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特許7298858髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を含む分化誘導剤、誘導髄核細胞の製造方法、および誘導髄核細胞の用途
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を含む分化誘導剤、誘導髄核細胞の製造方法、および誘導髄核細胞の用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20230620BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20230620BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230620BHJP
   A61P 19/00 20060101ALI20230620BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230620BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20230620BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20230620BHJP
   A61K 35/15 20150101ALI20230620BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230620BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230620BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230620BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230620BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20230620BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N15/12
C12N5/10
A61P19/00
A61P43/00 105
A61K48/00
A61K38/17
A61K35/15
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C12Q1/02
G01N33/53 D
C12Q1/68
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2022502340
(86)(22)【出願日】2020-02-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-05-12
(86)【国際出願番号】 JP2020004449
(87)【国際公開番号】W WO2020202781
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2019066535
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(72)【発明者】
【氏名】酒井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】ショール,ジルディ
(72)【発明者】
【氏名】平石 駿介
(72)【発明者】
【氏名】升井 伸治
【審査官】北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】Dmitriy Sheyn et al.,Human iPSCs can be differentiated into notochordal cells that reduce intervertebral disc degeneration in a porcine model.,Theranostics,2019年10月12日,Vol.9, No.25,p.7506-7524,DOI: 10.7150/thno.34898
【文献】Yuanyuan Qiao et al.,FOXQ1 Regulates Epithelial-Mesenchymal Transition in Human Cancers.,Cancer Res.,2011年04月15日,Vol.71, No.8,p.3076-3086,doi: 10.1158/0008-5472.CAN-10-2787
【文献】Gloria Barbarani et al.,Unravelling pathways downstream Sox6 induction in K562 erythroid cells by proteomic analysis.,Sci. Rep.,2017年10月26日,Vol.7, No.1,14088,doi: 10.1038/s41598-017-14336-6
【文献】Ruhang Tang et al.,Differentiation of human induced pluripotent stem cells into nucleus pulposus-like cells.,Stem Cell Res. Ther.,2018年03月09日,9:61,p.1-12,https://doi.org/10.1186/s13287-018-0797-1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞を活性化髄核細胞表現型に向かって分化誘導するための転写因子(以下「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」と呼ぶ。)の遺伝子またはその産物の有効量を含む、活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞を活性化髄核細胞表現型に向かって分化誘導するための剤(以下「分化誘導剤」と呼ぶ。)であって、
前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、
Brachyury(T)またはそのホモログと、
SRY-box6(SOX6)またはそのホモログおよびForkhead Box Q1(FOXQ1)またはそのホモログからなる群より選ばれる少なくとも1種と、
を含み、
前記活性化髄核細胞表現型を示す細胞は、アグリカンおよびII型コラーゲンを産生し、少なくともCD24およびケラチン8を発現しており、さらにケラチン18を発現していてもよい、
分化誘導剤。
【請求項2】
前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子がさらに、Paired Like Homeodomain1(PITX1)およびPaired Box 1(PAX1)からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそれらのホモログを含む、請求項1に記載の分化誘導剤。
【請求項3】
前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子がさらに、Hypoxia inducible factor 3 alpha(HIF3α)、SRY-box9(SOX9)、Runt-related Transcription Factor 1(RUNX1)、hypoxia Inducible Factor 1 alpha(HIF1α)およびForehead Box A2(FOXA2)からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログを含む、請求項1または2に記載の分化誘導剤。
【請求項4】
前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が、発現ベクターに挿入された遺伝子である、請求項1~3のいずれか一項に記載の分化誘導剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分化誘導剤を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬組成物。
【請求項6】
インビトロで、請求項1~4のいずれか一項に記載の分化誘導剤を、活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞に導入する工程(以下「導入工程」と呼ぶ。)、および導入工程により得られた転写因子導入細胞を培養して活性化髄核細胞表現型に分化転換または分化誘導する工程(以下「分化誘導工程」と呼ぶ。)を含む、誘導髄核細胞の製造方法。
【請求項7】
さらに、前記分化誘導工程の培養中または培養後の細胞について、アグリカンおよびII型コラーゲンの産生状況を確認する工程と、少なくともCD24およびケラチン8の発現状況を確認する工程であって、さらにケラチン18の発現状況を確認してもよい工程とを含む、請求項6に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
【請求項8】
前記分化誘導工程が、トランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)および増殖分化因子5(GDF5)が補充された培地中で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、請求項7に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
【請求項9】
前記分化誘導工程が、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、請求項7または8に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか一項において定義されている髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の有効量を含有する、活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞である、転写因子導入細胞。
【請求項11】
請求項10に記載の転写因子導入細胞を含む、細胞集団。
【請求項12】
さらに、前記転写因子導入細胞から分化誘導された、活性化髄核細胞表現型を備えた細胞を含む、請求項11に記載の細胞集団。
【請求項13】
請求項11または12に記載の細胞集団を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための細胞製剤。
【請求項14】
請求項11または12に記載の細胞集団または請求項13に記載の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するよう生体内に移植または投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における椎間板障害を治療または予防するための方法。
【請求項15】
請求項1~4のいずれか一項に記載の分化誘導剤または請求項5に記載の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における椎間板障害を治療または予防する方法。
【請求項16】
請求項10に記載の転写因子導入細胞、あるいは請求項11または12に記載の細胞集団を用いて、対象における有効性および安全性を試験する工程(ヒトの生体内で行われる場合を除く。)を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法。
【請求項17】
単離された髄核細胞の、請求項1~4のいずれか一項において定義されている髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベルを測定することを含む、髄核細胞の老化、変性または疾患の状態に関連する指標を得る方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、終末分化した細胞または分化能を有する細胞から活性化髄核細胞表現型への直接的な細胞再構成(ダイレクトリプログラミング)、すなわち分化転換を可能にしたり、未分化の細胞から髄核細胞への分化誘導を可能にしたりする転写因子(髄核細胞マスターレギュレーター転写因子)に関する。さらに本発明は、分化転換または分化誘導によって得られた活性化髄核細胞表現型(誘導髄核細胞)およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
腰痛と頚部痛は一般的な健康問題であり、全世界の6億3,200万人の人々に影響を与え、障害の主要な原因となっている。両障害は、仕事への障害と医療費によって大きな社会的および経済的負担をかける。すべての腰痛症例の20%を発症すると推定される椎間板変性疾患は脊柱に沿った生体力学を破壊し、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎すべり症およびその他の脊椎関連障害につながる。椎間板変性疾患は、特に椎間板のコア内で、細胞外マトリックス組成の不可逆的な変性によって特徴づけられる椎間板障害である。
【0003】
現時点では、これらの退行性状態の回復または根底にある病因を止めることができる臨床的に有効な治療法は存在しない。したがって、新たな治療の開発が強く求められている。それにもかかわらず、特に骨および関節軟骨の分野における知識の洞察と比較して椎間板の恒常性、細胞表現型、および病因の発生および進行の一般的な理解は乏しい。
【0004】
椎間板は、脊椎に沿った各2つの椎骨間の線維軟骨構造物である。椎間板は、柔軟性を与えながら、脊柱に沿って機械的な力を分散することに関与している。この特徴は、密閉された髄核内に確立された静水圧から生じる。髄核(nucleus pulposus: NP)は、プロテオグリカンおよび緩やかに配置されたII型コラーゲン繊維を主成分とし、比較的多量の水分を吸収する。髄核は、線維輪(annulus fibrosus: AF)と呼ばれる線維性軟骨層によって外側が囲まれている。最後に、椎間板は、椎骨との境界上の硝子軟骨の薄い層、すなわち終板によって覆われる。
【0005】
ネイティブ髄核細胞は、空胞化脊索細胞から活性化髄核細胞、老化細胞および線維性髄核細胞にその表現型が変化し、髄核に多くの異種細胞集団となることが示唆されている。このような異なる細胞型への変化は、椎間板変性疾患の進行において決定的な役割を果たすようである。老化や、生物学的および機械的ストレス(摩耗)により、髄核はTie2 / GD2陽性前駆細胞の漸減を示し(非特許文献1:Sakai et al., 2012)、細胞は老化し線維性の細胞に切り替わる。これらの変化は、結果としてプロテオグリカンに富む髄核細胞外マトリックスを線維性の構造に変化させ、椎間板の静水圧および他の生体力学的特徴を悪化させる。これらの事象のカスケードは、潜在的に腰痛および他の脊椎疾患をもたらす。逆に、椎間板変性疾患および関連障害は、他の動物モデル(例えばブタ、マウス、ラットなど)ではめったに見られない。これはおそらく、これらの動物は元々の脊索細胞の表現型を維持し、それにより髄核細胞の活性表現型が健康な椎間板を維持することができ、そのことが椎間板障害を予防する上で決定的な役割を果たすという事実によるのであろう。したがって、ヒトの椎間板変性疾患等を治療する、または痛みや障害を緩和する上では、椎間板組織中の固有の細胞集団を再増殖するまたは増殖を誘導することで、椎間板マトリックスを能動的に産生し再生するための戦略の確立に強く研究重点が置かれている。
【0006】
