(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】オゾンインジケーターの調製方法およびオゾンインジケーター
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20230620BHJP
A61L 2/28 20060101ALI20230620BHJP
A61L 2/20 20060101ALI20230620BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20230620BHJP
G01N 21/77 20060101ALI20230620BHJP
A61L 101/10 20060101ALN20230620BHJP
【FI】
C09K3/00 Y
A61L2/28
A61L2/20 100
G01N21/78 A
G01N21/77 A
A61L101:10
(21)【出願番号】P 2021019941
(22)【出願日】2021-02-10
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】503242877
【氏名又は名称】株式会社タムラテコ
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003041
【氏名又は名称】安田岡本弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田村 耕三
(72)【発明者】
【氏名】福田 由之
(72)【発明者】
【氏名】小竹 武
(72)【発明者】
【氏名】石渡 俊二
(72)【発明者】
【氏名】井上 知美
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-318614(JP,A)
【文献】特開昭63-048371(JP,A)
【文献】特開2008-116386(JP,A)
【文献】特開2008-233072(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0012610(US,A1)
【文献】特開2001-245962(JP,A)
【文献】特開2022-092803(JP,A)
【文献】特開平11-083834(JP,A)
【文献】特開2002-069344(JP,A)
【文献】特開2007-292464(JP,A)
【文献】特開2016-160287(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K3/00
A61L2/00-2/28
G01N21/75-21/83
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オゾンガスの曝露時間に応じて変色するオゾンインジケーターの調製方法であって、
ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアントブルーを着色剤としてpH緩衝液に溶解して基本液を調整し、
前記基本液を親水性膜からなるフィルターに滴下し、
前記フィルターを乾燥する
ことを特徴とするオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項2】
前記pH緩衝液は、緩衝範囲がpH6~pH9である
請求項1に記載のオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項3】
前記pH緩衝液がりん酸緩衝液である
請求項2に記載のオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項4】
前記基本液にさらにチオ硫酸ナトリウムを加えて調整液を調整し、
前記基本液に換えて前記調整液を親水性膜からなる前記フィルターに滴下する
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項5】
前記オゾンガスの曝露時間に応じた変色を、
前記調整液におけるチオ硫酸ナトリウムの含有率を高めることにより遅らせる
請求項4に記載のオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項6】
前記親水性膜がPVDF親水性膜またはPTFE親水性膜である
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のオゾンインジケーターの調製方法。
【請求項7】
オゾンガスの曝露時間に応じて変色するオゾンインジケーターであって、
親水性膜からなるフィルター上に、ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアン
