IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社バイオインテグレンスの特許一覧 ▶ コスモ・バイオ株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図1
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図2
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図3
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図4
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図5
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図6
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図7
  • 特許-コロナウイルスの感染防御方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】コロナウイルスの感染防御方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/16 20060101AFI20230627BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20230627BHJP
   A61K 38/45 20060101ALI20230627BHJP
   A61K 38/48 20060101ALI20230627BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20230627BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20230627BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230627BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20230627BHJP
   G01N 33/569 20060101ALI20230627BHJP
【FI】
A61K38/16 ZNA
A61K38/17
A61K38/45
A61K38/48 100
A61P31/14
A61P11/00
A61P43/00 111
G01N33/543 545A
G01N33/569 L
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021077301
(22)【出願日】2021-04-30
(65)【公開番号】P2022045888
(43)【公開日】2022-03-22
【審査請求日】2021-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2020151611
(32)【優先日】2020-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503190578
【氏名又は名称】株式会社バイオインテグレンス
(73)【特許権者】
【識別番号】596115182
【氏名又は名称】コスモ・バイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】吉里 勝利
(72)【発明者】
【氏名】平 敏夫
【審査官】植原 克典
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-526213(JP,A)
【文献】Acta Pharmacologica Sinica,2020年08月03日,Vol. 0,pp. 1-9
【文献】PNAS,2020年05月26日,Vol. 117, No. 21,pp. 11727-11734
【文献】JOURNAL OF VIROLOGY,2003年,Vol. 77, No. 16,pp. 8801-8811
【文献】新型コロナウイルススパイク:ACE2間の阻害物質探索研究に! CoviDrop SARS-CoV-2 Spike-ACE2 Kitシリーズ フナコシ,2020年09月08日,https://www.funakoshi.co.jp/contents/69559
【文献】CoviDrop SARS CoV 2 Spike ACE2 Binding I nhibit or Screening Fast Kit Base Catalog # D-1004,2022年04月27日,https://www.epigentek.com/docs/D-1004.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを含む、コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための組成物であって、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とアンジオテンシン変換酵素2(angiotensin-converting enzyme,ACE2)との結合を阻害する活性を有し、
前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ポリリジン、ヒストンH2A、ナットウキナーゼ又はneutrophil elastaseである、組成物。
【請求項2】
コロナウイルスが重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス2である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
医薬品、又は飲食品である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価する方法であって、動物体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを検出又は測定することを含み、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ポリリジン、ヒストンH2A、ナットウキナーゼ又はneutrophil elastaseである、方法。
【請求項5】
コロナウイルスがSARS-CoV-2である、請求項に記載の方法。
【請求項6】
体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、請求項又はに記載の方法。
【請求項7】
コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価するためのキットであって、動物体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを捕捉するための固相担体に結合された前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドの捕捉手段と、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドに結合可能な標識手段、とを含み、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ポリリジン、ヒストンH2A、ナットウキナーゼ又はneutrophil elastaseである、キット。
【請求項8】
コロナウイルスがSARS-CoV-2である、請求項に記載のキット。
【請求項9】
体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、請求項又はに記載のキット。
【請求項10】
請求項のいずれか一項に記載の方法において使用される、キット。
【請求項11】
被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価する方法であって、
(a) 固相担体に結合されたACE2と、被験物質及びコロナウイルスのS1を接触させること、及び、ACE2に結合したコロナウイルスのS1を検出又は測定すること、あるいは、
(b) 固相担体に結合されたコロナウイルスのS1と、被験物質及びACE2を接触させること、及び、コロナウイルスのS1に結合したACE2を検出又は測定すること、
を含み、ポジティブコントロールとして、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを使用し、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ポリリジン、ヒストンH2A、ナットウキナーゼ又はneutrophil elastaseである、方法。
【請求項12】
コロナウイルスがSARS-CoV-2である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
酵素結合免疫吸着(ELISA)法により実施する、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有する物質をスクリーニングするために用いられる、請求項1113のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価するためのキットであって、
(a) 固相担体に結合されたACE2と、標識用のコロナウイルスのS1、又は
(b) 固相担体に結合されたコロナウイルスのS1と、標識用のACE2、ならびに、
ポジティブコントロールとして、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド、
を含み、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ポリリジン、ヒストンH2A、ナットウキナーゼ又はneutrophil elastaseである、キット。
【請求項16】
コロナウイルスがSARS-CoV-2である、請求項15に記載のキット。
【請求項17】
請求項1114のいずれか一項に記載の方法において使用される、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コロナウイルスのSタンパク質とアンジオテンシン変換酵素2(angiotensin-converting enzyme,ACE2)との結合を阻害する活性を有する動物体液中の因子、またはその因子を代用できる物質を利用した、コロナウイルス感染症を治療又は予防するための手段に関する。より詳細には、本発明は、コロナウイルスのSタンパク質とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを利用した、コロナウイルス感染症を治療又は予防するための手段に関する。
【背景技術】
【0002】
2019年暮れに中国・武漢で初めて患者が確認された重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス(SARS-CoV)-2/新型コロナウイルスを原因とする感染症(COVID-19)は、その後瞬く間に世界中に拡散し、世界保健機構(WHO)は2020年3月にパンデミックを宣言した。現在(2020年9月)も収束には至っておらず、依然として社会・経済活動に世界中で大きな影響を与えている。
【0003】
SARS-CoV-2の感染初期過程とその分子機構の解明が進められている(非特許文献1、2)。SARS-CoV-2は脂質二重層と外膜タンパク質からなるエンベロープを有し、エンベロープ上に存在するSpikeタンパク質(Sタンパク質)が、ヒト細胞膜上のアンジオテンシン変換酵素2(angiotensin-converting enzyme 2)(以下、単に「ACE2」と記載する)と結合し、ヒト細胞への侵入が開始される。ACE2は、カルボキシペプチダーゼ活性を持つタイプIの膜内在性糖タンパク質であり、口腔、気管支、肺、心臓、腎臓、消化器等の多くのヒト組織の細胞において発現が確認される(非特許文献3)。ACE2と結合したSタンパク質は、プロテアーゼによりS1タンパク質とS2タンパク質(以下、単に「S1」、「S2」とそれぞれ記載する)に切断され、S1はACE2と結合し、S2はプロテアーゼ(Transmembrane protease,serine 2,TMPRSS2)によりさらに切断される。この結果、ウイルスのエンベロープとヒト細胞膜との融合が進行し、エンドサイトーシス過程を経てウイルスのゲノムRNAがヒト細胞内へと取り込まれる。
【0004】
ウイルスの感染機構が解明される一方で、この感染症に対する有効な治療・予防薬は依然として存在しない。当該感染症の拡大を防止し、また社会・経済活動を安心して再開させるために、有効な治療・予防薬の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Ismailら、Biochimie Aug;175:93-98(2020)
