(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-15
(45)【発行日】2023-06-23
(54)【発明の名称】光学デバイス及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20230616BHJP
G01N 21/41 20060101ALI20230616BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N21/41 102
(21)【出願番号】P 2022576380
(86)(22)【出願日】2022-06-30
(86)【国際出願番号】 JP2022026311
【審査請求日】2022-12-15
(31)【優先権主張番号】P 2021157928
(32)【優先日】2021-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「表面増強ラマン散乱を利用した超高感度バイオケミカルセンサーチップの開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】597124316
【氏名又は名称】学校法人東北工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】弁理士法人英知国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】内野 俊
(72)【発明者】
【氏名】本間 孝治
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-208271(JP,A)
【文献】特開2009-222401(JP,A)
【文献】特開2013-231637(JP,A)
【文献】特開2014-190932(JP,A)
【文献】特表2007-538264(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0160218(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0391302(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第107313046(CN,A)
【文献】志賀 佳菜子 ほか,単層グラフェンによる表面増強ラマン分光法(SERS)の高性能化,第80回応用物理学会秋季学術講演会[講演予稿集],2019年,18a-E308-4,15-004
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/83
G01N 33/48-G01N 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、支持基板、貴金属
単結晶層、
表面プラズモンを励起させる入射光を透過させるための光透過性平坦層、がこの順で積層された積層膜を備え、
前記貴金属
単結晶層は、ナノホール構造を有し、
前記光透過性平坦層は、
エピタキシャル成長によって前記貴金属単結晶層を形成できる原子レベルの平坦性と耐熱性を有
することを特徴とする光学デバイス。
【請求項2】
前記貴金属
単結晶層は、銀単結晶の薄膜であることを特徴とする請求項1に記載の光学デバイス。
【請求項3】
前記光透過性平坦層は、マイカ又は岩塩型構造を有する塩化ナトリウムやフッ化リチウムから選択される単一層であることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学デバイス。
【請求項4】
前記光透過性平坦層の上に、さらに、二次元材料が積層されていることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の光学デバイス。
【請求項5】
前記二次元材料は、グラフェンであることを特徴とする請求項4に記載の光学デバイス。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の光学デバイスであって、抗原を抗体で挟んだ状態で固定することが可能であることを特徴とする光学デバイス。
【請求項7】
エピタキシャル成長によって基金属単結晶を形成できる原子レベルの平坦性と耐熱性を有する光透過性構造物の上に貴金属単結晶膜を堆積する貴金属単結晶膜堆積工程、
前記貴金属単結晶膜側を支持基板に固定する支持基板固定工程、
を少なくとも含み、
前記貴金属単結晶膜堆積工程において、ナノホール構造が自己組織化されることを特徴とする光学デバイスの製造方法。
【請求項8】
さらに、前記光透過性構造物の前記貴金属単結晶膜とは反対側の面に二次元材料を積層する積層工程を含むことを特徴とする請求項7に記載の光学デバイスの製造方法。
【請求項9】
前記二次元材料を積層する積層工程は、グラフェンを転写する転写工程であることを特徴とする請求項8に記載の光学デバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン散乱を利用した光学デバイス及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面増強ラマン散乱(SERS:Surface-enhanced Raman Scattering)は、銀や金などの貴金属粒子表面に吸着した分子のラマン散乱強度が局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)によって108倍以上にも増強する現象で、この現象を利用した技術は感染症やガンなどの診断、食品検査や水質検査を迅速かつ簡便に検査することができるものとして近年注目されている。