トブルーを溶解するpH緩衝液が滴下されて乾燥されている
ことを特徴とするオゾンインジケーター。
【請求項8】
オゾンガスの曝露時間に応じて変色するオゾンインジケーターであって、
親水性膜からなるフィルター上に、ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアントブルー、およびチオ硫酸ナトリウムを溶解するpH緩衝液が滴下されて乾燥されている
ことを特徴とするオゾンインジケーター。
【請求項9】
前記親水性膜がPVDF親水性膜またはPTFE親水性膜である
請求項7または請求項
8に記載のオゾンインジケーター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オゾンガスによる殺菌等においてその処理が意図通り適切になされたか否かを目視により簡便に評価する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
人類はこれまでに多くの感染症の流行に悩まされており、20世紀にはいってからはスペイン風邪、エボラ出血熱、後天性免疫不全症候群(AIDS)、重症急性呼吸器症候群(SARS)、高病原性鳥インフルエンザウイルス等、最近では新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界規模で進行している。
ところで、酸化作用を有するオゾンガスは、脱臭等の化学的分解に効果的であるとともに、有害な菌を無害化(殺菌)することが知られている。オゾンガスは、携帯可能な小型装置で発生させることができ、短時間で酸素に分解されてその痕跡が残らない特性を有しており、閉鎖空間および物質表面等の殺菌消毒に優れるものである。このようなオゾンガスは、例えば、本出願時において世界的に流行している新型コロナウイルスに対しても、その活性を減弱させることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
この知見は、病院などの医療現場において、コロナウイルスによる汚染区域を閉鎖してオゾンガスを汚染空間に放出し、汚染区域のコロナウイルスを不活性化させ得る可能性を示している。また、不足している感染防護具の再使用への応用に道を拓く可能性がある点でもオゾンガスによる殺菌処理は有望な手段である。
ここで、オゾンガスを用いる殺菌処理等の進捗は、処理環境におけるオゾンガスの濃度(ppm)と接触時間(分)との積であるCT値に依存することが広く知られている(例えば非特許文献2)。そこで、病院などの医療空間、使用済み感染防護具を収容した空間等にオゾン濃度計を設置し、計測したオゾンガス濃度を基にCT値を計算してオゾンガスによる殺菌処理の終了を判断する方策が考えられる。
【0004】
しかし、病院などの医療空間は広く、使用済み感染防護具を収容した空間も広い場合があり得、これらの空間に放出されたオゾンガスを空間全体に均等に行き渡らせることは容易ではない。そして、空気の滞留が生ずると、滞留部分ではオゾンガス濃度が他よりも低下する虞が大きい。局所的滞留が生じやすい空間のオゾンガス濃度を例えば1つのオゾン濃度計の計測値で代表させると、除染が不十分な一部空間、防護具が生ずる可能性が高く、除染後の医療空間の活用、防護具の再使用が感染拡大の原因となり得る。
【0005】
このような場合、比較的安価に調製でき目視等でオゾンガス曝露前後の変化を判断できるオゾンインジケーターが有れば、これを処理空間の例えば滞留が懸念される場所等にそれぞれ配し、処理後に複数のオゾンインジケーターの外観変化を指標に処理空間全体が意図通り除染が完了したかを判断することができる。
ここで「オゾンインジケーター」とは、電気的な検出器を有しない、オゾンガスに曝露した時間に応じて化学的に変化し、その変化とオゾン処理(除染、殺菌)の進捗とが相関する指標を言う。
【0006】
特許文献1には、酸化的殺菌剤による殺菌処理の指標となるインテグレーターが提案されている。このインテグレーターはインジケーター化学物質を含み、数例挙げられた酸化的殺菌剤の一つとしてオゾンが記載されている。特許文献1に記載されたインテグレーター(オゾンインジケーターに相当)は、インジケーター化学物質が基質(濾紙、ガラスフィルター等)上に形成されたものである。
【0007】
インテグレーターは、処理対象の一定の積荷器具とともに滅菌器内に配置される。殺菌処理において、酸化的殺菌剤は、インジケーター化学物質と反応し、インテグレーター上のインジケーター化学物質量を減少させる。インジケーター化学物質を酸化的殺菌剤に曝露した(殺菌処理した)後、インジケーター化学物質を色素前駆化学物質と反応させて発色生成物を形成させ、発色生成物の色の強度から基質上に残ったインジケーター化学物質量を決定する。残ったインジケーター化学物質量は発色の強度と相関があり、発色の強度は目視または分光光度法で評価され、殺菌処理の有効性の目安とされる。
