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特許7297104特発性肺線維症の動物モデル、その構築方法及び使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-15
(45)【発行日】2023-06-23
(54)【発明の名称】特発性肺線維症の動物モデル、その構築方法及び使用
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20230616BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20230616BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230616BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230616BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230616BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N5/071
C12N5/10
C12N15/09 Z
C12Q1/02
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2021571455
(86)(22)【出願日】2019-05-30
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-08-10
(86)【国際出願番号】 CN2019089357
(87)【国際公開番号】W WO2020237587
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】520493304
【氏名又は名称】ナショナル インスティテュート オブ バイオロジカル サイエンシズ,ベイジン
【氏名又は名称原語表記】NATIONAL INSTITUTE OF BIOLOGICAL SCIENCES,BEIJING
【住所又は居所原語表記】7 Science Park Rd.,ZGC Life Science Park,Changping District,Beijing 102206 China
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ナン・タン
(72)【発明者】
【氏名】ホイチュアン・ウー
【審査官】藤山 純
(56)【参考文献】
【文献】Liu Z, et al.,MAPK-Mediated YAP Activation Controls Mechanical-Tension-Induced Pulmonary Alveolar Regeneration,Cell Rep,16(7),2016年08月16日,p.1810-1819
【文献】Sisson TH, et al.,Targeted injury of type II alveolar epithelial cells induces pulmonary fibrosis,Am J Respir Crit Care Med,181(3),2010年02月01日,p.254-263
【文献】Heise RL, et al.,Mechanical stretch induces epithelial-mesenchymal transition in alveolar epithelia via hyaluronan activation of innate immunity,J Biol Chem,286(20),2011年05月20日,p.17435-17444
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
C12N 5/071
C12N 5/10
C12N 15/12
C12N 15/09
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物の肺胞上皮における機械的張力を高めるステップと、AT2細胞中のCdc42を非活性化するステップとを含む肺線維症の動物モデルを構築する方法。
【請求項2】
記動物は肺切除術(PNX)が行われている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記の肺胞上皮における機械的張力を高めるステップは肺胞II型(AT2)細胞における機械的張力を高めるステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記のAT2細胞中のCdc42を非活性化するステップはAT2細胞中のCdc42遺伝子をノックアウトすることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
AT2細胞中のCdc42遺伝子のノックアウトがPNX処理後の動物において進行性の肺線維症をもたらす、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記のAT2細胞中のCdc42遺伝子のノックアウトが中年及び老齢のPNX未処理の動物において進行性の肺線維症をもたらす、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記動物の肺において線維芽細胞巣が進展する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記動物はマウス、ウサギ、ラット、犬、ブタ、ウマ、乳牛、ヒツジ、サル又はチンパンジーである、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記のAT2細胞中のCdc42を非活性化するステップは、Spc-CreERノックイン対立遺伝子により肺AT2細胞中のCdc42を特異的にノックアウトすることにより前記動物のAT2細胞中のCdc42遺伝子をノックアウトすることを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項10】
前記のAT2細胞中のCdc42を非活性化するステップは、Spc-CreERノックイン対立遺伝子を持つマウスを使用してCdc42 floxedマウスと交配し、肺AT2細胞中のCdc42を特異的にノックアウトすることを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項11】
肺線維症が特発性肺線維症(IPF)である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれかに記載の方法により得られた動物モデルの、肺線維症の動物モデルとしての使用
【請求項13】
肺線維症が特発性肺線維症(IPF)である、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
前記動物モデルが、肺線維症を治療するための薬剤または薬剤標的をスクリーニングするために使用される、請求項12に記載の使用。
【請求項15】
前記動物モデルが、肺線維症の治療効果の評価または予後評価のために使用される、請求項12に記載の使用。
【請求項16】
肺線維症を治療するための薬剤または薬剤標的をスクリーニングするための肺のAT2細胞の使用であって、肺胞上皮における機械的張力が高められ、AT2細胞中のCdc42遺伝子が非活性化もしくはノックアウトされている、肺のAT2細胞の使用
【請求項17】
