(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】多層コーティングを有する金属切削ツール
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230620BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20230620BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20230620BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 P
C23C14/06 A
(21)【出願番号】P 2019563468
(86)(22)【出願日】2018-05-15
(86)【国際出願番号】 EP2018062599
(87)【国際公開番号】W WO2018210866
(87)【国際公開日】2018-11-22
【審査請求日】2021-03-15
(32)【優先日】2017-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】アルベール, ウルリヒ
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-133111(JP,A)
【文献】特開2009-248238(JP,A)
【文献】特開2011-212786(JP,A)
【文献】特開2013-244588(JP,A)
【文献】特開2014-223722(JP,A)
【文献】特表2015-529571(JP,A)
【文献】特開2017-177239(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0193662(US,A1)
【文献】国際公開第2015/186503(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/022501(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/047949(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23C 1/00-9/00
C23C 14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金、サーメット、セラミック、鋼鉄または高速度鋼、および多層耐摩耗コーティングで作られた主本体を備える、金属切削ツールであって、該耐摩耗コーティングは、
・
積層全体でみたときにTi
mAl
(1-m)N
の組成[式中、0.25<m<0.55]、および500nm~3μmの全体厚さを有する、下層(LL)であって、
前記下層(LL)は、(A-B-A-B-...)の順番で交互に積層した50~600対の副層(A)および(B)で構成され、
前記副層(A)は、Ti
aAl
(1-a)Nの組成[式中、0.45≦a≦0.55]、および1nm~10nmの厚さを有し、前記副層(A)および(B)の積層における第1の副層(A)は、5nm~50nmの層厚を有し、
前記副層(B)は、Ti
bAl
(1-b)Nの組成[式中、0.25≦b≦0.40]、および1nm~10nmの厚さを有し、
前記副層(A)および(B)は、異なる化学量論的組成[ただし、(a-b)≧0.10]を有する、下層(LL)と、
・前記下層(LL)のすぐ上に堆積され、
積層全体でみたときにTi
nAl
oSi
pN
の組成[式中、n+o+p=1、0.30≦n≦0.50、0.40≦o≦0.60、かつ0.05≦p≦0.20]と、500nm~3μmの合計厚さとを有する、上層(UL)であって、
前記上層(UL)は、(C-D-E-C-D-E-...)の順番で交互に積層した30~400の3連対の副層(C)、(D)および(E)で構成され、
前記上層(UL)の前記副層(C)は、前記下層(LL)の前記副層(A)と同様に定義され、前記上層(UL)の前記副層(D)は、前記下層(LL)の前記副層(B)と同様に定義され、
前記副層(C)および(D)は、異なる化学量論的組成[ただし、(a-b)≧0.10]を有し、
前記副層(E)は、Ti
xAl
ySi
zNの組成[式中、x+y+z=1、0.20≦x≦0.45、0.20≦y≦0.45、かつ0.20≦z≦0.45]と、1nm~10nmの厚さを有する、上層(UL)と
を備える、金属切削ツール。
【請求項2】
前記多層耐摩耗コーティングは、PVD処理によって、より好ましくは陰極アーク蒸着(Arc-PVD)によって、主本体に適用される、請求項1に記載のツール。
【請求項3】
