奥側の微小伝送路51の特性インピーダンスZ
2を推定することができ、同様にZ
x1、Γ
2(ω)も推定することができる(次式13,14,15)。
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【0062】
この工程を繰り返すことによって、各微小伝送路51の特性インピーダンス(固有音響インピーダンス)Z1、Z2…Znを推定することができる。この固有音響インピーダンス推定演算では伝搬中の多重反射を考慮しているが、実生体内では多重反射が小さいため、多重反射を無視しても実現は可能である。
【0063】
本実施形態のアルゴリズムでは、上記のような固有音響インピーダンス推定ステップを行って奥行方向の固有音響インピーダンス分布を推定した後、これを最終的にはBモードエコー像の元となる反射信号列を固有音響インピーダンス像に変換するようになっている。
【0064】
また、本実施形態のアルゴリズムでは、上記のような固有音響インピーダンス推定ステップを行う前に、さらに以下に示す所定の信号規格化ステップを実施する。
図8は、本実施形態の信号規格化ステップを概念的に説明したダイアグラムである。この信号規格化ステップでは、従来から行われている手法により、参照信号S
refを用いて標的信号S
tgtを周波数領域で規格化し、得られる第2規格化信号NS2から高周波成分のみを抽出する。その一方で、標的信号S
tgtを時間領域で規格化し、得られる第1規格化信号NS1を周波数領域に変換してから、低周波成分のみを抽出する。そして、第1規格化信号NS1に由来する低周波成分と、第2規格化信号NS2に由来する高周波成分とを周波数領域で合成して、規格化されたインパルス応答信号NSを取得する。その後、上記の規格化された周波数領域のインパルス応答信号NSを時間領域に変換することで、不要な低周波スプリアス成分を除去することができる。なお、必要な低周波成分と不要な低周波スプリアス成分とは、基本波1周期において出現する波の数をもって区別する。ここでの有用な低周波成分とは、基本波の1周期において例えば5個以上出現する波からなる低周波成分のことを言うものとする。一方、不要な低周波スプリアス成分とは、基本波の1周期において例えば5個未満出現する波からなる低周波成分のことを言うものとする。ちなみに、高周波成分とは、基本波の1周期において例えば20個以上出現する波からなる成分のことを言うものとする。
【0065】
図9は、本実施形態の信号規格化ステップをより具体的に説明したダイアグラムであり、以下これに基づいて詳細に説明する。
【0066】
この信号規格化ステップでは、第2規格化信号NS2を得るにあたり、まず、標的信号S
tgt及び参照信号S
refの両方に対して、両端が滑らかにゼロに近づく窓関数を作用させる。その結果、各信号からそれぞれ時間領域で波形が切り出される。このようにして切り出された信号の波形は、両端が同一の値となるように調整、整形される。次に、標的信号Stgt及び参照信号S
refをそれぞれフーリエ変換して周波数領域の信号に変換した後、参照信号S
refを用いて標的信号S
tgtを周波数領域で規格化(逆畳込処理)することにより、第2規格化信号NS2を得る。この段階の第2規格化信号NS2は、細かい波形(高周波成分)を含んでいる反面、不要な低周波スプリアス成分等も含んでいる(
図8中の右下の波形を参照)。さらにこの第2規格化信号NS2を例えばバンドパスフィルタを介して出力させ、当該信号に含まれている有用な高周波成分のみを抽出する。つまり、不要な低周波スプリアス成分や低周波成分が除去された、周波数領域の第2規格化信号NS2を得る。
【0067】
この信号規格化ステップでは、時間領域での規格化により第1規格化信号NS1を得るにあたり、以下のことを行う。即ち、参照物質からの応答信号である参照信号S
refをそのまま用いるのではなく、参照信号S
refから所定の基底信号を生成してそれを代わりに用いることで、時間領域の規格化を行う。具体的には、上記の第2規格化信号NS2のスペクトルから低周波成分及び高周波成分を除去したものを元信号とし、この元信号を逆フーリエ変換によって時間領域に変換する。次に、この信号に対し、ヒルベルト変換を利用した包絡線検波に相当する処理を行って当該信号のエンベロープを検知した後、各エンベロープのピーク位置を検出する。そして、検出されたピークの周辺で当該信号を時間軸方向に適当な間隔でシフトさせることにより、インパルスを有する基底信号をいくつか生成する。そして、最小二乗法を使用して、これら複数の基底信号についての強度の最適な組み合わせを計算し、線形結合する。この結合の結果得られた信号(便宜上「結合基底信号」とする。)を参照信号S
refの代わりに用いて、標的信号S
tgtを時間領域で規格化(逆畳込処理)する。この処理により、第1規格化信号NS1が得られる。なお、このような結合基底信号では、想定されるインパルスの数が制限されている(別の言い方をすると、強度の強いインパルスのみが含まれている)ため、得られる第1規格化信号NS1は高周波成分の欠落によって時間分解能が低くなる。ただし、不要な低周波スプリアス成分を含むものではないため、第1規格化信号NS1のベースラインはほぼ水平で比較的安定したものとなる(
