(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-21
(45)【発行日】2023-06-29
(54)【発明の名称】薬物送達用担体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/14 20060101AFI20230622BHJP
C07K 14/765 20060101ALI20230622BHJP
C07K 17/08 20060101ALI20230622BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20230622BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
C12N15/14 ZNA
C07K14/765
C07K17/08
A61K47/64
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2020521135
(86)(22)【出願日】2019-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2019017921
(87)【国際公開番号】W WO2019225296
(87)【国際公開日】2019-11-28
【審査請求日】2022-04-22
(31)【優先権主張番号】P 2018099998
(32)【優先日】2018-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【氏名又は名称】宮本 龍
(72)【発明者】
【氏名】丸山 徹
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 博志
(72)【発明者】
【氏名】異島 優
(72)【発明者】
【氏名】前田 仁志
(72)【発明者】
【氏名】水田 夕稀
(72)【発明者】
【氏名】木下 遼
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-43285(JP,A)
【文献】特表2008-538506(JP,A)
【文献】皆吉勇紀、外,第32回日本DDS学会学術集会プログラム予稿集,2016年06月01日,p.145
【文献】J. Drug. Target.,1994年,Vol.2, No.2,p.157-165
【文献】J. Control. Release,2001年09月11日,Vol.76, No.1-2,p.107-117
【文献】J. Antimicrob. Chemother.,1993年01月,Vol.31, No.1,p.151-159
【文献】水田夕稀、外,第34回日本DDS学会学術集会プログラム予稿集,2018年05月28日,p.147
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、
前記高マンノース糖鎖と相互作用する生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含み、
前記生体適合性ポリマーは、前記ヒト血清アルブミン変異体の34番目のシステイン残基に結合している、腫瘍関連マクロファージ(TAM)又は癌関連線維芽細胞(CAF)への薬物送達用担体。
【請求項12】
8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含み、前記生体適合性ポリマーは、前記ヒト血清アルブミン変異体の34番目のシステイン残基に結合している、薬物送達用担体と、抗癌剤とが結合した、癌治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物送達用担体に関する。より詳細には、本発明は、薬物送達用担体、薬物送達用担体をコードする核酸及び薬物送達システムに関する。
【背景技術】
【0002】
難治性癌に対する新たな治療標的として、腫瘍組織の特徴的な間質である腫瘍微小環境が注目されている。これは腫瘍微小環境が癌の増殖、転移、悪性化や薬剤耐性の原因となるためである。
【0003】
分子標的薬を含む近年の抗癌薬の多様化と治療法は大きく進歩したものの、単剤で癌を死滅させることはできない。これは、癌微小環境における腫瘍関連マクロファージ(TAM)や癌関連線維芽細胞(CAF)等の細胞群を制御する治療戦略が確立していないためである。M2様マクロファージであるTAMは、悪性腫瘍の発生初期から転移巣の形成までの過程、すなわち、癌細胞の増殖、浸潤、転移に深く関与し、腫瘍の微小環境を悪性化する治療抵抗性因子として位置付けられている。
【0004】
また、CAFは、増殖能、移動能に優れており、癌細胞の増殖、浸潤、転移過程において重要な役割を果たしているだけでなく、細胞外マトリックスの異常増殖を促進するため、抗癌剤の腫瘍浸透性の減弱化に伴う治療抵抗性を惹き起こす。更に、癌幹細胞とCAFとのシグナル伝達リンクが癌幹細胞の生存に重要であることも報告されている(例えば、非特許文献1を参照。)。
【0005】
興味深いことに、癌微小環境にCD206高発現TAMやCD280高発現CAFが多く存在する癌組織は、悪性度が高く、治療抵抗性かつ予後不良であることが臨床所見からも実証されている。
【0006】
ところで、ヒト血清アルブミン(以下、「HSA」という場合がある。)は単純タンパク質であり、糖鎖を有していない。これに対し、発明者らは、以前に、HSAにN-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を形成するように部位特異的変異(D63N、A320T、D494N)を導入し、これを酵母で産生することで、酵母発現系に特有の高マンノース糖鎖が結合したHSA(以下、「Man-HSA」という場合がある。)を作製することに初めて成功した(例えば、非特許文献2を参照。)さらに、作製したMan-HSAが、CD206及びCD280標的能を有していることを、健常マウス及び線維化モデルマウスにて確認済みである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Chen W. J., et al., Cancer-associatedfibroblasts regulate the plasticity of lung cancer stemness via paracrine signalling, Nat. Commun., 5, 3472, 2014.
【文献】Hirata K., et al., Genetically engineered mannosylated-human serum albumin as a versatile carrier for liver-selective therapeutics, J. Control. Release, 145 (1), 9-16, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
腫瘍微小環境を制御し、効率良い癌治療を実現するには、TAM/CAFの両者を同時に標的化する革新的な抗癌剤送達システムの開発が不可欠である。しかしながら、その成否の鍵を握る薬物送達用担体は存在しない。
【0009】
非特許文献2に記載されたMan-HSAを静脈内投与すると、肝常在性マクロファージであるクッパー細胞に高い移行性を示してしまう。このため、非特許文献2に記載されたMan-HSAを静脈内投与しても、腫瘍微小環境に存在するTAM/CAFまで送達することは困難である。
【0010】
本発明は、腫瘍微小環境に存在するTAM/CAFに効率よく送達することが可能な薬物送達用担体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の態様を含む。
[1]8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質又は前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位と、が結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体。
[2]前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質が、生体適合性ポリマー又はタンパク質である、[1]に記載の薬物送達用担体。
[3]前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の分子量が、5,000~100,000である、[1]又は[2]に記載の薬物送達用担体。
[4]前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質が生体適合性ポリマーであり、前記生体適合性ポリマーの重量平均分子量が、30,000~50,000である、[1]~[3]のいずれかに記載の薬物送達用担体。
[5]前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質がタンパク質であり、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位が、前記タンパク質が結合するアミノ酸配列からなる部位である、[1]~[3]のいずれかに記載の薬物送達用担体。
[6]前記ヒト血清アルブミン変異体が、D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有する、[1]~[5]のいずれかに記載の薬物送達用担体。
[7]D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するヒト血清アルブミン変異体と、N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないヒト血清アルブミンとの融合タンパク質である、[6]に記載の薬物送達用担体。
[8]D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するヒト血清アルブミン変異体と、抗体定常領域との融合タンパク質である、[6]に記載の薬物送達用担体。
[9][7]又は[8]に記載の薬物送達用担体をコードする核酸。
[10][1]~[9]のいずれかに記載の薬物送達用担体と、薬物とが結合した、薬物送達システム。
[11]癌治療剤、腫瘍微小環境の改善剤又は造影剤である、[10]に記載の薬物送達システム。