前記上層(UL)の上、および/または基体と前記下層(LL)との間に、1層または複数層の別の硬質材料層を備え、前記1層または複数層の別の硬質材料層は、周期系の4a、5a、および6a族のうちの1つまたは複数の元素、Al、Si、ならびに非金属N、C、O、およびBのうちの1つまたは複数を含有する、請求項1または2に記載のツール。
【請求項4】
前記下層(LL)は、基体の表面のすぐ上に堆積される、請求項1から3のいずれか一項に記載のツール。
【請求項5】
前記主本体は超硬合金で作られている、請求項1から4のいずれか一項に記載のツール。
【請求項6】
前記超硬合金は、6~20重量%のCoバインダ、または8~16重量%のCoバインダ、または10~14重量%のCoバインダ、または11~13重量%のCoバインダを含有する、請求項5に記載のツール。
【請求項7】
前記超硬合金は、0.3~2.0μm、または0.4~1.5μm、または0.5~1.2μmの平均WC粒子サイズを有する、請求項5または6に記載のツール。
【請求項8】
硬質金属(SHM)回転切削ツール、好ましくはフライス加工ツールである、請求項1から7のいずれか一項に記載のツール。
【請求項9】
ISOのS種の加工材料の鋼鉄、好ましくは耐熱超合金(HRSA)、チタン、チタンα合金、チタンβ合金、チタン混合α+β合金、好ましくはTi-6Al-4Vタイプのチタン混合α+β合金をフライス加工するための、請求項1から8のいずれか一項に記載のツールの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼鉄または高速度鋼、および、好ましくはPVD処理によって主本体に適用される多層耐摩耗コーティングによって作られた主本体を含む、金属切削ツールに関する。本発明の金属切削ツールは、超合金の加工に特に好適で、向上したツール寿命、および高温切削における拡散摩耗に対する向上した耐性を示す。
【背景技術】
【0002】
ISOのS種の材料である、耐熱超合金(HRSA)、およびチタン合金を含むチタンは、高温における優れた機械的強度およびクリープ(応力下でゆっくり動くかまたは変形する固体の傾向)に対する耐性、良好な表面安定性、ならびに、腐食および酸化に対する耐性を示す。並外れた特性により、例えばこれらの材料は、宇宙空間のエンジン、ならびに燃焼およびタービンセクションにおける発電ガスタービンの製造、オイルおよびガス産業における用途、海洋用途、医療用関節インプラント、高耐食用途などに使用される。チタンは、他のほとんどの構造材料に対して著しい腐食を生じさせ得る、非常に厳しい環境下で使用することができる。これは、非常に耐性があって概ね0.01mmの厚さで層の表面を覆う、酸化チタン(TiO2)のためである。酸化物層が損傷して酸素に触れると、チタンは直ちに酸化物を再構成する。例えばチタンは、熱交換器、脱塩装置、ジェットエンジン部品、着陸装置、宇宙空間のフレームにおける構造部品などに、特に好適である。
【0003】
しかし、HRSAおよびチタン両方の加工性は劣っており、特に切削ツールに対して特有の要件を課する、時効硬化条件において劣る。
【0004】
HRSA材料の加工性の困難さは、鉄ベースの材料、ニッケルベースの材料、およびコバルトベースの材料の順に増す。全ての材料は、高温において高い強度を有し、切削中に切り出しチップを生成し、それが高くかつ動的な切削力を作り出す。乏しい熱伝導性および高い硬度によって、加工中のツールに高温が生じる。高い強度、加工硬化、および付着硬化特性は、切削の最大深において境界摩耗を、および刃先の大きい研磨環境を、作り出す。カーバイド級の切削ツールは、塑性変形およびコーティングの層間剥離(フレーキング)に対する良好な耐性をもたらすために、高い刃先靭性、および基体へのコーティング付着性を有するべきである。
【0005】
チタンおよびチタン合金は熱伝導性が乏しく、強度は高温で保持されるが、これによって刃先では、高い切削力および熱が生じる。焼き付く傾向のある、高剪断の薄いチップは、刃先の近くで集中した切削力を生じさせるすくい面において、狭い接触領域を作り出す。速すぎる切削速度は、チップと切削ツール材料との間に化学反応を引き起こし、インサートが突然チッピングしたり破損する場合がある。したがって切削ツール材料は、良好な高温硬度を有すること、およびチタンと反応しないこと(または、ごくゆっくりと反応すること)が望ましい。
【0006】
微粒状の、コーティングされていないカーバイドが、HRSAおよびチタンの加工材料の加工に使用されることが多い。しかし、刃先の高温、ならびに炭素およびコバルトに対するHRSAおよびチタンの親和性のため、比較的遅い切削速度でも高い拡散摩耗をもたらす。PVDまたはCVDコーティングによって、HRSA材料およびチタンの加工における生産性、ならびにツール寿命を改善することは、鋼鉄または鋳鉄の加工のためのツールで知られている事柄に、幾分限定される。ツール寿命の点において、コーティングされたツールが、コーティングされていない同じツールよりも性能が劣る場合が知られている。この影響は、コーティングと加工材料との間の拡散または溶接プロセスに関連すると推定される。
