(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-23
(45)【発行日】2023-07-03
(54)【発明の名称】二酸化バナジウム薄膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 31/02 20060101AFI20230626BHJP
C01G 31/00 20060101ALI20230626BHJP
【FI】
C01G31/02
C01G31/00
(21)【出願番号】P 2019041121
(22)【出願日】2019-03-07
【審査請求日】2021-12-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000143411
【氏名又は名称】株式会社高純度化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】河原 正美
(72)【発明者】
【氏名】佐村 剛
(72)【発明者】
【氏名】内田 貴司
(72)【発明者】
【氏名】ヴァン・ニュ・ハイ
(72)【発明者】
【氏名】立木 隆
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2006-0034403(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0040192(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0085964(US,A1)
【文献】国際公開第2008/011198(WO,A1)
【文献】特開2000-143243(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 25/00-47/00
C01G 49/10-99/00
C04B 35/00-35/553
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化バナジウム前駆体
としてバナジルメトキシド(VO(OCH
3
)
3
)、バナジルエトキシド(VO(OC
2
H
5
)
3
)、バナジルn-プロポキシド(VO(OC
3
H
7
)
3
)、バナジルイソプロポキシド(VO(OCH(CH
3
)
2
)
3
)、又は、バナジルn-ブトキシド(VO(OC
4
H
9
)
3
)に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と
前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と
前記工程2に続いて、不活性ガス雰囲気下に、550~750℃で本焼成を行う工程3とを有する、
有機金属分解法による二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記工程3において、不活性ガスがアルゴン、窒素、ヘリウム又はこれらの混合物であり、かつ、該不活性ガスの圧力が0.2~2気圧である、請求項1に記載の二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記工程1において、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液中に、さらに、前記酸化バナジウム前駆体に対してチタン化合物をチタン原子換算で0.1~35モル%の量で添加する、請求項1又は2に記載の二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化バナジウム薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化バナジウム(VO2)薄膜は、高い抵抗温度係数(TCR)を示すため、赤外線サーモグラフィその他に用いられるボロメーターへの応用が期待されている。4価の酸化状態をとる二酸化バナジウムの薄膜の形成方法には、スパッタリング法、化学気相成長法(CVD法)、ゾル-ゲル法及び有機金属分解法等が知られる。なかでも、有機金属分解法、ゾル-ゲル法、又はこれらを併用した薄膜形成技術は、有機溶剤に溶解し、塗布し、焼成して薄膜を形成する簡便な方法であり、スパッタリング法やCVD法とは異なり、大型な真空装置を必要としないことから、広く普及している。
【0003】
一方、バナジウム酸化物は5価が安定状態であるため、価数の制御が難しく、高品質なVO2薄膜を得るのは難しい。有機金属分解法では、有機金属を大気下に焼成して熱分解するため、焼成中にバナジウムが酸化されて五酸化バナジウム(V2O5)が生成しやすい。このため、有機金属分解法では、二酸化バナジウム(VO2)に還元するため、焼成後、低酸素分圧や水素気流等、還元雰囲気下でのアニールが不可欠である。
【0004】
VO2薄膜の高品質化を目指した報告例としては、例えば、非特許文献1では、ゾル-ゲル法により、高配向の二酸化バナジウム薄膜をサファイア基板上に成長させる方法において、酸素雰囲気で低圧でのアニールが行われている。この還元プロセスでは、100mTorr以下で400℃以上という条件下に、高配向のVO2相が成長する。X線回折(XRD)によると、溶液から形成された成膜は、中間相を経ずに直接VO2相に変化しており、Al2O3(1012)及びAl2O3(1010)の表面にそれぞれ(100)配向及び(010)配向している。いずれの薄膜でも工程中に急激な金属-絶縁体転移が起きている。
