(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-21
(45)【発行日】2023-06-29
(54)【発明の名称】アニオン性歩留向上剤及びそれを用いた抄紙方法
(51)【国際特許分類】
D21H 21/10 20060101AFI20230622BHJP
B01D 21/01 20060101ALI20230622BHJP
C08F 2/32 20060101ALI20230622BHJP
C08F 220/56 20060101ALI20230622BHJP
D21H 17/42 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
D21H21/10
B01D21/01 106
B01D21/01 107B
C08F2/32
C08F220/56
D21H17/42
(21)【出願番号】P 2019067055
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000142148
【氏名又は名称】ハイモ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】三井 翔平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 夏彦
【審査官】藤原 敬士
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-093800(JP,A)
【文献】特開2015-021195(JP,A)
【文献】特開2011-099076(JP,A)
【文献】特開2015-183333(JP,A)
【文献】特開平10-195115(JP,A)
【文献】特開昭59-082941(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21H 11/00 - 27/42
B01D 21/01
C08F 2/00 - 2/60
C08F 6/00 - 246/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される単量体
として、ビニルスルホン酸、ビニルベンゼンスルホン酸あるいは2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、メタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、あるいはそれらの塩から選択される一種以上を5~80モル%、共重合可能な非イオン性水溶性単量体20~95モル%及び無機塩を油中水型エマルジョンの液量に対し0.5~10質量%含有する単量体混合物水溶液を、界面活性剤により水に非混和性有機液体を連続相、該単量体混合物水溶液を分散相となるよう乳化し、重合した後、転相剤を添加して製造されたアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤
の製造方法。
一般式(1)
R
1は水素、メチル基又はカルボキシメチル基、QはSO
3、C
6H
4SO
3、CONHC(CH
3)
2CH
2SO
3
、COO、R
2は水素又はCOOY
2、Y
1あるいはY
2は水素又は陽イオンをそれぞれ表わす。
【請求項2】
前記アニオン性水溶性高分子の25℃で測定した0.5質量%における、4質量%食塩水溶液中の固有粘度が15~30dl/gであることを特徴とする請求項1に記載のアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤
の製造方法。
【請求項3】
前記アニオン性水溶性高分子が、下記定義(A)で測定した電荷内包率が15.0%以下であることを特徴とする請求項1に記載のアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤
の製造方法。
定義(A):電荷内包率(%)=(1-α/β)×100
αはアンモニアにてpH10.0に調整したアニオン性水溶性高分子水溶液をポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液にて滴定した滴定量。βはアンモニアにてpH10.0に調整したアニオン性水溶性高分子水溶液にせん断を加え、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液にて滴定した滴定量である。
【請求項4】
下記一般式(1)で表される単量体
として、ビニルスルホン酸、ビニルベンゼンスルホン酸あるいは2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、メタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、あるいはそれらの塩から選択される一種以上を5~80モル%、共重合可能な非イオン性水溶性単量体20~95モル%及び無機塩を油中水型エマルジョンの液量に対し0.5~10質量%含有する単量体混合物水溶液
