(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-19
(45)【発行日】2023-06-27
(54)【発明の名称】織物系フック面ファスナー
(51)【国際特許分類】
A44B 18/00 20060101AFI20230620BHJP
【FI】
A44B18/00
(21)【出願番号】P 2020568067
(86)(22)【出願日】2020-01-10
(86)【国際出願番号】 JP2020000713
(87)【国際公開番号】W WO2020153160
(87)【国際公開日】2020-07-30
【審査請求日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2019009341
(32)【優先日】2019-01-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591017939
【氏名又は名称】クラレファスニング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相良 卓
【審査官】横山 綾子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-201821(JP,A)
【文献】特開2018-029912(JP,A)
【文献】特開2017-106277(JP,A)
【文献】特開2002-209611(JP,A)
【文献】実開昭61-147284(JP,U)
【文献】国際公開第2011/027798(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B 18/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
経糸、緯糸およびフック状係合素子用糸からなる平織組織の織物基布及び該織物基布の表面に多数存在する該フック状係合素子用糸からなるフック状係合素子を含む、
経糸方向に伸縮性を有する織物系フック面ファスナーであって、
経糸、緯糸およびフック状係合素子用糸が、それぞれ、ポリエステル系樹脂からなり、
フック状係合素子用糸が経糸に平行に織物基布に織り込まれており、
以下の条件(1)~(5)を満足している織物系フック面ファスナーである。
(1)経糸が仮撚加工糸であること、
(2)緯糸が、低融点樹脂を鞘成分、高融点樹脂を芯成分とする芯鞘型フィラメントからなるマルチフィラメント糸であって、フック状係合素子の根元が低融点樹脂に融着し、これにより織物基布に固定されていること、
(3)フック状係合素子用糸が200~400dtexのモノフィラメント糸であること、
(4)フック状係合素子用糸が緯糸3本を浮沈した後に織物基布上に浮き上がり、浮き上がった箇所でフック状係合素子を形成していること、
(5)織物基布の裏面にはバックコート用接着剤層が存在していないこと。
【請求項2】
前記織物系フック面ファスナーの経糸方向の破断伸度が35~50%である請求項1に記載の織物系フック面ファスナー。
【請求項3】
前記係合素子用糸が、0.2~8質量%のポリエステルエラストマーを含むポリブチレンテレフタレート系ポリエステルからなるモノフィラメント糸である請求項1または2に記載の織物系フック面ファスナー。
【請求項4】
前記経糸を構成する仮撚加工糸に、撚数50~200t/mの実撚が付与されている請求項1~3のいずれかに記載の織物系フック面ファスナー。
【請求項5】
前記織物基布に、緯糸が直線状に存在しており、該緯糸を挟んで経糸が上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸が緯糸を包む状態で存在している請求項1~4のいずれかに記載の織物系フック面ファスナー。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載されている織物系フック面ファスナーを含むメディカルサポーター。
【請求項7】
請求項1~5のいずれかに記載されている織物系フック面ファスナーを含む靴。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は織物系フック面ファスナーに関する。該織物系フック面ファスナーは、経糸、緯糸および係合素子用糸からなる平織組織の織物基布及び該織物基布の表面に存在している該係合素子用糸からなる多数のフック状係合素子を含み、剥離の際や係合しているときに、剪断方向に大きな引っ張り荷重がフック状係合素子掛かっても、フック状係合素子が倒れることがなく、フック形状が伸び切って係合能が大きく低下すること避けることができる。
【背景技術】
【0002】
従来から、織物基布を有する面ファスナーとして、モノフィラメント糸からなるフック状係合素子を織物基布の表面に多数有する、いわゆる織物系フック面ファスナーと、該フック状係合素子と係合し得るマルチフィラメント糸からなるループ状係合素子を織物基布の表面に多数有する、いわゆる織物系ループ面ファスナーとの組み合わせが広く用いられている。また織物基布の表面に上記フック状係合素子とループ状係合素子の両方が多数存在する、いわゆるフック/ループ混在型織物系面ファスナーも知られている。
【0003】
このような織物系面ファスナーでは、織物基布に織り込んだ係合素子用糸が、係合を剥離する際の引っ張りにより織物基布から引き抜かれることを防止するために、通常、織物基布の裏面にはバックコート接着剤と称するウレタン系やアクリル系の樹脂が塗布されている。
【0004】
係合素子用糸が織物基布から引き抜かれることを阻止するためには、バックコート接着剤が織物基布の裏面に塗布されて、係合素子用糸が同接着剤により織物基布全体に固定されていることが重要である。しかし、バックコート接着剤により織物基布全体が固められるため、係合素子にかかる力を織物基布に分散することができない。特に、剥離の際や係合しているときに、剪断方向に大きな引っ張り力が係合素子に掛かる用途分野、例えば靴やメディカルサポーター等の分野では、フック状係合素子が倒れ、フック形状が伸び切って元のフック形状に戻らず、その結果、係合能が低下することがある。
このような剪断方向の大きな引っ張り力によりフック状係合素子が倒れたり、フック形状が開き、その結果、係合能が失われるフック状係合素子の変形を、本明細書ではフック状係合素子の劣化変形と称する。
【0005】
