(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-22
(45)【発行日】2023-06-30
(54)【発明の名称】特発性肺線維症の予後予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230623BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230623BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230623BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20230623BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20230623BHJP
A61K 31/4418 20060101ALN20230623BHJP
A61K 31/675 20060101ALN20230623BHJP
A61K 31/496 20060101ALN20230623BHJP
C07K 16/18 20060101ALN20230623BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
A61P11/00
A61K45/00
A61L27/36 100
A61L27/36 300
A61K31/4418
A61K31/675
A61K31/496
C07K16/18
(21)【出願番号】P 2019111310
(22)【出願日】2019-06-14
【審査請求日】2022-06-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年4月1日掲載、https://www.abstractsonline.com/pp8/#!/5789/presentation/16767 ATS(アメリカ胸部疾患学会)2019国際学会、令和1年5月22日開催
(73)【特許権者】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390004097
【氏名又は名称】株式会社医学生物学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲穂▼積 宏尚
(72)【発明者】
【氏名】須田 隆文
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 克則
(72)【発明者】
【氏名】守田 由香
(72)【発明者】
【氏名】唐澤 千草
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特表平10-503365(JP,A)
【文献】特開2018-127443(JP,A)
【文献】国際公開第14/068300(WO,A1)
【文献】特表2008-533155(JP,A)
【文献】特開2018-083845(JP,A)
【文献】田中和樹 ほか,特発性肺線維症急性憎悪におけるNGAL, S100-A9, S100-A8測定の有用性についての検討,日本呼吸器学会誌,2019年03月,第8巻増刊,p.255
【文献】榎本紀之 ほか,特発性肺線維症の急性憎悪における血清フェリチン濃度および抗MDA5抗体の臨床的検討,日本呼吸器学会誌,2016年03月,第5巻増刊,p.272
【文献】Li, Y. et al.,S100A4+ Macrophages Are Necessary for Pulmonary Fibrosis by Activating Lung Fibroblasts,Frontiers in Immunology,2018年08月06日,Vol.9, Article 1776,pp.1-15,[online], [retrieved on 2020.07.10], Retrieved from the Internet: <URL: https://doi.org/10.3389/fimmu.2018.01776><DOI: 10.3389/fimmu.2018.01776>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
A61P 11/00
A61K 45/00
A61L 27/36
A61K 31/4418
A61K 31/675
A61K 31/496
C07K 16/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)~(c)の工程を含む、特発性肺線維症の予後を判定する方法
(a)被検体から分離された生体試料について、CIRP、14-3-3γ及びS100A4から選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準発現量よりも高い場合、前記被検体の特発性肺線維症の予後は不良であると判定する工程。
【請求項2】
前記生体試料が血清である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法により、特発性肺線維症の予後を判定するための薬剤であって、CIRPに結合する抗体、14-3-3γに結合する抗体及びS100A4に結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体を含む薬剤。
【請求項4】
CIRPに結合する抗体、14-3-3γに結合する抗体及びS100A4に結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体と、前記抗体に対するアイソタイプコントロール抗体、陽性対照及び陰性対照から選択される少なくとも1の物品とを含む、特発性肺線維症の予後を判定するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特発性肺線維症の予後予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特発性肺線維症(IPF)は、原因不明の間質性肺炎(特発性間質性肺炎)の約半数を占める頻度の高い慢性呼吸器疾患である。本疾患は、肺の線維化進行とそれによる不可逆性の呼吸機能障害を特徴とし、診断からの生存期間中央値が約2~3年と非常に予後不良である。その詳細な病態生理は十分に解明されていないが、繰り返す肺胞上皮障害と、線維芽細胞や筋線維芽細胞を中心とした過剰修復が、肺の線維化進行に関わることが示唆されている。
【0003】
現在のガイドラインでは、IPF患者の治療として、抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)が推奨されており、本邦ではすでに保険適用となっている。これらの治療薬は疾患の進行、すなわち、呼吸機能の低下を抑制するという点で有用であるが、すでに高度に進行した線維化肺を改善することは困難である。その他の治療として、肺移植も考慮されうるが、その適応は決して幅広いものではなく、本邦では移植待機期間が約2~3年と非常に長いことも問題となっている。したがって、IPF患者においては、進行に至る前の、すなわち、早期の治療介入が、IPF患者の予後改善のために重要であると考えられている。
【0004】