【0007】
上述の課題を克服するための、いくつかの取り組みが存在する。
【0008】
1つの取り組みにおいて、刃先の温度を、拡散摩耗を促進させる温度限界未満に保つため、切削速度および切削力が十分に低く維持される。しかし遅い切削速度は経済的理由から望ましくなく、また、加工材料の僅かな変化であっても切削条件が変化し、なおも拡散摩耗が生じかねない。
【0009】
別の取り組みでは、拡散摩耗の促進が起こる温度限界を、ルテニウムとツールの超硬合金本体のコバルトバインダとの合金化によって上昇させる。しかし、ルテニウムはきわめて高価な合金元素であり、加工プロセスの総コストを増加させる。また、ルテニウムの合金化により上昇させた、拡散摩耗を促進させる温度限界は、増加された切削速度と、ルテニウムを混ぜた超硬合金のコストとの間の経済的実現性のバランスを実現するために望ましいほど、高くはならない。
【0010】
さらに別の取り組みにおいて、拡散摩耗は、液体窒素または二酸化炭素を使用して切削領域を強力に冷却(極低温冷却)することによって軽減される。しかしこの方法は複雑で、かつ高価な装備を必要とする。さらに、強力な冷却は、切削性能および加工材料の表面の特性に、望ましくない影響を及ぼし得る。
【0011】
近年、プラズマ化学蒸着(PA-CVD)によって作製されたTiB2のコーティング層が、拡散摩耗を低減させるための拡散障壁として提案されており、コーティングされていない超硬合金ツール、および従来のCVDコーティングされた超硬合金ツールと比較して、旋削作業においてツール寿命の向上をもたらしている。しかし、PA-CVD処理における温度および比較的長い保持時間は、ツールの超硬合金本体に、望ましくない結晶粒成長および脆化をもたらし得る。これは、好ましくは微粒状の超硬合金から作製される硬質金属(SHM)ツールにとって、特に不利である。
【0012】
米国特許出願第2016/175939号は、ステンレス鋼、インコネル(登録商標)、またはチタン合金などの「切削困難な材料」を加工するための、表面コーティングされたツールを開示している。このツールは、基体、およびこの基体上に形成されたコーティング膜を備えている。このコーティング膜は層を含み、この層では、1層または複数層のA副層、および1層または複数層のB副層が交互に積層し、A副層およびB副層の各々は、2nm以上かつ100nm未満の厚さを有する。A副層の平均的組成は、TiaAlbSicN(0.5<a<0.8、0.2<b<0.4、0.01<c<0.1、a+b+c=1)で表わされ、B副層の平均的組成は、TidAleSifN(0.4<d<0.6、0.3<e<0.7、0.01<f<0.1、d+e+f=1)で表わされ、0.05<a-d≦0.2および0.05<e-b≦0.2の条件が満たされている。
【0013】
米国特許出願第2016/193662号も、「切削困難な材料」を加工するための表面コーティングされたツールを開示しており、硬質コーティングが、ベース材料の表面上に形成され、かつ第1の層および第2の層が交互に少なくとも2回積層された構造を備えている。第1の層は、Ti1-aAla(0.3≦a≦0.7)の組成を有するTiAl窒化物で構成されている。第2の層は、ナノスケールの多層構造、またはナノスケールの多層構造が少なくとも2回繰り返して積層された構造を有する。ナノスケールの多層構造は、3nm~20nmの厚さを有する、薄い副層A、薄い副層B、薄い副層C、および薄い副層Dを含む。薄い副層Aは、Al1-b-cTibSic(0.3≦b≦0.7、0≦c≦0.1)の組成を有するAlTiSi窒化物で構成され、薄い副層Bおよび薄い副層Dは、Ti1-dAld(0.3≦d≦0.7)の組成を有するTiAl窒化物で構成され、薄い副層Cは、Al1-eCre(0.3≦e≦0.7)の組成を有するAlCr窒化物で構成されている。薄い副層Aにおけるアルミニウム(Al)含有量は、薄い副層Bにおけるアルミニウム含有量とは異なり、第1の層の窒素含有量は、第2の層の窒素含有量よりも多い。このようなコーティングの堆積は、コーティング処理において高レベルの複雑さを要し、非常に低い窒素圧力において適用されたアークイオンプレーティング処理は、得られるコーティングに、非常に多くの不利なマクロ粒子(小滴)をもたらす。
【0014】
発明の対象
したがって本発明の目的は、従来技術の欠点を克服し、ISOのS種の加工材料、特に耐熱超合金(HRSA)およびチタン合金を含むチタンを加工するのに好適で、向上したツール寿命、向上した刃先のトライボケミカル特性、拡散摩耗に対する特に向上した耐性を示す、コーティングされた金属切削ツールを提供することである。
