(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】心電図解析装置,方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/346 20210101AFI20230628BHJP
【FI】
A61B5/346
(21)【出願番号】P 2019066616
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2022-03-28
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001830
【氏名又は名称】弁理士法人東京UIT国際特許
(72)【発明者】
【氏名】元木 倫子
(72)【発明者】
【氏名】中沢 洋三
(72)【発明者】
【氏名】中沢 冬芽
(72)【発明者】
【氏名】中野 聡大
(72)【発明者】
【氏名】沼田 裕輝
【審査官】高松 大
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0102912(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0038138(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0168471(US,A1)
【文献】特開平11-318842(JP,A)
【文献】特開2004-160200(JP,A)
【文献】特開2005-230354(JP,A)
【文献】特表2005-514099(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/346
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
紙に表わされた心電図に基づいてQT時間を決定する装置であり,
前記心電図を表わす二値画像データについて,QRS複合を検出しその範囲を決定するQRS複合検出手段,
前記QRS複合検出手段によって検出されたQRS複合の直後に存在するT波
について幅の異なる2つのウィンドウ内の移動平均の交点に基づいて,少なくともT波の終点を決定するT波検出手段,
前記T波検出手段によって検出されたT波の下降脚の最大勾配を持つ接線を算出する接線算出手段,
前記T波検出手段によって決定されたT波の終点から次の心拍波形に向う基線を算出する基線算出手段,
前記接線算出手段によって算出された接線と上記基線算出手段によって算出された基線との交点を算出する交点算出手段,および
前記QRS複合検出手段によって決定されたQRS複合の前端に相当する位置と前記交点算出手段によって算出された交点の位置との間の時間軸に沿う間隔をQT時間と決定するQT時間決定手段,
を備える心電図解析装置。
【請求項2】
紙に表わされた心電
図に基づいて前記二値画像データを作成する前処理手段をさらに備える,請求項1に記載の心電図解析装置。
【請求項3】
上記二値画像データは複数の誘導信号のそれぞれについての二値画像データを含むものであり,各誘導信号に含まれる心拍波形についてQT時間を決定する心電図解析装置であって,
複数の誘導信号における同一心拍について決定されたQT時間の平均値,中央値およびばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも一つを算出する統計手段を備える請求項1または2に記載の心電図解析装置。
【請求項4】
上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値を出力する出力手段,をさらに備える請求項3に記載の心電図解析装置。
【請求項5】
複数の異なる被検者の心電図が与えられたときに各心電図について前記統計手段によって算出されたQT時間に関する値とあらかじめ定められた評価基準値とを比較して,比較結果を複数の被検者のそれぞれについて出力する評価手段をさらに備える請求項3または4に記載の心電図解析装置。
【請求項6】
上記二値画像データは複数の誘導信号のそれぞれについての二値画像データを含むものであり,各誘導信号に含まれる心拍波形についてQT時間を決定する心電図解析装置であって,
前記複数の誘導信号の同一心拍について決定されたQT時間を要素とする集合において最も小さいまとまりをもつ集合を選択する集合選択手段,および
上記集合選択手段によって選択された最も小さいまとまりを有するQT時間の集合において,QT時間の平均値,QT時間の中央値およびQT時間のばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも1つを算出する統計手段,
を備える
請求項1または2に記載の心電図解析装置。
【請求項7】
上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値を出力する出力手段,をさらに備える請求項6に記載の心電図解析装置。
【請求項8】
上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値とあらかじめ定められた評価基準値とを比較して,比較結果を出力する評価手段をさらに備える請求項7に記載の心電図解析装置。
【請求項9】
携帯端末装置である,請求項1から8のいずれか一項に記載の心電図解析装置。
【請求項10】
上記二値画像データを生成して与える二値画像データ生成手段を備え,この二値画像データ生成手段は,少なくともスキャナ,電子カメラ,受信装置,記録媒体読取装
置のうちのいずれか一つを含む,請求項1から9のいずれか一項に記載の心電図解析装置。
【請求項11】
複数の誘導信号を含む心電図を生成する心電図画像生成手段から出力される画像データから心電図目盛を含む不要部分を除去する整形手段,
整形手段によって不要部分が除去された複数の誘導信号を互いに分離する分離手段,および
分離された個々の誘導信号の二値画像データを作成する二値画像データ作成手段,
を備える心電図解析のための前処理装置
を有する請求項1に記載の心電図解析装置。
【請求項12】
紙に表わされた心電図に基づいてQT時間を決定する心電図解析方法であって,
心電図を表わす二値画像データについて,QRS複合を検出し,その範囲を決定し,
前記検出されたQRS複合の直後に存在するT波
について幅の異なる2つのウィンドウ内の移動平均の交点に基づいて,少なくともT波の終点を決定し,
前記検出されたT波の下降脚の最大勾配を持つ接線を算出し,
前記決定されたT波の終点から次の心拍波形に向う基線を算出し,
前記算出された接線と算出された基線との交点を算出し,そして
前記決定されたQRS複合の前端に相当する位置と前記算出された交点の位置との間の時間軸に沿う間隔をQT時間と決定する,
心電図解析方法。
【請求項13】
紙に表された心電図を撮像装置によって読取り,この読取った画像データに基づいて上記二値画像データを作成する,請求項
12に記載の心電図解析方法。
【請求項14】
