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特許7302797ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/135 20160101AFI20230627BHJP
   A61K 31/192 20060101ALI20230627BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230627BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230627BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20230627BHJP
【FI】
A23L33/135
A61K31/192
A61P1/00
A61P43/00 121
C12N1/20 E
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021502657
(86)(22)【出願日】2020-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2020008457
(87)【国際公開番号】W WO2020175690
(87)【国際公開日】2020-09-03
【審査請求日】2021-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2019036309
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006127
【氏名又は名称】森永乳業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 金忠
(72)【発明者】
【氏名】大澤 朗
(72)【発明者】
【氏名】西山 啓太
(72)【発明者】
【氏名】岡田 信彦
(72)【発明者】
【氏名】小山 信裕
(72)【発明者】
【氏名】向井 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】供田 洋
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-078284(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0168196(US,A1)
【文献】特開昭63-079586(JP,A)
【文献】特開昭61-224984(JP,A)
【文献】Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis,2018年,159,pp.374-383
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 33/
A61K 31/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を有効成分として含有する、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属細菌の線毛形成
誘導用の組成物。
【請求項2】
3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を有効成分として含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物。
【請求項3】
前記ビフィドバクテリウム属細菌が、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)である、請求項1又は2に記載の組成物
【請求項4】
3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を産生する微生物を含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物。
【請求項5】
3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を産生する微生物を含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物。
【請求項6】
前記微生物が、クロストリジウム(Clostridium)属細菌である、請求項又はに記
載の組成物。
【請求項7】
前記ビフィドバクテリウム属細菌が、ビフィドバクテリウム・ロンガムである、請求項4~6の何れか一項に記載の組成物。
【請求項8】
ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-
ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、整腸用組成物。
【請求項9】
ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、腸内細菌叢改善用組成物。
【請求項10】
前記ビフィドバクテリウム属細菌が、ビフィドバクテリウム・ロンガムである、請求項8又は9に記載の組成物。
【請求項11】
飲食品である、請求項1~10のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項12】
医薬品である、請求項1~10のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3-フェニルプロピオン酸及び3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の新たな用途、すなわちビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導する用途及び前記細菌の腸内定着を促進する用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属細菌は、ヒトの腸内に定着している細菌のひとつであり、下痢の防止、有害細菌や毒性化合物の減少、免疫調節、及び抗発癌性活性等、宿主であるヒトに様々な有益な作用をもたらすことが知られている(非特許文献1~3)。
宿主と細菌との間の相互作用には、線毛構造が関与していると推測されてきた(非特許文献4~5)。そして、ビフィドバクテリウム属細菌には、線毛の形成に関わる遺伝子クラスターが存在することが分かっている。しかしながら、これまでにヒトから分離され一般的な条件で培養されたビフィドバクテリウム属細菌においては、線毛構造は確認されていない。
【0003】
ところで、3-フェニルプロピオン酸は、腸内細菌であるクロストリジウム・スポロゲネス(Clostridium sporogenes)による、フェニルアラニンからの代謝産物であることが知られている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】S. Fukuda et al., Nature, 2011, 469, 543-547.
【文献】S. Fanning et al., PNAS, 2012, 109 (6), 2108-2113.
【文献】Sivan A. et al., Science. 2015, 350 (6264), 1084-1089.
【文献】O'Connell Motherway et al., PNAS 2011, 108 (27), 11217-11222.
【文献】F. Turroni et al., PNAS 2013, 110 (27) 11151-11156.