【0015】
上述の課題を克服するために、本発明は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼鉄または高速度鋼、および多層耐摩耗コーティングによって作られた主本体を備える、金属切削ツールを提供する。耐摩耗コーティングは、
・下層(LL)であって、TimAl(1-m)Nの全組成[式中、0.25<m<0.55]、および500nm~3μmの全体厚さを有し、
該下層(LL)は、(A-B-A-B-...)の順番で交互に積層した50~600対の副層(A)および(B)で構成され、
副層(A)は、TiaAl(1-a)Nの組成[式中、0.45≦a≦0.55]、および1nm~10nmの厚さを有し、副層(A)および(B)の積層における第1の副層は、1nm~100nmの層厚を有し、
副層(B)は、TibAl(1-b)Nの組成[式中、0.25≦b≦0.40]、および1nm~10nmの厚さを有し、
副層(A)および(B)は、異なる化学量論的組成[ただし、(a-b)≧0.10]を有する、下層(LL)と、
・上層(UL)であって、下層(LL)のすぐ上に堆積され、TinAloSipNの全組成[式中、n+o+p=1、0.30≦n≦0.50、0.40≦o≦0.60、かつ0.05≦p≦0.20]と、500nm~3μmの上層(UL)の全体厚さとを有し、
該上層(UL)は、(C-D-E-C-D-E-...)の順番で交互に積層した30~400の3連対の副層(C)、(D)および(B)で構成され、
上層(UL)の副層(C)は、下層(LL)の副層(A)と同様に定義され、上層(UL)の副層(D)は、下層(LL)の副層(B)と同様に定義され、
副層(C)および(D)は、異なる化学量論的組成[ただし、(a-b)≧0.10]を有し、
副層(E)は、TixAlySizNの組成[x+y+z=1、0.20≦x≦0.45、0.20≦y≦0.45、かつ0.20≦z≦0.45]と、1nm~10nmの厚さを有する、上層(UL)と
を備える。
【0016】
好ましくは、多層耐摩耗コーティングは、PVD処理によって、より好ましくは陰極アーク蒸着(Arc-PVD)によって、主本体に適用される。
【0017】
前述のように、幾何学的に規定された刃先を備えるツールを用いて、HRSAおよびチタンの加工材料を加工する際の難点の1つは、加工材料が切削ツールの表面に付着する危険があり、拡散溶接および/またはコーティングと加工材料との間のトライボケミカル反応をもたらすことである。チタンのフライス加工作業に用いられたツールの摩耗した刃先に対する調査が、ツールの劣化および破壊には2つのプロセスが関係する、という推定を裏付ける。一方のプロセスにおいて、コーティングは加工材料との化学的反応から劣化する。他方のプロセスにおいて、加工材料の小さいチップがコーティングに溶接され、その後これらのチップは、この加工材料のより大きい部分、すなわちチップ、さらには加工材料自体に溶接され、これらのチップはコーティングから剥がされて、それまで溶接されていたコーティング部分を一緒に取り去る。
【0018】
意外にも、本発明がこれらの課題を克服するのに好適であることが確認されている。さらに意外にも、本明細書で説明する組成を有する本発明のコーティング、および層構造が、チタンおよびチタン合金の加工材料の、コーティングへの、さらに強固な付着を示した。この観察された挙動からはむしろ、加工材料のコーティングへの溶接、および旋削作業におけるコーティングの剥がれによってコーティングの破壊が増加することが、予想されるであろう。しかしながら、本発明のコーティングは意外にも、加工材料へのより強固な付着を示すにも関わらず、コーティング上に加工材料の安定した層が形成され、刃先における熱プロセスおよび拡散プロセスからコーティングを保護し、それによって従来技術のコーティングを有するツールと比較してツール寿命を大幅に向上させることが、判明した。
【0019】
理論に縛られることなく、本発明者は、観察された向上した特性が、本発明のコーティングにおける、層の組成、順番、および構造の特定の組み合わせによるものと推定する。加工材料のコーティングへの付着は、主に、上層(UL)の副層(E)におけるSi含有量によるものと思われる。Siを含まない下層(LL)と上層(UL)のSiを含まない副層との組み合わせは、優れた耐摩耗性を提供する。これは、「切削困難な材料」を加工するためのツールにおいて以前から知られている従来技術のコーティングと比較して、向上した硬度および耐摩耗性のためである。
【0020】