経糸、緯糸およびフック状係合素子用糸としてポリエチレンテレフタレートで代表されるポリエステル系の糸を用い、緯糸としてポリエステル系の熱融着性繊維からなる糸を用いてフック面ファスナー用織物を織成し、次いで、該熱融着性繊維を溶融させて係合素子の根元を織物基布に固定する方法が知られている(特許文献1)。
【0006】
この方法では、バックコート接着剤を塗布する必要がないので、剥離の際や係合しているときに、剪断方向に大きな引っ張り力が係合素子に掛かっても、係合素子の劣化変形をある程度軽減することができる。しかし、フック状係合素子が剛直なポリエチレンテレフタレートから形成されているので、係合素子の劣化変形を軽減できる程度は低い。
【0007】
この方法を用いると、バックコート接着剤を塗布して乾燥する工程が省略されるので工程の簡略化ができる。また、バックコート接着剤により織物基布全体が固められることがないので、面ファスナーが柔軟性に優れ、また長期間使用しても係合能を損なうことがない。さらに衣料や日用雑貨等の分野で最も広く用いられているポリエステル繊維製の製品と同時に同色に染色することができる。従って、製品に面ファスナーを取り付けた後、製品と面ファスナーを同時に染色できる。その結果、予め種々の色に染色した多くの面ファスナーを用意しておく必要がないので、在庫管理の点においても有利である。
【0008】
このように熱融着性繊維を用いると、従来のバックコート接着剤を塗布する技術と比べて、係合素子の劣化変形が幾分軽減できるが、係合素子用糸自体がポリエチレンテレフタレートという剛直な樹脂からなるので、その軽減の程度は不十分である。特に、係合素子がフック状係合素子の場合には、強い引っ張り力により、フック状係合素子が倒れ、フック形状が伸び切って元のフック形状に戻らず、その結果、係合能が損なわれるという劣化変形の問題を有している。
【0009】
このようなポリエチレテレフタレート系のフック状係合素子を用い、かつ熱融着性繊維を用いる上記技術の改良として、フック状係合素子用糸としてポリブチレンテレフタレート系ポリエステルからなるモノフィラメント糸を用いることが公知である(特許文献2)。
【0010】
特許文献1に記載されているポリエチレンテレフタレート系のモノフィラメント糸からなるフック状係合素子用糸と比べて、特許文献2の係合素子用糸はより柔軟であるので、フック状係合素子の劣化変形を軽減できるが、それでもなお改善の程度は不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開第2005/122817号
【文献】特開2015-43807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、特許文献1及び2に記載されている技術をさらに改良することに関する。すなわち、本発明は、剥離の際や係合しているときに、剪断方向の大きな引っ張り荷重がフック状係合素子掛かっても、フック状係合素子が倒れたり、フック形状が伸び切って元に戻らずに係合能が低下したりする問題を従来技術より更に軽減した織物系フック面ファスナーを提供すること、すなわち、耐劣化変形に優れたフック状係合素子を有する織物系フック面ファスナーを提供することを目的とする。特に、本発明は、靴やメディカルサポーター等、剪断方向に大きな引っ張り力が掛かる用途分野に特に適した織物系フック面ファスナーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は下記の織物系フック面ファスナー及び該織物系フック面ファスナーを用いたメディカルサポーター及び靴を提供する。
1.経糸、緯糸およびフック状係合素子用糸からなる平織組織の織物基布及び該織物基布の表面に多数存在する該フック状係合素子用糸からなるフック状係合素子を含む織物系フック面ファスナーであって、
経糸、緯糸およびフック状係合素子用糸が、それぞれ、ポリエステル系樹脂からなり、
フック状係合素子用糸が経糸に平行に織物基布に織り込まれており、
以下の条件(1)~(5)を満足している織物系フック面ファスナーである。
(1)経糸が仮撚加工糸であること、
(2)緯糸が、低融点樹脂を鞘成分、高融点樹脂を芯成分とする芯鞘型フィラメントからなるマルチフィラメント糸であって、フック状係合素子の根元が低融点樹脂に融着し、これにより織物基布に固定されていること、
(3)フック状係合素子用糸が200~400dtexのモノフィラメント糸であること、
(4)フック状係合素子用糸が緯糸3本を浮沈した後に織物基布上に浮き上がり、浮き上がった箇所でフック状係合素子を形成していること、
(5)織物基布の裏面にはバックコート用接着剤層が存在していないこと。
【0014】
2.織物系フック面ファスナーの経糸方向の破断伸度が35~50%である上記1の織物系フック面ファスナー。
【0015】
3.フック状係合素子用糸が、0.2~8質量%のポリエステルエラストマーを含むポリブチレンテレフタレート系ポリエステルからなるモノフィラメント糸である上記1又は2の織物系フック面ファスナー。
【0016】
4.経糸として用いる仮撚加工糸に、撚数50~200t/mの実撚が付与されている上記1~3のいずれかの織物系フック面ファスナー。
【0017】
5.織物基布には、緯糸が直線状に存在しており、この緯糸を挟んで経糸が上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸が緯糸を包む状態で存在している上記1~4のいずれかの織物系フック面ファスナー。
【0018】
上記1~5のいずれかの織物系面ファスナーを含むメディカルサポーター又は靴。
【発明の効果】
【0019】
織物系フック面ファスナーのフック状係合素子の耐劣化変形性を高めるためには、フック状係合素子に掛かる引っ張り力をフック状係合素子だけで担うのではなく、織物基布全体に分散することが重要であり、その視点からなされたのが本発明である。
本発明では、織物基布全体に引っ張り力が分散するようにするために、織物基布を構成する経糸として仮撚加工糸が用いられる。経糸に伸縮性のある仮撚加工糸を使用することで、面ファスナーを伸縮性あるものとし、それによりフック状係合素子に掛かる引っ張り力を織物基布に分散させている。その結果、フック状係合素子の劣化変形を前記公知技術よりも軽減でき、面ファスナーの寿命を延ばすことができる。
【0020】
