(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】増幅回路及びアンテナ装置
(51)【国際特許分類】
H03F 1/32 20060101AFI20230627BHJP
H03F 3/24 20060101ALI20230627BHJP
H03F 3/68 20060101ALI20230627BHJP
H04B 1/04 20060101ALI20230627BHJP
H04B 7/005 20060101ALI20230627BHJP
H04B 7/06 20060101ALI20230627BHJP
【FI】
H03F1/32 141
H03F3/24
H03F3/68 220
H04B1/04 R
H04B7/005
H04B7/06 982
(21)【出願番号】P 2018203176
(22)【出願日】2018-10-29
【審査請求日】2021-07-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】細田 雅之
(72)【発明者】
【氏名】川野 陽一
(72)【発明者】
【氏名】ロズキン アレクサンダー ニコラビッチ
【審査官】工藤 一光
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-515424(JP,A)
【文献】特表2011-517232(JP,A)
【文献】特開2018-142798(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0163217(US,A1)
【文献】国際公開第2016/167145(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03F1/00-3/72
H04B1/04
H04B7/005
H04B7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波を増幅するトランジスタを夫々備える複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の歪み特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記歪み特性の相違が前記複数のモニタ素子間で小さくなるように前記複数の増幅器の夫々
の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加するバイアスを調整する調整部と、
前記複数の増幅器から出力される複数の信号の歪みを補償する補償部とを備える、増幅回路。
【請求項2】
前記調整部は、前記特性計測部によって計測される前記歪み特性が前記複数のモニタ素子間で一致するように前記複数の増幅器の夫々
の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加するバイアスを調整する、請求項1に記載の増幅回路。
【請求項3】
前記バイアスは、前記複数の増幅器の夫々
の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加する印加電圧である、請求項2に記載の増幅回路。
【請求項4】
前記印加電圧は、前記複数の増幅器の夫々の
前記トランジスタのゲートに印加するゲートバイアス電圧である、請求項3に記載の増幅回路。
【請求項5】
前記印加電圧は、前記複数の増幅器の夫々の
前記トランジスタのドレインに印加するドレインバイアス電圧である、請求項3又は4に記載の増幅回路。
【請求項6】
前記歪み特性は、前記複数のモニタ素子の夫々の、ドレイン電流とゲート電圧との関係を表すトランスファ特性である、請求項1から5のいずれか一項に記載の増幅回路。
【請求項7】
前記歪み特性は、前記トランスファ特性をゲート電圧で微分した微分特性である、請求項6に記載の増幅回路。
【請求項8】
前記歪み特性は、前記トランスファ特性をゲート電圧で3階微分した3階微分特性である、請求項6に記載の増幅回路。
【請求項9】
前記複数の増幅器の個数をnとするとき、
前記補償部は、前記複数の増幅器のうち(n-1)個以下の増幅器の夫々から出力される信号に基づいて、前記複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みを補償する、請求項1から8のいずれか一項に記載の増幅回路。