複数の異なる被験者の心電図のそれぞれについて,心電図に含まれる複数の誘導信号の心拍波形についてQT時間を測定し,
前記複数の誘導信号の同一心拍について決定されたQT時間を要素とする集合において最も小さいまとまりをもつ集合を選択し,
選択された最も小さいまとまりを有するQT時間の集合において,QT時間の平均値,QT時間の中央値およびQT時間のばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも1つを算出する,
請求項12または13に記載の心電図解析方法。
【請求項15】
紙に表わされた心電図に基づいてQT時間を決定する心電図解析プログラムであって,
心電図を表わす二値画像データについて,QRS複合を算出しその範囲を決定し,
前記検出されたQRS複合の直後に存在するT波
について幅の異なる2つのウィンドウ内の移動平均の交点に基づいて,少なくともT波の終点を決定し,
前記検出されたT波の下降脚の最大勾配を持つ接線を算出し,
前記決定されたT波の終点から次の心拍波形に向う基線を算出し,
前記算出された接線と算出された基線との交点を算出し,そして
前記決定されたQRS複合の前端に相当する位置と前記算出された交点の位置との間の時間軸に沿う間隔をQT時間と決定するようにコンピュータを制御する,
心電図解析プログラム。
【請求項16】
紙に表わされた心電図を読取り,この読取った画像データに基づいて上記二値画像データを作成する画像データ生成プログラムをさらに備える,請求項15に記載の心電図解析プログラム。
【請求項17】
複数の異なる被検者の心電図のそれぞれについて,心電図に含まれる複数の誘導信号の心拍波形についてQT時間を測定し,
前記複数の誘導信号の同一心拍について決定されたQT時間を要素とする集合において最も小さいまとまりをもつ集合を選択し,
選択された最も小さいまとまりを有するQT時間の集合において,QT時間の平均値,QT時間の中央値およびQT時間のばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも1つを算出するようコンピュータを制御する
プログラムをさらに備える,
請求項15に記載の心電図解析プログラム。
【請求項18】
上記算出されたQT時間に関する値とあらかじめ定められた評価基準値とを比較して,比較結果を出力するようコンピュータを制御する,請求項17に記載の心電図解析プログラム。
【請求項19】
携帯端末装
置にインストールされる,請求項17または18に記載の心電図解析プログラム。
【請求項20】
上記二値画像データを生成する二値画像データ生成プログラムを備え,この二値画像データ生成プログラムは,少なくともスキャナ,電子カメラ,受信装置,記録媒体読取装置,心電計のうちのいずれか一つから与えられる画像データに基づいて上記二値画像データを生成するものである,請求項
15に記載の心電図解析プログラム。
【請求項21】
複数の誘導信号を含む心電図を生成する心電図画像生成手段から出力される画像データから心電図目盛を含む不要部分を除去し,
不要部分が除去された複数の誘導信号を互いに分離し,そして
分離された個々の誘導信号の二値画像データを生成する心電図解析のための前処理プログラムをさらに備える,
請求項15に記載の心電図解析プログラム。
【請求項22】
請求項
15から21のいずれか一項に記載のプログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は心電図(ECG)の解析,特にQT時間(QT間隔)の測定を行う装置,方法,および同装置,同方法をコンピュータで実現するためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
QT時間は心電図におけるQ波の始まりからT波の終わりまでの時間であり,心室筋興奮の始まりから興奮が消退するまでの時間を示す。
【0003】
心電図におけるQT時間の異常は,心筋の再分極の異常を反映しており,心室性不整脈などの致死性不整脈や心臓突然死との関連が報告されており,重要な予後予測因子である。小児領域でも,学校心臓検診でQT時間が長くなるQT延長症候群を検出することは,きわめて重要である。
【0004】
心電計に内蔵されたソフトウェアでQT時間を自動計測することができる。このQT時間自動計測ソフトは微分法を採用しており,実際よりも長いQT時間が出力される傾向にあり,誤って陽性と判断されることがある(偽陽性)。
【0005】
我が国で行われている学校心臓検診のガイドラインでは,QT時間の偽陽性判断を減じるため,医師自身で接線法を用いて計測することが推奨されている。接線法とはT波の下降脚の最大傾斜部分に接線を引き,その接線が基線(ベースライン)と交差する点をT波の終点とする方法である。しかし,検診を担う一般小児科医が接線法を用いて自身でQT時間を測定することは,技術的にもばらつきが多く,日常診療内で迅速かつ正確にQT時間異常の有無を判定することは難しいのが現状である。
【0006】
特許文献1には,医師の労力をできるだけ軽減するために接線法を用いてQT時間を計測するソフトウェアを内蔵したシステムが提案されている。しかしながら,このシステムでは表示画面上に表示された心電図波形において,T波の接線を引くための2点を医師が目視で指示しなければならないので,依然として医師に負担がかかる。
【0007】
心電図をコンピュータで解析する研究が盛んに行なわれている。非特許文献1はQRS複合を検出するアルゴリズムを開示している。非特許文献2は,T波を検出するアルゴリズムについて述べている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Hamed Beyramienanlou et al. “Shannon’s Energy Based Algorithm in ECG Signal Processing”Computational and Mathematical Methods in Medicine Volume 2017, Article ID 8081361
【文献】Mohamed Elgendi et al.“Fast T Wave Detection Calibrated by Clinical Knowledge with Annotation of P and T Waves”Sensors 2015, 15, 17693-17714
【発明の概要】
【0010】
この発明は,心電図におけるQT時間(間隔)を医師等による指示を必要とすることなく計測する装置,方法およびプログラムを提供することを目的とするものである。
【0011】
この発明による装置,方法,プログラムはまた,心電計機種等に依存せず,心電計から得られる紙媒体に表わされた心電図に基づいてQT時間(間隔)を,医師が手作業で接線などを引く必要なく測定することを目的とするものである。
【0012】
この発明はさらに,学校心臓検診等において,複数または多数の受診者の心電図に基づいて,QT時間異常の疑いのある者を迅速にスクリーニングするのに有効な装置,方法,プログラムを提供することを目的とするものである。
