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特許7296771極細短繊維、複合体及び極細短繊維の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-15
(45)【発行日】2023-06-23
(54)【発明の名称】極細短繊維、複合体及び極細短繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/76 20060101AFI20230616BHJP
   D01D 5/04 20060101ALI20230616BHJP
   D01F 6/00 20060101ALI20230616BHJP
   D04H 1/4326 20120101ALI20230616BHJP
【FI】
D01F6/76 D
D01D5/04
D01F6/00 Z
D04H1/4326
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019084087
(22)【出願日】2019-04-25
(65)【公開番号】P2020180394
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】倉持 政宏
(72)【発明者】
【氏名】角前 洋介
(72)【発明者】
【氏名】平野 智弘
【審査官】伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-208918(JP,A)
【文献】特開2009-114560(JP,A)
【文献】特開2018-162549(JP,A)
【文献】特開2011-184816(JP,A)
【文献】特開2010-158606(JP,A)
【文献】特開昭55-027309(JP,A)
【文献】特開2006-225795(JP,A)
【文献】特開2008-308810(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00- 6/96
D01D 1/00-13/02
D04H 1/00-18/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維径が0.05μm以上3μm以下、かつ、アスペクト比が5以上200以下であり、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を有するポリエーテルスルホン樹脂を20mass%以上含有する、極細短繊維。
【請求項2】
イオン交換容量が0.1meq/g以上10meq/g以下であり、ガラス転移温度が180℃以上230℃以下である、請求項に記載の極細短繊維。
【請求項3】
請求項1~のいずれか1項に記載の極細短繊維が樹脂組成物中に分散してなる、複合体。
【請求項4】
(1)樹脂の繰り返し単位にスルホ基を有するポリエーテルスルホン樹脂を溶媒に溶解させて、樹脂濃度が1~50質量%の紡糸液を調製する工程、
(2)前記紡糸液を用いて紡糸し、得られた繊維を捕集して繊維シートを形成する工程、
(3)前記繊維シートを粉砕し、極細短繊維を製造する工程、
を含む、平均繊維径が0.05μm以上3μm以下、かつ、アスペクト比が5以上200以下である、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を有するポリエーテルスルホン樹脂を20mass%以上含有する、極細短繊維の製造方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン交換能を有する極細短繊維、前記極細短繊維を樹脂組成物と複合した複合体、及び前記極細短繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フィルムなどを構成する樹脂組成物に、極細短繊維を混合しフィラーとして用いることにより、機械的強度が向上することが知られている。
【0003】
このような用途に使用できる極細短繊維として、例えば、特開2009-114560号公報(特許文献1)に平均繊維径が1000nm以下、かつ、平均繊維長が20μm以下であり、フィラーとして好適に使用できる樹脂製極細短繊維が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2009-114560号公報
【0005】
