(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】細胞標識剤及び細胞標識キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20230614BHJP
C07H 5/06 20060101ALI20230614BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20230614BHJP
【FI】
G01N33/48 P
C07H5/06
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2019569074
(86)(22)【出願日】2019-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2019002440
(87)【国際公開番号】W WO2019151128
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2018018172
(32)【優先日】2018-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100133592
【氏名又は名称】山口 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【氏名又は名称】末富 孝典
(72)【発明者】
【氏名】徐 岩
(72)【発明者】
【氏名】石塚 匠
(72)【発明者】
【氏名】趙 珮妍
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-515875(JP,A)
【文献】特表2017-505770(JP,A)
【文献】特表2011-504507(JP,A)
【文献】特表2016-506905(JP,A)
【文献】特表2013-525425(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0344527(US,A1)
【文献】AGARWAL Paresh et al.,Systemic Fluorescence Imaging of Zebrafish Glycans with Bioorthogonal Chemistry,Angewandte Chemie International Edition,ドイツ,Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA,2015年,Vol.54, Iss.39,pp.11504-11510
【文献】BATEMAN Leslie et al.,N-Propargyloxycarbamate monosaccharides as metabolic chemical reporters of carbohydrate salvage path,Chemical Communications,英国,Royal Society of Chemistry,2013年,Vol.49, Iss.39,pp.4328-4330
【文献】NING, X. et al.,Visualizing Metabolically Labeled Glycoconjugates of Living Cells by Copper-Free and Fast Huisgen Cy,Angewandte Chemie International Edition,2008年,Vol.47, No.12,p.2253-2255,全体。特に、第2253頁
【文献】AGARD, N. J. et al.,A Strain-Promoted [3+2] Azide-Alkyne Cycloaddition for Covalent Modification of Biomolecules in Livi,Journal of the American Chemical Society,2004年,Vol.126, No.46,p.15046-15047,全体。特に、第15046頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48,33/58,
C07H 7/027,13/12,
C12Q 1/02,
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞のシアル酸生合成経路でシアル酸に代謝される6員環構造の単糖誘導体を含み、
前記単糖誘導体における6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、前記シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない少なくとも1つの基が、
環構造を含
み、
前記環構造を含む基は、
下記(d)~(h)及び(m)