肺線維症を治療するための薬剤または薬剤標的をスクリーニングするための肺の使用であって、前記肺の肺胞上皮における機械的張力が高められ、前記肺のAT2細胞中のCdc42遺伝子が非活性化、もしくはノックアウトされている、肺の使用
【請求項18】
前記肺が請求項1~11のいずれかに記載の動物モデルから得られる、請求項17に記載の肺の使用。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
線維症は損傷による結合組織の肥厚や瘢痕により形成され、線維芽細胞の過剰な増殖と細胞外マトリックス成分の蓄積を特徴とする。このような異常は肺、肝臓、腎臓などの臓器によく見られ、組織構造の破壊を引き起こし、臓器機能の深刻な障害をもたらす1、2。実際に、線維症はほぼ、どの臓器でも発生する可能性があり、且つ、様々な慢性疾患における末期臓器不全や死亡をもたらす主な原因となっている3。肺線維症の共通特徴は肺の気嚢(肺胞)周囲の線維芽細胞が過剰に増殖することである4。広範な生物医学研究により、線維芽細胞数の増加に加え、これらがECMにおいて過剰に沈着することが、最終的に肺胞構造の破壊、肺コンプライアンスの低下、ガス交換機能不全をもたらすことが分かっている5-7
【0002】
最もよく見られる肺線維症のタイプは特発性肺線維症(IPF)である。この疾患は最終的には肺葉全体に影響を及ぼすが、始まりは末梢に発生する微小な線維化病変であり、徐々に内側に向かって進行し、このような線維化が最終的に呼吸不全をもたらす8、9。IPFは致命的疾患であり、診断から生存期間の中央値はわずか2~4年である10。IPFの病態進行のメカニズム及び本質はまだ完全には解明されておらず、複数の研究により、肺胞上皮細胞の特定のサブセットである肺胞II型(AT2)細胞の寄与が示唆されている4、11
【0003】
肺の肺胞上皮は肺胞I型(AT1)及びII型(AT2)細胞の両方の組み合わせからなる。AT2細胞は肺胞幹細胞であり、肺胞の定常状態や損傷後の修復期にAT1細胞に分化することができる12、13。AT1細胞は最終的に成人の肺の肺胞表面のほぼ95%を占める、大きな扁平細胞であり、薄い血液空気関門の上皮成分として機能する14。IPF組織で異常に増生されたAT2細胞は通常、線維芽細胞巣の近傍に存在し15、臨床においては、IPF組織でAT2細胞の機能に影響を及ぼす遺伝子の突然変異がよく観察される16、17。この他、IPF肺の分子プロファイルを同定した最新の進展により、IPF肺のAT2細胞におけるTGFβシグナル伝達(多くの線維症疾患に共通する線維症シグナル伝達)が活性化されていることが明らかになった18
【0004】
肺線維症患者は肺コンプライアンスが低下し、ガス交換不全となり、最終的に呼吸不全に陥り、死亡する。推定によれば、米国では65歳以上の成人200人に1人がIPFに罹患し、生存期間の中央値は2~4年である。中国でのIPFの推定発病率は3~5/100,000人であり、間質性肺疾患全体の約65%を占める。診断は通常、50~70歳の間に行われ、男女比は1.5~2:1である。患者の生存期間は通常わずか2~5年である。
【0005】
現在、IPFを治癒させる薬剤はない。ニンテダニブ及びピルフェニドンという2つの既知薬剤は1年間の努力性肺活量の低下率に対して類似の効果を持つ。この2つの薬剤は死亡率の低下傾向を示したものの生存期間を有意に延長させることはできていない。その主な原因の一つは、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための候補薬剤をスクリーニングできる理想的な動物モデルがまだ存在しないためである。
【発明の概要】
【0006】
本発明は肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを構築するための方法、前記方法を用いて構築された動物モデル、および肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための候補薬剤をスクリーニングする方法に関する。本発明は肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の構築された疾患動物モデルを提供する。前記構築された動物モデルは肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を研究するため、動物及びヒトの肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための候補薬剤をスクリーニングするため、動物及びヒトの肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の薬剤標的を探索するために使用できる。
【0007】
第一の態様において、本発明は前記動物の肺胞上皮における機械的張力を高めるステップを含む肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを構築する方法を提供する。
【0008】
好ましくは、前記の肺胞上皮における機械的張力を高めるステップの前に、前記動物は肺切除術(PNX)が行われている。
【0009】
好ましくは、前記の肺胞上皮における機械的張力を高めるステップは肺胞II型(AT2)細胞における機械的張力を高めるステップを含む。
【0010】
好ましくは、前記の肺胞II型(AT2)細胞における機械的張力を高めるステップはAT2細胞中のCdc42(Cdc42ヌルAT2)を非活性化するステップを含む。AT2細胞中のCdc42を非活性化することはAT2細胞中のCdc42遺伝子を欠失、破壊、挿入、ノックアウト又は非活性化することを含む。
【0011】
好ましくは、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子をノックアウトするステップを含み、好ましくはPNX処理後の動物において行う、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを構築する方法を提供する。
【0012】
AT2細胞中のCdc42遺伝子の喪失がPNX処理後の動物において進行性の肺線維症を引き起こす。この他、このような進行性の肺線維症の表現型は中年及び老齢のPNX未処理のCdc42ヌルAT2動物において現れる。
【0013】
Cdc42ヌルAT2動物の肺において線維芽細胞巣が進展する。
【0014】
好ましくは、前記動物はマウス、ウサギ、ラット、犬、ブタ、ウマ、乳牛、ヒツジ、サル又はチンパンジーとすることができる。
【0015】
第二の態様において、本発明は前記動物の肺胞上皮における機械的張力を高めることにより構築される動物モデルを提供する。
【0016】
好ましくは、本発明は前記動物のAT2細胞における機械的張力を高めることにより構築される動物モデルを提供する。
【0017】
好ましくは、本発明は前記動物の肺胞上皮における機械的張力が高められている肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。
【0018】
好ましくは、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子が非活性化されている肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。
【0019】
好ましくは、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子が欠失、破壊、挿入、ノックアウト又は非活性化されている、線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。
【0020】
