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特許7302852開放量子系のための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、量子情報処理プログラム、及びデータ構造
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】開放量子系のための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、量子情報処理プログラム、及びデータ構造
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/60 20220101AFI20230627BHJP
【FI】
G06N10/60
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019106159
(22)【出願日】2019-06-06
(65)【公開番号】P2020201566
(43)【公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】518253439
【氏名又は名称】株式会社QunaSys
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 信行
(72)【発明者】
【氏名】中川 裕也
(72)【発明者】
【氏名】御手洗 光祐
【審査官】坂庭 剛史
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0005402(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0095811(US,A1)
【文献】ENDO, Suguru et al.,"Variational quantum simulation of general processes",arXiv [online],[2023年02月28日検索],インターネット<URL:https://arxiv.org/abs/1812.08778v1>,1812.08778v1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/00-10/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
古典コンピュータと量子コンピュータとを含むハイブリッドシステムが実行する量子情報処理方法であって、
前記古典コンピュータが、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、
前記古典コンピュータが、前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、
前記古典コンピュータが、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、
前記古典コンピュータが、前記目的関数と、前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、
前記量子コンピュータが、前記古典コンピュータから出力された、前記目的関数と前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、
前記古典コンピュータが、前記量子コンピュータから出力された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、
前記古典コンピュータが、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、
前記量子コンピュータが、前記古典コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力し、
前記古典コンピュータが、前記量子コンピュータから出力された前記測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、
処理を含む開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項2】
前記古典コンピュータは、前記第1の量子回路の構造を決定する際に、以下の式(A)に表す条件(II)及び条件(III)を満たすように、前記第1の量子回路の構造を決定し、
前記古典コンピュータは、前記第2の量子回路を出力する際に、以下の式(A)に表す条件(I)、条件(II)、及び条件(III)を満たす前記第2の量子回路を出力する、
請求項1に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【数1】






(A)
ただし、ρ^は開放量子系における混合状態の密度行列を表し、ρ^はρ^のエルミート共役を表し、|ψ>は量子状態を表す。また、任意の|ψ>について上記(II)が成立する。
【請求項3】
前記第1の量子回路を表す行列は、固有値の分布を生成するための行列と、基底変換を行うための行列とを含む、
請求項1又は請求項2に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項4】
前記第1の量子回路のパラメータには、固有値の分布を制御するパラメータθと、基底変換を行うための行列のパラメータφとが含まれる、
請求項1~請求項3の何れか1項に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項5】
前記古典コンピュータは、前記測定用の量子ビットの初期値を設定する際に、前記量子コンピュータによって生成されたパラメータθに応じて確率λ(θ)を計算し、計算した前記確率λ(θ)に応じて、前記測定用の量子ビットの初期値を設定する、
請求項4に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項6】
前記第2の量子回路は、前記量子コンピュータによって生成されたパラメータφが反映された、前記第1の量子回路のうちのユニタリー回路U(φ)である、
請求項4又は請求項5に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項7】
前記量子コンピュータによる量子計算の計算結果が収束するまで、前記古典コンピュータによる前記測定用の量子ビットの初期値の設定と、前記量子コンピュータによる前記測定用の量子ビットの初期値に応じた量子計算の実行と、を繰り返す、
請求項1~請求項6の何れか1項に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項8】
前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとはコンピュータネットワークを介して接続されており、
前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとは、前記コンピュータネットワークを介して情報の送受信を行う、
請求項1~請求項7の何れか1項に記載の開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項9】
古典コンピュータが、
ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、
前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、
開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、
前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、
量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、
測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、
前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、
処理を実行する開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項10】
量子コンピュータが、
古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、
前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、
処理を実行する開放量子系のための量子情報処理方法。
【請求項11】
ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、
前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、
開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、
前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、
量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、
測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、
前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、
処理を実行する古典コンピュータ。
【請求項12】
古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、
前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、
処理を実行する量子コンピュータ。
【請求項13】
ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、
前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、
開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、
前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、
量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、
測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、
前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、
処理を古典コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラム。
【請求項14】
古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、
前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、
処理を量子コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示の技術は、開放量子系のための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、量子情報処理プログラム、及びデータ構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、変分量子固有値計算(VQE : Variational-Quantum-Eigensolver)(以下、単に「VQE」と称する。)が知られている(例えば、非特許文献1を参照。)。VQEは、量子回路のパラメータを逐次的に更新することにより、ハミルトニアンの最小の固有値を近似的に計算する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】A. Peruzzo, J. McClean, P. Shadbolt, M.-H. Yung, X.-Q. Zhou, P. J. Love, A. Aspuru-Guzik and J. L.O’Brien, "A variational eigenvalue solver on a photonic quantum processor.", Nature Communications,5, article number: 4213, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記非特許文献1に開示されているVQEは、孤立量子系を前提としており、開放量子系については考慮されていない。
【0005】
開示の技術は、上記の事情を鑑みてなされたものであり、開放量子系における、定常状態及び定常状態における物理量を計算することができる、開放量子系のための量子情報処理方法、古典コンピュータ、量子コンピュータ、量子情報処理プログラム、及びデータ構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために本開示の第1態様の開放量子系のための量子情報処理方法は、古典コンピュータと量子コンピュータとを含むハイブリッドシステムが実行する量子情報処理方法であって、前記古典コンピュータが、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、前記古典コンピュータが、前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、前記古典コンピュータが、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、前記古典コンピュータが、前記目的関数と、前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、前記量子コンピュータが、前記古典コンピュータから出力された、前記目的関数と前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、前記古典コンピュータが、前記量子コンピュータから出力された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、前記古典コンピュータが、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、前記量子コンピュータが、前記古典コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力し、前記古典コンピュータが、前記量子コンピュータから出力された前記測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、処理を含む開放量子系のための量子情報処理方法である。
【0007】
本開示の第2態様の前記古典コンピュータは、前記第1の量子回路の構造を決定する際に、以下の式(A)に表す条件(II)及び条件(III)を満たすように、前記第1の量子回路の構造を決定し、前記古典コンピュータは、前記第2の量子回路を出力する際に、以下の式(A)に表す条件(I)、条件(II)、及び条件(III)を満たす前記第2の量子回路を出力する開放量子系のための量子情報処理方法である。
【0008】
【数1】