【化1】
からなる群から選択される、
細胞標識剤。
【請求項2】
前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(I)
【化2】
で表される、
請求項1に記載の細胞標識剤。
【請求項3】
前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(II)
【化3】
で表される、
請求項1に記載の細胞標識剤。
【請求項4】
前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(III)
【化4】
で表される、
請求項1に記載の細胞標識剤。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれか一項に記載の細胞標識剤と、
前記細胞の外に提示された、前記シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない前記基と反応して前記シアル酸に結合するレポーター物質と、
を備える、細胞標識キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞標識剤及び細胞標識キットに関する。
【背景技術】
【0002】
シアル酸生合成経路による単糖類の代謝を利用して、細胞表面にある糖鎖を標識する代謝ラベリング法が知られている。代謝ラベリング法では、例えば、アジド基を有するN-アセチルマンノサミン(ManNAc)の誘導体(ペルアセチル化N-アジドアセチルマンノサミン、Ac4ManNAz)が使用される。細胞内に取り込まれたAc4ManNAzは、細胞質で酵素によって脱アセチル化され、対応するN-アジドアセチルシアル酸(SiaNAz)に代謝される。SiaNAzはシアロ糖複合体に組み込まれる。そして、SiaNAzは糖鎖とともに細胞表面に提示される。SiaNAzが有するアジド基には、銅触媒を用いたアジド-アルキンの付加環化反応(CuAAC)等のクリック反応によって、蛍光色素等を有するレポーター物質を付加することができる。
【0003】
非特許文献1には、ペルアセチル化N-(4-ペンチノイル)マンノサミン(Ac4ManNAl)を用いた代謝ラベリング法が開示されている。Ac4ManNAlは細胞において対応するシアル酸(SiaNAl)に代謝され、SiaNAlが細胞表面に提示される。SiaNAlは末端にアルキンを有するため、当該アルキンとアジドとをCuAACで反応させることで、レポーター物質を細胞表面の糖鎖に付加することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Chang,Pamela V.、外6名、「Metabolic Labeling of Sialic Acids in Living Animals with Alkynyl Sugars.」、Angew.Chem.Int.Ed.Engl.、2009年、48、4030-4033
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Ac4ManNAz及びAc4ManNAlでは、細胞表面に提示されたシアル酸が有するアジド又はアルキンを介してレポーター物質を糖鎖に付加するためにCuAACを利用しなければならない。銅は生体に対して毒性を有するため、Ac4ManNAz又はAc4ManNAlを用いた細胞への生体内でのレポーター物質の付加は安全であるとは言い難い。したがって、Ac4ManNAz及びAc4ManNAlを臨床に応用するのは困難である。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、安全性が高く、臨床に応用することができる細胞標識剤及び細胞標識キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の観点に係る細胞標識剤は、
細胞のシアル酸生合成経路でシアル酸に代謝される6員環構造の単糖誘導体を含み、
前記単糖誘導体における6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、前記シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない少なくとも1つの基が、
環構造を含
み、
前記環構造を含む基は、
下記(d)~(h)及び(m)
【化1】
からなる群から選択される。
【0008】
この場合、前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(I)
【化2】
で表される、
こととしてもよい。
【0009】
また、前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(II)
【化3】
で表される、
こととしてもよい。
【0010】
また、前記単糖誘導体は、