しかしながら、IPF患者の臨床経過は、月単位で進行する患者や階段状に悪化する患者だけでなく、年単位で悪化する患者、無治療でも長期に安定している患者、長期の安定した経過から急性に増悪する患者など多彩である。抗線維化薬や肺移植はいずれも治療関連合併症のリスクや生活の質の低下、高額な医療コストが問題となる場合もあり、その治療介入のタイミングは、専門医による慎重な検討が必要である。現在、本邦の間質性肺炎の診断を補助する血清バイオマーカーとして、Krebs von den Lungen-6(KL-6)が保険収載されているが、このKL-6は必ずしも予後予測に有用とは言えず〈非特許文献1)、治療適応の指標としての臨床的意義は不明確である。
【0005】
したがって、実臨床において、治療適応を適切かつ早期に決定できる簡便な指標、すなわち、予後不良のリスクを有するIPF患者を早期に発見できる精度の高いバイオマーカーの開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Barratt SL,ら.Journal of Clinical Medicine、2018年8月6日、7巻、8号、pii:E201.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、精度高く、特発性肺線維症の予後不良リスクを決定するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、特発性肺線維症患者の臨床検体(血清と肺組織)における各タンパク量と、疾患進行(呼吸機能の低下)及び死亡率(生命予後)との関連性を検討した。その結果、S100A4、CIRP、14-3-3γの3つのタンパク質が、肺組織において、それぞれ健常コントロール(HC)と比較してIPF患者で強く発現していることを見出した。また、血清における各タンパク質濃度(血清レベル)も、HCと比較してIPF患者で有意に高値を示した。さらに、それぞれのタンパク質の血清レベルは、IPF患者の予後不良(疾患進行や死亡率)と関連することを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、より詳しくは、以下に関する。
<1> 下記(a)~(c)の工程を含む、特発性肺線維症の予後を判定する方法
(a)被検体から分離された生体試料について、S100A4、CIRP及び14-3-3γから選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準発現量よりも高い場合、前記被検体の特発性肺線維症の予後は不良であると判定する工程。
<2> 前記生体試料が血清である、<1>に記載の方法。
<3> <1>又は<2>に記載の方法により、特発性肺線維症の予後を判定するための薬剤であって、S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体及び14-3-3γに結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体を含む薬剤。
<4> <1>又は<2>に記載の方法により特発性肺線維症の予後は不良であると判定された被検体に対して、特発性肺線維症の治療薬を投与する、及び/又は、肺移植を施す、特発性肺線維症の治療方法。
<5> S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体及び14-3-3γに結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体と、前記抗体に対するアイソタイプコントロール抗体、陽性対照及び陰性対照から選択される少なくとも1の物品とを含む、特発性肺線維症の予後を判定するためのキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特発性肺線維症の予後不良リスクを、精度高く決定することができる。特に、バイオマーカーの血清レベルを指標としても、特発性肺線維症の予後不良を精度高く判定することができる。そのため、本発明によれば、侵襲性低く、特発性肺線維症の予後を、精度高く簡便に判定することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】血清S100A4レベルについて、健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。
【
図2】健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)との肺組織を顕微鏡で観察した結果を示す、写真である。図中「HE」はヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)して解析した結果を示し、「S100A4」は抗S100A4抗体にて免疫染色して解析した結果を示し、「Isotype」はアイソタイプコントロール抗体にて免疫染色して解析した結果を示す。スケールバーは、A、B、C、G、H、Iでは50μmを表し、D、E、Fでは500μmを表す。
【
図3】生存率について、特発性肺線維症患者における血清S100A4高値群(S100A
high)と低値群(S100A
low)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。図中、縦軸は累積生存率を示し、横軸は血清採取後の経過月数を示す。
【
図4】血清CIRPレベルについて、健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。
【
図5】健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)との肺組織を顕微鏡で観察した結果を示す、写真である。図中「HE」はHE染色して解析した結果を示し、「CIRP」は抗CIRP抗体にて免疫染色して解析した結果を示し、「Isotype」はアイソタイプコントロール抗体にて免疫染色して解析した結果を示す。スケールバーは、A、B、C、G、H、Iでは50μmを表し、D、E、Fでは500μmを表す。
【
図6】生存率について、特発性肺線維症患者における血清CIRP高値群(CIRP
high)と低値群(CIRP
low)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。図中、縦軸は累積生存率を示し、横軸は血清採取後の経過年数を示す。
【
図7】血清14-3-3γレベルについて、健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。
【
図8】健常コントロール(HC)と特発性肺線維症患者(IPF)との肺組織を顕微鏡で観察した結果を示す、写真である。図中「HE」はHE染色して解析した結果を示し、「14-3-3γ」は抗14-3-3γ抗体にて免疫染色して解析した結果を示し、「Isotype」はアイソタイプコントロール抗体にて免疫染色して解析した結果を示す。スケールバーは、A、B、C、G、H、Iでは50μmを表し、D、E、Fでは500μmを表す。
【
図9】生存率について、特発性肺線維症患者における血清14-3-3γ高値群(14-3-3γ
high)と低値群(14-3-3γ