そのような戦略の一環として、活性化された髄核細胞または軟骨細胞を椎間板変性疾患等の患部に移植することの利点は様々な研究が示しており(非特許文献2:Schol and Sakai, 2018においてレビューされている通り)、椎間板変性疾患等の治療法の選択肢として有望視されている。それにもかかわらず、細胞移植用の活性化髄核細胞等の供給は、臨床的な面からも科学的な面からも不十分である。従来は、手術中に外科的に除去された椎間板から単離された自家ないし同種ドナーの髄核細胞や、椎間板環境内で髄核細胞と同様の細胞外マトリックスを産生する能力を本質的に有する軟骨細胞を移植することで、椎間板を再生する可能性が探求されてきた。しかしながら、手術等によりドナーから採取される椎間板または軟骨は多くの場合、疾患、外傷、加齢などにより損傷した状態にあるため、そこに含まれる髄核細胞または軟骨細胞は移植再生材料としての有効性が十分でないおそれがある(非特許文献1)。また、髄核細胞を移植する治療法では、ドナーの細胞を体外培養で再活性化および生成して、最終的な活性化髄核細胞集団精製物を調製しているが、髄核細胞は培養によりその形質が失われる(脱分化する)ことが知られており、脱分化させずに髄核細胞を増幅させることが技術的問題となっている(非特許文献1)。
【0007】
椎間板へ移植するための細胞としては、髄核細胞への分化能を有する幹細胞、例えば骨髄、胎盤、脂肪などに由来し、比較的容易にアクセスでき、多量に得ることができる、間葉系幹細胞(MSC)を用いることも考えられる。しかしながら、椎間板の無血管性および進行性の変性により生じる低血糖、高浸透圧および低酸素環境は、MSCの生存および増殖にとって重大な障害となる。そのため、移植されたMSCが周囲の細胞を再活性化するためのマトリックスタンパク質またはサイトカインを能動的に産生および分泌し、長期間有効に椎間板組織を再生することがどこまでできるかは不明であり、MSCの椎間板障害への臨床適用は制限されている(非特許文献3:Fang, Z., et al., 2013)。造血幹細胞などの、間葉系幹細胞以外の多分化能を有する幹細胞についても同様の問題がある。
【0008】
そこで、人工的に活性化髄核細胞の形質(表現型)を維持ないし誘導する技術が求められるが、その鍵となる転写因子とその制御に関わる情報は限定的であり、これまでのところin vitroで活性化髄核細胞表現型そのものを誘導することは実現されていない。従来は、髄核細胞以外の細胞のうち有力そうなものに対して様々な刺激を加え、実際の髄核細胞の代替物として髄核細胞様表現型を得る可能性が検討されてきた。そのような候補の細胞としては、MSCの他、より頻度は低いが人工多能性幹細胞(iPS細胞)が用いられている。このような多能性または多分化能を有する幹細胞は、適切な条件下で分化誘導することにより、様々な細胞を得ることができることが知られている。多能性または多分化能を有する幹細胞から髄核細胞様表現型を得るためには、細胞外マトリックス組成、酸素分圧、機械的または浸透圧的刺激、ハイドロゲルなどの足場(スキャフォールド)適用、成長因子やサイトカインによる刺激、他細胞との共培養や培養上澄による刺激、またはそれらの組み合わせが試みられている。それらの研究は概して、II型コラーゲン(COL2)、アグリカン(ACAN)、および分化クラスター24(CD24)などの、髄核細胞に関連する遺伝子の発現レベルの増強またはタンパク質生成の向上を示すことができると報告されている。さらに、細胞封入、凝集またはin vivoへの直接的な移植によって、一般的に椎間板再生として報告されるプロテオグリカンおよびCOL2に富むNP細胞様細胞外マトリックスに似た細胞外マトリックス沈着を生じることも報告されている。
【0009】
なお、成長因子を用いる方法については一般的に、再現性に対する懸念がある。成長因子を適用することによって所望の応答を引き起こすためには、細胞がその成長因子対応する正確な細胞膜結合受容体を提示することを必要とする。適切な受容体の提示は、高度に細胞型およびドナー特異的であり、潜在的に誘導手順の再現性に問題を引き起こす。さらに、成長因子がない、または成長因子が異なる環境(すなわち、元来の髄核組織の中などの環境)における細胞の移植が、移植された細胞の表現型を悪い方へ変化させる可能性があるかどうか、依然として不明である。最後に、成長因子の持続的な補充は、誘導された髄核細胞の生産または使用のための培養プロセスの比較的高価な部分を占め、それらの臨床的応用能力をさらに制限する。
【0010】
上記のような培養条件の調整ではなく、より直接的な遺伝子発現プロファイルに対する操作により、MSC、iPSC等の多能性または多分化能を有する細胞や、髄核細胞以外に終末分化している細胞から活性化髄核細胞表現型を作製する可能性を探究した研究はほんの僅かであり、そのような遺伝子操作のための鍵となる転写因子およびその制御に関する情報はこれまで極めて限定的であった。
【0011】
例えば、非特許文献4(Xu et al., 2016)には、ウサギの骨髄由来MSCにおいて、骨形成タンパク質7(BMP7)の分泌増強によりNP細胞への分化を刺激することを目的としてBMP7を過剰発現させたこと、その結果、単層培養によりトランスフェクションから2~3週間後に、mRNAレベルで、COL2、ACAN、SOX9、ケラチン(KRT)-8、およびKRT19の発現増強が示されたことが記載されている。しかしながら、この方法において得られた細胞生成物を椎間板変性ウサギモデルに移植したところ、移植の6週間および12週間後に、偽対照およびBMP7トランスフェクション群の両方で有益な効果が観察されたが、12週目のBMP7過剰発現群のグリコサミノグリカン/DNA比は、偽対照と比較してわずかに上昇していただけであった。
【0012】
非特許文献5(Chen et al., 2017)には、同様のアプローチにより、ラット脂肪由来MSCにおいて、レンチウイルスによる形質導入で確立させた因子WNT11を過剰発現させたこと、そのin vitro評価では、緑色蛍光タンパク質(GFP)をトランスフェクトして過剰発現させた偽対照と比較して、mRNAおよびタンパク質レベルの両方において、COL2、ACANおよびSOX9が、わずかではあるが有意な増加を示したことが記載されている。
【0013】
他のアプローチとして、非特許文献6(Outani et al., 2013)には、軟骨形成のマスターレギュレーター転写因子として知られていたSOX9(非特許文献7:Wright et al., 1995、非特許文献8:Bi et al., 1999)を線維芽細胞に導入することによって、その細胞を軟骨細胞表現型へダイレクトリプログラミングできたことが記載されている。
【0014】
非特許文献9(Yang et al,, 2011)には、ラット脂肪組織由来MSCにおいて、水疱性口内炎ウイルスG-エンベロープ糖タンパク質で偽型された白血病ウイルス由来ウイルスベクターによって、SOX9を過剰発現する細胞株が確立されたことが記載されている。そして、その確立された細胞株を、トランスフォーミング成長因子β(TGFβ)-3を添加した場合と添加しない場合で培養した結果、GAG / DNA およびCOL2 / DNA 比が変化したこと、そのような結果から、SOX9の過剰発現がTGFβ3の補充に伴って相対的なGAGとCOL2の比の増加を誘導できること、逆に言えば単にTGFβ3の培地への補充またはSOX9の形質導入のいずれか一方による操作だけでは有意な改善をもたらさないことなども記載されている。しかしながら当該文献には、髄核細胞表現型に関するさらなる評価は提示されていない。
【0015】
同様に、非特許文献10(Sun et al. 2014)にも、ウサギ骨髄由来MSCにおいて、アデノウイルスベクターによってSOX9を形質導入したことが記載されている。In vitroでの単層評価では、形質導入細胞は、GFP-対照群と比較して、mRNAレベルでのACAN、COL2およびSOX9の発現に明らかに強い増加が示されたが、I型コラーゲン(COL1)にはわずかな減少が観察されたのみであった。キトサン-グリセロリン酸ゲルで培養された形質導入細胞からも同様の結果が得られた。最後に、誘発した椎間板変性ウサギモデルに形質導入細胞を移植したところ、GFP発現MSC投与群およびSOX9過剰発現MSC投与群はともにT2強度が改善され、再度MSC移植の利点が示されたが、SOX9過剰発現MSC投与群はGFP発現細胞と比較して小さいものの有意差のある改善を示した。組織学的な結果からも同様に、サフラニン-O染色(プロテオグリカン含有量を表す)およびCOL2標的化染色によって示されたように、GFP発現とは対照的に、SOX9過剰発現によってわずかに増加を伴うMSC移植による利益が明らかにされた。
【0016】
非特許文献11(Hiramatsu et al., 2011)には、再プログラミング因子c-MYCおよびKLF4とSOX9転写因子との組み合わせを用いてマウス成体真皮線維芽細胞を分化させたこと、それらの遺伝子を過剰発現させた結果、開始細胞集団は成熟分化した状態にあるにもかかわらず、ACANおよびCOL2の軟骨細胞特異的発現を刺激することができたことが記載されている。
【0017】
非特許文献12(Outani et al, 2013。非特許文献11と同じグループ)にも、KLF4、c-MYCおよびSOX9の過剰発現による線維芽細胞から軟骨細胞表現型への再プログラミングが成功した証拠が開示されている。当該文献には、ヒト由来の真皮線維芽細胞に適用することで、ACANおよびCOL2の発現が増強されたことが記載されている。さらに、再プログラムされた線維芽細胞の移植は、皮下および軟骨形成欠損適応のいずれかを伴うマウスモデルにおいて、軟骨形成性マトリックス沈着が増強されたことも明らかにされている。
【0018】
上記の先行技術文献は総じて、転写因子SOX9の発現が軟骨形成表現型を刺激し得ることを示している。したがって、SOX9の過剰発現は、特定の髄核細胞表現型をもたらすのではなく、より一般的な軟骨細胞表現型を生じる可能性が高い。上記の先行技術文献には、軟骨形質を示す他の細胞との対比として、髄核細胞に特異的に関連するマーカーまたは形態学的特徴は調べていない。
【0019】
その他にも、髄核細胞の形質に関するマーカーとして、低酸素誘導性因子1サブユニットα(HIF1α)(非特許文献13:Risbud et al., 2006)、Brachyury(T)(非特許文献14:Sheyn et al., 2017)、Paired Box 1(PAX1)(非特許文献15:Risbud et al., 2015)などが報告されているが、それらの遺伝子の発現プロファイルについても十分な評価はこれまでなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0020】
【文献】Sakai, D. et al. Exhaustion of nucleus pulposus progenitor cells with ageing and degeneration of the intervertebral disc. Nature communications 3, 1264, doi:10.1038/ncomms2226 (2012).
【文献】Schol J, Sakai D. Cell therapy for intervertebral disc herniation and degenerative disc disease: clinical trials. International orthopaedics.(2018) doi: https://doi.org/10.1007/s00264-018-4223-1.
【文献】Fang, Z., et al., Differentiation of GFP-Bcl-2-engineered mesenchymal stem cells towards a nucleus pulposus-like phenotype under hypoxia in vitro. Biochem Biophys Res Commun, 2013. 432(3): p. 444-50.
【文献】Xu, J., et al., BMP7 enhances the effect of BMSCs on extracellular matrix remodeling in a rabbit model of intervertebral disc degeneration. FEBS J, 2016. 283(9): p. 1689-700.
【文献】Chen, H.T., et al., Wnt11 overexpression promote adipose-derived stem cells differentiating to the nucleus pulposus-like phenotype. Eur Rev Med Pharmacol Sci, 2017. 21(7): p. 1462-1470.
【文献】Outani, H. et al. Direct induction of chondrogenic cells from human dermal fibroblasts cultured by defined factors (PloS one, 2013).
【文献】Wright , E., et al., The Sry-related gene Sox9 is expressed during chondrogenesis in mouse embryos. Nat Genet, 1995. 9(1): p, 15-20.
【文献】Bi, W., et al., Sox9 is required for cartilage formation. Nat Genet, 1999. 22(1): p. 85-9.
【文献】Yang, Z., et al., Sox-9 facilitates differentiation of adipose tissue-derived stem cells into a chondrocyte-like phenotype in vitro. J Orthop Res, 2011. 29(8): p. 1291-7.
【文献】Sun, W., et al., Sox9 gene transfer enhanced regenerative effect of bone marrow mesenchymal stem cells on the degenerated intervertebral disc in a rabbit model. PLoS One, 2014. 9(4): p. e93570.
【文献】Hiramatsu, K., et al., Generation of hyaline cartilaginous tissue from mouse adult dermal fibroblast culture by defined factors. J Clin Invest, 2011. 121(2): p, 640-57.
【文献】Outani, H., et al., Direct induction of chondrogenic cells from human dermal fibroblast cult ure by defined factors. PLoS One, 2013. 8(10): p. e 77365.
【文献】Risbud, M.V., et al., Nucleus pulposus cells express HIF-1 alpha under normoxic culture conditions: a metabolic adaptation to the intervertebral disc microenvironment. JC ell Biochem, 2006.98 (1): p. 152-9.
【文献】Sheyn et al (2017) Human iPS-derived notochordal cells survive and retain their phenotype in degenerated porcine IVD - ORS 2017 Annual Meeting Paper No.0051.