【0008】
特許文献2には、酸化的滅菌剤のための生物学的インジケータが提案されている。生物学的インジケータは、「オゾン等の酸化的滅菌剤と反応性である遷移金属イオンを含む化合物」で前処理された微生物種の胞子を含む第1の区画、および酸化的滅菌剤に曝露された後に第1の区画の内容物と合わせるように適合された増殖培地を含む第2の区画で形成されている。生物学的インジケータでは、増殖培地に、酸化的滅菌剤に曝露された後の該胞子の生存性を指示するように選択された薬剤が入れられている。
【0009】
この生物学的インジケータは、殺菌処理において殺菌対象物とともに殺菌環境に置かれて使用すると解される。
なお、上記における処理の名称は、完全な滅菌を含まない場合が考えられることから、呼称を除き「殺菌」の語に統一した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2006-280933号公報
【文献】特表2016-511056号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】(世界初)オゾンによる新型コロナウイルス不活性化を確認、令和年2月14日、公立大学法人奈良県立医科大学、一般社団法人MBTコンソーシアム(インターネット、URL:http://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf)
【文献】寝具類洗濯業務におけるオゾンガス消毒に関する報告書、平成19年1月19日、厚生労働省、寝具類洗濯専門部会(インターネット、URL:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0119-7.html)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に提案されたインテグレーターは、殺菌処理の後、発色生成物を形成させる処理を必要とする。発色生成物の形成に要する時間は、滅菌サイクルが無効の場合、つまり滅菌が不完全な場合約5~6分であるが、殺菌処理を終えてさらに発色処理が必要な点で簡便性に欠ける。
特許文献2で提案された生物学的インジケータは、殺菌処理が終了した後、さらにインジケータ内の菌を増殖させる処理が必要な点で、やはり簡便性に欠ける。
【0013】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたもので、オゾンガスによる殺菌環境等に配することにより殺菌処理等の後に処理が意図通り適切になされたか否かを目視により簡便に評価できるオゾンインジケーターおよびその調製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る調製方法で調整されるオゾンインジケーターは、オゾンガスの曝露時間に応じて変色する。
このオゾンインジケーターの調製方法は、ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアントブルーを着色剤としてpH緩衝液に溶解して基本液を調整し、基本液を親水性膜からなるフィルターに滴下し、その後にフィルターを乾燥するものである。
【0015】
ここで「乾燥」とは、フィルターから過剰な水分を除去する処理を言う。乾燥の手段として、自然乾燥、温風または冷風による乾燥、低温での減圧乾燥等を採用し得る。
pH緩衝液は、緩衝範囲pH6~pH9であることが好ましい。
pH緩衝液は、りん酸緩衝液が好ましい。
好ましくは、基本液にさらにチオ硫酸ナトリウムを加えて調整液を調整し、調整液を親水性膜からなるフィルターに滴下する。
【0016】
オゾンガスの曝露時間に応じた変色を遅らせるためには、調整液におけるチオ硫酸ナトリウムの含有率を高めることが効果的である。
親水性膜としてPVDF親水性膜が好ましい。
本発明に係るオゾンインジケーターは、オゾンガスの曝露時間に応じて変色し、親水性膜からなるフィルター上に、ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアントブルー
を溶解するpH緩衝液が滴下されて乾燥されている。
【0017】
本発明に係る他のオゾンインジケーターは、親水性膜からなるフィルター上に、ブロモフェノールブルーまたはクマシーブリリアントブルー、およびチオ硫酸ナトリウムを溶解するpH緩衝液が滴下されて乾燥されている。
