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  • 特許-高分子材料の硫黄架橋構造解析方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】高分子材料の硫黄架橋構造解析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/085 20180101AFI20230627BHJP
【FI】
G01N23/085
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019224784
(22)【出願日】2019-12-12
(65)【公開番号】P2021092512
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076314
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 正人
(74)【代理人】
【識別番号】100112612
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲士
(74)【代理人】
【識別番号】100112623
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 克幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163393
【弁理士】
【氏名又は名称】有近 康臣
(74)【代理人】
【識別番号】100189393
【弁理士】
【氏名又は名称】前澤 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100203091
【弁理士】
【氏名又は名称】水鳥 正裕
(72)【発明者】
【氏名】城出 健佑
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-198548(JP,A)
【文献】国際公開第2017/179668(WO,A1)
【文献】特開2008-285577(JP,A)
【文献】特開2017-20906(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0194170(US,A1)
【文献】特開2019-45196(JP,A)
【文献】安田 和敬,溶媒抽出した硫黄架橋イソプレンゴムのスルフィド構造解析,高分子論文集,2015年,Vol. 72, No. 1,pp. 16-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
G01N 33/44
C08K 3/00 - C08K 13/08
C08L 1/00 - C08L 101/14
B60C 1/00 - B60C 99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄架橋された高分子材料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルから架橋硫黄鎖の平均連結長を算出すること、
前記高分子材料におけるポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を膨潤法により算出すること、及び、
前記架橋硫黄鎖の平均連結長と、前記ポリスルフィド結合と前記ジスルフィド結合と前記モノスルフィド結合の割合とに基づいて、前記ポリスルフィド結合の平均連結長を求めること、
を含む、高分子材料の硫黄架橋構造解析方法。
【請求項2】
前記高分子材料が加硫ゴムである、請求項1に記載の硫黄架橋構造解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料における硫黄架橋構造の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料の耐熱性などを評価するために、高分子材料の硫黄架橋構造を解析する技術が求められている。硫黄架橋構造を解析する方法として、特許文献1には、高分子材料に高輝度X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収スペクトルを測定し、リバースモンテカルロ法により高分子材料中の硫黄の三次元構造を特定して、架橋密度を算出する方法が提案されている。
【0003】
特許文献2には、高分子材料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルを硫黄-硫黄間成分及び硫黄-炭素間成分等でフィッティングして硫黄-硫黄間成分と硫黄-炭素間成分のピーク面積を算出し、両成分のピーク面積比から架橋硫黄鎖の平均連結長を算出する方法が提案されている。
【0004】
