(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】フィブリルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/30 20060101AFI20230628BHJP
C07K 1/02 20060101ALI20230628BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20230628BHJP
【FI】
C07K1/30
C07K1/02
C07K14/435 ZNA
(21)【出願番号】P 2019542323
(86)(22)【出願日】2018-09-14
(86)【国際出願番号】 JP2018034275
(87)【国際公開番号】W WO2019054506
(87)【国際公開日】2019-03-21
【審査請求日】2021-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2017177890
(32)【優先日】2017-09-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、内閣府、革新的研究開発推進プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】Spiber株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100211199
【氏名又は名称】原田 さやか
(72)【発明者】
【氏名】上久保 裕生
(72)【発明者】
【氏名】林 有吾
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健大
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第02/102845(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/119596(WO,A1)
【文献】特開2011-196001(JP,A)
【文献】特開2008-169171(JP,A)
【文献】特開平07-090182(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103757729(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106729981(CN,A)
【文献】Nature Nanotechnology,2017年,Vol.12,p.474-480, Methods
【文献】蚕糸・昆虫バイオテック,2007年,Vol.76, No.1,pp.3-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-14/825
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下(A)~(C)の工程を含む、フィブリルの製造方法。
(A)式[(A)
nモチーフ-REP]
mで表されるドメイン配列を含むフィブロインを、
カオトロピック剤を用いて可溶化して、可溶化溶液を得る工程、
(B)前記
カオトロピック剤の濃度が前記フィブロインの凝集体が生じる濃度になるまで前記可溶化溶液を希釈し、その濃度を維持することで、フィブリルを含む懸濁液を生成する工程、及び
(C)(B)工程において生成したフィブリルを回収する工程。
[式中、(A)
nモチーフは4~27アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示し、かつ(A)
nモチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数が65%以上である。REPは10~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示す。
mは2~300の整数を示す。複数存在する(A)
nモチーフは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。複数存在するREPは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。]
【請求項2】
前記(B)工程で生じる凝集体中のフィブロイン量が、前記(A)工程で用いたフィブロイン量の0.1~10重量%である、請求項1
に記載の製造方法。
【請求項3】
前記(C)工程が、前記懸濁液を遠心分離し、上清を回収する工程である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記カオトロピック剤が尿素、塩酸グアニジウム、ヨウ化ナトリウム及び過塩素酸塩からなる群より選ばれる、請求項
1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブリルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属分子を用いたナノ構造体は、色素増感太陽電池(酸化チタン)、導電インク(銀ナノワイヤー)等実用化されているあるいは実用化に近い状況にある。
【0003】
バイオテクノロジー分野においてもナノ構造体は注目されており、タンパク質ナノファイバーは、機械特性を望んだとおりにデザインした細胞の足場シート、生体分子デバイス、細胞工学デバイス、再生医療・組織工学、バイオセンサー・アクチュエーターとしての利用並びに軽量・高強度材料、グリーンナノハイブリッド、環境浄化材料、自己修復材料、フィルタ、紡糸、コーティング、構造・物性解析関連の高精度精密機器等の材料として期待されている。
【0004】