【請求項10】
複数のアンテナと、
前記複数のアンテナの夫々に対して設けられ、対応するアンテナに信号を出力する複数の増幅器
であって、高周波を増幅するトランジスタを夫々備える複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の歪み特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記歪み特性の相違が前記複数のモニタ素子間で小さくなるように前記複数の増幅器の夫々
の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加するバイアスを調整する調整部と、
前記複数の増幅器から出力される複数の信号の歪みを補償する補償部とを備える、アンテナ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、増幅回路及びアンテナ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アレイアンテナから放射される信号の歪み特性と逆の歪み特性を与えるプリディストーション信号をベースバンド信号に乗算することで、複数の電力増幅器を起因とする歪みを補償する歪補償部を備えたアンテナ装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の技術では、複数の増幅器の夫々の特性にばらつきがあると、歪み補償が行われても、複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みが残るおそれがある。
【0005】
そこで、本開示は、複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みを抑制可能な増幅回路及びアンテナ装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示は、
高周波を増幅するトランジスタを夫々備える複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の歪み特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記歪み特性の相違が前記複数のモニタ素子間で小さくなるように前記複数の増幅器の夫々の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加するバイアスを調整する調整部と、
前記複数の増幅器から出力される複数の信号の歪みを補償する補償部とを備える、増幅回路を提供する。
【0007】
また、本開示は、
複数のアンテナと、
前記複数のアンテナの夫々に対して設けられ、対応するアンテナに信号を出力する複数の増幅器であって、高周波を増幅するトランジスタを夫々備える複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の歪み特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記歪み特性の相違が前記複数のモニタ素子間で小さくなるように前記複数の増幅器の夫々の前記トランジスタのゲート又はドレインに印加するバイアスを調整する調整部と、
前記複数の増幅器から出力される複数の信号の歪みを補償する補償部とを備える、アンテナ装置を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図4】トランスファ特性計測部の構成例を示す図である。
【
図6】Vgと、Id,gm1,gm3との関係の一例を示す図である。
【
図7】ゲートバイアス調整部の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の実施形態を図面を参照して説明する。
【0011】
図1は、本開示の実施形態におけるアンテナ装置の構成例を示す図である。
図1に示されるアンテナ装置1000は、高データ容量・長距離の無線伝送を実現するために、アレイアンテナ技術、多値変調技術および電力増幅器の歪み補償技術を使用する。
【0012】