図8中の左上の波形を参照)。次に、上記の第1規格化信号NS1をフーリエ変換して周波数領域の第1規格化信号NS1に変換してから、所定のしきい値が設定されたローパスフィルタを介して出力させることで、有用な低周波成分のみを抽出する。
【0068】
さらにこの信号規格化ステップでは、第1規格化信号NS1に由来する有用な低周波成分と、第2規格化信号NS2に由来する有用な高周波成分とを周波数領域で合成して、規格化されたインパルス応答信号NSを取得する(
図8中の右上の波形を参照)。そして最後に、上記の規格化された周波数領域のインパルス応答信号NSを逆フーリエ変換して、規格化された周波数領域のインパルス応答信号NSとする。
【0069】
次に、本実施形態の超音波画像構築装置1において固有音響インピーダンス画像を構築するために、プロセッサであるCPU31が実行する演算処理について、
図10のフローチャートを用いて説明する。
【0070】
まず、測定対象物であるヒトの皮膚8(例えば、比較的浅い位置に太い血管(けい静脈、けい動脈)が存在している首の皮膚8など)を樹脂プレート9の上面に押し付けるようにして接触配置させる。この状態で、まず超音波プローブ6に初期動作を行わせる。即ち、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27を作動させることにより、モータ28X,28Yを駆動し、リファレンス部材10がある位置にて超音波照射が行われるようにX-Yステージ14を移動させる。
【0071】
またこのとき、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されると、
図5(a)に示すように、リファレンス部材10に超音波S
oが照射され、その反射波である参照信号S
ref(ω)が受信回路22を経て検波回路24で検出される。そして、反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得し、そのデータをリファレンス部材10からの超音波波形のインパルス応答のデータ(即ち参照信号データ)としてメモリ33に記憶する(ステップS100)。
【0072】
その後、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27によりモータ28X,28Yが駆動され、X-Yステージ14による二次元走査が開始される。CPU31は、エンコーダ26の出力に基づいて測定点の座標データを取得する(ステップS110)。
【0073】
そして、
図4(a)に示すように、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されることにより、皮膚8に超音波Soが照射され、その反射波である標的信号S
tgt(ω)が受信回路22を経て検波回路24で検出される。反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得し、そのデータを皮膚8からの超音波波形のインパルス応答のデータ(即ち標的信号データ)として座標データに関連付けてメモリ33に記憶する(ステップS120)。
【0074】
次いで、信号規格化手段としてのCPU31は、上述した信号規格化ステップのアルゴリズムを実行し、規格化されたインパルス応答信号NSを取得する(ステップS125)。
【0075】
次いで、固有音響インピーダンス推定手段としてのCPU31は、規格化されたインパルス応答信号NSのデータを用いて、上記のアルゴリズムのうち、TDR法の原理を参考とした固有音響インピーダンス推定分布ステップの演算を実行する。そしてCPU31は、その演算により皮膚8における測定点での奥行方向の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定し、その推定結果を座標データに関連付けてメモリ33に記憶する(ステップS130)。
【0076】
その後、画像構築手段としてのCPU31は、奥行方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて、固有音響インピーダンス像(断層像)を構築するための画像処理を行う(ステップS140)。詳しくは、CPU31は、固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいてカラー変調処理を行い、固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けして表示した画像データを構築し、該画像データをメモリ33に記憶する。
【0077】
次いで、CPU31は、全ての測定点での処理が終了して、全ての測定点で画像データが取得されたか否かを判断する(ステップS150)。ここで、全データが取得されていない場合には(ステップS150:NO)、CPU31は、ステップS110に戻って、ステップS110~S140の処理を繰り返して実行する。全データが取得された場合には(ステップS150:YES)、CPU31は、次ステップS160に移行する。