を、界面活性剤により水に非混和性有機液体を連続相、該単量体混合物水溶液を分散相となるよう乳化し、重合した後、転相剤を添加して製造されたアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンを、抄紙前の製紙原料に添加することを特徴とする抄紙方法。
一般式(1)
R
1は水素、メチル基又はカルボキシメチル基、QはSO
3、C
6H
4SO
3、CONHC(CH
3)
2CH
2SO
3
、COO、R
2は水素又はCOOY
2、Y
1あるいはY
2は水素又は陽イオンをそれぞれ表わす。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抄紙工程で使用する歩留向上剤及びそれを用いた抄紙方法に関するものであり、詳しくは、抄紙工程においてアニオン性歩留向上剤を使用して製紙原料のワイヤー上での歩留を向上する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
塗工原紙、PPC用紙、上質紙、板紙及び新聞用紙等の抄紙工程において、製紙用薬剤、微細繊維、填料等のワイヤー上での歩留率向上を図るために歩留向上剤、あるいは歩留と同時に濾水改善の機能を重視した濾水性向上剤(あるいは歩留濾水性向上剤)が使用されている。一般的にポリアクリルアミド系(PAM系)ポリマーが歩留向上剤として汎用されるが、近年の抄造条件の多様化により、有効な歩留向上剤や歩留システムがそれぞれ異なる。主流はカチオン性PAMあるいは両性PAMであるが、中にはアニオン性PAMが有効な場合もある。ワイヤー上での製紙原料の歩留率が低下することは生産性の低下のみならず、製紙原料中に含まれる填料あるいは紙力剤やサイズ剤といった製紙用薬剤の歩留が低下し紙製品の品質低下を招く要因の一つとなっている。そのため最適な歩留向上剤や歩留システムを適用する必要が有り、主にカチオン性あるいは両性PAMの性能向上の取組みが行なわれてきた。しかし、カチオン性あるいは両性PAMに比べてアニオン性PAMの性能向上の取組みは比較的少なく、アニオン性PAMが有効な抄造条件において、より有効なポリマーが要望されている。
アニオン性PAMの分子量を上げることで歩留り率の向上は得られるが、紙品質、特に地合への影響が大きく、添加率が制限される。そこで、地合への影響を抑制するための方法として、例えば、特許文献1では、アニオン性水溶性高分子の見かけ粘度を低下させた水溶液を添加する歩留り向上方法が記載されている。この方法はポリマーを溶解した水溶液に無機塩あるいは無機酸を添加し、見かけ粘度を低下させることで紙料への拡散性を高め歩留りを高めることを目的としている。しかし、分子量の高いポリマーの使用に比べて大きな歩留率向上が得られないことが実情である。
特許文献2には、交叉結合された陰イオン性または両性の有機高分子微粒子、特許文献3には、架橋アニオン性ポリマーを含む水中水型ポリマー分散物がそれぞれ開示され、製紙用添加剤の適用が記載、歩留向上目的としての使用も示唆されている。しかし、これら架橋型のポリマーにより紙質への影響は比較的抑制できるが、直鎖型ポリマーに比べて、特に低添加率では高い歩留効果が得られない。そこで、紙の地合を損なうことなく高い歩留効果が得られるアニオン性歩留向上剤の開発が要望されている。
【0003】
【文献】特開2001-295196号公報
【文献】特開平4-226102号公報
【文献】特表2013-502502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、抄紙工程で使用する歩留向上剤及びそれを用いた製紙原料の歩留向上方法に関するものであり、より性能の高いアニオン性歩留向上剤及びそれを用いた製紙原料の歩留向上方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため鋭意検討を行なった結果、特定の組成、物性を有し、無機塩を含有したアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンを歩留向上剤として抄紙前の製紙原料に使用することで製紙原料の歩留向上を達成することができる。
【発明の効果】
【0006】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンを歩留向上剤として抄紙前の製紙原料に使用することで、アニオン性歩留向上剤の有効な製紙原料に対してより高い歩留率を得ることができ生産性の向上や紙品質の向上を達成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、下記一般式(1)で表される単量体を5~80モル%、共重合可能な非イオン性水溶性単量体20~95モル%及び無機塩を含有する単量体混合物水溶液を、界面活性剤により水に非混和性有機液体を連続相、該単量体混合物水溶液を分散相となるよう乳化し、重合した後、転相剤を添加して製造したものである。