【0013】
さらにこの発明は,上記の諸目的の一つまたはそれ以上を簡便に実現できるようにするものである。
【0014】
この発明による心電図解析装置は,心電図を表わす二値画像データについて,QRS複合を検出しその範囲を決定するQRS複合検出手段,前記QRS複合検出手段によって検出されたQRS複合の直後に存在するT波を検出し,少なくともT波の終点を決定するT波検出手段,前記T波検出手段によって検出されたT波の下降脚の最大勾配を持つ接線を算出する接線算出手段,前記T波検出手段によって決定されたT波の終点から次の心拍波形に向う基線を算出する基線算出手段,前記接線算出手段によって算出された接線と上記基線算出手段によって算出された基線との交点を算出する交点算出手段,および前記QRS複合検出手段によって決定されたQRS複合の前端に相当する位置と前記交点算出手段によって算出された交点の位置との間の時間軸に沿う間隔をQT時間と決定するQT時間決定手段を備える。
【0015】
この心電図解析装置は,心電図を表わす二値画像データが与えられれば,医師等による指示を必要とすることなく心電図におけるQT時間を計測する。医師が手作業で接線を引く必要もないし,検査者によるQT時間測定値の差異も少なくなる。
【0016】
好ましい実施態様では,前記QRS複合検出手段によって算出されたQRS複合の直前に存在するQRS複合と同じ心拍のP波を検出し,少なくとも該P波の終点を決定するとともに,前記T波検出手段によって検出されたT波の直後に存在する次の心拍のP波を検出し,該P波の少なくとも始点を決定するP波検出手段を備える。基線算出手段は,T波の終点から次の心拍のP波の始点までの基線を算出することができる。基線の算出はたとえば回帰直線を算出すればよく,これは最小二乗法により行うことができる。また,QRS複合の前端は同じ心拍のP波の終点に非常に近いので,該P波の終点をQRS複合の前端に相当する位置としてもよい。
【0017】
さらに好ましい実施態様では,上記心電図解析装置は,心電図を表わす画像データに基づいて前記二値画像データを作成する前処理手段をさらに備える。したがって,心電計から出力される心電図をスキャナで読取って,または電子カメラで撮像して得られる画像データ(一般にはグレースケール画像データまたはカラー画像データ)から前記前処理手段が二値画像データを作成するので,心電計の機種等に依存せず,心電計から出力され紙媒体に表わされた心電図に基づいてQT時間が算出される。医師による接線を引く手作業も不要となり,検査者による差異も少なくなる。
【0018】
さらに好ましい実施態様では,上記二値画像データは複数の誘導信号のそれぞれについての二値画像データを含むものであり,各誘導信号に含まれる心拍波形についてQT時間を決定する心電図解析装置であり,この場合に,複数の誘導信号における同一心拍について決定されたQT時間の平均値,中央値およびばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも一つを算出する統計手段を備える。QT時間には心拍間隔によって修正されたQTc やその平均値,中央値,ばらつきの程度も含まれる。
【0019】
ばらつきの程度を表わす値の一例としてQT時間の最大値と最小値との差であるディスパージョンがある。複数の誘導信号における同一心拍のQT時間の平均値,中央値,ばらつきの程度が算出されるため,妥当なQT時間を知ることができる。
【0020】
好ましい実施態様では,上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値を出力する出力手段をさらに備える。出力手段は,QT時間に関する値を可視的に表示する表示装置,プリントするプリンタ,外部のコンピュータに送信する通信装置,SDカードやCD-ROM等の記録媒体に記録する装置,音声で出力する装置等がある。医師等はさまざまな媒体を通してQT時間に関する値を知ることができる。
【0021】
さらに好ましい実施態様では,複数の異なる被検者の心電図が与えられたときに各心電図について前記統計手段によって算出されたQT時間に関する値とあらかじめ定められた評価基準値とを比較して,複数の被験者の比較結果のそれぞれを出力する評価手段をさらに備える。
【0022】
複数の被験者の心電図について評価手段による評価結果を知ることができるので,集団心臓検診等において,QT値に関するスクリーニングを行うことが可能となり,異常の疑いのある心電図を抽出することができる。
【0023】
この発明による心電図解析装置は,複数の異なる被験者の心電図のそれぞれについて,心電図に含まれる複数の誘導信号の心拍波形についてQT時間を測定するQT時間測定手段,前記複数の誘導信号の同一心拍について決定されたQT時間を要素とする集合において最も小さいまとまりをもつ集合を選択する集合選択手段,および上記集合選択手段によって選択された最も小さいまとまりを有するQT時間の集合において,QT時間の平均値,QT時間の中央値およびQT時間のばらつきの程度を表わす値のうちの少なくとも1つを算出する統計手段を備える。最も小さいまとまりを有するQT時間の集合とは,一例として,最も小さい分散を有する集合である。QT時間のばらつきの程度は,一例として上記のディスパージョンによって表わされる。複数の心拍の中から最もまとまりの小さいQT時間の集合におけるQT時間に関する値が算出されるから,最も適切なQT時間に関する値を把握することが可能となる。好ましくは,上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値を出力する出力手段をさらに備える。また,上記統計手段によって算出されたQT時間に関する値とあらかじめ定められた評価基準値とを比較して,比較結果を出力する評価手段をさらに備える。QT時間,QT時間に関する値には心拍間隔によって修正されたQT時間,修正されたQT時間に関する値も含まれる。
【0024】
一実施態様では上記心電図解析装置は,スマートフォン,タブレット端末等の携帯端末装置として実現できるので,きわめて簡便にQT時間に関する値が得られる。さらに上記心電図解析装置を心電計に含ませてもよい。
【0025】
さらに望ましい実施態様では,上記二値画像データを生成して与える二値画像データ生成手段を備え,この二値画像データ生成手段は,少なくともスキャナ,電子カメラ,受信装置,記録媒体読取装置,心電計のうちのいずれか一つを含む。これにより,スキャナ,電子カメラ,ウェブ等のネットワーク,SDカード,CD-ROM等の記録媒体等さまざまな形態で心電図画像データを心電図解析装置に入力することが可能となり,汎用性が高まる。
【0026】
この発明はさらに,心電図解析のための前処理装置を備えており,この前処理装置は,複数の誘導信号を含む心電図を生成する心電図画像生成手段から出力される画像データから心電図目盛を含む不要部分を除去する整形手段,整形手段によって不要部分が除去された複数の誘導信号を互いに分離する分離手段,および分離された個々の誘導信号の二値画像データを作成する二値画像データ作成手段を備える。これにより,上述したように,スキャナ,電子カメラ,通信ネットワーク,記録媒体等,さまざまな形態で心電図画像データを入力することができ,汎用性,利便性が高まる。