この表面増強ラマン散乱(SERS)を発現させる材料としては、銀や金などの貴金属があり、高感度を得るためにガラスやSiO2基板上に堆積した銀や金を微細加工したデバイスが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の技術はラマン散乱を増強するためのSERS活性体として金属をそのまま用いるところ、金属は抗菌作用や熱伝導率が高いことから生体への適用が困難で、かつ、金属表面が化学反応によって変化するため、劣化しやすいという欠点がある。また、特許文献1に記載の技術は、複雑な凸型ナノ構造体で構成されており、製造プロセスが複雑で高価になるものであるし、均一性や再現性にも問題があった。
そこで、本発明は、これらの欠点や問題を解消するための新規な構成の光学デバイスを提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前述の課題を解決するために、本発明による光学デバイスは、少なくとも、支持基板、貴金属単結晶層、表面プラズモンを励起させる入射光を透過させるための光透過性平坦層、がこの順で積層された積層膜を備え、前記貴金属単結晶層は、ナノホール構造を有し、前記光透過性平坦層は、エピタキシャル成長によって前記貴金属単結晶層を形成できる原子レベルの平坦性と耐熱性を有する。
【0006】
貴金属単結晶層として銀単結晶の薄膜を採用でき、光透過性平坦層としてマイカの他NaCl構造の塩化ナトリウムやフッ化リチウムを採用でき、必要に応じて光透過性平坦層の上にグラフェンが積層されていてもよい。また、光学デバイスは、抗原を抗体で挟んだ状態で固定することで、バイオセンサーとして用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の断面図である。
【
図2】銀薄膜の表面プラズマポラリトン伝搬長を示すグラフである。
【
図3】マイカ基板上に形成した銀薄膜のX線回折スペクトルを示したグラフである。
【
図4】銀表面側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフである。
【
図5】マイカ基板側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフである。
【
図6】マイカ基板上に形成した銀ナノドットのSEM写真である。
【
図7】マイカ基板上に形成した銀ナノホールのSEM写真である。
【
図8】一般的なナノホール構造の製造方法について説明する図であり、(a)は第一工程を、(b)は第二工程を、(c)は第三工程を示している。
【
図11】本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の製造方法について説明する図であり、(a)は第一工程を、(b)は第二工程を、(c)は第三工程を、(d)は完成した光学デバイスが作動している様子を示している。
【
図12】本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例2)の断面図である。
【
図13】グラフェン基板側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフである。
【
図14】グラフェンと銀を積層した基板側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフである。
【
図15】本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例3)の断面図である。
【
図16】本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例3)の製造方法について説明する図であり、(a)は第一工程を、(b)は第二工程を、(c)は第三工程を、(d)は完成した光学デバイスが作動している様子を示している。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明に係る実施形態の光学デバイスの構成を、図面を参照しながら説明する。以下の説明で、異なる図における同一符号は同一機能の部位を示しており、各図における重複説明は適宜省略する。
【0009】
[実施例1]
図1は、本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の断面図であり、バイオセンサーとして適用される例を示している。光学デバイスは、表面増強ラマン散乱素子であって、ガラス基板等で形成された支持基板11の上に、銀単結晶層12、光透過性平坦層としてのマイカ13がこの順で積層された積層膜である。ただし、製造プロセスとしては、支持基板11、銀単結晶層12、マイカ13という順に積層されていく訳ではない。このことついては、製造方法の説明において後記する。
【0010】