(A)
【0009】
ただし、ρ^は開放量子系における混合状態の密度行列を表し、ρ^はρ^のエルミート共役を表し、|ψ>は量子状態を表す。また、任意の|ψ>について上記(II)が成立する。
【0010】
本開示の第3態様の前記第1の量子回路を表す行列は、固有値の分布を生成するための行列と、基底変換を行うための行列とを含む。
【0011】
本開示の第4態様の前記第1の量子回路のパラメータには、固有値の分布を制御するパラメータθと、基底変換を行うための行列のパラメータφとが含まれる。
【0012】
本開示の第5態様の前記古典コンピュータは、前記測定用の量子ビットの初期値を設定する際に、前記量子コンピュータによって生成された前記パラメータθに応じて確率λ(θ)を計算し、計算した前記確率λ(θ)に応じて、前記測定用の量子ビットの初期値を設定する。
【0013】
本開示の第6態様の前記第2の量子回路は、前記量子コンピュータによって生成された前記パラメータφが反映された、前記第1の量子回路のうちのユニタリー回路U(φ)である。
【0014】
本開示の第7態様は、前記量子コンピュータによる量子計算の計算結果が収束するまで、前記古典コンピュータによる前記測定用の量子ビットの初期値の設定と、前記量子コンピュータによる前記測定用の量子ビットの初期値に応じた量子計算の実行と、を繰り返す。
【0015】
本開示の第8態様の前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとはコンピュータネットワークを介して接続されており、前記古典コンピュータと前記量子コンピュータとは、前記コンピュータネットワークを介して情報の送受信を行う。
【0016】
本開示の第9態様は、古典コンピュータが、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、処理を実行する開放量子系のための量子情報処理方法である。
【0017】
本開示の第10態様は、量子コンピュータが、古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、処理を実行する開放量子系のための量子情報処理方法である。
【0018】
本開示の第11態様は、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、処理を実行する古典コンピュータである。
【0019】
本開示の第12態様は、古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、処理を実行する量子コンピュータである。
【0020】
本開示の第13態様は、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算し、前記リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定し、前記第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力し、量子コンピュータから出力された、前記第1の量子回路の構造と前記パラメータの初期値とに基づきVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算により生成された前記第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定し、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とを出力し、前記量子コンピュータから出力された、前記測定対象の物理量を表す情報と、前記測定用の量子回路である第2の量子回路と、前記測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算の測定結果に応じて、前記測定対象の物理量の計算結果を出力する、処理を古典コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラムである。
【0021】
本開示の第14態様は、古典コンピュータから出力された、ハミルトニアンと散逸演算子とに基づき計算されたリンドブラディアンに応じた目的関数と、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造と、前記第1の量子回路のパラメータの初期値とに応じて、VQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた量子計算を実行し、前記第1の量子回路のパラメータを生成し、前記第1の量子回路のパラメータを出力し、前記古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路と、前記第1の量子回路のパラメータに応じて設定された測定用の量子ビットの初期値と、に応じた量子計算を実行し、前記量子計算の測定結果を出力する、処理を量子コンピュータに実行させるための量子情報処理プログラムである。
【0022】
本開示の第15態様は、量子コンピュータの量子計算に用いられる量子回路の構成に関するデータ構造であって、開放量子系の定常状態を求めるための情報であって、固有値の分布を生成するための行列と基底変換を行うための行列とを表す情報を含み、前記量子回路と前記量子回路のパラメータの初期値とに基づくVQE(Variational-Quantum-Eigensolver)を用いた前記量子コンピュータによる量子計算によって、前記量子回路のパラメータを生成する処理に用いられる、データ構造である。
【発明の効果】
【0023】
開示の技術によれば、開放量子系における、定常状態及び定常状態における物理量を計算することができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本実施形態のハイブリッドシステム100の概略構成の一例を示す図である。
図2】古典コンピュータ110、制御装置121、及びユーザ端末130として機能するコンピュータの概略ブロック図である。
図3】本実施形態の量子回路の一例を模式的に示す図である。
図4】本実施形態の量子回路の一例を模式的に示す図である。
図5】本実施形態の量子回路を構成するD(θ)の一例を模式的に示す図である。
図6】本実施形態の量子回路を構成するD(θ)の一例を模式的に示す図である。
図7】本実施形態の量子回路を構成するU(φ)の一例を模式的に示す図である。
図8】ハイブリッドシステム100の計算処理の一例を示す図である。
図9】実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
図10】実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して開示の技術の実施形態を詳細に説明する。
【0026】
<本実施形態に係るハイブリッドシステム100>
【0027】
図1に、本実施形態に係るハイブリッドシステム100を示す。本実施形態のハイブリッドシステム100は、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120とユーザ端末130とを備える。古典コンピュータ110と量子コンピュータ120とユーザ端末130とは、図1に示されるように、一例としてIP(Internet Protocol)ネットワークなどのコンピュータネットワークを介して接続されている。
【0028】
本実施形態のハイブリッドシステム100においては、量子コンピュータ120が古典コンピュータ110からの要求に応じて所定の量子計算を行い、当該量子計算の計算結果を古典コンピュータ110へ出力する。古典コンピュータ110はユーザ端末130へ量子計算に応じた計算結果を出力する。これにより、ハイブリッドシステム100全体として所定の計算処理が実行される。
【0029】
古典コンピュータ110は、通信インターフェース等の通信部111と、プロセッサ、CPU(Central processing unit)等の処理部112と、メモリ、ハードディスク等の記憶装置又は記憶媒体を含む情報記憶部113とを備え、各処理を行うためのプログラムを実行することによって構成されている。なお、古典コンピュータ110は1又は複数の装置ないしサーバを含むことがある。また、当該プログラムは1又は複数のプログラムを含むことがあり、また、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記録して非一過性のプログラムプロダクトとすることできる。
【0030】
量子コンピュータ120は、一例として、古典コンピュータ110から送信される情報に基づいて量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射するための電磁波を生成する。そして、量子コンピュータ120は、生成された電磁波を、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射することにより、量子回路を実行する。
【0031】
図1の例では、量子コンピュータ120は、古典コンピュータ110と通信を行う制御装置121と、制御装置121からの要求に応じて電磁波を生成する電磁波生成装置122と、電磁波生成装置122からの電磁波照射を受ける量子ビット群123とを備える。なお、本実施形態において「量子コンピュータ」とは、古典ビットによる演算を一切行わないことを意味するものではなく、量子ビットによる演算を含むコンピュータをいう。
【0032】
制御装置121は、古典ビットにより演算を行う古典コンピュータであり、古典コンピュータ110において行うものとして本明細書にて説明する処理の一部又は全部を代替的に行う。例えば、制御装置121は、量子回路を予め記憶又は決定しておき、量子回路のパラメータを受信したことに応じて、量子ビット群123において量子回路を実行するための量子ゲート情報を生成してもよい。
【0033】
ユーザ端末130は、古典ビットにより演算を行う古典コンピュータである。ユーザ端末130は、ユーザから入力された情報を受け付け、当該情報に応じた処理を実行する。
【0034】
古典コンピュータ110、制御装置121、及びユーザ端末130は、例えば、図2に示すコンピュータ50で実現することができる。コンピュータ50はCPU51、一時記憶領域としてのメモリ52、及び不揮発性の記憶部53を備える。また、コンピュータ50は、外部装置及び出力装置等が接続される入出力interface(I/F)54、及び記録媒体に対するデータの読み込み及び書き込みを制御するread/write(R/W)部55を備える。また、コンピュータ50は、インターネット等のネットワークに接続されるネットワークI/F56を備える。CPU51、メモリ52、記憶部53、入出力I/F54、R/W部55、及びネットワークI/F56は、バス57を介して互いに接続される。
【0035】
本実施形態のハイブリッドシステム100は、開放量子系の定常状態を計算する。以下、本実施形態の概要と前提となる事項とについて説明する。
【0036】
[本実施形態のハイブリッドシステム100の概要]
【0037】
本実施形態では、開放量子系である散逸系(dissipative-system)におけるVQE (以下、単に「dVQE」と称する。)を提案する。dVQEは、変分パラメータ(以下、単に「パラメータ」と称する。)により表される量子回路を用いて、開放量子系における非平衡定常状態(NESS : Non-Equilibrium Steady State)(以下、単に「定常状態」又は単に「NESS」とも称する。)を計算する。
【0038】
本実施形態では、開放量子系における定常状態を計算する際、所定の物理的要請が課された量子回路を用いて量子計算を行う。具体的には、n個の量子ビットで記述される開放量子系の定常状態を得ようとする場合、本実施形態の量子回路は2n個の量子ビットによって表現される。
【0039】
図3に、本実施形態において用いる量子回路を説明するための説明図を示す。図3に示されるように、本実施形態の量子回路は、物理的空間(又は、左空間とも称される。)に対応するn個の量子ビット70と、補助的空間(又は、右空間とも称される。)に対応するn個の量子ビット72と、によって表される。また、図3に示されるように、本実施形態の量子回路は、固有値分布を表す部分74と、基底変換を表す部分76と、が含まれている。
【0040】
本実施形態においては、まず、VQEを用いて、2n個の量子ビットにより表される量子回路のパラメータを最適化する。これにより、開放量子系の定常状態が得られる。VQEによって量子回路のパラメータが最適化された後、本実施形態では、2n個の量子ビットのうちのn個の量子ビットを除外する。そして、本実施形態では、n個の量子ビットで記述される開放量子系の定常状態の物理量を得る。以下、具体的に説明する。
【0041】
[1 リンドブラディアンによる開放量子系の表現について]
【0042】
開放量子系は、外部環境との間において相互作用がある系である。また、開放量子系は、非ユニタリー時間発展(non-unitary time evolution)に従う系でもある。これに対し、孤立量子系はユニタリー時間発展(unitary time evolution)に従う。
【0043】
本実施形態では、リンドブラディアンによって非ユニタリーな時間発展が記述されるような、開放量子系の定常状態を量子計算により求める。リンドブラディアンは、開放量子系における時間発展の演算子が課される2つの特性を有する。1つは完全正値トレース保存(CPTP : Completely Positive Trace Preserving map)という特性であり、もう1つはマルコフ性である。
【0044】
具体的には、混合状態ρ^(t)の時間発展は、既知であるリンドブラッド方程式によって与えられる(例えば、以下の参考文献1,2を参照)。
【0045】
参考文献1:G. Lindblad. , "On the generators of quantum dynamical semigroups.", Comm. Math. Phys.,48(2):119-130, 1976.
参考文献2:Kristan Temme, Fernando Pastawski, and Michael J Kastoryano., "Hypercontractivity of quasifree quantum semigroups.", Journal of Physics A: Mathematical and Theoretical, 47(40):405303,2014.
【0046】
有限次元のヒルベルト空間における、リンドブラディアンLの、混合状態ρ^(t)への作用Lρ^(t)は以下の式(1)によって表される。なお、記号に付された「^」は、当該記号が行列であることを明示している。
【0047】
【数2】