しかし、前記樹脂製極細短繊維を、例えば高いプロトン伝導性が必要な燃料電池の電解質膜といった、カチオン交換能を必要とする樹脂組成物に添加するフィラーとして使用すると、前記樹脂製極細短繊維はカチオン交換能を有しないことから、前記樹脂製極細短繊維と樹脂組成物を複合した複合体のカチオン交換能が低下する問題があり、燃料電池の電解質膜のフィラーに前記樹脂製極細短繊維を使用すると、前記樹脂製極細短繊維によってカチオンの1種であるプロトンの伝導性が低下することから、燃料電池の電解質膜のプロトン伝導性が低下する問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記のような状況に鑑みてなされたものであり、カチオン交換能を有する極細短繊維、前記極細短繊維を複合した複合体、及び前記極細短繊維の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の請求項1にかかる発明は、「平均繊維径が3μm以下、かつ、アスペクト比が200以下であり、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を含有する、極細短繊維。」である。
【0008】
本発明の請求項2にかかる発明は、「樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂を含有する、請求項1に記載の極細短繊維。」である。
【0009】
本発明の請求項3にかかる発明は、「イオン交換容量が0.1meq/g以上であり、ガラス転移温度が180℃以上である、請求項2に記載の極細短繊維。」である。
【0010】
本発明の請求項4にかかる発明は、「請求項1~3のいずれか1項に記載の極細短繊維が樹脂組成物中に分散してなる、複合体。」である。
【0011】
本発明の請求項5にかかる発明は、「(1)樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を溶媒に溶解させて、紡糸液を調製する工程、
(2)前記紡糸液を用いて紡糸し、得られた繊維を捕集して繊維シートを形成する工程、
(3)前記繊維シートを粉砕し、極細短繊維を製造する工程、
を含む、平均繊維径が3μm以下、かつ、アスペクト比が200以下である、極細短繊維の製造方法。」である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の請求項1にかかる極細短繊維は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を含有することから、カチオン交換能を有する。また、本発明に係る極細短繊維は平均繊維径が3μm以下、かつ、アスペクト比が200以下と平均繊維径、アスペクト比がともに小さく、極細短繊維の分散性が優れるため、樹脂組成物に添加して複合体を調製するのに適したものである。このため、燃料電池の電解質膜などのカチオン交換能を必要とする樹脂組成物に添加するフィラーとして好適に使用できる。
【0013】
本発明の請求項2にかかる極細短繊維は、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂を含有し、ポリスルホン系樹脂のガラス転移温度が高いことから、カチオン交換能を有する上に、耐熱性に優れる。このため、本発明に係る極細短繊維を高温環境下で使用しても極細短繊維の形状が崩れにくいことから、カチオン交換能を必要とし、高温環境下で使用する樹脂組成物に添加するフィラーとして好適に使用できる。
【0014】
本発明の請求項3にかかる極細短繊維は、イオン交換容量が0.1meq/g以上であり、ガラス転移温度が180℃以上であることから、カチオン交換能を有する上に、より耐熱性に優れる。このため、本発明に係る極細短繊維を高温環境下で使用してもより極細短繊維の形状が崩れにくいことから、カチオン交換能を必要とし、高温環境下で使用する樹脂組成物に添加するフィラーとして好適に使用できる。
【0015】
本発明の請求項4にかかる複合体は、本発明に係る極細短繊維が樹脂組成物中に分散してなるため、カチオン交換能に優れ、機械的強度に優れる複合体である。
【0016】
本発明の請求項5にかかる極細短繊維の製造方法は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を溶媒に溶解させて紡糸液を調製し、前記紡糸液を用いて紡糸した繊維を捕集して繊維シートを形成し、前記繊維シートを粉砕することで、カチオン交換能を有し、樹脂組成物に添加して複合体を調製するのに適した極細短繊維を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の極細短繊維は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を含有することを特徴とする。ここで、「カチオン交換能を有する官能基」とは、水溶液中で電離してプロトンを放出し、カチオンを交換する能力を有する官能基のことをいい、例えば、スルホ基、カルボキシル基、リン酸基やカルボン酸無水物などが挙げられる。これらの中でも、前記カチオン交換能を有する官能基がスルホ基であると、スルホ基は酸解離定数(pKa)が小さく、高いカチオン交換能を有することから好ましい。
【0018】
本発明の極細短繊維は、フィルムなどを構成する樹脂組成物に前記極細短繊維を添加して補強するフィラーとして使用する際に、極細短繊維同士が凝集しにくいように、平均繊維径が3μm以下、かつ、アスペクト比が200以下である。
【0019】
