(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】オイルリング用線
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230619BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20230619BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20230619BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20230619BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20230619BHJP
C21D 9/40 20060101ALN20230619BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C21D8/06 A
C22C38/46
F02F5/00 B
F02F5/00 E
F02F5/00 N
F02F5/00 301B
C21D1/06 A
C21D9/40 A
(21)【出願番号】P 2021067235
(22)【出願日】2021-04-12
【審査請求日】2022-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000110147
【氏名又は名称】トクセン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大谷 圭
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-050649(JP,A)
【文献】特開2015-108417(JP,A)
【文献】特開2010-054039(JP,A)
【文献】米国特許第05944920(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/06, 8/06
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が合金鋼であり、
上記合金鋼が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含んでおり、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
炭化物の面積率が6.0%を超えて10.0%以下であるオイルリング用線。
【請求項2】
ビッカース硬さが510以上650以下である、請求項1に記載のオイルリング用線。
【請求項3】
ボディと、一対のレールとを有しており、
それぞれのレールが、上記ボディから突出しており、かつ先端部を有しており、
上記先端部の幅が0.10mm以下である請求項1又は2に記載のオイルリング用線。
【請求項4】
旧オーステナイト結晶の粒度番号が9.0以上である請求項1から3のいずれかに記載のオイルリング用線。
【請求項5】
(1)その材質が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含
んでおり、残部がFe及び不可避的不純物である合金鋼である原線に、冷間伸線及び球状化焼鈍を施して、細線を得る工程、
(2)上記細線に、冷間圧延及び球状化焼鈍を施して、異形線を得る工程、
並びに
(3)上記異形線に焼入れ及び焼戻しを施す工程
を備えた、炭化物の面積率が6.0%を超えて10.0%以下であるオイルリング用線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のピストンに装着されるオイルリングのための、線に関する。詳細には、本発明は、2ピース型組合せオイルリングに適した、線に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、シリンダー、ピストン、圧力リング及びオイルリングを有している。圧力リング及びオイルリングは、ピストンに装着されている。圧力リング及びオイルリングは、ピストンリングと総称されている。ピストンリングの一例が、特開2008-50649公報に開示されている。
【0003】
ピストンの移動により、オイルリングもシリンダーの中で移動する。オイルリングは、この移動により、内周面に付着しているオイルを掻き取る。このオイルは、オイル受けに戻る。