しかしながら、タンパク質ナノファイバーは実用化には至っていない(非特許文献1)。ナノ構造体の長さをコントロールして揃えることができれば、物性や機能を制御した安定な構造体の作製が可能になり、例えば、強度、伸度、ポアサイズ、比表面積、水分保持率、反応場の量など制御でき、物性を予測するモデルの構築にも使えるツールとなり得る(非特許文献2)。したがって、均一な長さのタンパク質性のフィブリルを製造する方法が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】L. Wang, Y. Sun, Z. Li, A. Wu, and G. Wei, Materials (Basel)., vol. 9, no. 1, 2016“Bottom-up synthesis and sensor applications of biomimetic nanostructures”
【文献】RSC Advances 2013 vol.3 p.13251
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、フィブロインからなる均一な長さのフィブリルの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
[1] 以下(A)~(C)の工程を含む、フィブリルの製造方法。
(A)式[(A)nモチーフ-REP]mで表されるドメイン配列を含むフィブロインを、可溶化剤を用いて可溶化して、可溶化溶液を得る工程、
(B)上記可溶化剤の濃度が上記フィブロインの凝集体が生じる濃度になるまで前記可溶化溶液を希釈し、その濃度を維持することで、フィブリルを含む懸濁液を生成する工程、及び
(C)(B)工程において生成したフィブリルを回収する工程。
[式中、(A)nモチーフは4~27アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示し、かつ(A)nモチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数が65%以上である。REPは10~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示す。mは2~300の整数を示す。複数存在する(A)nモチーフは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。複数存在するREPは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。]
[2] 上記(B)工程で生じる凝集体中のフィブロイン量が、上記(A)工程で用いたフィブロイン量の0.1~10重量%である、上記[1]記載の製造方法。
[3] 上記(C)工程が、上記懸濁液を遠心分離し、上清を回収する工程である、上記[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 可溶化剤がカオトロピック剤である上記[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5] カオトロピック剤が尿素、塩酸グアニジウム、ヨウ化ナトリウム及び過塩素酸塩からなる群より選ばれる、上記[4]記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィブロインからなる均一な長さのフィブリルの製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】フィブロインの構造の変化を示す模式図である。(a)は可溶化剤により可溶化したフィブロインを示し、(b)は円柱状のフィブリルを形成したフィブロインを示す。
【
図2】一般的なタンパク質の二次構造と波長の関係を示すCDスペクトルの模式図である。
【
図3】各尿素溶液中におけるフィブロインのUVスペクトルの図である。1は23mgフィブロイン/ml 6M尿素可溶化溶液、2は1の2倍希釈液、3は1の3倍希釈液、4は1の4倍希釈液、5は1の5倍希釈液を示す。
【
図4】各尿素溶液中における上清及び沈殿画分に含まれるタンパク質量を示す図である。上清に含まれるタンパク質量を斜線で、沈殿に含まれるタンパク質量を黒塗りで示す。
【
図5】尿素可溶化原液(実線)及び2倍希釈液(破線)におけるフィブロインのCDスペクトルの図である。
【
図6】
図5の尿素可溶化原液(実線)及び2倍希釈液(破線)の差CDスペクトルの図である。
【
図7】尿素可溶化原液(実線)及び2倍希釈液(破線)におけるフィブロインのIRスペクトルの図である。
【
図8】各尿素溶液中における溶液に添加したチオフラビンTに由来する蛍光スペクトルの図である。実線は尿素可溶化原液、一点鎖線は2倍希釈液の希釈直後、破線は2倍希釈液の希釈1日後、二点鎖線は2倍希釈液の希釈8日後の蛍光スペクトルを示す。
【
図9】2倍希釈液における溶液に添加したチオフラビンTに由来する蛍光強度の経時的変化を示す図である。各時間において観測された蛍光強度を破線で、フィッティング曲線を実線で示す。
【
図10】2倍希釈液の走査型プローブ顕微鏡(SPM)による観察結果の図である。
【
図11】2倍希釈液のSPM観察によるフィブリルの長さのヒストグラムの図である。
【
図12】フィブロイン濃度が1mg/mL及び2.5mg/mLの希釈液から得られたフィブリルの長さのヒストグラムの図である。
【
図13】2倍希釈液のSPM観察によるフィブリルの高さのヒストグラムの図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
一実施形態に係るフィブリルの製造方法は、具体的には以下の(A)~(C)の工程を含むことを特徴とする。
(A)式[(A)nモチーフ-REP]mで表されるドメイン配列を含むフィブロインを、可溶化剤を用いて可溶化し、可溶化溶液を得る工程、
(B)上記可溶化剤の濃度を凝集体が生じる濃度に希釈し、その濃度を維持することで、フィブリルを含む懸濁液を生成する工程、
(C)(B)工程において生成したフィブリルを回収する工程。
