(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-16
(45)【発行日】2023-06-26
(54)【発明の名称】盛上げタップ
(51)【国際特許分類】
B23G 7/02 20060101AFI20230619BHJP
B23G 5/06 20060101ALI20230619BHJP
【FI】
B23G7/02
B23G5/06 B
(21)【出願番号】P 2021572172
(86)(22)【出願日】2020-01-21
(86)【国際出願番号】 JP2020002000
(87)【国際公開番号】W WO2021149167
(87)【国際公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-07-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085361
【氏名又は名称】池田 治幸
(74)【代理人】
【識別番号】100147669
【氏名又は名称】池田 光治郎
(72)【発明者】
【氏名】原田 一光
【審査官】野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第4089(EP,A1)
【文献】実開平2-74127(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2011/0085867(US,A1)
【文献】特開平1-289615(JP,A)
【文献】中国実用新案第209632043(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23G 7/02
B23G 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
完全山部と、前記完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かうに従って小径となる食付き部とを有するとともに、前記完全山部および前記食付き部には突出部と逃げ部とが交互に形成された雄ねじが設けられ、被加工物に設けられた下穴内にねじ込まれることにより、前記下穴の内周面を塑性変形させて前記完全山部の雄ねじに対応する雌ねじを成形する盛上げタップであって、
前記雄ねじのねじ山は、前記下穴内にねじ込まれるときに前進側となる進み側フランク面および前記進み側フランク面の後側となる追い側フランク面を備え、
前記食付き部において、前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが、前記追い側フランク面による前記被加工物への押し込み深さよりも小さくなるように形成され、
前記雄ねじのねじ山は、左右対称の二等辺三角形状の断面形状を有し、
前記食付き部におけるねじ山のピッチの少なくとも一部は、前記食付き部における前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが零とならない範囲で、前記完全山部におけるねじ山のピッチに対して大きくされ、
前記食付き部におけるねじ山のピッチは、前記食付き部の先端に向かうほど大きくされている
ことを特徴とする盛上げタップ。
【請求項2】
完全山部と、前記完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かうに従って小径となる食付き部とを有するとともに、前記完全山部および前記食付き部には突出部と逃げ部とが交互に形成された雄ねじが設けられ、被加工物に設けられた下穴内にねじ込まれることにより、前記下穴の内周面を塑性変形させて前記完全山部の雄ねじに対応する雌ねじを成形する盛上げタップであって、
前記雄ねじのねじ山は、前記下穴内にねじ込まれるときに前進側となる進み側フランク面および前記進み側フランク面の後側となる追い側フランク面を備え、
前記食付き部において、前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが、前記追い側フランク面による前記被加工物への押し込み深さよりも小さくなるように形成され、
前記雄ねじのねじ山は、左右対称の二等辺三角形状の断面形状を有し、
前記食付き部におけるねじ山のピッチの少なくとも一部は、前記食付き部における前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが零とならない範囲で、前記完全山部におけるねじ山のピッチに対して大きくされ、
前記食付き部におけるねじ山のピッチのうちの一部のピッチは、前記完全山部におけるねじ山のピッチに対して大きくされている
ことを特徴とする盛上げタップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は盛上げタップに係り、特に、雌ねじをタッピング加工する際に盛上げタップを押し込むスラスト力を低減する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
