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特許7302928信号処理装置、信号処理システムおよび信号処理プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-26
(45)【発行日】2023-07-04
(54)【発明の名称】信号処理装置、信号処理システムおよび信号処理プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/346 20210101AFI20230627BHJP
   A61B 5/352 20210101ALI20230627BHJP
   A61B 5/02 20060101ALI20230627BHJP
【FI】
A61B5/346
A61B5/352
A61B5/02 310A
A61B5/02 310J
A61B5/02 310Z
A61B5/02 350
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022129439
(22)【出願日】2022-07-27
(62)【分割の表示】P 2021560207の分割
【原出願日】2021-05-06
(65)【公開番号】P2022169643
(43)【公開日】2022-11-09
【審査請求日】2023-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2021065009
(32)【優先日】2021-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514118321
【氏名又は名称】ヘルスセンシング株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鐘ヶ江 正巳
(72)【発明者】
【氏名】新関 久一
【審査官】藤原 伸二
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-188963(JP,A)
【文献】特開平09-135819(JP,A)
【文献】特開2012-065713(JP,A)
【文献】特開2017-064338(JP,A)
【文献】特開平10-295657(JP,A)
【文献】特開2018-082931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/346
A61B 5/352
A61B 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の信号処理装置と、
前記サンプルの心電図信号を取得する心電図計と、
前記サンプルと前記推定対象から心弾動の信号を取得する圧電センサと、
前記心電図計によって取得されたサンプル心臓の拍動に由来する当該心弾動信号を微分して拍動振動信号を抽出する処理を含む前処理により得られたモデル入力信号を入力して機械学習することにより前記推定モデルを生成する学習部を有する推定モデル作成装置と、
を備える信号処理システム。
【請求項8】
コンピュータを
心電図計によって取得されたサンプルの心電図信号を教師データとし、当該心電図信号と同時に圧電センサによって取得された当該サンプルの心臓の拍動に由来する当該心弾動信号を微分して拍動振動信号を抽出する処理を含む前処理により得られたモデル入力信号を入力して機械学習することにより生成された推定モデルを有しており、前記圧電センサによって推定対象から取得された心弾動の信号に前記前処理が施されたモデル入力信号が前記推定モデルに入力されるとき、前記推定モデルによって推定された心電図の推定心電図信号を出力する推定手段、
として機能させるための信号処理プログラム。
【請求項9】
前記前処理が、前記微分処理の後に、絶対値化の処理を行う請求項8に記載の信号処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心臓の拍動に由来する振動を含む生体振動信号に基づいて心電図に準ずる信号を出力する信号処理装置、信号処理システムおよび信号処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素系の有機強誘電体材料であるポリフッ化ビニリデン(polyvinylidene fluoride、PVDF)を材料とするシート状の圧電素子を用いる圧電センサが知られている。高分子圧電体であるPVDF材料は、格子状結晶中に配置されたイオンの位置ずれが圧力や変形で大きくなるとき、電気分極を生ずる。圧電素子は厚み方向に正電極と負電極で挟まれている。正電極と負電極に蓄積される電荷を電流-電圧変換することで圧電素子から電気信号が取り出される。
この圧電センサをベッドマットや布団のような寝具の上や下、椅子の座面等に設置したり、人の頭部や腕、足等の体表面に密着させたりすることにより、この圧電センサで生体振動信号を取得することができる。取得される生体振動信号は、脈波(圧脈波)や心弾動による振動、呼吸による振動、体動による振動、発声による振動、鼾による振動等を含む(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
また、最近では、ニューラルネットワークを用いて様々な人体に関する情報を取得する試みが行われている。
例えば、特許文献1には、畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)を用いて血圧の推定を行う血圧推定装置が記載されている。
また、例えば、非特許文献2には、LSTM(Long short-term memory,長・短期記憶)ニューラルネットワークを用いた心拍変動からの睡眠段階の分類について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-92738号公報
【0005】
【文献】新関久一著、「生体情報センシングと人の状態推定への応用、第2章第3節(心拍、呼吸の無拘束計測技術と睡眠状態の推定)」、技術情報協会、2020年7月31日発行、P.145-152
【文献】Mustafa Radha,Pedro Fonseca,Arnaud Moreau,Marco Ross,Andreas Cerny,Peter Anderer,Xi Long & Ronald M.Aarts,″ Sleep stage classification from heart-rate variability using long short-term memory neural networks″,[online]Scientific Reports,[retrieved on 2021-01-30].Retrieved from the Internet:<URL:https://doi.org/10.1038/s41598-019-49703-y>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
心電図(Electrocardiogram,ECG)は、心臓の電気的な活動を示し、心電図の信号から心拍間隔や心拍数を求めることができる。しかし、心電図を測定している間、心電図計の電極を四肢や胸部等に取り付けなければならない。このため、日常的に継続して心電図を測定することは負担が大きい。
