(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-22
(45)【発行日】2023-06-30
(54)【発明の名称】Na3V2(PO4)2F3粒子状物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 25/455 20060101AFI20230623BHJP
H01M 4/58 20100101ALI20230623BHJP
H01M 4/136 20100101ALI20230623BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20230623BHJP
H01M 10/054 20100101ALI20230623BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20230623BHJP
【FI】
C01B25/455
H01M4/58
H01M4/136
H01M4/62 Z
H01M10/054
H01M4/36 C
(21)【出願番号】P 2021133042
(22)【出願日】2021-08-17
(62)【分割の表示】P 2018519448の分割
【原出願日】2016-10-13
【審査請求日】2021-09-14
(32)【優先日】2015-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】510225292
【氏名又は名称】コミサリア ア レネルジー アトミック エ オ ゼネルジー アルテルナティブ
【氏名又は名称原語表記】COMMISSARIAT A L’ENERGIE ATOMIQUE ET AUX ENERGIES ALTERNATIVES
【住所又は居所原語表記】Batiment Le Ponant D,25 rue Leblanc,F-75015 Paris, FRANCE
(73)【特許権者】
【識別番号】500531141
【氏名又は名称】セントレ・ナショナル・デ・ラ・レシェルシェ・サイエンティフィーク
(73)【特許権者】
【識別番号】515020599
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ ド ピカルディ ジュール ヴェルヌ
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE DE PICARDIE JULES VERNE
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100118599
【氏名又は名称】村上 博司
(72)【発明者】
【氏名】ニキータ ハル
(72)【発明者】
【氏名】シルヴァン ブリノー
(72)【発明者】
【氏名】ローレンス クロガネック
(72)【発明者】
【氏名】セバスティアン ロノワ
(72)【発明者】
【氏名】クリスティアン マスクリエ
(72)【発明者】
【氏名】ロイク シモニン
【審査官】神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-179317(JP,A)
【文献】特表2004-533706(JP,A)
【文献】特開2013-089391(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/455
H01M 4/58
H01M 4/136
H01M 4/62
H01M 10/054
H01M 4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2μm未満
の平均粒径を有し、かつ導電性炭素で表面被覆された一次粒子からなるNa
3V
2(PO
4)
2F
3物質であって、以下の格子パラメーターを有する空間群Amamの斜方晶系格子を有する物質:
aは9.028~9.030
であり、
bは9.044~9.046
であり、
cは10.749以上
である。
【請求項2】
当該物質の総重量を基準にして、0.5~5重量%
の導電性炭素を含む、請求項
1に記載の物質。
【請求項3】
当該物質の総重量を基準にして、1~3重量%の導電性炭素を含む、請求項1又は2に記載の物質。