【文献】Risbud, M.V., et al., Defining the phenotype of young healthy nucleus pulposus cells: recommendations of the Spine Research Interest Group at the 2014 annual ORS meeting. J Orthop Res, 2015. 33(3): p. 283-93.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
上述したように、椎間板変性疾患等の治療において、ドナーから採取された椎間板(髄核)細胞または軟骨細胞を移植することにも、間葉系幹細胞、造血幹細胞等の髄核細胞の分化能を有する幹細胞を移植することにも、様々な問題がある。また、特定の成長因子を用いてMSC等の幹細胞等を活性化髄核細胞表現型に分化誘導する方法も、再現性やコストの面で問題があり、それらの問題を打ち消すほどの安全性や治療効果がもたらされるとの証拠はない。
【0022】
そのため、幹細胞等に対して特定の転写因子を作用させる(すなわち転写因子プロファイルを変更する)ことによって活性化髄核細胞表現型へと分化誘導し、そのようにして得られる活性化髄核細胞表現型を移植に用いることが理想的と思われる。しかしながら、そのような分化誘導を可能とし、かつ得られた活性化髄核細胞表現型が移植された後も活性化髄核細胞表現型としての十分な機能を発揮し続け(例えば十分な量の細胞外マトリックスを産生し)臨床学的に有効なものとできるような「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」は、これまでに確立されていない。さらに、MSC等の幹細胞ではなく、髄核細胞以外に終末分化した細胞からの分化転換により活性化髄核細胞表現型を得ることができるような、強力な転写因子(マスターレギュレーター転写因子)は未だに見出されていない。軟骨形成のマスターレギュレーター転写因子として確立されているSOX9が、活性化髄核細胞表現型のマスターレギュレーター転写因子として十分な有用性を有することは例証されていない。
【0023】
本発明は、終末分化した細胞や多能性または多分化能を有する幹細胞のような所望の細胞から活性化髄核細胞表現型を作製することができる、再現可能な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明者らは、従来技術のように軟骨形成に関連する転写因子SOX9(軟骨形成マスターレギュレーター)を起点とするのではなく、後述する実施例に示すような、マイクロアレイアッセイ、iPS細胞干渉アッセイ、siRNAアッセイなどを通じて、髄核細胞に特有の転写因子をスクリーニングした。そして、その候補から選ばれる特定の転写因子の組み合わせ、代表的にはBrachyury(T)、SRY-box6(SOX6)およびForkhead Box Q1(FOXQ1)からなる群より選ばれる少なくとも2種の組み合わせは、MSC等の幹細胞からの分化誘導だけでなく、例えば線維芽細胞のような終末分化した細胞からの分化転換によっても、活性化髄核細胞表現型へと誘導することのできる、「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」というべき強力な転写因子のセットとなることを見出し、本発明を完成させた。
【0025】
すなわち、本発明は少なくとも下記の事項を提供する。
(1)活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞を活性化髄核細胞表現型に向かって分化誘導するための転写因子(以下「髄核細胞マスターレギュレーター転写因子」と呼ぶ。)の遺伝子またはその産物の有効量を含む剤(以下「分化誘導剤」と呼ぶ。)であって、
前記マスターレギュレーター転写因子は、Brachyury(T)、SRY-box6(SOX6)およびForkhead Box Q1(FOXQ1)からなる群より選ばれる少なくとも2種またはそれらのホモログを含む、分化誘導剤。
(2)前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が、さらにPaired Like Homeodomain1(PITX1)およびPaired Box 1(PAX1)からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそれらのホモログを含む、項(1)に記載の分化誘導剤。
(3)前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子がさらに、Hypoxia inducible factor 3 alpha(HIF3α)、SRY-box9(SOX9)、Runt-related Transcription Factor 1(RUNX1)、hypoxia Inducible Factor 1 alpha(HIF1α)およびForehead Box A2(FOXA2)からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログを含む、項(1)または(2)に記載の分化誘導剤。
(4)前記髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が、発現ベクターに挿入された遺伝子である、項(1)~(3)のいずれか一項に記載の分化誘導剤。
(5)項(1)~(4)のいずれか一項に記載の分化誘導剤を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬組成物。
(6)インビトロで、項(1)~(4)のいずれか一項に記載の分化誘導剤を、活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞に導入する工程(以下「導入工程」と呼ぶ。)、および導入工程により得られた転写因子導入細胞を培養して活性化髄核細胞表現型に分化転換または分化誘導する工程(以下「分化誘導工程」と呼ぶ。)を含む、誘導髄核細胞の製造方法。
(7)さらに、前記分化誘導工程の培養中または培養後の細胞が、CD24、アグリカンおよびII型コラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも1種の発現状況を確認する工程を含む、項(6)に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
(8)前記分化誘導工程が、トランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)および増殖分化因子5(GDF5)が補充された培地中で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、項(7)に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
(9)前記分化誘導工程が、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で前記転写因子導入細胞を培養することを含む、項(7)または(8)に記載の誘導髄核細胞の製造方法。
(10)項(1)~(4)のいずれか一項において定義されている髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の有効量を含有する細胞である、転写因子導入細胞。
(11)項(10)に記載の転写因子導入細胞を培養することにより得られた、活性化髄核細胞表現型を備えた細胞である、誘導髄核細胞。
(12)CD24、アグリカンおよびII型コラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも1種を発現している、項(11)に記載の誘導髄核細胞。
(13)低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つ条件下で生存可能である、項(11)または(12)に記載の誘導髄核細胞。
(14)細胞内空胞を有する、項(11)~(13)のいずれか一項に記載の誘導髄核細胞。
(15)項(10)に記載の転写因子導入細胞および/または項(11)~(14)のいずれか一項に記載の誘導髄核細胞を含む、細胞集団。
(16)項(11)~(14)のいずれか一項に記載の誘導髄核細胞または項(15)に記載の細胞集団を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための細胞製剤。
(17)項(11)~(14)のいずれか一項に記載の誘導髄核細胞、項(15)に記載の細胞集団または項(16)に記載の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するように生体内に移植または投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における椎間板障害を治療または予防するための方法。
(18)項(1)~(4)のいずれか一項に記載の分化誘導剤または項(5)に記載の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む、脊椎動物(ヒトを除く。)における椎間板障害を治療または予防する方法。
(19)項(10)に記載の転写因子導入細胞、項(11)~(14)のいずれか一項に記載の誘導髄核細胞または項(15)に記載の細胞集団を用いて、対象における有効性および安全性を試験する工程を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法。
(20)単離された髄核細胞の、項(1)~(4)のいずれか一項において定義されている髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベルを測定することを含む、髄核細胞の老化、変性または疾患の状態に関連する指標を得る方法。
【0026】
なお、上記の事項において、発明の適用対象は「ヒトを除く」という規定は、産業上の利用可能性からの観点からの規定に過ぎず、技術的な観点からは発明の適用対象に「ヒトを含める」ことが可能である。
【発明の効果】
【0027】
本発明では、特定の転写因子を用いて活性化髄核細胞表現型のマスターレギュレーターを特異的に刺激することにより、細胞転写プロファイルを直接的に変化させる、つまり細胞の転写因子プロファイルを髄核細胞と同様のプロファイルに誘導することを可能にする。このアプローチによって、特定の細胞膜受容体または関連シグナル伝達タンパク質を必要とせずに、細胞を直接改変することができるため、信頼性(再現性)があり比較的安価に実施することができる。さらに、散在性の液胞提示細胞でさえ、髄核細胞に類似した形態をとる。
【0028】
また、本発明により特定された髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は強力であり、直接再プログラミングを適用可能な細胞の範囲を拡大する。先行技術においては、多能性または多分化能の細胞型(MSCなど)が必要であったが、本発明は、成熟分化細胞、例えば、終末分化したヒト真皮線維芽細胞についても分化転換を可能とする。軟骨形成のマスターレギュレーターであるSOX9を用いなくても、本発明により特定された髄核細胞マスターレギュレーター転写因子だけで、II型コラーゲンやアグリカンなどの細胞外マトリックス成分に明確なアップレギュレーションをもたらすことができる。したがって、本発明により得られる誘導髄核細胞は、髄核の過酷な微小環境下で生存することができ、プロテオグリカン、II型コラーゲン等の髄核関連細胞外マトリックスを能動的に産生する。本発明はさらに、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を、椎間板に含まれる老化細胞または線維性髄核細胞や、培養中に髄核細胞が脱分化した細胞に導入することによって、そのような細胞を「再分化」により活性化髄核細胞表現型にするという実施形態で行うことも可能である。
【0029】
現在のところ、慢性腰痛等を治療するための有効な治療法は対症療法に限定されているが、本発明を応用することにより、椎間板再生医療のための優れた細胞製品の大量供給が可能となり、ドナーの数および質の問題や生産コストの問題が解決される。これまでのように、移植する髄核細胞を、脊柱側弯症や椎間板ヘルニアなどの椎間板変性疾患の患部から切除された組織や他臓器から採取する状況を打開でき、より健全で元来の形質に近く機能的な髄核細胞を、多様な体細胞型から、例えば皮膚または脂肪組織に含まれる細胞から、作製することを可能にする。また、本発明により作製される髄核細胞は自己由来とすることも可能であるため、非自己由来の細胞を用いることのリスクを回避することもできる。
【0030】
他の側面では、本発明により得られる誘導髄核細胞は、健康な個体ドナー細胞から作製することができるため、若い個体および体外条件下で髄核の健康状態を研究するために利用できる可能性もある。さらに、本発明は、脊椎または一般細胞生物学に影響を与える特定の遺伝子変異を提示する患者由来の髄核細胞の作製を可能にする。すなわち、患者の皮膚や脂肪組織などアクセスし易い組織源に含まれる細胞から誘導髄核細胞を作製し、元の細胞に含まれていた遺伝子の変異がin vitroで髄核細胞の挙動にどのように影響するかを評価することが可能となる。最後に、パーソナライズ医療戦略において、本発明により得られる誘導髄核細胞を用いることで、治療の候補となる医薬およびその投与量が患者特異的誘導髄核細胞集団にどのように影響を及ぼすかを決定することができ、実際に患者に投与する前に、患者特異的な潜在的な負の効果を明らかにし、適正な治療方法を知ることに役立つ可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、本明細書に開示した実施例および代表的な実施形態に基づく、本発明の要点および応用を表す概念図である。様々なスクリーニングおよびリプログラミングアッセイを通じて、ヒト髄核細胞から、その表現型を維持するまたは誘導するために重要な転写因子を検証した。その過程で、有力な転写因子のセットおよび組み合わせが特定され、例えばT、SOX6およびFOXQ1の組み合わせは、髄核細胞に付随する特性を強力に誘導することができる。これらの転写因子は分化転換〔transdifferentiation〕、すなわち意図的なリプログラミングのための方法に応用することができ、in vitroまたはin situで、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells: MSC)、線維芽細胞、中間的な髄核細胞などを活性化髄核細胞表現型にすることができる。さらに、得られた誘導髄核細胞は、変性等した椎間板を回復する戦略における、研究や細胞移植のための細胞集団として用いることができる。