完全山部と、その完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かうに従って小径となる食付き部とを有するとともに、それ等の完全山部及び食付き部には突出部と逃げ部とが交互に形成された雄ねじが設けられ、被加工物に設けられた下穴内にねじ込まれることにより、下穴の内周面を塑性変形させて完全山部の雄ねじに対応する雌ねじを成形する盛上げタップが、知られている。たとえば、特許文献1に記載された盛上げタップがそれである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、タッピング(転造)加工に際しては、食付き部の雄ねじのねじ山が被加工物に設けられた下穴の内周面に食い込んで塑性変形させつつ盛上げタップの食付き部が下穴内にねじ込まれるように、盛上げタップには回転トルクと共に前進方向のスラスト力がタッピング加工装置から加えられる。
【0005】
食付き部の雄ねじのねじ山のフランク面である、前進側に位置する進み側フランク面および後退側に位置する追い側フランク面には、被加工物を塑性変形させる反力が被加工物からそれぞれ加えられることに加えて、進み側フランク面には、スラスト力の反力が被加工物から加えられる。このため、タッピング加工に際しては、進み側フランク面には大きな圧力が加えられるので、進み側フランク面が追い側フランク面よりも先に摩耗し、盛上げタップの耐久性や工具寿命が充分に得られない場合があった。
【0006】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、タッピング加工時において、進み側フランク面に対する圧力を抑制し、耐久性や工具寿命の低下を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨とするところは、(a)完全山部と、前記完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かうに従って小径となる食付き部とを有するとともに、前記完全山部および前記食付き部には突出部と逃げ部とが交互に形成された雄ねじが設けられ、被加工物に設けられた下穴内にねじ込まれることにより、前記下穴の内周面を塑性変形させて前記完全山部の雄ねじに対応する雌ねじを成形する盛上げタップであって、(b)前記雄ねじのねじ山は、前記下穴内にねじ込まれるときに前進側となる進み側フランク面および前記進み側フランク面の後側となる追い側フランク面を備え、(c)前記食付き部において、前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが、前記追い側フランク面による押し込み深さよりも小さくなるように形成されていることにある。
【発明の効果】
【0008】
本発明の盛上げタップによれば、前記雄ねじのねじ山は、前記下穴内にねじ込まれるときに前進側となる進み側フランク面および前記進み側フランク面の後側となる追い側フランク面を備え、前記食付き部において、前記進み側フランク面による前記被加工物への押し込み深さが、前記追い側フランク面による押し込み深さよりも小さくなるように形成されている。このことから、転造加工時すなわちタッピング加工時において、被加工物を塑性変形させるために進み側フランク面に加えられる被加工物からの圧力が追い側フランク面よりも小さくされるので、進み側フランク面に対する圧力が抑制され、盛上げタップの耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0009】
ここで、好適には、前記雄ねじのねじ山は、左右対称の二等辺三角形状の断面形状を有し、前記食付き部におけるねじ山のピッチの少なくとも一部は、前記食付き部における前記進み側フランク面による押し込み深さが零とならない範囲で、前記完全山部におけるねじ山のピッチに対して大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物を塑性変形させるために進み側フランク面に加えられる被加工物からの圧力が追い側フランク面よりも小さくされるので、進み側フランク面に対する圧力が抑制され、盛上げタップの耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0010】
また、好適には、前記食付き部におけるねじ山のピッチは、等ピッチであり、前記食付き部におけるねじ山のピッチをPo、前記食付き部におけるねじ山の山頂を結ぶ勾配角をα、フランク角をθとした場合に、次式(1)で定められる食付き部最大ピッチPgmax以下である。このことから、タッピング加工時において、被加工物を塑性変形させるために進み側フランク面に加えられる被加工物からの圧力が追い側フランク面よりも小さくされるので、進み側フランク面に対する圧力が抑制され、盛上げタップの耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