【請求項4】
前記粒子が、凝集体
の形態である、請求項
1~3のいずれか1項に記載の物質。
【請求項5】
前記粒子が、平均粒径25μm未満の凝集体の形態である、請求項4に記載の物質。
【請求項6】
前記粒子が、平均粒径10μm未満の凝集体の形態である、請求項4又は請求項5に記載の物質。
【請求項7】
前記粒子が、平均粒径3~10μmの凝集体の形態である、請求項4又は5のいずれか1項に記載の物質。
【請求項8】
1m
2/g以上
のBET比表面積を有する、請求項
1~7のいずれか1項に記載の物質。
【請求項9】
3m
2
/g~20m
2
/gのBET比表面積を有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の物質。
【請求項10】
1重量%以下のV
4+陽イオン含有量を有する、請求項
1~9のいずれか1項に記載の物質。
【請求項11】
電極活物質としての、請求項
1~10のいずれか1項に記載の物質の使用。
【請求項12】
請求項
1~10のいずれか1項に記載の少なくとも1の物質を含む、電極活物質。
【請求項13】
請求項
1~10のいずれか1項に記載の物質から完全に又は部分的に構成された電極。
【請求項14】
ポリマー又はバインダー
をさらに含む、請求項
13に記載の電極。
【請求項15】
追加の導電性化合物をさらに含む、請求項14に記載の電極。
【請求項16】
前記追加の導電性化合物が炭素系化合物である、請求項15に記載の電極。
【請求項17】
請求項
13~16のいずれか1項に記載の電極を備えるナトリウム又はナトリウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は二次電池の分野に関する。さらに具体的には、本発明は、二次電極用、特にナトリウムイオン電池の正極用の活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン電池の需要は、携帯電話や電気自動車のような多種多様な電子機器における用途に関して増加している。しかし、リチウム系化合物は比較的高価であり、天然のリチウム資源は地球上で不均一に分布しており、少数の国々に偏在するので入手し易いものではない。そのため、この元素の代替物が求められている。この目的のため、ナトリウムイオン電池が開発されている。ナトリウムは実際に非常に豊富で均一に分布しており、好都合なことに無毒であり、経済的にも有利である。
【0003】
しかし、Na+/Na対の酸化還元電位は-2.71V(標準水素電極基準)であり、Li+/Li対の酸化還元電位(-3.05V(標準水素電極基準))よりも大きく、モル質量は3倍である。これらの特殊性のため、ホスト材料の選択が難しくなる。近年、NaVPO4F物質がナトリウムイオン電池用の正極材料として提案されている。同様に、Na3V2(PO4)2F3が、その電気化学的性能の観点から特に有利な材料であることが判明している。
【0004】
従って、Na3V2(PO4)2F3物質の様々な製造方法が開発されている。従来は、V2O5をリン酸又はその前駆体の存在下で還元してVPO4を形成し、これを次いで不活性雰囲気中NaFの存在下で焼成してNa3V2(PO4)2F3を形成する。
【0005】
第1工程のV2O5の還元に関しては、現在幾つかの代替法が利用できる。しかし、そのいずれも、大量生産に実際に応用できるものではなく、工業規模での使用には適していない。
【0006】
Barker他の米国特許第6872492号には、V2O5をNH4H2PO4及びカーボンブラックと混合することによってV2O5の還元を実施することが提案されている。この従来法では、元素態炭素が還元剤として用いられる。この還元方法は、炭素熱還元としても知られる。還元剤としての元素態炭素の使用は2つの点で有利である。第一に、元素態炭素は、本来良好な導体であり、V2O5に対する有効な還元剤であることが判明している。さらに、これを過剰に使用すると、導電特性に優れる複合材料が形成される。しかしながら、こうして得られる物質は、粒径数マイクロメートルの一次粒子の凝集体の形態である。
【0007】