図2図2は、比較マイクロアレイ分析によって評価された、分画ヒト髄核細胞集団の相対転写因子発現プロファイルの概要を示すヒートマップである。各転写因子mRNA発現レベルを、単層培養で得られたCD24、GD2、TIE2陽性髄核細胞(それぞれ、図中の2D CD24、2D GD2、2D TIE2)および3Dペレット培養で得られたメチルセルローススフェロイドコロニー形成細胞ユニット由来のCD24陽性細胞(同3D CD24)について分析した。発現値は、ヒト真皮線維芽細胞(同Fibro、一番左の列)、ヒト神経前駆細胞(同NPC、左から2番目の列)、ヒト肺細胞(同Lung、左から3番目の列)およびヒト誘導多能性幹細胞(同iPSC、一番右の列)からのレベルと比較した、転写因子mRNA発現レベルの差として個々に提示される。正の値は、髄核細胞におけるより高い発現レベルを示し、負の値は、髄核細胞におけるより低い発現レベルを示す。
図3図3は、誘導多能性幹細胞(iPSC)コロニー形成に対する干渉によって順位付けされた、転写因子の有効性の評価を表す、iPS細胞干渉アッセイの概要を示すプロットである。髄核細胞は、4つの確立された山中因子およびさらなる転写因子で形質導入〔transduction〕された。4つの山中因子のみで形質導入された髄核細胞培養物におけるコロニー形成数のスコアを1.000(基準値)とし、4つの山中因子に各転写因子を組み合わせて形質導入された髄核細胞培養物におけるコロニー形成数のスコアをその基準値に対する相対値として提示した。1.000を下回るスコアの転写因子はiPS細胞への誘導を妨害する作用を有することを示し、1.000を超えるスコアの転写因子はiPS細胞への誘導を促進する作用を有することを示す。プロット右側の染色されたiPS細胞コロニーの写真は、相対的なコロニー形成効率を表す代表例である。
図4図4は、ヒト髄核細胞における、髄核細胞マーカーのmRNAの相対的な発現レベルの測定に基づき、マスターレギュレーター転写因子候補によるダウンレギュレーションの影響を検証した結果を表すヒートマップである。マスターレギュレーター転写因子候補の転写に対して、siRNAの介在によるRNA干渉を行うと、髄核細胞マーカーの発現レベルが変化した。全ての値は、GAPDHの発現レベルに対する相対値として算出し、続いてそれぞれのSHAMコントロールと比較した(2-ΔΔCT)。
図5図5は、マスターレギュレーター転写因子(T、SOX6およびFOXQ1の4通りの組み合わせ方)を(A)線維芽細胞および(B)MSCに形質導入し、1週間培養することにより得られた、誘導髄核細胞の光学顕微鏡写真(10倍、スケールバーは250μm)である。(A)ヒト線維芽細胞から作製された誘導髄核細胞を、SHAMコントロール(マスターレギュレーター転写因子の代わりに緑色蛍光タンパク質(GFP)を形質導入している。)と対比している。(B)同様に、ヒト骨髄由来MSCから作製された誘導髄核細胞をSHAMコントロールと対比している。
図6図6は、形質導入から1~2週間後の誘導髄核細胞の細胞内(原形質内)に観察された空胞の光学顕微鏡写真(10倍および20倍)である。ヒト新生児真皮線維芽細胞に、T、SOX6およびFOXQ1を3通りの組み合わせ方で形質導入し、SHAMコントロールには代わりにGFPを形質導入した。黒い矢印は細胞内空胞を指している。
図7図7は、線維芽細胞由来の誘導髄核細胞における、マスターレギュレーター転写因子の異なる組み合わせによる、髄核細胞マーカー(アグリカン(ACAN)、II型コラーゲン(COL2)、I型コラーゲン(COL1)、CD24、ケラチン18(KRT18)およびケラチン8(KRT8))のmRNA発現レベルを検証した結果を表す。各グラフは、3名の異なるドナーに由来するヒト真皮線維芽細胞に、T、SOX6(S)およびFOXQ1(F)の異なる組み合わせを形質導入し、1週間培養したときの、GFPを形質導入したSHAMコントロールと対比した。mRNAの発現レベルは、GAPDHの発現レベルに対する相対値として算出し、ドナー毎にSHAMコントロールの発現レベル(相対値)との差を求めた。数値は平均値±標準誤差(SEM)を表す。統計分析には、二元配置分散分析(マッチングなし)およびTukeyの多重比較検定を用い、p<0.05を有意差ありと判定した(* p≦0.05、** p≦0.01、*** p≦0.005、**** p≦0.001)。
図8図8は、軟骨様ペレット〔chondrogenic pellets〕における誘導髄核細胞の組織学的な概要を示す光学顕微鏡写真(スケールバーは250μm)である。ブラキュリ(T)、SOX6(S)、PITX1(P)およびFOXQ1(F)の異なる組み合わせで形質導入された、線維芽細胞またはMSCのペレット培養物の、ヘマトキシリン/エオシンおよびサフラニン-O/ファストグリーン染色切片を、GFPで形質導入されたSHAMコントロールと対比している。ヘマトキシリン/エオシン染色により、TSおよびTSPの組み合わせで形質導入された線維芽細胞、ならびにTSで形質導入されたMSCは、強い細胞空胞化を示している。一方で、赤色サフラニン-O染色により、TSおよびTSFの組みあわせは、線維芽細胞およびMSCのどちらに由来する誘導髄核細胞でも、プロテオグリカンの領域または均一の沈着を示している。
図9図9は、MSC由来の誘導髄核細胞における、マスターレギュレーター転写因子の異なる組み合わせによる、髄核細胞マーカー(アグリカン(ACAN)、II型コラーゲン(COL2)、ケラチン8(KRT8)およびCD24)のmRNA発現レベルを検証した結果を表す。MSCは、ブラキュリ(T)、SOX6(S)およびFOXQ1(F)の異なる組み合わせにより形質導入されたものであり、SHAMコントロールはGFPで形質導入されたものである。形質導入後の細胞は2週間培養して分化させた。mRNAの発現レベルは、GAPDHの発現レベルに対する相対値として算出し、次いで前記成長因子の添加のない培地で培養したSHAMコントロールの発現レベルに対する相対値として算出した。統計分析には、二元配置分散分析(マッチングなし)およびTukeyの多重比較検定を用い、p<0.05を有意差ありと判定した(* p≦0.05、** p≦0.01、*** p≦0.005、**** p≦0.001)。
図10-1】図10図10-1,図10-2および図10-3)は、MSC由来の誘導髄核細胞ペレット培養物の免疫組織化学分析における蛍光顕微鏡写真(10倍および40倍、スケールバーはそれぞれ200μmおよび50μm)である。誘導髄核細胞は、ブラキュリ(T)およびSOX6(S)に、FOXQ1(F)を加えた組み合わせ(TSF)および加えなかった組み合わせ(TS)で形質導入されており、SHAMコントロールはGFPで形質導入されている。染色により、全てのマスターレギュレーター転写因子を形質導入した場合に、検証した全ての髄核細胞マーカーの全てが特異的に染色されることが明らかとなった。ペレット内のSHAMコントロールは、それらの髄核細胞マーカーに対して、強度がないまたは低い、散発的〔sporadic〕な染色しか示さなかった。これに対して、TSまたはTSFで形質導入されたMSCは、ペレット全体に亘って、全ての髄核細胞マーカーに対して比較的高い強度の染色を示した。TSまたはTSFで形質導入されたMSCがGFPを発現しているのは、Tベクターにレポーター遺伝子としてGFPが含まれているためである。(A)アグリカン(ACAN)の蛍光染色像。(B)II型コラーゲン(COL2)の蛍光染色像。
図10-2】同上。(C)ケラチン18(KRT18)の蛍光染色像。(D)PITX1の蛍光染色像。
図10-3】同上。(E)PAX1の蛍光染色像。(F)CD24の蛍光染色像。
図11図11は、髄核細胞マーカー(アグリカン(ACAN)、II型コラーゲン(COL2)およびCD24)の、GAPDHを対照遺伝子とし、SHAMコントロールと対比したときの、相対的なmRNA発現レベル(2-ΔΔCTにより算出)を示すグラフである。発現レベルは、線維芽細胞に、Tおよびもう1つの他の転写因子(PAX1、RUNX1、HIF3α、PITX1、FOXA1、HIF1α、SOX6、FOXQ1およびSOX9)を形質導入し、100ng/mLのGDF5、10ng/mLのTGFβ1を添加した培地で2週間培養したときのものである。GFPを発現するよう形質導入されたSHAMコントロールおよびT単独を形質導入した場合と比較して、それぞれの転写因子のペアが形質導入された線維芽細胞の発現レベルは増加した結果となった。バーは各サンプル(n=1)の細胞の平均値を示す。
図12図12は、髄核細胞表現型誘導のための最適な成長因子の組み合わせの評価結果を表すグラフおよび写真である。(A)GDF5またはGDF6と、TGFβ1、TGFβ2またはTGFβ3との組み合わせを添加したときの、MSCの単層培養2週間後におけるACAN、COL2A1、CA12、CD24およびビメンチン(Vimentin)の遺伝子発現レベルの相対値。ACAN、COL2A1、CA12、CD24およびVimentinそれぞれの発現レベルは、ハウスキーピング遺伝子GAPDHの発現レベルを基準とした補正値であり、成長因子を添加しなかった場合(NC)の補正値を基準(1.0)とした相対値として表した。n = 1。(B)GDF5またはGDF6と、TGFβ1、TGFβ2またはTGFβ3との組み合わせを添加したときの、培養3週間後のSafranin-OおよびFast greenで染色したMSCペレット。スケールバーは500μmを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0032】
-分化誘導剤(髄核細胞マスターレギュレーター転写因子)-
本発明の分化誘導は、活性化髄核細胞表現型に向かって細胞を分化させるための有効量の転写因子(髄核細胞マスターレギュレーター転写因子)の遺伝子またはその産物を含む剤である。本発明において、「活性化髄核細胞表現型に向かって細胞を誘導する」ことには、(i)髄核細胞以外の終末分化している細胞または髄核細胞以外の細胞への分化にコミットしている細胞から髄核細胞への「分化転換」を維持し、活性化髄核細胞表現型へと誘導すること(本明細書において「第1実施形態」と呼ぶことがある。)、(ii)髄核細胞およびそれ以外の細胞への分化能(多能性または多分化能)を有する幹細胞等から活性化髄核細胞表現型へと分化誘導すること(本明細書において「第2実施形態」と呼ぶことがある。)、および(iii)脱分化または損傷した髄核細胞を再活性化し、活性化髄核細胞表現型にすること(本明細書において「第3実施形態」と呼ぶことがある。)、などの実施形態が包含される。本発明の分化誘導剤は、上記第1、第2および第3実施形態のいずれにおいても使用することができ、総称として「分化誘導剤」という用語を用いているが、特に第1実施形態で使用する場合は「分化転換剤」、第2実施形態で使用する場合は「分化誘導剤」、第3実施形態で使用する場合は「再活性化剤」などの用語を用いることもある。
【0033】
本発明の主題である髄核細胞マスターレギュレーター転写因子、すなわち活性化髄核細胞表現型の維持に重要なマスターレギュレーター転写因子としては、例えば、Brachyury(T)、SRY-box 6(SOX6)、Forkhead Box Q1(FOXQ1)、Paired Like Homeodomain 1(PITX1)、Paired Box Protein1(PAX1)、Hypoxia inducible factor 3 alpha(HIF3α)、SRY-box9(SOX9)、Krueppel-like factor 6(KLF6)、Runt-related Transcription Factor 1(RUNX1)、hypoxia Inducible Factor 1 alpha(HIF1α)およびForehead Box A2(FOXA2)、ならびにこれらのホモログ(本明細書において「本発明の転写因子群」と呼ぶ。)が挙げられる。なお、各マスターレギュレーター転写因子のホモログは当業者にとって公知であり、例えば日本DNAデータバンク(DDBJ)、NCBI BenBank、EMBLなどのデータベースによって検索することができる。本発明において、これらの髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、任意のいずれか1種を単独で用いる場合もあるし、2種以上、3種以上、4種以上、またはそれより多くの種類を任意で組み合わせて用いる場合もある。どのような髄核細胞マスターレギュレーター転写因子(の組み合わせ)を選択するかは、本発明の分化誘導を分化転換剤として(髄核細胞以外に終末分化した細胞等に対して)使用するか、分化誘導剤として(髄核細胞およびそれ以外の細胞への分化能を有する幹細胞等に対して)使用するか、再活性化剤として(脱分化または損傷した髄核細胞に対して)使用するかに応じて、適宜調整することができる。
【0034】
本発明において「活性化髄核細胞表現型」とは、(i)多量のプロテオグリカン(例えばアグリカン)、II型コラーゲンなどの髄核関連マトリクスタンパク質を産生すること、または髄核細胞に特異的な細胞マーカー、例えばCD24、KRT8、KRT18などの少なくとも1種を発現すること、(ii)健康なまたは中程度に変性した椎間板を模倣する低血糖、酸性、低酸素および/または高浸透圧状態に対処できること、(iii)髄核細胞と同じ形態学的な特長、例えば細胞骨格の沈着や、比較的大きな細胞内空胞を有すること、などから選ばれる1つ以上の形質、好ましくは(i)、(ii)または(iii)のうちの複数のグループの形質を備えることをいう。また、細胞集団に属する細胞全てが均質に同じ形質を備えている必要はなく、例えば上記(iii)の形質は細胞集団の一部に見られるものであってもよい。
【0035】
本発明の代表的な実施形態において、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、T、SOX6およびFOXQ1からなる群より選ばれる少なくとも2種またはそれらのホモログ(本明細書において「第1群転写因子」と呼ぶ。)を含む。この代表的な実施形態において、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、T(もしくはそのホモログ)およびSOX6(もしくはそのホモログ)を含むこと、またはT(もしくはそのホモログ)およびFOXQ1(もしくはそのホモログ)を含むことが好ましく、T、SOX6およびFOXQ1の全てを含むことがより好ましい。