【0004】
オイルリングは、2ピース型組合せオイルリングと、3ピース型組合せオイルリングとに、大別される。2ピース型組合せオイルリングは、主リング(「本体」と称されている)とコイルエキスパンダーとを有している。主リングは、一対のレールを有している。それぞれのレールの外周面が、シリンダーの内周面と擦動する。
【0005】
その材質がステンレス鋼である主リングが、普及している。この主リングには、窒化処理が施されている。この主リングの表面は、硬質である。窒化処理は、主リングの耐摩耗性に寄与する。
【0006】
その材質が炭素鋼又は低合金鋼である主リングが、普及している。炭素鋼及び低合金鋼は、加工性に優れている。従ってこの主リングは、容易に得られうる。この主リングは、硬質皮膜を有している。この硬質被膜は、メッキ(又はコーティング)によって形成されうる。硬質皮膜は、主リングの耐摩耗性に寄与する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
その材質がステンレス鋼である主リングは、材料のコストが高い。ステンレス鋼は加工性に劣るので、複雑な形状の主リングは容易には得られない。
【0009】
その材質が、一般的な炭素鋼又は低合金鋼である主リングは、窒化処理に適していない。従ってこの主リングには、前述の通り、メッキ又はコーティングが施される。メッキには、廃液処理等のコストがかかる。コーティングには加熱工程が必要であり、この加熱は主リングの軟化を招く。
【0010】
本発明の目的は、低コストであってかつ耐摩耗性に優れたオイルリングが得られる、線の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るオイルリング用線の材質は、合金鋼である。この合金鋼は、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
Cu:0.15質量%以下
及び
不可避的不純物
を含む。このオイルリング用線の、炭化物の面積率は、6.0%を超えて10.0%以下である。
【0012】
好ましくは、このオイルリング用線のビッカース硬さは、510以上650以下である。
【0013】
オイルリング用線は、ボディと、一対のレールとを有しうる。それぞれのレールは、ボディから突出する。このレールは、先端部を有する。好ましくは、先端部の幅は、0.10mm以下である。
【0014】
好ましくは、このオイルリング用線の、旧オーステナイト結晶の粒度番号は、9.0以上である。
【0015】
他の観点によれば、本発明に係るオイルリング用線の製造方法は、
(1)その材質が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
Cu:0.15質量%以下
及び
不可避的不純物
を含む合金鋼である原線に、冷間伸線及び球状化焼鈍を施して、細線を得る工程、
(2)この細線に、冷間圧延及び球状化焼鈍を施して、異形線を得る工程、
並びに
(3)この異形線に焼入れ及び焼戻しを施す工程
を含む。この製造方法により、炭化物の面積率が6.0%を超えて10.0%以下であるオイルリング用線が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るオイルリング用線の材質である合金鋼は、安価である。この合金鋼は、加工性に優れる。さらにこのオイルリング用線は窒化処理に適しているので、この線から得られた主リング等には、メッキは不要である。この線から、オイルリングが低コストで得られうる。
【0017】
このオイルリング用線は、炭化物を含む。この炭化物は、主リング等の硬度に寄与する。この炭化物を含む主リング等は、軟化抵抗に優れる。この線から熱処理を経て得られた主リング等は、高硬度である。このオイルリングは、耐摩耗性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係るオイルリング用線の一部が示された斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1のII-II線に沿った拡大断面図である。
【
図3】
図3は、
図1のオイルリング用線の製造方法の一例が示されたフローチャートである。
【
図4】
図4は、
図1のオイルリング用線から得られた主リングが示された斜視図である。
【
図6】
図6は、
図4の主リングの窒化層のビッカース硬さが示されたグラフである。
【
図7】
図7は、