(1)
【0048】
なお、リンドブラディアンの作用する空間は、以下のように与えられる。
【0049】
【数3】
【0050】
また、有限次元のヒルベルト空間は、次式によって表される。
【0051】
【数4】
【0052】
なお、系のハミルトニアンH^の作用する空間は、以下のように与えられる。系のハミルトニアンH^は、時間発展のユニタリー部分を記述する。
【0053】
【数5】
【0054】
なお、上記式の超演算子D[Γ^]を混合状態ρ^(t)に作用させた場合、以下の式(2)によって表される。なお、「†」はエルミート共役を表す。
【0055】

(2)
【0056】
上記式(1)の右辺の第2項にある、振幅γkを持つような散逸は、純粋状態のコヒーレンスを破壊する役割を持ち、対応する超演算子の作用する空間が以下のように与えられる。
【0057】
【0058】
なお、上記式(2)におけるΓ^は、k番目のジャンプ演算子であり散逸の詳細を決定する。
【0059】
[1.1 リンドブラッド方程式のベクトル表現]
【0060】
時間に依存しないリンドブラディアンは、以下の式(3)を満たす少なくとも1つの定常状態を有する。
【0061】
【数6】

(3)
【0062】
上記式(3)におけるρ^SSは、NESS(例えば、以下の参考文献3を参照)の密度行列を表す。
【0063】
参考文献3:A.Rivas and S.F. Huelga. "Open Quantum Systems: An Introduction.", Springer Briefs in Physics., Springer Berlin Heidelberg, 2011.
【0064】
既知の数値計算手法を用いるために、本実施形態では、開放量子系における混合状態の密度「行列」ρ^が「演算子空間」と称される空間上の「ベクトル」|ρ>へ写像される。なお、密度行列ρ^の作用する空間は、以下のように与えられる。
【0065】
【数7】
【0066】
また、ベクトル|ρ>の空間は、次式によって定義される。
【0067】
【数8】
【0068】
なお、状態の新たな表現はベクトル表現と称され、以下の式(4)によって表される。
【0069】
【数9】

(4)
【0070】
なお、上記式(4)におけるCは正規化係数であり、次式によって表される。
【0071】
【数10】
【0072】
なお、2つの表現における正規化の方法は互いに異なっている。行列表現では、次式に示されるように、対角和が1になるように正規化される。一方で、ベクトル表現では、|ρ>のL2ノルムが1になるように正規化される。
【0073】
【数11】
【0074】
なお、ケットを表す記号|i>に対応する空間は物理空間と称され、ブラを表す記号<j|に対応する空間は補助空間と称される。または、ケットを表す記号|i>に対応する空間は左空間とも称される。また、ブラを表す記号<j|に対応する空間は右空間とも称される。
【0075】
なお、これら2つの部分空間は、次式の下付き文字によって区別される。
【0076】
【数12】

【0077】
なお、これら2つの部分空間の元は、例えば、次式によって表される。
【0078】
【数13】

【0079】
上記式(4)によって定義される写像を用いて、左から密度行列ρ^に作用する演算子A^は、次のように左空間(又は補助的空間)の演算子へ写像される。また、右から密度行列ρ^に作用する演算子B^は、次のように右空間(又は物理的空間)の演算子へ写像される。
【0080】
【数14】

(5)

(6)

(7)
【0081】
ベクトル表現におけるリンドブラッド方程式を得るために、写像を表す上記式(5)を上記式(1)へ適用すると、以下の式(8)~(10)が導出される。
【0082】
【数15】

(8)

(9)

(10)
【0083】
ベクトル表現のリンドブラディアンL^は、次式で表される空間上で作用する。
【0084】
【数16】
【0085】
ベクトル表現を用いた場合、NESSを見つける問題は、標準的な線形代数の問題に帰着される。具体的には、以下の式(11)の非エルミート演算子により与えられる方程式を解くことによって、NESSの解が得られる。
【0086】
【数17】

