(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】複合化クロムめっき物品
(51)【国際特許分類】
C25D 5/48 20060101AFI20230620BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20230620BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20230620BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20230620BHJP
C25D 5/14 20060101ALI20230620BHJP
C25D 15/02 20060101ALI20230620BHJP
【FI】
C25D5/48
B32B15/01 J
C23C26/00 K
C23C28/00 B
C25D5/14
C25D15/02 F
C25D15/02 N
(21)【出願番号】P 2019159989
(22)【出願日】2019-09-02
【審査請求日】2022-05-16
(73)【特許権者】
【識別番号】595150205
【氏名又は名称】オテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100179213
【氏名又は名称】山下 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100170542
【氏名又は名称】桝田 剛
(72)【発明者】
【氏名】森河 務
(72)【発明者】
【氏名】森本 泰行
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-132186(JP,A)
【文献】特開平10-080753(JP,A)
【文献】国際公開第2012/091047(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 15/01
C23C 26/00,28/00
C25D 5/12,5/14,5/48,15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象部材と、
前記対象部材の表面に被覆される複合化クロムめっき膜と、
を備え、
前記複合化クロムめっき膜は、
前記クロムめっき膜と、
前記クロムめっき膜のクラック内で固化したケイ素化合物と、
を備
え、
前記複合化クロムめっき膜における、前記ケイ素化合物の含有量は、0.1~10wt%である、複合化クロムめっき物品。
【請求項2】
前記複合化クロムめっき層の表面に積層される、追加のクロムめっき層をさらに備えている、請求項
1に記載の複合化クロムめっき物品。
【請求項3】
対象部材の表面に、クロムめっき膜を形成するステップと、
前記クロムめっき膜が有するクラックをエッチングにより拡張するステップと、
前記クロムめっき膜の表面に、ケイ素化合物の前駆体を含有する溶液を塗布し、水を接触させることで、前記クラック内にケイ素化合物を固化させる
ことで、前記対象部材の表面に複合化クロムめっき膜を形成するステップと、
を備
え、
前記複合化クロムめっき膜における、前記ケイ素化合物の含有量は、0.1~10wt%である、複合化クロムめっき物品の製造方法。
【請求項4】
前記溶液は、OH基、アルキル基、アリール基の1種又は2種以上を有するアルコキシシランおよびその部分加水分解物を含有する、請求項
3に記載の複合化クロムめっき物品の製造方法。
【請求項5】
前記複合化クロムめっき膜上に、追加のクロムめっき膜を積層するステップをさらに備えている、請求項
3または4に記載の複合化クロムめっき物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合化クロムめっき物品、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クロムめっきは、大気中で錆びず、安定で金属光沢を失わず、皮膜の硬度が約HV800と高く、傷つきにくく、耐摩耗性に優れ、汚れにくく、樹脂の離型性が良いなど、産業部材に必要な種々の機能性を有している。そのため、産業機械、工作機械、建設機械、繊維機械、印刷機械、自動車やオートバイ、船舶、航空機の部品や工具、金型、ロール等の表面処理として多用されている。
【0003】
クロムめっき皮膜は化学的に活性であるため、空気中では表面が酸化し、緻密な酸化クロムからなる不動態膜形成で覆われ、それ自身は優れた耐食性を有する。しかし、めっき皮膜内部には、耐食性を低下させる欠陥であるクラックが存在するため、これによって製品の耐食性を劣化させるという欠点を抱えている。めっき皮膜のクラックは、クロムめっき皮膜の膜成長で蓄積した応力の開放によって発生し、膜の成長過程で埋め込まれ、皮膜内で断続的な形態となっている。例えば、ニッケルめっきや銅めっきなど、クラックがない皮膜では、めっきが厚くなるにつれて、耐食性を低下させるピンホールなどの欠陥が減少し、厚膜化することで耐食性が向上する。しかし、クロムめっき皮膜では、上述のように皮膜の成長過程で断続的に発生するクラック欠陥がなくならないため、100μm以上の厚さになっても、クラックの接続を切ることはできない。そのため、皮膜対象である素地と、クロムめっき皮膜の表面を繋いだクラックにより、錆びやすく、クロムめっき皮膜の耐食性を発揮できないという問題がある。
