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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】血小板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/078 20100101AFI20230619BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230619BHJP
   C07K 14/52 20060101ALI20230619BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20230619BHJP
   C12N 9/48 20060101ALI20230619BHJP
【FI】
C12N5/078
C12N5/10
C07K14/52
C07K14/47
C12N9/48
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019504562
(86)(22)【出願日】2018-03-05
(86)【国際出願番号】 JP2018008279
(87)【国際公開番号】W WO2018164040
(87)【国際公開日】2018-09-13
【審査請求日】2021-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2017042033
(32)【優先日】2017-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017089855
(32)【優先日】2017-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515062289
【氏名又は名称】株式会社メガカリオン
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(72)【発明者】
【氏名】江藤 浩之
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮
(72)【発明者】
【氏名】伊東 幸敬
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/123242(WO,A1)
【文献】Exp. Hematol.,2013年,Vol. 41,pp.742-748
【文献】Am. J. Physiol. Cell Physiol.,2013年,Vol. 149,pp.C1230-C1239
【文献】Circ. Res.,2014年,Vol. 115, Issue 11,pp.939-949
【文献】Blood,2016年,Vol. 127, Issue 7,pp.921-926
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C07K 14/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)多能性幹細胞由来の巨核球細胞を血小板産生培地で培養する培養工程と、
(2)前記培養工程で得られた血小板を回収する回収工程と
を含む血小板の製造方法であって、
前記培養工程が、
(a)渦による乱流を与える物理的刺激により、巨核球細胞からMIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5から選択される1以上の血小板産生促進因子の放出を促進する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記工程(a)が、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、またはPAI-1から選択される1以上血小板産生促進因子の放出を促進する工程を含む、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(a)が、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む血小板産生促進因子の放出を促進する工程を含む、請求項に記載の方法。
【請求項4】
(1)多能性幹細胞由来の、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程と、
(2)前記強制発現を抑制して、前記不死化巨核球細胞を血小板産生培地で培養する培養工程と、
(3)前記培養工程で得られた血小板を回収する回収工程と
を含む血小板の製造方法であって、
前記培養工程が、当該工程の開始から3日後に、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程(b)を含む、方法。
【請求項5】
前記工程(b)が、前記回収工程の1~3日前に実施される、請求項に記載に記載の方法。
【請求項6】
前記培養工程において、ヒストン脱アセチル化酵素6の活性を調節する工程を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(1)の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含有する血小板産生促進因子を含む、血小板産生促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血小板の製造方法、並びに当該方法で用いることができる血小板産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板製剤は、手術時や傷害時の大量出血、或いは、抗がん剤治療後の血小板減少に伴う出血傾向を呈する患者に対して、その症状の治療および予防を目的として投与される。現在、血小板製剤の製造は、献血に依存しているが、感染症に関してより安全であり、血小板の安定供給が求められている。そのニーズに応えるべく、今日では、in vitroで培養した巨核球細胞から血小板を生産する方法が開発されている。本出願人らは、多能性幹細胞をソースとして不死化した、不死化巨核球前駆細胞株(immortalized megakaryocyte progenitor cell lines:imMKCL)の樹立方法を確立してきた(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
巨核球細胞から血小板が製造される際のメカニズムについては、広く研究がなされてきた。この中で、流れに依存するせん断力により、血小板切断が促進されることが示唆されている(例えば、非特許文献1を参照)。また、ケモカインCCL5が巨核球からの血小板産生を促すことが報告されている(例えば、非特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2012/157586号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Science 317 (5845), 1767-1770
【文献】Blood, 2016; 127(7): 921-926
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
不死化巨核球前駆細胞株は冷凍による保存が可能であり、人工的な多核化の促進が可能であるなど、多くの利点がある。この不死化巨核球前駆細胞株から、需要に応じて、血小板を安定的、かつ大量に製造するための、より効率的な方法が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
血小板の大量製造のためのアプローチとして、巨核球増生(Megakaryopoiesis)、血小板切断(platelet shedding)といった異なるステップの両方について考慮する必要がある。巨核球増生については、ソースとなる細胞数を増やすアプローチがあり、本発明者らによる不死化巨核球細胞の製造方法(特許文献1)は、その一つとして挙げられる。一方、せん断力により血小板切断が促進されることが示唆されている(非特許文献1)。また、in vivoにおける血小板の産生メカニズムには、IL-1alphaにより誘導される急性の血小板の産生と、定常的な血小板の産生とがあることがわかってきた。急性の血小板産生は、短時間で大量の血小板を産生するが、産生された血小板はAnnexin V陽性率が高く、生体内で長時間循環することができない特性を持っている。すなわち、このようなメカニズムで産生された血小板は血液製剤としての使用には不適である。本発明者らは、定常時の血小板産生のメカニズムに着目し、血小板産生を促進する因子の存在を特定した。そして、成熟期にある巨核球細胞に対して、所定の物理的刺激を加えることで血小板産生促進因子の放出を促進し、あるいは、血小板産生促進因子を外部から添加することで、輸血製剤に適した健康な血小板の産生量を増加することが可能であることを発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は次に記載の事項を提供するものである。
[1] (1)巨核球細胞を、物理的刺激、及び、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む血小板産生促進因子の存在下、血小板産生培地で培養する培養工程と、(2)前記培養工程で得られた血小板を回収する回収工程とを含む血小板の製造方法であって、
前記培養工程が、
(a)物理的刺激により、巨核球細胞から前記血小板産生促進因子の放出を促進する工程;及び/または、
(b)MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含む、方法。
[2] 前記培養工程が、(a)物理的刺激により、巨核球細胞から前記血小板産生促進因子の放出を促進する工程を含む、[1]に記載の方法。
[3] 前記培養工程が、(b)MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含む、[1]に記載の方法。
[4] 前記外部から添加する血小板産生促進因子が、TSP-1、PAI-1、及びCCL5をさらに含む、[3]に記載の方法。
[5] 前記外部から添加する前記血小板産生促進因子が、遺伝子組換体である、[3]または[4]に記載の方法。
[6] 前記(b)血小板産生促進因子を外部から添加する工程が、前記回収工程の1~3日前 に実施される、[3]~[5]のいずれか1項に記載に記載の方法。
[7] 前記培養工程において、ヒストン脱アセチル化酵素6の活性を調節する工程を含む、[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8] 前記工程(1)の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む、[1]~[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9] MIF、NRDc、及びIGFBP2を含有する血小板産生促進因子を含む、血小板産生促進剤。
