(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-21
(45)【発行日】2023-06-29
(54)【発明の名称】貴金属合金粉末およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20230622BHJP
B22F 9/20 20060101ALI20230622BHJP
C22C 5/00 20060101ALI20230622BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
B22F1/00 K
B22F9/20 Z
C22C5/00
C22C30/00
(21)【出願番号】P 2023026471
(22)【出願日】2023-02-22
【審査請求日】2023-02-22
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】近藤 寿恵
(72)【発明者】
【氏名】細井 拓也
(72)【発明者】
【氏名】山田 登士
(72)【発明者】
【氏名】宮本 浩史
(72)【発明者】
【氏名】武原 真彦
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/020377(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/154292(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/132883(WO,A1)
【文献】特開平08-325602(JP,A)
【文献】特開平10-102106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末であって、
平均粒径が10μm以下であり、
結晶子サイズが60nm以上であり、
X線回折スペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数が1である、貴金属合金粉末。
【請求項2】
前記貴金属元素のすべてについて、エネルギー分散型X線分光法により測定される含有量の変動係数CVが0.2以下である、請求項1に記載の貴金属合金粉末。
【請求項3】
5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末の製造方法であって、
原料粉末として、前記5種以上の貴金属元素を、それぞれ別々に金属粉末または金属酸化物粉末の形態で準備する原料準備工程と、
前記原料粉末と、炭酸カルシウムと、水とを混合してスラリーとするとともに、前記スラリーのpHを8.0以上とするスラリー調製工程と、
前記スラリーを混合する混合工程と、
前記スラリーを非酸化性雰囲気中で焼成して合金粉末とする焼成工程と、
酢酸で前記合金粉末を処理する酢酸処理工程と、
前記酢酸処理後の合金粉末を水洗、乾燥する洗浄工程とを含む、貴金属合金粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貴金属合金粉末に関する。また、本発明は、前記貴金属合金粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貴金属粉末は、化学的に安定であることに加え、各種化学反応に対する触媒活性を有することから、様々な用途に用いられている。例えば、電子部品の製造においては、貴金属粉末を含有するペーストを印刷、焼成することにより電極や配線の形成が行われている。また、燃料電池の電極触媒を初めとする各種触媒としても広く利用されている。
【0003】
ここで、貴金属元素としては、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)が挙げられる。これらの元素は貴金属元素という1つのグループに属しているが、実際の物理的、化学的特性は元素ごとに異なっている。また、これら貴金属元素からなる貴金属合金は、組成によって性質が大きく変化することも知られている。そこで、貴金属粉末の機能、特性の改善のため、様々な組成の貴金属合金からなる粉末が求められている。
【0004】
さらに近年では、貴金属からなるハイエントロピー合金についても研究が進められている。ハイエントロピー合金とは、定義にもよるが、狭義には5種以上の元素を概ね等原子量ずつ含み、かつ単相固溶体を形成している合金を指し、通常の合金とは大きく異なる性質を示すことから、注目を集めている。ハイエントロピー合金としては、Cr、Mn、Fe、Co、Niなどの卑金属元素を用いたものが一般的であるが、貴金属元素のみからなるハイエントロピー合金も合成されている。
【0005】