また、前駆体同士が非常に密接していることによって、熱処理時の反応性が向上し、かつ炭素の還元作用も最適化される。これらの目的のため、この先行技術の方法では、2つの圧縮工程が必要とされ、VPO4の形成をもたらす最初の焼成反応の前に実施される第1の工程は、前駆体間の反応性を促進するとともに炭素による均質な還元を促進するのに対して、Na3V2(PO4)2F3の形成をもたらす第2の焼成反応の前に実施される第2の工程は、反応性を促進するとともに、Na3V2(PO4)2F3の形成を可能にするアニール中又は冷却中に酸化源となりかねない雰囲気との接触を最小限に抑制する。また、これにより、一次粒子の過度の成長を防ぐこともできる。しかし、これらの圧縮工程は、工業的観点からは全く望ましくない。
【0008】
さらに後述の実施例3に示すように、圧縮工程なしで炭素熱還元を行うと、電気化学的性質の低下した物質を生ずる。
【0009】
炭素熱還元の代替法は、還元剤としてアルゴンで希釈した形態の水素を使用するのが有利である。従って、Chihara他(非特許文献1)は、V2O5の還元工程を、NH4H2PO4の存在下、5体積%の水素に希釈されたアルゴンの雰囲気下で行うことを考察している。こうして形成されたVPO4を次いでNaFと混合し、全体を圧縮した後、焼成して所期のNa3V2(PO4)2F3を形成する。しかし、このNa3V2(PO4)2F3物質に有益な導電特性を付与するため該物質の炭素富化工程が次に必要となる。したがって、この変更実施形態も工業規模での使用には適していない。
【0010】
従って、工業規模での実施に適したNa3V2(PO4)2F3の製造方法であって、この物質の100g以上の生産規模での製造に適した方法が依然として必要とされている。
【0011】
また、中間生成物を緻密化するための圧縮工程を必要としない方法も必要とされている。
【0012】
また、有益な又はさらに改善された電気化学的性能を有するNa3V2(PO4)2F3物質を得ることのできる方法も必要とされている。
【0013】
本発明の目的は、これらのニーズを満たすことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【非特許文献】
【0015】
【文献】Kuniko Chihara et al., Journal of Power Sources 227 (2013) 80-85
【文献】Paula Serras et al., J. Mater. Chem., 2012,22, 22301
【発明の概要】
【0016】
そこで、本発明は、その一態様では、Na3V2(PO4)2F3物質の製造方法であって、
a)元素態炭素の非存在下、1種以上のリン酸陰イオン前駆体の存在下で、酸化バナジウムV2O5を還元性雰囲気下で還元してリン酸バナジウムVPO4を形成する工程と、
b)工程a)で得られたVPO4と、有効量のフッ化ナトリウムNaF及び元素態炭素源としての1種以上の炭化水素系の含酸素化合物との混合物を、不活性雰囲気下で、該混合物を焼成するのに適した温度条件に暴露して、Na3V2(PO4)2F3物質を形成する工程と
を少なくとも含む方法に関する。
【0017】
本発明の方法によれば、Na3V2(PO4)2F3物質は粉末状態で得られる。さらに具体的には、Na3V2(PO4)2F3物質は、平均粒径2μm未満の一次粒子の形態であり、これらの一次粒子は凝集体の構成粒子である。
【0018】
好適には、凝集体の平均粒径は25μm未満、好ましくは10μm未満、特に3~10μmであるが、これらの凝集体を構成する一次粒子の平均粒径は200~2000nm、好ましくは200~600nmである。
【0019】
意外なことに、本発明者らは、NaF及び元素態炭素の有機前駆体の存在下でVPO4の焼成工程を実施すると、上述の期待をすべて満足することができるという知見を得た。
【0020】
さらに具体的には、本発明に係る物質は、空間群Amamの斜方晶系格子で結晶化し、以下の格子パラメーターを有する:
aは9.028~9.030であり、好ましくは実質的に9.029に等しく、
bは9.044~9.046であり、好ましくは実質的に9.045に等しく、
cは10.749以上であり、好ましくは実質的に10.751に等しい。
【0021】