[10] 前記血小板産生促進因子が、TSP-1、PAI-1、及びCCL5をさらに含有する、[9]に記載の血小板産生促進剤。
[11] 前記血小板産生促進因子が、遺伝子組換体である、[9]または[10]に記載の血小板産生促進剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、成熟期にある巨核球細胞を、物理的刺激に曝して血小板の産生促進剤の分泌を促進し、及び/または、血小板の産生促進剤を外部から添加することで、巨核球細胞からの血小板の産生を促進し、血小板の産生量を増大させることができる。加えて、本発明の方法により製造される血小板は、Annexin Vレベルが低く、血液製剤として用いるのに適した特性を備えており、血液製剤の製造において非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の血小板の製造方法における物理的刺激と血小板産生促進因子を模式的に示す概念図である。
図2図2は、静置培養とVerMES振盪培養との血小板産生を比較する図であって、(a)は血小板産生数を比較するグラフ、(b)はCD41+/CD42b+の血小板をFACSでカウントした結果を示し、(c)、(d)は静置培養、WAVE BAG培養、VerMES振盪培養により得られた血小板のAnnexin V陽性率を比較するグラフである。
図3図3は、培養器のサイズ及び培養法による血小板産生数、及び得られた血小板の特性を示し、(a)は2.4LのVerMESも、8LのVerMESもほぼ同等の血小板を産生し、得られた血小板は、いずれのサイズの培養器でも、AnnexinV陽性率が低いことを示す。(b)の上パネルは、不死化巨核球前駆細胞株では成熟したDMSの形成が確認され、分泌顆粒を多く含んだ小胞体が多数確認されることを示し、下パネルは、iPS細胞から樹立された不死化巨核球前駆細胞株よりVerMES振盪培養器にて産生された血小板には、ミトコンドリア、α顆粒、グリコーゲン顆粒が観察されることを示す。(c)、(d)はそれぞれ、血小板機能パラメーターであるPAC-1、P-selectin(CD62P)をFACSで測定した結果、静置培養と比較してVerMESでは高く、ドナー由来の血小板と同程度の機能を示すことを示す。(e)はVerMES振盪培養により得られた血小板のPAC-1、P-selectin(CD62P)のFACS図を示す。
図4図4は、静置培養とVerMES振盪培養で培養したimMKCLのRNAを回収し、マイクロアレイ解析を行った結果mRNAでの差異は見られなかったことを示す。
図5図5は、培養方法及び培地条件の相違による血小板産生数の比較を行うための実験の概要を示す概念図である。
図6図6は、図5に示す実験の結果を示すグラフであり、VerMES振盪培養6日目の培地上清を加えてフラスコ振盪培養を行った場合に、血小板産生数が大きく増加していることを示す。
図7図7(a)、(b)、(c)は、タンパクアレイを行った後のアレイの外観を示す写真である。
図8図8は、タンパクアレイ解析結果を示すグラフであり、縦軸は、静置培養上清におけるIGFBP2,MIF,CCL5,PAI-1,TSP-1,NRDcのそれぞれのタンパク質のシグナルを1として、VerMES培養上清におけるそれぞれのタンパク質のシグナルの相対値を算出したものであり、横軸は各因子である。
図9図9(a)は、血小板産生誘導1日目に静置培養、VerMES培養ともに、NRDc及びβ-tubulinが核内に多く存在することを示す写真であり、(b)は、2日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの一部は細胞質に存在するが、多くは核内に存在することを示す写真であり、(c)は、3日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞質に存在することを示す写真である。
図10図10(a)は、血小板産生誘導5日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞膜に存在することを示す写真であり、(b)は、6日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞膜に存在することを示す写真である。
図11図11は、dish静置培養(Dish)またはVerMES振盪培養(VerMES) したimMKCLの各培養上清を濃縮し、抗NRDc抗体を用いてウエスタンブロットした結果を示す。
図12図12は、imMKCLをdish静置培養(Dish)またはVerMES振盪培養(VerMES)で1~6日間培養し、day1からday6まで、日にち毎の血小板産生誘導の培養上清を濃縮し、抗NRDc抗体を用いてウエスタンブロットした結果を示す。
図13図13(a)は、実施例において用いた流体バイオリアクターチップの断面を示す図であり、(b)は、このような装置に巨核球細胞を含む培地を導入した際の巨核球細胞の挙動を模式的に示す図である
図14図14は、図13に示す流体バイオリアクターチップにおける、流速の向きとピラーの配置、及び各ピラー間の相対的位置関係を模式的に示す。
図15図15は、図13に示す流体バイオリアクターチップのピラー周囲の渦度をシミュレーションにより求めた結果を示す図であり、200s-1程度の渦度がピラーの周囲に生じることを示す。
図16図16は、control培地と比べ6候補タンパク含有培地では有意に血小板産生数が増加すること、各候補タンパクを抜いた培地条件では6候補タンパク含有培地と比べ血小板産生数が減少すること、6候補タンパクのうち、NRDcに代えて、NRDcのドミナント陰性構造体と、他の5候補タンパクとを含有する培地における血小板産生数はコントロール培地と同程度であり、NRDcのエンドペプチダーゼ活性が、この系では少なくとも血小板産生のために必須であることを示す。
図17図17は、図13に示す流体バイオリアクターチップの位置Xを観察する蛍光顕微鏡で得られた、チップ内の血小板産生を示す代表的な写真である。図17(a)は、6因子培地、 6 factor -thrombospondin、6 factor -PAI-1の各培地を示す代表的な写真であり、PPFからせん断されて血小板が産生されていることを示す。図17(b)は、6 factor -NRDcを示す代表的な写真であり、PPFのせん断がうまく行われていないことを示す。図17(c)は、Control培地、6 factor -MIF、6 factor -IGFBP2の各培地を示す代表的な写真であり、血小板産生の場ができずに、PPF自体ができないことを示す。
図18図18は、6因子のリコンビナント添加による血小板産生の効果を比較する実験の概要を示す図である。
図19図19は、図18に示す実験の結果を示す。図19(a)は、CD41a/CD42b陽性の血小板カウント結果を示すグラフであり、図19(b)は、基本組成の培地(none)を用いた場合の血小板産生数を1とした場合の各培養条件による血小板産生数を比率で表したグラフであり、基本組成の培地に、off培養開始3日後(Day 3)に6因子を添加することで、血小板収量が約1.2倍に増強することを示している。図19(c)は基本組成の培地(none)について、図19(d)は6F Day3について、PAC-1/CD62P陽性の血小板をカウントした結果を示し、血小板の機能に問題が無いことを示す。
図20図20は、図18のいずれの培地を用いた場合でも、Annexin V陽性率の低い健康な血小板が得られることを示す。
図21図21は、HDAC6阻害剤である、BML-281及びNexturastat Aの添加Day6にて血小板数を測定した結果を示すグラフである。
図22図22は、gene-off後のimMKCLをフラスコ振盪培養した場合(Flask)の、HDAC6阻害剤であるBML-281及びNexturastat Aの添加の影響を示す図であり、図22(a)は添加Day6にて血小板数を測定した結果を示すグラフであり、図22(b)は、当該血小板のAnnexin V陽性率を示すグラフである。
図23図23は、gene-off後のimMKCLを静置培養した場合(Dish)の、HDAC6阻害剤であるBML-281及びNexturastat Aの添加の影響を示す図であり、図23(a)は添加Day6にて血小板数を測定した結果を示すグラフであり、図23(b)は、当該血小板のAnnexin V陽性率を示すグラフである。
図24図24は、DMSO、BML-281及びNexturastat Aといった薬剤添加が、gene off後、静置培養のimMKCLに与える影響を示す巨核球の肥大化(成熟過程)および血小板産生形態であるproplateletが観察されないことを示す顕微鏡写真であって、図24(a)は、DMSOを添加した静置培養の、図24(b)は、BML-281を100 nM添加した静置培養の、図24(c)は、Nexturastat A を2μM添加した静置培養の、それぞれgene off後Day 3における細胞形態を示し、図24(d)は、DMSOを添加した静置培養の、図24(e)はBML-281を100 nM添加した静置培養の、図24(f)は、Nexturastat Aを2μM添加した静置培養の、それぞれgene off後Day 6における細胞形態を示す。
図25図25は、HDAC6阻害剤の添加時期をgene off後のフラスコ振盪培養(Flask)開始3日後、及び5日後とした場合の血小板産生量へ与える効果を示すグラフである。
図26図26は、HDAC6阻害剤の添加時期をgene off後の静置培養(Dish)開始日後、及び5日後とした場合の血小板産生量へ与える効果を示すグラフである。
図27図27は、gene off後4日間静置培養した細胞を、6因子からMIF及びIGFBP2を除いた培地を用いてさらにフラスコ振盪培養する実験の概略を示す図である。
図28図28は、図27に示すスキームにしたがって、フラスコで1日間培養後の細胞内の代表的な6種の細胞外基質を染色しFACSで解析したヒストグラムを示し、各ヒストグラム中、横軸は細胞外基質含有量を、縦軸は細胞数を表す。図28(a)はIV型コラーゲン(col4)、図28(b)はフォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor:vWF)、図28(c)はvitronectin、図28(d)はfibrinogen、図28(e)はfibronectin、図28(f)はvascular cell adhesion molecule-1(vCAM1)のヒストグラムを、それぞれ示す。
図29図29は、図28のヒストグラムに基づいて、細胞外基質の細胞数全体の陽性率を平均化(geo MFI)し、非染色(NC)で補正した値を示すグラフであり、図29(a)はIV型コラーゲン(col4)、図29(b)はvWF、図29(c)はvitronectin、図29(d)はfibrinogen、図29(e)はfibronectin、図29(f)はvCAM1のグラフをそれぞれ示す。