[12]8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体と、抗癌剤とが結合した、癌治療剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、腫瘍微小環境に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)に効率よく送達することが可能な薬物送達用担体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】(a)は、実験例2における陰イオン交換カラムクロマトグラフィーの結果を示すクロマトグラムである。(b)は、実験例2におけるSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)の結果を示す写真である。
【
図2】(a)及び(b)は、実験例3におけるCDスペクトル分析の結果を示すグラフである。(a)は近紫外のCDスペクトル分析の結果であり、(b)は遠紫外のCDスペクトル分析の結果である。
【
図3】(a)は、実験例3におけるSDS-PAGE後のCBB染色の結果を示す写真である。(b)は、実験例3におけるPAS染色の結果を示す写真である。
【
図4】実験例4において、
125I標識した、HSA、Man-HSA、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAの健常マウスモデルにおける血漿中濃度の推移を測定した結果を示すグラフである。
【
図5】(a)は、実験例4において測定した、肝臓における各種アルブミンの存在量の推移を示す。(b)は、実験例4において測定した、脾臓における各種アルブミンの存在量の推移を示す。
【
図6】(a)は、実験例4において測定した、腎臓における各種アルブミンの存在量の推移を示す。(b)は、実験例4において測定した、肺における各種アルブミンの存在量の推移を示す。(c)は、実験例4において測定した、心臓における各種アルブミンの存在量の推移を示す。
【
図7】実験例4において、
125I標識した、HSA、Man-HSA、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAの担癌マウスモデルにおける血漿中濃度の推移を測定した結果を示すグラフである。
【
図8】実験例4において測定した、担癌マウスモデルの腫瘍組織への各種アルブミンの分布を示す。
【
図9】実験例5における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図10】実験例5において、腫瘍組織中のマクロファージによるFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAの取り込み量を測定した結果を示すグラフである。
【
図11】(a)は、実験例6において、J774.1細胞によるFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAの取り込み量を測定した結果を示すグラフである。(b)は、実験例6において、RAW264.7細胞によるFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAの取り込み量を測定した結果を示すグラフである。
【
図12】実験例6において、TWNT-1細胞によるFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAの取り込み量を測定した結果を示すグラフである。
【
図13】(a)は、実験例7におけるRAW264.7細胞の細胞生存率の測定結果を示すグラフである。(b)は、実験例7におけるJ774.1細胞の細胞生存率の測定結果を示すグラフである。
【
図14】実験例8におけるSDS-PAGEの結果を示す写真である。
【
図15】(a)は、Mono-PEG-Man-HSA(D494N)の構造を示す模式図である。(b)は、HSA-(Man-HSA
D494N)の構造を示す模式図である。(c)は、(Man-HSA
D494N)-HSAの構造を示す模式図である。
【
図16】実験例9における細胞生存率の測定結果を示すグラフである。
【
図17】HSA、PEG40k-HSA、Man-HSA、PEG40k-Man-HSAについて、実験例10で測定した細胞内取り込み量と実験例9で測定した細胞傷害性それぞれの平均値をプロットした相関図である。
【
図18】実験例11で測定した担癌マウスモデルの腫瘍体積の変化を示すグラフ及び腫瘍の写真である。
【
図19】実験例12における、各腫瘍組織の顕微鏡写真である。
【
図20】(a)及び(b)は、実験例13における、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフ及び免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図21】(a)は、実験例14において腫瘍内CD260陽性細胞(TAM)を検出した蛍光顕微鏡写真である。(b)は、実験例14において腫瘍内CD280陽性細胞(CAF)を検出した蛍光顕微鏡写真である。
【
図22】(a)は、実験例15におけるTUNEL染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図23】(a)は、実験例16におけるウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)及び(c)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図24】(a)は、実験例17における担癌マウスモデルの体重の経時変化を示すグラフである。(b)は、実験例17における担癌マウスモデルの各臓器の重量の測定結果を示すグラフである。
【
図25】実験例18におけるヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す顕微鏡写真である。
【
図26】(a)は、実験例19における白血球数の測定結果を示すグラフである。(b)は、実験例19における血小板数の測定結果を示すグラフである。(c)は、実験例19におけるAST活性の測定結果を示すグラフである。(d)は、実験例19におけるALT活性の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[薬物送達用担体]
1実施形態において、本発明は、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質又は前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位と、が結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体を提供する。本実施形態の薬物送達用担体は、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質又は前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位と、が結合した、ヒト血清アルブミン変異体を有効成分とするということもできる。
【0015】
実施例において後述するように、本実施形態の薬物送達用担体は、腫瘍微小環境に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)に効率よく送達することができる。
【0016】
本明細書において、高マンノース糖鎖とは、下記化学式(1)に示す糖鎖構造を有する糖鎖である。化学式(1)中、「Asn」はタンパク質中のアスパラギン残基を示し、「○」はNアセチルグルコサミン残基を示し、「◇」はマンノース残基を示し、n1、n2及びn3はそれぞれ独立に0以上の整数を示し、式(1)におけるマンノース残基の合計は8個以上である。式(1)におけるマンノース残基の合計は、CD206又はCD280に認識される数であればよく、例えば9個であってもよく、例えば10個であってもよく、例えば11個であってもよく、例えば12個であってもよく、例えば13個であってもよく、例えば14個以上であってもよい。式(1)におけるマンノース残基の合計の上限は、概ね20個程度である。
【0017】
【0018】
N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有するタンパク質を酵母で発現させることにより、N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列のアスパラギン残基に高マンノース糖鎖を容易に結合させることができる。
【0019】
上述したように、野生型のヒト血清アルブミン(HSA)は糖鎖を有していない。野生型のHSAのアミノ酸配列を配列番号1に示し、HSAをコードする塩基配列を配列番号2に示す。
【0020】
本実施形態の薬物送達用担体において、HSA変異体とは、野生型のHSAに変異が導入され、N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を獲得したHSA変異体を意味する。
【0021】
より具体的なHSA変異体としては、D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するHSA変異体が挙げられる。HSA変異体は、上記のいずれか1つの変異を有していてもよいし、上記のいずれか2つの変異を有していてもよいし、上記の3つの全ての変異を有していてもよい。
【0022】
以下、D63Nの変異を有するHSAをHSAD63Nという場合がある。また、A320Tの変異を有するHSAをHSAA320Tという場合がある。また、D494Nの変異を有するHSAをHSAD494Nという場合がある。
【0023】
HSAD63Nのアミノ酸配列を配列番号3に示し、HSAD63Nをコードする塩基配列を配列番号4に示す。また、HSAA320Tのアミノ酸配列を配列番号5に示し、HSAA320Tをコードする塩基配列を配列番号6に示す。また、HSAD494Nのアミノ酸配列を配列番号7に示し、HSAD494Nをコードする塩基配列を配列番号8に示す。HSAD63N、HSAA320T及びHSAD494Nは、自然に存在することが知られるヒト血清アルブミン変異体であり、ヒトの体内に投与しても安全であるといえる。
【0024】
本実施形態の薬物送達用担体において、高マンノース糖鎖と相互作用する物質は、生体適合性ポリマーであってもよいし、タンパク質であってもよい。
【0025】
本明細書において、生体適合性ポリマーとは、生体に投与した場合に、強い炎症反応等の悪影響を及ぼしにくいポリマーを意味する。生体適合性ポリマーは、本発明の効果が得られる限り特に制限されず、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリアミノ酸、ポリアクリルアミド、ポリエーテル、ポリエステル、ポリウレタン、多糖類、これらのコポリマー等が挙げられる。
【0026】
高マンノース糖鎖と相互作用するタンパク質としては、HSA変異体に結合することにより、HSA変異体に結合した高マンノース糖鎖と相互作用するものであれば特に限定されず、例えばHSAそのもの、抗体断片等が挙げられる。