本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)において、銀単結晶層12には、表面増強ラマン散乱を活性化するための微細構造を持つ穴や溝(以下「ナノホール」という)が後述するように自己組織化により形成されている。また、本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の銀単結晶層12の膜厚は70nmであるが、50~100nmであれば、ナノホールが自己組織化される。マイカ13の膜厚は、50μm以下が望ましく、本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)においては、20μmである。
【0011】
図1が示すように、本発明の実施形態に係る光学デバイスの表面はマイカ13である。マイカ(雲母)は、原子レベルの平坦性を有するものであり、かつ、親水性を有するため、この上に親水性の標本Sを安定して固定することが可能である。
図1においては、標本Sに励起光Lexが入射されて放出されたラマン散乱が、本発明の実施形態に係る光学デバイスにより増幅されて、表面増強ラマン分光Lsとして出射される様子が示されている。ただし、説明のための図であり、入射角度はこのように設定されるわけではなく、垂直に入射されるものであってよい。また、実際の装置として実装される際には、適宜のフィルターを用いる等して、レイリー散乱等の他の光は除去されてラマン散乱光のみが取り出される。
【0012】
図1から明らかなように、微細構造部である銀単結晶層12は、マイカ13により密封されている。このため、抗菌作用が防止され、化学的安定性が保たれることになる。通常、凸型のナノ構造体を製作する場合、例えば、銀薄膜であれば、ガラス基板に銀を蒸着して形成された積層膜を微細加工してナノ構造体が形成されるところ、この積層膜は多結晶となる。しかし、本発明において、温度等の条件を設定した上でマイカ基板上に自己組織化することで堆積される積層膜は単結晶となる。単結晶の銀薄膜は、多結晶のものに比べて、光が散乱した時の散乱光の損失度合いを示す指標(Q値と呼ばれる)が改善されて、感度がより高いものとなる。
図2は、銀薄膜の表面プラズマポラリトン伝搬長を示すグラフであり、銀単結晶の方が銀多結晶より感度が高いことが理解される。この結果から、検出対象の分子が銀単結晶薄膜から50μm程度離れていても、プラズモンの影響を受けることがわかる。また、
図3は、マイカ基板上に形成した銀薄膜のX線回折スペクトルを示したグラフで、[111]方向に配向した単結晶であることを示している。
【0013】
マイカと銀単結晶層との積層体において、マイカが光透過性であることから、銀単結晶層の裏側から励起光を入射させた場合であっても、表面増強ラマン信号が得られる筈である。このことを利用して、銀単結晶層をマイカにより密封して生体への適用を可能とするというのが、本発明がそもそも狙いとしたところである。このことに加えて、本発明では
、感度の点で有利な効果を確認できた。このことを示しているのが、
図4及び5であり、
試料の両面に染料のローダミン6G水溶液(10-
6
M)を
滴下した試料の表面増強ラマン散乱を評価したグラフである。グラフ中の「*」で示されているピークが、ローダミン6Gに起因するピークである。
図4は銀表面側からの表面増強ラマン散乱信号について、
図5はマイカ基板側からの表面増強ラマン散乱信号について、それぞれ示している。
図5において、波数の小さい側から2つめのピークは
図4には見られないものであり、このピークはマイカに起因している。銀表面側からのピークよりもマイカ基板側からのピークの方が、より大きく増強されていることから、平坦な表面の方が光学デバイスの感度を向上させる機能を発現していることが理解できよう。
【0014】
ところで、マイカ基板の膜厚が145μmの試料では、マイカ側から表面増強ラマン散乱の信号を観測することができなかった。しかし、マイカ基板の膜厚を50μm程度に薄層化するとマイカ側からでも表面増強ラマン散乱の信号を観測することが確認できた。
図4及び5は、マイカ基板の膜厚を20μmとした観測結果である。
【0015】
実は、マイカ上にナノドット構造を形成した場合でも、表面増強ラマン散乱信号を観測することは可能である。ナノドット構造は、膜厚10nmの銀薄膜を400℃程度の高温処理することによって作製することができる。しかし、ナノホール構造による基板の方が、ナノドット構造による基板よりも感度が高いものとなった。この理由として、ナノドット基板では、表面増強ラマン散乱が局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)のみにより生じるのに対して、ナノホール構造では、LSPRに加えて、表面プラズモンポラリトン(SPP:Surface Plasmon Polariton)も関与するためである。
【0016】
参考まで、表面増強ラマン散乱の信号を観測する際に用いた試料を示しておく。
図6は、マイカ基板上に形成した銀ナノドットのSEM写真であり、
図7は、マイカ基板上に形成した銀ナノホールのSEM写真である。ナノホールは、自己組織化によって形成されているため、大きさにばらつきがある。
【0017】
[実施例1の製造方法]
本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の製造法について説明する前に、一般的なナノホール構造の製造方法について、
