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特許7298414回転機の異常予兆診断システム、回転機の異常予兆診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】回転機の異常予兆診断システム、回転機の異常予兆診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/34 20200101AFI20230620BHJP
   G01R 31/00 20060101ALI20230620BHJP
【FI】
G01R31/34 A
G01R31/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019172022
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021050921
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-02-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】井坂 一貴
(72)【発明者】
【氏名】外田 脩
【審査官】田口 孝明
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-090546(JP,A)
【文献】国際公開第2018/042616(WO,A1)
【文献】特開2009-291065(JP,A)
【文献】特開2008-197007(JP,A)
【文献】特開2013-061853(JP,A)
【文献】特開2009-116420(JP,A)
【文献】特表2006-526855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC G01R 31/327-31/34、
31/32-31/36、
31/00-31/01、
31/24-31/25、
G01M 13/00-13/045、
99/00、
H02P 4/00、
25/08-25/098、
29/00-31/00、
H02K 11/00-11/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機に流れる電流の波形を診断し、前記回転機の構造系における異常予兆を判定するシステムであって、
事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習部と、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断部と、を備え、
前記学習部は、前記学習データに基づき正常状態の前記回転機の稼働に関する電源周波数から回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした前記学習パラメータを取得する一方、
前記診断部は、前記診断データに基づく前記電源周波数から前記回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした診断パラメータを取得し、
前記学習パラメータと前記診断パラメータの内積値と、前記学習パラメータと前記診断パラメータのなす角度とを診断値として算出し、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定することを特徴とする回転機の異常予兆診断システム。
【請求項2】
前記学習部は、1つ以上の前記学習データを取得するとともに、取得した前記学習データを必要に応じて分割して学習パラメータ群を取得し、
記学習パラメータ群のベクトルの平均値を算出することで基準データを取得する一方、
前記診断部は、前記診断データを分割して診断パラメータ群を取得し、前記各診断パラメータについて、それぞれ前記基準データとの前記内積値および前記角度を算出し、
算出した前記内積値および前記角度それぞれの平均値を前記診断値とすることを特徴とする請求項1記載の回転機の異常予兆診断システム。
【請求項3】
前記診断部は、前記学習パラメータ群の平均値および偏差値と、前記診断パラメータ群の平均値および偏差値とに基づき異常度を算出し、
前記異常度に応じて前記異常予兆を判定することを特徴とする請求項2記載の回転機の異常予兆診断システム。
【請求項4】
前記平均値は、最小値・最大値から任意の範囲内を外れ値として除去したトリム平均である
ことを特徴とする請求項2または3記載の回転機の異常予兆診断システム。
【請求項5】
前記学習部および前記診断部は、前記分割前に前記学習データおよび前記診断データを累乗する
ことを特徴とする請求項2~4のいずれかに記載の回転機の異常予兆診断システム。
【請求項6】
前記学習部および前記診断部は、前記電流波形データをフーリエ変換またはピリオドグラム法によるパワースペクトル推定の後に前記学習パラメータ・前記診断パラメータを取得する