【0027】
この発明は上記の心電図解析装置やその前処理装置をコンピュータで実現するためのコンピュータプログラム,同プログラムを記録した媒体,同プログラムにより実現される心電図解析方法も提供している。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】心電図解析装置の電気的構成例を示すブロック図である。
【
図6】心電図解析処理の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図7】QRS複合の検出処理を示すフローチャートである。
【
図8】T波,P波の検出処理を示すフローチャートである。
【
図10】スキャナにより読取った心電図の画像データを示す。
【
図11】
図10に示す画像データから枠外の文字,数字等を除去したものである。
【
図12】
図11に示す画像データから目盛を表わす線を除去したものである。
【
図13】心電図波形のシャノンエネルギーの計算結果を示す。
【
図15】QRS複合の幅(範囲)の決定を解説するものである。
【
図16】QRS複合除去後の1心拍分の心電図波形を示す。
【
図19】検出されたQRS複合とT波の部分を一定値化する様子を示す。
【
図20】検出されたT波,P波の始点と終点を示す。
【
図22】すべての誘導信号について解析結果を示す。
【
図27】携帯端末装置において心電図解析を開始するときの表示画面の例を示す。
【
図28】携帯端末装置において心電図を撮影するときの表示画面の例を示す。
【
図29】携帯端末装置において心電図解析中であることを示す表示画面の例を示す。
【
図30】携帯端末装置において心電図解析結果の表示例を示す。
【実施例】
【0029】
図1は心電図の基本波形を模式的に示している。横軸は時間,縦軸は電圧である。
【0030】
よく知られているように,右房,左房の順に興奮することにより生じる波がP波である。続いて左右両心室筋の興奮を示す部分がQRS複合(群,波,波群)で,最初に現われる下向きの波がQ波,急峻なピークを示す上向きの波がR波,その後の下向きの波がS波である。心室筋の興奮が消退していく過程を反映するのがT波,そしてT波の後にU波がみられることがある。後述するように,心電図には一般的に12誘導の信号が含まれるが,
図1に示すものと上下逆向きの誘導信号もある。
【0031】
R波のピークと次のR波のピークとの間の時間(間隔)をRR時間またはRR間隔(時間間隔)という。心拍数は60(秒)をRR間隔(秒)で除した値である。この明細書では,RR時間またはRR間隔を心拍間隔(心拍時間間隔)ということがある。
【0032】
Q波の始まりからT波の終わりまでの時間をQT時間(またはQT間隔もしくはQT時間間隔)という。QT時間は心室興奮の始まりから興奮が消退するまでの時間を示す。
【0033】
この実施例で示す心電図解析装置は最終的にQT時間を波形解析により導き出し,QT時間に関連する統計上の諸量を得るものである。
【0034】
【0035】
心電図解析装置10は一般的に,いわゆるコンピュータによって実現される。コンピュータは,パーソナル・コンピュータ(PC)と呼ばれるものであっても,タブレットやスマートフォン(アイフォーンを含む)等と呼ばれる携帯型端末装置または携帯型PCであってもよい。心電図解析装置10は,後述する各種演算,処理等を実行する演算処理部(ALU及びその周辺装置群)11,入力データ,処理中のデータ,解析結果データ等のデータおよび後述するプログラムを保持する記憶部(メモリ)12,入力画像,実行中の処理の進行,解析結果等を目視可能に表示する表示部(表示装置)13,各種指示データ等を入力するための入力部(キーボード,マウス,カーソル等,表示画面に表示されるものを含む)およびプリンタ等を含む出力部14(入,出力部14)ならびにサーバ,その他のコンピュータ,ホスト等と通信するための通信部15を備えている。通信部15を入,出力部14に含めてもよい。必要に応じて,SDカード,CD-ROM等の記録媒体からのデータの読取り,記録媒体へのデータの書込みを行う記録媒体読取(書込)部16も設けられる。これは一種の入出力部と考えてもよいし,後述する心電図画像データ生成部と考えてもよい。
【0036】
心電図解析装置10にはスキャナ(撮像装置,撮像手段)20が着脱自在に接続される。スキャナ20は紙上に表わされた心電図(心電波形)を読取って(撮像して),その画像を表わす信号を出力する。画像信号は一般にはグレースケール・データであるが,カラー画像データでもよいし,二値画像データでもよい。心電図解析装置10がスマートフォン等の端末装置の場合には,撮像装置(撮像手段)は内蔵電子カメラでもよい。
【0037】
心電図解析装置にスキャナ(撮像装置)を含めてもよい。心電図を測定する心電計に心電図解析装置を内蔵してもよい。この場合には,心電計が測定(取得)した心電波形データに基づいて心電波形をメモリ上で展開してグレースケール画像データまたは二値画像データを生成する機能(心電図画像生成手段)(ソフトウェア)を心電計または心電図解析装置にもたせることができる。心電図解析装置と心電計とを通信回路またはWEB等のネットワーク(無線,有線どちらでもよい)を通して通信可能とし,心電計から心電図解析装置に心電図波形を表わす画像データを送信するようにすることもできる。この場合には心電図画像生成手段には通信部15が含まれることになる。心電図解析装置10による解析結果を通信部15を通して心電計または他のコンピュータ(サーバ,端末)に送信することもできる。心電計は家庭用心電計でもよい。心電計で得られた心電図波形を表わすデータまたは心電図波形画像データをSDカード,CD-ROM等の記録媒体に記録しておき,この記録媒体から記録媒体読取部16で画像データ等を読取るようにしてもよい。心電図波形を表わすデータに基づいて記憶部12上で心電図波形画像を展開してもよい。心電図解析結果を記録媒体読取部16で記録媒体に書込んでもよい。いずれにしても,上述した心電図をスキャニングするスキャナ,撮影する撮像装置,心電図データを受信する通信部,心電図波形データを記憶した記録媒体の読取部,画像データを展開する記憶部およびこれらのハードウェアを用いて心電図画像データを作成するソフトウェアのいずれか,またはそのいくつかの組合せを心電図画像データ生成手段という。
【0038】
図3は心電図解析装置10の記憶部12に格納される心電図画像データファイルの一例を示している。
【0039】
この心電図画像データファイルには受診者(被検者,被測定者)の識別符号に対応して,その受診者について心電計を用いて測定された心電図の画像データが格納されている。この画像データはこの実施例ではスキャナ20によって読取られたものである(心電図画像データ生成手段により生成されたものである。)。識別符号には,好ましくは心電計の識別符号(番号),受診者の氏名または受診番号,その他の事項が含まれる。必要に応じて,心電図画像データに対応して測定日付,時間等のデータも格納される。