図4の主リングを含むオイルリングの一部が示された断面図である。
【
図8】
図8は、本発明の実施例1に係るオイルリング用線の金属組織が示された顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態に基づいて本発明が詳細に説明される。
【0020】
図1及び2に、オイルリング用線2が示されている。このオイルリング用線2の断面形状は、円ではない。換言すれば、このオイルリング用線2は、異形である。
図2に示されるように、このオイルリング用線2は、ボディ4と一対のレール6とを有している。それぞれのレール6は、先端部8を有している。
【0021】
このオイルリング用線2の材質は、合金鋼である。この合金鋼は、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含んでいる。好ましくは、残部はFe及び不可避的不純物である。この合金鋼に含まれる合金元素の量は、比較的少ない。このオイルリング用線2の材質は、低合金鋼である。この低合金鋼は、安価である。
【0022】
図3は、
図1のオイルリング用線2の製造方法の一例が示されたフローチャートである。
この製造方法では、まず、原線(Basic Wire)が準備される(STEP1)。この原線は、製鋼、精錬、鋳造、熱間圧延、焼鈍し等の工程を経て得られる。この原線の断面形状は、円である。この円の直径は、例えば6.4mmである。
【0023】
この線に、冷間伸線が施される(STEP2)。この冷間伸線により、原線が徐々に細径化し、かつ徐々に長尺化する。冷間伸線(STEP2)の後の線の断面形状は、円である。この線の直径は、例えば4.5mmである。
【0024】
この線に、パテンティングが施される(STEP3)。パテンティングは、オーステナイト領域まで加熱された線を冷却し、微細パーライト組織を得る熱処理である。パテンティングにより、冷間伸線(STEP2)によって損なわれた線の展延性が、回復する。冷間伸線(STEP2)及びパテンティング(STEP3)が、省略されてもよい。パテンティング(STEP3)に代えて、線に球状化焼鈍が施されてもよい。
【0025】
この線に、さらに冷間伸線が施される(STEP4)。この冷間伸線により、線が徐々に細径化し、かつ徐々に長尺化する。冷間伸線(STEP4)の後の線の断面形状は、円である。この線の直径は、例えば3.0mmである。必要に応じ、パテンティング(STEP3)と冷間伸線(STEP4)とが、繰り返されてもよい。
【0026】
この線に、球状化焼鈍が施され(STEP5)、細線が得られる。球状化焼鈍により、この細線に球状炭化物が生成する。球状化焼鈍により、冷間伸線(STEP4)によって損なわれた細線の展延性が、回復する。十分な量の球状炭化物が得られるとの観点から、球状化焼鈍(STEP5)における保持温度は700℃以上が好ましく、730℃以上がより好ましく、750℃以上が特に好ましい。同様の観点から、球状化焼鈍(STEP5)における保持時間は4.0時間以上が好ましく、4.3時間以上がより好ましく、4.5時間以上が特に好ましい。
【0027】
この細線に、冷間圧延が施される(STEP6)。この冷間圧延により、異形線が得られる。異形線の断面形状は、円ではない。例えば、この異形線において、厚さは2.2mmであり、幅は2.2mmである。
【0028】
この異形線に、球状化焼鈍が施される(STEP7)。この球状化焼鈍(STEP7)により、先の球状化焼鈍(STEP5)で生じた球状炭化物が成長する。さらに、この球状化焼鈍(STEP7)により、新たな球状炭化物が生成する。球状化焼鈍(STEP7)により、冷間圧延(STEP6)によって損なわれた異形線の展延性が、回復する。球状炭化物が十分に成長するとの観点、又は十分な量の球状炭化物が得られるとの観点から、球状化焼鈍(STEP7)における保持温度は700℃以上が好ましく、730℃以上がより好ましく、750℃以上が特に好ましい。同様の観点から、球状化焼鈍(STEP7)における保持時間は4.0時間以上が好ましく、4.3時間以上がより好ましく、4.5時間以上が特に好ましい。
【0029】
この線に、さらに冷間圧延が施される(STEP8)。この冷間圧延により、異形線の断面が変化する。例えば、冷間圧延(STEP8)の後の異形線において、厚さは2.0mmであり、幅は2.0mmである。必要に応じ球状化焼鈍(STEP7)と冷間圧延(STEP8)とが、繰り返されてもよい。
【0030】
