(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】オーステナイト鋳鉄
(51)【国際特許分類】
C22C 37/04 20060101AFI20230620BHJP
【FI】
C22C37/04 A
(21)【出願番号】P 2018208477
(22)【出願日】2018-11-05
【審査請求日】2021-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000227593
【氏名又は名称】日之出水道機器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武谷 洸希
(72)【発明者】
【氏名】梅谷 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】大城 桂作
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-156688(JP,A)
【文献】特開昭58-027951(JP,A)
【文献】特開昭52-022515(JP,A)
【文献】国際公開第2010/090151(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0028904(KR,A)
【文献】JISハンドブック鉄鋼I,財団法人日本規格協会,2007年01月19日,第1486-1491頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00-37/10
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相を主相とし、質量%でC:2.5~3.0%、Si:
1.8~
4.3%、Mn:6.0~7.0%、Ni:8.0~14.0%、P:0.25%以下、Cr:0.2%以下およびCu:0.5%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、
オーステナイト鋳鉄であって、
前記オーステナイト相におけるオーステナイト粒界にはフェライト相が生成されておらず、
研磨面についての比透磁率が1.025以下または錆肌面についての比透磁率が1.060以下である、オーステナイト鋳鉄。
【請求項2】
質量%でSi:2.0~2.5%である、請求項1に記載のオーステナイト鋳鉄。
【請求項3】
質量%でNi:11.5~13.5%である、請求項1
または2に記載のオーステナイト鋳鉄。
【請求項4】
オーステナイト相を主相とし、質量%でC:2.5~3.0%、Si:1.8~4.3%、Mn:6.0~7.0%、Ni:8.0~14.0%、Nb:0.01~0.3%、P:0.25%以下、Cr:0.2%以下およびCu:0.5%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、
オーステナイト鋳鉄であって、
前記オーステナイト相におけるオーステナイト粒界にはフェライト相が生成されておらず、
研磨面についての比透磁率が1.025以下または錆肌面についての比透磁率が1.060以下である、オーステナイト鋳鉄。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低磁性鋳鉄品の用途に用いられるオーステナイト鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、鋳放しで非磁性・高強度・高延性・耐食性等の秀れた特性を備えた球状黒鉛を有する鋳鉄に関し、さらに耐摩耗性や強度を改善し、鋳造性の良くないステンレス鋼鋳物の代替材料として広く応用可能となる新規な鋳鉄を提供することが記載されている。特許文献1では、ニッケルが10ないし15wt%、マンガンが5ないし10wt%に、バナジウムが0.1ないし0.5wt%の割合で含まれ、マンガンを添加しないものに比べて50MPa以上の増強と、30%以上の伸びとが付与された構成からなる球状黒鉛を有する鋳鉄が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、低磁性で機械的性質を向上させたオーステナイト鋳鉄を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、質量%でC:2.5~3.0%、Si:1.8~4.3%、Mn:6.0~7.0%、Ni:8.0~14.0%、P:0.25%以下、Cr:0.2%以下およびCu:0.5%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、オーステナイト鋳鉄である。
【0006】
上記したオーステナイト鋳鉄においては、Niの下限を8.0%とすることでオーストナイト相を安定化させるとともに、Siの上限を4.3%とすることでオーステナイト粒界にフェライト相が生成されることを抑制することができる。このため、オーステナイト鋳鉄の比透磁率の上昇を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄を低磁性化することができる。
【0007】
