(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-15
(45)【発行日】2023-06-23
(54)【発明の名称】医薬組成物
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230616BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230616BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20230616BHJP
A61K 31/352 20060101ALN20230616BHJP
A61K 31/465 20060101ALN20230616BHJP
A61K 36/752 20060101ALN20230616BHJP
A61K 131/00 20060101ALN20230616BHJP
C07D 401/04 20060101ALN20230616BHJP
C07D 311/30 20060101ALN20230616BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20230616BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALN20230616BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230616BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/68
A61K31/352
A61K31/465 ZNA
A61K36/752
A61K131:00
C07D401/04 CSP
C07D311/30
C12Q1/02
C12Q1/6851 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020510057
(86)(22)【出願日】2019-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2019012429
(87)【国際公開番号】W WO2019188950
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2018058171
(32)【優先日】2018-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】山國 徹
(72)【発明者】
【氏名】川畑 伊知郎
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/191236(WO,A1)
【文献】Behavioural Brain Research,2011年,Vol.224,No.1, pp.50-57
【文献】Nutrients,2017年,Vol.9,No.9,pp.1-12
【文献】Neurochemical Research,2015年,Vol.40,No.8,pp.1563-1575
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 36/00-36/9068
C07D 401/04
C07D 311/30
G01N 33/50
G01N 33/15
G01N 33/68
C12N 15/09
C12Q 1/6851
C12Q 1/02
A61K 131/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質を神経細胞と接触させること、
被験物質と接触した神経細胞におけるV-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質との複合体のレベル及び/又はCOX Iの発現レベルを決定すること、
決定されたレベル及び/又は発現レベルが、被験物質と接触していない神経細胞におけるV-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質との複合体のレベル及び/又はCOX Iの発現レベルと比べて高いときに、被験物質をミトコンドリアの恒常性維持・強化に有用な候補物質として選択すること、
を含む、ミトコンドリアの恒常性の維持及び/又は強化に有用な候補物質のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、ミトコンドリアの機能不全を伴う中枢神経変性疾患の処置のための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ATPの安定的な供給システムであるミトコンドリアの機能維持は、細胞の生存にとって必要不可欠である。従って、多くの真核細胞におけるATPの安定的供給システムの破綻、すなわちミトコンドリアの機能不全は細胞死の決定的な原因となり得る。例えば、2大中枢神経変性疾患として知られるアルツハイマー病(AD)とパーキンソン病(PD)は、発症の一因として神経細胞の細胞死が知られている。
【0003】
ここで、神経細胞は神経軸索や樹状突起などの形態学的構造を維持するためにアクチン細胞骨格が不可欠であり、アクチンの脱重合-重合サイクルのATP消費量は、脳の総消費エネルギーの1~50%に上ると見積もられている(非特許文献1、2)。それ故、脳の神経細胞には、脳におけるATPの収支バランスが破綻しないようなATPの安定的な供給システムが内蔵されている可能性がある。
【0004】
一方、V-1(Myotrophinとも呼ばれる。)タンパク質は、アンキリンリピートタンパク質であり、ヒトのV-1は、118アミノ酸からなる。V-1は、分子内のアンキリンリピートを介してアクチンキャッピングタンパク質(CP、CapZ)に結合する。CPは、アクチンフィラメントの端に結合して、そこを塞ぐことによってアクチンの重合を抑制する。V-1は、そのアクチンキャッピング活性を阻害し、これによって、アクチン細胞骨格の形成を促進することが知られている(非特許文献3)。
【0005】
しかしながら、V-1のミトコンドリアに対する機能は、知られていなかった。
【0006】
シネンセチン、ノビレチンは、カンキツ(Citrus)属の果皮に含まれるポリメトキシフラボノイドであり、チンピ(陳皮)は、ウンシュウミカン又はマンダリンオレンジの成熟した果皮である。ノビレチン及びシネンセチンは、抗認知症効果を有することが知られている。また、チンピは、生薬として長く利用されている。しかしながら、いずれのミトコンドリアに対する機能は、知られていなかった。
ニコチンは、主としてタバコ Nicotiana tabacum の葉に含まれるアルカロイドの一種である。喫煙がパーキンソン病の発症リスクを減少させるというシステマティックレビューが知られている(非特許文献4)。しかしながら、ニコチンのミトコンドリアに対する機能は、知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Berstein,B.W. & Bamburg, J.R., J. Neurosci. 2003, 23: 1-6
【文献】Engl, E. & Attwell, D., J. Physiol.2015, 593.16: 3417-3429)
【文献】Takeda, S., Minakata, S., Koike, R., Kawahata, I., Narita, A., Kitazawa, M., Ota, M., Yamakuni, T., Maeda, Y. & Nitanai, Y. Two distinct mechanisms for actin capping protein regulation - steric and allosteric inhibition. PLoS Biology, e1000416, 2010.