ことを特徴とする請求項1~5いずれかに記載の回転機の異常予兆診断システム。
【請求項7】
回転機に流れる電流の波形を診断し、前記回転機の構造系における異常予兆を判定するシステムであって、
事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習部と、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断部と、を備え、
前記学習部は、前記学習データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを前記学習パラメータとする一方、
前記診断部は、前記診断データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを診断パラメータとし、
前記学習パラメータと前記診断パラメータの内積値と、前記学習パラメータと前記診断パラメータのなす角度とを診断値として算出し、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定することを特徴とする回転機の異常予兆診断システム。
【請求項8】
コンピュータにより回転機に流れる電流の波形を診断し、前記回転機の構造系における異常予兆を判定する方法であって、
事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習ステップと、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断ステップと、を有し、
前記学習ステップは、前記学習データに基づき正常状態の前記回転機の稼働に関する電源周波数から回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした前記学習パラメータを取得する一方、
前記診断ステップは、前記診断データに基づく前記電源周波数から前記回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした診断パラメータを取得するステップと、
前記学習パラメータと前記診断パラメータの内積値と、前記学習パラメータと前記診断パラメータのなす角度とを診断値として算出するステップと、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定するステップと、
を有する
ことを特徴とする回転機の異常予兆診断方法。
【請求項9】
コンピュータにより回転機に流れる電流の波形を診断し、前記回転機の構造系における異常予兆を判定する方法であって、
事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習ステップと、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断ステップと、を有し、
前記学習ステップは、前記学習データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを前記学習パラメータとする一方、
前記診断ステップは、前記診断データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを診断パラメータとするステップと、
前記学習パラメータと前記診断パラメータの内積値と、前記学習パラメータと前記診断パラメータのなす角度とを診断値として算出するステップと、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定するステップと、
を有する
ことを特徴とする回転機の異常予兆診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転機に流れる電流の波形を診断し、回転機の構造系の異常予兆を検出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
回転機の構造的な異常を電流に基づき検知する診断手法としては、特許文献1,2が公知となっている。
【0003】
特許文献1の診断手法は、周波数解析手段の周波数解析結果に基づきモータの電源周波数レベルと診断対象機器の回転周波数測帯波レベルの差異を算出する。ここで算出された差異値を判定基準と照合し、照合結果に基づき診断対象機器の回転系異常の有無を判定する。
【0004】
特許文献2の診断手法は、電動機やインバータに流れる電流高調波の各次数の高調波含有率を演算し、電動機などの稼働状態・異常劣化を診断する。この演算には、あらかじめ定められた次数までの電流高調波の総合歪み率で除した特定の指数値と、前記電流高調波の選択した主成分の寄与率とが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-90546
【文献】特開2016-118928