low)とにおいて比較した結果を示す、グラフである。図中、縦軸は累積生存率を示し、横軸は血清採取後の経過年数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<特発性肺線維症の予後判定方法>
後述の実施例に示すとおり、特発性肺線維症患者の臨床検体(血清と肺組織)における各タンパク質量と、疾患進行(呼吸機能の低下)及び死亡率(生命予後)との関連性を検討した結果、S100A4、CIRP、14-3-3γの3つのタンパク質が、肺組織において、それぞれ健常コントロール(HC)と比較してIPF患者で強く発現していることを、本発明者らは明らかにした。さらに、これらタンパク質はIPF患者の肺組織における線維芽細胞が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性も本発明者らは見出した。
【0012】
また、血清における各タンパク質の血清レベルも、HCと比較してIPF患者で有意に高値を示すことを明らかにし、さらに、それぞれのタンパク質の血清レベルは、IPF患者の予後不良(疾患進行や死亡率)と関連することを見出した。
【0013】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものであり、下記(a)~(c)の工程を含む、特発性肺線維症の予後を判定する方法を提供する。
(a)特発性肺線維症を罹患している被検体から分離された生体試料について、S100A4、CIRP及び14-3-3γから選択される少なくとも1のタンパク質の量を検出する工程、
(b)工程(a)で検出したタンパク質量を各タンパク質の基準量と比較する工程、
(c)工程(b)における比較の結果、前記被検体におけるタンパク質量が基準発現量よりも高い場合、前記被検体の特発性肺線維症の予後は不良であると判定する工程。
【0014】
「特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis、IPF)」は、原因不明の間質性肺炎(特発性間質性肺炎)の1種である慢性呼吸器疾患であり、肺の線維化進行とそれによる不可逆性の呼吸機能障害を特徴とする。本発明において「特発性肺線維症の予後」とは、生体試料が分離された後の被検体における特発性肺線維症の将来的な状態を意味する。また「特発性肺線維症の予後不良」とは、特発性肺線維症の症状が早期に進行することを意味し、当該症状進行によってもたらされる生存率の低さも含まれる。ここで「症状」とは、例えば、呼吸機能障害、酸素化障害、運動耐容能の低下が挙げられる。より具体的には努力肺活量(FVC)が10%以上低下すること、肺拡散能(DLCO)が15%以上低下すること、6分間の歩行距離が50m以上低下することが挙げられる。「早期に進行」とは、例えば、前記症状が前記生体試料の分離時から1年以内に生じることが挙げられる。また「生存率が低い」とは、例えば、前記生体試料の分離時から2年以内の生存率(累積生存率)が60%以下となることが挙げられる。
【0015】
本発明において、「被検体」とは、ヒトであれば特に制限はないが、通常、特発性肺線維症を罹患しているヒトである。なお、被検体は、生体試料の分離時に、特発性肺線維症の治療を受けていないもののみならず、治療を受けているものも含まれる。
【0016】
「被検体から分離された生体試料」としては、被検体(ヒトの生体)から摘出され、その由来の生体と完全に隔離されている状態にある試料(細胞、組織、臓器、体液(血液、リンパ液等)、消化液、喀痰、肺胞・気管支洗浄液、尿、便等)であればよく、好ましくは、血液(血清、血漿等)、肺組織、喀痰、肺胞・気管支洗浄液が挙げられる。さらに、侵襲性低く被検体より分離することができ、またタンパク質の調製及びその発現量の検出を簡便に行えるという観点から、血液がより好ましく、血清がさらに好ましい。また、後述のタンパク質量を検出する方法に供する際には、生体試料は更に、その方法に適した形態(例えば、生体試料から抽出されたタンパク質溶液、ホルマリン固定処理、アルコール固定処理、凍結処理又はパラフィン包埋処理が施された組織等)に適宜調製されていてもよい。当業者であれば、生体試料の種類及び状態等を考慮し、公知の手法を選択して調製することが可能である。
【0017】
本発明において検出対象となる「S100A4」は、S100カルシウム結合タンパク質A4(S100 calcium binding protein A4)、18A2、42A、CAPL、FSP1、MTS1、P9KA、PEL98とも称されるタンパク質のことであり、ヒト由来であれば典型的には、Ref Seq ID:NP_002952又はNP_062427で特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0018】
本発明において検出対象となる「CIRP」は、低温誘導性RNA結合タンパク質(Cold-inducible RNA binding protein;CIRBP)とも称されるタンパク質のことであり、ヒト由来であれば典型的には、Ref Seq ID:NP_001271、NP_001287744又はNP_001287758で特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0019】
本発明において検出対象となる「14-3-3γ」は、14-3-3ガンマ(14-3-3 gamma protein)、YWHAG、PPP1R170、EIEE56とも称されるタンパク質のことであり、ヒト由来であれば典型的には、Ref Seq ID:NP_036611で特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0020】
なお、タンパク質をコードする遺伝子のDNA配列は、その変異等により、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。したがって、本発明において検出対象となる上述のタンパク質は、上記典型的なアミノ酸配列に特定されることなく、それらアミノ酸配列の天然の変異体も含まれる。また、本発明において検出対象となる上述のタンパク質は、全長のアミノ酸配列からなるもののみならず、その部分ペプチドも含まれる。
【0021】
本発明において検出する「タンパク質の量」とは、絶対量のみならず、相対量であってもよい。相対量としては、例えば、検出に用いる測定方法又は測定装置に基づくタンパク質量比(所謂、任意単位(AU)で表される数値)が挙げられる。また、相対量としては、例えば、参照タンパク質の量を基準として算出した値を用いてもよい。本発明にかかる「参照タンパク質」は、生体試料において安定して存在しており、また異なる生体試料間において、その量の差が小さいタンパク質であればよく、例えば、内在性コントロール(内部標準)タンパク質が挙げられ、より具体的には、β-アクチン、α-チューブリン、COX-4、GAPDH、ラミンB1、PCNA、TBP、VDCA1/Porinが挙げられる。
【0022】
「タンパク質量の検出」は、当業者であれば、適宜公知の手法を採用して実施することができる。かかる公知の手法としては、例えば、酵素結合免疫吸着法(ELISA法)、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、ラテックス凝集法、抗体アレイ、イムノブロッティング、イムノクロマトグラフィー、イメージングサイトメトリー、フローサイトメトリー、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、免疫組織化学的染色法等の抗体を用いて検出する方法(免疫学的手法)や、質量分析法が挙げられる。