【0005】
また、ゾル-ゲル法によって単結晶シリコン基板上にVO2薄膜を成長させて、急速にアニーリングを行う手法が報告されている(非特許文献2)。X線光電子分光法(XPS)、XRD及び電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)による分析によると、このVO2薄膜は多結晶性で密なナノ構造を有し、4価のバナジウムの濃度が79.85%である。また、テラヘルツ時間領域分光分析から、前記薄膜は約81%という大きな透過率の変調量を示しており、非特許文献2では4価のバナジウム酸化物相を増加させ、VO2薄膜の密度を上げることで、テラヘルツデバイスへの応用が期待できるとしている。
【0006】
溶融-急冷を伴うゾル-ゲル法によって作製したMoドープVO2ナノワイヤアレイが、良好な熱変色性を示すという報告例もある(非特許文献3)。このようなMoドープVO2ナノワイヤアレイの微細構造は、ラメラ構造を有する層状酸化物が大きな面間隔を持つ(001)及び(100)方位に沿って開裂して形成される。非特許文献3の方法では、MoドープがV4+-V4+ダイマーを崩壊して半導体相を不安定化し、半導体-金属の転移温度(Tc)を62℃から42℃に低下させている。非特許文献3では、Moの添加によって電子濃度が高くなるため、フェルミ準位が伝導帯に近づき、活性化エネルギー(Ea)、ひいては、温度抵抗係数の低下に繋がると開示している。
【0007】
非特許文献4では、W-又はTi-ドープしたVO2薄膜をゾル-ゲル法によって、サファイア基板、好ましくは(002)方位において成長させている。WをドープしたVO2薄膜では、その転移挙動に顕著な影響があり、1.2atom%W-ドープVO2薄膜では、絶縁抵抗が大きく低下し、転移温度が313Kに下がるのに対して、TiドープVO2薄膜では、ドープ量を20atom%にしても、転移温度は350Kでわずかしか変化しない。非特許文献4では、金属状態における抵抗は非常に大きいが、転移温度での抵抗の変化はわずかであることを示している、と開示している。
【0008】
非特許文献5では、Ar/O2調節雰囲気下、200℃という比較的低い成長温度で、イオンビームスパッタリングにより、Si基板上のSi3N4薄膜に-2.6%K-1の温度抵抗係数を持つ酸化バナジウム薄膜を形成している。非特許文献5によると、酸化バナジウム薄膜は、成長直後は150℃に加熱するまで半導体-金属相転移は認められないこと、及び、X線回折の結果から、VOx薄膜の主化合物は、準安定状態の二酸化バナジウム(VO2(B))であり、450℃でポストアニールすることにより、VOx薄膜に変化する。
【0009】
ゾル-ゲル法によるバナジウム-チタン系酸化物薄膜の作製に関して、非特許文献6では、バナジルイソプロポキシド(VO(O-i-C3H7)3)とチタンイソプロポキシド(Ti(O-i-C3H7)4)をイソプロパノールに溶解させたスピンコーティング用溶液に、アセチルアセトン及び酢酸を添加することで、溶液を安定化できることが報告されている。また、非特許文献6は、バナジウム-チタン系酸化物中の、チタン含量が多い、すなわち、Ti/(V+Ti)=xにおいて、xが0.60~0.67であるとき、薄膜が青-緑-黄の2段階のエレクトロクロミズムを示すことも開示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】“Highly Oriented VO2 Thin Films Prepared by Sol-Gel Deposition”, Byung-GyuChae, et al., Electrochem. Solid-State Lett. 2006, 9(1), C12-C14
【文献】“Giant Phase Transition Propertiesat Terahertz Range in VO2 Films Deposited by Sol-Gel Method”, Qiwu Shi et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 2011, 3(9), 3523-3527
【文献】“Electrical Property of Mo-Doped VO2 Nanowire Array Film by Melting-Quenching Sol-GelMethod”, L.Q. Mai et al., J. Phys. Chem. B, 2006, 110(39),19083-19086
【0011】
【文献】“Characteristics of W- andTi-Doped VO2 Thin Films Prepared by Sol-Gel Method”, B.G. Chae et al., Electrochem. Solid-StateLett. 2008, 11(6), D53-D55
【文献】“Low temperature fabrication ofvanadium oxide films for uncooled bolometer detectors”, Hongchen Wang et al., InfraredPhysics & Technology 2006, 47(3), 273-277
