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特許7300439配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-21
(45)【発行日】2023-06-29
(54)【発明の名称】配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 1/06 20060101AFI20230622BHJP
   H01B 1/08 20060101ALI20230622BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20230622BHJP
   H01M 8/12 20160101ALI20230622BHJP
   H01M 8/1246 20160101ALI20230622BHJP
   H01M 8/124 20160101ALI20230622BHJP
   C04B 35/16 20060101ALI20230622BHJP
   C04B 35/50 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
H01B1/06 A
H01B1/08
H01B13/00 Z
H01M8/12 101
H01M8/1246
H01M8/124
C04B35/16
C04B35/50
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020500545
(86)(22)【出願日】2019-02-14
(86)【国際出願番号】 JP2019005289
(87)【国際公開番号】W WO2019160018
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-12-07
(31)【優先権主張番号】P 2018024559
(32)【優先日】2018-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井手 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】城 勇介
【審査官】岩井 一央
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/111110(WO,A1)
【文献】特開2004-327210(JP,A)
【文献】特開2005-126269(JP,A)
【文献】特開2015-185321(JP,A)
【文献】特開2016-222506(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 1/06
H01B 1/08
H01B 13/00
H01M 8/12
H01M 8/1246
H01M 8/124
C04B 35/16
C04B 35/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
9.33+x[T6.00-yy]O26.0+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、
Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のMは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)で示され、式中のxは-1.00~1.00であり、式中のyは0.40~1.00未満であり、式中のzは-3.00~2.00である複合酸化物からなる配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体(ただし、A 9.33+x [T 6.00-y y ]O 26. 0+z において、AとMが同時にGeである場合を除く)
【請求項3】
Mは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の 元素である、請求項1又は2に記載の配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体。
【請求項5】
2.00+xTO5.00+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のxは-1.00~1.00、zは-2.00~2.00である。)