(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-22
(45)【発行日】2023-06-30
(54)【発明の名称】ポリフェニレンサルファイド繊維からなる繊維製品の染色方法および繊維製品
(51)【国際特許分類】
D06P 3/00 20060101AFI20230623BHJP
D06P 5/00 20060101ALI20230623BHJP
D06P 1/16 20060101ALI20230623BHJP
D06P 5/20 20060101ALI20230623BHJP
D03D 27/00 20060101ALI20230623BHJP
D06C 7/02 20060101ALI20230623BHJP
【FI】
D06P3/00 Z
D06P5/00 Z
D06P1/16
D06P5/20 B
D03D27/00 A
D06C7/02
(21)【出願番号】P 2020511038
(86)(22)【出願日】2019-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2019013813
(87)【国際公開番号】W WO2019189669
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2018065054
(32)【優先日】2018-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591017939
【氏名又は名称】クラレファスニング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】相良 卓
(72)【発明者】
【氏名】山下 正治
【審査官】井上 明子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-240240(JP,A)
【文献】韓国登録特許第1791048(KR,B1)
【文献】特開2018-204123(JP,A)
【文献】特開2015-062599(JP,A)
【文献】特開平01-272883(JP,A)
【文献】国際公開第2008/059958(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/122817(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06P 1/00 - 7/00
D03D 27/00
D06C 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンサルファイド繊維を含む繊維製品を240℃以上の温度で1分以上乾熱処理を行った後、分散染料を含有する120~145℃の温度範囲の水溶液中で90分以上染色処理することを特徴とするポリフェニレンサルファイド繊維を含む繊維製品の染色方法。
【請求項2】
前記繊維製品が面ファスナーである請求項1に記載の染色方法。
【請求項3】
前記面ファスナーが、
経糸としてポリフェニレンサルファイドを含むマルチフィラメント糸、緯糸としてポリフェニレンサルファイドを含むマルチフィラメント糸、及び係合素子用糸としてポリフェニレンサルファイドを含むマルチフィラメント糸、ポリフェニレンサルファイドを含むモノフィラメント糸、又はその双方を含み、
該経糸及び該緯糸を含む織物基布の少なくとも一方の表面に、該係合素子用マルチフィラメント糸を含むループ状係合素子、該係合素子用モノフィラメント糸を含むフック状係合素子、又はその双方を有する面ファスナーである請求項2に記載の染色方法。
【請求項4】
前記緯糸がポリフェニレンサルファイドを含むマルチフィラメント糸と熱融着性マルチフィラメント糸を含む引き揃え糸であり、前記織物基布を構成する糸及び前記ループ状係合素子、前記フック状係合素子、又はその双方が該熱融着性マルチフィラメント糸により融着固定されている請求項3に記載の染色方法。
【請求項5】
乾熱処理により、熱融着性マルチフィラメント糸による織物基布を構成する糸及び前記ループ状係合素子用マルチフィラメント糸、前記フック状係合素子用モノフィラメント糸、又はその双方の融着固定も同時に行う請求項4に記載の染色方法。
【請求項6】
乾熱処理を245~260℃の温度範囲で2~5分間行う請求項1~5のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項7】
分散染料を含有する130~140℃の温度範囲の水溶液中で90~300分間染色処理する請求項1~6のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項8】
染色された繊維製品の摩擦堅牢度および熱湯堅牢度が共に4級以上である請求項1~7のいずれか1項に記載の染色方法。
【請求項9】
染前後のΔL値が-10以下である請求項1~8のいずれか1項に記載の染色方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと略す)繊維を含む繊維製品を染色する方法、特にPPS繊維を含む織物系面ファスナーを染色する方法および染色された繊維製品に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、PPS繊維は耐熱性や難燃性に優れる繊維であることから、難燃性や耐熱性が要求される産業資材分野に用いられてきた。最近、PPS繊維の耐熱性や難燃性を利用して、特殊衣類、例えば高温作業服や消防服等の分野にも用いられるようになってきた。
【0003】
しかしながら、PPS繊維は、染着座席がないという分子構造上の理由により、カチオン染料や酸性染料のような染料では染色されないという欠点を有している。さらにPPS繊維は、染着座席がないことに加えて結晶化度が非常に高いことから、濃色に染色することが非常に困難であり、したがって鮮やかな色調を要する用途分野には使用できないという致命的な問題点があった。
【0004】