【0036】
本発明の一実施形態において、マスターレギュレーター転写因子は、上記第1群転写因子に加えて、PITX1およびPAX1からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそれらのホモログ(本明細書において「第2群転写因子」と呼ぶ。)を含むことが好ましい。例えば、活性化髄核細胞表現型に関する前記(iii)の観点からは、本発明の第1実施形態において線維芽細胞等からの分化転換により誘導髄核細胞を作製する場合は、マスターレギュレーター転写因子にPITX1を加えることが好ましい(図8参照)。
【0037】
本発明の一実施形態において、マスターレギュレーター転写因子は、上記第1群転写因子に加えて、および/または上記第2群転写因子に加えて、HIF3α、SOX9、RUNX1、HIF1αおよびFOXA2からなる群より選ばれる少なくとも1種またはそのホモログ(本明細書において「第3群転写因子」と呼ぶ。)を含むことが好ましい。
【0038】
本発明のさらなる実施形態において、マスターレギュレーター転写因子は、
Tまたはそのホモログと、
上記本発明の転写因子群のうちT、SOX6およびFOXQ1を除くものから選ばれる少なくとも1種またはそれらのホモログ
とを含むことが好ましい。
【0039】
本発明の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、標的細胞内に、遺伝子(核酸)の形態で導入してもよいし、その遺伝子の産物であるタンパク質の形態で導入してもよい。標的細胞内に遺伝子(核酸)またはタンパク質を導入するための手段はそれぞれ、当業者に多数知られており、適切な手段およびそれに対応する条件を本発明で利用することができる。髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子(核酸)は、例えば、プラスミド等のDNAの形態であってもよいし、mRNA等のRNAの形態であってもよく、それぞれ、例えば、リポソーム、脂質粒子、ポリマー等との複合体を用いたトランスフェクション;エレクトロポレーション;レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、アデノウイルス、センダイウイルス等を用いたウイルスベクターなどによって標的細胞内に導入することができる。また、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子のタンパク質は、例えば、細胞透過性ペプチドを連結させることによって標的細胞内に導入することができる。
【0040】
本発明の一実施形態において、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、少なくとも1種の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子をコードする遺伝子が挿入された発現ベクター(ウイルスベクタープラスミド、発現プラスミド等)の形態で標的細胞内に導入される。標的細胞内でそのベクター上の遺伝子を発現させることにより、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子のタンパク質が産生され、その結果、アグリカン、II型コラーゲン、CD24など、髄核細胞に特異的な遺伝子の発現が、直接的または間接的に誘導される。前記ベクターは、核内または細胞質内に一時的または複製されながら持続的に存在する実施形態でもよいし、ゲノムDNAに組み込まれて永続的に存在する実施形態でもよい。複数の種類の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させる場合、1つの発現ベクターによって1種類の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させる(そのような発現ベクターを複数種組み合わせて用いる)ようにしてもよいし、1つの発現ベクターによって複数種の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を発現させるようにしてもよい。
【0041】
例えば、T、SOX6およびFOXQ1のそれぞれをコードする遺伝子を含むプラスミドDNAの各々を、レンチウイルスを用いたトランスフェクションによってヒト新生児真皮線維芽細胞に導入し、各遺伝子の上流に配置された35Mカリフラワーモザイクウイルスプロモーター(pCMV)によって発現させることができる。これにより、上記3つの髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が導入されたヒト新生児真皮線維芽細胞におけるT、SOX6およびFOXQ1遺伝子の過剰発現をもたらし、当該細胞を髄核細胞に誘導することができる。このようにして得られる誘導髄核細胞は、アグリカン、II型コラーゲン、およびCD24のような髄核細胞特異的マーカーの発現および産生により特徴付けられる。
【0042】
本発明の一実施形態において、本発明の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、成熟した活性化髄核細胞表現型のマーカーとして機能する。髄核細胞マスターレギュレーター転写因子は、例えば変性椎間板のように、老化して線維性細胞型に分化した髄核細胞を主とする細胞集団ではほとんど発現せず、それとは対照的に、健康な髄核細胞を主とする細胞集団での発現量は高い。そのため、単離された髄核細胞、または髄核、椎間板などの組織から採取された髄核細胞を含む細胞集団における、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の発現レベルを測定することにより、その髄核細胞または細胞集団の老化、変性または疾患の状態に関連する指標として、髄核細胞の成熟性、細胞活性や細胞集団ないし組織の健全性の指標を得ることができる。
【0043】
-誘導髄核細胞の製造方法-
本発明の誘導髄核細胞の製造方法は、インビトロで、本発明の分化誘導剤(有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)を細胞に導入する工程(導入工程)、およびその細胞を培養して活性化髄核細胞表現型に分化させる工程(分化誘導工程)を少なくとも含み、好ましくはさらに、前記分化誘導工程中または分化誘導工程後の前記細胞が、CD24、アグリカンおよびII型コラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも1種を発現しているかを試験する工程(試験工程)を含む。
【0044】
(導入工程)
導入工程は、本発明の分化誘導剤(有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)を細胞に導入する工程である。
【0045】
分化剤を導入する対象とする細胞(本明細書において「導入対象細胞」と呼ぶ。)は、活性化髄核細胞表現型以外の有核細胞である限り、好ましくは体細胞(生殖細胞以外の細胞)である限り、特に限定されるものではなく、種々の細胞型を含む。導入対象細胞は、確立された株化細胞であってもよいし、個体から採取された初代培養細胞(自家細胞または他家細胞)またはその継代細胞であってもよい。
【0046】
本発明の第1実施形態において、導入対象細胞は、髄核細胞以外に終末分化した各種の体細胞、または髄核細胞以外の細胞への分化にすでにコミットしている細胞(髄核細胞以外の特定の細胞系列の前駆細胞)であり、例えば、入手および培養が比較的容易である皮膚組織の細胞、代表的には線維芽細胞が好ましい。
【0047】
本発明の第2実施形態において、導入対象細胞は、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性を有する幹細胞、髄核細胞およびその他の細胞への多分化能を有する各種の幹細胞、またはその他の髄核細胞への分化にまだコミットしてない細胞であり、例えば、脂肪、臍帯、滑膜、骨髄などの組織から採取可能な成体幹細胞である間葉系幹細胞(MSC)が好ましい。
【0048】
導入対象細胞は、一般的には脊椎動物に由来するもの、典型的には哺乳動物に由来するものであり、ヒトに由来するものであっても、ヒト以外の哺乳動物に由来するものであってもよい。哺乳動物としては、ヒトの他、例えばマウス、ラット、イヌ、ネコ、ヒツジ、ウシなどを挙げることができる。導入対象体細胞が個体から採取された初代培養細胞またはその継代細胞である場合、その個体は、誘導髄核細胞を移植する予定の個体(椎間板障害の患者等)であってもよいし、当該個体とは異なる個体(健常者、ドナー)であってもよい。
【0049】
導入対象細胞は、遺伝的変異を有する脊椎動物に由来するものであってもよい。例えば、遺伝的変異を有する対象(ヒトまたはヒト以外の脊椎動物)由来の皮膚線維芽細胞に対して髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を導入し、誘導髄核細胞を作製することにより、髄核細胞の挙動、椎間板の発生、その他の現象に対する遺伝的変異の影響(その遺伝子が有する役割)を分析することが可能となる。
【0050】
導入工程で用いられる分化剤は、(i)導入対象細胞が髄核細胞以外に終末分化した細胞等である場合はその細胞から活性化髄核細胞表現型への分化転換の維持および誘導のために有効な(必要な)量で、また(ii)導入対象細胞が未分化の細胞等である場合はその細胞から活性化髄核細胞表現型へと分化誘導するために有効な(必要な)量で、使用すればよい。(i)の分化転換剤としての使用量、(ii)の分化誘導剤としての使用量はそれぞれ、本発明の実施形態によって、例えば、導入対象細胞の種類、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の種類およびそれを遺伝子(発現プラスミド、mRNA等)の形態で細胞に導入するかタンパク質の形態で導入するかの選択、さらにそれらの細胞への導入手段(ウイルスベクター、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、リポフェクション、細胞透過性ペプチドの連結、その他のトランスフェクション試薬等)、細胞の培養条件によって変動するものであり、一概に数値範囲を決定できるものではない。当業者であれば、例えば全細胞数に対する誘導髄核細胞数の比率を指標として、所期の目的を達成できる使用量を調節および設定することができる。
【0051】
一つの指標として、ウイルスベクターを用いて遺伝子の形態の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を導入対象細胞に導入しようとするとき、ウイルスの感染多重度(MOI: Multiplicity of Inection)の概念に準じた、1細胞あたりのウイルスベクターの数が、適切な範囲となるようにすることが考えられる。一例として、1細胞あたりにウイルスベクターが約8個導入される(MOI=8に相当する)よう、ウイルスベクターの溶液を使用することが考えられる。上記「約8個」というのは例示であり、これより多くても少なくてもよく、当業者であれば適宜設定および調節することができる。髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子がウイルスベクター以外の形態で細胞に導入される実施形態であっても同様に、導入対象細胞1細胞あたりに適切な数の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子が導入されるように調節することができる。
【0052】
したがって、本発明の分化誘導剤は、導入対象体細胞の種類、細胞数、その他の培養条件に応じて、適切な“感染多重度”(1細胞あたりに導入される発現ベクター等)を有するよう調製された、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子を含有する溶液またはそのためのキットとして構成することも可能である。
【0053】
導入工程は、導入対象細胞に有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物を導入し、導入後の細胞を培養するのに適した条件下で行えばよく、そのために用いられる培地中の成分(基本培地、成長因子、その他の添加成分、ベクター、トランスフェクション試薬等)、培養期間、雰囲気などの培養条件は、当業者であれば適切に設定することができる。
【0054】
(分化誘導工程)
分化誘導工程は、導入工程により本発明の分化誘導剤(有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物)が導入された細胞を培養して、活性化髄核細胞表現型に分化させる工程である。
【0055】
分化誘導工程は、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞が活性化髄核細胞表現型になるまで培養するのに適した条件下で行えばよく、そのために用いられる培地中の成分(基本培地、成長因子、その他の添加成分等)、培養期間、雰囲気などの培養条件は、当業者であれば適切に設定することができる。また、分化誘導工程における培養は、二次元的な培養(例えば単層培養)であってもよいし、三次元的な培養(例えば3Dペレット培養)であってもよい。
【0056】
本発明の一実施形態において、分化誘導工程における培地(細胞培養物)は、トランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)、トランスフォーミング成長因子β2(TGFβ2)およびトランスフォーミング成長因子β3(TGFβ3)からなる群より選ばれる少なくとも1種と、増殖分化因子5(GDF5)および増殖分化因子6(GDF6)からなる群より選ばれる少なくとも1種とを含有することができる。本発明の実施形態によっては、活性化髄核細胞表現型に向けての分化転換の維持および誘導の観点から、例えばトランスフォーミング成長因子β1(TGFβ1)および増殖分化因子5(GDF5)が補充された培地中で、分化誘導剤が導入された細胞を培養することが好ましい場合がある。TGFβ1およびGDF5の培地中の濃度は適宜調節することができるが、TGFβ1の濃度は通常1~10,000ng/mL、好ましくは10~100ng/mL、例えば約10ng/mLであり、GDF5の濃度は通常1~100,000ng/mL、好ましくは10~500ng/mL、例えば約100ng/mLである。
【0057】
