IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 八田工業株式会社の特許一覧

特許7300739医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法
<>
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図1
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図2
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図3
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図4
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図5
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図6
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図7
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図8
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図9
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図10
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図11
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図12
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図13
  • 特許-医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-22
(45)【発行日】2023-06-30
(54)【発明の名称】医療器具、医療装置、及び、医療器具の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20230623BHJP
   C23C 8/38 20060101ALI20230623BHJP
   A61F 9/007 20060101ALI20230623BHJP
   A61B 17/29 20060101ALI20230623BHJP
【FI】
C23C8/22
C23C8/38
A61F9/007 130H
A61B17/29
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020527707
(86)(22)【出願日】2019-07-01
(86)【国際出願番号】 JP2019026112
(87)【国際公開番号】W WO2020004667
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2018124201
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510248408
【氏名又は名称】八田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100157428
【弁理士】
【氏名又は名称】大池 聞平
(72)【発明者】
【氏名】福井 準一
(72)【発明者】
【氏名】隅谷 賢三
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-077313(JP,A)
【文献】特開2007-332459(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106319161(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0188877(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00-12/02
A61B 13/00-18/18
A61F 9/00-11/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
管状のシャフトと、該シャフトの内部に挿通された棒状の中芯と、前記シャフトの外側に露出するように前記中芯の先端側に設けられて開閉自在に構成された先端部とを有する医療器具であって、
前記シャフトは、太さが1mm以下であり、
前記シャフトの表面には、該シャフトが可撓性を失うことなく、該シャフトを撓みにくくする硬化層が形成されている、医療器具。
【請求項2】
前記硬化層の厚みは、2μm以上18μm以下である、請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
前記硬化層は、窒化又は浸炭によるS相から構成されている、請求項1又は2に記載の医療器具。
【請求項4】
前記硬化層は、窒化及び浸炭を併用したS相から構成されている、請求項1乃至の何れか1つに記載の医療器具。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1つに記載の医療器具と、
前記医療器具が取り付けられたハンドルとを備えている、医療装置。
【請求項6】
管状のシャフトと、該シャフトの内部に挿通された棒状の中芯と、前記シャフトの外側に露出するように前記中芯の先端側に設けられて開閉自在に構成された先端部とを有する医療器具の製造方法であって、