【文献】S. R. Elsden, et al., Archives of Microbiology April 1976, 107 (3), 283-288.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、ビフィドバクテリウム属細菌は腸内では線毛を形成していると推測し、腸内に該細菌に線毛形成を誘導する物質が存在すると仮定した。線毛構造は該細菌の腸内定着を促すと推測されることから、かかる物質はビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進作用を有すると考えられ、腸内細菌叢改善に有用となり得る。
かかる状況に鑑み、本発明は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導する方法、及び該細菌の腸内定着を促進する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するべく鋭意検討したところ、腸管を模したモデル培養液で培養したビフィドバクテリウム属細菌では、線毛形成が認められることを見出した。そして、該培養液から線毛形成を誘導する物質として3-フェニルプロピオン酸を同定した。さらに、線毛形成が誘導されたビフィドバクテリウム属細菌では、腸上皮を構成する物質への接着性が高まることを見出し、3-フェニルプロピオン酸がビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着を促進し得ることにも想到した。また、クロストリジウム属細菌により産生される、フェニルアラニンの代謝産物である3-フェニルプロピオン酸及びチロシンの代謝産物である3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸がそれぞれ、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導することをも見出し、クロストリジウム属細菌がビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導したり、腸内定着を促進したりし得るクロストークの関係にあることにも想到した。
【0007】
すなわち、本発明の一態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を有効成分として含有する、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属細菌の線毛形成誘導用の組成物である。
また、本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を有効成分として含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物である。
【0008】
【化1】
【0009】
【化2】
【0010】
これらの態様において、前記ビフィドバクテリウム属細菌は、好ましくはビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)である。
また、これらの態様における組成物は、好ましくは飲食品又は医薬品である。
【0011】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物の製造における、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導のための、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導のために用いられる、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である。
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を動物に投与することを含む、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導する方法である。
【0012】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物の製造における、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進のための、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進のために用いられる、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である。
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を動物に投与することを含む、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着を促進する方法である。
【0013】
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を産生する微生物を含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物である。
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を産生する微生物を含有する、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物である。
これらの態様において、前記微生物は、好ましくはクロストリジウム(Clostridium)属細菌である。
これらの態様において、前記ビフィドバクテリウム属細菌は、好ましくはビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)である。