織物系面ファスナーの経糸の一部として仮撚加工糸を用いることは公知である。例えば、特開2004-201821号公報には、面ファスナーの経糸の一部に仮撚加工糸を用い、残りの経糸に通常の糸を用い、該仮撚加工糸が織物基布の裏面に浮き上がるように織ることにより、裏面がソフト感に優れた面ファスナーが得られることが記載されている。しかしながら、この公報に記載されている面ファスナーでは、経糸方向の伸縮性は、併用されている伸縮性を有していない通常の糸により支配されて、抑制されることとなるため、本発明の目的は達成できない。
【0021】
本発明において仮撚加工糸を経糸として用いるが、仮撚加工糸を緯糸として用いても本発明の効果は得られない。本発明では、係合素子用糸は経糸に平行に織物基布に織り込まれるので、係合素子に掛かる剪断方向の引っ張り力が伸縮性のある仮撚加工糸(経糸)により織物基布に分散される。
【0022】
フック状係合素子用糸は引っ張られた状態でもフック形状を保持する必要があるので、フック状係合素子用糸として仮撚加工糸並みの伸縮性を有する柔軟な糸を用いることには自ずと限界がある。したがって、経糸に仮撚加工糸を用いて織物基布へ引っ張り力を分散させようとしても、織物基布に織り込まれた伸び難い係合素子用糸に支配されて織物基布の伸縮性は低くなり、仮撚加工糸を用いた効果は抑制され、織物基布へ引っ張り力を分散することを達成することは難しい。
本発明では、フック状係合素子用糸の織り込み方法により、フック状係合素子に掛かる引っ張り力を織物基布へ分散することに成功している。すなわち、本発明では、緯糸3本を浮沈した後に、フック状係合素子用糸を織物基布上に浮き上がらせ、その箇所でフック状係合素子を形成する方法を用いている。
【0023】
従来の織物系面ファスナーでは、係合素子密度を調整するために、緯糸1~7本浮沈した後に係合素子用糸を織物基布上に浮き上がらせ、その箇所で係合素子を形成している。高い係合素子密度を得る場合には、緯糸1本の下を潜り、浮き上がる毎に係合素子を形成する方法が一般に用いられている。低い係合素子密度で高い係合力を得たい場合には、太い係合素子用糸を用い、緯糸5~7本浮沈した後に係合素子用糸を織物基布上に浮き上がらせ、その箇所で係合素子を形成する方法が一般に用いられている。
本発明では、緯糸3本浮沈した後にフック状係合素子を織物基布上に浮き上がらせ、その箇所で係合素子を形成する。これにより、フック状係合素子に係る剪断方向の引っ張り力が、フック状係合素子用糸にあまり妨げられることなく、伸縮性のある仮撚加工糸により織物基布に分散される。
【0024】
3本を超える緯糸を浮沈した後、例えば、緯糸5本浮沈した後にフック状係合素子用糸を織物基布上に浮き上がらせ、その箇所でフック状係合素子を形成すると、仮撚加工糸が織物基布を伸縮性にする効果がフック状係合素子用糸により大きく抑制される。その結果、フック状係合素子に掛かった引っ張り力を織物基布に分散することができず、本発明の目的は達成できない。
フック状係合素子用糸が緯糸1本の下を潜り、次いで織物基布上に浮上する毎に係合素子を形成すると、緯糸の熱融着だけでは、フック状係合素子の織物基布への固定は不十分であり、フック状係合素子に掛かる引っ張り力によりフック状係合素子が引き抜かれる。
【0025】
本発明では、フック状係合素子用糸が200~400dtexのポリエステル系モノフィラメント糸である。太さが200~400dtexであると、係合素子の劣化変形が軽減され、高い係合力が得られ、係合相手の係合素子を傷つけない。
【0026】
本発明では、経糸、緯糸およびフック係合素子用糸がいずれもポリエステル系の糸である。これにより、高い係合力、熱融着による係合素子の強固な固定、染色に関する利点を同時に満足することができる。
本発明では、織物基布の裏面には、バックコート用接着剤層が存在しない。裏面にバックコート用接着剤層が存在している場合には、バックコート用接着剤層により織物基布が固くなるので、経糸に仮撚加工糸を使用した意味がなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の織物系フック面ファスナーの一例の経糸に平行な断面を模式的に示す断面図である。
【
図2】実施例1の織物系フック面ファスナーの経糸に平行な断面の顕微鏡写真である。フック状係合素子に劣化変形が生じていないことが分かる。
【
図3】比較例2の織物系フック面ファスナーの経糸に平行な断面の顕微鏡写真である。フック状係合素子に劣化変形が生じていることが分かる。
【
図4】フック状係合素子に劣化変形が生じるか否かを測定する装置の簡略図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、経糸2に平行な織物系フック面ファスナーの断面を模式的に示す図である。織物基布1には、緯糸3が直線状に存在している。経糸2が緯糸3を挟むように緯糸3の上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸2が緯糸3を包む状態で存在している。本発明では、経糸2として仮撚加工糸を用いる。
【0029】
フック状係合素子用糸は、経糸に平行に織物基布に織り込まれる。
図1に示すように、緯糸3本を浮沈した後に織物基布上に浮き上がり、ループを形成した後に緯糸の下に潜る。これを繰り返すことにより多数のループが織物基布上に形成される。このループの片脚を切断することによりフック状係合素子4が形成される。
経糸2とフック状係合素子用糸は熱融着により緯糸3に固定されている。固定は緯糸と接する箇所で固定されているので、織物基布1の裏面全体にバックコートされた接着剤層により固定されている従来の面ファスナーとは大きく相違している。
【0030】
本発明において、織物系フック面ファスナーは、主としてフック状係合素子用モノフィラメント糸、経糸および緯糸から形成される。
本発明の織物系フック面ファスナーは、フック状係合素子とループ状係合素子が織物基布の同一表面に混存しているフック/ループ混在型面ファスナーも含み、この場合には主としてフック状係合素子用モノフィラメント糸、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸、経糸および緯糸から形成される。
【0031】
経糸としては、熱、吸水、吸湿により波打ち(面ファスナーの織物基布面が不規則に上下して、水平な面とならない状態)を生じ難い点から、さらに緯糸との熱融着性を向上させる点から、実質的にポリエチレンテレフタレート系ポリエステルから構成されているマルチフィラメント糸が好ましい。より好ましくは、ポリエチレンテレフタレートホモポリマーから形成されているマルチフィラメント糸である。
【0032】