さらに、Niの下限を8.0%としオーストナイト相を安定させることで、オーステナイト粒界に炭化物が連続性を持って生成されることも抑制することができる。また、Siの上限を4.3%とすることで、Siを過剰に固溶したフェライト相がオーステナイト粒界に生成されることも抑制することができる。このため、オーステナイト鋳鉄の靱性の低下を抑制しやすい。したがって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸びを向上させることができる。
【0008】
質量%でSi:2.0~2.5%であることが好ましい。Siの上限を2.5%とすることで、Siを過剰に固溶したフェライト相がオーステナイト粒界に生成されることを一層抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄を高靱性化しやすい。
【0009】
質量%でNi:11.5~13.5%であることが好ましい。Niの下限を11.5%とすることで、オーステナイト粒界に炭化物が連続性を持って生成されることを一層抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄を高靱性化しやすい。
【0010】
本発明の他の態様は、質量%でC:2.5~3.0%、Si:1.8~4.3%、Mn:6.0~7.0%、Ni:8.0~14.0%、Nb:0.01~0.3%、P:0.25%以下、Cr:0.2%以下およびCu:0.5%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、オーステナイト鋳鉄である。Nbを0.01~0.3%とすることで、炭化物をオーステナイト粒内および/または粒界に微細に分散させることができる。したがって、オーステナイト鋳鉄の0.2%耐力を向上させやすい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、低磁性で機械的性質を向上させたオーステナイト鋳鉄を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例および比較例に係るオーステナイト鋳鉄の組成を示す図である。
【
図2】
図2は、実施例および比較例に係るオーステナイト鋳鉄の磁性および機械的性質に関する実験結果を示す図である。
【
図3】
図3は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
【
図4】
図4は、オーステナイト鋳鉄の試験片についてのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図5】
図5は、オーステナイト鋳鉄の試験片についての元素マッピング分析の結果を示す図である。
【
図6】
図6は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
【
図7】
図7は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
【
図8】
図8は、オーステナイト鋳鉄の試験片についての元素マッピング分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本願の開示するオーステナイト鋳鉄の実施形態を詳細に説明する。なお、以下に示す実施形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0014】
以下に示す実施形態では、「オーステナイト鋳鉄」は、オーステナイト相を主相とする鋳鉄を意味する。また、「オーステナイト鋳鉄」は、材料自体または材料から製造された製品(鋳鉄品)を含む。元素の「質量%」は、オーステナイト鋳鉄の質量に対する元素の質量の百分率を意味する。元素の質量%についてのA~B%の表記は、元素の質量%がA%以上B%以下であることを意味する。
【0015】
「残部」は、オーステナイト鋳鉄を構成する成分のうち、列挙された元素以外の成分を意味する。例えば、「質量%でC・・・、Si・・・、Mn・・・、Ni・・・、P・・・、Cr・・・およびCu・・・を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、オーステナイト鋳鉄」の記載は、オーステナイト鋳鉄を構成する成分のうち、C、Si、Mn、Ni、P、Cr、およびCu以外の成分がFeおよび不可避不純物であることを意味する。また、例えば、「質量%でC・・・、Si・・・、Mn・・・、Ni・・・、Nb・・・、P・・・、Cr・・・およびCu・・・を含み、残部がFeおよび不可避不純物である、オーステナイト鋳鉄」の記載は、オーステナイト鋳鉄を構成する成分のうち、C、Si、Mn、Ni、Nb、P、Cr、およびCu以外の成分がFeおよび不可避不純物であることを意味する。
【0016】
まず、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄の構成を説明する。実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でC:2.5~3.0%、Si:1.8~4.3%、Mn:6.0~7.0%、Ni:8.0~14.0%、P:0.25%以下、Cr:0.2%以下およびCu:0.5%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物である。実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNb:0.01~0.3%をさらに含むことが好ましい。