アレイアンテナ技術は、電力増幅器(PA)からの出力電力をアレイ状に並べた複数のアンテナから放出することで、複数のアンテナから出力された電波どうしの干渉を利用し電波の指向性を向上させる技術である。アレイアンテナ技術を利用すれば、同一の電力でより長距離の通信を行うことができる。
【0013】
さらに、複数のアンテナそれぞれに複数の電力増幅器を結線することにより、単一の電力増幅器では扱うことのできない電力を空間に放出することが可能となる。その結果、指向性が高いうえに、出力の大きい送信機を構成することが可能となるため、さらに長距離の通信を行うことが可能となる。
【0014】
多値変調技術は、振幅、位相、あるいはそれらの両方の変調を組み合わせることで、与えられた周波数帯域内でより高いデータ容量で通信するための技術である。伝送する電波の波形の振幅あるいは位相を多段階に分割し、それらに多数の符号を割り当てて通信を行うため、振幅や位相の誤差により正しい符号の伝達ができない場合がある。より多値化が進むにつれ、エラーのない通信を行うために許容される誤差を小さく抑えることが求められる。
【0015】
PAは、アンテナから出力する大電力の電波を生成するための増幅器であり、一般的に、PAの出力波形には歪みが含まれる。同一の定格のPAで考えると、歪みが小さい範囲で用いる場合の出力は小さいが、大きな出力を得ようとすると、歪みが大きくなる傾向がある。歪みが大きくなると、変調における伝送符号のエラー率(BER;ビットエラー率)の上昇を招くこと、ACPR(隣接チャネル漏洩電力比)の上昇を招くことから、通信品質の低下が起こる。特に、隣接チャネルへの許容される漏洩電力は、法令で規制されている。
【0016】
ゆえに、長距離の無線伝送を実現するためのPAには、歪み補償技術が適用される場合が一般的である。
【0017】
アレイアンテナ技術を使用するアンテナ装置に適用される歪み補償技術の具体例として、アレイアンテナへの出力の合成波形に基づいて歪み補償を行う技術と、PAひとつひとつに対して個別に歪み補償を行う技術とが存在する。
【0018】
前者は、アレイアンテナから出力される主ビーム方向への合成出力に対して、歪みを適切に低減できる。しかしながら、PAごとに特性のばらつきがある場合、側波帯(サイドローブとも呼ばれる)方向への合成出力については、歪みが低減されず、条件によっては歪みを増大させるおそれがある。
【0019】
後者は、ビームの方向によらず適切な歪み低減を実現しやすい。しかしながら、PAと同数の歪み補償ブロックを設けるので、回路規模や消費電力の増大が生じたり、システム全体の電力利用効率が大幅に低下したりすることが懸念される。特に、高データ容量の通信においては、デジタルプリディストーション技術が専ら用いられるが、信号波形を検出し解析するために高速なADC(アナログ‐デジタル変換器)および高速な演算装置が要求される。これらの装置の消費電力は、比較的大きいので、アンテナ装置全体の消費電力も大きく増えてしまう。
【0020】
そこで、本開示の技術は、歪み補償部によって生ずる消費電力を抑えるために、PAよりも少ない個数の歪み補償部を備える増幅回路及びアンテナ装置を提供し、また、複数のPAにより生ずる歪みをその少ない個数の歪み補償部で効果的に抑制することを提供する。
【0021】
具体的には、
図1に示されるような増幅回路110を備えるアンテナ装置1000が提供される。アンテナ装置1000は、複数のアンテナ(図示の場合、4つのアンテナ61~64)と、それらの複数のアンテナに電力を供給する増幅回路110とを備える。増幅回路110は、複数のPA(図示の場合、4つのPA41~PA44)と、複数のPAに共通の一つの歪み補償部16とを備える。
【0022】
複数のPAに共通の一つの歪み補償部が各PAに起因する歪みをまとめて補償処理する場合、複数のPAの夫々の特性にばらつきがあると、複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みが十分に補償処理されずに残るおそれがある。しかしながら、複数のPAの夫々の特性がほぼ揃っていれば、複数のPAに共通の一つの歪み補償部16が歪み補償処理を行っても、複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みを十分に抑制することができる。
【0023】
