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特許7303662多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法
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  • 特許-多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20230628BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20230628BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N1/28 X
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019090014
(22)【出願日】2019-05-10
(65)【公開番号】P2020186948
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2022-03-31
(73)【特許権者】
【識別番号】523119425
【氏名又は名称】高純度シリコン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(72)【発明者】
【氏名】モハマッド・ビー・シャバニー
(72)【発明者】
【氏名】富岡 賢一
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-266650(JP,A)
【文献】特開2016-070873(JP,A)
【文献】特開2016-119332(JP,A)
【文献】特開平11-026650(JP,A)
【文献】特開2017-056959(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多結晶シリコン塊の質量(W)(単位:g)を測定し、前記多結晶シリコン塊を上部が開口した容器に収納し、硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水との混合溶液を、前記多結晶シリコン塊の質量(W)に対する前記混合溶液の容量(V)(単位:ml)の割合(V/W)(単位:g/ml)が10%~20%になるように、前記容器内の多結晶シリコン塊の上からマイクロピペットにより滴下して前記多結晶シリコン塊の表面に前記混合溶液の自重で前記混合溶液を行き渡らせた後、前記多結晶シリコン塊の表面から前記混合溶液の自重で流下して前記容器底部に溜まった液を前記容器の上方から前記容器底部に挿入したマイクロピペットにより採取して、採取した液を分析用サンプルとして、誘導結合プラズマ質量分析装置に直接導入することにより、前記採取液に含まれるP、B、As及びP、B、As以外の金属からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属不純物を誘導結合プラズマ質量分析法により定量分析することを特徴とする多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法。
【請求項2】
前記混合溶液は、濃度1質量%~5質量%の硝酸と、濃度1質量%~5質量%のフッ化水素酸と、濃度1質量%~3質量%の過酸化水素水との混合溶液である請求項1記載の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法。
【請求項3】
前記容器に収納する多結晶シリコン塊の質量(W)が40g~80gである請求項1又は2記載の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法。
【請求項4】
前記P、B、As以外の金属が、Li、Na、Mg、Al、K、Ca、Cr、Mn、Fe、Ni、Co、Cu、Zn、Sr、Mo、Cd、Ba及びPbからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属である請求項1ないし3いずれか1項に記載の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶シリコン塊の表面に存在する金属不純物を分析する方法に関する。更に詳しくは、誘導結合プラズマ質量分析(以下、ICP-MSということもある。)法により多結晶シリコン塊表面の金属不純物を分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の金属不純物分析方法では、例えば、先ず、多結晶シリコン塊をエッチングするための処理容器に、多結晶シリコン塊のサンプルとこのサンプルが十分浸漬するだけの硝酸とフッ化水素酸の混酸に代表されるエッチング液を入れてサンプル表層をエッチングして、サンプル表面に存在する金属不純物をエッチング液中に含ませていた。次に、金属不純物を含んだエッチング液を処理容器から回収した後、回収液を濃縮乾固し、得られた乾固物を少量の酸で溶解後、原子吸光分析法や誘導結合プラズマ質量分析法等を用いて分析していた。
【0003】
しかし、このような分析方法ではサンプルをエッチング液中に十分浸漬させるためには多量のエッチング液を使用する必要があり、分析の感度を上げるために濃縮乾固して分析を行うが、濃縮を伴う分析方法ではエッチング液中にもとから金属不純物が含まれているため、多量のエッチング液では定量分析の際にブランク値が高くなる問題があり、また多量のエッチング液を濃縮させるのに多大の時間を要するという問題があった。
【0004】
このような上記諸問題を解決する方策として、円筒状の密閉した処理容器内に、多結晶シリコン試料とこの多結晶シリコン試料が一部浸漬する程度の少量のエッチング液とを収納した後、処理容器にローラーシェイカーによる回転運動のような動きを与えることにより多結晶シリコン表面にエッチング液を接触させて、処理容器からエッチング液を回収し、この回収されたエッチング液について分析を行う多結晶シリコン表層部不純物の分析方法が開示されている(例えば、特許文献1(請求項1、段落[0007]、段落[0010]、段落[0014]、段落[0031]~段落[0036]、図1図2)参照。)。特許文献1には、エッチング液としては、フッ化水素酸と硝酸との混酸の場合、フッ化水素酸10~20質量%、硝酸30~50質量%が好ましい旨が記載されている。