一般式(1)
R
1は水素、メチル基又はカルボキシメチル基、QはSO
3、C
6H
4SO
3、CONHC(CH
3)
2CH
2SO
3
、COO、R
2は水素又はCOOY
2、Y
1あるいはY
2は水素又は陽イオンをそれぞれ表わす。
【0008】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子を製造する際に使用するアニオン性単量体、即ち前記一般式(1)で表される単量体は5~80モル%の範囲である。5モル%より少ないとアニオン性水溶性高分子のアニオン電荷による大きな歩留効果は得られず、80モル%より多いと高分子量のものが得られ難くなる。好ましくは10~70モル%の範囲である。
【0009】
一般式(1)で表されるアニオン性単量体としては、ビニルスルホン酸、ビニルベンゼンスルホン酸あるいは2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、メタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、あるいはそれらの塩、等が挙げられる。これらを二種以上、組み合わせても差し支えない。
【0010】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子を製造する際に、効果を阻害しない範囲においてカチオン性単量体を使用することができる。その際に使用するカチオン性単量体は0~10モル%の範囲であり、10モル%より多いとアニオン性歩留向上剤としての効果が低下する。好ましくは5モル%以下である。
【0011】
本発明でカチオン性単量体を使用する際は、以下の様なものがある。即ち、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレートやジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等の塩化メチルや塩化ベンジルによる四級化物である。その例として、(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメチルアンモニウム塩化物、(メタ)アクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロピルトリメチルアンモニウム塩化物、(メタ)アクリロイルアミノプロピルトリメチルアンモニウム塩化物、(メタ)アクリロイルオキシエチルジメチルベンジルアンモニウム塩化物、(メタ)アクリロイルオキシ-2-ヒドロキシプロピルジメチルベンジルアンモニウム塩化物、(メタ)アクリロイルアミノプロピルジメチルベンジルアンモニウム塩化物である。これら二種以上組み合わせることも可能である。
【0012】
本発明で使用する共重合可能な非イオン性単量体としては、(メタ)アクリルアミド、N,N’-ジメチルアクリルアミド、アクリロニトリル、(メタ)アクリル酸-2-ヒドロキシエチル、ジアセトンアクリルアミド、N-ビニルピロリドン、N-ビニルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、アクリロイルモルホリン等が挙げられる。これらを二種以上、組み合わせても差し支えない。非イオン性単量体のモル数としては、20~95モル%であるが、好ましくは30~90モル%である。
【0013】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、アニオン性単量体及び非イオン性単量体からなる単量体混合物を共重合することによって製造することができる。重合はこれら単量体を混合した水溶液を調製した後、常法の油中水型エマルジョン重合法によって行なう。
【0014】
油中水型エマルジョンの製造方法としては、特開昭55-137147号公報、特開昭59-130397号公報、特開平10-140496号公報、特開2011-99076号公報等に挙げられる方法に準じて適宜に製造することができる。アニオン性単量体及び非イオン性単量体からなる単量体混合物を水、水と非混和性の炭化水素からなる油状物質、油中水型エマルジョンを形成するに有効な量とHLBを有する少なくとも一種類の界面活性剤を混合し、強攪拌し油中水型エマルジョンを形成させた後、重合する。
【0015】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンを製造する際に無機塩を添加する。無機塩を添加するタイミングは、アニオン性単量体及び非イオン性単量体からなる単量体混合物を混合した水溶液中である。又、無機塩を分割し単量体混合物を混合した水溶液中に一部を添加、残りを重合途中や共重合後の油中水型エマルジョン中に添加しても良い。