一方、圧電センサは、例えばベッドや椅子に設置して測定対象者を非拘束で、またはリストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に取り付け、それらを測定対象者に装着させて生体振動信号を取得することができる。このため、圧電センサによる生体振動信号の取得は、測定対象者の負担が小さい。そして、圧電センサから取得される生体振動信号には脈波(圧脈波)や心弾動による振動が含まれている。
しかし、脈波や心弾動は心臓の拍動に由来するが、その波形は心電図のR波のように尖鋭なものではない。脈波や心弾動の信号から心拍間隔を求める方法は、従来からいくつか知られており、例えば、脈波や心弾動の信号に対して全波整流積分した後に瞬時位相の変化から求める方法等がある。しかしながら、圧電センサの位置や人によっては、脈波や心弾動の波形が乱れており、従来の方法では心拍間隔や心拍数を求めることができない場合があった。
【0007】
本発明の目的は、心臓の拍動に由来する振動を含む生体振動信号に基づいて心電図の信号に準ずる信号であって心拍間隔や心拍数を求めやすい信号を出力する信号処理装置、信号処理システムおよび信号処理プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の信号処理装置は、
心電図計によって取得されたサンプルの心電図信号を教師データとし、当該心電図信号と同時に生体振動信号取得装置によって取得された当該サンプルの生体振動信号であって心臓の拍動に由来する拍動振動信号を含む当該生体振動信号に所定の処理が施されたモデル入力信号を入力して機械学習することにより生成された推定モデルを有しており、前記生体振動信号取得装置によって推定対象から取得された生体振動信号に前記所定の処理が施されたモデル入力信号が前記推定モデルに入力されるとき、前記推定モデルによって推定された心電図の推定心電図信号を出力する推定部を備える。
【0009】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記モデル入力信号が、前記生体振動信号、前記生体振動信号の微分信号、前記生体振動信号から抽出された拍動振動信号、または前記拍動振動信号の微分信号のいずれかの信号または前記いずれかの信号に絶対値化を施した信号である。
【0010】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記所定の処理が、前記生体振動信号を通過させる処理、遮断周波数が0.5Hzであるハイパスフィルタを通過させる処理、前記生体振動信号から心音信号を抽出するのに適した周波数を遮断周波数とするハイパスフィルタを通過させる処理、前記生体振動信号の通過帯域が0.5Hz~40Hzであるバンドパスフィルタ(BPF)を通過させる処理のいずれかの処理の後に、微分と絶対値化のいずれかまたは両方の処理を行い、最後に正規化を行う処理である。
【0011】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記生体振動信号から心音信号を抽出するのに適したハイパスフィルタの遮断周波数が20Hz~40Hzである。
【0012】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記推定部によって出力された推定心電図信号に基づいて心拍の間隔を求め、当該心拍の間隔が異常である場合に当該推定心電図信号から当該異常な間隔である心拍部分を削除する後処理部を備える。
【0013】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記生体振動信号取得装置が、圧電センサである。
【0014】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記生体振動信号取得装置が、加速度センサである。
【0015】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記生体振動信号取得装置が、圧電脈波計または光電脈波計である。
【0016】
好ましくは、本発明の信号処理装置は、
前記生体振動信号取得装置が、心音計である。
【0017】
また、本発明の信号処理システムは、
上述した信号処理装置と、
前記サンプルの心電図信号を取得する心電図計と、
前記サンプルと前記推定対象から生体振動信号を取得する生体信号取得装置と、
前記心電図計によって取得されたサンプルの心電図信号を教師データとし、当該心電図信号と同時に前記生体振動信号取得装置によって取得された当該サンプルの生体振動信号であって心臓の拍動に由来する拍動振動信号を含む当該生体振動信号に前記所定の処理が施されたモデル入力信号を入力して機械学習することにより前記推定モデルを生成する学習部を有する推定モデル作成装置と、
を備える。
【0018】
また、本発明の信号処理プログラムは、
コンピュータを
心電図計によって取得されたサンプルの心電図信号を教師データとし、当該心電図信号と同時に生体振動信号取得装置によって取得された当該サンプルの生体振動信号であって心臓の拍動に由来する拍動振動信号を含む当該生体振動信号に所定の処理が施されたモデル入力信号を入力して機械学習することにより生成された推定モデルを有しており、前記生体振動信号取得装置によって推定対象から取得された生体振動信号に前記所定の処理が施されたモデル入力信号が前記推定モデルに入力されるとき、前記推定モデルによって推定された心電図の推定心電図信号を出力する推定手段、
として機能させる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、心臓の拍動に由来する振動を含む生体振動信号に基づいて、心電図の信号に準ずる信号であって、心拍間隔や心拍数を求めやすい信号を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】拍動振動波形と推定心電図波形の一例を示す図である。
図2】本発明の実施形態に係る信号処理システムの構成の一例を示す図である。
図3】推定対象Aのモデル入力信号と、推定対象Aの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形とを示す図である。図3(A)は、推定対象Aのモデル入力信号を示す。図3(B)は、推定対象Aの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。
図4】推定対象Aについて、実測心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す図である。
図5】推定対象Bのモデル入力信号と、推定対象Bの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形とを示す図である。図5(A)は、推定対象Bのモデル入力信号を示す。図5(B)は、推定対象Bの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。
図6】推定対象Bについて、実測心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す図である。