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2の診断手法には、以下の問題があった。
【0007】
(1)特許文献1の診断手法は、電周波数レベルと回転周波数測波帯レベルとの差異値を用いてモータ(回転機)を診断している。
【0008】
しかしながら、実際に現場で稼働している回転機には様々な外乱(ノイズ)が重畳されることが多く、電源周波数レベルと回転周波数測帯波レベルとに相関がみられず、前記差異値による判定では誤判定(正常なモータに対する異常判定・異常なモータに対する正常判定など)を生じるおそれがあった。
【0009】
(2)特許文献2の診断手法に用いる主成分寄与率は、多次元事像の関連性を分析する主成分分析法により得られている。この主成分分析法は、固有値問題があるため、計算時間がかかりすぎてしまう問題がある。
【0010】
そのため、特許文献2の診断手法には、ある程度性能の高い計算機(コンピュータ)が必要となる。一方、実際の現場では性能の抑えられた計算機(例えばノートパソコンなど)が使用されることが多く、この点で現場への適応が困難なおそれがある。
【0011】
本発明は、このような従来の問題を解決するためになされ、高スペックな計算機を必要とすることなく、現場において高精度に回転機の異常予兆の発生を検出可能な技術の提供を解決課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明に係る異常予兆診断システムの一態様は、事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習部と、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断部と、を備え、
前記学習部は、前記学習データに基づき正常状態の前記回転機の稼働に関する電源周波数から回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした前記学習パラメータを取得する一方、
前記診断部は、前記診断データに基づく前記電源周波数から前記回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした診断パラメータを取得し、
前記両パラメータの内積値と、前記両パラメータのベクトルのなす角度とを診断値として算出し、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定することを特徴としている。
【0013】
(2)本発明に係る異常予兆診断システムの他の態様は、事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習部と、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断部と、を備え、
前記学習部は、前記学習データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを前記学習パラメータとする一方、
前記診断部は、前記診断データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを診断パラメータとし、
前記両パラメータの内積値と、前記両パラメータのベクトルのなす角度とを診断値として算出し、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定することを特徴としている。
【0014】
(3)本発明に係る異常予兆診断方法の一態様は、事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習ステップと、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断ステップと、を有し、
前記学習ステップは、前記学習データに基づき正常状態の前記回転機の稼働に関する電源周波数から回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした前記学習パラメータを取得する一方、
前記診断ステップは、前記診断データに基づく前記電源周波数から前記回転周波数分離れた二つの周波数におけるスペクトルの二値をベクトルとした診断パラメータを取得するステップと、
前記両パラメータの内積値と、前記両パラメータのベクトルのなす角度とを診断値として算出するステップと、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定するステップと、
を有することを特徴としている。
【0015】
(4)本発明に係る異常予兆診断方法の他の態様は、事前に正常状態における前記回転機の電流波形データを学習データとして取得し、取得した学習データに基づき学習パラメータを作成する学習ステップと、
診断対象の前記回転機の電動波形データを診断データとして取得し、取得した診断データを前記学習パラメータに基づき診断する診断ステップと、を有し、