Pgmax=Po/(1-tanα×tanθ)・・・(1)
【0011】
また、好適には、前記食付き部におけるねじ山のピッチのうちの一部のピッチは、前記完全山部におけるねじ山のピッチに対して大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物を塑性変形させるために進み側フランク面に加えられる被加工物からの圧力が追い側フランク面よりも小さくされるので、進み側フランク面に対する圧力が抑制され、盛上げタップの耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0012】
また、好適には、前記食付き部におけるねじ山のピッチは、前記食付き部の先端に向かうほど大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物を塑性変形させるために進み側フランク面に加えられる被加工物からの圧力が追い側フランク面よりも小さくされるので、タッピング加工時において、進み側フランク面に対する圧力が抑制され、耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施例である盛上げタップを説明する図で、盛上げタップの中心軸線に直角な方向から見た正面図である。
【
図3】
図1の盛上げタップの中心軸線を含む断面の要部であって、中心軸線方向に連続するねじ山における完全山部のねじ山のピッチPoと食付き部のねじ山のピッチPgと食付き部最大ピッチPgmaxとを説明する図である。
【
図4】
図1の盛上げタップの食付き部最大ピッチPgmaxの算出根拠を説明する図である。
【
図5】
図1の盛上げタップにおいて、食付き部のねじ山のピッチPgがPo<Pg<Pgmaxである場合において、中心軸線まわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山を重ねて示す図である。
【
図6】
図5の盛上げタップにおいて、食付き部のねじ山が下穴の内周面に食い込んで下穴を押し広げる作用を説明する図である。
【
図7】
図1の盛上げタップにおいて、食付き部のねじ山のピッチPg=Pgmaxである場合において、中心軸線まわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山を重ねて示す図であって、
図5に相当する図である。
【
図8】
図7の盛上げタップにおいて、食付き部のねじ山が下穴の内周面に食い込んで下穴を押し広げる作用を説明する図であって、
図6に相当する図である。
【
図9】実施例1-aに対する転造時のスラスト力FおよびトルクTの実測値を、時間を横軸とする二次元座標で示す図である。
【
図10】実施例1-bに対する転造時のスラスト力FおよびトルクTの実測値を、時間を横軸とする二次元座標で示す図である。
【
図11】実施例1-cに対する転造時のスラスト力FおよびトルクTの実測値を、時間を横軸とする二次元座標で示す図である。
【
図12】
図11の盛上げタップによる転造時のスラスト力Fを、時間を表す横軸と力の大きさを示す縦軸とから成る二次元座標に、CAE(Computer Aided Engineering)解析により算出して示す図である。
【
図13】本発明の他の実施例の盛上げタップのねじ山を示す図であって、
図3に相当する図である。
【
図14】本発明のさらに他の実施例の盛上げタップのねじ山を示す図であって、
図3に相当する図である。
【
図15】標準形状である比較例の盛上げタップを示す要部断面図である。
【
図16】
図15の盛上げタップにおいて、中心軸線Cまわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山を重ねて示す図であって、
図5に相当する図である。
【
図17】
図15の盛上げタップにおいて、食付き部のねじ山が下穴の内周面に食い込んで下穴を押し広げる作用を説明する図であって、
図6に相当する図である。
【
図18】
図15の盛上げタップに対する転造時のスラスト力FおよびトルクTの実測値を、時間を横軸とする二次元座標で示す図であって、
図9に相当する図である。
【
図19】
図15の盛上げタップに対する転造時のスラスト力Fを、時間を表す横軸と力の大きさを示す縦軸とから成る二次元座標に、CAE解析により算出して示す図であって、
図12に相当する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施例を、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において、図は説明のために適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例1】
【0015】