このような問題点に対して、いくつかのPPS繊維の染色性を改善する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、分散染料とキャリアの存在下で、PPS繊維をそのガラス転移点温度以上の染色温度で染色する方法が開示されている。キャリアの具体的例としてメチルナフタレン系やオルソフェニルフェノール系の化合物が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、PPS繊維を、昇温結晶化温度を超える温度、すなわち160℃以上の温度でサーモゾル染色することが提案されている。さらに、特許文献3には、PPS繊維を、分散染料とベンジルベンゾエート、フェニルベンジルエーテル等の化合物と乳化剤を含有する処理液中で染色することが提案されている。
【0006】
上記特許文献1の染色方法の場合には、キャリアとして用いられるメチルナフタレン系やオルソフェニルフェノール系などの化合物では染色性が十分には改善されない上に、環境への負荷が大きく、かつ染色加工を行う作業者に対してこれら化合物が有害であるという問題を有している。また上記特許文献2の方法の場合には、サーモゾル染色という特殊な染色方法を用いるため生産性が低く、通常の染色加工場で採用することが困難であるという問題点を有している。さらに、上記特許文献3の方法の場合には、ある程度の濃さの青色や黄色や赤色に染色することは可能であるが、濃い黒色に染色することが難しいという問題点を有している。PPS繊維の用途は産業用途が主体であることから濃色特に濃い黒色の染色品が得られないことは、大きな問題点である。
【0007】
同様に、面ファスナーの分野においても、難燃性や耐熱性が要求されている用途が増加しており、例えば排煙ダクトの連結や高温フィルターの固定や高温作業服等の産業分野へ使用できるような耐熱性かつ難燃性に優れた面ファスナーが求められている。このような要求に応える面ファスナーとして、本出願人はPPS繊維を含む面ファスナーを提案し(特許文献4)、現在、このPPS繊維を含む面ファスナーは製造販売され、従来にない難燃性と耐熱性を有するものとして好評を得ている。
【0008】
具体的には、この特許文献4のPPS繊維を含む面ファスナーは、経糸にPPSを含むマルチフィラメント糸を、緯糸にPPSを含むマルチフィラメント糸と熱融着性芯鞘型フィラメントを含むマルチフィラメント糸の引き揃え糸を、さらに係合素子用糸としてPPSを含むマルチフィラメント糸またはモノフィラメント糸を用いている。該面ファスナーは、これらの経糸と緯糸および係合素子用糸から形成された織物基布の表面に、該係合素子用マルチフィラメント糸を含むループ状係合素子または該係合素子用モノフィラメント糸を含むフック状係合素子を有する。上記熱融着性芯鞘型フィラメントを含むマルチフィラメント糸は熱溶融され、織物基布を構成する糸及び係合素子を融着固定している。
【0009】
上記したように従来の面ファスナーは、耐熱性や難燃性が要求されるが、鮮やかな色調を有していることがあまり求められない産業分野への使用が主体であった。近年、このような産業分野の他に、難燃性と耐熱性を有すると同時に鮮やかな色調も有する面ファスナーが求められる用途分野からの要望が増えている。例えば、航空機や自動車等の内装材、フロアカーペット、座席等は、単に、難燃性で耐熱性に優れるだけでは不十分であり、鮮やかな色調を有していることが求められている。
【0010】
しかしながら、特許文献4では、面ファスナーを染色することは考慮されておらず、特許文献4に記載の特許技術を用いた面ファスナーは、染色することなく、白色系の面ファスナーとして販売されているのが現状である。
【0011】
一般に、面ファスナーを着色する方法として、製造された面ファスナーを着色する、いわゆる製品染法と、面ファスナーに使用する繊維中に顔料や染料を練り込んだ原着繊維を用いて面ファスナーを製造する、いわゆる原着法の2通りがある。従来、PPS繊維を含む面ファスナーを鮮やかな濃色に染色するためには、製品染法では困難であり、原着法しか採用できないと思われていた。
【0012】
しかしながら、原着法の場合、ユーザーからのカラーバリエーションに応えるためには、原着糸を用いた多くの色の面ファスナーを予め製造して保管しておく必要があり、それらの保存・管理に多大な経費や労力を要することとなる。原着糸を用いた多くの色の面ファスナーをストックしておくことを避けるためには、ユーザーからの要求を受けてから原着繊維を製造し、それから面ファスナーを製造するという方法も考えられる。しかし、この方法は、製造に時間が掛かり、早急に供給されることを希望するユーザーの要望に応えることができないという問題を有している。
【0013】
もし、PPS繊維を含む面ファスナーにおいても製品染法が可能であるならば、染色前の面ファスナーを予め用意しておき、それをユーザーの希望する色に直ちに染色して出荷できることから、原着法の有する問題点が解消できることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平1-272883号公報
【文献】特開平4-289279号公報
【文献】特開2002-249990号公報
【文献】国際公開2008/059958号(日本国特許第5139998号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記従来技術のように特殊な薬剤や特殊な装置を使用する必要がなく、かつ、従来のポリエステル系繊維製品の染色に用いられている染色装置をそっくりそのまま使用できるPPS繊維を含む繊維製品(以下、“PPS繊維製品”と称することもある)の染色方法を提供すること、及び、染色されたPPS繊維製品を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、極めて簡単に濃色に染色でき、特に従来技術では得ることが困難であった濃い黒色の染色品が得られる方法を提供すること、及び、濃色に染色されたPPS繊維製品、特に、濃い黒色に染色されたPPS繊維製品を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、PPS繊維を含む面ファスナー(以下、“PPS面ファスナー”と称することもある)に適した染色方法を提供すること、及び、染色されたPPS繊維面ファスナーを提供することを目的とする。