前記学習ステップは、前記学習データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを前記学習パラメータとする一方、
前記診断ステップは、前記診断データに周波帯域の量子化を実行してスペクトル波形の小区間に区切り、小区間毎に平均値または最大値をとって量子化した波形の一点として量子波形データを取得し、取得された量子波形データのベクトルを診断パラメータとするステップと、
前記両パラメータの内積値と、前記両パラメータのベクトルのなす角度とを診断値として算出するステップと、
前記算出された前記診断値に基づき前記異常予兆の発生を判定するステップと、
を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高スペックな計算機を必要とすることなく、現場において高精度に回転機の異常予兆を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1に係る回転機の異常予兆診断システムの構成図。
図2】同 学習ステージのフロー図。
図3】同 診断ステージのフロー図。
図4】時系列電流波形データの分割を示すイメージ図。
図5】時系列電流波形データに基づく回転機の構造系診断結果の一例を示すグラフ。
図6】実施例2の外れ値を除外するトリム平均の説明図。
図7】回転機の電源周波数側帯波(+回転周波数)の値を示すグラフ。
図8】平均値と25%トリム平均値との比較を示すグラフ。
図9】実施例3の波形データ累乗部を示す構成図。
図10】sin波形と9乗sin波形との比較を示すグラフ。
図11】(a)は実施例5の波形量子化前のグラフ、(b)は同波形量子化後のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る回転機の異常予兆診断システムを説明する。この異常予兆診断システムは、回転機(電動機・発電機)に流れる電流波形から構造系の異常時に発生するパラメータを算出し、正常時のパラメータとの乖離度から異常予兆の有無を判定する。以下、前記異常予兆診断システムの実施形態を実施例1~5に基づき説明する。
【実施例1】
【0019】
図1図4に基づき実施例1の前記異常予兆診断システムを説明する。図1中の1は、前記異常予兆診断システムを示している。ここでは診断対象となる回転機2に接続された電源ケーブル3/接地線(アース線)4に対して電流センサ5が取り付けられている。
【0020】
この電流センサ5により回転機2の電流波形が計測され、電流波形データとして診断装置6に入力される。すなわち、電流センサ5と診断装置6とはデータ入力可能に接続され、診断装置6は入力された電流波形データに基づき回転機2について異常予兆発生の有無を判定する。
【0021】
この診断装置6は、主にノートパソコンなどのコンピュータにより構成され、コンピュータの通常のハードウェアリソース(例えばCPU,RAM・ROM等の主記憶装置,HDD・SSD等の補助記憶装置など)を備える。
【0022】
このハードウェアリソースとソフトウェアリソース(OS,アプリケーションなど)との協働の結果、図2および図3に示すように、前記診断装置6は、事前に正常状態における回転機2の電流波形データを学習して基準データを作成する学習部7と、基準データを用いて回転機2を診断して前記異常予兆の発生を判定する診断部8とを実装する。
【0023】
学習部7の処理内容は、図2に示すように、時系列データ収集部10,波形データ分割部11,パラメータ計算部12,基準データ生成部13により実行される。一方、診断部8の処理内容は、図3に示すように、時系列データ収集部10,波形データ分割部11,パラメータ計算部12,診断部14,異常判定部15により実行される。以下、各部7,8に大別して説明する。
【0024】
≪学習部7の処理内容≫
図2に基づき学習部7の処理内容を説明する。この学習部7の処理内容は、回転機2が正常状態であることを前提とし、事前に電流波形データを学習することにより単一ベクトル値の基準データを作成する。
【0025】
(1)時系列データ収集部10
時系列データ収集部10には、回転機2の三相電源の一相または三相に取り付けられた電流センサ5の計測データが入力されて収集される。すなわち、正常状態で運転中の回転機2に対する電流センサ5のセンサ値をデジタルサンプリングし、例えばサンプリング周波数100KHzで計測時間10秒間の時系列電流波形データを学習データとして取得する。
【0026】
ここで取得された時系列電流波形データは1データ以上あればよいが、複数データ(例えば10データ)が取得されることが好ましい。なお、最適なデータ数については診断対象とする回転機2の稼働状況によるものとする。
【0027】
(2)波形データ分割部11
波形データ分割部11は、時系列データ収集部10で収集された学習データを分割する。ここでの分割は等分割(例えば8分割など)することが一般的である。
【0028】