【0012】
[フィブロイン]
本発明に係るフィブロインは、式[(A)nモチーフ-REP]mで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。
【0013】
本明細書において「ドメイン配列」とは、フィブロイン特有の結晶領域(典型的には、アミノ酸配列の(A)nモチーフに相当する。)と非晶領域(典型的には、アミノ酸配列のREPに相当する。)を生じるアミノ酸配列であり、式:[(A)nモチーフ-REP]mで表されるアミノ酸配列を意味する。
【0014】
ここで、(A)nモチーフが4~27アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列であり、かつ(A)nモチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数が65%以上であればよい。(A)nモチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数は、70%以上であることが好ましく、75%以上であることがより好ましく、80%以上が更に好ましく、85%以上であることが更に好ましく、90%以上であることが更により好ましく、95%以上であることが特に好ましく、100%であること(アラニン残基のみで構成されることを意味する)が特により好ましい。ドメイン配列中に複数存在する(A)nモチーフは、少なくとも7つがアラニン残基のみで構成されることが好ましい。アラニン残基のみで構成されるとは、(A)nモチーフが、(A)n(Aはアラニン残基を示し、nは4~27の整数、好ましくは4~20の整数、より好ましくは4~16の整数を示す。)で表されるアミノ酸配列を有することを意味する。
【0015】
REPは10~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示す。mは2~300の整数を示す。複数存在する(A)nモチーフは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。複数存在するREPは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。
【0016】
式[(A)nモチーフ-REP]mで表されるドメイン配列を含むタンパク質であれば、天然由来のフィブロインであっても、改変フィブロインであってもよい。
【0017】
本明細書において「改変フィブロイン」とは、そのドメイン配列が天然由来のフィブロインのアミノ酸配列とは異なるフィブロインを意味する。「改変フィブロイン」は、本発明で特定されるアミノ酸配列を有するものであれば、天然由来のフィブロインに依拠してそのアミノ酸配列を改変したもの(例えば、クローニングした天然由来のフィブロインのアミノ酸配列中の1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加することによりアミノ酸配列を改変したもの)であってもよく、また天然由来のフィブロインに依らず人工的に設計及び合成したもの(例えば、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより所望のアミノ酸配列を有するもの)であってもよい。
【0018】
アミノ酸残基の置換、欠失、挿入及び/又は付加は、部分特異的突然変異誘発法等の当業者に周知の方法により行うことができる。具体的には、Nucleic Acid Res.10,6487(1982)、Methods in Enzymology,100,448(1983)等の文献に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0019】
天然由来のフィブロインは、式[(A)nモチーフ-REP]mで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。ドメイン配列のN末端側及び/又はC末端側にアミノ酸配列が付加されていてもよいが、均一なフィブリルを製造する上では、いずれか一方又は両方にアミノ酸配列(N末端配列及びC末端配列)が付加されないものが好ましい。
【0020】
天然由来のフィブロインとしては、具体的には、例えば、昆虫又はクモ類が産生するフィブロインが挙げられる。
【0021】
昆虫が産生するフィブロインとしては、例えば、ボンビックス・モリ(Bombyx mori)、クワコ(Bombyx mandarina)、天蚕(Antheraea yamamai)、柞蚕(Anteraea pernyi)、楓蚕(Eriogyna pyretorum)、蓖蚕(Pilosamia Cynthia ricini)、樗蚕(Samia cynthia)、栗虫(Caligura japonica)、チュッサー蚕(Antheraea mylitta)、ムガ蚕(Antheraea assama)等のカイコが産生する絹タンパク質、スズメバチ(Vespa simillima xanthoptera)の幼虫が吐出するホーネットシルクタンパク質が挙げられる。
【0022】
昆虫が産生するフィブロインのより具体的な例としては、例えば、カイコ・フィブロインL鎖(GenBankアクセッション番号M76430(塩基配列)、AAA27840.1(アミノ酸配列))等が挙げられる。
【0023】