一方、従来、加硫ゴムの架橋構造を解析する方法として膨潤法が知られている。膨潤法は、加硫ゴムをトルエンなどの溶媒で膨潤させて架橋密度を評価する方法であり、例えば特許文献3の段落0051に架橋密度を測定する方法が記載され、非特許文献1には膨潤圧縮法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-020906号公報
【文献】特開2017-198548号公報
【文献】特開2018-149387号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】中内秀雄「膨潤圧縮法による加硫ゴムの架橋構造解析」、日本ゴム協会誌、2002年、第75巻、第2号、第73-78頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
膨潤法では、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の架橋密度を算出することでこれら結合の割合を算出することはできるが、ポリスルフィド結合の平均連結長を求めることはできない。一方、特許文献2に記載の方法では、これらの結合のトータルでの平均架橋長しか分からない。
【0008】
本発明の実施形態は、以上の点に鑑み、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料におけるポリスルフィド結合の平均連結長を求めることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態に係る高分子材料の硫黄架橋構造解析方法は、硫黄架橋された高分子材料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルから架橋硫黄鎖の平均連結長を算出すること、前記高分子材料におけるポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を膨潤法により算出すること、及び、前記架橋硫黄鎖の平均連結長と、前記ポリスルフィド結合と前記ジスルフィド結合と前記モノスルフィド結合の割合とに基づいて、前記ポリスルフィド結合の平均連結長を求めること、を含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本実施形態によれば、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料におけるポリスルフィド結合の平均連結長を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルの一例を示す図
図2】硫黄-硫黄間成分に用いる非対称ガウス関数を示す図
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施に関連する事項について詳細に説明する。
【0013】
本実施形態に係る硫黄架橋構造解析方法は、XAFS法と膨潤法とを組み合わせることによりポリスルフィド結合の平均連結長を求める方法であり、以下の工程を含む。
・工程1:硫黄架橋された高分子材料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、該X線吸収スペクトルから架橋硫黄鎖の平均連結長を算出する工程、
・工程2:前記高分子材料におけるポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を膨潤法により算出する工程、及び、
・工程3:架橋硫黄鎖の平均連結長と、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合とに基づいて、ポリスルフィド結合の平均連結長を求める工程。
【0014】
本実施形態において、解析対象としての高分子材料としては、硫黄架橋された樹脂やゴムなどの高分子であればよく、高分子の種類は特に限定されない。好ましくは、加硫ゴムであり、ゴムポリマーに硫黄等の加硫剤を含む種々の配合剤を配合したゴム組成物を加硫してなる加硫ゴムを解析対象とすることができる。解析対象としての加硫ゴムは、解析用に加硫成形した試料でもよく、タイヤ等の加硫ゴム製品から切り出したものを用いてもよい。
【0015】
ここで、ゴムポリマーとしては、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X-IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などのジエン系ゴムが挙げられ、これらはそれぞれ単独で又は2種類以上ブレンドして用いることができる。
【0016】
高分子材料には、硫黄架橋させるための硫黄が加硫剤として配合される。加硫剤としては、例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄などの硫黄が挙げられる。一実施形態として、上記ゴム組成物において、加硫剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~10質量部でもよく、0.5~8質量部でもよい。