ただし、図4に示すように、N個のデータ長の互いに重なり合った区間で学習データを切り出すことで複数の学習データ(例えば1学習データから8学習データ)を取得することが好ましい。これにより複数周期分の学習データを取得することができる。なお、十分な学習データが収集されていれば、波形解像度維持の観点から波形データ分割部11の処理を省略してもよいものとする。
【0029】
(3)パラメータ計算部12
パラメータ計算部12は、前記両部11,12で得られた各電流波形データに対してフーリエ変換(ハニング窓を使用)を実行して周波数スペクトルに変換し、変換後の絶対値をとる。
【0030】
その後に回転機2の稼働に関する電源周波数FLと回転周波数Frとに基づき「(電源周波数FL)±(回転周波数Fr)」の二値を求め、さらにこの二値における周波数スペクトルX1,X2を求める。ここで求められた周波数スペクトルの二値をベクトルXとすると、式(1)と表せられる。
【0031】
【数1】
【0032】
このとき周波数スペクトルは必ず正の値なため、「x1,x2≧0」が成立する。このベクトルXは、「(学習データ数)×(学習データの分割数)」分だけ作成される。これを学習パラメータ群とする。
【0033】
(4)基準データ生成部13
基準データ生成部13は、パラメータ計算部12で得られた学習パラメータ群、即ち複数のベクトルXの平均値を計算することで、式(2)に示す単一の基準データ(ベクトルX)を取得する。ここで取得された基準データは前記記憶装置に記憶される。なお、診断部8の処理時に前記記憶装置から読み出されて診断値の算出に用いられる。
【0034】
【数2】
【0035】
≪診断部8の処理内容≫
診断部8では基準データを用いて診断値を算出し、診断値に基づき回転機2の異常予兆の有無を判定する。すなわち、診断時における回転機2の電流波形が電流センサ5で計測され、学習時と同様に時系列電流波形データとして時系列データ収集部10に入力されて収集される。ここで取得された時系列電流波形データを診断データとする。
【0036】
ただし、診断部8では診断データが得られると直ちに診断を実行するため、一定期間収集したデータで診断を始める。このデータを1データとして扱ってもよく、複数データとして扱ってもよい。このとき波形データ分割部11およびパラメータ計算部12は、基本的に学習部7と同様な処理を実行する。その結果として得られた診断部8の電源周波数の側帯波のパラメータ値を、数(3)に示すベクトルX´(診断パラメータ)とする。
【0037】
【数3】
【0038】
(1)診断部14
診断部14は、数(3)のベクトルX´と基準データ(ベクトルX)とで式(4)の計算式で内積値を計算する。ここでの内積値は、診断データの分割数分が得られる。
【0039】
【数4】
【0040】
また、ベクトルX´と基準データ(ベクトルX)の大きさを、数(5)とすると、二つのベクトルのなす角度θを用いて、「cosθ」が式(6)のように算出される。
【0041】
【数5】
【0042】
【数6】
【0043】
さらに算出された「cosθ」を用いて、式(7)の逆余弦「cos-1(cosθ)」を計算することで角度θを算出することができる。
【0044】
【数7】
【0045】
ここで得られた式(5)の内積値と式(7)の示す角度θとを診断データの分割数分を計算する。この計算結果の平均値を算出することで代表の内積値と角度とが得られる。ここで得られた情報(代表の内積値と角度)を診断値とする。
【0046】
(2)異常判定部15
診断部14で得られた診断値を用いて正常データ(基準データ)と差から診断時における回転機2の状態を把握する。このとき診断値は、大きくなるに従って正常データと乖離して異常度合いが増えることを示しているので、単に診断値を過去データと比較するだけで異常予兆を検出してもよい。
【0047】
もっとも、閾値を設定すれば診断値が閾値を越えるか否かを判定するだけでよく、異常診断が容易となるので、その手法の採用が好ましい。ここでは閾値の決定方法の一例を説明する。
【0048】
まず、閾値を定めやすくするため、新たな判定値として異常度を計算する。この異常度は、学習データを学習した際に得られた学習パラメータ群(ベクトルX群)の平均値・偏差値(μ1,σ1)と、今回診断する診断データの診断パラメータ群(ベクトルX´群)の平均値・偏差値(μ2,σ2)とを用いて、式(8)で計算される。
【0049】
【数8】
【0050】
式(8)中、「μ1,σ1」は学習パラメータ群(ベクトルX群)の平均と偏差とを示し、「μ2,σ2」は診断パラメータ群(ベクトルX´群)の平均と偏差とを示し、「K」は判定係数を示し、「kc,kd」は注意域係数,危険域係数を示している。
【0051】
つぎに判定係数K,注意域係数kc,危険域係数kdは、それぞれ回転機2の稼働状況や回転機2の重要度に応じて、例えば(K=1,2、kc=3、kd=6)などと設定される。また、異常値の値が「20%」を越えれば注意域、同「70%」を越えれば危険域などに設定でき、注意域では回転機2の点検を促し、危険域では回転機2の停止レベルを促す。なお、式(8)の計算の結果が「100%」を越えた場合の異常度は「100%」のままとする。