前記環構造を含む基をRとして、式(III)
【化4】
で表される、
こととしてもよい。
【0012】
本発明の第2の観点に係る細胞標識キットは、
上記本発明の第1の観点に係る細胞標識剤と、
前記細胞の外に提示された、前記シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない前記基と反応して前記シアル酸に結合するレポーター物質と、
を備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、反応性に富む環構造を細胞表面に提示させることができるため、銅触媒を使用せず細胞を標識できる。よって、本発明に係る細胞標識剤及び細胞標識キットは安全性が高く、臨床に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】シアル酸生合成経路における一連の反応を示す模式図である。
【
図2】本発明の実施例1に係る単糖誘導体の合成方法及び構造を示す図である。
【
図3】実施例1に係る単糖誘導体と蛍光物質を含むレポーター物質とのクリック反応を示す図である。
【
図4】実施例1に係る単糖誘導体に結合した蛍光物質の蛍光スペクトルを示す図である。
【
図5】実施例1に係る単糖誘導体に結合した蛍光物質の蛍光スペクトルの経時変化を示す図である。
【
図6】実施例1に係る単糖誘導体を介して蛍光物質を付加した細胞の蛍光画像を示す図である。
【
図7】実施例1に係る単糖誘導体を25μMの濃度で含む培地で培養した細胞を、FAM-テトラジンに暴露した場合(+)及びFAM-テトラジンに暴露しない場合(-)の細胞の蛍光画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る実施の形態について説明する。なお、本発明は下記の実施の形態によって限定されるものではない。
【0016】
(実施の形態)
本実施の形態に係る細胞標識剤は、細胞のシアル酸生合成経路でシアル酸に代謝される単糖誘導体を含む。本実施の形態における細胞は、シアル酸生合成経路が機能する細胞であれば特に限定されない。好ましくは、細胞は動物細胞である。細胞は、生体から採取した細胞、初代培養細胞又は細胞株であってもよい。細胞は、正常細胞であってもよいし、がん化した細胞、すなわちがん細胞であってもよい。
【0017】
シアル酸生合成経路は、細胞内に取り込まれたManNAc等の単糖誘導体を、種々の酵素によって対応するシアル酸に代謝し、シアル酸を有する糖鎖に変換する経路である。シアル酸生合成経路でシアル酸に代謝される単糖類は、6員環構造を母体とする。よって、上記単糖誘導体は、6員環構造である。なお、シアル酸とは、ノイラミン酸の誘導体の総称で、特には、ノイラミン酸のアシル誘導体の総称である。
【0018】
図1には、種々の酵素によってAc
4ManNAlを代謝し、SiaNAl(一点鎖線で包囲)が結合した糖鎖に変換するシアル酸生合成経路が示されている。Ac
4ManNAlが細胞内に取り込まれると、細胞質でのA~Eの反応を介して、核内でCMP-シアル酸となり、F及びGの反応を経て、SiaNAlが結合した糖鎖が細胞表面に提示される。A、B、C、D、E、F及びGの反応は、それぞれ非特異的エステラーゼ、ManNAc 6-キナーゼ、シアル酸9-リン酸シンターゼ、シアル酸9-ホスファターゼ、CMP-シアル酸シンテターゼ、CMP-シアル酸ゴルジトランスポーター及びシアル酸トランスフェラーゼの作用による。
【0019】
シアル酸生合成経路でシアル酸に代謝される単糖誘導体としては、例えば、マンノサミン誘導体、グルコサミン誘導体及びシアル酸が挙げられる。マンノサミン誘導体、グルコサミン誘導体及びシアル酸は、6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基を少なくとも1つ有する。なお、本明細書での「基」とは、原子の集団、すなわち原子団を意味する。よって、「基」には、6員環を構成する炭素原子に直接結合した水素原子は含まない。
【0020】
図1においてマンノサミン誘導体であるAc
4ManNAlの構造と、代謝によって生成したSiaNAlの構造とを比較すると、Ac
4ManNAlのアミノ基を含む、二点鎖線で包囲された基は、SiaNAlにおいて維持されている。二点鎖線で包囲された当該基が、単糖誘導体における6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、Ac
4ManNAlにおけるシアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基である。
【0021】
本実施の形態に係る単糖誘導体は、単糖誘導体における6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない少なくとも1つの基が、炭素と炭素との二重結合又は三重結合を有する環構造を含む。