(11)
【0087】
固有値がゼロ以外の他の固有状態は、一般的に、以下の式(12)~(13)を満たす。
【0088】
【数18】

(12)

(13)
【0089】
ここで、|ρ>は、次式を満たす固有値におけるi番目の固有モードのベクトル表現である(例えば、参考文献3,4を参照)。また、λはi番目の固有値である。この場合、|ρ>は、減衰モードを意味する。
【0090】
【数19】
【0091】
参考文献4:H.P. Breuer and F. Petruccione., "The Theory of Open Quantum Systems.", Oxford University Press, 2002.
【0092】
なお、以下の式(B1)が成立する場合には以下の式(B2)が成立することが示され、複素固有値をもつ減衰モードは常に対になって現れる。なお、λ はλの複素共役である。
【0093】
【数20】

(B1)

(B2)
【0094】
[2 dVQEの計算方法]
【0095】
本実施形態は、開放量子系の定常状態を得るための変分法を用いる。本実施形態の量子回路の最適化には2n個の量子ビットが使用される。一方、開放量子系の定常状態における物理量の測定にはn個の量子ビットが使用される。このような量子ビットの数の変化は、密度行列のベクトル表現から行列表現への切り替えに対応している。
【0096】
以下、具体的に説明する。
【0097】
[2.1 目的関数LLの基底状態としてのNESS]
【0098】
上記式(11)によって解かれるリンドブラディアンは、非エルミート行列である。仮に、散逸がない場合又は散逸がパリティ時間対称である場合(例えば、参考文献5を参照)、リンドブラディアンは歪エルミートとなる。このときには、ユニタリー行列を用いてリンドブラディアンを対角化することで、純虚数の固有値が得られる。そうでない場合、固有値は、純粋に実数でも虚数でもなく、固有モードは直交しない。換言すれば、ハミルトニアンの対角化に用いられる標準的な数値手法を適用することができない。
【0099】
参考文献5:Carl M Bender., "Making sense of non-hermitian hamiltonians.", Reports on Progress in Physics,70(6):947, 2007.
【0100】
そこで、目的関数としてSchattenノルム||dρ^(t)/dt||traceを用いることも考えられる(例えば、参考文献6を参照。)。しかし、Schattenノルム||dρ^(t)/dt||traceの評価は簡単ではない。
【0101】
参考文献6:Hendrik Weimer., "Variational principle for steady states of dissipative quantum many-body systems.", Phys. Rev. Lett., 114:040402, Jan 2015.
【0102】
一方、次式に示されるような、リンドブラディアンのエルミート共役L^とリンドブラディアンL^との積は、非負の固有値を持つようなエルミート行列である。
【0103】
【数21】
【0104】
このため、固有値λ=0となる最低固有状態は、NESSに対応する。つまり、上記式(11)を満たすNESS |ρSS>は、以下の式(14)を満たす。
【0105】
【数22】

(14)
【0106】
このため、本実施形態では、Lanczosの方法又は変分アプローチのような孤立量子系における基底状態の探索方法(例えば、参考文献7を参照。)が、開放量子系のNESSの探索に適用できる。
【0107】
参考文献7:Jian Cui, J. Ignacio Cirac, and Mari Carmen Ba~nuls., "Variational Matrix Product Operators for the Steady State of Dissipative Quantum Systems.", Physical Review Letters, 114(22):1-5,jan 2015.
【0108】
VQE等の変分アプローチの利点は、近似がどの程度良いのかを示すことができる点である。具体的には、目的関数L^L^の下限が0であるという性質を用いることで、厳密解を計算することなく、最適化の精度を定量化できる。
【0109】
このため、本実施形態では、パラメータ化された量子回路を用いて上記式(14)を解く。本実施形態の計算法であるdVQEは、パラメータ化された量子回路を用いて、目的関数を最適化する。なお、VQEは、noisy intermediate-scale quantum (NISQ) devicesのために開発された技術(例えば、参考文献8を参照)である。VQEは、量子コンピュータ120による量子状態の計算と、古典コンピュータ110による最適化された量子回路のパラメータによって、全体の計算が実行される(例えば、参考文献9を参照)。
【0110】
参考文献8:John Preskill., "Quantum Computing in the NISQ era and beyond.", (July):1-20, 2018.
参考文献9:Alberto Peruzzo, Jarrod McClean, Peter Shadbolt, Man-Hong Yung, Xiao-Qi Zhou, Peter J.Love, Al an Aspuru-Guzik, and Jeremy L. O'Brien., "A variational eigenvalue solver on a photonic quantum processor." Nature Communications, 5:4213, 2014.
【0111】
本実施形態のハイブリッドシステム100において、量子コンピュータ120が実行する処理と、古典コンピュータ110が実行する処理とを以下に示す。
【0112】
(0)古典コンピュータ110が、量子回路のパラメータの初期値を設定する。
【0113】
なお、後述するように、本実施形態の量子回路は次式によって表される。
【0114】
【数23】
【0115】
(1)量子コンピュータ120が、上記式に示される量子回路からのサンプリングを行い、目的関数の期待値<L^L^>が計算される。
(2)古典コンピュータ110が、サンプリングされた目的関数の期待値に基づいて、例えば、Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno法(以下、単に「BFGS法」と称する。)等の最適化手法を用いて、パラメータθ,φを更新する。
(3)例えば、目的関数の期待値<L^L^>がゼロに収束するまで、上記の(1)の処理と上記(2)の処理とが繰り返される。
【0116】
目的関数の項の数は、物理空間と補助空間との間の全ての結合のために、急速に増加する。しかし、この点については、量子ビットから十分効率的にサンプリングをすることができる(例えば、参考文献10を参照)。
【0117】
参考文献10:G. Ortiz, J. E. Gubernatis, E. Knill, and R. Laflamme., "Quantum algorithms for fermionic simulations.", Phys. Rev. A, 64:022319, Jul 2001.
【0118】
[2.2 dVQEのための量子回路の仮設]
【0119】
次に、量子回路を用いてNESSを計算するための変分アプローチについて説明する。上述したように、本実施形態では、密度行列をベクトル表現とすることにより、孤立量子系におけるVQEと平行に議論を進めることができる(例えば、参考文献9,11,12を参照)。
【0120】
参考文献11:Bela Bauer, DaveWecker, Andrew J. Millis, Matthew B. Hastings, and Matthias Troyer., "Hybrid quantum-classical approach to correlated materials.", Phys. Rev. X, 6:031045, Sep 2016.
参考文献12:Abhinav Kandala, Antonio Mezzacapo, Kristan Temme, Maika Takita, Markus Brink, Jerry M.Chow, and Jay M. Gambetta., "Hardware-efficient variational quantum eigensolver for small molecules and quantum magnets.", Nature, 549:242 EP -, 09 2017.
【0121】
一方、開放量子系の密度行列ρ^は、次式に示される条件を満たす必要がある。
【0122】
【数24】
【0123】
そこで、本実施形態では、上記の条件(I),(II),及び(III)を満たすような量子回路を設計し、当該量子回路を用いて、開放量子系の定常状態と当該定常状態における物理量を計算する。
【0124】
本実施形態では、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路と、定常状態における前記測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路とを用いる。具体的には、本実施形態のハイブリッドシステム100は、第1の量子回路を用いて開放量子系の定常状態を求めた後に、第2の量子回路を用いて定常状態における測定対象の物理量を測定する。
【0125】
なお、条件(I)は、ベクトル表現に適切な正規化を課すことにより満たされる。しかし、第1の量子回路のパラメータを最適化する際には、条件(I)が満たされている必要はない。このため、第1の量子回路の構造を決定する際には、上記の条件(II)及び(III)を満たされるように、その構造が決定される。
【0126】
具体的には、第2の量子回路による測定の際に条件(I)の正規化を考慮すれば良い。なお、第1の量子回路はベクトル表現となっているため、第1の量子回路のパラメータを最適化する際には、以下の条件が満たされるように、第1の量子回路の構造が決定される。
【0127】
【数25】
【0128】
上記(I)~(III)の条件は、固有値のパラメータ化と基底変換とが分離されていることを表している。図4に本実施形態の量子回路の一例を示す。図4の量子回路は、NESSのための量子回路であり、第1の量子回路である。D(θ)は固有値の分布を生成し、U(φ)は基底を変換する。なお、量子ビットの上半分は物理的空間を表し、量子ビットの下半分は補助的空間を表す。
【0129】
任意の密度行列はエルミート行列であり、ユニタリー行列によって対角化することが可能である。したがって、本実施形態では、以下の式(15)~(16)によって表される量子回路を構築する。
【0130】
【数26】