【0040】
心電図は最も典型的には,
図10に示すように,目盛線上に表わされた12の誘導信号波形を含む。すなわち肢誘導I,II,III,aVR,aVL,aVF,胸部誘導V1,V2,V3,V4,V5,V6である。以下,これらを誘導信号ということにする。各誘導信号には複数心拍分(
図10~
図12に示す例では7心拍分)の心拍波形が含まれている。
【0041】
心電図には,上下左右の余白に,識別符号,日時,場所(病院名,棟名等),検査(測定)担当者氏名等が表わされる。その他に,横軸(時間軸),縦軸(信号電圧)の単位等が記録されるが,
図10では図示を省略している。
図11に示すように,これら余白(枠外,欄外)の情報を除去した目盛と波形を表わす12誘導の信号の画像データが上述した心電図画像データファイル(
図3)に,識別符号,年月日時等に対応して記憶される。画像データはグレースケールの画像データ,カラー画像データ,二値画像データ,その他の画像データのいずれでもよい。
【0042】
識別符号は一般に心電計において生成される。識別符号には受診者の受診番号または氏名を示すデータが挿入され,心電図に記録されることが好ましい。もっとも,心電図をスキャナや電子カメラで撮像したのちに,これにより得られる心電図画像データに,改めて識別符号(好ましくは受診番号,氏名等示すデータを含ませる)を付けてもよい。この場合に,識別符号は入,出力部14等を通すなどの何らかの方法で心電図解析装置10に入力される。
【0043】
学校心臓検診などの複数(多数)人の心電図解析を行う場合には,
図4に示すように,少なくとも受診番号と氏名を含む受診者名簿(受診者ファイル)をあらかじめ作成しておき,記憶部12内に格納しておく。紙に表わされた各受診者の心電図(
図10に示す心電図)を順次スキャナ20で読取る。枠外に表わされた識別符号には受診番号を含ませておく。スキャナ20で読取った読取りデータから枠外の識別符号のデータを抽出し,これを文字認識技術で数字,文字データ(コード)に変換すれば,認識した数字,文字データと受診者ファイルの受診番号を比較することにより,スキャナ20で読取った各心電図画像の受診者名を特定することができる。操作者(検診者)による氏名入力の手間が省ける。操作者は氏名の確認だけを行えばよい。集団検診の場合に,心電図解析結果または評価(診断結果)を,受診者の氏名に対応させて出力(表示,プリント)することができる。もっとも,氏名等については入,出力部14,その他の入力手段を用いて入力することもできる。
【0044】
上述したように心電図画像データの入力(画像データの生成)には,スキャナ20による読取りの外に,電子カメラによる撮像,通信部15による受信,SDカード等の記録媒体からの読取り,心電計からの入力とメモリ上への展開等,さまざまな方法,手段がある。いずれにしても,これらの方法,手段を用いて入力された心電図画像データは心電図画像データファイル(
図3)に,少なくともその識別符号に対応して記憶される。
【0045】
図6は心電図解析装置10における,特にその演算処理部11による全体的な処理の手順を示している。
図7はQRS複合検出処理(
図6,S21)の詳細を,
図8はT波,P波検出処理(
図6,S22)の詳細をそれぞれ示している。
図6から
図8は心電図解析装置10の記憶部12に格納されたプログラムによる処理を表わす。
【0046】
まず,スキャナ20によって読取られ,スキャナ20から出力される心電図画像データが心電図解析装置(演算処理部11)内に取込まれる(S11)。また,心電図の枠外に記入されている識別符号等の情報が除去され,心電図の画像のみが切り出される(S12)。この心電図画像は記憶部12内に設けられている心電図画像データファイル(
図3)に書込まれる。切り出された心電図画像の例が
図11に示されている。このとき,識別符号が入,出力部14から入力されれば,その識別符号を取込み,かつ切り出した心電図画像に関連づけて心電図画像データファイルに格納される。心電図の枠外に記入されている情報の読取りデータを文字認識処理により数字,文字(アルファベット等)に変換して得られるデータを,識別符号とともに,または識別符号として心電図画像データファイルに格納してもよい。通信部15により心電図画像データを受信した場合,記録媒体読取部16により心電図画像データを記録媒体から読取った場合等には,一般に識別符号が心電図画像データに付与されているので,そのまま心電図画像データファイルに格納される。心電計から送信される心電図を表わすデータには種々のフォーマットのものがあるが,最終的には心電図画像データ(または後述する二値画像データ)に変換され,心電図画像データファイルに格納される。多数の心電図がある場合には,これらの心電図をスキャナ20により順次取込んでもよいし(S11の処理を連続して行う),1枚の心電図を取込んだのち後述するCSVファイルの作成(S13)までを行ったのち,S11に戻って次の心電図を取込むようにしてもよい。
【0047】
心電図画像データファイルの心電図画像データには12の誘導信号と目盛(縦横の罫線)が含まれている。まず目盛を表わすデータが除去される。心電図における目盛を表わす縦,横の線は一般に細く,かつ薄い(グレーレベルで黒と白の中間の濃さ)。この性質を利用して目盛を除去することができる。たとえば,心電図画像データにぼかし処理を加え,ぼかし画像を適当な閾値で弁別すれば心電波形を表わす部分のみが残る。この後,心電波形を表わす部分を元の波形に戻す。目盛を表わす線は等間隔で引かれているので,等間隔の線を除去する処理を行ってもよい。この場合には,心電図波形と目盛とが重なっている部分について,目盛除去後,補間等により心電図波形を復元するとよい。目盛が除去された心電図画像データの例が
図12に示されている。
【0048】
心電図画像には,通常,12誘導信号が含まれているので,これらの誘導信号を1つずつに分離する。左右の6つずつの誘導信号群は不連続になっており,上下の誘導信号の間には空白があるので,これらを利用して12の誘導信号を相互に分離する。また,心電図波形画像がグレースケールのものである場合には,適当な閾値を用いて二値画像(ドットデータ)に変換する。カラー画像の場合には輝度データを二値化すればよい。誘導信号の分離と二値化はどちらを先に行ってもよい。
【0049】
さらに必要ならば二値化した画像データについて,雑音(ノイズ)の除去処理を行う,たとえば画像データが 1200dpiの読取り分解能を有している場合に,隣接する4つのドットデータを平均化して1つのドットデータとすることにより平滑化する。これにより300dpiのドットデータとなる。雑音の除去は雑音成分を遮断(カット)するフィルタを用いて行うこともできる。
【0050】
いずれにしても,二値化された(かつ雑音除去された)12誘導信号の波形(ドットデータによる波形)データに基づいてCSV(comma separated values)ファイルが作成される(S13)。CSVファイルの一例が