【文献】Hoffmannら、Cell 181,1-10(2020)
【文献】Harmer Dら、FEBS Let.532:107-110(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、SARS-CoV-2等のコロナウイルスにより引き起こされる感染症を治療又は予防するための新たな手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、動物の唾液や涙液等の体液が、コロナウイルスのSタンパク質(より詳細には、S1)と細胞のACE2との結合を阻害し、このコロナウイルスの細胞への感染/侵入を防御できることを見出した。そして、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する因子の同定をすすめたところ、当該因子にはカチオン性のタンパク質又はペプチド(カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド)が含まれることを見出した。
【0008】
本発明は、これらの新規知見に基づくものであり、以下の発明を包含する。
[1] カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを含む、コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための組成物であって、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する、組成物。
[2] コロナウイルスが重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス(SARS-CoV)又はSARS-CoV-2である、[1]の組成物。
[3] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[1]又は[2]の組成物。
[4] 医薬品、又は飲食品である、[1]~[3]のいずれかの組成物。
【0009】
[5] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するために使用される、体液分泌促進剤。
[6] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[5]の体液分泌促進剤。
[7] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[5]又は[6]の体液分泌促進剤。
[8] 医薬品、又は飲食品である、[5]~[7]のいずれかの体液分泌促進剤。
【0010】
[9] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための方法であって、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを対象に投与することを含み、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する、方法。
[10] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[9]の方法。
[11] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[9]又は[10]の方法。
【0011】
[12] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための組成物の製造における、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドの使用であって、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する、使用。
[13] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[12]の使用。
[14] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[12]又は[13]の使用。
[15] 前記組成物が、医薬品、又は飲食品である、[12]~[14]のいずれかの使用。
【0012】
[16] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防する方法において使用するための、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドであって、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド。
[17] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[16]のカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド。
[18] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[16]又は[17]のカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド。
【0013】
[19] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための方法であって、体液分泌促進剤を対象に投与することを含む、方法。
[20] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[19]の方法。
[21] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[19]又は[20]の方法。
【0014】
[22] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防するための組成物の製造における、体液分泌促進剤の使用。
[23] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[22]の使用。
[24] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[22]又は[23]の使用。
[25] 前記組成物が、医薬品、又は飲食品である、[22]~[24]のいずれかの使用。
【0015】
[26] コロナウイルスによる感染症を治療又は予防する方法において使用するための、体液分泌促進剤。
[27] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[26]の体液分泌促進剤。
[28] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[26]又は[27]の体液分泌促進剤。
【0016】
[29] カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを含む、コロナウイルスによる感染症を予防するための衛生用品であって、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドがコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する、衛生用品。
[30] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[29]の衛生用品。
[31] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[29]又は[30]の衛生用品。
[32] 衛生用品がマスクである、[29]又は[30]の衛生用品。
【0017】
[33] コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価する方法であって、動物体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを検出又は測定することを含む、方法。
[34] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[33]の方法。
[35] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[33]又は[34]の方法。
[36] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[33]~[35]のいずれかの方法。
【0018】
[37] コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価するためのキットであって、動物体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを捕捉するための固相担体に結合された前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドの捕捉手段と、前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドに結合可能な標識手段、とを含むキット。
[38] コロナウイルスがSARS-CoV又はSARS-CoV-2である、[37]のキット。
[39] 体液が涙液、及び唾液からなる群から選択される一又は複数の体液である、[37]又は[38]のキット。
[40] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[37]~[39]のいずれかのキット。
[41] [33]~[36]のいずれかの方法において使用される、キット。
【0019】
[52] 被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価する方法であって、
(a) 固相担体に結合されたACE2と、被験物質及びコロナウイルスのS1を接触させること、及び、ACE2に結合したコロナウイルスのS1を検出又は測定すること、あるいは、
(b) 固相担体に結合されたコロナウイルスのS1と、被験物質及びACE2を接触させること、及び、コロナウイルスのS1に結合したACE2を検出又は測定すること、
を含み、ポジティブコントロールとして、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを使用する、方法。
[53] コロナウイルスがSARS-CoV又SARS-CoV-2である、[52]の方法。
[54] 酵素結合免疫吸着(ELISA)法により実施する、[52]又は[53]の方法。
[55] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[52]~[54]のいずれかの方法。
[56] コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有する物質をスクリーニングするために用いられる、[52]~[55]のいずれかの方法。
【0020】
[57] コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価するためのキットであって、
(a) 固相担体に結合されたACE2と、標識用のコロナウイルスのS1、又は
(b) 固相担体に結合されたコロナウイルスのS1と、標識用のACE2、ならびに、
ポジティブコントロールとして、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド、
を含むキット。
[58] コロナウイルスがSARS-CoV又SARS-CoV-2である、[57]のキット。
[59] 前記カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を含む、[57]又は[58]のキット。
[60] [52]~[56]のいずれかの方法において使用される、キット。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、SARS-CoV-2等のコロナウイルスにより引き起こされる感染症を治療又は予防するための新たな手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、SARS-CoV-2のS1を各種濃度にて、ウェルに固定したヒトACE2と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の量を測定して作製した、S1結合量の標準曲線を示す。