【0022】
単糖誘導体としてマンノサミン誘導体を用いる場合、環構造を含む基をRとすると、単糖誘導体は、好ましくは、式(I)
【化5】
で表される。
【0023】
また、単糖誘導体としてグルコサミン誘導体を用いる場合、例えば、式(II)
【化6】
で表される単糖誘導体が好ましい。
【0024】
式(I)で表されるマンノサミン誘導体及び式(II)で表されるグルコサミン誘導体の場合、6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、単糖誘導体がシアル酸生合成経路でシアル酸に代謝されても変化しない基は、2位に結合したアミノ基を含む基(-NH-C(=O)-O-C-R)である。Rは2位に結合した基に含まれている。
【0025】
シアル酸の構造を例示すると、シアル酸は、式(IV)
【化7】
で表される。式(IV)で表されるシアル酸において、6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基は、2位に結合したカルボキシル基(1位の炭素を含む-COOH)、4位に結合したヒドロキシ基(-OH)、5位に結合したアセチルアミド基(-NHAc)及び6位に結合した基(7位、8位及び9位の炭素を含む-C(OH)-C(OH)-C(OH))である。
【0026】
単糖誘導体としてシアル酸を用いる場合、式(III)
【化8】
で表される単糖誘導体が好ましい。
【0027】
式(III)で表される単糖誘導体では、6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基は、2位に結合したカルボキシル基、4位に結合したヒドロキシ基、5位に結合したアセチルアミド基及び6位に結合した基(-C(OH)-C(OH)-C-NH-C(=O)-O-C-R)である。Rは6位に結合した基に含まれている。
【0028】
単糖誘導体が式(III)で表されるシアル酸の場合、単糖誘導体は細胞内に取り込まれて、核内に輸送される(
図1におけるE)。その後、単糖誘導体は、Ac
4ManNAlと同様に、ゴルジ体を経て、細胞表面に提示される。
【0029】
上記のRとしては、炭素と炭素との二重結合又は三重結合を有する環構造を含む種々の基が挙げられる。例えば、Rの構造は下記(a)~(m)に例示される。好適には、Rは(a)に示される。
【化9】
【0030】
本実施の形態に係る単糖誘導体は、単糖を出発物質として、構造に基づいて公知の方法により合成することができる。例えば、式(I)で表される単糖誘導体は、マンノサミン塩酸塩のアミノ基にRを有する化合物を結合させ、得られたマンノサミン誘導体をアセチル化すればよい。同様に、式(II)で表される単糖誘導体は、グルコサミン塩酸塩のアミノ基にRを有する化合物を結合させ、得られたグルコサミン誘導体をアセチル化すればよい。合成した単糖誘導体の構造は、核磁気共鳴法(Nuclear Magnetic Resonance、NMR)及び質量分析法(Mass Spectrometry、MS)等を用いた常法によって確認できる。
【0031】
本実施の形態に係る細胞標識剤は、上記単糖誘導体のみを含んでもよいし、上記単糖体誘導体を有効成分として含み、薬理的に許容される担体をさらに含んでもよい。薬理的に許容される担体は、製剤材料として用いられる各種の有機担体物質又は無機担体物質である。細胞標識剤は、例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤及び緩衝剤等を含んでもよい。また、細胞標識剤は、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤及び甘味剤等の添加物を含んでもよい。細胞標識剤の形態は、特に限定されず、例示すると、液剤、顆粒、錠剤及びカプセル剤等である。
【0032】
細胞標識剤が、単糖誘導体とその他の成分との合剤とする場合、単糖誘導体とその他成分とを配合し、公知の方法で製剤化すればよい。細胞標識剤における単糖誘導体の含量は特に限定されず、例えば、細胞標識剤には単糖誘導体が1~100重量%、5~95重量%、10~90重量%、20~80重量%、30~70重量%又は40~60重量%含まれる。
【0033】
上述のように、上記単糖誘導体がシアル酸生合成経路で代謝されることで、Rが細胞表面に提示される。したがって、本実施の形態に係る細胞標識剤によって細胞を標識することができる。Rは炭素と炭素との二重結合又は三重結合を有する環構造を含む基であるため、反応性に富む。Rは、通常は生体中に存在しない構造であるため、例えばテトラジン又はアジド等とRとの間でクリック反応等のバイオオルソゴナルな反応に供することができる。これにより、Rを介して種々の機能性物質を細胞表面の糖鎖に特異的に付加することができる。
【0034】
