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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-21
(45)【発行日】2023-06-29
(54)【発明の名称】ワインの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12G 1/022 20060101AFI20230622BHJP
【FI】
C12G1/022
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020193479
(22)【出願日】2020-11-20
(65)【公開番号】P2022082114
(43)【公開日】2022-06-01
【審査請求日】2022-06-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年11月29日から同年同月30日にかけて開催された日本ブドウ・ワイン学会ASEV JAPAN2019年大会にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年11月29日に発行された日本ブドウ・ワイン学会ASEV JAPAN2019年大会発表要旨「日本ブドウ・ワイン学会誌Volume 30 Number 2」にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年8月31日に以下のウェブサイトにおいて公開した。https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/innovation/monodukurisaitaku.html https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/403131.pdf
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年10月22日に以下のウェブサイトにおいて公開した。http://rdbv.fukuyama-u.ac.jp/view/4D5TK/
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-03294
(73)【特許権者】
【識別番号】505065984
【氏名又は名称】学校法人 福山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003085
【氏名又は名称】弁理士法人森特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉▲崎▼ 隆之
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-158173(JP,A)
【文献】岩口伸一ら,奈良八重桜酵母由来の赤色清酒酵母株の赤色色素の排出機構,日本生物工学会大会講演要旨集,2015年,Vol.67th,p.285,3P-057
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12G
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/FSTA/AGRICOLA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤色の色素を生成する酵母NYR20株(受託番号:NITE P-03294)を用いて赤みを増強したワインを製造する方法であり、
ブドウの果汁と亜硫酸を含む原料液に対して前記酵母を添加して、発酵を行う工程を含むワインの製造方法。
【請求項2】
発酵を行う工程は、ブドウの果汁を含む原料液に対して1.6×10cells/mLを越える菌数となるように前記酵母を添加し、発酵を行う工程である請求項1に記載のワインの製造方法。
【請求項3】
ブドウは、白ブドウであり、
白ブドウから果汁を得た後、直ちに白ブドウの果汁から白ブドウの果皮を除去した原料液を用いて、前記酵母による発酵を行う請求項1又は2に記載のワインの製造方法。
【請求項4】
ブドウは、白ブドウであり、
白ブドウの果汁と白ブドウの果皮とを接触させて、
白ブドウの果皮に含まれる成分を、白ブドウの果汁に移行させた原料液を用いて前記酵母による発酵を行う請求項1又は2に記載のワインの製造方法。
【請求項5】
ブドウは、着色系ブドウ又は白ブドウであり、
