(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】振動発電器及びエレクトレット
(51)【国際特許分類】
H02N 1/08 20060101AFI20230619BHJP
【FI】
H02N1/08
(21)【出願番号】P 2018159860
(22)【出願日】2018-08-29
【審査請求日】2021-07-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「極性分子配向薄膜を備えた新規振動発電器の創生」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】田中 有弥
(72)【発明者】
【氏名】石井 久夫
(72)【発明者】
【氏名】松浦 寛恭
【審査官】服部 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-120388(JP,A)
【文献】特開2012-205465(JP,A)
【文献】特開2018-130027(JP,A)
【文献】特開2018-088780(JP,A)
【文献】特開2008-161036(JP,A)
【文献】特開2006-213846(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0165355(US,A1)
【文献】特開2017-099208(JP,A)
【文献】国際公開第2016/204275(WO,A1)
【文献】特開2009-240872(JP,A)
【文献】特表2013-521664(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02N 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトレット電極に対向する対向電極を有する構成で誘導電荷を発生させ、前記エレクトレット電極又は前記対向電極を振動させることで、前記誘導電荷を移動させて発電する振動発電器のエレクトレット電極の製造方法であって、
前記エレクトレット電極が、少なくとも第1の電極及び第1の極性分子を有し、前記第1の電極上に真空蒸着によりAl(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有する前記第1の極性分子の薄膜を積層することを特徴とするエレクトレット電極の製造方法。
【請求項2】
前記第1の電極が、凹凸面を有し、前記凹凸面上に前記薄膜を積層することを特徴とする請求項1記載のエレクトレット電極の製造方法。
【請求項3】
前記第1の電極の凹凸面上に前記薄膜を切れ目なく積層することを特徴とする請求項2記載のエレクトレット電極の製造方法。
【請求項4】
エレクトレット電極に対向する対向電極を有する構成で誘導電荷を発生させ、前記エレクトレット電極又は前記対向電極を振動させることで、前記誘導電荷を移動させて発電する振動発電器であって、
前記エレクトレット電極が、少なくとも第1の電極及び第1の極性分子を有し、前記第1の電極上に
実質的にAl(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有する前記第1の極性分子
からなる薄膜が積層され
ることを特徴とする振動発電器。
【請求項5】
前記振動の方向が、前記エレクトレット電極から前記対向電極への方向であり、
前記第1の電極が、凹凸面を有し、前記凹凸面上に前記
薄膜が積層され、
前記対向電極が、凹凸面を有し、
前記第1の電極の凹凸面の凹凸と前記対向電極の凹凸面の凹凸とが前記振動の方向に対して直交方向に重畳して配置されることを特徴とする請求項
4記載の振動発電器。
【請求項6】
前記第1の電極の凹凸面上に前記
薄膜が切れ目なく積層されたことを特徴とする請求項
5記載の振動発電器。
【請求項7】
前記対向電極が、少なくとも第2の電極及び第2の極性分子を有し、前記第2の電極上に
実質的に前記第2の極性分子
からなる薄膜が積層されたことを特徴とする請求項
4から請求項
6のいずれかに記載の振動発電器。
【請求項8】
前記第2の極性分子が、Al(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有することを特徴とする請求項
7に記載の振動発電器。
【請求項9】
少なくとも凹凸面を有する基板及び第3の極性分子を有し、前記基板の凹凸面上に
実質的にAl(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有する前記第3の極性分子
からなる薄膜が切れ目なく積層されたことを特徴とするエレクトレット
。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電荷を打ち込む工程が不要で、表面電荷密度を向上できるエレクトレット及びそのエレクトレットを用いた振動発電器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
より安心・安全な社会を実現するために、トリリオンセンサーユニバースの構築が提唱されている。そこで、種々のセンサーを駆動するために、光や熱、振動といった身の周りにある微小なエネルギーから電気エネルギーを得る環境発電技術が注目を集めている。現在、様々なエネルギー変換デバイスが提案されているが、特に運動エネルギーから電気エネルギーを得ることができる静電誘導型の振動発電器が有望視されている。振動発電器には、エレクトレット(半永久的に電気分極を保持する物質)が導入されている。エレクトレットは振動発電器の出力を決定する重要な材料であり、その表面電荷密度の向上と作製プロセスの簡略化が望まれている。
【0003】
エレクトレットは誘電体に電荷を打ち込んだものであり、半永久的に静電場を発生させることができる材料のことである。このエレクトレットを作成するための代表的な方法として、コロナ放電法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