次に、本実施の形態に係る細胞標識剤の使用方法について説明する。上記細胞標識剤で細胞を標識するには、細胞を含む培地に細胞標識剤を添加し、細胞を細胞標識剤に暴露すればよい。培地に細胞標識剤を添加する際の濃度は、例えば、培地における単糖誘導剤の濃度が0.1~1mM、0.1~500μM、0.1~50μM、0.1~30μM、又は1~25μMである。
【0035】
細胞を細胞標識剤に暴露する時間は、細胞の種類及び細胞におけるシアル酸生合成経路の活性に応じて適宜調整されるが、12~96時間又は48~96時間、好適には72時間である。細胞標識剤への暴露後、培地に残存する単糖誘導体を除去し、細胞を洗浄すればよい。こうすることで、細胞表面に提示されたRによって標識された細胞を得ることができる。
【0036】
例えば、Rで標識された細胞は可視化することができる。細胞を可視化する場合、Rと反応するレポーター物質を用いればよい。レポーター物質としては、例えばテトラジン又はアジドに結合させた蛍光物質及び発光物質等が挙げられる。蛍光物質としては、FAM、シアニン色素、Cy3、Cy5、ピレン及びローダミン等が挙げられる。Rで標識された細胞を、テトラジンに結合させた蛍光物質を含むレポーター物質に暴露することで、テトラジンがRと反応し、細胞表面に蛍光物質を付加することができる。なお、Rで標識された細胞を溶解させて得たライセートにレポーター物質を反応させてもよい。
【0037】
レポーター物質に蛍光物質を用いた場合、細胞を蛍光観察によって画像に捉えることができる。観察の方法としては、レポーター物質の種類に応じて、蛍光顕微鏡観察、蛍光内視鏡観察、共焦点内視鏡観察、多光子励起蛍光顕微鏡観察、狭帯域光観察及び共光干渉断層画像観察等が用いられる。
【0038】
本実施の形態に係る細胞標識剤は、in vitroに限らず、生体内(in vivo)でも細胞を標識することができる。生体内の細胞を標識する場合、当該細胞標識剤を対象に投与すればよい。当該細胞標識剤の投与対象は、動物、例えばゼブラフィッシュ、メダカ、カエル、マウス、ラット、イヌ、ウサギ、チンパンジー、サル及びヒトである。
【0039】
細胞標識剤の投与経路は特に限定されない。細胞標識剤は、経口的、又は非経口的に投与できる。細胞標識剤は、全身投与でも局所投与でもよい。ヒトに投与する場合、細胞標識剤は、例えば、血管内、舌下、直腸内、腹膣内、皮膚、皮下、皮内、膀胱内、気管、眼、鼻及び耳等への注射又はカテーテルを介しての注入、噴霧、あるいは塗布等の方法で投与される。
【0040】
細胞標識剤の投与量は、標的とする細胞を標識できる量であれば特に限定されない。細胞標識剤を動物に投与する場合には、投与形態、投与経路及び投与量が対象となる動物の体重又は状態によって適宜選択される。また、細胞標識剤の投与量は、標的とする細胞及びレポーター物質の種類によっても調整される。ヒトに投与する場合、投与量は、例えば、1回あたり0.01~1000mg/kg、0.1~100mg/kg、又は1~10mg/kgである。
【0041】
細胞標識剤を投与した動物、例えばマウスにおいてRで標識された細胞を可視化又は検出するには、マウスから標的の細胞を採取し、上述のように当該細胞をレポーター物質に暴露すればよい。当該細胞表面にRが付加されている場合は、レポーター物質によって細胞を可視化又は検出できる。なお、観察を容易にするため、細胞を固定化してもよい。また、細胞標識剤を投与したマウスの臓器等の組織から公知の方法で作製した組織切片をレポーター物質に暴露してもよい。
【0042】
以上詳細に説明したように、本実施の形態に係る細胞標識剤によれば、Rが反応性に富むため、銅触媒を用いなくてもレポーター物質等の機能性物質を細胞表面に付加することができる。よって、細胞標識剤を生体に投与しても安全性が高く、臨床に広く応用することができる。
【0043】
なお、式(III)で表されるシアル酸においてRが6位に結合した基に含まれる場合、Rは6位に結合した基の末端、すなわち9位の炭素に結合した基に限らず、7位又は8位の炭素に結合した基に含まれてもよい。単糖誘導体が式(III)で表されるシアル酸の場合、
図1に示すA~Dの反応を経ずに核内に輸送され、細胞表面にシアル酸が提示される。このため、式(III)で表される単糖誘導体によれば、マンノサミン誘導体及びグルコサミン誘導体よりも早く細胞表面に提示されるため、より高い効率で細胞を標識することができる。
【0044】
なお、単糖誘導体が式(III)で表されるシアル酸の場合、Rは、2位に結合したカルボキシル基を置換した基、4位又は5位に結合した基に含まれていてもよい。単糖誘導体が式(III)で表されるシアル酸の場合、レポーター物質等と効率よく反応させるため、Rは5位又は9位に結合した基に含まれるのが好ましい。
【0045】
なお、単糖誘導体は、式(IV)で表されるシアル酸であって、その6員環を構成する炭素原子に結合した基のうち、シアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基にRを含むものであってもよい。当該単糖誘導体であっても、式(III)で表される単糖誘導体と同様に、細胞を効率よく標識することができる。