【0004】
例えば、使用環境下で、クロムめっきのクラックに腐食性の溶液が侵入すると、クラック奥底まで侵入し、腐食液が素地に到達した瞬間から素地の腐食が生じる。また、クロムめっき皮膜の表面では、安定な酸化クロム不動態膜が形成されていることも素地の腐食を加速する要因となる。クロムめっき表面と素地とがクラックを介して腐食液でつながると、不動態膜が溶存酸素を還元する場所(カソード)に、素地金属が溶解する場所(アノード)とする腐食電池が形成され、両者の電位差によって、めっき皮膜のクラックの奥底で、素地が激しく腐食する。
【0005】
このため、工業的な用途でクロムめっき皮膜を長期にわたって使うためには、使用環境下に応じた腐食を抑制手段が必要となり、種々の方法がとられている。
【0006】
第一には、クロムめっき皮膜の厚膜化がある。これは腐食液が素地に到達するまでの時間を長くする効果はあるが、めっき皮膜内のクラックがつながっているため、腐食液そのものの素地への侵入を抑制することはできず、耐食性の改善効果はほとんどない。
【0007】
クロムめっきの一般的な耐食性の改善策としては、クロムめっきの表面をバフ等で研磨し、皮膜を塑性変形させることで表面に露出しているクラックを埋め込むことが行われている。しかし、バフ研磨によるクラックが閉孔する変質層の深さは0.2μm程度であり、工業用部品のように表面が摩耗されると、変質層下のクラックが露出し、耐食性が失われる。また、物品の形状が複雑であると均一にバフ研磨を施してクラックを埋め込むことも困難である。
【0008】
クロムめっきにおけるクラックの連続性を切る方法として、クロムめっきの表面を研磨あるいはブラスト処理で目潰し、その加工層の上に再度クロムめっきを施す2層クロムめっきも改善策として用いられている。この場合、研磨でクラックをつぶした状態のまま、クロムめっきを積層することがポイントである。しかし、上層のクロムめっきの密着性を確保するために、研磨した下地クロムめっき皮膜を陽電解でエッチングすることは不可欠であり、これによって加工層が除去されてしまうことも多い。そのため、クラックが目潰しされた加工層が失われると上層と下層のクロムめっきのクラックがつながり、耐食性は発揮できなくなる。
【0009】
これに対して、浴組成や電解条件を制御することによって、クロムめっき皮膜にクラックを生じさせなくできることは、古くから知られ、それによって耐食性を向上することも行われている。いわゆる、クラックフリークロムめっきと呼ばれる方法である。この皮膜は、荷重がかからない使用条件では、優れた耐食性が発揮したが、大きな荷重や変形が加わる使用条件では、皮膜内に巨大なクラックが生じて耐食性が逆に悪くなる欠点があり(例えば、非特許文献1)、その用途は限られる。また、例えば、非特許文献2によると、パルス電流を利用してめっき処理を行うことで、皮膜に圧縮応力を有し、クラックを抑制したクロムめっき層できることが見出されている。しかし、この方法には特殊なパルス電源が必要であり、大きな品物で大電流のパルスを正確に印可することは極めて困難で、その適用は小物に限定される。
【0010】
クロムめっきの耐食性の改善策として、素地にニッケルめっきを施した上にクロムめっきを施すことも行われる。この方法は、クロムめっきのクラックに侵入した腐食液が耐食性を有するニッケルめっき皮膜で阻止することで、素地に腐食液が直接触れさせなくし、耐食性を発揮する。特に、海塩粒子を含む腐食環境下での用途として有効な方法として利用されるが、ニッケルが腐食される硫化ガス雰囲気下等では使えない。また、下地ニッケルめっきを行う工程が必要であり、処理コストは高い。
【0011】
表面保護として、塗料や無機物などのコーティング膜をクロムめっきの表面に塗工する方法もある(例えば、特許文献1、特許文献2)。しかし、この方法では、クロム金属の特長である表面電導性が失われ、コーティング膜も柔らかいため傷が入りやすく、工業用途での摩耗環境には使うことができない。
【0012】
めっき皮膜のピンホール欠陥の対策には、樹脂や封孔剤が使われている。しかし、クロムめっき皮膜のクラック幅は0.1μm程度と極めて狭く、内部で複雑に入込み、クロムめっき皮膜の膜厚も数十μmと厚いため、塗布した樹脂や封孔剤は、クラックの奥底までは入りこめず、表面への塗布のみとなり、耐食性は改善できない。このため、クロムめっきを施した物品を加熱し、クラック幅をμmレベルに広げ、真空中あるいは高圧下で樹脂溶液をクラック内に含浸させ、加熱で樹脂を溶融させることで、クラック内を樹脂で埋め込み耐食性を向上させる方法が見出されている(例えば、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7)。しかし。この方法には、特殊な真空装置、圧力装置、熱処理装置が必要であり、工程は複雑で、処理時間とコストがかかる。さらに、熱処理温度250℃以上の高温では物品が熱変形するという欠点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開平8-132186公報