コロナ放電法での、エレクトレットの作製について説明する。
図1に示す直流コロナ放電装置400において、構造体10が形成された基板1を電極板41上に載置するとともに、電極針42を構造体10の電極板41と反対側の面の直上に配置し、電源40により高電圧を電極針42と電極板41との間に印加する。具体的には、室温において、10kVの電圧を電極針42と電極板41との間に30分間印加した。これにより、電極針42と構造体10との間の空気の絶縁破壊によるコロナ放電が生じ、構造体10を形成するエレクトレット膜の分子が分極し、電荷が集中して蓄積される。以上の工程を経てエレクトレットを作製していた。
【0005】
エレクトレットに電荷を打ち込む方式として、コロナ放電法以外にも、電子線照射法、熱ポーリング法、接触充電法などの様々な荷電処理プロセスが採用されてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
背景技術で説明した電荷を打ち込んでエレクトレットを作製する場合、高電圧電源、電極板、電極針等の設備が必要となり、又、高電圧を扱うので安全管理上の対策も必要で、荷電処理プロセスが煩雑で、生産性を下げるとともに、エレクトレットのコストが高くなるという問題点を有していた。また、高電圧(10kV)を長時間(30分)印加する必要があり、エレクトレットの作製に長時間を必要とし、この点でも、生産性を下げるという問題点を有していた。
【0008】
さらに、振動発電器の出力電力Pと、エレクトレットの表面電荷密度σとの間には、下記一般式が成立する。
【数1】
【0009】
エレクトレットとしての表面電荷密度σが小さくなると、振動発電器の出力電力Pは小さくなる。背景技術で説明した電荷を打ち込んでエレクトレットを作製した場合、エレクトレットとしての表面電荷密度σが小さいため、出力電力Pも小さく、振動発電器として使用用途が限定されてしまう。出力電力Pを大きくするためには、表面電荷密度σを大きくする必要があるが、そのためには、さらに多くの電荷を打ち込む必要があり、この点でも、生産性を下げるという問題点を有していた。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、エレクトレットを作製する際、誘電体に電荷を打ち込む工程が不要であるとともに、作製したエレクトレットの表面電荷密度を向上させ、出力電力が大きい振動発電器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一つの観点によれば、上記課題を解決するために、エレクトレット電極に対向する対向電極を有する構成で誘導電荷を発生させ、エレクトレット電極又は対向電極を振動させることで、誘導電荷を移動させて発電する振動発電器であって、エレクトレット電極が、少なくとも第1の電極及び第1の極性分子を有し、第1の電極上に第1の極性分子が積層されたものである。
【0012】
さらに、エレクトレット電極から対向電極の方向に対して、前記方向に振動する構成、又は、前記方向に対して垂直方向に振動する構成であると望ましい。
【0013】
さらに、対向電極が、少なくとも第2の電極及び第2の極性分子を有し、第2の電極上に第2の極性分子が積層された構成であると望ましい。
【0014】
さらに、第1の極性分子又は第2の極性分子が、Al(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有すると望ましい。
【0015】
また、本発明の他の観点によれば、エレクトレットの構成として、少なくとも基板及び第3の極性分子を有し、基板上に第3の極性分子が積層されたものである。
【0016】
さらに、第3の極性分子が、Al(7-Prq)3、OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPを有すると望ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、誘電体に電荷を打ち込む工程が不要で、表面電荷密度を向上できるエレクトレット及びそのエレクトレットを用いて出力電力を大きくできる振動発電器を提供できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、従来のコロナ放電法で、エレクトレットを作製する直流コロナ放電装置を示す図である。
【
図2】
図2は、各材料(極性分子、非極性分子)の膜厚と表面電位の関係を示す図である。
【
図3】
図3は、真空蒸着法によるエレクトレットの成膜イメージを示す図である。
【
図5】
図5は、エレクトレット電極の断面の他の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態例及び実施例を説明するが、本発明の実施形態は以下に説明する実施形態例及び実施例に限定されない。
【0020】
本発明は、極性分子の自発的な配向を利用し、例えば、真空蒸着法のみでエレクトレットの作製を可能にするものである。
【0021】
図2は、各材料の膜厚と表面電位の関係を示す図である(Y. Noguchi et al., J. Appl. Phys. 111, 114508 (2012).)。OXD-7、Alq3、TPBi又はBCPなどの極性分子は、膜厚が増加するほど表面電位が増加する点が示されている。また、非極性分子は、膜厚が増加しても、表面電位はほぼ零電位であり、自発的な配向が生じていないことを示している。なお、OXD-7、Alq3、TPBi、BCP以外にも各種の極性分子が知られている。例えば、Al(7-Prq)3、α-NPD、DACT-II、BAlq、Ir(ppy)2(acac)、Bpy-OXD、Gaq3、4CzIPN、4CzPn、2CzPN、Al(q-Cl)3は、代表的な極性分子であり、特にAl(7-Prq)3は、膜厚増加に対する表面電位の増加が大きいことが知られている。