で示される前駆体を、M元素(Mは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)を含有する気相中で加熱することにより、当該M元素と前記前駆体との反応により、当該前駆体を配向アパタイト型結晶構造とする工程と、M元素を含有しな い気相中でのアニール工程とを備えた、配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体の製造方法(ただし、AとMが同時にGeである場合を除く)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質形燃料電池(SOFC)、イオン電池及び空気電池などの各種電池の固体電解質、センサー、触媒並びに分離膜などとして利用可能な配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願人は先に、A9.33+x[T6-yy]O26.00+zで表される配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を提案した(特許文献1参照)。式中のAはLa等の元素を表す。TはSi等を表す。MはB等を表す。この酸化物イオン伝導体は、A2+xTO5+zで示される前駆体を、M元素を含有する気相中で加熱して、M元素と前駆体とを反応させることで得られる。この方法でアパタイト型結晶構造を有する前記酸化物イオン伝導体を得るために必要なM元素の量は、前記の前駆体の組成に依存し、y=1.00以上であることが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許出願公開第2018/0183068号明細書
【発明の概要】
【0004】
前記の式で表される酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン伝導性に優れたものである。酸化物イオン伝導体は、固体電解質形燃料電池、イオン電池及び空気電池などの各種電池の固体電解質、酸素センサー、触媒、並びに分離膜などに広く用いられており、酸化物イオン伝導性の更なる向上が求められている。したがって本発明の課題は、従来知られている配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体の伝導性を一層向上させることにある。
【0005】
前記の課題を解決すべく本発明者は鋭意検討した結果、配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を構成する元素の組成を制御することで、酸化物イオンの伝導性を一層向上させ得ることを知見した。
【0006】
本発明は前記の知見に基づきなされたものであり、A9.33+x[T6.00-yy]O26.0+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のMは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)で示され、式中のxは-1.00~1.00であり、式中のyは0.40~1.00未満であり、式中のzは-3.00~2.00である複合酸化物からなる配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を提供することによって前記の課題を解決したものである。
【0007】
また本発明は、A2.00+xTO5.00+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のxは-1.00~1.00、zは-2.00~2.00である。)で示される前駆体を、M元素(Mは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)を含有する気相中で加熱することにより、当該M元素と前記前駆体との反応により、当該前駆体を配向アパタイト型結晶構造とする工程と、アニール工程とを備えた、配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体の製造方法を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。上述した特許文献1に記載されている酸化物イオン伝導体について本発明者が検討を推し進めたところ、該酸化物イオン伝導体中にM元素が過剰に導入されると伝導率の低下が認められることが判明した。したがって、M元素の過剰な導入を阻止することが伝導率の低下抑制の観点から有利である。前記酸化物イオン伝導体はその組成の制御がこれまで容易でなかったが、本発明者は、鋭意検討の結果、M元素の導入量が少ない配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を製造し得る方法を見出した。以下、この酸化物イオン伝導体について詳細に説明する。
【0009】
<配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体>
本実施形態の一例に係る配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体(以下、「本酸化物イオン伝導体」ともいう。)は、式(1):A9.33+x[T6.00-yy]O26.0+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のMは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)で示され、式中のxは-1.00~1.00であり、式中のyは0.40~1.00未満であり、式中のzは-3.00~2.00である、アパタイト型結晶構造を有する複合酸化物(以下、「本アパタイト型複合酸化物」ともいう。)からなる。
