(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】グリース組成物を用いた転がり軸受
(51)【国際特許分類】
C10M 169/00 20060101AFI20230619BHJP
F16C 19/16 20060101ALI20230619BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20230619BHJP
C10M 107/02 20060101ALN20230619BHJP
C10M 137/04 20060101ALN20230619BHJP
C10M 137/10 20060101ALN20230619BHJP
C10M 115/08 20060101ALN20230619BHJP
C10M 159/24 20060101ALN20230619BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20230619BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20230619BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20230619BHJP
C10N 20/00 20060101ALN20230619BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20230619BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20230619BHJP
C10N 40/00 20060101ALN20230619BHJP
【FI】
C10M169/00
F16C19/16
F16C33/66 Z
C10M107/02
C10M137/04
C10M137/10 Z
C10M115/08
C10M159/24
C10N50:10
C10N40:02
C10N10:04
C10N20:00 Z
C10N30:06
C10N30:00 Z
C10N40:00 D
(21)【出願番号】P 2020203661
(22)【出願日】2020-12-08
(62)【分割の表示】P 2020523464の分割
【原出願日】2019-08-07
【審査請求日】2022-07-12
(31)【優先権主張番号】P 2018177607
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000114215
【氏名又は名称】ミネベアミツミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅井 佑介
(72)【発明者】
【氏名】山本 大貴
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 真太郎
【審査官】井上 明子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/061134(WO,A1)
【文献】特開平10-169657(JP,A)
【文献】特開2008-239687(JP,A)
【文献】特開2012-162657(JP,A)
【文献】特開2012-153803(JP,A)
【文献】特開2004-224823(JP,A)
【文献】特開2017-150615(JP,A)
【文献】特開2016-222813(JP,A)
【文献】特開2011-1517(JP,A)
【文献】特開2016-196553(JP,A)
【文献】特開平10-130682(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00-80/00
F16C 19/16
F16C 33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリース組成物が封入されている転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、内輪と、外輪と、複数の転動体と、保持器とを備え、
前記グリース組成物は、ポリアルファオレフィンと、脂環-脂肪族ジウレア化合物と、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種と、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種と、
酸化防止剤、金属不活性剤、摩耗防止剤(耐摩耗剤)、及び油性向上剤からなる群から選択される少なくとも一種の添加剤からなり、
前記グリース組成物の全量に対して、
ポリアルファオレフィンを70~85質量%の量にて、
脂環-脂肪族ジウレア化合物を10~16質量%の量にて、
トリフェノキシホスフィンスルフィド又はトリクレジルホスフェートを、あるいはこれらを併用する場合はその合計量として、0.5~3質量%の量にて、
過塩基性カルシウムスルホネート又はバリウムスルホネートを、あるいはこれらを併用する場合はその合計量として、0.5~3質量%の量にて、それぞれ含有してなる、
転がり軸受。
【請求項2】
前記保持器は、樹脂製冠形保持器である、
請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記グリース組成物は、その混和ちょう度が200~260である、
請求項1又は請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記過塩基性カルシウムスルホネートの塩基価が20~500mgKOH/gである、
請求項1~3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記グリース組成物は、トリフェノキシホスフィンスルフィド、及び、バリウムスルホネートを含有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物を封入した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