上記極細短繊維の平均繊維径は3μm以下であればよいが、平均繊維径が小さければ小さいほど、樹脂組成物中での分散性に優れるため、2μm以下がより好ましく、1μm以下が更に好ましい。平均繊維径の下限は適宜選択できるが、極細短繊維の強度に優れるように、0.05μm以上が適当である。
【0020】
なお、本発明における「平均繊維径」は、50本の極細短繊維における各繊維径の算術平均値をいい、「繊維径」は、極細短繊維を撮影した5000倍の電子顕微鏡写真をもとに測定した、極細短繊維が伸びる方向に対して直交する方向の断面における円の直径をいう。極細短繊維の断面が円形でない異形断面の場合は、異形断面の断面積を計測し、その断面積を有する円の直径を繊維径とみなす。
【0021】
上記極細短繊維のアスペクト比は、極細短繊維が樹脂組成物中で凝集しにくく、分散性に優れるように200以下である。極細短繊維のアスペクト比が小さくなるほど、より極細短繊維が樹脂組成物中で凝集しにくく分散性に優れることから、アスペクト比は150以下がより好ましく、120以下が更に好ましい。アスペクト比の下限については、極細短繊維が樹脂組成物中に分散してなる複合体の機械的強度が優れるように、5以上が適当である。
なお、本発明における「アスペクト比」は、極細短繊維の平均繊維長(μm)を平均繊維径(μm)で除した値である。
【0022】
上記極細短繊維の平均繊維長は、前記アスペクト比を満たす限り、特に限定するものではない。本発明における「平均繊維長」は、50本の極細短繊維における各繊維長の算術平均値をいい、「繊維長」は、極細短繊維を撮影した50~5000倍の電子顕微鏡写真をもとに測定した、極細短繊維が伸びる方向の長さをいう。
【0023】
本発明の極細短繊維に含まれる樹脂の種類は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂が少なくとも含まれていればよく、例えば、マレイン酸系共重合体樹脂(スチレン‐無水マレイン酸共重合体、メチルビニルエーテル‐無水マレイン酸共重合体)、ポリアクリル酸系樹脂や、ポリビニルアルコール系樹脂、アクリル系樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、ポリエーテル系樹脂(ポリエーテルエーテルケトン、ポリアセタール、変性ポリフェニレンエーテル、芳香族ポリエーテルケトンなど)、ポリスルホン系樹脂(ポリスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリエーテルスルホンなど)、ポリエステル系樹脂(ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリカーボネート、ポリ乳酸、全芳香族ポリエステル樹脂など)、ニトリル基を有する樹脂(例えば、ポリアクリロニトリルなど)、フッ素系樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシアルカンなど)、セルロース系樹脂、熱可塑性ポリイミド系樹脂、ウレタン系樹脂、熱硬化性ポリイミド系樹脂など、これら樹脂の繰り返し単位に含まれる水素原子を、カチオン交換能を有する官能基に置換した、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂、異なる樹脂が縮合反応した樹脂(例えば、ポリビニルアルコール系樹脂とマレイン酸系共重合体樹脂が縮合反応した樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂とポリアクリル酸樹脂が縮合反応した樹脂)などが挙げられる。これらの中でも、ガラス転移温度が高く耐熱性に優れ、また耐薬品性に優れることから、極細短繊維に樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含むポリスルホン系樹脂が含まれているのが好ましく、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含むポリスルホン系樹脂の中でも特に耐熱性及び耐薬品性が優れることから、極細短繊維に樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含むポリエーテルスルホン樹脂が含まれているのがより好ましい。また、前述のように樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基はスルホ基が好ましいことから、本発明の極細短繊維は樹脂の繰り返し単位にスルホ基を有するポリスルホン系樹脂を含んでいるのが好ましく、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を有するポリエーテルスルホン樹脂を含んでいるのがより好ましい。なお、本発明の極細短繊維は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂のほかに、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まない樹脂を含有していてもよい。