【0010】
本明細書において、配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体の“配向性”とは、多結晶体であるアパタイト型酸化物イオン伝導体が、結晶軸が揃った配向軸を有しているという意味であり、一軸配向及び二軸配向を包含する。本アパタイト型複合酸化物においてはc軸配向性を有していることが好ましい。
【0011】
式(1)において、Aとして挙げられた、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaは、正の電荷を有するイオンとなり、アパタイト型六方晶構造を構成し得るランタノイド又はアルカリ土類金属であるという共通点を有する元素である。これらの中でも、酸化物イオン伝導性をより高めることができる観点から、La、Nd、Ba、Sr、Ca及びCeからなる群のうちの一種又は二種以上の元素との組み合わせであるのが好ましく、中でも、La、又はNdのうちの一種、或いは、LaとNd、Ba、Sr、Ca及びCeからなる群のうちの一種又は二種以上の元素との組み合わせであるのが好ましい。また、式(1)におけるTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素であればよい。
【0012】
式(1)におけるM元素は、気相中において、準安定な前駆体(後述するA2.00+xTO5.00+z)との反応により導入され、その結果、該前駆体の各結晶を、アパタイト型結晶構造に変化させるとともに、一方向に配向させることができる。かかる観点から、M元素としては、前記前駆体がアパタイト型結晶構造をとることになる1000℃以上の温度で気相となって、必要な蒸気圧を得ることができる元素であればよい。なお、「必要な蒸気圧」とは、雰囲気中を気相状態で移動でき、前記前駆体表面から内部に向かって粒界又は粒内拡散して反応を進めることができる蒸気圧の意である。
よって、このような観点から、M元素として、例えばB、Ge、Zn、W、Sn及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素を挙げることができる。中でも、高配向度や高生産性(配向速度)の点で、B、Ge及びZnなどが特に好ましい。
【0013】
式(1):A9.33+x[T6.00-yy]O26.0+zにおいて、xは、配向度及び酸化物イオン伝導性を高めることができる観点から、-1.00~1.00であるのが好ましく、中でも0.00以上或いは0.70以下、その中でも0.45以上或いは0.65以下であるのが好ましい。式(1)中のyは、アパタイト型結晶格子におけるT元素位置を埋めるという観点、及び目的とする本酸化物イオン伝導体の伝導性を高める観点から、0.40以上1.00未満であるのが好ましく、中でも0.40以上0.90以下であるのが好ましく、その中でも0.40以上或いは0.80以下、特に0.40以上或いは0.70以下、とりわけ0.50以上0.70以下であるのが好ましい。式(1)中のzは、アパタイト型結晶格子内での電気的中性を保つという観点から、-3.00~2.00であるのが好ましく、中でも-2.00以上或いは1.50以下、その中でも-1.00以上或いは1.00以下であるのが好ましい。
【0014】
また、式(1)において、Mのモル数に対するAのモル数の比率(A/M)、言い換えれば、式(1)における(9.33+x)/yは、アパタイト型結晶格子における空間的な占有率を保つという観点から、10.0~26.0であるのが好ましく、中でも10.0超或いは26.0以下であるのが好ましく、その中でも11.0以上或いは26.0以下、特に12.0以上或いは26.0以下であるのが好ましい。
【0015】
式(1):A9.33+x[T6.00-yy]O26.0+zの具体例としてはLa9.33+xSi5.2Zn0.8O26.0+z、La9.33+xGe5.090.9126.0+z、Nd9.33+xSi5.150.8526.0+zなどを挙げることができる。しかし、これらに限定するものではない。
【0016】
本アパタイト型複合酸化物は、ロットゲーリング法で測定した配向度、すなわちロットゲーリング配向度を0.60以上とすることができ、中でも0.80以上、更には0.90以上、その中でも特に0.97以上とすることができる。
本アパタイト型複合酸化物のロットゲーリング配向度を0.60以上とするためには、A2.00+xTO5.00+zで示される前駆体を単一相且つ高密度(相対密度80%以上)に調製するのが好ましい。ただし、かかる方法に限定するものではない。
【0017】