図7】推定対象Cのモデル入力信号と、推定対象Cの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形とを示す図である。図7(A)は、推定対象Cのモデル入力信号を示す。図7(B)は、推定対象Cの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。
図8】推定対象Cについて、実測心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す図である。
図9】背臥位における、実測心電図信号の波形、生体振動信号を遮断周波数0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、遮断周波数が20Hzおよび30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形とそれぞれの場合の推定心電図信号の波形である。
図10】伏臥位における、実測心電図信号の波形、生体振動信号を遮断周波数0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、遮断周波数が20Hzおよび30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形とそれぞれの場合の推定心電図信号の波形である。
図11】左側臥位における、実測心電図信号の波形、生体振動信号を遮断周波数0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、遮断周波数が20Hzおよび30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形とそれぞれの場合の推定心電図信号の波形である。
図12】右側臥位における、実測心電図信号の波形、生体振動信号を遮断周波数0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、遮断周波数が20Hzおよび30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形とそれぞれの場合の推定心電図信号の波形である。
図13】背臥位、伏臥位、左側臥位、右側臥位における生体振動信号を遮断周波数30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化を施した信号をモデル入力信号とした場合の推定心電図信号波形から求めたRRIのBland-Altman Plotである。
図14】伏臥位における、実測心電図信号の波形、生体振動信号波形、生体振動信号を5Hz、10Hz、15Hz、20Hz、25Hz、30Hz、35Hz、40Hzのハイパスフィルタを通過させた波形、生体振動信号を微分した波形である。
図15図14のデータのパワースペクトルである。
図16】3人の被験者(推定対象A、推定対象Bおよび推定対象C)における、圧電センサが指尖圧電脈波計である場合の、実測心電図信号の波形、モデル入力信号波形および推定心電図信号の波形である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
圧電センサで取得される脈波(圧脈波)と心弾動は、心臓の振動(心拍動)に由来する。脈波は、動脈の脈動が血管壁を伝搬していく波であり血管の収縮拡張を反映する。一方、心弾動は、心臓から生体表面や生体組織を通って伝搬してくる振動を反映する。従って、圧電センサを浅頭骨動脈や上腕動脈、橈骨動脈等の動脈部位に密着させて計測した場合に圧電センサは圧脈波を検出する。一方、圧電センサを動脈部位ではない体表面に装着したり、例えば圧電センサを寝具の下に設置したりした場合には、圧電センサは心弾動を検出する。本発明の実施形態では、圧電センサを用いて取得された脈波による振動および/または心弾動による振動を拍動振動という。また、拍動振動の波形を拍動振動波形といい、拍動振動の信号を拍動振動信号という。
以下、本発明の実施形態に係る信号処理システムについて図面を参照しながら詳細に説明する。なお、実施形態を説明する全図において共通の構成要素には同一の符号を付し、以下では繰り返しの説明を省略する。
【0022】
最初に、本発明の発明者らが本発明に至った着想について説明する。
心電図(ECG)は心臓の電気的な活動を示し、拍動振動は心臓の拍動に由来する。心電図の信号(以下、心電図信号という。)と拍動振動信号は両方とも心臓の収縮と拡張に関連して生じる。このため、心電図の波形と拍動振動波形は相関があると考えられる。
そこで、本発明の発明者らは、ヒトの心電図信号を教師データとし、そのヒトと同一人から同時に取得された拍動振動信号を入力とする複数人のデータセットで機械学習させることにより、不特定のヒトの拍動振動信号が入力されるとき、そのヒトの拍動振動信号に対応した心電図を推定して心電図信号に準ずる信号を出力する推定モデルを得ることができると予測した。以下では、この推定モデルによって推定される心電図を推定心電図(pECG)といい、心電図信号に準ずる信号を推定心電図信号という。
【0023】
ただし、図1に示すように、心臓の左心室の電気的興奮(心電図のR波)が生じてから、心室が収縮し血液を大動脈に拍出する過程で振動が生じ、その振動が圧電センサの位置に達するまで到達時間を要する。この到達時間は、脈波では脈波到達時間(Pulse Arrival Time,PAT)と呼ばれる。例えば、脈波到達時間は心電図におけるR波のピークの時刻から測定位置における脈波の立ち上がり時刻までの時間差である。本実施形態では、心弾動も含めて心臓の振動が圧電センサの位置に達するまでの到達時間を拍動振動到達時間とすれば、PATと同じ情報が得られる。すなわち、例えば、拍動振動到達時間は心電図におけるR波のピークの時刻から圧電センサによる測定位置における拍動振動波形の立ち上がり時刻までの時間差である。
従って、拍動振動波形の立ち上がりは、心電図においてR波が生じた時刻から拍動振動到達時間だけ遅れる。しかし、機械学習の過程において、推定モデルには心電図においてR波が生じた時刻と拍動振動波形の立ち上がり時刻とが反映される。このため、本発明の発明者らは、推定心電図におけるR波(以下、推定R波という。)は、拍動振動波形の立ち上がり時刻に生じるのではなく、図1に示すように、拍動振動波形の立ち上がり時刻から拍動振動到達時間だけ前の時刻に生じると予測した。すなわち、本発明の発明者らは、推定心電図では、もし心電図計によって計測されたならば心電図においてR波が生じるであろうと推定される時刻に推定R波が生じると予測した。
【0024】
図2は、本発明の実施形態に係る信号処理システム1の構成の一例を示す。
信号処理システム1は、推定モデル作成装置10と、信号処理装置20と、心電図計30と、圧電センサ40とを有する。
推定モデル作成装置10は、心電図計30および圧電センサ40と有線または無線で接続されている。推定モデル作成装置10は、ネットワークを介して心電図計30および/または圧電センサ40と接続されていてもよい。
信号処理装置20は、圧電センサ40と有線または無線で接続されている。信号処理装置20は、ネットワークを介して圧電センサ40と接続されていてもよい。