【文献】特開平10-18052公報
【文献】特開昭63-270494公報
【文献】特許2758363公報
【文献】特開平4-218691公報
【文献】特開平2001-295093公報
【文献】特許2010-013243公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】岸松平著 「クロムめっき」、日刊工業出版、1964年
【文献】小林 祐一著 「クラックフリークロムめっき技術」、表面技術、Vol.56、No.6、p.334、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、工業用途での厚いクロムめっきの利用においては、物品の腐食を抑制する方法は、その使用環境や使用条件に応じての制限を受けている状況にある。現状として開示されている方法で耐食性を確保するには、特殊な装置や下地めっきが必要となり、工程が複雑で、処理時間と処理コストが高額となる課題を抱えている。本発明は、簡易な手法で、耐腐食性を向上することができる、複合化クロムめっき物品とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る複合化クロムめっき物品は、対象部材と、前記対象部材の表面に被覆される複合化クロムめっき膜と、を備え、前記複合化クロムめっき膜は、前記クロムめっき膜と、前記クロムめっき膜のクラック内で固化したケイ素化合物と、を備えている。
【0017】
上記複合化クロムめっき物品において、前記複合化クロムめっき膜における、前記ケイ素化合物の含有量は、0.1~10wt%とすることが好ましい。
【0018】
上記複合化クロムめっき物品においては、前記複合化クロムめっき層の表面に積層される、追加のクロムめっき層をさらに備えることができる。
【0019】
本発明に係る複合化クロムめっき物品の製造方法は、対象部材の表面に、クロムめっき膜を形成するステップと、前記クロムめっき膜が有するクラックをエッチングにより拡張するステップと、前記クロムめっき膜の表面に、ケイ素化合物の前駆体を含有する溶液を塗布し、水を接触させることで、前記クラック内にケイ素化合物を固化させるステップと、を備えている。
【0020】
上記複合化クロムめっき物品の製造方法において、前記溶液は、OH基、アルキル基、アリール基の1種又は2種以上を有するアルコキシシランおよびその部分加水分解物を含有することができる。
【0021】
上記複合化クロムめっき物品の製造方法においては、前記複合化クロムめっき膜上に、追加のクロムめっき膜を積層するステップをさらに備えることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、簡便な手法で、耐腐食性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係る複合化クロムめっき物品の模式図である。
【
図2】クラックの幅を計測するための写真の一例である。
【
図3】実施例1に係る複合化クロムめっき物品の表面におけるケイ素(Si)の元素分布図である。
【
図4】実施例1に係る複合化クロムめっき物品の断面構造、表面から深さ方向への各元素の分布状況を示すグロー放電発光分析図、およびスペクトル強度とケイ素化合物重量から換算した深さ方向のケイ素化合物含有率の状況である。
【
図5】実施例9に係る複合化クロムめっき物品の断面構造、表面から深さ方向への各元素の分布状況を示すグロー放電発光分析図、およびスペクトル強度とケイ素化合物重量から換算した深さ方向のケイ素化合物含有率の状況である。
【
図6】実施例10に係る複合化クロムめっき物品の断面構造、表面から深さ方向への各元素の分布状況を示すグロー放電発光分析図、およびスペクトル強度とケイ素化合物重量から換算した深さ方向のケイ素化合物含有率の状況である。
【
図7】実施例11に係る複合化クロムめっき物品の断面構造、表面から深さ方向への各元素の分布状況を示すグロー放電発光分析図、およびスペクトル強度とケイ素化合物重量から換算した深さ方向のケイ素化合物含有率の状況である。
【
図8】エッチングでクラックの幅を拡大させたクロムめっき膜中のケイ素化合物の含有率の状況である。
【
図9】エッチングでクラックの幅を拡大させたクロムめっき膜中のケイ素化合物の深さ方向の含有状況である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態に係る複合化クロムめっき物品及びその製造方法について、図面を参照しつつ説明する。
図1は、複合化クロムめっき物品を示す模式図である。
図1に示すように、本実施形態に係る複合化クロムめっき物品は、対象部材1と、これに被覆された複合化クロムめっき膜2とを備えている。以下、これらについて詳細に説明する。
【0025】
<1.対象部材>
本実施形態に係る複合化クロムめっき膜2が被覆される対象部材1は、特には限定されないが、例えば、通常のめっきが可能な鉄、鉄合金材、アルミニウム、アルミニウム合金材、銅、銅合金材等の金属部材である。
【0026】
<2.複合化クロムめっき膜及び複合化クロムめっき物品の製造方法>