【文献】Allam, M.F. et al., Smoking and Parkinson’s Disease: Systematic Review of Prospective Studies, Movement Disorders, 19, 6, 2004, 614-621
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、ミトコンドリアの機能不全を伴う中枢神経変性疾患の処置のための医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、中枢神経培養系において、V-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体がCOX IのmRNAレベルを上方制御すること、ニコチン、ノビレチン、シネセチン及びチンピがV-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体の形成を促進し及びCOX IのmRNAレベルを上方制御することを見出し、本発明を完成させた。
本発明は、以下の態様を含む。
[1]ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、中枢神経変性疾患の処置のための医薬組成物であって、前記中枢神経変性疾患が、ミトコンドリアの機能不全を伴うことを特徴とする、前記医薬組成物、
[2]前記中枢神経変性疾患が、ミトコンドリアの機能不全を伴うアルツハイマー病、ミトコンドリアの機能不全を伴うパーキンソン病又はミトコンドリアの機能不全を伴う脳血管認知症である、[1]の医薬組成物、
[3]前記処置が、V-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体の形成の促進である、[2]の医薬組成物、
[4]ミトコンドリアの機能不全の処置における使用のための、ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つの化合物、
[5]前記ミトコンドリアの機能不全が、ミトコンドリアの機能不全を伴うアルツハイマー病、ミトコンドリアの機能不全を伴うパーキンソン病又はミトコンドリアの機能不全を伴う脳血管認知症である、[4]の化合物。
[6]前記処置が、V-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体の形成の促進である、[5]の化合物。
[7]被験物質を神経細胞と接触させること、
被験物質と接触した神経細胞におけるV-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質との複合体のレベル及び/又はCOX Iの発現レベルを決定すること、
決定されたレベル及び/又は発現レベルが、被験物質と接触していない神経細胞におけるV-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質との複合体のレベル及び/又はCOX Iの発現レベルと比べて高いときに、被験物質をミトコンドリアの恒常性維持・強化に有用な候補物質として選択すること、
を含む、ミトコンドリアの恒常性の維持及び/又は強化に有用な候補物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、ミトコンドリアの機能不全を伴う中枢神経変性疾患の処置のための医薬組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】中脳神経培養系でV-1/CP複合体は、COX I mRNAレベルを上方制御する。D44Rは、人工変異体V-1(ドミナントネガティブV-1変異体)である。野生型V-1(WT)と同様にレンチウイルスベクターVSV-G(Kato et al., Hum.Gene.Ther. 2011, 22: 1511-1523)で神経細胞に導入した。
【
図2】中脳神経培養系の細胞生存率に対する野生型V-1(WT)、人工変異体V-1(D44R)、突然変異体SRF(Ishikawa et al., J.Neurosci. 2010, 285: 32734-32743)、C3エンザイム(RhoA阻害剤)、又はY-27632(ROCK阻害剤)の効果である。数値は、平均±SEMである(n=3)。コントロールに対して、****は、p<0.0001である。
【
図3】中枢神経培養系におけるドネペジル、メマンチン、ノビレチン、シネンセチン、Nチンピ又はノビレチンとシネンセチンの混合物のV-1/CPアセンブリー(複合体形成)に対する効果である。培養中脳神経ニューロンもしくは培養海馬ニューロンを各々10μMドネペジル、10nM又は10μMメマンチン、30μMノビレチン、30μMシネンセチン、100μg/mlNチンピ、又は30μMノビレチン及び3μMシネンセチンの混合物で処理した。
【
図4】中枢神経培養系におけるドネペジル、メマンチン、ノビレチン、シネンセチン、Nチンピ又はノビレチンとノビレチンの混合物のCOX I(シトクロームCオキシダーゼサブユニットI)のmRNAレベルに対する効果である。数値は、平均±SEMである(n=3)。全ての対についてone-way ANOVA後のTukey testを行った。コントロールに対して、*は、p<0.05であり、**は、p<0.01であり、***は、p<0.001であり、****は、p<0.0001であり、ノビレチン及びシネセチン混合物に対して、#は、p<0.05である。濃度は、
図3と同じである。
【
図5】中脳神経培養系における野生型(WT)又は人工変異体(D44R)V-1のグルタチオンシンセターゼ及びグルタミン-システインリガーゼカタリティックサブユニット(GCLC)のmRNAレベルに対する影響である。数値は、平均±SEMである(n=3)。全ての対についてone-way ANOVA後のTukey testを行った。GFPコントロールに対して、***は、p<0.001であり、V-1(D44R)に対して、###は、p<0.001であり、####は、p<0.0001である。