【0017】
高分子材料には、また、充填剤や加硫促進剤などの様々な配合剤を任意成分として配合してもよい。一実施形態として、上記ゴム組成物の場合、かかる配合剤として、充填剤、シランカップリング剤、オイル等の軟化剤、可塑剤、老化防止剤、酸化亜鉛、ステアリン酸、ワックス、加硫促進剤など、通常ゴム工業で使用される各種配合剤を用いることができる。上記充填剤としては、例えば、カーボンブラック、シリカ、タルク、クレー、アルミナなどの各種無機充填剤が挙げられ、カーボンブラック及び/又はシリカが好ましい。一実施形態として上記ゴム組成物の場合、充填剤の配合量は、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して10~200質量部でもよく、20~150質量部でもよい。また、加硫促進剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~7質量部でもよく、0.5~5質量部でもよい。また、酸化亜鉛の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1~10質量部でもよく、0.5~5質量部でもよい。
【0018】
かかるゴム組成物は、バンバリーミキサーなどの混合機を用いて各成分を常法に従い混練することにより作製することができ、該ゴム組成物を常法に従い加熱して加硫することにより加硫ゴムが得られる。
【0019】
上記工程1は、架橋硫黄鎖の平均連結長を求める工程であり、特許文献2(特開2017-198548号公報)に記載のXAFS法を用いることができる。詳細には、工程1は以下の工程(1-1)~(1-3)を含む。
(1-1)高分子材料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する工程、
(1-2)得られたX線吸収スペクトルを硫黄-硫黄間成分及び硫黄-炭素間成分を含む少なくとも2つの成分でフィッティングして硫黄-硫黄間成分と硫黄-炭素間成分のピーク面積を算出する工程、及び、
(1-3)得られた硫黄-硫黄間成分と硫黄-炭素間成分のピーク面積比から架橋硫黄鎖の平均連結長を算出する工程。
【0020】
工程(1-1)においてX線吸収スペクトルを取得する方法としては、公知のXAFS法を用いることができる。XAFS法は、X線吸収微細構造(XAFS:x-ray absorption fine structure)を利用する解析手法である。本実施形態では、XAFSスペクトルの中でも、吸収端から数十eV程度までのX線吸収端構造(XANES:x-ray absorption near edge structure)を利用し、硫黄原子のK殻吸収端である硫黄K殻吸収端についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルを用いて、硫黄架橋密度の解析を行う。
【0021】
XAFS法において、測定対象としての高分子材料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。
【0022】
XAFS法では、硫黄架橋された高分子材料に、X線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量(吸収強度)を測定する。X線は、硫黄原子のK殻吸収端に対応するエネルギーにて照射され、これにより、硫黄K殻についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルが得られる。X線の走査エネルギー範囲としては、2400~3000eVであることが好ましく、2450~2500eVでもよく、2460~2490eVでもよい。
【0023】
硫黄K殻吸収端におけるXAFS法においては、(a)試料を透過してきたX線強度を、フォトダイオードアレイ検出器等を用いて検出する透過法、(b)試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を、Lytle検出器や半導体検出器などを用いて検出する蛍光法、及び、(c)試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する電子収量法などがあり、いずれを用いてもよい。好ましくは、蛍光法を用いることである。蛍光法は、より詳細には、試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を測定する方法であり、X線吸収量と蛍光X線の強度に比例関係があることを用いて、蛍光X線の強度からX線吸収量を間接的に求める方法である。
【0024】
XAFS法を行う際に使用するX線としては、例えば1010(photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw)以上の高輝度X線であることが好ましい。また、X線の光子数は10(photons/s)以上であることが好ましく、より好ましくは10(photons/s)以上である。このようなX線を放射するシンクロトロンとしては、高輝度光科学研究センターのSPring-8、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターなどが挙げられる。