推定モデル作成装置10と信号処理装置20は、有線または無線で接続されている。推定モデル作成装置10と信号処理装置20は、ネットワークを介して接続されていてもよい。また、推定モデル作成装置10と信号処理装置20は同一の装置であってもよい。
【0025】
推定モデル作成装置10は、CPU(Central Processing Unit)と、RAM(Random Access Memory)等で構成される主メモリと、ハードディスク等で構成される記憶部とを備える。推定モデル作成装置10は、コンピュータで実現することができる。例えば、推定モデル作成装置10は、サーバやパーソナルコンピュータ、タブレットPC、スマートフォン等で実現することができる。また、推定モデル作成装置10は、例えば、クラウドコンピューティングで実現することができる。
推定モデル作成装置10の記憶部には、推定モデル作成プログラムが記憶されている。推定モデル作成装置10のCPUが記憶部から主メモリに推定モデル作成プログラムを読み出して実行することにより、入力部11と、前処理部12と、学習部13との各部の機能が実現される。
【0026】
信号処理装置20は、CPUとRAM等で構成される主メモリと、ハードディスク等で構成される記憶部とを備える。信号処理装置20は、コンピュータで実現することができる。例えば、信号処理装置20は、サーバやパーソナルコンピュータ、タブレットPC、スマートフォン等で実現することができる。また、信号処理装置20は、例えば、クラウドコンピューティングで実現することができる。
信号処理装置20の記憶部には、信号処理プログラムが記憶されている。信号処理装置20のCPUが記憶部から主メモリに信号処理プログラムを読み出して実行することにより、入力部21と、前処理部22と、推定部23と、後処理部25と、出力部26との各部の機能が実現される。推定部23は推定モデル24を有する。後述するように、推定モデル24は、推定モデル作成装置10の学習部13によって作成される。
推定モデル作成装置10と信号処理装置20は、同一のコンピュータで実現することもできる。例えば、推定モデル作成装置10と信号処理装置20は、同一のサーバやパーソナルコンピュータ、タブレットPC、スマートフォン等で実現することもできる。
【0027】
心電図計30は、ヒトまたは動物の心電図を取得する。
圧電センサ40は、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を材料とするシート状の圧電素子を用いる圧電センサである。圧電センサ40は、ヒトまたは動物の生体振動を取得する。取得される生体振動は、心臓の拍動に由来し、心臓から圧電センサ40まで伝搬した拍動振動を含む。拍動振動信号は、脈波(圧脈波)や心弾動による振動を示す信号である。生体振動は、その他に、呼吸による振動、体動による振動、発声による振動、鼾による振動等を含む
シート型の圧電センサ40は、ベッドマットや布団のような寝具の上や下、椅子の座面等に設置することができる。また、圧電センサ40は、例えばリストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に取り付けて、人の頭部や指、腕、足等の体表面に密着させて設置することができる。すなわち、圧電センサ40は、ヒトまたは動物の所定の位置における生体振動を取得する。
なお、圧電センサ40は、本発明の生体振動信号取得装置の例である。
【0028】
次に、推定モデル作成装置10の各部の詳細について説明する。
推定モデル作成装置10の管理者等は、心電図計30を用いてサンプルの心電図を取得するとともに、同時に圧電センサ40を用いてそのサンプルの生体振動を取得する。
ここで、サンプルは、ヒトまたは動物である。サンプルは、一人以上または一匹以上である。
同時にとは、心電図信号と生体振動信号の計測開始時刻と計測時間が同じであるということである。そして、心電図信号と生体振動信号を同時に取得することで、心電図信号と生体振動信号または拍動振動信号の時間差を補正するような、すなわち両者の相関が高くなるような学習をして、pECGをうまく推定するような推定モデルを生成することができる。
入力部11は、心電図計30から各サンプルの心電図信号を受け取る。また、入力部11は、圧電センサ40からその各サンプルの生体振動信号を受け取る。入力部11は、受け取った心電図信号と生体振動信号を前処理部12に渡す。なお、入力部11は、心電図信号と生体振動信号を一旦推定モデル作成装置10の記憶部に蓄積し、学習部13が推定モデル24を機械学習させる時に心電図信号と生体振動信号を記憶部から読みだして前処理部12に渡してもよい。
【0029】
前処理部12は、以下に説明する所定の処理を生体振動信号に施してモデル入力信号を生成し、学習部13に渡す。
すなわち、例えば、前処理部12は、モデル入力信号として生体振動信号そのものを学習部13に渡す。
または、例えば、前処理部12は、生体振動信号を微分する。そして、前処理部12は、モデル入力信号として生体振動信号の微分信号を学習部13に渡す。
また、生体振動信号は、心臓の拍動に由来する振動(拍動振動信号)、呼吸による振動、体動による振動、発声による振動、鼾による振動等を含む。例えば、前処理部12は、生体振動信号を、遮断周波数が0.5Hzであるハイパスフィルタ、遮断周波数が前記生体振動信号から心音信号を抽出するのに適した周波数(20Hz~40Hz)であるハイパスフィルタ、または通過帯域が0.5Hz~40Hzであるバンドパスフィルタ(BPF)を通過させて、生体振動信号から拍動振動信号を分離・抽出する。前処理部12は、このようにして、生体振動信号から拍動振動信号を抽出し、モデル入力信号として学習部13に渡す。
または、例えば、前処理部12は、生体振動信号から抽出された拍動振動信号に、微分と絶対値化のいずれかまたは両方の処理を施す。そして、前処理部12は、モデル入力信号としてこれらの処理を施した信号を学習部13に渡す。
なお、生体振動信号そのもの、生体振動信号の微分信号、生体振動信号から抽出された拍動振動信号、および拍動振動信号の微分信号、その拍動振動信号または拍動振動信号の微分信号に絶対値化を施した信号は本発明のモデル入力信号の例である。モデル入力信号は、生体振動信号に所定の処理を施して生成される他の拍動振動信号であってもよい。
【0030】
学習部13に渡される心電図信号とモデル入力信号とは、正規化されていることが望ましい。前処理部12は、所定の期間(例えば、30秒間)に取得した心電図信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各心電図信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化する。同様に、前処理部12は、所定の期間(例えば、30秒間)に取得したモデル入力信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各モデル入力信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化する。正規化された心電図信号とモデル入力信号を使用することにより、サンプルや推定対象の個体差を埋めてより推定モデル24の汎用性を高めることができ、また、推定精度が向上する。