好ましくは、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子がノックアウトされている、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。
【0021】
好ましくは、本発明はPNXが行われた後に進行性の肺線維症の表現型を示す肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。この他、本発明はPNX未処理の前記動物モデルは中年及び老齢において進行性の肺線維症の表現型を示す、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の動物モデルを提供する。
【0022】
本発明の肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の疾患動物モデルにおいて、線維芽細胞巣が進展する。
【0023】
好ましくは、本発明の動物モデルは肺切除術(PNX)処理後に線維性変化が進展する。
【0024】
好ましくは、本発明の動物モデルはCdc42ヌルAT2の遺伝子型を示す。
【0025】
好ましくは、本発明の動物モデルはCdc42ヌルAT2マウスである。
【0026】
好ましくは、前記動物はマウス、ウサギ、ラット、犬、ブタ、ウマ、乳牛、ヒツジ、サル又はチンパンジーとすることができる。
【0027】
第三の態様において、本発明は肺胞上皮における機械的張力が高められている肺のAT2細胞を提供する。
【0028】
好ましくは、本発明はCdc42遺伝子が非活性化されているAT2細胞を提供する。好ましくは、本発明はCdc42遺伝子がノックアウトされているAT2細胞を提供する。好ましくは、本発明はCdc42ヌルAT2細胞を提供する。
【0029】
第四の態様において、本発明は肺胞上皮における機械的張力が高められている肺を提供する。
【0030】
好ましくは、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子が非活性化されている肺を提供する。好ましくは、AT2細胞中のCdc42遺伝子がノックアウトされている。好ましくは、本発明はCdc42ヌルAT2細胞を有する肺を提供する。
【0031】
好ましくは、前記肺はSpc-CreER対立遺伝子により肺AT2細胞(肺胞幹細胞)中のCdc42を特異的にノックアウトすることにより得られる。
【0032】
第五の態様において、本発明は前記動物モデルを用いる、動物及びヒトの肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための候補薬剤をスクリーニングする方法。
【0033】
第六の態様において、本発明は動物及びヒトの肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための薬剤標的を探索するための前記動物モデル又はその培養AT2細胞の使用を提供する。
【0034】
好ましくは、本発明はヒト又はマウスAT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達のポジティブフィードバックループに関する薬剤標的を探索する。好ましくは、ヒト又はマウスAT2細胞における自己分泌TGFβはこれらAT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達を活性化することができる。好ましくは、機械的伸展によりヒト及びマウスAT2細胞における自己分泌TGFβの発現レベルが有意に高くなる。好ましくは、伸展されたヒト及びマウスAT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達のポジティブフィードバックループはさらに自己分泌TGFβの発現レベルを高める。
【0035】
第七の態様において、本発明は前記動物モデルを用いる、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の治療効果を評価する方法を提供する。
【0036】
第八の態様において、本発明は前記動物モデルを用いる、肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を予後評価する方法を提供する。
【0037】
第九の態様において、本発明は、動物及びヒトの肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)を治療するための候補薬剤をスクリーニングするための前記動物モデルの使用を提供する。
【0038】
第十の態様において、本発明はSEQ ID NO:4に示される配列を基に設計された一対のプライマーを用いる、前記動物モデルを検出する方法を提供する。
【0039】
好ましくは、前記前記動物モデルを検出するためのプライマーは以下のように示される:
順方向:CTGCCAACCATGACAACCTAA(SEQ ID NO:1);
逆方向 :AGACAAAACAACAAGGTCCAG(SEQ ID NO:2)。
【0040】
前記Cdc42ヌルAT2細胞はAT1細胞に分化することができないため、肺の損傷後に新しい肺胞を再生することができず、AT2細胞中のCdc42遺伝子を欠損させたマウスの肺胞上皮は上昇した機械的張力を継続する。
【0041】
本発明は本明細書に記載されている特定の実施形態のすべての組み合わせを含む。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1図1はPNX後7日目(即ちAT2細胞がAT1細胞に分化する時期)、CDC42-GTP(CDC42の活性型)の発現レベルが有意に高くなったことを示している。
図2図2はAT2細胞中のCdc42遺伝子を特異的に欠失させたマウス品種系統を作製する概略図を示している。
図3図3はAT2細胞中のCdc42遺伝子の喪失がPNX後の肺胞再生又は肺胞定常状態中にAT2細胞の分化障害をもたらすことを示している。
図4図4はAT2細胞中のCdc42遺伝子の喪失がPNX処理後のマウスにおいて進行性の肺線維症をもたらすことを示している。
図5図5はAT2細胞中のCdc42の喪失がPNX未処理の老齢マウスにおいて進行性の肺線維症をもたらすことを示している。
図6図6はPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスの肺においてα-SMA+線維芽細胞巣が進展していることを示している。
図7図7はマウス及びヒトAT2細胞において上昇した機械的張力は自己分泌TGFβシグナル伝達を活性化することを示している。
図8図8はPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウス及びIPF患者のAT2細胞におけるTGFβシグナル伝達は高くなっている。そして、PNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスのAT2細胞におけるTGFβシグナル伝達の低下は繊維症の進展を減弱させることを示している。
図9図9はCdc42遺伝子のエクソン2を欠失させる前及び欠失させた後のCdc42 DNA配列の断片を示している。
【発明を実施するための形態】
【0043】
特定の実施形態及び実施例の記載は説明するためであって限定するために提供されるのではない。当業者は基本的に類似の結果を得るために変更や修正可能な様々な非重要パラメータを容易に認識できる。
【0044】
特発性肺線維症(IPF)は肺機能の進行的で不可逆的な低下を特徴とする慢性肺疾患である。症状としては通常、息切れや乾性咳嗽が徐々に現れる。他の変化としては倦怠感やポクラテス爪が考えられる。合併症としては肺高血圧症、心不全、肺炎又は肺塞栓症が考えられる。