前記シャフトは、太さが1mm以下であり、
前記シャフトから可撓性が失われない所定の条件で、前記シャフトの表面に、該シャフトを撓みにくくする硬化層を形成するステップを備えている、医療器具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製の極細部材を備えた医療器具等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、医療現場において、金属製の極細部材を備えた医療器具(例えば、眼球用鉗子や眼球用カッターなど)が使用されている。例えば、特許文献1には、目の症状を治療するための膜鉗子が記載されている。
【0003】
具体的に、特許文献1に記載の膜鉗子は、ハンドル、プルーブ作動ハンドル、プルーブ作動チューブ、及び鉗子顎(プルーブ先端)を有する。チューブは、チタン、ステンレススチール、または適切なポリマーなどの任意の適切な医療グレードのチューブであり、鉗子顎がその内部で容易に往復運動ができるように寸法が決められている。鉗子顎は、通常ステンレススチールかチタンで作られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2016-500297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、金属製の極細部材を備えた従来の医療器具では、極細部材に小さな力が加わるだけで比較的大きな撓みが生じる。そのため、医療器具の使用時に極細部材が人体組織などに軽く当たるだけで比較的大きな撓みが生じ、使用者にとって操作が容易ではない。従来の医療器具は、適切に操作するには熟練した技量が必要であった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、極細部材について可撓性を残したまま撓みにくさを向上させ、操作性に優れた医療器具等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するべく、第1の発明は、金属製で棒状の極細部材を備えた医療器具であって、極細部材は、可撓性を失うことなくその表面に硬化層が形成されている、医療器具である。
【0008】
第2の発明は、第1の発明において、硬化層の厚みが、2μm以上18μm以下である。
【0009】
第3の発明は、第1又は第2の発明において、極細部材の太さが1mm以下である。
【0010】
第4の発明は、第1乃至第3の何れか1つの発明において、硬化層は、窒化又は浸炭によるS相から構成されている。
【0011】
第5の発明は、第1乃至第4の何れか1つの発明において、硬化層は、窒化及び浸炭を併用したS相から構成されている。
【0012】
第6の発明は、第1乃至第5の何れか1つの発明において、医療器具は、管状のシャフトと、シャフトの内部に挿通された棒状の中芯と、シャフトの外側に露出するように中芯の先端側に設けられて開閉自在に構成された先端部とを有する眼球用鉗子であり、シャフトが、極細部材に相当し、可撓性を失うことなくその表面に硬化層が形成されている。
【0013】
第7の発明は、第1乃至第5の何れか1つの発明において、医療器具は、先端部に刃及び吸引口が設けられた管状のシャフトを備えた眼球用カッターであり、シャフトが、極細部材に相当し、可撓性を失うことなくその表面に硬化層が形成されている。
【0014】
第8の発明は、第6又は第7の発明の医療器具と、医療器具が取り付けられたハンドルとを備えている、医療装置である。
【0015】
第9の発明は、金属製で棒状の極細部材を備えた医療器具の製造方法であって、極細部材から可撓性が失われない所定の条件で、極細部材の表面に硬化層を形成するステップを備えている、医療器具の製造方法である。
【0016】
第10の発明は、太さが1mm以下の棒状又は線状で金属製の極細部材を備えた金属製物品であって、極細部材は、可撓性を失うことなくその表面に硬化層が形成されている、金属製物品である。
【0017】
第11の発明は、厚さが1mm以下の金属製の極薄部材を備えた金属製物品であって、極薄部材は、可撓性を失うことなくその表面に硬化層が形成されている、金属製物品である。
【0018】
第12の発明は、長さと幅における最大寸法が1mm以下の金属製の極小部材を備えた金属製物品であって、極小部材の表面に硬化層が形成されている、金属製物品である。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、極細部材の表面に、極細部材から可撓性が失われないように硬化層を形成している。硬化層形成後の極細部材は、可撓性を有するため通常の範囲で曲げても折れることなく、また硬化層が形成されたことで撓みにくさが増す。本発明によれば、医療器具の使用時に極細部材が人体組織などに軽く当たるだけで比較的大きな撓みが生じることがなく、操作性に優れた医療器具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、実施形態に係る眼科用医療装置の斜視図である。
図2図2は、眼球用鉗子の平面図である。
図3図3は、眼球用鉗子の表層部分の断面図である。
図4図4は、3点曲げ試験の方法を説明するための模式図である。
図5図5は、実施例1について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図6図6は、実施例2について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図7図7は、実施例3について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図8図8は、実施例4について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図9図9は、実施例5について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図10図10は、比較例1について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図11図11は、実施例6について3点曲げ試験の結果を表す図表である。