クモ類が産生するフィブロインとしては、例えば、オニグモ、ニワオニグモ、アカオニグモ、アオオニグモ及びマメオニグモ等のオニグモ属(Araneus属)に属するクモ、ヤマシロオニグモ、イエオニグモ、ドヨウオニグモ及びサツマノミダマシ等のヒメオニグモ属(Neoscona属)に属するクモ、コオニグモモドキ等のコオニグモモドキ属(Pronus属)に属するクモ、トリノフンダマシ及びオオトリノフンダマシ等のトリノフンダマシ属(Cyrtarachne属)に属するクモ、トゲグモ及びチブサトゲグモ等のトゲグモ属(Gasteracantha属)に属するクモ、マメイタイセキグモ及びムツトゲイセキグモ等のイセキグモ属(Ordgarius属)に属するクモ、コガネグモ、コガタコガネグモ及びナガコガネグモ等のコガネグモ属(Argiope属)に属するクモ、キジロオヒキグモ等のオヒキグモ属(Arachnura属)に属するクモ、ハツリグモ等のハツリグモ属(Acusilas属)に属するクモ、スズミグモ、キヌアミグモ及びハラビロスズミグモ等のスズミグモ属(Cytophora属)に属するクモ、ゲホウグモ等のゲホウグモ属(Poltys属)に属するクモ、ゴミグモ、ヨツデゴミグモ、マルゴミグモ及びカラスゴミグモ等のゴミグモ属(Cyclosa属)に属するクモ、及びヤマトカナエグモ等のカナエグモ属(Chorizopes属)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質、並びにアシナガグモ、ヤサガタアシナガグモ、ハラビロアシダカグモ及びウロコアシナガグモ等のアシナガグモ属(Tetragnatha属)に属するクモ、オオシロカネグモ、チュウガタシロカネグモ及びコシロカネグモ等のシロカネグモ属(Leucauge属)に属するクモ、ジョロウグモ及びオオジョロウグモ等のジョロウグモ属(Nephila属)に属するクモ、キンヨウグモ等のアズミグモ属(Menosira属)に属するクモ、ヒメアシナガグモ等のヒメアシナガグモ属(Dyschiriognatha属)に属するクモ、クロゴケグモ、セアカゴケグモ、ハイイロゴケグモ及びジュウサンボシゴケグモ等のゴケグモ属(Latrodectus属)に属するクモ、及びユープロステノプス属(Euprosthenops属)に属するクモ等のアシナガグモ科(Tetragnathidae科)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質等が挙げられる。スパイダーシルクタンパク質としては、例えば、MaSp(MaSp1及びMaSp2)、ADF(ADF3及びADF4)等の牽引糸タンパク質、MiSp(MiSp1及びMiSp2)等が挙げられる。
【0024】
クモ類が産生するフィブロインのより具体的な例としては、例えば、fibroin-3(adf-3)[Araneus diadematus由来](GenBankアクセッション番号AAC47010(アミノ酸配列)、U47855(塩基配列))、fibroin-4(adf-4)[Araneus diadematus由来](GenBankアクセッション番号AAC47011(アミノ酸配列)、U47856(塩基配列))、dragline silk protein spidroin 1[Nephila clavipes由来](GenBankアクセッション番号AAC04504(アミノ酸配列)、U37520(塩基配列))、major angu11ate spidroin 1[Latrodectus hesperus由来](GenBankアクセッション番号ABR68856(アミノ酸配列)、EF595246(塩基配列))、dragline silk protein spidroin 2[Nephila clavata由来](GenBankアクセッション番号AAL32472(アミノ酸配列)、AF441245(塩基配列))、major anpullate spidroin 1[Euprosthenops australis由来](GenBankアクセッション番号CAJ00428(アミノ酸配列)、AJ973155(塩基配列))、及びmajor ampullate spidroin 2[Euprosthenops australis](GenBankアクセッション番号CAM32249.1(アミノ酸配列)、AM490169(塩基配列))、minor ampullate silk protein 1[Nephila clavipes](GenBankアクセッション番号AAC14589.1(アミノ酸配列))、minor ampullate silk protein 2[Nephila clavipes](GenBankアクセッション番号AAC14591.1(アミノ酸配列))、minor ampullate spidroin-like protein[Nephilengys cruentata](GenBankアクセッション番号ABR37278.1(アミノ酸配列)等が挙げられる。
【0025】
天然由来のフィブロインのより具体的な例としては、更に、NCBI GenBankに配列情報が登録されているフィブロイン等を挙げることができる。例えば、NCBI GenBankに登録されている配列情報のうちDIVISIONとしてINVを含む配列の中から、DEFINITIONにspidroin、ampullate、fibroin、「silk及びpolypeptide」、又は「silk及びprotein」がキーワードとして記載されている配列、CDSから特定のproductの文字列、SOURCEからTISSUE TYPEに特定の文字列の記載された配列を抽出することにより確認することができる。
【0026】
フィブロインの具体的な配列としては、配列番号1に示されるニワオニグモ(Araneusdiadematus)の牽引糸を構成しているADF-3(Araneus diadematus Fibroin-3)由来の部分配列、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、及び配列番号7で示されるアミノ酸配列を含むフィブロイン等を挙げることができる。
【0027】
[フィブリル]
本発明において、フィブリルとは、直径が1nmから100nm、長さが直径に比べて大きいものであって、例えば、長さが直径の10倍以上の繊維状物質を意味する。フィブリルは、ナノファイバーあるいはナノロッドと称されることもある。フィブロインからなるフィブリルとは、繊維状物質の構成成分がフィブロインであるフィブリルを意味する。フィブロインからなるフィブリルは、