【
図6】中脳神経培養系(培養中脳神経ニューロンもしくは培養海馬ニューロン)で10μM NMDA及び10μM ニコチンによりV-1/CP複合体の形成が促進される。
【
図7】培養海馬ニューロンにおける、30μMノビレチン及び300μg/mlNチンピ、それぞれの、V-1/CPタンパク質複合体形成に対する影響である。細胞をテストサンプルで24時間処理した。細胞溶解物を抗V-1抗体での免疫沈降に付し、V-1と共免疫沈降したCPをマウス抗CPα抗体で検出し、その後、この免疫沈降物をウサギ抗V-1抗体で再標識した。独立して、それぞれのインプットサンプルを抗総ERK抗体でアッセイした。
【
図8】PC12D細胞における野生型(WT)又は人工変異体(D44R)V-1、及び30μMノビレチン、30μMシネンセチン、100μg/mlNチンピ、又は30μMノビレチン及び3μMシネンセチンの混合物のATP産生への影響を示す。
【
図9】海馬ニューロンにおける野生型(WT)又は人工変異体(D44R)V-1、及び30μMノビレチン、30μMシネンセチン、100μg/mlNチンピ、10μMノビレチン及び1μMシネンセチンの混合物の又は30μMノビレチン及び3μMシネンセチンの混合物のATP産生への影響を示す。GFPコントロールに対して、**は、p<0.01であり、****は、p<0.0001である。
【
図10】加齢に伴うミトコンドリア関連タンパク質COXIの経時的なmRNAレベルの変化を示す。数値は、平均±SEMである(n=3)。P14マウスに対して、**は、p<0.01であり、***は、p<0.001である。P49マウスに対して、#### は、p<0.0001である。
【
図11】中脳ドパミン神経の生後発達及び老化に伴うV-1及びTHの発現変化を示す。中脳ドパミン神経はV-1及びTHに対する両特異抗体で二重染色した。スケール:20μm。上のパネルの破線の長方形は中脳の黒質緻密部を示し、下2枚のパネルはその拡大像を示す。
【
図12】マウスにおける黒質TH陽性ニューロン(黒質ドパミン神経)におけるV-1とCPとの相互作用を示す。スケール:20μm。上のパネルの破線の長方形は中脳の黒質緻密部を示し、下2枚のパネルはその拡大像を示す。なお、P14マウスの黒質緻密部のTH陽性神経にはV-1とCPの複合体は認められないことに注目されたい。
【
図13】老齢(17ヶ月齢)雄性C57BL/6Nマウス中脳におけるミトコンドリア電子伝達系複合体I~Vの各構成サブユニットタンパク質の発現に対するN陳皮(0.5 g/kg体重/日の用量で2週間経口投与)の効果(パネル左)、およびNMDA受容体サブユニットNR2D欠損C57BL/6Nマウス(NR2Dノックアウトマウス、雄性成体)中脳におけるミトコンドリア電子伝達系複合体I~Vの各構成サブユニットタンパク質の発現レベルの変化(パネル右)。パネル左:老齢マウスにおいて、N陳皮は中脳のミトコンドリア電子伝達系複合体I~Vの各構成サブユニットタンパク質の発現を増強した。パネル右:NR2D欠損マウス中脳において、野生型(WT)マウスと比べて上記複合体I~Vの各構成サブユニットの発現レベルの低下が認められた。この所見から、中脳ドパミン神経におけるミトコンドリアの恒常性維持機構はNMDA受容体サブユニットNR2D依存的である可能性が示唆された。
【発明を実施するための形態】
【0012】
「神経細胞」とは、神経系を構成する細胞で、その細胞体からは神経に特異的な形態の樹状突起や軸索を伸ばしている。これらは化学信号の受容および電気信号の発生・送信の場であり、それ故に神経細胞に不可欠な構造である。神経細胞は電気信号を発生する興奮性を有し、同時に神経伝達物質を合成・遊離する。興奮性シナプスでは軸索終末から化学信号として興奮性神経伝達物質を、他方、抑制性シナプスでは抑制性神経伝達物質が遊離される。これらの興奮性もしくは抑制性神経伝達物質により、標的細胞の電気信号の発生と神経伝達物質の遊離が調節される。このように、神経ネットワークを構築する神経細胞は、宿命的に電気信号を発生するための仕組みが組み込まれている。すなわち、神経細胞では、ATP消費型のNa+,K+-ATPase(ナトリウムイオンポンプ)の働きにより静止膜電位を形成し、電気信号発生の準備態勢を恒常的に整えている。さらに、神経に特徴的な樹状突起や軸索は、アクチン線維や微小管の細胞骨格によりその形態が保持されているが、これらの細胞骨格はいずれもその構造を維持するため、ATPを消費する。したがって、神経細胞は、その細胞体ばかりでなく、樹状突起や軸索にもミトコンドリアのATP供給システムを配置せねばならない。このため、神経細胞にけるATP供給システムの脆弱性が脳神経系システムの機能的脆弱性と直結している。故に、「ミトコンドリアの恒常性維持・強化」に資する薬剤の発見は極めて重要である。
【0013】
「V-1タンパク質」とは、1990年代初頭に、山國等によりラット脳から発見された酸性タンパク質である。その後、マウス、ヒトでも遺伝子が発見され、その生体での発現も確認された。V-1のmRNAは118個のアミノ酸のタンパク質をコードするが、脳ではアミノ末端のメチオニンが除去された117個のアミノ酸のタンパク質として存在する。本タンパク質はほとんどすべての末梢・中枢神経系の神経細胞、副腎髄質クロマフィン細胞で発現する他、骨格筋、心筋細胞、平滑筋でも発現する。なお、当該分子は心筋で発見されたmyotrophinと同一タンパク質である。黒質ドパミン神経や副腎髄質細胞などのカテコラミン産生細胞では、カテコラミン合成酵素遺伝子の転写を促進し、カテコラミン産生を増強する当該タンパク質の機能が知られている。また、アクチンキャッピングタンパク質に結合しその活性を阻害してアクチン細胞骨格の形成を促進する生理機能も明らかにされている。
【0014】