【0024】
前記極細短繊維に含まれる樹脂の分子構造は、直鎖状または分岐を有する構造のいずれからなるものでも構わず、また樹脂の分子構造がブロック共重合体やランダム共重合体でも構わず、また樹脂の立体構造や結晶性の有無がいかなるものでも、特に限定されるものではない。そして、これらの極細短繊維は例示以外の樹脂を含んでいてもよい。前記極細短繊維を構成する樹脂の分子量は、使用する樹脂によって適切な分子量が異なるため、特に限定するものではなく、適宜選択できる。
なお、極細短繊維を構成する樹脂は1種類である必要はなく、2種類以上含有して構成していてもよい。
【0025】
本発明の極細短繊維に含まれる、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂の割合は、大きければ大きいほどよりカチオン交換能に優れる極細短繊維であることから、1mass%以上が好ましく、10mass%以上がより好ましく、30mass%以上が更に好ましく、50mass%以上が更に好ましい。
【0026】
本発明の極細短繊維のイオン交換容量は、高ければ高いほどよりカチオン交換能に優れる極細短繊維であることから、0.1meq/g以上が好ましく、0.3meq/g以上がより好ましく、0.5meq/g以上が更に好ましい。イオン交換容量の上限は特に限定するものではないが、10meq/g以下が現実的である。
【0027】
極細短繊維のイオン交換容量は下記の<イオン交換容量の測定方法1>又は<イオン交換容量の測定方法2>で測定することができる。極細短繊維がスルホ基を含む樹脂を含有する場合は<イオン交換容量の測定方法1>で、極細短繊維がスルホ基を含む樹脂を含有しない場合は<イオン交換容量の測定方法2>で測定を行う。極細短繊維がスルホ基を含む樹脂を含有するかどうかは、赤外分光法など公知の方法で極細短繊維を分析し判断する。
【0028】
<イオン交換容量の測定方法1>
(1)極細短繊維1gを95℃の0.1M硫酸に1時間浸漬する。
(2)(1)の硫酸を30℃に冷却後、極細短繊維を取り出し、極細短繊維を純水で十分に洗浄し、洗浄に使用した純水のpHが7になるまで行う。
(3)(2)の極細短繊維を95℃の熱水中に1時間浸漬する。
(4)(3)の熱水を30℃に冷却後、極細短繊維を取り出し、温度100℃に設定したオーブン中で2時間以上乾燥させる。
(5)(4)の乾燥させた極細短繊維の質量を測定する。
(6)(5)の極細短繊維を100mlの0.1M塩化ナトリウム水溶液に48時間浸漬してイオン交換処理を行い、極細短繊維に含まれるカチオン交換能を有する官能基をナトリウム塩に置換させる。
(7)(6)の水溶液を20ml採取して水溶液のpHをpHメーター(株式会社堀場製作所製、型番:D-51)で測定しながら、0.01M炭酸ナトリウム水溶液で滴定する。水溶液のpHが4.0となった地点の0.01M炭酸ナトリウムの滴下量を求める。滴定は5回行い、滴定温度は(6)の水溶液、0.01M炭酸ナトリウム水溶液ともに25℃で行う。
(8)(7)の炭酸ナトリウム水溶液の滴下量から、イオン交換容量を算出する。
滴下した炭酸ナトリウム水溶液中に含まれる水酸化物イオンの量は、炭酸ナトリウムは電離で炭酸ナトリウムの2倍量の水酸化物イオンを放出するため、下式で求められる。
OH=(2×0.01×NaCO)/1000
OH:滴下した炭酸ナトリウム水溶液中の水酸化イオンの量[mol]
NaCO:炭酸ナトリウム水溶液の滴下量[ml]
例えばカチオン交換能を有する官能基がスルホ基のみである場合、極細短繊維を浸漬した塩化ナトリウム水溶液は、20ml毎に取り分けて滴定しているため、全水溶液(100ml)中に含まれるスルホ基の量は下式で求められる。
SO =5×H=5×OH
SO :極細短繊維に含まれるスルホ基の量[mol]
:(6)の水溶液20mlに含まれる水素イオンの量[mol]
よって、極細短繊維のイオン交換容量Xは下式となる。
X=(SO /M)×1000[meq/g]
M:(5)で測定した極細短繊維の質量[g]
【0029】
<イオン交換容量の測定方法2>
(1)極細短繊維1gを25℃の1M硝酸に1時間浸漬する。
(2)極細短繊維を硝酸から取り出し、極細短繊維を純水で十分に洗浄し、洗浄に使用した純水のpHが7になるまで行う。
(3)極細短繊維を純水から取り出し、温度100℃に設定したオーブン中で2時間以上乾燥させる。
(4)(3)の乾燥させた極細短繊維の質量を測定する。
(5)(4)の極細短繊維を100mlの0.01M水酸化ナトリウム水溶液に2時間浸漬してイオン交換処理を行い、極細短繊維に含まれるカチオン交換能を有する官能基をナトリウム塩に置換させる。
(6)(5)の水溶液に0.1mlのフェノールフタレイン液を加える。
(7)(6)の水溶液を0.1M塩酸で滴定し、水溶液の色が無色になった地点の0.1M塩酸の滴下量a[ml]を求める。滴定温度は(6)の水溶液、0.1M塩酸ともに25℃で行う。