経糸としては、20~54本のフィラメントからなるトータルデシテックスが100~300デシテックスであるマルチフィラメント糸が好ましく、24~48本のフィラメントからなるトータルデシテックスが150~250デシテックスであるマルチフィラメント糸が特に好ましい。
【0033】
本発明では、織物基布の経糸方向に伸縮性を付与するために、経糸として仮撚加工されたマルチフィラメント糸が用いられる。仮撚加工されたマルチフィラメント糸としては、上記した太さを有するポリエステル仮撚加工糸が使用され、一般に販売されている。
仮撚加工されたマルチフィラメント糸は、マルチフィラメント糸をローラー間でスピンドルの回転により糸に撚りを付与し、加撚状態で加熱することにより撚り変形を固定し、そして解撚(撚りを戻す)することにより得られる糸であり、嵩高で伸縮性を有する。したがって、仮撚加工糸であるか否かは、糸の状態を見れば容易に判別できる。
【0034】
本発明に用いられる仮撚加工糸の仮撚加工の程度は、20~35g/dtexの範囲の初期ヤング率が得られる程度が好ましい。仮撚加工を行っていない通常のポリエチレンテレフタレート系マルチフィラメント糸の初期ヤング率が50g/dtex程度であることを考えると、仮撚加工糸が極めて大きな伸縮性を有していることが分かる。
【0035】
ポリエステル系仮撚加工糸は、撚数50~200t/mの実撚を付与した後に用いるのが、面ファスナーを織る際の工程通過性の点で好ましい。上記範囲であると、ポリエステル系仮撚加工糸の伸縮性十分であり、本発明の効果が得られやすい。従来の面ファスナーの経糸や緯糸には500t/m以上の実撚が付与されていることを考慮すると、本発明で使用するポリエステル系仮撚加工糸の実撚数は極めて少ない撚数であることが分かる。本発明では、係合素子用糸を除く経糸の全てが仮撚加工糸であるのが好ましい。
【0036】
本発明で使用する緯糸は、鞘成分が熱融着性である芯鞘型の熱融着性フィラメントが集束したマルチフィラメント糸であることが必要である。緯糸が熱融着性マルチフィラメント糸であると、係合素子用糸を織物基布に強固に固定することが可能となり、従来の面ファスナーのように、係合素子用糸が織物基布から引き抜かれることを防ぐためにバックコート接着剤を織物基布裏面に塗布することが不要となる。従って、織物基布がバックコート接着剤により強固に固定されることがなく、織物基布の伸縮性が損なわれることもない。さらにバックコート接着剤層が存在することによる面ファスナーの染色性悪化の問題もなく、バックコート接着剤を塗布し乾燥する工程も不要となる。
【0037】
上記した芯鞘型の熱融着性マルチフィラメント糸としては、鞘成分が熱処理温度では溶融して係合素子用糸の根元を織物基布に強固に固定できるポリエステル系の樹脂からなり、芯成分が熱処理温度では溶融しないポリエステル系の樹脂からなる芯鞘型ポリエステル系フィラメントが複数本集束したマルチフィラメント糸が好ましい。
【0038】
芯成分としはポリエチレンテレフタレートが好ましい。鞘成分としては、イソフタル酸やアジピン酸等の共重合成分を多量に共重合することにより、例えば、20~30モル%共重合することにより融点または軟化点を大きく低下させた共重合ポリエチレンテレフタレートが好ましい。
鞘成分の融点または軟化点は100~200℃であり、かつ、経糸、芯成分、フック状係合素子用モノフィラメント、及びフック・ループ混在型面ファスナーの場合のループ状係合素子用マルチフィラメント糸の融点より20~150℃低いことが好ましい。
芯鞘型熱融着性フィラメントの断面形状は、同心芯鞘であっても、偏心芯鞘であっても、1芯芯鞘であっても、多芯芯鞘であってもよい。
【0039】
緯糸として使用するマルチフィラメント糸の全てが上記熱融着性マルチフィラメント糸であることが、フック状係合素子用糸が強固に織物基布に固定されるため好ましい。緯糸として使用するマルチフィラメント糸が芯鞘型ではなく、熱融着性ポリマーのみで形成されている場合には、溶融して再度固まった熱融着性ポリマーは脆く割れ易いので、面ファスナーを縫製する場合等は縫糸部分から織物基布が裂け易くなる。したがって、熱融着性マルチフィラメント糸は、熱溶融しない樹脂を芯成分として含んでいることが好ましい。芯成分と鞘成分の質量比率は50:50~80:20が好ましくは、55:45~75:25が特に好ましい。
【0040】
緯糸は、10~72本のフィラメントからなるトータルデシテックスが80~300デシテックスであるマルチフィラメント糸であることが好ましく、18~36本のフィラメントからなるトータルデシテックスが90~200デシテックスであるマルチフィラメント糸であることが特に好ましい。
【0041】
フック状係合素子用モノフィラメントとしては、前記緯糸の鞘成分を構成する熱融着性樹脂が溶融する温度では溶融又は軟化しない、高い融点を有するポリエステルからなるモノフィラメント糸が挙げられ、好ましくは耐劣化変形性の点でポリブチレンテレフタレート、より好ましくは、より優れた耐劣化変形性が得られる点で0.2~8質量%のポリエステルエラストマーがブレンドされたポリブチレンテレフタレートからなるモノフィラメント糸が挙げられる。
【0042】
ポリエステルエラストマーがブレンドされたポリブチレンテレフタレートからなるモノフィラメントは、紡糸の際にポリブチレンテレフタレートチップにポリエステルエラストマーチップをブレンドして紡糸する、いわゆる混合紡糸により容易に得られる。
【0043】
0.2~8質量%のポリエステルエラストマーがブレンドされていることにより耐劣化変形性改善の他に、係合/剥離を頻繁に繰り返しても、ポリブチレンテレフタレート単独(すなわちポリエステルエラストマーがブレンドされていないポリブチレンテレフタレート)からなるモノフィラメントと比べて、フィブリル化が生じ難くなるというメリットも得られる。なお、0.2~8質量%のポリエステルエラストマーがブレンドされているとは、ポリブチレンテレフタレート系ポリエステルの質量を100%とした場合の値である。もちろん、ポリブチレンテレフタレートおよびポリエステルエラストマー以外の樹脂等が僅かならばブレンドされていてもよい。さらに、各種安定剤や着色剤等が添加されていてもよい。
【0044】
前記ポリエステルエラストマーとは、ブチレンテレフタレート単位を主たる繰り返し単位とする樹脂にポリオキシテトラメチレングリコールを共重合した樹脂である。ポリエステルエラストマー中の[ポリ(オキシテトラメチレン)]テレフタレート基の割合は好ましくは40~70質量%、さらに好ましくは50~60質量%である。
【0045】