さらに、分化誘導工程における培地は、デキサメタゾンを、通常1~1,000ng/mL、好ましくは4~500ng/mL、例えば約10ng/mLの濃度で含有することができる。分化誘導工程における培地は、L-アスコルビン酸を、通常1~1,000μM、好ましくは5~500μM、例えば約50μMの濃度で含有することができる。
【0058】
本発明の一実施形態において、分化誘導工程は、低酸素環境、酸性環境、および低グルコース環境からなる群より選ばれる少なくとも1つの条件下で、より好ましくはこれら全ての条件下で、細胞を培養することができる。そのような環境下で髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞を培養することにより、健康なまたは中程度に変性した椎間板の環境である低血糖、酸性、低酸素(および高浸透圧状態)で生存することのできる誘導髄核細胞を作製し回収することができる。低酸素環境は、一般的に培地の雰囲気の酸素濃度が1~10%、好ましくは1~5%、例えば約2%の環境を指す。酸性環境は、一般的に培地の室温(例えば25℃)におけるpHが6.5~7.4の範囲、例えばpHが約6.8の環境を指す。低グルコース環境は、一般的に培地中のグルコース濃度が4.5g/L以下、例えば約1g/Lの環境を指す。これらの環境下での培養期間は適宜調節することができるが、一般的には2~90日間(3ヶ月)、例えば14日間(2週間)である。例えば、酸素濃度2%の低酸素環境下で2週間、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞を培養することが好ましい。
【0059】
(確認工程)
確認工程では、前記分化誘導工程の培養中または培養後の細胞における、誘導髄核細胞を特徴付ける遺伝子またはタンパク質、すなわち髄核細胞マーカーの発現状況を確認する。髄核細胞マーカーは、活性化髄核細胞表現型において陽性であるマーカー(陽性マーカー)、陰性であるマーカー(陰性マーカー)のどちらも利用することができる。髄核細胞マーカーの遺伝子および/またはタンパク質の発現状況は、例えばリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)、免疫組織学的染色法(IHC)、ウェスタンブロッティング、フローサイトメトリーなど、一般的な手法により、定量的または定性的に確認することができ、その結果に基づいて発現が陽性であるか陰性であるかを判定することができる。
【0060】
誘導髄核細胞の陽性マーカーとしては、例えば、CD24、アグリカン、II型コラーゲン、ケラチン8、ケラチン18などが挙げられる。本発明の一実施形態において、分化誘導工程の培養中または培養後の細胞、すなわち誘導髄核細胞(と推定される細胞)は、CD24、アグリカンおよびII型コラーゲンからなる群より選ばれる少なくとも1種が発現している(陽性である)ことが好ましく、これら3種の全てを発現している(陽性である)ことがより好ましい。
【0061】
誘導髄核細胞の陰性マーカーとしては、例えば、I型コラーゲンが挙げられる。本発明の一実施形態において、分化誘導工程の培養中または培養後の細胞、すなわち誘導髄核細胞(と推定される細胞)は、I型コラーゲンが発現していない(陰性である)または発現が弱いことが好ましい。
【0062】
細胞から活性化髄核細胞表現型への分化転換または分化誘導は、増殖能力の低下と対になり、マスターレギュレーター転写因子が導入された細胞の分化および成熟を成す。試験工程により、培養している成長因子導入細胞(細胞培養物中の細胞集団中の所望の割合の成長因子導入細胞)が髄核細胞特異的マーカーを発現するようになったことが確認できれば、誘導髄核細胞の製造を終了させることができる。
【0063】
上記のような本発明の誘導髄核細胞の製造方法により、活性化髄核細胞表現型を実質的に無限に(無尽蔵に)供給することが可能となる。本発明により得られる誘導髄核細胞の用途は限定されるものではないが、典型的には、以下に説明するような椎間板障害の治療および予防方法において椎間板に投与するために、特にそのような用途に使用される細胞製剤を調製するために、利用することができる。
【0064】
-転写因子導入細胞・誘導髄核細胞-
本発明の転写因子導入細胞および誘導髄核細胞は、共に本発明の誘導髄核細胞の製造方法によって産生される細胞であるが、本明細書において、髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子またはその産物の有効量を含有する、つまりマスターレギュレーター転写因子が導入されたばかりの細胞や、その導入後の培養によって髄核細胞マスターレギュレーター転写因子が過剰発現しているが活性化髄核細胞表現型への誘導がまだ完了していない状態の細胞は「転写因子導入細胞」と呼び、転写因子導入細胞を培養することにより得られる、活性化髄核細胞表現型への誘導が達成された状態の細胞を「誘導髄核細胞」と呼び、両者を区別することとする。転写因子導入細胞および/または誘導髄核細胞を含む細胞集団、ならびに当該細胞集団を含む細胞培養物は、用途に応じて実施形態を調整することができる。例えば、誘導髄核細胞を含む細胞集団を、椎間板障害の治療または予防用の細胞製剤を製造するための原料とする場合は、細胞集団中の誘導髄核細胞の割合をなるべく高くする(逆に言えば、誘導髄核細胞になっていない転写因子導入細胞の割合をなるべく低くする)ことが望ましい。
【0065】
また、本発明の一実施形態において、本発明による誘導因子導入細胞、細胞培養物、誘導髄核細胞または細胞集団は、対象における有効性および安全性を試験する工程を含む、脊椎動物における椎間板障害を治療または予防するための医薬または方法をスクリーニングする方法において利用する、つまり、投薬、因子または他の(環境)条件に対する髄核細胞または患者特異的髄核細胞の反応を評価するための、科学的、診断的または予後的ツールとしての、in vitro試験モデルとして利用することもできる。さらに、本発明により確立された方法論は、例えば、髄核細胞の表現型、恒常性、椎体間椎間板の発達および病理における遺伝的欠陥の影響、および薬物に対する反応を評価するために、遺伝的欠陥を有する患者から髄核細胞を作製するために利用することができる。このような用途に基づく実施形態により、例えば、個別化された医学的アプローチにおいて、投与前に個々の患者に対する特定の薬物の有効性を評価したり、患者に誘導髄核細胞を投与する際の有害な副作用を防止するため、または医療費支出を抑えるための治療の有効性を評価したりすることができる。
【0066】
-医薬組成物および細胞製剤-
本発明の医薬組成物は、本発明の分化誘導剤、すなわち有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子の遺伝子(核酸)またはその産物(タンパク質)を含有する。また、本発明の細胞製剤は、体外(in vitro、ex vivo)において、有効量の髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を細胞に導入することによって得られた、誘導髄核細胞を含有する。これらの医薬組成物および細胞製剤は、ヒトおよびヒト以外の脊椎動物の、脊椎関連疾患の治療および予防のために使用することができる。本発明の医薬組成物は、いわゆる遺伝子治療のような形態で、髄核に存在する細胞を体内(in vivo、in situ)で活性化髄核細胞表現型にするために使用することができる。一方、本発明の細胞製剤は、同種異系移植、異種移植または自己細胞移植として椎間板変性髄核に移植することによって、脊椎に沿った生体力学的特徴を潜在的に回復させる、椎体間椎間板の構造の再増殖および回復のための有効な供給源として使用することができる。
【0067】
本発明の医薬組成物および細胞製剤の剤型は、標的とする椎間板の髄核に送達できるものであればよいが、例えば注射剤、好ましくは椎間板(髄核)への局所投与用の注射剤とすることができる。医薬組成物および細胞製剤は、製薬学的に許容できる物質、例えば注射剤として調製する場合は注射用水、生理食塩水、培養液、その他の適切な溶媒・分散媒や、添加剤等を必要に応じて含むことができる。また、医薬組成物および細胞製剤は、必要に応じて注射器や併用される薬剤等も含むキットとして製造することもできる。
【0068】
-椎間板障害の治療および予防方法-
本発明の椎間板障害の治療および予防方法の第1実施形態(本明細書において「第1治療予防方法」と呼ぶ。)は、本発明の誘導髄核細胞(を含む細胞集団)または誘導髄核細胞(集団)を含む本発明の細胞製剤を、椎間板髄核組織に作用するように生体内に移植または投与することを含む。「椎間板髄核組織に作用するように」とは、移植または投与された誘導髄核細胞等が患部である椎間板髄核組織に到達し、治療または予防の効果を発揮できれば、移植または投与の実施形態は特に限定されないことを意味し、例えば、椎間板髄核組織またはその近傍に誘導髄核細胞等を移植することや、血管を通じて患部に誘導髄核細胞等が到達するように注射することを含む。
【0069】
本発明の椎間板障害の治療および予防方法の第2実施形態(本明細書において「第2治療予防方法」と呼ぶ。)は、本発明の分化誘導剤またはそれを含む本発明の医薬組成物を、椎間板内の髄核細胞に作用するよう生体内に投与することを含む。「椎間板内の髄核細胞に作用するように」とは、投与された分化誘導剤等が椎間板内の髄核細胞に取り込まれ、再活性化させることにより、治療または予防の効果を発揮できれば、投与の実施形態は特に限定されないことを意味し、例えば、椎間板髄核組織またはその近傍にin situで分化誘導剤等を投与することや、血管を通じて患部に分化誘導剤等が到達するように注射することを含む。
【0070】
本発明の第1治療予防方法における細胞製剤等および第2治療予防方法における医薬組成物等の作用の対象となる椎間板(髄核組織)は、変性、老化、その他の症状が発症している椎間板である。そのような変性等が起きている椎間板では、健康な髄核細胞が減少し、老化細胞および線維性髄核細胞が増加している。第1治療予防方法によって移植または投与された誘導髄核細胞および第2治療予防方法によって生じた誘導髄核細胞(再活性化された髄核細胞)は、酸性、高浸透圧および低血糖状態である椎間板内微小環境で生存することができ、アグリカン、II型コラーゲン等の細胞外マトリックスの産生量が増加するため、椎間板障害を治療または予防することができる。本発明の第2治療予防方法では、椎間板に含まれる老化細胞および線維性髄核細胞に髄核細胞マスターレギュレーター転写因子を導入することによって、それらの細胞を活性化髄核細胞表現型に分化転換および誘導することができる。
【0071】
本発明の第1治療予防方法における細胞製剤等および第2治療予防方法における医薬組成物等は、所望の治療または予防効果を奏するために有効な量で投与すればよい。そのような有効量は、細胞製剤、医薬組成物等の実施形態や投与対象、投与経路などを勘案しながら、1回あたりの投与量、投与回数および投与間隔(一定期間内の投与回数)などによって適宜調整することができる。第1および第2治療予防方法はいずれも、ヒトおよびヒト以外の脊椎動物に対して実施することができる。
【実施例
【0072】
(1) ヒト髄核組織
本研究の実施に際しては、東海大学病院の機関倫理審査委員会からヒト組織サンプルの採取と使用に関する承認が与えられた。さらに、インフォームドコンセントを取った患者からのみ、外科的切除した組織材料を得た。
【0073】
(2) 細胞分離および培養
採取したヒト椎間板組織を肉眼的に検査し、髄核組織を線維性組織および他の組織構造から分離した。続いて、髄核組織を約1cm3切片に切開した。ヒト髄核組織をTrypLE express(Gibco、USA)でさらに37℃で1時間消化した。次に、最初に消化された組織を0.25mg/mLコラゲナーゼ-P(Roche、Switzerland)に2時間移した。得られた懸濁液を100μmの細胞ストレーナで濾過し、10%FBS添加αMem(Dulbecco、USA)で2回洗浄し、細胞密度3,000~5,000細胞/cm2で接種した。播種した細胞を、さらに使用するまで37℃、5%CO2、および5%O2で培養した。
【0074】
(3) マイクロアレイアッセイ
髄核細胞を3,000~5,000細胞/cm2の密度で播種し、37℃25%O2湿潤チャンバー内で10%(vol/vol)FBS、αMEM(Gibco)で増殖させた。細胞の精製のために、髄核細胞を抗ヒトジシアロガングリオシドGD2(GD2)(BD Pharmingen; 14; G2a)mAbと共に30分間インキュベートし、FITC結合抗マウスIgヤギ(BD Biosciences)を4℃で30分間インキュベートした。洗浄後、細胞をアロフィコシアニン結合抗ヒトTie2(R&D Systems、クローン83715)mAbおよびPE結合またはビオチン化抗ヒトCD24(BD Biosciences;クローンML5)mAbで1時間染色した。細胞懸濁液を1200rpmで5分間4℃で遠心分離し、洗浄した。続いて、髄核細胞を、FACS Vantage細胞(BD Biosciences)によるTie2+/GD2+/CD24-、Tie2-/GD2+/CD24-/+、およびTie2-/GD2-/CD24+集団に区分した。同時に、Tie2-/GD2-/CD24+集団も、メチルセルロース培地、MethoCult H4230(Stem Cell Technologies)を用いて3次元培養で形成されたスフェロイドから分離された。続いて、分画した髄核細胞集団をRNeasy Mini Kit(QIAGEN)のRNAバッファーに溶解した。全RNAを単離した。最後に、Cy3標識されたcRNAを、低入力用Quick Amp Labeling Kit、1色(Agilent Technology)を用いて4つのグループすべてから調製し、SurePrint G3 Human GE 8x60K v2 Microarray(Agilent Technology)とGene Expression Hybridization Kit(Agilent Technology)を用いて分析し、ソフトウェア、Feature Extraction 7(Agilent Technology)を用いてAgilent DNA Microarray Scanner(G2565CA)により分析した。得られた発現値を、NCBIデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gds/)から入手した、神経前駆細胞(ID GSM1608144, GSM1608145)、線維芽細胞(ID GSM1191059, GSM1191060, GSM1191061)、iPS細胞(ID GSM1598135, GSM1598136, GSM1598137)および肺細胞(ID GSM1700910, GSM1700913)での発現レベルと、減算によって比較した。