着色系ブドウ又は白ブドウの果汁と着色系ブドウ又は白ブドウの果皮とを含有する原料液を用いて前記酵母による発酵を行う請求項1又は2に記載のワインの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下の特許文献1には、NYR20株を用いて日本酒を製造する方法が記載されている。NYR20株は、ナラノヤエザクラの花から分離した酵母を変異原で処理して得たものである。特許文献1には、NYR20株を用いて醸造することにより、赤く着色した日本酒が製造されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014-212782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、米麹と、水と、米と、NYR20株を含有する酒母とを混合してもろみとし、もろみを発酵して、日本酒を製造する。日本酒の製造では、亜硫酸を使用することはない。
【0005】
ワインの製造工程では、発酵で生じるアセトアルデヒドの臭いを抑えて、製造されたワインの酸化による風味の変化を防止し、発酵過程において雑菌が増殖するのを防止する目的で、ワインの果汁を含む原料液に亜硫酸塩、亜硫酸ガス、又は亜硫酸水などの形態で亜硫酸が添加される。
【0006】
NYR20株がどの程度の亜硫酸耐性を備えているか不明であり、亜硫酸によるストレスと、発酵の過程で生じるアルコールによるストレスとが複合的に付加された場合に、赤色の色素を生成し、かつアルコールも生成することができるか否か不明であった。
【0007】
本発明は、亜硫酸の存在下で、NYR20株(受託番号:NITE P-03294)を用いてアルコール発酵を行うことで、赤みの増強されたワインの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、NYR20株(受託番号:NITE P-03294)が、亜硫酸とエタノールの存在下であっても、アルコール発酵を行うことが可能であり、しかも菌体外に赤色の色素を分泌する能力を失わないことを発見したことに基づくものである。本発明は、赤色の色素を生成する酵母NYR20株(受託番号:NITE P-03294)を用いて赤みを増強したワインを製造する方法であり、ブドウの果汁と亜硫酸を含む原料液に対して前記酵母を添加して、発酵を行う工程を含むワインの製造方法であり、当該発明により、上記の課題を解決する。
【0009】
上記のワインの製造方法において、発酵を行う工程は、ブドウの果汁を含む原料液に対して1.6×10cells/mLを越える菌数となるように前記酵母を添加し、発酵を行う工程であることが好ましい。
【0010】
上記のワインの製造方法において、ブドウは、白ブドウであり、白ブドウから果汁を得た後、直ちに白ブドウの果汁から白ブドウの果皮を除去した原料液を用いて、前記酵母による発酵を行ってもよい。また、ブドウは、白ブドウであり、白ブドウの果汁と白ブドウの果皮とを接触させて、白ブドウの果皮に含まれる成分を、白ブドウの果汁に移行させた原料液を用いて前記酵母による発酵を行ってもよい。
【0011】
上記のワインの製造方法において、ブドウは、着色系ブドウ又は白ブドウであり、着色系ブドウ又は白ブドウの果汁と着色系ブドウ又は白ブドウの果皮とを含有する原料液を用いて前記酵母による発酵を行ってもよい。
【0012】
ワインという場合、本明細書においては、ブドウの果汁を発酵させる工程を含む方法で得た酒のことをいう。本明細書でいうワインには、酒税法の分類による果実酒と、甘味果実酒とが含まれる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、亜硫酸の存在下で、NYR20株を用いてアルコール発酵を行うことで、赤みの増強されたワインを製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1に係る方法で製造したワイン、及び比較例1に係る方法で製造したワイン、それぞれの色密度の値を示すグラフである。
図2】実施例1の方法、及び比較例1の方法、それぞれの方法における発酵経過日数と二酸化炭素の発生量との関係を示すグラフである。
図3】実施例2に係る方法で製造したワイン、実施例3に係る方法で製造したワイン、及び実施例4に係る方法で製造したワイン、それぞれの色密度の値を示すグラフである。
図4】実施例2の方法、実施例3の方法、実施例4の方法、比較例1の方法、及び比較例2の方法、それぞれの方法における発酵経過日数と二酸化炭素の発生量との関係を示すグラフである。
図5】実施例5に係る方法で製造したワイン、及び比較例3に係る方法で製造したワイン、それぞれの色密度の値を示すグラフである。
図6】実施例5の方法、及び比較例3の方法、それぞれの方法における発酵経過日数と二酸化炭素の発生量との関係を示すグラフである。
図7】実施例6に係る方法で製造したワイン、及び比較例4に係る方法で製造したワイン、それぞれの色密度の値を示すグラフである。
