(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】リグノセルロース系バイオマスの糖化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 9/96 20060101AFI20230619BHJP
C13B 50/00 20110101ALI20230619BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20230619BHJP
C07G 1/00 20110101ALN20230619BHJP
【FI】
C12N9/96
C13B50/00
C12P19/04 Z
C07G1/00
(21)【出願番号】P 2019047301
(22)【出願日】2019-03-14
【審査請求日】2021-12-17
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】山田 竜彦
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史帆
(72)【発明者】
【氏名】前川 夏季
(72)【発明者】
【氏名】小川 健一
(72)【発明者】
【氏名】若村 修
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第109182308(CN,A)
【文献】国際公開第2011/111664(WO,A1)
【文献】特開2017-197517(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/96
C13B 50/00
C12P 19/04
C07G 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法。
(1)木本植物、草本植物、それらの加工物およびそれらの廃棄物からなる群より選ばれる少なくとも1種であるリグノセルロース系バイオマスと、平均分子量が400~600であるポリエチレングリコールに第一の酸を添加して反応させる工程、
(2)工程(1)で得られた反応液にアルカリを添加して中和する工程、
(3)工程(2)で得られたアルカリ中和液から固形分を除く工程、
(4)工程(3)で得られた液分画に第二の酸を添加する工程、
(5)工程(4)で沈殿した沈殿物に対し固液分離を行い、親水性リグニン誘導体を含む液分画を得る工程、及び、
(6)前記工程(5)で得られた液分画をリグノセルロース系バイオマスに添加する工程
【請求項2】
前記
工程(6)において、前記工程(5)で得られた液分画を、前記
工程(5)で得られた液分画中の親水性リグニン誘導体
が、酵素糖化される前記リグノセルロース系バイオマスの乾燥重量に対し0.1~1.0質量%となるように添加する、請求項
1に記載の糖化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性リグニン誘導体を含む酵素安定化剤、酵素安定化剤の製造方法、酵素の安定化方法、リグノセルロース系バイオマスの糖化方法、及び酵素安定化剤の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策や、廃棄物の有効活用の観点から、植物資源を原料とするバイオマスの利用が注目されている。一般に、バイオマスからエタノール等の化合物を製造するための原料としては、サトウキビ等の糖質やトウモロコシ等のデンプン質が多く用いられている。しかしながら、これらの原料はもともと食料又は飼料として用いられており、長期的に工業用利用資源として活用することは、食料又は飼料用途との競合を引き起こし、原料価格の高騰を招く危険性がある。
【0003】
従って、非食用バイオマスをエネルギー資源として活用する技術開発が進められている。非食用バイオマスとしては、地球上に最も多く存在するセルロースがあげられるが、その大部分は芳香族ポリマーのリグニンやヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロースとして存在する。
【0004】
このリグノセルロース系バイオマスを利用する場合、濃硫酸でバイオマス中のセルロースを単糖に分解した後に発酵させる手法が古くから検討されてきた。しかし、この手法は濃硫酸を取り扱うための装置の耐酸性や硫酸の効率的な回収技術の確立や管理が難しく、普及は進んでいない。
【0005】
一方、硫酸などの酸を使わず、セルラーゼなどの酵素を使ってバイオマスの多糖成分を単糖化(糖化)し、酵母等によりエタノール発酵する方法(酵素糖化・発酵法)が検討されている。しかしながら、この手法を木材等のリグノセルロース系バイオマスに応用する場合、酵素糖化処理の前に何らかの処理(前処理)が必要とされている。
【0006】
酵素糖化の前処理は、バイオマス中のセルロース等に酵素が効果的に作用できる状態にする工程であり、物理的又は化学的な処理が行われる。物理的処理としてはボールミル等で摩砕する手法等がある。化学的な処理としては紙パルプ化の化学工程のように、化学薬剤でリグニンを除去してセルロースを得る手法等がある。例えば、特許文献1においては、アルカリ蒸解やクラフト蒸解などによりバイオマスを前処理し、バイオマス中のリグニンの大部分を取り除いた後、酵素糖化・発酵で効率的にバイオエタノールが製造可能であることが開示されている。
【0007】
一方、リグニンはバイオマスの3大主成分の一つであり、地上で2番目に蓄積されている有機化合物である。化学パルプ化工程やバイオエタノール前処理工程で分離され、紙パルプ生産やバイオエタノール生産で副産されるが、熱源以外の有効な利用法に乏しく、その有効利用法が模索されている。非特許文献1には、疎水性のリグニン誘導体が機能性原料となり得ることが開示されており、研究が進められている。
【0008】
特許文献2には、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体を含む酵素安定化剤により、糖化酵素の活性を向上させ、また、糖化酵素の基質への非特異的吸着を防止することにより、リグノセルロース系バイオマスの糖化を効率的に行うことができることが開示されている。
特許文献3には、リグニンと親水性化合物との反応によりリグニン誘導体を製造する方法について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2008-92910号公報
【文献】国際公開第2011/111664号
【文献】特開2017-197517号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Applied Clay Science, Volumes 132-133, November 2016, Pages 425-429