【0027】
高マンノース糖鎖と相互作用するHSAとしては、糖鎖結合部位を有しないHSAが好ましく、野生型のHSAであってもよい。また、抗体断片としては、抗体定常領域(Fc)が挙げられる。
【0028】
上述したように、高マンノース糖鎖が結合したHSA(Man-HSA)は、CD206及びCD280標的能を有している。しかしながら、実施例において後述するように、Man-HSAを静脈内投与すると、肝臓及び脾臓に高い移行性を示す。このため、Man-HSAを腫瘍微小環境に存在するTAM/CAFまで送達することは困難である。
【0029】
これに対し、実施例において後述するように、本実施形態の薬物送達用担体は、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質が更に結合していることにより、前記高マンノース糖鎖と相互作用し、肝臓や脾臓への移行性が抑制され、血中滞留性が向上している。この結果、腫瘍組織に送達することができ、更に、腫瘍微小環境に存在するTAM/CAFまで効率よく送達することができる。
【0030】
すなわち、本実施形態の薬物送達用担体はMan-HSAに高マンノース糖鎖と相互作用する物質が更に結合したものであるということができる。本明細書において、相互作用するとは、互いに影響しあうことを意味し、例えば、立体障害を形成すること、分子間相互作用による安定化を行うこと、水素結合を形成すること等であってよい。高マンノース糖鎖と相互作用する物質がMan-HSAの高マンノース糖鎖と相互作用することにより、HSAに結合した高マンノース糖鎖の性質が変化する。
【0031】
より具体的には、Man-HSAは肝臓や脾臓に高い移行性を示すが、Man-HSAに高マンノース糖鎖と相互作用する物質が結合することにより、Man-HSAの高マンノース糖鎖の性質が変化し、肝臓や脾臓への移行性が抑制され、血中滞留性が向上する。したがって、Man-HSAにおける高マンノース糖鎖の性質を変化させる物質は、高マンノース糖鎖と相互作用しているということもできる。
【0032】
本実施形態の薬物送達用担体において、高マンノース糖鎖と相互作用する物質は、高マンノース糖鎖を被覆するものであるということができる。あるいは、本実施形態の薬物送達用担体において、高マンノース糖鎖と相互作用する物質は、高マンノース糖鎖の存在による血中滞留性の低下を回復させる機能を有するということができる。あるいは、高マンノース糖鎖と相互作用する物質は、高マンノース糖鎖の存在による肝臓や脾臓への移行性を阻害する機能を有するということができる。
【0033】
高マンノース糖鎖と相互作用する物質の分子量の下限値は、5,000以上であってもよく、30,000以上であってもよく、35,000以上であってもよく、40,000以上であってもよい。また、高マンノース糖鎖と相互作用する物質の分子量の上限値は、100,000以下であってもよく、800,000以下であってもよく、600,000以下であってもよく、500,000以下であってもよい。これらの下限値と上限値は任意に組み合わせることができる。例えば、高マンノース糖鎖と相互作用する物質の分子量は5,000~100,000であってもよく、30,000~100,000であってもよく、40,000~100,000であってもよく、35,000~45,000であってもよく、40,000であってもよい。ここで、高マンノース糖鎖と相互作用する物質が生体適合性ポリマーである場合、上記の分子量は重量平均分子量である。
【0034】
上述したように、本実施形態の薬物送達用担体はMan-HSAに高マンノース糖鎖と相互作用する物質が更に結合したものであるということができる。
【0035】
高マンノース糖鎖と相互作用する物質は、Man-HSAに化学的な反応により結合させてもよいし、融合タンパク質として結合させてもよい。化学的な反応としては、ケミカルクロスリンカーを用いた反応等が挙げられる。例えば、HSAの34番目のシステイン残基はHSA分子内に唯一存在する遊離のSH基を有するシステイン残基である。
【0036】
そこで、例えば、このシステイン残基のSH基に、マレイミド基を有するケミカルクロスリンカーを反応させることにより、高マンノース糖鎖と相互作用する物質を結合させてもよい。
【0037】
あるいは、本実施形態の薬物送達用担体は、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質がタンパク質であり、前記高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位が、前記タンパク質が結合するアミノ酸配列からなる部位であるものであってもよい。すなわち、本実施形態の薬物送達用担体は、Man-HSAに高マンノース糖鎖と相互作用する物質の結合部位を導入したものであってもよい。このような結合部位としては、例えばHSA結合アミノ酸配列が挙げられる。
【0038】
HSA結合アミノ酸配列が導入されたMan-HSAをヒトに投与すると、ヒトの体内において内在性のHSAがHSA結合アミノ酸配列に結合する。すなわち、投与後の生体内において、本実施形態の薬物送達用担体が完成する。この結果、Man-HSAに結合した内在性のHSAが高マンノース糖鎖と相互作用する物質として機能し、Man-HSAを効率よくTAM/CAFまで送達することを可能にする。
【0039】
HSA結合アミノ酸配列としては、例えば、下記式(2)に示すアミノ酸配列(配列番号9)が挙げられる。式(2)中、Xaは、D及びEより選択され、Xbは、D及びEより選択され、Xcは、A及びEより選択される。
GVSDFYKKLIXaKAKTVEGVEALKXbXcI(2)
【0040】
1実施形態において、薬物送達用担体は、D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するHSA変異体と、N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないHSAとの融合タンパク質であってもよい。
【0041】
この場合、HSA変異体とN-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないHSAは、いずれがN末端側に位置していてもよい。また、HSA変異体とN-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないHSAとの間には適宜のリンカー配列を含めてもよい。
【0042】
ここで、N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないHSAとは、高マンノース糖鎖と相互作用するHSAである。N-結合型糖鎖結合アミノ酸配列を有しないHSAは、糖鎖結合部位を有しないHSAが好ましく、野生型のHSAであってもよい。
【0043】
このような融合タンパク質としては、HSA-(Man-HSA)二量体、(Man-HSA)-HSA二量体が挙げられる。
【0044】
HSA-(Man-HSA)は、例えばHSA-(Man-HSAD63N)であってもよいし、例えば、HSA-(Man-HSAA320T)であってもよいし、例えばHSA-(Man-HSAD494N)であってもよい。
【0045】
また、(Man-HSA)-HSAは、例えば(Man-HSAD63N)-HSAであってもよいし、例えば、(Man-HSAA320T)-HSAであってもよいし、例えば(Man-HSAD494N)-HSAであってもよい。
【0046】
また、1実施形態において、本発明は、HSA-(Man-HSA)融合タンパク質、又は(Man-HSA)-HSA融合タンパク質をコードする核酸を提供する。このような核酸を酵母で発現させることにより、薬物送達用担体を容易に製造することができる。
【0047】
HSA-(Man-HSAD63N)のアミノ酸配列を配列番号10に示し、HSA-(Man-HSAD63N)をコードする塩基配列を配列番号11に示す。また、HSA-(Man-HSAA320T)のアミノ酸配列を配列番号12に示し、HSA-(Man-HSAA320T)をコードする塩基配列を配列番号13に示す。また、HSA-(Man-HSAD494N)のアミノ酸配列を配列番号14に示し、HSA-(Man-HSAD494N)をコードする塩基配列を配列番号15に示す。
【0048】
また、(Man-HSAD63N)-HSAのアミノ酸配列を配列番号16に示し、(Man-HSAD63N)-HSAをコードする塩基配列を配列番号17に示す。また、(Man-HSAA320T)-HSAのアミノ酸配列を配列番号18に示し、(Man-HSAA320T)-HSAをコードする塩基配列を配列番号19に示す。また、(Man-HSAD494N)-HSAのアミノ酸配列を配列番号20に示し、(Man-HSAD494N)-HSAをコードする塩基配列を配列番号21に示す。
【0049】
1実施形態において、薬物送達用担体は、D63N、A320T及びD494Nからなる群より選択される少なくとも1つの変異を有するHSA変異体と、抗体定常領域との融合タンパク質であってもよい。
【0050】
抗体定常領域としては、特に限定されず、IgG1の定常領域、IgG2の定常領域、IgG3の定常領域、IgG4の定常領域、IgA1の定常領域、IgA2の定常領域、IgMの定常領域等を用いることができる。
【0051】
また、1実施形態において、本発明は、HSA変異体と、抗体定常領域との融合タンパク質をコードする核酸を提供する。このような核酸を酵母で発現させることにより、薬物送達用担体を容易に製造することができる。
【0052】
[薬物送達システム]
1実施形態において、本発明は、上述した薬物送達用担体と、薬物とが結合した、薬物送達システムを提供する。実施例において後述するように、本実施形態の薬物送達システムを投与することにより、腫瘍微小環境に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)に効率よく薬物を送達することができる。
【0053】
本実施形態の薬物送達システムは、癌治療剤、腫瘍微小環境の改善剤、造影剤等として利用することができる。本実施形態の薬物送達システムにおいて、薬物としては、抗癌剤、TAM/CAFの性質を改変させる薬物、造影剤等が挙げられる。
【0054】
抗癌剤としては、特に限定されず、パクリタキセル、ドキソルビシン、エピルビシン、オキサリプラチン、カルボプラチン、シスプラチン、5-フルオロウラシル、ドセタキセル等が挙げられる。
【0055】
TAM/CAFの性質を改変させる薬物としては、M2様マクロファージであるTAMを効率良くM1様マクロファージに誘導することが知られているコロソリン酸、オレアノリン酸等;癌関連線維芽細胞(CAF)の阻害剤であるプロパゲルマニウム等が挙げられる。
【0056】