第一に、このような有機前駆体の使用によって、還元性雰囲気中、元素態炭素の非存在下でのV2O5の還元を検討することができる。
【0022】
本発明の方法では、従来必要とされていた機械的圧縮作業をなくすことができ、生産バッチ当たり100gを超える量のNa3V2(PO4)2F3の製造に有効であることが判明し、そのため工業規模での実施に適している。
【0023】
本発明で得られるNa3V2(PO4)2F3物質は、100g以上の規模での炭素熱還元を必要とする方法で得られる物質と比べて、格段に減少した粒径を有する。このような粒径の減少は、本物質を電極活物質として使用する際の該物質中でのイオンの拡散に特に有利である。
【0024】
本発明で得られるNa3V2(PO4)2F3物質は、有利には1m2/g以上、好ましくは3m2/g~20m2/gのBET比表面積を有する。
【0025】
さらに、Na3V2(PO4)2F3物質を構成する凝集体の構成要素の一次粒子は、元素態炭素の皮膜を有しており、本物質の導電特性を大幅に高めることができる。
【0026】
最後に、第1工程における還元性雰囲気によってV5+からV3+への還元を増大させることができ、第2工程における元素態炭素の前駆体の存在によってV3+イオンからV4+イオンへの酸化をできるだけ抑制するとともに一次粒子の成長を抑制することができ、もって物質の電気化学性能を高めることができる。
【0027】
意外なことに、本発明の方法によって、V3+含有量が高くV4+含有量の低いNa3V2(PO4)2F3物質を得ることができる。本発明で得られる物質の電気化学的性能は、このような増大したV3+含有量及び低いV4+含有量に関連して、実施例3で具体的に実証されている。
【0028】
そこで、本発明は、その別の態様では、2μm未満、特に200nm~2000nm、好ましくは1μm未満、さらに好ましくは200~600nmの平均粒径を有し、かつ導電性炭素で表面被覆された一次粒子からなるNa3V2(PO4)2F3物質に関する。
【0029】
本発明に係るNa3V2(PO4)2F3物質は、さらに具体的には、空間群Amamの斜方晶系格子を有し、以下の格子パラメーターを有する:
aは9.028~9.030、好ましくは実質的に9.029に等しく、
bは9.044~9.046、好ましくは実質的に9.045に等しく、
cは10.749以上、好ましくは実質的に10.751に等しい。
【0030】
導電性炭素は、上記物質の総重量の0.5~5重量%、好ましくは1~3重量%の割合で存在する。
【0031】
一次粒子は上記物質中に凝集体の形態で存在する。
【0032】
かかる物質は、二次電池、特にナトリウム又はナトリウムイオン電池の電極活物質として特に有益であることが判明した。
【0033】
そこで、本発明は、その別の態様では、電極材料、特にナトリウム又はナトリウムイオン電池の正極材料としての本発明の化合物の使用に関する。本発明は、また、かかる電極材料並びにこうして形成された電極に関する。最後に、本発明は上述の電極材料を備えるナトリウム又はナトリウムイオン電池に関する。
【0034】
電極は、本発明によって得られるNa3V2(PO4)2F3物質、ポリマー又はバインダー、及び場合によって炭素系化合物のような追加の導電性化合物を含む。
【0035】
本発明に係る化合物を電極材料として使用すると、幾つかの点で有利なことが判明した。
【0036】
第一に、本発明によって形成された電極は良好な柔軟性及び軽量性を有しているが、これらは蓄電池の製造に関して特に求められる性質である。
【0037】
これらの電極は、良好な化学的、熱的及び電気化学的安定性を有している。
【0038】
本発明に係る化合物のその他の特性、変形例及び利点、その製造並びにその使用に関しては、本発明の非限定的な例示として挙げる以下の詳細な説明、実施例及び図面を参照することにより、理解を深めることができるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】実施例1においてVPO
4(H
2で還元)から合成したNa
3V
2(PO
4)
2F
3のX線回折特性。
【
図2】実施例1に従ってAr/H
2/セルロース法によって得た本発明に係るNa
3V
2(PO
4)
2F