図12図12は、実施例7~9に係る塩水噴霧試験後の各試料の写真である
図13図13は、プラズマ窒化処理を施した試料(実施例14~19)について、窒素濃度プロファイルを示す図表である。
図14図14は、プラズマ浸炭処理を施した試料(実施例20~23)について、炭素濃度プロファイルを示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図1図14を参照しながら、本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、以下の実施形態は、本発明の一例であって、本発明、その適用物、あるいはその用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【0022】
本実施形態は、金属製で棒状の極細部材21を備えた医療器具20に関する。医療器具20は、医療装置10の一部品である。図1に示す医療装置10は、網膜・硝子体手術に用いられる眼科用医療装置10であり、上述の医療器具20として眼球用鉗子20を備えている。なお、極細部材21の太さは1mm以下(特に0.5mm以下)である。
【0023】
[眼科用医療装置の構成]
眼科用医療装置10は、図1に示すように、上述の眼球用鉗子20と、眼球用鉗子20の開閉操作に用いるハンドル30とを備えている。眼球用鉗子20は、ハンドル30の先端部に着脱自在に取り付けられている。ハンドル30は、後端部(図1における右上の部分)を支点に開閉自在になっている。使用者がハンドル30を開閉させると、ハンドル30に内蔵された変換機構(図示省略)により、ハンドル30における開閉運動が眼球用鉗子20の中芯22(後述)の軸方向の運動に変換され、中芯22が軸方向に沿って前後に動く。眼球用鉗子20では、中芯22の前後の動きに伴って先端部23が開閉する。
【0024】
[眼球用鉗子の構造]
眼球用鉗子20は、図2に示すように、管状のシャフト21と、シャフト21の内部に挿通された棒状の中芯22と、シャフト21の外側に露出するように中芯22の先端側に設けられて開閉自在に構成された先端部23とを備えている。先端部23は、物体を切断する鋏又は物体を把持する把持部などにより構成されている。
【0025】
シャフト21は、真っすぐな円管状の部材である。一方、中芯22は、真っすぐで円形断面の部材である。中芯22は、長さがシャフト21より少し長く、太さ(外径)がシャフト21の内径より少し小さい。中芯22の先端側は、先端部23が一体化されている。中芯22は、両端部を除いてシャフト21に被覆されている。
【0026】
眼球用鉗子20の材料について、眼球用鉗子20の各部材(シャフト21、中芯22、先端部23)は、SUS304、SUS316などのオーステナイト系ステンレス鋼により構成されている。SUS304(JIS,ISOナンバー304)は、化学成分組成が質量%で、Cr:18~20%、Ni:8~10.5%、C:0.08%以下、Si:1%以下、Mn:2%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下のオーステナイト系ステンレス鋼である。SUS316(JIS,ISOナンバー316)は、化学成分組成が質量%で、Cr:16~18%、Ni:10~14%、Mo:2~3%、C:0.08%以下、Si:1%以下、Mn:2%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下のオーステナイト系ステンレス鋼である。
【0027】
なお、眼球用鉗子20の各部材に用いるオーステナイト系ステンレス鋼は、常温域でオーステナイト単相のステンレス鋼であり、上述のSUS304とSUS316以外に、SUS201(JIS)、SUS202(JIS)、SUS301(JIS)、SUS303(JIS)、SUS305(JIS)、SUS317(JIS)などであってもよい。
【0028】
また、眼球用鉗子20の材料としては、オーステナイト系ステンレス鋼以外に、例えば、他の鋼種のステンレス鋼、コバルト・クロム・ニッケル合金、ニッケル・クロム合金、コバルト・クロム合金、アルミニウム合金、チタン、マグネシュウムなどを用いることができる。
【0029】
眼球用鉗子20は、例えば太さが27ゲージ(0.41±0.02mm)の鉗子である。シャフト21は長さが30mmで、外径が0.41mm、内径が0.2mmである。また、中芯22は長さが35mmで太さが0.15mmである。シャフト21も中芯22も、金属製で棒状の極細部材に相当する。眼球用鉗子20では、シャフト21及び中芯22のそれぞれの付け根がハンドル30側に固定又は連結される。そのため、シャフト21の先端部などに力が加わると撓みが生じる。なお、眼球用鉗子20の寸法は本段落に記載の値に限定されない。
【0030】
本実施形態では、この撓みの生じにくさが増すように、シャフト21に対しプラズマ窒化処理を施して表面に硬化層11を形成している。図3に示すように、眼球用鉗子20の母材12表面は硬化層11により被覆されている。なお、硬化層11の形成方法としては、プラズマ窒化法以外の窒化処理法(ガス窒化法、塩浴窒化法)を採用してもよい。また、浸炭処理により硬化層11を形成してもよい。浸炭処理法としては、プラズマ浸炭法、ガス浸炭法又は塩浴浸炭法の何れを採用してもよい。また、窒化処理法と浸炭処理法の併用を採用してもよく、その場合に、2つの処理を順番に行ってもよいし、同時に行う浸炭窒化処理法を採用してもよい。なお、本明細書では、窒化処理と浸炭処理と浸炭窒化処理法を含む上位概念の用語として「表面熱処理」を用いる。また、PVD法(物理的蒸着法)により硬化層11(ダイヤモンドライクカーボン薄膜など)を形成してもよい。また、表面に塗装やメッキを施してもよい。