例えば、非特許文献1では、8種の貴金属元素からなるハイエントロピー合金の粉末を、湿式還元法(液相還元法、化学的還元法ともいう)により製造している。また、この非特許文献1では、前記粉末が極めて優れた水素発生反応触媒活性を示すことを明らかにしている。
【0006】
このように、多種の貴金属元素からなる多元系貴金属合金粉末に関心が集まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平10-102107号公報
【文献】特開2011-162868号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Journal of the American Chemical Society, 2022年2月, Vol. 144, No. 8, p.3365-3369
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここで、貴金属粉末の物性は、粒径と結晶性に大きく依存することが知られている。そのため、上述したような貴金属合金粉末においても、粒径と結晶性を制御することが求められる。特に、想定される各種の用途においては、焼結しやすさや活性の高さなどの観点から、平均粒径が10μm以下であるような微細粉末であること、および結晶性が高いことが望ましい。
【0010】
しかし、本発明者らが検討したところ、非特許文献1で採用されているような湿式還元法で得られる貴金属合金粉末は、結晶性が比較的低いことが分かった。湿式還元法により粉末を製造した後、さらに熱処理を行えば結晶性を高められる可能性もあるが、そのような熱処理を行えば、微細な粒子同士が焼結されて粗大化してしまう場合がある。そのため、湿式還元法では、微細な粒径と高い結晶性を兼ね備えた貴金属合金粉末を製造することは困難であった。
【0011】
一方、貴金属粉末を製造する方法としては、湿式法以外にも、貴金属または貴金属化合物の粉末を焼成する方法が知られている(以下、焼成法という)。
【0012】
例えば、特許文献1では、Pt粉末とRh粉末を混合し、炭酸カルシウムの存在下で焼成することによってPt-Rh合金粉末を製造する方法が提案されている。特許文献1には、前記方法によれば、得られる粉末の粒子径および結晶子サイズを制御できることが開示されている。
【0013】
また、特許文献2では、貴金属塩化物を還元熱処理して得た凝集物を解砕し、次いで、炭酸カルシウムの存在下で焼成することによって貴金属粉末を製造することが提案されている。特許文献2には、前記方法によれば、平均粒径が10μm以下であり、結晶性と純度が高い貴金属粉末が得られることが開示されている。
【0014】
このように、焼成法によれば、微細で、結晶性に優れる貴金属粉末を製造することができる。
【0015】
しかし、本発明者らのさらなる検討の結果、特許文献1、2で提案されているような従来の焼成法で貴金属合金粉末を製造した場合、構成元素の分布に偏りが生じること、すなわち、合金組成のばらつきが生じることが分かった。合金組成にばらつきがあると、粉末の特性にもばらつきが生じてしまうため、貴金属合金の有する本来の特性を発揮させるためには、組成の均一性に優れる貴金属合金粉末が求められる。
【0016】
特に、上述したハイエントロピー合金を製造する場合には、組成の偏りは極力低減することが望ましいと考えられる。すなわち、組成の偏りがあると、その部分においては各元素を等原子量ずつ含むという条件を満たさなくなり、ハイエントロピー合金本来の特性が得られないおそれがある。また、組成の偏りが大きいと単相固溶体を形成できなくなる場合もある。
【0017】
このように、従来の技術では、微細な粒径と高い結晶性を兼ね備え、かつ組成の均一性に優れる貴金属合金粉末を得ることが難しいという問題があった。
【0018】
本発明は、上記の問題を解決し、微細な粒径と高い結晶性を兼ね備え、かつ組成の均一性に優れる貴金属合金粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の発明者らは、上記目的を達成するために検討を行なった結果、原料粉末を含むスラリーのpHを8.0以上とした後に焼成することにより、上記の問題を解決できることを見出した。本発明はこの知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
【0020】
(1)5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末であって、
平均粒径が10μm以下であり、
結晶子サイズが60nm以上であり、
X線回折スペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数が1である、貴金属合金粉末。
【0021】
(2)前記貴金属元素のすべてについて、エネルギー分散型X線分光法により測定される含有量の変動係数CVが0.2以下である、上記(1)に記載の貴金属合金粉末。