図5に示されている。CSVファイルにおいては,一つの心電図画像データから得られた誘導信号(誘導信号I,II,III,aVR,aVL,aVF,V1,V2,V3,V4,V5,V6ごとに)がまとめられ,それらの全体に元の心電図画像データの識別符号が付けられている。各信号波形を表わす各ドットはx座標値とy座標値で表現される。x座標値は心電図の横軸(X軸)(すなわち時間軸,単位はたとえばms)に対応し,y座標値は心電図の縦軸(Y軸)(すなわち電圧軸,単位はたとえばmV)に対応する。CSVファイルは,各ドットを表わすx値とy値の組を,X軸上のx値の並びの順(小さい値から大きい値に向う順)に記述したものである。これらの各誘導信号についてのCSVファイルのxy座標値データに基づいて,心電図解析処理が行なわれる。心電図の画像データが二値画像データとして与えられたときには,CSVファイルの作成のみ(S13のCSVファイルの作成処理のみ)(S11,S12の省略)が行なわれる。もっとも雑音の除去処理を行ってもよい。
【0051】
1人の受診の心電図から分離された12の誘導信号のそれぞれについて,CSVファイルのデータに基づいて,QRS複合の検出処理(S21),T波,P波の検出処理(これらの始点,終点の決定処理)(S22),基線算出処理(S23),T波の後半部における接線算出処理(S24),そしてQT時間の算出処理(S25)が行なわれる。これらS21~S25の処理が12誘導信号のそれぞれについて終了すると,得られたQT時間を統計処理してQT時間に関する統計的諸量(解析結果)が算出され(S26),得られた解析結果が表示部13に表示されるか,入,出力部14からプリンタ等に出力されるか,通信部15から送信されるか,記録媒体読取部16により記録媒体に記録されるかにより出力される(S27)。
【0052】
図7を参照してQRS複合検出処理について説明する。全体のイメージを把握しやすくするために,最初に,S34の正規化処理により正規化された信号波形を
図14に示す。これは,
図12の誘導信号IIの波形を縦軸の値として-1.00から+1.00の間で正規化したものである。横軸は時間(単位はms)である。以下の波形図ではこの信号波形のうちの第2拍目の波形を例示する。
【0053】
まず,QRS複合の主要な周波数成分(たとえば10~30Hz)を通過させる帯域通過フィルタ(たとえばバターワース(Butterworth )フィルタ)(たとえば通過帯域は10~30Hz程度)を用いて,誘導信号を通過させる(アナログ信号処理的な表現を用いているがもちろんデジタル信号処理である)(S31)。その前に,必要ならば雑音成分(非常に低い周波数帯域と非常に高い周波数帯域)を除去する。
【0054】
続いて対象誘導信号(誘導信号II)のシャノン(Shannon )エネルギーを算出する(S32)。シャノンエネルギーの算出は,信号波形をQRS複合付近で極大化してQRS複合を検出やすくするためである。シャノンエネルギーys は次式(1)で表わされる。
【0055】
ys=-[y2logy2]/σ 式(1)
【0056】
ここでyは対象誘導信号の振幅(CSVファイルのyi の値),σは信号(yの値)の標準偏差である。
【0057】
図13は式(1) にしたがって演算した結果を示している。上述したように,これは誘導信号IIの第2拍目に相当する。このシャノンエネルギー分布を適当な閾値(
図13では1)で弁別し,閾値を超える範囲の最も左側の点(時間軸上で最も時間の早い時点)(シャノンエネルギー波形の最初に閾値を超える点)をQRS複合におけるR波のピーク位置(頂点)と決定する(S33)。閾値は多くの心電図波形を参照して経験的に定めることができるし,機械学習によって定めることもできる(教師データは,たとえば医師が与える)。
【0058】
この後,対象の誘導信号を正規化し(
図14参照),QRS複合の幅(時間軸上の範囲)(Q波の始まりからS波の終わりまで)を次のようにして決定する。
【0059】
RR間隔は心拍ごとに変化するので,QRS複合の幅(範囲)も変化する。そこで,
図15に示すように,着目しているR波(R
iで示す)とその直前のR波(R
i-1 で示す)とのRR間隔をRR1,R
i 波とその直後のR波(R
i+1で示す)とのRR間隔をRR2とする。R
i 波のピークからその直前のQ波の始まりまでの時間幅はRR1に比例するものと考え,その比例定数をαとする。同じように,R
i 波のピークからその直後のS波の終わりまでの時間幅はRR2に比例するものと考え,その比例定数をβとする。R
i を中心とするQRS複合の幅(時間幅)を式(2)により算出する(S35)。
【0060】
α(RR1)+β(RR2) 式(2)
【0061】
ここでα,βは試行錯誤を繰返して経験的に,または機械学習(教師データは,たとえば医師が与える)により適切な値に決定しておけばよい。一例としてαは0.02~0.03程度,βは0.01~0.03程度である。
【0062】
そして次のT波,P波検出処理のために,
図16に示すように,決定したQRS複合の範囲の正規化後のyの値を,QRS複合の範囲の最初の値に等しい一定値とする。
【0063】
図8を参照して,QRS複合の範囲内を一定値とした波形の誘導信号(一拍分を
図16に示すような)を,T波,P波の周波数帯域を通過させるフィルタ(バターワースフィルタ:通常帯域は0.5~10Hz程度)を用いてフィルタリングする(S41)。
【0064】
T波は既に検出したR波の時間軸上前方(図で右方向)に存在し,その範囲は,着目しているR波ピークとその直後のR波ピークとのRR間隔の0.15倍から0.75倍の間にあると仮定し,この間をT波サーチの対象とする。T波のサーチにはウィンドウ幅の異なる2つのウィンドウを用い,各ウィンドウを時間軸上(x方向)に移動させながら各ウィンドウ内のyの値の平均値を取り,その平均値を各ウィンドウの左側の端の点(x)の値とする(S42)。すなわち,
図17に示すように,幅の異なる2つのウィンドウ内の移動平均を取り,その交点をT波の暫定始点,暫定終点とする。ウィンドウの幅は,たとえば幅の小さいウィンドウの幅はx軸上で20ドット程度,幅の大きいウィンドウの幅は40ドット程度である。T波の暫定始点,終点が
図18に黒丸で示されている。
【0065】
この方法によると,特に暫定始点はT波の実際の始点よりもやや前方(時間軸上で右方向)の位置となりやすいので,最終的にはT波の始点を暫定始点よりも少し(たとえば10ドット程度)後方の位置と決定する。T波終点は暫定終点と同じ位置でもよいし,やや前方または後方の位置としてもよい。最終決定する始点,終点の位置も経験にもとづいて,または学習により決定することができる。そして,
図19に示すように,次のP波の検出のために,T波の始点から終点までの間を,始点の位置のyの値を採用して一定値とする(S43)。
【0066】
P波はQRS複合の時間軸上後方(左方向)に存在するので,T波の検出と同じように,幅の異なる2つのウィンドウを用いてQRS複合の範囲の始点から後方に向ってウィンドウを移動させながら平均値をとり,2つのウィンドウによる移動平均の2つの交点を見つける(S44)。一つ前の心拍におけるT波の位置よりも前方で見つかった2つの前,後の交点をそれぞれP波の始点,終点と決定する(S45)。