【文献】“ゾル-ゲル法によるバナジウム-チタン系酸化物薄膜の作製とそのエレクトロクロミック特性”, 長瀬他, Journal of the Ceramic Society of Japan 101 [9] 1032-1037 (1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
非特許文献1~4および6はいずれも、バナジウムの化合物溶液からゾル-ゲル法を用いて酸化バナジウム薄膜を作製する方法を開示している。しかしながら、これらの方法では加熱によって、余分な有機溶剤や有機成分を燃焼させて膜外へ除外する必要があり、このときに前駆体膜が安定な5価のバナジウムまで酸化されるため、最終工程として、低圧酸素、低圧大気、又は水素存在下でアニールして、バナジウムを4価まで還元しなければならない。したがって、非特許文献1~4および6に記載の方法では、工程数が長く、かつ、低圧雰囲気又は還元雰囲気が必要であり、工業的とはいえない。
【0013】
特に、非特許文献6の方法である、炭素数が1~3程度の小さいアルコキシド溶液を塗布焼成する方法では、バナジルイソプロポキシドやチタンイソプロポキシドの安定度が低いために、酸化されて5価のバナジウムになりやすく、高品質な二酸化バナジウム薄膜が得られにくい。さらに、非特許文献6の方法で得られた薄膜を追試すると、酸素量が多く、純度が低いことがわかっている。さらに、二酸化バナジウムは65℃近傍の金属-絶縁体転移に基づく大きな抵抗値変化があり、昇温時と降温時で異なる相転移を示す。このような、いわゆる熱ヒステリシスの発生を打ち消す方法として、二酸化バナジウムの一部をチタンで置換する方法があるが、主成分であるバナジウムと、ドーパントとして使用されるチタンでは、熱安定性が異なり、これら金属含有化合物を混在させて行う有機金属分解法では単一相が得られにくい。
【0014】
本発明は、このような従来技術における課題に鑑みてなされたものであり、有機金属分解法により、二酸化バナジウム薄膜、又はチタン等の異種元素をドープした二酸化バナジウム薄膜の高純度品を簡便かつ量産的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の二酸化バナジウム薄膜の製造方法は、酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と、前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、不活性ガス雰囲気下に、550~750℃で本焼成を行う工程3とを有することを特徴とする。
前記工程3において、不活性ガスはアルゴン、窒素、ヘリウム又はこれらの混合物であり、かつ、該不活性ガスの圧力が0.2~2気圧であることが好ましい。
前記工程1において、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液中に、さらに、前記酸化バナジウム前駆体に対してチタン化合物をチタン原子換算で0.1~35モル%の量で添加することが好ましい。
【0016】
本発明のチタンドープ二酸化バナジウム薄膜形成用原料は、酸化バナジウム前駆体と、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤と、チタン化合物とからなり、前記チタン化合物の含有量が、前記酸化バナジウム前駆体に対してチタン原子換算で0.1~35モル%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、特定の酸化バナジウム前駆体を主成分として含有する原料溶液を用いた有機金属分解法において、仮焼成を不活性雰囲気下に250~350℃で行い、次いで本焼成を不活性雰囲気下に550~650℃で行うことにより、バナジウムの酸化を抑制し、高純度の二酸化バナジウム薄膜又はチタンドープ二酸化バナジウム薄膜を簡便かつ量産的に製造することができる。
本発明によれば、前記製造方法に好適なチタンドープ二酸化バナジウム薄膜形成用原料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、実施例1の二酸化バナジウム(VO
2)薄膜が単一相であることを示すX線回折の測定チャートである。
【
図2】
図2は、実施例3のチタンドープ二酸化バナジウム薄膜がV
0.75Ti
0.25O
2相であることを示すX線回折の測定チャートである。
【
図3】
図3は、実施例1~3の薄膜の抵抗温度特性を測定した結果を表す。
【
図4】
図4は、比較例2の薄膜について、サーミスタの抵抗-温度特定を表す図である。
【
図5】
図5は、比較例3における本焼成を圧力1.0Paで行った時はVO
2単相の薄膜が得られるが、それより高い圧力で行うと、V
2O
5、V
3O
7及びV
6O
13が混在することを示すX線回折の測定チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の二酸化バナジウム薄膜の製造方法は、酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液(以下単に「原料溶液」ともいう。)を調製する工程1と、該原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、不活性ガス雰囲気下に、550~750℃で本焼成を行う工程3とを有する。以下、本発明の実施の形態を製造工程順に説明する。
【0020】