図2図2は、SARS-CoV-2のS1を所定濃度の各種検体(乳酸菌EV、ヒト母乳由来エキソソーム、涙液、又は卵白リゾチーム)と反応させた後、ウェルに固定したヒトACE2と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図である。結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図3図3は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度の各種検体(ドナー1~4由来の涙液、又は唾液)と反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図である。結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図4図4は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度の各種検体(唾液上清、100k on 画分、10k on 画分、及び10k Pass 画分)と反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図である。結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図5図5は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度のタンパク質を含む再生唾液タンパク質画分[regenerated salivary fraction (rSPF)]と反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図である。結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図6図6は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度のヒトhistone H2Aの断片と反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図(1)と、Bio-layer interferometry法によるヒトACE2とヒトhistone H2Aの断片との結合解析結果を示すグラフ図(2)である。グラフ図(1)の結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図7図7は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度のneutrophil elastaseペプチドと反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の測定結果を示すグラフ図である。結果は、図1の標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
図8図8は、ウェルに固定したヒトACE2を所定濃度のα-Poly-L-Lysine、ε-Poly-L-Lysine、ナットウキナーゼ(部分精製物)とそれぞれ反応させ、検体を洗浄した後、SARS-CoV-2のS1と反応させ、ヒトACE2に結合したS1の量(吸光度(450nm))を測定した結果を示すグラフ図である。(A)はα-Poly-L-Lysine、(B)はε-Poly-L-Lysine、(C)はナットウキナーゼ(部分精製物)をそれぞれ用いた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
一態様において、本発明はカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを利用したコロナウイルスによる感染症の治療又は予防に関する。
【0024】
本発明において「コロナウイルス」とは、コロナウイルス科に属し、ヒト感染症に関わる一本鎖RNAウイルスを意味し、特に、ヒト細胞への侵入に際し、自身のエンベロープ上のSタンパク質(より詳細には、S1)とヒト細胞膜上のACE2との結合を利用するウイルスを意味する。このようなコロナウイルスとしては、例えば、重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルス/SARS-CoV(重症急性呼吸器症候群)、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2(新型コロナウイルス感染症(COVID-19))等(括弧内は当該ウイルスがもたらす感染症を示す)が挙げられるが、これらに限定はされない。好ましくは、本発明において「コロナウイルス」とは、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2である。
【0025】
新型コロナウイルス/SARS-CoV-2は、ヒトに感染して新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を生じる原因ウイルスである。COVID-19の主な症状としては、発熱、呼吸器症状(咳嗽、咽頭痛、鼻汁、鼻閉等)、肺炎、頭痛、倦怠感、嗅覚障害、味覚障害等が挙げられる。罹患者の多く(およそ8割程度)が無症状、又は軽症である一方、一部の患者(例えば、高齢の患者、基礎疾患(心血管疾患、糖尿病、慢性呼吸器疾患、慢性腎臓病等)を有する患者、血圧の患者、肥満の患者等)において重症化、又は死に至る場合がある。
【0026】
新型コロナウイルス/SARS-CoV-2のゲノム配列は、National Center for Biotechnology Information, National Library of Medicineのウェブサイト(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/labs/virus/vssi/#/virus?SeqType_s=Nucleotide&VirusLineage_ss=SARS-CoV-2,%20taxid:2697049(2020年8月27時点))にあるGenBankにて確認することができる。例えば、当該GenBankには、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2のゲノム配列がNC_045512.2等(これらに限定はされない)のAccession番号にて登録されている。当業者は、当該ゲノム配列に基づいて、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2を同定、又は他のウイルスより区別することができる。
【0027】
本発明において「新型コロナウイルス/SARS-CoV-2」には、COVID-19を生じ得る限り、上記登録されたいずれかのゲノム配列において、1もしくは複数個の塩基が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたゲノム配列を有する変異体も含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、1~100個、好ましくは1~50個、より好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~20個、よりさらに好ましくは1~10個を意味する。
【0028】
また、本発明において「新型コロナウイルス/SARS-CoV-2」には、COVID-19を生じ得る限り、上記登録されたいずれかのゲノム配列に対して80%以上の配列同一性を有するゲノム配列を有する変異体も含まれる。ここで「配列同一性」とは、上記登録されたいずれかのゲノム配列の全長に対して、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%、さらに好ましくは95%、よりさらに好ましくは97%以上、特に好ましくは98%以上、とりわけ好ましくは99%以上の配列同一性を示すことを意味する。配列同一性は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTALW等の周知のプログラムを用いて求めることができる。
【0029】
また、本発明において「新型コロナウイルス/SARS-CoV-2」には、COVID-19を生じ得る限り、上記登録されたいずれかのゲノム配列と相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するゲノム配列を有する変異体も含まれる。ここで「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、15~750mM、好ましくは15~500mM、より好ましくは15~300mMのナトリウム塩の存在下、25~70℃、好ましくは50~70℃、より好ましくは55~68℃の温度にてハイブリダイゼーションを行った後、15~750mM、好ましくは15~500mM、より好ましくは15~300mMのナトリウム塩の存在下、50~70℃、好ましくは55~70℃、より好ましくは60~65℃の温度にて洗浄する条件をいう。
【0030】
本発明において、コロナウイルスによる感染症の「治療」とは、当該感染症の完治もしくは治癒、あるいは、一部の又は全ての症状の一時的又は永続的な消失、軽減、緩和、又は進行(悪化/重症化)の防止もしくは低減(寛解)を意味する。
【0031】
また、本発明において、コロナウイルスによる感染症の「予防」とは、感染症が発症する可能性の低減、感染症の発症を遅らせること、あるいは、発症後の一部の又は全ての症状の進行(悪化/重症化)を遅らせること、又は防止することを意味する。本発明において、コロナウイルスによる感染症の「予防」にはまた、動物の自然免疫能や健康度といった、コロナウイルスの感染に対する防衛能を判定・評価することも含まれる。
【0032】
本発明において「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」とは、リジン、アルギニン、及びヒスチジンからなる群から選択される一又は複数の塩基性アミノ酸残基を含むタンパク質もしくはその断片、又はポリペプチドもしくはペプチドを意味する。ここで「複数」とは2個以上であり、例えば2~100個、5~80個、10~60個、又は15~40個等が挙げられるが、これらに限定はされない。カチオニックタンパク質等の長さは特に限定されないが、例えば5~500アミノ酸長、9~400アミノ酸長、10~450アミノ酸長、又は10~400アミノ酸長等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0033】
本発明において「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」は、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有する。当該活性の有無は、S1とACE2との結合試験を用いて評価することができる。すなわち、予め固相に固定したS1(又はACE2)に、任意手段で標識された、もしくは標識可能なACE2(又はS1)を、被験体の存在下にて反応させ、S1-ACE2複合体形成の有無を確認することにより行うことができる。「被験体の存在下」とは、被験体をS1とACE2との反応時に共存させる場合だけでなく、当該反応の前にS1及び/又はACE2をそれぞれ被験体と反応させる場合も含まれる。S1とACE2との結合試験は市販の結合試験キットを用いて行うことも可能であり、このようなキットとしては例えば、COVID-19 Spike-ACE2 Binding Assay Kit(RayBiotech)、ACE2:SARS-CoV-2 Spike Inhibitor Screening Assay Kit(BPS Bioscience)、SARS-CoV-2 Spike-ACE2 Interaction Inhibitor Screening Assay Kit(Cayman Chemical)等が挙げられるが、これらに限定はされない。好ましくは、本発明の「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」は、ACE2に結合してS1とACE2との結合を阻害する活性を有する。
【0034】
本発明において「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」としては、ヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片や、ポリリジンペプチド、ポリアルギニンペプチド、ポリヒスチジンペプチド(Nucleic Acids Res.1989 Nov 25;17(22):9341-9350.;Antimicrob Agents Chemother,1987,31,1562-1566.;J Virol,1989,63,52-58.;J Gen Virol,1988,69,1137-1145.;Int J Mol Med,2009,23,495-499.等)、ナットウキナーゼ又はその断片等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0035】