【0025】
工程(1-2)では、工程(1-1)で得られたX線吸収スペクトルを、硫黄-硫黄間成分(以下、S-S成分という。)及び硫黄-炭素間成分(以下、S-C成分という。)を含む少なくとも2つの成分でフィッティングして、S-S成分とS-C成分のピーク面積を算出する。より好ましくは、図1にその一例を示すように、S-S成分及びS-C成分とともに、硫黄-亜鉛間成分(以下、S-Zn成分という。)と、多重散乱成分と、階段関数成分を用いて、上記のフィッティングを行うことである。
【0026】
ここで、S-S成分は、架橋部分の硫黄原子間の結合であるS-S結合に基づくX線吸収成分である。S-C成分は、高分子鎖の炭素原子と架橋部分の硫黄原子との結合であるS-C結合に基づくX線吸収成分である。S-Zn成分は、S-Zn結合に基づくX線吸収成分であり、亜鉛を含む高分子材料において硫化亜鉛(ZnS)によるX線吸収を考慮したものである。多重散乱(multiple scattering)成分は、XANES領域の光電子による多重散乱に基づくX線吸収成分である。階段関数(step function)成分は、連続帯への電子の遷移に基づくX線吸収成分である。
【0027】
X線吸収スペクトルをフィッティングする際に使用する関数としては、上記の各成分を表現できるものであればよく、種々の関数を用いることができる。
【0028】
一実施形態として、S-C成分、S-Zn成分、及び多重散乱成分には、図1に示すように、ガウス関数を用いることが好ましい。ガウス関数としては、例えば、下記式(1)で表されるものを用いることができる。
【0029】
【数1】
【0030】
式(1)中、aはピーク高さ(ピーク強度)、bはピークトップでのX線エネルギー(eV)、cはピークの半値幅(eV)、xは照射X線エネルギー(eV)を示す。ここで、S-C成分については、aを変数、b及びcを定数とし、S-Zn成分及び多重散乱成分については、a及びbを変数、cを定数として、上記のフィッティングを行ってもよい。
【0031】
階段関数成分には、図1に示すように、シグモイド関数を用いることが好ましい。シグモイド関数としては、例えば、下記式(2)で表されるものを用いることができる。
【0032】
【数2】
【0033】
式(2)中、dはエッジジャンプの高さ、eは定数、fはイオン化ポテンシャル(eV)を示す。ここで、dを変数とし、e及びfを定数として、上記のフィッティングを行ってもよい。
【0034】
S-S成分については、架橋硫黄鎖の熱振動によるS-S結合長の揺らぎを考慮して、左右非対称な分布を持つ非対称ガウス関数を用いることが好ましい。非対称ガウス関数は、図2に示すように、複数のガウス関数を合成することで左右非対称な分布を持たせたものであり、複数のガウス関数としてピーク高さと半値幅が異なるものを用いることが好ましい。より詳細には、非対称ガウス関数としては、基準ガウス関数と、ピークトップが該基準ガウス関数の高エネルギー側に等間隔にシフトし且つピーク高さが等差に減少する複数のガウス関数を合成したものを用いることが好ましい。
【0035】
一実施形態において、S-S成分に用いる非対称ガウス関数は、上記式(1)で表される複数のガウス関数の足し合わせで表現することができる。図2に示すように、式(1)で表される基準ガウス関数(C関数)を定め、ピークトップがC関数の高エネルギー側に等間隔にシフトし且つピーク高さが等差に減少する複数のガウス関数(C関数:C、C、……。ここでmは1以上の整数)を定める。C関数では、上記a、b及びcを定数とし、C関数以降のC関数(m=2~)については、ピークトップのシフト幅とピーク高さの等差減少値を定めて、m個のC関数を定義する。その際に、C関数の半値幅とピーク高さの積は一定とする。m個のC関数を足し合わせることにより、非対称ガウス関数が得られる。得られた非対称ガウス関数では、ピークトップでのX線エネルギー(eV)を定数とし、ピーク高さを変数として、上記のフィッティングを行うことが好ましい。従って、非対称ガウス関数を作成する際には、上記複数のガウス関数を合成したときのピークトップでのX線エネルギーが上記定数の値に一致するように、C関数の変数やシフト幅、等差減少値、上記の積などを定めればよい。
【0036】
以上の各成分を用いて、X線吸収スペクトルに対してフィッティング(曲線当てはめ)する方法としては、特に限定されず、一般的な方法を用いることができる。例えば、上記各成分(好ましくは5成分)の関数を足し合わせた関数と、X線吸収スペクトル(測定スペクトル)の残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行えばよい。これにより、X線吸収スペクトルを各成分にピーク分離することができる。図1には、フィッティング処理後の上記5成分の各曲線と、これら5成分の合成曲線(フィッティングによる近似曲線)を、測定スペクトルとともに示している。