【0014】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、整腸用組成物である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、腸内細菌叢改善用組成物である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導することができ、またそれにより該細菌の腸内定着を促進することができる。本発明は、腸内細菌叢をビフィドバクテリウム属細菌が優勢な状態へと改善することにもつながり得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】試験例1における、腸管モデル(KUHIMM)培養液で培養したビフィドバクテリウム・ロンガムの透過型電子顕微鏡写真。a:ヒト便の添加あり、b:ヒト便の添加なし
図2】試験例3における、培養ビフィドバクテリウム・ロンガムの走査型電子顕微鏡写真。PPA-:3-フェニルプロピオン酸非添加、PPA+:3-フェニルプロピオン酸添加
図3】試験例3における、培養ビフィドバクテリウム・ロンガムのヒト腸管上皮細胞株への接着性を示すグラフ。各群左から、PPA-:3-フェニルプロピオン酸非添加、PPA+:3-フェニルプロピオン酸添加、PPA+(FimA Ab):3-フェニルプロピオン酸添加かつ抗FimA抗体添加
図4】試験例4における、クロストリジウム・スポロゲネスと共培養したビフィドバクテリウム・ロンガムの線毛形成を示すウェスタン・ブロッティングの写真。
図5】試験例5における、アミノ酸代謝物を添加したGAM培地で培養したビフィドバクテリウム・ロンガムの線毛形成を示すウェスタン・ブロッティングの写真。フェニルアラニン及びその代謝物 1:フェニルアラニン、2:フェニル乳酸、3:フェニルアクリル酸、4:3-フェニルプロピオン酸、チロシン及びその代謝物 1:チロシン、2:4-ヒドロキシフェニル乳酸、3:4-ヒドロキシフェニルアクリル酸、4:3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸、トリプトファン及びその代謝物 1:トリプトファン、2:インドール乳酸、3:インドールアクリル酸、4:3-(インドール)プロピオン酸
図6】試験例6における、ノトバイオートマウス糞便中のビフィドバクテリウム・ロンガムの走査型電子顕微鏡写真。BL:ビフィドバクテリウム・ロンガム接種マウス、BL+CS:ビフィドバクテリウム・ロンガム及びクロストリジウム・スポロゲネス接種マウス
図7】試験例7における、トバイオートマウスの盲腸粘液上のビフィドバクテリウム・ロンガムの菌数を示すグラフ。BL:ビフィドバクテリウム・ロンガム接種マウス、BL+CS:ビフィドバクテリウム・ロンガム及びクロストリジウム・スポロゲネス接種マウス
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。
【0018】
本発明の組成物は、3-フェニルプロピオン酸(PPAとも記す)及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸(HPPAとも記す)を有効成分として含有する。これらのうち、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導作用の強さの観点から、3-フェニルプロピオン酸を有効成分とすることが好ましい。
【0019】
3-フェニルプロピオン酸及び3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸はそれぞれ、公知の合成方法により製造してもよいし、市販されているものを用いてもよい。
【0020】
また、本発明の組成物の有効成分としては、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を産生する微生物の形態で用いてもよい。
かかる微生物としては、クロストリジウム属細菌が好ましく挙げられ、より具体的にはクロストリジウム・スポロゲネス(C. sporogenes)、クロストリジウム・カダベリス(C. cadaveris)等が好ましく挙げられる。これらの細菌において、3-フェニルプロピオン酸はフェニルアラニンの代謝物として、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸はチロシンの代謝物として、それぞれ産生される。
本発明の組成物がこのような微生物製剤の態様である場合、通常は生菌体を含む形態とする。
【0021】
本発明の組成物における3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の量は、組成物の態様により適宜設定すればよく、特に限定されないが、例えば、総量で好ましくは組成物全体の0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上とするのがよい。3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の含量の上限は特に制限されないが、例えば総量で100質量%以下であってよい。
【0022】
本発明の組成物は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導することができる。前記ビフィドバクテリウム属細菌としては、特に限定されないが、好ましくはビフィドバクテリウム・ロンガムである。
ビフィドバクテリウム属細菌の線毛は、ソルターゼ(SrtC、及びSrtA)によりFimAタンパク質が菌体表面上で重合され、その先端にFimBタンパク質が結合して巨大なファイバーとしてなり形成される(K.Suzuki et al., B.M.F.H., 2016, 35(1), 19-27)。後述の実施例で示されるように、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸存在下では、線毛形成に関与する遺伝子の、具体的には少なくとも線毛構造タンパク質をコードする遺伝子(fimA、fimB)及び前記構造タンパク質を重合させる酵素をコードする遺伝子(srtC)の発現が増強し、線毛形成が誘導される。
【0023】