この異形線に、焼入れが施される。焼入れではまず、異形線が加熱される(STEP9)。この加熱において、異形線の温度は、オーステナイト領域に達する。次にこの異形線が、急冷される(STEP10)。好ましくは、異形線は、油中で冷却される。焼入れの後の異形線は、マルテンサイト組織を有する。
【0031】
この異形線に、焼戻しが施される。焼戻しではまず、異形線が加熱される(STEP11)。次にこの異形線が、冷却される(STEP12)。焼戻しにより、
図1に示されたオイルリング用線2が得られる。
【0032】
このオイルリング用線2にコイリングが施され、コイルが得られる。このコイルに、歪取熱処理が施される。さらにこのコイルに、窒化処理が施される。窒化処理では、コイルが高温(例えば500℃)の環境下に保持される。この窒化処理により、
図4及び5に示された主リング10が得られる。
図5に示されるように、この主リング10は、その表面近傍に、窒化処理で得られた硬質層12を有している。この硬質層12は、主リング10の全面にわたって存在している。この硬質層12は、窒化物を含んでいる。窒化処理に代えて、物理蒸着、イオンプレーティング等の手段で、硬質層12が形成されてもよい。
図5に示されるように、この主リング10は、一対の外周面14を有している。
【0033】
図6に、窒化後の主リング10の、ビッカース硬さ(荷重:50gf)と表面からの深さとの関係が示されている。主リング10に必要とされるビッカース硬さは、700以上である。
図6のグラフから明らかなように、本発明に係るオイルリング用線2から得られた主リング10では、深さがゼロの位置から、深さが70μmの位置までにおいて、700以上のビッカース硬さが達成されている。本発明に係るオイルリング用線2は、低合金鋼(硬鋼線等)に比べると、窒化処理に適している。
【0034】
図7は、
図4の主リング10を含むオイルリング16の一部が示された断面図である。このオイルリング16は、主リング10と、コイルエキスパンダー18とを有している。このオイルリング16は、2ピース型組合せオイルリングと称されている。
図7において符号20は、シリンダーの内周面を表す。主リング10のそれぞれの外周面14は、内周面20と当接している。
【0035】
図5に示された主リング10の外周面14には、
図2に示されたオイルリング用線2の先端部8の形状が、反映されている。前述の通り、オイルリング用線2の材質は、低合金鋼である。この低合金鋼は、加工性に優れている。従って、冷間圧延(STEP6、STEP8)により、先端部8が容易に形成されうる。このオイルリング用線2から得られた主リング10では、大幅な仕上げ加工は不要である。このオイルリング用線2から、低コストで主リング10が得られうる。
【0036】
図2に示されるように、先端部8の2つのコーナーは、丸められている。
図2において矢印Wは、先端部8の幅である。幅Wは、丸められていないと仮定されたときの、2つのコーナーの間の距離である。幅Wは、0.10mm以下が好ましい。幅Wが0.10mm以下であるオイルリング用線2から、外周面14の幅が小さい主リング10が得られうる。この主リング10は、大きい圧力で、シリンダーの内周面20に当接する。この主リング10を有するオイルリング16は、よくオイルを掻き取る。高合金鋼からなる原線では、0.10mm以下の幅Wを有するオイルリング用線2への加工は、困難である。本発明では、原線の材質(すなわち低合金鋼)が、幅Wが0.10mm以下であるオイルリング用線2への加工を可能にする。
【0037】
後に詳説されるように、この主リング10では、合金元素が、窒化処理を可能としている。従って、この主リング10に、メッキは不要である。この主リング10は、低コストで得られうる。
【0038】
前述の通り、このオイルリング用線2の製造では、冷間伸線によって損なわれた線の展延性が、球状化焼鈍によって回復する。この球状化焼鈍を経て得られた異形線は、多量の球状炭化物を含んでいる。この異形線が焼入れ(STEP9、STEP10)に供されると、球状炭化物の一部のC元素は、マトリックスに固溶する。しかし、多くのC元素は、球状炭化物として残存する。このオイルリング用線2は、多量の球状炭化物を含有している。この球状炭化物は、窒化処理の後の主リング10にも残存する。この球状炭化物は、高硬度である。この球状炭化物は、主リング10の高硬度に寄与する。球状炭化物を含む主リング10は、耐摩耗性に優れる。
【0039】