3物質(NVPF-HC)のSEM写真。
【
図3】比較例2に従って炭素熱還元方法によって得た本発明によらないNa
3V
2(PO
4)
2F
3物質(NVPF-CB)のSEM写真。
【
図4】比較例2のNVPF-CB物質(暗い灰色の線)及び実施例1のNVPF-HC物質(明るい灰色の線)の電気化学的性能を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明の製造方法
a)酸化バナジウムの還元
上述の通り、本方法の第1工程は、V2O5を還元性雰囲気下で還元することを必要とする。
【0041】
本発明の目的に関して、還元性雰囲気という用語は、その雰囲気下で実施される反応に関して還元作用をもたらすことのできる気体又は気体混合物をいう。
【0042】
この還元は、本発明では、元素態炭素の非存在下で実施される。
【0043】
この点で、本発明で考察される還元工程は、炭素熱還元とは異なる。
【0044】
従って、還元工程は、酸化バナジウムの還元に適した実験条件下で、特にカーボンブラックのような元素態炭素を還元剤として使用しない。
【0045】
好ましくは、本発明の方法は、水素分子H2を還元剤として用いる。
【0046】
本発明で考察される還元性雰囲気は好適には完全又は部分的に水素からなる。従って、還元性雰囲気は、純粋な水素分子でもよいし、或いはアルゴン又は窒素のような1種以上の不活性ガスで希釈した水素分子であってもよい。
【0047】
例えば、還元性雰囲気は、98体積%:2体積%の割合のアルゴンと水素分子との混合物であってもよい。
【0048】
リン酸陰イオン前駆体に関しては、これは、還元の実験条件下でリン酸陰イオンを生成することができる化合物である。一般に、かかる化合物は、1以上のリン酸陰イオンと1以上の陽イオン、例えばアルカリ金属、アルカリ土類金属又は遷移金属、或いはアンモニウムイオン又は第四級アンモニウムのような複合陽イオンとが結合した塩又は化合物である。
【0049】
本発明の目的に関して、リン酸陰イオン源である化合物は、特にH3PO4、H(NH4)2PO4、H2NH4PO4から選択し得る。好ましくは、H2NH4PO4である。
【0050】
リン酸陰イオン源である化合物の量に関しては、当然ながら、所期のVPO4誘導体が得られるように調節される。
【0051】
出発材料、すなわちV2O5及びリン酸陰イオン前駆体を混合して、選択された還元性雰囲気、好ましくは2%H
2
を富化されたアルゴンに暴露し、混合物全体を所望の還元を実施するのに適した温度、一般には約800℃に加熱する。
【0052】
昇温速度及び反応時間のような実験パラメーターの調整は、明らかに当業者の能力の一部である。
【0053】
後述の実施例1で例示されているように、出発材料の混合物を10℃/分の温度流束で800℃に加熱し、この温度に3時間保持することができる。
【0054】
b)リン酸バナジウムからNa
3
V
2
(PO
4
)
2
F
3
への変換
還元工程の最後に得られたリン酸バナジウムは好適には連続的に処理されて所期の生成物を形成する。
【0055】
前述の通り、本発明に従って得られるリン酸バナジウムは、Na3V2(PO4)2F3への変換前に、粉末の密度を高めるための圧密化その他の圧縮を必要としない。
【0056】
従って、本発明の方法は、有利には、機械的圧縮工程、特に酸化バナジウムをリン酸バナジウムに還元する工程とリン酸バナジウムを所期の化合物に変換する工程との間に機械的圧縮工程がない。
【0057】
リン酸バナジウム変換工程では、ナトリウム源及びフッ素源としてのフッ化ナトリウムと、元素態炭素を生成することのできる1種以上の炭化水素系の含酸素化合物とを使用する。
【0058】
この1種以上の炭化水素系の含酸素化合物に関して、この化合物は、具体的には、グルコース、スクロース又はフルクトースのような糖類、或いはデンプン又はセルロース系誘導体のような炭水化物とすることができる。
【0059】
好ましくは、この化合物は、セルロース系誘導体、さらに好ましくは微結晶セルロースである。
【0060】