工程1では、酸化バナジウム前駆体に安定化剤及び溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する。
酸化バナジウム前駆体には、例えば、バナジルメトキシド(VO(OCH3)3)、バナジルエトキシド(VO(OC2H5)3)、バナジルn-プロポキシド(VO(OC3H7)3)、バナジルイソプロポキシド(VO(OCH(CH3)2)3)、及び、バナジルn-ブトキシド(VO(OC4H9)3)等が挙げられる。これらのうち、バナジルn-ブトキシド(VO(OC4H9)3)及びバナジルイソプロポキシド(VO(OCH(CH3)2)3)等が好ましい。
これらの酸化バナジウム前駆体を二酸化バナジウム(VO2)の前駆体として使用し、かつ、工程2及び3において、原料溶液中の有機成分を熱分解させずに薄膜中に残留するように諸条件を調整すれば、低圧酸素及び低圧大気等を用いることなく、二酸化バナジウム(VO2)薄膜を結晶化させることができる。すなわち、バナジウムを5価まで酸化させずに、高純度のVO2薄膜を得ることができる。なお、バナジウムは-1、0、+2、+3、+4、+5の異なる酸化状態の価数で存在しうるが、最も一般的な化合物は、五酸化バナジウム(V2O5)である。五酸化バナジウム(V2O5)では、バナジウム自体は+5の酸化状態で存在する。
【0021】
安定化剤には、炭素数2~10のカルボン酸または炭素数5~11のβ-ジケトンが用いられる。
前記炭素数2~10のカルボン酸には、直鎖の炭化水素系、及び側鎖を持つ炭化水素系のカルボン酸のいずれを用いてもよい。直鎖のカルボン酸としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ペンタン酸、カプロン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸及びデカン酸等のモノカルボン酸;エタン二酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ヘプタン二酸、オクタン二酸、ノナン二酸等のジカルボン酸;1,2,3-プロパントリカルボン酸、1,3,5-シクロヘキサントリカルボン酸、1,3,5-ベンゼントリカルボン酸等のトリカルボン酸;並びにエチレンテトラカルボン酸及び1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸等のテトラカルボン酸等が挙げられる。側鎖を持つカルボン酸としては、例えば、オクチル酸、イソノナン酸、4-エチルオクタン酸、及びイソカプロン酸等が挙げられる。
【0022】
炭素数5~11のβ-ジケトンは、アセチルアセトン、トリフルオロアセチルアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、及びジピバロイルメタン等である。これらのうち、アセチルアセトンが好ましい。
本発明では、前記したカルボン酸及びβ-ジケトンを酸化バナジウム前駆体及び後述するチタン化合物の安定化剤として、一種単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
前記安定化剤の添加量は、酸化バナジウム前駆体に対して、通常は0.5倍モル~1.5倍モルにそれぞれ金属の価数をかけた量であり、好ましくは0.5~1倍モルである。
【0023】
溶剤には、例えば、アセトン、イソブチルアルコール、イソプロピルアルコール、イソペンチルアルコール、エタノール、エチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、n-オクタン、o-ジクロロベンゼン、キシレン、クレゾール、クロロベンゼン、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、酢酸イソペンチル、酢酸エチル、酢酸n-ブチル、酢酸n-プロピル、酢酸n-ペンチル、酢酸メチル、シクロヘキサノール、シクロヘキサノン、N,N’-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、1,1,1-トリクロロエタン、テレピン油、トルエン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、1-ブタノール、2-ブタノール、ミネラルスピリッツ、メタノール、メチルエチルケトン、メチルシクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノン及びメチル-n-ブチルケトン等の有機溶剤が用いられる。これらのうち、工業的入手しやすさや溶解性、沸点、蒸気圧等の理由から、イロプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、及び酢酸n-ブチル等が好ましい。
【0024】
原料溶液には、酸化バナジウム前駆体及び安定化剤に加えて、さらに、ドーパントとしてチタン化合物を添加することが好ましい。チタン元素は、二酸化バナジウム薄膜のもつ65℃近傍の金属-絶縁体転移に基づく熱ヒステリシスを打ち消す作用がある。有機金属分解法では一般に、チタンのような異種金属を含む化合物が添加されると、熱安定性の異なる金属含有化合物が混在するため、単一相が得られにくいが、本発明では、チタンドーピングは、高純度な二酸化バナジウム薄膜を形成するのに有効である。よって、本発明の酸化バナジウム前駆体、安定化剤及びチタン化合物からなる原料は、チタンドープ二酸化バナジウム薄膜を形成するのに好適である。