線毛が形成されたことは、例えば走査型電子顕微鏡によりビフィドバクテリウム属細菌の菌体表面を観察することにより直接的に確認することができる。
また、線毛を構成するタンパク質を認識する抗体、例えば抗FimA抗体等を用いて、ウェスタン・ブロッティング等の周知の方法により確認することもできる。なお、線毛が形成されている場合は、通常FimA単量体の分子量である約50 kDaから約200 kDa又はそれ以上の位置にラダー様の線毛を示すバンドが認められる。
【0024】
ビフィドバクテリウム属細菌の線毛の主要な構成タンパク質FimAはレクチン様の性質を有するため、これが線毛を介する該細菌の腸内上皮細胞への接着性に寄与すると考えられる。後述の試験例で示されるように、線毛形成が誘導されたビフィドバクテリウム属細菌では、腸上皮を構成する細胞に、線毛形成が誘導されていない場合よりも大きく結合する。
腸内上皮細胞へのビフィドバクテリウム属細菌の接着性が向上すると、該細菌の腸内定着が促されると考えられる。ここで「定着」とは、腸内上皮へ接着することにより、腸内に存在する菌量が組成物摂取(投与)前よりも増加すること、及び腸内から排出される量が組成物摂取(投与)前よりも減少することを含む。
したがって、本発明の組成物は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着を促進することができる。さらには、腸内細菌叢をビフィドバクテリウム属細菌が優勢な状態へと改善することも期待される。
【0025】
本発明の組成物を投与する(摂取させる)対象は、動物であれば特に限定されないが、ヒトが好ましい。また、成人、小児、乳児、新生児(低体重児を含む)等のいずれであってもよい。
【0026】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導用の組成物の製造における、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導のための、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成誘導のために用いられる、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である。
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を動物に投与することを含む、ビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成を誘導する方法である。
【0027】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進用の組成物の製造における、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進のための、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の使用である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進のために用いられる、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸である。
本発明の別の態様は、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を動物に投与することを含む、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着を促進する方法である。
【0028】
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、整腸用組成物である。
本発明の別の態様は、ビフィドバクテリウム属細菌、並びに3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有する、腸内細菌叢改善用組成物である。
本発明において、「整腸」とは、「腸内菌叢を整え、腸内菌叢に関連する疾患を改善」することをいう。後述の実施例に示す通り、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸は腸内にビフィズス菌を定着させることができるため、本態様の組成物は、いわゆる悪玉菌を減らし、腸内細菌叢をビフィドバクテリウム属細菌が優勢な状態へと改善することができ、その結果腸内菌叢に関連する疾患を改善することができる。
【0029】
例えば、腸内細菌叢のうち、一部の悪玉菌は変異原物質や発癌性物質を生成又は活性化することで、発癌を促進する場合があり、一方、一部の善玉菌はそれらの物質を分化、不活性化、又は、吸着等により除去する働きにより、癌の予防に役立つことが知られている。また、例えば、腸内細菌叢が肥満やメタボリックシンドロームに深く関与していることを示す研究も報告されている。さらに腸内細菌叢が自閉症やうつ等の精神疾患やストレスに対する応答、情動行動や学習等の脳機能に関連する現象にまで関わっていることを示唆する報告もされている。
よって、「腸内細菌叢に関連する疾患」としては、例えば、潰瘍性大腸炎等の炎症性疾患、IBS・機能性便秘・機能性下痢をはじめとする機能性胃腸障害、腸管系の癌、メタボリックシンドローム、神経疾患等が挙げられる。腸管系の癌としては、例えば、十二指腸癌、小腸癌、大腸癌等が挙げられる。大腸癌としては、例えば、盲腸癌、結腸癌、直腸癌等が挙げられる。メタボリックシンドロームとしては、例えば、肥満(特に、内臓脂肪型肥満)、高血圧症、脂質代謝異常症、糖尿病等が挙げられる。神経疾患としては、例えば、不安障害、自閉症、うつ病等が挙げられる。
【0030】
本発明の組成物の摂取(投与)時期は、特に限定されず、投与対象の状態に応じて適宜選択することが可能である。
【0031】
本発明の組成物の摂取(投与)量は、摂取(投与)対象の年齢、性別、状態、その他の条件等により適宜選択される。3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の摂取量として、好ましくは100~1000mg/日、より好ましくは100~500mg/日、さらに好ましくは100~300mg/日の範囲となる量を目安とするのがよい。