本発明において、ヒストンH2Aもしくはその前駆体又はその断片は、AGLQFPVGR(配列番号1)のアミノ酸配列を有する。下記実施例に詳述されるとおり、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドは、ヒト細胞のACE2と結合することが可能であり、かつコロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する。当該配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、当該アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたポリペプチドも含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、1~5個、好ましくは1~4個、より好ましくは1~3個、さらに好ましくは1~2個を意味する。また、当該配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、当該アミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドも含まれる。ここで「配列同一性」とは、配列番号1で表されるアミノ酸配列の全長に対して、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%、さらに好ましくは95%、よりさらに好ましくは97%以上、特に好ましくは98%以上、とりわけ好ましくは99%以上の配列同一性を示すことを意味する。配列同一性は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTALW等の周知のプログラムを用いて求めることができる。
【0036】
ヒストンH2Aの「断片」の長さは、上記配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドを含み、かつコロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、ヒストンH2Aの全長アミノ酸配列(例えば、GenBank:CAA58539.1(histone H2A [Homo sapiens])にて登録される130アミノ酸長(配列番号11)より選択される任意の長さのポリペプチドとすることができる。例えば、ヒストンH2Aの断片の長さは、9~130アミノ酸、例えば、9~125アミノ酸、9~100アミノ酸、9~75アミノ酸、9~50アミノ酸、9~25アミノ酸、9~20アミノ酸、9~15アミノ酸、9~10アミノ酸の範囲より選択される長さとすることができる。好ましくは、本発明において「ヒストンH2Aもしくはその前駆体の断片」とは、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。なお、本明細書においては、ヒストンH2Aを「histone H2A」、「neutrophil histone H2A」と記載する場合があるが、これらは相互互換的に使用することができる。
【0037】
本発明において、エラスターゼもしくはその前駆体又はその断片は、QVFAVQR(配列番号2)、SNVCTLVR(配列番号3)、及び、VVLGAHNLSR(配列番号4)からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有する。下記実施例に詳述されるとおり、配列番号2、3、4で表されるアミノ酸配列を有する各ポリペプチドはヒト細胞のACE2と結合することができ、またエラスターゼはコロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する。当該配列番号2、3、4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、ヒト細胞のACE2と結合することができる限り、当該アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたポリペプチドも含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、上記定義のとおりである。また、当該配列番号2、3、4で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、ヒト細胞のACE2と結合することができる限り、当該アミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドも含まれる。ここで「配列同一性」とは、配列番号2、3、4で表されるアミノ酸配列の全長それぞれに対して、上記定義のとおりである。
【0038】
エラスターゼもしくはその前駆体の「断片」の長さは、上記配列番号2、3、及び4からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有するポリペプチドを含み、かつコロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、エラスターゼもしくはその前駆体の全長アミノ酸配列(例えば、NCBI Reference Sequence:NP_001963.1(neutrophil elastase preproprotein[Homo sapiens])にて登録される267アミノ酸長(配列番号12)より選択される任意の長さのポリペプチドとすることができる。例えば、エラスターゼもしくはその前駆体の断片の長さは、7~267アミノ酸、例えば、7~250アミノ酸、7~225アミノ酸、7~200アミノ酸、7~175アミノ酸、7~150アミノ酸、7~125アミノ酸、7~100アミノ酸、7~75アミノ酸、7~50アミノ酸、7~25アミノ酸、7~20アミノ酸、7~15アミノ酸、7~10アミノ酸の範囲より選択される長さとすることができる。なお、本明細書においては、エラスターゼを「elastase」、「neutrophil elastase」と記載する場合があるが、これらは相互互換的に使用することができる。
【0039】
本発明において、ナットウキナーゼは従来公知のものを使用することが可能であり、例えば、GenBank:AUR45012.1(nattokinase [Bacillus subtilis])にて登録される381アミノ酸長(配列番号16)で表されるナットウキナーゼを利用することができる。また、本発明において利用可能なナットウキナーゼには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、配列番号16で表されるアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたポリペプチドも含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、上記定義のとおりである。また、本発明において利用可能なナットウキナーゼには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有することができる限り、配列番号16で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドも含まれる。ここで「配列同一性」とは、配列番号16で表されるアミノ酸配列の全長に対して、上記定義のとおりである。
【0040】
ナットウキナーゼの「断片」の長さは、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、ナットウキナーゼの全長アミノ酸配列より選択される任意の長さのポリペプチドとすることができる。例えば、ナットウキナーゼの断片の長さは、10~370アミノ酸、例えば、20~360アミノ酸、30~350アミノ酸、40~340アミノ酸、又は50~330アミノ酸の範囲より選択される長さとすることができる。
【0041】
本発明において、ポリリジンペプチド、ポリアルギニンペプチド、ポリヒスチジンペプチドは、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り任意の長さとすることができ、例えば、2~100個、5~80個、10~60個、又は15~40個のリジン、アルギニン、及びヒスチジンをそれぞれ連結してなるポリペプチドを含むものを利用することができる。ポリリジンは、ε-ポリ-L-リジン、および/またはα-ポリ-L-リジンである。
【0042】
本発明において「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」は、いずれか1種を単独で用いてもよいし、あるいは複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0043】
本発明において「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」は、従来公知の遺伝子組換え手法や化学合成法等により製造されたものであってもよいし、動物体液より精製又は粗精製されたものであってもよい。
【0044】
以下、本明細書中において、上述の「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」を単に、「カチオニックタンパク質等」と記載する場合がある。
【0045】
本発明において、カチオニックタンパク質等は、医薬品(医薬部外品を含む)、又は飲食品として許容可能な賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤等と混合して、所望される剤型や形態を有する組成物の形態とすることができる(以下、「本発明の組成物」と記載する)。
【0046】
賦形剤としては例えば、ブドウ糖、デンプン、α化デンプン、デキストリン、D-マンニトール、D-ソルビトール、乳糖、コーンスターチ、結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、白糖、プルラン、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0047】
崩壊剤としては例えば、デンプン、乳糖、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、白糖、軽質無水ケイ酸、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0048】
滑沢剤としては例えば、ショ糖脂肪酸エステルやグリセリン脂肪酸エステル等のシュガーエステル類、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸、ステアリルアルコール、粉末植物油脂等の硬化油、サラシミツロウ等のロウ類、タルク、ケイ酸、ケイ素等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0049】
結合剤としては例えば、ショ糖、α化デンプン、ゼラチン、デキストリン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、白糖、D-マンニトール、トレハロース、プルラン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0050】
本発明の組成物は、必要に応じてさらに、医薬品(医薬部外品を含む)、又は飲食品の製造において通常用いられている希釈剤、緩衝剤、懸濁化剤、コーティング剤、保存剤、防腐剤、酸化防止剤、着色剤、凝集防止剤、吸収促進剤、溶剤、溶解補助剤、等張化剤、安定化剤、矯味矯臭剤、pH調整剤、香料、甘味料、呈味成分、酸味料、重曹等のその他の成分を、当該組成物において所望される剤型や形態に応じて適宜選択、配合することができる。
【0051】
本発明の組成物は、医薬品(医薬部外品を含む)、又は飲食品の形態で提供することができる。
【0052】
本発明において、「医薬品(医薬部外品を含む)」、又は「飲食品」の形態は特に限定されないが、体外からのコロナウイルスの侵入経路にあたる上気道(鼻腔、上咽頭、中咽頭、口腔、喉頭、気管)に、有効成分であるカチオニックタンパク質等を送達可能な形態が好ましい。
【0053】
医薬品(医薬部外品を含む)であれば例えば、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、トローチ剤、チュアブル剤、ドロップ剤、フィルム剤等の経口投与用固体組成物(固形医薬製剤)、また、乳濁剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤等の経口投与用液状組成物(液状医薬製剤)、吸引剤、吸引用スプレー剤、洗口剤、うがい剤、歯磨き剤、点鼻剤、点鼻スプレー剤、点眼剤等の形態をとることができる。これらの製剤は、カチオニックタンパク質等に加えて、上記賦形剤等やその他の成分をその剤形に応じて、適宜配合し、常法に従って製剤化することができる。
【0054】