薬物としてTAM/CAFの性質を改変させる薬物を担持させた場合、本実施形態の薬物送達システムは、腫瘍微小環境の改善剤として利用することができる。
【0057】
造影剤としては、硫酸バリウム、次炭酸ビスマス、酸化ビスマス、酸化ジルコニウム、フッ化イッテルビウム、ヨードホルム、バリウムアパタイト、チタン酸バリウム、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス等のX線造影剤;ヨード造影剤等のComputed Tomography(CT)用造影剤;ガドリニウム製剤、超常磁性酸化鉄製剤(Super Paramagnetic Iron Oxide、SPIO)等のMRI用造影剤;テクネチウム99m(99mTc)、モリブデン99(99Mo)等のSingle photon emission computed tomography(SPECT)用放射性同位体等が挙げられる。
【0058】
薬物として造影剤を担持させた場合、本実施形態の薬物送達システムは、腫瘍微小環境を高精度に観察する造影剤として利用することができる。
【0059】
本実施形態の薬物送達システムは、HSAを薬物送達用担体として利用する。このため、enhanced permeability and retention(EPR)効果による「受動的ターゲティング」だけに留まらず、HSAレセプターとよばれ、内皮細胞に存在するgp60や、多くの種類の癌組織に存在するSecreted Protein Acidic and Rich in Cysteine(SPARC)による「能動的ターゲティング」も機能する。したがって、極めて効率よく癌細胞標的能及び腫瘍癌微小環境標的能を発揮することができる。
【0060】
また、好都合なことに、HSAは多種多様な薬物を搭載可能である。このため、新規M1誘導剤やCAF阻害剤が見出された場合にも、本実施形態の薬物送達システムに適用することができ、汎用性が非常に広い。
【0061】
[癌治療剤]
1実施形態において、本発明は、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体と、抗癌剤とが結合した、癌治療剤を提供する。
【0062】
本実施形態の癌治療剤において、ヒト血清アルブミン変異体、生体適合性ポリマーについては、上述したものと同様である。また、抗癌剤としては、上述したものと同様のものが挙げられるが、パクリタキセルが好ましい。
【0063】
実施例において後述するように、本実施形態の抗癌剤は、優れた抗腫瘍効果を奏し、副作用が少ない。
【0064】
本実施形態の癌治療剤は、注射剤の剤型に製剤化されていることが好ましい。注射剤用の溶媒としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等の補助薬を含む等張液が挙げられる。注射剤用の溶媒は、エタノール等のアルコール;プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のポリアルコール;ポリソルベート80(商標)、HCO-50等の非イオン性界面活性剤等を含有していてもよい。
【0065】
患者への投与は、例えば、静脈内注射又は点滴静脈内注射により行われることが好ましい。本実施形態の癌治療剤の投与量は、患者の体重や年齢、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。症状により差異はあるが、1回あたり、薬物送達用担体と薬物とが結合した癌治療剤として約1~10mg/kgの投与量が適切であると考えられる。
【0066】
参考までに、献血アルブミン製剤は、約83.3~208.3mg/kgの投与量で投与されている。
【0067】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体と、抗癌剤とが結合した、癌治療剤の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む癌の治療方法を提供する。
【0068】
1実施形態において、本発明は、癌の治療のための、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体と、抗癌剤との結合体を提供する。
【0069】
1実施形態において、本発明は、癌治療剤の製造のための、8個以上のマンノース残基を有する高マンノース糖鎖と、重量平均分子量が30,000~50,000である生体適合性ポリマーが結合した、ヒト血清アルブミン変異体を含む薬物送達用担体の使用を提供する。薬物送達用担体には抗癌剤が結合される。
【0070】
これらの各実施形態において、ヒト血清アルブミン変異体、生体適合性ポリマーについては、上述したものと同様である。また、抗癌剤としては、上述したものと同様のものが挙げられるが、パクリタキセルが好ましい。
【実施例】
【0071】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0072】
[実験例1]
(Man-HSAの作製)
上述したように、野生型のヒト血清アルブミン(HSA)には糖鎖結合部位が存在しない。野生型のHSAのアミノ酸配列を配列番号1に示し、HSAをコードする塩基配列を配列番号2に示す。
【0073】
まず、野生型のHSAの第63番目のアスパラギン酸残基をアスパラギン残基に改変することにより、糖鎖結合部位を有する変異体(HSAD63N)の発現ベクターを作製した。また、野生型のHSAの第320番目のアラニン残基をトレオニン残基に改変することにより、糖鎖結合部位を有する変異体(HSAA320T)の発現ベクターを作製した。また、野生型のHSAの第494番目のアスパラギン酸残基をアスパラギン残基に改変することにより、糖鎖結合部位を有する変異体(HSAD494N)の発現ベクターを作製した。
【0074】
具体的には、プラスミドpPIC9に野生型のHSAをコードする遺伝子断片が導入された発現ベクター(pPIC9-HSA)に市販のキット(商品名「QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit」、アジレントテクノロジー社)を用いて変異を導入し、HSAD63N、HSAA320T、HSAD494Nの発現ベクター(それぞれ、「pPIC9-HSAD63N」、「pPIC9-HSAA320T」、「pPIC9-HSAD494N」という。)を作製した。
【0075】
HSAD63Nのアミノ酸配列を配列番号3に示し、HSAD63Nをコードする塩基配列を配列番号4に示す。また、HSAA320Tのアミノ酸配列を配列番号5に示し、HSAA320Tをコードする塩基配列を配列番号6に示す。また、HSAD494Nのアミノ酸配列を配列番号7に示し、HSAD494Nをコードする塩基配列を配列番号8に示す。
【0076】
続いて、各発現ベクターを酵母に導入し、野生型HSA又は作製したHSA変異体を発現させた。酵母の形質転換はエレクトロポレーション法を用いて行なった。具体的には、各発現ベクターをSalIで消化し、エレクトロポレーション装置(Gene Pulser II Electroporation System、BIO-RAD製)を用いて、ピキア酵母(GS115株)のHIS4遺伝子座へ相同組換えにより形質転換させた。
【0077】
形質転換したピキア酵母は、BMGY液体培地(1%酵母エキストラクト、2%ペプトン、100mMリン酸カリウム、pH6.0、1.34%酵母ニトロゲンベース、4×10-5%ビオチン、1%グリセロール)中で48時間培養し、その後、BMMY培地中で24時間毎に1%メタノールを添加しながら96時間培養した。続いて、6,000×gで10分間遠心分離して酵母を分離した後、培養液に30%(v/v)となるように硫酸アンモニウムを添加し、遠心分離することにより、不純物を沈殿させた。続いて、回収した上清に80%(v/v)となるように硫酸アンモニウムを添加してpHを5.5に調整し、一晩攪拌した。続いて、15,000×g、20分間遠心分離して目的のタンパク質(野生型HSA又は作製したHSA変異体)を沈殿させた。沈殿したタンパク質を20mM Tris/HCl(pH8.0)で溶解及び透析した後、HiTrap Q XLカラム(GEヘルスケア社)に結合させ、0~500mM NaClの濃度勾配により溶出させた。その後、溶出液を1.5M硫酸アンモニウム/50mM Tris/HCl(pH7.0)で透析し、更にHiTrap Phenyl HPカラム(GEヘルスケア社)に通し、1.5~0M硫酸の濃度勾配によりタンパク質を溶出させた。
【0078】
作製した変異体HSAD63N、HSAA320T、HSAD494Nには、2残基のNアセチルグルコサミン及びこれに続く8~14残基のマンノースが結合していることを質量分析により確認した。より詳細には、HSAD63Nには1~2残基、HSAA320Tには2~3残基、HSAD494Nには13残基のNアセチルグルコサミン残基及びマンノース残基が結合していることが確認された。
【0079】
以下、精製したHSAD63N、HSAA320T、HSAD494Nの各タンパク質をMan-HSAという場合がある。
【0080】
[実験例2]
(Mono-PEG-Man-HSAの作製)
Man-HSAには1ヶ所の遊離のSH基が存在する。このSH基にポリエチレングリコール(PEG)マレイミドを結合させることにより、1分子あたりPEG鎖が1つ結合したMan-HSA(以下、「Mono-PEG-Man-HSA」という。)を作製した。
図15(a)は、Mono-PEG-Man-HSA(D494N)の構造を示す模式図である。
図15(a)中、点線の丸で囲んだ領域は高マンノース糖鎖を示す。PEGマレイミドとしては、PEGの分子量(重量平均分子量)が5,000(5k)であるものと40,000(40k)であるものを使用した。
【0081】
具体的には、Man-HSA(D494N)に、タンパク質の5倍量のPEGマレイミドを加え、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7.4、5mM EDTA)中、37℃で24時間反応させた。続いて、限外ろ過デバイス(商品名「ビバスピン2」、ザルトリウス社)を用いて反応液を10mMリン酸緩衝液(pH6.5)に置換した。
【0082】
続いて、DEAE Sepharose FFカラムを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによりMono-PEG-Man-HSAを精製した。
図1(a)は陰イオン交換カラムクロマトグラフィーの結果を示すクロマトグラムである。
図1(a)に示すように、アルブミン表面の負電荷状態を反映したピークが確認された。PEGマレイミドを反応させたMan-HSAをカラムにアプライし、初めのピークが溶出された後に、緩衝液の塩濃度を0.1N NaClに変更した。続いて、溶出されたピーク(F1、F2及びF3)のフラクションを回収した。続いて、0.3N NaClまでの濃度勾配で溶出された各ピーク(F4及びF5)のフラクションを回収した。