【0016】
添加する無機塩は、ナトリウムやカリウムの様なアルカリ金属イオンやアンモニウムイオン、マグネシウムイオン等の陽イオンと、ハロゲン化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン等の陰イオンとを組み合わせた塩が使用可能である。これら塩類の濃度としては、油中水型エマルジョン液量に対して、0.5~10質量%である。0.5質量%以上ないと効果を発揮し難く、10質量%より多い添加は無機塩の溶解性から製造工程上難しく、又、無機塩添加による大きな歩留効果の向上が得られない。
【0017】
又、分散媒として使用する炭化水素からなる油状物質の例としては、パラフィン類或いは灯油、軽油、中油等の鉱油、或いはこれらと実質的に同じ範囲の沸点や粘度等の特性を有する炭化水素系合成油、或いはこれらの混合物が挙げられる。含有量としては、油中水型エマルジョン全量に対して20質量%~50質量%の範囲であり、好ましくは20質量%~35質量%の範囲である。
【0018】
油中水型エマルジョンを形成するに有効な量とHLBを有する少なくとも一種類の界面活性剤の例としては、HLB3~11のノニオン性界面活性剤であり、その具体例としては、ソルビタンモノオレート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル等が挙げられる。これら界面活性剤の添加量としては、油中水型エマルジョン全量に対して0.5~10質量%であり、好ましくは1~5質量%の範囲である。
【0019】
重合後は、転相剤と呼ばれる親水性界面活性剤を添加して油の膜で被われたエマルジョン粒子が水になじみ易くし、中の水溶性高分子が溶解しやすくする処理を行ない、水で希釈して用いる。親水性界面活性剤の例としては、カチオン性界面活性剤やHLB9~15のノ二オン性界面活性剤であり、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル系、ポリオキシエチレンアルコールエーテル系等である。
【0020】
重合条件は通常、使用する単量体や共重合モル%によって適宜決めていき、温度としては20~80℃、好ましくは20~60℃の範囲で行なう。重合開始はラジカル重合開始剤を使用する。これら開始剤は油溶性或いは水溶性のどちらでも良く、アゾ系、レドックス系、過酸化物系の何れでも重合することが可能である。油溶性アゾ系開始剤の例としては、2、2’-アゾビスイソブチロニトリル、ジメチル-2、2’-アゾビスイソブチレート、1、1’-アゾビスシクロヘキサンカルボニトリル、2、2’-アゾビス-2-メチルブチロニトリル、2、2’-アゾビス-2-メチルプロピオネート、4、4’-アゾビス-(4-メトキシ-2、4-ジメチル)バレロニトリル等が挙げられる。
【0021】
水溶性アゾ開始剤の例としては、2、2’-アゾビス(アミジノプロパン)二塩化水素化物、2、2’-アゾビス[2-(5-メチル-イミダゾリン-2-イル)プロパン]二塩化水素化物、4、4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸)等が挙げられる。又、レドックス系の例としては、ペルオキソ二硫酸アンモニウムと亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、トリメチルアミン、テトラメチルエチレンジアミン等との組み合わせが挙げられる。更に過酸化物系の例としては、ペルオキソ二硫酸アンモニウム或いはカリウム、過酸化水素、ベンゾイルペルオキサイド、ラウロイルペルオキサイド、オクタノイルペルオキサイド、サクシニックペルオキサイド、t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート等を挙げることができる。
【0022】
又、重合度を調節するためイソプロピルアルコールを対単量体0.1~5質量%併用、あるいはギ酸ソーダを対単量体0.02~0.5質量%併用すると効果的である。
【0023】
単量体の重合濃度は20~50質量%の範囲であり、単量体の組成、開始剤の選択によって適宜重合の濃度と温度を設定する。
【0024】
歩留向上剤として汎用されるポリアクリルアミド系(PAM系)ポリマーは、抄紙工程のワイヤーパートでの製紙原料の更なる歩留向上を得るためにPAM系ポリマーの高分子量化を図り、ポリマーと製紙原料中のパルプ繊維や填料との架橋吸着作用を高め、凝集効果を向上させる方法が検討されてきた。しかし、高分子量化により、ポリマー間の過剰な絡み合いを引き起こす結果、電荷中和作用が低下し歩留効果の大きな向上は得られないことがある。本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、高分子量を維持し、ポリマー間の過剰な絡み合いを抑制することで高い歩留効果が得られるものと推測される。これは無機塩を添加することで、絡み合いを抑制する結果、架橋吸着作用と電荷中和作用が両立することになり高い歩留効果が発現するものと考えられる。