親水性膜としてPVDF親水性膜またはPTFE親水性膜が好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、オゾンガスによる殺菌環境に配することにより殺菌処理後に処理が意図通り適切になされたか否かを目視により簡便に評価できるオゾンインジケーターの調製方法およびオゾンインジケーターを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1はオゾンインジケーターへのオゾン曝露に用いた試験装置の正面図である。
【
図3】
図3はオゾンインジケーターから変色部分を取り出す概念を示す図である。
【
図4】
図4はオゾンガス曝露によるヨウ化カリウムでんぷん紙の変色程度を示す写真である。
【
図5】
図5は表1におけるCT値に対する色濃度の変化を示す図である。
【
図6】
図6は表2におけるCT値に対する色濃度の変化を示す図である。
【
図7】
図7は基本液を滴下したオゾンインジケーターのCT値と色濃度との関係を示す図である。
【
図8】
図8はチオ硫酸ナトリウム3%を含む調整液を滴下したオゾンインジケーターのCT値と色濃度との関係を示す図である。
【
図9】
図9はチオ硫酸ナトリウム5%を含む調整液を滴下したオゾンインジケーターのCT値と色濃度との関係を示す図である。
【
図10】
図10はチオ硫酸ナトリウム7%を含む調整液を滴下したオゾンインジケーターのCT値と色濃度との関係を示す図である。
【
図12】
図12は基本液にヨウ化カリウムを加えた溶液を用いてオゾンインジケーターを調製しオゾンガス曝露を行った結果を示す写真である。
【
図13】
図13は親水性膜の材質の相異によるオゾンインジケーターの色濃度変化を示す図である。
【
図14】
図14は基本液のpHとオゾンインジケーターのオゾンガス曝露による色濃度低下の程度とを示す図である。
【
図15】
図15はクマシーブリリアントブルーを用いてオゾンインジケーターを調製しオゾンガス曝露を行った結果を示す写真である。
【
図16】
図16はクマシーブリリアントブルーを用いたオゾンインジケーターのCT値と色濃度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1はオゾンインジケーターへのオゾン曝露に用いた試験装置1の正面図、
図2は試験装置1の平面図である。
試験装置1は、容器11、オゾン発生器12、加湿装置13、温度計、湿度計14、オゾン濃度計15およびCT値記録装置からなる。
容器11は、直方体の中空の箱であり、上面は取り外し可能な蓋16で閉じられる。
【0021】
容器11は、外部から内部の観察が容易なように、透明な塩化ビニル樹脂により製作されている。
オゾン発生器12は、オゾンランプ(紫外線ランプ)および強制循環ファンを内蔵する据え置き型の公知のオゾンガス発生装置である。
加湿装置13は、圧電振動子に高周波の交流電圧を加えて振動させ、発生する超音波により水から霧を発生させ、これを放出口17から外部に放出する装置である。
【0022】
湿度計14は、容器11内の湿度を測定し表示する装置である。湿度計14は、容器11に収容されている。
オゾン濃度計15は、容器11内に設置され、容器11内のオゾンガス濃度を測定するための公知の機器である。オゾン濃度計15は、外部に図示しないコントロール部を備え、コントロール部は、測定されたオゾン濃度をデジタル化してCT値記録装置に送信する。
【0023】
CT値記録装置は、オゾン濃度計15から送信されるオゾン濃度と送信の間隔(時間)とからCT値(=オゾン濃度×間隔時間)の増分を算出し、分解処理を開始した時点からこの増分を積算してその表示装置に積算値を表示する。CT値記録装置は、パーソナルコンピュータが用いられる。
本発明に係るオゾンインジケーターは、オゾンガス曝露環境に配して、例えば殺菌処理が想定どおり行われたか、有害物質の分解が意図したとおりに完了したかを処理後に判断する指標として使用される。具体的には、オゾンインジケーターは、オゾン濃度およびオゾンに曝露された時間の長さ(CT値)に応じて、変色の度合いが異なるように形成される。オゾン処理において、オゾン処理対象物の近傍に配されたオゾンインジケーターが、オゾン処理が終了した後に処理完了の場合のCT値に対応する変色を生じていれば、オゾン処理対象物は意図したオゾン処理が適切になされたものと判断される。
【0024】
オゾンインジケーターは、オゾン処理対象物に対する意図した処理(殺菌、分解等)が実際に完了したか否かを事後に判断する指標である。オゾンインジケーターは、例えば、オゾン処理環境においてオゾンガスが十分には行き渡らずオゾン濃度計の計測値よりも濃度が低くなりがちなデッドゾーン(気体滞留部分、非対流域)での、計測CT値から推測されるオゾン処理の進捗とは異なる実際のオゾン処理の進捗を評価するために使用される。
【0025】
次に、本発明に係るオゾンインジケーターの基本的な調製方法について説明する。