(15)

(16)
【0131】
ここで、D^(θ)は固有値の分布を与える。また、U^(θ)は、基底変換に対応する。D^(θ)及びU^(θ)の詳細は後述する。
【0132】
全ての量子ビットが0に初期化された場合を想定すると、初期状態ρ^は次式によって表される。
【0133】
【数27】
【0134】
なお、初期状態は次式によっても表すことが可能である。
【0135】
【数28】
【0136】
次式に示す写像によって得られる、固有値分布に対応する量子回路をDとして表す。ここで固有値分布D(θ)は上記式(16)に対応するものであり、詳細は後述する。
【0137】
【数29】
【0138】
この場合、本実施形態の第1の量子回路は、以下の式(17)によって与えられる。
【0139】
【数30】

(17)
【0140】
基底変換のためのユニタリー演算子であるU^(φ)は、問題設定に大きく依存するが、解の精度に大きな影響を及ぼす。後述するように、簡単のため、本実施形態では、量子コンピュータのハードウェアにとって効率的な量子回路(Hardware-efficient ansatz)(例えば、参考文献12,13,14を参照)を適用させる。
【0141】
参考文献13:E Farhi, J Goldstone, and S Gutmann., "A quantum approximate optimization algorithm.",arXiv:1411.4028, 2014.
参考文献14:K.M. Nakanishi, K Mitarai, and K Fujii., "Subspace-search variational quantum eigensolver forexcited states.", arXiv:1810.09434, 2018.
【0142】
[2.2.1 固有値分布のための量子回路D(θ)]
【0143】
密度行列の固有値分布を生成するユニタリゲートD(θ)について、以下説明する。n個の物理的な量子ビットの系のための対角行列は、以下の式(18)~(19)に示されるように、ベクトル表現へ写像される。
【0144】
【数31】

(18)

(19)
【0145】
ここで、上記式(19)に示されるCNOTゲートは、k番目の量子ビットとk+n番目の量子ビットとの間の量子もつれを生成する。例えば、量子ビットによって表される状態{|00>,|01>,|10>,|11>}のうちの、最初の量子ビットはコントロール量子ビットを表し、2番目の量子ビットは制御対象の量子ビットを表す場合、CNOTゲートは、以下の式(20)によって表される。
【0146】
【数32】

(20)
【0147】
ここで、固有値の分布のための上記式(19)は、左空間におけるユニタリゲートから決定されることがわかる。図5に、D(θ)の一例を示す。量子回路の構成要素である回転Yゲートは、以下の式(21)によって定義される。
【0148】
【数33】

(21)
【0149】
なお、半正定値の性質は、次式の角度の制限によって保証される。
【0150】
【数34】
【0151】
図5に示される固有値分布の量子回路D(θ)は、それぞれの量子ビットを独立に取り扱っている一方で、図6に示される量子回路D(θ)は、量子もつれを導入している。上記図5及び上記図6で示されているように、上半分の量子ビットは物理空間を表し、下半分の量子ビットは補助空間を表す。なお、これらの図にはn=3の場合が示されている。
【0152】
[基底変換のための量子回路U(φ)]
【0153】
本実施形態では、量子コンピュータのハードウェアにとって効率的な量子回路を基底変換に用いる(例えば、参考文献12,13,14を参照)。図7にU(φ)の一例を示す。図7に示されるU(φ)におけるRX,RYは、D回繰り返される。RXは回転Xゲートを表し、RYは回転Yゲートを表す。なお、図7に示されるU(φ)では、物理空間の量子ビットが描かれている。
【0154】
[2.3 測定対象の物理量の測定]
【0155】
古典コンピュータ110による最適化が終了すると、測定用量子ビットの初期値を確率的に設定した上で測定を行うことにより、測定対象の物理量の期待値が計算される。ここでは、開放量子系に適した計算法である本実施形態のdVQEの詳細を説明する。
【0156】
[2.3.1 量子回路におけるNESSのための一般的な測定スキーム]
【0157】
ベクトル表現された目的関数の期待値<LL>は効率的に測定される一方で、物理量の測定はベクトル表現のままでは実行できない。このため、本実施形態のハイブリッドシステム100は、入力されたn量子ビットを確率的に初期化する。具体的には、本実施形態のハイブリッドシステム100は、密度行列の固有値{λ}の集合に基づいて、n量子ビットの状態を確率的に初期化する。
【0158】
密度行列ρ^の下における測定対象の物理量A^の測定は、行列表現とベクトル表現とによって、以下の式(22)~(23)のように表される。
【0159】
【数35】

(22)

(23)
【0160】
ここで、次式に示す正規化されていないベクトルは、完全な混合状態を表す密度行列のベクトル表現に対応する。
【0161】
【数36】
【0162】
なお、上記の式に示す状態|Ψ(1)>は、2個の非ゼロの要素から構成されている。このため、上記の式は、ベクトル表現における測定において、22n個の要素のうち2個の要素を抜き出す形となり、測定は系のサイズに対して指数関数に非効率になる。
【0163】
この問題を避けるため、本実施形態では、量子回路の表現について、ベクトル表現から行列表現に戻した上で物理量の測定を行う。更に、本実施形態では、量子回路におけるD(θ)とU(φ)とのパラメータθ,φの最適化が終了した後には、n個の量子ビットを用いる。qを1又は0をとるk番目の量子ビットとして、nビットの配列をq=(q,・・・,q)と表す。
【0164】
最適化された量子回路により与えられる密度行列ρ^は、次式によって表される。
【0165】
【数37】
【0166】
また、測定対象の物理量Aの期待値<A>は、以下の式によって新たに定義される。
【0167】
【数38】