なお、摂取(投与)の量や期間にかかわらず、組成物は1日1回又は複数回に分けて投与することができる。
【0032】
本発明の組成物の摂取(投与)経路は、経口又は非経口のいずれでもよいが経口が好ましい。また、非経口摂取(投与)としては、経皮、静注、直腸投与、吸入等が挙げられる。
なお、摂取(投与)後に、腸内において3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸として、有効量以上が維持されていることが望ましい。
【0033】
本発明の組成物を経口摂取される組成物とする場合は、飲食品の態様とすることが好ましい。
【0034】
飲食品としては、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の効果を損なわず、経口摂取できるものであれば形態や性状は特に制限されず、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を含有させること以外は、通常飲食品に用いられる原料を用いて通常の方法によって製造することができる。
【0035】
飲食品としては、液状、ペースト状、ゲル状固体、粉末等の形態を問わず、例えば、錠菓;流動食(経管摂取用栄養食);パン、マカロニ、スパゲッティ、めん類、ケーキミックス、から揚げ粉、パン粉等の小麦粉製品;即席めん、カップめん、レトルト・調理食品、調理缶詰め、電子レンジ食品、即席スープ・シチュー、即席みそ汁・吸い物、スープ缶詰め、フリーズ・ドライ食品、その他の即席食品等の即席食品類;農産缶詰め、果実缶詰め、ジャム・マーマレード類、漬物、煮豆類、農産乾物類、シリアル(穀物加工品)等の農産加工品;水産缶詰め、魚肉ハム・ソーセージ、水産練り製品、水産珍味類、つくだ煮類等の水産加工品;畜産缶詰め・ペースト類、畜肉ハム・ソーセージ等の畜産加工品;加工乳、乳飲料、ヨーグルト類、発酵乳、乳酸菌飲料類、チーズ、アイスクリーム類、調製粉乳類、クリーム、その他の乳製品等の乳・乳製品;バター、マーガリン類、植物油等の油脂類;しょうゆ、みそ、ソース類、トマト加工調味料、みりん類、食酢類等の基礎調味料;調理ミックス、カレーの素類、たれ類、ドレッシング類、めんつゆ類、スパイス類、その他の複合調味料等の複合調味料・食品類;素材冷凍食品、半調理冷凍食品、調理済冷凍食品等の冷凍食品;キャラメル、キャンディー、チューインガム、チョコレート、クッキー、ビスケット、ケーキ、パイ、スナック、クラッカー、和菓子、米菓子、豆菓子、デザート菓子、ゼリー、その他の菓子などの菓子類;炭酸飲料、天然果汁、果汁飲料、果汁入り清涼飲料、果肉飲料、果粒入り果実飲料、野菜系飲料、豆乳、豆乳飲料、コーヒー飲料、お茶飲料、粉末飲料、濃縮飲料、スポーツ飲料、栄養飲料、アルコール飲料、その他の嗜好飲料等の嗜好飲料類、ベビーフード、ふりかけ、お茶漬けのり等のその他の市販食品等;育児用調製粉乳;経腸栄養食;機能性食品(特定保健用食品、栄養機能食品)等が挙げられる。
【0036】
また、飲食品の一態様として飼料とすることもできる。飼料としては、ペットフード、家畜飼料、養魚飼料等が挙げられる。
飼料の形態としては特に制限されず、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の他に例えば、トウモロコシ、小麦、大麦、ライ麦、マイロ等の穀類;大豆油粕、ナタネ油粕、ヤシ油粕、アマニ油粕等の植物性油粕類;フスマ、麦糠、米糠、脱脂米糠等の糠類;コーングルテンミール、コーンジャムミール等の製造粕類;魚粉、脱脂粉乳、ホエイ、イエローグリース、タロー等の動物性飼料類;トルラ酵母、ビール酵母等の酵母類;第三リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の鉱物質飼料;油脂類;単体アミノ酸;糖類等を含有するものであってよい。
【0037】
本発明の組成物が飲食品(飼料を含む)の態様である場合、その中に含まれる3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の量は、特に限定されず適宜選択すればよいが、例えば、総量として好ましくは飲食品全体の0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上とするのがよい。3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の含量の上限は特に制限されないが、例えば好ましくは70質量%以下、より好ましくは40質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下であってもよい。
【0038】
本発明の組成物が飲食品(飼料を含む)の態様である場合、ビフィドバクテリウム属細菌の腸内定着促進という用途が表示された飲食品として提供・販売されることが可能である。また、本明細書に係る3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸は、これら飲食品等の製造のために使用可能である。
【0039】
かかる「表示」行為には、需要者に対して前記用途を知らしめるための全ての行為が含まれ、前記用途を想起・類推させうるような表現であれば、表示の目的、表示の内容、表示する対象物・媒体等の如何に拘わらず、全て本発明の「表示」行為に該当する。
また、「表示」は、需要者が上記用途を直接的に認識できるような表現により行われることが好ましい。具体的には、飲食品に係る商品又は商品の包装に前記用途を記載したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引き渡しのために展示し、輸入する行為、商品に関する広告、価格表若しくは取引書類に上記用途を記載して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に上記用途を記載して電磁気的(インターネット等)方法により提供する行為等が挙げられる。
【0040】