オゾンインジケーターは、オゾンガス曝露環境が目標とするCT値に達したか否かの判断を目視で行うための着色(発色)剤としてブロモフェノールブルー(以下「BPB」と記す)を用いた。
オゾンインジケーターの調製は、最初に、BPBが0.02%となるように、0.025mol/Lりん酸緩衝液(pH6.8)に溶解した。なお、本書面において成分割合を示す「%」は、特に説明のない限り「重量%」をいう。
【0026】
BPBは富士フィルム和光純薬社販売試薬特級を使用した。0.025mol/Lりん酸緩衝液は、堀場製作所販売のLAQUA(登録商標)シリーズにおけるpH標準液セット101-Sから中性リン酸塩標準液(pH6.86)を用いて調整した。
以下BPBをりん酸緩衝液に溶解した液を「基本液」という。
オゾンインジケーターは、ポリフッ化ビニリデン樹脂(以下「PVDF」と記す)製の親水性膜に基本液を滴下し、これを自然乾燥(室内放置)して得た。PVDF親水性膜は、メルク社が製造するポアサイズ5.0μm、直径47mmのメンブレンフィルター(登録商標「デュラポア」)を用いた。
【0027】
自然乾燥により得たオゾンインジケーターの外観は、青が強調された青紫色であり、視覚的には湿り気を感じさせない。
オゾンガス曝露有無、曝露程度の表示機能(色変化)について、アドバンテック東洋社が販売するヨウ化カリウムでんぷん紙をオゾンインジケーターの比較対象とした。
なお、オゾンインジケーターのオゾン曝露試験は、その変色の程度とCT値との関係を求め、CT値の増加におけるオゾンインジケーターの明確な変色の有無を調べるためである。
【0028】
試験装置1内に設置した試料台18にオゾンインジケーター21,21,21を載せ、容器11を密封とした後にオゾン発生器12を起動させ、オゾン濃度計15の計測値と経過時間とからCT値記録装置によりCT値の増加を観測した。このとき、試験環境を高湿度とする必要があるときは、加湿装置13を稼働させた。
オゾンガス濃度は、オゾン濃度計15の計測値に基づいて所定の濃度(5ppmまたは
30ppm)になるように、オゾン濃度計15のコントロール部がオゾン発生器12の動作を制御した。
【0029】
容器11内の温度は、20℃に保たれるように試験装置1が設置された室内のエアコンの温度設定を行い、容器11内がこの温度範囲に収まることを容器11内に差し入れられた熱電対により定期的に確認した。
オゾンガス曝露試験は常に同一条件で調製したオゾンインジケーター3点を使用し、一の調製条件のオゾンインジケーターについて、オゾンガス曝露試験を終了させる最終CT値を種々換えて、例えば後述する表1の場合CT値50,100,200,300のそれぞれ4回のオゾンガス曝露試験を行った。CT値0の場合は、調製したオゾンインジケーターをそのまま色調(色濃度)の測定対象とした。
【0030】
オゾンインジケーター21は、オゾンガスに曝露される前には青紫色であり、オゾンガスに曝露されるにしたがって減色し、最終的には無色となる。
次に、オゾンガス曝露試験によるオゾンインジケーター21の減色の程度の評価方法について説明する。
図3はオゾンインジケーター21から減色測定部分を取り出す概念を示す図である。
【0031】
この評価方法は、オゾンインジケーター21のオゾンガス曝露試験における減色の程度を判断する本明細書限りのものであり、実際の殺菌、分解等のオゾンガス処理に用いられたオゾンインジケーター21の減色度合いを評価するものではない。実用段階のオゾンガス処理におけるオゾンインジケーター21の減色度合いの判断は、迅速性が求められることから目視により行うことを想定している。
【0032】
試験装置1内のオゾンガス環境に所定のCT値に達するまで曝露されたオゾンインジケーター21は、容器11から取り出された後、濾紙22上に載せられる。使用する濾紙22は、アドバンテック社製の定性濾紙No.2である。
濾紙22に載せられたオゾンインジケーター21は、蛍光灯の照明のもとで、スタンドに固定されたデジタルカメラにより、統一された条件で撮影される。「統一された条件」とは、カメラ、カメラと被写体との距離、撮影環境の明るさ、撮影画素数、撮影感度、絞り値、シャッタースピード、ホワイトバランス等において同じ(統一された)条件の意である。
【0033】
撮影は、オゾンインジケーター21を含む濾紙22全体を対象に行われ、画像データはパソコンに取り込まれて、解析ソフトImageJ1.52v(URL:https://imagej.jaleco.com/ からダウンロード)によりオゾンインジケーター21の色濃度が求められる。