【0022】
(3)5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末の製造方法であって、
原料粉末として、前記5種以上の貴金属元素を、それぞれ別々に金属粉末または金属酸化物粉末の形態で準備する原料準備工程と、
前記原料粉末と、炭酸カルシウムと、水とを混合してスラリーとするとともに、前記スラリーのpHを8.0以上とするスラリー調製工程と、
前記スラリーを混合する混合工程と、
前記スラリーを非酸化性雰囲気中で焼成して合金粉末とする焼成工程と、
酢酸で前記合金粉末を処理する酢酸処理工程と、
前記酢酸処理後の合金粉末を水洗、乾燥する洗浄工程とを含む、貴金属合金粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、微細な粒径と高い結晶性を兼ね備え、かつ組成の均一性に優れる貴金属合金粉末を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態における貴金属合金粉末の製造方法を示すフロー図である。
【
図2】実施例および比較例における各元素の分布を示すEDXマップである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0026】
[貴金属合金粉末]
本発明の一実施形態における貴金属合金粉末は、5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末であり、下記(1)~(3)の条件を満たす。
・ 平均粒径が10μm以下
(2)結晶子サイズが60nm以上
(3)X線回折スペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数が1
【0027】
・貴金属元素
本発明の貴金属合金粉末を構成する貴金属としては、特に限定されることなく任意の貴金属元素を用いることができる。すなわち、本発明の貴金属合金粉末は、Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、およびOsからなる群より選択される少なくとも5種の元素からなる合金の粉末である。
【0028】
なお、上記貴金属元素のうち、Osは焼成工程で揮発しやすい性質を有している。そのため、製造しやすさの観点からは、前記貴金属合金粉末は、Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、およびRuからなる群より選択される少なくとも5種の元素からなる合金の粉末である。
【0029】
前記合金を構成する貴金属元素の数は5以上であればよく、上限はとくに限定されない。すなわち、8種すべての貴金属元素を含んでいてもよい。前記貴金属元素の数は、6であってもよく、7であってもよい。
【0030】
なお、本発明の貴金属合金粉末に含まれる各貴金属元素の割合(含有量)についてはとくに限定されず、任意の値とすることができる。例えば、先に述べたハイエントロピー合金からなる貴金属合金粉末を製造する場合には、貴金属合金粉末に含まれる各貴金属元素の割合をほぼ等しい値とすればよい。具体的には、貴金属合金粉末に含まれるすべての貴金属元素の含有量(原子%)のうち、最大の含有量(Cmax)と最小の含有量(Cmin)との差(Cmax-Cmin)として定義されるΔCが10.0原子%以下であることが好ましく、5.0原子%以下であることがより好ましく、3.0原子%以下であることがさらに好ましく、2.0原子%以下であることが最も好ましい。一方、前記ΔCは低ければ低いほどよく、下限は0原子%であってよい。
【0031】
・平均粒径:10μm以下
本明細書で提案する焼成法によれば、平均粒径が10μm以下である微細な貴金属合金粉末を得ることができる。平均粒径が10μm以下であれば、先に述べたような様々な貴金属粉末の用途に好適に用いることができる。平均粒径が10μmを超える粉末を製造することも可能ではあるが、その場合、焼成の際に粒子が粗大に成長する結果、粒子形状がいびつとなり、貴金属合金粉末の特性が劣化するおそれがある。そのため、本発明では貴金属合金粉末の平均粒径を10μm以下、好ましくは5μm以下、より好ましくは3μm以下とする。一方、前記平均粒径の下限はとくに限定されないが、製造しやすさおよび取り扱いやすさの観点からは、平均粒径が0.1μm以上であることが好ましく、0.2μm以上であることがより好ましい。
【0032】
なお、ここで前記貴金属合金粉末の平均粒径は、体積基準の累積粒度分布における50%粒径D50、すなわちメジアン径を指すものと定義する。前記平均粒径は、レーザー回折式粒度分布計を用いて測定することができる。
【0033】
・結晶子サイズ:60nm以上