図8~10を用いて説明する。第一の工程として、
図8(a)に示すように、ガラス等の支持基板11の上にシリカ微粒子22を分散して配置する。この状態における上面図が
図9である。第二の工程として、
図8(b)に示すように、蒸着により銀薄膜23を形成する。第三の工程として、適宜のエッチング処理によりシリカ微粒子を取り除いて、
図8(c)に示されるナノホール構造が形成される。この状態における上面図が
図10である。以上、説明した工程では、シリカ微粒子の配置や除去工程を含むため、製造は煩雑さを伴うものとなる。
【0018】
次に、本発明の実施形態に係る光学デバイス(実施例1)の製造法につき、
図11を用いて説明する。第一の工程としては、
図11(a)に示すように、マイカ13の上に銀単結晶層12を形成する。具体的には、マイカ13の基板上に超高真空スパッタリング装置を用いて高温で銀単結晶薄膜を堆積するだけでよい。マイカ基板は積層構造を持ち、劈開面は原子レベルの平坦性を有するため、300℃程度の高温で銀薄膜を堆積させればファンデルワールス・エピタキ
シーにより単結晶を形成できる。このようにして、直径120nm程度のナノホールを自己組織化させることが可能となる。第二の工程としては、
図11(b)に示すように、ガラス基板等で形成された支持基板11の上方で、マイカ13と銀単結晶層12の積層体の上下位置を反転させる。
図11(c)は、第三の工程として、銀単結晶層12、マイカ13の順で積層した積層膜を支持基板11に固定しようとする様子を示している。
図11(d)は、完成した光学デバイスが作動している様子を示している。
【0019】
さらに、必要に応じて、マイカ基板につき、HDMS処理等の疎水化処理を行う。抗体は、疎水的な相互作用によって基板表面に結合するので、親水性を示すマイカ基板表面を疎水化する必要がある。HDMS処理は、ヘキサメチルジシラザンを用いた疎水化処理であり、マイカ表面のシラノール基と化学結合を形成して疎水化するため、均質性の高い疎水化処理を施すことができる。
【0020】
以上、説明した工程は、自己組織化のナノホール構造を利用しているため、製造が安価で簡便である。また、形成される銀薄膜は単結晶であるため、Q値について有利なものとなる。
【0021】
ここまでで説明した実施例1の有利な点として、次の効果を挙げることができる。
(1)銀の微細部が密封されているため、生体適合性、経年劣化の面で有利である。
(2)単結晶でとして形成される銀薄膜は高いQ値を示す。
(3)銀のナノホール構造は自己組織化されるので、製造が安価で簡便である。
(4)平坦なマイカ表面を利用しているため、ラマン散乱強度が強く、均一性に優れている。
上記した効果(1)については、課題を解決するべく、求めようとして得られた効果であるが、(2)、(3)は、その過程の中で発見し、偶発的に得られた効果であり、さららに、(4)については思いがけず得られた予期しなかった効果である。
【0022】
[実施例2]
実施例1では、必要に応じてHDMS処理を行うものであったが、別の方法により、マイカ基板表面を疎水化することもできる。透明な炭素の二次元材料であり、疎水性を有するグラフェンを利用するのである。以下、グラフェンを利用した別の実施形態について説明する。
図12は、別の実施形態に係る光学デバイス(実施例2)の断面図である。光学デバイスは、表面増強ラマン散乱素子であって、ガラス基板等で形成された支持基板11の上に、銀単結晶層12、光透過性平坦層としてのマイカ13、同じく光透過性平坦層としてのグラフェン14がこの順で積層された積層膜である。ただし、製造プロセスとしては、支持基板11、銀単結晶層12、マイカ13、グラフェン14という順に積層されていく訳ではない。実施例1と同様の製造法方法により、マイカ13の上に銀単結晶層12を形成した後、マイカ13と銀単結晶層12の積層体の上下位置を反転させた後、マイカ13の上にグラフェン14を転写する。そして、この積層体をガラス基板等で形成された支持基板11に固定する。グラフェンは疎水性を有するため、組織、血液等といった疎水性の標本Sを安定して固定することが可能となる。
【0023】
別の実施形態に係る光学デバイス(実施例2)において、銀単結晶層12には、表面増強ラマン散乱を活性化するためのナノホールが自己組織化により形成されている。また、別の実施形態に係る光学デバイス(実施例2)において、銀単結晶層12の膜厚は70nmであり、マイカ13の膜厚は20μmであり、グラフェンの膜厚は炭素原子一層分で1nm以下であるが、これらの数値に限定されるものでなく、ナノホールが自己組織化され、局在表面プラズモン共鳴が発現される範囲で適宜に設定すればよい。
【0024】
グラフェンは、疎水性という特性に加えて、表面プラズモンポラリトン(SPP:Surface Plasmon Polariton)としての特性も有している。
図13は、シリコン酸化膜上に転写したグラフェン基板側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフであり、D,G,2Dと示された箇所がグラフェンに起因したピークである。また、
図14は、グラフェンと銀を積層した基板側からの表面増強ラマン散乱信号を示すグラフであり、グラフェンに起因したピーク(G,2D)の他にローダミン6Gに起因したピークが高感度に観測された。このことは、別の実施形態に係る光学デバイス(実施例2)において、グラフェンが、疎水化の役割を果たすだけでなく、センサとしての感度向上にも寄与することを示している。