【0023】
免疫学的手法では、S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体、14-3-3γに結合する抗体が使用され、当該抗体を各々の抗体が結合するタンパク質(標的タンパク質)に接触させ、当該抗体の各タンパク質への結合性を指標として、各タンパク質量が検出される。
【0024】
より具体的に、ELISA法(サンドイッチELISA法)においては、先ず、基板に固定した、S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体又は14-3-3γに結合する抗体(捕獲用抗体)に、前記生体試料中のS100A4、CIRP又は14-3-3γを接触させることにより、各抗体に対応する標的タンパク質は捕獲される。次いで、捕捉されたS100A4等に対して、後述の標識がなされた抗S100A4抗体等(検出用抗体)を作用させ、当該標識を化学的に又は光学的に検出することにより、各標的タンパク質の量を検出することができる。
【0025】
なお、「捕獲用抗体」と「検出用抗体」とは、各標的タンパク質を認識する限り、同一の抗体であってもよく、異なる抗体であってもよいが、各標的タンパク質を非競合的に捕獲、検出することができるという観点から、異なる抗体であることが好ましい。異なる抗体としては、例えば、捕獲用抗体が標的タンパク質に対するポリクローナル抗体であり、検出用抗体が同標的タンパク質に対するモノクローナル抗体であるという組み合わせ、捕獲用抗体が標的タンパク質に対するモノクローナル抗体であり、検出用抗体が同標的タンパク質に対するポリクローナル抗体であるという組み合わせ、または捕獲用抗体が標的タンパク質に対するモノクローナル抗体であり、検出用抗体が当該捕獲用抗体の認識する部位(エピトープ)とは異なる部位を認識する標的タンパク質に対するモノクローナル抗体であるという組み合わせである。
【0026】
また、標識物質を結合させた抗体を用いて標的タンパク質に結合した抗体量を直接測定する方法以外に、標識物質を結合させた二次抗体を利用する方法や二次抗体と標識物質を結合させたポリマーを利用する方法などの間接的検出方法を利用することもできる。ここで「二次抗体」とは、本発明に係る抗体に特異的な結合性を示す抗体である。また、二次抗体に代えて、標識物質を結合させたプロテインGやプロテインA等を用いることも可能である。
【0027】
本発明の判定方法においては、このようにして検出されたタンパク質量と、同タンパク質の基準発現量とを比較する。かかる比較は、当業者であれば、上記検出方法に合った統計学的解析方法を適宜選択して行うことができる。統計学的解析方法としては、例えば、t検定、分散分析(ANOVA)、クラスカル・ウォリス検定、ウィルコクソン検定、マン・ホイットニー検定、オッズ比、ハザード比、フィッシャーの正確検定、受信者動作特性解析(ROC解析)、分類木と決定木解析(CART解析)が挙げられる。また、比較の際には、正規化された又は標準化かつ正規化されたデータを用いることもできる。
【0028】
比較対象となる「各タンパク質の基準量」としては特に制限はなく、当業者であれば上記検出方法及び統計学的解析方法に合わせ、それを基準とすることにより特発性肺線維症の予後は不良であるか否かを判断することのできる、所謂カットオフ値として設定することができる。
【0029】
基準発現量は、後述の実施例において示すような、複数の特発性肺線維症において検出された各タンパク質量を高値群と低値群とに分けるように設定される値であってもよい。複数の特発性肺線維症において検出された各タンパク質量の中央値又は平均値であってもよい。特発性肺線維症の予後不良な患者群とそうでない患者群とにおいて、各タンパク質量を比較することにより決定される値であってもよい。S100A4の基準発現量としては、例えば、0.3ng/mLが挙げられる。CIRPの基準発現量は、例えば、0.2ng/mLが挙げられる。14-3-3γの基準発現量は、例えば、40000AU/mLが挙げられる。なお、ここでの「AU/mL」は、CY-8082 14-3-3 Gamma ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所製)において規定される数値を意味する。
【0030】
「各タンパク質の基準量よりも高い」とは、当業者であれば上記統計学的解析方法に基づき適宜判断することができる。例えば、検出されたタンパク質量が対応する基準量より高く、その差が統計的に有意と認められること(例えば、P<0.05)が挙げられる。また、例えば、検出されたタンパク質量が対応する基準量の2倍以上であることも挙げられる。
【0031】
また、特発性肺線維症の予後の判定は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む)によって行われるが、上述のタンパク質量等に関するデータは、医師による治療のタイミング等の判断も含めた診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による予後判定(診断)のために上述のタンパク質量に関するデータを収集する方法、当該データを医師に提示する方法、上述のタンパク質量と対応する各タンパク質の基準発現量とを比較し分析する方法、医師による予後判定を補助するための方法とも表現し得る。
【0032】
<特発性肺線維症の予後を判定するための薬剤>
上述の通り、本発明の判定方法においては、S100A4、CIRP及び14-3-3γから選択される少なくとも1のタンパク質の量を、各標的タンパク質に結合する抗体を用いて検出することにより、特発性肺線維症の予後を判定することができる。
【0033】
したがって、本発明は、上述の方法により、特発性肺線維症の予後を判定するための薬剤であって、S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体及び14-3-3γに結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体を含む薬剤を提供する。
【0034】
本発明の薬剤に含まれる「抗体」は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、また、抗体の機能的断片であってもよい。「抗体」には、免疫グロブリンの全てのクラス及びサブクラスが含まれる。「ポリクローナル抗体」は、異なるエピトープに対する異なる抗体を含む抗体調製物である。また、「モノクローナル抗体」とは、実質的に均一な抗体の集団から得られる抗体(抗体断片を含む)を意味する。ポリクローナル抗体とは対照的に、モノクローナル抗体は、抗原上の単一の決定基を認識するものである。本発明において抗体の「機能的断片」とは、抗体の一部分(部分断片)であって、標的蛋白質を特異的に認識するものを意味する。具体的には、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、及びこれらの重合体等が挙げられる。