本発明における貴金属合金粉末は、高い結晶性を有しており、具体的には結晶子サイズが60nm以上、好ましくは80nm以上である。一方、前記結晶子サイズの上限についてはとくに限定されないが、典型的には140nm以下であってよく、120nm以下であってよい。
【0034】
上記結晶子サイズは、X線回折(XRD)測定によって得られた回折ピークの半値幅から求めることができる。
【0035】
・XRDスペクトルにおけるピーク本数:1
粉末に含まれる貴金属元素が十分に合金化していない場合、X線回折スペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に、各元素に由来する複数のピークが観察される。そこで、本発明では、前記範囲に観察されるピークの数を1とする。XRDスペクトルにおけるピーク本数が1本であれば、均一に合金化できているといえる。なお、ここでピーク本数をカウントする回折角度2θの範囲を38~44°と定めているのは、貴金属元素(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、およびOs)のピークが当該範囲に観察されるためである。
【0036】
・EDXにより測定される含有量の変動係数CV
本発明では、貴金属合金粉末を構成するすべての金属元素について、エネルギー分散型X線分光法(EDX)により測定される含有量の変動係数CVが0.2以下であることが好ましく、0.15以下であることがより好ましい。なお、ここで変動係数CVが0.2以下であるとは、貴金属合金粉末を構成する貴金属元素それぞれに含有量の変動係数CVが0.2以下であることを意味する。本発明によれば、前記変動係数CVが0.2以下であるような、極めて均一な貴金属合金粉末を得ることができる。一方、前記変動係数CVは低ければ低いほどよいため、下限についてもとくに限定されない。典型的には、前記変動係数CVは0.05以上であってよく、0.08以上であってよい。
【0037】
EDXにより測定される含有量の変動係数CVが上記条件を満たしていれば、さらに均一に合金化できているといえる。
【0038】
[製造方法]
次に、本発明の一実施形態における貴金属合金粉末の製造方法について説明する。
【0039】
図1は、本発明の一実施形態における貴金属合金粉末の製造方法を示すフロー図である。
図1に示したように、本発明の一実施形態における貴金属合金粉末の製造方法は、下記(1)~(6)の工程を含んでいる。以下、各工程について具体的に説明する。
(1)原料準備工程
(2)スラリー調製工程
(3)混合工程
(4)焼成工程
(5)酢酸処理工程
(6)洗浄工程
【0040】
・原料準備工程
まず、原料準備工程では、貴金属合金粉末を製造するための原料として用いる粉末(原料粉末)を準備する。前記原料粉末は、最終的に製造される貴金属合金を構成する貴金属元素のそれぞれについて、別々に用意する。例えば、5元系合金を製造する場合、5つの原料粉末を用意すればよい。
【0041】
前記原料粉末の粒径はとくに限定されないが、最終的に得られる貴金属合金粉末をさらに均一にするという観点からは微細な原料粉末を用いることが好ましい。具体的には、使用する各原料粉末の平均粒子径を1000nm以下とすることが好ましく、500nm以下とすることがより好ましく、100nm以下とすることがさらに好ましい。一方、前記平均粒子径の下限についてもとくに限定されないが、例えば、1nm以上であってよく、5nm以上であってよく、10nm以上であってもよい。
【0042】
なお、ここで前記原料粉末の平均粒子径は、当該原料粉末の比表面積から真球モデルを用いて求められる平均粒子径dを指すものと定義する。前記平均粒子径d(μm)は、一般的にBET径と呼ばれるものであり、具体的には、原料粉末を構成する粒子の密度ρ(g/cm3)とBET比表面積s(m2/g)から次の(1)式により算出することができる。
d=6/ρs …(1)
【0043】
前記原料粉末は、金属粉末および金属酸化物粉末のいずれであってもよい。例えば、Ptについては、Pt粉末を使用することもできるが、酸化白金(PtO2)粉末を使用することもできる。同様に、酸化ロジウム(RhO2、RhO3)、酸化パラジウム(PdO)などの酸化物粉末も任意に使用できる。これらの酸化物粉末は、焼成の際に熱分解して貴金属源として機能する。基本的には、金属粉末と金属酸化物粉末のいずれを用いた場合でも原料としての機能に変わりはないため、粉末の入手しやすさなどに応じて選択すればよい。
【0044】
ただし、Ruについては、酸化ルテニウム(RuO2)粉末ではなく、金属ルテニウム粉末を原料として用いることが好ましい。
【0045】
例えば、本発明の一実施形態においては、前記原料粉末として、金、銀、酸化銀、白金、酸化白金、パラジウム、酸化パラジウム、ロジウム、ルテニウム、酸化ロジウム、イリジウム、酸化イリジウムおよびオスミウムからなる群より選択される少なくとも5種の粉末を用いることが好ましい。