【0031】
ここで、窒化処理や浸炭処理などの表面熱処理は、ステンレス鋼などの金属製部材の耐摩耗性を向上させるために用いられている。耐摩耗性を向上させるためには厚い硬化層を形成する必要がある。表面熱処理では、表面熱処理中における被処理材の表面温度(処理温度)を高くするほど、短い処理時間で厚い硬化層が得られる。そのため、500℃以上の高温の処理温度が採用される。しかし、厚い硬化層が得られる処理条件(処理温度など)で、極細のシャフト21に対して表面熱処理を行う場合に、シャフト21の肉厚に占める硬化層11の割合が高くなると、シャフト21から可撓性が失われる。この場合、シャフト21は曲げようとすると折れてしまう。
【0032】
それに対し、本実施形態では、薄膜の硬化層11が得られる処理条件でシャフト21に対し表面熱処理が行われる。シャフト21(極細部材)における硬化層11の厚みは、例えば2μm以上あればよく、4μm以上であってもよい。また、硬化層11の厚みは、18μm以下であればよく、15μm以下又は10μm以下であってもよい。例えば、硬化層11の厚みは、2μm以上18μm以下(好ましくは2μm以上15μm以下、さらに好ましくは4μm以上10μm以下)である。また、シャフト21(極細部材)において断面積に占める硬化層11の割合は、例えば2%以上20%以下(好ましくは5%以上12%以下、さらに好ましくは5%以上10%以下)である。本実施形態によれば、シャフト21から可撓性が失われることなく、表面熱処理が施されていない未処理材に比べて撓みにくさが増したシャフト21が得られる。シャフト21は弾力性が向上する。なお、窒化処理、浸炭処理又は浸炭窒化処理による硬化層11の厚さは、後述するグロー放電分光装置を用いた厚み測定において、被処理材に浸み込ませる元素(窒素又は炭素)が確認できる範囲の厚さを言う。
【0033】
27ゲージのシャフト21の弾力性について、ステンレス鋼の場合、後述する3点曲げ試験(その1)において中心における下側への撓み量が3mmの場合に計測される圧縮荷重は、0.5N以上1.0N以下であり、好ましくは0.7N以上である(未処理材の圧縮荷重は約0.3N)。また、コバルト・クロム・ニッケル合金の場合、3点曲げ試験(その1)において中心における下側への撓み量が3mmの場合に計測される圧縮荷重は、1.1N以上1.3N以下である。3点曲げ試験についての詳細は実施例で説明する。
【0034】
なお、本実施形態では、シャフト21だけでなく中芯22の表面にも、表面熱処理(プラズマ窒化処理、プラズマ浸炭処理など)等により硬化層11を形成している。但し、未処理材に比べて弾力性を有する眼球用鉗子20を実現できるのであれば、例えばシャフト21だけに硬化層11を形成してもよいし、中芯22だけに硬化層11を形成してもよい。また、本実施形態では、シャフト21と中芯22の両方について、外表面の全面に硬化層11を形成しているが、未処理材に比べて弾力性を有する眼球用鉗子20を実現できるのであれば、硬化層11が形成されていない領域が存在してもよい。
【0035】
また、3点曲げ試験以外の性能として、SUS304又はSUS316に対し所定の温度範囲内で窒化処理が施されたシャフト21は、押込み荷重を10mNとしたISO14577-1:2002に準拠したナノインデンテーション法による押込み硬さ(表面の硬さ)が15000N/mm以上であり、耐食性に関してJIS Z2371:2015(ISO 9227:2012)に準拠して中性塩水噴霧試験を150時間実施しても外観上において錆が実質的に生じないレベルの耐食性を有する。一方、SUS304又はSUS316に対し所定の温度範囲内で浸炭処理が施されたシャフト21は、押込み荷重を10mNとしたISO14577-1:2002に準拠したナノインデンテーション法による押込み硬さが12000N/mm以上であり、耐食性に関してJIS Z2371:2015(ISO 9227:2012)に準拠して中性塩水噴霧試験を150時間実施しても外観上において錆が実質的に生じないレベルの耐食性を有する。
【0036】
[医療器具の製造方法]
実施形態に係る医療器具10の製造方法について説明する。特に表面熱処理の方法について具体的に説明する。
【0037】
本製造方法では、まず、金属加工を行いシャフト21と中芯22とを被処理材として準備するステップを行う。中芯22については先端部23が一体化されたものを準備する。次に、シャフト21及び中芯22の各々に対し、可撓性が失われない所定の処理条件(処理温度、処理時間)で、窒化処理、浸炭処理、窒化処理と浸炭処理を順番に行う熱処理、又は、浸炭窒化処理などの表面熱処理により表面に硬化層11を形成する硬化層形成ステップを行う。そして、各被処理材21,22を冷却した後に、シャフト21に対し中芯22を装着して眼球用鉗子20が完成する。
【0038】
硬化層形成ステップの一例としてプラズマ窒化処理について説明する。この場合、まずプラズマ処理装置における真空炉内の処理室に被処理材21,22を入れて処理室を密閉する。そして、ポンプによって処理室からガスを排気して処理室を真空状態(例えば、中真空の状態)にした後に、処理室に水素と窒素の混合ガスを導入して、陽極(真空炉の内壁)と陰極(被処理材21,22)との間にグロー放電を生成する。
【0039】