【0016】
さらに、本発明は、原着法ではなく製品染法であることから、原着糸を用いた多くの色の面ファスナーを予め製造保存しておく必要がなく、納期が遅れるという問題も生じない染色方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、濃色染色処理により係合力が低下することが殆どない、PPS繊維面ファスナーの染色方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、PPS繊維製品を240℃以上の温度で1分以上乾熱処理を行った後に、分散染料を用いて染色処理すると、特許文献1に記載のキャリア、特許文献3に記載のベンジルベンゾエート、フェニルベンジルエーテル等の化合物と乳化剤などの特殊な薬剤を用いることなく、かつ、特許文献2に記載の特殊な染色方法を用いることなく、従来のポリエステル系繊維製品の染色に用いられている染色装置をそのまま使用した極めて簡単な方法によりPPS繊維製品を染色することができること、特に、濃色に染色することができることを見出した。すなわち、上記乾熱処理によりPPS繊維の染色性が改善され、上記課題が解決されることを見出した。
【0018】
すなわち、本発明は、
(1)PPS繊維を含む繊維製品を240℃以上の温度で1分以上乾熱処理を行った後、分散染料を含有する120~145℃の温度範囲の水溶液中で90分以上染色処理することを特徴とするPPS繊維製品の染色方法;
(2)前記繊維製品が面ファスナーである(1)に記載のPPS繊維製品の染色方法;
(3)染色されたPPS繊維製品;
(4)前記PPS繊維製品が面ファスナーである(3)に記載のPPS繊維製品;及び
(5)他の態様の染色方法及び染色されたPPS繊維製品
を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明方法は、染色に先立ってPPS繊維製品を特定の温度範囲で特定時間乾熱処理し、この乾熱処理を行った後、従来のポリエステル系繊維製品の染色に用いられている染色装置をそっくりそのまま使用し、ポリエステル系繊維製品の場合に採用されている染色時間よりも長くする以外は同様の染色条件で染色処理するものであり、これにより染色されたPPS繊維製品が得られる。従って、従来技術のように人体に有害な特殊な薬剤や特殊な装置を使用する必要がなく、かつ極めて簡単な方法により、従来困難であったPPS繊維製品の染色が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の染色方法により染色するPPS繊維製品としては、PPS繊維を含む織物、編物、不織布等のいずれでもよいし、更にこれらを組み合わせたものでもよい。またPPS繊維製品は、マルチフィラメント糸を含むものであっても、紡績糸を含むものであっても、あるいは繊維を分繊した単繊維を含むものであってもよい。
【0021】
さらに、PPS繊維製品はPPS繊維のみから形成されている場合であっても、あるいはPPS繊維の難燃性や耐熱性を大きく損なわない範囲で、他の繊維が含まれている場合であってもよい。例えば、ポリエチレンテレフタレート系のポリエステル繊維が含まれている場合には、本発明方法で行う染色は、分散染料を用い、ポリエステル繊維の染色方法に用いられている方法で行うものであることから、同時に、ポリエステル系繊維も染色され、同色の濃色の染色物を得ることができる。
【0022】
本発明の繊維製品を形成するPPS繊維は、重量平均分子量が2万~10万のPPS樹脂を溶融紡糸し、所定の延伸を行い、さらに緊張条件下あるいは若干の弛緩条件下で熱処理して得られるものであり、一般市販されており、さらにユーザーの要求に応じて好みの太さや長さや集束本数を変えたものが製造、提供されている。
【0023】
なおPPS繊維は、上記したように、繊維の製造段階で熱処理がなされているが、その温度としては130~220℃が採用され、延伸された繊維に残っている歪を除去し、繊維を安定化させる程度のものである。なかには、220℃を越えるような熱処理温度が用いられている場合もあるが、その場合は熱処理時間が極めて短く、数秒~十数秒の範囲である。したがって、一般に市販されているPPS繊維の中に、本発明で規定する乾熱処理相当の熱処理がなされたものは存在しない。
【0024】
本発明方法において、PPS繊維製品として、PPS繊維を含む織物系の面ファスナーが前記したように好ましい。織物系面ファスナーとは、経糸及び緯糸を含む織物基布の表面に係合素子用糸を含むループ状係合素子またはフック状係合素子が存在している面ファスナーである。もちろん、本発明は織物系面ファスナー以外に編物系や不織布系の面ファスナーであってもよい。
【0025】
本発明で使用する面ファスナーは、少なくとも一方の表面にフック状係合素子を有するフック面ファスナー、少なくとも一方の表面にループ状係合素子を有するループ面ファスナー、少なくとも一方の表面にフック状係合素子とループ状係合素子の両方が存在しているフック・ループ混在面ファスナー、一方の表面にフック状係合素子を有し、他方の表面にループ状係合素子を有している片面フック・片面ループの面ファスナーのいずれであってもよい。
【0026】
以下、PPS繊維製品として最も好ましい織物系面ファスナーを例にして本発明を詳細に説明する。
【0027】
経糸には、PPSマルチフィラメント糸が用いられ、好ましくは30~100本のフィラメントが集束したトータル太さが200~300デシテックスのPPSマルチフィラメント糸が用いられる。
【0028】