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献2には、リグニンと親水性化合物との反応により生成されるリグニン誘導体の利用方法について開示されているが、リグニンの利用は、リグニン誘導体に限られ、リグニン誘導体をさらに親水性分の液分画と疎水性分の固形分画に分離精製し各々のリグニン誘導体の有効利用については開示されていない。
【0012】
特許文献3には、リグニンと親水性化合物の反応によりリグニン誘導体を製造する方法について開示されているが、目的生成物は反応物に酸を混合して沈殿させて取得できる固体分画であり、分離された液体分画の利用については開示されていない。
【0013】
また、特許文献2、3には、反応させる親水性化合物の分子量や製造するリグニン誘導体の酵素安定化性能に対するリグニン誘導体の分子量の影響については開示されていない。
【0014】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、リグノセルロース系バイオマスから得られるリグニン誘導体から、親水性リグニン誘導体を含む液分画と疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を分離し、親水性リグニン誘導体を含む液分画を糖化酵素安定化剤として用い、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を機能性原料の製造に利用することにより、セルロース系バイオマスを用いるプロセス全体の収益性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を反応させて得られたリグニン誘導体に、第二の酸を添加した後に固液分離をして液分画を得ることにより得られる親水性リグニン誘導体が、糖化酵素を安定化することにより、セルロース系バイオマスの糖化酵素による糖化を効率的に行うことができること、及び、上記固液分離をして得られた固形分画に含まれる疎水性リグニン誘導体から機能性原料を製造することができ、セルロース系バイオマスを用いるプロセス全体の収益性を向上させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下の[1]~[19]に関する。
[1]リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させ、得られるリグニン誘導体に、第二の酸を添加後、固液分離をして液分画を得ることにより得られる親水性リグニン誘導体を含む酵素安定化剤。
[2]親水性リグニン誘導体が、リグニンのコニフェリルアルコール骨格のα位の炭素にポリアルキレングリコール基を有し、前記ポリアルキレングリコールの末端が水酸基である[1]の酵素安定化剤。
[3]前記リグノセルロース系バイオマスが木粉である[1]又は[2]の酵素安定化剤。
[4]前記ポリアルキレングリコールがポリエチレングリコールである[1]~[3]のいずれか1つの酵素安定化剤。
[5]前記ポリエチレングリコールの平均分子量が200~600である[4]の酵素安定化剤。
[6]前記親水性リグニン誘導体の平均分子量が1000~3200である[1]~[5]のいずれか1つの酵素安定化剤。
[7]前記第一の酸又は第二の酸が硫酸である[1]~[6]のいずれか1つの酵素安定化剤。
[8]リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させ、得られるリグニン誘導体に、第二の酸を添加後、固液分離をして液分画を得ることを特徴とする親水性リグニン誘導体を含む酵素安定化剤の製造方法。
[9]以下の工程を含む親水性リグニン誘導体を含む酵素安定化剤の製造方法。
(1)リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させる工程、
(2)工程(1)で得られた反応液にアルカリを添加して中和する工程、
(3)工程(2)で得られたアルカリ中和液から固形分を除く工程、
(4)工程(3)で得られた液分画に第二の酸を添加する工程、及び、
(5)工程(4)で沈殿した沈殿物に対し固液分離を行い、親水性リグニン誘導体を含む液分画を得る工程
[10]親水性リグニン誘導体が、リグニンのコニフェリルアルコール骨格のα位の炭素にポリアルキレングリコール基を有し、前記ポリアルキレングリコールの末端が水酸基である[8]又は[9]の酵素安定化剤の製造方法。
[11]前記リグノセルロース系バイオマスが木粉である[8]~[10]のいずれか1つの酵素安定化剤の製造方法。
[12]前記ポリアルキレングリコールがポリエチレングリコールである[8]~[11]のいずれか1つの酵素安定化剤の製造方法。
[13]前記ポリエチレングリコールの平均分子量が200~600である[12]の酵素安定化剤の製造方法。
[14]前記親水性リグニン誘導体の平均分子量が1000~3200である[8]~[13]のいずれか1つの酵素安定化剤の製造方法。
[15]前記第一の酸又は第二の酸が硫酸である[8]~[13]のいずれか1つの酵素安定化剤の製造方法。
[16]基質と酵素の反応系に、[1]~[7]のいずれか1つの酵素安定化剤、又は[8]~[15]のいずれか1つの製造方法により得られる酵素安定化剤を添加することを特徴とする酵素の安定化方法。
[17]リグノセルロース系バイオマスの酵素による糖化方法において、[1]~[7]のいずれか1つの酵素安定化剤、又は[8]~[15]のいずれか1つの製造方法により得られる酵素安定化剤を添加することを含む、リグノセルロース系バイオマスの糖化方法。
[18]前記酵素安定化剤中の親水性リグニン誘導体を、酵素糖化されるリグノセルロース系バイオマスの乾燥重量に対し0.1~1.0質量%となるように添加する、[17]の糖化方法。
[19]アルカリ供給手段を有し、リグノセルロース系バイオマスとポリエチレングリコールとに第一の酸を反応させる第一の反応槽と、
濾過装置と、
前記濾過装置を用いて固液分離して得られた液分画と第二の酸とを反応させる第二の反応槽と、
固液分離装置と、
を備えることを特徴とする酵素安定化剤の製造装置。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、リグノセルロース系バイオマスから、酵素安定化剤として有用な親水性リグニン誘導体を含む液分画と同時に、機能性原料として有用な疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を得ることできることにより、リグノセルロース系バイオマスを用いるプロセス全体における収益性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る酵素安定化剤の製造方法及び該酵素安定化剤の製造装置を模式的に示す概略構成図である。