【0046】
(2)スラリー調製工程
次いで、前記原料粉末と、炭酸カルシウムと、水とを混合してスラリーとするとともに、前記スラリーのpHを8.0以上とする。前記炭酸カルシウムは、焼成工程において熱分解されて少なくとも一部が酸化カルシウムとなる。炭酸カルシウムおよび酸化カルシウムは、貴金属合金の粒成長を阻害する作用を有しているため。最終的に得られる貴金属合金粉末の微細化に寄与する。
【0047】
前記炭酸カルシウムの添加量はとくに限定されないが、上記の効果を高めるという観点からは、全原料粉末に対する重量比で、0.1倍以上とすることが好ましく、0.2倍以上とすることがより好ましく、0.5倍以上とすることがさらに好ましい。一方、上限についてもとくに限定されないが、過剰に添加しても効果が飽和する。そのため、全原料粉末に対する重量比で、10倍以下とすることが好ましく、5倍以下とすることがより好ましく、2倍以下とすることがさらに好ましい。
【0048】
前記炭酸カルシウムは、任意の形態で添加できる。典型的には、炭酸カルシウム粉末を使用すればよい。炭酸カルシウム粉末を使用する場合、該炭酸カルシウム粉末の平均粒子径はとくに限定されないが、0.2~1.0μmとすることが好ましい。なお、ここで前記炭酸カルシウムの平均粒子径は、当該炭酸カルシウムの比表面積から真球モデルを用いて求められる平均粒子径dを指すものと定義する。前記平均粒子径d(μm)は、一般的にBET径と呼ばれるものであり、具体的には、炭酸カルシウムを構成する粒子の密度ρ(g/cm3)とBET比表面積s(m2/g)から次の(1)式により算出することができる。
d=6/ρs …(1)
【0049】
pH:8.0以上
上記スラリー調製工程においては、該スラリーのpHを8.0以上とすることが重要である。スラリーのpHが8.0未満であると、最終的に得られる貴金属合金粉末における組成の均一性が低下し、EDX測定における変動係数CVが増大する。また、スラリーのpHが8.0未満であると、XRDスペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数を1とすることができない。
【0050】
スラリーのpHを調製する方法はとくに限定されないが、例えば、pHが8.0未満である場合には、スラリーにアルカリを添加すればよい。例えば、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、およびアンモニアからなる群より選択される少なくとも1つをスラリーに添加することによりpHを調整することができる。前記アルカリ金属水酸化物としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが挙げられる。また、前記アルカリ土類金属水酸化物としては、例えば、水酸化カルシウムが挙げられる。なお、前記スラリーのpHは、一般的なpHメータで測定すればよい。
【0051】
なお、上記スラリーのpHの上限はとくに限定されない。しかし、pHを10より高くしても合金の均一化する効果が飽和する。また、pHを10より高くする場合、多量にアルカリを添加する必要がある。その結果、前記アルカリとして添加したナトリウムやカリウムなどが不純物として多量に残存する場合がある。また、前記アルカリとしてアンモニアを使用する場合、製造過程において有害なアンモニアガスが多量に発生するため危険である。そのため、前記スラリーのpHは10以下とすることが好ましい。
【0052】
(3)混合工程
混合工程では、前記スラリーを混合する。前記混合には、とくに限定されることなく任意の混合機を用いることができる。前記混合機としては、例えば、ボールミル、遊星ミル(遊星型ボールミル)、ビーズミル、アトライターなどが挙げられる。より均一に混合するという観点からは、ビーズミルまたは遊星ミルを用いることが好ましく、中でもビーズミルを用いることが好ましい。
【0053】
(4)焼成工程
次に、前記混合工程で混合されたスラリーを、非酸化性雰囲気中で焼成して合金粉末とする。本発明では、焼成を行うことによって合金粉末を得るため、湿式還元法を用いる場合よりも純度を高くできる。前記焼成は、とくに限定されることなく任意の装置で行うことができる。典型的には、電気炉を用いることができる。
【0054】
前記焼結工程は、成分の酸化を防ぐために非酸化性雰囲気中で行う。前記非酸化性雰囲気としては、とくに限定されず、非酸化性の雰囲気であれば任意のものを用いることができる。典型的には、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気、水素ガスと窒素ガス、水素ガスとアルゴンガスからなる雰囲気などを用いることができる。原料の酸化を確実に防止するという観点からは、水素ガスと窒素ガスまたは水素ガスとアルゴンガスからなる雰囲気を用いることが好ましい。