図1は、本発明の一実施例である盛上げタップ10を示す図で、盛上げタップ10の回転軸線である中心軸線Cと直角な方向から見た正面図である。盛上げタップ10は、図示しないホルダーを介して図示しないタッピング加工装置の主軸に取り付けられるシャンク12と、雌ねじ44(
図4参照)を盛上げ加工(転造加工)するためのねじ部16とを、中心軸線C(タップ軸線)と同心に一体に備えている。
図2は、
図1におけるII-II矢視部分でねじ部16のねじ山18に沿って切断した、中心軸線Cと直角な軸直角断面図である。ねじ部16は、外側へ湾曲した辺からなる多角形状、本実施例では略正四角形状の断面を成しているとともに、その外周面には、被加工物(めねじ素材)40の下穴42の内周面(表層部)42aに食い込んで塑性変形させることにより雌ねじ44を盛上げ加工する雄ねじ14が設けられている。本実施例の盛上げタップ10は1条ねじを加工するためのもので、雄ねじ14も1条ねじである。
【0016】
雄ねじ14を構成するねじ山18は、形成すべき雌ねじ44の谷の形状に対応した左右対称形の三角ねじの断面形状、すなわち左右のフランク角が等しい二等辺三角形状を成していて、雌ねじ44に対応するリード角のつる巻き線に沿って形成されているとともに、そのねじ山18が径方向の外側へ突き出す複数個(本実施例では4個)の突出部20と、その突出部20に続いて小径となる逃げ部22とが、ねじの進み方向に沿って交互に且つ中心軸線Cまわりにおいて90度の等角度間隔で設けられている。すなわち、正四角形の各頂点部分がそれぞれ突出部20であり、中心軸線Cと平行な方向に多数の突出部20が設けられるとともに、そのように軸方向に連続する多数の突出部20の列が中心軸線Cまわりに等角度間隔で設けられている。
【0017】
ねじ部16は、中心軸線C方向において径寸法およびねじ山18の山頂間の距離であるピッチPoが一定の完全山部26と、先端側へ向かうに従って小径となりねじ山18のピッチPgが完全山部26のねじ山18のピッチPoより大きくされた食付き部24とを備えている。食付き部24では、雄ねじ14を構成するねじ山18の左右対称形の三角ねじ形断面形状において、その外径、有効径、および谷径が一定の変化勾配でそれぞれ小径となるように径寸法が変化させられている。食付き部24においても、
図2と同様に略正四角形状を成していて、突出部20および逃げ部22を周方向において交互に備えている。
【0018】
図3は、
図1の盛上げタップ10の中心軸線Cを含み且つ突出部20を通る断面の要部であって、中心軸線C方向に連続するねじ山18のうち完全山部26のねじ山18のピッチPoと食付き部24のねじ山18のピッチPgおよび食付き部最大ピッチPgmaxとを示している。食付き部24のねじ山18のピッチPgは、相互に等しく、完全山部26のねじ山18のピッチPoよりも大きく、且つ以下の計算式(1)により予めら定められる食付き部最大ピッチPgmax以下の値に設定されている。
Pgmax=Po/(1-tanα×tanθ) ・・・ (1)
但し、αは食付き部24の勾配(度)、θはフランク角(ねじ山の半角)である。
【0019】
すなわち、食付き部24のねじ山18のピッチPgは、Po<Pg≦Pgmaxを満足するように設定されている。
図4において、破線はピッチPoである雌ねじ44のねじ山を示し、実線はピッチPgmaxであるねじ山を示している。食付き部最大ピッチPgmaxは、進み側フランク面18aの押し込み量が零とならない範囲、すなわち被加工物40に形成される雌ねじ44を超えない範囲の値である。
【0020】
図4において、距離A1と距離B1との関係は、B1=A1/tanθで表され、距離B1はB1=Pg×tanαで表されるので、それらから、式(2)の関係が導出され、式(2)にA1=Pg-Poを代入することにより、上述の式(1)が導かれる。
A1=Pg×tanα×tanθ ・・・ (2)
【0021】
図5は、本実施例の盛上げタップ10において、中心軸線Cまわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山18を重ねて示している。
図6は、盛上げタップ10の食付き部24が被加工物40の下穴42内にねじ込まれるときに、盛上げタップ10の回転に伴って、食付き部24のねじ山18が下穴42の内周面42aに食い込んで下穴42を押し広げる作用を説明する図である。
図5および
図6において、太い実線は中心軸線Cまわりにおいて所定角度位置の第1断面におけるねじ山を示し、太い破線は第1断面よりも90度右まわり(前進側)に回転した第2断面におけるねじ山を示し、1点鎖線は第2断面よりもさらに90度右まわり(前進側)に回転した第3断面におけるねじ山を示し、2点鎖線は第3断面よりもさらに90度右まわり(前進側)に回転した第3断面におけるねじ山を示している。
【0022】
図示しないタッピング加工装置から回転トルク(N・cm)および前進方向のスラスト力(N)が加えられることにより、盛上げタップ10が被加工物40の下穴42内にねじ込まれるとき、食付き部24のねじ山18のピッチPgは、完全山部26のねじ山18のピッチPoよりも大きく設定されていることから、