【
図2】実施例1で得られた液分画と固形分画を用いた糖化反応の結果を示す図である。
【
図3】ポリエチレングリコールとして、ポリエチレングリコール(PEG)200、PEG400、及びPEG600を用いた場合のリグニン誘導体の添加率とC6糖化率との関係を示す図である。
【
図4】ポリエチレングリコールとして、ポリエチレングリコール(PEG)200、PEG600、及びPEG1000を用いた場合の、反応させるPEG分子量と糖収量比との関係を示す図である。
【
図5】ポリエチレングリコールとして、ポリエチレングリコール(PEG)400を用いて調製した実施例2のリグニン誘導体、及び比較例1にて調製したリグニン誘導体の添加率とC6糖化率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本明細書及び請求の範囲において、各種用語の意味を以下のとおり定義する。
【0020】
(1)酵素の安定化
本明細書中で使用される場合、「酵素の安定化」とは、基質と酵素との反応において、酵素安定化剤を存在させることにより、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を高い値に維持することを意味する。具体的には、例えば、後述する試験例1の酵素糖化反応条件下で、残存酵素活性が、酵素安定化剤を使用していない場合と比較して、10%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは50%以上高いことをいう。なお、酵素活性測定法は、本明細書記載の方法、市販品であればカタログ記載の方法、文献等に記載の方法などの中から当業者が適宜採用することができる。
【0021】
(2)酵素
本明細書中で使用される場合、「酵素」とは、化学反応を触媒するタンパク質を中心とした高分子化合物をいい、特に、糖化酵素をいう。糖化酵素としては、セルロースを分解するセルラーゼ、ヘミセルロースを分解するヘミセルラーゼ、グルコキシダーゼ(βグルコキシダーゼ)、デンプンを分解するアミラーゼ等が挙げられ、好ましくはセルラーゼである。
【0022】
(3)親水性リグニン誘導体
本明細書中で使用される場合、「親水性リグニン誘導体」とは、前記親水性リグニン誘導体を構成するコニフェリルアルコール骨格のα位の炭素のいずれかにポリアルキレングリコール基を有し、リグノセルロース系バイオマスと、末端に水酸基を有するポリアルキレングリコールとに硫酸を添加して得られるリグニン誘導体のうち、硫酸によりpHを2~3にした時に沈殿しないリグニン誘導体をいう。親水性リグニン誘導体としては、分子量1000~3200のものが好ましい。これは分子量1000以下では親水性が不十分となる傾向があり、一方3200以上では分子量が大きいため酵素安定化剤としての機能が低下する傾向があるためである。
【0023】
(4)疎水性リグニン誘導体
本明細書中で使用される場合、「疎水性リグニン誘導体」とは、前記疎水性リグニン誘導体を構成するコニフェリルアルコール骨格のα位の炭素のいずれかにポリアルキレングリコール基を有し、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに硫酸を添加して得られるリグニン誘導体のうち、硫酸によりpHを2~3にした時に沈殿するリグニン誘導体をいう。疎水性リグニン誘導体としては、分子量4000~20000のものが好ましい。
【0024】
[実施形態1:酵素安定化剤及び該酵素安定化剤の製造方法]
本実施形態に係る酵素安定化剤は、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させ、得られるリグニン誘導体に、第二の酸を添加後、固液分離をして液分画を得ることにより得られる親水性リグニン誘導体を含む酵素安定化剤である。ここで、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させ、得られるリグニン誘導体に、第二の酸を添加後、固液分離をして得られる親水性リグニン誘導体を含む液分画は、基質と酵素との反応において、酵素活性を安定化することができることが、後述する実施例で実証されている。従って、本実施形態に係る酵素安定化剤は、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができる。
【0025】
(リグノセルロース系バイオマス)
本発明において、リグノセルロース系バイオマスは、木本植物、草本植物、それらの加工物およびそれらの廃棄物からなる群より選ばれる少なくとも1種であればその種類は問わないが、細かく粉砕した方が好ましい。
【0026】
本発明における木本植物とは、スギ、ヒノキ、カラマツ、マツ、米マツ、米スギ、米ツガ、ポプラ、シラカバ、ヤナギ、ユーカリ、クヌギ、コナラ、カシ、シイ、ブナ、アカシア、タケ、ササ、アブラヤシ、サゴヤシなどを例示することができるが、性状の安定性の観点からスギが好ましい。また、樹皮、枝条、果房、果実殻なども使用することができる。また、これらを使った合板、繊維板、集成材のような加工材も使用することができる。また、建築物に使用後、解体された部材も使用することができる。また、紙などリグノセルロース系バイオマスの加工物や古紙も使用することができる。
【0027】
本発明における草本植物とは、イネ、ムギ、サトウキビ、ヨシ、ススキ、トウモロコシ
などを挙げることができる。
【0028】
(ポリアルキレングリコール)
本発明において、ポリアルキレングリコールとしては、アルキレングリコールが重合したものであれば、特に制限はないが、末端に水酸基を有するものが好ましい。例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられるが、ポリエチレングリコールが好ましい。ポリアルキレングリコールの分子量は本発明の酵素安定化剤の製造に用いることができれば特に制限はないが、ポリエチレングリコールの場合は、200~1000が好ましく、400~600がより好ましい。
【0029】
これらポリアルキレングリコールは、市販のものを用いてもよいし、当該分野で公知の方法により調製したものを用いてもよい。
【0030】
(リグニン誘導体)
リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールとに第一の酸を添加して反応させることにより、リグノセルロース系バイオマス中のリグニンからリグニン誘導体を液分画中に得ることができる。このようにして得られるリグニン誘導体を含む液分画は、親水性リグニン誘導体と疎水性リグニン誘導体を含む。
図1に本発明に係るリグニン誘導体を含む液分画の製造方法の概略を示す。
以下、
図1を参照しながら、当該リグニン誘導体を含む液分画の製造方法を具体的に説明する。