(8)100mlの0.01M水酸化ナトリウム水溶液に0.1mlのフェノールフタレイン液を加えた水溶液を0.1M塩酸で滴定し、水溶液の色が無色になった地点の0.1M塩酸の滴定量b[ml]を求める。滴定温度は上述の水溶液、0.1M塩酸ともに25℃で行う。
(9)上述の滴定量aおよびbから、イオン交換容量を算出する。
極細短繊維に含まれるカチオン交換能を有する官能基がナトリウム塩に置換された際に消費した、水酸化物イオンの量は、塩酸は電離で塩酸と同量のプロトンを放出するため、下式で求められる。
OH={(b-a)×0.1}/1000
OH:極細短繊維に含まれるカチオン交換能を有する官能基が消費した、水酸化物イオンの量[mol]
例えばカチオン交換能を有する官能基がカルボキシル基のみである場合、極細短繊維に含まれるカルボキシル基の量は下式で求められる。
COO=OH
COO:極細短繊維に含まれるカルボキシル基の量(mol)
よって、極細短繊維のイオン交換容量Xは下式となる。
X=(COO/M)×1000[meq/g]
M:(4)で測定した極細短繊維の質量[g]
【0030】
本発明の極細短繊維が、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂を含有する場合、極細短繊維がカチオン交換能を有するようにイオン交換容量は0.1meq/g以上であるのが好ましい。イオン交換容量が高ければ高いほどよりカチオン交換能に優れる極細短繊維であることから、0.3meq/g以上がより好ましく、0.5meq/g以上が更に好ましい。イオン交換容量の上限は特に限定するものではないが、10meq/g以下が現実的である。
【0031】
また、前記極細短繊維のガラス転移温度が180℃以上であると、より耐熱性に優れることから好ましい。極細短繊維のガラス転移温度が高ければ高いほど、より耐熱性に優れることから、前記極細短繊維のガラス転移温度は190℃以上がより好ましく、200℃以上が更に好ましい。一方、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まないポリスルホン系樹脂のガラス転移温度は高くても230℃程度であることから、前記極細短繊維のガラス転移温度の上限は、230℃が現実的である。
【0032】
本発明の極細短繊維が樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂を含有する極細短繊維である場合、より極細短繊維のガラス転移温度が高く、耐熱性に優れるように、極細短繊維が樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂のほかに樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まないポリスルホン系樹脂を含有するのが好ましく、極細短繊維が樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂と樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まないポリスルホン系樹脂のみで構成されているのがより好ましい。
【0033】
本発明の極細短繊維が樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂と樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まないポリスルホン系樹脂を含有する場合、樹脂の繰り返し単位にスルホ基を含むポリスルホン系樹脂と樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含まないポリスルホン系樹脂の質量比率は、99:1~1:99が好ましく、90:10~30:70がより好ましく、80:20~40:60が更に好ましく、70:30~50:50が更に好ましい。
【0034】
本発明の極細短繊維は、上述の樹脂のみから構成されていても良いが、極細短繊維のカチオン交換能に影響しない範囲で、各種特性の付与を目的として、従来公知の添加物を有してもよい。添加物の具体例としては、例えば、酸化防止剤、安定剤、無機粒子、顔料、染料などが挙げられる。
【0035】
本発明の極細短繊維は、例えば、次のようにして製造することができる。
【0036】
まず、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂と、前記樹脂を溶解することのできる溶媒を用意する。この溶媒は特に限定するものではないが、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、メチルピロリドン及びジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる少なくとも1種の有機溶媒を使用することが好ましい。