(24)

(25)
【0168】
次式に示される正規化は、λを、初期状態をqに設定するための確率としてみなすことが許される。
【0169】
【数39】
【0170】
従って、本実施形態のアルゴリズムは、以下のように要約化される。
【0171】
(0)第1の量子回路に関する最適化により、パラメータθ,φの最適な値を求める。なお、パラメータθ,φの最適化の際には、VQEによって、2n個の量子ビットが使用される。
(1)左空間に対応するn量子ビットの初期状態|q>を、確率λに従って設定する。
(2)基底変換された|ψ>に従って測定対象の物理量A^を測定する。
(3)上記(1)と上記(2)とを、所望の確度が達成されるまで繰り返す。
【0172】
固有値分布Dに対応する量子回路として、図5に示されるような回路が採用された場合には、確率は、以下の式(26)を用いることができる。
【0173】
【数40】

(26)
【0174】
[本実施形態のハイブリッドシステム100の動作]
【0175】
次に、本実施形態のハイブリッドシステム100の具体的な動作について説明する。ハイブリッドシステム100の各装置において、図8に示される各処理が実行される。
【0176】
まず、ステップS100において、ユーザ端末130は、ユーザから入力された計算対象に関する情報(以下、単に「計算対象情報」と称する。)を、古典コンピュータ110へ送信する。計算対象情報は、量子計算によって解かれる問題に関する情報であり、例えば、計算対象の系のハミルトニアンHを計算するための情報と、計算対象の系の散逸演算子Γを計算するための情報と、測定対象の物理量に関する情報とが含まれている。
【0177】
測定対象の物理量は上記式(24)等で示されている「A」であり、測定対象の物理量の一例としては、対象物の磁化又は電流等が挙げられる。ハミルトニアンHを計算するための情報と、散逸演算子Γを計算するための情報とは、計算対象物に応じて異なるものとなる。ハミルトニアンHを計算するための情報の一例としては、相互作用する量子ビットのインデックスや、相互作用の関数系などが挙げられる。また、散逸演算子Γを計算するための情報の一例としては、位相緩和項やエネルギー緩和項に関する緩和時間の特定などが挙げられる。
【0178】
次に、ステップS102において、古典コンピュータ110は、ユーザ端末130から送信された計算対象情報を受信する。そして、ステップS102において、古典コンピュータ110は、受信した計算対象情報のうちのハミルトニアンHを計算するための情報に基づいて、既知の計算式に従って、系のエネルギー状態を表すハミルトニアンHを計算する。これにより、系の内部における相互作用が決定される。
【0179】
また、ステップS102において、古典コンピュータ110は、受信した計算対象情報のうちの系の散逸演算子Γを計算するための情報に基づいて、既知の計算式に従って、系の散逸演算子Γを計算する。これにより、系の外部環境との相互作用が決定される。
【0180】
なお、ハミルトニアンH及び散逸演算子Γは、計算対象に応じて異なるものとなる。
【0181】
ステップS104において、古典コンピュータ110は、上記ステップS102で計算されたハミルトニアンHと散逸演算子Γに基づいて、上記式(8)~式(10)に従って、リンドブラディアンLを計算する。
【0182】
ステップS106において、古典コンピュータ110は、上記ステップS104で計算されたリンドブラディアンLに応じた目的関数LLを計算する。
【0183】
ステップS108において、古典コンピュータ110は、図4に示されるような、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路の構造を決定する。第1の量子回路の構造は、図4に示されるように、計算対象の量子ビット数がn量子ビットである場合に、2n量子ビットによって表される量子回路である。また、第1の量子回路は、固有値の分布を生成するための行列を表すD(θ)と、基底変換を行うための行列を表すU(φ)とを含む量子回路である。このため、第1の量子回路には、固有値の分布を生成するための行列を表すパラメータθと、基底変換を行うための行列のパラメータφとが含まれている。
【0184】
なお、古典コンピュータ110は、上述したように、以下の条件(II)及び(III)を満たすように、第1の量子回路の構造を決定する。
【0185】
【数41】