ただし、正規化すると、後述する推定部23においてリアルタイムで心電図を推定することができなくなる。このため、前処理部12は正規化されていない心電図信号とモデル入力信号を学習部13に渡し、学習部13はその心電図信号を教師データとし、そのモデル入力信号について機械学習することにより推定モデル24を生成してもよい。
【0031】
学習部13は、前処理部12から各サンプルの心電図信号とモデル入力信号を受け取ると、各サンプルの心電図信号を教師データとし、モデル入力信号を入力して機械学習することにより推定モデル24を生成する。
機械学習が終了すると、学習部13は、推定モデル24を信号処理装置20の推定部23に渡す。
機械学習に用いられるニューラルネットワークの例としては、畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)や、再帰型ニューラルネットワーク(RNN:Recurrent Neural Network)や、長・短期記憶(LSTM:Long Short-Term Memory)ニューラルネットワーク等が挙げられる。心電図信号と生体振動信号の長期に渡る傾向を捉えるためには、再帰的な結合をもつニューラルネットワーク(RNNやLSTM)を用いることが望ましい。
【0032】
次に、信号処理装置20の各部の詳細について説明する。
入力部21は、圧電センサ40から推定対象の生体振動信号を受け取り、前処理部22に渡す。推定対象は、サンプルがヒトであった場合にはヒトであり、動物であった場合には動物である。
【0033】
前処理部22は、入力部21から生体振動信号を受け取ると、推定モデル作成装置10の前処理部12と同一の処理をその生体振動信号に施してモデル入力信号を生成し、推定部23に渡す。
すなわち、例えば、前処理部22は、モデル入力信号として生体振動信号そのものを推定部23に渡す。
または、例えば、前処理部22は、生体振動信号を微分する。そして、前処理部22は、モデル入力信号として生体振動信号の微分信号を推定部23に渡す。
または、例えば、前処理部22は、遮断周波数が0.5Hzであるハイパスフィルタ、遮断周波数が前記生体振動信号から心音信号を抽出するのに適した周波数(20Hz~40Hz)であるハイパスフィルタまたは通過帯域が0.5Hz~40Hzであるバンドパスフィルタ(BPF)を生体振動信号に通過させて生体振動信号から拍動振動信号を抽出する。そして、前処理部22は、モデル入力信号として拍動振動信号を推定部23に渡す。
または、例えば、前処理部22は、生体振動信号から拍動振動信号を抽出し、抽出された拍動振動信号に、微分と絶対値化のいずれかまたは両方の処理を施す。そして、前処理部22は、モデル入力信号として、これらの処理を施した信号を学習部13に渡す。
なお、生体振動信号そのもの、生体振動信号の微分信号、生体振動信号から抽出された拍動振動信号、または拍動振動信号の微分信号のいずれかに絶対値化を施した信号は本発明のモデル入力信号の例である。モデル入力信号は、生体振動信号に所定の処理を施して生成される他の拍動振動信号であってもよい。
なお、モデル入力信号を推定部23に渡す前に、モデル入力信号に正規化を施すことが好ましいことは、学習の場合と同様である。
【0034】
推定部23は、前処理部22からモデル入力信号を受け取ると、それを推定モデル24に入力する。推定モデル24は、モデル入力信号が入力されると、最も尤度の高い心電図の状態を求めるために演算する。推定モデル24は、演算の結果、最も尤度の高かった心電図の状態を推定結果として推定心電図を求め、推定された推定心電図信号を後処理部25に出力する。推定心電図信号は、心電図信号に準ずる信号であり、その波形は少なくても推定されたR波(以下、推定R波という。)を含む。このため、推定R波に基づいて心拍間隔と心拍数を求めることができる。
【0035】
推定心電図では、推定された心拍の間隔が異常となる場合がある(例えば、隣接した推定R波の間隔が長過ぎたり、短過ぎたりする場合がある)。後処理部25は、例えば、推定モデル24の学習時に用いられたサンプルの心電図における心拍間隔を参照してこの異常が推定モデル24における推定の誤りによるか否かを判別する。例えば、心拍間隔の正常値に基づいて推定された心拍間隔が正常かまたは異常かを判別し、異常であると判別された場合には心拍が異常な間隔である心拍部分を削除するというような後処理をおこなってもよい。
ただし、例えば、推定モデル24における推定の誤りによって心拍の間隔が異常となったことを、ヒトが心拍の間隔の表示を見て判断できる応用分野で本発明を実施する場合には、後処理は行わなくてもよい。
【0036】
出力部26は、後処理部25から出力される推定心電図信号を信号処理装置20のディスプレイに表示したり、信号処理装置20の記憶部に記録したり、信号処理装置20の管理者が所持する端末に送信したりする。
【0037】
実施例1
本発明の発明者らは、13人のヒトを被験者として実証実験を行った。実証実験では、圧電センサ40が取り付けられたシートを椅子の座面に設置した。各被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、双極誘導により心電図計30で各被験者の心電図信号を取得した。そして、その心電図信号取得と同時に、圧電センサ40によって椅子に腰かけた各被験者の臀部において生体振動信号を取得した。計測時間は各被験者について30秒であった。
【0038】
学習部13は、Leave-one-out法で推定モデル24を機械学習させた。ニューラルネットワークとして、双方向長短期記憶層に学習データを伝搬する双方向LSTM(BiLSTM)ニューラルネットワークを用いた。
具体的には、まず、13人の各被験者について、30秒間に取得された心電図信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各心電図信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。同様に、13人の各被験者について、30秒間に取得されたモデル入力信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各心電図信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。
次に、推定対象の被験者毎に、他の12人の被験者(サンプル)の正規化された各心電図信号を教師データとし、正規化された各モデル入力信号を入力して、双方向LSTMニューラルネットワークで構成される推定モデル24を生成した。
そして、推定対象の被験者について、正規化されたモデル入力信号を推定モデル24に入力し、推定された心電図の推定心電図信号を推定モデル24に出力させた。モデル入力信号は、生体振動信号そのもの、生体振動信号を0.5Hzハイパスフィルタを通過させて抽出された拍動振動信号、および生体振動信号の微分信号の3種類であった。
なお、本実証実験では、推定モデル24から出力された推定心電図信号について後処理は行っていない。
【0039】
実証実験の結果、13人の被験者(推定対象)全員について、実測心電図のR波と推定心電図の推定R波とがほぼ同時に生じたことを確認した。
以下では、図3図8を参照して、3人の被験者(推定対象Aと推定対象Bと推定対象C)における実証実験の結果について説明する。