【0037】
このようにして得られたS-S成分のフィッティング曲線とS-C成分のフィッティング曲線からそれぞれS-S成分のピーク面積とS-C成分のピーク面積を求める。ここで、ピーク面積は、各フィッティング曲線により囲まれた部分の面積である。
【0038】
工程(1-3)では、工程(1-2)で得られたS-S成分のピーク面積とS-C成分のピーク面積から、両者の比(ピーク面積比)を算出して、該ピーク面積比から架橋硫黄鎖の平均連結長を算出する。高分子材料中での硫黄架橋構造は、架橋部分の硫黄の連結数をnとして「C-S-C」で表される(n=1~8の整数)。架橋硫黄鎖の平均連結長は、測定対象の高分子材料における連結数nの平均値であり、S-S成分のピーク面積をSaとし、S-C成分のピーク面積をCaとし、両者の比R=Ca/(Ca+Sa)として、下記式(3)から算出することができる。
【0039】
【数3】
【0040】
上記工程2は、膨潤法により高分子材料の硫黄架橋形態を測定する工程であり、硫黄架橋された高分子材料におけるポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を算出することができる種々の方法を用いることができる。
【0041】
膨潤法としては、高分子材料の架橋硫黄鎖を選択的に切断することと、該高分子材料を有機溶媒に膨潤させて膨潤前後の質量変化や膨潤状態での圧縮特性等に基づき当該高分子材料の架橋密度を算出することを含むことにより、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の各架橋密度を算出可能な方法が挙げられる。例えば、非特許文献1に記載の膨潤圧縮法を用いてもよいが、以下のように、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合を順次切断しながら有機溶媒に膨潤させ、膨潤前後の試料質量からFlory-Rehnerの式を用いて試料の架橋密度を計算することで各結合の割合を求めてもよい。
【0042】
ここで、モノスルフィド結合とは架橋部分の硫黄の上記連結長がn=1である結合であり、ジスルフィド結合とは該連結長がn=2である結合であり、ポリスルフィド結合とは該連結長がn≧3である結合である。
【0043】
一実施形態に係る膨潤法は、以下の工程(2-1)~(2-4)を含む。
(2-1)測定試料としての高分子材料を有機溶媒に浸漬して膨潤させることにより全架橋密度を測定する工程、
(2-2)上記工程(2-1)での測定後の試料に対し、ポリスルフィド結合を切断可能な試薬で処理した後、有機溶媒に浸漬して膨潤させることにより、ポリスルフィド結合の架橋密度を測定する工程、
(2-3)上記工程(2-2)での測定後の試料に対し、ジスルフィド結合を切断可能な試薬で処理した後、有機溶媒に浸漬して膨潤させることにより、ジスルフィド結合の架橋密度とモノスルフィド結合の架橋密度を測定する工程、及び、
(2-4)上記工程(2-1)~(2-3)から、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合を求める工程。
【0044】
膨潤法において、測定試料とする高分子材料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。
【0045】
工程(2-1)では、膨潤前の試料の質量を測定した後、該試料をトルエンなどの有機溶媒に浸漬して膨潤させ、膨潤後の質量を測定して、該試料の全架橋密度ν(即ち、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の架橋密度の合計)を計算する。架橋密度の算出手順は、特許文献3(特開2018-149387号公報)の段落0051に記載の方法を用いることができ、下記式(4)を用いて架橋密度νを算出することにより全架橋密度νが得られる。
【0046】
【数4】
【0047】
式(4)中、νは架橋密度であり、vは膨潤試料中のポリマー(ゴムポリマー)の体積分率であり、Vは有機溶媒(トルエン)の分子容であり、χはFlory-Rehnerの相互作用定数である。ここで、
v=V/(V+V
=(w-w)/ρ
=(w-w)/ρ
:試料中のポリマー(ゴムポリマー)の体積、V:膨潤した有機溶媒(トルエン)の体積、w:膨潤前の試料質量、w:膨潤後の試料質量、v:試料中の充填剤の質量分率、ρ:試料中のポリマー(ゴムポリマー)の密度、ρ:有機溶媒(トルエン)の密度である。
【0048】
工程(2-2)において、ポリスルフィド結合を切断可能な試薬としては、架橋硫黄鎖のうちポリスルフィド結合のみを選択的に切断可能なものであれば、特に限定されず、例えばプロパン-2-チオールとピペリジンを用いることができる。
【0049】