図8】実施例6の方法、及び比較例4の方法、それぞれの方法における発酵経過日数と二酸化炭素の発生量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のワインの製造方法の好適な実施形態について説明する。
【0016】
本発明は、赤色の色素を生成する酵母NYR20株(受託番号:NITE P-03294)を用いて赤みを増強したワインを製造する方法であり、ブドウの果汁と亜硫酸を含む原料液に対して前記酵母を添加して、発酵を行う工程を含むワインの製造方法である。
【0017】
上記の製造方法で使用する原料液は、ブドウの果汁と亜硫酸とを含有するものであればよい。ブドウの果汁を含む原料液としては、着色系ブドウ若しくは白ブドウを原料とする市販のブドウ果汁液;着色系ブドウ若しくは白ブドウを破砕して得た果汁液のみを含む液体;又は着色系ブドウ若しくは白ブドウを破砕して得た果汁、果皮、果肉及び種のうち1種以上を含有する液体が挙げられる。このようなブドウの果汁を含む原料液に、亜硫酸を添加して使用する。
【0018】
ブドウを破砕する方法は、特に限定されず、ブドウの果汁が得られる方法を採用すればよい。例えば、ブドウを押し潰したり、ブドウに剪断力を加えて潰したり、ブドウを鋭利な刃物などで細かく切ったりすればよい。ブドウの果汁を、果皮、果肉、又は種から分離する場合は、濾過により固形分を除去してもよいし、固形分を沈殿させて上澄みを液分として回収してもよい。
【0019】
添加する亜硫酸は、ワインの醸造に一般的に使用されているものを使用する。亜硫酸を添加する際には、亜硫酸塩の形態で原料液に対して添加してもよいし、亜硫酸ガスを原料液に接触させるか、亜硫酸水を調製することによって添加してもよい。亜硫酸塩としては、例えば、ピロ亜硫酸カリウムが挙げられる。亜硫酸ガスとしては、例えば、二酸化硫黄などが挙げられる。
【0020】
酵母菌としては、特許微生物寄託センターに寄託されている酵母NYR20株(受託番号:NITE P-03294)を使用する。当該酵母の培養条件については、一般的な醸造用酵母と同様の条件で培養することで生育する。上記酵母を、所望の菌数に達するまで培養する際には、培地にアデニンを添加することが好ましい。これによって、上記酵母が増殖する速度が速くなり、比較的に短い時間で所望の菌数に達するようにすることが可能になる。
【0021】
原料液に対して、前記酵母を添加する際には、ブドウの果汁を含む原料液1mL当たり1.6×10cells/mLを越える菌数となるようにすることが好ましい。これによって、ワインに付与される赤みをさらに増強させることができる。菌数を過度に増やしても、赤みを増強する効果は飽和する傾向があるため、菌数は、1.0×10cells/mL以下にすることが好ましい。一方で、菌数の下限値は、大きい方が赤みが増強されやすい。このため、菌数の下限値は、4.0×10cells/mLとすることがより好ましい。
【0022】
原料液中の酵母NYR20株に対して、アデニンを添加すると、酵母NYR20株によるアルコール発酵の速度が向上する。しかしながら、発酵液に付与される赤みが薄くなる傾向がある。このため、ワインに付与される赤みの強さを重視する場合は、原料液に対しては、アデニンを添加しない方がよい。一方、発酵の速度を重視する場合は、少量であればアデニンを添加してもよい。
【0023】
亜硫酸の添加量は、特に限定されないが、例えば、原料液と酵母を含む発酵液1L当たり亜硫酸が50~100mgとなるように添加することができる。亜硫酸塩を配合する場合は、亜硫酸の有効濃度を考慮して、亜硫酸の含量が50~100mg/L相当となるようにすることが好ましい。発酵液に含まれるエタノールの含量は、原料および発酵条件によって異なるが、6.0~15.0質量%に達する。酵母NYR20株は、亜硫酸によるストレスだけではなく、エタノールのストレスにも耐えてアルコール発酵を行い、細胞外に赤色の色素を分泌することができる。
【0024】
原料として白ブドウを使用する場合は、白ブドウから果汁を得た後、直ちに白ブドウの果汁から白ブドウの果皮を除去した原料液を用いて、前記酵母により発酵を行うようにしてもよい。この方法によれば、製造方法は白ワインの製法でありながら、ロゼワインのような淡い赤色を呈するワインを得ることができる。また、原料を白ブドウとする場合には、白ブドウの果汁と白ブドウの果皮とを接触させて、白ブドウの果皮に含まれる成分を、白ブドウの果汁に移行させた原料液を用いて前記酵母による発酵を行うことが好ましい。このようにすることで、発酵に要する期間を短縮してロゼワインのような赤色を呈するワインを得ることが可能になる。
【0025】