「アクチンキャッピングタンパク質(CP)」とは、細胞内のアクチン骨格形成調節因子。アクチン線維のプラス端に結合し、その伸長を抑える活性をもつことから、そのような名前が付与された。また、骨格筋細胞のZ帯を構成するタンパク質であることから、CapZとも呼ばれる。α-サブユニットとβ-サブユニット各1分子から構成されるヘテロ二量体分子としてアクチン線維のプラス端と結合する。細胞質に存在するフリーのアクチンキャッピングタンパク質はV-1と結合すると、アクチンキャッピング活性が消失することが証明されている。
【0015】
「ミトコンドリアの恒常性維持・強化」とは、ミトコンドリアの安定的なATPの産生能の維持・強化を指す。真核細胞生物において、様々な機能を有する器官や組織を構成するすべての細胞にとって、自らATPを安定的に産生・供給することは、その生存を担保する上で不可欠である。それ故に、細胞内の主要なATP産生元であるミトコンドリアの機能不全、つまりATPの供給停止は、ヒトをはじめとして、細胞寿命の終焉を招くたけでなく、個体の死の決定的な原因にもなる。アルツハイマー病、パーキンソン病、脳血管性認知症を含む中枢神経変性疾患の発症にはそのメカニズとして「ミトコンドリアの恒常性維持・強化」システムの破綻が指摘されている(Michel,P. et al., Neuron 90, 2016, 675-691; Ittner, L.M. and Goets, J., Nature Reviews Neuroscience 12, 2011, 67-21)。これと関連して、特定の脳の部位で、老化によるミトコンドリアのATP産生機能の劣化を示す証拠も存在する。したがって、脳の健康を維持する上で「ミトコンドリアの恒常性維持・強化」は不可欠である。
【0016】
「COXI」とは、シトクロムc酸化酵素サブユニットI(cytochrome c oxidase subunit I , COX I )であり、ミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)の最終ステップの反応を触媒する複合体IVを構成する重要なサブユニットの1つである。複合体IVでは、複合体IIIを経由し、シトクロムc各々から受け取った電子を酸素に渡して、水2分子を生成する。なお、COXIはミトコンドリアDNAにコードされる。そのため、ミトコンドリアの分子マーカーとして用いられる。
【0017】
タンパク質のレベルの決定方法は、従来公知の任意の方法を用いることできるが、たとえば、抗体を用いたウェスタンブロット分析がある。また、V-1/CP複合体レベルの定量には免疫沈降法を用いることができる。
【0018】
mRNA発現レベルの決定方法は、従来公知の任意の方法を用いることができるが、たとえば、リアルタイムRT-qPCR法を用いることができる。
【0019】
「ノビレチン」とは、カンキツ属に特徴的なフラボノイド類の一種のポリメトキシフラボン化合物。抗認知症作用、抗アルツハイマー病作用、降圧作用、抗炎症作用などの多様な生物活性を示す。
【0020】
「シネセチン」とは、ノビレチンと同様のカンキツ属に特徴的なフラボノイド類の一種のポリメトキシフラボン化合物である。動物実験で抗認知症作用などが報告されている。
【0021】
「チンピ」とは、ウンシュウミカン(Citrus unshiu Markovich)またはC. reticulate Blancoの成熟果皮で、漢方医学では芳香性苦味健胃薬、鎮咳・去痰薬などとして使用される生薬。「Nチンピ」とは、ノビレチンやシネンセチン高含有陳皮のことを指す。ノビレチン単体よりも強い抗認知症作用を示すことが知られている。
【0022】
ミトコンドリアの恒常性維持・強化剤には、保存剤や安定剤等の製剤上許容しうる材料が添加されていてもよい。製剤上許容しうるとは、それ自体は上記の作用を有する材料であってもよいし、当該維持作用を有さない材料であってもよく、上記ミトコンドリアの恒常性維持・強化剤とともに投与可能な製剤上許容される材料を意味する。また、維持作用を有さない材料であって、維持剤と併用することによって相乗的効果もしくは相加的な安定化効果を有する材料であってもよい。
【0023】
製剤上許容される材料としては、例えば滅菌水や生理食塩水、安定剤、賦形剤、緩衝剤、防腐剤、結合剤等を挙げることができる。
【0024】
緩衝剤としては、リン酸、クエン酸緩衝液、酢酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸、乳酸、リン酸カリウム、グルコン酸、カプリル酸、デオキシコール酸、サリチル酸、トリエタノールアミン、フマル酸等、他の有機酸等、あるいは、炭酸緩衝液、トリス緩衝液、ヒスチジン緩衝液、イミダゾール緩衝液等を挙げることが出来る。
【0025】
また溶液製剤の分野で公知の水性緩衝液に溶解することによって溶液製剤を調製してもよい。緩衝液の濃度は一般には1~500mMであり、好ましくは5~100mMであり、さらに好ましくは10~20mMである。
【0026】
また、ミトコンドリアの恒常性維持・強化剤は、その他の低分子量のポリペプチド、血清アルブミン、ゼラチンや免疫グロブリン等の蛋白質、アミノ酸、多糖及び単糖等の糖類や炭水化物、糖アルコールを含んでいてもよい。
【0027】
多糖及び単糖等の糖類や炭水化物としては、例えばデキストラン、グルコース、フラクトース、ラクトース、キシロース、マンノース、マルトース、スクロース、トレハロース、ラフィノース等を挙げることができる。
【0028】
注射用の水溶液とする場合には、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、PEG等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80、HCO-50)等と併用してもよい。
所望によりさらに希釈剤、溶解補助剤、pH調整剤、無痛化剤、含硫還元剤、酸化防止剤等を含有してもよい。
【0029】