上述の仮定は、FIBフライス加工(集束イオンビーム;ツァイス製のクロスビームSEM、フライス加工のためのガリウムイオンを用いたFIBカラム付き)によって摩耗した刃先を見ると、裏付けられる(摩耗した刃先を通した断面を示す)。本明細書において、摩耗の進行における異なる現象が観察できる。本発明のコーティングを有するツールの摩耗は、米国特許第9,476,114号などに開示されている従来技術によってコーティングされたツールに見られる摩耗とは、明確に異なる。本発明によるコーティングされたツールの刃先において、チタンの汚れが確認できるが、コーティングおよび基体の近くにおけるTiの、結晶構造ならびに組成は、汚れの表面における組成および構造とは異なる。
【0021】
本発明によると、下層(LL)および上層(UL)内の副層の厚さは、1nm~10nmの範囲内である。このような薄い層の交互の組成は、PVDシステムにおいて、異なる混合ターゲットを通過するよう基体を周期的に誘導することによって、生成され得る。下層(LL)および上層(UL)内の副層の厚さは、2nm以上、または3nm以上、または4nm以上とすることもできる。副層の厚さは、コーティング断面のSEMにおいて判定でき、ここで交互に異なる組成の副層は(樹齢のように)区別することができ、ここで副層の厚さは、合計層厚を視認できる副層の数で除算して計算され得る。代替として、副層の厚さは、合計層厚および堆積条件、すなわち層が堆積される基体がターゲットを何度通過したかによって、判定できる。
【0022】
略述したように、下層(LL)における副層(A)および(B)の積層の第1の副層は、残りの(後続の)副層よりも大きい厚さで堆積されてよく、第1の副層は、1nm~100nm、好ましくは10nm以上の層厚を有する。さらに、下層(LL)における副層(A)および(B)の積層の第1の副層は、TiaAl(1-a)Nの組成[式中、好ましくは0.45≦a≦0.55]の副層(A)、または積層における第1の副層は、少なくとも0.65以下、好ましくは0.60以下のAl含有量の副層である。例えば、TiaAl(1-a)Nの層[a=約0.50]が、TiおよびAlが概ね同量である市販のTi:Alターゲットから、堆積され得る。約10nm以上の厚さ、および上述の組成の第1の副層(A)(開始副層とも称される)を設ける利点は、この層が面心立方(fcc)結晶構造で堆積し、それがfcc結晶構造を、後で堆積される薄い副層(A)および(B)においても促進させ、かつ安定させることである。
【0023】
より高いAl含有量のTiAlN層、例えば、TibAl(1-b)N[式中、0.25≦b≦0.40、特にb<0.35]、すなわちAl含有量が0.65より大きい副層(B)において、コーティングの硬度を損なうために望ましくない、六方晶構造部分を形成する一般的な傾向がある。しかし、fcc結晶構造は、下層の副層(A)および(B)の積層の堆積が、好ましくは10nmより大きい厚さのfcc結晶構造を有する第1の副層によって、およびより低いAl含有量の副層(A)の間に、より高いAl含有量の副層(B)を積層することによって開始される場合、より高いAl含有量のTiAlN副層においてさえ、安定化可能なことが判明した。
【0024】
本発明の1つの好ましい実施形態によると、下層(LL)は主本体(基体)の表面のすぐ上に堆積される。本発明の別の実施形態によると、多層コーティングは、主本体(基体)と下層(LL)との間に、1層または複数層の別の硬質材料層を備え、1層または複数層の別の硬質材料層は、周期系の4a、5a、および6a族のうちの1つまたは複数の元素、Al、Si、ならびに非金属N、C、O、およびBのうちの1つまたは複数を含有する。例えば硬質材料層は、好ましくはTiN、TiC、TiCNなどで構成され得る。
【0025】
本発明の多層コーティングは、上層(UL)の上に、1層または複数層の別の硬質材料層を備え、これら1層または複数層の別の硬質材料層は、周期系の4a、5a、および6a族のうちの1つまたは複数の元素、Al、Si、ならびに非金属N、C、O、およびBのうちの1つまたは複数を含有する。
【0026】
本発明の金属切削ツールの主本体は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼鉄または高速度鋼で構成され得る。しかし、本発明の切削ツールは、ツールの主本体(基体)が超硬合金で作られる場合、HRSAおよびチタンの加工材料の加工における、向上した特性およびツール寿命を示すことが確認された。特に好ましいのは、微粒状の炭化タングステン(WC)相と組み合わせた、比較的高いCoバインダ含有量を有する、超硬合金の主本体である。したがって、このツールは靭性と硬度との有利な組み合わせを示し、正確な刃先外形の作製を可能にする。それによって、本発明の好ましい実施形態において、切削ツールの超硬合金の主本体は、6~20重量%のCoバインダ、または8~16重量%のCoバインダ、または10~14重量%のCoバインダ、または11~13重量%のCoバインダを含有する。平均WC粒子サイズは、好ましくは、0.3~2.0μm、または0.4~1.5μm、または0.5~1.2μmの範囲である。