【0052】
このような異常度を算出することによって回転機2の状態レベルを監視できるため、実際の現場で回転機2の状態を監視確認すれば、回転機2の異常予兆の発生を捉えることが可能となる。図5に基づきシミュレーション時における回転機2の構造系の診断例を説明する。
【0053】
ここでは回転機2に負荷の回転体(図示省略)を接続し、該回転体に重りを段階的に取り付けることで回転機2の構造系異常、即ちアンバランス異常を模擬的に発生させ、そのときの時系列電流波形データに基づき診断して異常予兆の有無の判定を行っている。
【0054】
具体的には「正常」状態はアンバランス異常の発生していない状態、即ち前記回転体および前記重りを取り付けていない状態を示している。また、「異常 小」、「異常 中」、「異常 大」は、それぞれ前記重りを段階的に増量させてアンバランス異常を大きくさせた状態を示している。
【0055】
そして、図5の判定結果によれば、「正常」状態は異常度「0%」と示され、「異常 小」・「異常 中」の状態はそれぞれ異常度「50%」と示され、「異常 大」の状態は異常度「100%」と示され、正しく判定が行えることが確認された。
【0056】
このとき前記異常予兆診断システム1によれば、基準データと診断パラメータの内積値を診断値に採用することで計算時間の抑制を図っている。これにより高スペックな計算機(コンピュータ)を必要とすることなく、実際の現場で使用される性能の抑えられた計算機、例えばノートパソコンなどで高精度の診断が可能となる。
【0057】
また、波形データ分割部11により学習データおよび診断データを分割するため、少ない計測回数でも疑似的にデータを増やすことができる。したがって、そのままの学習データ・診断データから抽出した場合よりもバリエーションの多いパラメータが得られる。この点でもより高精度の診断が可能となる。
【実施例2】
【0058】
図6図8に基づき実施例2の前記異常予兆診断システム1を説明する。ここでは基準データ生成部13および診断部14の処理に変更が加えられている。
【0059】
すなわち、学習データおよび診断データの時系列電流波形データは、一般的に用いられている時系列振動波形データと比較して安定した値が取り難く、外れ値(平均の値から大きく離れた値)を取ることが少なくない。
【0060】
そこで、本実施例では、外れ値を除去する処理を基準データ生成部13および診断部14に行わせている。実施例1では学習パラメータおよび診断パラメータを計算した後にパラメータの平均を求めていた。この点につき実施例2では両パラメータのトリム平均を求める処理に変更する。
【0061】
図6に基づき説明すれば、基準データ生成部13では学習パラメータ群の平均値が計算され、診断部14では診断パラメータ群の平均値が計算される。このパラメータの個々の値は外れ値を含む場合があるため、単純に平均値を計算すると、外れ値の影響を受けるおそれがある。
【0062】
そこで、図6に示すように、意図しない最小値や最大値付近のデータを取り除いて平均値を求めるトリム平均を採用した。ここでは取り除くデータ数は、「%(総データ数の%)」で表すものとする。
【0063】
例えば100個のデータに「10%」トリム平均を行うと、最大値側・最小値側のそれぞれから10%(10個)ずつ除いた80個のデータの平均が算出される。ここで取り除くデータ数の割合(外れ値の割合)は、学習データや診断データの取得数や回転機2の稼働状況などに応じて様々であるが、例えば「25%トリム平均」にするとよい。
【0064】
図7および図8に基づき一例を説明する。図7は、ある回転機2の正常状態における時系列電流波形データのスペクトル波形の電源波数側帯波(+回転周波数)の推移を示し、Pは外れ値を示している。
【0065】
図8は、図7の推移をソートし、「平均値」と「25%トリム平均値」とを示し、「25%トリム平均」を行うことで外れ値Pが除外され、「平均値」よりも高い精度が得られている。したがって、本実施例によれば、診断値および異常度の正確性が向上し、この点で異常予兆発生の誤検出を抑制することができる。
【実施例3】
【0066】
図9および図10に基づき実施例3の前記異常予兆診断システム1を説明する。ここでは時系列データ収集部10と波形データ分割部11との間に、図9に示す波形データ累乗部20が追加されている。
【0067】
すなわち、インバータ駆動している回転機2には、時系列電流波形データのゼロクロス部(0ボルト付近)に高調波電圧波形ひずみがノイズとして存在し、電流波形に影響を及ぼすおそれがある。
【0068】
そこで、本実施例では、前記ひずみによるノイズを除去するため、波形データ累乗部20を導入した。ここで波形データ累乗部20は、収集された学習データおよび診断データに対して奇数乗の累乗計算を実行する。
【0069】