複合化クロムめっき膜2は、クロムめっき膜21と、このクロムめっき膜21のクラック211に含まれるケイ素化合物22と、を備えている。この複合化クロムめっき膜2は、クロムめっき膜21の形成工程、クラック211の拡大のためのエッチング工程、ケイ素化合物22の前駆体を含有する溶液の塗布工程を経ることで、対象部材1上に形成される。以下、これらの工程について説明する。
【0027】
<2-1.クロムめっき膜の形成工程>
クロムめっき膜21は、公知のめっき方法により形成することができ、例えば、上述した対象部材1をクロムめっき液に浸漬し、対象部材1を陽極にして活性化処理を行った後、対象部材1を負極にして、クロムめっき膜21を形成する。このクロムめっき膜21の膜厚は、3μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。クロムめっき膜21の膜厚を3μm以上とすると、溶液の充填は可能であるが、溶液の浸透できるクラック211の幅と深さ、クラック211の拡大によるめっき後の対象部材の腐食の観点からすると、クロムめっき膜21の膜厚は10μm以上が好ましい。
【0028】
<2-2.エッチング工程>
クロムめっき膜21を対象部材1上に形成した後、このクロムめっき膜21をエッチングし、クロムめっき膜21に内在するクラック211の幅および深さを増大させる。エッチング工程は、対象部材1を陽極として陽極電解を施すことで行うことができる。あるいは、クロムめっきを溶解できる塩酸、硫酸などの溶液への浸漬による化学的溶解によって行うことができる。エッチング工程を簡便化するには、例えば、クロムめっき膜21の形成後、直流電源の極性を反転させ、対象部材1を陽極として電流密度1~100A/dm2で電解を施すことができる。この場合、クロムめっき膜21に形成されるクラック211の幅と深さは、印可した電流と時間の積となる電気量で制御することができる。例えば、電解時の陽電流密度を25A/dm2とした場合には、電解時間を30~600秒間程度とすることが好ましい。一方、化学的溶解によるエッチング量は、液温と浸漬時間で制御することができ、例えば、10~30%の硫酸溶液を用いる場合であれば、30~80℃、10秒間~10分間程度の浸漬を行うことが好ましい。
【0029】
上記のようにエッチングを施すと、その後、クラック211を拡大したクロムめっき膜21が形成された対象部材1を、めっき液から引き上げ、通常の水洗、乾燥を行う。
【0030】
拡張されたクラック211の幅は、0.3~10μmであることが好ましく、0.4~4μmであることがさらに好ましい。また、拡張されたクラック211の深さは、1~30μmであることが好ましく、20μm程度であることがさらに好ましい。クラック211の幅が0.2μmより小さいと、ケイ素化合物の浸透量が少なく、後述するように、ケイ素化合物の含有量0.2wt%が確保できないおそれがある。一方、クラック幅が10μmを超えると、クロムめっきエッチングによって、めっき表面の平面領域が減り、めっき使用時の荷重等に耐えられなくなるおそれがある。
【0031】
クラックの幅は、以下のように算出することができる。まず、走査型電子顕微鏡の写真(倍率X5000~X10000)を5~6ヶ所撮影する。続いて、撮影した各写真において、無差別に2~5点を選択肢、クラック幅を計測した。こうして、20点程度のクラック幅を計測し、その平均値をクラックの幅としている。
図2は、撮影した写真と、そこから計測されたクラック幅を示す例である。
【0032】
<2-3.ケイ素化合物用溶液の塗布工程>
次に、塗布工程について説明する。クロムめっき膜21の形成から塗布工程までの時間は、任意であり、特には限定されない。溶液に含有されるケイ素化合物の前駆体としては、例えば、シランカップリング剤を用いることができる。シランカップリング剤としては、例えば、OH基、アルキル基、アリール基の1種又は2種以上を有するアルコキシシランを用いることができる。あるいは、アルコキシシランの部分加水分解物(オリゴマー)が含有されていてもよい。アルコキシシランとしては、メトキシシランを用いることができる。
【0033】
このほか、エチルシリケートなどのアルキルシリケートを、ケイ素化合物の前駆体とすることもできる。
【0034】
そして、エッチングを施したクロムめっき膜21に対して、上述したケイ素化合物の前駆体を含有する溶液を適量塗布する。溶液を塗布すると、クラック211の毛管作用で溶液は速やかに表面に広がるとともにクラック内に浸透する。この場合、ヘラや刷毛、スプレーなどを用いて溶液をクロムめっき膜21の表面全体に広げると、溶液量を低減することができる。なお、溶液の粘度が高く、クラック211への浸透が不十分で、塗布直後に硬化してしまう場合には、例えば、ケイ素化合物の前駆体の原液をアルコール等の溶媒で数~10倍程度に希釈したものを用液として用いることができる。一例として、アルコキシド原液をメタノールで8倍に希釈したものを溶液として用いると、クロムめっき膜1dm2あたり200μLの溶液量で、クロムめっき膜21の表面で十分に広がり、クラック211内を満たすことができる。
【0035】
クラック211に浸透したケイ素化合物の前駆体は、クラック211内のすき間に存在する水分で加水分解を起こし、脱アルコール化して重合し、クラック211の奥底に、ケイ素化合物が固定される。例えば、幅の狭いクラックでは、臨界湿度が下がり、水が結露した状態にあるため、クロムめっき膜のクラック中の水分量は、0.005g/dm2程度が存在している。したがって、このような水分によって、加水分解が生じる。