本アパタイト型複合酸化物は、酸化物イオン伝導率を、500℃で10-4S/cm以上とすることができ、中でも10-3S/cm以上、その中でも特に10-2S/cm以上とすることができる。本アパタイト型複合酸化物の500℃での酸化物イオン伝導率を10-4S/cm以上とするためには、ロットゲーリング配向度を0.60以上とするのが好ましい。しかし、かかる方法に限定するものではない。
【0018】
本アパタイト型複合酸化物は、輸率を0.8以上とすることができ、中でも0.9以上、その中でも特に0.95以上とすることができる。本アパタイト型複合酸化物の輸率を0.8以上とするためには、A9.33+x[T6.00-yy]O26.0+zの純度を90質量%以上とするのが好ましい。しかし、かかる方法に限定するものではない。
【0019】
<酸化物イオン伝導体の製造方法>
本実施形態の一例に係る酸化物イオン伝導体の製造方法(以下、「本製造方法」ともいう。)は、式(2):A2.00+xTO5.00+z(式中のAは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。式中のTは、Si若しくはGe又はその両方を含む元素である。式中のxは-1.00~1.00、zは-2.00~2.00である。)で示される前駆体を、M元素(Mは、B、Ge、Zn、Sn、W及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素である。)を含有する気相中で加熱することにより、当該M元素と前記前駆体との反応により、当該前駆体を配向アパタイト型結晶構造とする工程(以下、「気相-固相拡散工程」ともいう。)と、アニールを行う工程(以下、「アニール工程」ともいう。)を備えた製法である。本製造方法は、気相-固相拡散工程とアニール工程を備えていればよく、他の工程を追加することは任意である。
【0020】
本製造方法によれば、結晶内のクラックなどの発生を抑制することができるから、より大面積の配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体を製造することができるだけでなく、結晶が一方向に強く配向したアパタイト型結晶構造を有する酸化物イオン伝導体を得ることができる。その結果、より高い酸化物イオン伝導率を有する配向性アパタイト型複合酸化物を得ることができる。
【0021】
気相中のM元素(カチオン)が、前記前駆体の表面から前駆体と反応して配向性アパタイト型複合酸化物を形成し始め、前駆体と生成したアパタイト相との界面における反応が進むことで、前駆体全体を配向性アパタイト型複合酸化物とすることができる。特に、気相-固相拡散工程によって得た配向性アパタイト型複合酸化物を、該工程後に行われるアニール工程において、M元素を含まない気相中で加熱すれば、M元素が再気化することに起因して、目的とする配向性アパタイト型複合酸化物中におけるM元素の含有量を低減させることができるとともに、結晶の再配列により高配向度化を達成することができる。したがって、本製造方法によって、前記の本酸化物イオン伝導体を製造することができる。しかし、本製造方法によって製造することができる酸化物イオン伝導体は、前記の本酸化物イオン伝導体に限定されるものではない。
【0022】
(前駆体)
本製法における前駆体は、前記の式(2)で示される化合物であればよく、無配向体であってもよい。
当該前駆体は、例えば焼結体であっても、成形体であっても、膜体であってもよい。
【0023】
当該前駆体は、例えば、目的とするA及びT元素を含む化合物を原料としたゾルゲル法や水熱合成法等の湿式合成法で得られる化合物であってもよいし、A及びT元素を含む化合物を焼結して得られる化合物であってもよいし、また、スパッタリング等で製膜されたものであってもよい。
【0024】
中でも、当該前駆体の焼結体としては、例えば、固相法で二種以上の酸化物を混合、加熱して得られた複合酸化物焼結体であっても、該焼結体を粉砕して得られた粉体を加圧成形してなる圧粉成形体であっても、更に該圧粉成形体を加熱焼結して得られた焼結体(「複合酸化物圧粉成形焼結体」と称する)として調製されたものであってもよい。その中でも、最終的な配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体の密度の点で、前記複合酸化物圧粉成形焼結体であるのが好ましく、その中でも特に、冷間等方圧加圧(CIP)によって加圧成形してなる圧粉成形体を加熱焼結して得られた圧粉成形焼結体であるのが好ましく、該圧粉成形焼結体の表面を研磨して得られたものが更に好ましい。なお、前駆体の調製方法としては、大気中で1100℃~1700℃で加熱して焼結させるのが好ましく、その中でも、大気中で原料となるAとTとを含む化合物の混合物を1200℃~1700℃で加熱した後、再度圧粉成形体として大気中で1300℃~1700℃で加熱して焼結させるのが更に好ましい。このように2度焼成する際の各焼成の役割としては、一度目の焼成は主に複合酸化物を合成する役割があり、2度目の焼成は主に焼結させる役割がある。
【0025】