図10には生波形(sin波形)と9乗波形(sin波形)とを示され、9乗することで特等が強調され、ゼロクロス部付近の波形が「0」に近似することが確認できた。これをインバータ駆動の回転機2の時系列電流波形データに対して処理を加えることでインバータ得有のノイズを無視することが可能となる。
【0070】
したがって、本実施例によればインバータ駆動の回転機2を適切に診断し、異常予兆を判定することが可能となる。なお、波形データ累乗部20の処理内容は、奇数乗に限定されることなく、偶数乗でも元データの符号を乗ずればよい。
【実施例4】
【0071】
実施例4の前記異常予兆診断システム1を説明する。本実施例のシステム構成は実施例1と同じであるが、学習部7および診断部8のパラメータ計算部12の処理内容が相違する。
【0072】
すなわち、実施例1のパラメータ計算部12は、フーリエ変換を実行し、スペクトル波形を求めて学習パラメータなどを計算していたが、本実施例ではピリオドグラム法によるパワースペクトル密度推定法で計算する処理に変更されている。
【0073】
ここで実行されるピリオドグラムは、ノンパラメトリック推定法の一種で変動過程のパワースペクトル密度を推定する手法である。そもそも時系列信号を扱う信号解析を行ううえで、多くの場合に外部ノイズなどの確率的な現象が信号に乗る。
【0074】
換言すれば、フーリエ変換によるスペクトル解析を行う場合でも、前記確率的な現象が混入するので、定常的にランダムにノイズが発生し、診断結果に影響を与える場合がある。そこで、本実施例では、フーリエ変換ではなく、ピリオドグラムによるパワースペクトル密度の推定法を実行することとした。
【0075】
この推定法は、時系列電流波形データのフーリエ変換を求め、振幅の2乗を適宜スケーリングするものあり、式(9)で表される。ここではサンプリング周波数「Fs」、長さLの信号「xL(n)」と仮定する。
【0076】
【数9】
【0077】
本実施例によれば、定常的にランダムに発生しているノイズを抑制でき、学習パラメータおよび診断パラメータなどのバラつきが抑えられ、安定した診断結果が得られる。
【実施例5】
【0078】
実施例5の前記異常予兆診断システム1を説明する。本実施例は、装置構成は実施例1と同じであるが、実施例4と同じく学習部7および診断部8のパラメータ計算部12の処理が相違する。
【0079】
すなわち、実施例1では電源周波数FLと回転周波数Frとに基づき「(電源周波数FL)±(回転周波数Fr)」の二値を求める。これに対して本実施例では、周波帯域の量子化を行って得られた波形をベクトルとして扱う処理に変更されている。
【0080】
そもそも現場の回転機2は、様々な負荷や稼働状況などにより回転数および回転周波数の変動が生じている。そのため、回転機2について実施例1で求める前記二値が正しく求められないおそれがある。このとき回転機2の回転数が正しく求められればよいが、不明な場合もある。
【0081】
そこで、本実施例では、電源周波数周辺の周波帯域に対して、スペクトル波形の周波数方向に小区間に区切る量子化を実行する。ここでは小区間がオーバラップしてもよく、その後に小区間毎に平均値又は最大値をとり、量子化した波形の一点とする。得られた量子化波形データを「ベクトルXq=(xqi,xq2,q3,...)」として、その後の学習・診断の処理を実行する。
【0082】
図11は、対数を取ったスペクトル波形を量子化した一例を示している。ここでは「100Hz」以下のスペクトル波形に対して小区間30データ,オーバラップ10データで平均を取り、量子化を行っている。
【0083】
このとき小区間の範囲は回転機2によって異なり、回転周波数の変動が含まれるように範囲を決定すると変動によらずに診断することが可能となる。したがって、本実施例によれば、回転数の不明/測れない回転機(例えば水中ポンプなど)2についても、量子化の区間を回転数の取りうる範囲を含むように設定すれば、回転周波数を含んだ側帯波の学習パラメータおよび診断パラメータを得ることができる。この点で負荷による回転数の変動を伴う回転機2についても診断可能となる。
【0084】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載された範囲内で変形して実施することができる。例えば診断装置6の構成は、図2図3図6には限定されず、他の構成を用いてもよいものとする。また、実施例2のトリム平均は、異常度算出に使用される平均値(μ1)(μ2)に使用することもできる。
【符号の説明】
【0085】
1…回転の異常予兆診断システム。
【0086】
2…回転機
3…電源ケーブル
4…接地線
5…電流センサ
6…診断装置
7…学習部
8…診断部
10…時系列データ収集部
11…波形データ分類部
12…パラメータ計算部
13…基準データ生成部
14…診断部
15…異常判定部
20…波形データ累乗部
図1
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