図1(b)に示されるような円柱状のフィブリルであることが好ましい。フィブリルの長さは式:[(A)
nモチーフ-REP]
mで表されるドメイン配列の繰り返し数
mに依存しており、
mが大きくなる程長いフィブリルを得ることができる。フィブリルの長さは、フィブロインの分子量及び濃度に依存して長くすることができるが、例えば、分量約50kDaで濃度が約1mg/mlでは30~150nmであってよく、濃度が約2.5mg/mlでは50~250nmであってよい。フィブリルの直径(高さ)は、例えば2~5nmであってよい。本発明によれば、均一な長さのフィブリルが得られる。ここで均一とは、ヒストグラム上で極大値を示す長さに対して±50%の範囲に70%が含まれることを意味する。
【0028】
[(A)工程]
(A)工程は、[(A)nモチーフ-REP]mドメイン配列を含むフィブロインを、可溶化剤を用いて可溶化して、可溶化溶液を得る工程である。
【0029】
可溶化剤としては、フィブロインを可溶化できるものであればいずれも用いることができるが、カオトロピック剤(以下「カオトロープ剤」ともいう)が好ましい。カオトロープ剤としては、尿素、塩酸グアニジウム(GuHCl)、チオシアン酸グアニジン(GTC)、ヨウ化ナトリウム(NaI)、過塩素酸塩等をあげることができ、尿素、塩酸グアニジウムが好ましい。
【0030】
フィブロインは、例えば、可溶化剤を含む水又はバッファーに溶解させることで可溶化することができる。バッファーとしては、例えば、トリス塩酸緩衝液(トリスヒドロキシメチルアミノメタン及び塩酸)、リン酸緩衝液(リン酸及びリン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸及び酢酸ナトリウム)、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、ホウ酸緩衝液、MES(2-モルホリノエタンスルホン酸)緩衝液、Pipes(ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸))緩衝液、MOPS(3-モルホリノプロパンスルホン酸)緩衝液、HEPES(4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸)緩衝液、トリシン緩衝液及びCAPS(3-シクロヘキシルアミノプロパンスルホン酸)緩衝液等が挙げられる。本明細書においてフィブロインを溶解させた溶液を「可溶化溶液」ともいう。
【0031】
可溶化させるフィブロインの形態は、粉末状であってもよく、液状であってもよい。
【0032】
可溶化剤として尿素を用いた場合の溶解方法としては、例えば、以下の方法をあげることができる。フィブロインの粉末試料3~7mgに尿素バッファー(6~8M尿素、10mM Tris HCl、pH7.0)を200~300μl加え、5分間振とう(1800rpm)させてフィブロインを溶解する。フィブロインを完全に溶解させるために超音波処理(20~30%、10秒、4~5回、インターバル5~10分)を行ってもよい。フィブロインが可溶化剤を含むバッファーに完全に溶解しているかは、後述する紫外・可視吸収測定等により確認することができる。
【0033】
(A)工程は、さらに得られた可溶化溶液をフィルタ濾過することを含んでもよい。後述の溶解度、構造解析を行う上で、フィルタ濾過により不純物を取り除いたものを用いることが好ましい。フィルタ濾過としては、例えばフィルタ(Ultrafree-MC-GV、Durapore PVDF 0.22μm)を用いた濾過を挙げることができる。フィルタ濾過は、用いるフィルタの濾過性能及び可溶化溶液の性質等に合わせて可溶化溶液の流量を適宜調節し、フィルタが目詰まりしないように、少しずつ、可溶化溶液を流すことが好ましい。例えば、上記フィルタを用いた場合、ピペット操作により可溶化溶液を50μl以下の量ずつ流すことが好ましい。
【0034】
[(B)工程]
(B)工程は、前記可溶化剤の濃度が前記フィブロインの凝集体が生じる濃度になるまで前記可溶化溶液を希釈し、その濃度を維持することで、フィブリルを含む懸濁液を生成する工程である。
【0035】
可溶化剤の濃度とは、フィブロインを溶解して得られた可溶化溶液における可溶化剤の濃度を意味する。可溶化溶液の希釈は、調製した可溶化溶液を、可溶化剤を含まない水又はバッファーを用いて希釈することで行うことができる。バッファーとしては、例えば、上述したものを用いることができ、トリス緩衝液を用いて希釈することで行うことが好ましい。可溶化溶液を希釈することにより、可溶化剤の濃度が低下する。可溶化溶液を希釈する方法としては、徐々に希釈する方法、例えば、透析による方法、2倍、3倍、4倍、5倍と段階的に希釈する方法等をあげることができる。適切な可溶化剤の濃度に低下した段階で、その濃度を維持することが好ましいため、希釈する方法としては段階希釈が好ましい。可溶化溶液における可溶化剤の濃度を希釈により低下させた溶液を、以下「希釈液」ともいう。
【0036】
希釈後、良く撹拌、もしくは振とうさせることが好ましく、例えば、1800rpm、5分間の条件で振とうさせる等の条件をあげることができる。また、必要に応じて更に一日静置してもよい。
【0037】
可溶化剤によりフィブロインを可溶化した後、可溶化溶液を希釈し、可溶化剤の濃度をフィブロインの凝集体が生じる濃度(以下、「平衡状態の濃度」ともいう)まで低下させると、フィブロインの凝集体が形成される。この凝集体が形成されることにより懸濁液となる。可溶化溶液の希釈を停止し、可溶化剤の濃度を維持することで、懸濁液の可溶化部に存在するフィブロインの構造が変化し、均一な長さのフィブリルを形成する。これは、すべてのフィブロインが凝集しない濃度を維持することにより、フィブロインの溶解と凝集が平衡状態となることで、均一な長さのフィブリルが効率的に得られるためと推測される。ここで溶解と凝集が平衡状態になるとは、フィブロイン分子が溶液に移動したり凝集体に移動したりする状態を意味する。フィブロインの溶解の状況、構造の変化は、後述の方法で解析することにより確認することができる。