【0025】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子のポリマー構造は、電荷内包率を指標とすることができる。本発明で使用する電荷内包率は、以下のように定義される。
定義(A):電荷内包率(%)=(1-α/β)×100
αはアンモニアにてpH10.0に調整したアニオン性水溶性高分子0.025質量%水溶液を京都電子工業(株)製PCD滴定装置(PCD-500、AT-510)により、滴下液:1/1000Nポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液、滴下速度:0.1ml/5sec、終点判定:0mVにて滴定し、求めた滴定量である。βはアンモニアにてpH10.0に調整したアニオン性水溶性高分子0.0025質量%水溶液に(株)日本精機製作所製エースホモジナイザー(AM-11)により、10000rpm、5分間の条件にてせん断を加え、同様にPCD滴定装置により、滴下液:1/1000Nポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液、滴下速度:自動制御、終点判定:0mVにて滴定し、求めた滴定量である。
尚、PCD滴定装置は、同様な測定ができるのであれば前記装置に限定はしないが、数値を規定する必要上、前記装置で前記条件において測定した同一のイオン性高分子の電荷内包率の実験誤差が±0.5%以内に入る必要がある。
【0026】
前記滴定量α値は、試料であるアニオン性水溶性高分子に反対電荷を有するポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド水溶液を滴下して行き、アニオン性水溶性高分子の「表面」(粒子状の表面部)に存在するイオン性基にイオン的静電反応を行わせる操作を意味する。
前記滴定量β値は、水溶性高分子の化学組成から計算される理論的な電荷量に相当すると考えられる。即ち水溶性高分子に対し、せん断によって現出した反対電荷が多量に存在するので、表面の電荷だけでなく、内部の電荷まで静電的な中和反応が行われると考えられる。架橋度が高ければ、αはβに対し小さくなり、(1-α/β)値は、大きくなり電荷内包率は大きい(すなわち架橋の度合いは高くなる)。
【0027】
即ち、電荷内包率の大きい水溶性高分子は、架橋が高まった水溶性高分子であり、電荷内包率の低い水溶性高分子は、架橋が少ない水溶性高分子であると言える。この理由は、以下の通りに説明される。直鎖状水溶性高分子は、希薄溶液中では、分子はほぼ「伸びきった」形状をしている。一方、架橋型水溶性高分子は、溶液中において粒子状の丸まった形状をしていて、粒子状の内部に存在するイオン性基は、外側には現われ難く、反対電荷との反応も緩慢に起こると考えられる。
【0028】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、電荷内包率が15.0%以下の範囲内が好ましい。通常の直鎖型高分子や架橋型高分子の場合、ポリマーの収縮やポリマー間の絡み合いが生じ、ポリマーの表面に存在する電荷が減少し電荷中和作用が抑制され歩留効果が低下する場合がある。
分岐構造や架橋構造を有した場合は、分子間の架橋まで分岐が進行し強い絡み合いが生じ電荷内包率が高くなっていると考えられ、この値が15.0%を超える。又、直鎖型高分子も高分子量のものでは15.0%を超える。電荷内包率が15.0%以下であると、高分子量であっても高い歩留効果を得られることができる。電荷内包率10.0%以下が好ましく、8.0%以下がより一層好ましい。
直鎖型高分子では、ポリマーの収縮により絡み合いが生じ電荷内包率が高く、分岐が進行した場合や架橋型高分子の領域では、分子間の架橋により、更に強い絡み合いが生じ電荷内包率が増加すると考えられる。一方、本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、無機塩の添加により立体障害や電荷の反発が生じポリマー間の絡み合いが起こり難くなっていることが推測される。本発明におけるアニオン性水溶性高分子では、電荷内包率が15.0%以下の範囲においてポリマー間の絡み合い等が生じ難くなっているため高分子量であっても直鎖型のポリマーと同様な挙動を示し、高い歩留効果が発現されるものと考えられる。又、本発明で規定する電荷内包率の値が-(マイナス)となることがあるが、15.0%以下であれば本発明の水溶性高分子の構造の範囲内であり、測定上マイナスであっても差し支えない。実験上、電荷内包率の最低値-3.0の水溶性高分子が得られており、本発明の効果が確認されている。