図20に決定したP波の始点と終点が黒の三角形で示されている。
【0067】
次に基線(ベースライン)を算出する(
図6のS23)。
図21を参照して基線は既に決定したT波の終点から次の心拍のP波の始点までにおいて,ドットデータ(x,y)の回帰直線を求めることにより決定することができる。回帰直線はたとえば最小二乗法で求めることができる。T波の始点が検出できなければ基線は算出できないが,次の心拍のP波の始点が仮に検出できなくても,次の心拍との間のRR間隔が既知であるから,次の心拍のはじめの付近は予測することができるので,T波の終点から次の心拍のはじめの付近までの回帰直線を求めて基線としてもよい。
【0068】
さらにT波の後半の立下り(下降脚)の最大勾配(傾き)の接線を算出する(S24)。すなわちT波の各ドットごとに勾配(着目ドットの直前直後のドット間またはいくつか置いた前後のドットの間の勾配)を算出し,その最大値(下向きであるから絶対値の最大値)を持つ勾配の直線を算出する。これにもいくつかのやり方がある。その一は,T波の始点と終点が分っているのでこの2つの点の間のすべての傾きを算出し,その負方向に最大の傾きをもつ直線を接続とすればよい。その二は,T波の終点から時間軸の後方に向かって傾きを変曲点(T波の頂点)まで計算し,その中で絶対値が最大の傾きをもつ直線を接線とする。
【0069】
最後にQT間隔を算出する(S25)。
図21に示すように,上で算出した基線と接線の交点を求めておく。そして,QT間隔をQ波の始まり(QRS複合の範囲の前端)から上記交点までの時間間隔(時間軸に沿う間隔)として算出する。QRS複合の範囲の前端はP波の終点に非常に近いので,P波の終点をQ波の始まり(QRS複合の前端)とみなして,P波の終点から交点までをQT時間としてもよい。
【0070】
上記の処理は,心電図に含まれる12の誘導信号のそれぞれについて,それらの信号の可能な限り多くの心拍の波形について行なわれる。その結果が
図22に示されている。例えば
図10~
図12に示す心電図では,各誘導信号に7心拍分の波形がそれぞれ含まれている。各心拍の上述した波形解析では,着目心拍波形以外にその直前,直後の心拍の波形も用いているから,厳密には最初の第1拍目と最後の第7拍目についてQT時間の計測は行なわれない。したがって,最大12×5=60のQT時間が求まることになる。もっとも,すべてのQRS複合,T波,P波が検出できるとは限らないので,解析の結果,最終的に得られるQT時間は60よりも少ないものとなる。第1心拍,第7心拍の波形解析において,着目心拍の直前または直後の心拍の波形を着目心拍波形と同一とみなせば(または,デフォルト値を用いて),第1拍目,第7拍目についてもQT時間の値を得ることは可能である。
【0071】
いずれにしても最後に,12誘導信号のそれぞれについて得られたQT時間の統計処理が行なわれる(
図6,S26)。上述のように,各誘導信号について第2拍目から第6拍目の5心拍分(または第1心拍目から第7心拍目までの7心拍分)のQT値(QT時間,QT間隔を単にQT値ということがある)が得られている(欠けているものもあるかも知れないが)。便宜的に,12誘導信号について第i心拍目から第k心拍目までのk+1-i個のQT値が得られたものとする(iは上記の例では1または2,kは6または7で,k+1-iは5または7)。iからkまでの任意の心拍をjとする。第j心拍目(同一心拍)の12個(12個以下かも知れない)のQT値の集合を考える。
【0072】
まず第j心拍目のQT値の集合の中から異常と考えられるQT値(これを外れ値という)を除外する。第j心拍目のQT値を小さい順に並べたときの第一4分位数(値)と第三4分位数(値)とを得,その差(第三4分位数から第一4分位数を差し引いた値)を計算する(この差の値をIQRとする)。そして,
第三4分位数+1.5×IQR 式(3)
第一4分位数-1.5×IQR 式(4)
を算出し,式(3)の値よりも大きいQT値,式(4)の値よりも小さいQT値を外れ値として,第j心拍目のQT値の集合から除外する。この外れ値除外処理をすべての心拍(第i心拍目から第k心拍目まで)のQT値の集合について行う。外れ値として除外されずに残ったQT値を有効QT値とする。
【0073】
有効Q値を要素として持つk+1-i個の集合の中で9個以上の有効QT値を持つ集合を選ぶ。9個以上の有効QT値を持つ各集合において,分散(まとまりの程度)を算出し,最も小さい分散の値を持つ集合を最適な集合として選択し,その集合に基づいて最終的な解析結果を算出する。9個以上の有効QT値を持つ集合が1つの場合にはその集合を選択する。外れ値を除いて9個以上の有効QT値を持つ集合はかなり信頼度が高いといえる。
【0074】
9個以上の有効なQT値を持つ集合が存在しない場合には,8個以上の有効なQT値を持つ集合の存否を判断し,そのような集合があれば最も分散の小さい集合を選ぶことになる。8個以上有効なQT値を持つという条件を満たす集合がなければ,条件を7,6と順次下げていって同様の処理を行う。
【0075】
以上のようにして,最適なQT値の集合がみつかるとその集合に含まれるQT値を用いて次のような最終解析結果を算出する。まず,補正したQT値,すなわちQTc (cはcorrectedを表わす)を算出する。
【0076】
QTc(心拍間隔で補正したQT値)(QTbc,QTfcなど)
【0077】
補正のやり方には種々の方法があり,心拍時間(間隔)をRRとして,測定したQT値をRRd で除す。dとして1/2を採用するのがバゼット(Bazett)補正式,dとして1/3を採用するのがフリーデリシア(Fridericia)補正式といい,それぞれをQTcb,QTcfで表わす。これらの補正された値QTcb,QTcf,その他の補正式により補正されたQT値をまとめてQTcと表現することがある。QTcは上記のいずれかの補正された値を指すときもある。心拍間隔RRとしては,QT値を測定した誘導信号におけるRR間隔の平均値,またはQT値を測定した心拍とその直前の心拍との間のRR間隔が採用される。
【0078】
ディスパージョン(Dispersion)
QT時間のばらつきの程度を示すもので,心筋再分極の不均一性を表わしているとされる。拡張型心筋症や心筋梗塞,先天性心疾患術後の症例において,心不全や致死性不整脈の予測因子として使用されている。
【0079】
ディスパージョンは,最適として選択された同一心拍の各誘導信号のQT値の集合において,QT値の最大値と最小値との差として算出される。これをQTDと表わす。ディスパージョンとして分散など,他の定義を用いてもよい。
【0080】
最適として選択されたQT値の集合から導かれるQTcb,QTcfのそれぞれの集合におけるQTcb値,QTcf値の最大値と最小値との差として算出されるディスパージョンをQTcbD,QTcfDと表記する。QTcD と表記するときには,上記のいずれかのやり方で補正されたQTc値を用いて算出されたディスパージョンを指す。
【0081】