ポリエステルエラストマーのブレンド量がポリブチレンテレフタレート系ポリエステルに対して0.2質量%以上であると、ポリエステルエラストマーをブレンドする効果が得られる。またブレンド量が8質量%以下であると、モノフィラメント糸が過度に柔らかくなることがなく、高い係合強力を得ることができる。ポリエステルエラストマーのブレンド量は、好ましくは0.5~5質量%、より好ましくは1~3質量%である。
【0046】
フック状係合素子用モノフィラメント糸に好適に用いられるポリブチレンテレフタレートは、テレフタル酸とブタンジオールから得られる樹脂であり、ポリブチレンテレフタレートの性能を損なわない範囲で他の共重合成分が少量共重合されていてもよい。
【0047】
フック状係合素子用モノフィラメント糸の太さは200~400dtexであることが、係合素子の優れた耐劣化変形性の点で、また係合相手のループ状係合素子を切断しないこと、さらに充分に高い係合強力が得られるので好ましい。
【0048】
フック/ループ混在型面ファスナーの製造に用いるループ状係合素子用マルチフィラメント糸としては、緯糸の鞘成分を構成する熱融着性樹脂が溶融する温度では溶融や軟化しない、高い融点を有するポリエステルからなるマルチフィラメント糸が挙げられ、好ましくはポリブチレンテレフタレートからなるマルチフィラメント糸が挙げられる。ポリブチレンテレフタレート以外の樹脂が少量ブレンドされていてもよい。ループ状係合素子用糸は、30~45dtexのモノフィラメントが6~12本、好ましくは6~9本集束されたマルチフィラメント糸であることが好ましい。
【0049】
フック面ファスナーを製造する場合は、以上述べた経糸、緯糸およびフック状係合素子用モノフィラメント糸から、フック・ループ混在型面ファスナーを製造する場合は、以上述べた経糸、緯糸、フック状係合素子用モノフィラメント糸、及びループ状係合素子用マルチフィラメント糸から、面ファスナー用織物を織成する。織物の織組織としては、フック状係合素子用モノフィラメント糸、またはフック状係合素子用モノフィラメント糸とループ状係合素子用マルチフィラメント糸を経糸の一部とした平織が用いられる。
フック状係合素子用モノフィラメント糸は、経糸と平行に打ち込まれ、途中で織物基布面から立ち上がり、経糸を複数本跨ぎながらフック状係合素子用ループを形成する。
【0050】
フック/ループ混在型面ファスナーの場合には、フック状係合素子用モノフィラメント糸は上記と同様にしてフック状係合素子用ループを形成し、ループ状係合素子用マルチフィラメント糸は、経糸と平行に打ち込まれ、途中で織物基布面から立ち上がり、経糸を跨ぐことなく緯糸1本を跨ぎながらループ状係合素子用ループを形成する。
【0051】
経糸(係合素子用糸を含む)の織密度は、熱処理後の織密度で50~90本/cmが、また緯糸の織密度は、熱処理後の織密度で15~25本/cmが好ましい。緯糸の使用量は、面ファスナーを構成する係合素子用糸、経糸、及び緯糸の合計質量に対して10~45質量%が好ましい。
【0052】
係合素子用糸の打ち込み本数は、経糸20本(係合素子用糸を含む)に対して3~6本が好ましく、経糸5本(係合素子用糸を含む)に対して1本が特に好ましい。係合素子用糸は経糸に対して偏ることなく均一に打ち込まれるのが好ましい。したがって平均して連続する経糸4本の両隣に係合素子用糸が存在しているのが好ましい。
【0053】
特に、フック状係合素子用糸は、経糸4本毎に経糸に平行に織物基布に織り込まれていることが好ましく、
図1で示すように、緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がり、浮き上がった箇所でフック状係合素子用ループを形成することが、前記したように耐劣化変形性の点で好ましい。
【0054】
具体的には、フック状係合素子用糸は緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がり、その後、経糸1~3本および緯糸1本を跨ぎつつループを形成する。ループ形成した後、フック状係合素子用糸は、緯糸間に沈み、再び緯糸3本を浮沈し後に緯糸上に浮き上がり、経糸1~3本および緯糸1本を跨ぎつつループを形成し、緯糸間に沈む。
【0055】
フック/ループ混在型面ファスナーの場合には、フック状係合素子用糸は上記と同様にしてループを形成する。ループ状係合素子用糸は、緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がり、その後、緯糸1本を跨ぎつつループを形成するのが好ましい。ループ形成した後、ループ状係合素子用糸は緯糸間に沈み、再び緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がり、緯糸1本を跨ぎつつループを形成し緯糸間に沈む。
【0056】
このようにして得られた面ファスナー用織物を熱処理して緯糸として使用する芯鞘型熱融着性マルチフィラメント糸の鞘成分を溶融させる。これにより、従来の面ファスナー製造で行われていたバックコート処理が不要となる。
【0057】
熱処理の温度は、熱融着性マルチフィラメント糸の鞘成分は溶融または軟化するが、緯糸以外の糸と緯糸の芯成分は溶融しない温度であり、好ましくは150~210℃、より好ましくは185~205℃である。この熱処理の際の熱によりフック状係合素子用糸のループ形状が固定され、ループの片脚を切断して得られるフック状係合素子のフック形状も保持される。ループ状係合素子のループ形状も固定される。
【0058】
このようにして、形状が固定されたフック状係合素子用ループを表面に多数有するフック面ファスナー用織物あるいはフック/ループ混在型面ファスナー用織物が得られる。次に、フック状係合素子用ループの片脚を切断してフック状係合素子を完成させる。
片脚の切断は、通常、バリカン等により行われる。片脚の切断はループの頂部から一方の脚側に僅かに下がった箇所を切断するのが好ましい。
【0059】
このようにして得られたフック面ファスナーのフック状係合素子の密度(フック状係合素子の個数/フック状係合素子が存在する織物基布表面の面積)は25~125個/cm2が好ましい。フック状係合素子の高さは織物基布面から1.0~2.5mmが好ましい。
【0060】
フック/ループ混在型面ファスナーの場合、フック状係合素子用モノフィラメントとループ状係合素子用マルチフィラメント糸の合計打ち込み本数は、経糸20本(フック状係合素子用モノフィラメントおよびループ状係合素子用マルチフィラメント糸を含む)に対して3~6本が好ましい。フック状係合素子用モノフィラメントとループ状係合素子用マルチフィラメント糸の打ち込み本数の比は30:70~70:30が好ましい。織物基布表面には、経糸方向に2列に並んだフック状係合素子と経糸方向に2列に並んだループ状係合素子が、緯糸方向に交互に並んでいることが特に好ましい。