【0029】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子では、重合時あるいは重合後、構造変性剤として架橋性単量体を使用しても良い。使用する場合は、添加率が多いと電荷内包率が高くなるため、単量体総量に対し0.002質量%以下が好ましい。架橋性単量体の例としては、N,N’-メチレンビス(メタ)アクリルアミド、トリアリルアミン、ジメタクリル酸エチレングリコール、ジメタクリル酸ジエチレングリコール、ジメタクリル酸トリエチレングリコール、ジメタクリル酸テトラエチレングリコール、ジメタクリル酸-1,3-ブチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコール、N-ビニル(メタ)アクリルアミド、N-メチルアリルアクリルアミド、アクリル酸グリシジル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、アクロレイン、グリオキザール、ビニルトリメトキシシラン等が挙げられ、これらの中でN,N’-メチレンビス(メタ)アクリルアミドが好ましい。
【0030】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子は、高い凝集力を得るには高分子量が必要である。分子量は、固有粘度で表わすと、油中水型エマルジョンを構成する水溶性高分子の25℃で測定した0.5質量%における、4質量%食塩水溶液中の固有粘度が15~30dl/gであるが、好ましくは18~30dl/g、更に好ましくは20~30dl/gの範囲である。固有粘度が15dl/gより低いと歩留向上効果が著しく低下し、30dl/gより高いと紙の品質、特に地合いが低下する場合がある。極限粘度法による重量平均分子量では、1000万から3000万の範囲内が好ましい。又、4質量%食塩水中に高分子濃度が0.5質量%になるように溶解したときの25℃において測定した粘度(0.5質量%塩水溶液粘度)も分子量の指標とすることができ、0.5質量%塩水溶液粘度が150~350mPa・sの範囲が好ましく、200~300mPa・sが更に好ましい。
【0031】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤は、無機塩を含有することにより水に溶解時に粘度が低下し、製紙原料に添加した時の分散性が高まることも性能の向上に寄与していることが推測される。一般的なアニオン性歩留向上剤として使用される高分子量タイプのアニオン性ポリアクリルアミド系高分子は水溶液粘度が高く、通常0.2質量%水溶液のB型回転粘度計、25℃で測定した粘度(0.2質量%水溶液粘度)が1000mPa・s以上示すものもあるが、本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンは、高分子量であっても無機塩の添加率を調節することによって、水溶液粘度が低いものが製造できる。例えば、固有粘度が25dl/g以上であっても、0.2質量%水溶液が800mPa・s以下のものが製造可能である。
【0032】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤は、抄紙前の製紙原料に添加される。通常、製紙工程において上流からパルプ乾燥固形分濃度が2.0質量%以上で移送されてきた製紙原料が抄紙機の直前では白水や清水等によりパルプ乾燥固形分濃度が2.0質量%より低い製紙原料に希釈されている。一般的には0.5~1.5質量%に希釈されており、これらはインレット原料やヘッドボックス原料と呼ばれており、これら原料(以下、インレット原料とする。)に対して歩留向上剤が添加され抄紙される。本発明の歩留向上剤もインレット原料に適用する。
【0033】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンの製紙工程における添加場所は、従来の歩留向上剤として、せん断工程であるファンポンプやスクリーンの前後が一般的であり、本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンも同様な添加場所が適用される。少ない添加率で最も歩留率を向上させるには最終せん断工程であるスクリーン前後に添加するのが好ましい。スクリーン後であっても地合に与える影響が少ないため従来のアニオン性歩留向上剤に比べて添加率を上げることが可能である。又、分割して添加しても良い。
【0034】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤を使用する紙の種類としては、新聞用紙、上質印刷用紙、中質印刷用紙、グラビア印刷用紙、PPC用紙、塗工原紙、微塗工紙、包装用紙、ライナーや中芯原紙の板紙等が挙げられる。製紙原料のアニオン量、即ちカチオン要求量が比較的低い製紙原料に有効である。具体的にはカチオン要求量が0.01meq/L以下であれば本発明におけるアニオン性水溶性高分子が有効に作用する。好ましくは、0.008meq/L以下である。又、製紙原料がカチオン性(=アニオン要求量)を示しても効果を発揮する。カチオン性あるいは両性澱粉等の紙力剤や硫酸バンドの添加率が比較的多いライナーや中芯原紙等の板紙に適用すると効果的である。カチオン要求量は、Whatman No.41濾紙濾過液を市販の粒子電荷計(ミューテック社PCD-04型等)で測定した値(meq/L)で表される。