【0055】
前記焼成工程における焼成温度はとくに限定されないが、原料粉末の拡散を促進し、結晶性をさらに高めるという観点からは1000℃以上とすることが好ましい。一方、前記焼成温度の上限についてもとくに限定されないが、焼成温度が過度に高いと合金粒子同士がネッキングを起こし、粗粉が生じる場合がある。そのため、前記焼成温度は1500℃以下とすることが好ましく、1300℃以下とすることがより好ましい。
【0056】
前記焼成工程における焼成時間はとくに限定されないが、合金の粒成長の観点からは1時間以上とすることが好ましい。一方、生産効率の観点からは5時間以下とすることが好ましい。
【0057】
(5)酢酸処理工程
次に、前記焼成工程で得られた焼成物を酢酸で処理する。酢酸処理を施すことにより、焼成物中に含まれているカルシウムを除去することができる。なお、酢酸以外の酸(例えば、塩酸や硝酸)を使用した場合、カルシウムだけでなく、貴金属元素も溶解してしまい、その結果、合金の均一性が低下する。これに対して酢酸であれば、濃度によらず貴金属元素を溶解してしまうおそれがない。そのため、本発明ではカルシウムの除去に酢酸を用いることが重要である。
【0058】
前記酢酸処理の方法はとくに限定されないが、典型的には、焼成物を酢酸水溶液中で撹拌し、該焼成物に含まれるカルシウムを溶解させればよい。前記酢酸処理は、1回以上の任意の回数行うことができる。不純物として残存するカルシウムの量をできる限り低減するという観点からは、前記酸処理を2回以上行うことが好ましく、3回以上行うことがより好ましい。酢酸処理を複数回行う場合、各回ごとに新たな酢酸水溶液を使用すればよい。
【0059】
前記酢酸処理の際には、予め調整した酢酸水溶液に焼成物を入れてもよいが、まず先に焼成物を純水中に入れ、次いで、前記純水中に酢酸を加えてもよい。
【0060】
以下、好適な酢酸処理方法の具体例を記載する。
【0061】
まず、焼成物を純水中に入れて撹拌する。これにより、焼成物に含まれている酸化カルシウムが水酸化カルシウムに変化する。次いで、さらに酢酸を加えて撹拌し、前記水酸化カルシウムを溶解させる。その後、撹拌を止めて静置し、粉末を沈降させ、上澄み液を除去する。以上が1回の酢酸処理となる。その後さらに純水と酢酸を加えて撹拌、静置、上澄み除去を2回繰り返す。
【0062】
(6)洗浄工程
次に、上記酢酸処理後の焼成物(合金粉末)を水洗、乾燥する(洗浄工程)。水洗することにより、酸や、酸に溶解した状態のカルシウムを除去する。
【0063】
前記水洗には、純水を用いることが好ましい。水洗を行う方法はとくに限定されないが、例えば、上記酢酸処理において上澄み液を除去した後、純水を入れて撹拌することにより洗浄できる。撹拌を止めた後は静置して粉末を沈降させ、上澄み液を除去する。前記水洗は2回以上繰り返すことが好ましく、3回以上繰り返すことがより好ましい。水洗後は、ろ過して水分と粉末を分離し、得られた粉末を次の乾燥に供することが好ましい。
【0064】
前記乾燥は、水分を除去できる方法であれば任意の方法で行うことができる。自然乾燥でもよいが、効率的に水分を除去するためには加熱乾燥することが好ましい。加熱乾燥する場合、加熱温度はとくに限定されないが、50℃以上とすることが好ましく、80℃以上とすることがより好ましい。100℃以上であってもよい。乾燥時間もとくに限定されず、任意の時間とすることができる。十分に乾燥させるという観点からは、1時間以上とすることが好ましく、5時間以上とすることがより好ましい。10時間以上であってもよい。
【0065】
なお、上記乾燥の後、得られた貴金属合金粉末を、さらに篩に掛けることが好ましい。これにより、上記洗浄の過程で凝集した粒子同士を解すことができる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0067】
まず、以下の手順でRu、Rh、Pd、Ir、およびPtからなる5元系貴金属合金粉末を製造した。
【0068】
原料粉末として、Pt、Pd、IrO2、Ru、Rhの粉末を用意した。前記粉末のうち、Pt、Pd、およびPhの粉末としては、それぞれPtブラック、Pdブラック、Rhブラックを使用した。また、Ru粉末は、RuO2粉末を還元することにより調製した。
【0069】
前記原料粉末を、炭酸カルシウム粉末および水と混合してスラリーとした。その際、必要に応じてpH調整用のアルカリを添加して、前記スラリーのpHを表1に示す値とした。前記炭酸カルシウムの添加量は、前記原料粉末の合計量に対する重量比で0.8倍とした。また、前記水としては、前記原料粉末および前記炭酸カルシウムの合計に対し、重量比で2倍の量の純水を使用した。
【0070】