次いで、溶媒に樹脂を溶解させることで紡糸液を調製する。なお、この紡糸液の調製方法は特に限定するものではない。
【0037】
紡糸液の樹脂濃度が1質量%未満であると、紡糸液に含まれる樹脂が希薄すぎるため繊維形成が困難となるおそれがある。一方、50質量%を超えると、得られる繊維の繊維径が大きくなる傾向にあり、平均繊維径が3μmを超えるおそれがある。そのため、紡糸液の樹脂濃度は、1~50質量%が好ましく、5~45質量%がより好ましく、10~40質量%が更に好ましい。
【0038】
次いで、前記紡糸液を紡糸して繊維を形成し、この繊維を集積することで繊維シートを形成することが出来る。この紡糸方法として、従来公知の紡糸方法を採用することができる。例えば、湿式紡糸法、乾式紡糸法、フラッシュ紡糸法、遠心紡糸法、静電紡糸法、特開2009-287138号公報に開示されているような、ガスの剪断作用により紡糸する方法、あるいは特開2011-32593号公報に開示されているような、電界の作用に加えてガスの剪断力を作用させて紡糸する方法などによって紡糸し、紡糸した繊維を直接ドラムやネット上に集積して、繊維シートを形成することが出来る。これらの中でも静電紡糸法によれば、平均繊維径が1μm以下の特に平均繊維径が細い繊維シートを実現でき、また繊維径が揃った連続繊維を紡糸できるため好適である。
【0039】
なお、静電紡糸法により紡糸する場合、紡糸液の導電性が不十分であると、紡糸性に劣り、繊維化するのが困難な場合があるため、このような場合には、紡糸液に塩を適量添加して、導電性を調節することもできる。
【0040】
次いで、繊維シートを粉砕することで、アスペクト比が200以下である極細短繊維を得ることができる。粉砕方法としては、特に限定するものではないが、例えば石臼やピンミルを使用する方法が挙げられる。
【0041】
本発明の複合体は、極細短繊維が樹脂組成物中に分散してなるため、複合体は極細短繊維によってカチオン交換能に優れ、また機械的強度に優れる複合体である。
【0042】
本発明における樹脂組成物を構成する樹脂の種類は特に限定されるものではなく、適宜選択できる。さらに、複合体中における樹脂組成物及び極細短繊維の含有比率は用途によって異なるため、特に限定するものではなく、適宜調整できる。
【0043】
複合体の形態は用途によって異なり、特に限定するものではないが、例えば、シート状や、直方体、円柱、角柱、角錐などであることが出来る。
【0044】
本発明の複合体は常法により製造することができる。例えば、樹脂組成物を分散媒で溶解させた溶解液に、極細短繊維を添加し、極細短繊維分散液を調製した後、極細短繊維分散液を塗工し、乾燥して分散媒を除去し、複合体を製造することができる。
【実施例
【0045】
以下に、本発明の実施例を記載するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実施例1~6、比較例1)
<スルホ基を含むポリエーテルスルホン樹脂の用意>
スルホ基を含むポリエーテルスルホン樹脂(PESU-A、小西化学株式会社製、イオン交換容量:1.12meq/g)を用意した。
<カチオン交換能を有する官能基を含まないポリエーテルスルホン樹脂の用意>
カチオン交換能を有する官能基を含まないポリエーテルスルホン樹脂(PESU-B、住友化学株式会社製、スミカエクセル(登録商標)、品番:PES5200P、イオン交換容量:0meq/g)を用意した。
【0047】
<繊維シートの製造>
溶媒であるジメチルアセトアミド(沸点:165℃)に、PESU-Aと、PESU-Bを表1に示す質量比率で混合し、溶解させて紡糸溶液(樹脂濃度:30質量%)を調製した。
次に、前記紡糸溶液を用い、次の静電紡糸条件及び表1に示す条件(ノズルと捕集体との距離、ノズル電圧)で紡糸して、ステンレスドラム捕集体に集積させることで繊維シートをそれぞれ作製した。
[静電紡糸条件]
・電極:金属製ノズル(内径:0.33mm)
・捕集体:アースしたステンレスドラム
・ノズルからの吐出量:1g/時間
・紡糸容器内の温湿度:25℃、30%RH
【0048】
<極細短繊維の製造>
次に、繊維シートと、繊維シートの質量に対して10倍量の水を混合して、混合液を作製した。そして、混合液を粉砕装置(マスコロイダー(登録商標)、増幸産業株式会社製)へ供し、上述の各繊維シートを次の粉砕条件で粉砕した。
[粉砕条件]
・クリアランス:-200μm
・回転数:1500rpm
・処理時間:30秒
その後、粉砕物を濾別し、110℃で30分乾燥させることで水を除去して、極細短繊維を作製した。
【0049】
実施例1~6、比較例1の極細短繊維を構成する樹脂の質量比率、前記極細短繊維の静電紡糸条件を以下の表1に、前記極細短繊維の平均繊維径、平均繊維長、アスペクト比を以下の表2に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
(実施例7)
<繊維シートの製造>