【0061】
フック/ループ混在型面ファスナーの場合、熱処理した面ファスナー用織物の表面から突出しているフック状係合素子用ループの片脚側部を切断してフック状係合素子とする。切断位置は、前記したフック面ファスナーの場合と同様である。フック状係合素子の高さは基布面から1.5~2.5mmで、かつループ状係合素子の高さより0.3~0.8mm低いことが好ましい。
【0062】
フック/ループ混在型面ファスナーにおけるフック状係合素子とループ状係合素子のそれぞれの密度は、係合素子が存在している織物基布表面の面積を基準にして、20~40個/cm2、20~40個/cm2であることが好ましい。フック状係合素子の個数とループ状係合素子の個数の比率は、40:60~60:40であることが好ましい。
【0063】
本発明の織物系フック面ファスナー(フック/ループ混在型面ファスナーも含む)において、経糸方向の破断伸度が35~50%であることが係合素子の耐劣化変形性を改善する上で好ましい。経糸方向の破断伸度が上記範囲内であると、係合素子に掛かる引っ張り力を織物基布に十分に分散することができ、優れた耐劣化変形性が得られる。また、伸縮性が適度であり、係合素子が十分な係合力を示す。
【0064】
このような破断伸度を達成するためには、前記したように、経糸として仮撚加工糸を用い、緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がり、緯糸間に再び沈む間に係合素子用ループを形成するようにフック状係合素子用糸を織り込み、緯糸に熱融着性芯鞘型繊維を用いることが好ましい。
また、緯糸が織物基布中に直線状に存在し、経糸が緯糸を挟んで緯糸の上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸が緯糸を包み込むように存在していることが、係合素子に掛かる引っ張り力を織物基布の経糸方向に分散できるのでより好ましい。
織物系フック面ファスナーの経糸方向の破断強度は300~500N/cmであるのが好ましい。
【0065】
本発明の織物系フック面ファスナーは、従来の一般的なフック面ファスナーが用いられている用途分野に用いることができる。特に、係合/剥離が頻繁に繰り返し行われ、かつ高い引っ張り力が掛かる用途に適しており、例えば、靴、手袋等の他、メディカルサポーター類、義肢固定材類、荷造りの縛りバンド、結束テープ、土木建築用シートの固定材等の幅広い分野に使用できる。特に、人体の肌に直接触れる用途であって、係合/剥離が頻繁に行われ、しかも、フック状係合素子には高い引っ張り力の掛かる用途、例えば、靴、メディカルサポーター、義肢の固定材等に適している。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
以下の実施例及び比較例において、初期係合強力はJIS L3416の方法に従って、また剥離耐久性(5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力)もJIS L3416に従って測定した。
破断強度と破断伸度はJIS L1096 A法の方法に従って測定した。
【0067】
メディカルサポーター用途としての適否を判断するために、耐荷重試験を行い、その際のフック状係合素子の形状を顕微鏡で観察した。
耐荷重試験は以下のように行った。
図4に示すように、幅25mmのフック面ファスナー6の一端と下記の幅25mmのループ面ファスナー5の一端を係合させた。係合部分8は幅25mm、長さ30mmであった。フック面ファスナー6の他端とループ面ファスナー5の他端をそれぞれ試験装置の上部に固定した。φ60mmの円筒7を係合部分8が円筒7の下部に接するように挿入した。
円筒7を
図4に示した矢印方向に上げ下げして、係合部分8の剪断方向に特定荷重が掛かる状態と掛からない状態を繰り返した。この操作を荷重を増加して、それぞれ最大で10000回繰り返した(荷重負荷速度および緩和速度は300mm/分)。
フック状係合素子が劣化変形して係合力が損なわれ、上記操作を10000回まで繰り返すことができなかったときの荷重(最大荷重)を求めた。
荷重は3.0N/cm
2から始め、10000回まで繰り返すことができた場合は、新しいフック面ファスナーとループ面ファスナーに代えて、荷重を4.0N/cm
2、5.0N/cm
2・・・と1.0N/cm
2単位で順次増加させて、10000回まで繰り返すことができなくなるまで上記操作を続けた。
上記操作を10000回まで繰り返すことができなかったときのフック面ファスナーのフック状係合素子の状態を顕微鏡で観察した。
ループ状係合素子の密度が40本/cm
2のクラレファスニング社製織物系ループ面ファスナー(銘柄品番B2790Y)をループ面ファスナーとして用いた。
【0068】
実施例1
織物系フック面ファスナーの織物基布を構成する経糸、緯糸およびフック状係合素子用モノフィラメント糸として次の糸を用いた。
【0069】
[経糸]
融点260℃のポリエチレンテレフタレートからなるマルチフィラメント糸の仮撚加工糸
初期ヤング率:27.5g/dtex
実撚数:100t/m
トータルデシテックス:167dtex
フィラメント本数:48本
【0070】
[緯糸]
芯鞘型フィラメントからなるマルチフィラメント糸
芯成分:ポリエチレンテレフタレート(融点:260℃)
鞘成分:イソフタル酸25モル%共重合ポリエチレンテレフタレート(軟化点:190℃)
芯鞘比率(質量比):70:30
トータルデシテックス:99dtex
フィラメント本数:24本
【0071】
[フック状係合素子用モノフィラメント糸]
ポリブチレンテレフタレート製モノフィラメント(融点:223℃)
紡糸の際に、ポリエステルエラストマー(東レ社製ポリエステルエラストマー“ハイトレル7247”)を2質量%チップブレンド。
繊度:330dtex(直径:0.18mm)
【0072】
[織物系フック面ファスナーの製造]
上記経糸、緯糸およびフック状係合素子用モノフィラメント糸を、熱処理後の織密度が経糸60本/cm(フック状係合素子用モノフィラメント糸を含む)、緯糸20本/cmとなるように織り、平織組織の織物を得た。