図30図30は、imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL)off後、血小板産生培地を用いてfibronectinでcoatingしたスライドガラス上で1~5日間培養し、day1、day4、day5の細胞をNRDc(赤)およびHDAC6(緑)で免疫染色した蛍光顕微鏡写真を示し、(a)がday1の細胞、(b)がday4の細胞、(c)がday5の細胞の蛍光顕微鏡写真である。
図31図31は、Duolink(登録商標)PLAを用いた、NRDcとHDAC6の相互作用を示す近接ライゲーションアッセイの結果を示す蛍光顕微鏡写真である。gene off後、day1、day4、day5においてNRDcとHDAC6が相互作用(赤ドット)していることが示された(Control)。NRDcの発現を抑制したimMKCL(MiNRDc)では、NRDcとHDAC6との相互作用部位が減少していることを示す。
図32図32は、gene off後、day1、day4、day5の1細胞あたりのNRDcとHDAC6の相互作用部位数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を、実施態様を示して詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施態様に限定されるものではない。
【0012】
[血小板の製造方法]
本発明は、一実施形態によれば、血小板の製造方法に関し、(1)巨核球細胞を、物理的刺激、及び、マクロファージ遊走阻止因子(Macrophage migration inhibitory factor:MIF)、ナルディライジン(N-arginine dibasic convertase; NRDc、NRD1タンパクともいう)、インスリン様増殖因子結合タンパク質2(IGFBP2)、トロンボスポンジン1(TSP-1)、プラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1)、及びCCL5 (RANTES:regulated on activation, normal T cell expressed and secreted)を含む血小板産生促進因子の存在下、血小板産生培地で培養する培養工程と、(2)前記培養工程で得られた血小板を回収する回収工程とを含み、
前記培養工程が、
(a)物理的刺激により、巨核球細胞から前記血小板産生促進因子の放出を促進する工程;及び/または、
(b)MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含む製造方法に関する。
【0013】
本発明の血小板の製造方法において、培養工程(1)において培養の対象となる巨核球細胞とは、以下に定義される巨核球細胞をいう。「巨核球細胞」とは、生体内においては骨髄中に存在する最大の細胞であり、血小板を放出することを特徴とする。また、細胞表面マーカーCD41a、CD42a、及びCD42b陽性で特徴づけられ、他に、CD9、CD61、CD62p、CD42c、CD42d、CD49f、CD51、CD110、CD123、CD131、及びCD203cからなる群より選択されるマーカーをさらに発現していることもある。「巨核球細胞」は、多核化(多倍体化)すると、通常の細胞の16~32倍のゲノムを有するが、本明細書において、単に「巨核球細胞」という場合、上記の特徴を備えている限り、多核化した巨核球細胞と多核化前の巨核球細胞の双方を含む。「多核化前の巨核球細胞」は、「未熟な巨核球細胞」、又は「増殖期の巨核球細胞」とも同義である。巨核球細胞は、公知の様々な方法で得ることができ、特には限定されず、任意の起源から、任意の方法で得られる巨核球細胞であってよい。
【0014】
本発明に係る血小板の製造方法は、好ましくは、前記培養工程(1)の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む。
【0015】
このような不死化巨核球細胞の製造方法の非限定的な例として、国際公開第2011/034073号に記載された方法が挙げられる。同方法では、「巨核球細胞より未分化な細胞」において、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させることにより、無限に増殖する不死化巨核球細胞株を得ることができる。また、国際公開第2012/157586号に記載された方法に従って、「巨核球細胞より未分化な細胞」において、アポトーシス抑制遺伝子を強制発現させることによっても、不死化巨核球細胞株を得ることができる。これらの不死化巨核球細胞株は、遺伝子の強制発現を解除することにより、多核化が進み、血小板を放出するようになる。したがって、本発明における、培養工程(1)は、遺伝子の強制発現を解除して培養する工程ともいうことができる。
【0016】
培養工程(1)の前に実施することができる不死化巨核球細胞を得る工程では、巨核球細胞を得るために、上記の文献に記載された方法を組み合わせてもよい。その場合、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子の強制発現は、同時に行ってもよく、順次行ってもよい。例えば、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を抑制し、次にアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を抑制して、多核化巨核球細胞を得てもよい。また、癌遺伝子とポリコーム遺伝子とアポトーシス抑制遺伝子を同時に強制発現させ、当該強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。まず、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。本明細書において、遺伝子を強制発現させる工程を増殖期あるいは増殖可能な状態、強制発現を抑制する工程を成熟期ということもある。
【0017】
本発明において、「巨核球細胞より未分化な細胞」とは、巨核球への分化能を有する細胞であって、造血幹細胞系から巨核球細胞に至る様々な分化段階の細胞を意味する。巨核球より未分化な細胞の非限定的な例としては、造血幹細胞、造血前駆細胞、CD34陽性細胞、巨核球・赤芽球系前駆細胞(MEP)が挙げられる。これらの細胞は、例えば、骨髄、臍帯血、末梢血から単離して得ることもできるし、さらにより未分化な細胞であるES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から分化誘導して得ることもできる。
【0018】
本発明において、「癌遺伝子」とは、生体内において細胞の癌化を誘導する遺伝子のことをいい、例えば、MYCファミリー遺伝子(例えば、c-MYC、N-MYC、L-MYC)、SRCファミリー遺伝子、RASファミリー遺伝子、RAFファミリー遺伝子、c-Kit、PDGFR、Ablなどのプロテインキナーゼファミリー遺伝子が挙げられる。
【0019】
「ポリコーム遺伝子」とは、CDKN2a(INK4a/ARF)遺伝子を負に制御し、細胞老化を回避するために機能する遺伝子として知られている(小倉ら, 再生医療 vol.6, No.4, pp26-32;Jesus et al., Nature Reviews Molecular Cell Biology vol.7, pp667-677, 2006;Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol.100, pp211-216, 2003)。ポリコーム遺伝子の非限定的な例として、BMI1、Mel18、Ring1a/b、Phc1/2/3、Cbx2/4/6/7/8、Ezh2、Eed、Suz12、HDAC、Dnmt1/3a/3bが挙げられる。
【0020】
「アポトーシス抑制遺伝子」とは、細胞のアポトーシスを抑制する機能を有する遺伝子をいい、例えば、BCL2遺伝子、BCL-xL遺伝子、Survivin遺伝子、MCL1遺伝子などが挙げられる。
【0021】
遺伝子の強制発現及び強制発現の解除は、国際公開第2011/034073号、国際公開第2012/157586号、国際公開第2014/123242、またはNakamura S et al, Cell Stem Cell. 14, 535-548, 2014に記載された方法、その他の公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。例えば、遺伝子の強制発現及びその解除のためにTet-on(登録商標)又はTet-off(登録商標)システムのような薬剤応答性の遺伝子発現誘導システムを用いる場合、強制発現する工程においては、対応する薬剤、例えば、テトラサイクリンまたはドキシサイクリンを培地に含有させ、これらを培地から除くことによって強制発現を抑制してもよい。
【0022】
遺伝子の強制発現及び強制発現の抑制(解除)を実施する際の巨核球細胞の培養条件は、通常の条件とすることができる。例えば、温度は約35℃~約42℃、約36℃~約40℃、又は約37℃~約39℃とすることができ、5~15%CO2及び/又は20%O2としてもよい。
【0023】
具体的には、上記の遺伝子を巨核球細胞より未分化な細胞において強制発現させる工程は、当業者の常法にしたがって行うことができ、例えば、これらの遺伝子を発現するベクター、またはこれらの遺伝子をコードするタンパク質またはRNAの形態で巨核球細胞より未分化な細胞へ導入することによって成し得る。さらには、これらの遺伝子の発現を誘導する低分子化合物等を巨核球細胞より未分化な細胞と接触させることによって行うことができる。
【0024】
これらの遺伝子を発現するベクターとは、例えば、レトロウイルス、レンチウィルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウィルス、ヘルペスウイルス及びセンダイウィルスなどのウィルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。単回導入により実施し得るという点において、好ましくは、レトロウィルスベクターまたはレンチウィルスベクターである。発現ベクターにおいて使用されるプロモーターの例としては、EF-αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウィルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウィルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。有用な選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0025】