【0078】
そして、CPU31は、該データを表示装置36に転送し、あらかじめ定めた直線上における固有音響インピーダンス像(断層像)を表示させた後(ステップS160)、
図10の処理を終了するようになっている。このような一連の処理により、皮膚8での固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けされた固有音響インピーダンス像(断層像)が表示される。
【0079】
ここで、
図11(a)は本実施形態の信号処理方法を経て皮膚8の固有音響インピーダンス分布を推定して得た音響インピーダンス像、
図11(b)は周波数領域のみで規格化を行う従来の信号処理方法を経て皮膚8の固有音響インピーダンス分布を推定して得た音響インピーダンス像である。
【0080】
図11(a)に示されるように、本実施形態の方法による音響インピーダンス像では、特に真皮領域の皮膚構造の詳細といくつかの層とを明確に見ることができた。また、角質層と乳頭層との間の領域は、真皮領域に比べて低い固有音響インピーダンス値を示した。これは、乳頭層の下層領域がケラチノサイトなどの細胞で満たされている一方で、固有音響インピーダンス値が高い真皮領域は構造的に硬いエラスチンとコラーゲンとで構成されているという事実と一致するものであった。
【0081】
それに対し、
図11(b)に示す従来方法による音響インピーダンス像では、これらの構造の違いを区別できず、各層の詳細や違いをはっきりと見ることができなかった。そこで、従来方法により得られた規格化されたインパルス応答信号が高周波成分のノイズを含んでいること、にその原因があると予想した。
【0082】
図12(a)は本実施形態の信号処理方法により得られた規格化されたインパルス応答信号の強度(時間依存反射係数)を示すグラフ、
図12(b)は前記信号から算出した固有音響インピーダンスを示すグラフ、
図12(c)は周波数領域のみで規格化を行う従来の信号処理方法により得られた規格化されたインパルス応答信号の強度を示すグラフ、
図12(d)は前記信号から算出した固有音響インピーダンスを示すグラフである。
【0083】
図12(a)の信号波形と
図12(c)の信号波形とを比較した場合、前者のほうが後者よりも良好なプロファイルを有していることがわかった。つまり、後者では信号波形の全域にわたり低周波スプリアス成分が重畳しており、信号のベースラインがうねった不安定な状態となっていた。一方、前者ではこのような低周波スプリアス成分の重畳は見られずベースラインもほぼ水平で安定していた。また、後者では信号波形の全域にわたり高周波成分のノイズが含まれていたため、反射係数の絶対値が小さい領域において波形を正確に把握することが困難であった。一方、前者ではこのような高周波成分のノイズが殆ど含まれていないため、反射係数の絶対値が小さい領域において波形を比較的正確に把握することが可能であった。それゆえ、
図12(b)に示す固有音響インピーダンスのプロファイルのほうが、
図12(d)に示す固有音響インピーダンスのプロファイルよりも良好であり、信頼性が高いものであると結論付けた。
【0084】
従って、本実施の形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0085】
(1)本実施形態の超音波画像構築装置1では、上述した所定の信号規格化ステップを行うことを特徴とする。即ち、この信号規格化ステップでは、標的信号Stgtを時間領域で規格化して得られる第1規格化信号NS1から低周波成分のみを抽出する。また、参照信号Srefを用いて標的信号Stgtを周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号NS2から高周波成分のみを抽出する。そして、第1規格化信号NS1に由来する低周波成分と第2規格化信号NS2に由来する高周波成分とを合成することにより、規格化されたインパルス応答信号NSを取得する。さらにこの後、規格化されたインパルス応答信号NSに基づく固有音響インピーダンス分布の推定、固有音響インピーダンス像の画像データの構築を順次行い、最終的に固有音響インピーダンス像を得るようにしている。この装置1の場合、標的信号Stgtを時間領域で規格化して得られる第1規格化信号NS1は、分解能の低い高周波成分を含んでいるものの、誤差の小さい有用な低周波成分のみが抽出されることで、当該信号から上記の不要な高周波成分が除去される。また、標的信号Stgtを周波数領域で規格化して得られる第2規格化信号NS2は、相対的に誤差の大きい低周波成分及び低周波スプリアス成分を含んでいるが、相対的に誤差の小さい有用な高周波成分のみが抽出されることで、当該信号から上記の不要な低周波スプリアス成分が除去される。それゆえ、第1規格化信号NS1に由来する有用な低周波成分と、第2規格化信号NS2に由来する有用な高周波成分とを合成して両者の不正確な部分を相補うことにより、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号NSが比較的簡単かつ確実に取得可能となる。ちなみに、本実施形態の信号規格化ステップによれば、周波数領域のみで信号規格化を行う従来方法に比較して、不要な低周波スプリアス成分を1/10以下に抑制することができる。また、本発明によると、所望とする固有音響インピーダンス像を得るために従来必須とされていた規格化後の信号補正処理を省略することができる。以上の結果、微細な内部構造を有する非常に薄い皮膚8についての安定感のある固有音響インピーダンス像を、規格化後の信号補正処理に頼らずに比較的簡単かつ確実に構築することができる。