モータに組付けられた転がり軸受は、モータの稼働によって微小振動を受けると、軸受軌道面と転動体との接触部でフレッチング摩耗が発生し、異音の発生や摩耗部の剥離といった不具合につながる問題が懸念される。
転がり軸受のフレッチング摩耗を抑制・低減するために、例えば特許文献1には、増ちょう剤として芳香族ジウレア化合物、基油として合成炭化水素油を含み、増ちょう剤の凝集体の最大径を20~150μmとしたグリース組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
自動車向けに使用されるファンモータや高速モータ等の小型モータに使用される転がり軸受として、例えば外径30mm以下の所謂小径玉軸受がある。例えば、モータなどの部品の製造工場と、この部品が輸送される組立工場とは、数百キロメータから数千キロメータ離れていることが多い。このため、輸送時の振動(例えば悪路走行時の振動)による衝撃で部品に組み込まれる転がり軸受にフレッチング摩耗(以下、インパクトフレッチング摩耗という)が発生してしまう。
【0005】
本発明は、このような状況に鑑みなされたものであって、インパクトフレッチング摩耗が低減され、音響特性に優れた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、ポリアルファオレフィンと脂環-脂肪族ジウレア化合物を含むグリース組成物において、特定の添加剤の組み合わせ、すなわちトリフェノキシホスフィンスルフィドと過塩基性カルシウムスルホネートとを組み合わせて配合したグリース組成物を用いることにより、耐フレッチング摩耗特性に特に優れる転がり軸受を提供できること、さらには低温下での音響特性にも優れ、耐熱性を有する転がり軸受となることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち本発明の一態様は、グリース組成物が封入されている転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、内輪と、外輪と、複数の転動体と、保持器とを備え、
前記グリース組成物は、ポリアルファオレフィンと、脂環-脂肪族ジウレア化合物と、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種と、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種を含有してなる、
転がり軸受に関する。
【0008】
中でも本発明の好ましい態様として、前記保持器は、樹脂製冠形保持器である転がり軸受をあげることができる。
【0009】
また、前記グリース組成物は、その混和ちょう度が200~260であるグリース組成
物であることが好ましい。
【0010】
さらに、前記過塩基性カルシウムスルホネートは、20~500mgKOH/gの塩基価を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ポリアルファオレフィンと脂環-脂肪族ジウレア化合物を含有するグリース組成物において、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種と、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種とを組み合わせて配合することにより、これを封入した転がり軸受において、衝撃試験後において優れた音響性能を実現できるともに、低温保持後並びに高温保持後においても良好な音響性能を実現できる。
したがって本発明により、耐フレッチング摩耗特性に特に優れ、ひいては長寿命な製品の提供を可能とし、また、低温音響特性に優れ、低騒音化を実現でき、耐熱性を有する転がり軸受を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の転がり軸受の構造を説明する模式図である。
【
図2】(a)、(b)は、転がり軸受に使用される冠形保持器及び波型保持器を示す図である。
【
図3】実施例で用いた加振機(振動試験装置)の概念図である。
【
図4】(a)、(b)及び(c)は、それぞれ実施例1、実施例10及び実施例11において、振動試験実施後の転がり軸受のレース面の観察結果を示す図である。
【
図5】(a)、(b)及び(c)は、それぞれ例5、例6及び例7において、振動試験実施後の転がり軸受のレース面の観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
前述したように、転がり軸受はこれが組み込まれた状態で輸送がなされると、輸送時の振動・衝撃による微小振動を繰り返し受け、インパクトフレッチング摩耗が発生し、輸送後において異音やはく離等の不具合を引き起こす場合がある。
一般に広く認識されているフレッチングとは、ASTM D4170試験において再現されるような、軸受を高速で微小揺動した際に生じる摩耗をいう。揺動角は、例えば12度である。
これに対しインパクトフレッチングとは、貨物輸送などの際に生じる衝撃(微小振動)により発生する摩耗を指す。インパクトフレッチングでは、軸受の転動体と内輪・外輪との接触面の略法線方向に衝撃が加わる際、グリースを介さずに金属面同士が接触することで、特徴的な半月状の摩耗痕(例えば後述する例5~例7で確認された
図5(a)~(c)に示す摩耗痕)が生じる。
【0014】
また近年、普及が進むハイブリッド車や電気自動車は、駆動源をモータにしたことにより、従来のガソリン車と比べて静粛性が大きく改善されている。これに伴い、車室内の騒音レベル低減にも目が向けられ、車載用空調処理(「Heating Ventilation and Air Conditioning」。「HVAC」とも言う。)システムにおける音響性能の改善が目標となっている。加えて車載用の場合、低温環境下(例:-40℃)における性能も重要視される。