また、必要に応じ、マイクロカプセル(ヒドロキシメチルセルロース、ゼラチン、ポリ[メチルメタクリル酸]等のマイクロカプセル)に封入したり、コロイドドラッグデリバリーシステム(リポソーム、アルブミンミクロスフェア、マイクロエマルジョン、ナノ粒子及びナノカプセル等)としたりすることもできる("Remington's Pharmaceutical Science 16th edition", Oslo Ed., 1980等参照)。さらに、薬剤を徐放性の薬剤とする方法も公知であり、本発明に適用し得る(Langer et al., J.Biomed.Mater.Res. 1981, 15: 167-277; Langer,Chem. Tech. 1982, 12: 98-105;米国特許第3,773,919号;欧州特許出願公開(EP)第58,481号; Sidman et al., Biopolymers 1983, 22: 547-556;EP第133,988号)。
使用される製剤上許容しうる担体は、剤型に応じて上記の中から適宜あるいは組合せて選択されるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
ミトコンドリアの恒常性維持・強化剤をヒトや他の動物の医薬として使用する場合には、これらの物質自体を直接患者に投与する以外に、公知の製剤学的方法により製剤化して投与を行うことも可能である。製剤化する場合には、上記に記載の製剤上許容される材料を添加しても良い。
【0031】
ミトコンドリアの恒常性維持・強化剤は、医薬品の形態で投与することが可能であり、経口的または非経口的に全身あるいは局所的に投与することができる。例えば、点滴などの静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、坐薬、注腸、経口性腸溶剤などを選択することができ、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。有効投与量は、一回につき体重1kgあたり0.001mgから100mgの範囲で選ばれる。あるいは、患者あたり0.1~1000mg、好ましくは0.1~50mgの投与量を選ぶことができる。好ましい投与量、投与方法は、たとえば抗Arid5A抗体の場合には、血中にフリーの抗体が存在する程度の量が有効投与量であり、具体的な例としては、体重1kgあたり1ヶ月(4週間)に0.1mgから40mg、好ましくは1mgから20mgを1回から数回に分けて、例えば2回/週、1回/週、1回/2週、1回/4週などの投与スケジュールで点滴などの静脈内注射、皮下注射などの方法で、投与する方法などである。投与スケジュールは、投与後の状態の観察および血液検査値の動向を観察しながら2回/週あるいは1回/週から1回/2週、1回/3週、1回/4週のように投与間隔を延ばしていくなど調整することも可能である。
【0032】
本発明は、ニコチン、ノビレチン、シネセチン、及びチンピからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む医薬組成物を、その必要がある対象に投与することを含む、ミトコンドリアの機能不全を伴う中枢神経変性疾患の処置に関する。
中枢神経変性疾患は、好ましくは、ミトコンドリアの機能不全を伴うアルツハイマー病、ミトコンドリアの機能不全を伴うパーキンソン病又はミトコンドリアの機能不全を伴う脳血管認知症である。また、前記処置は、好ましくは、V-1タンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体の形成の促進である。
【0033】
本発明は、ミトコンドリアの恒常性維持・強化に有用な候補物質のスクリーニング方法に関する。スクリーニング方法は、被験物質のV-Iタンパク質とアクチンキャッピングタンパク質の複合体の形成に対する影響を検出すること、及び検出される影響が、被験物質を用いない場合の影響と異なる被験物質を候補物質として選択することを含む。
【0034】
スクリーニング方法に使用されるV-1の由来となる生物種としては、特定の生物種に限定されるものではない。例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ブタ、ウシ、ニワトリ、昆虫などが挙げられる。
【0035】
「被験物質」は、特に限定されるものではなく、例えば天然化合物、有機化合物、無機化合物、核酸、タンパク質、ペプチド等の単一物質、並びに化合物ライブラリー、核酸ライブラリー、ペプチドライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物、原核細胞抽出物、真核単細胞抽出物もしくは動物細胞抽出物等を挙げることができる。上記被験物質は必要に応じて適宜標識して用いることができる。標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識等を挙げることができる。また、上記被験物質に加えて、これらの被験物質を複数種混合した混合物も含まれる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
(ラット胎仔初代海馬神経細胞および中脳神経細胞の培養)
妊娠Sprague-Dawley(SD)ラットを12時間周期の明暗サイクルにて給餌・給水して飼育した。妊娠18日目のラット(E18)からイソフルラン深麻酔下にて腹部正中切開により無菌的に子宮を摘出した。実体顕微鏡下、氷冷リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中にて胎仔の海馬を摘出し、37℃の神経細胞分散液(住友ベークライト)30分間処置により組織を分散させ、1000rpmにて5分間遠心分離した後、上清を除去した。次いで、細胞ペレットを分散液(住友ベークライト)中にて分散させ、さらにピペッティングにより十分分散させた細胞に除去液(住友ベークライト)を加えて900rpmにて5分間遠心分離した後、上清を除去した。次に、ペレットをニューロバサル(Neurobasal(登録商標) Medium 500ml/フェノール・レッド不含、50倍B27サプリメント10ml、0.5mM L-グルタミン、0.005%ペニシリン-ストレプトマイシン)を用いて懸濁し、ポリ-L-リジンでコーティングしたプラスティックディッシュまたはプレートに播種した。培養1日後に培地交換、その後3~4日おきに培地を半量交換し、10μM Ara-Cを含有する培地中37℃にて5%CO2インキュベーター内で14日間培養した。なお、薬物処置実験用試験培地は、Ara-Cおよび抗生物質不含のニューロバサル培地を用いた。