一方、表示内容としては、行政等によって認可された表示(例えば、行政が定める各種制度に基づいて認可を受け、そのような認可に基づいた態様で行う表示等)であることが好ましい。また、そのような表示内容を、包装、容器、カタログ、パンフレット、POP等の販売現場における宣伝材、その他の書類等へ付することが好ましい。
【0041】
また、「表示」には、健康食品、機能性食品、経腸栄養食品、特別用途食品、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、医薬用部外品等としての表示も挙げられる。この中でも特に、消費者庁によって認可される表示、例えば、特定保健用食品、栄養機能食品、若しくは機能性表示食品に係る制度、又はこれらに類似する制度にて認可される表示等が挙げられる。具体的には、特定保健用食品としての表示、条件付き特定保健用食品としての表示、身体の構造や機能に影響を与える旨の表示、疾病リスク減少表示、科学的根拠に基づいた機能性の表示等を挙げることができ、より具体的には、健康増進法に規定する特別用途表示の許可等に関する内閣府令(平成二十一年八月三十一年内閣府令第五十七号)に定められた特定保健用食品としての表示(特に保健の用途の表示)及びこれに類する表示が典型的な例である。
かかる表示としては、例えば、「ビフィズス菌を増やしたい方」、「腸内細菌叢の改善用」等と表示することが挙げられる。
【0042】
本発明の組成物は、医薬品の態様とすることもできる。
医薬品の投与経路は、経口又は非経口のいずれでもよいが経口が好ましい。また、非経口投与としては、経皮、静注、直腸投与、吸入等が挙げられる。
医薬品の形態としては、投与方法に応じて、適宜所望の剤形に製剤化することができる。例えば、経口投与の場合、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の固形製剤;溶液剤、シロップ剤、懸濁剤、乳剤等の液剤等に製剤化することができる。また、非経口投与の場合、座剤、軟膏剤、注射剤等に製剤化することができる。
なお、投与後に、腸内において3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸として、有効量以上が維持されていることが望ましいことから、経口剤の場合は、腸溶性カプセル剤や耐酸性の糖衣錠等が好ましく挙げられる。
【0043】
製剤化に際しては、3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の他に、通常製剤化に用いられている賦形剤、pH調整剤、着色剤、矯味剤等の成分を用いることができる。また、他の薬効成分や、公知の又は将来的に見出される腸内細菌叢改善作用を有する成分などを併用することも可能である。
加えて、製剤化は剤形に応じて適宜公知の方法により実施できる。製剤化に際しては、適宜、製剤担体を配合して製剤化してもよい。
【0044】
賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニット、ソルビット等の糖誘導体;トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、α-デンプン、デキストリン、カルボキシメチルデンプン等のデンプン誘導体;結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム等のセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルラン;軽質無水珪酸、合成珪酸アルミニウム、メタ珪酸アルミン酸マグネシウム等の珪酸塩誘導体;リン酸カルシウム等のリン酸塩誘導体;炭酸カルシウム等の炭酸塩誘導体;硫酸カルシウム等の硫酸塩誘導体等が挙げられる。
【0045】
結合剤としては、例えば、上記賦形剤の他、ゼラチン;ポリビニルピロリドン;マクロゴール等が挙げられる。
【0046】
崩壊剤としては、例えば、上記賦形剤の他、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドン等の化学修飾されたデンプン又はセルロース誘導体等が挙げられる。
【0047】
滑沢剤としては、例えば、タルク;ステアリン酸;ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等のステアリン酸金属塩;コロイドシリカ;ピーガム、ゲイロウ等のワックス類;硼酸;グリコール;フマル酸、アジピン酸等のカルボン酸類;安息香酸ナトリウム等のカルボン酸ナトリウム塩;硫酸ナトリウム等の硫酸塩類;ロイシン;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウム等のラウリル硫酸塩;無水珪酸、珪酸水和物等の珪酸類;デンプン誘導体等が挙げられる。
【0048】
安定剤としては、例えば、メチルパラベン、プロピルパラベン等のパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコール等のアルコール類;塩化ベンザルコニウム;無水酢酸;ソルビン酸等が挙げられる。
【0049】
矯味矯臭剤としては、例えば、甘味料、酸味料、香料等が挙げられる。
なお、経口投与用の液剤の場合に使用する担体としては、水等の溶剤等が挙げられる。
【0050】
本発明の組成物が医薬品の態様である場合、その中に含まれる3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の量は、特に限定されず適宜選択すればよいが、例えば、総量で好ましくは医薬品全体の40質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上とするのがよい。3-フェニルプロピオン酸及び/又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の含量の上限は特に制限されないが、例えば100質量%以下であってよい。
【0051】
本発明の医薬品を投与するタイミングは、例えば食前、食後、食間、就寝前など特に限定されない。
【実施例
【0052】