図6に示すように、ねじ山18の前進側となる進み側フランク面18aは、進み側フランク面18aの後側となる追い側フランク面18bと比較して、盛上げタップ10の単位回転角たとえば360度あたりの被加工物40に対する食い込み量すなわち押し込み深さが小さい。すなわち、盛上げタップ10の単位回転角たとえば360度あたりの被加工物40に対する進み側フランク面18aに直角方向の食い込み量すなわち押し込み深さDaが追い側フランク面18bに直角方向の食い込み量すなわち押し込み深さDbよりも小さく、単位回転角当たりの進み側フランク面18aによる被加工物40の塑性変形量が追い側フランク面18bによる被加工物40の塑性変形量に比較して少ない。このため、進み側フランク面18aに作用する被加工物40からの反力Faは、追い側フランク面18bに作用する被加工物40からの反力Fbよりも小さい。
【0023】
この結果、図示しないタッピング加工装置から加えられる前進方向のスラスト力(押込み力)に対向するスラスト反力Fsが、追い側フランク面18bに作用する被加工物40からの反力Fbの中心軸線C方向の成分Fb・cosθと進み側フランク面18aに作用する被加工物40からの反力Faの中心軸線C方向の成分Fa・cosθとの差分「Fb・cosθ-Fa・cosθ」だけ低い値「Fs-(Fb・cosθ-Fa・cosθ)」に低減される。これにより、進み側フランク面18aへの圧力が低下して進み側フランク面18aの摩耗が軽減されるので、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0024】
図7は、食付き部24のねじ山18のピッチPgが食付き部最大ピッチPgmaxである場合の、盛上げタップ10を中心軸線Cまわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山18を重ねて示した図である。
図8は、盛上げタップ10の回転に伴って、食付き部24のねじ山18が下穴42の内周面42aに食い込んで下穴42を押し広げる作用を説明する図である。この場合の進み側フランク面18aによる被加工物40の塑性変形量が殆どなく、進み側フランク面18aに作用する被加工物40からの反力Faは、
図6の場合に比較して小さいので、進み側フランク面18aの摩耗が一層軽減され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0025】
図15は、完全山部26および食付き部24におけるねじ山18のピッチが相互に等しい、すなわち標準形状である比較例の盛上げタップ110を示す要部断面図である。
図16は、
図15の比較例の盛上げタップ110において、中心軸線Cまわりに90度毎に分割したときに得られるねじ山18を重ねて示す図である。
図17は、
図15の比較例の盛上げタップ110において、食付き部24のねじ山18が下穴42の内周面42aに食い込んで下穴42を押し広げる作用を説明する図である。
【0026】
図17に示すように、食付き部24のねじ山18において、進み側フランク面18aは、追い側フランク面18bに対する食い込み量すなわち押し込み深さDbと比較して、被加工物40に対する食い込み量すなわち押し込み深さDaが同等で、進み側フランク面18aによる被加工物40の塑性変形量は、追い側フランク面18bによる被加工物40の塑性変形量に比較して、同等である。このため、進み側フランク面18aに作用する被加工物40からの反力Faは、追い側フランク面18bに作用する被加工物40からの反力Fbと同様である。
【0027】
この結果、追い側フランク面18bに作用する被加工物40からの反力Fbの中心軸線C方向の成分Fb・cosθと進み側フランク面18aに作用する被加工物40からの反力Faの中心軸線C方向の成分Fa・cosθとの差分が略零となる。このため、図示しないタッピング加工装置から加えられる前進方向のスラスト力に対するスラスト反力Fsは、上記差分による低減効果が得られない。これにより、進み側フランク面18aには、上記スラスト反力Fsおよび被加工物40からの反力Faが加えられて摩耗が大きくなるので、比較例のような盛上げタップの場合には、耐久性や工具寿命の低下が避けられなかった。
【0028】
(転造試験)
本発明者は、食付き部24のねじ山18のピッチPgを完全山部26のねじ山18のピッチPoと同じ(Pg=Po)とした比較例と、食付き部24のねじ山18のピッチPgを完全山部26のねじ山18のピッチPoの1.025倍(Pg=1.025Po)とした実施例1-aと、食付き部24のねじ山18のピッチPgを完全山部26のねじ山18のピッチPoの1.050倍(Pg=1.050Po)とした実施例1-bと、食付き部24のねじ山18のピッチPgを完全山部26のねじ山18のピッチPoより大きい食付き部最大ピッチPgmax(Pg=Pgmax)とした実施例1-cとを作成した。そして、以下の転造条件で転造したときの盛上げタップから受けるスラスト力F(N)および盛上げタップを回転駆動するトルクT(N・cm)を測定した。この実施例1-a、実施例1-b、実施例1-c、比較例は、それぞれメートルねじ M6×1で食付き部24のねじ山18が2.5山の盛上げタップであって、食付き部24のねじ山18のピッチPgが相違するのみで、それ以外は