フック状係合素子用モノフィラメント糸は、経糸4本(フック状係合素子用モノフィラメント糸を含まず)に1本の割合で経糸に平行に打ち込み、緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がらせ、緯糸1本および経糸3本を跨がせてループを形成し、ループ形成後、再び緯糸3本を浮沈した後に緯糸上に浮き上がらせ、経糸3本および緯糸1本を跨がせてループを形成し、再び緯糸の下に沈むように織った。
【0073】
上記方法で織成した平織物を、緯糸の鞘成分のみが熱溶融し、かつ、経糸、フック状係合素子用モノフィラメント糸、及び緯糸の芯成分は熱溶融しない温度(200℃)で熱処理した。その結果、緯糸に交差する糸が溶融した鞘成分により融着固定されていた。次いで、フック状係合素子用ループの片脚を、下から4/5の高さの部分で切断し、ループをフック状係合素子とし、織物系フック面ファスナーを得た。得られた織物系フック面ファスナーのフック状係合素子密度は60個/cm2であり、フック状係合素子の織物基布面からの高さは1.8mmであった。
【0074】
得られた織物系フック面ファスナーの経糸方向の破断伸度は36.5%で、経糸方向の破断強度は314N/cmであった。このフック面ファスナーの断面形状を顕微鏡により観察したところ、
図1に示すように、織物基布には、緯糸が直線状に存在しており、経糸が緯糸を挟み、緯糸の上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸が緯糸を包む状態で存在していることが観察された。
【0075】
得られた織物系フック面ファスナーの初期係合強力および5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力を測定した。さらに5000回係合/剥離繰り返した後の係合相手のループ状係合素子を構成するマルチフィラメント糸の状態を観察した。
さらに上記の耐荷重試験を行い、最大荷重と最大荷重を示したときのフック状係合素子の状態、すなわち、初期の形状を保っているか、フック形状が開いているか、フック状係合素子が倒れているか等の状態を観察した。
これらの結果を以下の表1に示す。
【0076】
表1の結果から明らかなように、実施例1の織物系フック面ファスナーは、初期係合強力に優れ、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力、及び5000回係合/剥離を繰り返した時点での係合相手のループ状係合素子を構成するマルチフィラメント糸の状態も極めて優れていることが分かる。
耐荷重試験の結果も優れており、
図2に示した耐荷重試験後の顕微鏡写真から明らかなように、倒れたり傾いたフック状係合素子、フック形状が開いたフック状係合素子はほとんどなかった。
従って、本実施例の織物系ループ面ファスナーは、メディカルサポーターや靴のように着脱を何度も繰り返し、さらに係合状態で大きな負荷がかかる用途に適していることが分かる。
【0077】
比較例1
実施例1において、経糸に使用したポリエチレンテレフタレート製仮撚加工糸からなるマルチフィラメント糸を、仮撚加工を行っていないポリエチレンテレフタレート製マルチフィラメント糸(初期ヤング率:57.7g/dtex、実撚:602t/m)に変更した以外は実施例1と同一条件で織物系フック面ファスナーを製造し、実施例1と同様の試験を実施した。なお、得られた織物系フック面ファスナーの破断伸度は29.0%であった。
【0078】
表1の結果から明らかなように、比較例1の織物系フック面ファスナーは、初期係合強力に優れ、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力、及び5000回係合/剥離を繰り返した時点でのループ状係合素子を構成するマルチフィラメント糸の状態において優れていることが分かる。
しかし、耐荷重試験での最大荷重が実施例1より低かった。耐荷重試験後にフック状係合素子を観察した結果、フック状係合素子が倒れ、フック形状が開いていた。着脱を何度も繰り返すことは可能であるが、係合状態で大きな負荷がかかる用途には適していないことが分かる。
【0079】
実施例1と比較例1の違いは経糸が仮撚加工糸であるか否かである。
実施例1の経糸は仮撚加工糸であるので、係合状態でせん断方向に負荷がかかってもフック状係合素子自身に大きな負荷がかからず、織物基布に伸縮性があり、織物基布に負荷が分散していることが優れた結果が得られた原因であると予想される。
それに対して比較例1のフック面ファスナーでは、織物基布に伸縮性がないので、織物基布に負荷が分散し難く、フック状係合素子自身に負荷が集中すると予想される。最大荷重は許容可能な値であったが、フック状係合素子が倒れ、フック形状が開いていた。
【0080】
比較例2
実施例1において、フック状係合素子用モノフィラメント糸が、緯糸5本を浮沈したのち、緯糸1本および経糸3本を跨ぎながらループを形成し、ループ形成した後、モノフィラメント糸が再び緯糸5本を浮沈したのち緯糸上に浮き上がり、経糸3本および緯糸1本を跨ぎながらループを形成し、再び緯糸の下に沈むようにした以外は実施例1と同様にして織物系フック面ファスナーを製造し、実施例1と同様の試験を実施した。
得られた織物系フック面ファスナーのフック状係合素子密度は40個/cm
2であった。
耐荷重試験後に得た、織物系フック面ファスナーの経糸と平行な断面の顕微鏡写真を
図3に示した。
【0081】
表1の結果から明らかなように、比較例2のフック面ファスナーは、初期係合強力に優れ、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力、さらに5000回係合/剥離を繰り返した時点でのループ状係合素子を構成するマルチフィラメント糸の状態において優れていることが分かる。
しかし、耐荷重試験での最大荷重が実施例1より低かった。
図3から明らかなように、フック状係合素子が倒れ、フック形状が開いていた。
これらの結果から、比較例2の織物系フック面ファスナーは、着脱を何度も繰り返す用途には使用可能でも、係合状態で大きな負荷がかかる用途には適していないことが分かる。
【0082】
実施例1と比較例2の違いは係合素子用ループを形成する前に係合素子用糸が浮沈する緯糸の本数である。
比較例2では、フック状係合素子用糸が緯糸5本を浮沈している。その結果、織物基布に織り込まれた係合素子用糸により織物基布の伸縮性が損なわれるので、係合素子に掛かった負荷が織物基布に充分に分散せず、フック状係合素子に負荷が集中し、最大荷重が低い。