【0075】
結果を図2に示す。マイクロアレイアッセイから、ヒト神経前駆細胞、ヒト肺細胞、ヒト誘導性多能性幹細胞、およびヒト真皮線維芽細胞と比較して、ヒト髄核細胞において相対的に高い発現を示す131個の別個の転写因子が明らかになった。それらの転写因子を相対的発現倍率の高い順に並べると次の通りである:PAX1, PITX1, BARX1, FOXQ1, HOXC9, HOXC4, HOXA9, HOXA6, HOXB8, PAX9, PRRX1, FOSB, HOXB9, HOXA3, HOXA10, HOXC6, GLIS1, EPAS1, SIX1, MKX, HOXC8, GATA6, NKX3-2, SIX2, RUNX1, HOXA7, HOXB6, HOXC10, FOXC1, HOXA5, HOXD3, FOXF2, FOS, ZFP36, FOXL1, KLF9, SNAl2, TBX15, KLF2, NFIA, PRRX2, KLF4, HOXB5, PRDM8, T, VDR, HOXA2, HOXA11, HOXB3, NR4A2, FOXF1, FOSL2, NFIX, TLE2, NR4A3, NPAS2, HSF4, SIX4, HOXB7, HOXB2, EGR1, KLF8, ZMAT3, ZFHX4, MYC, SOX9, NFIL3 ,STAT2 ,FOXC2, GATA3, PRDM16, SMAD9, SNAl1, JUNB, HOXD8, DMRTA1, SOX6, PITX2, PARG, FOXS1, FLl1, FOSL1, NFATC4, FOXA1, MAFB, DLX3, SOX5 ,NR3C1, PKNOX2, VAX1, LBX2, HOXB4, OSR1, THZ3, DLX5, MEIS2, GSC, KLF5, MSC, TBX18, KLF10, FOXP2, GLIS3, DBX1, HOXC12, DLX2, HOXC5, PLAGL1, HOXC13, HOXD10, PAX6, HNF4A, NKX6-1, ZBTB7B, HLF, TBX4, MLXIPL, NFATC1, ID3, ATF3, ID2, HOXC11, HIVEP2, PGR, PPARA, ZIC1, MYBL1, LHX9, OSR2, STAT1, FEY, TBX2, TWIST1, STAT6, MAF, STAT5A, PAX8, EGR2, TOX, EBF1, FOXD4, OTX1, NFE2L3, HOXD9, ZEB1, NKX3-1, TSHZ2, ELF4, FOXP1, EBF3, DLX4, TBX1, KLF6, SIX5, TSHZ1, HOXA4, FOX01, RUNX2, DMRT1, IRX3, ETS1, MXD4, ZHX1, HNF1A, MEIS1, RUNX3, HAND2, EGR3, VAX2, MEOX2, HIF1 A, BNC1, ZFPM2, HIC1, MSX1, SHOX2, JUN, CREB3L 1, TBX3, HOXA 13, BACH2, 1D1, STAT4, SOX11, IRX5, HES5, LHX1, BCL6B, NR2F2, NR2F1, NANOG ,FOXA2, FOXM1。
【0076】
(4) プラスミド増幅
pMXs-GW骨格に全ての髄核細胞マスターレギュレーター転写因子候補についての導入遺伝子が挿入されたプラスミド、ならびに緑色蛍光タンパク質(GFP)に加えてBrachyury(T)が挿入されたpMX-IRES-GFP骨格のプラスミドを使用した。これらのプラスミドは、日本の京都大学のiPS細胞研究・利用センターの厚意により提供されたものである。プラスミドの増幅は、LB- broth(Miller)液体微生物増殖培地(Sigma-Aldrich、USA)中で、42℃で45秒間のヒートショックおよびその後の一晩のインキュベーションにより、MAX Efficiency Stbl2化学的コンピテント細胞(Invitrogen、USA)にクローン化することによって確立した。翌日、NucleoBond Xtra Midiキット(Takara、Japan)により、製造説明書に沿ってプラスミドDNAを回収した。
【0077】
(5) ウイルス粒子生産
北沢らの以前に発表された研究(Kitazawa, K. et al. OVOL2 Maintains the Transcriptional Program of Human Corneal Epithelium by Suppressing Epithelial-to-Mesenchymal Transition. Cell reports 15, 1359-1368, doi:10.1016/j.celrep.2016.04.020 (2016))に従って、得られたプラスミドDNAの別々のトランスフェクションによって、ウイルス粒子を生産した。要約すると、10%FBS、1%ピルビン酸塩、50U/mL(50μg/mL)ペニシリン/ストレプトマイシン添加DMEM高グルコース培地中の、プラチナ-GPレトロウイルスパッケージング(PLAT-GP)細胞を、55×103細胞/cm2の密度で、ブタ皮膚由来の0.1%ゼラチン(Sigma-Aldrich、USA)でコーティングしたプラスチック上に播種した。翌日、PLAT-GPの培地2mLにつき、5.4μLのFuGENE(登録商標、Promega、USA)、600ng(0.6μL)のpLP/VSVG(登録商標、Invitrogen、USA)(代替エンベロープとしての水疱性口内炎ウイルスGタンパク質の発現プラスミド)、1200ng(1.2μL)の単数導入遺伝子をコードするpMXs-GWプラスミドまたはpMX-IRES-GFPベクターDNA、および60μLのOpti-MEM(登録商標、Thermo Fisher、USA)、合計69μLを添加した。PLAT-GP細胞を37℃、21%O2湿潤チャンバーで24時間インキュベートした後、培地をリフレッシュした。さらに24時間培養した後に培地を回収し、0.45μm孔径のフィルターユニット(Sigma-Aldrich、USA)で濾過した。ウイルス含有培地を直接適用した。
【0078】
(6) iPS細胞干渉アッセイ
Takahashiら(Takahashi, K. and S. Yamanaka, Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell, 2006. 126(4): p. 663-76.)の研究に沿って、iPS細胞培養用のマウスSNLフィーダー細胞を、0.1%ゼラチン被覆ウェル上に播種し、70~80%コンフルエンシーまで増殖させた。
【0079】
一方、髄核細胞を、6ウェルプレートウェルに555細胞/cm2で播種した。次に、培地を10ng/mLのポリブレン(SantaCruz Biotechnology, USA)1%ペニシリン/ストレプトマイシン添加(Thermo Fisher、USA)DMEM高グルコース(ThermoFisher)で置換した。続いて、導入遺伝子〔transgene〕をコードするプラスミドDNAを含有するVSVG粒子が豊富な混合培地を最大限に2mL添加した。ウイルスによる形質導入は、髄核培養物を800Gで35℃で30分間遠心分離することによって促進された。続いて、培地を吸引し、10%FBS 1%ペニシリン/ストレプトマイシン添加DMEM高グルコース培地2mLと交換した。山中因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、CMYC)および追加のマスターレギュレーター転写因子候補(前記マイクロアレイデータ参照)の遺伝子を含むウィルスベクター(pMX-GW)を用いて形質導入した。髄核細胞を低酸素2%O2、張力下で48時間、毎日培地を交換しながら回復させた。
【0080】
2日後、SNLフィーダー細胞を13μg/mLのマイトマイシンC(WAKO、Japan)で1時間処理した。次いで、培地を10%FBS(ThermoFisher)1%ペニシリン/ストレプトマイシンに交換し、リフレッシュした。髄核細胞をトリプシン処理し、マイトマイシンC処理したSNLフィーダー細胞上に播種した。さらに、髄核培養物を隔日で21%O2に切り替え、培地交換も行った。
【0081】
形質導入の6日後に、培地を、10ng/mLの線維芽細胞成長因子(FGF)、1%(v/v%)ペニシリン/ストレプトマイシン添加ReproCELL霊長類ES細胞培地(ReproCell、Japan)に置き換えた。iPS細胞誘導を合計で2週間続けた後、培養物を固定し、アルカリホスファターゼ染色キット(MUTO pure chemicals、日本)により製造説明書に従って染色した。陽性に染色されたコロニーを、iPSC誘導効率の指標として手動でカウントした。
【0082】
結果を図3に示す。4つの山中因子(OCT3/4、c-MYC、SOX2、およびKLF4)に、前記マイクロアレイアッセイで対象とした各転写因子を組み合わせると、そのうちの86個の転写因子について、iPS細胞への誘導が妨げられた。特に、PITX1、T、HOXC9、EBF1、NFIX、NFIA、KLF6およびKLF9の8個の転写因子のいずれかを、山中因子と組み合わせることにより、iPS細胞のコロニー形成に対する完全な阻害が観察された。
【0083】
(7) siRNA媒介干渉アッセイ
マイクロアレイアッセイ(結果は後述)により同定された各マスターレギュレーター転写因子候補が髄核細胞マーカーの発現に及ぼす影響をRNA干渉(RNAi)によって検証するため、15,000細胞/cm2で播種した髄核細胞に、製造業者の指示に従って、各マスターレギュレーター転写因子候補のmRNAを標的とするDharmaFECTおよびカスタムメードsiRNA分子(GEHealthcare、USA)を形質導入した。細胞は、siRNAの形質導入後、37℃、2%O2下で10%FBS添加αMemで48時間培養した。
【0084】
培養後の細胞を採取し、全RNAをSVTotal RNA Isolation System(Promega、USA)を用いて、製造業者のプロトコールに従って回収した。回収された全RNAを、High Capacity cDNA Reverse Transcription kit(Applied Biosystem、USA)を用いて、製造業者のプロトコールに従ってcDNAに変換した。SYBR Green PCRマスターミックス(Applied Biosy stems)と、手動で設計した各髄核細胞マーカーに対するプライマーを用いて、7300RT-PCR システム(Appli ed Biosystems 、USA)により、cDNAからmRNA発現レベルを評価した。当該システムにより得られたCT値を、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH;ハウスキーピング遺伝子)のCT値に対して正規化し、続いて同様にして正規化した髄核細胞偽対照(SHAMコントロール)のCT値と比較し、発現レベルの相対値を算出した。
【0085】
結果を図4に示す。髄核細胞に、EPAS1、FOXQ1、PITX1、SOX9、SOX6、RUNX1、HIF1α、HIF3α、FOXA2およびSIX1のいずれかを標的としたsiRNAを導入することにより、評価対象とした髄核細胞マーカーのセットのほぼ全てにわたって、発現レベルの著しく一貫した減少がもたらされ、上記遺伝子の髄核細胞表現型の維持に対する重要性が確認された。反対に、PAX1、PAX9、HOXc9、PRDM8およびFOXF1を標的としたsiRNAは、髄核細胞マーカー発現レベルを増加させる傾向を見せ、発現レベルの低下は限られた髄核細胞マーカーに対してしか認められなかった。
【0086】
(8) ヒト線維芽細胞の分化転換:その1
ヒト新生児皮膚線維芽細胞(Lonza、Switzerland)を、10%(v/v)FBS、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン含有DMEM中で増殖させた。形質導入の前日に、0.25%(w/v)トリプシン、0.001%(w/v)エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびPBS中で5分間インキュベートすることによりヒト線維芽細胞を分離し、続いて6100μg/mlペニシリンおよび100μg/mlストレプトマイシン含有DMEMで十分に覆ったウェルプレートに5.5×103細胞/cm2の密度で播種した。
【0087】
各ウェルに、各導入遺伝子について形質導入された500μLのウイルス培地を最大容量2mlまで加えた。SHAMコントロールとしては、GFP導入遺伝子ベクターを加えた。100U/mlのペニシリンおよび100μg/mlのストレプトマイシン含有DMEMを、1ウェルあたりの全容量が4mlになるまで加えた。さらに、培地に40μgポリブレン(Santa-Cruz Biotech)を補充した。培養物を30℃で約800Gで30分間スピンダウンした。続いて、ウイルス含有培地を除去し、細胞を過剰のPBSで洗浄した。最後に、0.1%(v/v)インスリン-トランスフェリン-セレン-エタノールアミン溶液(ITS-X;ThermoFisher)、1%(v/v)FBS、50μM L-アスコルビン酸リン酸マグネシウム塩n水和物(WAKO、Japan)、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン含有DMEMを、10ng/mlのTGFβ1(PeproTech、Japan)および100ng/mlの増殖分化因子5(GDF5; PeproTech)の補充あり、補充なしで添加し、細胞を37℃2%02で2週間培養し、3~4日ごとに新鮮な培地を与えた。細胞形態を光学顕微鏡で捕捉し、導入された転写因子の組合せに依存して時間的変化を明らかにした。
【0088】
結果を図5および図6に示す。非処理、SHAMまたはT-形質導入線維芽細胞は、分化培養を通してその細長い形態を維持しながら、ほとんど変化を示さなかった(図5A)。これに対して、T、SOX6およびFOXQ1から選ばれる2つまたは3つの組み合わせによる形質導入は一貫して、細胞の小画分が線維芽細胞形態を維持しながら、異種集団をもたらした。また、細胞は大きさが増し、顕微鏡観察に基づけばその増殖傾向を失うようである。形態学的には、細胞を3つの亜集団に分けることができた:(i)細胞の中心からの長い突起の存在を伴う細長い細胞型をとる細胞、(ii)強い細胞骨格沈着を提示する多角形細胞、および(iii)デンドライト様突起を提示する星状細胞様形態、である(図5A)。