本発明の発現ベクターにおいて、テトラサイクリンまたはドキシサイクリンによりその遺伝子の発現を制御するため、プロモーター領域にはテトラサイクリン反応性エレメントを有している薬剤応答性ベクターであってもよい。この他にも、Cre-loxPシステムを使用して、遺伝子をベクターから切り出すため、loxP配列にて遺伝子またはプロモーター領域もしくはその両方をはさむようにloxP配列が設置された発現ベクターを用いてもよい。
【0026】
巨核球細胞の製造においては、アポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて培養している細胞を、(a)アクトミオシン複合体機能阻害剤で処理する工程、(b)ROCK阻害剤で処理する工程、の少なくとも1つを含む。これらの処理により、より安定な増殖と多核化を進めることができる。
【0027】
アクトミオシン複合体機能阻害剤、ROCK阻害剤等で細胞を処理する場合の至適濃度などは、当業者であれば、予備的な実験によって予め決定することができる。また、処理する期間や方法なども、当業者において適宜選択することができる。例えば、ミオシン重鎖II ATPase阻害剤であるブレビスタチン処理の場合、2~15μg/ml、あるいは、5~10μg/ml程度を培養液中に添加し、培養期間としては、例えば、5~10日間程度、特に、6~7日間程度が好ましい。また、ROCK阻害剤であるY27632は、5~15μM、あるいは、8~12μM、好ましくは10μM程度で使用することができる。Y27632の処理時間としては、10~21日間、好ましくは14日間程度である。
【0028】
ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤としては、例えば、〔(R)-(+)-トランス-N-(4-ピリジル)-4-(1-アミノエチル)-シクロヘキサンカルボキサミド・2HCl・H2O〕(Y27632)などを挙げることができる。場合によっては、Rhoキナーゼ活性を阻害するような抗体、あるいは、核酸(例えば、shRNAなど)も、ROCK阻害剤として使用することができる。
【0029】
強制発現させる工程の後、当該工程で得られた巨核球または巨核球前駆細胞に対して、血小板産生培地で培養する培養工程(1)を実施する。培養工程(1)において、強制発現を抑制あるいは停止する方法として、例えば、前工程で薬剤応答性ベクターを用いて強制発現をしている場合には、対応する薬剤と当該細胞と接触させないことによって達成させてもよい。具体的には、ドキシサイクリンやテトラサイクリンにより遺伝子の強制発現を行う場合には、これらを除去した培地において細胞を培養することにより、強制発現を抑制することができる。この他にも、上記のLoxPを含むベクターを用いた場合は、Creリコンビナーゼを当該細胞に導入することによって達成させてもよい。さらに、一過性発現ベクター、およびRNAまたはタンパク質導入を用いた場合は、当該ベクター等との接触を止めることによって達成させてもよい。本工程において用いられる培地は、上記と同一の培地を用いて行うことができる。
【0030】
培養工程(1)において使用する血小板産生培地は特に限定されず、巨核球細胞から血小板が産生されるのに好適な公知の培地やそれに準ずる培地を適宜使用することができる。例えば、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地が挙げられる。
【0031】
培地には、血清又は血漿が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、モノチオグリセロール(MTG)、脂質、アミノ酸(例えばL-グルタミン)、アスコルビン酸、ヘパリン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどの1つ以上の物質も含有し得る。サイトカインとは、血球系分化を促進するタンパク質であり、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン(TPO)、各種TPO様作用物質、Stem Cell Factor(SCF)、ITS(インスリン-トランスフェリン-セレナイト)サプリメント、ADAM阻害剤、などが例示される。本発明において好ましい培地は、血清、インスリン、トランスフェリン、セリン、チオールグリセロール、アスコルビン酸、TPOを含むIMDM培地である。さらにSCFを含んでいてもよく、さらにヘパリンを含んでいてもよい。それぞれの濃度も特に限定されないが、例えば、TPOは、約10ng/mL~約200ng/mL、又は約50ng/mL~約100ng/mLとすることができ、SCFは、約10ng/mL~約200ng/mL、又は約50ng/mLとすることができ、ヘパリンは、約10U/mL~約100U/mL、又は約25U/mLとすることができる。ホルボールエステル(例えば、ホルボール-12-ミリスタート-13-アセタート;PMA)を加えてもよい。
【0032】
本発明に係る製造方法では、巨核球細胞の培養工程を、血清フリー及び/又はフィーダー細胞フリーの条件で行ってもよい。好ましくは、TPOを含有する培地で本発明の方法にしたがって製造された巨核球を培養することで行う方法である。血小板産生工程においては、血清フリー且つフィーダー細胞フリーで行うことができれば、得られた血小板を臨床的に用いる場合に免疫原性の問題が生じにくい。また、フィーダー細胞を用いないで血小板を産生させることができれば、フィーダー細胞を接着させる必要がないので、フラスコなどで浮遊培養することができるので、製造コストを抑制できるとともに、大量生産に適している。なお、フィーダー細胞を用いない場合は、conditioned mediumを使用してもよい。conditioned mediumは、特に限定されず、当業者が公知の方法等に従って作製することができるが、例えば、フィーダー細胞を適宜培養し、培養物からフィーダー細胞をフィルターで除去することによって得ることができる。
【0033】
培養期間については、巨核球の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能であるが、例えば、2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間程度である。少なくとも3日以上であることが望ましい。また、培養期間中は、適宜、継代を行うことが望ましい。
【0034】
血小板産生培地にROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加える。ROCK阻害剤及びアクトミオシン複合体機能阻害剤としては、上述した多核化巨核球の製造方法で使用したものと同じものを使用することができる。ROCK阻害剤としては、例えばY27632が挙げられる。アクトミオシン複合体機能阻害剤としては、ミオシン重鎖II ATPase阻害剤である、ブレビスタチンが挙げられる。ROCK阻害剤を単独で加えてもよく、ROCK阻害剤とアクトミオシン複合体機能阻害剤を単独で加えてもよいし、これらを組み合わせて加えてもよい。
【0035】
ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤は、0.1μM~30μMで加えることが好ましく、例えば0.5μM~25μM、5μM~20μM等としてもよい。ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加えてからの培養期間は1日~15日とすることができ、3日、5日、7日等としてもよい。ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加えることにより、CD42b陽性血小板の割合をさらに増加させることが可能である。
【0036】
本発明においては、血小板産生培地で強制発現を抑制して巨核球細胞を培養する培養工程において、上記条件に加え、さらに、物理的刺激、及び、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む血小板産生促進因子の存在下で培養を行う。
【0037】
物理的刺激の存在下で培養する、とは、流体状の培地に外力を与えることで、培地中の巨核球細胞が渦流及びせん断歪速度といった物理的刺激に曝されることをいうものとする。巨核球細胞を、物理的刺激に曝すためには、巨核球細胞を含む培地を、物理的刺激を発生しうる培養器で培養することができる。このような培養器としては、特には限定されず、通常のフラスコや大型のリアクタ内部に撹拌機構を設けて撹拌したり、外部から所定の振動や回転などの力を与えたりすることにより、渦流及びせん断歪速度といった物理的刺激を発生させることができるものであればよい。あるいは、実施例において用いたピラーを備えたマイクロリアクタを用いることもできる。
【0038】
巨核球細胞を物理的刺激に曝す工程は、強制発現を抑制して培養する工程の開始時から、すなわち、血小板産生培地により培養を開始した時点から実施することもでき、血小板回収工程の1~3日前に実施することもできる。また、物理的刺激は、培養期間中にわたって、断続的に与えることも可能であるが、強制発現を抑制して培養する工程の開始時から継続して与え続けることが好ましい。いずれの場合であっても、巨核球細胞から、血小板が放出される時点で、血小板産生促進因子が培地中に存在するように、巨核球細胞からの血小板産生促進因子の分泌を促進することが好ましい。
【0039】
血小板産生培地中の巨核球細胞に、上記物理的刺激を与えることで、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む血小板産生促進因子の、巨核球細胞からの放出を促進し、培地中のMIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5の量を増加させることができる。これらの血小板産生促進因子の培地中の量を増加させ、かつそれらの存在下で、巨核球細胞に上記物理的刺激を与えて培養することで、巨核球細胞1個当たりから生産される血小板の量を増加させることができる。図1は、本発明の方法による血小板の製造を模式的に説明する概念図である。上段図を参照すると、巨核球細胞を含む培地に渦による乱流を与える(Vortex Turbulence+)と、細胞がcell product Xを放出する。cell product Xの存在下、かつ物理的刺激の存在下で巨核球細胞を培養すると、血小板の放出が促進され、機能的な血小板を産生する。中段図を参照すると、cell product Xが存在しても、物理的刺激の非存在下で巨核球細胞を培養すると、血小板は放出されない。下段図を参照すると、巨核球細胞を含む培地に、乱流が存在せず、せん断歪は存在するような条件の外力を与えると、細胞がcell product X及びcell product Yの両者を放出する。cell product Yは、Annexin Activatorであり、血小板は放出されるが、生体内で早期に代謝される、血液製剤に不適な血小板が生成される。より詳細には、MIF及びIGFBP2は、成熟期にある巨核球細胞からの細胞外基質の放出を促進することができる。細胞外基質は巨核球細胞に対し、巨核球同士のアンカリング(anchoring)作用をすると考えられる。物理的刺激により、巨核球細胞からのMIF及びIGFBP2の放出が促進されるが、外部から添加されるMIF及びIGFBP2であっても同様に機能する。一方、NRDcは、物理的刺激により巨核球細胞自体から放出されて、proplateletをエンドペプチダーゼ活性により切断し、血小板を産生することができる。この作用は、外部から添加されるNRDcも同様である。