【0027】
超硬合金の平均WC粒子サイズが約10μmまでなど、多くの従来の超硬合金ツールで一般的であるように大きすぎる場合、刃先の作製中または刃先が回転する間に研削によって、特に約5~10μmの範囲の半径である鋭利な刃先を作製すべき場合に、WC粒子が引き抜かれるかまたは分離される高い危険がある。したがって、より鋭利かつ正確な刃先を、微粒状の平均WC粒子サイズを有する超硬合金の主本体に作製することができる。さらに、微粒状のWC粒子サイズは、切削ツールの向上された硬度に寄与する。しかし同時に、靭性と硬度との良好な組み合わせを実現するために、Coバインダ含有量を調整することが有利である。
【0028】
本発明によるツールは、硬質金属(SHM)ツール、またはインデクサブル切削インサートであってよい。しかし、主本体と本発明による多層コーティングとの本発明の組み合わせは、硬質金属(SHM)の回転切削ツール、詳細にはISOのS種の加工材料、好ましくは耐熱性超合金(HRSA)、チタン、チタンα合金、チタンβ合金、チタンαとチタンβとの混合合金(例えばTi-6Al-4Vタイプのチタンαとチタンβとの混合合金)の、フライス加工のためのフライスツールにおいて、特に有利であることが判明した。
【0029】
本発明の別の特徴および利点は、本発明の非限定的な例および実施形態の以下の説明から、明白となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】典型的なエンドミルカッターにおける摩耗タイプおよび位置を示す図である。「δa」は、カッターの係合長である。「KT」は、クレータ摩耗の深さである。「VB1」、「VB2」、および「VB3」は、異なるタイプの逃げ面摩耗である。
【
図2】異なるタイプの逃げ面摩耗を示す図であり、「(VB1)均一の逃げ面摩耗」、「(VB2)不均一の逃げ面摩耗」、および「(VB3)局所的な逃げ面摩耗」である。「δa」はカッターの係合長である。
【
図3】下層(LL)および上層(UL)を20,000倍に拡大した、本発明のコーティングTSS3の断面のSEMを示す図である。上層(UL)において、積層された副層(C)-(D)-(E)を良好に確認することができ、ここでSi含有の副層(E)は、副層(C)および(D)よりも暗く示される。下層(LL)において、「柱状粒子」のような構造が観察でき、そのために積層されたナノ副層(A)-(B)が、個々の粒子内に存在する。副層(A)および(B)の両方は、副層(E)と同様Siを含有せず、副層(A)と(B)との間のコントラストは非常に低く、積層された構造を
図3の表示において確認することは困難である。
【
図4】Ti合金の加工材料を切削テストした後の、1,610倍に拡大した、本発明のコーティングTSS3の断面のSEMを示す図である。(HM)は硬質金属の基体材料を示す。(TSS3)は切削テスト後に残ったコーティングの残りを示す。
図4において(TSS3)よりもわずかに明るい(Ti)は、ツールに付着した加工材料からの「チタンの汚れ」であり、特にそこでは逃げ面摩耗(VB)が発生した。「チタンの汚れ」は、コーティングが逃げ面摩耗によって摩損した領域を満たす。(Pt)は白金保護層を示す。白金保護層は本発明の切削ツールの一部ではないが、SEM計測のために必要とされる。
【0031】
材料及び方法
電子マイクロプローブ微小分析(EMPA)
コーティングの化学組成は、電子マイクロプローブ微小分析(EMPA)により、Oxford INCA EDSを取り付けたSupra 40VP(独国JenaのCarl Zeiss Microscopy GmbH社)を用いて、12kVの加速電圧およびスポット毎に30秒の計測時間で、特定した。
【0032】
X線回析(XRD)
X線回析計測は、GI(俯角入射)モードのPANalytical EmpyreanのX線回析計で、CuKα線を使用して1°の入射角を適用し、実施した。X線管は、40kVおよび40mAにおいて、点集束で作動させた。平行ビーム光学系(2mmのマスク、1/8°の発散開口部、およびソーラースリット(0.04°の発散)を有するX線ミラーを使用)が1次側に使用され、それによってX線ビームが試料のコーティングされた面を越えてあふれるのを防止するように、試料の照射領域を画定した。2次側において、平行板コリメータ(0.18°の受光角)を、比例計数検出器と共に使用した。XRD反射の分類のため、JCPDSデータベースを使用した。
【0033】
硬度/ヤング率