【0086】
また、本実施形態によれば、微細な層構造を有する非常に薄い皮膚8の超音波断層像を、その層構造が感覚的に理解しやすい固有音響インピーダンス像として比較的簡単にかつ高い精度で構築することができる。なお、この装置1により得られる固有音響インピーダンス像は、標的物質を切断することなく(即ち非侵襲で)、層ごとの力学特性の断面分布(深さ分布)情報を、推定した固有音響インピーダンスの絶対値ごとに色分けして画像化したものである。それゆえ、この像は感覚的に層構造が理解しやすいものなっている。
【0087】
ここで、一般に通常の超音波診断装置で得られる超音波Bモードエコー像では、皮膚8等の生体組織内部の層情報は一応得られるものの、得られる画像は固有音響インピーダンスがある程度以上の差を有する層同士の界面からの反射像である。即ち、固有音響インピーダンスの差がある程度小さくなると、組織学的には界面が存在しても検出されず、その構造を反映した画像を形成することが極めて困難となっていた。つまり、一般的な反射像では生体組織の微細な内部構造、微細な層構造が反映された生体組織内部の反射像(固有音響インピーダンスの違い)を把握するのには不十分であった。これに対して、この超音波画像構築装置1によると、従来の超音波Bモードによって全く検出することができなかった力学特性分布に基づく皮膚8の層構造を、十分な解像度を持った鮮明な断層像として捉えることができるようになった。また、このような鮮明な断層像は、他の非侵襲可視化装置(光干渉断層撮影装置(OCT)や、in vivo共焦点顕微鏡など)では取得不能であったため、この超音波画像構築装置1が具現化されたことの意義は大きい。以上のように、本実施形態の超音波画像構築装置1によると、皮膚8の状態(皮膚8の層ごとの力学特性に関する状態)を簡便にかつ非侵襲的に評価することができる。
【0088】
(2)本実施形態の超音波画像構築装置1の場合、低周波抽出ステップでは、第2規格化信号NS2のスペクトルから低周波成分及び高周波成分を除去したものを元信号として用いている。そして、この元信号を時間領域に変換してピークの検出を行い、さらに前記ピークの周辺にインパルスを有する基底信号を生成する。次いで基底信号を参照信号Srefの代わりに用いて、標的信号Stgtを時間領域で規格化する。従って、基底信号の生成等を行うことなく従来どおり時間領域で規格化する信号処理方法に比べて、規格化に要する計算の労力が小さくなることから、計算時間を短縮することができる。よって、信号規格化手段としてのCPU31に対する負担を軽減しつつ、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号NSをより簡単に取得することができる。
【0089】
なお、本発明の実施形態は以下のように変更してもよい。
【0090】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、信号規格化ステップ中の低周波抽出ステップにおいて、第2規格化信号NS2のスペクトルから低周波成分及び高周波成分を除去したものを元信号として用いて所定の結合基底信号を生成したが、このような方法に限定されず次のような方法を採用してもよい。例えば、
図13に示すように、信号規格化ステップ中の低周波抽出ステップにおいて、まず、いずれも時間領域の参照信号S
ref及び標的信号S
tgtからそれぞれLPF(ローパスフィルタ)にて高周波成分を除去する。そして、データをサンプルする時間間隔を長くするダウンサンプリングを行う。このダウンサンプリングにおいて、間引きしたサンプリング点のデータをそのまま使用してもよいが、サンプリング点周辺で間引きされたデータの平均値を使用してもよい。ダウンサンプリング処理後の参照信号S
refを用い、当該信号を時間軸方向に適当な間隔でシフトさせて、インパルスを有する基底信号をいくつか生成する。そして、上記実施形態と同じく最小二乗法を使用して複数の基底信号を線形結合し、このようにして得た結合基底信号を参照信号の代わりに用いて、ダウンサンプリング処理後の標的信号S
tgtを時間領域で規格化(逆畳込処理)する。この方法によれば、ダウンサンプリング処理を行うことなく従来どおり時間領域で規格化する信号処理方法に比べて、データのサンプル数が減って規格化に要する計算の労力が小さくなることから、計算時間を短縮することができる。よって、上記実施形態のときと同様に、信号規格化手段としてのCPU31に対する負担を軽減しつつ、信頼性の高い規格化されたインパルス応答信号NSをより簡単に取得することができる。