【0040】
したがって、本発明の方法のある態様において、少なくとも(b)前記巨核球細胞に、MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含んでもよい。外部から添加する血小板産生促進因子は、MIF、NRDc、及びIGFBP2の3因子を必須とするが、これらに加え、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む6因子であることがさらに好ましい。6因子により巨核球細胞からの血小板の産生をより増強することが可能となるためである。
【0041】
これらの外部から添加する血小板産生促進因子は、任意の方法で得たものであってよいが、例えば、遺伝子組み換え的手法により得られた遺伝子組換体であることが好ましい。遺伝子組換体は、市販されているものを用いることもできるし、公知の遺伝子情報に従って、当業者が適宜作製することもできる。例えば、MIF、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5については、広く市販されており、市販されたタンパク質を使用することができる。NRDcは、単離精製が、J. Biol. Chem., 269, 2056, 1994に、遺伝子配列が、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 6078, 1994に既に報告されている。したがって、これらの文献、あるいはその他の公知文献に開示された情報に基づいて当分野において既知の方法で作製することができる。添加する血小板産生促進因子の濃度は、特には限定されないが、例えば、NRDc、、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5については、10~500ng/mLとなるように添加することが好ましく、50~100ng/mLとなるように添加することがさらに好ましい。MIFについては、1~500ng/mLとなるように添加することが好ましく、10~100ng/mLとなるように添加することがさらに好ましい。しかしながら、これらの添加量は、当業者が適宜決定することができ、上記範囲に限定されるものではない。
【0042】
血小板産生促進因子を外部から添加する工程は、強制発現を抑制して、血小板産生培地により培養を開始した時点に実施することもできるが、好ましくは、血小板回収工程の1~3日前に実施することが好ましい。血小板産生促進因子を外部から添加しても、血小板の回収工程までの間に劣化するおそれがあるためである。また、1回のみの添加ではなく、時間をおいて複数回添加することもできる。いずれの場合であっても、巨核球細胞から、血小板が放出される時点で、血小板産生促進因子が培地中に存在するように添加することが好ましい。
【0043】
前記培養工程(1)において、任意選択的に、ヒストン脱アセチル化酵素6の活性を調節する工程を含むことが好ましい。ヒストン脱アセチル化酵素6の活性の抑制には、ヒストン脱アセチル化酵素6(HDAC6)を阻害するHDAC6阻害剤を用いることができ、例えば、BML-281(N-Hydroxy-7-[5-(4-tertbutoxycarbonylaminophenyl)-3-isoxazolecarboxamido]heptanamide)や、Nexturastat A(4-[[Butyl[(phenylamino)carbonyl]amino]methyl]-N-hydroxybenzamide)、Tubastatin A hydrochloride(N-Hydroxy-4-[(2-methyl-3,4-dihydro-1H-pyrido[4,3-b]indol-5-yl)methyl]benzamide hydrochloride)、Bufexamac(2-(4-Butoxyphenyl)-N-hydroxyacetamide)、Droxinostat(4-(4-Chloro-2-methylphenoxy)-N-hydroxybutanamide)、Tubacin(N1-[4-[(2R,4R,6S)-4-[[(4,5-diphenyl-2-oxazolyl)thio]methyl]-6-[4-(hydroxymethyl)phenyl]-1,3-dioxan-2-yl]phenyl]-N8-hydroxy-octanediamide)、PCI-24781(3-[(dimethylamino)methyl]-N-[2-[4-[(hydroxyamino)carbonyl]phenoxy]ethyl]-2-benzofurancarboxamide)、1-Naphthonhydroxamic acid(N-Hydroxynaphthalene-1-carboxamide; a-Naphthohydroxamic acid)、MC1568(3-[5-(3-(3-Fluorophenyl)-3-oxopropen-1-yl)-1-methyl-1H-pyrrol-2-yl]-N-hydroxy-2-propenamide)、KD5170(S-[2-[6-[[[4-[3-(Dimethylamino)propoxy]phenyl]sulfonyl]amino]-3-pyridinyl]-2-oxoethyl]ethanethioc acid ester)、Trichostatin A(2,4-Heptadienamide, 7-(4-(dimethylamino)phenyl)-N-hydroxy-4,6-dimethyl-7-oxo- 7-(4-(Dimethylamino)phenyl)-N-hydroxy-4,6-dimethyl-7-oxo-2,4-heptadienamide)を用いることができるが、これらには限定されない。
【0044】
また、これらのHDAC6阻害剤は、濃度依存的に血小板産生数を調節することができる。BML-281は、例えば、培地に100nM以上の濃度で添加することにより、Nexturastat Aは、例えば、培地に100nM以上の濃度で添加することにより、血小板産生数を大幅に抑制することができる。ヒストン脱アセチル化酵素の活性を調節する工程は、培養工程の開始後、0~3日の時点で実施することが好ましい。
【0045】
HDAC6の活性の増強は、例えば、HDAC6を過剰発現させることにより、あるいは、ヒストンアセチル化酵素(HAT)の阻害による相対的なHDAC6活性の増強により、実施することができる。
【0046】
次いで実施する血小板回収工程は、培地から、FACSなどの通常の方法で血小板を回収する。「血小板」は、血液中の細胞成分の一つであり、CD41a陽性及びCD42b陽性で特徴づけられる。血小板は、血栓形成と止血において重要な役割を果たすとともに、損傷後の組織再生や炎症の病態生理にも関与する。出血等により血小板が活性化されると、その膜上にIntegrin αIIBβ3(glycoprotein IIb/IIIa; CD41aとCD61の複合体)などの細胞接着因子の受容体が発現する。その結果、血小板同士が凝集し、血小板から放出される各種の血液凝固因子によってフィブリンが凝固することにより、血栓が形成され、止血が進む。
【0047】
血小板の機能は、公知の方法により測定し評価することができる。例えば、活性化した血小板膜上のIntegrin αIIBβ3に特異的に結合するPAC-1に対する抗体を用いて、活性化した血小板量を測定することができる。また、同様に血小板の活性化マーカーであるCD62P(P-selectin)を抗体で検出し、活性化した血小板量を測定してもよい。例えば、フローサイトメトリーを用い、活性化非依存性の血小板マーカーCD61又はCD41に対する抗体でゲーティングを行い、その後、抗PAC-1抗体や抗CD62P抗体の結合を検出することにより行うことができる。これらの工程は、アデノシン二リン酸(ADP)存在下で行ってもよい。
【0048】
また、血小板の機能の評価は、ADP存在下でフィブリノーゲンと結合するか否かを見て行うこともできる。血小板がフィブリノーゲンと結合することにより、血栓形成の初期に必要なインテグリンの活性化が生じる。
【0049】
さらに、血小板の機能の評価は、国際公開第2011/034073号の図6に示されるように、in vivoでの血栓形成能を可視化して観察する方法で行うこともできる。
【0050】
本発明の製造方法で得られた血小板は、製剤として患者に投与することができる。投与に当たっては、本発明の方法で得られる血小板は、例えば、ヒト血漿、輸液剤、クエン酸含有生理食塩液、ブドウ糖加アセテートリンゲル液を主剤とした液、PAS(platelet additive solution)(Gulliksson, H. et al., Transfusion, 32:435-440, (1992))等にて保存、製剤化してもよい。保存期間は、3日から7日程度で、好ましくは4日間である。保存条件として、室温(20-24度)で振盪撹拌して保存することが望ましい。
【0051】
なお、本実施形態における血小板の製造方法において、工程(a)及び工程(b)以外の一般的な培養条件について、巨核球細胞の製造方法及び血小板製造方法の非限定的な例を開示するUS 2012-0238023 A1(国際公開第2011/034073号)、US 2014-0127815 A1(国際公開第2012/157586号)、US 2016-0002599 A1(国際公開第2014/123242号)は、引用することにより本明細書の一部をなすものとする。
【0052】
[血小板産生促進剤]
本発明は、さらに別の実施形態によれば、血小板産生促進剤であって、MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を含む。血小板産生促進因子は、TSP-1、PAI-1、CCL5をさらに含むことが好ましい。
【0053】
血小板産生促進因子が、MIF、NRDc、及びIGFBP2の三成分の場合、これらのモル比は、同一であっても異なってもよい。また、血小板産生促進因子が、MIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、CCL5の六成分の場合、これらのモル比は、同一であっても異なってもよい。これらの血小板産生促進因子は、遺伝子工学的な手法で製造されたものであってよく、すなわち、遺伝子組換体であってよい。
【0054】
血小板産生促進剤は、血小板産生促進因子のみからなるものであってもよくこれらのタンパク質に悪影響を与えない添加物などが含まれていてもよい。
【0055】