【0035】
本発明にかかる抗体は、ポリクローナル抗体であれば、抗原(S100A4、CIRP、14-3-3γ、それらの部分ペプチド、またはこれらを発現する細胞等)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィー等)によって、精製して取得することができる。
【0036】
また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ法や組換えDNA法によって作製することができる。ハイブリドーマ法としては、代表的には、コーラー及びミルスタインの方法(Kohler&Milstein,Nature,256:495(1975))が挙げられる。組換えDNA法は、上記本発明に係る抗体をコードするDNAをハイブリドーマやB細胞等からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞(例えば哺乳類細胞株、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞等)に導入し、本発明に係る抗体を組換え抗体として産生させる手法である(例えば、P.J.Delves,Antibody Production:Essential Techniques,1997 WILEY、P.Shepherd and C.Dean Monoclonal Antibodies,2000 OXFORD UNIVERSITY PRESS、Vandamme A.M. et al.,Eur.J.Biochem.192:767-775(1990))。
【0037】
抗体は、ELISA法や抗体アレイ等に用いるべく、プレート等の基板上に固定された形態で提供されてもよい。また、上記検出方法に合わせ、抗体は標識用物質で標識されていてもよい。標識用物質としては、例えば、β-D-グルコシダ―ゼ、ルシフェラーゼ、HRP等の酵素、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニン等の発光物質、FITC、FAM、DEAC、R6G、TexRed、Cy5等の蛍光物質、3H、14C、32P、35S、123I等の放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジン等の親和性物質が挙げられる。
【0038】
本発明の薬剤は、前記抗体の他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、薬理学上許容される担体又は希釈剤(滅菌水、生理食塩水、植物油、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤等)が挙げられる。賦形剤としては、乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としてはアジ化ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0039】
また、上記本発明の抗体(S100A4に結合する抗体等)又は薬剤の他、標識の検出に必要な基質、生体試料のタンパク質を溶解するための溶液(タンパク質溶解用試薬)、試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液(希釈液、洗浄液)、標識の検出反応を停止するための試薬(反応停止薬)、陽性対照(例えば、各標的タンパク質、標品、予後不良であった特発性肺線維症患者に由来する生体試料)、陰性対照(例えば、予後不良ではない特発性肺線維症患者に由来する生体試料)、本発明に係る抗体(S100A4に結合する抗体等)に対するアイソタイプコントロール抗体等を組み合わせることができ、特発性肺線維症の予後を判定するためのキットとすることもできる。かかるキットとしては、例えば、S100A4に結合する抗体、CIRPに結合する抗体及び14-3-3γに結合する抗体から選択される少なくとも1の抗体と、前記抗体に対するアイソタイプコントロール抗体、陽性対照及び陰性対照から選択される少なくとも1の物品とを含む、特発性肺線維症の予後を判定するためのキットが挙げられる。また、標識されていない抗体を抗体標品とした場合には、当該抗体に結合する物質(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインA等)を標識化したものを組み合わせることができる。さらに、かかるキットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。
【0040】
<特発性肺線維症の治療方法>
特発性肺線維症患者の臨床経過は、月単位で進行する患者や階段状に悪化する患者だけでなく、年単位で悪化する患者、無治療でも長期に安定している患者、長期の安定した経過から急性に増悪する患者など多彩である。抗線維化薬や肺移植はいずれも治療関連合併症のリスクや生活の質の低下、高額な医療コストが問題となる場合もある。そのため、本発明の特発性肺線維症の予後を判定し、治療のタイミングを計れる本発明の方法は、特発性肺線維症の治療を行なう上で極めて有効である。既存のマーカーや臨床所見で特定できなかった予後不良患者に対し、より早期又は軽症の段階で抗線維化薬等による治療を開始することができ、生存期間が延長又は重症化を回避できる等の効果が期待できる。
【0041】
したがって、本発明は、本発明の方法により特発性肺線維症の予後は不良であると判定された被検体に対して、特発性肺線維症の治療薬を投与する、及び/又は、肺移植を施す、特発性肺線維症の治療方法を提供することもできる。
【0042】
治療薬の投与開始、又は肺移植の提案若しくは準備開始の時期としては、特発性肺線維症の早期進行を抑制し、予後を改善するという観点から、上記生体試料の分離から6月以内であることが好ましく、3月以内であることがより好ましく、2月以内であることがさらに好ましく、1月以内(例えば、3週間以内、2週間以内、1週間以内)であることが特に好ましい。
【0043】
治療薬の投与方法は、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別等により異なるが、経口投与、非経口投与(例えば、静脈投与、動脈投与、局所投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。投与量は、当業者であれば、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別、健康状態等に応じ適宜調整し得る(一般的に経口投与の場合、成人には体重1kg当たり1日0.1~100mg、好ましくは1~50mgである)。
【0044】
「特発性肺線維症の治療薬」としては、特発性肺線維症の症状の進行抑制、症状の緩和に関する作用を有する薬剤であればよく、例えば、抗線維化薬、免疫抑制剤、ステロイド剤が挙げられる。より具体的に、抗線維化薬としては、ピルフェニドン等のTGF-β産生抑制剤、ニンテダニブ等のチロシンキナーゼ阻害剤が挙げられる。免疫抑制剤としては、シクロホスファミド等のアルキル化剤、アザチオプリン等の代謝拮抗薬、シクロスポリン等のカルシニューリン阻害剤が挙げられる。ステロイド剤としては、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン等の副腎皮質ホルモン系薬剤(糖質コルチコイド系薬剤)が挙げられる。