【0083】
続いて、回収したフラクションF1~F5を10%SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)により分離し、銀染色により染色した。
図1(b)はSDS-PAGEの結果を示す写真である。
図1(b)中、「Pre」は、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで精製する前のMono-PEG-Man-HSAを表し、「Man-HSA」は、PEGを結合させていないMan-HSAを表す。
【0084】
その結果、フラクションF1~F3に、高純度なMono-PEG-Man-HSAが精製できていることが確認された。続いて、精製したMono-PEG-Man-HSAをポアサイズ0.2μmのフィルターでろ過滅菌し、4℃の冷蔵庫で保存した。
【0085】
以下、PEGの分子量5kのPEGを結合させたMan-HSAを「PEG5k-Man-HSA」といい、PEGの分子量40kのPEGを結合させたMan-HSAを「PEG40k-Man-HSA」という。
【0086】
[実験例3]
(物性評価)
《分子サイズ・ゼータ電位の測定》
実験例2で作製したPEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAの物性を評価した。具体的には、測定装置(商品名「ゼータサイザーナノ」、マルバーン社)を用いて分子サイズ及びゼータ電位を測定した。また、比較のために、野生型のHSA及びMan-HSA(D494N)についても同様の測定を行った。
【0087】
下記表1に、分子サイズ及びゼータ電位の測定結果を示す。表1中、「HSA」は野生型のHSAを表し、Man-HSAはMan-HSA(D494N)を表す。
【0088】
【0089】
その結果、PEGの分子量依存的に分子サイズの上昇が確認された。また、ゼータ電位は、マンノースやPEGの影響が認められるものの、PEG40k-Man-HSAにおいてもHSAの特徴である表面の負電荷を保持していることが確認された。
【0090】
《CDスペクトル分析》
続いて、CDスペクトル分析により、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAのタンパク質の二次元/三次元構造を評価した。CDスペクトル分析には分光偏光計(型式「J-820」、日本分光)を使用した。近紫外のCDスペクトル分析は、HSA濃度を10μM(リン酸緩衝液(PBS))に調整し、10mmセルを用いて行った。測定条件は以下の通りとした。
測定波長 :250~200nm
感度 :500mdeg
スキャンスピード :5nm/分
時定数 :8秒
ステップ解像度 :0.5nm
累積 :1
【0091】
また、遠紫外のCDスペクトル分析は、HSA濃度を10μM(PBS)に調整し、1mmセルを用いて行った。測定条件は以下の通りとした。
測定波長 :350~250nm
感度 :500mdeg
スキャンスピード :10nm/分
時定数 :8秒
ステップ解像度 :0.5nm
累積 :3
【0092】
また、比較のために、野生型のHSA及びMan-HSA(D494N)についても同様の測定を行った。
図2(a)及び(b)は、CDスペクトル分析の結果を示すグラフである。
図2(a)は近紫外のCDスペクトル分析の結果であり、
図2(b)は遠紫外のCDスペクトル分析の結果である。その結果、HSAが本来有する二次元/三次元構造に対し、PEG修飾は大きな変化を与えないことが確認された。
【0093】
《PAS染色》
続いて、糖鎖を検出する際に汎用されるPAS染色により、PEG40k-Man-HSAの糖鎖を検出した。比較のために、野生型のHSA及びMan-HSA(D494N)についても同様の測定を行った。
【0094】
具体的には、10%SDS-PAGEを行った後、ゲルを50%メタノールに一晩浸した。続いて、イオン交換水で2回洗浄後、0.5%過ヨウ素酸中で1時間振とうさせた。続いて、イオン交換水で20分間洗浄し、シッフ試薬を1時間反応させた。続いて、シッフ試薬を取り除き、0.55%亜硫酸水中で2時間振とうさせた。続いて、イオン交換水で2回洗浄し、バンドを観察した。
【0095】
図3(a)は、SDS-PAGE後のCBB染色の結果を示す写真であり、
図3(b)は、PAS染色の結果を示す写真である。その結果、CBB染色によって確認されるPEG40k-Man-HSA由来のバンドと同位置にPAS染色においてもバンドが観察された。この結果から、PEG40k-Man-HSAは糖鎖を有していることが確認された。
【0096】
[実験例4]
(体内動態評価)
《健常マウスモデルによる評価》
実験例2で作製したMono-PEG-Man-HSAの動態特性を評価するため、健常マウスに125I標識した、HSA、Man-HSA、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAを静脈内投与し、血漿中濃度の推移及び臓器分布を検討した。
【0097】
各種アルブミンの125I標識は、市販のキット(商品名「IODO-GEN Iodination Reagent」、ピアス社)を用いて行った。具体的には、まず、IODO-GEN Reagent coating tubeにアルブミン400μgを加え、0.5Mリン酸緩衝液(pH7.4)40μLと水で全量を200μLとした。続いて、この混合液にNa125Iを5μL添加し、30分間室温で放置した後、PD-10カラムを用いたゲル濾過により精製した。比活性は800cpm/ngであった。
【0098】
健常モデルマウスとしては、ICRマウス(雄、3週齢、日本SLC社)を1週間、5mMヨウ化ナトリウム溶液を飲料水として与えることによりヨードブロックを行って予備飼育し、4週齢の時点で実験に使用した。
【0099】
各マウスを実験前日より絶食させた後、125I標識各種アルブミンを5kBq/匹の用量でマウス尾静脈より急速注入した。続いて、ヘパリン処理した1mLの注射筒で規定時間毎に下大静脈から約300μL採血し、3000rpmで10分遠心分離し、血漿100μLを採取した。続いて、採取した血漿の放射活性をオートウェルカウンター(型式「ARC-2000」、アロカ社)で測定した。また、同時に各臓器の放射活性も測定した。血中滞留性は、投与直後から12時間後まで継時的に評価した。また、臓器分布は、投与直後から3時間後まで経時的に評価した。
【0100】
図4は、
125I標識HSA、Man-HSA、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAを静脈内投与し、血漿中濃度の推移を測定した結果を示すグラフである。
図4中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「†」はPEG40k-Man-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
【0101】
その結果、Man-HSAは、HSAと比較して、血中滞留性が有意に低下したことが確認された。また、PEG40k-Man-HSAは、Man-HSAと比較して、血中滞留性が有意に上昇したことが確認された。また、PEG40k-Man-HSAの血中滞留性は、HSAの血中滞留性と同程度であった。
【0102】
また、下記表2に、血中滞留性の評価結果に基づく体内動態パラメータを示す。表2中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「†」はPEG40k-Man-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
【0103】
【0104】
また、
図5(a)に肝臓における各種アルブミンの存在量の推移を示し、
図5(b)に脾臓における各種アルブミンの存在量の推移を示し、
図6(a)に腎臓における各種アルブミンの存在量の推移を示し、
図6(b)に肺における各種アルブミンの存在量の推移を示し、
図6(c)に心臓における各種アルブミンの存在量の推移を示す。
図5及び
図6中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「†」はPEG40k-Man-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「‡」はPEG5k-Man-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
【0105】
その結果、Man-HSAは肝臓及び脾臓に高い移行性を示すことが確認された。これに対し、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAでは、肝臓及び脾臓への移行性がMan-HSAよりも抑制されたことが明らかとなった。
【0106】
《担癌マウスモデルによる評価》
続いて、担癌マウスモデルを用いて、実験例2で作製したMono-PEG-Man-HSAの動態特性を評価した。担癌マウスモデルとしては、B16F10メラノーマ担癌モデルマウスを使用した。
【0107】
具体的には、C57BL6マウス(雄、8週齢、日本SLC社)をエーテルで麻酔し、B16F10細胞懸濁液(2×106個/100μL生理食塩水)を背中側皮下に投与し、B16F10担癌マウスを作製した。続いて、担癌1週間後から1週間、5mMヨウ化ナトリウム溶液を飲料水として与えることによりヨードブロックを行って予備飼育し、担癌14日後(10週齢)の時点で実験に使用した。担癌14日後における腫瘍体積は約400mm3であった。腫瘍体積(v)は、腫瘍の短径(a)と長径(b)を計測し、下記式(F1)により算出した。
v=0.4×a2b (F1)
【0108】
各マウスを実験前日より絶食させた後、125I標識各種アルブミンを5kBq/匹の用量でマウス尾静脈より急速注入した。続いて、ヘパリン処理した1mLの注射筒で規定時間毎に下大静脈から約300μL採血し、3000rpmで10分遠心分離し、血漿100μLを採取した。続いて、採取した血漿の放射活性をオートウェルカウンター(型式「ARC-2000」、アロカ社)で測定した。また、同時に各臓器の放射活性も測定した。各種アルブミンの血漿中濃度は、投与直後、1時間後及び12時間後に測定した。また、臓器分布は、投与直後から12時間後に評価した。
【0109】
図7は、
125I標識HSA、Man-HSA、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAを静脈内投与し、血漿中濃度の推移を測定した結果を示すグラフである。
図7中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「#」はP<0.05で有意差があることを示す。