こうした問題を解決するべく、本発明者らは、特に耐フレッチング摩耗特性に優れる転がり軸受の構成を、該軸受内に封入するグリース組成物の観点から検討したところ、ポリアルファオレフィンと脂環-脂肪族ジウレア化合物を含有するグリース組成物において、これまで防錆添加剤としての使用が知られている過塩基性カルシウムスルホネートと極圧添加剤であるトリフェノキシホスフィンスルフィドとを組み合わせたグリースの配合が、微小振動環境におけるインパクトフレッチング摩耗の抑制に有効であることを初めて見出
した。さらにはこのグリースの配合により、低温下での音響特性にも優れ、耐熱性を有する転がり軸受となることを見出した。
【0015】
本発明に係る転がり軸受は、下記に説明するように、特に特定の添加剤を組み合わせて配合したグリース組成物を封入してなることを特徴とする。以下具体的に説明する。
【0016】
[転がり軸受]
まず以下に添付図面を参照して、本発明に係る転がり軸受の好ましい実施形態について詳細に説明する。なお、以下の実施形態により本発明が限定されるものではない。
【0017】
図1は、本発明の好ましい実施形態の転がり軸受(玉軸受)10の径方向の断面図である。転がり軸受10は、従来技術の転がり軸受と同様の基本構造を有するものであって、環状の内輪11と外輪12と複数の転動体13と保持器14とシール部材15とを具備する。
内輪11は、図示を省略するシャフトの外周側に、その中心軸と同軸に設置される円筒形の構造体である。外輪12は、内輪11の外周側で、内輪11と同軸に配置される円筒形の構造体である。複数の転動体13の各々は、内輪11と外輪12との間に形成される軸受空間(環状の空間)16内の軌道に配置された球体(玉)である。すなわち、本実施形態における転がり軸受10は玉軸受である。
保持器14は、軌道内に配置されて複数の転動体13を保持する。保持器14は、シャフトの中心軸と同軸に設置される環状体であり、中心軸の方向における一方の側に、転動体13を保持するための複数のポケット(凹部)を備え、各ポケット内に転動体13が収容された構造を有する。
シール部材15は、外輪12の内周面から内輪11側に突起し、軸受空間16を外部から遮断し、密封する。シール部材15により密封された軸受空間16には、グリース組成物Gが封入されている。
以上の構成を有する転がり軸受10において、グリース組成物Gは、転動体13と保持器14との間、および、転動体13と内輪11ないし外輪12との間における摩擦を低減するように作用している。
図1に示される構成から解るように、転がり軸受10に封入されたグリース組成物Gは、転がり軸受10が回転する際に、転動体13と内輪11ないし外輪12との間に侵入することになる。
【0018】
上記保持器14は、その形状(冠形(
図2(a))や波形(
図2(b))等)や材質(鋼板製あるいは樹脂製等)は任意であり、特定の形状や材質に限定されない。なお
図1に示す転がり軸受10において図示された保持器14は冠形保持器に対応する。
【0019】
図2に示すように、冠形の保持器21は、転がり軸受10(図示せず)の中心軸(回転軸)を中心とする円筒形の環状部材24を有する。環状部材24は外周面及び内周面と、外周面及び外周面を連結する2つの端面24aを有する。環状部材24の一方の端面24aには、玉(転動体13、図示せず)を回転可能に収容する複数のポケット(凹部)25が、周方向に沿って所定間隔で形成される。更に、環状部材24は、各ポケット25の両端部に、上記一方の端面24aから延びる一対の爪26(26a、26b)を備える。一対の爪26は、各ポケット25に収容される玉の曲面に沿うように、互いに近づくように湾曲しており、これにより、各ポケット25に収容される玉の脱落を防止することができる。
また、波形の保持器31は、玉(転動体13、図示せず)に倣ったポケット35を周方向に沿って所定間隔で形成するように、鋼板をプレス成形した2つの部品36、37を有する。波形の保持器31において、玉は、組立時にポケット35の位置で玉が2つの部品36、37で挟み込まれ、一方の部品36に設けられた爪38を他方の部品37にかしめて固定される。
中でも、転動体(玉)とのクリアランスが狭い冠形保持器は低騒音の用途に好適であり、本発明にあっては、樹脂製冠形保持器を用いることでより低温における音響特性を優れたものとすることができるため好適である。
【0020】
[グリース組成物]
次に、本発明の転がり軸受に封入されるグリース組成物について説明する。
【0021】
<基油:ポリアルファオレフィン>
本発明で使用するグリース組成物は、基油としてポリアルファオレフィン(ポリ-α-オレフィン、PAO)を使用する。
上記ポリアルファオレフィンにおいて、その動粘度の値は特に限定されないものの、低温起動時における異音の発生や、高温下で油膜が形成され難いために起こる焼付といった不具合を考慮すると、40℃における動粘度が20~150mm2/sの範囲、例えば30~150mm2/sの範囲、特に40~100mm2/sの範囲にあるものを挙げることができる。
上記グリース組成物の全量に対するポリアルファオレフィンの割合は70~90質量%とすることができ、例えば75~95質量%、75~85質量%とすることができる。
【0022】
<増ちょう剤:脂環-脂肪族ジウレア化合物>
本発明で使用するグリース組成物は、増ちょう剤としてウレア系増ちょう剤の一種であるジウレア化合物を添加する。
ウレア系増ちょう剤は、耐熱性、耐水性ともに優れ、特に高温での安定性が良好なため、高温環境下での適用箇所において増ちょう剤として好適に用いられている。なおウレア系増ちょう剤としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、ポリウレア化合物などのウレア化合物が挙げられるが、特に、音響特性(静音性)の点から、本発明においてはジウレア化合物が好ましく用いられる。