硬度およびヤング率(換算ヤング率)の計測を、OliverおよびPharrの評価アルゴリズムを適用し、Fischerscope(登録商標)HM500 Picodentor(独国SindelfingenのHelmut Fischer GmbH社)で、ナノインデンテーション法によって実施した。ビッカーズによるダイアモンドテスト本体が層の中に押圧され、力経路曲線を計測中に記録した(最大負荷:15mN、負荷/非負荷時間:20秒、クリープ時間:5秒)この曲線から、硬度および(換算)ヤング率が計算された。窪み深さはコーティング厚さの10%より厚くするべきではないことに留意するべきであり、さもなければ基体の特性が計測を誤らせる場合がある。
【0034】
走査型電子顕微鏡(SEM)
コーティングの三次元形状は、Supra40VP(独国JenaのCarl Zeiss Microscopy GmbH社)を使用した走査型電子顕微鏡(SEM)によって調査した。断面は、SE2(Everhart-Thornley)検出器を用いて同定した。
【0035】
集束イオンビーム(FIB)フライス加工
摩耗したツールの刃先の断面を、FIBカラム付きZeiss Crossbeam540(独国JenaのCarl Zeiss Microscopy GmbH社)を用いて作製した。30kVまで加速されたGaイオンを、フライス作業のために使用した。
【0036】
超硬合金のWC粒子サイズの判定
超硬合金またはサーメットの平均WC粒子サイズを、保磁力の値から判定する。保磁力とWCの粒子サイズとの間の関係は、例えばRoebuckらによる、Measurement Good Practice No.20,National Laboratory,ISSN1368-6550,1999年11月,2009年2月改訂の、Section 3.4.3,19-20ページに記載されている。本出願の目的のため、WC粒子サイズ「d」を上述の文献の20ページの公式(8):K=(c1+d1WCo)+(c2+d2WCo)/dによって決定する。これを再編すると下記になる。
d = (c2+d2WCo)/ (K-(c1+d1WCo))
ここで、dは超硬合金の本体のWC粒子サイズ、Kは標準のDIN IEC60404-7によって計測した、kA/mの単位の超硬合金の本体の保磁力、WCoは超硬合金の本体におけるCoの重量%、c1=1.44、c2=12.47、d1=0.04、およびd2=-0.37である。
【0037】
実施例1
基体
実施例1で使用された基体は、0.5μmの平均WC粒子サイズで、12重量%のCo、および1.4重量%のCr炭化物を含有するWCのベース本体から構成された、硬質金属(SHM)エンドミルカッターであった。2つの異なるカッター外形S1、S2を使用した。
【0038】
コーティング
PVDコーティングを、6つの陰極アーク源を備えた、市販のアーク蒸着システムのInnova(Oerlikon Balzers社)において作製した。堆積したコーティング層におけるTi、Al、およびSiの濃度の変化は、PVDシステムの異なる組成の異なるTiAlおよびTiAlSiの混合ターゲットを使用して実現し、基体を、3倍回転によって異なる混合ターゲットを通過させて周期的に誘導した。堆積前に、基体は、0.21PaのAr圧力、170VのDCの基体バイアス30秒で、アルゴンイオンエッチング処理で清浄化した。この実施例で作製した副層A~Eの組成、およびそれらの生成のために使用した混合ターゲットの組成は、以下のとおりである。
【0039】
コーティングが所望のfcc結晶構造にのみ成長するのを保証するために、概ね30nmの厚さを有する第1の副層(A)を基体表面のすぐ上に堆積させ、その後後続のコーティング層を堆積させた。副層のコーティング条件は以下のとおりであり、第1の副層(A)のアーク電流は、後続の副層(A)の200Aではなく、175Aとした。
【0040】
【0041】
本発明による以下のコーティングは、カッター基体S1およびS2上に作製された。
【0042】
コーティングの機械的特性(硬度および換算ヤング率)を、上述のように計測し、以下のとおりであった。
【0043】
比較用ツールは、本発明のツールと同じSHM基体(S1およびS2)に基づいた。比較用ツールは以下のとおりであった。
【0044】
ツールの摩耗の計測
本発明のツールおよび比較用ツールは、横フライス加工テストにおけるツールの摩耗についてテストされた。使用されたツールおよび個々のテストパラメータ、ならびに結果を、実施された異なる切削テストについて以下で説明する。
【0045】
ツールの摩耗は、切削中のツール材料の累進的な損失からもたらされる、ツールの切削部の形状の、その元の形状からの変化として定義される。この場合に逃げ面摩耗(VB)は、本発明のツールと比較用ツールとを比較するための、特定のツール寿命規準として計測された。逃げ面摩耗は、逃げ面摩耗部の累進的な増加をもたらす、切削中のツールの逃げ面からのツール材料の損失として定義される。
【0046】