一実施形態において、トルエンにプロパン-2-チオールとピペリジンとを混合した溶媒に、工程(2-1)の測定後の試料を浸漬することで、ポリスルフィド結合が切断され、ジスルフィド結合とモノスルフィド結合は残る。
【0050】
ポリスルフィド結合を切断した後の試料について、工程(2-1)と同様の方法により、トルエンなどの有機溶媒に浸漬して膨潤させることで、ポリスルフィド結合切断後の架橋密度νが得られる。そのため、ポリスルフィド結合の架橋密度νは、全架橋密度νからポリスルフィド結合切断後の架橋密度νを差し引くこと、即ちν=ν-νにより算出される。
【0051】
工程(2-3)において、ジスルフィド結合を切断可能な試薬としては、ジスルフィド結合とモノスルフィド結合のうちジスルフィド結合を選択的に切断可能なものであれば、特に限定されず、例えば1-ヘキサンチオールとピペリジンを用いることができる。
【0052】
一実施形態において、ピペリジンに1-ヘキサンチオールを混合した溶媒に、工程(2-2)の測定後の試料を浸漬することで、ジスルフィド結合が切断され、モノスルフィド結合は残る。
【0053】
ジスルフィド結合を切断した後の試料について、工程(2-1)と同様の方法により、トルエンなどの有機溶媒に浸漬して膨潤させることで、ジスルフィド結合切断後の架橋密度νが得られる。このジスルフィド結合切断後の架橋密度νはモノスルフィド結合の架橋密度νである。ジスルフィド結合の架橋密度νは、ポリスルフィド結合切断後の架橋密度νからジスルフィド結合切断後の架橋密度νを差し引くこと、即ちν=ν-νにより算出される。
【0054】
工程(2-4)において、このようにして得られた各結合の架橋密度ν,ν,νから、ポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合(%)、即ち高分子材料中に含まれるこれら各結合の架橋点の数の比率を算出する。
【0055】
上記工程3では、工程1で得られた架橋硫黄鎖の平均連結長Lと、工程2で得られたポリスルフィド結合とジスルフィド結合とモノスルフィド結合の割合とに基づいて、ポリスルフィド結合の平均連結長を算出する。
【0056】
ポリスルフィド結合の平均連結長をnとすると、架橋硫黄鎖の平均連結長Lと、ポリスルフィド結合の割合r(%)と、ジスルフィド結合の割合r(%)と、モノスルフィド結合の割合r(%)には下記式(5)の関係がある。
【0057】
架橋硫黄鎖平均連結長L=(r×n+r×2+r×1)/100 (5)
そのため、この式(5)を用いてポリスルフィド結合の平均連結長nを算出することができる。
【0058】
以上のように本実施形態によれば、XAFS法と膨潤法とを組み合わせることにより、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料におけるポリスルフィド結合の平均連結長を求めることができる。
【実施例
【0059】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
[加硫ゴム試料の調製]
バンバリーミキサーを使用し、天然ゴム(RSS#3)100質量部に対し、カーボンブラック(東海カーボン(株)製「シースト3」)30質量部、亜鉛華(三井金属鉱業(株)製「亜鉛華1種」)2質量部、ステアリン酸(花王(株)製「ルナックS-20」)1質量部、硫黄(細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」)2質量部、及び加硫促進剤(大内新興化学工業(株)製「ノクセラーCZ」)1質量部を添加し混練して、未加硫ゴム組成物を調製した。
【0061】
得られた未加硫ゴム組成物を、金型モールドでプレス加工(150℃、30分)することにより、厚さ2.0mmの加硫ゴムシートを作製した。得られた加硫ゴムシートについて耐熱試験を実施した。耐熱試験は、80℃の恒温槽内に、1週間、2週間又は4週間入れることにより行った。熱処理なしの加硫ゴムシート(試料1)、80℃1週間処理後の加硫ゴムシート(試料2)、80℃2週間処理後の加硫ゴムシート(試料3)、及び、80℃4週間処理後の加硫ゴムシート(試料4)のそれぞれについて、XAFS法と膨潤法を実施して、ポリスルフィド結合の平均連結長を算出した。
【0062】
[XAFS法]
試料1~4を測定対象として、硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施して、X線吸収スペクトルを得た。XANES測定は、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターにおいて、以下の測定条件により行った。
【0063】
・X線の輝度:2.0×1012photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw
・X線の光子数:~3.0×1010photons/s
・分光器:結晶分光器
・X線検出器:シリコンドリフト検出器
・測定法:蛍光法
・X線のエネルギー範囲:2400~2500eV。