【0031】
本発明に係るリグニン誘導体を含む液分画は以下の工程により製造することができる。
(1)リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールとに第一の酸を添加して反応させる工程(図中11)、
(2)工程(1)で得られた反応液にアルカリを添加して中和する工程(図中12)、
(3)工程(2)で得られたアルカリ中和液から固形分画を除く工程(図中13)、
【0032】
上記工程(1)において、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールとを反応する際に用いられる第一の酸としては、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールからリグニン誘導体を生成させることができれば特に制限はなく、塩酸、硫酸等が用いられ、硫酸が好ましく用いられる。添加量は、通常、ポリアルキレングリコールに対して、0.1~3.0重量部である。
【0033】
リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールとの反応において、リグノセルロース系バイオマスに対して反応させるポリアルキレングリコールの量は、使用されるリグノセルロース系バイオマス中のリグニン及びポリアルキレングリコールの種類、並びに目的とする酵素安定化剤の性能に依存して決定することができる。例えば、加えるポリアルキレングリコールの量は、使用するリグノセルロース系バイオマス中に存在するリグニン中の水酸基の量、及び加えるポリアルキレングリコール中の水酸基の量に基づき算出される。ポリアルキレングリコールは、リグニンのα位の炭素原子に結合している水酸基と反応する。ポリアルキレングリコールの量は、通常、リグノセルロース系バイオマス10乾燥重量部に対しポリアルキレングリコール5~100重量部、好ましくは、10~60重量部、より好ましくは、20~50重量部である。
【0034】
反応温度は、特に制限はないが、通常、100℃~200℃、好ましくは120℃~160℃である。
【0035】
反応時間は、特に制限はないが、通常、30分間~180分間、好ましくは60分間~120分間である。
【0036】
上記工程(2)において、添加するアルカリとしては、工程(1)で得られた反応液を中和できるものであれば、特に制限はないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化リチウム等が挙げられる。
アルカリ添加後の反応液のpHは、pH6以上12以下であること好ましく、pH6以上10以下であることがより好ましい。
上記工程(3)において、アルカリ中和液から固形分を除く方法としては、アルカリ中和液から固形分を除くことができれば特に制限はないが、例えば、遠心分離、スクリュープレス、フィルタープレス、透過膜等が挙げられる。上記工程(3)で固形分を除いて得られた液分画に、親水性および疎水性リグニン誘導体が含まれ、親水性リグニン誘導体は本発明の酵素安定化剤として用いることができる。
【0037】
(親水性リグニン誘導体)
リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させることにより得られる上記リグニン誘導体を含む液分画に、第二の酸を添加後、固液分離をして、固形物を分離し、親水性リグニン誘導体を含む液分画得ることができる。以下、
図1を参照しながら、該親水性リグニン誘導体を含む液分画の製造方法を具体的に説明する。
【0038】
本発明に係る親水性リグニン誘導体を含む液分画は以下の工程により製造することができる。
(4)上記の工程(3)で得られた液分画に第二の酸を添加する工程(図中14)、
(5)上記工程(4)で沈殿した固形物に対し固液分離を行い、リグニン誘導体を含む液分画を得る工程(図中15)。
【0039】
リグニン誘導体を含む液分画に添加する第二の酸としては、液分画を酸性にすることができれば特に制限はないが、pHを1~4とすることができる酸が好ましく、とくに硫酸が好ましい。添加量は、通常、液分画に対して、0.01~3.0重量部である。
液分画に第二の酸を加えて酸性にすることにより、未反応のリグニン及び疎水性リグニン誘導体が沈殿し、固液分離をして、固形物を分離することにより、親水性リグニン誘導体を含む液分画が得られる。なお、前記液分画には、親水性リグニン誘導体の他に未反応のポリアルキレングリコールが含まれるため、前記液分画の未反応のポリアルキレングリコールは工程(1)に再利用することが可能である。
固液分離の方法としては、第二の酸を添加して生成する固形物を分離できる方法であれば、特に制限はないが、遠心分離が好ましい。遠心分離は、通常、2000g~20000g、好ましくは、5000g~15000gである。
【0040】
反応により得られた親水性リグニン誘導体を含む上記液分画は、そのまま酵素安定化剤として使用することができるが、必要に応じて、脱塩及び未反応のポリアルキレングリコールの除去のために、限外濾過やイオン交換樹脂、合成吸着剤、活性炭等に付してもよい。
【0041】
反応により得られた親水性リグニン誘導体を含む液分画は、必要に応じて、凍結乾燥機等の従来使用されている乾燥方法により完全に乾燥させてもよい。
【0042】
(酵素安定化剤)
本発明の親水性リグニン誘導体を含む液分画を酵素安定化剤として使用する場合は、水溶液の形態で使用してもよいし、または、乾燥させたものを粉体化して使用してもよい。
【0043】
本発明の酵素安定化剤には、その性能を阻害しない範囲で、任意の添加剤を添加してもよい。そのような添加剤としては、例えば、pH調整剤、酸化防止剤、水溶性若しくは水不溶性担体、分散剤、水溶性の金属の無機または有機酸塩等が挙げられる。
【0044】
前記pH調整剤としては、例えば、クエン酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0045】
前記酸化防止剤としては、例えば、ブチルヒドロキシトルエン、ジスチレン化クレゾール、亜硫酸ナトリウム及び亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0046】