ラット中脳初代培養神経細胞は、既報の方法(Wakita et al. 2010)に従ってE16日目のWistar系ラットから中脳を採取し、神経培養分散液(住友ベークライト)を用いて分散後、播種した。培地には10%のFBSを含有するEMEM培地を用いた。同中脳初代培養神経は、播種翌日、およびその後1日おきの半量培地交換を経て、5日目に各種発現ベクターを導入、または生薬エキスや各種化合物で処置して、48時間後に種々の分析に供した。
【0038】
(免疫沈降およびウェスタンブロット解析)
各種試料又はサンプルによるV-1/CP複合体形成変化の免疫沈降実験およびウェスタンブロット解析では、35mmディッシュに1×106細胞の海馬神経細胞、あるいは2×106細胞の中脳ドパミン神経細胞を含む細胞を播種し、前述の培養後、各種化合物または生薬エキス、自然食品を含む培地を添加し、48時間処置を行った。免疫沈降実験では、前述の細胞をPBS(-)で2回洗浄後1000rpmで遠心して細胞を回収し、いったん凍結、その後細胞溶解液mammalian lysis buffer(Promega)を300μl加え、氷上で30分静置後、27ゲージのニードルで細胞溶解液を10回吸引し、4000rpmで遠心し、上清を細胞抽出液として回収した。その後、400μgのタンパク質を含む細胞抽出液を2mlチューブに移し、抗V-1抗体を結合させた免疫沈降用磁気ビーズDynabeads Protein G(Veritas/Invitrogen)と混和し4℃で16時間転倒混和し反応させた。その後、マグネットでDynabeadsを回収し、氷冷した洗浄バッファー(PBS/0.01% Tween-20含有)で3回洗浄後、溶出バッファー(50mM グリシン-HCl,pH2.8)で抗V-1抗体と結合したタンパク質を溶出、回収した。この免疫沈降物を、抗CPα抗体を用いてウェスタンブロット法で分析した。まず、SDS-PAGEの分離ゲルとして12%ポリアクリルアミドゲルを用い、100V定電圧で泳動後、ゲルからPVDFメンブレンヘタンパク質を転写し、5%スキムミルクを含むTBS-Tバッファー(10mM Tris-HCl(pH7.4),100mM NaCl,0.05% Tween20;以下ブロッキングバッファーという)を用いて室温にて1時間ブロッキングした。ブロッキングバッファーで1000倍希釈した抗CPα抗体と4℃にて16時間インキュベートした。さらにメンブレンをTBS-Tで洗浄し、ブロッキングバッファーで1000倍に希釈したHRP標識IgG抗体(CST)と室温にて1時間インキュベートし、TBS-Tで3回洗浄した。抗体陽性のバンドの検出はイモビロン・ウェスタン化学発光HRP基質(Millipore)を用いたECL法で行った。
【0039】
(細胞生存率のMTT法を用いた定量解析)
各種天然化合物、生薬およびV-1遺伝子による細胞生存率変化のMTT法を用いた定量解析では、中脳ドパミン神経細胞を含む細胞を48ウェルプレートに1.6×105細胞/ウェルで播種し、前述の培養後、48時間の各種発現ベクター導入または24時間の薬物処置を行った。その後、PBSに溶解させたMTT試薬(Dojindo、0.01g/2mL)を調製し、各ウェルに20μL/wellずつ添加し、37℃で4時間CO2インキュベーターの中でインキュベートした。その後、培地をアスピレートし、各ウェルにDMSOを100μlずつ加えて10分間振とうさせた後、MTT試薬が完全に溶解したことを確認し、吸光度計で590nmの吸光度を測定、コントロール群を1として変化率を算出した。
【0040】
(PCR法を用いたmRNAレベルの定量解析)
PCR法を用いた各種天然化合物、生薬およびV-1遺伝子によるmRNAレベル変化の定量解析では、分離調製した海馬神経細胞または中脳ドパミン神経細胞を含む細胞を35mmディッシュにそれぞれ1×106細胞または2×106細胞を播種し、前述の培養後、RNeasy mini kit(Qiagen)を用いて細胞からRNAを回収・精製した。鋳型cDNA合成には、RverTra Ace qPCR RT Kit (東洋紡)を用いて行った。各種mRNAレベルの変化解析には定量的PCR法を用い、以下のプライマーを使用して解析を行った:
ラットCOX I
フォーワードプライマー:5’-TCACAGCCCATGCATTCGTA-3’
リバースプライマー:5’-AGATAGAAGACACCCCGGCT-3’)
ラットβ-アクチン
フォーワードプライマー:5’-TGTGTTGTCCCTGTATGCCT-3’
リバースプライマー:5’-AATGTCACGCACGATTTCCC-3’。
【0041】
PCRにはリアルタイム定量PCR解析装置LightCycler Nano(Roche)を用い、CyberGreen法を用いた2ステップPCR(95℃/15秒、60℃/30秒を50サイクル)によって定量的に解析した。COX I mRNA量はリファレンス遺伝子産物のβ-アクチン mRNA量で補正を行い、増加または減少率を算出した。
【0042】
(細胞内ATP量の定量解析)
各種天然化合物、生薬およびV-1遺伝子による細胞内ATP量変化の定量解析では、PC12D細胞または培養海馬神経細胞を48ウェルプレートに8×104細胞/ウェルで播種し、PC12D細胞は48時間後に、培養海馬神経細胞は前述の培養後、48時間の各種発現ベクター導入または24時間の薬物処置の後、培地を全量抜き取り、ATP抽出試薬Intracellular ATP測定キット(東洋ビーネット)を添加した。5分間の静置により細胞からATPを抽出後、キュベットに検体100μLを移し、前述キット内の発酵試薬であるL/L試薬100μlと混合した後、キュベットを3回振って混和し、ルミノメーターで1検体ごとに測定を行った。得られたデータはコントロールの発光量を1として変化率を算出した。