次に、複数のPAの夫々の特性を揃えるための構成を備えるアンテナ装置1000について、より詳細に説明する。
【0024】
アンテナ装置1000は、増幅回路110と、複数のアンテナ61~64とを備える。アンテナ装置1000は、増幅回路110により増幅された高周波信号に基づいて、複数のアンテナ61~64から電波を送信する。アンテナ装置1000は、例えば、TDD(Time Division Duplex)方式又はFDD(Frequency Division Duplex)で電波を送受信するフェーズドアレイアンテナ装置である。しかし、通信方式は、これらに限られない。また、アンテナ装置1000の具体例として、無線基地局、携帯電話、スマートフォン、IoT(Internet of Things)機器などが挙げられるが、その具体例は、これらに限られない。
【0025】
アンテナ61~64は、それぞれ、増幅回路110により増幅された送信信号(高周波信号)が供給されることにより、当該送信信号に対応する電波を送信する素子である。アンテナ61~64には、増幅回路110の出力段に備えられる複数のPA41~44のうち、対応するPAにより増幅された送信信号が供給される。
【0026】
なお、
図1は、アンテナとPAとの個数がそれぞれ4つ場合を例示するが、その個数が2以上の他の数の場合にも、本開示の技術は適用可能である。また、1つのアンテナに対して複数の、例えば8つのPAが接続されてもよい。
【0027】
増幅回路110は、ベースバンドプロセッサ10、アップコンバータ21、発振器22、カプラ20、複数の移相器31~34、複数のPA41~44、複数のモニタ素子51~54及び調整部100を備える。
【0028】
ベースバンドプロセッサ10は、歪み補償処理が施されたベースバンド信号を生成する。ベースバンドプロセッサ10は、変調部11と、歪み補償部16と、DAC(デジタル‐アナログ変換器)13とを備える。歪み補償部16は、DPD(デジタルプリディストーション)部12と、歪み解析部14と、ADC(アナログ‐デジタル変換器)15とを備える。
【0029】
変調部11は、アンテナ装置1000が送信すべき送信データ(デジタル信号)を例えば直交変調し、直交変調後のデジタル信号であるベースバンド信号を歪み補償部16に出力する。ベースバンド信号は、DPD(デジタルプリディストーション)部12と歪み解析部14とに供給される。
【0030】
DPD部12は、歪み解析部14から供給されるプリディストーション信号を用いて、変調部11から供給されるベースバンド信号の歪みを補償する歪み補償処理を実行する。プリディストーション信号は、歪み補償信号である。
【0031】
DAC13は、歪み補償部16のDPD部12による歪み補償処理が施されたベースバンド信号(歪み補償処理後のベースバンド信号)をデジタルからアナログに変換して、アナログのベースバンド信号をアップコンバータ21に出力する。
【0032】
アップコンバータ21は、DAC13から供給されるベースバンド信号に、発振器22により生成されるローカル信号を乗算することによって、アナログのベースバンド信号を高周波帯の信号にアップコンバートする。アップコンバータ21は、アップコンバートされた高周波信号(送信信号)を出力する。アップコンバータ21から出力される送信信号は、不図示の分配器により、複数の移相器31~34に分配される。
【0033】
移相器31~34は、それぞれ、アンテナ61~64の夫々の指向性に応じて、分配された後に入力される高周波信号の位相を調整する。移相器31~34は、それぞれ、位相調整後の高周波信号を、複数のPA41~44のうち対応するPAに出力する。
【0034】
PA41~44は、それぞれ、移相器31~34のうち対応する移相器から供給される高周波信号の電力を増幅する増幅器である。PA41~44は、それぞれ、対応する移相器から入力される高周波信号を増幅し、増幅後の高周波信号を、複数のアンテナ61~64のうち対応するアンテナに出力する。
【0035】
カプラ20は、PA41~44の夫々から出力される信号のうちの一の信号(図示の場合、PA44から出力される信号)の電力に応じたフィードバック信号を出力する。複数のPAの夫々の特性は調整部100による後述の調整によりほぼ揃っているので、PA41~44の夫々から出力される信号の全てからではなく、PA41~44の夫々から出力される信号のうちの一の信号から、フィードバック信号が取り出されればよい。