また、飲食品であれば、錠菓、錠剤、チュアブル錠、錠剤、粉剤、散剤、カプセル剤、顆粒剤、清涼飲料、粉末清涼飲料、ゼリー飲料、スポーツ飲料、ビスケット、クッキー、ハードキャンディー、ソフトキャンディー、ドロップ、チューインガム、グミ、可食性フィルム等の形態をとることができる。
【0055】
飲食品には、一般的な飲食品に加えて、保健機能食品(特定保健用食品(条件付き特定保健用食品を含む)、栄養機能食品、機能性表示食品や、健康飲食品(サプリメント、栄養補助食品、健康補助食品、栄養調整食品等)が含まれる。
【0056】
本発明の組成物には、カチオニックタンパク質等に加えて、ディフェンシン、リゾチーム、もしくはその前駆体、又はその断片の一又は複数を含めることができる。下記実施例に詳述されるとおり、ディフェンシン、リゾチーム、もしくはその前駆体、又はその断片は、ヒト細胞のACE2と結合することができ、またカチオニックタンパク質等や動物体液中のムチン、染色体等の成分と共に複合体を形成し得、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害することができる。
【0057】
本発明において、リゾチームもしくはその前駆体又はその断片は、AWVAWR(配列番号5)、WESGYNTR(配列番号6)、及び、STDYGIFQINSR(配列番号7)からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有する。下記実施例に詳述されるとおり、配列番号5、6、7で表されるアミノ酸配列を有する各ポリペプチドは、ヒト細胞のACE2と結合することができる。当該配列番号5、6、7で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、ヒト細胞のACE2と結合することができる限り、当該アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたポリペプチドも含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、上記定義のとおりである。また、当該配列番号5、6、7で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、ヒト細胞のACE2と結合することができる限り、当該アミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドも含まれる。ここで「配列同一性」とは、配列番号5、6、7で表されるアミノ酸配列の全長それぞれに対して、上記定義のとおりである。
【0058】
リゾチームもしくはその前駆体の「断片」の長さは、上記配列番号5、6、7からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有するポリペプチドを含み、かつヒト細胞のACE2と結合することができる限り、リゾチームもしくはその前駆体の全長アミノ酸配列(例えば、NCBI Reference Sequence:NP_000230.1(lysozyme C precursor[Homo sapiens])にて登録される148アミノ酸長(配列番号13)より選択される任意の長さのポリペプチドとすることができる。例えば、リゾチームもしくはその前駆体の断片の長さは、6~148アミノ酸、例えば、6~125アミノ酸、6~100アミノ酸、6~75アミノ酸、6~50アミノ酸、6~25アミノ酸、6~15アミノ酸の範囲より選択される長さとすることができる。好ましくは、本発明において「リゾチームもしくはその前駆体の断片」とは、配列番号5、6、又は7で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。なお、本明細書においては、リゾチームを「lysozyme C」と記載する場合があるが、これらは相互互換的に使用することができる。
【0059】
本発明において、ディフェンシンもしくはその前駆体又はその断片は、IPACIAGER(配列番号8)、YGTCIYQGR(配列番号9)、及び、RYGTCIYQGR(配列番号10)からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有する。下記実施例に詳述されるとおり、配列番号8、9、10で表されるアミノ酸配列を有する各ポリペプチドは、ヒト細胞のACE2と結合することが可能である。当該配列番号8、9、10で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、当該アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、もしくは付加されたポリペプチドも含まれる。ここで「1もしくは複数個」とは、上記定義のとおりである。また、当該配列番号8、9、10で表されるアミノ酸配列を有するポリペプチドには、コロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、当該アミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドも含まれる。ここで「配列同一性」とは、配列番号8、9、10で表されるアミノ酸配列の全長それぞれに対して、上記定義のとおりである。
【0060】
ディフェンシンもしくはその前駆体の「断片」の長さは、上記配列番号8、9、10からなる群から選択される一又はそれ以上のアミノ酸配列を有するポリペプチドを含み、かつコロナウイルスのS1とヒト細胞のACE2との結合を阻害する活性を有する限り、ディフェンシンもしくはその前駆体の全長アミノ酸配列(例えば、NCBI Reference Sequence:NP_004075.1(neutrophil defensin 1 preproprotein[Homo sapiens])にて登録される94アミノ酸長(配列番号14)より選択される任意の長さのポリペプチドとすることができる。例えば、ディフェンシンもしくはその前駆体の断片の長さは、9~94アミノ酸、例えば、9~75アミノ酸、9~50アミノ酸、9~25アミノ酸、9~15アミノ酸の範囲より選択される長さとすることができる。好ましくは、本発明において「ディフェンシンもしくはその前駆体の断片」とは、配列番号8、9、10で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。なお、本明細書においては、ディフェンシンを「defensin 1」、「neutrophil defensin 1」と記載する場合があるが、これらは相互互換的に使用することができる。
【0061】
本発明において、カチオニックタンパク質等、又は本発明の組成物は、コロナウイルスによる感染症の治療又は予防を目的として、すなわち、当該治療又は予防の用途にて、使用することができ、当該治療又は予防を必要とする対象に投与又は摂取させることができる。
【0062】
本発明において、コロナウイルスによる感染症の治療又は予防を必要とする「対象」としては、コロナウイルスによる感染症に罹患している患者、又は罹患の虞のある者が挙げられる。「罹患の虞のある者」とは、例えば、医療従事者、患者との濃厚接触者、感染症発生地域への移動・渡航歴のある者等が挙げられる(これらに限定はされない)。「患者との濃厚接触者」とは、SARS-CoV-2による感染症であるCOVID-19についていえば、COVID-19患者の感染可能期間(症状を呈した2日前から隔離開始までの間)に接触した者のうち、患者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内などを含む)があった者、適切な感染防護無しに患者を診察、看護もしくは介護していた者、患者の気道分泌液もしくは体液などの汚染物質に直接触れた可能性が高い者、手で触れることのできる距離(目安として1m)で、必要な感染予防策なしで、患者と15分以上の接触があった者等として定義することができる(これらに限定はされない)。
【0063】
本発明において、カチオニックタンパク質等、又は本発明の組成物の投与量又は摂取量は、カチオニックタンパク質等の種類、カチオニックタンパク質等又は本発明の組成物の形態、対象の年齢及び体重、投与/摂取回数、投与/摂取方法、症状の程度等の要因に応じて変化し得るが、例えば、有効成分であるカチオニックタンパク質等の量にして、0.001mg~1000mg、例えば、0.01mg~100mgより選択される量を、1日に1回又は複数回(例えば、2~5回、好ましくは2~3回)に分けて投与/摂取することができる。
【0064】
本発明において、カチオニックタンパク質等、又は本発明の組成物は、微量かつ短期間で効果を奏することができるが、長期間にわたって投与又は摂取することができる。例えば、カチオニックタンパク質等、又は本発明の組成物を、上記用法用量にしたがい、1か月以上、2か月以上、3ヶ月以上、6ヶ月以上、又はそれ以上の期間にわたって継続して投与又は摂取することができる。
【0065】
本発明において、投与/摂取されたカチオニックタンパク質等は、対象における(好ましくは、体外からのコロナウイルスの侵入経路にあたる上気道(鼻腔、上咽頭、中咽頭、口腔、喉頭、気管の上皮組織)における)細胞のACE2と、コロナウイルスのS1との結合を阻害して、コロナウイルスの感染を防ぎ、対象におけるコロナウイルス感染症を治療又は予防することができる。
【0066】
別の態様において、本発明は、動物(被検者)体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドを検出又は測定することを含む、コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価する方法に関する。本発明において、「コロナウイルスの感染に対する防衛能」とは、コロナウイルスのS1と細胞のACE2との結合を阻害し、コロナウイルスの細胞への感染/侵入を防御する能力を意味する。
【0067】
本発明方法において、「カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチド」とは、上述のカチオニックタンパク質等を意味する。また、本発明方法におけるカチオニックタンパク質等には、動物(被検者)体内で生成されたものだけではなく、動物(被検者)への投与又は摂取により導入されたものも含まれ得る。動物(被検者)への投与又は摂取により導入されたカチオニックタンパク質等もまた、動物(被検者)におけるコロナウイルスの細胞への感染/侵入の防御に貢献するため、コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価する上での検出対象又は測定対象となり得る。
【0068】
本発明方法において、「動物体液」とは、動物(被検者)より分泌される体液を意味し、例えば、ヒト及び非ヒト哺乳動物(例えば、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット等の動物(これらに限定はされない)、好ましくはヒトより分泌される体液を意味する。
【0069】
「体液」としては、涙液、唾液、鼻汁、血液、血清、血漿、リンパ液、間質液、汗、尿等(これらに限定はされない)が挙げられる。ヒストンH2A、エラスターゼ等をはじめとするカチオニックタンパク質等は、様々な体液に含まれることから、本発明方法においては、前述の体液に限定されることなく、広く様々なものを利用することができ、一又は複数の組み合わせを利用することができる。本発明方法において、「体液」とは涙液及び/又は唾液が好ましく、特に好ましくは唾液である。
【0070】
体液は動物(被検者)より採取したものをそのまま用いてもよいし、検出又は測定対象であるカチオニックタンパク質等について精製又は粗精製したものを用いてもよい。体液の精製又は粗精製の方法としては、タンパク質の精製又は粗精製において一般的に用いられる手法が挙げられ、例えば、硫安塩析、有機溶媒(エタノール、メタノール、アセトン等)による沈殿分離、クロマトグラフィー(例えば、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、基質又は抗体等を利用したアフィニティークロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィー等)、濾過処理(例えば、限外ろ過、逆浸透ろ過、精密ろ過等)等が挙げられ、これらの一又は複数を組み合わせて用いることができる。
【0071】
一態様において、カチオニックタンパク質等は、動物体液中において、ムチン、染色体等のその他の成分と共に、複合体の形態で存在し得る。このような複合体としては例えば、これら因子の一又は複数の相互作用により、好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps,NETs)様の構造を有するものが挙げられるが、これに限定はされない。カチオニックタンパク質等を含む複合体は、10万以上(例えば、12万以上、14万以上、16万以上、18万以上、もしくは20万以上等)の分子量を有する。このため、本発明方法において体液は、動物(被検者)より採取されたものを濾過処理に付して得られた分子量10万以上の画分であることが好ましい。また、動物(被検者)より採取された体液、及び/又は精製又は粗精製した体液は、塩酸グアニジンや尿素等の変性剤を用いたタンパク質の変性処理に付してもよい。