ジウレア化合物の種類としては、脂環-脂肪族ジウレア化合物が挙げられる。本発明において、ジウレア化合物として脂環-脂肪族ジウレア化合物を含むジウレア化合物を用いることができる。
【0023】
中でも本発明に適したジウレア化合物として、下記一般式(1)で表される化合物を挙げることができる。
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3・・・(1)
上記式(1)中、R1及びR3のうち一方は一価の脂肪族炭化水素基を表し、他方は一価の脂環式炭化水素基を表す。
またR2は、二価の芳香族炭化水素基を表す。
【0024】
上記一価の脂肪族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至26の直鎖状又は分枝鎖状の飽和又は不飽和のアルキル基が挙げられる。
上記一価の脂環式炭化水素基としては、例えば炭素原子数5乃至12のシクロアルキル基が挙げられる。
また上記芳香族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至20の一価又は二価の芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0025】
ジウレア化合物は、アミン化合物とイソシアネート化合物を用いて合成可能である。
ここで使用するアミン化合物として、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミンなどに代表される脂肪族アミンや、シクロヘキシルアミンなどに代表される脂環式アミンが用いられる。
またイソシアネート化合物として、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシア
ネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネートなどが用いられる。
なお、アミン原料として芳香族モノアミンと芳香族ジイソシアネートとを用いて得られる芳香族ジウレア化合物を増ちょう剤として用いた場合は、異音が発生するおそれがあるため、使用を控えたほうが良い。
【0026】
上記ジウレア化合物は、グリース組成物の全量に対して5~20質量%の量にて使用することが好ましい。
【0027】
<添加剤>
本発明で使用するグリース組成物は、極圧添加剤の一種として使用される、トリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS)及びトリクレジルホスフェート(TCP)のうち少なくとも一種を配合する。
上記トリフェノキシホスフィンスルフィド又はトリクレジルホスフェート(これらを併用する場合はその合計量として)は、グリース組成物の全量に対して、0.1~10質量%、好ましくは0.1~5質量%、例えば0.5~3質量%の量にて使用することが好ましい。
【0028】
また上記グリース組成物は、防錆添加剤として知られる、過塩基性のカルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種を用いる。
本発明において、「過塩基性」とは、当該化合物の塩基価(全塩基価(Total Base Number;TBN)とも呼称する)が20mgKOH/g以上であることを指す。
なお塩基価はJIS K2501などに定められた測定方法により測定され、試料1g中に含まれている全塩基成分(弱塩基及び強塩基)を中和するのに要する塩酸または過塩素酸と、当量の水酸化カリウムのミリグラム(mg)数をいい、全アルカリ価ともいう。
本発明で使用する過塩基性のカルシウムスルホネートは、塩基価が20mgKOH/g~500mgKOH/gであるものを好適に使用でき、たとえば20mgKOH/g~450mgKOH/gであるもの、あるいは20mgKOH/g~410mgKOH/gであるものを使用できる。
上記過塩基性カルシウムスルホネート又はバリウムスルホネート(これらを併用する場合はその合計量として)は、グリース組成物の全量に対して、0.1~10質量%、好ましくは0.1~5質量%、例えば0.5~3質量%の量にて使用することが好ましい。
【0029】
<その他添加剤>
また、グリース組成物には、上記必須成分に加えて、必要に応じてグリース組成物に通常使用される添加剤を、本発明の効果を損なわない範囲において含むことができる。
このような添加剤の例としては、酸化防止剤、極圧剤、金属不活性剤、摩擦防止剤(耐摩耗剤)、錆止め剤、油性向上剤、粘度指数向上剤、増粘剤などが挙げられる。
これらその他の添加剤を含む場合、その添加量(合計量)は、通常、グリース組成物の全量に対して0.1~10質量%である。
【0030】
例えば上記酸化防止剤としては、例えばオクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、ペンタエリスリトールテトラキス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,4-ビス-(n-オクチルチオ)-6-(4-ヒドロキシ-3,5-ジ-t-ブチルアニリノ)-1,3,5-トリアジン、1,3,5-トリメチル-2,4,6-トリス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)ベンゼン、トリエチレングリコール-ビス[3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、1,6-ヘキサンジオール-ビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロ
ピオネート]、2,2-チオ-ジエチレンビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、N,N’-ヘキサメチレンビス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロシンナミド)等のヒンダードフェノール系酸化防止剤、2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール、および4,4-メチレンビス(2,6-ジ-t-ブチルフェノール)等のフェノール系酸化防止剤、ジフェニルアミン、ジアリールアミン、トリフェニルアミン、フェニル-α-ナフチルアミン、アルキル化フェニル-α-ナフチルアミン、フェノチアジン、アルキル化フェノチアジン等のアミン系酸化防止剤等が挙げられる。
【0031】
また極圧剤としては、例えばリン酸エステル、亜リン酸エステル、リン酸エステルアミン塩等のリン系化合物、スルフィド類、ジスルフィド類等の硫黄系化合物、塩素化パラフィン、塩素化ジフェニル等の塩素系化合物、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、ジアルキルジチオカルバンミン酸モリブデン等の硫黄系化合物の金属塩等が挙げられる。
【0032】
金属不活性剤としては、例えばベンゾトリアゾール系化合物[例えば、ベンゾトリアゾール、1-[N,N-ビス(2-エチルヘキシル)アミノメチル]-ベンゾトリアゾール、1-[N,N-ビス(2-エチルヘキシル)アミノメチル]-4-メチルベンゾトリアゾール等]、チアジアゾール系化合物[例えば、チアジアゾール、2-メルカプトチアジアゾール、2,5-ビス(アルキルジチオ)-1,3,4-チアジアゾール等]、ベンゾイミダゾール系化合物[例えば、ベンゾイミダゾール、2-メルカプトベンゾイミダゾール、2-(デシルジチオ)-ベンゾイミダゾール等]、亜硝酸ソーダ等が挙げられる。
【0033】
また耐摩耗剤は高分子エステルを挙げることができる。
上記高分子エステルとしては、例えば脂肪族1価カルボン酸及び2価カルボン酸と、多価アルコールとのエステルが挙げられる。上記高分子エステルの具体例としては、例えばクローダジャパン社製のPRIOLUBE(登録商標)シリーズなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
本発明で使用するグリース組成物は、上記基油(ポリアルファオレフィン)、増ちょう剤(脂環-脂肪族ジウレア化合物)、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種、並びに、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種を所定の割合となるように混合し、所望によりその他添加剤を配合して得ることができる。
また、ポリアルファオレフィンと脂環-脂肪族ジウレア化合物からなるウレア系グリースと、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種、並びに、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種と、所望によりその他添加剤とを配合し、グリース組成物を得ることもできる。
通常、グリースに対する増ちょう剤の含有量は10~30質量%程度であり、例えば上記のウレア系グリースに対するジウレア化合物(ウレア系増ちょう剤)の含有量は10~20質量%とすることができる。
【0035】
本発明で使用するグリース組成物は、好ましくはその混和ちょう度が200~260である。
【0036】
本発明の転がり軸受は、自動車、家電機器、情報機器等の小型モータ(例えば、ブラシレスモータ、ファンモータ)の転がり軸受として使用されるのが好ましい。
中でも、本発明の転がり軸受は、自動車の、特に車載HVAC用のブロワファンや、ラジエータのクーリングファン等における小型モータにおいて、自動車の輸送時において発生し得るインパクトフレッチング摩耗の抑制、並びに、低温下での騒音の低減に効果を発
揮し得る。
【0037】
本発明は、本明細書に記載された実施形態や具体的な実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範囲内で種々の変更、変形が可能である。
例えば、上記実施形態及び下記実施例では、転がり軸受として玉軸受を挙げたが、本発明はこれに限定されるものではなく、他の転がり軸受、たとえばころ軸受、針軸受、円錐ころ軸受、球面ころ軸受、スラスト軸受等や、自動車の車軸支持軸受のような軸受ユニットにも適用可能である。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例により、さらに詳しく説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
〔グリース組成物の調製〕
下記各表に示す配合量にて実施例1乃至実施例11、並びに例1乃至例11に使用するグリース組成物を調製した。
【0040】
なおグリースの調製に用いた各成分の詳細及びその略称は以下のとおりである。
(a)基油
・ポリアルファオレフィン(40℃における動粘度:48mm2/s)
・ポリアルファオレフィン(40℃における動粘度:100mm2/s)
・エステル油:東京化成工業(株)製、トリメリット酸トリス(2-エチルヘキシル)(40℃における動粘度:100mm2/s)
・鉱油(40℃における動粘度:40mm2/s)
(b)増ちょう剤
・脂環-脂肪族ジウレア化合物:ジフェニルメタンジイソシアネートと、シクロヘキシルアミン及びステアリルアミンとから合成されるジウレア化合物(シクロヘキシルアミン:ステアリルアミン=3:7(モル比))
(c)添加剤
(c1)極圧添加剤
・トリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS):BASFジャパン(株)製、IRGALUBE TPPT
・ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP):(株)ADEKA製、アデカキクルーブZ112
・トリクレジルホスフェート(TCP):富士フイルム和光純薬(株)製、リン酸トリトリル
(c2)防錆添加剤