ブドウは、着色系ブドウ又は白ブドウであり、着色系ブドウ又は白ブドウの果汁と着色系ブドウ又は白ブドウの果皮とを含有する原料液を用いて前記酵母による発酵を行うようにしてもよい。この方法によれば、NYR20株によりそれぞれのブドウを原料とする通常のワインに比して、赤みがより増強されたワインを得ることができる。この場合において、原料液には、果皮の他に、果肉、又は種が含まれるようにしてもよい。
【0026】
ブドウの果汁と亜硫酸を含む原料液に対して前記酵母を添加して、発酵を行う際には、糖分、又はブランデーなどのその他の添加物を添加してもよい。
【0027】
着色系ブドウとしては、黒ブドウ、赤ブドウが挙げられる。黒ブドウとしては、例えば、マスカット・ベーリーA、ピノ・ノワールなどの品種が挙げられる。赤ブドウとしては、例えば、甲州、デラウェアなどの品種が挙げられる。白ブドウとしては、例えば、シャルドネ、ソーヴィニヨンブランなどの品種が挙げられる。
【実施例
【0028】
以下、実施例を挙げて、発明の内容をより詳細に説明する。
【0029】
以下に示す方法で、ワインを製造して、各ワインについて、色密度と、発酵の経過について、調べた。
【0030】
[実施例1]
以下の方法により、赤色を生成する酵母NYR20株(受託番号:NITE P-03294)の培養を行った。まず、-80℃に保存してあるNYR20株のグリセロールストックから種菌を採取し、種菌を以下の組成を有するYPD(yeast extract-peptone-dextrose)寒天培地に画線法で接種した。寒天培地を25℃にて、5日間培養後、寒天培地上に現れた複数のコロニーの中から、赤い色をしたシングルコロニーを選択して、白金耳でかき取った。YPD培地(イーストエキス 10g;ペプトン 20g;デキストロース 20g;寒天 20g;蒸留水 1L)
【0031】
試験管にYPAD(yeast extract-peptone-adenin-dextrose)培地1mLを入れ、25℃で24時間培養した後、YPAD培地を100mL入れた坂口フラスコにこの培養液1mLを植菌し、さらに25℃で48時間振盪培養した。培養後は半日から1日程度4℃で保管した。YPAD培地(イーストエキス 10g;ペプトン 20g;デキストロース 20g;アデニン硫酸塩 0.4g;蒸留水 1L)
【0032】
果実酒の発酵開始直前に、培養液の一部を滅菌水で100倍希釈し、細胞計数盤(バイオメディカルサイエンス社、品番BMS-OCC01)を用いて、倒立型位相差培養顕微鏡(オリンパスCK2)観察下で菌液1mL当たりに含まれる細胞数(cells/mL)を計測した。その後、原料液に対して添加する細胞数となるように培養液を計量し、計量した培養液を1,700gで5分間遠心分離し、添加する酵母液の体積が醪の体積のおよそ1%となるように滅菌水で懸濁して、含まれる菌数が既知の菌液を得た。
【0033】
定法にしたがって、除梗、及び破砕して得た黒ブドウの果汁を、破砕された果肉と果皮と種ごと発酵容器に投入した。黒ブドウとして、マスカット・ベーリーAを使用した。発酵溶液に投入された果皮と種と果汁とを含む原料液に、亜硫酸塩としてピロ亜硫酸カリウムを添加した。ピロ亜硫酸カリウムの配合量は、定法にしたがって、原料液1L当たり100mgのピロ亜硫酸カリウムを配合した(配合量100mg/L)。ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液1mL当たり細胞数が1.6×10個から3.0×10個となるように上記の菌液を接種した(接種量1.6×10~3.0×10個cells/mL)。NYR20株を摂取した原料液を、定法にしたがって25℃に温度管理して、後述する二酸化炭素の発生量が飽和状態に達するまで発酵させて、二酸化炭素の発生量が飽和に達した時点で発酵を停止させた。発酵開始後1週間経過後に種と果皮を含む固形分を濾過して取り除いた。濾過したものをオリ引きして、実施例1に係るワインを製造した。当該ワインは、目視で観察したところ、濃色の赤色を呈するワインであった。なお、実験に際してはサンプル数を3とし、後述する方法で色密度の平均値と二酸化炭素発生量の平均値とを求めた。後述する実施例2ないし実施例6、及び比較例1ないし比較例4においても、同様にした。
【0034】
[比較例1]
NBRCで分譲を受けた赤ワイン醸造用の酵母菌OC-2株に変更した点以外は、実施例1と同様の方法によって、ワインを製造した。菌液を添加する際には、比較のために、実施例1で添加した細胞数と同じ条件となるようにした。得られたワインを、目視で観察したところ、実施例1の方法で得られたワインに比して、赤みが薄いワインであった。
【0035】
[色密度の測定]
実施例1の方法で得られたワインと、比較例1の方法で得られたワインについて、色密度を解析した。色密度(color density)は、波長420nmにおける吸光度の値と、波長520nmにおける吸光度の値との合計値である。色密度の値と、赤の濃さとの間には相関関係がある。色密度の値が高いほど、赤が濃くなる。実施例1又は比較例1の方法で得られたそれぞれのワインについて、色密度の平均値を求めた。結果を図1のグラフに示す。