【0072】
本発明方法において、カチオニックタンパク質等の検出又は測定は、タンパク質の検出又は定量において一般的に用いられる手法により行うことができ、例えば、イムノクロマト法、酵素結合免疫吸着(ELISA)法(サンドイッチ法、競合法)、フローサイトメトリー法、ウェスタンブロット法、Bio-layer Interferometry等を利用することができる(これらに限定はされない)。
【0073】
例えば、本発明方法においてカチオニックタンパク質等の検出又は測定は、固相担体に結合されたカチオニックタンパク質等に対する抗体(捕捉手段)と、体液とを接触させ、さらに、カチオニックタンパク質等に結合可能な標識手段を接触させ(各接触の順序は問わない)、これにより捕捉抗体-カチオニックタンパク質等-標識手段からなるサンドイッチ複合体を形成し、次いで、当該複合体における標識手段を検出・定量することによって行うことができる。
【0074】
「捕捉手段」として利用可能な抗体は、測定対象のカチオニックタンパク質等と結合可能なものであればよく、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。好ましくは、捕捉手段は特異的な検出を可能とするモノクローナル抗体である。
【0075】
抗体の種類は、測定対象のカチオニックタンパク質等と結合可能であればよく、IgG、IgM、IgA、IgE、IgD、及びそれらの抗体断片を利用することができる。「抗体断片」としては、例えばFab、Fab’、F(ab’)2、Fv、Facb、Fd等が含まれるが、これらに限定はされない。
【0076】
捕捉手段を固相化するための固相担体としては、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ナイロン、ポリカーボネート、ポリビニルトルエン、ポリプロピレン、ラテックス、ゼラチン、アガロース、セルロース、セファロース、ガラス、金属、セラミックス又は磁性体等(これらに限定はされない)の一又は複数を組み合わせて利用することができる。固相担体の形状は特に限定されることなく、プレート、ディッシュ、ビーズ、球、スティック等の形状とすることができる。固相担体への捕捉手段となる抗体の結合は、当業者に周知の方法を用いて行うことができ、例えば物理的吸着法、共有結合法、イオン結合法等によって行うことができる。一つの固相担体に対して、対象の異なる複数種の捕捉手段が固相化されていてもよいし、あるいは、異なる捕捉手段はそれぞれ別々の固相担体に固相化されていてもよい。
【0077】
「標識手段」としては、測定対象のカチオニックタンパク質等と結合可能な抗体や化合物を利用することができる。
【0078】
標識手段となる抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。好ましくは、標識手段となる抗体は特異的な検出を可能とするモノクローナル抗体である。また、標識手段となる抗体には抗体断片も含まれる。「抗体断片」は、上記定義のとおりである。
【0079】
捕捉手段として利用される抗体と、標識手段として利用される抗体とは、互いの結合が干渉しないように両者の結合部位(エピトープ)は異なるものであることが好ましい。また、捕捉手段として利用される抗体と、標識手段として利用される抗体とは、両者を区別して検出できるように、異なる動物種から産生されたものが好ましい。
【0080】
本発明方法において捕捉手段、及び標識手段として利用可能な抗体は、抗体製造において一般的に用いられる手法(Kennetら、Monoclonal Antibodies,Hybridomas:A New Dimension in Biological Analyses,Plenum Press,New York,1980等)に準じて製造されたものを用いてもよいし、あるいは市販のものを用いてもよい。
【0081】
本発明方法においてコロナウイルスの感染に対する防衛能の評価は、カチオニックタンパク質等の検出又は測定結果に基づいて行うことができる。一態様において、本発明方法における当該評価はイムノクロマト法に基づいて行うことができる。本態様においては例えば、固相担体上に滴下された動物(被検者)の体液を含む検体を毛細管現象により移動させながら、固相担体上に配置された標識手段と接触させ、体液中におけるカチオニックタンパク質等と複合体を形成させ、固相担体上に結合された捕捉手段にて当該複合体をトラップし、トラップされた複合体における標識を検出又は測定することにより行うことができる。捕捉手段にて標識が検出される場合、又は標識の測定値が予め設定された「基準値」と同程度又はそれ以上である場合、当該体液中にカチオニックタンパク質等が比較的高い量で含まれることを意味し、動物(被検者)はコロナウイルスの感染に対して高い防衛能を有すると評価することができる。一方、捕捉手段にて標識が検出されない場合、又は標識の測定値が予め設定された「基準値」を下回る場合には、当該体液中にカチオニックタンパク質等は比較的低い量で含まれることを意味し、動物(被検者)はコロナウイルスの感染に対する防衛能が低下していると評価することができる。「基準値」は、同様に測定された一又は複数の健常者の体液中における同因子の測定量に基づいて予め設定することができる。
【0082】
また、別の態様において、本発明方法における当該評価は酵素結合免疫吸着(ELISA)法に基づいて行うことができる。本態様においては例えば、動物(被検者)の体液中におけるカチオニックタンパク質等の測定量と、基準値とを比較することにより行うことができる。「基準値」とは上記定義のとおりである。動物(被検者)の体液中におけるカチオニックタンパク質等の測定量が、基準値と比べて、同程度又はそれ以上である場合、当該体液中にカチオニックタンパク質等が比較的高い量で含まれることを意味し、動物(被検者)はコロナウイルスの感染に対して高い防衛能を有すると評価することができる。一方、被験者の体液中におけるカチオニックタンパク質等の測定量が、基準値を下回る場合には、当該体液中にカチオニックタンパク質等は比較的低い量で含まれることを意味し、動物(被検者)はコロナウイルスの感染に対する防衛能が低下していると評価することができる。
【0083】
本発明方法は、医師による診断の工程を含まない、所謂、診断を補助する方法として実施することができる。
【0084】
また別の態様において、本発明は、動物(被検者)におけるコロナウイルスの感染に対する防衛能を評価するためのキットに関する。本発明のキットは、動物(被検者)の体液中のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質等を検出又は測定するのに用いられる、固相担体に結合されたカチオニックタンパク質等に対する抗体(捕捉手段)と、カチオニックタンパク質等に結合可能な標識手段とを含む。本発明において、「固相担体」、「捕捉手段」、「標識手段」は上記定義のとおりである。一態様において、本発明のキットはイムノクロマトグラフィーストリップの形態で提供される。
【0085】
本発明のキットは、上記コロナウイルスの感染に対する防衛能を評価する方法において利用することができる。
【0086】
本発明のキットには、捕捉手段及び標識手段に加えて、体液を精製又は粗精製するためのフィルターユニット、タンパク質を変性させるための変性剤(塩酸グアニジンや尿素等)、希釈剤、緩衝剤、標識手段を検出するための化合物(放射性物質、蛍光物質、色素、アビジン、ビオチン等)、ペプチド、酵素、基質、抗体等を含めることができる。
【0087】
また別の態様において、本発明は、被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価する方法に関する。被験物質としては、化合物、ペプチド、タンパク質、アミノ酸、核酸、糖類、及び体液及び天然物の抽出物、精製物、粗精製物等(これらに限定はされない)、ならびにそれらの組み合わせが挙げられる。
【0088】
本発明方法において、被験物質の前記活性の評価は、タンパク質の結合試験において一般的に用いられる手法により行うことができ、例えば、酵素結合免疫吸着(ELISA)法(サンドイッチ法、競合法)等を利用することができるが、これに限定はされない。
【0089】
例えば、本発明方法において前記物質の前記結合阻害活性の評価は、固相担体に結合されたACE2と、被験物質及びコロナウイルスのS1とを接触させ、ACE2に結合したコロナウイルスのS1を検出又は測定することによって行うことができる。被験物質及びコロナウイルスのS1は、同時にACE2と接触させてもよいし、被験物質をまず接触させた後に、コロナウイルスのS1を接触させてもよい。当該検出又は測定は、コロナウイルスのS1に結合された標識を検出又は測定することにより行うことができる。すなわち、ACE2に結合したコロナウイルスのS1が検出されない、又は検出量が被験物質の非存在下と比べて低減している場合には、当該被験物質はコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有すると評価することができる。なお、固相担体にはACE2に代えて、コロナウイルスのS1を結合してもよく、この場合、被験物質及びACE2を接触させ、コロナウイルスのS1に結合したACE2を検出又は測定することによって行うことができる。
【0090】
ACE2又はコロナウイルスのS1を固相化するための固相担体としては、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリメタクリレート、ナイロン、ポリカーボネート、ポリビニルトルエン、ポリプロピレン、ラテックス、ゼラチン、アガロース、セルロース、セファロース、ガラス、金属、セラミックス又は磁性体等(これらに限定はされない)の一又は複数を組み合わせて利用することができる。固相担体の形状は特に限定されることなく、プレート、ディッシュ、ビーズ、球、スティック等の形状とすることができる。固相担体へのACE2又はコロナウイルスのS1の結合は、当業者に周知の方法を用いて行うことができ、例えば物理的吸着法、共有結合法、イオン結合法等によって行うことができる。
【0091】
「標識」は、タンパク質の検出に一般的に用いられるものを利用することができ、化合物(放射性物質、蛍光物質、色素、アビジン、ビオチン等)、ペプチド、酵素、基質、抗体等を利用することができる。標識はACE2又はコロナウイルスのS1に直接結合されていてもよいし、ACE2又はコロナウイルスのS1に結合可能な抗体に結合されていてもよい。標識は、ACE2又はコロナウイルスのS1を実験系に添加する前に予め結合させておいてもよいし、標識を検出する前のいずれかの段階で結合させてもよい。好ましくは、予め標識を結合したACE2又はコロナウイルスのS1を利用する。
【0092】
本発明方法においては、ポジティブコントロールとして、カチオニックタンパク質等を利用する。好ましくは、ポジティブコントロールとして、上述のヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を利用する。カチオニックタンパク質等は、従来公知の遺伝子組換え手法や化学合成法等により製造されたものであってもよいし、動物体液より精製又は粗精製されたものであってもよい。コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有するカチオニックタンパク質等をポジティブコントロールとして利用することにより、本発明方法により得られた評価結果の正確性を担保することができる。
【0093】
本発明方法によれば、被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価することができ、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有する物質を同定することができる。すなわち、本発明方法は、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有する物質をスクリーニングするために用いることができる。
【0094】
また別の態様において、本発明は、被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価するためのキットに関する。本発明のキットは、固相担体に結合されたACE2と、標識用のコロナウイルスのS1とを含む。また、別の態様において、本発明のキットは、固相担体に結合されたコロナウイルスのS1と、標識用のACE2とを含む。また、本発明において、「固相担体」、「標識」とは、上記「被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価する方法」に関連して定義したとおりである。「標識用のコロナウイルスのS1」及び「標識用のACE2」は、予め標識が結合されたコロナウイルスのS1又はACE2であってもよいし、検出のために標識を結合可能なコロナウイルスのS1又はACE2であってもよい。