焼入れの加熱(STEP9)において異形線に与えられた熱エネルギーが過大であると、球状炭化物に含まれるC元素の多くが、マトリックスに固溶する。この固溶により、オイルリング用線2に含まれる球状炭化物が、減少する。換言すれば、オイルリング用線2における球状炭化物の面積率Psは、焼入れの加熱(STEP9)において異形線に与えられた熱エネルギーと、負の相関を有する。従ってこの面積率Psは、焼入れ後の異形線の結晶粒の径と負の相関を有し、結晶粒界の面積と正の相関を有する。この面積率Psが過小であるオイルリング用線2では、結晶粒界の面積が小さいが故に、コイリングによって結晶粒界に応力が集中する。この結晶粒界ではC元素の拡散が助長され、新たな炭化物が析出する。この炭化物を含む主リング10では、マトリックスにおけるC元素の含有率が小さい。この主リング10の硬度は、十分ではない。この主リング10は、耐摩耗性に劣る。
【0040】
主リング10の耐摩耗性の観点から、オイルリング用線2における炭化物の面積率Psは6.0%超が好ましく、6.5%以上がより好ましく、7.0%以上が特に好ましい。
【0041】
炭化物の量が過剰でない異形線では、十分な量のC元素がマトリックスに固溶している。この異形線の焼入れ(STEP9、STEP10)の後の硬度は、大きい。硬度が大きい異形線に対する焼戻しでは、高温での加熱(STEP12)が採用されうる。高温加熱を含む焼戻しを経て得られたオイルリング用線2から形成されたコイルに、歪取熱処理が施されても、硬度は大幅には低下しない。換言すれば、このオイルリング用線2は、軟化抵抗に優れる。このオイルリング用線2から得られた主リング10は、高硬度である。従ってこの主リング10は、耐摩耗性に優れている。
【0042】
主リング10の耐摩耗性の観点から、オイルリング用線2における炭化物の面積率Psは10.0%以下が好ましく、9.5%以下がより好ましく、9.0%以下が特に好ましい。
【0043】
炭化物の面積率Psの測定には、画像解析ソフト「Image J」が用いられる。測定では、オイルリング用線2の断面が走査型電子顕微鏡で撮影されて、倍率が3000倍であるSEM写真が得られる。この写真の画像ファイルが上記画像解析ソフトにて二値化され、炭化物粒子の領域と他の領域とが色分けされる。それぞれの炭化物粒子の面積が、算出される。この面積と同じ面積を有する円が想定され、この円の直径がこの粒子の径とされる。径が0.05μm以上である炭化物の径と個数とが、ヒストグラム化される。径が0.05μm未満である炭化物は、カウントから除外される。このヒストグラムに基づき、径が0.05μm以上である炭化物の合計面積が算出される。この合計面積の、写真の全面積に対する比率が、面積率Psである。換言すれば、面積率Psは、粒状炭化物(球状炭化物を含む)が占める面積の比率である。
【0044】
過大ではない面積率Psが達成されるとの観点から、焼入れの加熱(STEP9)における温度は950℃以上が好ましく、980℃以上が特に好ましい。過小ではない面積率Psが達成されるとの観点から、この温度は1050℃以下が好ましい。
【0045】
焼入れでは、異形線が高温に加熱(STEP9)されたのち、急冷される(STEP10)。高温下での異形線の金属組織は、オーステナイトである。この金属組織は、オーステナイト結晶粒を有する。この異形線が、急冷される。急冷により、金属組織がマルテンサイトに変態する。この急冷により、オーステナイト結晶粒の粒界から、優先的に化合物が析出する。従って、急冷前のオーステナイト結晶(旧オーステナイト結晶)は、マルテンサイトの組織に影響を与える。旧オーステナイト結晶の形跡は、マルテンサイトにおいて観察されうる。
【0046】
オイルリング用線2における、旧オーステナイト結晶の粒度番号は、9.0以上が好ましい。換言すれば、旧オーステナイト結晶は、微細である。このオイルリング用線2から得られた主リング10は、耐疲労性に優れている。この観点から、粒度番号は9.5以上がより好ましく、10.0以上が特に好ましい。粒度番号は、「JIS G 0551:2020」の規定に準拠して測定される。
図2に示された断面の顕微鏡観察で得られた、倍率が100倍である写真が、結晶粒度標準図と対比される。焼入れ時の加熱オーバーが抑制されることで、9.0以上の粒度番号が達成されうる。
【0047】