【0046】
また、本実施の形態に係る細胞標識剤は、細胞又は細胞表面の糖鎖の捕捉にも有用である。細胞を捕捉する場合、例えば、クリック反応を利用してRにビオチンを結合させればよい。表面にビオチンが付加された細胞は、例えばストレプトアビジンを担体に固定化したカラムで捕捉することができる。また、細胞表面の糖鎖にRが付加されるので、細胞標識剤は糖鎖の検出又は定量にも有用である。
【0047】
また、レポーター物質は、放射性核種を含んでもよい。放射性核種を細胞表面に付加することで、オートラジオグラフィー、陽電子放射断層法(PET)又はコンピュータ断層画像投影法(SPECT)によって細胞を検出又は可視化できる。放射性核種は、特に限定されず、使用の態様によって選択される。
【0048】
例えば、PETによる細胞の検出の場合は、11C、14C、13N、15O、18F、19F、62Cu、68Ga及び78Br等の陽電子を放出する核種を用いればよい。SPECTによる細胞の検出の場合は、例えば、99mTc、111In、67Ga、201Tl、123I及び133Xe等のγ線を放出する核種を用いればよい。
【0049】
また、Rを介してフリーラジカルを与える官能基等を細胞表面に付加してもよい。がん細胞の表面にフリーラジカルを与える官能基を付加すれば、フリーラジカルによってがん細胞の増殖、腫瘍の成長等が抑制される。
【0050】
なお、Rと反応させるために、アジド及びテトラジンの他に、シクロオクチン、シクロオクテン、シクロブテン及びシクロプロペンをレポーター物質に用いてもよい。
【0051】
他の実施の形態では、細胞標識キットが提供される。当該細胞標識キットは、本実施の形態に係る細胞標識剤と、細胞の外に提示されたシアル酸生合成経路で代謝されても変化しない基、すなわちRと反応してシアル酸に結合するレポーター物質と、を備える。
【0052】
別の実施の形態では、本実施の形態に係る細胞標識剤を用いた疾患の診断方法が提供される。当該診断方法は、上記細胞標識剤を対象に投与する第1の投与ステップと、Rと反応してシアル酸に結合するレポーター物質を当該対象に投与する第2の投与ステップと、レポーター物質を検出又は定量する評価ステップと、を含む。
【0053】
当該診断方法は、好適には、がん及び炎症等の診断に用いることができる。がん細胞及び炎症細胞では、正常な細胞と比較してシアル酸生合成経路が活性化しており、より多くのシアル酸が細胞表面に提示されている。よって、例えば、対象としての被験者で検出されたレポーター物質の量と、被験者の正常な組織の細胞又は健常者の細胞等で検出されたレポーター物質の量と、を比較することで、がん及び炎症等を診断することができる。当該細胞標識剤は、レポーター物質等を細胞表面に迅速に付加することができるため、素早く診断することができる。
【実施例】
【0054】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0055】
(実施例1:単糖誘導体BCN-ManNAcの合成)
D-マンノサミン塩酸塩35.9mgをナスフラスコに入れ、減圧及び窒素置換を3回繰り返し、反応系内を窒素で置換した。そこへ脱水DMF(ジメチルホルムアミド)2mL、(1R,8S,9s)-ビシクロ[6.1.0]ノン-4-イン-9-イルメチルN-スクシニミジルカーボネート(BCN-NHS)53.3mg、及びN,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)58μLを加え、室温で12時間撹拌した。反応後、エバポレーターで溶媒を除去し、次いでシリカカラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:メタノール=4:1)で精製した。目的物を含むフラクションをナスフラスコに回収し、エバポレーターで溶媒を除去し、真空ポンプで乾燥させた。その結果、BCN修飾マンノサミン(BCN-Man)42.2mgを収率71%で得た。
【0056】
BCN-Man35.0mgをナスフラスコに入れ、反応系内を窒素で置換した。そこへ脱水ピリジン1mL、無水酢酸93μLを加え、室温で5時間撹拌した。反応後、エバポレーターで溶媒を除去し、次いでシリカカラムクロマトグラフィー(へキサン:酢酸エチル=1:1)で精製した。目的物であるアセチル化BCN修飾マンノサミン(BCN-ManNAc)を含むフラクションをナスフラスコに回収し、エバポレーターで溶媒を除去し、真空ポンプで乾燥させた。
【0057】
(結果)
図2にD-マンノサミン塩酸塩、BCN-Man及びBCN-ManNAcの構造を示す。BCN-ManNAc27.2mgを収率53%で得ることができた。NMR(AV-400M、Bruker社製)及びMS(Exactive、ThermoFisher社製)によるBCN-ManNAcの同定結果を以下に示す。