次いで、前記スラリーを遊星ボールミルで混合した。混合条件は、回転数:200rpm、混合時間:6時間とした。また、混合容器としてはポリアミドポットを、メディアとしては直径10mmのポリアミドボールを使用した。
【0071】
前記混合後のスラリーを、N2-H2雰囲気中で焼成して合金粉末とした。具体的には、まず、前記スラリーを乾燥機で130℃にて乾燥して水分を除き、混合粉を得た。次いで、前記混合粉をるつぼに入れて焼成した。前記焼成は、雰囲気式昇温電気炉を用いて行った。焼成時の雰囲気は3%H2/97%N2ガス雰囲気とし、焼成温度:1300℃、焼成時間:5時間とした。
【0072】
次いで、前記焼成工程で得た合金粉末に対して酢酸処理を施した後、純水で洗浄し、乾燥した。
【0073】
(酢酸処理)
前記酢酸処理は、以下の手順で3回実施した。まず、焼成物(合金粉末)を純水中に入れて撹拌した。これにより、焼成物に含まれている酸化カルシウムが水酸化カルシウムに変化する。次いで、さらに酢酸を加えて撹拌し、前記水酸化カルシウムを溶解させた。その後、撹拌を止めて静置し、粉末を沈降させ、上澄み液を除去した。以上が1回の酢酸処理となる。その後さらに純水と酢酸を加えて撹拌、静置、上澄み除去を2回繰り返した。
【0074】
次いで、純水による洗浄を、以下の手順で3回行った。まず、3回目の酢酸処理において上澄み液を除去した後、純水を入れて撹拌した。撹拌を止めた後は静置して粉末を沈降させ、上澄み液を除去した。以上の洗浄を3回繰返し行った。
【0075】
(乾燥)
上記洗浄の後、ろ過して水分と粉末を分離し、得られた粉末を乾燥した。前記乾燥は、130℃で12時間行った。
【0076】
上記乾燥の後の粉末を篩にかけ、凝集した粉末を解砕した。前記篩としては、目開き125μmのステンレス鋼製の試験篩を使用した。なお、篩上に残留する粒子はなく、すべて篩を通過した。
【0077】
次に、得られた貴金属合金粉末のそれぞれについて、以下の手順で平均粒径、結晶子サイズ、XRDスペクトルにおけるピーク本数、EDXにおける変動係数CVを測定した。測定結果を表1に示す。
【0078】
(平均粒径)
得られた貴金属合金粉末の平均粒径を、マイクロトラックベル製レーザー回折式粒度分布計MT-3000を用いて測定した。具体的には、該粒度分布計内を循環するヘキサメタリン酸Na水溶液中に合金粉末を入れ、超音波で1分間分散させた後、粒度分布を測定した。得られた体積基準の50%粒径(D50)を貴金属合金粉末の平均粒径とした。
【0079】
(結晶子サイズ)
得られた貴金属合金粉末の結晶子サイズを、リガク製 X線回折装置Ultima IVにより測定した。前記測定に際しては、測定対象の粉末を、粉末測定用ガラスセルに充填してサンプルとした。測定条件は、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:40mA、走査範囲:10~100°、サンプリング間隔:0.02°、スキャンスピード:30°/minとした。銭測定により得られた回折ピークの半値幅から、Scherrer式より結晶子サイズを求めた。
【0080】
(XRDスペクトルにおけるピーク本数)
上記結晶子サイズの測定で得られたXRDスペクトルにおいて、回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数を求めた。なお、ピーク本数のカウントに当たっては、XRDピークをガウスフィッティングによりピーク分離し、ピーク幅0.1°以上かつピーク強度が最大ピークの1/100以上であるものをピークとみなした。
【0081】
(EDXにおける変動係数CV)
得られた貴金属合金粉末に含まれる各貴金属元素の含有量の変動係数CVを、エネルギー分散型X線分光法の測定結果から算出した。測定には、日本電子製の走査型電子顕微鏡(SEM)-エネルギー分散型X線分析装置(EDX)JSM-6010LAを使用し、前記合金粉末をカーボンテープ上に固定して測定サンプルとした。測定条件は、倍率:3000倍、加速電圧:20kVとした。前記条件で、無作為に選択した30点でEDX定量測定を行い、各貴金属元素の含有量を求めた。得られた含有量の平均値および標準偏差から、変動係数CVを算出した。なお、参考として、上記EDX測定で得られた各元素の分布を
図2に示す。
【0082】
表1および
図2に示した結果から分かるように、本発明によれば、微細な粒径と高い結晶性を兼ね備え、かつ組成の均一性に優れる貴金属合金粉末を提供することができる。
【0083】
【要約】
【課題】微細な粒径と高い結晶性を兼ね備え、かつ組成の均一性に優れる貴金属合金粉末を提供する。
【解決手段】5種以上の貴金属元素の合金からなる貴金属合金粉末であって、平均粒径が10μm以下であり、結晶子サイズが80~140nmであり、X線回折スペクトルにおける回折角度2θが38~44°の範囲に観察されるピークの本数が1である、貴金属合金粉末。
【選択図】
図1