グロー放電の生成期間中は、例えば、温度計(例えば放射温度計、熱電対など)によって被処理材21,22の表面温度を計測する。グロー放電の生成期間は、被処理材21,22の表面温度が徐々に上昇していき、被処理材21,22の表面に窒化層が形成され始める。そして、被処理材21,22の表面温度がさらに上昇して、プラズマ処理装置に設定された設定温度(処理温度)に到達すると、被処理材21,22の表面温度は設定温度に維持される。プラズマ処理装置は、例えば温度計による計測値が設定温度に維持されるように、陽極と陰極との間の電圧値及び電流値についてフィードバック制御を行う。プラズマ処理装置では、プラズマ処理装置に設定された設定時間(処理時間)が経過するまでグロー放電が継続される。これにより硬化層形成ステップは終了する。
【0040】
表面熱処理の処理条件のうち処理温度(表面熱処理中の被処理材の表面温度)は、被処理材21,22としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いる場合、被処理材21,22の表面に拡張オーステナイト相(以下、「S相」という。)が形成される温度範囲に調節することができる。S相とは、窒化処理の場合、通常のオーステナイト相よりも格子間距離が広がった面心立方格子構造(FCC構造)を有する窒素(浸炭処理の場合、炭素)の過飽和固溶体である。窒化処理の場合の硬化層11は、窒化によるS相から構成されている。浸炭処理の硬化層11は、浸炭によるS相から構成されている。窒化処理と浸炭処理を併用した場合(窒化処理後に浸炭処理を行う場合、浸炭処理後に窒化処理を行う場合、浸炭窒化処理の場合)の硬化層11は、窒化処理と浸炭処理の併用によるS相から構成されている。この場合、炭素原子に比べて窒素原子の方が表層側に存在している。
【0041】
S相が形成される温度範囲について、具体的に、窒化処理又は浸炭窒化処理の処理温度は、鋼種がSUS304の場合、250℃以上430℃以下に設定し、好ましくは300℃以上400℃以下に設定し、さらに好ましくは340℃以上385℃以下に設定する。また、鋼種がSUS316の場合、250℃以上450℃以下に設定し、好ましくは350℃以上410℃以下に設定し、さらに好ましくは360℃以上385℃以下に設定する。
【0042】
一方、S相が形成される温度範囲について、浸炭処理の処理温度は、鋼種がSUS304又はSUS316の何れの場合も、250℃以上450℃以下に設定し、好ましくは340℃以上410℃以下に設定し、さらに好ましくは350℃以上385℃以下に設定する。
【0043】
また、表面熱処理の処理時間は、必要となる弾性力や被処理材の太さに応じて適宜設定することができるが、27ゲージの眼科用鉗子20では、プラズマ窒化処理の場合もプラズマ浸炭処理の場合も、鋼種がSUS304又はSUS316の何れであっても、2時間以上24時間以下(好ましくは2時間以上10時間以下、さらに好ましくは2時間以上6時間以下)に設定する。
【0044】
また、コバルト・クロム・ニッケル合金の場合、耐食性に優れているため、窒化処理を行う場合、処理温度を340℃以上600℃以下(例えば380℃)に設定し、処理時間を1時間以上4時間以下に設定する。なお、コバルト・クロム・ニッケル合金を時効硬化させた後に窒化処理又は浸炭処理を行う場合、処理温度を350℃以上420℃以下に設定することができる。時効硬化時の温度は例えば520℃近辺とすることができる。また、コバルト・クロム・ニッケル合金を時効硬化させながら窒化処理又は浸炭処理を行う場合、処理温度を450℃以上600℃以下に設定することができる。
【0045】
処理温度が低すぎる又は処理時間が短すぎる場合、被処理材21,22に十分な弾力性を付与することが容易ではなく、処理温度が高すぎる又は処理時間が長すぎる場合、硬化層11が厚くなり過ぎて可撓性が失われる虞がある。
【0046】
ここで、オーステナイト系ステンレス鋼は、不動態皮膜が表面に形成されており、優れた耐食性を有するが、耐摩耗性を向上させる処理条件(窒化処理の場合、処理温度が500~600℃程度)で表面熱処理を行うと、未処理材に比べて耐食性が大きく低下する。また、耐食性を向上させるために、400℃の低温で表面熱処理を行うことが試みられており、400℃の低温での表面熱処理は耐食性に優れていることが記載されている文献(特開2015-48499号公報など)がある。しかし、実際には、表面熱処理に関わる研究者や開発者の間では、低温の表面熱処理でも、未処理材に比べて耐食性が大きく低下することが技術常識になっている。また、表面熱処理は耐摩耗性を向上させる目的で利用されるものであり、これまで低温での表面熱処理は、用途が見いだされておらず工業的に利用されてこなかった。
【0047】
それに対し、本願の発明者は、極細部材21,22の弾性力を高める目的で、低温の表面熱処理を工業的に利用できる可能性があると考えた。そして、低温の表面熱処理を施して極細部材21,22の表面に薄膜の硬化層11を形成することによって、可撓性が失われることなく弾力性が高まって撓みやすさの問題が改善された医療器具20(コシがあって折れにくい医療器具)の製造に成功した。本実施形態の処理温度は、耐摩耗性を向上させる場合には使用しない温度帯である。本実施形態では、硬化層11の形成スピードが遅い温度帯を敢えて使用することで、薄膜の窒化層11を形成している。
【0048】
また、本願発明者は、オーステナイト系ステンレス鋼に表面熱処理を行う場合の処理温度について、従来に試みられていた低温(400℃)より低い所定の温度範囲に設定することで、未処理材(同じ鋼種の未処理材)と同等レベル又は同等に近いレベルの耐食性を有する硬化層11(窒化層又は浸炭層)が得られることを見つけ出した。後述する中性塩水噴霧試験によって、耐食性が極めて優れていることを確認している(後述の表1及び表2参照)。この所定の温度範囲は、窒化処理と浸炭処理の何れも場合も、鋼種がSUS304とSUS316について、340℃以上385℃以下である。