【0045】
肺の肺胞上皮は、肺胞I型(AT1)及びII型(AT2)細胞の両方の組み合わせからなる。AT2細胞は肺胞幹細胞であり、肺胞の定常状態や損傷後の修復期にAT1細胞に分化することができる12、13。AT1細胞は最終的に成人の肺における肺胞表面のほぼ95%を占め、大きな扁平細胞であり、薄い血液空気関門の上皮成分として機能する14。IPF組織で異常に増生したAT2細胞は通常、線維芽細胞巣の近傍に存在し15、また、臨床においては、IPF組織でAT2細胞の機能に影響を及ぼす遺伝子突然変異体がよく観察される16、17。AT2の異常な生理機能が進行性の肺線維症をもたらす正確な病理学的メカニズムはまだ解明されていない。
【0046】
“動物モデル”又は“疾患動物モデル”とはヒト疾患を研究及び探索するための生きている非ヒト動物であり、疾患プロセス、病理メカニズムをよりよく理解するために用いられるとともに、有効薬剤のスクリーニング及び理想的な薬剤標的を探索するために用いられる。
【0047】
疾患の潜在的な薬剤標的を探索することは薬剤発見の第一歩であり、この疾患に用いる新薬をスクリーニングするキーポイントでもある。
【0048】
本発明の実施形態において、PNX後の肺(有意に高められた機械的張力を有する)におけるCDC42-GTPの発現レベルは有意に高くなり(図1A及び図1B)、且つ、このようなCDC42-GTP発現の増加はプロステーシスを移植することにより抑制することができる(図1A及び図1B)という知見を基に、本発明はAT2細胞中のCdc42遺伝子を欠失させることのPNX誘導型肺胞再生時における影響を研究した。**P<0.01、Student’s t検定。
【0049】
動物にタモキシフェンを投与した後、Sftpc遺伝子プロモーター駆動型リコンビナーゼ(Spc-CreER)はAT2細胞中の遺伝子を特異的に欠失させるために用いられる。CreERマウス系統は通常、誘導性遺伝子のノックアウト研究に用いられる。
【0050】
本発明の実施形態において、AT2細胞中のCdc42遺伝子を特異的に欠失させたマウス品種系統を構築する。本発明において、前記マウスをCdc42ヌルAT2マウスと名付ける(図2)。Cdc42ヌルAT2マウスの肺において、AT2細胞からAT1細胞への分化はほとんどなく、且つ、PNX後の21日目には新しい肺胞は形成されていなかった(図3B)。
【0051】
本発明の実施形態において、一部のCdc42ヌルAT2マウスに、PNX処理後の21日目に有意な体重減少及び呼吸率の増加が認められた(図4A及び図4B)。実際に、PNX後の60日目に、ほぼ50%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがエンドポイント安楽死の所定健康状態基準に達し(図4B)、且つ、PNX後の180日目に、約80%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがこれらのエンドポイントに達した(図4B)。Cdc42ヌルAT2マウスはこれらのエンドポイント時に肺内の重度の線維化を示した(図4D)。
【0052】
本発明の実施形態において、PNX後のCdc42ヌルAT2マウスはこれらのエンドポイント時に、Cdc42ヌルAT2マウス肺内に重度の線維化が認められた(図4D図4Cの対比)。PNX後の21日目から、一部のCdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域に組織肥厚の兆候が見られ始めた(図4D)。エンドポイントまでに、緻密な線維化は既に大多数のCdc42ヌルAT2肺の中心まで進行していた。
【0053】
本発明の実施形態において、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内の緻密な線維化領域においてコラーゲンIを検出し(図4E)、且つCdc42ヌルAT2マウスの各肺葉においてコラーゲンIを発現する領域の割合がPNX処理後に徐々に増加することが示された(図4F)。qPCR分析もPNX後の21日目から、コラーゲンI mRNA発現レベルが徐々に向上することが示された(図4G)。この他、PNX後の21日目から、PNX処理後の対照マウスに比べ、PNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスにおいて肺コンプライアンスが徐々に低下することが観察された(図4H)。肺が線維化する時、頻繁に肺コンプライアンスが低下することは既に知られている19-24
【0054】
本発明の実施形態において、10カ月齢から24カ月齢までのPNX未処理のCdc42ヌルAT2マウス(図5A)は、Cdc42ヌルAT2マウスは10カ月齢に達する前(図5C)に比べ、有意な線維性変化が示されなかった。対照マウスの肺内では24カ月齢に達しても線維性変化は観察されなかった(図5B)が、12カ月のとき、Cdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域の線維化が明らかに進展し始め、肺の中心まで進行していた(図5C)。
【0055】
線維芽細胞巣は進行性の肺線維症の関連する形態学マーカーとして認識され、且つ、進行性の肺線維症において線維化反応が開始する及び/又は持続する部位として認識されている。線維芽細胞巣には増殖したα-SMA+線維芽細胞を含む。
【0056】
本発明の実施形態において、Cdc42ヌルAT2肺の相対的に正常な肺胞領域において、一部のα-SMA+線維芽細胞がAT2細胞クラスター付近に集まり始めるのが観察された(領域1、図6A)。また、肺の緻密な線維化領域はα-SMA+線維芽細胞でいっぱいであった(領域2、図6A)。この他、PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内でα-SMA+細胞の増殖が急激に増え、増殖したα-SMA+線維芽細胞が肺繊維症の進展に寄与していることを示す(図6B)。
【実施例
【0057】
方法
マウス及び生存曲線記録。
Rosa26-CAG-mTmG(Rosa26-mTmG)、Cdc42 flox/floxマウス25及びTgfbr2 flox/floxマウス26については既に記載した。すべての実験は北京生命科学研究所実験動物ケア及び使用ガイド(Guide for Care and Use of Laboratory Animals of the National Institute of Biological Sciences)の推奨事項に従って行われた。マウスの生存率をモニターするために、PNX処理後、毎週、対照及びCdc42ヌルAT2マウス両方の体重を測った。マウスが予め確定したエンドポイント基準に達したら、これらマウスを屠殺した。我々は予め確定された判断基準によりエンドポイントを定義した27、28
【0058】
Spc-CreER;rtTA(Spc-CreER)ノックインマウスの作製。
CreERT2、p2a及びrtTA因子を酵素結合してマウスの内在性SPC遺伝子に挿入した。挿入部位は内在性SPC遺伝子の終止コドンであり、その後、rtTAの3’末端において新たな終止コドンを生成した。CRISPR/Cas9技術を用いて前記CreERT2-p2a-rtTA断片をゲノムに挿入した。
【0059】
肺切除術(PNX)及びプロステーシス移植。
8週齢の雄マウスに1日おきにタモキシフェン(1用量:75mg/kg)を計4回注射した。タモキシフェンの最後の注射から14日目にマウスに麻酔をかけて人工呼吸器(Kent Scientific、 Topo)に繋いだ。第4肋間で胸壁を切開し、左肺葉を摘出した。プロステーシス移植について言えば、左肺葉に近いサイズ及び形状のソフトシリコンプロステーシスを空になった左肺腔内に挿入した。