図3(A)は、推定対象Aのモデル入力信号を示す。最上段は生体振動信号の波形を示す。中段は拍動振動信号の波形を示す。最下段は生体振動信号の微分信号の波形を示す。
図3(B)は、推定対象Aの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。最上段は実測された心電図信号の波形を示す。上から2段目は、生体振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。上から3段目は、拍動振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。最下段は、生体振動信号の微分信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。
図3(B)から分かるように、3種類の推定心電図において実測心電図のR波と推定心電図の推定R波とはほぼ同時に生じている。
特に、例えば、図3(A)と図3(B)に矢印で示したように、9秒過ぎにモデル入力信号(例えば、拍動振動信号)ではごく近くにピークが2つ生じている。しかし、拍動振動信号の推定心電図では推定R波は1つのみ生じていることに注意されたい。
【0040】
図4は、推定対象Aについて、実測された心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す。
図4から分かるように、RRIとBBIは約5秒の周期で変動しているが、この変動は呼吸に基因して生じる。心拍の間隔は、呼吸性不整脈により、息を吸ったとき(吸気時)に短くなり、息を吐いたとき(呼気時)に長くなる。このため、心拍の間隔は呼吸の影響により呼吸パターンと類似の周期で変動する。
図3(B)と図4から分かるように、例えば拍動振動信号がモデル入力信号である場合にBBI(すなわち、推定R波の間隔)は5秒付近で大きく乱れている。このように、推定心電図では、ごくまれに推定の誤りが生じる。
【0041】
図5(A)は、推定対象Bのモデル入力信号を示す。図3(A)と同様に、図5(A)の最上段は生体振動信号の波形を示す。図5(A)の中段は拍動振動信号の波形を示す。図5(A)の最下段は生体振動信号の微分信号の波形を示す。
図5(B)は、推定対象Bの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。図3(B)と同様に、図5(B)の最上段は実測された心電図信号の波形を示す。図5(B)の上から2段目は、生体振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。図5(B)の上から3段目は、拍動振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。図5(B)の最下段は、生体振動信号の微分信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。
【0042】
図6は、推定対象Bについて、実測された心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す。
図5(B)において、モデル入力信号が生体振動信号である場合(上から2段目)の推定心電図と、モデル入力信号が生体振動信号の微分信号である場合(最下段)場合の推定心電図では、矢印で示す区間において推定R波が抜けている。しかし、図5(B)において、モデル入力信号が拍動振動信号である場合(上から3段目)の推定振動図の推定R波は、実測心電図のR波とほぼ一致している。図6でも、実測心電図信号の心拍間隔(RRI)と推定心電図の心拍間隔(BBI)は良く一致している。
従来の方法では、図5(A)に示される推定対象Bのような生体振動信号から心拍間隔(BBI)を求めることは困難であった。しかし、本発明に係る信号処理装置20を用いれば、このような生体振動信号からでも推定R波に基づいて心拍間隔(BBI)を容易に求めることができる。
【0043】
図7(A)は、推定対象Cのモデル入力信号を示す。図3(A)と同様に、図7(A)の最上段は生体振動信号の波形を示す。図7(A)の中段は拍動振動信号の波形を示す。図7(A)の最下段は生体振動信号の微分信号の波形を示す。
図7(B)は、推定対象Cの実測心電図信号の波形および推定心電図信号の波形を示す。図3(B)と同様に、図7(B)の最上段は実測された心電図信号の波形を示す。図7(B)の上から2段目は、生体振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。図7(B)の上から3段目は、拍動振動信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。図7(B)の最下段は、生体振動信号の微分信号がモデル入力信号として推定部23に入力された場合に、推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形を示す。
【0044】
図8は、推定対象Cについて、実測された心電図信号から求められた心拍の間隔(RRI)と、モデル入力信号が拍動振動信号である場合の推定心電図から求められた心拍の間隔(BBI)とを示す。
図7(B)では、3種類のモデル入力信号全てにおいて矢印で示す区間で推定R波が抜けている。また、3種類のモデル入力信号全てにおいて破線の丸で囲った区間で推定R波が2重に生じている。しかし、3種類の推定心電図において、大部分の推定R波は実測心電図のR波とほぼ同時に生じている。
従来の方法では、図7(A)に示される推定対象Cのような生体振動信号から心拍間隔(BBI)を求めることは、図5(A)に示される推定対象Bのような生体振動信号から心拍間隔(BBI)を求めるよりも更に困難であった。しかし、本発明に係る信号処理装置20を用いれば、推定対象Cのような生体振動信号からでも推定R波に基づいて心拍間隔(BBI)を求めることができる。
実施例2
【0045】
次に、本発明の発明者らは、圧電センサ40が取り付けられたシートをベッドマットの上に設置し、18人のヒトを被験者として、伏臥位、背臥位、左側臥位、右側臥位での実証実験を行った。
学習部13は、Leave-one-out法で推定モデル24を機械学習させた。ニューラルネットワークとして、双方向長短期記憶層に学習データを伝搬する双方向LSTM(BiLSTM)ニューラルネットワークを用いた。
各被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、双極誘導により心電図計30で各被験者の心電図信号を取得した。そして、その心電図信号取得と同時に、圧電センサ40によって、ベッドに横たわった各被験者の伏臥位、背臥位、左側臥位、右側臥位における生体振動信号を取得した。計測時間は各被験者について30秒であった。
18人の各被験者について、30秒間に取得された心電図信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各心電図信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。同様に、18人の各被験者について、30秒間に取得されたモデル入力信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各モデル入力信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。