・Caスルホネート(TBN405):塩基価405mgKOH/g、Chemtura社製、Bryton C400
・Caスルホネート(TBN24):塩基価24mgKOH/g、(株)MORESCO製、モレスコアンバーSC-45
・Caスルホネート(TBN0):塩基価0mgKOH/g、(株)MORESCO製、モレスコアンバーSC-45N
・Caスルホネート(TBN505):塩基価505mgKOH/g、Chemtura社製、Bryton C500
・Baスルホネート:(株)MORESCO製、モレスコアンバーSB-50N
(c3)その他添加剤
・金属不活性剤:ベンゾトリアゾール系化合物、城北化学工業(株)製、BT-LX
・酸化防止剤:ジアリールアミン系酸化防止剤、BASFジャパン(株)製、IRGANOX L57
なおその他添加剤は、実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11の各グリース組成物(全質量)に対して、上記金属不活性剤、酸化防止剤をあわせて3質量%となるように添加した。
【0041】
また以下の試験評価に用いた転がり軸受は以下のとおりである。
・転がり軸受:鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)
・保持器:樹脂製冠形保持器 又は 波形鋼板保持器
【0042】
実施例1乃至実施例11、例1乃至例11のグリース組成物が封入された転がり軸受について、以下の手順を用いて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響評価)、耐フレッチング摩耗特性として衝撃試験後の音響特性(インパクトフレッチング評価)、並びに、高温保持後の音響特性(耐熱性評価)について、それぞれ評価した。以降の説明において、グリース組成物の例番号を、これを封入した転がり軸受の性能評価の例番号としても扱うものとする。
なお、上記実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11のグリース組成物の混和ちょう度を、JIS K 2220 7に従い測定した。
【0043】
<試験方法>
1.低温軸受音響評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%~35%で封入した。
この玉軸受を-40℃に保持した後、直ちに音響特性を評価した。
上記の玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、回転速度1,800rpmで回転させ、後述する手順にて音響評価試験を行った。
【0044】
2.インパクトフレッチング評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%~35%で封入した。
この玉軸受を
図3に示す構成で加振機にセットして振動試験を実施した。振動試験は、外輪に対してスプリングにて50Nの予圧をかけ、またシャフトと玉軸受にアキシアル方向から4Nの重りをかけ、室温、周波数10Hz、加速度3G、ストローク15mm、試験時間4時間の条件で実施した。
振動試験実施後の玉軸受を加振機から取り出し、続いて音響特性を評価した。
上記の玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、室温にて、回転速度1,800rpmで回転させ、後述する手順にて音響評価試験を行った。
【0045】
3.耐熱性評価
鋼シールド付き玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)に、試験グリース組成物を、軸受容積の25%~35%で封入した。
この玉軸受をハウジングにセットして、軸受内径にシャフトを挿入して、外輪に対してアキシアル方向より39Nの予圧をかけた後、試験用モータの回転軸にシャフトを結合し、玉軸受が内輪回転するようにした。
ついで、前記ハウジングを140℃に加熱した状態で回転速度3,000rpmで200時間回転させた後に、下記手順にて音響評価試験を行った。
【0046】
[音響評価]
各試験グリース組成物を使用した玉軸受の音響性能を、アンデロンメータを用いて、Mバンド(300~1800Hz)のアンデロン値を測定することにより評価した。
詳細には、上述の予圧、温度条件及び回転数の条件にて回転を開始し、回転開始1分後(耐熱性評価の場合には200時間の回転後)の時点において、玉軸受の外輪の外周に半径方向にて速度型ピックアップを接触させ、外輪に伝わる機械的振動を検出してアンデロン値を算出し、以下の基準にて各試験における音響性能を評価した(測定上のアンデロン値の最大値:50)。実施例1乃至実施例11並びに例1乃至例11の試験グリースにつき、それぞれ6個の玉軸受を用いて試験を行い、アンデロン値の平均値を求め、評価に供した。なお、Mバンドの周波数:300~1800Hzは、人にとって耳障りな音と言われている。
<評価基準(1)低温軸受音響評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が2を超えると騒音が顕著となるため、2以下を好適と評価する。さらにアンデロン値が1未満となると、静粛性が向上するため、最適と評価する。
E(最適):アンデロン値が1未満
A(好適):アンデロン値が1以上2以下
N(不適):アンデロン値が2超
<評価基準(2)インパクトフレッチング評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が0.5を超えると異音(傷音)が顕著となるため、0.5以下を好適とする。
A(好適):アンデロン値が0.5以下
N(不適):アンデロン値が0.5超
<評価基準(3)耐熱性評価>
本実施例の試験条件において、アンデロン値が2を超えると騒音が顕著となるため、2以下を好適と評価する。
A(好適):アンデロン値が2以下
N(不適):アンデロン値が2超
【0047】