オイルリング用線2のビッカース硬さHvは、510以上が好ましい。このオイルリング用線2が熱処理又は窒化処理に供されても、十分な硬さが維持されうる。このオイルリング用線2から、耐摩耗性に優れた主リング10が得られうる。この観点から、ビッカース硬さは530以上がより好ましく、560以上が特に好ましい。コイリングの容易の観点から、オイルリング用線2のビッカース硬さは、650以下が好ましい。ビッカース硬さは、「JIS Z 2244」の規定に準拠して測定される。10kgfの荷重が負荷されて、ビッカース硬さが測定される。
【0048】
窒化処理が可能な従来の高合金鋼における、大きなビッカース硬さは、コイリング時の折損を招来する。本発明に係るオイルリング用線2の低合金鋼は、窒化処理が可能であるにもかかわらず、加工性に優れている。このオイルリング用線2では、大きなビッカース硬さと、加工性とが、両立されうる。このオイルリング用線2から、耐摩耗性に優れた主リング10が低コストで得られうる。
【0049】
前述の通り、窒化処理に代えて、物理蒸着(PVD)が採用されてもよい。物理蒸着により、硬質な皮膜が形成される。この皮膜は、外周面14の近傍に形成される。この皮膜は、シリンダーの内周面20との擦動に起因する主リング10の摩耗を、抑制しうる。主リング10の表面のうち、残余の部分には、皮膜は形成されない。主リング10は、皮膜を有さない箇所において、ピストンと接触する。前述の通り主リング10は、歪取熱処理を経ている。さらに主リング10は、物理蒸着を経ている。本発明に係るオイルリング用線2は軟化抵抗に優れているので、これら熱履歴を経ても、主リング10は十分な硬度を有している。従って、皮膜を有さない箇所がピストンと接触しても、主リング10の摩耗が抑制される。内燃機関が長期間にわたって使用されても、主リング10の摩耗に起因するピストンの運動の異常は、生じにくい。この主リング10は、オイルの消費量の抑制に寄与しうる。
【0050】
以下、本発明に係るオイルリング用線2の低合金鋼に含まれる元素の役割が、詳説される。
【0051】
[炭素(C)]
Cは、マトリックスに固溶する。適量なCは、オイルリング用線2の硬度及び耐疲労性に寄与する。さらにCは、炭化物を生成させる。この炭化物は、オイルリング用線2の耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Cの含有率は0.50質量%以上が好ましく、0.53質量%以上がより好ましく、0.55質量%以上が特に好ましい。過剰のCは、合金鋼の冷間加工性を損なう。冷間加工性の観点から、Cの含有率は0.65質量%以下が好ましい。
【0052】
[ケイ素(Si)]
Siは、オイルリング用線2の高温強度及び軟化抵抗に寄与する。これらの観点から、Siの含有率は1.60質量%以上が好ましく、1.80質量%以上がより好ましく、2.00質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、合金鋼の冷間加工性、靱性及び焼入れ性を損なう。これらの観点から、Siの含有率は2.30質量%以下が好ましい。
【0053】
[マンガン(Mn)]
Mnは、低合金鋼の溶製時に、脱酸剤として機能する。さらにMnは、不純物であるSの悪影響を抑制する。これらの観点から、Mnの含有率は0.60質量%以上が好ましく、0.80質量%以上がより好ましく、0.90質量%以上が特に好ましい。合金鋼の冷間加工性の観点から、Mnの含有率は1.10質量%以下が好ましい。
【0054】
[クロム(Cr)]
Crは、窒化処理において窒素と結合する。Crは、オイルリング用線2の窒化処理を可能とせしめる。窒化処理において得られた硬質層12は、主リング10の耐摩耗性に寄与する。Crはさらに、Cと結合して炭化物を生成させる。この炭化物は、主リング10の耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は0.75質量%以上が好ましく、0.85質量%以上がより好ましく、0.90質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、合金鋼の冷間加工性を阻害する。過剰のCrはさらに、コイリングのときのオイルリング用線2の折損を招来する。冷間加工性及び折損抑制の観点から、Crの含有率は1.15質量%以下が好ましい。
【0055】
[ニッケル(Ni)]
Niは、マトリックスに固溶し、オイルリング用線2の靱性に寄与する。この観点から、Niの含有率は0.18質量%以上が好ましく、0.25質量%以上がより好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰のNiは、焼入れ後のオイルリング用線2に残留オーステナイトを生成させる。この残留オーステナイトは、主リング10の低高度を招来する。この残留オーステナイトはさらに、時効によって主リング10の寸法を変化させる。残留オーステナイトの抑制の観点から、Niの含有率は0.45質量%以下が好ましい。