【0025】
前記チタン化合物には、例えば、チタンイソプロポキシド、チタンテトラn-ブトキシド及びチタンテトラn-ペントキシド等が挙げられる。前記チタン化合物には、原料溶液中でTiイオンとなり、炭素数2~10のカルボン酸に配位して金属を含んだキレート環を形成する性質がある。また、前記Tiイオンは、炭素数5~11のβ-ジケトンとも安定なキレート化合物を形成することができる。
前記チタン化合物の添加量は、酸化バナジウム前駆体に対して0.1~35モル%が好ましく、20~30モル%がより好ましい。前記添加量はチタン原子に換算した量である。
【0026】
工程2では、原料溶液を基材上に塗布して液膜を形成し、乾燥させた後、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う。
基板には、有機溶剤等に溶解せず、かつ、本焼成の温度に耐えうるものが用いられる。具体的にはガラス基板、シリコン基板及びサファイア基板等が用いられる。
塗布法には、スピンコート法、インクジェット法、キャスティング法、ディップコート法、バーコート法、ブレードコート法、ロールコート法、グラビアコート法及びスプレーコート法等がある。
【0027】
原料溶液を基板上に塗布した後、液膜を形成した基板を室温又は加温下に乾燥させて有機溶剤を揮発させる。乾燥を加温下に行うときは、液膜を形成した基板を、例えば、ホットプレート等に載せて120℃程度で乾燥させてもよい。
【0028】
次いで、液膜を乾燥させた基板を、不活性雰囲気にするための不活性ガス供給源を備えた焼成装置内に置いて、大気圧及び不活性雰囲気の条件下、仮焼成を行う。焼成装置は、800℃程度の加熱に熱に耐えられる装置であればよく、例えば、電気炉、管状炉、又は熱処理装置等である。
【0029】
不活性ガスはアルゴン、窒素、ヘリウム又はこれらの混合物が好ましい。
仮焼成の温度は250~350℃、好ましくは300℃以下である。350℃より高温になると、金属有機化合物中のバナジウムが5価まで酸化しやすくなる。そうなると、五酸化バナジウム(V2O5)を還元すべく、後述する工程3の本焼成で減圧酸素雰囲気や還元雰囲気の条件が必要となり、工業的とはいえなくなる。
仮焼成の時間は、通常は5分~60分、概ね15分程度である。
仮焼成の温度及び時間を前記の範囲とすることにより、バナジウムの酸化を抑えるとともに、金属有機化合物中の有機成分を熱分解せずに薄膜中に残留させることができる。このため、工程3の本焼成において、低圧酸素又は低圧大気等を用いることなく、窒素及びアルゴン等の不活性雰囲気を用いて大気圧下に二酸化バナジウム薄膜を結晶化させることができる。 この仮焼成により、金属有機化合物を主成分とした前駆体薄膜が形成されると考えられる。
【0030】
仮焼成後の基板上に形成される薄膜は、通常は0.05~0.5μm厚、好ましくは0.1~0.2μm厚である。前記膜厚は、必要量の溶液を塗布して一度の仮焼成によって得てもよいし、溶液を基板に塗布し、乾燥後、仮焼成を行う操作を所望の膜厚になるまで2~10回程度繰り返し行って得てもよい。繰り返し行う場合、結晶の粒子サイズが小さく緻密な薄膜を形成しやすく、最終的に均一なVO2薄膜が得られやすい。
【0031】
工程3では、工程2の仮焼成に引き続き、不活性ガス雰囲気下に、550~750℃、好ましくは550~600℃で本焼成を行う。本焼成の温度が550℃未満である場合、熱分解が充分に進行しないことがある。一方、本焼成の温度が750℃を超える場合、製造コストが高くなり工業的といえない。本焼成の時間は、通常15分間~2時間である。
【0032】
不活性ガスには、工程2と同じガスが用いられる。ただし、工程3では、不活性ガスの圧力を0.2~2気圧にすることが好ましい。不活性ガスの圧力を前記範囲に制御することにより、五酸化バナジウムの生成を抑制しつつ、残留する有機成分を完全に熱分解させて、高純度な二酸化バナジウム又はチタンドープ二酸化バナジウムの薄膜を形成することができる。
【0033】
得られた二酸化バナジウム薄膜の室温での抵抗温度係数(TCR)は-4.1%/Kである。抵抗温度係数(TCR)は、温度による抵抗値変化の大きさを1Kあたりの100万分率で表したものをいう。熱センサーとして有用であることを報告している非特許文献5に記載の二酸化バナジウム薄膜の抵抗温度係数(TCR)は室温で-2.6%/Kであるから、本発明に係る二酸化バナジウム薄膜は、良質な薄膜であり、ボロメーターや、熱センサーの部材に有用である。
【0034】
また、チタンドープ二酸化バナジウム薄膜は、一般に65℃近傍で金属-絶縁体転移に基づく大きな抵抗値変化を示す。一方、本発明に係る二酸化バナジウム薄膜は、
図3に示すように、チタンドープ量が10%、25%と増加するにつれて、抵抗値変化が抑制され、大きな抵抗温度特性を保ちながら熱ヒステリシスがなく、直線性に優れた特性を持つ。よって、本発明に係る二酸化バナジウム薄膜を用いて、広い温度領域に有用なセンサーを作製することができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
[実施例1]