結果を表1(実施例1乃至実施例11)及び表2(例1乃至例11)に示す。なお、表中の配合量:質量%は組成物の全質量に対する値である。
【0048】
【0049】
【0050】
表1に示すように、保持器を備える転がり軸受において、ポリアルファオレフィンと、脂環-脂肪族ジウレア化合物を含有し、そしてTPPS(トリフェノキシホスフィンスルフィド)とCaスルホネート(塩基価:405、24mgKOH/g)を含有するグリース組成物(実施例1乃至実施例7)、又はTCP(トリクレジルホスフェート)とCaスルホネート(塩基価:405mgKOH/g)を含有するグリース組成物(実施例8及び実施例9)、TPPSとBaスルホネートを含有するグリース組成物(実施例10)、そしてTCPとBaスルホネートを含有するグリース組成物(実施例11)を用いることで、保持器の種類によらず、低温保持後の音響特性(低温軸受音響評価におけるアンデロン値:0.2~1.8)及び耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2~0.5)の双方の特性に優れ、また高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:1.2~1.8)にも優れることが確認された。
また、混和ちょう度が200~260の範囲(実施例1乃至実施例11)、防錆剤の過塩基性Caスルホネートの塩基価が20~500mgKOH/gの範囲(実施例1乃至実施例9)にあるグリース組成物を用いることで、低温保持後の音響特性、耐フレッチング摩耗特性、高温保持後の音響特性が優れたものとなることが確認された。
なお、保持器として樹脂製冠形保持器を用いた実施例2は、低温軸受音響評価における
アンデロン値が0.2(評価:E(最適))となり、同一処方のグリース組成物を用いた波形鋼板保持器(実施例1)を使用した場合の同アンデロン値:1.2(評価:A(好適))と比べてアンデロン値がより低く抑えられ、低温保持後の音響特性により優れることが確認された。
【0051】
一方、ポリアルファオレフィンに替えて基油としてエステル油を用いた例1及び例2にあっては、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)は満足できる結果となったものの、低温軸受音響評価におけるアンデロン値がいずれも2をはるかに超えた値となり、低温保持後の音響特性に欠ける結果となった。また、高温保持後の音響特性も悪化し(アンデロン値が2を上回る)、耐熱性に欠ける結果となった。
すなわち、基油としてポリアルファオレフィンを採用したグリース組成物とすることで、これを用いた転がり軸受は、低温保持後の音響特性に優れ、耐熱性も有するものとなることが確認された。
【0052】
防錆添加剤として、塩基価が0mgKOH/gのCaスルホネートを用いた例3は、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:0.2)は非常に優れるものの、実施例2と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化し(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.6)、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.5)も悪化した。
また、防錆添加剤として、塩基価が505mgKOH/gの過塩基性Caスルホネートを用いた例4は、実施例2と比べて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:1.5)はやや劣るものの十分に良好な結果となり、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)も同等の評価を得たものの、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.5)は大きく悪化する結果となった。
【0053】
なお、例3(Caスルホネートの塩基価0mgKOH/g)、実施例5(同24mgKOH/g)、実施例2(同405mgKOH/g)、及び例4(同505mgKOH/g)の比較より、カルシウムスルホネートを過塩基性とすることで耐フレッチング摩耗特性は向上し、塩基価が高いほど、耐フレッチング摩耗特性は良好となる傾向がみられた。しかし高温保持後の音響特性に関しては、塩基価が高くなりすぎると却って特性が悪化する傾向がみられた。
塩基価成分はスラッジ分散能力を有することが知られており、塩基価成分が少ない(例3)と、耐熱性試験で生成した劣化物は十分に分散せず、該劣化物の凝集などにより、軸受の異音を発生させることが確認された。一方、塩基価成分が多すぎても、塩基価成分に由来する灰分の増加に伴い、無機物の凝集によって軸受の異音を発生させることが確認された(例4)。
以上の結果から本発明のグリース組成物において、カルシウムスルホネートの塩基価はは20~500mgKOH/gが好適であることが確認できる。
【0054】
また、極圧添加剤をTPPS(トリフェノキシホスフィンスルフィド)に替えてZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)とした例7にあっては、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特性におけるアンデロン値:0.4)は非常に優れるものの、実施例2と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.6)し、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.2)も悪化した。
また、極圧添加剤としてZnDTPを採用した場合、防錆添加剤をBaスルホネートとした例5及び例6にあっても、低温保持後の音響特性は満足できる結果となったものの(低温軸受音響評価におけるアンデロン値:1.5(例5)、0.5(例6))、実施例1