【0038】
フィブロインの凝集体が形成されているかは、目視により確認することもできるが、後述する上清及び沈殿画分のタンパク質(フィブロイン)含量を測定すること等により確認することもできる。例えば、希釈液を遠心分離機(KUBOTA3740、株式会社久保田製作所製)を用いて遠心分離(20℃、14500rpmで30分)し、沈殿の存在の有無により確認することができる。また、上述のように、希釈液の懸濁は、フィブロインの凝集体の形成によるものであるため、凝集体が生じる濃度は、希釈液が懸濁する濃度とすることもできる。希釈液が懸濁しているかは、目視により確認することもできるが、例えば、希釈液の吸光度を測定することにより確認することもできる。吸光度を測定することにより確認する方法としては、例えば、希釈液の遠心分離後の上清の吸光度を測定し、上清に存在するタンパク質量が、希釈前の可溶化溶液に存在するタンパク質量と比較して10%以上減少している場合、もしくは沈殿を溶解した溶液の吸光度を測定し、沈殿を溶解した溶液に存在するタンパク質量が、希釈前の可溶化溶液に存在するタンパク質量の10%以上である場合には、希釈液が懸濁している、すなわち凝集体が形成していると判断することができる。凝集体が生じる濃度は、希釈を停止し、例えば、静置することで維持することができる。沈殿が生じる濃度を維持する時間は、例えば、1時間以上120時間以下であってよい。凝集体が生じる濃度を維持する時間の下限値は、例えば、1時間、6時間、12時間、24時間、48時間又は72時間であってよい。また、凝集体が生じる濃度を維持する時間の上限値としては、例えば、120時間、96時間、72時間、48時間及び24時間であってよい。
【0039】
図1に示すように、完全に可溶化している状態では立体構造を形成しておらず、部分的にフィブロイン同士が接触(
図1(a)破線による丸で示した箇所)しているに過ぎないが、本発明に関わるフィブロインは、徐々に希釈することにより自己組織化し、
図1(b)に示すような円柱状のフィブリルを形成する。
【0040】
フィブリルの生産性をあげるためには、
図1(a)の状態から、できるだけ多くのフィブロインを
図1(b)にもっていくことが好ましい。工業レベルの製造においては、その指標の一つとして凝集体の形成状況で確認することができる。生成される凝集体が少ない段階における可溶化剤の濃度を維持することにより、より多くのフィブリルを取得できる。より高濃度の希釈液で、より少ない凝集体量で維持し、フィブリルを形成させることにより、フィブリルを高収率で取得できるが、取得までの時間を考慮し、工業生産において好ましい濃度の可溶化溶液を設定すればよい。
【0041】
凝集体の生成量を、凝集体中のフィブロイン量が(A)工程で用いたフィブロインの全量の10重量%以下に抑えることにより、より効率良くフィブリルを取得できる。即ち、凝集体中のフィブロイン量が(A)工程で用いたフィブロインの全量の、0.1~10重量%、好ましくは0.1~8重量%、更に好ましくは0.1~6重量%である。
【0042】
平衡状態の濃度は、用いるフィブロインに応じて凝集体の形成に基づき決定すればよいが、例えば、可溶化溶液における可溶化剤の濃度を基準として、1.5倍~10.0倍、1.8倍~8.0倍又は2.0倍~6.0倍に希釈することができる。より具体的な例として、配列番号1のアミノ酸配列を有するフィブロインに対して、可溶化剤として尿素を用いた場合、希釈液における尿素の濃度として、1.5~4.5M、好ましくは2.0~4.0M、更に好ましくは2.5~3.5Mの濃度をあげることができる。
【0043】
[(C)工程]
(C)工程は、(B)工程において生成したフィブリルを回収する工程である。
【0044】
フィブリルを回収する方法は、遠心分離、ドラムフィルタやプレスフィルタ等のフィルタろ過等、一般的な方法が挙げられる。遠心分離により凝集体を含む沈殿と、懸濁液の可溶化部に存在するフィブリルを含む上清に分離することができる。したがって、(C)工程を、(B)工程において生成したフィブリルを含む懸濁液を遠心分離し、フィブリルを含む上清を回収する工程とすることもできる。凝集体を沈殿として遠心分離する場合の、遠心分離の条件としては、例えば、20℃、14500rpmの条件で、30分間、遠心分離(KUBOTA 3740、株式会社久保田製作所製)する条件をあげることができる。
【0045】
[フィブロインの可溶化溶液及び希釈液の解析]
(1)紫外・可視吸収測定による溶解の状況の評価
フィブロインの溶解の状況及びタンパク質(フィブロイン)濃度はNanoDrop(登録商標)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)による紫外・可視吸収スペクトルを測定することにより確認することができる。フィブロインの紫外・可視吸収スペクトルは、280nmを極大とする吸収スペクトルを示し、完全に溶解している場合には顕著な散乱は見られない。
【0046】
沈殿の発生状況は、上清及び沈殿画分のタンパク質(フィブロイン)含量を測定することにより確認することができる。沈殿画分のタンパク質含量は、沈殿画分を可溶化剤を用いて再溶解させ、NanoDrop(登録商標)で測定することにより求めることができる。
【0047】
(2)CDスペクトルによる二次構造評価
可溶化溶液の希釈によるフィブロインの構造変化は、CD(Circular Dichroism)スペクトルにより確認することができる。完全なアルファへリックス構造をとる場合、208nmと222nmに負の極大、193nmに正の極大を示す。完全なβシート構造をとる場合、218nm付近に負の極大、195nm付近に正の極大を示す。完全なランダムコイル構造をとる場合、217nm付近に正の極大、195nm付近に負の極大を示す(