バナジルノルマルブトキシド5.0gにオクチル酸7.5g及びn-オクタン40gを投入し、120℃にて2時間反応後、副生成物を留去し、酢酸n-ブチル20.0g添加して、酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、120℃のホットプレート上で乾燥させた後、窒素1気圧下に、300℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、窒素下に580℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析し、二酸化バナジウム単一相を確認した。結果を
図1に示す。
【0036】
[実施例2]
バナジルノルマルブトキシド5.0g及びチタンイソプロポキシド1.1gにオクチル酸7.5g及びn-オクタン40gを投入し、120℃にて2時間反応後、副生成物を留去し、酢酸n-ブチル20.0g添加して、チタンを10%ドープした(Xm=10%)酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、120℃のホットプレート上で乾燥させた後、窒素1気圧下に、300℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、窒素下に600℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析し、TiがドープされたV0.9Ti0.1O2相を確認した。
【0037】
[実施例3]
バナジルノルマルブトキシド5.0g及びチタンイソプロポキシド2.0gにオクチル酸7.5g及びn-オクタン40gを投入し、120℃にて2時間反応後、副生成物を留去し、酢酸n-ブチル20.0g添加して、チタンを25%ドープした(Xm=25%)酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、120℃のホットプレート上で乾燥させた後、窒素1気圧下に、300℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、窒素下に600℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析し、TiがドープされたV
0.75Ti
0.25O
2相を確認した。結果を
図2に示す。
【0038】
[実施例4]
実施例1~3で得られた薄膜の抵抗温度特性を測定し、抵抗温度係数(TCR)を算出した。結果を
図3に示す。
図3中に示すように、室温(300K)における抵抗温度係数(TCR)は、チタンドープ量が0%の時に-4.1%/K、10%の時に-5.2%/K、25%の時には-5.0%/Kであった。昇温時及び降温時とも、室温~40℃付近までは、温度の変化とともに抵抗値が大きく変化せず安定した抵抗温度計数を示している。且つ、チタンドープ量が25%の時には熱ヒステリシスは消失し、ほぼ直線的な抵抗温度計数を持ち、室温から80℃以上まで適用可能な薄膜が得られることがわかった。
【0039】
[比較例1]
バナジルイソプロポキシド5.0gをn-ブタノールに溶解し、酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、120℃のホットプレート上で乾燥させた後、窒素1気圧下に、300℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、窒素下に580℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析したところ、VO2の他、V3O7及びV6O13による回折ピークが確認された。
【0040】
[比較例2]
バナジルノルマルブトキシド5.0g及びチタンイソプロポキシド1.1gにオクチル酸7.5g及びn-オクタン40gを投入し、120℃にて2時間反応後、副生成物を留去し、酢酸n-ブチル20.0g添加して、酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、120℃のホットプレート上で乾燥させた後、酸素1気圧下に、400~450℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、窒素下に600℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析したところ、
図4に示すとおり、V
2O
5しか得られなかった。この理由は400~450℃と、高い温度で仮焼成したことによると考えられる。
【0041】
[比較例3]
バナジルノルマルブトキシド5.0gにオクチル酸7.5g及びn-オクタン40gを投入し、120℃にて2時間反応後、副生成物を留去し、酢酸n-ブチル20.0g添加して、酸化物換算で濃度2%の前駆体溶液を得た。
前駆体溶液をスピンコート法で基板に塗布し、酸素1気圧下に、450℃で15分間、仮焼成を行った。スピンコート法で基板上に前駆体溶液を塗布し、仮焼成する操作を繰り返し、仮焼成層を6層積層した後、大気中で圧力を変化させて、600℃で15分間、本焼成を行った。
得られた薄膜をX線回折法で分析したところ、圧力1.0PaではVO
2単相が得られ、それより高い圧力では、V
2O
5、V
3O
7及びV
6O
13が混在していた。結果を
図5に示す。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の二酸化バナジウム薄膜は、チタンノンドープ時の抵抗温度係数(TCR)が-4.1%/Kであり、ボロメーター又は熱センサーとして有用である。