溶媒である水に、ポリビニルアルコール(富士フイルム和光純薬株式会社製、品番:PVA1000C)と、無水マレイン酸コポリマー(アイエスピー・インベストメンツ・インコーポレーテツド製、品番:Gantrez AN-119)を質量比率4:1で混合し、溶解させて紡糸溶液(樹脂濃度:15質量%)を調製した。
【0053】
次に、前記紡糸溶液を用い、次の静電紡糸条件で紡糸して、ステンレスドラム捕集体に集積させることで繊維シートを作製した。そして、作製した繊維シートに180℃で30分間の熱処理を行った。
[静電紡糸条件]
・電極:金属製ノズル(内径:0.33mm)
・捕集体:アースしたステンレスドラム
・ノズルと捕集体との距離:120mm
・ノズル電圧:22kV
・ノズルからの吐出量:1g/時間
・紡糸容器内の温湿度:25℃、50%RH
【0054】
<極細短繊維の製造>
次に、熱処理を行った繊維シートと、繊維シートの質量に対して10倍量の水を混合して、混合液を作製した。そして、混合液を粉砕装置へ供し、上述の繊維シートを実施例1~6、比較例1と同じ粉砕条件で粉砕した。
その後、粉砕物を濾別し、110℃で30分乾燥させることで水を除去して、極細短繊維(平均繊維径:0.2μm、平均繊維長:20μm、アスペクト比:100)を作製した。
【0055】
(実施例8)
<繊維シートの製造>
溶媒である水に、ポリビニルアルコール(富士フイルム和光純薬株式会社製、品番:PVA1000C)と、ポリアクリル酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)を質量比率3:1で混合し、溶解させて紡糸溶液(樹脂濃度:20質量%)を調製した。
【0056】
次に、前記紡糸溶液を用い、次の静電紡糸条件で紡糸して、ステンレスドラム捕集体に集積させることで繊維シートを作製した。そして、作製した繊維シートに180℃で30分間の熱処理を行った。
[静電紡糸条件]
・電極:金属製ノズル(内径:0.33mm)
・捕集体:アースしたステンレスドラム
・ノズルと捕集体との距離:100mm
・ノズル電圧:22kV
・ノズルからの吐出量:1g/時間
・紡糸容器内の温湿度:25℃、50%RH
【0057】
<極細短繊維の製造>
次に、熱処理を行った繊維シートと、繊維シートの質量に対して10倍量の水を混合して、混合液を作製した。そして、混合液を粉砕装置へ供し、上述の繊維シートを実施例1~7、比較例1と同じ粉砕条件で粉砕した。
その後、粉砕物を濾別し、110℃で30分乾燥させることで水を除去して、極細短繊維(平均繊維径:0.3μm、平均繊維長:15μm、アスペクト比:50)を作製した。
【0058】
<極細短繊維の評価方法>
極細短繊維のイオン交換容量を、実施例1~6及び比較例1の極細短繊維は前述のイオン交換容量の測定方法1で、実施例7、8の極細短繊維は前述のイオン交換容量の測定方法2で測定した。
また、実施例1~6及び比較例1の極細短繊維については、ガラス転移温度を以下のガラス転移温度の測定方法により測定した。
[ガラス転移温度の測定方法]
示差走査熱量計(TA Instruments社製Q1000)により、JIS K 7121(1987)に則って測定し、描いたDSC曲線から補外ガラス転移開始温度(Tig)を読み取り、ガラス転移温度とした。
【0059】
以下の表3に、実施例1~6及び比較例1の極細短繊維の評価結果を示す。
【0060】
【表3】
また、以下の表4に、実施例7、8の極細短繊維の評価結果を示す。
【0061】
【表4】
【0062】
実施例1~6の極細短繊維は、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を含有することから、極細短繊維のイオン交換容量が0meq/gよりも大きく、カチオン交換能を有するものであった。また、実施例1~5の極細短繊維は、イオン交換容量が0.1meq/g以上であり、ガラス転移温度が180℃以上であることから、カチオン交換能を有することに加えて、ガラス転移温度が高く、耐熱性に優れるものであった。
【0063】
更に、実施例7、8の極細短繊維についても、イオン交換容量が0meq/gよりも大きいことから、カチオン交換能を有するものであった。
【0064】
更に、本発明の構成を有する、樹脂の繰り返し単位にカチオン交換能を有する官能基を含む樹脂を溶媒に溶解させて、紡糸して繊維シートを形成し、粉砕する極細短繊維の製造方法は、カチオン交換能を有する極細短繊維を製造できる方法であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の極細短繊維は燃料電池の電解質膜や水処理膜、電気化学素子用セパレータ、イオン交換膜、触媒、金属回収剤、凝集剤、脱塩剤、分離濃縮剤、脱色剤、脱水剤といった、カチオン交換能を必要とする樹脂組成物に添加するフィラーとして好適に用いることができる。
また、本発明の複合体は、カチオン交換能及び機械的強度に優れているため、燃料電池の電解質膜や水処理膜、電気化学素子用セパレータ、イオン交換膜、触媒、金属回収剤、凝集剤、脱塩剤、分離濃縮剤、脱色剤、脱水剤などに好適に用いることができる。