【0045】
また、本発明によれば、かかる治療薬の用法(投与対象、投与時期)が特定される。したがって、本発明は、本発明の方法により特発性肺線維症の予後は不良であると判定された被検体に投与される、特発性肺線維症の治療薬をも提供する。
【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す方法及び材料等を用いて行なった。
【0047】
<特発性肺線維症(IPF)患者における血清バイオマーカーの検討>
(対象・診断)
未治療のIPF患者95名と統計的に年齢・性別分布の差がない健常人(HC)50名を対象とした。IPFは国際ガイドラインに基づいて診断された(American journal of respiratory and critical care medicine.2002;165:277-304.、Travis WDら.、American journal of respiratory and critical care medicine.2013;188:733-48.、Raghu G.ら、American journal of respiratory and critical care medicine.2011;183:788-824.、Raghu Gら、American journal of respiratory and critical care medicine.2018;198:e44-e68. 参照)。IPFの急性増悪(AE-IPF)は、2016年の国際ワーキンググループの基準に基づいて診断された(Collard HR.ら、American journal of respiratory and critical care medicine.2016;194:265-75.参照)。
【0048】
(検討のデザイン)
本検討では、上記対象から血清を採取し、バイオマーカー(S100A4、CIRP、14-3-3γ)の血清レベルを測定した。それらのバイオマーカー値と、血清採取日を起算日とした年齢、性別、起算日から1週間以内に測定された臨床的パラメーターや、起算日からの疾患進行(呼吸機能の悪化)や死亡との関連性を後方視的に解析した。起算日から1年以内の疾患進行(起算日から1年以内に%FVCの10%以上が低下する、呼吸機能の悪化)あるいは死亡を「予後不良」と定義した。生存期間は、起算日から死亡イベントあるいは最終生存確認までの日として算出された。
【0049】
(臨床的パラメーターの測定)
血清Krebs von den Lungen-6(KL-6)値は、患者から採取された静脈血血清(血清)を用いて、ECLIA法(ナノピア(登録商標)KL-6,積水メディカル製)によって測定された。
【0050】
動脈血酸素分圧(PaO2)は、室内気吸入の状態で15分間の安静を保った患者の橈骨動脈、上腕動脈、あるいは大腿動脈から採取された動脈血を用いて、血液ガス分析器(ラピッドポイント500,Siemens Healthcare Diagnostics Manufacturing Ltd製)によって測定された。
【0051】
努力性肺活量(FVC)はスパイロメータ(DISCOM-21 FXIII,チェスト社製)で測定され、%FVCは予測肺活量に対するFVCの割合として算出された。
【0052】
肺拡散能(DLCO)は、精密呼吸機能検査装置(CHESTAC-8900,チェスト社製)で測定され、DLCOは予測DLCOに対する実測DLCOの割合として算出された。
【0053】
(免疫染色)
IPF患者から外科的肺生検によって採取されたホルマリン固定標本を用い、免疫染色を行った。また、IPFではない肺癌患者から切除された健常肺の部分のホルマリン固定標本を比較対照として用いた。これらの標本から5μm厚の切片を作成し、脱パラフィン処理を行った後、pH6.0のクエン酸バッファーを用いて30分間加熱した。そして、これらの切片を3%過酸化水素液と15分間反応させて内因性ペルオキシダーゼの阻害処理を行った。次に、切片を後述する一次抗体(抗S100A4抗体、抗CIRP抗体、抗14-3-3γ抗体)と1時間室温で反応させたのち、免疫組織化学染色試薬(ヒストファイン シンプルステインMAX-PO(M),ニチレイ社製)と30分間反応させた。切片上の免疫反応は、3,3-ジアミノベンジジン色素によって可視化され、さらにヘマトキシリンで核染色された。
抗S100A4抗体:ウサギ由来抗ヒトS100A4抗体(ab124805),Abcam社製,250倍希釈
抗CIRP抗体:ウサギ由来抗ヒトCIRP抗体(ab191885),Abcam社製,1000倍希釈
抗14-3-3γ抗体:ウサギ由来抗ヒト14-3-3gamma抗体(ab155050),Abcam社製,500倍希釈。
【0054】
(統計)
連続変数は中央値(median)と四分位範囲(IQR)で表記された。定性変数は数(n)とパーセント(%)で表記された。群間比較には、Wilcoxon/Kruskal-Wallis testやFisher’s exact testが用いられた。臨床的パラメーターとS100A4、CIRP、14-3-3γの相関はSpearman’s correlation testを用いて解析された。累積生存期間はKaplan-Meier法によって計算された。生存率の群間比較には、Log-rank testが用いられた。疾患進行のリスク因子解析にはロジスティック回帰分析が用いられた。この際、単変量のロジスティック解析で疾患進行と有意な関連性を示したすべての臨床的パラメーターを用いて多変量解析が行われた。起算日からの死亡イベントのリスク因子(生命予後不良因子)は、生存期間を用いたCox比例ハザードモデルによって算出された。この際、単変量のCox比例ハザード解析で死亡イベントと有意な関連性を示したすべての臨床的パラメーターを用いて多変量解析が行われた。本検討ではP-value<0.05を統計学的有意と判定した。統計解析には、JMP version 13.2.1(SAS Institute Inc)とEZR version 1.38(自治医科大学)等のソフトウェアを用いた。
【0055】
以上の方法及び材料等を用いて解析した結果を、バイオマーカー毎に以下に示す。
【0056】
(実施例1) IPF患者におけるS100A4の検討
[健常コントロールとIPF患者における血清S100A4の比較]
未治療のIPF患者95名とHC50名から採取された血清のS100A4値を、ELISA法(Code No.CY-8086 CircuLex S100A4 ELISA Kit Ver.2(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定したところ、
図1に示すとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清S100A4値は有意に高値であった。興味深いことに、すべてのHCの血清S100A4値は本キットの測定感度以下(0.28ng/mL)であった。IPF患者群の中にも血清S100A4値が測定感度以下であった患者群が存在する一方、血清S100A4値が高い一群も存在した。そのため前者をS100A4低値群、後者をS100A4高値群として定義し、後に比較した。