【0036】
溶液を塗布した後は、速やかにクロムめっき膜21の表面を水洗する。この作業によって、クロムめっき膜21の表面に付着した溶液の膜を除去するとともに、クラック211に入り込んだケイ素化合物の前駆体と水とを接触させる。その結果、ケイ素化合物の前駆体の加水分解を促進させ、重合化させることで、ケイ素化合物22をクラック211内に固定することができる。
【0037】
なお、溶液の塗布後、クロムめっき膜21の表面でケイ素化合物22が固化して除去しにくい場合には、アルコール、シンナー等の溶媒を用いて拭き取ってもよい。拭き取りには、布、ウエス、ペーパーなどに溶媒を染みこませたものを使用することができる。
【0038】
以上の工程により、溶液がクロムめっき膜21のクラック211に入りこみ、これが固化すると、クロム金属とケイ素化合物22である無機物との複合膜、つまり複合化クロムめっき膜2が形成される。こうして形成された複合化クロムめっき膜2の全体に占めるケイ素化合物22の含有率(ケイ素化合物の重量/(クロムめっき膜の重量とケイ素化合物の重量の和)の下限は、0.1wt%以上、0.2wt%以上、0.5wt%以上、1.0wt%以上、2.0wt%以上、であることが好ましい。一方、含有率の上限は、10.0wt%以下、6.0wt%以下、4.0wt%以下であることが好ましい。ケイ素化合物の含有率は、以下のように算出することができる。
【0039】
まず、クロムめっき膜21の生成前後における重量を測定し、その差からクロムめっき重量(WCr)を求める。次に、溶液の塗布前後の重量を求め、塗布量(WSi)を求める。複合化クロムめっき膜全体のケイ素化合物の平均含有率(wt%)は、両者の重量比(Wsi/(Wsi+Wcr))で求める。
【0040】
また、体積含有率(ケイ素化合物とクロムめっき膜の比重を用いて重量率を体積率に換算した値)は、0.6~20vol%であることが好ましい。体積含有率は、Cr金属とケイ素化合物の比重比6.4を重量含有率に掛けて求める。
【0041】
なお、複合化クロムめっき膜2を形成した直後から製品として使用することができるが、1日程度放置し、硬化を進めた後に使用することが望ましい。
【0042】
硬化を短時間で終了させたい場合には、例えば、熱処理を施すことができる。熱処理の温度は、例えば、ケイ素化合物が分解しない100~500℃とすることができるが、硬化時間および製品の熱変形を考慮すると、120~220℃であることが好ましい。
【0043】
<3.特徴>
(1)本実施形態に係る複合化クロムめっき物品は、クロムめっき膜21に形成されたクラック211の奥底までケイ素化合物が浸透して固化しているため、クラック211を通じて腐食を生じさせる水や塩化物等の腐食液がクロムめっき膜21に浸入するのを防止することができる。そのため、腐食液が対象部材1まで達するのを防止でき、複合化クロムめっき物品の耐食性を向上することができる。特に、この複合化クロムめっき膜2の形成処理は、通常のクロムめっき装置の利用のみで作製でき、真空や加圧装置など特殊な装置は不要である。したがって、簡易な処理、つまり、処理時間が短時間で、工程数も少なく、安価な処理によって、複合化クロムめっき膜2を形成することができる。
【0044】
(2)複合化クロムめっき膜2の形成後に熱処理を行うと、ケイ素化合物22の重合が進行し、脱アルコール化が進む。そのため、熱処理による硬化が完了すると、耐食性はより向上する。なお、熱処理によって、ケイ素化合物22の重量は減少し、体積は収縮する(例えば、30%程度)。したがって、この収縮分に応じて、熱処理後に再度ケイ素化合物22を塗布すると、耐食性をさらに向上することができる。
【0045】
(3)複合化クロムめっき膜2の表面は、クラック211以外は洗浄によって、塗布溶液による膜が除去されている。したがって、複合化クロムめっき膜2の表面には、表面電気伝導度があるため、その上に新たにめっきを施すことができる。例えば、追加のクロムめっき膜を少なくとも1層積層したり、複合化クロムめっき膜2を複数積層したりすることができる。あるいは、クロムめっき膜と、複合化クロムめっき膜2とを交互に積層することもできる。なお、複合化クロムめっき膜2では、クラック内のケイ素化合物は固化しているため、追加のめっき工程における、水洗浄、めっき液への投入、逆電作業などで、クラック内のケイ素化合物22が溶解することはない。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果をもとに詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0047】
<1.複合化クロムめっき膜を形成するプロセスと耐食性と関係の検討>
以下では、実施例1~17に係る複合化クロムめっき膜、及び比較例1~7に係るクロムめっき膜または複合化クロムめっき膜を対象部材上に形成した。
【0048】