0および実施例11と比べて、耐フレッチング摩耗特性が悪化(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:いずれも0.6)し、また、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:3.0(例5)、2.5(例6))も悪化した。
ここで
図4及び
図5に、実施例1、実施例10、実施例11、例5、例6及び例7における振動試験実施後の軸受レース面の観察結果を示す(
図4(a)実施例1、(b)実施例10、(c)実施例11;
図5(a)例5、(b)例6、(c)例7)。
図4及び
図5に示す通り、振動試験実施後において、実施例1、実施例10及び実施例11のレース面に生じた傷は極めて軽微(走査型白色干渉計により測定された最大谷深さが1μm以下)であるのに対し、例5~例7においてはインパクトフレッチング摩耗に伴う深く(同3μm以上)、100μm以上にも到達する長い傷がみられ、これが音響特性に影響を与えたとみられることが確認できる。
また、防錆添加剤としてCaスルホネートを用い、極圧添加剤としてTPPS(実施例1、
図4(a))、又はZnDTP(例7、
図5(c))を用いた場合、ZnDTPを使用した例7の傷の方が明らかに大きいことがわかる。さらに、防錆添加剤をBaスルホネートとし、極圧添加剤をTPPS(実施例10、
図4(b))、TCP(実施例11、
図4(c))、ZnDTP(例6、
図5(b))とした場合においてもレース面の傷の違いは明らかであり、ZnDTPを使用した例6の傷の方が実施例10および11の傷よりも大きい。例5(
図5(a))のように例6と保持器が異なる場合でもその差は明確であった。
以上の結果より、トリフェノキシホスフィンスルフィド及びトリクレジルホスフェートのうち少なくとも一種と、過塩基性のカルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種の組み合わせを用いたグリース組成物により、耐フレッチング摩耗特性を優れたものにすることが確認された。
【0055】
さらに、グリース組成物の混和ちょう度が280である例8は、耐フレッチング摩耗特性(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.2)及び高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:1.5)ともに、実施例2と同等の結果となったものの、低温軸受音響評価におけるアンデロン値が10となり、低温保持後の音響特性が大きく悪化する結果となった。これは例8のグリース組成物は軟質であるためグリース粘度が下がり、チャーニング(軸受動作時にグリースが軸受内部で絶えずかき混ぜられた状態となること)によって保持器の自励振動が発生したと考えられる。
他方、グリース組成物の混和ちょう度が180である例9は、硬質のため離油量が少なくなり、インパクトフレッチング時の接触面への潤滑油の供給が減り、インパクトフレッチング摩耗が発生した。また高温保持後においては、硬質のために基油滲み出しが少なく潤滑性が低くなることに加え、増ちょう剤を起因とする異音の発生のために、音響特性が悪化したと考えられる。
【0056】
そして、基油として鉱油を用いた例10及び例11は、ポリアルファオレフィンを用いた実施例2及び実施例10と比べて、低温保持後の音響特性(低温軸受音響特評価におけるアンデロン値:いずれも1.5)はやや劣るものの十分に良好な結果となった。ただ、実施例2及び実施例10と比べて耐フレッチング摩耗特性が悪化し(インパクトフレッチング評価におけるアンデロン値:0.8(例10)、1(例11))、高温保持後の音響特性(耐熱性試験におけるアンデロン値:2.2(例10)、3.2(例11))も悪化した。
【0057】
なお、実施例1及び実施例2の比較にて述べたように、例1及び例2、並びに例5及び例6の比較からも、波形鋼板保持器(実施例1、例1、例5)に比べて、樹脂製冠形保持器(実施例2、例2、例6)は、低温軸受音響評価におけるアンデロン値が低く抑えられ、低温保持後の音響特性に関して良好な結果となったことが確認された。
これは、熱膨張係数は鋼板よりも樹脂の方が大きいため、-40℃の低温では樹脂製保
持器は鋼板保持器よりも縮む割合が大きくなる。このため、樹脂製保持器では鋼板保持器よりもポケット-ボール間の隙間が小さくなり、低温音響特性が良好となる。
このように樹脂と金属の熱膨張の差が異なるため、樹脂製保持器の方が低温音響特性に有利に働く。
なお、耐熱性試験における音響特性の悪化は、熱膨張の差よりも、グリースの劣化による粘度上昇が主要因となると考えられる。
【0058】
以上の通り、ポリアルファオレフィンと脂環-脂肪族ジウレア化合物(ウレア系増ちょう剤)とを含有し、そしてトリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS)及びトリクレジルホスフェート(TCP)のうち少なくとも一種と、過塩基性カルシウムスルホネート及びバリウムスルホネートのうち少なくとも一種とを含有するグリース組成物は、これを封入してなる転がり軸受において、耐フレッチング摩耗特性に優れ、また低温における音響特性を優れたものとすることができ、耐熱性にも優れる、転がり軸受の提供を実現できることが見出された。
【0059】
以上、最良の実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれものである。
【符号の説明】
【0060】
G…グリース組成物、 10…転がり軸受、 11…内輪、 12…外輪、 13…転動体、 14…保持器、 15…シール部材、 16…軸受空間
21…冠形保持器、 24…環状部材 (24a…端面)、 25…ポケット(凹部)、 26(26a、26b)…爪
31…波形保持器、 35…ポケット、 36、37…部品、 38…爪