【0057】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織のS100A4発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織におけるS100A4の発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図2に示すとおり、HCでは、肺胞マクロファージ(
図2Bの矢頭)や正常肺胞構造にまばらなS100A4発現が認められた(
図2Bの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性かつ部分的に強いS100A4発現が認められた(
図2のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図2のHの矢頭)や成熟した線維化組織の周囲と正常肺胞組織との境界領域に、豊富なS100A4発現細胞が浸潤していた(
図2のHの矢印)。以上の所見から、S100A4はIPF患者の肺組織における線維芽細胞が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0058】
[血清S100A4と臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清S100A4値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表1に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清S100A4値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0059】
【0060】
[IPF患者における血清S100A4高値群と低値群の比較]
S100A4高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表2に示すとおり、PaO2値がS100A4低値群で低い以外に、有意な差はなかった。しかし、予後不良率は、有意にS100A4高値群で高かった。
【0061】
【0062】
なお、表2に記載のデータは、中央値(四分位範囲;IQR)又は数値(%)にて示す。アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0063】
また、IPF患者における血清S100A4高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図3に示すとおり、S100A4高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、血清採取後(IPF診断後)の2年生存率は、S100A4高値群で46.2%、S100A4低値群で75.5%だった。
【0064】
[IPF患者における血清S100A4の予後との関連性]
IPF患者における血清S100A4値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表3に示すとおり、単変量解析ではPaO2低値や%FVC低値、血清S100A4高値が疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清S100A4高値は、独立した疾患進行のリスク因子であることがわかった。
【0065】
【0066】
なお、表3において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0067】
次に、血清S100A4値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表4に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO2低値、%FVC低値、血清S100A4高値が生命予後の不良と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清S100A4高値は独立した生命予後不良因子であることがわかった。一方、すでに日常診療で用いられているKL-6は予後不良とは関連しなかった。
【0068】
【0069】
なお、表4において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0070】
(実施例2) <IPF患者におけるCIRPの検討>
[健常コントロールとIPF患者における血清CIRPの比較]
未治療のIPF患者95名とIPF患者と年齢・性別が統計的に年齢・性別分布の差がない健常人コントロール(HC)50名から採取された血清のCIRP値を、ELISA法(CY-8103 Human CIRP ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定したところ、
図4に示したとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清CIRP値は有意に高値であった。興味深いことに、ほとんどのHCの血清CIRP値は、本キットの測定感度以下(0.201ng/mL)であった。IPF患者群の中にも血清CIRP値が測定感度以下であった患者群が存在する一方、血清CIRP値が測定感度以上の高い一群も存在した。そのため前者をCIRP低値群、後者をCIRP高値群として定義し、後に比較した。
【0071】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織のCIRP発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織におけるCIRPの発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図5に示すとおり、HCでは、一部の正常肺胞構造にかすかなCIRP発現が認められた(
図5のBの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性の強いCIRPの発現が認められた(
図5のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図5のHの矢頭)や線維化組織の周囲と増殖した細胞の核内に強くCIRPが発現していた(
図5のHの矢印)。以上の所見から、CIRPはIPF患者の肺組織における線維化領域が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0072】
[血清CIRPと臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清CIRP値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表5に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清CIRP値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0073】
【0074】
[IPF患者における血清CIRP高値群と低値群の比較]