【0060】
肺機能検査。
侵襲的肺機能検査システム(DSI Buxco(登録商標) PFTコントローラー)を用いて肺機能パラメータを測定した。まず、マウスに麻酔をかけ、その後、気管内カニューレをこれらの気管に挿入した。動的コンプライアンス結果はレジスタンス及びコンプライアンス測定から得た。努力性肺活量の結果はプレッシャーボリュームテストから得た。
【0061】
ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色及び免疫染色。
肺を4%パラホルムアルデヒド(PFA)で膨らませ、4℃で4% PFAに24時間連続固定した。その後、肺を30%スクロースで凍結保護し、OCT(Tissue Tek)に包埋した。
【0062】
H&E染色実験は標準的なH&Eプロトコルに従った。簡単に言えば、スライドガラスを水で洗浄してOCTを除去した。細胞核をヘマトキシリン(Abcam、 ab150678)で2分間染色し、細胞質をエオシン(Sigma、 HT110280)で3分間染色した。脱水及び清澄ステップの後、切片を中性樹脂で密封した。
【0063】
免疫蛍光染色実験は既に記載したプロトコルに従った29。簡単に言えば、OCTを除去した後、肺切片を3%BSA/0.1%TritonX-100/PBSで1時間封鎖し、その後、スライドガラスを一次抗体と4℃で一晩インキュベートした。0.1%TritonX-100/PBSでスライドガラスを3回洗浄した後、切片を二次抗体と室温で2時間インキュベートした。
【0064】
本明細書で用いる一次抗体を以下に示す:
【表1】
【0065】
本明細書で用いる二次抗体を以下に示す:
【表2】
【0066】
p-SMAD2染色実験について言えば、組織固定の際に4% PFAに1Xホスファターゼ阻害剤(Bimake、 B15002)を添加した。チラミドシグナル増幅法をpSMAD2染色に用いた。
【0067】
ヒト肺組織を4℃で4% PFAで24時間固定し、30%スクロースで凍結保護してOCTに包埋した。すべての実験は北京生命科学研究所及び北京中日友好医院の両方の機関審査委員会の承認を得て行った。
【0068】
統計分析。
すべてのデータは平均値 ± s.e.m.で示される(図の例に示されるとおり)。図に示されたデータは異なるマウスを用いて異なる日に行われた複数の個別の実験から収集されたものである。別途説明がない限り、図に示される大部分のデータは少なくとも三つの個別の実験に基づく。サンプル間の差の推論的統計有意性は対応のない両側Student’s t-検定を用いて評価した。
【0069】
マウスAT2細胞の単離。
4用量のタモキシフェンを注射した後、前述したようにSpc-CreER、 Rosa26-mTmGマウスの肺を単離した19、44。簡単に言えば、麻酔をかけたマウスを中性プロテアーゼ(Worthington-Biochem、 LS02111)及びDNase I(Roche、 10104159001)で膨らませた。BD FACS Aria II及びIII装置において単細胞選択モードを用いてGFP蛍光によりAT2細胞を選別した。
【0070】
ヒトAT2細胞の単離。
メスでヒト肺組織を細切し、その後、中性プロテアーゼ(Worthington-Biochem、 LS02111)、DNase I(Roche、 10104159001)、I型コラゲナーゼ(Gibco、 17100-017)及びエラスターゼ(Worthington、 2294)で消化した。その後、BD FACS Aria II及びIII装置において単細胞選択モードを用いて上記の消化した懸濁液に対してCD326+、HTII-280+ CD45-、CD31-細胞の選別を行った。すべての実験は北京生命科学研究所及び北京中日友好医院の両方の機関審査委員会の承認を得て行った。
【0071】
初代ヒト及びマウスAT2細胞の培養及び細胞伸展測定法。
FACSによりAT2細胞を選別し、シリコン膜上に24時間敷き、その後、伸展実験を行った。等軸ひずみシステム及び方法は既に詳細に説明されている30。25%の表面積変化により静的伸展を24時間行った後、初代AT2細胞に対して抗p-SMAD2抗体染色分析を行った。TGFβ中和抗体(biolegend、 521703)を用いて伸展されたヒト又はマウスAT2細胞を培養し、培養基に1μg/mlの TGFβ中和抗体を添加した。
【0072】
定量RT-PCR(qPCR)。
Zymo Research RNA Mini Prep Kits(R2050)を用いて全肺又は初代AT2細胞から全RNAを単離した。2ステップcDNA合成キット(Takara、カタログ番号6210A/B)を用いて、メーカーの推奨事項に従って逆転写反応を行った。qPCRはCFX96 Touch(商標) real-time PCR detection systemを用いて行った。標的遺伝子のmRNAレベルをGapdh mRNAレベルに正規化した。
【0073】
qPCRに用いたプライマーを以下に示す。
【表3】
【0074】
3D肺胞再構築。
ビブラトーム切片について言えば、肺を2%の低融点アガロースで穏やかに全容量まで膨らませた。その後、肺を4% PFAで4℃で一晩固定した。ビブラトーム(Leica VT100S)を用いて厚さ200μmのビブラトーム切片を切り出した。免疫染色実験は標準的なホールマウント染色プロトコルで行った。Zスタック画像はLeica LSIマクロ共焦点顕微鏡及び/又はA1-R倒立共焦点顕微鏡により得た。
【0075】
CDC42-GTP測定法。
CDC42活性型測定生物化学キット(cytoskeleton、#BK127)を用いて、メーカーが提供する推奨事項に従ってGTP-CDC42レベルを確定した。簡単に言えば、肺葉全体を液体窒素中で粉砕し、その後、細胞溶解緩衝液(キットに付帯)で溶解した。その後、細胞ライセートを付帯のマイクロウェルプレートのウェルに添加した。反応後、490 nmにおける吸光値を測定した。
【0076】
Cdc42のエクソン2を欠失させる前及び欠失させた後のCdc42 DNA配列の断片をシーケンスするためのプライマー配列:順方向:CTGCCAACCATGACAACCTAA(SEQ ID NO:1);逆方向 :AGACAAAACAACAAGGTCCAG(SEQ ID NO:2)。
【0077】
実施例1. AT2細胞中のCdc42遺伝子を特異的に欠失させたマウス品種系統の作製
1. 進行性の肺線維症動物モデルを構築するために、肺胞II型細胞(AT2細胞)中のCdc42遺伝子を特異的にノックアウトしてCdc42ヌルAT2マウスを作製する。
AT2細胞中のCdc42遺伝子を特異的に欠失させるために、Spc-CreERノックイン対立遺伝子を持つマウスをCdc42 floxed(Cdc42flox/flox)マウスと交配した(図2A)。Cdc42 flox/floxマウスにおいて、Cdc42遺伝子の翻訳開始エクソンを含むCdc42遺伝子のエクソン2の側翼は2つのloxpサイトを持つ。Spc-CreER; Cdc42 flox/floxマウスにおいて、AT2細胞中のCdc42遺伝子のエクソン2を、タモキシフェン処理した後、Cre/loxpを介した組み換えにより特異的に欠失させた(図2B)。Spc-CreER; Cdc42 flox/floxマウスはCdc42ヌルAT2マウスと名付けられた。
【0078】
2. PNX処理後Cdc42ヌルAT2マウスの肺は進行性の線維性変化が進展した。