【0022】
自発的な配向が生じる極性分子は、有機発光ダイオードで使用されている極性分子が主であり、これらの薄膜においては、その表面電位が膜厚に比例して増加し、100nmで数Vにも達する。この巨大な電位はGiant surface potential(GSP)と呼ばれている。しかも、GSPは10%減衰に約10年を要し、極めて保持時間が長い(K. Sugi et al., Thin Sold Films 464-465, 412 (2004).)。これは膜の表面と裏面に分極電荷が現れていることを意味しており、エレクトレットとみなすことができる。
【0023】
以下ではGSPを示す材料を自己組織化エレクトレット(Self-assembled electret(SAE))と呼ぶ。SAEを振動発電器のエレクトレットとして利用することが可能で、エレクトレットの荷電処理プロセスが不必要となり、エレクトレットの生産性が格段に向上するとともに、エレクトレットの低コスト化につながる。
【0024】
本発明のエレクトレットの作製方法として、各種の方法があるが、一例として、真空蒸着法によるエレクトレットの成膜イメージを
図3に示す。真空チャンバー内に、基板を配置して、極性分子である有機材料SAEを基板に吹き付け蒸着される構成である。シャドーマスクは極性分子の蒸着部位を規定するために設けてある。真空蒸着法で基板に極性分子SAEを蒸着させることで、半永久的に静電場を発生させることができ、エレクトレットを形成するものである。
【0025】
基板に極性分子を積層する方法としては、基板に極性分子を塗布する構成、基板に極性分子を貼りつける構成など、真空蒸着法以外の各種の構成が採用可能である。
【実施例】
【0026】
実際に、振動発電器を構成した一例を
図4に示す。aの振動発電器と、bの振動発電器が示されている。aの振動発電器、bの振動発電器の構造上異なる点は、陽極(対向電極)及び陰極(エレクトレット電極)の形状が異なり、陽極又は陰極の振動方向が異なる点であり、その他の構造は同一である。
【0027】
陽極側を基板と電極(Top electrode)で構成し、陰極側を基板、電極(Bottom electrode)とエレクトレット(極性分子)で構成した。陰極側は、基板、電極(Bottom electrode)の上にエレクトレットが積層されているが、上記の真空蒸着法を用いることで積層してもよいし、他の方法で積層してもよい。
【0028】
矢印は、陽極側の振動方向を示している。aの振動発電器は、陽極側を横方向に振動させ、bの振動発電器は、陽極側を縦方向に振動させる構成である。なお、振動方向は、振動発電器で発電できる限りにおいて、他の振動方向でもよく、陰極側を振動させてもよい。
【0029】
図4において、エレクトレットの陽極側は、マイナスの電荷が現れている。その結果、陽極側の電極にプラスの誘導電荷が発生する。そして、aの振動発電器は、陽極側を横方向、bの振動発電器は、陽極側を縦方向に振動させることに伴う静電容量の変化を利用し,誘導電荷を移動させて、電流を外部に取り出し発電する構成である。なお、エレクトレットの陽極側に、マイナスの電荷を発生させる構成に代えて、
図5に示すようにプラスの電荷を発生させることで、対向電極にマイナスの誘導電荷を発生させる構成でもよい。また、エレクトレットを陰極側に配置したが、陽極側に配置してもよく、又陰極側・陽極側の両方に配置してもよく、誘導電荷を発生できる構成ならば、エレクトレットの配置は、任意の配置に設定できる。
【0030】
なお、
図4のbの振動発電器は、エレクトレットを電極の凹凸面上に切れ目なく配置している。そのため、aの振動発電器に比べてbの振動発電器は、エレクトレットの設置面積を増加させることができる。その結果、誘導電荷が増加して、発電効率が向上する効果があり、振動発電器の出力電力をより大きくすることができる。
【0031】
従来のエレクトレットと、本発明のエレクトレットを実際に作製し、エレクトレットの表面電荷密度を推定した。また、
図4に示すaの振動発電器を実際に作製して、従来のエレクトレットの場合の最大出力電力と、本発明のエレクトレットの場合の最大出力電力を推定した。下記の表1に示すように、従来のエレクトレットの場合、表面電荷密度は2.0mC/m
2であるのに対して、本発明の真空蒸着法でエレクトレットを作成した場合、表面電荷密度は3.1mC/m
2となった。すなわち、本発明は表面電荷密度を1.5倍以上にできることを理論上確認した。なお、極性分子として、Al(7-Prq)3を採用したが、他の極性分子でも同様に、表面電荷密度を向上させることができる。次に、振動発電器の出力電力Pを比較すると、従来のエレクトレットを採用した振動発電器の最大出力電力は、6.0μWであるのに対して、本発明のエレクトレットを採用した振動発電器の最大出力電力は、14μWであり、本発明のエレクトレットを採用することで、最大出力電力を2倍以上にできることを理論上確認した。
【表1】
【0032】
本実施例の効果は、次のとおりである。
(1)本発明を利用することで、従来必要不可欠であった荷電処理プロセスを省略することができ、製造の高効率化、低コスト化を実現できるものである。
(2)表面電荷密度を向上できるので、振動発電器の出力電力Pも格段に向上できる。そのため、振動発電器としての使用用途が格段に広がることが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、電荷を打ち込む工程が不要で、表面電荷密度を向上できるエレクトレット及びそのエレクトレットを用いた振動発電器として産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0034】
1 基板
10 構造体
40 電源
41 電極板
42 電極針
400 直流コロナ放電装置