【0036】
ADC15は、カプラ20から供給されるフィードバック信号をアナログからデジタルに変換して、デジタルのフィードバック信号を歪み解析部14に出力する。
【0037】
歪み解析部14は、変調部11から供給されるベースバンド信号とADC15から供給されるフィードバック信号との差分に基づいて、プリディストーション信号を生成する。例えば、歪み解析部14は、PA41~44の夫々から出力される信号のうちの一の信号(この場合、PA44から出力される信号)の歪み特性と逆の歪み特性を、変調部11からのベースバンド信号に与える歪み補償係数を当該差分に基づいて算出する。歪み解析部14は、算出した歪み補償係数を示すプリディショーション信号を生成して出力する。プリディストーション信号の生成方式には、公知のLUT(Look Up Table)方式などがある。しかし、その生成方式は、これに限られない。
【0038】
調整部100は、複数のPAの夫々から出力される信号の歪みを揃えるために、各PAに含まれるトランジスタ素子のゲートバイアス依存性を計測し、その計測結果に基づき、各PA間の歪み特性の相違が小さくなる条件を解析する回路ブロックである。調整部100は、その解析結果に基づいて、各PAに印加するゲートバイアスを制御する。これにより、各PA間の歪み特性の相違が小さくなるので、複数のPAの総和の出力信号の歪みを、複数のPAに共通の一つの歪み補償部16で効果的に低減することができる。
【0039】
調整部100は、トランスファ特性計測部70、ゲートバイアス決定部80及びゲートバイアス調整部90を備える。トランスファ特性計測部70、ゲートバイアス決定部80及びゲートバイアス調整部90の各部の機能は、例えば、メモリに読み出し可能に記憶されるプログラムによってCPU(Central Processing Unit)が動作することにより実現される。
【0040】
トランスファ特性計測部70は、複数のモニタ素子の夫々の特性を計測する特性計測部の一例である。トランスファ特性計測部70は、各PA内のトランジスタに対応するモニタ素子の各端子の電流および電圧のバイアス依存特性を取得し、そのバイアス依存特性を表す素子パラメータを各PA内のトランジスタに対応するモニタ素子の夫々について算出する。ゲートバイアス決定部80は、トランスファ特性計測部70が各PAについて取得した特性を比較し、各PAに印加するバイアス値を決定する。ゲートバイアス調整部90は、ゲートバイアス決定部80が決定したバイアス値に基づき、各PAにバイアスを印加する。
【0041】
図2は、増幅器の構成例を示す図である。
図2には、調整部100の構成も示されている。
【0042】
PA41~44は、それぞれ、高周波を増幅するトランジスタ40を備える回路である。ゲートバイアス調整部90は、トランジスタ40のゲートに印加するゲートバイアス電圧を適切な値に調整することで、特定の特性で高周波増幅を行うことができる。調整部100は、例えば、各PAについて、ゲートバイアス電圧をゲートバイアス調整部90により変化させ、ゲート電流Ig、ゲート電圧Vg、ドレイン電流Id及びドレイン電圧Vdをトランスファ特性計測部70により計測する。この計測結果に基づき、ゲートバイアス決定部80は、歪みに関わる特性を取得できる。
【0043】
しかし、PAが高周波増幅している動作時にゲートバイアス電圧を変更してしまうと、PAの増幅特性が変動してしまう。そこで、PAそのものをモニタしてその特性を取得するのではなく、PAと同一プロセスで作られ、PAと同サイズかそれよりも小さいサイズのトランジスタをモニタ素子としてPAの直近(PAと同一のチップ上)に配置する。そして、トランスファ特性計測部70は、モニタ素子のゲートバイアス電圧を変化させてそのモニタ素子の歪み特性を取得する。このように取得されたモニタ素子の歪み特性は、そのモニタ素子に近接するPAの歪み特性とみなすことができる。また、PAから出力される信号をモニタ
するわけではないので、トランスファ特性計測部70は、各PAの特性をリアルタイムに計測できる。
図2には、複数のPA41~44の夫々に対して設けられ、対応するPAと同一のチップに配置される複数のモニタ素子51~54が示されている。