前記水溶性又は水不溶性担体としては、例えば、水、アルコール類(エタノール、イソプロピルアルコール等)、ジオール(例えば、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,6-ヘキサンジオール)、他のポリオール(例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等)、エーテル類(例えば、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル等)、ケトン類(例えば、シクロヘキサノン等)、エステル類(例えば、コハク酸ジメチル、アジピン酸ジメチル等)、含窒素類(例えば、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、アセトニトリル等)等の水溶性担体;脂肪族や芳香族の炭化水素系溶剤(例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、キシレン、トルエン、ドデシルベンゼン、ミネラルスピリット、芳香族系ナフサ等)、油脂類(例えば、ヤシ油、大豆油、ナタネ油、ヒマシ油、アマニ油等)等の水不溶性担体等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0047】
前記分散剤としては、例えば、アクリレートホモポリマー、アクリレートコポリマー又はそれらの混合物等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0048】
前記水溶性の金属の無機又は有機酸塩としては、例えば、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩、マグネシウム等のアルカリ土類金属塩、モノ、ジ、トリエタノールアミン塩等のアルカノールアミン塩等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0049】
[実施形態2:酵素の安定化方法]
本実施形態に係る酵素の安定化方法は、基質と酵素との反応系に、前記酵素安定化剤を添加することを特徴とする酵素の安定化方法である。ここで、リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールとの反応により生成される親水性リグニン誘導体を含む液分画は、基質と酵素との反応において、酵素活性を安定化することができることが、後述する実施例で実証されている。したがって、本実施形態に係る酵素の安定化方法は、前記親水性リグニン誘導体を含む液分画を使用するので、酵素活性を安定化することができる。
【0050】
本実施形態に係る酵素の安定化方法に使用される親水性リグニン誘導体は、基本的には、実施形態1において具体的に説明された酵素安定化剤に使用される親水性リグニン誘導体と同様の構成及び作用効果を有する。よって、実施形態1と同様の内容については、適宜説明を省略する。
【0051】
酵素反応の酵素としては、糖化酵素が好ましく、特にセルラーゼが好ましい。酵素反応
の基質としては、セルロースが好ましく、特に木材等を由来とするリグノセルロースが好
ましい。
【0052】
本実施形態に係る酵素の安定化方法に使用される酵素安定化剤の添加量は、任意であるが、例えば、リグノセルロース系バイオマスの乾燥重量に対して、酵素安定化剤に含まれる親水性リグニン誘導体の重量が、好ましくは0.1~3.0質量%、より好ましくは0.2~1.0質量%、特に好ましくは0.3~0.7質量%となる量である。このような好ましい添加量であると、酵素の失活をより防ぐことができ、酵素活性をより安定化することができる。
反応液に添加する親水性リグニン誘導体の濃度は、以下の式により算出することができる。
【0053】
【0054】
[実施形態3:酵素糖化方法]
本実施形態に係る酵素糖化方法は、リグノセルロース系バイオマスの酵素による糖化方法において、実施形態1に係る酵素安定化剤を添加することを含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法である。本実施形態に使用する酵素安定化剤は、上記のとおり、酵素の失活を防ぎ、酵素活性を安定化することができる。したがって、前記酵素安定化剤を使用する糖化方法によれば、使用した酵素を再利用すること、又は酵素使用量を減じることが可能である。
【0055】
本明細書中で使用される場合、「リグノセルロース系バイオマスの酵素による糖化方法」とは、リグノセルロース系バイオマスを酵素により糖化する方法であればいずれでもよいが、例えば、特開2008-92910号公報に記載される糖化方法(エタノールの製造方法)であってよい。特開2008-92910号公報の内容は本明細書中に参照として援用される。
【0056】
本実施形態に係る酵素糖化方法は、
(a)リグノセルロース系バイオマスに酸又はアルカリを混合させ、水熱処理(前処理)を行う工程、
(b)前処理を行ったリグノセルロース系バイオマスに酵素、本発明の酵素安定化剤及び水を添加し、バイオマス内のセルロース及びヘミセルロースをそれぞれグルコース及びキシロースの単糖に加水分解(糖化)し糖液を得る工程、及び
(c)得られた糖液に、酵母を添加し発酵させ、エタノールを生産する工程を含む。
【0057】
本発明の酵素糖化方法において、糖化効率は、C6糖化率を算出することにより調べることができる。ここでC6糖化率とは、前処理済バイオマス中のセルロース(グルコース換算)から糖化を経て生成するグルコース量の比率を示す。本来、前処理と糖化を経てキシロース(C5糖)も生成するが、キシロースは、希硫酸を使った前処理で生成する割合が高いため、酵素糖化効率はC6糖化率で調べるのがよい。
【0058】
本実施形態に係る糖化方法に使用される酵素安定化剤は、実施形態1において具体的に
説明された酵素安定化剤と同様の構成及び作用効果を有する。よって、実施形態1と同様
の内容については、適宜説明を省略する。
【0059】
本実施形態に係る糖化方法に使用される酵素安定化剤の添加量は、任意であるが、例えば、酵素安定化剤に含まれる親水性リグニン誘導体の重量が酵素糖化されるリグノセルロース系バイオマスの乾燥重量に対し、好ましくは0.1~3.0質量%、より好ましくは0.2~1.0質量%、特に好ましくは0.3~0.70質量%である。このような好ましい添加量により、酵素のバイオマス成分への吸着をより抑制することができ、酵素の活性をより向上させることができる。
【0060】
親水性リグニン誘導体の重量は、前記酵素の安定化方法の項で記載した方法により算出することができる。
【0061】
本発明において用いる糖化酵素としては、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ又はβグルコキ
シダーゼ活性を有する任意の酵素を用いることができる。これら糖化酵素産生菌の例としては、好気性のトリコデルマ属、アスペルギルス属、フミコラ属、イルペックス属、アクレモニウム属などが挙げられる。
【0062】
糖化反応に使用する糖化酵素の添加量は、原料基質となるリグノセルロース系バイオマスのセルロース1gに対して5~50ユニットのセルラーゼ活性を含むように調整する。
【0063】