【0035】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤は、紙力剤、サイズ剤、硫酸バンド、凝結剤やその他の製紙用薬品と同時に添加することができ、歩留向上処方としてその他のカチオン性水溶性高分子、両性水溶性高分子、アニオン性水溶性高分子、非イオン性水溶性高分子、ベントナイトあるいはコロイダルシリカ等とも併用することができる。
【実施例】
【0036】
以下に本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤及びそれを用いた製紙原料の歩留向上方法について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
(実施例1)
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤として、試料1~8を調製した。製造は、重合時に単量体混合物を混合した水溶液中に無機塩を含有させ、油中水型エマルジョン重合法の常法により製造した。これらの組成、物性を表1に示す。
【0038】
(比較例1)本発明の範囲外のアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤試料9~12を油中水型エマルジョン重合法の常法により調製した。これらの組成、物性を表1に示す。又、市販品の歩留向上剤試料A~Cを準備した。これらの組成、物性を表2に示す。
【0039】
(表1)
AAC:アクリル酸
AAM:アクリルアミド
無機塩;SC:塩化ナトリウム、MS:硫酸マグネシウム
0.2質量%水溶液粘度:高分子濃度が0.2質量%になるように水で溶解したときの25℃において測定した粘度(mPa・s)。
【0040】
(表2)
製品形態;D:塩水液中分散重合液、E:油中水型エマルジョン
0.2質量%水溶液粘度:高分子濃度が0.2質量%になるように水で溶解したときの25℃において測定した粘度(mPa・s)。
0.5質量%塩水溶液粘度:4質量%食塩水中に高分子濃度が0.5質量%になるように溶解したときの25℃において測定した粘度(mPa・s)。
【0041】
(実施例2)叩解度360mLに調製したLBKPを用いて、ブリット式ダイナミックジャーテスターによる歩留率の測定試験を行なった(30メッシュワイヤー使用)。LBKP紙料を清水で希釈し、軽質炭酸カルシウムを添加、調整紙料とした。調整紙料の物性値は、固形分濃度9649ppm、軽質炭酸カルシウム等Ash分として41.1質量%対紙料固形分濃度、pH8.9、電気伝導度18mS/m、Whatman No.41濾紙濾過液のミューテック社PCD-04型を使用したカチオン要求量0.0045meq/L、濁度34NTU(HACH社製2100P型で測定)であった。ブリット式ダイナミックジャーテスターに調整紙料を所定量採取し、カチオン性澱粉(市販品)を対紙料固形分に対して1質量%添加、1000rpmで20秒撹拌後、表1の試料1の0.1質量%水溶液を対紙料固形分に対して200ppm添加(ポリマー純分)し、攪拌回転数1000rpmで10秒間攪拌後(抄紙工程のスクリーン出口添加想定)、濾液を採取しWhatman No.41濾紙にて濾過後、SSを測定、総歩留率を測定後、濾紙を525℃で2時間灰化し、灰分歩留率を測定した。又、同様な試験を試料2~7についても実施した。これらの結果を表3に示す。
【0042】
(比較例2)実施例2と同じ調整紙料を用いて、本発明の範囲外の表1あるいは表2の試料を用いて実施例2と同様な試験を実施した。又、油中水型エマルジョン液量に対して、塩化ナトリウムを1質量%添加した時と同量になる様に試料10の0.1質量%水溶液に塩化ナトリウムを添加した試料(試料10-1)を用いて試験を実施した。これらの結果を表3に示す。
【0043】
【0044】
無機塩を重合時に添加して製造したアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンを使用した実施例では、無機塩を重合時に添加しない試料を用いた場合に比べて高い歩留効果を示した。アニオン性単量体のモル数が同じ場合に無機塩を含有させることで、無機塩を含有させない高分子に比べて歩留効果が向上することが確認できた。又、試料10と試料10-1の比較から水溶液に無機塩を添加しても大きな歩留の向上は得られず、製造時に無機塩を含有することで性能が向上することが確認できた。尚、当該紙料においては、試料Cの歩留効果が他の試料に比べて低く、カチオン性歩留向上剤よりもアニオン性歩留向上剤が有効であった。