前駆体の組成比によって、気相からドープされるM元素量が決まる。よって、気相法で作製されるアパタイト型シリケート、ゲルマネート又はシリコゲルマネート、すなわち前記の本アパタイト型複合酸化物のM元素量は、前駆体の組成比に依存する。
かかる観点から、式(2)中のxは-1.00~1.00であるのが好ましく、中でも-0.40以上或いは0.70以下、その中でも0.00以上或いは0.60以下であるのが好ましい。
式(2)中のzは、前駆体結晶格子における電気的中性を保ち、且つ化学的に結晶構造を保持し得る観点から、-2.00~2.00であるのが好ましく、中でも-0.60以上或いは1.00以下、その中でも0.00以上或いは0.70以下であるのが好ましい。
【0026】
前駆体の具体的組成例としては、例えばLa2SiO5、NdSiO、LaNdSiO、LaGeOなどを挙げることができる。ただし、これらに限定するものではない。
【0027】
(気相-固相拡散工程)
本製造方法における気相-固相拡散工程は、気相-固相界面から配向結晶が成長する点に特徴がある。気相からM元素が導入され、目的組成の配向焼結体を得ることができる。この際、気相中のM元素は、前駆体の表面を介して結晶内に入り込んでいく過程で、結晶が配向することになる。よって、前記前駆体圧粉成形体焼結体の表面の一部をマスキングすることで、配向方向を制御することができる。
【0028】
M元素は、前駆体がアパタイト型結晶構造に変化する1000℃以上で気相となり、必要な蒸気圧を得ることができる元素であればよい。ここで、当該「必要な蒸気圧」とは、雰囲気中を気相状態で移動でき、前記前駆体表面から内部に向かって粒界又は粒内拡散して反応を進めることができる蒸気圧の意である。かかる観点から、M元素として、B、Ge、Zn、W、Sn及びMoからなる群から選ばれた一種又は二種以上の元素を挙げることができる。これらは、気相中のM元素と前駆体表面との反応によりTサイトにM元素が導入された配向アパタイト型結晶構造焼結体を得ることができる。例えばM元素がBの場合であれば、M元素を含有する化合物として、B23、H3BO3、LaBO3、LaB6などを挙げることができる。ホウケイ酸ガラスなどの非晶質体も用いることができる。他方、M元素がZnの場合であれば、ZnO、Zn金属、ZnSiOなどを挙げることができ、Geの場合であれば、GeO、Ge金属などを挙げることができ、Wの場合であれば、WO3、WO、W金属などを挙げることができ、Snの場合であれば、SnO、SnO、Sn金属などを挙げることができ、Moの場合であれば、MoO、MoO、MoSi、Mo金属などを挙げることができる。
【0029】
M元素を含有する気相としては、M元素を含むイオン、M元素を含む蒸気、M元素を含むガスなどのいずれかを含んでいればよい。例えば、M元素を含む蒸気と酸素とを含む気相であってもよい。よって、このときの加熱雰囲気、すなわちM元素を含有する容器内雰囲気は、大気雰囲気、酸化雰囲気、還元雰囲気、不活性雰囲気のいずれでもよく、更にはこれらの加圧状態や、或いは真空状態であってもよい。
【0030】
気相-固相拡散工程において、M元素を含有する気相中で前記前駆体を加熱する具体的な方法としては、例えば、前記A2.00+xTO5.00+zで示される前駆体と、前記M元素を含有する化合物とを、容器、例えば密閉容器や蓋付き容器内に入れて加熱することで、前記M元素を含有する化合物を気化させて、当該容器内の雰囲気を、前記M元素を含有する気相雰囲気として、当該M元素と前記前駆体の表面とを反応させるようにすればよい。ただし、このような方法に限定するものではない。なお、気相-固相拡散工程における「容器」とは、前述した「必要な蒸気圧」を得るために必要な空間を限定する物という意味であり、例えば反応管、チャンバー、蓋付匣鉢等を挙げることができる。ただしこれらに限定されるものではない。
【0031】
更に具体的には、La2SiO5組成の焼結体と、B23粉末とを、同一の蓋付きアルミナ容器内で、1200~1600℃で加熱することによりB23粉末を気化させて、当該容器内の雰囲気を、B元素を含有する気相雰囲気として、SiサイトにBを置換したc軸配向アパタイトLa9.33+x(Si4.71.3)O26.0+zを合成することができる。
【0032】
気相-固相拡散工程における加熱温度(炉の設定温度)は、1000℃以上、中でも1100℃以上、その中でも特に1200℃以上とするのが好ましい。加熱温度の上限は特に限定するものではないが、大気圧下ではアパタイト型複合酸化物の結晶構造を維持できる1700℃付近が上限温度となるものと解される。
【0033】
(アニール工程)
本工程は、気相-固相拡散工程によって得た配向性アパタイト型複合酸化物を更に加熱する工程である。好ましくは、M元素を含有しない気相雰囲気で、配向性アパタイト型複合酸化物を加熱する。こうすることで、気相-固相拡散工程によって得た配向性アパタイト型複合酸化物の結晶構造中に含まれるM元素を除去し、その含有量を減らすことができる。アニール工程においては、気相-固相拡散工程で得られた配向性アパタイト型複合酸化物を取り出し、M元素を含むガスやM元素を含む化合物を含まない容器内で該配向性アパタイト型複合酸化物を加熱することができる。気相-固相拡散工程において、ガスフローによってM元素を供給する場合は、ガスフローを停止することで、気相-固相拡散工程に連続してアニール工程を行うこともできる。アニールの雰囲気は、大気雰囲気、酸化雰囲気、還元雰囲気、不活性雰囲気のいずれでもよく、これらの加圧状態や、或いは真空状態であってもよい。