逃げ面摩耗の計測は、表面の摩耗部と平行に、および元の刃先に対して垂直に、例えば元の刃先から元の逃げ面と交差する摩耗部の限界までの距離で、実施される。逃げ面のかなりの部分における逃げ面摩耗部は均一のサイズであり得るが、ツールの輪郭および刃先のチッピングによっては、逃げ面の他の部分における値が変動することになる。したがって逃げ面摩耗の計測値は、計測が行われる刃先に沿った領域または位置に関連するものとする。
【0047】
逃げ面摩耗の計測は、「均一の逃げ面摩耗(VB1)」、「不均一の逃げ面摩耗(VB2)]、および「局所的な逃げ面摩耗(VB3)」の間で区別する(
図2参照)。「均一の逃げ面摩耗(VB1)」において、摩耗部は通常一定の幅で、実際の刃先の全長に隣接するツール逃げ面の部分の上を延びる。「不均一の逃げ面摩耗(VB2)」において、摩耗部は不規則な幅を有し、摩耗部と元の逃げ面との交差によって生成された輪郭は、計測の各位置で変化する。「局所的な逃げ面摩耗(VB3)」は、逃げ面の特定の部分で発達する逃げ面摩耗の、誇張し、かつ局所化された形態で
図1の位置1、2、3に示される。位置1、2は、ツールの端部の半径の逃げ面(本明細書では「コーナー」とも称する)にあり、一方で位置3は、基本的に切り込み深さ(「DOC」)における刃先の反対側端部にある。切り込み深さ(位置3)の局所的な逃げ面摩耗(VB3)は、ノッチ摩耗と称されることもある。
【0048】
本明細書の切削テストにおいて、局所的な逃げ面摩耗(VB3)は、「コーナー」(位置1および2)ならびに「DOC」(位置3)において計測した。なぜなら、逃げ面摩耗はこれらの位置で最も高いからである。「Vb3average」は、ツールの全刃先(例えばS1は6つの刃先、S2は4つの刃先)の全ての計測したVB3値(特定の位置)、および各タイプのツール(コーティング)を用いて実施した3つの切削テストからの平均を意味する。「Vb3max」は、ツールの全刃先の全ての計測したVB3値(特定の位置)、および各タイプのツール(コーティング)を用いて実施した3つの切削テストの、最も高いVB3値を意味する。
【0049】
切削テスト1
各々がカッター外形S1に基づく、発明のツールおよび比較用ツールは、横フライス加工テストでテストされ、局所的な逃げ面摩耗が計測された。切削条件は、以下の表にまとめられている。
【0050】
【0051】
加工は、規定の回数の通過後、またはコーナーにおける平均の局所的な逃げ面摩耗VB3≧0.2mmで停止させた。
【0052】
以下の表は、「切削サイクル回数」、「切削時間」、「距離」、および「通過回数」の間の変化を示す。
【0053】
このテストにおいて、最大摩耗は刃先半径(「コーナー」、位置1および2)において観察され、そのため、そこで計測された値を考慮に入れた。結果を以下の表に示す。
結果(切削テスト1)
【0054】
切削テスト2
各々がカッター外形S2に基づく、発明のツールおよび比較用ツールが、横フライス加工テストでテストされ、局所的な逃げ面摩耗が計測された。切削条件は、以下の表にまとめられている。
【0055】
【0056】
以下の表は、「切削サイクル回数」、「切削時間」、「距離」、および「通過回数」の間の変化を示す。
【0057】
【0058】
本発明によるコーティングを有する、コーティングされたツールの摩耗は、コーナー(位置1および2)ならびにDOC(位置3)において、非常に均等な摩耗を示し、そのためテストはTSS1でコーティングされたツールがテストにおいて唯一残るまで続けられた。比較用ツールは、160回通過において、コーナー(位置1および2)よりもDOC(位置3)において、より高い摩耗を示し、230回通過は到達しなかった(停止規準に到達)。
【0059】
切削テスト3
各々がカッター外形S2に基づく、発明のツールおよび比較用ツールは、横フライス加工テストでテストされ、局所的な逃げ面摩耗が計測された。切削条件は、以下の表にまとめられている。
【0060】
【0061】
【0062】
切削テスト3の加工条件は幾分厳しく、そのためツールは比較的少ない通過回数の後で摩耗した。
【0063】
切削テスト4
各々がカッター外形S2に基づく、発明のツールおよび比較用ツールは、側フライス加工テストでテストされ、局所的な逃げ面摩耗が計測された。切削条件は、以下の表にまとめられている。
【0064】
【0065】
【0066】
この分野では未だに、コーティングされていないツールが使用されているので、このテストでは、コーティングされていないツール(COMP1)もテストした。なぜなら、いくつかの用途のチタン加工において、コーティングによる利益は観察されておらず、エンドミル加工の分野においては、コーティングなしでツールを使用すれば、ツールの再調整が、より容易かつ迅速だからである。テストは、ツール寿命の終了前に停止した。