図2)。フィブロインがフィブリルを形成していれば、βシート構造を確認することができる。
【0048】
(3)全反射減衰-フーリエ変換赤外分光法(ATR-FTIR)による二次構造評価
ATR-FTIRで測定した場合、アミロイド繊維がβシート構造が一方向に並んだ構造(クロスβシート構造、ポリアラニン結晶構造)にシフトすると、シフトに依存した特有のIRスペクトル変化が見られる。同様のIRスペクトル変化が見られるか確認することにより、フィブロイン可溶化溶液中のフィブロインがβシート構造が一方向に並んだ構造をとっているか確認することができる。
【0049】
ATR-FTIR測定は、FTIR-6100(日本分光株式会社製)、ATR PRO ONE(日本分光株式会社製)等を用いて行うことができる。測定条件は機器付属のマニュアルに準じて行えばよい。フィブロインがフィブリルを形成する場合、アミロイド繊維に見られる、βシート構造が一方向に並んだ特徴的な構造に基づくIRスペクトルシフトを確認することができる。
【0050】
(4)チオフラビンT(ThT)染色による蛍光強度測定
βシート構造に強く反応する蛍光色素チオフラビンT(ThT)を用い、蛍光強度による解析を、蛍光光度計及びプレートリーダーで行うことにより、フィブロイン可溶化溶液中のフィブロインのβシート構造の形成状況を確認することができる。
【0051】
フィブロイン可溶化溶液に、ThTを添加し、蛍光強度を測定する。ThTの添加量は0.05~0.2mg/mlであればよい。
【0052】
蛍光光度計により、スペクトル測定を行うことができる。蛍光光度計としては、例えば、JASCO FP-8200(日本分光株式会社製)等が挙げられる。測定は機器付属のマニュアルに準じて行えばよい。
【0053】
プレートリーダーにより、蛍光強度の経時変化を追うことができる。プレートリーダーとしては、例えば、SYNERGY HTX(バイオテック株式会社製)等を用いて行うことができる。測定は機器付属のマニュアルに準じて行えばよい。フィブロインを尿素により可溶化し、希釈していない可溶化溶液(以下、「フィブロイン尿素可溶化原液」ともいう)を適当な濃度まで希釈することにより、一方向に並んだβシート構造の形成に基づくチオフラビンTの蛍光強度の上昇を蛍光光度計により確認することができる。また、この一方向に並んだβシート構造が経時的に形成されることをプレートリーダーで追うことができる。さらに、この解析により最適な希釈条件を決定することもできる。
【0054】
(5)顕微鏡による形態観察及び解析
フィブロイン尿素可溶化原液又は尿素を希釈した希釈液中に形成されたフィブリルは、透過型電子顕微鏡(TEM)、走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて観察することができる。観察は機器付属のマニュアルに準じて行えばよい。ImageJソフト等の解析ソフトを利用することにより、フィブリルの長さ、直径の計測解析ができる。
【実施例】
【0055】
[実施例1]
フィブロインの粉末試料5.1mgに尿素バッファー(6M尿素、10mMtrisHCl、pH7.0)を222μl加え、5分間振とう(1800rpm)後、ソニケーション(20%、10秒、4回、インターバル10分)を行い、フィブロインを完全に可溶化させた。当該可溶化溶液を、フィルタ(Ultrafree-MC-GV、DuraporePVDF0.22μm)を用いて濾過し、不純物を取り除いた。その際、フィルタが目詰まりしないように、50μlずつ流した。フィルタ濾過をした可溶化溶液の紫外・可視吸収を、NanoDrop(登録商標)で測定した。可溶化溶液は、280nmを極大とする紫外・可視吸収スペクトルを示し、顕著な散乱は見られなかったことから、フィブロインが完全に溶解していることが確認された(
図3のスペクトル1)。
【0056】
当該可溶化溶液に、尿素を含まないトリス緩衝液を200μl加え、1800rpm、5分間振とうし、2倍希釈を得た。同様に更に200μl加え3倍希釈、4倍希釈、5倍希釈液を調製した。
【0057】
これら希釈液を、遠心分離機(KUBOTA3740、株式会社久保田製作所製)を用いて遠心(14500rpm、30分、20℃)し、これら上清に対して、NanoDrop(登録商標)で紫外・可視吸収スペクトルを測定した。結果を
図3に、スペクトル2~5として示す。調製した全ての溶液及び遠心分離後の沈殿についてタンパク質量を測定した。結果を
図4に示す。尿素濃度の低下に伴い、沈殿したフィブロインの量は増加し、特に、1.5M尿素可溶化溶液(4倍希釈液)以下の条件では、比較的多くの沈殿物の増加が確認された。
【0058】
配列番号1に示されるアミノ酸配列を有するフィブロインでは2~3倍に希釈した可溶化溶液、即ち2~3M尿素濃度で維持することが長さの揃ったフィブリルの調製には適していることを以下の構造解析により確認した。2~3倍に希釈した可溶化溶液の沈殿中のタンパク質含量は全蛋白含量の7~9%であった(
図4参照)。
【0059】
[CDスペクトルによる二次構造評価]
6M 尿素可溶化溶液(尿素可溶化原液)及び顕著な沈殿物が生じていない3M 尿素可溶化(2倍希釈液)中におけるフィブロインの二次構造を、JASCO J-725(日本分光株式会社製)を用いて、CD測定により評価した。
【0060】
CDの測定は以下の条件で行った。
測定範囲:250~195nm、感度:standard
走査速度:20nm/分、レスポンス:4秒
積算回数:4バンド幅:1.0nm
測定濃度:0.2mg/ml
【0061】
結果を
図5に示す。タンパク質が完全なランダムコイル構造をとると、220nm付近の平均残基モル楕円率(θ)は0に近い値を示すことが知られていることから、尿素可溶化原液及び2倍希釈液においてフィブロインは何らかの2次構造を形成していることが確認された。特に、2倍希釈液ではこの領域にさらに大きなCDシグナルが観測された。
【0062】