【0049】
<実施形態の変形例1>
本変形例では、S相が形成される温度範囲よりも高い処理温度で、シャフト21などの極細部材21,22に対しプラズマ窒化処理、プラズマ浸炭処理、又はプラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理を併用する処理などの表面熱処理を行い、極細部材21,22の表面に硬化層11を形成する。
【0050】
本願の発明者は、表面熱処理により極細部材21,22の表面に硬化層11を形成する場合に、S相が形成される温度範囲よりも高い処理温度を採用しても、極細部材21,22の可撓性が失われないように処理時間を短めにすることで、弾性力が高い極細部材21,22を製造することに成功した。
【0051】
窒化処理の処理温度は、鋼種がSUS304の場合は430℃より大きく600℃以下の値を採用でき、鋼種がSUS316の場合は450℃より大きく600℃以下の値を採用することができる。また、浸炭処理の処理温度は、鋼種がSUS304又はSUS316の何れの場合も、450℃より大きく600℃以下の値を採用することができる。また、処理時間は、例えば12時間以下の値から選択することができ、必要となる弾力性に応じて決定する。
【0052】
<実施形態の変形例2>
本変形例では、極細部材21,22に対しプラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理を併用して、極細部材21,22の表面に硬化層11を形成する。この場合、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理の順番について、プラズマ窒化処理を施した後にプラズマ浸炭処理を施してもよいし、プラズマ浸炭処理を施した後にプラズマ窒化処理を施してもよい。また、2つを同時に行うプラズマ浸炭窒化処理を施してもよい。なお、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理を別々に行う場合、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理で同じ処理温度を採用してもよいし、異なる処理温度を採用してもよい。また、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理で同じ処理時間を採用してもよいし、異なる処理時間を採用してもよい。
【0053】
ここで、本願の発明者は、プラズマ窒化処理又はプラズマ浸炭処理の片方を行う場合に対し、同じ処理時間で比較した場合、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理を併用した方が、弾性力が高くなることを見つけ出した。この場合に、S相が形成される温度範囲で、プラズマ窒化処理、プラズマ浸炭処理、又はプラズマ浸炭窒化処理を行うことで、極細部材21,22における耐食性及び弾力性の両方が優れた医療器具20を実現することができる。
【0054】
S相が形成される温度範囲については、上述したように、窒化処理又は浸炭窒化処理の処理温度は、鋼種がSUS304の場合、250℃以上430℃以下に設定し、好ましくは300℃以上400℃以下に設定し、さらに好ましくは340℃以上385℃以下に設定する。また、鋼種がSUS316の場合、250℃以上450℃以下に設定し、好ましくは350℃以上410℃以下に設定し、さらに好ましくは360℃以上385℃以下に設定する。浸炭処理の処理温度は、鋼種がSUS304又はSUS316の何れの場合も、250℃以上450℃以下に設定し、好ましくは340℃以上410℃以下に設定し、さらに好ましくは350℃以上385℃以下に設定する。
【実施例
【0055】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
[3点曲げ試験(その1)]
27Gの眼球用鉗子のシャフト21を試料として用いた実施例1~6と比較例1との各々について、3点曲げ試験を行った。何れの試料(シャフト21)も同じ寸法である。各試料の寸法は、長さが30mmで、外径が0.41mm、内径が0.2mmであった。
【0057】
3点曲げ試験には、図4に示す治具35と、インストロン5569型万能材料試験機(インストロン社製)とを用いた。3点曲げ試験では、図4に示すように、治具35の一対の支持部31上に、中心位置を合わせて試料Xを設置した。そして、試料Xに直交する円形断面の棒部材32が取り付けられたインストロン5569型万能材料試験機にて棒部材32を下側に移動させて試料Xを上側から押し込み、インストロン5569型万能材料試験機にて、試料Xの中心の撓み量が所定値になる時の荷重(圧縮荷重)を計測した。3点曲げ試験では、試料Xの中心における撓み量が1mmから3mmまでの範囲について0.5mmピッチで圧縮荷重を計測した。試料Xを支持する支点間の距離Aは30mmであった。なお、試験時の室温は20℃±0.5℃であった。
【0058】
実施例1~5と比較例1については、SUS304(JIS)を材料に用いたシャフト21を試料とした。実施例6については、コバルト・クロム・ニッケル合金を材料に用いたシャフト21を試料とした。実施例1~6には、表1に記載の処理条件で表面にプラズマ窒化処理を施した。また、比較例1には、プラズマ窒化処理を施していない生材を用いた。
【0059】