本発明の糖化方法により得られる糖化液は、エタノール発酵、乳酸発酵、アミン酸発酵、ブタノール発酵、イソブタノール発酵等の原料として用いることができる。以下に、エタノール発酵に用いる場合について説明する。
【0064】
エタノール発酵においては、上記で得られた糖化液を発酵させる。糖化反応に最適な温度と発酵に最適な温度は異なるため、糖化反応は、糖化反応に適した温度で実施し、40~60℃が好ましい。反応液のpHも、糖化反応に適した条件で実施し、4~7が好ましい。糖化反応の終了後、糖化反応液を取り出し、発酵槽へ供給する。発酵槽のエタノール発酵菌は、固定化してもしなくても良いが、固定化した方が好ましい。発酵条件は、エタノール発酵に適した条件で実施する。pHは、4~8、温度は、20~40℃が好ましい。エタノール発酵中に生産したエタノールを分離回収することもできる。
【0065】
得られた糖化液にエタノール発酵菌を投入することにより糖化液を発酵させ、エタノールを製造することができる。このようなエタノール発酵菌としては、例えば、サッカロマイセス属、ザイモモナス属、ピキア属などが挙げられる。また、遺伝子組み換えされたものもアルコール発酵が可能で有れば使用できる。これらのエタノール発酵菌は、エタノール発酵前に液体培地で前培養し、菌体量を増加させておく方が望ましい。エタノール発酵菌の投入量は多いほど発酵効率がよく、好ましくは、糖化反応により生成する糖を同時に完全にエタノールへ変換できる菌体量を確保する。
【0066】
糖化反応とエタノール発酵は、上記糖化酵素とともにエタノール発酵菌を添加することにより、同時に行うこともできる。同時糖化発酵においては、同一の反応器で糖化反応と発酵を行う方式でも糖化反応と発酵を別々の反応器で行う方式でも良い。
【0067】
同一の反応器で糖化反応と発酵を行う場合には、反応液のpHと温度は、糖化反応と発酵、どちらも作用できる条件で行う。条件としては、エタノール発酵菌の発酵条件を優先し、pHは、4~7、温度は、20~40℃が好ましい。また、同時糖化発酵を嫌気的条件で行うことで、好気性菌である糖化酵素産生菌の増殖を抑制することができ、糖化酵素産生菌の増殖に伴う糖の消費を抑制することができる。また、同時糖化発酵は撹拌した方が、糖化反応が進行し易いため、エタノール生産性が良くなる。また、生成したエタノールを分離回収しながら同時糖化発酵を行うこともできる。この方式は、一つの反応器で全ての糖化反応とエタノール発酵を行えるので製造工程の簡便化が図れる。
【0068】
糖化反応と発酵を別々の反応器で同時に行う方式では、糖化反応は、糖化反応に適した温度で実施し、好ましくは、40~60℃で実施する。反応液のpHは、発酵条件と同一とし、4~6が好ましい。糖化反応液は連続的に取り出し、発酵槽へ供給する。発酵槽のエタノール発酵菌は、固定化してもしなくても良いが、固定化した方が好ましい。発酵条件は、pHは、4~7、温度は、20~40℃が好ましい。エタノール発酵液は再び糖化反応槽へ戻し、糖化反応と発酵を同時に行う。その際、生成したエタノールを分離回収することもできる。
【0069】
糖化反応の経過に伴って反応器内のリグノセルロース系バイオマスは分解され、減少するため、必要に応じてリグノセルロース系バイオマスを反応器内に無菌的に投入し反応を継続させる方が望ましい。
【0070】
また、発酵において、反応器内にエタノールが蓄積し、エタノール濃度が上昇すると発酵が抑制されるので、発酵液からエタノールを分離回収しながら発酵させても良い。その場合、浸透気化膜を使っても良く、エバポレーション装置を使っても良い。その際、発酵微生物が失活しない50℃以下で運転することが好ましい。ただし、エタノールを回収後の発酵液を反応器に戻さない場合には、この限りではなく、エタノール回収に適した温度で実施できる。また、エタノール回収後の液中には発酵微生物が残存しているので反応器へ無菌的に戻し、再利用する方が望ましい。
酵素や発酵微生物は必要に応じて無菌的に追加しても良い。
【0071】
また、反応器内には不溶性の残さが蓄積し、撹拌効率を抑制するので遠心分離機などを使って除去しても良い。残さ中にセルロースが大量に残っている場合には、原料であるリグノセルロース系バイオマスと混合しても良く、糖化酵素産生菌培養液を追加し、分解してもよい。
回収したエタノールは、蒸留装置で蒸留することができる。
【0072】
(疎水性リグニン誘導体)
リグノセルロース系バイオマスとポリアルキレングリコールに第一の酸を添加して反応させることにより得られる上記リグニン誘導体を含む液分画に、さらに第二の酸を添加後、固液分離をして、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を得ることができる。以下、
図1を参照しながら、当疎水性リグニン誘導体を含む固形分画の製造方法を具体的に説明する。
【0073】
本発明に係る疎水性リグニン誘導体を含む固形分画は以下の工程により製造することができる。
(4)上記の工程(3)で得られた液分画に第二の酸を添加する工程(図中14)、
(6)上記工程(4)で沈殿した沈殿物に対し固液分離を行い、リグニン誘導体を含む固形分画を得る工程(図中15)。
【0074】
リグニン誘導体を含む液分画に添加する第二の酸としては、液分画を酸性にすることができれば特に制限はないが、pHを1~4とすることができる酸が好ましく、とくに硫酸が好ましい。添加量は、添加量は、通常、液分画に対して、0.1~3.0重量部である。
液分画に第二の酸を加えて酸性にすることにより、疎水性リグニン誘導体が沈殿し、固液分離により、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画が得られる。なお、固液分離により得られた固形分画には、前記疎水性リグニン誘導体の他に未反応のリグニンを含む。
固液分離の方法としては、第二の酸を添加して生成する沈殿物を分離できる方法であれば、特に制限はないが、遠心分離が好ましい。遠心分離は、通常、2000g~20000g、好ましくは、5000g~15000gである。
【0075】
反応により得られた疎水性リグニン誘導体を含む固形分画は、必要に応じて、凍結乾燥機等の従来使用されている乾燥方法により完全に乾燥させてもよい。
固形分画中の疎水性リグニン誘導体の濃度は、以下の式により算出することができる。
【0076】
【0077】
前記固形分画に含まれる疎水性リグニン誘導体は、耐熱フィルム、セメント分散剤、熱硬化性樹脂等の機能性原料として用いることができる。
【0078】
[実施形態4:酵素安定化剤の製造装置]
図1は、本発明の第1実施形態に係る酵素安定化剤の製造装置を模式的に示す概略構成図である。以下、
図1を参照しながら、本実施形態の酵素安定化剤の製造装置の各構成について説明する。