緯糸には、係合素子用糸を基布に固定するためおよび織組織を固定するために、熱融着性フィラメントを含むマルチフィラメント糸が含まれているのが好ましい。熱融着性フィラメントを含むマルチフィラメント糸としては、熱融着性芯鞘型フィラメントを含むマルチフィラメント糸が、得られる面ファスナーの柔軟性や形態安定性の点で好ましい。前記熱融着性フィラメントを含むマルチフィラメント糸は、難燃性を達成する上でPPS系マルチフィラメント糸との引き揃え糸にして用いられるのが好ましい。
【0029】
緯糸に熱融着性マルチフィラメントを含むマルチフィラメント糸を含んでいない場合でも構わないが、そのような場合には、経糸と緯糸を固定するために、特に係合素子用糸を織物基布に固定するために他の手段を用いる必要がある。係合素子用糸を織物基布に固定する一般的な方法として、織物基布の裏面に接着剤液を塗布して裏面にバックコート層を形成する方法が用いられる。この方法の場合には、バックコートにより面ファスナーが硬くなり、また接着剤によっては分散染料で染色できない、さらにはバックコート層から難燃剤がブリードアウトし易いという問題が生じる。従って、緯糸の一部として熱融着性マルチフィラメントを含むマルチフィラメント糸を用いることが好ましい。
【0030】
熱融着性の芯鞘型フィラメントを含むマルチフィラメント糸としては、鞘成分が低融点または低軟化点を有する融着成分となる樹脂で、芯成分が高融点を有する樹脂である芯鞘型のフィラメントを含むマルチフィラメント糸が面ファスナーの柔軟性や形態安定性や係合素子用糸を固定する力に優れる等の点で好ましい。特に、鞘成分樹脂としては,PPSとの接着性に優れ、さらに後に行う染色により鮮明に染色されることからポリエステル系樹脂が好ましく、芯成分樹脂としては、鞘成分樹脂との接着性に優れ、かつ後に行う染色により鮮明に染色されることから鞘成分樹脂と同系統のポリエステル系樹脂が好ましい。芯成分樹脂の融点又は軟化点は、鞘成分樹脂の融点又は軟化点より40~100℃高いことが好ましい。
【0031】
鞘成分樹脂としては、イソフタル酸、スルホイソフタル酸ソーダ等の芳香族ジカルボン酸類、アジピン酸、セバチン酸等の脂肪族ジカルボン酸類、プロピレングリコール、ブタンジオール等のアルキレンジオール類、ヒドロキシ安息香酸等のオキシカルボン酸類等から選ばれる共重合成分を含む単量体を共重合することにより得られる融点または軟化点が140~210℃である共重合ポリエチレンテレフタレート系ポリエステルまたは共重合ポリブチレンテレフタレフタレート系ポリエステルが好ましい。
また、前記共重合成分を実質的に含まないポリエチレンテレフタレートホモポリマーも鞘成分として好ましい。
芯成分樹脂は、融点または軟化点が異なることを除いて、鞘成分に関して上記した樹脂と同様である。
【0032】
芯鞘型フィラメントの芯成分と鞘成分の質量比は、係合素子用糸が確実に固定されるので、8:2~5:5であることが好ましい。芯鞘型の熱融着性マルチフィラメント糸としては、単繊維太さが3~7デシテックスのフィラメントが12~48本集束しているトータル太さが100~140デシテックスのマルチフィラメント糸が好ましい。
【0033】
緯糸は、前記熱融着性マルチフィラメント糸とPPSマルチフィラメント糸との引き揃え糸であることが高い熱融着性能を得る上で好ましい。
緯糸に用いられるPPSマルチフィラメント糸は、3.2~4.8デシテックスのPPSフィラメントが52~80本集束しているマルチフィラメント糸が好ましい。
【0034】
緯糸を構成するPPSマルチフィラメント糸と熱融着性マルチフィラメント糸との質量比が1.5:1~2.5:1の範囲であるのが、十分な難燃性を得る上で好ましい。
【0035】
本発明で好ましくは用いられる面ファスナーは、上記した経糸および緯糸の他に、係合素子用モノフィラメント糸及び/又は係合素子用マルチフィラメント糸を含む。ループ状係合素子にはPPSマルチフィラメント糸が、フック状係合素子にはPPSモノフィラメント糸が係合素子用糸として用いられる。
【0036】
ループ状係合素子用のPPSマルチフィラメント糸としては、16~30本のフィラメントが集束した太さ250~400デシテックスのマルチフィラメント糸が好ましい。また、フック状係合素子用のPPSモノフィラメント糸としては、直径150~250μmのモノフィラメント糸が好ましい。
【0037】
前記した経糸、緯糸および係合素子用糸から本発明の染色方法において好ましく用いられる織物系面ファスナーが製造される。次に、該織物系面ファスナーの製造方法について説明する。
【0038】
まず、織物基布の少なくとも一方の表面にループ状係合素子用及び/又はフック状係合素子用の係合素子用糸を含む多数のループが存在している面ファスナー用織物を織る。織物基布の織組織としては平織が好ましく、織物基布の織密度は、経糸25~65本/cm、特に40~60本/cmが好ましく、緯糸13~20本/cm、特に16~20本/cmが好ましい。
【0039】
係合素子用糸は経糸に平行に織物に打ち込まれる。ループ状係合素子用マルチフィラメント糸またはフック状係合素子用モノフィラメント糸の打ち込み本数は、それぞれ、経糸20本(ループ状係合素子用マルチフィラメント糸またはフック状係合素子用モノフィラメント糸を含む)に対して2~8本程度が好ましく、特に好ましくは経糸20本に対して5本である。なお、ループ状係合素子とフック状係合素子の両者が存在している場合も上記打ち込み本数が好ましい。
【0040】
織物を構成する緯糸が2本合わさって経糸および係合素子用糸に対する浮沈関係を同一としているように織られているのが好ましい。このような緯糸2本合わさった織り方をするための具体的な方法としては、織る際に、経糸の開口に緯糸を一方向からのみ挿入させて反対側で折り返し、帰ってきた段階で綜絖を上下させる方法が挙げられる。
【0041】
従って、上記緯糸の織密度は、2本合わせた緯糸を1本として数えた本数である。一方、上記した、緯糸を構成するPPSマルチフィラメント糸及び熱融着性マルチフィラメント糸を形成するフィラメントの本数や糸の太さは、2本合わせた場合の本数や太さではなく、合わせる前の緯糸1本に含まれる本数や太さである。
【0042】