以下に実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0053】
<試験例1>腸管モデル培養における線毛形成の確認
GAM培地でビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を培養し、該培養液をOD
00=0.1に調整した菌液1mLを透析膜内に入れ、単一バッチ式嫌気性培養システム(KUHIMM、R. Takagi et. al., PLoS One. 2016, 11(8): e0160533.、D. Sasaki et. al., Sci. Rep. 2018, 8(1): 435.)内で、pHが6以下にならないよう1MのNaCO液でコントロールしながら24時間37℃で嫌気培養を行った。なお、試験群の培地には生理食塩水で10%(w/v)に予め調整しておいたヒト糞便溶液100μLを添加し、陰性対照群には添加しなかった。
培養後の細菌を酸化オスミウムで固定し,透過型電子顕微鏡で観察したところ、ヒト糞便を添加して培養した場合は、大きなファイバーの線毛が観察された(図1)。
また、ヒト糞便を添加して培養した試験群のビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1
株について、トランスクリプトーム解析を行ったところ、fimA、fimB、及びsrtC遺伝子を含むクラスターが、陰性対照群に比べて2倍以上発現が増強されていた。
【0054】
<試験例2>線毛形成誘導物質の同定
試験例1で用いたヒト糞便を添加したKUHIMM培養液(900 mL)を、活性炭カラム(樹脂容積:45 mL)を用いて、MilliQ水、50%メタノール、及び100%メタノール(各2
50mL)の順で分画した。各画分のうち、100μLを別の容器に回収し減圧乾固した後、MilliQ水50μLで再溶解した。次に,GAM培地でビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を培養し、該培養液をOD600=0.1に調整した菌液1mLに上記の分
取画分の再溶解液50μLを添加し、37℃、24時間培養した。培養後に遠心分離(4,000×g、5分間)により菌体を回収した。ムタノリシンおよびリゾチームを含む抽
出液(参考組成:extraction buffer (50 mM Tris-HCl [pH 7.0], 40% [w/v] sucrose, 0.1 mg [w/v] lysozyme, 25 U mutanolysin [Sigma-Aldrich, M9901], cOmplete [Roche])により菌体を処理することで線毛を含む菌体表層画分を分画した。次いで、トリクロロ酢酸沈殿によりタンパク質を濃縮し、SDS-PAGEに供した。PVDF膜に転写後、抗FimA抗体を用いたウェスタン・ブロッティングにより実施し,線毛のシグナルを検出することで、線誘導活性を評価した。100%メタノールで溶出した画分において、線毛誘導活性が認められた。
【0055】
さらに、該画分をHPLC(カラム: PEGASIL ODS SP100 φ20 × 250 mm、溶媒条件: 15-55%CH3CN/H2O-0.1%HCO2H 40 min gradient、流速: 6.0 mL/min、検出: UV 210 nm)で分画・精製し、線毛誘導活性が認められた溶出ピーク(保持時間 38 min)を繰り返し分取した。次いで、その回収液を減圧乾固することにより、4.8 mg の収量で目的の活性物質を得た。この物質について質量分析及びNMR解析により構造決定を行ったところ、該画分に含まれる化合物が3-フェニルプロピオン酸であることが同定された。
また、3-フェニルプロピオン酸を添加した(終濃度0.01、0.1、0.5、1.0、2.5、10、20、40、又は80μg/mL)GAM寒天培地で、ビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を24時間37℃で嫌気培養したところ、3-フェニルプロピオン酸の用量依存的に線毛重合を誘導することが確認された。特に、培地に0.1μg/mLよりも高濃度で添加すると線毛形成が明確に誘導された。
【0056】
<試験例3>PPAの線毛形成誘導活性の確認
3-フェニルプロピオン酸10μg/mLを添加したGAM寒天培地で、ビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を24時間37℃で嫌気培養した。
培養後の細菌を走査型電子顕微鏡で観察したところ、3-フェニルプロピオン酸を添加して培養した場合は、大きなファイバーの線毛が観察された(図2)。
前記線毛形成が確認された細菌について、定量的逆転写PCRにより線毛形成関連遺伝子の発現状況を解析したところ、fimA、fimB、及びsrtC遺伝子を含むクラスターが、陰性対照群に比べて約3~5倍発現が増強されていた。
【0057】
さらに、前記培養細胞の、ヒト腸管上皮細胞株(Caco-2又はHT29-MTX)への接着性を評価した。具体的には、ビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を、10 μg/mL PPA添加したGAM培地で37℃、15時間培養した。菌体を遠心分離し(4,000×g, 1min, 4℃)回収した後、Dulbecco's modified Eagle's medium (DMEM) にOD600 = 0.5となるように懸濁した。本菌液0.2mLをHT29-MTXまたはCaac-2細胞を単層培養したチャンバースライドグラスに添加し、37℃、2時間静置した。DMEM培地で洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドで接着したビフィドバクテリウム・ロンガムを固定し、クリスタルバイオレットにより染色した。1ウェルあたりの菌数を顕微鏡下でカウントした。
該接着性は、3-フェニルプロピオン酸存在下では非存在下に比べて有意に大きく、また抗FimA抗体により阻害され有意に小さくなることが確認された(図3)。