中央値:最適として選択されたQT値の集合に含まれるQT値を大きさの順に配列したと きの中央に位置するQT値(中央に位置するQT値が2つある場合にはその平均 値)。QTc値,QTcb値,QTcf値の中央値を算出することもできる。
平均値:最適として選択されたQT値の集合に含まれるQT値の平均値。QTc値,QTc b値,QTcf値の平均値を算出することもできる。
【0082】
以上の統計的諸量が算出されると,これらが出力(表示)される(
図6,S27)。
【0083】
図9は解析結果ファイルを示している。この解析結果ファイルには識別符号に対応して解析結果と判定結果が記憶される。
【0084】
解析結果は識別符号ごとに作成される。解析結果には,12の各誘導信号の波形(画像データ,たとえば
図3や
図5に示すファイル)へのリンク(ルートまたはアドレス)を示すデータが含まれる。これにより,必要に応じて任意の識別符号の任意の誘導信号や任意の心拍の波形図を読出して表示できる。
【0085】
解析結果には更に,各誘導信号ごとに,その誘導信号に含まれる各心拍の波形に関して,検出したQRS複合の位置(範囲)を示すデータ(特にx座標値),検出したT波,P波の始点や終点の位置を示すデータ(x,y座標値),算出した基線や接線を表わすデータ(各直線について少なくとも2点のデータ),QT時間に関する諸量が含まれ,解析結果ファイルに記憶される。各誘導信号については心拍間隔(RR値),その平均値等も算出され,記憶される。解析結果ファイルには,後述する判断基準を用いた心臓疾患の判定結果も記憶されている。
【0086】
QT時間に関しては,算出された統計的諸量も記憶される。すなわち,QT時間に対応してQTcb,QTcf等が記憶される。さらに,12誘導における同一心拍のQT値の集合(外れ値を除いたもの)における検出された,または算出された最大値,最小値,ディスパージョンQTD,平均値,中央値等が記憶される。同じようにQTcb,QTcfの集合における検出された,または算出された最大値,最小値,ディスパージョン(QTcbD,QTcfD),平均値,中央値等が記憶される。
【0087】
心電図解析装置において,これらの解析結果ファイルに格納されたデータ,心電図画像ファイル(
図3),受診者ファイル(
図4),CSVファイル(
図5)等に格納されたデータに基づいて,表示部13,入,出力部14,通信部15,記録媒体読取部16において,各種データがさまざまな形に編集されて出力(表示,送信,記録,プリント等)される。表示部13における表示の例をとって解析結果出力(編集)に関して説明する。
【0088】
図23,
図24は集団心臓検診において,検診結果を受診番号(0001,0002等の数字)(または氏名,Aさん,Bさん等)別に表示するものである。
図23は解析した結果のうちのQT値(第2心拍の中央値)を受診者ごとに表にして示すものである。
図24はQTcD (バゼット法で補正)の値について正常,異常,要注意等の判断結果を受診者に対応して示すものである。名前順ボタンを押せば,
図24に示すように,氏名の順(受診番号順)に表示され,結果順ボタンを押せば正常,要注意,異常の判断内容ごとの表示に切り替わる。上述したように,QTDはある種の心臓疾患の予測因子の一つとされているので,QTDに基づく正常,異常,要注意の判断基準をあらかじめ作成して,記憶部12に記憶しておけばこの判断基準に基づいて判定を行い,判定結果を表示することができる。集団心臓検診の結果のスクリーニングに役立てることができる。
【0089】
図23において,受診番号または氏名を指定し,詳細ボタンを押せば,指定された受診者についての解析結果の詳細が
図25に示すように表示される。この図において,受診者の氏名とともにその受診者の誘導波形(第II誘導信号),接線,基線,QT間隔等がグラフで表示される。また,第2心拍におけるQT間隔,QTcb,QTcfの平均値,中央値,QTD等が表示される。受診者のその他の情報(生年月日,男女別,体重,身長等)も表示される。医師はこの詳細情報をみて,さらに詳しく診断することができる。
図24の画面から受診者を指定して
図25に遷移することも可能である。
【0090】
図25において,「過去の結果を見る」ボタンを押せば,その受診者についての過去の心電図測定,解析結果の表示画面に遷移する(
図26)。もちろん,その受診者についての過去のデータが記憶部12に蓄積されていることが前提である。
【0091】
上述したように,心電図解析装置を実現するコンピュータ・プログラム(
図6~
図8のフローチャートで表わされる)をスマートフォン等の携帯端末装置にインストールして,携帯端末装置により心電図解析を行うことができる。簡易型の心電図解析,特にQT時間測定が実現する。
【0092】
図27において,心電図解析ソフトを内蔵した携帯端末装置30において,アイコン等により心電図解析ソフトを選択すると,心電図解析が始まる旨が表示画面31に表示され,カメラ機能が有効とされる。端末装置30の電子カメラのレンズを紙に表わされた心電図に向けて焦点を合わせる。端末装置30の表示画面31に表示された画面をみて,正しい位置合わせをしてシャッタボタン32を押せば,
図28に示すように,心電図が撮像される。電子カメラで撮像された画像が心電図画像データファイル(
図3)に格納される。
【0093】
この後,
図6から
図8に示すフローチャートで表わされるプログラムが自動的に動作し,撮像した心電図の解析処理を行っていく。表示画面31には
図29に示すように解析処理中であることが示される。
【0094】
解析処理が終ると,解析結果が表示される。
図30に示す表示例では,ひとつの誘導波形と,解析結果(QT間隔,QTcb,QTcf,QT時間の平均値,QT時間の中央値,QTD等)(第2心拍)が表示される。QT時間延長症候群の疑いがあるかどうかの基準(QT,QTcb又はQTcfについて)が記憶部12に記憶されており(たとえばQTcbが450ms未満は正常,450~459msは要注意,460~479msは異常の疑い,480ms以上は異常等),測定したQT値との比較により,QT時間延長症候群の疑いがあるかどうかが判定され,その結果(QT延長症の疑いはありません等)が表示画面31に表示される。
図24に示すようなQTcD の正常,異常,要注意等の判断結果を示してもよい。
図23,
図24等において,受診者ごとにQT延長症の疑いの有無を表示してもよい。
【0095】
上述したように,心電図解析装置またはそのプログラムは心電計に内蔵することもできる。家庭用心電計等から送信された心電図データを心電図解析装置(携帯端末装置でもよい)で受信し,心電図解析ののち,その結果を家庭用心電計に送信するようにしてもよい。記録媒体から読取った心電図データに基づいて心電図解析を行い,その結果を表示したり記録媒体に書込むようにすることもできる。
【符号の説明】
【0096】
10 心電図解析装置
11 演算処理部
12 記憶部
13 表示部
14 入,出力部
15 通信部
16 記録媒体読取部
20 スキャナ
30 携帯端末装置
31 表示画面
32 シャッタボタン