【0043】
(加齢に伴うミトコンドリア関連蛋白質COX Iの経時的なmRNAレベルの変化)
マウス中脳におけるCOX ImRNAレベルは成体期に最大となり加齢により減少した。C57BL6マウスの中脳組織を採材し、mRNAをQIAGEN RNeasyキットで抽出後、東洋紡ReverTra Aceを用いてcDNAに逆転写、同cDNAを定量的PCR法により解析した。Forward primerには5’-CGGAGCCCCAGATATAGCAT-3’を、reverse primerには5’-ATGGGCTAGATTTCCGGCTA-3’を使用した。
【0044】
中脳神経培養系でV-1/CP複合体は、COX ImRNAレベルを上方制御する
図1に示すとおり、中脳神経培養系において、野生型V-1とCPとの複合体は、COX I mRNAレベルを上方制御した。これに対して、人工変異体V-1(D44R)は、COXImRNAレベルを下方制御した。この結果より、中脳神経において、V-1は、アクチンキャッピングタンパク質と結合し、COX IのRNAレベルを上方制御することが示された。COX IはミトコンドリアDNAにコードされるため、ミトコンドリアの分子マーカーとして用いられている。したがって、V-1は、ミトコンドリアの機能を促進することが示された。また、マウス中脳におけるCOX I mRNAの発現は、14日齢に対して、49日齢では約1.7倍に増加し、512日齢では、約0.4に低下した。加齢によって、ミトコンドリア機能が低下していることが理解される(
図10)。
【0045】
中脳神経培養系の細胞生存率に対するV-1の効果
上記の中脳神経培養系において、野生型V-1は、細胞生存率を上昇させたのに対して、人工変異体V-1(D44R)は、細胞生存率を低下させた(
図2)。また、Rhoシグナル活性化に関与する、SRF(血清応答因子)欠失突然変異体、Rhoを特異的に不活化するボツリヌスC3酵素、及び選択的かつ強力なROCK(Rho結合キナーゼ)阻害剤であるY-27632は、細胞生存率を低下させた。ミトコンドリアの機能不全、すなわち、ATPの枯渇は、細胞死をもたらすことから、V-1は、ミトコンドリアの機能促進を介して、細胞生存率を上昇させることが示された。
【0046】
神経培養系におけるCOXI発現に対するV-1の効果
培養中脳ニューロン又は培養海馬ニューロンにおいて、ノビレチン、シネンセチン、Nチンピ又はノビレチンとシネンセチンの混合物は、V-1/CPアセンブリー(複合体形成)を促進し、COXIの発現を促進した(
図3及び
図4)。これに対して市販のアルツハイマー病治療薬である、ドネペジル(コリンエステラーゼ阻害剤)、メマンチン(NMDA受容体拮抗剤)では、このような効果は認められなかった。既存のアルツハイマー病治療薬は、ミトコンドリアの機能促進効果を示さなかった。
【0047】
神経培養系におけるグルタチオンシンセターゼ及びGCLC発現に対するV-1の効果
中脳ニューロンにおいて、野生型V-1は、ミトコンドリアの機能不全の原因となる活性酸素種の消去に働くグルタチオンシンセターゼ及びグルタミン-システインリガーゼカタリティックサブユニット(GCLC)のmRNAレベルを上方制御した(
図5)。これに対して、人工変異体V-1(D44R)は、両遺伝子の発現を下方制御した。
【0048】
V-1/CP複合体の形成を促進する物質
培養中脳ニューロン又は培養海馬ニューロンにおいて、種々の物質(NMDA、ニコチン、ドネペジル、メマンチン、ノビレチン、シネンセチン、Nチンピ、及びノビレチン及びシネセチンの混合物)について、V-1/CP複合体の形成に対する影響を調べた。NMDAは、記憶や学習に関与するNMDA型グルタミン酸受容体のアゴニストであり、ドネペジル及びメマンチンは、アルツハイマー病治療薬であり、ノビレチン、シネンセチン、及びNチンピは、柑橘類に由来する物質もしくは生薬である。NMDA、ニコチン、ノビレチン、シネンセチン、及びNチンピが、V-1/CP複合体の形成を促進した(
図6)。また、30μMノビレチンは、300μg/mlNチンピと同等の効果を示した(
図7)。
【0049】
PC12D細胞は、副腎髄質褐色細胞腫由来の未分化神経細モデルである。V-1タンパク質、ノビレチン、シネンセチン、及びNチンピは、PC12D細胞及び海馬ニューロンにおけるATPの産生を増加させ、これらが、ミトコンドリアの機能促進効果を有することを示した(
図8、9)。
【0050】
中脳ドパミン神経の生後発達及び老化に伴うV-1及びTHの発現変化
V-1およびTHの免疫化学的解析
マウス中脳において加齢に伴うV-1およびドパミン生合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素(以下TH)の細胞レベルの発現量変化を解析するために、免疫化学的解析を行った。まず50μmの厚さで作製した4%パラホルムアルデヒド固定マウス中脳切片を、0.1% Triton-Xを含むPBSで1時間処置後、5%ヤギ血清を含むPBSで2時間ブロッキング処理を行った。その後、1%ヤギ血清を含むPBSで希釈したマウスモノクローナル抗TH抗体(200倍希釈)およびウサギポリクローナル抗V-1抗体(500倍希釈)を滴下し、4℃で16時間処置した。次に、PBSで5分間3回洗浄後、2%ヤギ血清を含むPBSで500倍に希釈した抗マウスAlexa Fluor 488および抗ウサギAlexa Fluor 546を滴下し、室温で1時間処置後、PBSで10分間3回洗浄を行った。最後に、退色防止用の封入剤(アジレント・テクノロジー)で封入し15分間静置させた後、蛍光顕微鏡(キーエンス)を用いて撮影を行った。