【0017】
(C:炭素)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でCが2.5~3.0%である。Cが2.5%以上であるため、オーステナイト鋳鉄の融点の上昇を抑制することによって、オーステナイト鋳鉄の湯流れ性を向上させることができる。また、オーステナイト相に適度な量の黒鉛を晶出させることによって、オーステナイト鋳鉄の内部に残る気泡(引け巣)の生成を抑制することができる。さらに、Cが3.0%以下であるため、オーステナイト相における黒鉛の浮上を抑制することで、オーステナイト鋳鉄の強度および伸びの低下を抑制することができる。また、オーステナイト鋳鉄におけるCOガスの生成を抑制することによって、オーステナイト鋳鉄の表層におけるガス欠陥を低減することができる。また、オーステナイト鋳鉄の湯流れ中における黒鉛の過剰な晶出を抑制することで、オーステナイト鋳鉄の湯流れ性を向上させることができる。
【0018】
(Si:ケイ素)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが1.8~4.3%である。Siが1.8%以上であるため、オーステナイト鋳鉄の融点の上昇を抑制することによって、オーステナイト鋳鉄の湯流れ性を向上させることができる。また、オーステナイト鋳鉄における黒鉛の晶出を促進することによって、Siの炭化物の生成を抑制することができる。また、Siによるオーステナイト相の固溶強化を向上させることができる。さらに、Siが4.3%以下であるため、オーステナイト粒界にSiが濃縮してSiを過剰に固溶した強磁性体であるフェライト相が生成されることを抑制することができる。そのため、フェライト相の生成に起因するオーステナイト鋳鉄の比透磁率の上昇を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄を低磁性化することができる。また、Siが4.3%以下であるため、フェライト相内にNi-Mg相が生成されることを抑制することができる。そのため、フェライト相内に生成されるNi-Mg相に起因するオーステナイト鋳鉄の靱性の低下(脆化)を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸び(破断伸び)を向上させることができる。
【0019】
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが2.0~2.5%であることが好ましい。Siが2.0%以上であるため、Siによるオーステナイト相の固溶強化を一層向上させることができる。さらに、Siが2.5%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の伸びを一層向上させることができる。Siの上限は、2.35%であることがさらに好ましい。
【0020】
(Mn:マンガン)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でMnが6.0~7.0%である。Mnが6.0%以上であるため、Mnによるオーステナイト相の固溶強化を向上させることができる。また、オーステナイト相を安定化させることによって、オーステナイト鋳鉄のフェライト化およびパーライト化を抑制することができる。さらに、Mnが7.0%以下であるため、オーステナイト相における黒鉛の晶出を促進するとともに最終凝固部におけるMnの濃縮を抑制することによって、Mnとの共晶炭化物がネットワーク状に晶出することを抑制することができる。そのため、オーステナイト鋳鉄の延性を向上させることができる。また、Mnによるオーステナイト相の過剰な固溶強化を抑制することで、オーステナイト鋳鉄の靱性を向上させることができる。
【0021】
(Ni:ニッケル)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが8.0~14.0%である。Niが8.0%以上であるため、オーステナイト相を安定化させることで、オーステナイト粒界にフェライト相が生成されることを抑制することができる。そのため、フェライト相の生成に起因するオーステナイト鋳鉄の比透磁率の上昇を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄を低磁性化することができる。また、Niが8.0%以上であるため、オーステナイト相を安定化させることで、オーステナイト粒界に炭化物が連続性を持って生成されることを抑制することができる。そのため、炭化物に起因するオーステナイト鋳鉄の靱性の低下(脆化)を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸び(破断伸び)を向上させることができる。また、Niが8.0%以上であるため、オーステナイト相を安定化させることで、オーステナイト鋳鉄のフェライト化およびパーライト化を抑制することができる。さらに、Niが14.0%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の材料費用を低減することができる。また、オーステナイト鋳鉄におけるNi量の過剰な増加を抑制することによって、オーステナイト鋳鉄の強度の低下を抑制することができる。