【0044】
トランスファ特性計測部70は、複数のモニタ素子51~54の夫々のトランスファ特性を計測する。
【0045】
図3は、ドレイン電流とゲート電圧との関係を表すトランスファ特性の一例を示す図である。トランスファ特性や、そのトランスファ特性をゲート電圧で微分した微分特性によって、PAがその出力信号を歪ませる特性は変化する。変曲点近傍のドレイン電流となるゲート電圧を印加するよりも、変曲点から離れたドレイン電流となるゲート電圧を印加する方が、歪みは小さくなる。
図3の例では、モニタ素子2に対応するPA
2にはモニタ素子1に対応するPA
1よりも小さなゲートバイアス電圧を印加する方が、PA
2とPA
1との間で歪み特性のばらつきが小さくなると期待される。
【0046】
図2において、トランスファ特性計測部70は、モニタ素子51~54の夫々について、ゲートバイアス電圧を変化させて、モニタ素子51~54の夫々の歪み特性を取得する。
【0047】
例えば、トランスファ特性計測部70は、モニタ素子51~54の夫々について、ゲートバイアス電圧をスイープする間に、ドレイン電流Id、ドレイン電圧Vd、ゲート電流Ig及びゲート電圧Vgを計測する。トランスファ特性計測部70は、それらの計測結果をデジタル値としてメモリに保持しておく。トランスファ特性計測部70は、メモリに保持されたそれらの計測結果に基づき、例えば、各モニタ素子について、相互コンダクタンスgm、利得(相互コンダクタンスと負荷抵抗値との積)、寄生容量などの特性値を算出する。これらの特性値は、複数のモニタ素子の夫々から出力される信号(言い換えれば、複数のPAの夫々から出力される信号)を歪ませる歪み因子である。
【0048】
相互コンダクタンスgm(=∂Id/∂Vg)およびgmの2階微分値(すなわち、∂3Id/∂Vg3)は、振幅歪みに強く相関する特性値であり、寄生容量は、位相歪みに強く相関する特性値である。寄生容量は、ゲート電流Igを積分することにより求められる。
【0049】
相互コンダクタンスgm、gmの2階微分値および寄生容量の各特性値により表されるゲートバイアス依存性が、この信号処理により、それぞれのPAのモニタ素子に関して、トランスファ特性計測部70により個別に取得される。
【0050】
ゲートバイアス決定部80は、これらの少なくとも一つの特性値がPAのモニタ素子間でよく一致するように、各PAのモニタ素子のゲートバイアス電圧値を決定する。例えば、ゲートバイアス電圧値は、以下の手順で決定される。
【0051】
・ゲートバイアス決定部80は、gmが0よりもわずかに大きい値となるゲートバイアス電圧値Vgを各PAのモニタ素子の夫々について求める。
【0052】
・ゲートバイアス決定部80は、このVgにおいて、あるPAのモニタ素子でgmの2階微分値が他のPAよりも小さいならばVgを1ステップ大きくするといった作業を繰り返すことで、gmの二階微分値がPA間で同じ値となるようにする。
【0053】
・この時点で各PAのモニタ素子のgmの二階微分特性は揃っている。しかし、仮に寄生容量特性がPAのモニタ素子の間で著しく異なる場合、ゲートバイアス決定部80は、少しだけ大きいgmの二階微分値をターゲットに設定して、寄生容量特性のばらつきが小さくなるまでVgを上昇させてもよい。
【0054】
・これにより、印加すべきVgが全てのPAのモニタ素子に対して決定される。ゲートバイアス決定部80は、決定した各ゲートバイアス電圧値Vgを、ゲートバイアス調整部90に伝達する。
【0055】
ゲートバイアス調整部90は、ゲートバイアス決定部80により決定された各ゲートバイアス電圧値Vgを、対応する各PAに印加する。これにより、各PAの歪み特性を揃えることができる。各PAの歪み特性が揃った状態であれば、単一の歪み補償部16により歪みを効果的に低減させることができる。実際には、歪み特性は、長時間の動作により経時変化が生じる。そのため、特性計測、特性比較、バイアス決定、印加バイアス調整などの上述の動作は定期的に行われることが好ましい。
【0056】
このように、調整部100が行う調整動作により各PAの歪み特性は揃った状態になるので、歪み補償部16は、複数のPA41~44のうちの任意の一個のPAから出力される信号に基づき、複数のPA41~44の夫々から出力される信号の歪みを補償できる。よって、複数のPAに共通の歪み補償部16によって全体の歪み特性を調整することが可能となる。