【0091】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、リファレンス部材10からの応答信号を参照信号Srefとして用いて演算処理を行ったが、これに限定されるものではない。この参照信号Srefとしては、樹脂プレート9の上面において皮膚8が接触していない箇所からの応答信号であればよく、例えば、樹脂プレート9の上面において皮膚8もリファレンス部材10も接触していない箇所(具体的には、リファレンス部材10よりも外側に位置する樹脂プレート9の表面)からの応答信号を用いてもよい。言い換えると、樹脂プレート9と空気層との界面からの応答信号を参照信号Srefとして利用してもよい。
【0092】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、下方から超音波を照射する倒立型の超音波顕微鏡2を用いて超音波の照射を行ったが、上方から超音波を照射する正立型の超音波顕微鏡を用いてもよい。
【0093】
・上記実施形態では、基本的に疾患を有していない比較的健康な皮膚8を対象として、その状態を評価する目的で超音波画像構築装置1を用いたが、これに限定されない。例えば、皮膚がんなどの疾患に伴う皮膚の異常を早期に検出する目的で超音波画像構築装置1を用いてもよい。
【0094】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、標的物質がヒトの首の皮膚8であったが、首以外の他の部位(例えば頬など)における皮膚8であっても勿論よい。また、標的物質は皮膚8でなくてもよく、例えば内臓、筋肉、脳、歯、爪、骨の表層部などであっても勿論よい。また、標的物質は上記のような生体組織に限らず、例えばヒトのグリア細胞をはじめとする各種の培養細胞(付着性細胞)であってもよい。さらにいうと、標的物質は必ずしも生体組織や生物でなくてもよく、非生物(例えば塗膜など)であってもよい。換言すると、本発明の超音波画像構築装置1は医療分野、美容分野、化粧品分野のみに限定されず、例えば工業分野などの分野においても使用されることができる。
【0095】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1は、標的物質に対して超音波トランスデューサ13を二次元方向に相対的に走査させる走査手段を備えていたが、これに代えて超音波トランスデューサ13を一次元方向にのみ相対的に走査させる走査手段を備えたものとしてもよい。また、走査手段は必須の構成ではないため省略しても勿論よく、この場合には装置を小型化、簡略化、低コスト化することが可能となる。
【0096】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、奥行方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて固有音響インピーダンス像を構築したが、これに限定されない。例えば、奥行方向の音速分布を推定し、その結果に基づいて音速像を構築してもよい。
【0097】
・上記実施形態の超音波画像構築装置1では、超音波Bモードエコー画像の元となる反射信号列から固有音響インピーダンス像を構築してそれを表示装置36に表示させるように構成したが、固有音響インピーダンス像ばかりでなく超音波Bモードエコー像も表示できるようにしても勿論よい。また、超音波Bモードエコー像を表示する汎用の超音波診断装置に上記実施形態のアルゴリズムを組み込むことで、超音波画像構築装置1として動作させるようにしてもよい。
【0098】
・上記実施形態では、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を奥行方向の固有音響インピーダンス像に変換するにあたり、標的物質内での多重反射を考慮した解析手法を採用したが、これに限定されない。例えば、生体の軟組織のように多重反射の影響が小さいと考えられる場合、標的物質内での多重反射を敢えて考慮しない解析手法を採用してもよい。
【0099】
・上記実施形態では、パルス波として超音波パルスを用いて標的信号Stgt及び参照信号Srefを得ていたが、これ以外の波動(例えば、電波や光等の電磁波、音波など)のパルスを用いて標的信号Stgt及び参照信号Srefを得た場合について本発明の信号処理方法を適用してもよい。
【符号の説明】
【0100】
1…超音波画像構築装置
8…標的物質としての生体の軟組織(皮膚)
9…基体としての樹脂プレート
10…参照物質としてのリファレンス部材
13…超音波振動子としての超音波トランスデューサ
31…信号規格化手段、固有音響インピーダンス推定手段、画像構築手段、プロセッサとしてのCPU
51…微小伝送路
Stgt…標的信号
Sref…参照信号
NS1…第1規格化信号
NS2…第2規格化信号
NS…規格化されたインパルス応答信号