CIRP高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表6に示すとおり、%FVCがCIRP高値群で低かったが、その他に有意な差はなかった。しかし、予後不良率は、有意にCIRP高値群で高かった。
【0075】
【0076】
また、IPF患者における血清CIRP高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図6に示すとおり、CIRP高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、IPF診断後の2年生存率は、CIRP高値群で39.5%、CIRP低値群で83.9%だった。
【0077】
[IPF患者における血清CIRPの予後との関連性]
IPF患者における血清CIRP値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表7に示すとおり、単変量解析ではPaO2低値や%FVC低値、血清CIRP高値は疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清CIRP高値は、独立した疾患進行のリスク因子であることがわかった。
【0078】
【0079】
なお、表7において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0080】
次に、血清CIRP値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表8に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO2低値、%FVC低値、血清CIRP高値は生命予後不良と有意に関連した。これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清CIRP高値は独立した生命予後不良因子だった。一方、すでに日常診療で用いられているKL-6は予後不良とは関連しなかった。
【0081】
【0082】
なお、表8において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0083】
(実施例3) <IPF患者における14-3-3γの検討>
[健常コントロールとIPF患者における血清14-3-3γの比較]
未治療のIPF患者95名とIPF患者と年齢・性別が統計的に年齢・性別分布の差がない健常人コントロール(HC)50名から採取された血清の14-3-3γ値を、ELISA法(CY-8082 14-3-3 Gamma ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所製))を用いて測定した。その結果、
図7に示すとおり、HC群と比較し、IPF患者群の血清14-3-3γ値は有意に高値であった。
【0084】
[健常コントロールとIPF患者における肺組織の14-3-3γ発現の比較]
肺癌患者における正常肺組織部位を健常コントロール(HC)とし、外科的肺生検によって得られたIPF患者の肺組織における14-3-3γの発現を、免疫染色法を用いて比較検討した。その結果、
図8に示すとおり、HCでは、一部の正常肺胞構造に14-3-3γ発現が認められた(
図8のBの矢印)。対照的に、IPF患者の肺組織では、びまん性の強い14-3-3γ発現が認められた(
図8のE)。特に、幼若な線維芽細胞巣(
図8のHの矢頭)や線維化組織周囲に強くCIRPが発現していた(
図8のHの矢印)。以上の所見から、14-3-3γはIPF患者の肺組織における線維化領域が産生源となり、その発現レベルが肺の線維化活動性を反映し、疾患の進行に関与している可能性が示唆された。
【0085】
[血清14-3-3γと臨床的パラメーターとの相関]
IPF患者における血清14-3-3γ値と臨床パラメーターとの相関を検討したが、表9に示すとおり、有意な相関は認められなかった。血清14-3-3γ値は既存の臨床パラメーターとは独立した挙動を示した。
【0086】
【0087】
[IPF患者における血清14-3-3γ高値群と低値群の比較]
IPF患者における血清14-3-3γ中央値36815AU/mlをカットオフとして、14-3-3γ高値群と低値群の患者背景を比較したところ、表10に示すとおり、%FVCが14-3-3γ高値群で低かったが、その他に有意な差はなかった。
【0088】
【0089】
また、IPF患者における血清14-3-3γ高値群と低値群の生存率の比較をしたところ、
図9に示すとおり、14-3-3γ高値群は低値群と比較して、有意に生命予後は不良であった。なお、IPF診断後の2年生存率は、14-3-3γ高値群で53.5%、低値群で81.8%だった。
【0090】
[IPF患者における血清14-3-3γの予後との関連性]
IPF患者における血清14-3-3γ値と、起算日から1年以内の疾患進行との関連性をロジスティック回帰分析にて解析したところ、表11に示すとおり、単変量解析ではPaO2低値や%FVC低値、血清14-3-3γ高値は疾患進行と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清14-3-3γ高値は、疾患進行と関連する傾向が認められた。
【0091】
【0092】
なお、表11において、「OR」はオッズ比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【0093】
次に、血清14-3-3γ値と死亡した患者の臨床パラメータ及び生命予後不良との関連性についてCox比例ハザードモデルを用いて解析したところ、表12に示すとおり、単変量解析では高齢やPaO2低値、%FVC低値、血清14-3-3γ高値は生命予後不良と有意に関連した。さらに、これらの単変量解析で有意だった変数を用いて多変量解析を行ったところ、血清14-3-3γ高値は独立した生命予後不良因子だった。一方、すでに日常診療で用いられているKL-6は予後不良とは関連しなかった。
【0094】
【0095】
なお、表12において、「HR」はハザード比を示し、「95%CI」は95%信頼区間を示す。また、アスタリスクが付された数値は、P<0.05であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0096】
以上説明したように、本発明によれば、特発性肺線維症の予後不良リスクを、精度高く決定することが可能となる。特に、バイオマーカーの血清レベルを指標としても、特発性肺線維症の予後不良を精度高く判定することができる。
【0097】
PaO2は肺における酸素化の指標となるため、重症度の判定に重要ではあるが、その測定には動脈採血を要し、静脈採血と比較して侵襲的である。また、酸素投与の条件によって変動するため、厳重に設定された条件によって測定されなければならない。%FVCは予後予測因子となるが、重症例や呼吸困難を有する例、気胸等の合併症を有する例では検査そのものが困難である。また、高齢や難聴等の障害を有する患者では再現性が低下する。
【0098】
一方、本発明によれば、静脈血清を用いても予後を判定することができるため、患者に大きな負担をかけることなく、侵襲性低く繰り返し検査することが可能である。このように、特発性肺線維症の予後を、侵襲性低く、精度高く簡便に判定することもできる本発明は、特発性肺線維症に関する医療分野において極めて有用である。