織物基布の表面に形成するループの高さは、ループがループ状係合素子用である場合には好ましくは2~3mm、より好ましくは2.1~2.8mmであり、ループがフック状係合素子用である場合には好ましくは1.7~2.6mm、より好ましくは1.8~2.4mmである。
また係合素子用糸を含むループの密度は、織物基布の単位面積当たり35~70個/cm2が好ましい。なお、最終的に得られる面ファスナーがフック・ループ混在型の場合であっても、あるいは片面フック・片面ループの場合であっても、フック状係合素子用ループとループ状係合素子用ループの合計個数も35~70個/cm2であることが好ましい。本発明で使用する織物製面ファスナーの目付は、乾熱処理後で420~600g/m2が好ましい。
【0043】
本発明の一態様において、織物製面ファスナーは、
(1)面ファスナーの経糸方向に沿った両端部に、係合素子が存在しない耳部が形成され、
(2)耳部の経糸方向に沿った切断面が、緯糸の切断面により形成されており、切断面に位置する経糸が緯糸により固定されている
耳部付面ファスナーであってもよい。
【0044】
前記耳部付面ファスナーは、耳部断面の経糸が緯糸により強固に固定されているので、耳部ほつれが生じない。従って、耳部ほつれ防止のための裏面バックコート樹脂塗布が不要であることから、柔軟性に富んでおり、布製又は皮革製のシートなどに縫製で取り付ける際の作業性に優れるとともに、面ファスナーを取り付けたシートなどの柔軟性等を大きく損なうことが少ない。又、耳部の端部は緯糸の切断により形成されていることから、耳部端部が直線となっているので、縫製により面ファスナーを取り付けたシートなどの外観も良好である。
さらに、耳部ほつれが生じないので、複数の面ファスナー部分と複数の耳部となる領域が交互に配置された幅広の面ファスナー用織物を製造し、該幅広の面ファスナー用織物の耳部となる領域を経糸方向にスリットすることにより多条の耳部付面ファスナーを同時に製造することができ、生産性が良好である。
【0045】
前記耳部付面ファスナーの詳細(経糸、緯糸、フック状係合素子、ループ状係合素子など)は、耳部を有すること以外は、面ファスナーに関して前記したそれぞれと同様である。
【0046】
前記耳部付面ファスナーは、例えば、以下の工程を含む方法により製造することができる。
(i)経糸としてPPSマルチフィラメント糸、緯糸としてPPSマルチフィラメント糸と熱融着性芯鞘型フィラメントを含むマルチフィラメント糸との引き揃え糸、及び係合素子用糸としてPPSマルチフィラメント糸及び/又はPPSモノフィラメント糸を用いて、織物の表面には係合素子用糸を含む多数のループが存在している係合素子領域と係合素子用糸が存在していない耳部領域がそれぞれ経糸方向に連続して存在しており、緯糸方向には係合素子領域と耳部領域が交互に存在している織物を織る工程、
(ii)工程(i)で得られた織物を、熱融着性芯鞘型フィラメントの鞘部を溶融させる温度以上の温度であって、芯部の溶融温度より8℃低い温度~芯部の溶融温度の範囲内の温度に加熱して、織物を構成している糸を熱融着性芯鞘型フィラメントにより融着固定させる工程、
(iii)係合素子用糸がPPSモノフィラメント糸である場合には、ループの片脚を切断してループをフック状係合素子とする工程、及び
(iv)耳部領域で織物を経糸に平行にスリットして、織物を複数条の耳部付面ファスナーに分割する工程。
【0047】
次に、このようにして得られた織物製面ファスナーを240℃以上の温度で1分以上乾熱処理する。この乾熱処理温度と時間は、織物系面ファスナー以外の繊維製品の場合や熱融着性マルチフィラメント糸を含まない面ファスナーの場合であっても同じである。本発明者等らは、この乾熱処理によりPPS繊維が染色可能、好ましくは濃色に染色可能な繊維に変性することを見出した。熱融着性マルチフィラメント糸を含む面ファスナー用織物の場合には、この乾熱処理により、同時に熱融着性マルチフィラメント糸の鞘成分樹脂が溶融し、織物基布を形成する経糸と緯糸、及び係合素子用糸が固定される。
【0048】
さらに、乾熱処理温度が240℃より低い場合や乾熱処理時間が1分より短い場合には、後に行う染色処理によりPPS繊維を十分に染色することが難しく、又、濃色に染色することができないことが分かった。しかし、乾熱処理温度が高すぎると、織物系面ファスナーが熱融着性マルチフィラメント糸を含む場合には、溶融した樹脂が流れ出し、得られる面ファスナーの外観や性能が損なわれる。また、面ファスナー以外のPPS繊維製品の場合には、繊維の劣化や性能の劣化を来す恐れがある。したがって、乾熱処理温度は270℃以下が好ましい。
【0049】
また、乾熱処理時間は1分以上であれば問題ないが、余り長時間処理しても染色性は向上せず、逆に繊維の劣化が生じる恐れがある。したがって10分以下が好ましい。より好ましくは、乾熱処理は245~260℃の温度範囲で2~5分間行う。なお、この乾熱処理によりPPS繊維が劣化することが予測されるが、太い係合素子用糸を用いているので、前記したように、その影響は殆どなく、充分な係合力を有する面ファスナーが得られる。
【0050】
次に係合素子用糸がモノフィラメント糸である場合には、ループの片脚を切断してループをフック状係合素子にすることにより染色処理に供する織物製面ファスナーが得られる。上記の乾熱処理によりループ形状が固定されているので、その片脚を切断してもフック形状は保たれ、ループ状係合素子と係合し、十分な係合力を有するフック状係合素子が得られる。
【0051】
上記の織物製面ファスナーは、次に染色処理される。染色条件は、通常のポリエステル繊維を分散染料を用いて高圧染色する条件と同様であるが、染色時間は、通常のポリエステル繊維の染色時間(60分前後)よりも長い時間が採用される。具体的には、分散染料を含有する120~145℃の温度範囲の水溶液中で90分以上染色する。
【0052】
染色温度が120℃より低い場合には鮮やかな濃色に染色できず、145℃より高い場合には、通常のポリエステル繊維用高圧染色機を用いることができない。また、染色時間が90分より短い場合には鮮やかな濃色に染色できない。ただ、染色時間が300分を越える場合には、それ以上の濃色物を得ることができず、エネルギーの無駄となる。分散染料を含有する130~140℃の温度範囲の水溶液中で90~300分間染色することがより好ましい。