血小板産生促進剤は、先に説明した血小板の製造方法において、培養工程における血小板産生促進因子を外部から添加する工程(b)で添加剤として用いることができる。
【実施例
【0056】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。しかしながら、下記の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0057】
[多核化巨核球細胞の調製]
Nakamura et al, Cell Stem Cell. 2014 Apr 3;14(4):535-48.及び国際公開第2014/123242号に記載の方法により樹立した、iPS細胞(TKDN SeV2:センダイウィルスを用いて樹立されたヒト胎児皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞、585A1、585B1、606A1、648B1および692D2:Okita K, et al, Stem Cells 31, 458-66, 2012に記載のエピソーマルベクターを用いて樹立されたヒト末梢血単核球由来iPS細胞)由来の造血幹細胞に、c-MYC、BMI1およびBCL-XLを同時に導入して製造した不死化巨核球前駆細胞株Cl-7を出発物質とし、Nakamura et alの12頁、Cell Cultureに記載の方法に基づいて細胞培養を行った。このときに用いたGene ON培地は、Takayama et al, Blood. 2008 Jun 1;111(11):5298-306に記載の、ESC differentiation mediumに、SCF、TPOを先に記載の濃度で、ドキシサイクリン(Doxycycline)を5μg/ml加えたものとした。以下の全ての実験で用いる細胞(imMKCLともいう)は、この方法で調製した。
【0058】
[1.静置培養とVerMES振盪培養との血小板産生数比較]
imMKCL をGene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) Off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(dish)とwave bioreactorとVerMES振盪培養(VerMES)で6日間培養した。血小板産生培地(Gene Off培地)は、ITS 1x、L-Glu 2mM、アスコルビン酸 50μg/mL、MTG 450μM、ヒト血漿5%、Heparin 10U/mL、ヒトstem cell factor (SCF) 50ng/ml, TA-316, 200ng/mL、GNF-351、0.5μM、ROCK (Rho associated protein kinase)阻害剤 Y-39983, 0.5μM、ADAM 17阻害剤、KP457 15μM(Hirata et al., Stem Cell Translational Medicine, in press)を添加したIMDM培地を用いた。dish は、静置培養であり、dish内に物理的刺激は発生しない。VerMES振盪培養は、培養槽全体に均一な渦度、せん断応力、せん断歪速度等の物理的刺激を発生させることができる。wave bioreactorは、培養器を水平方向に振とうすることが可能な装置である。各培養上清からCD41a/CD42b陽性の血小板と、血小板のAnnexinV陽性率をFACSでカウントした。
【0059】
結果を図2に示す。図2(a)のグラフ中、縦軸は巨核球1個あたりの血小板産生数、横軸は各培養条件、及びVerMESの攪拌速度40、120、300(mm/s)である。図2(a)より、VerMES培養の最適な培養条件下では巨核球1個あたり60~80個の血小板を放出することがわかった。また、図2(b)より、放出した血小板のCD41a/42b陽性であった。血小板がin vivoで循環するためにはAnnexinV陽性率が低い必要がある。そこで、各培養法で放出した血小板のAnnexinV陽性率をFACSで解析した。結果を図2(c)、(d)に示す。静置培養、wave reactor培養で放出した血小板は高いAnnexinV陽性率が高かった。一方、VerMES培養の最適な培養条件下では、15%未満と低いAnnexinV陽性率であることがわかった。
【0060】
[2.静置培養とVerMES振盪培養との血小板機能パラメーター比較]
上記と同様にして、巨核球細胞をgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて、2.4Lと8L VerMES振盪培養(VerMES)で6日間培養した。培養後の巨核球、血小板を電子顕微鏡(TEM)で観察した。培養後の培養上清からCD41a/CD42b陽性の血小板と、血小板のAnnexin陽性率をFACSでカウントした。また、血小板のPAC1/P-selectin陽性率をFACSでカウントし、血小板の機能解析を行った。結果を図3に示す。8LのVerMESは、2.4LのVerMESとほぼ同等の血小板を産生し、8LのVerMESから約1×10e11個の血小板を得ることに成功した。得られた血小板は、いずれのサイズの培養器でも、AnnexinV陽性率が低い、健康な血小板であった。
【0061】
VerMESで培養した巨核球株と産生した血小板を電子顕微鏡で観察した。図3(b)の上パネルから、不死化巨核球細胞株では成熟したDMSの形成が確認され、分泌顆粒を多く含んだ小胞体が多数確認された。図3(b)の下パネルに示す、iPS細胞から樹立された不死化巨核球細胞株よりVerMES振盪培養器にて産生された血小板には、ミトコンドリア、α顆粒、グリコーゲン顆粒が観察され、末梢血血小板とほぼ同等の構造が確認された。培養皿で静置培養して産生させた血小板、およびVerMES振盪培養器を用いて2.4Lのスケールで培養して産生させた血小板、および末梢血血小板について、In vitroにおける血小板機能パラメーターであるPAC-1、P-selectinをFACSで測定した。結果を図3(c)~(e)に示す。静置培養で産生させた血小板と明らかに異なり、VerMES振盪培養器にて産生された血小板は、末梢血血小板とほぼ同等の機能活性をもつ血小板であることがわかった。
【0062】
[3.静置培養とVerMES振盪培養とのmRNA比較]
gene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養とVerMES振盪培養で3日間培養したimMKCLのRNAを回収し、マイクロアレイ解析を行った。結果を図4に示す。両培養条件ともほぼ同等の遺伝子発現パターンを示し、mRNAでの差異は見られなかった。
【0063】
[4.培養方法及び培地条件による血小板産生数比較]
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて3日間10cm dishで静置培養した。次いで、(1)新しい血小板産生培地に培地交換した群、(2)VerMES振盪培養6日目の培地(VM_day 6sup.)に培地交換した群、(3)新しい血小板産生培地に培地交換しフラスコ培養した群、(4)VerMES振盪培養6日目の培地に培地交換しフラスコ培養した群の4条件で3日間培養した。ここで、静置培養は乱流刺激無し、フラスコ培養は、フラスコ振盪による乱流刺激有りを意味する。また、VerMES振盪培養6日目の培地とは、本実験と同様に、imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地、VerMESを用いて6日目振盪培養を行った後、培養上清を遠心、フィルター濾過を行い巨核球細胞、血小板を含まない上清をいうものとする。CD41a/CD42b陽性の血小板をFACSでカウントした。図5に本試験の概要を、図6に結果を示す。図6のグラフ中、縦軸は巨核球1個あたりの血小板産生数であり、横軸は各培養条件である。その結果、静置条件では血小板産生に大きな差はなかった。一方、フラスコ培養では新しい培地に交換した群と比べ、VerMES培養上清に交換した群では血小板産生数が増加した。なお、フラスコ振盪培養(shear++/おそらくTurbulenceは存在するが少ない条件)により、新しい培地においても若干の血小板産生数の亢進が認められる。この結果より、VerMES培養上清には血小板産生促進因子が含まれており、産生効率の向上には血小板産生促進因子と乱流の物理刺激が必須であることがわかった。
【0064】
[5.静置培養とVerMES振盪培養との培養上清タンパクアレイの比較]
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(Dish)、VerMES振盪培養(VerMES)で6日間培養した各培養上清と、control用に巨核球細胞と接触させていない血小板産生培地(medium)を回収し、Proteome profiler Cytokine Array Kit(ARY006, R&D社)を用いてタンパクアレイを行った。化学発光シグナルは、ELISA assay systemを用いて検出した。詳細は、Tamura and Suzuki-Inoue eta l., Blood, 2016; 127(13):1701-10 及びYumimoto K et al., J Clin Invest, 2015;125(2):621-635に記載の通りである。図7は、反応後のアレイの外観を示す写真である。
【0065】
タンパクアレイ解析結果を図8に示す。図8の各グラフ中、縦軸は、静置培養上清におけるIGFBP2,MIF,CCL5,PAI-1,TSP-1,NRDcのそれぞれのタンパク質のシグナルを1として、VerMES培養上清におけるそれぞれのタンパク質のシグナルの相対値を算出したものであり、横軸は各因子である。その結果、静置培養上清と比べVerMES培養上清ではIGFBP2,MIF,CCL5,PAI-1,TSP-1、NRDcの6因子が多く含まれていることがわかった。一方、図示はしないが、VerMES培養上清と比べ静置培養上清ではIL-8が多く含まれていることがわかった。
【0066】
[6.免疫染色によるタンパク質の挙動確認]
次に、巨核球成熟分子であるbeta1-tubulinと挙動が一致するタンパク質を検索した。gene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(dish)とVerMES振盪培養(VerMES)で1~6日間培養したimMKCLを回収した。day1からday6まで、日にち毎の細胞をスライドガラスに固定し、DAP1,NRDc,β1-tubulinで免疫染色後、蛍光顕微鏡で観察した。結果を図9図10に示す。図9(a)を参照すると、血小板産生誘導1日目では静置培養、VerMES培養ともに、NRDc及びβ1-tubulinが核内に多く存在している。図9(b)を参照すると、血小板産生誘導2日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの一部は細胞質に存在するが、多くは核内に存在している。図9(c)を参照すると、血小板産生誘導3日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞質に存在する。図10(a)を参照すると、血小板産生誘導5日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞膜に存在する。図10(b)を参照すると、血小板産生誘導6日目では静置培養、VerMES培養ともにNRDc及びβ1-tubulinの多くは細胞膜に存在する。以上の結果より、NRDcとβ1-tubulinの挙動が一致し、NRDcとβ1-tubulinは血小板誘導1~2日目には核内に存在し、日を追う毎に細胞膜に移行することがわかった。DAPIは、DNAと結合し蛍光を発するため核を示すマーカーである。