本発明の第1実施形態に係る酵素安定化剤の製造装置100は、第一の反応槽1と、濾過装置2と、第二の反応層3と、固液分離装置4と、を備える。第一の反応槽1は、アルカリ供給手段1aを有し、リグノセルロース系バイオマスとポリエチレングリコールとに第一の酸を反応させる。前記第二の反応槽3は、第二の酸供給手段3aを有する。
【0079】
本実施形態の酵素安定化剤の製造装置によれば、高収率で、酵素活性を安定化できる酵素安定化剤を得ることができる。さらに、本実施形態の酵素安定化剤の製造装置は、酵素安定化剤として利用可能な親水性リグニン誘導体と、機能性原料に適した疎水性リグニン誘導体を同時に得ることができるため、リグノセルロース系バイオマスを利用した工業生産プロセス全体での収益性を向上させることが可能となる。
【0080】
[反応槽]
反応槽1は、リグノセルロース系バイオマスとポリエチレングリコールとに第一の酸を反応させて、リグニン誘導体を得るための槽である。リグノセルロース系バイオマス、ポリエチレングリコール及び第一の酸については、上述の酵素安定化剤にて記載されたものと同じものが挙げられる。
加えるポリアルキレングリコールの量は、特に制限はなく、通常、リグノセルロース系バイオマス10乾燥重量部に対して、5~100重量部、好ましくは10~60重量部、より好ましくは20~50重量部である。
加える第一の酸の量は、例えば、ポリアルキレングリコール100重量部に対して、0.1~0.3重量部である。
【0081】
また、反応槽1は、耐酸性であるものであればよく、特別な限定はない。
反応槽1は撹拌翼等の撹拌機構を有していてもよい。
また、撹拌槽における反応液の温度は、特に制限はなく、通常、100℃~200℃、好ましくは120℃~160℃である。
反応槽1内の温度を上記範囲内に保つために、撹拌槽1は温度調整装置又は温度計1bを備えていてもよい。
また、反応槽1は、アルカリ供給手段1aを有する。さらに、
図1に示すようにリグノセルロース系バイオマス供給手段1c、ポリアルキレングリコール供給手段1d、第一の酸供給手段1e等を有してもよい。
また、反応槽1は、pH計を有してもよい。pH計は、アルカリ供給後の反応液のpHを測定し、アルカリ供給量を適宜調整するために、用いればよい。
【0082】
(アルカリ供給手段)
アルカリ供給手段1aは反応槽1に配設されており、アルカリを反応槽1に供給するためのものである。アルカリを供給することで、前記反応槽1内において、リグニン誘導体の生成反応が終了した後に、反応液を中和することができる。アルカリとしては、上述の酵素安定化剤の製造方法において例示されたものと同様である。
アルカリ供給後の反応液のpHは、pH6以上12以下であること好ましく、pH6以上10以下であることがより好ましい。
アルカリ供給手段1aはアルカリの供給量を調整するためのポンプ、弁等を有していてもよい。
【0083】
[濾過装置]
濾過装置2は、反応液から固形分画を取り除くためのものである。
濾過装置2としては、アルカリ中和液から固形分画を除くことができれば、特に制限はないが、例えば、遠心分離、スクリュープレス、フィルタープレス等が挙げられる。
【0084】
[固液分離装置]
第二の反応槽3は、濾過装置2で得られた液分画と第二の酸とを反応させるためのものである。
加える第二の酸の量は、例えば、液分画100重量部に対して、0.01~3.0重量部である。
また、第二の反応槽3は、耐酸性であるものであればよく、特別な限定はない。
第二の反応槽3は撹拌翼等の撹拌機構を有していてもよい。
固液分離装置4は、第二の反応槽3で得られた反応液を、固液分離して、固形物を除くことにより、親水性リグニン誘導体を含む液分画を得るためのものである。
固液分離装置4は、酸を添加して生成する固形物を分離できる装置であれば、特に制限はないが、例えば、遠心分離機等が挙げられる。
【0085】
図1に示す酵素安定化剤の製造装置100を用いた酵素安定化剤の製造方法について、以下に説明する。
まず、反応槽1に、リグノセルロース系バイオマス供給手段1c、ポリアルキレングリコール供給手段1d及び第一の酸供給手段1eにより、リグノセルロース系バイオマス、ポリアルキレングリコール及び第一の酸を添加する。各材料の種類、添加量、反応温度及び反応時間は、上述の酵素安定化剤の製造方法に記載されたとおりである。上記材料を反応させて、リグニン誘導体を生成させる。
次いで、反応後のリグニン誘導体を含む反応液に、アルカリ供給手段1aからアルカリを添加して、反応液を中和する。アルカリの種類、添加量は、上述の酵素安定化剤の製造方法に記載されたとおりである。次いで、中和された反応液は、ポンプ5aにより送液量を調整しながら配管5を介して、濾過装置2に送られる。濾過装置2において、送られた反応液から固形分画を取り除き、液分画を得る。固形分は配管6aを介して排出される。
一方、得られた液分画は、配管6bを介して、第二の反応槽3に送られ、第二の酸が添加される。反応液は配管7を介して固液分離装置4に送られ、ここで、未反応のリグニン及び疎水性リグニン誘導体を含む固形物が固形分画として分離される。
一方、得られた液分画には、親水性リグニン誘導体の他に未反応のポリアルキレングリコールが含まれる。そのため、液分画に含まれる未反応のポリアルキレングリコールは図示しない配管により、ポリアルキレングリコール供給手段1dに送られ、再利用することができる。
【0086】
本発明において、リグノセルロース系バイオマスから、酵素安定化剤として有用な親水性リグニン誘導体と、機能性原料として有用な疎水性リグニン誘導体を同時に得ることができるので、リグノセルロース系バイオマスを利用した工業生産プロセス全体での収益性を向上させることが可能となる。
【実施例】
【0087】
以下、本発明の実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実
施例に限定されるものではない。
【0088】
[実施例1:親水性リグニン誘導体及び疎水性リグニン誘導体の調製]
風乾したスギの木粉250gに、ポリエチレングリコール200(PEG200、ライオン社製)1250gと95%硫酸4gを加え、140℃に加熱し、90分間撹拌して反応させた。反応終了後、2N水酸化ナトリウム水溶液150mlを加えて中和し、リグニン誘導体を抽出した。得られた反応液を濾過膜(ADVANTEC社製)にかけ、固形分を除去した。
得られた濾液に3N硫酸をpH2になるまで加えた。硫酸により沈殿する沈殿物を13000gで15分間遠心分離することにより、親水性リグニン誘導体を含む液分画を得た。
遠心分離により得られた沈殿物は、水3Lで洗浄し、凍結乾燥し、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を得た。
【0089】
[実施例2:親水性リグニン誘導体及び疎水性リグニン誘導体の調製]
実施例1において、PEG200の代わりに、PEG400(ライオン社製)又はPEG600(ライオン社製)を用いる以外は、実施例1と同様にして、親水性リグニン誘導体を含む液分画をそれぞれ得た。