【0057】
なお、複数のPAの個数をnとするとき、歪み補償部16は、複数のPAのうち(n-1)個以下のPAの夫々から出力される信号に基づいて、複数のPAの夫々から出力される信号の歪みを補償してもよい。これにより、カプラ20の個数を低減でき、歪み補償部16の処理を簡素化できるので、消費電力や回路規模の削減が可能となる。もちろん、要求される仕様に応じて、歪み補償部16は、複数のPAのうちの全てのPAから出力される信号に基づき、複数のPAの夫々から出力される信号の歪みを補償してもよい。
【0058】
図4は、トランスファ特性計測部70の構成例を示す図である。トランスファ特性計測部70
iは、例えば、電流源及び電圧源を含む可変電源71、抵抗72、測定部73及び電圧源74を備える。添え字iは、i番目のPAもしくはi番目のPAに対応するi番目のモニタ素子に対して設けられた機能、又は、i番目のPAもしくはi番目のPAに対応するi番目のモニタ素子について測定されたデータであることを示す。
【0059】
測定部73は、可変電源71の出力をスイープさせながら、ADCを用いて、電圧値V1iとV2iとV3iとV4iとの時系列を測定してメモリに記録する。ゲート電流Igiは、モニタ素子50iのゲートに流入する電流である。測定部73は、ゲート電流Igi及びドレイン電流Idiを、
Igi = (V1i-V2i)/Rge
Idi = (V3i-V4i)/Rde
により求める。Rgeは、ゲート抵抗72の抵抗値を表す。Rdeは、モニタ素子50iのドレインに接続される負荷抵抗50aの抵抗値を表す。
【0060】
図5は、測定部73の構成例を示す図である。測定部73は、ADC73a,73b,73c,73dと、演算器73eとを備える。演算器73eは、可変電源71の出力をスイープさせ、上述の式に基づいて、ゲート電流Ig
i及びドレイン電流Id
iを算出できる。
【0061】
図6は、Vgと、Id,gm1,gm3との関係の一例を示す図である。ドレイン電流Id
iとゲート電圧Vg
i(= V2
i)との関係(トランスファ特性)が、トランジスタの出力信号を歪ませる重要な歪み因子となる。測定部73の演算器73eは、gm1
i、gm2
i、gm3
iを
gm1
i = ∂Id
i/∂Vg
i
gm2
i = ∂
2Id
i/∂Vg
i
2
gm3
i = ∂
3Id
i/∂Vg
i
3
により算出する。gm1
iは、相互コンダクタンスgmを表し、gm3
iは、gmの2階微分値を表す。
【0062】
gm3は、3次相互変調歪みIM3に相関する量である。ゲートバイアス決定部80は、gm3がPAのモニタ素子間でよく一致するように、各PAのモニタ素子のゲートバイアス電圧値を決定してもよい。gm3iが0となるゲート電圧Vgm30i付近で、IM3の位相成分が大きく変化する。例えば、gm3をモニタ素子間で揃えさせる(つまり、IM3をPA間で揃えさせる)ゲートバイアス電圧値は、以下のように決定される。
【0063】
・ゲートバイアス決定部80は、i番目のPAについて、Idiまたはgm1iからトランジスタの閾値Vthiを測定し、gm3iが0となるゲート電圧Vgm30iを測定する。
【0064】
・ゲートバイアス決定部80は、PA間で共通の定数値ΔVgmp(≧0)を、
Vgi = (Vgm30i - ΔVgmp) > Vthi
を満たすように設定する。ゲートバイアス調整部90は、この式にしたがって決まるVgiをi番目のPAのゲートに印加する。
【0065】
このように決定されたゲートバイアス電圧値が印加されることで、PAの電力効率を向上させることができ、PA間のIM3の位相のばらつきを抑えることができる。
【0066】
また、ゲートバイアス調整部90は、PA間で共通の定数値ΔVgmd(≧0)を用いて、
Vgi = Vgm30i + ΔVgmd
により決まるVgiをi番目のPAのゲートに印加してもよい。このように決定されたゲートバイアス電圧値が印加されることで、PAの電力効率は低下するものの、PAのゲインを向上させることができ、PA間のIM3の位相のばらつきを抑えることができる。
【0067】
前者のゲートバイアス電圧値の決定方法は、パワー増幅用途に適し、後者のゲートバイアス電圧値の決定方法は、ドライバ用途に適する。