【0053】
染色に使用する分散染料の種類は特に制限されず、ポリエステル繊維の染色に従来から用いられている分散染料のいずれもが使用でき、例えば、アミノアゾベンゼン系、アントラキノン系、ニトロジフェニルアミン誘導体などのニトロアリールアミン系の分散染料を挙げることができる。特に、PPS繊維製品は耐熱用途や難燃用途に用いられることから、黒色系の分散染料が好ましい。従来技術では黒色系の濃色品を得ることが極めて難しかったのに対して、本発明方法を用いると黒色系の濃色品が容易に得られることから、分散染料として黒色系の分散染料を用いるのが好ましい。もちろん、本発明方法は黒色以外の色、例えば青色、黄色、赤色、緑色等を得る場合にも適用できる。
【0054】
染色は、分散染料を水系媒体中に分散させた浴中にPPS繊維製品を浸漬して行うことが好ましい。その際に、分散染料を染色浴中に安定に分散させて均一な染色が行われるように、染色浴中に分散剤を存在させておくことが好ましい。分散剤としては、例えば、芳香族スルホン酸塩などのアニオン系界面活性剤および非イオン系界面活性剤の少なくとも1種が好ましく用いられる。また、染色浴中には、必要に応じてpH調整剤などを含有させてもよい。
【0055】
染色時の浴比は、PPS繊維製品の質量に対して10~40倍が適当である。また、染色浴における分散染料の濃度は、1~35%owfが好ましい。分散染料の濃度が1%owf未満であると、染色物の色調が薄くなって本発明の効果が現れにくくなり、一方35%owfを超えると染色物の洗濯堅牢性、摩擦堅牢性などが低くなり、実用性が低下し易い。染色後、還元洗浄し、さらに水洗して、表面に付着しているだけの染料等を除去し、乾燥して本発明の染色したPPS繊維製品(面ファスナー)を得る。
【0056】
本発明者等は本発明の乾熱処理(240℃以上の温度で1分以上)による染色性改善に関してさらに詳細に検討した。その結果、本発明の乾熱処理後のフック状係合素子のハーマン配向度が好ましくは0.64以下、より好ましくは0.55~0.64であり、ハーマン配向度がこの範囲であるとフック状係合素子の染色性が良好であり、濃色に染色することができることが分かった。
後述する表1の結果から、乾熱処理温度が高くなるとハーマン配向度は減少する、すなわち、PPS分子の配向状態が緩む傾向があることが分かる。この緩んだ配向状態がPPS繊維の染色性向上に寄与していると考えられる。一方、乾熱処理しない場合、乾熱処理温度が240℃未満の場合、乾熱処理時間が1分未満の場合は、配向状態が染色改善効果を発揮する程度まで緩むことがなく、従って、従来の乾熱処理を行わない染色方法ではPPS繊維の染色が難しく、特に、濃色に染色することが困難であったと予想される。
ハーマン配向度の詳細は後述する。
【0057】
本発明者等がさらに検討した結果、本発明の乾熱処理後のフック状係合素子の結晶化度が好ましくは53%以上、より好ましくは53.0~59.0%であることが分かった。
又、本発明の乾熱処理後のループ状係合素子の結晶化度が好ましくは53%以上、より好ましくは61.0~69.0%であることが分かった。
後述する表2と3の結果から、乾熱処理を行わない場合又は乾熱処理温度が240℃未満の場合、53%以上の結晶化度が得られないことが分かる。
本発明の乾熱処理を含む染色方法が、従来難しいと考えられていたPPS繊維の染色を容易にし、特に、従来困難であると思われていたPPS繊維を濃色に染色することを可能にすることを考慮すると、上記範囲のフック状係合素子の結晶化度及びループ状係合素子の結晶化度もPPS繊維の染色性改善に何らかの寄与を有していると思われる。
【0058】
なお、フック状係合素子のハーマン配向度、及び、フック状係合素子及びループ状係合素子の結晶化度は、120~145℃の範囲の染色温度には影響されない。従って、染色後の織物製面ファスナーにおいても、フック状係合素子のハーマン配向度は、好ましくは0.64以下、より好ましくは0.55~0.64であり、フック状係合素子の結晶化度は、好ましくは53%以上、より好ましくは53.0~59.0%であり、ループ状係合素子の結晶化度は、好ましくは53%以上、より好ましくは61.0~69.0%である。
【0059】
本発明の方法で染色した場合には、鮮やかで濃色系に染色された場合であっても、摩擦堅牢度および熱湯堅牢度が共に4級以上の面ファスナーが得られる。本発明において、摩擦堅牢度および熱湯堅牢度はそれぞれ後述する方法で測定した。
【0060】
特に、従来の方法(特許文献1~3に記載の方法)で黒色系染料を用いて染色した場合には明度L*値が46程度までしか下がらなかったが、本発明の方法で染色した場合は、20~40程度の濃い色に染めることができる。また青色染色では40程度、緑色染色では40程度の明度L*値が得られ、今までにない濃色化と優れた堅牢度を両立することが可能となった。なお、本発明において濃色とは染色後の明度L*値が、好ましくは45以下、より好ましくは40以下、さらに好ましくは38以下であることをいう。本発明において、明度L*値は以下に示す方法により測定した。
【0061】
また、本発明のPPS繊維製品、特に面ファスナーは、染色前後の面ファスナーのΔL値が-10以下であっても、摩擦堅牢度および熱湯堅牢度が共に4級以上であり、濃色で鮮やかに染まっても堅牢度に優れる。従来の方法では、黒色に染色した場合でも、染色前後のΔL値が-7~-8であるが、本発明の染色方法では、染色前後のΔL値が、黒色染色で-11~-18.4、青染色で-10.9、緑染色で-11.6と濃色染色や鮮明な染色が可能である。本発明において、ΔL値は以下に示す方法により測定した。
【0062】
このようにして得られた染色されたPPS繊維製品、特に、濃色に染色されたPPS繊維製品は、難燃性や耐熱性が高度に求められる用途であって、かつ鮮やかな色調が求められる用途に適しており、例えば、自動車や飛行機や列車等の乗物の内装材、断熱材の固定、座席用素材、カーテン等に適している。特に、面ファスナーは、これら乗物の座席のクッション体と表皮材を固定する係止材として、更には乗物の床用カーペットの固定材やカーテンの取り付け材として適している。