【0022】
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが11.5~13.5%であることが好ましい。Niが11.5%以上であるため、オーステナイト鋳鉄を一層低磁性化するとともに、引張強さおよび伸びを一層向上させることができる。さらに、Niが13.5%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の靱性の低下を抑制することができる。Niの下限は、12.0%であることがさらに好ましく、12.5%であることがさらに好ましい。
【0023】
(P:リン)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でPが0.25%以下である。Pの量は、少ないことが好ましく、例えば、0.01~0.25%である。Pが0.25%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の湯流れ性を向上させることができる。また、オーステナイト相における黒鉛の晶出を促進するとともに最終凝固部におけるPの濃縮を抑制することによって、Pとの共晶炭化物がネットワーク状に晶出することを抑制することができる。そのため、オーステナイト鋳鉄の靱性および延性を向上させることができる。
【0024】
(Cr:クロム)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でCrが0.2%以下である。Crの量は、少ないことが好ましく、例えば、0.001~0.2%である。Crが0.2%以下であるため、オーステナイト相における黒鉛の晶出を促進するとともに最終凝固部におけるCrの濃縮を抑制することによって、Crとの共晶炭化物がネットワーク状に晶出することを抑制することができる。そのため、オーステナイト鋳鉄の延性を向上させることができる。
【0025】
(Cu:銅)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でCuが0.5%以下である。Cuの量は、少ないことが好ましく、例えば、0.001~0.5%である。Cuが0.5%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の材料費用を低減することができる。
【0026】
(Nb:ニオブ)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNb:0.01~0.3%をさらに含むことが好ましい。Nbが0.01以上であるため、オーステナイト粒内および/または粒界に微細なNbの炭化物および/または窒化物の相を析出させることができる。そのため、オーステナイト相のすべり変形を抑制することができる。したがって、オーステナイト鋳鉄の0.2%耐力および硬さ(ブリネル硬さ)を向上させることができる。さらに、Nbが0.3%以下であるため、オーステナイト粒内および/または粒界における微細なNbの炭化物および/または窒化物の相の過剰な析出を抑制することができる。そのため、オーステナイト鋳鉄の切削性および延性を向上させることができる。また、Nbが0.3%以下であるため、オーステナイト鋳鉄の材料費用を低減することができる。Nbの下限は、0.1%であることがさらに好ましく、Nbの上限は、0.25%であることがさらに好ましい。
【0027】
(Fe:鉄、不可避不純物)
実施形態に係るオーステナイト鋳鉄において、残部に含まれるFeは、面心立方格子構造を有するγ鉄である。実施形態に係るオーステナイト鋳鉄において、残部に含まれる不可避不純物としては、例えば、SおよびMgなどが挙げられる。Sの量が多い場合には、オーステナイト鋳鉄における黒鉛の球状化を阻害することがある。Mgの量が多い場合には、オーステナイト鋳鉄における炭素の黒鉛化を阻害したり、オーステナイト鋳鉄のチル化を起こしたりすることがある。また、Mgを含む物質の増加によってオーステナイト鋳鉄の表面欠陥が増加することがある。また、オーステナイト鋳鉄の湯流れ性を低下させることがある。したがって、質量%でSを0.05%以下とし、Mgを0.1%以下とすることが好ましい。
【0028】
以上のように、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄においては、低磁性で機械的性質を向上させたオーステナイト鋳鉄を提供することができる。したがって、低磁性で優れた機械的性質が要求される様々な用途、例えば、リニアモーターカーの軌道用の材料等に好適なオーステナイト鋳鉄を提供することができる。
【0029】
ここで、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄の製造方法を説明する。まず、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄を構成するFeの原料として銑鉄及びステンレス鋼を所定の割合で配合する。次に、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄に含まれるFe以外の元素を含む添加剤をFeの原料に添加する。Feの原料に添加される添加剤の量は、オーステナイト鋳鉄に含まれる元素の割合(質量%)に従って決定される。次に、Feの原料、および添加剤を含むオーステナイト鋳鉄の原料を電気炉等の溶解炉において溶解させる。次に、溶解炉からオーステナイト鋳鉄の原料を出湯することでオーステナイト鋳鉄における黒鉛の球状化処理を行う。最後に、オーステナイト鋳鉄の原料を鋳型に注湯することでオーステナイト鋳鉄の製品を製造する。