実施例1~6に施したプラズマ窒化処理の手順を説明する。まずプラズマ処理装置の真空炉内に試料を入れた。次にポンプによって真空炉内のガスを排気して真空炉内を真空状態にした後、陽極(真空炉の内壁)と陰極(試料)との間にグロー放電を生じさせて、窒素と水素を含む混合ガスを真空炉内に導入し、試料の表面を窒化処理した。グロー放電の生成期間中は、放射温度計によって試料の表面温度を計測し、試料の表面温度がプラズマ処理装置の設定温度に到達した後、その設定温度に維持されるように、プラズマ処理装置のプラズマ生成部に対しフィードバック制御を行った。プラズマ処理装置は、窒化処理の実施時間が設定時間に到達すると停止させた。プラズマ処理装置では、表1に記載の処理温度及び処理時間をそれぞれ設定温度及び設定時間とした。
【0060】
【表1】
【0061】
各実施例と比較例の試験結果について、シャフト21の材料がSUS304の場合、図5図10に示すように、プラズマ窒化処理により表面に硬化層11を形成した実施例1~5は、硬化層を形成していない比較例1に比べて圧縮荷重が大きな値となった。また、処理温度が350℃の実施例1~3を比較すると、処理時間が長いほど圧縮荷重は大きな値となった。同様に、処理温度が380℃の実施例4~5についても、処理時間が長いほど圧縮荷重が大きな値となった。また、シャフト21の材料がコバルト・クロム・ニッケル合金の場合、図11に示すように、プラズマ窒化処理により表面に硬化層11が形成された実施例6は、圧縮荷重が大きな値となった。
【0062】
[3点曲げ試験(その2)]
27Gの眼球用鉗子のシャフト21を試料とした実施例A~Qについて、3点曲げ試験(その1)とは異なる試験機を用いて、3点曲げ試験を行った。各実施例A~Qでは、2本又は3本の試料を使用した。なお、各試料の寸法は、3点曲げ試験(その1)と同じであり、各試料の材質は、3点曲げ試験(その1)と同じSUS304(JIS)であった。
【0063】
3点曲げ試験の試験機としては、フォースゲージ ZTA-2N(株式会社イマダ製)を用いた。また、3点曲げ試験では、3点曲げ試験(その1)と同様に、治具35の一対の支持部31上に、中心位置を合わせて試料Xを設置した。また、試験機(フォースゲージ)に円形断面の棒部材32(図4)を取り付け、棒部材32が試料Xに直交するように試験機を縦型電動スタンド EMX-1000N(株式会社イマダ製)に取り付けた。そして、縦型電動スタンドにて試験機及び棒部材32を下側に移動させることによって試料Xを上側から押し込み、試験機によって中心の撓み量(変位)が1mmになる時の荷重(圧縮荷重)を計測した。試料Xを支持する支点間の距離Aは25mmであった。なお、試験時の室温は20℃±0.5℃であった。
【0064】
プラズマ窒化処理の手順は、3点曲げ試験(その1)と同じである。また、プラズマ浸炭処理の手順について、メタンと水素を含む混合ガスを導入する以外は、プラズマ窒化処理と同じである。各実施例について、処理温度、処理時間、及び試料数とともに、試験結果を表2に示す。試験結果としては、複数の試料における圧縮荷重の平均値(荷重値)と、その平均値について未処理品と比較した場合の圧縮荷重の増加率とを記載している。なお、表2における実施例N~実施例Qについて丸数字は、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理の実施順番を表す。
【0065】
【表2】
【0066】
プラズマ窒化処理の試験結果によれば、同じ処理時間で比較した場合に処理温度が高いほど圧縮荷重の平均値は大きく、同じ処理温度で比較した場合に処理時間が長いほど圧縮荷重の平均値は大きくなった。また、S相が形成される温度範囲よりも高い処理温度(520℃)の場合(実施例G、実施例H)に、未処理と比較した場合の増加率が120%を超えており、S相が形成される温度範囲の場合に比べて、増加率がかなり大きくなった。この点は、後述するプラズマ浸炭処理の場合(実施例L,実施例M)に比べて顕著であった。また、プラズマ浸炭処理の試験結果によれば、同じ処理時間で比較した場合に処理温度が高いほど圧縮荷重の平均値は大きく、同じ処理温度で比較した場合に処理時間が長いほど圧縮荷重の平均値は大きくなった。
【0067】
また、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理の両方を行った場合の試験結果について、実施例N及び実施例Pは、未処理と比較した場合の増加率がともに113%であり、処理温度が同じで処理時間(合計)が同じ実施例Dと比較すると増加率が大きくなった。弾性力を高める上で、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理の両方を行うことは有効であることが分かった。
【0068】
[耐食性の試験]
SUS304について400℃より低い処理温度で表面熱処理を施した試料(実施例7~8)と、400℃の処理温度で表面熱処理を施した試料(実施例9)について耐食性の試験を行った。各試料には、縦50mm、横25mm、厚さ5.0mmのステンレス鋼を用いた。各試料に対しては、準備ステップとして、6面フライス加工を施し、さらに表面と裏面に対して、平面研削、湿式ペーパー研磨、及び、3μmダイヤモンドラッピングをこの順番で行った。そして、表3に記載の処理条件で、3点曲げ試験と同じ手順でプラズマ窒化処理を施した。
【0069】
耐食性試験は、対しJIS Z2371:2015(ISO 9227:2012)に準拠して、試料に対し中性塩水噴霧試験を1週間に亘って行った。試験結果を表2に示す。また、塩水噴霧試験後の各試料の写真を図12に示す。図12において、中央が実施例7、右側が実施例8、左側が実施例9の写真である。表3及び図12から分かるように、実施例7及び実施例8の各試料については何れも錆の発生は実質的に認められなかった(錆による変色も実質的に認められなかった)。一方、実施例9の試料については錆の発生が顕著に認められた。