Cdc42ヌルAT2マウス及び対照マウスに対して左肺葉切除(肺切除術、PNX)を行った。PNX処理後、異なる時点でCdc42ヌルAT2マウス及び対照マウスの肺を分析した(図4A)。PNX後の21日目に、一部のCdc42ヌルAT2マウスに有意な体重減少及び呼吸数の増加が認められた。実際、PNX後の60日目、ほぼ50%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがエンドポイント安楽死の所定健康状况基準に達し(図4B)、且つ、PNX後の180日目、70%を超えるPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウス(n=33)がこれらのエンドポイントに達した(図4B)。H&E染色では、シャム処理及びPNX処理後の対照マウスの肺に線維性変化は認められなかった(図4C)。H&E染色では、PNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスの肺は、エンドポイント時、PNX後の21日目の肺に比べ、線維化領域が有意に増加していた(図4D)。
【0079】
3. PNX後の21日目のCdc42ヌルAT2マウスの肺の端部に線維性変化が進展した。
PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺に線維性変化が現れ始めた。Spc-Cdc42flox/-肺は肺の端部において既に緻密な線維性変化が示された(図4D)。H&E染色では、Cdc42ヌルAT2肺の線維化領域の組織学変化がヒトIPF肺の組織学変化を再現していることを示した。
【0080】
4. 線維化された肺におけるコラーゲンI堆積のキャラクタリゼーション及び肺コンプライアンス分析。
PNX後の21日目、対照及びCdc42ヌルAT2マウスから採取した肺を抗コラーゲンI抗体で染色した(図4E)。対照組の肺に比べ、Cdc42ヌルAT2マウスの肺の緻密な線維化領域において、より強いコラーゲンIの免疫蛍光シグナルが検出された。PNX後の21日目からPNX後の60日目に、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内の緻密コラーゲンIの領域が徐々に増加した(図4F)。qPCR分析によれば、Cdc42ヌルAT2マウスの肺において、PNX後の21日目から第60日目に、コラーゲンI mRNAの発現レベルが徐々に向上した(図4G)。*P<0.05、***P<0.001;****P<0.0001、Student’s t検定。
PNX後、Cdc42ヌルAT2マウスの肺の肺コンプライアンスは徐々に低下した。
【0081】
5. PNX未処理のCdc42ヌルAT2マウスにおいて、12カ月齢頃から進行性の肺線維症が発生し始める。
2カ月齢から、対照及びCdc42ヌルAT2マウスを4用量のタモキシフェンに14日間曝露した。10、12、16又は24カ月の時にPNX未処理の対照及びCdc42ヌルAT2マウスの肺を採取した(図5A)。PNX未処理の対照及びCdc42ヌルAT2マウスの肺を分析し、Cdc42ヌルAT2マウスは10カ月齢に達する前に有意な線維性変化は見られなかった(図5B及び5C)。12カ月までに、Cdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域に明らかに線維化が進展し始め、肺の中心に進行していた(図5C)。よって、AT2細胞中のCdc42の欠失によりPNX未処理のCdc42ヌルAT2マウスにおいては12カ月齢頃から進行性の肺線維症が発生し始めている。
【0082】
6. Cdc42ヌルAT2マウスの肺内α-SMA+線維芽細胞巣の進展のキャラクタリゼーション。
線維芽細胞巣は進行性の肺線維症に関連する形態学マーカーとして認識され、進行性の肺線維症において線維化反応が開始する及び/又は持続する部位として認識されている31。線維芽細胞巣には増殖したα-SMA+線維芽細胞を含む32。PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺を抗α-SMAの抗体で染色した(図6A)。Cdc42ヌルAT2肺の相対的に正常な肺胞領域において、一部のα-SMA+線維芽細胞がAT2細胞クラスター付近に集まり始めている(領域1、図6A)。また、肺の緻密な線維化領域はα-SMA+線維芽細胞でいっぱいであった(領域2、図6A)。この他、抗α-SMA及び増殖マーカーKi67の両方の抗体を用いて免疫染色を行うことにより、PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内でα-SMA+細胞の増殖が急激に増えた。これらの結果は増殖したα-SMA+線維芽細胞が肺線維化の進行に寄与していることを示す(図6B)。**P<0.01、Student’s t検定。
【0083】
実施例2. Cdc42ヌルAT2マウスの配列キャラクタリゼーション
Spc-CreER、 Cdc42 flox/-マウスに対してゲノム精製及びPCR増幅を行った。その後、Cdc42のflox及び欠失バンドを精製し、以下のプライマーを用いてシーケンスした: CTGCCAACCATGACAACCTAA(SEQ ID NO:1);AGACAAAACAACAAGGTCCAG(SEQ ID NO:2)。
【0084】
Cdc42遺伝子のエクソン2を欠失させる前又は欠失させた後のCdc42 DNA配列の断片を図9に示す。
【0085】
実施例1及び実施例2により、Cdc42ヌルAT2マウスは確かに進行性の肺線維症、特にIPFの疾患動物であることが確認された。以下の実施例はCdc42ヌルAT2マウスの特徴およびCdc42ヌルAT2マウスの使用を示す。
【0086】
実施例3. PNX処理後の肺胞再生時又は正常な肺胞定常状態条件において、Cdc42はAT2細胞の分化に必須である
対照及びCdc42ヌルAT2マウスに対してPNXを行い、PNX後の21日目に肺胞再生及びAT2細胞分化を分析した。図3Aに示されるように、対照及びCdc42ヌルAT2マウスの200μmの肺切片を、GFP、Pdpn及びProspcに対する抗体で免疫染色した。PNX後の21日目、プロステーシス未移植の対照肺において多くの新しく分化されたAT1細胞及び新しく形成された肺胞が観察された(図3B)。しかし、Cdc42ヌルAT2肺において、PNX後の21日目、AT2細胞からAT1細胞への分化はほとんどなく、且つ、新しい肺胞は形成されていなかった(図3B)。Cdc42ヌルAT2肺の末梢において肺胞が重度に過剰に伸展しているのが観察された(図3B)。
【0087】
正常な定常状態条件において、AT2細胞はゆっくり自己複製し、AT1細胞に分化し、新しい肺胞を形成した。Cdc42が定常状態中にAT2細胞の分化に必須であるか否かを検出するために、マウスが2カ月齢の時にAT2細胞中のCdc42を欠失させ、マウスが12カ月齢になるまでAT2細胞の運命を分析した。12カ月の時に対照及びPNX未処理のCdc42を欠損させたマウスの肺を採取した(図3C)。画像は抗GFP、Pdpn及びProspcの抗体で染色した肺切片の 200μmZ-投影の最大強度を示す。12カ月齢の対照マウスの肺において、多くの新肺胞の形成が観察された(図3D)。しかし、12カ月齢のCdc42を欠損させたマウス(PNX未処理)の肺においては、拡大した肺胞が観察され、且つ、如何なる新しいAT1細胞も形成されていなかった(図3D)。
【0088】
実施例4. AT2細胞中のCdc42の喪失はPNX処理後のマウスにおいて進行性の肺線維症を引き起こす