図3が示すように、倒れたフック状係合素子、フック形状が開いたフック状係合素子が観察された。
【0083】
比較例3
実施例1において、フック状係合素子用モノフィラメント糸が、緯糸1本を沈んだのち、緯糸1本および経糸3本を跨ぎながらループを形成し、ループ形成した後、モノフィラメント糸が再び緯糸1本を沈んだのち、経糸3本および緯糸1本を跨ぎながらループを形成し、再び緯糸の下に沈むように変更した以外は実施例1と同様にして織物系フック面ファスナーを製造した。
得られた織物系フック面ファスナーのフック状係合素子密度は120個/cm2であった。
【0084】
比較例3の織物系フック面ファスナーでは、フック状係合素子用糸が浮沈する緯糸の本数が少なく、フック状係合素子の織物基布へ固定力が低くかった。繰り返し使用することができなかったので、実施例1の各試験を行わなかった。
【0085】
実施例2~3
実施例1において、フック状係合素子用糸として使用したポリエステル系エラストマー含有ポリブチレンテレフタレート製モノフィラメント糸の太さを、250デシテックス(実施例2)または370デシテックス(実施例3)に変更した以外は実施例1と同様にして織物系フック面ファスナーを製造し、実施例1と同様の試験を実施した。
実施例2および実施例3の織物系フック面ファスナーの経糸方向の破断伸度は、それぞれ36.1%、37.2%であり、経糸方向の破断強度は、それぞれ308N/cm、320N/cmであった。
実施例2と3のフック面ファスナーの経糸方向断面を顕微鏡により観察したところ、織物基布には、緯糸が直線状に存在しており、この緯糸を挟んで経糸が上下に浮沈を繰り返すことにより、経糸が緯糸を包む状態で存在していることが観察された。
【0086】
表1の結果から明らかなように、実施例2のフック面ファスナーは、初期係合強力に優れ、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力、さらに5000回係合/剥離を繰り返した時点でのループ状係合素子を構成するマルチフィラメントの状態において優れていることが分かる。また、耐荷重試験での最大荷重は実施例1のものより低いが、耐荷重試験後のフック面ファスナーには、倒れたフック状係合素子、フック形状が開いたフック状係合素子は少なかった。
従って、メディカルサポーターや靴のように着脱を何度も繰り返し、さらに係合状態で大きな負荷がかかる用途に適していることが分かる。
【0087】
実施例3のフック面ファスナーは、初期係合強力に優れ、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力に優れていたが、5000回係合/剥離を繰り返した時点でのループ状係合素子を構成するマルチフィラメントは、係合強力には殆ど影響しないが、わずかに切断していた。耐荷重試験での最大荷重は高く、耐荷重試験後のフック面ファスナーには、倒れたフック状係合素子、フック形状が開いたフック状係合素子は少なかった。
従って、メディカルサポーターや靴のように着脱を何度も繰り返し、さらに係合状態で大きな負荷がかかる用途に適していることが分かる。
【0088】
比較例4~5
実施例1において、フック状係合素子用糸として使用したポリエステル系エラストマー含有ポリブチレンテレフタレート製モノフィラメント糸の太さを100デシテックス(比較例4)または450デシテックス(比較例5)に変更して以外は実施例1と同様にして織物系フック面ファスナーを製造し、実施例1と同様の試験を実施した。
【0089】
表1の結果から明らかなように、比較例4のフック面ファスナーは、初期係合強力が非常に弱く、メディカルサポーターのような係合状態で大きな負荷がかかる用途では、係合が外れてしまう可能性があり、このような用途には不向きであることが分かる。係合面積を増やして単位面積当りの負荷を軽減することもできるが、大きな係合面積が必要であり、用途が限定され、さらに意匠性を損なうので、実用に適したものとは言えない。
【0090】
比較例5のフック面ファスナーは、初期係合強力に非常に強く、5000回係合/剥離を繰り返した時点で、ループ状係合素子を構成するマルチフィラメント中のモノフィラメントが切断されており、長期間の使用には不向きである。より細いモノフィラメントの面ファスナーやトリコット編み生地のような繊細な面ファスナーが係合相手として使用されることもある。このような係合相手の場合、初期の係合強力が強過ぎると、メディカルサポーターのように何度も脱着を繰り返す用途においては、ループ面ファスナー側のループ状係合素子が毛羽立ち、モノフィラメントが切断されるので実用には適していない。
【0091】
比較例6
フック状係合素子が織物基布から引き抜かれることを阻止するために、比較例3で得られたフック面ファスナーの裏面にバックコート接着剤用のポリウレタン系樹脂液を固形分で30g/m2の量で塗布し、乾燥してバックコート層付き織物系フック面ファスナーを製造し、実施例1と同様の試験を実施した。
【0092】
得られたバックコート層付き織物系フック面ファスナーは、織物基布全体がバックコート接着剤により固められているので、経糸として仮撚加工糸が用いられているにもかかわらず、織物基布は柔軟性を示さず、織物基布の長所が失われていた。また、バックコート樹脂層が存在するので、面ファスナーの染色性も悪いことが予想される。
【0093】
表1の結果から明らかなように、比較例6のフック面ファスナーは、初期係合強力、5000回係合/剥離を繰り返したのちの係合強力、さらに5000回係合/剥離を繰り返した時点でのループ状係合素子を構成するマルチフィラメント糸の状態のいずれにおいても優れていることが分かる。しかし、耐荷重試験での最大荷重は実施例1より低く、耐荷重試験後のフック面ファスナーには、倒れたフック状係合素子及びフック形状が開いたフック状係合素子が多かった。
以上の結果から、比較例6のフック面ファスナーは、着脱を何度も繰り返す用途には使用可能でも、係合状態で大きな負荷がかかる用途には適していないことが分かる。
【0094】
【0095】
5000回係合/剥離後のループ状係合素子の状態
A:損傷が少ない
B:損傷がやや多い
C:損傷が激しい
耐荷重試験のフック状係合素子の状態
A:倒れたフックおよび開いたフックが少ない
B:倒れたフックおよび開いたフックがやや多い
C:倒れたフックが多く、フック形状の開きが激しい
【符号の説明】
【0096】
1:織物基布
2:経糸
3:緯糸
4:フック状係合素子
5:ループ面ファスナー
6:フック面ファスナー
7:円筒
8:係合部分