パソコンでは、取り込まれた画像が、ImageJ1.52vにより光の三原色(RGB)それぞれの要素に分解され、その中のR(レッド)の要素について、オゾンインジケーター21の一部分23およびこれと同一面積である濾紙22の一部分24の、それぞれの濃度が求められる。RGBの三要素に分解された画像は、明暗だけのモノクロであり、求められる「濃度」は実際にはレッド要素(レッドチャンネル)における「明度」である。
【0034】
前述した「オゾンインジケーター21の色濃度」とは、レッド要素におけるオゾンインジケーター21の「濃度」の値から濾紙22の「濃度」の値を差し引いた値である。
なお、下記各表における「色濃度」の各数値は、上述した(ImageJ1.52vを用いた)方法により求めた値に「-1」を掛け合わせた数値である。
図4はオゾンガス曝露試験におけるヨウ化カリウムでんぷん紙の変色程度を示す写真である。
【0035】
表1は基本液によるオゾンインジケーター21の色濃度の変化を示す表である。
図5は表1におけるCT値に対する色濃度の変化を示す図である。
【0036】
【0037】
ヨウ化カリウムでんぷん紙のオゾンガス曝露試験、および表1のオゾンガス曝露試験は、加湿装置13を稼働させて湿度を70%前後に維持させて行った。
図4における「水(-)」は、入手したヨウ化カリウムでんぷん紙をそのままオゾンガス曝露試験に用いた結果を、「水(+)」は、事前に逆浸透水を滴下したヨウ化カリウムでんぷん紙をオゾンガス曝露試験に用いた結果を示す。
【0038】
ヨウ化カリウムでんぷん紙にオゾンガスを曝露した場合(「水(-)」)は、CT値10までに紫色のまだら模様に薄く着色したが、CT値50ではこの紫が少し退色した。オゾンガス曝露前に水を滴下したヨウ化カリウムでんぷん紙(「水(+)」)はCT値10までに急速に紫色に発色したが、さらに曝露を続けると紫色は弱まり、CT値50では周辺部に紫色が残る程度であった。
【0039】
以上の結果から、ヨウ化カリウムでんぷん紙は、そのままでは発色の減色振れ幅が小さく、オゾンガス曝露環境における指標として実用的ではない。また、事前に水を滴下したヨウ化カリウムでんぷん紙についても、着色が明確であるものの、まだらに退色しいずれの部分を評価するかが定まらず、到達CT値との関連の明確化が難しい。またまだら模様に変色するので変色の再現性にも不安があり、CT値と関連づけるオゾンインジケーター(特定CT値の指標)として適切ではないと判断される。
【0040】
一方、基本液を用いたオゾンインジケーター21は、
図5に示されるようにCT値の増加と色濃度の変化とが明確に相関し、かつ一定のCT値を超えるとBPBによる発色が消滅する。このことから、基本液を用いたオゾンインジケーター21は、オゾンガスにより殺菌処理等を行うとき、処理対象物が実際に到達CT値に見合う条件でオゾンガスに晒されたか否かの判断に用いることができる。
【0041】
ここで「到達CT値」とは、オゾンガスによる分解、殺菌処理においてこの処理の終了を判断する特定のCT値の意である。「CT値」が分解、殺菌環境におけるオゾンガス濃度と処理時間との積であることは、前述したとおりである。
表2はオゾンインジケーター21の変色(色濃度変化)に対するオゾンガス雰囲気の湿度の影響を調べた結果である。
【0042】
【0043】
図6は表2におけるCT値に対する色濃度の変化を示す図である。
表2(
図6も参照)から、CT値の増加に伴うオゾンインジケーター21の色濃度変化に対して、オゾンガス曝露環境の湿度の影響は皆無または無視できる程度に小さいと思われる。
オゾンガスを用いた有害物質の分解処理等では、処理環境の湿度が分解等の程度に影響することが知られている(特許第6301329号公報)。そして、高湿度環境においても、分解等の終了をCT値で判断することが可能である。CT値そのものは「オゾン濃度
」と「曝露時間」との積であって、環境の湿度に影響されないので、上述したようにオゾンガス環境の湿度に影響されないオゾンインジケーター21の変色(退色、無色化)は、オゾン濃度計で測定して得られるCT値に代わる、またはこれを確認する指標とすることができる。
【0044】
基本液を使用したオゾンインジケーター21は、CT値が50近辺でBPBによる発色が消えて色濃度が略零(無彩色=無色)となり、それ以上のCT値では、目視で明確に無色と判断できる。基本液を使用したオゾンインジケーター21は、オゾンガス処理環境がCT値として50に達したか否かの目視による判断に有用である。
オゾンインジケーター21の退色、具体的には目視による無色が確認できる到達CT値をより高めるため、還元作用を有するチオ硫酸ナトリウムを基本液に加えてオゾンインジケーターを調製し、オゾンガス曝露試験によりその減色の程度について検討した。
【0045】
表3は、複数の異なる濃度となるようにそれぞれチオ硫酸ナトリウムを基本液に溶解し調整した溶液(以下「調整液」という)を、PVDF親水性膜に滴下し自然乾燥して得たオゾンインジケーターについて、オゾンガス曝露試験におけるCT値と色濃度との関係を示す。