実施例1~17については、下記条件を採用した。対象部材として、鉄板を用いた。クロムめっき液には有機スルフォン酸浴(クロム酸250g/L、硫酸2.5g/L、有機スルフォン酸3g/L)を用い、浴温は50℃とした。ケイ素化合物の前駆体を含有する溶液としては、アルコキシシランおよびその部分加水分解縮合物の原液をメタノールで8倍に希釈した溶液を用いた。実施例1~17と比較例1~5の生成方法、ケイ素化合物の含有率、及びキャス試験の結果は、表1、表2、及び表3に示すとおりである。
【表1】
※※ハイブリッドコート処理とは、上記実施形態で示したとおり、クロムめっき膜の形成後、エッチングによりクラックを拡大し、その後、溶液を塗布し、水洗いする処理である。この点は、表2でも同じである。
【表2】
【表3】
コート処理は、クロムめっき膜の形成後、エッチングを行うことなく、溶液を塗布し、水洗いする処理である。
【0049】
以下、実施例1~17及び比較例1~5について詳細に説明する。
【0050】
(実施例1)
対象部材を一般のアルカリ性脱脂液に浸漬し、付着した油の脱脂を行った後、クロムめっき液に対象部材を浸漬した。次に、通常のクロムめっき操作と同様に、アノード処理25A/dm2、30秒間の活性化処理を施した。続いて、電源極性を反転し、対象部材を陰極として電流密度25A/dm2、処理時間150分間の電解を行い、厚さ52μmのクロムめっき膜を対象部材上に形成した。めっき工程の終了後、電源の極性を反転し、対象部材を陽極として電流密度25A/dm2、120秒間でクロムめっき膜を電解エッチングし、クロムめっき膜のクラックを拡大した。これによって形成されたクラックの幅の平均値は、上述した算出方法により、約0.7μm(最大1.4μm、最小0.2μm)、深さ約20μmであった。エッチング工程の終了後、対象部材をめっき液から引き上げ、水洗、乾燥した。その後、クラックを拡大したクロムめっき膜に対し、上述した用液を1dm2あたり200μLの割合でクロムめっき膜の表面に垂らし、ヘラで広げた。その後、対象部材を水で洗浄した後、表面をスポンジで擦って表面に付着した溶液の膜を除去し、風乾した。クラックへ浸透したケイ素化合物の量を増加させるため、溶液の塗布と水洗作業を3回繰り返し、複合化クロムめっき膜を得た。ケイ素化合物の含有率は0.7wt%であった。
【0051】
こうして作製した複合化クロムめっき膜の表面を、EDX-SEM(エネルギー分散型X線分析装置付き走査型電子顕微鏡)にて観察したところ、
図3(a)に示すケイ素の元素分布が得られた。また、
図3(b)は、複合化クロムめっき膜の表面の写真であり、
図3(a)と対応している。
図3(a)における白の部分が、ケイ素を示しており、
図3(b)に示すクラックと対応する位置に存在していることが分かる。したがって、ケイ素はクラックに存在し、クラックがケイ素化合物で埋め込まれていることがわかる。
【0052】
また、
図4に、この複合化クロムめっき物品の断面写真(a)、グロー放電発光分光分析(GDS)による深さ方向の元素の分布状況(b)、および深さ方向でのケイ素化合物の含有率の分布状況(c)を示す。なお、ケイ素化合物の分布状況は、スペクトル強度とクロムめっき膜中のケイ素含有量から換算で求めた。
図4に示すように、ケイ素化合物の含有率は、複合化クロムめっき膜の表面側で約5.5wt%と高く、内側に向かって徐々に減少している。しかし、表面からの深さが約25μmの位置においても、含有率は0.1wt%となっていることが分かる。したがって、クラックにケイ素化合物が固定され、複合化クロムめっき膜が形成されていることが確認できた。
【0053】
なお、
図4(c)における深さ方向のケイ素化合物の含有率の計測は、以下の通り行った。すなわち、GDSにより、エッチング時間における各元素の強度を測定した。
(1)Si強度で、表面からめっき界面までのデータについての積算値(Si積算値)を求める。
(2)スパッタ時間毎のSi強度をSi積算値で割り、溶液の塗布重量を掛け、これをMSiとした。
(3)Cr強度で、表面からめっき界面までの積算値(Cr積算値)を求める。
(4)スパッタ時間毎のCr強度をCr積算値で割り、Crめっき膜の重量を掛け、これをMCrとした。
(5)各スパッタ時間におけるSi重量比率を算出する。すなわち、Msi/(Msi+Mcr)を算出した。
(6)めっき深さを算出した。すなわち、GDSにより、Cr強度がなくなる時間でエッチング時間を深さに換算した。
(7)
図4(c)に示すように、縦軸にケイ素化合物の含有率(%)、横軸にめっき表面からの深さ(μm)として、グラフ化した。
以上の方法は、後述する
図5(b)、
図6(b)、
図7(b)、及び
図9においても同じである。
【0054】
このようにして得たクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べた。キャス試験は、JIS H8502:1999の7.3キャス試験方法に準拠して実施した。結果として、24時間噴霧後に、赤さびの発生が認められた。
【0055】
(実施例2~7)