【0068】
ここで、上述のように決定されたVgiに対するIdiが各PA間でばらつきがある場合、調整部100は、各PAに印加するドレインバイアス電圧を調整してもよい。調整部100は、i番目のPAについて他よりもIdiが小さい場合、ドレインバイアスVdiを上昇させ、他よりもIdiが大きい場合、ドレインバイアスVdiを降下させる。これにより、PA間のゲインのばらつき(Vgiに対するIdiのばらつき)が低減される。
【0069】
また、ゲートバイアス調整部90は、PAごとの特性のばらつきを抑えるため、アイドル電流Idq(高周波信号が入力されていない状態でのPAのドレイン電流)がPA間で共通の特定の値になるように、各PAのゲートバイアス電圧Vgを調整してもよい。また、ゲートバイアス調整部90は、各PAの特性の時間変動を抑えるため、アイドル電流Idqが一定の範囲に収まるように各PAのゲートバイアス電圧Vgを適宜更新してもよい。このような調整や更新により、PA間のゲインのばらつきを抑制することが可能であり、歪みの低減に一定の効果がある。
【0070】
図7は、ゲートバイアス調整部90
iの構成例を示す図である。ゲートバイアス調整部90
iは、バッファ回路91と、スイッチング電源92とを備える。トランジスタ40
iは、複数のPA41~44のうちのi番目のPA内のトランジスタである。バッファ回路91は、ゲートバイアス決定部80により決定されてDAC81を介して供給されるゲートバイアス電圧を、トランジスタ40
iのゲートに印加する。スイッチング電源92は、ゲートバイアス決定部80により決定されたドレインバイアス電圧をトランジスタ40
iのドレインに印加する。
【0071】
以上の実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記特性に基づいて、前記複数の増幅器から出力される複数の信号間の歪みの相違を小さくする調整部と、
前記歪みを補償する補償部とを備える、増幅回路。
(付記2)
前記調整部は、前記特性計測部によって計測される、前記複数のモニタ素子の夫々の特性の相互間の相違を小さくする調整信号を決定し、前記調整信号に基づいて、前記歪みの相違を小さくする、付記1に記載の増幅回路。
(付記3)
前記調整信号は、前記複数の増幅器の夫々に印加する印加電圧である、付記2に記載の増幅回路。
(付記4)
前記印加電圧は、前記複数の増幅器の夫々のゲートに印加するゲートバイアス電圧である、付記3に記載の増幅回路。
(付記5)
前記印加電圧は、前記複数の増幅器の夫々のドレインに印加するドレインバイアス電圧である、付記3又は4に記載の増幅回路。
(付記6)
前記特性は、前記複数のモニタ素子の夫々の、ドレイン電流とゲート電圧との関係を表すトランスファ特性である、付記1から5のいずれか一項に記載の増幅回路。
(付記7)
前記特性は、前記トランスファ特性をゲート電圧で微分した微分特性である、付記6に記載の増幅回路。
(付記8)
前記特性は、前記トランスファ特性をゲート電圧で3階微分した3階微分特性である、付記6に記載の増幅回路。
(付記9)
前記複数の増幅器の個数をnとするとき、
前記補償部は、前記複数の増幅器のうち(n-1)個以下の増幅器の夫々から出力される信号に基づいて、前記複数の増幅器の夫々から出力される信号の歪みを補償する、付記1から8のいずれか一項に記載の増幅回路。
(付記10)
前記特性は、前記複数のモニタ素子の夫々から出力される信号を歪ませる歪み因子である、付記1から5のいずれか一項に記載の増幅回路。
(付記11)
複数のアンテナと、
前記複数のアンテナの夫々に対して設けられ、対応するアンテナに信号を出力する複数の増幅器と、
前記複数の増幅器の夫々に対して設けられ、対応する増幅器と同一のチップに配置される複数のモニタ素子と、
前記複数のモニタ素子の夫々の特性を計測する特性計測部と、
前記特性計測部によって計測される前記特性に基づいて、前記複数の増幅器から出力される複数の信号間の歪みの相違を小さくする調整部と、
前記歪みを補償する補償部とを備える、アンテナ装置。
【符号の説明】
【0072】
10 ベースバンドプロセッサ
11 変調部
16 歪み補償部
31~34 移相器
40 トランジスタ
41~44 PA
51~54 モニタ素子
100 調整部
110 増幅回路
1000 アンテナ装置