【0110】
その結果、健常モデルマウスと同様に、Man-HSAはHSAと比較して、血中滞留性が有意に低下したことが確認された。また、PEG40k-Man-HSAは、投与12時間後においてもHSAより高い血中滞留性を示すことが明らかとなった。
【0111】
また、
図8に各種アルブミンの腫瘍組織への分布を示す。
図8中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「#」はP<0.05で有意差があることを示す。
【0112】
その結果、Man-HSAと比較して、PEG5k-Man-HSA及びPEG40k-Man-HSAは、腫瘍組織への移行性が上昇したことが明らかとなった。また、PEG40k-Man-HSAの腫瘍組織への移行性は、Man-HSA及びPEG5k-Man-HSAのいずれよりも有意に高いことが明らかとなった。
【0113】
[実験例5]
(インビボにおける腫瘍内マクロファージへの移行性評価)
まず、腫瘍組織にマンノース受容体(CD206)発現TAMが存在するかを検討した。具体的には、実験例4と同様にして作製したB16F10メラノーマ担癌モデルマウスの腫瘍を回収して腫瘍凍結切片を作製し、マクロファージマーカーであるF4/80と、M2マクロファージマーカーであるCD206(MRC1)の蛍光免疫染色を行った。
【0114】
具体的には、まず、4%パラホルムアルデヒドを用いて、B16F10メラノーマ担癌モデルマウスから採取した腫瘍の凍結切片(5μm)を、4℃で10分間固定した。続いて、4%のブロックエース(DSファーマバイオメディカル株式会社)を用いて常温下で10分間ブロッキングした。
【0115】
続いて、0.5%BSAを含むPBSを用いて、抗F4/80抗体(cat#「14-4801」、eBioscience社)を50倍希釈した。また、抗MRC1抗体(cat#「AF2535」、R&Dシステムズ社)を100倍希釈した。続いて、各抗体をブロッキングした組織切片に添加し、4℃で一晩反応させた。
【0116】
続いて、抗F4/80抗体に対してはAlexa Flour 488 Goat anti-Rat IgG(cat#「ab150157」、abcam社)を50倍希釈したものを二次抗体とし、抗MRC1抗体に対してはAlexa Flour 647 donkey anti-Goat IgG(cat#「A-21447」、インビロトジェン社)を100倍希釈したものを二次抗体として、常温下で90分間反応させた。
【0117】
続いて、免疫染色後の組織切片を洗浄し、マリノール(武藤化学株式会社)で封入後、蛍光顕微鏡(型式「BZ-8000」、キーエンス社)を用いて観察した。
【0118】
図9は、結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図9中、「F4/80」は抗F4/80抗体による染色結果であることを示し、「Mφ」はマクロファージを示し、「CD206」は抗CD206(MRC1)抗体による染色結果であることを示し、「M2Mφ」はM2マクロファージを示し、「Merged」は、抗F4/80抗体による染色結果と抗CD206(MRC1)抗体による染色結果を合成した結果であることを示し、「×60」は、倍率60倍で観察した結果であることを示し、「×120」は、60倍で撮影した写真における四角で囲んだ領域を倍率120倍で観察した結果であることを示し、「Abs(-)」は一次抗体非添加群を示す。また、倍率60倍におけるスケールバーは10μmを示し、倍率120倍におけるスケールバーは10μmを示し、Abs(-)におけるスケールバーは10μmを示す。
【0119】
その結果、F4/80陽性領域とCD206陽性領域が共局在する領域(
図9中、矢印で示す。)が広範囲に確認された。この結果から、腫瘍組織に存在する大部分のマクロファージがCD206を発現するTAMであることが明らかとなった。
【0120】
続いて、B16F10メラノーマ担癌モデルマウスにFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAを尾静脈投与し、PEG40k-Man-HSAがTAMに移行するか否かを評価した。
【0121】
まず、HSA及び実験例2で作製したPEG40k-Man-HSA(4mg/mL)各1mLと、FITC(1mg/mL)500μLをそれぞれ混合して室温で3時間インキュベートすることにより、FITC標識アルブミンを作製した。続いて、限外ろ過デバイス(商品名「ビバスピン2」、ザルトリウス社)を用いて未反応のFITCを除去した。
【0122】
続いて、実験例4と同様にして作製したB16F10メラノーマ担癌モデルマウスにFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAを、蛍光量及びタンパク質量を揃えて0.5mg/kgでそれぞれ尾静脈投与した。
【0123】
続いて、投与1時間後に各マウスから腫瘍組織を回収し、腫瘍組織中のマクロファージを単離して、フローサイトメーターによりFITC標識HSA及びFITC標識PEG40k-Man-HSAの取り込み量を測定した。
【0124】
腫瘍組織中のマクロファージの単離は次のようにして行った。まず、回収した腫瘍組織をハサミで細かくミンスした。続いて、得られたペースト状の腫瘍組織に0.05%コラゲナーゼ(typeIV、シグマ社)を200μL加え、1,500rpm、4℃で5分間遠心処理後、沈殿物を回収した。
【0125】
続いて、得られた沈殿物を、1%ウシ胎児血清(FBS)を添加したRPMI培地で懸濁し、ナイロンメッシュで裏ごしした。続いて、回収した細胞に33%パーコールを加えて2,200rpm、25℃で20分間遠心し、最下層に沈殿する腫瘍単核球に1mL lysing buffer(商品名「red blood cell lysing buffer」、シグマ社)を加えて、1,500rpm、4℃で5分間遠心した。続いて、遠心後のペレットをD-PBSで一度洗浄し、遠心後のペレットを再度D-PBS 500μLで懸濁し、ナイロンメッシュに通して細胞塊を崩した後に、フローサイトメーター(商品名「Guava easyCyteフローサイトメーター」、メルクミリポア社)によりFITCの蛍光量を測定した。
【0126】
図10は、蛍光強度の測定結果を示すグラフである。
図10中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。その結果、PEG40k-Man-HSAはHSAと比較して、腫瘍組織中のマクロファージ(TAM)に約2倍多く移行したことが明らかとなった。
【0127】
[実験例6]
(インビトロにおけるマクロファージ及び線維芽細胞への移行性評価)
実験例2で作製したMono-PEG-Man-HSAのマクロファージ及び線維芽細胞への移行性を評価した。マクロファージとしては、マウスマクロファージ細胞株であるJ774.1細胞及びRAW264.7細胞を使用した。また、線維芽細胞としては、ヒト肝星細胞株であるTWNT-1細胞を使用した。
【0128】
具体的には、J774.1細胞、RAW264.7細胞、TWNT-1細胞を、それぞれ3.5×105個/ウェルで24ウェルプレートに播種し、一晩インキュベートした。続いて、各細胞の培地をD-PBSで洗浄し、FITC標識HSA、FITC標識Man-HSA、FITC標識PEG40k-Man-HSA200μg/mLを蛍光量を揃えて添加して15分間反応させた。続いて、D-PBSで2回洗浄し、セルスクレーパーを用いて細胞を剥がし、2,000rpm、5分間遠心した。続いて、遠心後のペレットを250μLのD-PBSで懸濁し、ナイロンメッシュに通した後に、フローサイトメーター(商品名「Guava easyCyteフローサイトメーター」、メルクミリポア社)によりFITCの蛍光量を測定した。
【0129】
図11(a)はJ774.1細胞の蛍光強度の測定結果を示すグラフであり、
図11(b)はRAW264.7細胞の蛍光強度の測定結果を示すグラフであり、
図12はTWNT-1細胞の蛍光強度の測定結果を示すグラフである。
図11及び
図12中、「*」はHSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。また、
図12中、「†」はMan-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
【0130】
その結果、J774.1細胞、RAW264.7細胞の双方において、Man-HSAはHSAよりも2倍以上の有意に高い移行性を示すことが確認された。また、PEG40k-Man-HSAはMan-HSAと同等の高いマクロファージ移行性を示すことが明らかとなった。
【0131】
また、TWNT-1細胞では、Man-HSAはHSAよりも約1.5倍の有意に高い移行性を示し、PEG40k-Man-HSAはMan-HSAよりも更に有意に高い移行性を示すことが明らかとなった。
【0132】
[実験例7]
(インビトロにおけるマクロファージに対する細胞傷害性評価1)
抗癌剤であるパクリタキセル(以下「PTX」という。)を結合させたPEG-Man-HSAのTAMに対する細胞傷害性を検討した。
【0133】
《PTX結合型アルブミンの作製》
まず、PTX溶液(10mg/mL)とHSA(150μM)及び実験例2で作製したPEG40k-Man-HSA(150μM)を、PTXと各アルブミンのモル濃度比が1:2となるように混合し、室温で4時間インキュベートして、PTX結合型アルブミンを作製した。
【0134】
《M2様マクロファージの調製》
続いて、マウスマクロファージ細胞株であるJ774.1細胞及びRAW264.7細胞に、M2分化誘導サイトカイン(IL-4/IL-13)を添加し、24時間インキュベートすることにより、M2様マクロファージを調製した。
【0135】
具体的には、J774.1細胞及びRAW264.7細胞を、7.5×104個/ウェルで96ウェルプレートに播種し、一晩インキュベートした。続いて、各細胞の培地をD-PBSで洗浄し、終濃度20ng/mLのインターロイキン(IL)-4、終濃度20ng/mLのIL-13を添加し、CO2インキュベーター内で24時間インキュベートし、M2様マクロファージを得た。
【0136】
《細胞傷害性試験》
各M2様マクロファージに、DMEM(-)、PTX結合型HSA、PTX結合型PEG-Man-HSA、遊離のPTXをそれぞれ添加し、CO2インキュベーター内で24時間インキュベートした。続いて、市販のキット(商品名「Cell Counting Kit-8」、同仁化学研究所)を用いて細胞生存率を測定した。
【0137】
J774.1細胞、RAW264.7細胞に添加するPTXの終濃度はそれぞれ3μM、10μMとした。また、細胞生存率は、DMEM(-)添加細胞の吸光度を100%として算出した。
【0138】
図13(a)はRAW264.7細胞の細胞生存率の測定結果を示すグラフであり、