【0095】
本発明のキットは、上記被験物質のコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を評価する方法において利用することができる。また、本発明のキットは、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害又は抑制する活性を有する物質をスクリーニングするために用いることができる。
【0096】
本発明のキットにはさらに、ポジティブコントロールとして、カチオニックタンパク質等を利用する。好ましくは、ポジティブコントロールとして、上述のヒストンH2A、エラスターゼ、もしくはその前駆体、又はその断片、ポリリジン、あるいは、ナットウキナーゼ又はその断片を利用する。カチオニックタンパク質等は、従来公知の遺伝子組換え手法や化学合成法等により製造されたものであってもよいし、動物体液より精製又は粗精製されたものであってもよい。本発明のキットにはまたさらに、被験物質を精製又は粗精製するためのフィルターユニット、タンパク質を変性させるための変性剤(塩酸グアニジンや尿素等)、希釈剤、緩衝剤、標識、標識を検出するための化合物(放射性物質、蛍光物質、色素、アビジン、ビオチン等)、ペプチド、酵素、基質、抗体等を含めることができる。
【0097】
また別の態様において、コロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質等は、コロナウイルス感染症を予防するための衛生用品の形態での形態で提供することができる。「衛生用品」としては、マスク、エプロン、手袋、帽子、ゴーグル、フェイスシールド、手術衣、白衣、看護衣、感染防護衣等(これらに限定はされない)の身に着けるもの(以下、「マスク等」と記載する)や、洗浄剤の形態で提供することができる。
【0098】
マスク等は、その製造において一般的に利用される織布、不織布、多孔質シート、樹脂(ポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、アクリル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸メチル等)、天然ゴム、合成ゴム、紙、ガーゼ等の基材を用いて、常法に従って作製することができる。カチオニックタンパク質等は、当該基材を構成する繊維や原料に付与又は練り込んで用いてもよいし、あるいは、当該基材に直接、付着、結合、コーティング、もしくは含浸させて用いてもよく、あるいは当該基材(第1の基材)とは別の基材(第2の基材)に付着、結合、コーティング、もしくは含浸させて、第1の基材と組み合わせて用いてもよい。第1の基材と第2の基材は同一の基材であってもよいし、異なる基材であってもよい。カチオニックタンパク質等の基材への適用方法は、カチオニックタンパク質等の種類や形態、基材の構成や原料等に応じて適宜選択することができる。
【0099】
マスク等の基材にはさらに、従来公知の抗菌剤、抗ウイルス剤、保湿剤、香料等を適宜含めることができる。
【0100】
洗浄剤は、対象の洗浄に利用される一般的な形態を有することができ、例えば、ハンドソープ、洗剤ハンドジェル、洗剤ハンドスプレー、固形洗剤、液体洗剤、スプレー洗剤、洗浄材等が挙げられるが、これらに限定はされない。洗浄材は洗浄剤を不織布に含浸させたものであり、これを用いて洗浄対象のふき取りを行うことができる。洗浄剤は、カチオニックタンパク質等と共に、洗浄剤の製造において一般的に利用される、アルコール類、界面活性剤、抗菌剤、保湿剤、水溶性溶剤、染料、香料、防腐剤、pH調整剤、ゲル化剤等を所望の形態に応じて、適宜配合し、常法に従って製造することができる。洗浄剤は、プラスチック容器、ポンプ付き容器、パウチ、チューブ等に充填して提供される。また、1回毎に使用される相当量で、個包装し、携帯性をもたせて提供することもできる。
【0101】
本発明の衛生用品の使用により、本発明の因子はコロナウイルスと接触し、当該ウイルスのACE2との結合能を低下又は消失させることができる。これにより、コロナウイルスの感染を防ぎ、コロナウイルス感染症を予防することができる。
【0102】
また別の態様において、本発明は体液分泌促進剤を利用したコロナウイルスによる感染症の治療又は予防に関する。
【0103】
本発明において「体液分泌促進剤」とは、体液の分泌を直接的又は間接的に刺激して分泌を促進し、体液の分泌量を増加させる効能を付与するものを意味する。ここで「体液」とは上記定義のとおりである。本発明において、「体液分泌促進剤」とは涙液分泌促進剤及び/又唾液分泌促進剤が好ましく、特に好ましくは唾液分泌促進剤である。
【0104】
例えば、唾液分泌促進剤としては、酸味料(クエン酸、フマル酸、リンゴ酸等)(特開2014-105198号、特開2013-124254号)、シアル酸(特表2011-519896号)、アミノ酸(特開2018-127427号、特開2015-96473号、WO2005/049050)、ソーマチン、テアニン(特開2009-184927号)、ヌクレオチド(特開2013-224322号、特開2009-173564号)、唾液分泌促進作用を有する植物抽出物(特開平11-71253号、特開平10-182392号、特開2002-265375号、特開2005-162633号、特開2018-80150号、WO2017/068805、特開2017-1957号、特開2016-124873号、特開2016-33122号、特開2015-63520号、特開2014-162750号、特開2014-141433号、特開2012-41298号、特開2011-68642号、特開2005-162633号)、乳酸菌、納豆菌及び酵母の培養物(特開2015-151389号)、Bowman-Birkインヒビター(WO2009/060915)、プロタミン加水分解物(特開2010-265217号)、アンブロキソール(特開2017-14138号)、ピロカルピン(特開2017-66126号)、有機モノカルボン酸(特開2017-85943号)、酵素処理イソクエルシトリン(特開2017-105774号)、PAR-2を標的とした薬物(特開2001-64203号)、ムスカリン受容体を標的にした薬物(特開平8-12575号)、塩酸ピロカルピン(サラジェン(登録商標)錠;MGIファーマ社)、セビメリン塩酸塩水和物(エボザック(登録商標);第一三共株式会社:サリグレン(登録商標);日本化薬株式会社)、アネトールトリチオン(フェルビテン(登録商標);日本新薬株式会社)、漢方(麦門冬湯、白虎加人参湯、五苓散、滋陰降火湯、八味地黄丸)、唾液腺ホルモン(パロチン(登録商標);あすか製薬株式会社)、セファランチン(化研株式会社)、ニザチジン(アシノン(登録商標);ゼリア新薬工業株式会社)等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0105】
例えば、涙液分泌促進剤としては、ジクアホソル(P1,P4-ジ(ウリジン-5')四リン酸又はUp4U)(特許第3652707号)、ジクアホソル四ナトリウム塩、セロトニン受容体を標的にした薬物(特開2017-119637号、特開平10-67684号)、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(特開平10-218792号、特開2012-136440号)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)(特開2012-121827号)、キマーゼ阻害薬(特開2001-58958号)、PAR-2(Protease-activated receptor-2/プロテアーゼ活性化受容体2)を標的にした薬物(特開2001-181208号、特開2005-187482号)、涙液分泌促進作用を有するペプチド(特開2005-272445号)、ナトリウム利尿ペプチド(特開2000-169387号)、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン受容体を標的にした薬物(特開平10-236972号)、涙液分泌促進作用を有する植物抽出物(特開2015-107924号、特開2002-62092号、特開2008-285476号、特開2007-267639号、特開平10-295373号)、ジクアホソルナトリウム(ジクアス(登録商標)点眼液;参天製薬株式会社)等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0106】
体液分泌促進剤は、有効成分をそのまま用いてもよいし、あるいは、医薬品(医薬部外品を含む)、又は飲食品として許容可能な賦形剤等やその他の成分と混合して、所望される剤型や形態を有する医薬品(医薬部外品を含む)、又は飲食品の形態で用いてもよい。「賦形剤等」、「その他の成分」、「医薬品」、及び「飲食品」は、上記定義のとおりである。
【0107】
本発明において、体液分泌促進剤は、コロナウイルスによる感染症の治療又は予防を目的として、すなわち、当該治療又は予防の用途にて、使用することができ、当該治療又は予防を必要とする対象に投与又は摂取させることができる。当該治療又は予防を必要とする「対象」は、上記定義のとおりである。
【0108】
体液分泌促進剤の投与量又は摂取量は、その形態や有効成分の種類、対象の年齢及び体重、投与/摂取回数、投与/摂取方法、症状の程度等の要因に応じて変化し得るが、体液の分泌を促進し、体液の分泌量を増加させ、コロナウイルスによる感染症の治療又は予防を可能とする任意の量とすることができ、例えば、有効成分の量にして、0.01mg~1000mg、例えば、0.1mg~100mgより選択される量を、1日に1回又は複数回(例えば、2~5回、好ましくは2~3回)に分けて投与/摂取することができる。
【0109】
本発明において、体液分泌促進剤は、微量かつ短期間で効果を奏することができるが、長期間にわたって投与又は摂取することができる。例えば、体液分泌促進剤を、上記用法用量にしたがい、1か月以上、2か月以上、3ヶ月以上、6ヶ月以上、又はそれ以上の期間にわたって継続して投与又は摂取することができる。
【0110】
本発明において、投与/摂取された体液分泌促進剤は、対象において体液の分泌を促進し、体液の分泌量を増加させ、体液に含まれるコロナウイルスのS1とACE2との結合を阻害する活性を有するカチオニックタンパク質等が、対象における(好ましくは、体外からのコロナウイルスの侵入経路にあたる上気道(鼻腔、上咽頭、中咽頭、口腔、喉頭、気管の上皮組織)における)細胞のACE2と、コロナウイルスのS1との結合を阻害して、コロナウイルスの感染を防ぎ、対象におけるコロナウイルス感染症を治療又は予防することができる。
【0111】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0112】
実施例1:S1-ACE2結合試験
1.材料・方法
【0113】
(試験系I)
His Tagで標識したヒトACE2(以下「ACE2-His Tag」と記載する)をニッケルプレートウェル(Ni-NTA HisSorb Plates (5);QIAGEN社)に常法にしたがって固定した。すなわち、1μg/mL濃度のACE2-His Tagの水溶液をウェルに50μL/wellで添加し、1時間反応させて固定した)。
Fc Tagで標識したSARS-CoV-2 S1(以下「S1-Fc」と記載する)の水溶液(50ng/mL)中に、検体を所定濃度となるように含めて、室温で1時間反応させた。その反応液を50μL/wellの量にて、上記ACE2-His Tagを固定したウェルに加え、室温で1時間反応させ、ACE2に結合したS1の量を測定した。
【0114】
(試験系II)
上記ACE2-His Tagを固定したウェルに、所定濃度の検体の水溶液を加えて(50μL/well)室温で1時間反応させた後、洗浄してACE2と結合していない検体物質を除去した。次いで、S1-Fcの水溶液(50ng/mL)を50μL/wellの量にて、当該ウェルに加え室温で1時間反応させ、ACE2に結合したS1の量を測定した。
【0115】
試験系I及び試験系IIのいずれにおいても、ウェルに固定したACE2と結合したS1-Fcの量は、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)で標識したプロテインA(Protein A-HRP)を用いて常法に従って定量した。
【0116】
(検体)
検体は、乳酸菌(Leuconostoc mesenteroides)細胞外小胞(EV)、ヒト母乳由来エキソソーム、涙液、唾液、又は卵白リゾチームより選択されるものを所定の濃度で使用した。
【0117】
2.結果
各種濃度のS1-Fcを上記ACE2-His Tagを固定したウェルに加えて、室温で30分反応させた後、ACE2に結合したS1の量を測定して、S1結合量の標準曲線を作製した。得られた標準曲線を図1に示す。
【0118】