【実施例】
【0063】
以下本発明を実施例により説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0064】
面ファスナーのX線構造解析
(a)面ファスナーの作製
下記の経糸、緯糸、及びループ状係合素子用糸又はフック状係合素子用糸を用い、織密度が経糸56本/cm(係合素子用糸を含む)、緯糸18.5本/cmとなるように織った。経糸4本(係合素子用糸を含まず)に1本の割合でループ状係合素子用糸又はフック状係合素子用糸を経糸に平行に打ち込み、緯糸3本を浮沈したのち2.3mmの高さのループを形成するようにした。
[経糸]
・PPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメント)
[緯糸(引き揃え糸)]
・PPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメント)
・熱融着性芯鞘型マルチフィラメント糸(120デシテックス/24フィラメント)
芯成分:ポリエチレンテレフタレート(融点:260℃)
鞘成分:イソフタル酸25モル%共重合ポリエチレンテレフタレート
(軟化点:190℃)
芯鞘比率(質量比):70:30
[係合素子用糸]
・ループ状係合素子用糸:PPSマルチフィラメント糸(334デシテックス/20フィラメント)
・フック状係合素子用糸::PPSモノフィラメント糸(直径200μm)
得られた面ファスナー用織物を所定温度で2分間乾熱処理し、熱融着性芯鞘型マルチフィラメント糸の鞘成分を溶融させて、経糸、緯糸及び係合素子用糸を固定させた。
フック状係合素子用糸を用いた場合は、ループの片脚を切断してフック状係合素子にすることによりフック面ファスナーを得た。ループ状係合素子用糸を用いた場合はそのままループ面ファスナーとして用いた。
(b)X線分析
得られたフック面ファスナーのフック状係合素子及びループ面ファスナーのループ状係合素子から採取したサンプルを下記条件でX線分析し、方位角-強度分布図及び回折角-強度分布図を得た。
装置:ブルカー社製D8 Discover with GADDS
検出器:2次元PSPC?Hi-STAR
X線源:Cu
電流:110mA
電圧:45kV
コリメーター径:0.3mm
露光時間:30分
2θ(検出器位置):22deg
ω(サンプル位置):11deg
χ(煽り角):90deg及び0deg
(c)ハーマン配向度
ハーマン配向度fは、方位角-強度分布図から下記式によって算出することができる。
【数1】
式中、Iiは方位角θiのときのピーク強度である。<cos
2q>は全分子の配向状態の平均値であり、無配向の場合は1/3(f=0)、完全配向の場合は1(f=1)である。
解析用データ(方位角-強度図)の作成条件
2次元データを2θ=18.5~19.5deg、Chi=-145~-35degの範囲で横軸をChi(方位角=β)として作図した。
2枚の2次元像(煽り角が90deg及び0degのときのデータ)を上記の条件で変換し、変換後の2つのデータをつなぎ合わせて得られた方位角=45~225degの範囲の図を解析用のデータとして用いた。
【表1】
(d)結晶化度
回折角-強度分布図から結晶ピーク面積と全ピーク面積を求め、以下の式から算出した。
結晶化度(%)=結晶ピーク面積/全ピーク面積×100
【表2】
【表3】
【0065】
以下の実施例、比較例、及び参考例において、各測定値は以下の方法により求めた。
(1)明度L*値
分光測色計・色彩色差計(ミノルタ社製:CM-3600)を用いて、JIS L1916:2000に準拠して、染色されたPPS繊維製品の表面のL*a*b*表色系の座標値から明度L*値を求めた。明度L*値は、試験片から平均的な位置を万遍なく選択して測定された3点の平均値である。明度L*値が低いほど濃色に染色されたことを意味する。
(2)ΔL値
染色されたPPS繊維製品の濃淡について、分光測色計・色彩色差計(ミノルタ社製:CM-3600A)を用い、白色校正板を基準とし、ΔL値を算出した。ΔL値は、白色校正板との白色度の違いを表し、マイナス値が大きいほど濃色に染色されたことを意味する。
(3)染前後のΔL値
染前後のΔL値は、染色前のPPS繊維製品の色(PPS特有の黄褐色)を基準として求めたΔL値であり、染色前後の濃淡差を表す。
染前後のΔL値=(染色後のL値)-(染色前の基準色(PPS特有の黄褐色))
(4)摩擦堅牢度
JIS L 0849 II型 2004の方法により測定した。
(5)熱湯堅牢度
JIS L 0845 3号 1975の方法により測定した。
【0066】
実施例1
面ファスナーを構成する経糸、緯糸およびループ状係合素子用マルチフィラメント糸として次の糸を用意した。
[経糸]
・PPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメント)
[緯糸(引き揃え糸)]
・PPSマルチフィラメント糸(250デシテックス/60フィラメント)
・熱融着性芯鞘型マルチフィラメント糸(120デシテックス/24フィラメント)
芯成分:ポリエチレンテレフタレート(融点:260℃)
鞘成分:イソフタル酸25モル%共重合ポリエチレンテレフタレート
(軟化点:190℃)
芯鞘比率(質量比):70:30
[ループ状係合素子用マルチフィラメント糸]
・PPSマルチフィラメント糸(334デシテックス/20フィラメント)
【0067】
上記3種の糸を用い、織密度が経糸56本/cm(係合素子用糸を含む)、緯糸18.5本/cmとなるように織った。経糸4本(係合素子用糸を含まず)に1本の割合でループ状係合素子用マルチフィラメント糸を経糸に平行に打ち込み、緯糸3本を浮沈したのち2.3mmの高さのループを形成するようにした。
さらに、織る際には、緯糸が2本合わさって経糸および係合素子用糸に対する浮沈関係を同一としているように、緯糸を一方向からのみ挿入させて反対側で折り返す方法を用いた。