次に、推定対象の被験者毎に、他の17人の被験者(サンプル)の正規化された各心電図信号を教師データとし、正規化された各モデル入力信号を入力して、双方向LSTMニューラルネットワークで構成される推定モデル24を生成した。
モデル入力信号は、各被験者から得た生体振動信号を0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたもの、20Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したもの、遮断周波数が30Hzであるハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したもの、微分し絶対値化処理を施したものであった。
そして、推定対象の被験者について、正規化されたモデル入力信号を推定モデル24に入力し、推定された心電図の推定心電図信号を推定モデル24に出力させた。
【0046】
図9はある被験者の背臥位と伏臥位における推定心電図等の信号を示す。
最上段は、実測心電図信号の波形(ECG)、上から2段目は生体振動信号の波形(BCG)である。Aは生体振動信号を0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、Bは20Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Cは30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Dは生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形である。各モデル入力信号の上側は、それぞれの場合において推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形(pECG)である。
【0047】
図10はある被験者の伏臥位における推定心電図等の信号を示す。
最上段は、実測心電図信号の波形(ECG)、上から2段目は生体振動信号の波形(BCG)である。Aは生体振動信号を0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、Bは20Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Cは30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Dは生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形である。各モデル入力信号の上側は、それぞれの場合において推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形である。
【0048】
図11はある被験者の左側臥位における推定心電図等の信号を示す。
最上段は、実測心電図信号の波形(ECG)、上から2段目は生体振動信号の波形(BCG)である。Aは生体振動信号を0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、Bは20Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Cは30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Dは生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形である。各モデル入力信号の上側は、それぞれの場合において推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形である。
【0049】
図12はある被験者の左側臥位における推定心電図等の信号を示す。
最上段は、実測心電図信号の波形(ECG)、上から2段目は生体振動信号の波形(BCG)である。Aは生体振動信号を0.5Hzのハイパスフィルタを通過させたモデル入力信号波形、Bは20Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Cは30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号波形、Dは生体振動信号を微分し絶対値化処理を施したモデル入力信号波形である。各モデル入力信号の上側は、それぞれの場合において推定モデル24が出力する推定心電図信号の波形である。
【0050】
図13図9図12に示したデータのうち、Cすなわち、30Hzのハイパスフィルタを通過させ絶対値化処理を施したモデル入力信号から推定した推定心電図から得られた心拍の間隔(BBI)と実測心電図から得られたRRIのBland-Altman Plotである。実測した心電図から得られたRRIと推定された心電図波形から得られた心拍の間隔(BBI)がよく一致しており、系統的な誤差もほとんど存在しないことが分かる。
このように、学習部13および推定部23に入力するモデル入力信号を、生体振動信号を30Hzのハイパスフィルタを通過させて取得した拍動振動信号の高調波成分を絶対値化の処理を施したものとすることにより、背臥位、伏臥位、左側臥位、右側臥位のいずれにおいても推定心電図信号と実測された心電図信号の一致度が高いという良好な結果が得られた。
【0051】
図14は、伏臥位における、実測心電図信号の波形(ECG)、生体振動信号波形(BCG)、生体振動信号を5Hz、10Hz、15Hz、20Hz、25Hz、30Hz、35Hz、40Hzのハイパスフィルタを通過させた波形、生体振動信号を微分した波形(diff)である。ハイパスフィルタの遮断周波数20Hz辺りから心電図のT波の直後に、図中○印で示す振幅の大きい心音が見られるようになる。
これらと、図9図12を照らし合わせると、20Hz~30Hzのハイパスフィルタを通過させた生体振動信号に絶対値化を施して得たモデル入力信号を使って学習をし、推定をする場合に、良好な推定心電図信号の波形が得られると言うことができる。
図15図14のデータのパワースペクトルであり、心拍の基本周波数(1Hz近傍)、第一高調波、第二高調波が認められる。
なお、図14に示す、ハイパスフィルタの遮断周波数20Hz辺りから見られる心音信号を心音計で得ることもできる。
実施例3
【0052】
本発明の発明者らは、3人のヒトを被験者として、圧電センサとして指尖圧電脈波計を使用して実証実験を行った。
学習部13は、Leave-one-out法で推定モデル24を機械学習させた。ニューラルネットワークとして、双方向長短期記憶層に学習データを伝搬する双方向LSTM(BiLSTM)ニューラルネットワークを用いた。
各被験者の胸部に胸部双極誘導による心電図計30を取りつけ、その心電図計30で各被験者の心電図信号を取得した。そして、その心電図信号取得と同時に、圧電センサ40として圧電脈波計を被験者の指先に取り付け、生体振動信号を取得した。計測時間は各被験者について30秒であった。