図6に、
図5の尿素可溶化原液(実線)と2倍希釈液の差CDスペクトル(破線)を示す。
図6に示したように、220nm付近に負の極大を示すCDスペクトルが得られたことから、2倍希釈液中のフィブロインはβシート構造を形成していると推定された。
【0063】
[全反射減衰-フーリエ変換赤外分光法(ATR-FTIR)による二次構造評価]
2倍希釈液中のフィブロインがβシート構造を形成していると推定されたため、ATR-FTIR測定により更なる解析を行った。
【0064】
ATR-FTIR測定には、FTIR-6100(日本分光)、ATR PRO ONE(日本分光)を用いた。ATRの測定に用いたプリズムはダイヤモンドで、入射角は45°とした。
【0065】
以下の条件でATR測定を行った。
積算回数:バックグラウンド-512、サンプル-128
分解:4 cm-1、干渉計速度:4mm/秒、検出器:MCT
感度:×1、フィルタ:10kHz、測定範囲:700-7800cm-1
アパーチャー:1.8mm、アポタイゼーション:cosine
インターバル測定:5分、インターバル:100秒
サンプルマウント量:9μl
【0066】
サンプルをATRセル上に載せてから15分後にインターバル測定を開始し、3回測定した。結果を
図7に示す。尿素濃度の低下に伴い、アミドI領域(1700~1600cm
-1:ペプチド結合内のC=O伸縮振動に帰属される赤外吸収)の吸光度の増大及び1452cm
-1から1457cm
-1への高波数側へのシフトが確認された(
図7の破線)。このような変化に類似した変化として、アミロイド繊維などに見られる一方向にβシート構造が並んだ構造(クロスβシート構造、ポリアラニン結晶構造)が形成する際に観測されることが知られている。したがって、今回の尿素濃度の低下に伴う構造変化により、フィブロインがβシート構造が一方向に並んだ構造をとる可能性が示唆された。
【0067】
[ThT染色による蛍光強度測定]
βシート構造に強く反応する蛍光色素チオフラビンT(ThT)を用い、蛍光強度スペクトルによる解析を行った。蛍光光度計による測定には、JASCO FP-8200(日本分光株式会社)を、プレートリーダーによる測定には、SYNERGY HTX(バイオテック株式会社)を用いた。測定には、フィブロイン可溶化溶液に、ThTを0.1mg/mlとなるように添加したものを用いた。
【0068】
蛍光光度計による測定は、下記条件で行った。
測定範囲440~600nm
励起波長450nm
測定濃度0.1mg/ml
スキャンスピード Medium
測定回数 試料ごとに3回
【0069】
結果を
図8に示す。尿素可溶化原液(実線)と比較し、2倍希釈液(一点鎖線、破線、二点鎖線)では蛍光強度が上昇した。蛍光強度の上昇は希釈直後(一点鎖線)から希釈一日後(破線)おいても見られたが、希釈8日後(二点鎖線)は希釈一日後(破線)と同程度の蛍光強度であり、増加は見られなかった。
【0070】
以上の結果より、一方向に並んだβシート構造は、尿素可溶化原液を2倍希釈することにより増加し、1日経過で更に増加していたことが確認された。
【0071】
2倍希釈液におけるこの一方向に並んだβシート構造の経時変化を、プレートリーダーによる測定で解析した。測定は下記条件で行った。
(kinetic)Run:96h、インターバル15分、振とう15秒
Read1:(bottom)440/30、500/27
Read2:UV600
プレート:48flat bottom Nuclon
測定濃度10mg/ml
【0072】
結果を
図9に示す。蛍光強度は経時的に上昇しており、一成分の指数関数でフィッティングすると、時定数tau=7.9時間の反応を示すことがわかった。即ち、一方向に並んだβシート構造が時間経過とともに形成され、1日弱でプラトーに達した。
【0073】
[走査型プローブ顕微鏡(SPM)による解析]
2倍希釈液と同じ濃度の尿素を含有する尿素緩衝液を添加して、2倍希釈液中のフィブロイン濃度1mg/mL及び2.5mg/mLの希釈溶液について、フィブロインを0.02mg/mLになるように調製し、SPMで解析した。調製した試料をマイカ基盤にキャストし、SPM(SPM-9700、島津製作所)でナノファイバーの形態を観察した。SPMによりフィブロインが、アミロイド線維や絹糸と同様に、フィブリルを形成していることが確認できた(
図10)。
【0074】
ImageJソフトを用い、画像解析を行い、長さと直径を計測した。その結果、形成されたナノファイバーの長さに関するヒストグラムを
図11に示す。このヒストグラムから、形成されたナノファイバーの長さは約50nmの整数倍であり、繰り返し数が異なるナノファイバーが形成していることがわかった。さらにフィブロイン濃度が異なる希釈液から得られたナノファイバーの長さのヒストグラムを比較すると(
図12)、フィブロイン濃度が大きい方が、繰り返し数が大きくなっていることが確認できた。SPM-9700付属のソフトウェアを用い、画像解析を行い、高さ(直径)を計測した結果、形成されたナノファイバーの高さは一様に約3nmであった(
図13)。
【0075】
以上、生成されたナノファイバーは、長さ、及び直径が均一な円柱状構造を基本単位とすることが確認された。基本単位となるナノファイバーの長さや直径は使用するフィブロインの配列や分子量によって調整可能である。また、形成時のフィブロイン濃度や形成時間を調整することによって基本単位となるナノファイバーの繰り返し数が異なるナノファイバーを調整することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
天然の綿、絹、羊毛等は高精度に制御されたナノ構造の集合体である。一方、本発明により高度に制御された構造をとるフィブロインを人工的に工業規模で製造することが期待される。また、本発明により製造されるフィブリルは、細胞シート、生体分子デバイス、フィルタ、紡糸、化粧品等への応用も期待される。
【配列表】