【0036】
[二酸化炭素発生量の分析]
実施例1の方法と、比較例1の方法において、酵母菌を接種した日を第0日として、発酵開始後の経過日数と、二酸化炭素の発生量との関係を調べた。二酸化炭素の発生量は、醪の質量を経時的に測定して、醪の質量の減少量(g)を二酸化炭素の発生量(g)とした。結果を図2に示す。図2の結果は、3回の測定値の平均値を示す。二酸化炭素の発生量は、発酵によって生じたエタノールの量と相関する。
【0037】
図1に示したように、NYR20株を使用した実施例1の方法では、ワインの醸造に一般的に使用されるOC-2株を使用した比較例1の方法に比して、色密度の値がより大きくなり、ワインの赤みが増強されることがわかる。実施例1のワインでは、比較例1のワインに比して、ワインの赤色の濃さ(A420+A520)が、28%増強された。図2に示したように、OC-2株を使用した比較例1の方法の方法では、発酵開始後3日程度でアルコール発酵が飽和状態に達するのに対して、NYR20株を使用した実施例1の方法では、アルコール発酵が飽和状態に達するまで比較例1の方法と比較して、5倍程度の時間が必要となることがわかる。
【0038】
次に、仕込み時に添加する菌数を増加させた場合に、製造されるワインの赤みにとどのような影響を与えるか調べた。
【0039】
[実施例2]
ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液1L当たり細胞数が1.6×10個となるように上記の菌液を接種した点以外は、実施例1と同様にして、ワインを製造した。
【0040】
[実施例3]
ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液1L当たり細胞数が4.8×10個となるように上記の菌液を接種した点以外は、実施例1と同様にして、ワインを製造した。製造されたワインを目視で観察したところ、実施例2のワインに比して、より濃色の赤色を呈するものであった。
【0041】
[実施例4]
ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液1L当たり細胞数が1.6×10個となるように上記の菌液を接種した点以外は、実施例1と同様にして、ワインを製造した。製造されたワインを目視で観察したところ、実施例2のワインに比して、より濃色の赤色を呈するものであった。
【0042】
[比較例2]
ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液に対して、アデニン硫酸塩を0.04質量%添加した点以外は、実施例1と同様にして、ワインを製造した。
【0043】
実施例2ないし実施例4の方法で製造したワインについて、上記と同様の方法によって、色密度を測定した。実施例2ないし実施例4の方法で得られたそれぞれのワインについて色密度の平均値を求めた。結果を図3のグラフに示す。
【0044】
実施例2ないし実施例4の方法、及び比較例2の方法について、上記と同様の方法により、発酵開始後の経過日数と、二酸化炭素の発生量との関係を調べた。結果を図4に示す。図4の結果は、3回の測定値の平均値を示す。
【0045】
図3に示したように、発酵を行う工程は、ブドウの果汁を含む原料液に対して1.6×10cells/mLを越える菌数となるように前記酵母を添加し、発酵を行った実施例3及び実施例4の方法で得たワインでは、ブドウの果汁を含む原料液に対して1.6×10cells/mLとなるように前記酵母を添加した実施例2の方法で得たワインに比して、色密度が高くなった。中でも、実施例1の方法の3倍量の菌数を添加した実施例3の方法で、ワインの赤色の濃さが最も濃くなることが分かった。
【0046】
図4に示したように、アデニンを添加した比較例2の方法では、赤ワイン醸造用の酵母菌OC-2株を使用した場合と同程度の速さでアルコール発酵が進行した。しかしながら、比較例2の方法で得られたワインでは、赤みを増強する効果は失われており、比較例1の赤ワインと同程度の赤みであった。
【0047】
次に、白ブドウを原料とした場合に、どの程度の赤みが付与されるかを以下の方法により確かめた。
【0048】
[実施例5]