上記で詳述した通り、Na3V2(PO4)2F3を形成するためのリン酸バナジウムVPO4とNaFとの反応中のこの炭化水素系化合物の分解は、一方では、Na3V2(PO4)2F3に炭素を組み込み、他方では、加熱処理中のV4+への酸化現象からのバナジウムイオンV3+の保護を高めるためのものである。
【0061】
Na3V2(PO4)2F3物質を構成する凝集体の内部及び表面に炭素が存在することにより、その導電性能を高めることができる。
【0062】
好適には、元素態炭素は、Na3V2(PO4)2F3物質を形成する凝集体を構成する一次粒子の外表面の全体又は一部に少なくとも皮膜の形態で存在する。
【0063】
炭素前駆体の量及び化学的性状は、リン酸バナジウム変換のために選択された実験条件下でこのような皮膜をもたらすように調整される。この調整は、明らかに当業者の能力の範囲内である。
【0064】
例えば、この誘導体がセルロースである場合には、上記物質の総重量の0.5~5重量%の炭素皮膜を得るのに適した割合で使用し得る。
【0065】
一般に、フッ化ナトリウムNaFを含めたすべての原料を混合し、こうして形成された混合物を、不活性雰囲気下、焼成による所期のNa3V2(PO4)2F3粒子状物質の形成に適した加熱温度及び時間条件下で加熱する。
【0066】
温度、昇温速度及び温度保持時間のような作業パラメーターの調整は、明らかに当業者の能力の範囲内である。
【0067】
例示として、焼成は、不活性雰囲気下で混合物を例えば約800℃に約1時間加熱することによって実施し得る。
【0068】
Na3V2(PO4)2F3物質の冷却は急速であってもよく、好適には、形成された生成物を800℃のオーブンから単に取り出すことによって直ちに実施される。
【0069】
本発明の方法の最後に、Na3V2(PO4)2F3物質を精製する。この精製工程は一般に、水による洗浄工程とそれに続く乾燥工程とを含む。
【0070】
このNa3V2(PO4)2F3物質は、電極を形成するための導電性材料としての使用に適している。
【0071】
本発明に係るNa
3
V
2
(PO
4
)
2
F
3
物質
本発明に係るこの物質は、以下の説明ではNVPF-HCという省略形で示すこともある。
【0072】
上述の通り、本発明は、平均粒径が2μm未満で表面が導電性炭素で被覆された一次粒子からなるNa3V2(PO4)2F3物質に関する。一次粒子は、凝集体、特に平均粒径が25μm未満、好ましくは10μm未満、特に3~10μmの凝集体を形成する。
【0073】
平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM)によって測定することができる。
【0074】
本Na3V2(PO4)2F3物質は、1m2/g以上、好ましくは3m2/g~20m2/gのBET比表面積を有する。
【0075】
この表面積は、特にBET(Brunauer, Emmett and Teller)法による窒素の吸着によって測定することができる。
【0076】
好適には、本発明に係るNa3V2(PO4)2F3物質は、その総重量を基準にして、0.5~5重量%、好ましくは1~3重量%の導電性炭素を含む。
【0077】
上述の通り、この炭素は、その本来の導電性によって上記物質の導電性能に寄与する。
【0078】
本発明に係るNa3V2(PO4)2F3物質は、V3+含有量が高くV4+含有量の低いという点で増加した純度も有する。この純度の増加は、本発明に従って得られた物質の電気化学的性能を通して実施例3で具体的に確認されている。
【0079】
Paula Serras他の刊行物(非特許文献2)に記載されているように、Na3V2(PO4)2F3物質中のV3+及びV4+陽イオンの存在は、従来、化学式Na3V2Ox(PO4)2F3-x(式中、xは0~2である。)によって示されている。
【0080】
xが0に等しいとき、この式はNa3V2(PO4)2F3となり、バナジウム元素はV3+の形で存在する。
【0081】
xが2に等しいとき、この式はNa3(VO)2(PO4)2Fとなり、バナジウム元素はV4+の形で存在する。
【0082】
この種の物質においてバナジウムが主にV3+の形で存在する限り、それを表すのにNa3V2(PO4)2F3という式が慣習的に用いられてきた。
【0083】
本発明では、Na3V2(PO4)2F3物質は、好適には、空間群Amamの斜方晶系格子を有し、以下の格子パラメーターを有する:
aは9.028~9.030、好ましくは実質的に9.029に等しく、
bは9.044~9.046、好ましくは実質的に9.045に等しく、
cは10.749以上、好ましくは実質的に10.751に等しい。
【0084】
本発明に関して、V4+陽イオンの割合は、既存の同じ物質に比べてかなり低減している。すなわち、本発明に係る物質は好適には1重量%以下のV4+陽イオン含有量を有する。このような低い割合は、特に5%未満、好ましくは1%未満のV4+/V3+モル比で表すことができる。
【0085】
電極活物質
前述の通り、本発明に係るNa3V2(PO4)2F3物質は電極活物質として特に有益である。
【0086】
従って、本発明は、その別の態様では、本発明に係る1種以上のNa3V2(PO4)2F3物質を含む電極活物質に関する。
【0087】
この物質は、従来慣用されている1種以上の追加の化合物、例えばバインダー又は導電性添加剤と併用してもよい。
【0088】
この1種以上の導電性添加剤は、炭素繊維、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、グラフェン及びこれらの類似体から選択し得る。
【0089】
1種以上のバインダーは、好適には、フッ素化バインダー、特にポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、カルボキシメチルセルロース系ポリマー、多糖類及びラテックス類、特にスチレン-ブタジエンゴム型のものから選択し得る。
【0090】
こうして製造される電極は電子伝導性集電体上に堆積される。この集電体はアルミニウムとすることができる。
【0091】
好ましくは、電極材料は、電極の総重量の10~95重量%、特に電極の総重量の40重量%超、さらに好ましくは40~80重量%をなす。
【0092】
本発明に係る電極は、リチウム電池又はナトリウム電池の正極として使用し得る。
【0093】
好適には、ナトリウム又はナトリウムイオン二次電池の正極としての使用が好ましい。
【0094】
前述の通り、本発明は、本発明に係る電極を備えるナトリウム二次電池に関する。
【0095】
本発明に係るナトリウム二次電池は、さらに具体的には、本発明に係る正極と、例えば正極と同様の方法で作成された不規則炭素からなる負極とを備えていてもよい。リチウムイオンとは異なり、ナトリウムイオンはアルミニウムと反応して合金を形成しないことから、リチウム二次電池とは異なり、不規則炭素は、アルミニウム集電体上に堆積させることができる。
【0096】
負極の材料は、さらに具体的には、低い比表面積(<10m2/g)の不規則炭素であって、粒径が約1μm~約10μmのものとし得る。これは、硬質炭素(難黒鉛化性炭素)及び軟質炭素(易黒鉛化性炭素)から選択し得る。
【0097】
本明細書において、「…と…の間」、「…~…の範囲」及び「…から…まで」という表現は同義であり、別途記載されていない限り上下限も含まれる。
【0098】
別途記載されていない限り、単数形のものを「含有する/含む」という表現は1以上のものを「含有する/含む」ことを意味すると解すべきである。
【0099】
以下、図面及び実施例によって本発明を説明するが、これらは例示にすぎず本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0100】
材料及び方法
EPRスペクトルは、ER-4192-ST及びER-4131VTキャビティを備えるBruker EMXを用いて100Kで得た。
【0101】
SEM特性解析は、Zeiss LEO1530走査顕微鏡によって実施した。
【0102】
XR特性解析は、銅カソードを有するEmpyrean PANalytical回折装置を用いて実施した。
【0103】
実施例1
VPO4は、ミルで前駆体のV2O5(110g)とNH4H2PO4(140g)との予混合を実施することによって予め得ておく。得られた混合物を、2%H2を富化したアルゴン雰囲気下のオーブン内で10℃/分の加熱速度で800℃まで加熱し、この温度に3時間維持する。こうして得られた灰色の粉末をX線回折によって特性解析した。
【0104】