PNX後、Cdc42ヌルAT2マウス及び対照マウスに対して、より長期の観察を行った(図4A)。驚くべきことに、PNX後の21日目、一部のCdc42ヌルAT2マウスに有意な体重減少及び呼吸率の増加が認められた。実際に、PNX後の60日目、ほぼ50%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがエンドポイント安楽死の所定健康状態基準に達し(図4B)、且つ、PNX後の180日目、約80%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがこれらのエンドポイントに達した(図4B)。
【0089】
PNX処理された対照マウス及びCdc42ヌルAT2マウスのH&E染色により、Cdc42ヌルAT2マウスはこれらのエンドポイント時に、肺に重度の線維化が認められた(図4D図4Cの対比)。PNX後のCdc42ヌルAT2マウスの肺線維化の発生開始時点を確かめるために、PNX後の各々の異なる時点でH&E染色を用いてCdc42ヌルAT2マウスの肺を分析した(図4D)。PNX後の21日目、一部のCdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域に組織肥厚の兆候が見られた(図4D)。エンドポイントまでに、緻密な線維化は既に大多数のCdc42ヌルAT2肺の中心まで進行していた(図4D)。PNX後及び老齢Cdc42ヌルAT2マウスにおいて観察された状況は線維化病変がまず肺の末梢で発生し、その後、肺葉の中心に向かって内側に進行するというIPFの特徴的な進行に似ていた。
【0090】
Cdc42ヌルAT2マウスの肺のこれら緻密な線維化領域においてコラーゲンIの強い免疫蛍光シグナルが検出された(図4E)以外に、Cdc42ヌルAT2マウスにおいて、肺葉毎のコラーゲンIの発現領域の割合がPNX後に徐々に増加することが観察された(図4F)。qPCR分析でもPNX後の21日目から、コラーゲンI mRNA発現レベルが徐々に向上したことが示された(図4G)。この他、PNX後の21日目から、PNX処理後の対照マウスに比べ、PNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスにおいて肺コンプライアンスが徐々に低下することが観察された(図4H)。肺が線維化する時に、頻繁に肺コンプライアンスが低下することは既に知られている19-24ことを考えると、これは一つの興味深い発見である。
【0091】
実施例5. AT2細胞中のCdc42の喪失はPNX未処理の老齢マウスにおいて進行性の肺線維症をもたらす
12カ月齢Cdc42ヌルAT2マウスではAT2の分化障害と肺胞の拡大が発見された(図3D)ので、10カ月齢から24カ月齢のPNX未処理の対照及びCdc42ヌルAT2マウスの肺を分析した(図5A)。対照マウスの肺において24カ月齢に達しても線維性変化は観察されなかった(図5B)。Cdc42ヌルAT2マウスが10カ月齢に達する前に有意な線維性変化は見られなかった(図5C)。12カ月まで観察した時、Cdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域で線維化が明らかに進展し始め、12カ月後には肺の中心まで進行していた(図5C)。
【0092】
総合すると、PNX処理後のマウスにおいて、AT2細胞中のCdc42の喪失は進行性の肺線維症をもたらす。この他、PNX未処理のCdc42ヌルAT2マウスにおいて、このような進行性の肺線維症の表現型は12カ月齢頃からは発生し始める。すべてのこれらの結果により、マウスにおいて、AT2細胞中のCdc42の欠失はIPF様の進行性の肺線維症をもたらすことが確認されたため、IPF様の進行性の肺線維症のマウスモデルが確立され、これをヒトIPF疾患の研究に用いることができる。
【0093】
実施例6. Cdc42ヌルAT2マウスの肺におけるα-SMA+線維芽細胞巣の進展
線維芽細胞巣は進行性の肺線維症の関連する形態学マーカーとして認識され、且つ、進行性の肺線維症において線維化反応が開始する及び/又は持続する部位として認識されている。線維芽細胞巣には増殖したα-SMA+線維芽細胞を含む。PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺を抗α-SMAの抗体で染色した(図6A)。Cdc42ヌルAT2肺の相対的に正常な肺胞領域において、一部のα-SMA+線維芽細胞がAT2細胞クラスター付近に集まり始めるのが観察された(領域1、図6A)。また、肺の緻密な線維化領域はα-SMA+線維芽細胞でいっぱいであった(領域2、図6A)。この他、抗α-SMA及び増殖マーカーKi67の両方の抗体を用いて免疫染色を行うことにより、PNX後の21日目、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内でα-SMA+細胞の増殖が急激に増えた。これらの結果は増殖したα-SMA+線維芽細胞が肺線維症の進展に寄与していることを示す(図6B)。
【0094】
実施例7. 肺胞再生損傷による高い機械的張力が進行性の肺線維症をもたらす
Cdc42ヌルAT2マウスにおける肺線維化がPNX処理により大幅に加速される(図4)。このことは肺線維化と機械的張力が誘導する肺胞再生との間に密切な関係があることを示している。
【0095】
PNXによる肺胞喪失は肺胞上皮に作用する機械的張力を有意に高める。その後、正常なマウスにおいて発生する肺胞の高効率な再生は最終的に機械的張力の強度をPNX処理前のレベルまで低下させる。しかし、Cdc42ヌルAT2細胞はAT1細胞に分化することができないため、新しい肺胞を再生できない(図3A及び3B)。よって、Cdc42ヌルAT2マウスの肺胞上皮は上昇した機械的張力を継続し、これにより線維化の進行的な進展がもたらされる(図4)。
【0096】
実施例8. AT2細胞における高い機械的張力はTGFβ/SMADシグナル伝達のポジティブフィードバックループを活性化する
我々の研究結果は、肺胞上皮における高い機械的張力が肺線維症の進行に極めて重要であるという説得力のある証拠を提供する。以前に確立した等二軸ひずみ細胞培養システムを用いて、伸展又は非伸展条件で、シリコン膜上でヒト又はマウスAT2細胞を培養した(図7A)。初代マウス及びヒトAT2細胞に機械的張力を加えると自己分泌TGFβという線維化因子の発現レベルを有意に高められることは既に確認されている(図7B)。AT2細胞から産生したTGFβがAT2細胞中のTGFβ/SMADシグナル伝達を活性化するか否かを分析するために、伸展又は非伸展条件で、シリコン膜上でヒト又はマウスAT2細胞を培養した(図7A)。機械的伸展によりヒト及びマウスAT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達を活性化することが分かった(図7C-7F)。TGFβ中和抗体を用いて伸展されたヒト又はマウスAT2細胞を培養すると、伸展されたヒト又はマウスAT2細胞において上昇したTGFβ/SMADシグナル伝達は完全に抑制されることが分かった(図7C-7F)。これら結果はヒト又はマウスAT2細胞における自己分泌TGFβはこれらAT2細胞中のTGFβ/SMADシグナル伝達を活性化できることを示している。まとめると、これらの結果により、伸展されたAT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達のポジティブフィードバックループはさらに自己分泌TGFβの発現レベルを高めることが確認された。**P<0.01、Student’s t検定。
【0097】
よって、AT2細胞におけるTGFβ/SMADシグナル伝達のポジティブフィードバックループは肺線維症、特に特発性肺線維症(IPF)の候補薬剤をスクリーニングするための理想的な薬剤標的になると考えられる。
【0098】
実施例9. AT2細胞中でTGFβシグナル伝達を低下させると肺線維化の進行が減弱する