これらの結果から、3-フェニルプロピオン酸がビフィドバクテリウム・ロンガムの線毛形成を誘導する作用を有すること、及び線毛が腸管上皮への接着因子であることが分かる。
【0058】
<試験例4>PPA代謝酵素欠損クロストリジウム属細菌と共培養したビフィドバクテリウム属細菌における線毛形成
Dodderらの方法にしたがい(ClosTron-mediated engineering of Clostridium (PMID: 22750794)、The ClosTron: Mutagenesis in Clostridium refined and streamlined (PMID: 19891996))、クロストリジウム・スポロゲネス ATCC11437株のfldC (PMID: 29168502)にClosTronカセットを挿入することで、fldCサブユニットを破壊した。なお、fldCは、クロストリジウム・スポロゲネスにおけるPPA代謝酵素フェニル乳酸デヒドラターゼのをコードする遺伝子である。このfldC欠損クロストリジウム.スポロゲネスをGAM培地で36時間培養したところ、培養上清中にPPAが検出されないことを確認した。
クロストリジウム・スポロゲネスの前記fldC欠損株又は野生株と、ビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株とを、GAM培養液で24時間共培養した。
培養後のビフィドバクテリウム・ロンガムについて、試験例1と同様にウェスタン・ブロッティングを行ったところ、クロストリジウム・スポロゲネスfldC欠損株と共培養した場合は線毛形成が認められなかった(図4)。
【0059】
<試験例5>芳香族アミノ酸及びその代謝物の線毛形成誘導活性の確認
芳香族アミノ酸又はクロストリジウム・スポロゲネスが産生する前記アミノ酸の代謝物10μg/mLを添加したGAM寒天培地で、ビフィドバクテリウム・ロンガム 1-1株を24時間37℃で嫌気培養した。添加物質は、フェニルアラニン及びその代謝物として、フェニルアラニン、フェニル乳酸、フェニルアクリル酸、又は3-フェニルプロピオン酸を、チロシン及びその代謝物としてチロシン、4-ヒドロキシフェニル乳酸、4-ヒドロキシフェニルアクリル酸、又は3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を、トリプトファン及びその代謝物としてトリプトファン、インドール乳酸、インドールアクリル酸、又は3-(インドール)プロピオン酸を用いた。
【0060】
試験例1と同様に、培養後のビフィドバクテリウム・ロンガムの培養液から表層タンパク質を抽出し、ウェスタン・ブロッティングを行ったところ、3-フェニルプロピオン酸を添加して培養した場合は線毛形成が認められた。また、3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を添加して培養した場合も、前者よりは小さいものの線毛形成が認められた(図5)。
【0061】
<試験例6>クロストリジウム属細菌摂取マウスにおけるビフィドバクテリウム属細菌の線毛形成の確認
無菌マウスに、クロストリジウム・スポロゲネスATCC11437株及びビフィドバクテリウ
ム・ロンガム1-1株(BL+CS群、n=4)またはビフィドバクテリウム・ロンガム1-1株(BL群、n=5)を1日目に1度投与した。クロストリジウム・スポロゲネスATCC11437株は2.0×107 CFU/100μL、ビフィドバクテリウム・ロンガム1-1株は3.4×107 CFU/100μLを投与した。実験期間を通して,1週間毎に糞便中の細菌数をT. Matsuki et al., Appl. Environ. Microbiol. (2004) 70(1):167-73の方法に従い定量的PCRにより測定した。ビフィドバクテリウム・ロンガムの検出に使用したプライマーは、BiLON-1/BiLON-2(T. Matsuki et al., Appl. Environ. Microbiol. (2004) 70(1):167-173),ク
ロストリジウム・スポロゲネスの検出に使用したプライマーは、Sporog-F / Sporog-R(S. Morandi et al., Anaerobe. 2015, 34: 44-49.)である。
BL+CS群では実験期間を通してクロストリジウム・スポロゲネスが安定してコロニーを形成することを確認した。また、BL+CS群では糞便中のPPAが平均21~38μMで検出されたが、BL群ではPPAは検出されなかった。
投与開始7週間後にマウスを解剖し、各群マウスの腸上皮に接着したビフィドバクテリウム・ロンガムを走査型電子顕微鏡で観察したところ、BL+CS群では、大きなファイバーの線毛が観察された(図6)。
【0062】
また、マウス糞便を100 mg採取し, 300μLのムタノリシンおよびリゾチームを含む抽出液に完全に懸濁し、3時間37℃でインキュベートした。遠心分離(8,000 x g, 10 min, 4 )し、上清200μL回収した。次いで、トリクロロ酢酸沈殿によりタンパク質を濃縮し
、SDS-PAGEに供した。PVDF膜に転写後、抗FimA抗体を用いるウェスタン・ブロッティングを行って線毛のシグナルを検出したところ、BL+CS群ではFimA重合体が検出され線毛形成が認められた。
【0063】
<試験例7>ビフィドバクテリウム属細菌のマウス腸管への接着性の評価
クロストリジウム・スポロゲネス ATCC11437株及びビフィドバクテリウム・ロンガム1-1株(BL+CS群、n=4)またはビフィドバクテリウム・ロンガム1-1株(BL群、n=5)を投与したマウスを,投与開始7週間後に解剖した。盲腸を生理食塩水で洗浄し,腸上皮に接着した細菌をスクレイパーで回収した。試験例6と同様にqPCRによりクロストリジウム・スポロゲネス及びビフィドバクテリウム・ロンガムの菌数を測定した。
図7に結果を示す。線毛が観察されたBL+CS群では,BL群と比較し,マウス盲腸上皮における接着菌数の有意(*p<0.05)な向上が認められた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7