生後の各段階、すなわち生後14日齢、49日齢、512日齢において、ドパミン合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素(TH)及びV-1の発現を検討した。V-1及びTHは、加齢によって、発現が著しく減少していくことが明らかとなった(
図11)。
【0051】
マウスにおける黒質TH陽性ニューロン(すなわち黒質ドパミンニューロン)におけるV-1とCPとの相互作用
V-1とCPとの相互作用を、V-1とCPに対する両特異抗体を使用したPLA(Proximity Ligation Assay)を用いて検出した。固定された細胞の内在性タンパク質を検出するために、二次抗体の特異性と相補的なオリゴヌクレオチドプローブのローリングサークル増幅(RCA)を組み合わせた。一対のオリゴヌクレオチド標識抗体(PLAプローブ)は、プローブが近接(40nm以内)しているときにのみ増幅シグナルを生成した。
【0052】
V-1/CP複合体の可視化解析(Duolink(登録商標) PLA法)
マウス中脳組織における加齢に伴うV-1/CP複合体の可視化解析にはDuolink In Situキット(Sigma-Aldrich)を用いた。まず50 μmの厚さで作製した4%パラホルムアルデヒド固定マウス中脳切片を、ブロッキング溶液(キット内含)で室温で2時間処置した。その後、1%ヤギ血清を含むPBSで希釈したマウスモノクローナル抗CPα抗体(200倍希釈)およびウサギポリクローナル抗V-1抗体(500倍希釈)を滴下し、4℃で16時間処置した。抗原に結合した抗CPα抗体および抗V-1抗体に近接ライゲーションアッセイ(PLA)処理を行うために、5倍希釈した抗マウスPLAプローブおよび抗ウサギPLAプローブ(キット内含)を滴下し37℃で60分間処置後、洗浄溶液A(キット内含)で5分間2回の洗浄を行った。次に付加したPLAプローブをライゲーション処理するために、40倍希釈したリガーゼ(キット内含)を滴下し37℃で30分間処置後、洗浄溶液A(キット内含)で2分間2回の洗浄を行った。最後に、ライゲーション処理されたPLAプローブを標識するために、80倍希釈したポリメラーゼ(キット内含)を滴下し、37℃で100分間処置後、洗浄溶液B(キット内含)で10分間2回洗浄したのち、さらに100倍希釈した洗浄溶液Bで1分間洗浄を行った。その後、退色防止用の封入剤(キット内含)に封入後15分間静置させ、蛍光顕微鏡(キーエンス)を用いてDuolink陽性スポットを観察、撮影を行った。
その結果、V-1とCPとの相互作用は、生後14日ではドパミン神経でほとんど検出されないが、生後49日齢では明確に検出され、しかも顕著な増加を認めた。しかし、その後は加齢(512日齢)とともに著しく減少することが明らかとなった(
図12)。
【0053】
マウス中脳におけるミトコンドリアにおける電子伝達系(酸化的リン酸化)の複合体の発現に対する影響
N陳皮を経口投与した17か月齢の雄性C57BL/6Nマウス、または既報(Yamamoto et al. 2016)のNMDA受容体NR2Dサブユニットノックアウトホモ接合体C57BL/6Nマウス(約2ヶ月齢の雄性成体)を用いた。なお、上記の17ヶ月齢のマウスにおいてはN陳皮の経口投与(0.5 g/kg/日)を2週間行った。その後、使用した各動物個体から中脳部位を摘出し、サンプルバッファー(50 mM Tris-HCl, pH7.5, 100 mM DTT, 2% SDS, 10% Glycerol)中でホモジナイズし、95℃で5分(総ERKのウエスタンブロット解析用)または50℃で15分(ミトコンドリアのブロット解析用)ボイル後、超音波破砕(Bioraptor)を行った。遠心(13 krpm, 10分, 室温)後、得られた遠心上清(タンパク量20 μg/ウェル)をSDS-PAGE(12%の分離ゲル)で分離し、ウェスタンブロット解析に供した。
ミトコンドリアの各複合体構成サブユニットの検出には、Total OXPHOS Rodent WB 抗体 Cocktail (Abcam, ab110413)を用いた。上記のSDS-電気泳動で中脳組織タンパク質を分離後、ゲルからPVDFメンブレンヘタンパク質を転写し、ブロットを1%スキムミルクを含むPBS(-)中で振盪しながら室温で1時間ブロッキングを行った。その後、1%スキムミルクを含むPBS(-)で6.0 μg/mLに希釈(250倍)した同抗体と4℃で一晩反応させた。次いで、抗マウスHRP標識二次抗体(CST、1000倍希釈)と反応後、ECL法で検出を行った。また、protein loading controlとして総ERKを用いた。1000倍希釈した抗p44/42(Erk1/2)抗体(CST#9102)と4℃で一晩反応後、抗ウサギHRP標識二次抗体(CST、1000倍希釈)と反応させ、上述のECL法で総 ERK量を検出した。上記の実験結果については、少なくとも2回実験を繰り返し実施し、その再現性を確認した。
老齢マウス中脳におけるミトコンドリア電子伝達系の複合体I~Vの各構成サブユニットタンパク質の発現をウエスタンブロット法で精査した結果、N陳皮の経口投与により、その構成サブユニットタンパク質レベルがすべて増加し、その結果、成体の発現レベルまで回復した(
図13、パネル左)。さらに、成体マウスの中脳ドパミン神経で発現が認められたNMDA受容体サブユニットNR2Dを欠損する成体マウス(NR2Dノックアウトマウス)では、その中脳組織抽出液を用いて、上記の複合体I~Vの各構成サブユニットの発現レベルの低下が認められた(
図13、パネル右)。つまり、中脳ドパミン神経におけるミトコンドリアの恒常性維持機構はNMDA受容体サブユニットNR2D依存的である可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明により、中枢神経変性疾患の処置のための医薬組成物が提供される。また、本発明によりミトコンドリアの恒常性の維持及び/又は強化に有用な候補物質のスクリーニング方法を提供することができる。
【配列表】