【0025】
[実施例3]
銀単結晶層12、マイカ13、グラフェン14から成る積層体をガラス基板等で形成された支持基板11に固定するに際して、金粒子封止技術を用いることができる。以下、説明する。
図15は、別の実施形態に係る光学デバイス(実施例3)の断面図である。光学デバイスは、表面増強ラマン散乱素子であって、ガラス基板等で形成された支持基板11の上に、銀単結晶層12、光透過性平坦層としてのマイカ13、同じく光透過性平坦層としてのグラフェン14がこの順で積層された積層膜である。ただし、銀単結晶層12は、金粒子20で封印することによって、支持基板11に固定されている。金はプラズモン特性を有するので、表面増強ラマン散乱の感度を保ったまま封止できるという利点がある。
【0026】
[実施例4]
実施例4(図示略)は、実施例3におけるグラフェン14に代えて、MoS2、が積層されている。なお、MoS2の他にWS2、ZnSe2、MoTe2、h-BNなどの二次元材料を用いることも可能である。これらの二次元材料を用いると、先に記載した表面増強ラマン散乱(SERS)のメカニズムとは異なる電荷移動による増強効果により、バイオセンサーとして動作する。従来、このメカニズムによる増強効果は103倍程度と考えられていた。しかし、近年、二次元材料と検体分子の間に発生する双極子-双極子相互作用により、ラマン信号が106倍以上に増強されることが知られている。
【0027】
実施例4の製造法につき、
図16を用いて説明する。第一の工程としては、
図16(a)に示すように、マイカ13の上に銀単結晶層12を形成する。具体的には、マイカ13の基板上に超高真空スパッタリング装置を用いて高温で銀単結晶薄膜を堆積するだけでよい。マイカ基板は積層構造を持ち、劈開面は原子レベルの平坦性を有するため、300℃程度の高温で銀薄膜を堆積させればファンデルワールス・エピタキ
シーにより単結晶を形成できる。このようにして、直径120nm程度のナノホールを自己組織化させることが可能となる。第二の工程としては、
図16(b)に示すように、ガラス基板等で形成された支持基板11の上方で、マイカ13と銀単結晶層12の積層体の上下位置を反転させる。支持基板11の上には所定位置に金粒子20が配置されている。第三の工程として、
図16(c)に示すように、Auバンプ接合により、銀単結晶層12が支持基板11に固定される。接合の仕方としては、超音波を用いる等、バンプ接合強度が高い方式を用いるのが望ましい。金は、接合界面の表面形状への対応性が良く、接合素材として最適である。
図16(d)は、支持基板11、銀単結晶層12、マイカ13、MoS
215の順で積層した積層膜として完成した光学デバイスを示している。なお、MoS
2の他にWS
2、ZnSe
2、MoTe
2、h-BNなどの二次元材料を積層させるようにしてもよい。
【0028】
[応用例]
既に述べたように、本発明は、銀の微細部が密封されているため、生体適合性、経年劣化の面で有利であることから、感染症やガンなどの診断、食品検査、水質検査を実施するに際してのバイオセンサーとして有効に用いることが可能である。より具体的には、酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISAアッセイ)と呼ばれる分析生化学アッセイとして、抗原を抗体で挟んだ状態で本発明の光学デバイスに固定することが可能である。レポーターとしては、HRP(酵素)を用いればよい。
【0029】
以上、本発明に係る実施形態の光学を、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成は、これらの実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。例えば、貴金属結晶として銀の他に金を用いることも可能である。また、貴金属結晶として、マイカ上で自己組織化される銀単結晶を用いたが、通常の銀蒸着で多結晶の銀薄膜を形成し、これを光学デバイスとして用いることも可能である。Q値は単結晶の方が有利であるが、マイカで貴金属結晶層を密封することで生体への適用を可能とした点に技術的意義を有するのであるから、多結晶での態様が排除されるものではない。その意味では、光透過性平坦層として、マイカでなくとも、塩化ナトリウムやフッ化リチウムを適用することも可能である。
【0030】
また、前述の各実施形態は、その目的および構成等に特に矛盾や問題がない限り、互いの技術を流用して組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0031】
11: 支持基板
12: 銀単結晶層
13: マイカ
14: グラフェン
15: MoS2(二次元材料)
20: 金粒子
22: シリカ微粒子
【要約】
生体への適用が可能であり、経年劣化しにくい新規な構成の光学デバイスを提供することを目的とする。
少なくとも、支持基板、貴金属結晶層、光透過性平坦層、がこの順で積層された積層膜を備え、前記貴金属結晶層は、ナノホール構造を有し、前記光透過性平坦層は、原子レベルの平坦性と耐熱性を有し、前記光透過性平坦層側から前記ナノホール構造に励起光を入射させて表面プラズモンを励起させるようにした光学デバイス