【0070】
【表3】
【0071】
また、表3に記載のSUS304に加え、SUS316に窒化処理を行った試料(実施例10~11)と、SUS304に浸炭処理を行った試料(実施例12)と、SUS316に浸炭処理を行った試料(実施例13)とについて、上述の中性塩水噴霧試験を1週間に亘って行った。試験結果を表4に示す。
【0072】
【表4】
【0073】
各実施例10~13について、何れも錆の発生は実質的に認められなかった。表4によれば、SUS304の窒化処理に加え、SUS316の窒化処理とSUS304及びSUS316の浸炭処理とについても、処理温度385℃以下のステンレス鋼製品は、表層を除去しない場合であっても中性塩水噴霧試験を168時間実施した場合に外観上において錆が生じないことが確認できた。
【0074】
[硬化層の厚み測定]
表5に記載の処理条件で、3点曲げ試験と同じ手順で表面熱処理(プラズマ窒化処理又はプラズマ浸炭処理)を施した試料(実施例14~23)について、硬化層11の厚みを測定した。この測定では、グロー放電分光装置(株式会社リガク製System3860)を用いて、深さ方向における窒素の発光強度の変化を測定し、さらに元素濃度と発光強度の相関を求めた検量線を用いて、深さ方向における窒素濃度又は炭素濃度に変換した。
【0075】
【表5】
【0076】
試験結果として、図13にプラズマ窒化処理の測定結果を示し、図14にプラズマ浸炭処理の測定結果を示す。図13において窒化層11の厚みは2μm~6μmであった。上述の圧縮荷重が0.6N以上0.75N以下となった試料と同じ処理温度380℃の実施例15(SUS304、窒化処理)では厚みが4μm以上であった。また、図14において浸炭層11の厚みは6μm~10μmであった。なお、処理時間を4時間よりも長くすると、図13図14で得られた測定結果の厚みよりも硬化層11は厚くなると予測される。また、プラズマ窒化処理とプラズマ浸炭処理を併用した場合、片方だけを行う場合に比べて厚みが厚くなることが予測される。硬化層の厚みとしては最大で18μmほどになることが予測される。
【0077】
[ナノインデンテーション法による押込み硬さの測定]
実施例14~23について、株式会社エリオニクス製の超微小押し込み硬さ試験機(製品名 ENT-1100a)を用いて、ISO14577-1(First edition 2002-10-01)に準拠したナノインデンテーション法による押込み硬さ(ナノインデンテーション硬度)を測定した。各試料の測定において、押込み荷重は10mNとした。各試料について3点以上で測定値を得た。
【0078】
試験結果を表6に示す。試験結果としては、各試料について最小値、最大値及び平均値を示す。本明細書では、3点以上の測定結果の平均値を「ナノインデンテーション法による押込み硬さ」とする。
【0079】
【表6】
【0080】
表6によれば、プラズマ窒化処理の場合、押込み硬さの平均値は15000N/mm以上であった。また、プラズマ浸炭処理の場合、押込み硬さの平均値は12000N/mm以上であった。
【0081】
[本発明の適用]
本発明は、眼球用鉗子20以外の医療器具20にも適用可能であり、先端部に刃及び吸引口が設けられた管状のシャフトを備えた眼球用カッターに適用してもよい。例えば27ゲージの眼球用カッターにおいて、シャフトから可撓性が失われないようにシャフトの表面に硬化層11を形成することで、シャフトの撓みにくさを向上させることができる。
【0082】
本発明は、医療器具20以外の物品における棒状の極細部材に適用することも可能である。太さが1mm以下(特に0.5mm以下)の棒状で金属製の極細部材を備えた金属製物品において、極細部材から可撓性が失われないように極細部材の表面に硬化層11を形成することで、極細部材の撓みにくさを向上させることができる。当該金属製物品としては、金属端子、ピン、ネジ、精密ゲージ、精密工具、精密治具などが挙げられる。
【0083】
また、本発明は、線状の極細部材に適用することも可能である。太さが1mm以下(特に0.5mm以下)の線状で金属製の極細部材を備えた金属製物品において、極細部材から可撓性が失われないように極細部材の表面に硬化層11を形成することで、極細部材の撓みにくさを向上させることができる。当該金属製物品としては、医療用カテーテル、ガイドワイヤー、ステントなどが挙げられる。
【0084】
また、本発明は、極薄部材に適用することも可能である。厚さが1mm以下(特に0.5mm以下)の金属製の極薄部材を備えた金属製物品において、極薄部材から可撓性が失われないように極薄部材の表面に硬化層11を形成することで、極薄部材の撓みにくさを向上させることができる。当該金属製物品としては、金属端子、精密ゲージ、精密工具、精密治具、キャバシターなどが挙げられる。
【0085】
また、本発明は、極小部材に適用することも可能である。長さと幅における最大寸法が1mm以下(特に0.5mm以下)の金属製の極小部材を備えた金属製物品において、極小部材の表面に硬化層11を形成してもよい。本発明によれば、これまでに表面に硬化層が形成されてこなかったような極小部材の硬さを向上させることができる。当該金属製物品としては、微細精密部品、真空部品、電子部品、燃料電池部品、電池部品、MEMS,光学部品などが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、金属製の極細部材を備えた医療器具等に適用可能である。
【符号の説明】
【0087】
10 眼科用医療装置(医療装置)
11 硬化層、窒化層
20 眼球用鉗子(医療器具)
21 シャフト
22 中芯
23 先端部
30 ハンドル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14