【0030】
(実施例)
次に、実施形態に係るオーステナイト鋳鉄の実施例を示す。
【0031】
図1は、実施例および比較例に係るオーステナイト鋳鉄の組成を示す図である。実施例および比較例のそれぞれにおいて、
図1に示すような元素の組成(C、Si、Mn、Ni、P、Cr、Cu、S、Mg、およびNb)を有するオーステナイト鋳鉄を製造した。
図1における元素の組成は、オーステナイト鋳鉄の質量に対する各元素の質量の割合(質量%)を示す。
【0032】
図2は、実施例および比較例に係るオーステナイト鋳鉄の磁性および機械的性質に関する実験結果を示す図である。
図2における引張強さ(MPa)、0.2%耐力(MPa)、および伸び(破断伸び)(%)は、オーステナイト鋳鉄の試験片についてJIS Z 2241(金属材料引張試験方法)に従って測定された値である。
図2における硬さ(ブリネル硬さ)(HBW)は、オーステナイト鋳鉄の試験片についてJIS Z 2243(ブリネル硬さ試験方法)に従って測定された値である。
図2における比透磁率は、オーステナイト鋳鉄の試験片の研磨面および錆肌面についてIEC-60404-15(弱磁性の材料の相対的な透磁率の決定のための方法)に準拠した透磁率測定器(マグネットスコープ)を使用することによって、ASTM-A342/A342M(弱磁性の材料の透磁率についての標準試験法)に準拠した方法に従って測定された値である。なお、比透磁率は、真空の透磁率(4π×10
-7H/m)に対するオーステナイト鋳鉄の試験片の透磁率の比である。また、
図2における比透磁率の欄の(厚)および(薄)は、それぞれ、オーステナイト鋳鉄の試験片の最も厚い部分および最も薄い部分についての測定値である。なお、比較例1に係るオーステナイト鋳鉄の試験片についての比透磁率は、2以上であるため、測定することができなかった。
【0033】
(実施例1~10と比較例1との対比)
まず、
図1に示すように、実施例1~10に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが8.0%以上であると共にSiが4.3%以下である。一方、比較例1に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが8.0%以上であるがSiが4.3%を超えるものである。
図2に示すように、実施例1~10の引張強さは、比較例1の引張強さよりも大きい。また、実施例1~10の伸びは、比較例1の伸びよりも大きい。さらに、実施例1~10の比透磁率は、比較例1の比透磁率よりも小さい。よって、質量%でNiが8.0%以上であると共にSiが4.3%以下であることによって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸び(破断伸び)を向上させると共にオーステナイト鋳鉄を低磁性化することが可能であることを確認することができた。
【0034】
図3は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
図3の(a)、(b)、および(c)は、それぞれ、実施例1、実施例4、および比較例1に係るオーステナイト鋳鉄のミクロ組織についての走査型電子顕微鏡によって観察された結果を示す。
図3の(c)に示すように、比較例1においては、矢印によって示されるような相(以下、生成相と呼ぶことにする)がオーステナイト粒界に生成された。一方、
図3の(a)および(b)に示すように、実施例1および実施例4においては、
図3の(c)における矢印によって示されるような生成相が生成されなかった。
【0035】
図4は、実施例1および比較例1に係るオーステナイト鋳鉄の試験片についてのX線回折スペクトルを示す図である。
図4の(a)および(b)は、それぞれ、実施例1および比較例1に係るオーステナイト鋳鉄の試験片についてのX線回折装置によって測定されたX線回折スペクトルを示す。
図4の(a)および(b)において、横軸は、入射X線の方向と回折X線の方向との間の角度である回折角2θ(度)を示すと共に、縦軸は、回折X線の強度(カウント毎秒)を示す。ここで、θは、ブラッグ(Bragg)角である。また、入射X線には、1.5418オングストロームの波長を有する特性X線であるCuKα線を使用する。
図4の(b)に示すように、比較例1のX線回折スペクトルには、オーステナイト相に由来するピークおよびフェライト相に由来するピークの両方が観察された。具体的には、
図4の(b)に示すX線回折スペクトルには、2θ=32.246度におけるピークおよび2θ=38.060度におけるピークのようなオーステナイト相に由来するピークが観察された。また、
図4の(b)に示すX線回折スペクトルには、2θ=28.356度におけるピーク、2θ=34.872度におけるピーク、および2θ=40.010度におけるピークのようなフェライト相に由来するピークも観察された。一方、
図4の(a)に示すように、実施例1のX線回折スペクトルには、フェライト相に由来するピークは観察されずにオーステナイト相に由来するピークが観察された。具体的には、