【0068】
このようにして得られたループ面ファスナー用織物を255℃、2分間乾熱処理した。この乾熱処理は、緯糸を構成する熱融着性マルチフィラメント糸の鞘成分を溶融させて、ループ状係合素子用糸および経糸を固定させるとともに、PPS繊維の染色性を向上させるためのものである。
【0069】
得られたループ面ファスナーには、60個/cm2の密度でループ状係合素子が存在しており、面ファスナーの目付は512g/m2であった。このようにして得られたループ面ファスナーを汎用されているポリエステル繊維用の高圧染色機を用いて以下の染色条件で黒色に染色した。
【0070】
[染色条件]
染料;タキシードブラックH(ダイスター社製) 7%owf
助剤;ニッカサンソルト SN130(日華化学(株)社製) 2g/l
テキスポート SN10(日華化学(株)社製) 2g/l
サンモール120(日華化学(株)社製) 1g/l
酢酸 2g/l
MYS((株)トウカイフクイ社製) 0.10%owf
浴比;1:15
染色温度・時間;135℃×120分(40℃から135℃まで30分で昇温し、135℃で120分キ-プ)
還元洗浄:苛性ソーダ 1g/l
二酸化チオ尿素 0.5g/l
エスクードNEO‐2E 1g/l
80℃×15分
水洗;15分
乾燥;60℃×30分
【0071】
以上の方法で濃い黒色に染色されたループ面ファスナーのΔL値は-26.72であり、従来のPPS繊維の常識からは予想できない極めて鮮やかな濃色に染色されていることが分かった。染色した面ファスナーの摩擦堅牢度は4級、熱湯堅牢度は4級であり、共に、過酷な条件での使用に充分耐えるものあった。
自動車用燃焼試験FMVSS-302の水平法と航空機用燃焼試験14 CFR 25.853(a)の12秒の垂直法で染色した面ファスナーの難燃性を測定したところ、いずれの試験法にも合格する極めて優れた難燃性を有するものであった。
さらに、ループ面ファスナーとして必要な係合力を充分に有しており、フック面ファスナーと強固に係合し、且つ、係合・剥離を2000回繰り返した後においてもシアー強力、ピール強力ともに初期係合力の90%以上の係合力を保持していた。
【0072】
実施例2~5
上記実施例1において、乾熱処理温度と乾熱処理時間を表1に記載した温度と時間に変更した以外は実施例1と同一の条件でループ面ファスナーを作製した。得られたループ面ファスナーを実施例1と同一の条件で染色し、染色されたループ面ファスナーを作製した。
【0073】
実施例6~9
上記実施例1において、染色の際の染料水溶液の温度および染色時間を表1に記載した条件に変更した以外は実施例1と同一の条件で染色し、染色されたループ面ファスナーを作製した。
【0074】
実施例10~11
上記実施例1において、染料を変更した以外は実施例1と同一の条件で染色し、青色に染色されたループ面ファスナー(実施例10)及び緑色に染色されたループ面ファスナー(実施例11)を作製した。
青色染色に使用した染料
T/B SGL<住友化学製>及びB-ACE<ダイスター製> 7%owf
緑色染色に使用した染料
T/B SGL<住友化学製>、Y-ACE<ダイスター製>、及びB-ACE<ダイスター製> 7%owf
【0075】
以上の実施例で得られた染色されたループ面ファスナーのΔL値、染前後のΔL値、L*値および摩擦堅牢度と熱湯堅牢度を表4に示す。
【0076】
【0077】
実施例1~11において得られた染色されたループ面ファスナーは、いずれも極めて濃色に染色されていた。後述する参考例1(市販の黒色面ファスナー)の黒色に近いΔL値であり、極めて濃色の黒と判断できる。しかも、染色されたループ面ファスナーは摩擦堅牢度および熱湯堅牢度においても優れており、市販されているポリエステル系面ファスナーと遜色なく、過酷な条件下でも使用できることが分かる。
このように、従来のPPS繊維が難染色性であるという常識からは考えられない濃い色調を有する染色されたループ面ファスナーが得られた。又、実施例2~11の染色されたループ面ファスナーは、実施例1のものと同様に優れた初期係合力と2000回係合・剥離後の係合力を保持していた。
【0078】
比較例1~2
上記実施例1において、乾熱処理温度と乾熱処理時間を表5に記載した温度と時間に変更した以外は実施例1と同一の条件でループ面ファスナーを作製した。得られたループ面ファスナーを実施例1と同一の条件で染色し、染色されたループ面ファスナーを作製した。
【0079】
比較例3~4
上記実施例1において、染色温度および染色時間を表2に記載した条件に変更した以外は実施例1と同一の条件で染色し、染色されたループ面ファスナーを作製した。
【0080】
参考例1~2
クラレファスニング(株)製のポリエステル系繊維を含むループ面ファスナー(品番:B2790Y)を135℃で60分間黒系の分散染料で染色したもの(参考例1:黒色系ループ面ファスナーとして販売中)と同一のポリエステル系繊維を含むループ面ファスナーを灰色系の分散染料で135℃で60分染色したもの(参考例2:灰色系ループ面ファスナーとして販売中)のΔL値などを比較として測定した。
【0081】
以上の比較例および参考例で得られた染色されたループ面ファスナーのΔL値、染前後のΔL値、L*値および摩擦堅牢度と熱湯堅牢度を表5に示す。
【0082】
【0083】
比較例1と比較例3の染色されたループ面ファスナーは、参考例2の市販されている灰色系面ファスナーの色調に近いΔL値を示し、淡く染色された程度であり、到底濃色染色品と言えるようなものではなかった。
比較例2の染色されたループ面ファスナーは、濃色性の点で不十分であるとともに、熱融着性マルチフィラメント糸から融け出した溶融樹脂が面ファスナーの一部表面や裏面に付着し、外観が悪かった。係合力に関しては、これら比較例で得られた面ファスナーはいずれも特に問題なかった。
比較例4は、染色温度が高過ぎるので、耐圧性の関係上通常のポリエステル繊維用の高圧染色機では実施できず、工業的に採用できる条件ではなかった。