【0056】
[バナジウム(V)]
Vは、窒化処理において窒素と結合する。Vは、オイルリング用線2の窒化処理を可能とせしめる。窒化処理において得られた硬質層12は、主リング10の耐摩耗性に寄与する。Vはさらに、金属組織の微細化に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.08質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。合金鋼の冷間加工性及び熱間加工性の観点から、Vの含有率は0.15質量%以下が好ましい。
【0057】
[銅(Cu)]
Cuは、冷間加工時の靱性に寄与する。この観点から、Cuの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.08質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。合金鋼の熱間加工性の観点から、Cuの含有率は0.15質量%以下が好ましい。Cuは、必須の元素ではない。従って、Cuの含有率が実質的にゼロでもよい。
【0058】
[鉄(Fe)]
Feは、低合金鋼の主成分である。Feは、マトリックスのベース金属である。この低合金鋼は、強靱性に優れる。Feの含有率は85質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、93質量%以上が特に好ましい。
【0059】
[不可避的不純物]
低合金鋼は、不純物を含みうる。典型的な不純物は、Pである。Pは、結晶粒界に偏析する。Pは、合金鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Pの含有率は0.02質量%以下が好ましい。他の典型的な不純物は、Sである。Sは、他の元素と結合して介在物を形成する。Sは、合金鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Sの含有率は0.02質量%以下が好ましい。
【実施例】
【0060】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0061】
[実施例1]
図3に示された方法にて、実施例1のオイルリング用線を得た。焼入れ時の加熱温度は、980℃であった。焼戻し温度は、好ましい硬さが得られるよう、適宜調整した。このオイルリング用線の材質は、低合金鋼であった。この低合金鋼は、0.59質量%のC、2.05質量%のSi、0.76質量%のMn、1.00質量%のCr、0.22質量%のNi、0.09質量%のV、及び0.01質量%のCuを含んでいた。残部は、Fe及び不可避的不純物であった。このオイルリング用線の金属組織が、
図8に示されている。このオイルリング用線の面積率Psは、6.4%であった。このオイルリング用線のビッカース硬さ(荷重:10kgf)は、589であった。
【0062】
[実施例2及び3並びに比較例1及び2]
焼入れ温度を下記の表1に示される通りとして、実施例2及び3並びに比較例1及び2のオイルリング用線を得た。
【0063】
[熱処理]
オイルリング用線からコイルを形成し、このコイルを450℃の温度下に30分間保持した後、徐冷した。この熱処理条件は、主リングの製造において一般的になされている歪取熱処理の条件に相当する。この熱処理後のコイルのビッカース硬さ(荷重:10kgf)を、測定した。この結果が、下記の表1に示されている。
【0064】
【0065】
主リングに必要とされるビッカース硬さは、450以上である。表1に示されるように、各実施例に係るオイルリング用線では、熱処理後のビッカース硬さが450を超えている。この評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明に係るオイルリング用線は、種々の内燃機関のピストンリングの材料として、用いられうる。
【符号の説明】
【0067】
2・・・オイルリング用線
4・・・ボディ
6・・・レール
8・・・先端部
10・・・主リング
12・・・硬質層
14・・・外周面
16・・・オイルリング
18・・・コイルエキスパンダー
20・・・シリンダーの内周面