【0034】
具体的には、配向性アパタイト型複合酸化物を、大気中1000℃から1600℃で加熱することにより、Bの置換量yが好ましくは1.00未満、更に好ましくは0.90以下であるc軸配向アパタイトA9.33+x[T6.00-yy]O26.0+zを製造することができる。
【0035】
アニール工程における配向性アパタイト型複合酸化物の加熱温度は、1000℃以上、中でも1100℃以上、その中でも特に1200℃以上とすることが好ましい。加熱温度の上限は特に限定するものではないが、アパタイト型複合酸化物の結晶構造を維持できる1700℃付近が大気圧における上限温度となる。アニールの時間は、アニールの温度がこの範囲内であることを条件として、好ましくは0.5時間以上或いは3.0時間以下、更に好ましくは1.0時間以上或いは2.0時間以下に設定することができる。
【0036】
アニール工程においては、上述のとおり好ましくは1000℃以上の温度で配向性アパタイト型複合酸化物を加熱することで、結晶構造に含まれるM元素を気化させて、該配向性アパタイト型複合酸化物から除去する。したがって、アニール工程において用いられる容器は、開放型の非密閉容器であることが好ましい。密閉容器を用いる場合には、容器内に酸素を含むガスをフローさせながら加熱して、気相中のM元素を除去することが好ましい。
【0037】
<用途>
本酸化物イオン伝導体の使用形態の一例として、本酸化物イオン伝導体の両面に、電極を積層してなる構成を備えた電極接合体の固体電解質としての使用形態を挙げることができる。本酸化物イオン伝導体の形状は限定的ではない。例えば平膜形状の他、円筒形状のような形態などもあり得る。例えば本酸化物イオン伝導体の形状が円筒形状の場合、通常はその内周面と外周面に電極を積層する。
【0038】
本酸化物イオン伝導体を用いた前記の如き電極接合体を、燃料電池(SOFC)のセルとして使用する場合には、例えば、該電極接合体のアノード電極に燃料ガスを供給し、カソード電極に酸化剤(空気、酸素等)を供給して350~1000℃で動作させると、当該カソード電極で電子を受け取った酸素分子がO2-イオンとなり、固体電解質を介してアノード電極に到達し、ここで水素と結びつき電子を放出することで発電することができる。
【0039】
他方、本酸化物イオン伝導体を用いた前記の如き電極接合体を、酸素センサーとして使用する場合には、例えば、当該電極接合体の片側を基準ガスにさらし、その反対側を測定雰囲気にさらすと、測定雰囲気の酸素濃度に応じて起電力が発生する。よって、例えば基準ガスを大気、測定雰囲気を内燃機関からの排気ガスとすることで、排気ガスの空燃比コントロールに利用することができる。
【0040】
また、本酸化物イオン伝導体を用いた前記の如き電極接合体を、酸素分離膜として使用する場合には、燃料電池(SOFC)のセルとして使用する場合と同様に、カソード電極に空気を供給して350~1000℃で動作させると、カソードで電子を受け取った酸素分子がO2-イオンとなり、固体電解質を介してアノード電極に到達し、ここで電子を放出してO2-イオン同士が結びつくことで酸素分子だけを透過させることができる。
【0041】
また、本酸化物イオン伝導体を用いた前記の如き電極接合体を、限界電流式酸素センサーとして使用する場合には、当該電極接合体のカソード電極側の酸素濃度に応じて得られる両電極間の電流値を測定することによって、酸素センサーとして用いることができる。
【0042】
これらの用途において、本酸化物イオン伝導体の厚さは、電気抵抗を抑えることと製造安定性の観点から、0.01μm~1000μmであることが好ましく、中でも0.1μm以上或いは500μm以下であることがより好ましい。なお、前記用途に用いる電極は多孔質形態であることが好ましい。電極の材質は、当該用途における公知のものを適宜利用することができ、その厚さは0.01~70μm程度であることが好ましい。
【0043】
<語句の説明>
本明細書において「X~Y」(X及びYは任意の数字)と表現する場合、特に断らない限り「X以上Y以下」の意とともに、「好ましくはXより大きい」或いは「好ましくはYより小さい」の意も包含する。また、「X以上」(Xは任意の数字)或いは「Y以下」(Yは任意の数字)と表現した場合、「Xより大きいことが好ましい」或いは「Y未満であることが好ましい」旨の意図も包含する。
【実施例
【0044】
以下、本発明を下記実施例及び比較例に基づいて更に詳述する。
【0045】
<実施例1>
(1)気相-固相拡散工程