【0186】
ただし、ρ^は開放量子系における混合状態の密度行列を表し、ρ^はρ^のエルミート共役を表し、|ψ>は量子状態を表す。また、任意の|ψ>について上記(II)が成立する。
【0187】
ステップS110において、古典コンピュータ110は、上記ステップS108で決定された第1の量子回路の構造及び第1の量子回路のパラメータθ,φの初期値を出力する。具体的には、古典コンピュータ110は、上記ステップS108で決定された第1の量子回路の構造、第1の量子回路のパラメータθ,φの初期値、及び最適化手法を、量子コンピュータ120へ送信する。最適化手法としては、例えば、BFGS法等が挙げられる。
【0188】
ステップS106において、古典コンピュータ110から量子コンピュータ120へ送信されるデータは、量子コンピュータ120の量子計算に用いられる量子回路の構成に関するデータ構造であって、開放量子系の定常状態を求めるための情報であって、固有値の分布を生成するための行列を表す情報と基底変換を行うための行列を表す情報とを含む。
【0189】
このデータ構造は、量子コンピュータ120の量子計算に用いられるデータ構造であって、第1の量子回路と第1の量子回路のパラメータθ,φの初期値とに基づくVQEを用いた量子コンピュータ120による量子計算によって、第1の量子回路のパラメータθ,φを生成する処理に用いられる。
【0190】
ステップS112において、制御装置121は、上記ステップS108で古典コンピュータ110から送信された、第1の量子回路の構造、第1の量子回路のパラメータθ,φの初期値、及び最適化手法を受信する。そして、制御装置121は、第1の量子回路の構造、第1の量子回路のパラメータθ,φの初期値、及び最適化手法に応じて、VQEを用いた量子計算を量子コンピュータ120に実行させる。
【0191】
具体的には、量子コンピュータ120は、制御装置121の制御に応じて、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射するための電磁波を生成する。そして、量子コンピュータ120は、生成された電磁波を、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射し、初期情報に応じた量子回路を実行することにより、最適な量子回路である第1の量子回路のパラメータθ,φを生成する。量子回路に含まれる各量子ゲートのゲート操作は対応する電磁波波形へと変換され、生成された電磁波が電磁波生成装置122によって量子ビット群123に照射される。そして、量子コンピュータ120は、第1の量子回路のパラメータθ,φを出力する。
【0192】
ステップS114において、制御装置121は、上記ステップS108で得られた第1の量子回路のパラメータθ,φを、古典コンピュータ110へ送信する。
【0193】
ステップS116において、古典コンピュータ110は、上記ステップS110で制御装置121から送信された第1の量子回路のパラメータθ,φを受信する。そして、古典コンピュータ110は、第1の量子回路のパラメータθ,φに応じて、量子測定に関する情報を決定する。
【0194】
具体的には、古典コンピュータ110は、測定対象の物理量を表す情報と、測定用の量子回路である第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とを量子測定に関する情報として決定する。
【0195】
まず、古典コンピュータ110は、定常状態における測定対象の物理量を求めるための第2の量子回路を設定する。第2の量子回路は、物理量を測定するための測定用の量子回路であり、上記の条件(I),条件(II),及び条件(III)を満たす。具体的には、古典コンピュータ110は、第1の量子回路のうちのユニタリー回路U(φ)を、第2の量子回路として設定する。開放量子系においては、通常の問題設定と異なり、最適化によって得られた第1の量子回路を測定に用いることはできない。そこで、本実施形態では、第1の量子回路のうちのユニタリー回路U(φ)を、測定用の量子回路である第2の量子回路として設定する。
【0196】
なお、ユニタリー回路U(φ)のパラメータφは、上記ステップS114で受信されたパラメータφである。このため、第2の量子回路は、量子コンピュータ120によって生成されたパラメータφが反映された、第1の量子回路のうちのユニタリー回路U(φ)である。
【0197】
次に、古典コンピュータ110は、量子コンピュータ120から出力された第1の量子回路のパラメータθに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定する。
【0198】
具体的には、古典コンピュータ110は、測定用の量子ビットの初期値を設定する際に、上記ステップS114で受信したパラメータθに応じて、例えば、上記式(26)に従って、確率λ(θ)を計算する。そして、古典コンピュータ110は、計算した確率λ(θ)に応じて、測定用の量子ビットqの初期値を設定する。例えば、測定用の量子ビットqの確率λqA(θ)と、測定用の量子ビットqの確率λqB(θ)と、測定用の量子ビットqの確率λqC(θ)とが各々計算され、その確率に応じて、量子ビットq、量子ビットq、及び量子ビットqの何れかが初期値として設定される。
【0199】
なお、量子測定に関する情報のうちの測定対象の物理量を表す情報は、上記ステップS100において既に取得されている。
【0200】
ステップS118において、古典コンピュータ110は、上記ステップS116で決定された量子測定に関する情報である、測定対象の物理量を表す情報と、測定用の量子回路である第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とを量子コンピュータ120へ送信する。
【0201】
ステップS120において、制御装置121は、上記ステップS118で古典コンピュータ110から送信された、測定対象の物理量を表す情報と、測定用の量子回路である第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とを受信する。そして、制御装置121は、測定対象の物理量を表す情報と、測定用の量子回路である第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算を量子コンピュータ120に実行させる。
【0202】
具体的には、量子コンピュータ120は、制御装置121の制御に応じて、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射するための電磁波を生成する。そして、量子コンピュータ120は、生成された電磁波を、量子ビット群123のうちの少なくとも何れかの量子ビットへ照射することにより、第2の量子回路を実行することにより観測される情報を測定する。これにより、上記ステップS102で受信した物理量Aの測定結果が得られる。そして、量子コンピュータ120は、量子計算により得られた物理量Aの測定結果を出力する。
【0203】
ステップS122において、制御装置121は、上記ステップS120で得られた物理量Aの測定結果を、古典コンピュータ110へ送信する。
【0204】
ステップS124において、古典コンピュータ110は、上記ステップS122で制御装置121から送信された物理量Aの測定結果を受信する。
【0205】
上記ステップS116~ステップS122の各処理は、量子コンピュータ120による量子計算の計算結果が収束するまで繰り返される。例えば、量子計算の繰り返し毎に得られる物理量Aの変動が所定の閾値以下となるまで、古典コンピュータ110による測定用の量子ビットの初期値の設定と、量子コンピュータ120による測定用の量子ビットの初期値に応じた量子計算の実行とが繰り返される。この場合、各繰り返しにおいて、それまでに得られた物理量Aの平均値を算出し、その平均値の変動が所定の閾値以下となるまで、上記ステップS116~ステップS122の各処理が繰り返される。
【0206】
ステップS124において、古典コンピュータ110は、上記ステップS116~ステップS122の各繰り返し処理で得られた物理量Aの各々を取得する。そして、古典コンピュータ110は、各回で得られた物理量Aを統計処理することにより、上記式(24)等で示される物理量Aの期待値<A>を計算する。
【0207】
ステップS126において、古典コンピュータ110は、上記ステップS124で得られた物理量の期待値<A>の計算結果をユーザ端末130へ送信する。
【0208】
ステップS128において、ユーザ端末130は、上記ステップS124で古典コンピュータ110から送信された物理量の期待値<A>の計算結果を受信する。
【0209】
以上説明したように、本実施形態のハイブリッドシステムは、古典コンピュータが、ハミルトニアンと、散逸演算子とに基づいて、リンドブラディアンを計算する。そして、古典コンピュータが、リンドブラディアンに応じた目的関数を計算し、以下の式(1)に表す条件を満たすように、第1の量子回路の構造を決定する。そして、古典コンピュータが、目的関数と、第1の量子回路の構造と、第1の量子回路のパラメータの初期値とを出力する。そして、量子コンピュータが、古典コンピュータから出力された、目的関数と第1の量子回路の構造とパラメータの初期値とに応じて、VQEを用いた量子計算を実行し、第1の量子回路のパラメータを生成し、第1の量子回路のパラメータを出力する。そして、古典コンピュータが、量子コンピュータから出力された第1の量子回路のパラメータに応じて、測定用の量子ビットの初期値を設定する。そして、古典コンピュータが、測定対象の物理量を表す情報と、測定用の量子回路である第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とを出力する。そして、量子コンピュータが、古典コンピュータから出力された、測定対象の物理量を表す情報と、第2の量子回路と、測定用の量子ビットの初期値とに応じた量子計算を実行し、量子計算の測定結果を出力する。そして、古典コンピュータが、量子コンピュータから出力された測定結果に応じて、測定対象の物理量の計算結果を出力する。これにより、開放量子系における対象の物理量の定常状態を計算することができる。
【0210】
また、本実施形態のハイブリッドシステムは、古典コンピュータと量子コンピュータとの間の適切な役割分担により、開放量子系における対象の物理量の定常状態を効率的に得ることができる。
【0211】
また、本実施形態のハイブリッドシステムは、開放量子系の定常状態を求めるための第1の量子回路と、定常状態における測定対象の物理量を測定するための第2の量子回路とを、異なる量子回路とすることにより、開放量子系の定常状態と定常状態における測定対象の物理量を得ることができる。
【0212】
また、本実施形態のハイブリッドシステムは、第1の量子回路のパラメータを最適化する際には当該量子回路の表現をベクトル表現とし、第2の量子回路によって物理量の測定を行う際には当該量子回路の表現を行列表現とする。これにより、開放量子系の定常状態と定常状態における測定対象の物理量を得ることができる。
【実施例1】
【0213】
次に、実施例を説明する。本実施例では、散逸のある1次元の横磁場イジングモデル(1dTFIM)を用いて数値シミュレーションを行った。
【0214】
まず、dVQEを実行するためのモデルについて説明する。まず、上記式(10)を1次元の横磁場イジングモデルに適用すると、1次元の横磁場イジングモデルのNESSは以下の式(27)及び式(28)によって表される。
【0215】
【数42】

(27)