PNX後の21日目の対照及びCdc42ヌルAT2マウスの肺におけるTGFβシグナル伝達の活性をさらに評価するために、抗p-SMAD2の抗体を用いて免疫染色実験を行った。p-SMAD2は典型的なTGFβシグナル伝達活性の指標である(図8A)。対照肺のAT2細胞において核p-SMAD2の発現はほぼなかったが、Cdc42を欠損させた肺内の多くのAT2細胞には核p-SMAD2の発現があった(図8A)、これはPNX後の21日目のCdc42ヌルAT2マウスのAT2細胞におけるTGFβシグナル伝達が強烈に活性化されていることを示す。IPF標本中の多くのAT2細胞も核p-SMAD2を発現しており、IPF肺のAT2細胞におけるTGFβシグナル伝達が活性化されたことが確認された(図8B)。
【0099】
周知のとおり、TGFβリガンドとTGFBR2の結合はTGFβ/SMADシグナル伝達の活性化に必須である33。AT2細胞中のTgfbr2及びCdc42の2つの遺伝子を共に欠失させたTgfbr2&Cdc42 ダブルヌルAT2マウスを作製した。Cdc42ヌルAT2及びTgfbr2&Cdc42 ダブルヌルAT2マウスに対して左肺切除を行い、PNX後、これらマウスを180日間観察した(図8C)。驚くべきことに、PNXから180日目までに、Tgfbr2&Cdc42 ダブルヌルAT2マウスの生存率は80%であり、この時までに、Cdc42ヌルAT2マウスの生存率は40%未満であった(図8D)。これらの結果は、AT2細胞において活性化されたTGFβシグナル伝達はCdc42ヌルAT2マウスにおける肺線維化を進展させるという説得力のある証拠を示している。TGFβリガンドTgfb1はTGFβ/SMADシグナル伝達の下流標的の一つである。qPCR分析により、Tgfb1の発現レベルはCdc42ヌルAT2細胞において有意に高くなったが、Tgfbr2&Cdc42ダブルヌルAT2細胞では有意に高くなっていないことが分かった(図8E)。これはTGFβ/SMADシグナル伝達の向上により、Cdc42ヌルAT2細胞により多くのTGFβリガンドを産生していることを示している。**P<0.01、Student’s t検定。
【0100】
この実施例はCdc42ヌルAT2マウスがIPF様の進行性の肺線維症の新しい薬剤標的を見つけるために用いることができ、且つAT2細胞中のTGFβシグナル伝達は一つの理想的な標的であることを示している。
【0101】
結果:
本明細書では損傷した肺胞再生の長期的な影響を研究するために、左肺葉切除の後、Cdc42ヌルAT2及び同腹の対照(Control)マウスに対してより長時間の観察を行った(図4A)。驚くべきことに、PNX後の21日目に、一部のCdc42ヌルAT2マウスに有意な体重減少及び呼吸率の増加がみられた。実際に、PNX後の60日目に、ほぼ50%のPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがエンドポイント安楽死の所定健康状况基準に達し(図4B)、且つPNX後の180日目に、70%を超えるPNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスがこれらのエンドポイントに達した(図4B)。
【0102】
PNX処理後の対照及びCdc42ヌルAT2マウスのH&E染色により、Cdc42ヌルAT2マウスはこれらのエンドポイント時に、肺内に重度の線維化が認められた(図4D図4Cの対比)。PNX後のCdc42ヌルAT2マウスの肺線維化の発生の開始時点を確かめるために、PNX後の各々の異なる時点でH&E染色を用いてCdc42ヌルAT2マウスの肺を分析した(図4D)。PNX後の21日目、一部のCdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域に組織肥厚の兆候が見られた(図4D)。エンドポイントまでに、緻密な線維化は既に大多数のCdc42ヌルAT2肺の中心まで進行していた。
【0103】
PNX後の21日目に、Cdc42ヌルAT2マウスの肺のこれら緻密な線維化領域においてコラーゲンIの強い免疫組織学シグナルが検出された(図4E)他、PNX後の21日目からPNX後の60日目まで、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内の緻密コラーゲンIの領域が徐々に増加することが示された(図4F)。qPCR分析でもPNX後の21日目からPNX後の60日目に、Cdc42ヌルAT2マウスの肺内コラーゲンI mRNA発現レベルが徐々に向上したことが示された(図4G)。*P<0.05、***P<0.001;****P<0.0001、Student’s t検定。
【0104】
この他、PNX処理後の対照マウスに比べ、PNX処理後のCdc42ヌルAT2マウスにおいて肺コンプライアンスが有意に低下した(図4H)。肺が線維化する時、頻繁にFVCが低下し、肺コンプライアンスが低下することは既に知られている19-24ことを考えると、これは一つの興味深い知見である。
【0105】
さらに、PNX未処理の対照及びCdc42ヌルAT2マウスの肺を分析し、Cdc42ヌルAT2マウスは10カ月齢に達する前に有意な線維性変化はないことを発見した(図5A-5C)。12カ月までに、Cdc42ヌルAT2肺の胸膜下領域の線維化が明らかに進展し始め、肺の中心まで進行していた(図5C)。
【0106】
以上をまとめ、これら結果は、PNX処理後のマウスにおいて、AT2細胞中のCdc42の喪失は進行性の肺線維症をもたらすことを示している。この他、PNX未処理のCdc42ヌルAT2マウスにおいて、このような進行性の肺線維症の表現型は12カ月齢頃から発生し始める。
【0107】
線維芽細胞巣は進行性の肺線維症の関連する形態学マーカーとして認識され、且つ、進行性の肺線維症において線維化反応が開始する及び/又は持続する部位として認識されている31。線維芽細胞巣には増殖したα-SMA+線維芽細胞を含む32。よって、Cdc42ヌルAT2マウスの肺を抗α-SMAおよび細胞増殖マーカーKi67の抗体を用いて染色し(図6A)、これにより線維化された肺における各種異なる間質細胞タイプの増殖をキャラクタリゼーションした。Cdc42ヌルAT2肺の相対的に正常な肺胞領域において、一部のα-SMA+線維芽細胞がAT2細胞クラスター付近に集まり始めた(領域1、図6A)。且つ肺の緻密な線維化領域はα-SMA+線維芽細胞でいっぱいであった(領域2、図6A)。この分析により、すべての線維化された肺に増殖されたα-SMA+線維芽細胞が含まれることが分かり(図6A及び6B)、これらマウス間質細胞が肺繊維症の進展に寄与していることを示す。**P<0.01、Student’s t検定。
【0108】
すべてのこれらの結果により、AT2細胞中のCdc42の欠失は、マウスにおいて、IPF様の進行性の肺線維症をもたらすことが確認されたため、IPF様の進行性の肺線維症のマウスモデルが確立され、これをヒトIPF疾患の研究に用いることができる。
【0109】
5. 考察
以上に示されるように、肺損傷後、AT2細胞中のCdc42の喪失は進行性の肺線維症をもたらす。ここで観察された肺線維化が徐々に進展する様子は、最初、線維化は肺の末梢から始まり、その後、ゆっくりと内側に進行し、最終的に肺葉全体に影響するというIPF患者で発生する病理プロセスに明らかに似ている。
【0110】
すべてのこれらの結果により、AT2細胞中のCdc42の欠失は、マウスにおいて、IPF様の進行性の肺線維症をもたらすことが確認されたため、IPF様の進行性の肺線維症のマウスモデルが確立され、これをヒトIPF疾患の研究に用いることができる。
【0111】
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