【0045】
(実施例3)叩解度360mLに調製したLBKPを用いて、ブリット式ダイナミックジャーテスターによる歩留率の測定試験を行なった(30メッシュワイヤー使用)。LBKP紙料を清水で希釈し、軽質炭酸カルシウムを添加、調整紙料とした。調整紙料の物性値は、固形分濃度10000ppm、軽質炭酸カルシウム等Ash分として41質量%対紙料固形分濃度、pH8.8、電気伝導度17mS/m、Whatman No.41濾紙濾過液のミューテック社PCD-04型を使用したカチオン要求量0.0061meq/L、濁度154NTU(HACH社製2100P型で測定)であった。ブリット式ダイナミックジャーテスターに調整紙料を所定量採取し、カチオン性澱粉(市販品)を対紙料固形分に対して1質量%添加、700rpmで20秒撹拌後、表1の試料8の0.1質量%水溶液を対紙料固形分に対して200ppmあるいは300ppm添加(ポリマー純分)し、攪拌回転数700rpmで10秒間攪拌後(抄紙工程のスクリーン出口添加想定)、濾液を採取しWhatman No.41濾紙にて濾過後、SSを測定、総歩留率を測定後、濾紙を525℃で2時間灰化し、灰分歩留率を測定した。結果を表4に示す。
【0046】
(比較例3)実施例3と同様な調整紙料を用いて、実施例3と同様な試験を表1の試料12を用いて実施した。結果を表4に示す。
【0047】
【0048】
アニオン性単量体10モル%を構成単位とする高分子試料8を用いた実施例では、同じモル数を構成単位とする高分子試料12に比べて歩留効果が向上を示した。アニオン性単量体のモル数が同じ場合に無機塩を含有させることで、無機塩を含有させない高分子に比べて歩留効果が向上することが確認できた。これは、本発明におけるアニオン性水溶性高分子において、紙料性状に有効なアニオン性単量体モル数を構成単位とする高分子試料を適用することで歩留効果が向上することを意味する。
【0049】
(実施例4)ブリット式ダイナミックジャーテスターによる歩留率の測定試験を行なった(30メッシュワイヤー使用)。原料として某製紙会社で入手した板紙のライナー抄造紙料であるインレット原料(pH8.0、電気伝導度112mS/m、カチオン要求量0.0024meq/L、濁度10NTU、SS3000ppm、Ash990ppm)を用いた。ブリット式ダイナミックジャーテスターにインレット原料を所定量採取し、カチオン性澱粉(市販品)を対紙料固形分に対して1質量%添加、600rpmで30秒撹拌後、表1の試料1の0.1質量%水溶液を対紙料固形分に対して320ppm添加(ポリマー純分)し、攪拌回転数600rpmで30秒間攪拌後(抄紙工程のスクリーン入口添加想定)、濾液を採取しWhatman No.41濾紙にて濾過後、SSを測定、総歩留率を測定後、濾紙を525℃で2時間灰化し、灰分歩留率を測定した。又、同様な試験を試料4についても実施した。その結果を表5に示す。
【0050】
(比較例4)実施例4と同じ原料を用いて、実施例4と同様な試験を試料9について実施した。その結果を表5に示す。
【0051】
【0052】
(実施例5)実施例4と同じ原料を用いて、動的濾水性試験機DDA(Dynamic Drainage Analyzer、マツボー社)による濾水性試験を実施した。原料の所定量を、底部に62メッシュワイヤーの付いたDDA攪拌槽に投入した。攪拌回転数600rpmで5秒間攪拌後、カチオン性澱粉(市販品)を対紙料固形分に対して1質量%添加、攪拌回転数600rpmで30秒間攪拌後、表1記載の試料1を対インレット原料固形分に対して320ppm添加(ポリマー純分)、攪拌回転数600rpmで30秒間攪拌後(スクリーン入口添加想定)、300mBarの減圧下で、紙料を吸引し、ワイヤー上にシートを形成した時点の濾水時間及び35秒間吸引した後のシート含水率を測定した。又、同様な試験を試料4についても実施した。その結果を表6に示す。
【0053】
(比較例5)実施例4と同じ原料を用いて、実施例5と同様な試験を試料9について実施した。その結果を表6に示す。
【0054】
【0055】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤は、従来のアニオン性歩留向上剤に比べて歩留効果が向上し、更には濾水性試験の結果から濾水時間が短縮、シート含水率が低下したことから濾水効果が優れることが確認できた。
【0056】
本発明におけるアニオン性水溶性高分子の油中水型エマルジョンからなる歩留向上剤は、従来のアニオン性歩留向上剤に比べて低添加率でも高い歩留効果及び濾水効果を発揮することが確認できた。本発明における歩留向上剤を適用することで、従来のアニオン性歩留向上剤に比べて添加率を抑制でき地合への影響が低くすることが可能であり、生産性の向上や紙品質の向上を達成できる。