【0090】
[実施例3:親水性リグニン誘導体及び疎水性リグニン誘導体の調製]
実施例1において、PEG200の代わりにPEG1000(WAKO製)を用いる以外は、実施例1と同様にして、親水性リグニン誘導体を含む液分画を得た。
【0091】
[比較例1:特許文献2によるリグニン誘導体の調製]
風乾した杉チップをアルカリ蒸解処理し、アルカリ処理リグニンを得た。得られたアルカリ処理リグニン10gを100mlの1N水酸化ナトリウム水溶液に溶解させ、ラウリルアルコール-ポリエチレンオキサイドーグリシジルエーテルを40g加えた。得られた溶液を70℃に加熱し、3時間撹拌反応させた。反応後、得られた溶液に酢酸を加えてpH4に調整し、分子量1000以下を排除する限外ろ過膜にて濾過を行った。濾過後、残渣を収集し、リグニン誘導体を得た。
【0092】
ここで、実施例1~3のリグニン誘導体の製造方法と比較例のリグニン誘導体の製造方法を比較する。原料において、実施例1~3の製造方法ではリグノセルロース系バイオマスを用いるのに対して、比較例1の製造方法ではバイオマスをアルカリ処理したリグニンを用いる点で異なる。また、リグニン誘導体の合成での触媒と溶媒種類において、実施例1~3では触媒として硫酸を用い、溶媒としてポリアルキレングリコールを用いるのに対し、比較例1では触媒は用いず、溶媒として強アルカリ溶液を用いる点で異なる。さらに、合成温度において、実施例1~3では100~200℃であるのに対し、比較例1では70℃である点で異なる。誘導体分離方法においても、実施例1~3では酸で沈殿させた後に遠心分離を実施し、液分画として親水性リグニン誘導体を得、固形分画としての疎水性リグニン誘導体を得るのに対し、比較例1では限外濾過膜により固形分画としてリグニン誘導体を得る点で異なる。
【0093】
得られたリグニン誘導体を含む液分画を酵素安定化剤として用いて、以下の試験を行った。
【0094】
[試験例1:酵素活性維持効果確認試験(1)]
バガス20gを希硫酸で前処理したバガス前処理物の乾燥重量10gと、水で希釈した糖化酵素液2gに、実施例1で調製した親水性リグニン誘導体を含む液分画又は疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を、それぞれリグニン誘導体量として、バガス乾燥重量当り0.1~2.2重量%となるように加え、さらに水を加えて100mlとした。これを50℃で48時間反応させ、糖化反応を行った。反応後のC6糖化率を測定し、リグニン誘導体添加率と、C6糖化率の関係を調べた。その結果を
図2に示す。ここで、添加率0重量%とは、実施例で調製した液分画又は固形分画を添加しないものをいう。
図2から明らかなように、実施例1で調製した親水性リグニン誘導体を含む液分画を0.25重量%添加することにより、C6糖化率が約5%上昇した。それに対し、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画を添加した場合は、1~2重量%添加することによりC6糖化率が約5%上昇した。これにより、親水性リグニン誘導体を含む液分画は、基質と酵素との反応性を高め、酵素の活性を向上させることが確認できた。
【0095】
[試験例2:ポリエチレングリコールの効果確認試験(1)]
試験例1において、実施例1で調製した親水性リグニン誘導体の代わりに、実施例2で調製した親水性リグニンを用いる以外は試験例1と同様にして、糖化試験を実施した。、親水性リグニン誘導体の添加率とC6糖化率との関係を
図3に示す。
【0096】
図3から明らかなように、PEG200を用いて調製した実施例1の親水性リグニン誘導体の場合は、0.25重量%の添加で、C6糖化率が約5%上昇した。それに対し、PEG400又はPEG600を用いて調製した実施例2の親水性リグニン誘導体の場合では、0.25重量%のリグニン誘導体の添加により、C6糖化率が約10%上昇した。この結果から、PEG200よりもPEG400、PEG600を用いて調製した親水性リグニン誘導体を用いた場合の方が、糖化効率がよいことが判明した。
【0097】
[試験例3:ポリエチレングリコールの効果確認試験(2)]
試験例1において、実施例1で調製した親水性リグニン誘導体の代わりに、実施例3で調製した親水性リグニン誘導体を用いる以外は、試験例1と同様にして、糖化試験を実施した。親水性リグニン誘導体の添加率は、バガス前処理物乾燥重量当たり0.5重量%となるように加えた。実施例1及び2で用いたPEGの分子量(200、600)及び実施例3で用いたPEGの分子量(1000)と糖収量比の関係を
図4に示す。なお、糖収量比とは、リグニン誘導体を添加しない場合の糖化終了時のグルコース量と、リグニン誘導体を添加した場合の糖化終了時のグルコース量の比であり、糖収量比100%以上はリグニン誘導体添加により糖化率が上昇したことを示す。この結果、用いるPEG分子量が大きくなるほど糖化率が上昇するが、PEG600以上では糖化率が大きく上昇しないことが確認された。さらに、それぞれPEG200、PEG600、PEG1000を用いた親水性リグニン誘導体の平均分子量は、各々1530、2250、3060であった。以上のことから、親水性リグニン誘導体分子量は1000~3200程度が好ましく、より好ましくは1500~2300程度であると推測される。
【0098】
[試験例4:酵素活性維持効果確認試験(3)]
試験例1において、実施例1で調製した親水性リグニン誘導体の代わりに、PEG400を用いて調製した実施例2の親水性リグニン誘導体および比較例1にて調製したリグニン誘導体を用いる以外は、試験例1と同様にして、糖化試験を実施した。結果を
図5に示す。
【0099】
図5から、実施例2で調製した親水性リグニン誘導体の方が、比較例1で調製したリグニン誘導体よりもC6糖化率が高くなる傾向となった。この結果より、比較例1で調製したリグニン誘導体よりも実施例2で調製したリグニン誘導体の方が、酵素の活性向上効果が高いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明によれば、リグノセルロース系バイオマスから、親水性リグニン誘導体を含む液分画と疎水性リグニン誘導体を含む固形分画とを得ることができる。親水性リグニン誘導体を含む液分画は酵素安定化剤として有用であり、疎水性リグニン誘導体を含む固形分画は、機能性原料の製造原料として有用である。
【符号の説明】
【0101】
1…第一の反応槽、1a…アルカリ供給手段、1b…温度計、1c…リグノセルロース系バイオマス供給手段、1d…ポリアルキレングリコール供給手段、2…濾過装置、3…第二の反応槽、4…固液分離装置、5,6a,6b,7…配管、5a…ポンプ、100…酵素安定化剤の製造装置