実施例1と同様の操作を行い、複合化クロムめっき膜を得た。但し、実施例2~7は、ケイ素化合物の含有率が相違しており、後述する表1に示すように、約0.6~1.1wt%となっている。なお、溶液の浸透深さは、クロムめっき膜の膜厚にかかわらず、概ね20~30μmであると考えられるので、クロムめっき膜の膜厚が大きくなると、ケイ素化合物の含有率は小さくなっている。また、実施例2~7のクラックの幅は、実施例1と概ね同じであった。また、実施例2~7では、上述した塗布工程の後、ケイ素化合物の固化を進めるため熱処理を行った。温風乾燥器内での熱処理の温度は、表1に示すとおりであり、各温度で1時間の熱処理を行った。熱処理後に得られた複合化クロムめっき物品に対してキャス試験を行ったところ、実施例2、3では24時間噴霧後、実施例4では32時間噴霧後、実施例5では48時間噴霧後、実施例6では72時間噴霧後、実施例7では216時間噴霧後に、赤さびの発生が確認された。
【0056】
(実施例8)
実施例7と同条件で形成した複合化クロムめっき膜に対し、さらに実施例1で行ったケイ素化合物の溶液の塗布を再度行った。その結果、ケイ素化合物の含有率は1.3wt%であった。このようにして得たクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べた。結果としては、336時間噴霧後(2週間)であっても、部材表面での変色はなく、赤さびの発生も認められなかった。
【0057】
(実施例9)
実施例1と同様のプロセスで、ケイ素化合物の含有量が約0.9wt%である複合化クロムめっき膜を形成し、その表面に、さらにクロムめっきを施した。すなわち、複合化クロムめっき物品をクロムめっき溶液に浸漬し、アノード処理25A/dm2、30秒間の表面活性化処理を施した。その後、電源の極性を反転し、対象部材を陰極として電流密度25A/dm2、処理時間100分間の電解を行い、厚さ30μmのクロムめっき膜を形成した。この追加のクロムめっき膜の密着性には問題がなかった。
【0058】
図5は、このようにして得られた複合化クロムめっき物品の断面写真(a)、および表面から深さ方向におけるケイ素化合物の含有率の状況(b)を示している。上層のクロムめっき膜の下に、複合化クロムめっき膜が存在しており、複合化クロムめっき膜上へのさらなるクロムめっきが可能であることが分かる。このようにして複合化クロムめっき膜に対して、キャス試験で耐食性を調べた。結果としては、24時間噴霧後に、赤さびの発生が認められた。
【0059】
(実施例10)
実施例9と同様の手法で第2層のクロムを積層した後、電源の極性を反転し、対象部材を陽極として、クロムめっき皮膜の表面を電流密度25A/dm2で120秒間の条件で電解エッチングしてクラックを拡大した。その後、ケイ素化合物溶液の塗布及び水洗いを行った。これに対して第3層のめっき、電解エッチング、コート、第4層のめっき、電解エッチング、コートとし、全体の膜厚が74μmの4層の複合化クロムめっき膜を形成した。このようにして得られた複合化クロムめっき膜物品においては各複合化クロムめっき膜の密着性に問題は見られなかった。複合化クロムめっき膜全体に占めるケイ素化合物の含有率は1.0wt%であった。
【0060】
図6は、このようにして得た複合化クロムめっき物品の断面写真(a)、および表面から深さ方向におけるケイ素化合物含有率の状況(b)である。ケイ素の深さ方向分布は、複合化クロムめっき膜の積層に応じており、複合化クロムめっき膜の多層化が確認できた。このようにして得たクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べた。試験結果としては、48時間噴霧後に赤さびの発生が認められた。
【0061】
(実施例11)
実施例9と同様に積層化し、クロムめっき終了時に、電源の極性を反転し、対象部材を陽極として、クロムめっき膜の表面を電流密度25A/dm2で120秒間の条件で電解エッチングしてクラックを拡大した。その後、溶液の塗布及び水洗い行う一連の作業を合計4回行い、全体の膜厚が42μmの複合化クロムめっき膜を形成した。なお、1回目のクロムめっきでは厚さを約30μmとし、2~4回目の積層クロムめっきは、クロムめっき時間を30分間とし、各層の厚さを約4μmとした。このようにして得られた複合化クロムめっき物品においては各複合化クロムめっき膜の密着性には問題は見られなかった。
【0062】
図7は、この複合化クロムめっき物品の断面写真(a)、および表面から深さ方向におけるケイ素化合物含有率の状況(b)を示す。このケイ素の分布によれば、複合化クロムめっき膜内で途切れることなく、クロムめっき膜全体で、ケイ素化合物とのハイブリッド化ができていることが確認できた。複合化クロムめっき膜全体に占めるケイ素化合物の含有率は2.9wt%であった。このようにして得た複合化クロムめっき物品に対し、キャス試験で耐食性を調べた。試験結果としては、48時間噴霧後に赤さびの発生が認められた。
【0063】
(実施例12~17)
実施例1と同様の操作であるが、クラックを広げる電解エッチング時間のみを60秒~600秒に変え、クラック幅が異なる複合化クロムめっき膜を得た。クラックの幅は、後述するように
図8に記載しており、概ね0.4~2.3μmであった。いる。これによって、ケイ素化合物の含有量は、0.39~4.97wt%であった。上述した塗布工程の後、ケイ素化合物の固化を進めるため200℃、1時間の熱処理を行った。熱処理後に得られた複合化クロムめっき物品に対してキャス試験を行ったところ、実施例12、13では24時間噴霧後、実施例14では216時間噴霧後、実施例15では168時間噴霧後、実施例16では336時間噴霧後、実施例17では24時間噴霧後に、赤さびの発生が確認された。