各被験者について、30秒間に取得された心電図信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各心電図信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。同様に、各被験者について、30秒間に取得されたモデル入力信号について全データの平均に対する偏差と標準偏差との比((各モデル入力信号の値-平均値)/標準偏差)を求めて正規化した。
次に、推定対象の被験者毎に、他の被験者(サンプル)の正規化された各心電図信号を教師データとし、正規化された各モデル入力信号を入力して、双方向LSTMニューラルネットワークで構成される推定モデル24を生成した。
モデル入力信号は、各被験者から得た生体振動信号そのものであった。
そして、推定対象の被験者について、正規化されたモデル入力信号を推定モデル24に入力し、推定された心電図の推定心電図信号を推定モデル24に出力させた。
図16は、推定対象A、推定対象Bおよび推定対象Cにおける推定心電図等の信号を示す。
図16の(A)、(B)および(C)の上段は、実測された心電図信号(ECG)である。
図16の(A)、(B)および(C)の下段は圧電脈波計で取得した生体振動信号波形(Pulse)であるが、明白な信号であり、そのまま正規化することでモデル入力信号とすることができた。
図16の(A)、(B)および(C)の中段は上記の生体振動信号をそのままモデル入力信号とした場合に、推定モデル24が出力した推定心電図信号(pECG)の波形を示す。
なお、光電脈波計を使っても、図16の(A)、(B)および(C)の下段に示す指尖圧電脈波計で取得した生体振動信号波形(Pulse)と同じくらい明白な生体振動信号波形が得られ、良好なpECGの波形が得られる。
【0053】
本実証実験では、臀部に配置された圧電センサによって生体振動信号を取得した。臀部における生体振動信号に含まれる拍動振動は、心臓から動脈血管を臀部組織まで伝搬してきた圧脈波の集合体であり、上大動脈と下大動脈の動脈圧勾配に依存して上下に振動する信号であると考えられる。また、臀部における生体振動信号に含まれる拍動振動は、圧脈波が体組織に吸収されるなどして減衰していると考えられる。本実証実験によって、図3(A)、図5(A)、図7(A)に示すように波形の乱れた生体振動信号であっても心拍間隔(BBI)を求めることができることを確認できた。
【0054】
生体振動信号を遮断周波数が20Hz~30Hzであるハイパスフィルタを通過させて取得した拍動振動信号の高調波成分を絶対値化して心音が認められる信号をモデル入力信号とすることにより、背臥位、伏臥位、左側臥位、右側臥位のいずれにおいても、図9図10図11図12に示すように、良好な推定心電図信号が得られることを確認できた。
なお、図14を勘案するに、心音が認められるのであれば、ハイパスフィルタの遮断周波数は厳密に20Hz~30Hzである必要はない。
【0055】
圧電センサ40が圧電脈波計の場合は、明白な生体振動信号を取得できるので、生体振動信号そのものをモデル入力信号として良好な心電図信号を推定できることを確認できた。
【0056】
なお、上述した実施例では被検者数(サンプル)や生体振動信号を取得する時間が限られている。被検者数(サンプル)や生体振動信号を取得する時間を増やして(すなわち、ビッグデータで)学習させて推定モデルを作ることにより、推定の精度を向上させ、推定心電図の波形を実測心電図の波形に近づけることができると考えられる。
また、サンプルと推定対象を同一の個人として、個人専用の推定モデルを作ってもよい。
【0057】
更に、性別、年齢、身長や座高、体重、肥満度等の身体的条件に応じて別々の推定モデルを作ってもよい。
例えば、上述した実施例のように、椅子の座面に圧電センサが設置されており、圧電センサが臀部の生体振動信号を取得する場合、座高が同程度のヒトであれば、心臓と臀部の距離も同程度である場合が多い。このため、座高に応じた推定モデルを作ることにより、推定の精度を向上させ、推定心電図の波形を実測心電図の波形に近づけることができると考えられる。
【0058】
また、椅子の座面、ベッドマットや布団のような寝具の下、寝具の上等の圧電センサが設置される場所毎に別々の推定モデルを作ってもよい。
また、手首、腕、足、こめかみ等のヒトの身体に圧電センサが取り付けられる場合、圧電センサが取り付けられる身体の位置毎に別々の推定モデルを作ってもよい。
【0059】
また、上述した実施形態では、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を材料とするシート状の圧電素子を用いる圧電センサを例として本発明を説明したが、生体振動信号を計測できる圧電センサであれば他の圧電センサであっても本発明を実施することができる。
例えば、高分子圧電体(ポリオレフィン系材料)を材料とする圧電素子を用いる圧電センサであっても本発明を実施することができる。また、ピエゾ素子の素材としては、例えば、多孔性ポリプロピレンエレクトレットフィルム(ElectroMechanical Film(EMFI))、または、またはポリフッ化ビニリデンと三フッ化エチレン共重合体(P(VDF-TrFE))、またはポリフッ化ビニリデンと四フッ化エチレン共重合体(P(VDF-TFE))を材料とする圧電素子を用いる圧電センサであっても本発明を実施することができる。
【0060】
また、例えば、加速度センサでも本発明を実施することができる。
また、光電脈波計により計測された容積脈波であっても本発明を実施することができる。
なお、加速度センサと光電脈波計は本発明の生体振動信号取得装置の例であり、光電脈波計によって取得される容積脈波による振動は本発明の拍動振動の例である。
また、例えば、心音計でも本発明を実施することができる。
【0061】
以上説明したように、本発明によれば、心臓の拍動に由来する振動を含む生体振動信号に基づいて、心電図の信号に準ずる信号であって、少なくとも推定R波を有しており、心拍間隔や心拍数を求めやすい信号を生成することができる。
また、心弾動の波形や脈波の波形に基づいて血圧を推定する様々な試みがなされている。そのような血圧の推定では、心拍間隔と脈波到達時間(PAT)が重要なパラメータである。心拍間隔は推定心電図から求めることができる。また、PATは、推定心電図の推定R波の時刻と拍動振動信号の立ち上がり時刻から求めることができる。従って、本発明によれば、1個の圧電センサまたは1個の光電脈波計を心臓からある程度離れた位置に配置することにより、その圧電センサまたは光電脈波計によって血圧を推定することができる。
【0062】
以上、本発明の実施形態について説明したが、設計または製造上の都合やその他の要因によって必要となる様々な修正や組み合わせは、請求項に記載されている発明や発明の実施形態に記載されている具体例に対応する発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0063】
1…信号処理システム、10…推定モデル作成装置、11…入力部、12…前処理部、13…学習部、20…信号処理装置、21…入力部、22…前処理部、23…推定部、24…推定モデル、25…後処理部、26…出力部、30…心電図計、40…圧電センサ
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