図1から
図3に示す盛上げタップ10と同じである。
【0029】
(転造条件)
被削材 :スチール(SCM440)
転造速度:10m/min
送り :同期送り、固定式ホルダーを使用
【0030】
図9、
図10、
図11および
図18は、上記転造条件における実施例1-a、実施例1-b、実施例1-cおよび比較例に対する転造時の押し込み力であるスラスト力F(N)およびトルクT(N・cm)の実測値を、時間を表す横軸とする二次元座標においてそれぞれ示している。
図12および
図19は、上記転造条件と同じ条件における実施例1-cおよび比較例に対する転造時の押し込み力であるスラスト力F(N)を、それぞれ時間を表す横軸と力の大きさを示す縦軸とから成る二次元座標に、CAE(Computer Aided Engineering)解析により算出して示す図である。
【0031】
図12および
図19に示されるCAE解析により盛上げタップ食付き時の挙動を確認した結果を元に、上記実験により実測した結果でも、
図11に示されるように
図18に対してCAE解析による結果と同様のスラスト力軽減が確認された。また、
図9、
図10、
図11に示されるように、実施例1-a、実施例1-b、実施例1-cにおける前進時(正転時)および後退時(逆転時)のトルクTは、
図18に示す比較例のトルクと同様であった。しかし、実施例1-a、実施例1-b、実施例1-cにおける前進時(正転時)および後退時(逆転時)のスラスト力Fは、
図9の比較例と比較して大幅に低い値を示し、食付き部24のねじ山18のピッチPgが大きくなるほど、低下幅が大きくなった。
【0032】
上述のように、本実施例の盛上げタップ10によれば、完全山部26と、完全山部26に連続して設けられ且つ先端に向かうに従って小径となる食付き部24とを有するとともに、完全山部26および食付き部24には突出部と逃げ部とが交互に形成された雄ねじ14が設けられ、被加工物40に設けられた下穴42内にねじ込まれることにより、下穴42の内周面42aを塑性変形させて完全山部26の雄ねじ14に対応する雌ねじ44を成形する盛上げタップ10であって、雄ねじ14のねじ山18は、下穴42内にねじ込まれるときに前進側となる進み側フランク面18aおよび進み側フランク面18aの後側となる追い側フランク面18bを備え、食付き部24において進み側フランク面18aによる被加工物40への押し込み深さDaが、追い側フランク面18bによる押し込み深さDbよりも小さくなるように形成されている。
【0033】
このことから、タッピング加工時において、被加工物40を塑性変形させるために進み側フランク面18aに加えられる被加工物40からの反力Faが追い側フランク面18bに加えられる被加工物40からの反力Fbよりも小さくされる。従って、タッピング加工時において、進み側フランク面18aに対する反力が低下して圧力が抑制され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。また、盛上げタップ10に対するスラスト反力Fsが抑制される結果、盛上げタップ10が被加工物40から離れる際に、下穴42内に形成された雌ねじ44の押さえ込みが抑制されるとともに、バリの発生が低減される。
【0034】
本実施例の盛上げタップ10によれば、ねじ山18は、左右対称の二等辺三角形状の断面形状を有し、食付き部24のねじ山18のピッチPgの少なくとも一部は、食付き部24におけるねじ山18の進み側フランク面18aによる押し込み深さDaが零とならない範囲で、完全山部26のねじ山18のピッチPoに対して大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物40を塑性変形させるために進み側フランク面18aに加えられる被加工物40からの反力Faが追い側フランク面18bに加えられる被加工物40からの反力Fbよりも小さくされる。従って、タッピング加工時において、進み側フランク面18aに対する圧力が抑制され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0035】
本実施例の盛上げタップ10によれば、食付き部24のねじ山18のピッチPgは、等ピッチであり、食付き部24におけるねじ山18のピッチをPo、ねじ山18の先端を結ぶ勾配角をα、フランク角(ねじ山の半角)をθとすると、次式(1)で定められる食付き部最大ピッチPgmax以下の値である。
Pgmax=Po/(1-tanα×tanθ) ・・・ (1)