オゾンガス曝露環境における湿度は、加湿装置13を稼働させ試験装置1内が湿度70%前後となるように留意した。
【0046】
【0047】
図7はチオ硫酸ナトリウムを加えない基本液によるオゾンインジケーター使用のオゾンガス曝露試験の結果、
図8~
図10はそれぞれチオ硫酸ナトリウムが3、5、7%となるように調整した調整液によるオゾンインジケーター使用のオゾンガス曝露試験の結果、
図11は
図7~
図10を一つに纏めた図である。
図8~
図10から、調整液を用いたオゾンインジケーターにおいてもCT値の増加とともに退色が進行し、それぞれが最終的に無色化(色濃度が零)する。また、
図11から、基本液に加えるチオ硫酸ナトリウムの増加に伴い、無色化するCT値が高まっていることが分かる。
【0048】
調整液を滴下して調製したオゾンインジケーターもその無色化が目視で簡便に確認でき、これをオゾンガス処理環境に配することにより、適切にオゾンガスが曝露されたか否かを検証することができる。
基本液に加えるチオ硫酸ナトリウムの量(調整液におけるチオ硫酸ナトリウムの濃度)を変更することにより、任意の到達CT値を示すオゾンインジケーターを調製することができる。
【0049】
オゾンガス曝露によるオゾンインジケーターの退色(減色)は、オゾンガスによりBPB(ブロモフェノールブルー)が酸化されてその染色根が変化することにより進行すると推測される。そして、調整液を用いたオゾンインジケーターでは、オゾンインジケーターに到達したオゾンガスと還元作用を有するチオ硫酸ナトリウムとが反応することにより、基本液を用いたオゾンインジケーターに比べてオゾンガスのBPBへの作用が軽減され、その退色(減色)を遅らせると考えられる。
【0050】
このことにより、還元性を持つチオ硫酸ナトリウムを基本液に加え(調整液とし)、これを用いてオゾンインジケーターを調製することによって、オゾンガスによってBPBが脱色する曝露量をCT値50から400の範囲で多段階に調整することができた。
次に、チオ硫酸ナトリウムと同様に還元作用を有するヨウ化カリウムについて、BPBの退色を遅らせる効果の有無について検討した。
【0051】
図12は基本液にヨウ化カリウムを加えた溶液を用いてオゾンインジケーターを調製しオゾンガス曝露を行った結果を示す写真である。
図12を参照すると、CT値100(
図12(b))ではBPBによる着色が明確に維持されており、CT値200(
図12(b))においても、BPBによる着色が薄く残っている。
【0052】
基本液へのヨウ化カリウム0.1%添加によるBPB減色の遅延効果は、
図11に示されるチオ硫酸ナトリウムの3%から5%添加によるBPB減色の遅延効果に相当する。基本液へのヨウ化カリウムの過剰な添加(例えば1%)はヨウ化カリウム自体による着色のためBPBの減色程度の判別が困難であるが、適量の添加であればヨウ化カリウムは十分にBPB減色の遅延に寄与すると認められる。
【0053】
表4は、PVDF親水性膜およびPTFE親水性膜をオゾンインジケーターに用いたときの差異について検討した結果である。
PVDF親水性膜は、メルク社が製造するポアサイズ0.45μm、直径47mmのメンブレンフィルター(登録商標「デュラポア」)である。PTFE親水性膜は、アドバンテック東洋株式会社が販売するポアサイズ0.5μm、直径47mmのメンブレンフィルターである。
【0054】
親水性膜の材質を異ならせたそれぞれのオゾンインジケーターの作成は、ヨウ化カリウムが所定の濃度になるように溶解した調整液を用い、他は、前述したPVDF親水性膜を用いたオゾンインジケーターの作成と同じである。
オゾンガス曝露環境における湿度は、70%前後となるように加湿装置13を稼働させた。
【0055】
また、CT値とこれらのオゾンインジケーターの変色程度(色濃度)との関係は、試験装置1を用いてオゾンガス曝露を行い、表1、表2等を得たのと同じ手順で求めた。
オゾンガス曝露時のオゾンガス濃度は30ppmとした。
なお、表4には色濃度について三点の平均のみを示す。
【0056】
【0057】
図13は親水性膜の材質の相異によるオゾンインジケーターの色濃度変化を示す図である。
表4および
図13から、オゾンインジケーターの親水性膜としてPTFEを採用すると、PVDFの親水性膜を使用した場合に比べて、オゾンインジケーターの減色の程度を和らげ、より大きなCT値のオゾンインジケーターとしての用途が期待できる。
【0058】
なお、ここで使用したPVDF親水性膜(Run50~54)の孔径(0.45μm)は表3のRun22~28における孔径(5.0μm)と異なるが、オゾンインジケーターの色濃度の変化の様子が略同じであることから、親水性膜の孔径はオゾンインジケータ