La23とSiO2とをモル比で1:1になるように配合し、エタノールを加えてボールミルで混合した後、この混合物を乾燥させ、乳鉢で粉砕し、Ptるつぼを使用して大気雰囲気下1650℃で3時間焼成した。次いで、この焼成物にエタノールを加えて遊星ボールミルで粉砕し、予備焼成体粉末を得た。
次に、前記予備焼成体粉末を、20mmφの成形器に入れて一方向から加圧して一軸成形した後、更に600MPaで1分間冷間等方圧加圧(CIP)を行ってペレットを成形した。次いで、このペレット状成形体を大気中、1600℃で3時間加熱してペレット状焼結体を得、得られたペレット状焼結体の表面をダイヤモンド砥石で研磨して、前駆体を得た。
こうして得られた前駆体の粉末X線回折と化学分析の結果から、La2SiO5の構造であることが確認された。
【0046】
得られた前駆体(ペレット)800mgと、B23粉末140mgとを、蓋付き匣鉢内に入れて、電気炉を用いて大気中、1550℃(炉内雰囲気温度)で50時間加熱し、匣鉢内にB23蒸気を発生させるとともに、B23蒸気と前駆体とを反応させた。こうして得られたペレットの表面を1200番の耐水研磨紙で研磨して、配向性アパタイト型複合酸化物の焼結体を得た。
【0047】
(2)アニール工程
次に、研磨した配向性アパタイト型複合酸化物を、電気炉を用い大気中において1600℃で1時間加熱し、サンプルを得た。大気中にB23は含まれていなかった。
【0048】
<実施例2>
実施例1のアニール工程において、配向性アパタイト型複合酸化物を、電気炉を用い大気中において1500℃で2時間加熱する以外は実施例1と同様にして、サンプルを得た。
【0049】
<実施例3>
実施例1のアニール工程において、配向性アパタイト型複合酸化物を、電気炉を用い大気中において1500℃で1時間加熱する以外は実施例1と同様にして、サンプルを得た。
【0050】
<実施例4>
実施例1のアニール工程において、配向性アパタイト型複合酸化物を、電気炉を用い大気中において1400℃で1時間加熱する以外は実施例1と同様にして、サンプルを得た。
【0051】
実施例1~4で得られたアパタイト型焼結体(サンプル)について粉末X線回折及び化学分析を行った結果、いずれの実施例のアパタイト型焼結体(サンプル)も、その主構成相は空間群がP63/mに属したアパタイト型結晶構造になっており、以下の表1に示す組成であることが確認された。また、いずれの実施例のアパタイト型焼結体(サンプル)についても、偏光顕微鏡と走査型電子顕微鏡で観察した結果、クラックは認められなかった。
【0052】
なお、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Be、Mg、Ca、Sr及びBaなどの元素を、実施例1~4におけるLaの代わりに使用しても、高温領域でアパタイト型結晶構造が安定であるから、Laを用いた場合と同様のアパタイト型焼結体を作製することができ、前記実施例と同様の効果を得られるものと期待することができる。
【0053】
<比較例1>
実施例1のアニール工程を行わない以外は実施例1と同様にして配向性アパタイト型複合酸化物(サンプル)を得た。
【0054】
<配向度の測定方法>
下記式を用い、ロットゲーリング法で配向度を算出した。アパタイト型焼結体バルクX線回折で得られた全ピーク強度の総和と(002)及び(004)に帰属される両ピーク強度の和の比ρを用いて、下記数式(A)から配向度fを算出した。
【0055】
f=(ρ-ρ)/(1-ρ) (A)
ここで、ρ:アパタイト型結晶構造の理論値
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl)
ρ:配向アパタイト焼結体での測定値
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl)
【0056】
<酸化物イオン伝導率の測定>
アパタイト型焼結体(サンプル)の両面にスパッタリング法を用いて150nm厚の白金膜を製膜して電極を形成した後、加熱炉中で温度を変化させ、インピーダンス測定装置にて周波数0.1Hz~32MHzで複素インピーダンス解析を行った。各アパタイト型焼結体(サンプル)について、全抵抗成分(粒内抵抗+粒界抵抗)から酸化物イオン伝導率(S/cm)を求めた。500℃での酸化物イオン伝導率を下記表1に示した。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示す結果から明らかなとおり、各実施例で得られた配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体は、比較例で得られた配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体に比べて配向度が高く、また酸化物イオン伝導率が高いことが判る。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、従来よりも酸化物イオンの伝導性が高い配向性アパタイト型酸化物イオン伝導体が提供される。