このことから、タッピング加工時において、被加工物40を塑性変形させるために進み側フランク面18aに加えられる被加工物40からの反力が追い側フランク面18bよりも小さくされる。従って、タッピング加工時において、進み側フランク面18aに対する圧力が抑制され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【実施例2】
【0036】
以下において、本発明の他の実施例を説明する。なお、以下の説明において前述の実施例と共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
【0037】
図13は、本発明の他の実施例の盛上げタップ50の要部断面図であり、ねじ山18を示す
図3に相当する図である。盛上げタップ50の食付き部24におけるねじ山18のピッチPgは、
図13に示すようにピッチPoより大きいピッチPg1に続いて、ピッチPg1より大きいピッチPg2が設定されており、食付き部24の先端に向かうほどねじ山18のピッチが大きくされている。
【0038】
本実施例の盛上げタップ50によれば、食付き部24のねじ山18のピッチPgは、食付き部24の先端に向かうほど大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物40を塑性変形させるために進み側フランク面18aに加えられる被加工物40からの反力Faが追い側フランク面18bに加えられる被加工物40からの反力Fbよりも小さくされる。従って、タッピング加工時において、進み側フランク面18aに対する圧力が抑制され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【実施例3】
【0039】
図14は、本発明の他の実施例の盛上げタップ60のねじ山18を示す
図3に相当する図である。盛上げタップ60の食付き部24において、完全山部26のねじ山18のピッチPoと同じピッチPg(=Po)に続いて、ピッチPoより大きいピッチPg1が設定されており、食付き部24の先端に向かうほどねじ山18のピッチPgが大きくされている。
【0040】
本実施例の盛上げタップ60によれば、食付き部24のねじ山18のピッチPgのうちの一部のピッチは、完全山部26のねじ山18のピッチPoに対して大きくされている。このことから、タッピング加工時において、被加工物40を塑性変形させるために進み側フランク面18aに加えられる被加工物40からの反力Faが追い側フランク面18bに加えられる反力Fbよりも小さくされる。従って、タッピング加工時において、進み側フランク面18aに対する反力Faが抑制され、盛上げタップ10の耐久性や工具寿命の低下が抑制される。
【0041】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0042】
例えば、前述の実施例の盛上げタップ10,50,60は、被加工物40に設けられた下穴42内に食付き部24側からねじ込まれることにより、雄ねじ14に設けられたねじ山18がその下穴42の内周面42aに食い込んで塑性変形させることにより雌ねじ44を成形するように用いられるものであったが、下穴42を加工するドリルやリーマ等をタップの先端側に一体的に設けることもできるし、雌ねじ44の内径を仕上げるための内径仕上げ刃を一体に設けることもできる。また、1条ねじを加工する盛上げタップだけでなく、2条以上の多条ねじを加工する盛上げタップにも適用され得る。
【0043】
また、前述の実施例の盛上げタップ10,50,60は、好適には、複数のねじ山18が中心軸線Cと平行に連続するように、中心軸線Cまわりに等間隔で3列以上設けられるが、各列の突出部20を中心軸線Cまわりにねじれた螺旋状に連続するように設けることもできるし、中心軸線Cまわりに不等間隔で設けることもできるなど、種々の態様が可能である。必要に応じて、転造油剤を供給する油溝等が雄ねじ14を周方向に分断するように中心軸線C方向にたとえば3本以上設けられても良い。
【0044】
また、前述の実施例の盛上げタップ10,50,60の食付き部24において、雄ねじ14のねじ山18の一対のフランク面18a,18bのフランク角θは共に30度で、ねじ山18の角度(全角=2θ)は60度の一般的な角度であるが、フランク角θが30度以外のねじ山18や、一対のフランクのフランク角θが互いに相違するねじ山18を有する盛上げタップにも本発明は適用され得る。また、ねじ山18の山頂は、平坦ではなく、R状に形成されていてもよい。
【0045】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0046】
10、50、60:盛上げタップ
14:雄ねじ
16:ねじ部
18:ねじ山
18a:進み側フランク面
18b:追い側フランク面
20:突出部
22:逃げ部
24:食付き部
26:完全山部
40:被加工物
42:下穴
44:雌ねじ
C:中心軸線
Da:押し込み深さ
Db:押し込み深さ