【0067】
[7.ウエスタンブロットによるタンパク質の挙動確認]
次いで、巨核球に高い発現をし、成熟分子であるβ1-tubulinとタンパクの挙動が同じ分子を探索した。imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(Dish)と、撹拌速度120mm/sで撹拌したVerMES振盪培養(VerMES)で6日間培養した各培養上清をAMICON ULTRA(ミリポア社)で濃縮し、抗NRDc抗体を用いてウエスタンブロットした。結果を図11に示す。図中、15、30 は濃縮時の遠心時間(min)であり、15分の場合は濃縮量80μmで、×6倍濃縮、30分の場合は濃縮量48μmで、×10倍濃縮とした。検出方法は以下の通りとした。また、Cは静置培養上清、VはVerMES振盪培養上清をいう。
濃縮 (lane 左);15分、30分
IP (lane 右); #102 3μg, sup 200μl, ProG 20μl+ PIC
【0068】
図11は、各サンプルを抗NRDc抗体でブロットした結果を示す。上清を濃縮しても、抗NRDc抗体でIPしてもVMでNRDcの分泌が増加しており、VerMES培養上清にNRD-1が多く含まれていることがわかった。
【0069】
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(Dish)と、撹拌速度120mm/sで撹拌したVerMES振盪培養(VerMES)で1~6日間培養し、AMICON ULTRA (ミリポア社)で濃縮し、NRDc抗体を用いてウエスタンブロットした。day1からday6まで、日にち毎の血小板産生誘導の培養上清をウエスタンブロットした。条件は、濃縮時の遠心時間15分とし、500μlの試料を、濃縮係数6で濃縮し、12μlを泳動に用いた。図12は、各サンプルを抗NRDc抗体でブロットした結果を示す。血小板産生誘導5日目のVerMES培養液中に多くのNRDcが含まれている事がわかった。以上の結果より、VerMESで培養する事で巨核球株からNRDcが多く分泌することがわかった。
【0070】
.流体バイオリアクターチップによる実験]
TSP-1、PAI-1、CCL5、NRDc、MIF、IGFBP2の6つの候補タンパクが血小板産生促進に関わるのかどうかを調べるための実験を行った。この実験では、渦を起こさせる流体バイオリアクターチップにより、各培養条件での血小板産生数をカウントした。流体バイオリアクターチップは、名古屋大学の新井史人博士らの開発による装置を譲り受けて使用した。使用した装置を図13に示す。図13(a)は装置の断面を示す図である。試料となる、巨核球細胞を含む培地は、Inletで示す入口から矢印の向きに注入する。装置の底部には、直径が10μmのピラーが複数設けられている。ピラーは、図13(a)から確認できる流路方向のみならず、幅方向にも複数設けられる。それぞれのピラー中心が、一辺30μmの正三角形を形成する位置関係で、流れの向きが、正三角形の一辺に垂直になるように設けられる(図14)。装置において、試料の流れに沿って、流路の高さは徐々に低くなり、図13(a)中、点線で示す位置からは一定の高さとなる。また、図示しない顕微鏡により、位置Xにおいて蛍光顕微鏡写真の撮影が可能である。再び流路の高さが広くなった位置YがOutletであり、ここから、試料を回収することができる。図14に示すピラーの配置は、装置内に渦流を生じさせるものであり、シミュレーションにより、200s-1程度の渦度がピラーの周囲に生じることがわかった(図15)。再び図13を参照すると、図13(b)は、このような装置に巨核球細胞を含む培地を導入した際の巨核球細胞の挙動を模式的に示す。MKと示された巨核球細胞は、ピラーが生成する剪断応力、せん断ひずみ速度、及び渦流に曝され、主として流路の高さが狭くなる箇所付近で血小板切断が生じて、Outlet付近には血小板が生成した培地が流出することが予測される。
【0071】
蛍光顕微鏡下にバイオリアクターチップを固定後、血小板産生培地を用いて10cm dish静置培養(dish)で5日間培養したimMKCLをチップ内のinletに導入した。37度で加温した各条件の血小板産生培地を送液後、図13(a)にXで示す枠を蛍光顕微鏡で4時間タイムラプス観察を行った。送液4時間後に、各培地から血小板を回収し、CD41a/CD42b陽性の血小板をFACSでカウントした。培地条件は、control培地(先の実験5で使用したmediumと同じ)、6因子入培地(control培地+6因子:6F)、6因子から1因子ずつタンパク質を除いた培地(6F-1protein)、具体的には、6因子からThrombospondin1を除いた培地(6 factor -TSP1)、6因子からPAI-1を除いた培地(6 factor - PAI-1)、6因子からCCL5を除いた培地(6 factor -CCL5)、6因子からNRDcを除いた培地(6 factor -NRDc)、6因子からMIFを除いた培地(6 factor -MIF)、6因子からIGFBP2を除いた培地(6 factor -IGFBP2)であった。なお、6因子とは、先の実験で確認された候補タンパク質TSP-1,PAI-1,CCL5,NRDc,MIF,IGFBP2であり、6因子入培地における各タンパク質の濃度は、MIFは10 ng/ml、それ以外の5因子は50ng/mlとした。また、6候補タンパクのうち、NRDcに代えて、NRDcのドミナント陰性構造体(Hiraoka et al., Biochem Biophys Res Commun. 2008 May 23;370(1):154-8)と、他の5候補タンパクとを含有する培地(5F+NRDc_DN)を用いた。NRDcのドミナント陰性構造体は、Zinc binding motifが欠損して、endopeptidase活性を失活している。ドミナント陰性構造体を含有する培地においても、各タンパク質の濃度は、MIFは10 ng/ml、それ以外の5因子は50ng/mlとした。
【0072】
CD41a/CD42b陽性の血小板カウント結果を図16に示す。グラフ中、縦軸は、control培地における巨核球1個あたりの血小板産生数を1として、各培地における血小板産生数を相対数で表した値であり、横軸は各培養条件を示す。グラフから、control培地と比べ6候補タンパク含有培地では有意に血小板産生数が増加していることがわかった。一方、各候補タンパクを抜いた培地条件では6候補タンパク含有培地と比べ血小板産生数が減少したが、特にMIF,NRDc,IGFBP2を抜いた培地において有意に血小板産生数が減少していることがわかった。また、ドミナント陰性構造体と、他の5候補タンパクとを含有する培地における血小板産生数はコントロール培地と同程度であった。このことから、NRDcのエンドペプチダーゼ活性が、この系では少なくとも血小板産生のためにproplateletを切断していることが証明された。
【0073】
また、蛍光顕微鏡で得られた、チップ内の血小板産生を示す代表的な写真を図17に示す。各写真において、緑色は巨核球細胞株を示す。図17(a)は、6因子培地、 6 factor -thrombospondin、6 factor -PAI-1の各培地を示す代表的な写真である。血小板産生前駆体(ProPlatelet Formation: PPF)が多数確認される。血小板産生数が多いことからPPFからせん断されて血小板が産生されていると評価した。図17(b)は、6 factor -NRDcを示す代表的な写真である。図17(a)と同程度のPPFが確認されるが血小板産生数が少ないことから、PPFのせん断がうまく行われていないと評価した。図17(c)は、Control培地、6 factor -MIF、6 factor -IGFBP2の各培地を示す代表的な写真である。巨核球のガラス面への結合、接着がなく、うまく接合しないために、培養液の流速によって全てが流されてしまっていて血小板産生の場ができずに、PPF自体ができないことがわかった。
【0074】
.リコンビナント添加の効果]
上記同様、imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、血小板産生培地を用いてフラスコ振盪培養を行った。培養条件は、細胞を1×10cells /mlで、E125フラスコに25ml播種し、37℃、5%CO 2 、100rpmで回転させることにより、振盪して培養した。血小板産生培地の基本組成(none)は、IMDM培地(5%HP)に、GNF351を0.5 μM、Y39983を0.5 μM、KP457を10μM添加したものとした。また、この基本組成に、リコンビナントTSP-1(Recombinant Human Thrombospondin-1、R&D#3074-TH-050、R&D社製)、PAI-1(Recombinant Human Serpin E1/PAI-1、R&D#1786-PI-010、R&D社製)、CCL5(Recombinant Human CCL5/RANTES、R&D#278-RN-010/CF、R&D社製)、NRDc(滋賀医科大学の西英一郎教授より提供を受けた)、MIF(Recombinant Human MIF、R&D#289-MF-002、R&D社製)、IGFBP2(Recombinant Human IGFBP2、R&D#674-B2-025、R&D社製)の6因子を添加した培地(6F)、基本組成にNRDc、MIF、IGFBP2の3因子を添加した培地(3F)、基本組成にIGFBP2を添加した培地(IGFBP2)、基本組成にMIFを添加した培地(MIF)、及び、基本組成にNRDcを添加した培地(NRDc)を調製した。各因子の添加量は、MIFが5 ng/mL、その他の5因子がそれぞれ50 ng/mLとした。gene off 培養開始時(day0)からこれらの培地を用いて細胞培養を行い、6日目(day6)に培養後の培養上清からCD41a/CD42b陽性の血小板をFACSでカウントした(図18、上図)。また、gene off 培養開始時(day0)は基本組成(none)の培地を用い、3日目に培養開始時の培地を交換することなく、上記と同じ量で6因子を添加した培地(6F Day3)で細胞培養を行い、6日目(day6)に同様にして血小板をFACSでカウントした(図18、下図)。
【0075】