図11(b)はJ774.1細胞の細胞生存率の測定結果を示すグラフである。
図11(a)及び
図11(b)中、「No treatment」はDMEM(-)添加細胞の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX結合型HSA添加細胞の結果であることを示し、「PTX-PEG-Man-HSA」はPTX結合型PEG40k-Man-HSA添加細胞の結果であることを示し、「Free-PTX」は遊離のPTX添加細胞の結果であることを示す。また、「*」はPTX結合型HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「†」は遊離のPTXの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「‡」はPTX結合型PEG40k-Man-HSAの結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す(n=4)。
【0139】
その結果、J774.1細胞、RAW264.7細胞の双方において、PTX結合型HSAの添加ではM2様マクロファージを傷害できないことが確認された。一方、J774.1細胞、RAW264.7細胞の双方において、PTX結合型PEG40k-Man-HSAの添加は、PTX結合型HSAの添加と比較してM2様マクロファージに対する有意に高い細胞傷害性を示すことが明らかとなった。なお、遊離のPTXの添加においても細胞傷害性が示されたが、これは遊離のPTXが細胞内透過性を有するためである。
【0140】
[実験例8]
(HSA-(Man-HSA)二量体及び(Man-HSA)-HSA二量体の作製)
実験例2で作製したMono-PEG-Man-HSAにおけるPEG鎖の代わりに、HSA分子により高マンノース糖鎖を被覆することを目的として、遺伝子工学的に野生型のHSAとMan-HSAを融合させたHSA-(Man-HSA)及び(Man-HSA)-HSAの2種類の融合タンパク質をコードする遺伝子断片を作製し、プラスミドpPIC9に導入して発現ベクターを作製した。
【0141】
HSA-(Man-HSAD63N)のアミノ酸配列を配列番号10に示し、HSA-(Man-HSAD63N)をコードする塩基配列を配列番号11に示す。また、HSA-(Man-HSAA320T)のアミノ酸配列を配列番号12に示し、HSA-(Man-HSAA320T)をコードする塩基配列を配列番号13に示す。また、HSA-(Man-HSAD494N)のアミノ酸配列を配列番号14に示し、HSA-(Man-HSAD494N)をコードする塩基配列を配列番号15に示す。
【0142】
また、(Man-HSAD63N)-HSAのアミノ酸配列を配列番号16に示し、(Man-HSAD63N)-HSAをコードする塩基配列を配列番号17に示す。また、(Man-HSAA320T)-HSAのアミノ酸配列を配列番号18に示し、(Man-HSAA320T)-HSAをコードする塩基配列を配列番号19に示す。また、(Man-HSAD494N)-HSAのアミノ酸配列を配列番号20に示し、(Man-HSAD494N)-HSAをコードする塩基配列を配列番号21に示す。
【0143】
本実験例では、HSA-(Man-HSA)としてHSA-(Man-HSAD494N)を、(Man-HSA)-HSAとして(Man-HSAD494N)-HSAをピキア酵母で発現させた。
【0144】
図15(b)は、HSA-(Man-HSA
D494N)の構造を示す模式図である。また、
図15(c)は、(Man-HSA
D494N)-HSAの構造を示す模式図である。
図15(b)及び(c)中、点線の丸で囲んだ領域は高マンノース糖鎖を示す。
【0145】
具体的には、各発現ベクターをSalIで消化し、エレクトロポレーション装置(Gene Pulser II Electroporation System、BIO-RAD製)を用いて、ピキア酵母(GS115株)のHIS4遺伝子座へ相同組換えにより形質転換させた。
【0146】
形質転換したピキア酵母は、BMGY液体培地(1%酵母エキストラクト、2%ペプトン、100mMリン酸カリウム、pH6.0、1.34%酵母ニトロゲンベース、4×10-5%ビオチン、1%グリセロール)中で24時間培養し、その後、BMMY培地中で24時間毎に1%メタノールを添加しながら72時間培養した。
【0147】
続いて、形質転換したピキア酵母の培養上清を10%SDS-PAGEに供し、銀染色により染色した。また、比較のために、精製後のHSA及び精製後のMan-HSAも10%SDS-PAGE及び銀染色に供した。
【0148】
図14は、SDS-PAGEの結果を示す写真である。その結果、HSA-(Man-HSA)及び(Man-HSA)-HSAの理論分子量である136kDa付近にバンドが検出され、目的の融合タンパク質が得られたことが確認された。
【0149】
[実験例9]
(インビトロにおけるマクロファージに対する細胞傷害性評価2)
実験例7と同様にして、HSA、PEG40k-HSA、Man-HSA(D494N)、PEG40k-Man-HSA(D494N)に抗癌剤であるパクリタキセル(以下「PTX」という。)を結合させ、TAMを模倣したM2様マクロファージに対する細胞傷害性を検討した。PEG40k-HSAは、HSAに1ヶ所存在する遊離のSH基にポリエチレングリコール(PEG)マレイミドを結合させることにより作製した。
【0150】
《PTX結合型アルブミンの作製》
まず、PTX溶液(10mg/mL)と各HSA(それぞれ150μM)を、PTXと各アルブミンのモル濃度比が1:2となるように混合し、室温で4時間インキュベートして、PTX結合型アルブミンを作製した。
【0151】
《M2様マクロファージの調製》
続いて、マウスマクロファージ細胞株であるJ774.1細胞に、M2分化誘導サイトカイン(IL-4/IL-13)を添加し、24時間インキュベートすることにより、M2様マクロファージを調製した。
【0152】
《細胞傷害性試験》
続いて、M2様マクロファージに、DMEM(-)、PTX結合型HSA、PTX結合型PEG40k-HSA、PTX結合型Man-HSA、PTX結合型PEG40k-Man-HSA、遊離のPTXをそれぞれ添加し、CO2インキュベーター内で24時間インキュベートした。続いて、市販のキット(商品名「Cell Counting Kit-8」、同仁化学研究所)を用いて細胞生存率を測定した。
【0153】
PTXの終濃度はそれぞれ3μMとした。また、細胞生存率は、DMEM(-)添加細胞の吸光度を100%として算出した。
【0154】
図16は細胞生存率の測定結果を示すグラフである。
図16中、「No treatment」はDMEM(-)添加細胞の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX結合型HSA添加細胞の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX結合型PEG40k-HSA添加細胞の結果であることを示し、「PTX-Man-HSA」はPTX結合型Man-HSA添加細胞の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX結合型PEG40k-Man-HSA添加細胞の結果であることを示し、「Free-PTX」は遊離のPTX添加細胞の結果であることを示す。
【0155】
その結果、PTX結合型HSAの添加ではM2様マクロファージを傷害できないことが確認された。一方、PTX結合型PEG40k-Man-HSAの添加は、PTX結合型HSAの添加と比較してM2様マクロファージに対する有意に高い細胞傷害性を示すことが明らかとなった。なお、遊離のPTXの添加においても細胞傷害性が示されたが、これは遊離のPTXが細胞内透過性を有するためである。
【0156】
[実験例10]
(インビトロにおけるマクロファージへの移行性評価)
実験例6と同様にして、HSA、PEG40k-HSA、Man-HSA(D494N)、PEG40k-Man-HSA(D494N)のM2様マクロファージに対する細胞移行性(細胞内取り込み量)を検討した。M2様マクロファージとしては実験例9と同様の細胞を使用した。
【0157】
図17は、細胞内取り込み量と実験例9で測定した細胞傷害性それぞれの平均値をプロットした相関図である。細胞傷害性は、下記式(F2)により算出した。その結果、PEG40k-Man-HSAはマンノース受容体を介して細胞内に取り込まれ、細胞傷害性を発揮する可能性が示された。
細胞傷害性(%)=100-細胞生存率(%) (F2)
【0158】
[実験例11]
(インビボにおける抗腫瘍効果の検討)
担癌マウスモデルに、PBS、遊離のPTX、PTX-HSA、PTX-PEG40k-HSA、PTX-PEG40k-Man-HSA(D494N)を投与し、腫瘍体積の変化を測定した。担癌マウスモデルとしては、B16F10メラノーマ担癌モデルマウスを使用した。
【0159】
具体的には、C57BL6マウス(雄、8週齢、日本SLC社)をエーテルで麻酔し、B16F10細胞懸濁液(2×106個/100μL生理食塩水)を背中側皮下に投与し、B16F10担癌マウスを作製した。続いて、担癌2週間後に実験を開始した。
【0160】
実験開始日(0日目)及び7日目に、遊離のPTX、PTX-HSA、PTX-PEG40k-HSA、PTX-PEG40k-Man-HSAを、それぞれPTX換算で10mg/kgずつ投与した。また、対照群にはPBSを投与した。続いて、腫瘍の短径(a)と長径(b)を経時的に計測し、下記式(F1)により腫瘍体積(v)を算出した。
v=0.4×a2b (F1)
【0161】
図18は、腫瘍体積の変化を示すグラフである。
図18中、「PBS」はPBS投与群の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の結果であることを示す。また、
図18中、「*」はPBS投与群と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「†」は遊離のPTX投与群と比較してP<0.05で有意差があることを示し、「‡」はPTX-HSA投与群と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
図18には、実験開始から14日目に各群のマウスから摘出した腫瘍の写真も示す。スケールバーは1cmを示す。
【0162】
その結果、PTX-PEG40k-Man-HSAは優れた抗腫瘍効果を奏することが明らかとなった。また、抗腫瘍効果の差には、マンノース糖鎖の存在に起因する癌微小環境の改善効果が関与している可能性が考えられた。
【0163】
[実験例12]
(癌微小環境の検討1)
実験例11で摘出した各腫瘍組織の薄切切片を作製し、ピクロシリウスレッド染色、マッソントリクローム染色及びヘマトキシリン・エオシン染色を行った。