【0064】
(比較例1)
実施例1のクロムめっき工程に準じて、膜厚が36μmのクロムめっき膜を対象部材上に形成した。エッチングを行っていないため、クラックの平均幅は、約0.21μmであった。こうして得られたクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べた。その結果、1時間噴霧後に赤さびが発生した。
【0065】
(比較例2)
実施例1のクロムめっき工程に準じて、膜厚が40μmのクロムめっき膜を対象部材上に形成した。こうして得られたクロムめっき物品に対してバフ研磨を実施した後、キャス試験で耐食性を調べた。その結果、8時間噴霧後に赤さびが発生した。なお、バス研磨によりクラックが埋められたため、クラック幅の測定はできなかった。
【0066】
(比較例3)
比較例1のクロムめっき工程に準じめっきを行い、膜厚が34μmのクロムめっき物品を形成した。続いて、エッチングは行わず、これに上述した溶液の塗布と水洗作業を3回行った。このクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べたところ、1時間噴霧後に赤さびが発生した。なお、エッチングを行っていないため、クラックの平均幅は、約0.21μmであった。
【0067】
(比較例4)
比較例3と同様の工程で、膜厚が33μmの複合化クロムめっき膜が形成されたクロムめっき物品に対して、200℃、1時間で熱処理を施した。この物品に対して、キャス試験で耐食性を調べたところ、1時間噴霧後に赤さびが発生した。なお、エッチングを行っていないため、クラックの平均幅は、約0.25μmであった。
【0068】
(比較例5)
比較例3と同様の工程で、膜厚が27μmのクロムめっき膜が形成された物品に対して、200℃、1時間で熱処理を施した。その後、上述した溶液の塗布と水洗作業を3回行った。このクロムめっき物品に対して、キャス試験で耐食性を調べたところ、8時間噴霧後に赤さびが発生した。なお、エッチングを行っていないため、クラックの平均幅は、約0.25μmであった。
【0069】
(考察)
JIS H8617-1999(ニッケルめっきおよびニッケル-クロムめっき)では、各使用環境(上記JIS内の参考表1)におけるキャス試験の噴霧時間(上記JIS内の表4)として、通常の屋内環境(住宅、事務所など)で4時間、湿度の高い屋内環境(浴室、ちゅう房など)で8時間、通常の屋外環境(田園、住宅地域など)で16時間、腐食環境の強い屋外環境(海浜、工業地域など)で24時間が規定されている。上記した表1及び表2から明らかなように、本発明の実施例1~17に係る複合化クロムめっき物品では、16時間噴霧以降に赤さびが発生しており、上記JISに示す屋外環境に対応している。したがって、本発明に係る複合化クロムめっき膜が優れた耐食性を有することがわかる。
【0070】
これに対して、表3に示すように、比較例1~5のクロムめっき物品は、短時間で赤さびが発生し、耐食性が不十分であることは明らかである。なお、比較例3~5では、溶液を塗布しているが、クロムめっき膜のクラックを拡張していないため、溶液が浸透していない。そのため、比較例3、4、5のケイ素化合物の含有率は、それぞれ、約0.001wt%,0.001wt%、0.07wt%であり、実施例1~17よりも遙かに低いことが分かった。
【0071】
比較例3~5及び実施例12~17において、エッチングによるクラックの幅とケイ素化合物の含有率との関係を
図8に示す。図中の各点のCASS数値は赤さび発生までの時間を示す。比較例3~5は、クラック幅が0.4μm未満であり(約0.33μm)、これによって、ケイ素化合物の含有量が少なく、赤さび発生までの時間も短くなっている。一方、クラック幅が0.4μm以上である実施例12~17は、ケイ素化合物の含有量が0.2wt%以上と比較例3~5よりも増大し、結果として、赤さび発生までの時間が24時間以上と長くなっている。したがって、優れた耐食性を有することが分かる。但し、実例17のように、エッチング時間が600秒間を超え、クラックの幅が2μm以上となると表面でのクラック占有面積が増えるため、ケイ素化合物によるクラック被覆が不十分となり耐食性は短くなると考えられる。
【0072】
図9に、クラックの幅をエッチングで拡大したクロムめっき膜に上記溶液を塗布して形成した複合化クロムめっき膜における、表面からの深さ方向におけるケイ素化合物の分布状況を示す。
図9では、複数種の幅のクラックにおけるケイ素化合物の深さ分布も示した。同図によれば、クラックの幅が0.25μmであっても、深さ10μm程度まで、概ね0.1wt%以上のケイ素化合物の含有率を達せてできているが、クラックの幅が0.5μmを超えると、ケイ素化合物の含有率が大幅に増え、且つ深さ20μm程度までケイ素化合物が浸透していることが分かる。したがって、上記のように、クラックの幅は、0.4μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがさらに好ましい。
【符号の説明】
【0073】
1 対象部材
2 複合化クロムめっき膜
21 クロムめっき膜
211 クラック
22 ケイ素化合物