【0058】
1H-NMR(CDCl3) δ:6.09(s,1H),5.30 (dd,J=4.2,10.2Hz,1H),5.21-5.00(m,3H),4.48-4.01(m,4H),2.30-2.23(m,4H),2.17(s,3H),2.11-2.02(m,4H),2.10(s,3H),2.05(s,3H),2.01(s,3H),1.57(m,1H),1.39(m,1H),0.97(m,1H)
13C-NMR(CDCl3) δ:170.61,170.07,169.65,168.18,156.11,98.75,91.88,73.39,71.53,70.19,69.15,65.33,63.65,61.97,51.11,29.01,21.39,20.89,20.75,20.64,20.19,17.62
C25H33O11NClに関するESI-MS(M+Cl)-、計算値:558.1737、実測値558.1806
【0059】
(実施例2:in vitroにおけるBCN-ManNAcの反応性の確認)
BCN-ManNAc2.0mgを190μLのDMSOに溶解し、20mMのBCN-ManNAc溶液とした。FAM-テトラジン1.0mgを180μLのDMSOに溶解し、10mMのFAM-テトラジン溶液とした。マイクロチューブに89μLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を準備し、そこにBCN-ManNAc溶液1μL、FAM-テトラジン溶液10μLを加え、ボルテックスミキサーでよく撹拌し、混合液を得た。混合液におけるBCN-ManNAc及びFAM-テトラジンの終濃度は、それぞれ200μM及び1μMである。
【0060】
100μLの混合液を37℃で1.5時間反応させた。コントロールとしてBCN-ManNAc200μMのみの試料100μLを調製した。分光蛍光光度計(JASCO FP-8200)を用いて混合液及びコントロールの蛍光スペクトルを測定した(λex=492nm、λem=517nm)。また、BCN-ManNAc及びFAM-テトラジンの反応の時間依存性を評価するために、100μLの混合液の蛍光スペクトルを時間変化測定モードで4000秒まで測定した。
【0061】
(結果)
図3に示すようにFAM-テトラジンがBCN-ManNAcに結合すると、FAMの蛍光が強く発せられる。
図4は、混合液及びコントロールの蛍光スペクトルを示す。BCN-ManNAcとFAM-テトラジンとが反応すると、蛍光強度が大きく増加することが示された。
図5は、混合液の蛍光スペクトルの経時変化を示す。約1800秒後には、蛍光強度がほぼ最大になることが示された。
【0062】
(実施例3:細胞の蛍光イメージング)
1×105個のHeLa細胞を含む培地にBCN-ManNAcを加え、72時間培養した。使用した培地は、10%FBS(Fetal Bovine Serum)を含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)である。培地に加えたBCN-ManNAcの終濃度は、0、2.5、5、10、20、25μMとした。培養後、培地を除去し、PBSで細胞を3回洗浄した。3.7%パラホルムアルデヒドを加え、室温で20分間細胞を固定化した。固定化した細胞を含むプレートに終濃度1μMのFAM-テトラジンを加え、室温で20分間インキュベートした。共焦点レーザー顕微鏡(Leica TCS SP8、Leica Microsystems社製)を用いて細胞に対する蛍光観察を行った。
【0063】
(結果)
図6は、共焦点レーザー顕微鏡で撮像した細胞の蛍光画像を示す。BCN-ManNAcに結合したFAMの蛍光が観察された。FAMの蛍光は、BCN-ManNAcを含まない培地で培養した細胞では観察されず、BCN-ManNAcの濃度依存的に増加した。
図7は、25μMのBCN-ManNAcを含む培地で培養した細胞の蛍光画像を示す。FAM-テトラジンに暴露した細胞(+)が蛍光によって観察されたのに対し、FAM-テトラジンに暴露していない細胞(-)は、観察されなかった。これにより、BCN-ManNAcを含む培地で培養した細胞は、FAM-テトラジンへの暴露によって可視化できることが示された。
【0064】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等な発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【0065】
本出願は、2018年2月5日に出願された、日本国特許出願2018-18172号に基づく。本明細書中に日本国特許出願2018-18172号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、細胞の標識並びにがん及び炎症等の診断に好適である。