(28)
【0216】
なお、dVQEによって目的関数LLが最適化されているときの様子は、BFGS法によって逐次確認することができる(例えば、参考文献15を参照)。BFGS法は、例えば、SciPyライブラリ(例えば、参考文献16を参照)によって実行される。
【0217】
参考文献15:Jorge Nocedal and Stephen J. Wright. "Numerical Optimization.", Springer, New York, NY, USA, second edition, 2006.
参考文献16:Eric Jones, Travis Oliphant, Pearu Peterson, et al., "SciPy: Open source scientic tools for Python", 2001.
【0218】
まず初めに、散逸のある1次元の横磁場イジングモデル(1dTFIM)のNESSを計算する。散逸のある1次元の横磁場イジングモデルのリンドブラディアンL^は、以下の式(29)によって与えられる。
【0219】
【数43】

(29)
【0220】
なお、散逸のある1次元の横磁場イジングモデルのNESSは、最近接相互作用によって引き起こされる相関のため、単純なオールダウン状態から少し逸脱する。
【0221】
図9に、本実施例の結果を示す。図9(A)には、本実施形態のdVQEによって得られた密度行列が示されている。また、図9(B)には、厳密な対角化によって得られた密度行列が示されている。なお、物理系の量子ビットの数はn=4であり、パラメータはg=h=1である。また、σ はi番目のスピンに作用する、パウリ行列のx成分を表し、σ はi番目のスピンに作用する、パウリ行列のz成分を表し、σ- はi番目のスピンに作用する、角運動量の消滅演算子を表す。また、散逸の強さγは、全て一定でγ=1とした。
【0222】
図9(A)(B)において、左側は実数部分の密度行列の計算結果を表し、右側は虚数部分の密度行列の計算結果を表す。図9に示されるように、本実施形態のdVQEによって得られた密度行列は、厳密な対角化によって得られた密度行列と良く一致していることがわかる。
【0223】
また、最適化の繰り返しによる目的関数の値の様子を、図10に示す。ベクトル表現としての忠実度Fは、以下の式(30)によって表される。
【0224】
【数44】

(30)
【0225】
ここで、|ρED>は、厳密な対角化によって得られた密度行列のベクトル表現である。また、|ρdVQE>は、dVQEによって得られた密度行列のベクトル表現である。
【0226】
図10に示されるように、最適化が進むにつれて目的関数の値は減少していることがわかり、忠実度Fが上昇していることがわかる。
【0227】
なお、本開示の技術は、上述した実施形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。
【0228】
例えば、上記実施形態において、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120との間の情報の送受信はどのようになされてもよい。例えば、古典コンピュータ110と量子コンピュータ120との間における、量子回路のパラメータの送受信及び測定結果の送受信等は、所定の計算が完了する毎に逐次送受信が行われてもよいし、全ての計算が完了した後に送受信が行われてもよい。
【0229】
上記実施形態においては、量子コンピュータ120による量子計算の計算結果が収束するまで、古典コンピュータ110による測定用の量子ビットの初期値の設定と、量子コンピュータ120による測定用の量子ビットの初期値に応じた量子計算の実行とが繰り返される場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、古典コンピュータ110が、測定用の量子ビットの複数の初期値セットの設定を一度に行い、量子コンピュータ120は、測定用の量子ビットの複数の初期値に応じた量子計算の実行を順次行うようにしてもよい。または、測定用の量子ビットの複数の初期値セットの各々を、複数の量子コンピュータ120へ送信し、複数の量子コンピュータ120の各々は、受信した初期値に応じて量子計算を実行し、古典コンピュータ110は、複数の量子コンピュータ120から各々の計算結果を受信して期待値を計算するようにしてもよい。
【0230】
また、上記実施形態において、目的関数は<LL>である場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。
【0231】
また、上記実施形態では、第2の量子回路U(φ)の一例として、図7に示されるような、量子コンピュータのハードウェアにとって効率的な量子回路を用いる場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、第2の量子回路U(φ)として、ユニタリ結合クラスター量子回路等の他の種類の量子回路を用いても良い。
【0232】
また、上記実施形態において、初期値を設定する際の確率を上記式(29)によって求める場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、他の数式を用いて確率を設定するようにしてもよい。
【0233】
また、上記実施形態では、ユーザ端末130から古典コンピュータ110へ計算対象情報が送信され、古典コンピュータ110が計算対象情報に応じた計算を実行する場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、ユーザ端末130を操作するユーザにおいて、ハミルトニアンとして当該問題を表現できる場合には、古典コンピュータ110は、ハミルトニアンHを計算対象情報として受信してもよい。ユーザ端末130は、IPネットワークなどのコンピュータネットワークを介して古典コンピュータ110又は古典コンピュータ110がアクセス可能な記憶媒体又は記憶装置に計算対象情報を送信してもよいが、記憶媒体又は記憶装置に記憶して古典コンピュータ110の運営者に渡し、当該運営者が古典コンピュータ110に当該記憶媒体又は記憶装置を用いて計算対象情報を入力するようにしてもよい。
【0234】
また、上記実施形態では、電磁波の照射によって量子回路が実行される場合を例に説明したが、これに限定されるものではなく、異なる方式によって量子回路が実行されてもよい。
【0235】
また、上記実施形態では、異なる組織によって古典コンピュータ110及び量子コンピュータ120が管理されている場合を想定しているが、古典コンピュータ110及び量子コンピュータ120は同一の組織によって一体として管理されていてもよい。この場合には、量子計算情報の古典コンピュータ110から量子コンピュータ120への送信及び量子コンピュータ120から古典コンピュータ110への測定結果の送信は不要となる。また、この場合には、量子コンピュータ120の制御装置121において上述の説明における古典コンピュータ110の役割を担うことが考えられる。
【0236】
なお、上記実施形態においては、「××のみに基づいて」、「××のみに応じて」、「××のみの場合」というように「のみ」との記載がなければ、本明細書においては、付加的な情報も考慮し得ることが想定されていることに留意されたい。一例として、「aの場合にbする」という記載は、明示した場合を除き、「aの場合に常にbする」ことを必ずしも意味しない。
【0237】
また、上記実施形態において、「最適化する」又は「最適化されたパラメータ」等の表現が用いられているが、これら「最適化」の表現は、最適な状態に近づけることを意味することに留意されたい。このため、ある関数が最小となるようなパラメータを得ようとする場合、当該関数を最適化して得られたパラメータは、当該関数が最小となるような大局解ではなく、局所解である場合も想定されることに留意されたい。
【0238】
また、何らかの方法、プログラム、端末、装置、サーバ又はシステム(以下「方法等」)において、本明細書で記述された動作と異なる動作を行う側面があるとしても、開示の技術の各態様は、本明細書で記述された動作のいずれかと同一の動作を対象とするものであり、本明細書で記述された動作と異なる動作が存在することは、当該方法等を本開示の技術の各態様の範囲外とするものではない。
【0239】
また、本願明細書中において、プログラムが予めインストールされている実施形態として説明したが、当該プログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して提供することも可能である。
【符号の説明】
【0240】
100 ハイブリッドシステム
110 古典コンピュータ
111 通信部
112 処理部
113 情報記憶部
120 量子コンピュータ
121 制御装置
122 電磁波生成装置
123 量子ビット群
130 ユーザ端末
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10