図4の(a)に示すX線回折スペクトルには、2θ=32.246度におけるピークおよび2θ=38.060度におけるピークのようなオーステナイト相に由来するピークが観察された。また、
図4の(a)に示すX線回折スペクトルには、
図4の(b)に示すようなフェライト相に由来するピークが観察されなかった。
【0036】
図5は、オーステナイト鋳鉄の試験片についての元素マッピング分析の結果を示す図である。
図5の(a)、(b)、および(c)は、それぞれ、比較例1に係るオーステナイト鋳鉄の試験片についてのエネルギー分散型X線分析によってなされたSi、Ni、およびMgに関する元素マッピング分析の結果を示す。
図5の(a)に示すように、比較例1においては、上記生成相におけるSiの分布が確認された。また、
図5の(b)に示すように、比較例1においては、
図5の(a)に示すようなSiの分布に対応するような、上記生成相におけるNiの分布が確認された。さらに、
図5の(c)に示すように、比較例1においては、
図5の(a)に示すようなSiの分布に対応するような、上記生成相におけるMgの分布が確認された。
【0037】
図3、
図4、および
図5に示すような結果から、比較例1においては、オーステナイト粒界にSiが濃縮することによってフェライト相が生成されたことが推察される。また、比較例1においては、上記フェライト相内にNiおよびMgが濃縮することによってNi-Mg相が生成されたことが推察される。一方、実施例1および実施例4においては、オーステナイト粒界におけるフェライト相の生成およびフェライト相内におけるNi-Mg相の生成が抑制されたことが推察される。このように、実施例1および実施例4においては、比較例1と比較して、オーステナイト粒界におけるフェライト相の生成が抑制されたため、フェライト相の生成に起因するオーステナイト鋳鉄の比透磁率の上昇が抑制されたことが推察される。その結果、実施例1および実施例4においては、比較例1と比較して、
図2に示すように、オーステナイト鋳鉄の比透磁率が減少したことが推察される。また、実施例1および実施例4においては、比較例1と比較して、フェライト相内におけるNi-Mg相の生成が抑制されたため、フェライト相内に生成されるNi-Mg相に起因するオーステナイト鋳鉄の靱性の低下が抑制されたことが推察される。その結果、実施例1および実施例4においては、比較例1と比較して、
図2に示すように、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸びが増加したことが推察される。
【0038】
(実施例1~10と比較例2との対比)
次に、
図1に示すように、実施例1~10に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが4.3%以下であると共にNiが8.0%以上である。一方、比較例2に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが4.3%以下であるがNiが8.0%未満である。
図2に示すように、実施例1~10の引張強さは、比較例2の引張強さよりも大きい。また、実施例1~10の伸びは、比較例2の伸びよりも大きい。さらに、実施例1~10の比透磁率は、比較例2の比透磁率よりも小さい。よって、質量%でSiが4.3%以下であると共にNiが8.0%以上であることによって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸び(破断伸び)を向上させると共にオーステナイト鋳鉄を低磁性化することが可能であることを確認することができた。
【0039】
図6は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
図6の(a)、(b)、および(c)は、それぞれ、実施例8、実施例9、および比較例2に係るオーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての走査型電子顕微鏡によって観察された結果を示す。
図6の(c)に示すように、比較例2においては、オーステナイト粒界の近傍におけるオーステナイト粒内に炭化物が生成した。
図6の(a)および
図6の(b)に示すように、実施例8および実施例9においては、オーステナイト粒界の近傍におけるオーステナイト粒内に生成した炭化物の量が、
図6の(a)に示すような炭化物の量よりも少なかった。
図6に示すような結果から、実施例8および実施例9においては、オーステナイト粒界の近傍におけるオーステナイト粒内における炭化物の生成が抑制されたことが推察される。このように、実施例8および実施例9においては、比較例2と比較して、オーステナイト粒界の近傍におけるオーステナイト粒内における炭化物の生成が抑制されたため、炭化物に起因するオーステナイト鋳鉄の靱性の低下が抑制されたことが推察される。その結果、実施例8および実施例9においては、比較例2と比較して、
図2に示すように、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸びが増加したことが推察される。
【0040】
(実施例1および2と実施例3および4との対比)
次に、