【0164】
図19は、各試料の顕微鏡写真である。スケールバーは100μmである。
図19中、「HE染色」はヘマトキシリン・エオシン染色の結果であることを示し、「PBS」はPBS投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示す。また、白矢頭はコラーゲン等の線維基質を示し、黒矢頭は間質部位を示す。
【0165】
その結果、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織では、間質領域が大幅に減少したことが明らかとなった。
【0166】
[実験例13]
(癌微小環境の検討2)
実験例11で摘出した各腫瘍組織内の全細胞を回収し、フローサイトメトリー解析を行い、腫瘍組織内のマクロファージの割合及び腫瘍組織内の線維芽細胞の割合を解析した。マクロファージマーカーとしてはF4/80を使用した。また線維芽細胞のマーカーとしてはα-SMAを使用した。
【0167】
また、各腫瘍組織の薄切切片を免疫染色し、CD206及びCD280を検出した。
図20(a)及び(b)は、フローサイトメトリー解析の結果を示すグラフ及び免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。フローサイトメトリーの結果においては、縦軸はF4/80又はα-SMAの染色強度を示し、横軸は前方散乱光を示す。また、グラフ中の数字はF4/80陽性細胞又はα-SMA陽性細胞の割合(%)を示す。
【0168】
図20中、「PBS」はPBS投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示す。
【0169】
その結果、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織では、腫瘍内に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)の存在量が減少したことが明らかとなった。
【0170】
[実験例14]
(癌微小環境の検討3)
実験例12において、PTX-PEG40k-Man-HSAの投与により腫瘍組織の間質領域の減少が観察された。また、実験例13において、PTX-PEG40k-Man-HSAの投与により腫瘍内に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)の存在量の減少が観察された。
【0171】
そこで、これらの効果がマンノース受容体であるCD206及びCD280を介したTAM及びCAFの標的化による結果であるか否かを検討した。
【0172】
具体的には、実験例11と同様の担癌マウスモデルに、実験開始日(0日目)、7日目及び14日目に、PTX換算で10mg/kgのPTX-PEG40k-Man-HSAを投与した。続いて、14日目の投与の1時間後に腫瘍組織を摘出し、凍結切片を作製した。
【0173】
続いて、凍結切片を免疫染色し、CD206、CD280、HSAをそれぞれ蛍光顕微鏡で観察した。また、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)で核を染色した。
【0174】
図21(a)は腫瘍内CD260陽性細胞(TAM)を検出した蛍光顕微鏡写真であり、
図21(b)は腫瘍内CD280陽性細胞(CAF)を検出した蛍光顕微鏡写真である。
図21(a)及び(b)中、「PBS」はPBS投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示す。
【0175】
その結果、CD206及びHSAの共局在、及び、CD280及びHSAの共局在が検出された。
図21(a)中、矢頭はCD206とHSAが共局在した領域を示し、
図21(b)中、矢頭はCD280とHSAが共局在した領域を示す。
【0176】
この結果は、PEG40k-Man-HSAのマンノース糖鎖に起因したTAM及びCAFへの標的能がPEG40k-Man-HSAによる抗腫瘍効果に関与していることを示す。
【0177】
[実験例15]
(腫瘍内細胞のアポトーシス評価)
実験例11で摘出した各腫瘍組織の薄切切片を作製し、TUNEL染色を行い、アポトーシスを評価した。
【0178】
図22(a)はTUNEL染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。スケールバーは100μmである。また、
図22(b)は
図22(a)の結果を数値化したグラフである。
図22(a)及び(b)中、「PBS」はPBS投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示す。
【0179】
その結果、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織では、その他の群の腫瘍組織と比較して有意に高いアポトーシスの誘導が検出された。
【0180】
[実験例16]
(癌微小環境の検討4)
実験例11で摘出した各腫瘍組織をウエスタンブロッティングに供し、CD206及びα-SMAの発現量を測定した。また、対照としてβ-アクチンの発現量を測定した。
【0181】
図23(a)はウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。また、
図23(b)及び(c)は、
図23(a)の結果を数値化したグラフである。
【0182】
図23(a)~(c)中、「PBS」はPBS投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織の結果であることを示す。
図23(b)中、「*」は遊離のPTX投与群の腫瘍組織の結果と比較してP<0.05で有意差があることを示す。
【0183】
その結果、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織では、TAMマーカーであるCD206の有意な発現量の低下が認められた。また、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の腫瘍組織では、CAFマーカーであるαSMAの顕著な発現量の低下が認められた。
【0184】
[実験例17]
(副作用の評価1)
実験例11の担癌マウスモデルの体重を経時的に測定した。また、実験開始から14日目に摘出した各臓器の重量を測定した。
【0185】
図24(a)は体重の経時変化を示すグラフであり、
図24(b)は各臓器の重量の測定結果を示すグラフである。
図24(a)及び(b)中、「PBS」はPBS投与群の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の結果であることを示す。
【0186】
その結果、遊離のPTX投与群、PTX-HSA投与群、PTX-PEG40k-HSA投与群、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の体重の経時変化及び各臓器の重量には、PBS投与群と比較して有意な差は認められなかった。
【0187】
この結果は、PTX、PTX-HSA、PTX-PEG40k-HSA、PTX-PEG40k-Man-HSAの投与には顕著な副作用が認められないことを示す。
【0188】
[実験例18]
(副作用の評価2)
実験例11において、実験開始から14日目の各群の担癌マウスモデルから摘出した各臓器の薄切切片を作製し、ヘマトキシリン・エオシン染色を行った。
【0189】
図25はヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す顕微鏡写真である。スケールバーは100μmである。
図25中、「PBS」はPBS投与群の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の結果であることを示す。
【0190】
その結果、遊離のPTX投与群、PTX-HSA投与群、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群の各臓器の組織には傷害は認められなかった。
【0191】
この結果は、PTX、PTX-HSA、PTX-PEG40k-Man-HSAの投与には顕著な副作用が認められないことを示す。
【0192】
[実験例19]
(副作用の評価3)
実験例11において、実験開始から14日目の各群の担癌マウスモデルから採取した血液試料について、白血球数、血小板数、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)活性、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)活性を測定した。白血球数及び血小板数は骨髄抑制を評価する指標である。また、AST活性及びALT活性は、肝臓への傷害を評価する指標である。
【0193】
図26(a)は白血球数の測定結果を示すグラフである。
図26(a)中、「WBC」は白血球を示す。
図26(b)は血小板数の測定結果を示すグラフである。
図26(b)中、「PLT」は血小板を示す。
図26(c)はAST活性の測定結果を示すグラフである。
図26(d)はALT活性の測定結果を示すグラフである。
【0194】
図26(a)及び(b)中、「PBS」はPBS投与群の結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-HSA」はPTX-PEG40k-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の結果であることを示す。
【0195】
その結果、PTX-HSA投与群、PTX-PEG40k-HSA投与群、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群では、遊離のPTX投与群で確認される副作用が低減されたことが明らかとなった。
【0196】
また、
図26(c)及び(d)中、「Control」は正常マウスの結果であることを示し、「PTX」は遊離のPTX投与群の結果であることを示し、「PTX-HSA」はPTX-HSA投与群の結果であることを示し、「PTX-PEG40k-Man-HSA」はPTX-PEG40k-Man-HSA投与群の結果であることを示す。
【0197】
その結果、PTX-HSA投与群、PTX-PEG40k-Man-HSA投与群
では、遊離のPTX投与群で確認される副作用が低減される傾向が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0198】
本発明によれば、腫瘍微小環境に存在する腫瘍関連マクロファージ(TAM)及び癌関連線維芽細胞(CAF)に効率よく送達することが可能な薬物送達用担体を提供することができる。
【配列表】