結果を図19に示す。図19(a)は、CD41a/CD42b陽性の血小板カウント結果を示すグラフであり、グラフ中、縦軸は巨核球1個あたりの血小板産生数、横軸は各培養条件を示す。また、図19(b)は、同じデータに基づき、基本組成の培地(none)を用いた場合の血小板産生数を1とした場合の各培養条件による血小板産生数を比率で表したものである。これらの結果から、基本組成の培地に、off培養開始3日後(Day 3)に6因子を添加することで、血小板収量が約1.2倍に増強することがわかった。OFF培養開始時(Day 0)に添加しても効果が薄く、6日間の培養中に劣化している可能性が示唆された。また、none及び6F Day3について、PAC-1/CD62P陽性の血小板をカウントした。結果を、図19(c)、図19(d)に示す。この結果により、血小板機能についても問題ないことが示された。
【0076】
さらに、各培養条件によるAnnexin V陽性の血小板をFACSでカウントした。結果を図20に示す。いずれの培養条件においても、Annexin V陽性率が低く、健康な血小板が得られた。
【0077】
10.ヒストン脱アセチル化酵素6(HDAC6)の阻害効果]
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、1×10cells/mlでフラスコに播種し、血小板産生培地を用いてフラスコ振盪培養を行った。振盪条件は、100rpmとし、37℃、5%CO2にて培養を行った。血小板産生培地には、培養開始とともに、HDAC6阻害剤として、BML-281を、1 nM、10 nMまたは、100 nM添加し、または、Nexturastat Aを、20 nM添加した。BML-281は、HDAC6の他に1,2,7,8,10も阻害することが知られており、Nexturastat Aは、HDAC6を特異的に阻害することが知られている。これらのHDAC6阻害剤添加Day6にて血小板数を測定した。結果を図21に示す。BML-281を100nM添加した場合、およびNexturastat Aを2μM添加した場合に、血小板産生の著しい低下が認められた。
【0078】
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、1×10cells/mlでフラスコに播種し、血小板産生培地を用い、振盪条件100rpmでフラスコ振盪培養を行った。また、imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、1×10cells/mlで、培養皿に播種し、静置培養を行った。振盪培養、静置培養ともに、培養開始とともに、BML-281を100 nM添加し、または、Nexturastat Aを、500nM、1μMまたは2μM添加した。これらのHDAC6阻害剤添加Day6にて血小板数を測定した。また、得られた血小板のAnnexin V陽性率を測定した。フラスコ振盪培養の結果を図22に示す。図22(a)から、阻害剤としてNexturastat Aを添加した場合に、血小板産生数は、阻害剤の濃度依存的に減少していることがわかる。また、図22(b)から、HDAC6阻害により産生された血小板は、HDAC6阻害剤を加えずにフラスコ振盪培養で得られた血小板と比較して、Annexin V陽性率が高く、質が悪いものであった。静置培養の結果を図23に示す。図23(a)から、静置培養でも同様に、阻害剤としてNexturastat Aを添加した場合に、血小板産生数は、阻害剤の濃度依存的に減少していることがわかる。図23(b)から、静置培養により産生された血小板は、HDAC6阻害剤添加の有無にかかわらずAnnexin V陽性率が高く、質が悪いことが確認された。
【0079】
上記と同じ条件で、静置培養において、血小板産生培地による培養開始とともに、薬剤の溶媒コントロールとしてのジメチルスルホキシド(DMSO)またはHDAC6阻害剤を添加した際の細胞の形態観察を行い、薬剤添加による細胞死が引き起こされていないかを検討した。20倍の顕微鏡写真を、図24に示す。図24(a)は、DMSOを0.02%の濃度で添加した静置培養のgene off後Day 3における細胞形態を示す。写真から、巨核球成熟に伴う細胞の肥大化が認められる。図24(b)は、BML-281を100 nM添加した静置培養のgene off後Day 3における細胞形態を示す。細胞死は認められず、細胞の肥大化が認められる。図24(c)は、Nexturastat Aを2μM添加した静置培養のgene off後Day 3における細胞形態を示す。細胞死は認められず、細胞の肥大化が認められた。BML-281添加、Nexturastat A添加群では、肥大化の程度はDMSO添加群と比較してやや低かった。図24(d)は、DMSOを添加した静置培養のgene off後Day5における細胞形態を示す。巨核球成熟に伴うPPFが認められる。図24(e)はBML-281を100 nM添加した静置培養の、図24(f)は、Nexturastat Aを2μM添加した静置培養の、それぞれgene off後Day5における細胞形態を示す。これらのHDAC6阻害剤を添加した場合には、いずれも、巨核球成熟に伴うPPFが確認できなかった。これらの結果から、HDAC6阻害剤添加によるCytotoxicityは認められないことがわかった。また、HDAC6阻害剤を添加した場合、巨核球成熟も程度はやや落ちるが、肥大化までは進んでいる。以上のことから、HDAC6は、胞体突起形成段階で機能していると推察される。
【0080】
次に、HDAC6阻害剤の効果が巨核球成熟のどの過程に影響しているのかをより詳細に検討するために、フラスコ培養時にNexturastat A 2μMを添加する時期を、gene off後の培養開始3日後、4日後、及び5日後とし、血小板産生量へ与える効果を検討した。HDAC6阻害剤の添加時期以外の培養条件は、図21~24を参照した実験と同様とした。フラスコ振盪培養の結果を図25に示す。gene off後、培養開始Day 0またはDay 3、4に薬剤を添加した群では、顕著な血小板産生の減少が認められた。一方、Day 5に添加した群においては、非添加群と同等の産生が認められた。静置培養の結果を図26に示す。図25に示すフラスコ振盪培養(Flask)では、Day 5に添加した群においてHDAC6阻害剤による阻害効果が認められなかったが、静置培養(Dish)では、HDAC6阻害剤により、血小板産生数が40%程度減少している。図24(c)から、静置培養ではDay5の時点でPPFが認められるので、血小板がちぎれる際(想定しているメカニズムで)に効いているのは4割程度でありうることが予測される。
【0081】
HDAC6は巨核球成熟に関与していることは阻害剤を用いた検討から明確であるが、その機序について、形態観察結果から胞体突起の形成が著しく減弱していることから、微小管構造の安定化を介した伸長反応に関与している可能性が示唆された。また、HDAC6阻害により産生された血小板はアネキシン陽性率も高いが、胞体突起が形成されているのにアネキシンが高い血小板が産生される静置培養とは別の機序でアネキシン高陽性となっていると推察される。
【0082】
11.MIF、IGFBP2が細胞外基質に与える影響]
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL) off後、1×10cells/mlでDishに播種し、血小板産生培地を用いて静置培養で4日間成熟培養した。このDishから細胞を回収し、各条件(6因子添加(6 factor)、6因子からMIFを除いたもの(-MIF)、6因子からIGFBP2を除いたもの(-IGFBP2))の培地に懸濁しフラスコで1日間振盪培養を行った。実験の概要を、図27に示す。図27中、MCは、培養液を変えた(Medium Change: MC)ことを示す。後の細胞内の細胞外基質(col4,vWF,vitronectin,fibrinogen,fibronectin,vCAM1)を染色しFACSで解析した。図28に、各細胞外基質を染色したヒストグラムを示す。点線で示す非染色(NC)のヒストグラムに対し、ピークが右側にシフトしたものは、細胞外基質が放出されずに、細胞の核内に残存していることを示す。既知の代表的な6種の細胞外基質について測定した結果、MIF、IGFBP2が、細胞外基質の核外への放出に大きな役割を果たすことが強く示唆される。
【0083】
図28のヒストグラムに基づいて、細胞外基質の細胞数全体の陽性率を平均化(geo MFI)し、非染色(NC)で補正した値を、図29に示す。その結果、6因子-MIF、6因子-IGFBP2の群では、6因子の群と比べると平均蛍光強度(MFI)が高いことがわかった。つまり、培地中に6因子を加え、かつ物理刺激条を与えることで細胞外基質が放出していることが示唆される。また、MIF,IGFBP2は細胞外基質の放出に関わることが示唆された。
【0084】
12.免疫染色によるタンパク質の挙動確認]
imMKCLをgene(c-MYC,BMI1,BCL-XL)off後、血小板産生培地を用いてfibronectinでcoatingしたスライドガラス上で1~5日間培養した。day1、day4、day5の細胞をスライドガラスに固定し、NRDc抗体およびHDAC6抗体で免疫染色後、蛍光顕微鏡で観察した。結果を図30に示す。HDAC6はday1、day4、day5のいずれの日にも細胞質に局在した。NRDcはday1では核内、細胞質に局在し、day4では細胞膜近傍に局在、day5では細胞質に局在した。免疫染色の結果から、imMKCL成熟期においてNRDc とHDAC6の局在はほぼ一致していることが示唆された。
【0085】
13.NRDcとHDAC6の相互作用の検出]
次に、Duolink(登録商標)PLA(シグマ・アルドリッチ製)を用いて、NRDcとHDAC6が相互作用しているかどうかを検証した。図31は、Duolink(登録商標)PLAによる近接ライゲーションアッセイの結果を示す蛍光顕微鏡写真である。gene(c-MYC,BMI1,BCL-XL)off後、day1、day4、day5において、NRDcとHDAC6が相互作用(赤ドット)していることが示された(Control)。RNA干渉法を用いて、NRDcの発現を抑制(ノックダウン)したimMKCL (miNRDc)では、NRDcとHDAC6との相互作用部位が減少していることが示された。さらに、ControlとmiNRDcのそれぞれについて、gene off後、day1、day4、day5の1細胞あたりのNRDcとHDAC6の相互作用部位数(赤ドット)をカウントした。結果を図32に示す。miNRDcではcontrolと比べ、NRDcとHDAC6の相互作用部位が減少していることが示された。また、day4でcontrolおよびmiNRDcは共にNRDcとHDAC6の相互作用部位が最も多いことがわかった。このことは、HDAC6阻害剤の効果がday4まで見られることとよく相関する。
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