次いで、Na3V2(PO4)2F3物質(>100g)を、上記の通り調製したVPO4(160g)と化学量論比(2:3)のNaF(70g)及びセルロース(23g)の混合物から調製した。この混合物をアルゴン雰囲気下800℃で1時間焼成した。この焼成工程の終わりに、得られた物質を800℃のオーブンから取り出して急冷した。Na3V2(PO4)2F3物質(NVPF-HC)を水洗して80℃で24時間乾燥した。
【0105】
図1に、a=9.02940(2)Å、b=9.04483(2)Å及びc=10.75145(2)Åのパラメーターを有する斜方晶系格子(空間群Amam)として分類される、この生成物のX線回折特性を示す。
【0106】
図2は、本発明に係るこの物質のSEM特性解析の結果を示す。
【0107】
比較例2
実施例1に記載したプロトコルに従って、ただしここでは炭素熱還元を選択して、Na3V2(PO4)2F3物質を調製した。以下、この物質をNVPF-CBという。
【0108】
実施例1のプロトコルとの基本的な相違点は、カーボンブラック(Timcal super C65;18g)を使用した点にあり、形成された生成物の粒子状表面炭素の形成をもたらす。本発明とは対照的に、一次粒子の表面炭素は不均質で密集度の小さい析出物の形態にある。
【0109】
【0110】
実施例3:本発明に係るNa
3
V
2
(PO
4
)
2
F
3
物質(NVPF-HC)と比較例2のNa
3
V
2
(PO
4
)
2
F
3
物質(NVPF-CB)との特性の対比
これら2種類の物質の特性解析の結果、幾つかの構造上及び形態学的な相違点が明らかになったが、それらの最も顕著なものは、EPR分光法、XRD及びSEMによって検出できる。
【0111】
図2と
図3の対比から、これらの相違点を明らかにすることができる。
【0112】
すなわち、SEM解析によって、一次粒子の粒径及び一次粒子の炭素系表面皮膜に関する明確な差異が明らかになる。
【0113】
カーボンブラックを用いて合成した物質(NVPF-CB)の一次粒子は2μm超の平均粒径を有するのに対して、本発明に係る物質(NVPF-HC)の一次粒子の粒径は2μm未満、好ましくは1μm未満、さらに好ましくは200~600nmである。
【0114】
炭素系皮膜の存在も認められる。
【0115】
また、レーザー粒子径解析(測定装置:Malvern Mastersizer SモデルMSS)によって、NVPF-CB物質の凝集体が、25μmをはるかに超える体積平均径d(v0.5)を有することも観察される。一方、本発明に係る物質の凝集体の体積平均径d(v0.5)は10μm未満である。
【0116】
2種類の物質の間の顕著な差異は、それぞれのEPRスペクトルを対比することによっても観察される。
【0117】
NVPF-HC物質は有利なことに格段に高いV3+含有量を示し、特に99%以上のV3+含有量を有する。
【0118】
本明細書で詳しく説明した通り、V4+含有量はNa3V2(PO4)2F3の酸化種に起因し、Na3V2Ox(PO4)2F3-xで表される。
【0119】
この酸化種はSerras他(非特許文献2)によって特徴づけられている。合成の第2工程において炭素源材料を導入すると、一次粒子の炭素系皮膜の形成をもたらし、Na3V2Ox(PO4)2F3-xへの酸化現象からNa3V2(PO4)2F3を明瞭かつ効果的に保護する。
【0120】
これに対して、NVPF-CB物質は約1~5%のV4+含有量を有する。
【0121】
これらの結果から、本発明の方法の利点は明らかであり、V4+含有量が10%以下でそれほど高くないNVPF-HC物質の生産を担保しながら、工業生産の規模では想定できない圧縮工程を省くことができる。
【0122】
2種類の物質の電気化学的性能も、電圧2V~4.3Vの間で12.8mA/gの一定電流密度のガルバノスタットモードで試験した。
図4にこれらの測定結果を示す。
【0123】
硬質炭素電極を負極として用いたボタン型電池で、各物質の第1サイクルにおける比容量及び不可逆性を測定した。
【0124】
NVPF-CB物質及びNVPF-HC物質が、それぞれ122mAh/g及び128mAh/gの所期比容量及び30%及び23%の不可逆性を有することが分かる。