ーの減色に大きくは影響しないと考えられる。
表5は、BPBを溶解する溶媒のpHを変えて調製した基本液を用いたオゾンインジケーターのCT値と減色程度との関係を検討した結果である。
【0059】
表4におけるpH4、pH7、pH9の緩衝液は、それぞれ堀場製作所販売のpH標準液(フタル酸塩標準液(pH4.01)、りん酸塩標準液(pH6.86)、ホウ酸円標準液(pH9.18))を用いた。pH13.5に用いた溶媒は1規定(1N、1mol/L)の水酸化カリウム(KOH)である。なお、KOH溶液のpHはpHメータにより実測した値である。
【0060】
BPBは、これらの溶媒にそれぞれ0.02%となるように溶解した。これらについても以下「調整液」という。
pHが異なるそれぞれの調整液を用いたオゾンインジケーターの作成方法は、前述したPVDF親水性膜を用いたオゾンインジケーターの作成方法と同じである。
オゾンガス曝露環境における湿度は、70%前後となるように加湿装置13を稼働させた。オゾンガス曝露時のオゾンガス濃度は30ppmである。
【0061】
また、表5におけるそれぞれのpHの色濃度は、表1、表2等で色濃度を得たのと同じ手順で求めた。
【0062】
【0063】
図14は、表5に基づいて作成した、基本液のpHとオゾンインジケーターのオゾンガス曝露による減色(色濃度低下)の程度とを示す図である。
表5および
図14から、pH4(厳密にはpH4.01)~pH13.5の範囲ではオゾンインジケーターの色濃度変化に差が無いことがわかる。ここで、1NのKOHを用いて調整したオゾンインジケーターは、BPBによる発色が1日経過前に脱色したことから、実用としてやや難がある。
【0064】
基本液または調整液に用いられる緩衝液は、りん酸緩衝液に限られず種々の緩衝液を使用することができる。BPBはpH3.0~4.6に変色域(酸性で黄、塩基性で青紫)を持つとされている(「酸解離平衡と吸光度の変化」、URL:http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/ubung/yyosuke/uebung/abindeq/abindeq1.htm、林純薬工業株式会社、「指示薬の変色範囲」、URL:https://direct.hpc-j.co.jp/page/color)。したがって、基本液、調整液が少なくともpH6~pH9の範囲であれば、オゾンインジケーターの経時および使用時の色調(青紫)が変化せず、使用時において目視にて濃淡のみに着目することができる。
【0065】
次に、オゾンインジケーターの着色剤としてクマシーブリリアントブルー(以下「CBB」と記す)について検討した結果を示す。
表6には、CBBを用いて調製した基本液によわるオゾンインジケーターのCT値と減色程度との関係を示す。
この検討に用いた基本液は、CBBが基本液において濃度0.1%となるように、0.025mol/Lりん酸緩衝液(pH6.8)に溶解して得た。
【0066】
ここで「基本液」とは、CBBを溶媒(りん酸緩衝液)に溶解した液をいい、発色剤がことなるもののその意はBPBにおける基本液と同じである。
CBBは富士フィルム和光純薬社販売試薬特級を使用した。
この基本液を用いたオゾンインジケーターの調製、およびこのオゾンインジケーターを用いたオゾンガス曝露の装置、オゾンガス濃度、湿度および温度等の曝露条件は、表3を得た場合と同じである。また、オゾンガス曝露後の色濃度の求め方も、BPBを用いたオゾンインジケーターの場合と同じである。
【0067】
【0068】
図15は着色(発色)剤としてCBBを用いてオゾンインジケーターを調製しオゾンガス曝露を行った結果(オゾンインジケーター)を示す写真、
図16は表6におけるCT値と色濃度との関係を示す図である。
図15および
図16を参照して、CBBを用いたオゾンインジケーターは、オゾンガス曝露CT値1000において着色が残り、(モノクロの
図15からは判別が困難であるが)CT値3000においても僅かに青みがかっている。CBBを用いたオゾンインジケーターは、オゾンガス曝露による殺菌処理等において処理終了に高いCT値(例えば4000以上)が必要な場合に有用である。
【0069】
オゾンインジケーターにおける基本液または調整液を滴下する基材として、PVDF親水性膜、PTFE親水性膜に換えて他の親水性樹脂膜を使用することができる。親水性樹脂膜とは、例えばポリカーボネート膜、親水性ポリエーテルスルホン膜等である。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、オゾンガスによる殺菌等において処理が意図通り適切になされたか否かを目視により簡便に評価する必要がある場合に利用することができる。
【符号の説明】
【0071】
21 オゾンインジケーター