試験系Iにおける、乳酸菌EV、ヒト母乳由来エキソソーム、涙液(ドナー1(D1):63歳、男性由来)、卵白リゾチームをそれぞれ所定の濃度で用いた場合の、S1結合量の測定結果を図2に示す。乳酸菌EV及びヒト母乳由来エキソソームについては、母液(タンパク質濃度はいずれも100μg/mL)を100%濃度とした。結果は、標準曲線より求められるS1結合量の最大値(コントロール)を「100%」とする相対値にて示す。
【0119】
図2の結果より明らかなとおり、涙液を検体とした場合、用量依存的にS1結合量が低下することが確認された。一方、乳酸菌EV、ヒト母乳由来エキソソーム及び卵白リゾチームを用いた場合には、S1結合量に顕著な低下は認められなかった。これらの結果は、涙液中にS1-ACE2結合を抑制することが可能な因子が存在することを示す。
【0120】
試験系IIにおける、涙液、唾液をそれぞれ所定の濃度で用いた場合の、S1結合量の測定結果を図3に示す。涙液及び唾液はそれぞれ、ドナー1(D1):63歳、男性;ドナー2(D2):58歳、女性;ドナー3(D3):31歳、女性;ドナー4(D4):27歳、男性に由来するものを用いた。唾液のタンパク質濃度は、以下のとおりであった
:D1由来1.13mg/mL;D2由来0.98mg/mL;D3由来0.57mg/mL;D4由来1.51mg/mL。結果は、標準曲線より求められるS1結合量の最大値を「100%」とする相対値にて示す。
【0121】
図3の結果より明らかなとおり、涙液及び唾液のいずれを検体とした場合においても、用量依存的にS1結合量が低下することが確認された。これらの結果は、涙液及び唾液中にS1-ACE2結合を抑制することが可能な因子が存在することを示す。
【0122】
実施例2:唾液中に含まれる因子の精製
1.材料・方法
上記D2より唾液を採取し、-20℃で1晩凍結保存した。室温で解凍した後、卓上の小型遠心機で5分間遠心し、上清を回収した(唾液上清)。遠心式フィルターユニット(Amicon(登録商標)Ultra 0.5mL 100K UF)に450μLのPBSを入れ、ここに唾液上清を50μL加えて攪拌し、14,000×g、20分間、4℃にて遠心した。遠心後、100K UF膜上の成分を50μLのPBSに加えて回収した。以下、この成分(10万≦分子量)を「100k on 画分」と記載する。一方、100K UF膜を通過した画分の全量を、別の遠心式フィルターユニット(Amicon(登録商標)Ultra 0.5mL 10K UF)に加え、14,000×g、20分間、4℃にて遠心した。遠心後、10K UF膜上の成分を50μLのPBSに加えて回収した。以下、この成分(1万≦分子量<10万)を「10k on 画分」と記載する。一方、10K UF膜を通過した画分を回収した。以下、この成分(分子量<1万)を「10k Pass 画分」と記載する。
上記回収された唾液上清、100k on 画分、10k on 画分、及び10k Pass 画分を、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合抑制活性を評価した。
【0123】
2.結果
唾液上清、100k on 画分、10k on 画分、及び10k Pass 画分をそれぞれ所定の濃度で用いた場合の、S1結合量の測定結果を図4に示す。結果は、標準曲線より求められるS1結合量の最大値を「100%」とする相対値にて示す。
【0124】
図4の結果より明らかなとおり、唾液上清、及び100k on 画分を検体とした場合、用量依存的にS1結合量が低下することが確認された。一方、10k on 画分、及び10k Pass 画分を用いた場合には、S1結合量に顕著な低下は認められなかった。これらの結果は、唾液中に存在するS1-ACE2結合を抑制することが可能な因子は、分子量10万以上を有する成分であることが示された。この結果より、S1-ACE2結合を抑制することが可能な因子は、タンパク質であり、唾液に多量に含まれるムチン等と複合体を形成している可能性が示唆された。
【0125】
実施例3:結合阻害タンパク質の探索
(1)唾液の塩酸グアニジン処理による結合阻害タンパク質の遊離
上記D1より唾液を採取し、唾液(5mL)を4M塩酸グアニジンで処理した後、上記実施例2と同様にして10k on 画分を得た。得られた画分の4M塩酸グアニジンを6M尿素で置換し、さらにPBS(phosphate buffered saline)で置換し、これを再生唾液タンパク質画分[regenerated salivary fraction (rSPF)]とした。得られたrSPFについて、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合抑制活性を評価した。
【0126】
rSPFのS1-ACE2の結合抑制活性の評価結果を図5に示す。この結果に示されるとおり、rSPFによるS1-ACE2結合阻害曲線が得られたことから、4M塩酸グアニジン処理は、結合阻害タンパク質の阻害活性に何ら影響を与えないことが明らかとなった。また、S1-ACE2結合アッセイ系は尿素存在化でも影響を受けないことが確認された。rSPFでは、塩酸グアニジン処理により、S1-ACE2結合阻害タンパク質がムチン等の他の複合体成分から遊離化しているものと考えられる。
【0127】
(2)結合阻害タンパク質の分離と同定
塩酸グアニジン処理により、S1-ACE2結合阻害タンパク質が遊離化されrSPFに回収されているとの上記データより、rSPF中のタンパク質でACE2に特異的に結合する唾液タンパク質[salivary ACE2-binding protein(s-ACE2-bp)]を分離・同定することとした。
【0128】
目的とするタンパク質のrSPFからの分離は、ACE2への親和性を利用した分離法(いわゆるプルダウンアッセイ法)により行った。すなわち、ニッケルの磁気ビーズにACE2を固定化し得られたACE2固定化ビーズと、上述のとおり唾液から調製されたrSPFを4℃にて一晩反応させ後、イミダゾールを用いてビーズより溶出物を得た。得られた溶出物を、電気泳動し銀染色を行なったところ、染色バンドが確認された。電気泳動ゲルから染色バンドを切り出し、質量分析によりそのアミノ酸のシークエンス解析を行なったところ、neutrophil histone H2Aの断片(AGLQFPVGR:配列番号1)、neutrophil elastase preproproteinの断片(QVFAVQR:配列番号2、SNVCTLVR:配列番号3、VVLGAHNLSR:配列番号4)、lysozyme C precursorの断片(AWVAWR:配列番号5、WESGYNTR:配列番号6、STDYGIFQINSR:配列番号7)、neutrophil defensin 1 preproproteinの断片(IPACIAGER:配列番号8、YGTCIYQGR:配列番号9、RYGTCIYQGR:配列番号10)が得られた。
【0129】
実施例3:結合阻害タンパク質によるS1-ACE2結合阻害試験
(3-1)neutrophil histone H2Aの断片
実施例2にて得られたアミノ配列(配列番号1)にしたがって、neutrophil histone H2Aの断片ペプチドを合成し、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合阻害活性を評価した。
【0130】
neutrophil histone H2Aの断片のS1-ACE2の結合抑制活性の評価結果を図6(1)に示す。この結果に示されるとおり、試験系に加えた当該断片の量に依存して、ACE2に結合するS1量の低下が確認された。また、Bio-layer interferometry法により、当該断片とACE2との結合を確認することができた(図6(2))。これらの結果より、neutrophil histone H2Aの断片はACE2と結合し、それによりS1がACE2へ結合するのを阻害できることが確認された。
【0131】
(3-2)neutrophil elastase
実施例2にて得られたneutrophil elastase preproproteinのアミノ酸配列(QVFAVQR:配列番号2、SNVCTLVR:配列番号3、VVLGAHNLSR:配列番号4)を含むneutrophil elastaseペプチド(Sigma-Aldrich(製品番号E8140))を60μg/mLから0.01μg/mLまで8段階の希釈系列で用いて、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合抑制活性を評価した。
【0132】
neutrophil elastaseのS1-ACE2の結合抑制活性の評価結果を図7に示す。この結果に示されるとおり、試験系に加えたneutrophil elastaseの量に依存して、ACE2に結合するS1量の低下が確認された。この結果より、neutrophil elastaseはACE2と結合し、それによりS1がACE2へ結合するのを阻害できることが確認された。
【0133】
(3-3)カチオニックペプチド
上述のhistone、及びelastaseはカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドとして知られており、S1-ACE2の結合阻害タンパク質はカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドであることが示唆された。そこでS1-ACE2の結合阻害タンパク質の性質を明らかにすべく、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドとして知られているポリリジンペプチド及びナットウキナーゼについてのS1-ACE2の結合阻害活性を評価した。
【0134】
(i)ポリリジンペプチド
α-Poly-L-Lysine:リジンLリジン16残基からなる合成ペプチド:NH2-CXXXXKKKKKKKKKKKKKKKK-amide(配列番号15)(分子量2623.5)を合成した。
ε-Poly-L-Lysine:ε-ポリ-L-リジン コーティング溶液(コスモ・バイオ株式会社、製品番号SPL01)を使用した。
各ポリリジンペプチドを2000μg/mLを最大として以後5倍希釈系列を8段階調製し、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合抑制活性を評価した。
【0135】
(ii)ナットウキナーゼ(部分精製物)
市販の納豆を測りとり10倍量のPBS(生理的緩衝溶液)を加えて攪拌後、大豆を沈ませ上清部分のみ回収し、この上清を0.45μmメンブランフィルターで除菌した。続いて限外濾過膜、分画分子量100kと10kとを用いて活性画分の分子量による分画を行った。活性は100kと10kの間に検出された。活性が検出された画分(部分精製物)を6段階の希釈系列で用いて、上記したように試験系IIに供し、S1-ACE2の結合抑制活性を評価した。
【0136】
α-Poly-L-Lysine、ε-Poly-L-Lysine、ナットウキナーゼのS1-ACE2の結合抑制活性の評価結果を図8に示す。この結果に示されるとおり、試験系にそれぞれ加えたα-Poly-L-Lysine、ε-Poly-L-Lysine、ナットウキナーゼの量に依存して、ACE2に結合するS1量の低下が確認された。この結果より、結合阻害タンパク質はカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドであることが確認された。これらの結果は、カチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドが、ACE2のS1結合サイトにおけるマイナス(ネガティブ)電荷部位と結合して、S1の拮抗剤として働くことを示唆する。
【0137】
実施例5:ACE2発現細胞とSARS-CoV-2の結合試験
ヒトACE2を発現させたCaco2細胞からなる細胞培養系を用いて、当該細胞へのSARS-CoV-2の結合を、涙液、唾液等の体液や、上述のカチオニックタンパク質又はカチオニックペプチドの存在下及び非存在下において評価する。当該細胞へのSARS-CoV-2の結合の有無又は多寡は、培養細胞内で増殖したウイルス量を測定することにより評価することができる。
【0138】
上記実施例の結果に示されるとおり、涙液、唾液等の体液や、上述のカチオニックタンパク質等は、SARS-CoV-2 S1とACE2との結合を抑制することが可能なことから、SARS-CoV-2は、涙液、唾液等の体液や、あるいはカチオニックタンパク質等の存在下においてACE発現細胞との結合が抑制されると理解される。
【0139】
以上のことから、涙液、唾液等の体液や、上述のカチオニックタンパク質等を利用することによって、SARS-CoV-2の感染を予防又は阻害することができ、当該ウイルスによって引き起こされる感染症(COVID-19)を予防又は治療することが可能であると理解される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
0007302795000001.app