【0089】
最終的に、転写因子を組み合わせて形質導入した群の細胞は、散発的に、脊索細胞のinvitroで観察される空胞に似ている細胞内空胞を有する細胞を提示した(図6)。同様に、PITX1(データ示さず)の添加は、強い細胞骨格沈着および細胞サイズの増加を伴い、上記(ii)の表現型の強い増加をもたらした。
【0090】
(9) ヒト線維芽細胞の分化転換:その2
0.25%トリプシンおよび0.001%EDTAで形質導入細胞を採取し、さらなる評価に供した。qPCR評価に使用されるサンプルについては、先に記載したようにして((8) siRNA媒介干渉アッセイ参照)全RNAを単離した。単離されたRNAはその後、付随する指示書に従って、高容量RNA-to-cDNAキット(ThermoFisher)によってcDNAに変換された。次いで、およそ10~100ngのcDNAをSYBRGREEN(ThermoFisher)媒介qPCR分析に使用し、髄核マーカーおよび脊索マーカーのための特注設計のプライマーセットを適用した。得られた発現レベルは、GAPDHおよびそれに続くSHAMコントロールのものと比較した遺伝子発現レベルを比較する、2-ΔΔCT値として計算した。
【0091】
結果を図7に示す。qPCR分析は、SHAM形質導入細胞と比較して、同定されたマスターレギュレーター転写因子の組み合わせで形質導入された細胞における髄核細胞マーカー発現の増加傾向が明らかであった。得られた発現プロファイルは、形質導入の1週間後の線維芽細胞におけるT、FOXQ1およびSOX6の二重または三重の転写因子の組み合わせの全てについて、いくつかの選択された髄核細胞マーカーのmRNA発現レベルが増加したことを示している。これらの結果から、T、SOX6およびFOXQ1を組み合わせた形質導入が、細胞外マトリクス、アグリカン(ACAN)およびII型コラーゲン(COL2)のmRNAレベルの増加において最も強力かつ最も一貫した傾向を生じたことが明らかとなった。さらに、T+SOX6およびT+FOXQ1はSHAMコントロールと比較して相対的により高いKRT8の発現レベルを示したが、三重転写因子の形質導入は髄核細胞マーカーのKRT18およびKRT8の強い増加傾向を示した。また、ほとんどの組み合わせについてCD24は強い増加傾向を示し、T+SOX6+FOXQ1およびT+FOXQ1の組み合わせが最も高かった。さらなるデータ(ここには含まれていない)は、PITX1、ANXA3およびOVOSについて、TSFおよびその他の組み合わせが発現レベルを向上させる傾向にあることを示している。最後に、陰性マーカー;COL1A1は、T+SOX6+FOXQ1についてのみ望ましい減少傾向を示した。
【0092】
(10) ヒト線維芽細胞の分化転換:その3
さらに、2週間の単層分化培養後、形質導入した線維芽細胞を、先に記載した分化培地0.5ml中の15mlポリプロピレン円錐チューブ(BD Biosciences)に入れた250,000細胞の密度で、前述のように計数した。細胞懸濁液を1500rpmで5分間室温でスピンダウンした。得られた細胞ペレットを1日間培養した後、ペレットをコニカルチューブの底から緩く叩き、今度は球状細胞集合体を2%02で3週間さらに培養した。最後に、ペレットを4%(v/v)パラホルムアルデヒドで固定し、Tissue-TEKO.C.T化合物(Sakura、Japan)を添加し、液体窒素中で急速冷凍した。得られた試料を、シラン被覆スライド(MUTO純粋化学物質)上に8μm切片に凍結切片した。次いで、切片を1g/L Safranin-0(Merck、USA)および800mg/L Fast Green FCF染色(Merck)溶液またはヘマトキシリンエオシン染色でペレット内のECMの産生を視覚化した。
【0093】
結果を図8に示す。まず、GFP(SHAM)または単一の転写因子候補(データは示さず)で形質導入された線維芽細胞のペレット培養物は、脊索または髄核表現型の特異的特徴の存在なしに、完全な線維性ペレット構造を生じた。空胞化細胞形態の欠如またはプロテオグリカン沈着の欠如のそれぞれによって示される。これに対して、SOX6、T、PITX1、およびFOXQ1から選ばれる転写因子の組み合わせで形質導入された線維芽細胞からなるペレットは、脊索の表現型に対する細胞形態の強い変化を示し、細胞質内に大きな空胞を提示した。さらに、T+SOX6、特にT+SOX6+FOXQ1で形質導入された線維芽細胞からなるペレットは、軽度から強度にかけてのサフラニン-O染色の領域を示し、ペレット内の脊索細胞様領域に全体的にプロテオグリカン沈着を示した。脊索細胞に見られる小胞の出現は、線維芽細胞の髄核細胞系統への分化が成功したことを示している。なぜなら、これらの特徴は、他の哺乳動物細胞種には一般的に見られないからである。さらに、サフラニン-Oで染色されたプロテオグリカンの存在は、髄核細胞表現型の軟骨形成特徴の有効な活性化を示し、細胞がペレット培養内で脊索細胞表現型を超えてより成熟した髄核細胞表現型に分化する傾向があることを示している。
【0094】
(11) MSCの分化誘導:その1
前記(8)~(10)のプロトコールと同様にして、MSCに対してもマスターレギュレーター転写因子を使用して、髄核細胞表現型への分化を誘導し、細胞の形態学的な変化、mRNA発現の変化、および組織学によるペレット培養で試験したタンパク質産生によって、分化過程を調べた。
【0095】
細胞の形態学的な変化に関する結果を図5および図8に示す。分化誘導の処理を行ってから2週間後、SHAMでは、MSCは元の細長い細胞形態を維持していた。Tで形質導入された細胞は、大部分は薄く細長いままであったが、MSC集団内にはより大きな多角形細胞が出現し始めた。T、SOX6およびFOXQ1から選択される2つまたは3つの転写因子を組み合わせた形質導入は、線維芽細胞についての評価において観察された変化と同様に、細胞サイズ、細胞骨格沈着および細胞突起の増加を伴うMSC形態を変化させた。さらに、細胞は多角形、細長い、または星状細胞様の細胞形状を呈し、同様に異種集団を提示した。PITX1の添加はまた、見かけの細胞骨格産生の強い増加およびより大きな細胞型の増加をもたらした。また、複合形質導入グループ内では、異種集団内のいくつかの細胞は、その細胞質内に脊索細胞様の空胞を含み、より大きな細胞型で増加した(data not shown)。
【0096】
mRNA発現の変化に関する結果を図9に示す。SHAMコントロールに比べて、T+SOX6、T+FOXQl、およびT+SOX6+FOXQlの組み合わせは、ACANおよびCOL2の発現レベルの強い有意な上昇をもたらし、CD24の発現レベルにも有意な上昇が認められた。PAX1については、T+FOXQlおよびT+SOX6+FOXQlの組み合わせのみに有意差があり、T+SOX6はPAX1の発現レベルを上昇させなかった。KRT8については、T+FOXQ1についてのみ有意差があったが、他の2つの組み合わせでも発現レベルは強く上昇する傾向にあった。
【0097】
ペレット培養物中で3週間培養された形質導入MSCは、線維芽細胞培養において同定されたものと類似しているが、より誇張された特徴を示した。SHAMコントロールまたはT形質導入MSCペレットは、同定可能なサフラニン-O染色プロテオグリカンをペレット内にもたらさず、空胞化された細胞を同定することもできなかった。T+SOX6+PITXlまたはT+SOX6+PITXl+FOXQlの形質導入は、いくつかの脊索細胞様細胞を、液胞および散発的であるがサフラニン-O陽性領域の小さな領域を示した。T+SOX6形質導入細胞は、強力であるが局在化したプロテオグリカン沈着を伴う、空胞化した細胞で満たされたペレットを示した。最後に、T+SOX6+FOXQlの組み合わせは、ペレット全体に分布するプロテオグリカン沈着を示した。ペレットで培養された髄核細胞からの細胞外マトリックス沈着に似ている。散発的に、空胞形成細胞を区別することができるが、大部分の細胞は成熟髄核細胞様表現型を示した。
【0098】
最後に、MSCペレット培養内で、髄核細胞マーカーおよび脊索細胞マーカーのタンパク質の発現レベルを免疫組織化学法によって確認した。凍結切片スライドを再水和物とし、3%(v/v)BSA / PBSで30分間ブロッキングした。0.1%(w/v)Triton-X(WAKO)/3%(v/v)BSA / PBSで細胞内タンパク質の切片をブロッキングした。COL2の染色のための一次抗体としてウサギ抗COL2抗体を用い、同様にマウス抗CD24抗体(FUNAKOSHI、Japan)、ウサギ抗ACAN抗体(Millipore、USA)、マウス抗KRT18抗体(Abcam、UK)、ヤギ抗PAXl抗体(Abcam)、ウサギ抗PITX1抗体を用いた。最後に、各切片を、一次抗体に対応するPE標識抗体で染色し、DAPIを含有するVECTASHIELDマウントメディア(FUNAKOSHI)でマウントした。画像は、ZeissLSM 510 Meta Confocal Microscope(Zeiss、Germany)により撮影した。
【0099】
結果を図10に示す。T+SOX6およびT+SOX6+FOXQlで形質導入されたMSC由来のペレットは、SHAMコントロールのペレットと比較して髄核細胞マーカー発現の強い増加を示した。ACANは、T+SOX6およびT+SOX6+FOXQlの両方においてSHAMと比較して発現の強い増加を示したが、T+SOX6+FOXQ1はT+SOX6より高いACAN陽性発現を示した(図10A)。COL2はすべてのペレット条件下で実証されたが、COL2染色はT+SOX6+FOXQl条件において特に強い強度を示した(図10B)。KRT18陽性はT+SOX6およびT+SOX6+FOXQlの両方で検出されたが、SHAMコントロールではKRT18陽性細胞は観察されなかった(図10C)。PITXlは、SHAMペレットと比較して、T+SOX6およびT+SOX6+FOXQ1の陽性率および強度の強い増加を示し、これによりPITX1は髄核細胞表現型の重要なマーカー転写因子として同定された(図10D)。同様に、PAXlは、T+SOX6およびT+SOX6+FOXQl形質導入MSCにおいて観察されたが、SHAM条件下では観察されなかった(図10E)。最後に、CD24の発現は、T+SOX6およびT+SOX6+FOXQl形質導入によって強く増強された(図10F)。全体的に、これらの所見は、mRNA発現分析で観察されるような髄核細胞マーカーの増加と一致する。
【0100】
(12) さらなる転写因子の組み合わせの検討
Tを単独で線維芽細胞に形質導入した場合、SHAMコントロールと比較して、髄核細胞マーカーの発現レベルに明確な上昇は認められなかったが、ACANだけは発現レベルが上昇した。これに対して、Tにもう1種の転写因子を組み合わせて線維芽細胞に形質導入した場合は、髄核細胞マーカーの発現レベルにより強い、完全な上昇が認められた。試験した3種類の髄核細胞マーカー(ACAN、COL2およびCD24)の全てについて、TにFOXQ1を組み合わせたときの発現レベルが特に優れており、以下SOX6、SOX9、HIF1α、FOXA2、PITX1、HIF3αおよびRUNX1の順で、Tに組み合わせたときに発現レベルが強く増加した。
【0101】
[参考例]髄核細胞誘導培地の最適な成長因子の組み合わせの評価
ヒト骨髄由来MSC(Lonza、Switzerland)を、50μM L-アスコルビン酸リン酸マグネシウム塩n-水和物(WAKE、Japan)、6.25μg/mLのインスリン - トランスフェリン - セレン-x(ThermoFisher、USA)、および1%ペニシリン/ストレプトマイシンを添加したDMEM高グルコース(Dulbecco、USA)で構成される髄核細胞誘導培地(NPIM)で2週間培養した。さらに、10nMデキサメタゾンを添加した。並行して、MSCを5mLのNPIM中に別々に懸濁させ、15mLのプロピレン遠心管に250gで5分間遠心分離した。細胞培養物を37℃21%O2湿潤チャンバーでインキュベートした。2日後、TGFβ1、TGFβ2またはTGFβ3(10ng/mL)を含む単層および細胞ペレット培養培地にGDF5またはGDF6(100ng/mL)を追加補充し、培養物を5%O2湿潤チャンバーに移した。培地は2日ごとにリフレッシュした。単層培養物を、0.25%EDTA/トリプシンでトリプシン処理することにより2週間後に収穫し、リアルタイムPCR分析のために溶解溶液(Ambion、USA)によって溶解させた。ペレット培養物を第3週に収穫し、Tissue-TEK O.C.T.化合物(Sakura Finetek USA、USA)を添加し、液体窒素で急速凍結した。続いて、固定されたペレットをクライオスタットにより8μmの切片にスライスした。各ペレットを、1g/Lのサフラニン-O、800mg/LファストグリーンFCF染色溶液で染色した。
【0102】
結果を図12に示す。GDF5またはGDF6と、TGFβ-1、TGFβ-2またはTGFβ-3とを添加すると、すべての成長因子の組み合わせについて、MSCにおけるアグリカン(ACAN)、CA12、およびCD24の強い発現を示す一方、ビメンチンの発現は強い減少を示した(図12A)。II型コラーゲン(COL2A1)は、TGFβ1/GDF6(TGFβ1とGDF6の組み合わせを表す、以下同様)を除いて、有意に増加した発現を示した。さらに、TGFβ1/GDF5、TGFβ2/GDF5、TGFβ2/GDF6、およびTGFβ3/GDF6はそれぞれ、TGFβ1/GDF6と比較して、MSCにおけるCOL2A1の発現を有意に増加させた。CA12については、特にTGFβG1/GDF5およびTGFβ2/GDF5を添加した場合に培養細胞の発現レベルの強い増加を示したが、TGFβ1/GDF6を添加した場合は発現レベルの増加を誘導しなかった。
【0103】
MSCペレット培養(図12B)については、TGFβ1/GDF5を添加したペレットにおいて、プロテオグリカンを検出するためのサフラニン-Oの強い染色(つまりプロテオグリカンの強い沈着)を示し、TGFβ2/GDF5を添加したペレットにおいてはそれよりもやや弱いサフラニン-O染色を示した。これに対して、TGFβ3/GDF6の組み合わせを添加した培養物は、サフラニン-O染色をもたらさなかったが、TGFβ3/GDF5、TGFβ1/GDF6、およびTGFβ2/GDF6はサフラニン-Oのわずかな染色(つまりプロテオグリカンのわずかな初期沈着)を示した。
図1
図2(1)】
図2(2)】
図2(3)】
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10-1】
図10-2】
図10-3】
図11
図12