【0064】
得られたX線吸収スペクトルを、S-S成分、S-C成分、S-Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分でフィッティングし、S-S成分とS-C成分の各ピーク面積を算出した。その際、S-C成分、S-Zn成分及び多重散乱成分については、式(1)のガウス関数を用いた。式(1)中のパラメータは、S-C成分については、a(ピーク高さ)を変数、b(ピークトップでのエネルギー)を2473eV、c(ピークの半値幅)を1.8eVとし、S-Zn成分については、a及びbを変数、cを1.8eVとし、多重散乱成分については、a及びbを変数、cを4eVに設定した。また、階段関数成分については、式(2)のシグモイド関数を用いた。式(2)中のパラメータは、d(エッジジャンプの高さ)は変数、e(定数)=0.7、f(イオン化ポテンシャル)=2476eVに設定した。
【0065】
また、S-S成分については、式(1)の複数のガウス関数の足し合わせた非対称ガウス関数を用いた。詳細には、式(1)を用いてaを2、bを2471.1eVとしたC1関数を定め、またC1関数から順に、ピークトップが高エネルギー側に等間隔(0.015eV)にシフトし且つピーク高さが等差(0.003)に減少する100個のC関数(m=1~100)を定めた。その際、C関数は、ピーク高さと半値幅の積が一定値(2.8)となるように定義した。これら100個のC関数を足し合わせることにより、S-S成分の非対称ガウス関数を得た。非対称ガウス関数のピークトップのエネルギー(eV)は2472eVに設定し、ピーク高さを変数とした。
【0066】
このようにして定義したS-S成分、S-C成分、S-Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分を足し合わせた関数と、測定スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行い、S-S成分のピーク面積とS-C成分のピーク面積を算出し、上記式(3)により架橋硫黄鎖の平均連結長Lを算出した。
【0067】
[膨潤法]
(i)試料1~4を幅5.0mm、長さ20mm、厚さ2.0mmの短冊状とし、試料質量を測定した。次いで、試料を20mLのバイアル瓶にトルエン20mLとともに入れ、栓をして密閉のうえ、72時間以上静置し、その後、溶液を廃棄し、浸漬後の試料質量を測定した。膨潤前後の試料質量から上記式(4)を用いて、全架橋密度νを算出した。
【0068】
式(4)において、Vはトルエンの分子容であり107cm/molとした。χはトルエンと天然ゴムとの相互作用定数=0.393とした(Rubber Chemistry and Technology, 39, pp149-192, 1966年)。ρはトルエンの密度であり0.86g/cmとした。ρはゴムポリマーである天然ゴムの密度であり0.92g/cmとした。
【0069】
(ii)トルエンに0.4mol/Lの2-プロパンチオールと0.4mol/Lのピペリジンを加えた混合溶液を調製し、上記(i)の測定後の試料を該混合溶液20mLに2時間浸漬した。浸漬後、混合溶液を捨て、溶媒をトルエン20mLに入れ替えて、上記(i)と同じ手順で膨潤前後の試料質量から、ポリスルフィド結合切断後の架橋密度νを求め、ν=ν-νによりポリスルフィド結合の架橋密度νを算出した。
【0070】
(iii)ピペリジンに1mol/Lの1-ヘキサンチオールを加えた混合溶液を調製し、上記(ii)の測定後の試料を該混合溶液20mLに48時間浸漬した。浸漬後、混合溶液を捨て、トルエン20mLに入れ替えて、上記(i)と同じ手順で膨潤前後の試料質量から、ジスルフィド結合切断後の架橋密度ν、即ちモノスルフィド結合の架橋密度νを算出するとともに、ν=ν-νによりジスルフィド結合の架橋密度νを算出した。
【0071】
(iv)ポリスルフィド結合の架橋密度νとジスルフィド結合の架橋密度νとモノスルフィド結合の架橋密度νから、これらの割合r,r,r(%)を算出した。
【0072】
[ポリスルフィド結合の平均連結長nの算出]
XAFS法で得られた架橋硫黄鎖の平均連結長Lと、膨潤法で得られたポリスルフィド結合の割合r(%)、ジスルフィド結合の割合r(%)及びモノスルフィド結合の割合r(%)とに基づいて、上記式(5)によりポリスルフィド結合の平均連結長nを算出した。結果を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
表1に示すように、耐熱試験の処理時間が長くなるほど、ポリスルフィド結合の比率が小さくなり、ジスルフィド結合やモノスルフィド結合の割合が多くなった。また、架橋硫黄鎖の平均連結長Lが小さくなったが、ポリスルフィド結合の平均連結長nの低下は、全体の平均連結長Lの低下ほどは大きくなく、このことから、全体の平均連結長Lの低下は、ジスルフィド結合やモノスルフィド結合の割合が増加することによる影響が大きいことが分かる。
図1
図2