図1に示すように、実施例1および2に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが2.5%以下である。一方、実施例3および4に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でSiが2.5%を超えるものである。
図2に示すように、実施例1および2の伸びは、実施例3および4の伸びよりも大きい。また、実施例1および2の比透磁率は、実施例3および4の比透磁率よりも小さい。よって、質量%でSiが2.5%以下であることによって、オーステナイト鋳鉄の伸び(破断伸び)を一層向上させると共にオーステナイト鋳鉄を一層低磁性化することが可能であることを確認することができた。
【0041】
(実施例6および7と実施例5との対比)
次に、
図1に示すように、実施例6および7に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNb:0.01~0.3%である。一方、実施例5に係るオーステナイト鋳鉄は、Nbを含まないもの(質量%でNb:0.01%未満)である。
図2に示すように、実施例6および7の0.2%耐力は、実施例5の0.2%耐力よりも大きい。また、実施例6および7の硬さは、実施例5の硬さよりも大きい。よって、質量%でNb:0.01~0.3%であることによって、オーステナイト鋳鉄の0.2%耐力および硬さ(ブリネル硬さ)を一層向上させることが可能であることを確認することができた。
【0042】
図7は、オーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての観察結果を示す図である。
図7の(a)、(b)、および(c)は、それぞれ、実施例6、実施例7、および実施例5に係るオーステナイト鋳鉄の試験片のミクロ組織についての走査型電子顕微鏡によって観察された結果を示す。
図7(a)および(b)に示すように、実施例6および実施例7においては、矢印によって示されるような微細な相がオーステナイト粒内および粒界に生成された。一方、
図7の(c)に示すように、実施例5においては、
図7の(a)および(b)における矢印によって示されるような微細な相が生成されなかった。このように、実施例5のミクロ組織において観察されない微細な相が、実施例6および実施例7のミクロ組織おけるオーステナイト粒内および粒界に生成されたことを確認することができた。
【0043】
図8は、オーステナイト鋳鉄の試験片についての元素マッピング分析の結果を示す図である。
図8の(a)、(b)、および(c)は、それぞれ、実施例7に係るオーステナイト鋳鉄の試験片についてのエネルギー分散型X線分析によってなされたNb、C、およびNに関する元素マッピング分析の結果を示す。
図8の(a)に示すように、実施例7においては、矢印によって示されるような、上記微細な相におけるNbの分布が確認された。また、
図8の(b)に示すように、実施例7においては、
図8の(a)に示すようなNbの分布に対応するような、上記微細な相におけるCの分布が確認された。さらに、
図8の(c)に示すように、実施例7においては、
図8の(a)に示すようなNbの分布に対応するような、上記微細な相におけるNの分布が確認された。このように、実施例7のミクロ組織におけるオーステナイト粒内および粒界に生成された微細な相に、Nb、C、および/またはNが含まれることを確認することができた。
【0044】
図7および
図8に示すような結果から、実施例6および実施例7においては、オーステナイト粒内および粒界にNbの炭化物および/または窒化物の微細な相が生成されたことが推察される。このように、実施例6および実施例7においては、実施例5と比較して、オーステナイト粒内および粒界にNbの炭化物および/または窒化物の微細な相が生成されたため、オーステナイト相のすべり変形が抑制されたことが推察される。その結果、実施例6および実施例7においては、実施例5と比較して、
図2に示すように、オーステナイト鋳鉄の0.2%耐力および硬さが増加したことが推察される。
【0045】
(実施例9および10と実施例8との対比)
次に、
図1に示すように、実施例9および10に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが11.5%以上である。一方、実施例8に係るオーステナイト鋳鉄は、質量%でNiが11.5%未満である。
図2に示すように、実施例9および10の引張強さは、実施例8の引張強さよりも大きい。また、実施例9および10の伸びは、実施例8の伸びよりも大きい。さらに、実施例9および10の比透磁率は、実施例8の比透磁率よりも小さい。よって、質量%でNiが11.5%以上であることによって、オーステナイト鋳鉄の引張強さおよび伸び(破断伸び)を向上させると共にオーステナイト鋳鉄を低磁性化することが可能であることを確認することができた。
【0046】
さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。このため、本発明のより広範な態様は、以上のように表しかつ記述した実施形態に限定されるものではない。したがって、添付の特許請求の範囲およびその均等物によって定義される総括的な発明の概念の精神または範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。