白ブドウの果汁を含み、白ブドウの果皮を除去した原料液として、市販の白ブドウの果汁を使用した。使用した果汁は、白ブドウであるシャルドネの果汁である。この原料液に、亜硫酸塩としてピロ亜硫酸カリウムを添加した。ピロ亜硫酸カリウムの配合量は、定法にしたがって、原料液1L当たり100mgのピロ亜硫酸カリウムを配合した(配合量100mg/L)。ピロ亜硫酸カリウムを配合した原料液1mL当たり細胞数が1.6×10個から3.0×10個となるように上記の菌液(NYR20株)を接種した(接種量1.6×10~3.0×10cells/mL)。NYR20株を摂取した原料液を、定法にしたがって15℃に温度管理して、後述する二酸化炭素の発生量が飽和状態に達するまで発酵させて、二酸化炭素の発生量が飽和に達した時点で発酵を停止させた。発酵停止後に、オリ引きして、実施例5に係るワインを製造した。当該ワインは、目視で観察したところ、ロゼワインのような淡い赤色を呈するワインであった。
【0049】
[比較例3]
使用する酵母を、NBRCで分譲を受けた白ワイン醸造用の酵母菌W-3株に変更した点以外は、実施例5と同様の方法によって、ワインを製造した。菌液を添加する際には、比較のために、実施例5で添加した細胞数と同じ条件となるようにした。得られたワインを、目視で観察したところ、市販の白ワインと同様の色味であった。
【0050】
実施例5及び比較例3の方法で製造したワインについて、上記と同様の方法によって、色密度を測定した。実施例5の方法で得られたワイン、比較例3の方法で得られたワインについて、色密度の平均値を求めた。結果を図5のグラフに示す。
【0051】
実施例5の方法及び比較例3の方法について、上記と同様の方法により、発酵開始後の経過日数と、二酸化炭素の発生量との関係を調べた。結果を図6に示す。図6の結果は、3回の測定値の平均値を示す。
【0052】
図5に示したように、実施例5の方法で製造したワインでは、比較例3の白ワインと同等の色味を有するワインに比して、赤色の濃さ(A420+A520)が、63%増強された。しかしながら、図2及び図6に示したように、黒ブドウを原料にした実施例1の方法に比して、発酵の立ち上がりが非常に遅い結果となった。
【0053】
次に、NYR20株を用いた白ワインの製造方法において、スキンコンタクトを行った場合の影響を以下の方法により確認した。
【0054】
[実施例6]
まず、白ブドウを除梗、破砕した。白ブドウとして、シャインマスカットを使用した。破砕によって得た白ブドウの果肉と果皮と種と果汁とを含む破砕混合物を24時間静置して、白ブドウの果皮に含まれる成分を、白ブドウの果汁に移行させた。その後、破砕混合物の上澄みのみを回収して原料液とした。その後の行程は、上記の実施例5と同様にして、実施例6に係るワインを製造した。当該ワインは、目視で観察したところ、ロゼワインのような淡い赤色を呈するワインであった。
【0055】
[比較例4]
接種する酵母菌を、ワインの醸造に一般的に使用される菌株(OC-2)に変更した点以外は、実施例6の方法と同様にして、ワインを製造した。当該ワインは、目視で観察したところ、市販の白ワインと同様の色味であった。
【0056】
実施例6及び比較例4の方法で製造したワインについて、上記と同様の方法によって、色密度を測定した。実施例6の方法、比較例4の方法で得られたそれぞれのワインについて、色密度の平均値を求めた。結果を図7のグラフに示す。
【0057】
実施例6の方法及び比較例4の方法について、上記と同様の方法により、発酵開始後の経過日数と、二酸化炭素の発生量との関係を調べた。結果を図8に示す。図8の結果は、3回の測定値の平均値を示す。
【0058】
図7に示したように、実施例6の方法で製造したワインでは、比較例4の白ワインと同等の色味を有するワインに比して、赤色の濃さ(A420+A520)が、74%増強された。また、実施例6の方法では、スキンコンタクトを行うことにより、図8に示すように、発酵終了までに要する時間が大幅に短縮された。
【0059】
ワインに添加した亜硫酸は、一部が果汁中の有機物に結合して結合型亜硫酸となることが知られている。殺菌作用を示すのは、残りの遊離型亜硫酸である。実施例5の方法で発酵速度が、実施例1の方法に比較して著しく遅れた理由として、果汁中の有機物が少ないことにより、遊離型亜硫酸が多くなったためであると考えられる。実施例6の方法では、果汁中の遊離型亜硫酸が結合型に変わることにより、NYR20株への発酵阻害作用が弱まったものと考えられる。
【0060】
本発明のワインの製造方法によれば、ワインの赤みを増強することができる。例えば、地球温暖化の影響によって昼夜の寒暖差が小さくなってきている。ブドウの着色には、昼夜の寒暖差が影響するが、寒暖差が小さくなることに起因して生じるブドウの着色不足が問題となっている。本発明の方法を利用すれば、ワインの赤みを増強できるため、着色不良のブドウもワインの原料として使用することが可能になる。また、従来の方法では、シャルドネやソーヴィニヨンブランなどの白ブドウからは白ワインしか造ることができないが、本発明の方法を利用することでロゼワインを醸造することが可能になる。

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