【0005】
この特許文献1には、この方法によれば、試料とともに収納するエッチング液量が従来の量より遙かに少ない場合でも、均一にその表面をエッチングすることが可能であり、その後エッチング液を必要に応じて濃縮する場合でも、試料処理におけるエッチング液由来の不純物量を著しく減少できる旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2000-266650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に示される方法では、試料を処理するための専用の処理容器と回転運動を与えるローラーシェイカーのような装置を必要とする不具合があった。また処理容器に多結晶シリコン試料と少量のエッチング液を入れて蓋をして格納し、処理容器を密閉状態で回転させた後、処理容器の蓋を外して、処理容器からエッチング液を取り出すため、分析用試料(サンプル)の作製が迅速にできない課題があった。また処理容器の回転運動により、容器内部の塊状の多結晶シリコン試料が破損することがあり、またフッ化水素酸10~20質量%と硝酸30~50質量%という濃度の高い混酸からなるエッチング液が多結晶シリコン試料に繰り返し接触するため、多量のエッチング液を用いる上記従来の方法と同様に、エッチング液中にシリコンマトリックスが溶解するとともに、酸からの汚染を低減できなかった。
【0008】
このため、上記特許文献1に示される方法では、分析用サンプルを分析装置に導入する前に、上記従来の方法と同様に、長い時間をかけて分析用サンプルからシリコンマトリックスを揮散分離させる必要があった。この揮散分離に要する時間が長いため、ホットプレート等のクリーンルーム環境からの汚染、オペレーターが接触する際の汚染、更には加熱されたビーカーからの汚染が発生していた。また、上記揮散分離が進行して、分析用サンプルの液が蒸発して完全になくなった時にビーカー底部に分析しようとする元素が固着していた。この固着した元素は、最終分析に用いる酸では完全に回収されず、このためサンプルを正確に分析することができなかった。また、揮散分離の乾固時に、B、P、As等の元素がフッ化物錯体を形成するため、低温で蒸発して失われてしまい、高精度な分析をすることが困難であった。
【0009】
シリコン中のB(ボロン)及びP(リン)が存在すると、このシリコンを用いて作られた半導体デバイスの品質に極めて悪影響を及ぼす。また極微量のアルカリ金属、アルカリ土類金属及び遷移金属の不純物がシリコンチップ素子に存在すると、電圧破壊又は高い暗電流が生じたり、少数キャリアの劣化などが起きて、これらのシリコンチップ素子を用いたシリコン系半導体デバイスの品質に極めて悪影響を及ぼす。このため、多結晶シリコン塊中に存在する極微量の金属不純物を定量分析することは重要である。
【0010】
本発明の目的は、定量分析用の酸の量を減らして、酸からの汚染を低減するとともに、シリコンマトリックスの溶解量を削減し、分析用サンプルを迅速に作製して、多結晶シリコン塊表面のB、P、As等の金属不純物を高感度に定量分析し得る多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法は、多結晶シリコン塊の質量(W)(単位:g)を測定し、前記多結晶シリコン塊を上部が開口した容器に収納し、硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水との混合溶液を、前記多結晶シリコン塊の質量(W)に対する前記混合溶液の容量(V)(単位:ml)の割合(V/W)(単位:g/ml)が10%~20%になるように、前記容器内の多結晶シリコン塊の上からマイクロピペットにより滴下して前記多結晶シリコン塊の表面に前記混合溶液の自重で前記混合溶液を行き渡らせた後、前記多結晶シリコン塊の表面から前記混合溶液の自重で流下して前記容器底部に溜まった液を前記容器の上方から前記容器底部に挿入したマイクロピペットにより採取して、採取した液を分析用サンプルとして、誘導結合プラズマ質量分析装置に直接導入することにより、前記採取液に含まれるP(リン)、B(ボロン)、As(ヒ素)及びそれら以外の金属からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属不純物を誘導結合プラズマ質量分析法により定量分析する方法である。
【0012】
本発明の第2の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、前記混合溶液は、濃度1質量%~5質量%の硝酸と、濃度1質量%~5質量%のフッ化水素酸と、濃度1質量%~3質量%の過酸化水素水との混合溶液である。
【0013】
本発明の第3の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、前記容器に収納する多結晶シリコン塊の質量(W)が40g~80gである。
【0014】
本発明の第4の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、前記P、B、As以外の金属がLi、Na、Mg、Al、K、Ca、Cr、Mn、Fe、Ni、Co、Cu、Zn、Sr、Mo、Cd、Ba及びPbからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、多結晶シリコン塊の質量(W)(単位:g)に対して混合溶液の容量(V)(単位:ml)を10%~20%の非常に少ない割合(V/W)(単位:g/ml)で容器内の多結晶シリコン塊の上からマイクロピペットにより滴下して多結晶シリコン塊の表面に混合溶液の自重で混合溶液を行き渡らせた後、多結晶シリコン塊の表面から前記混合溶液の自重で流下して容器底部に溜まった液を容器の上方から前記容器底部に挿入したマイクロピペットにより採取して、採取した液をICP-MS法の分析用サンプルとしてICP-MS装置に直接導入する。このため、定量分析用の酸の量を減らして、酸からの汚染を低減するとともに、シリコンマトリックスの溶解量を削減することができる。また分析用サンプルを迅速に作製することができる。更にICP-MS法により多結晶シリコン塊表面のB、P、As等の金属不純物を高感度に定量分析することができる。

【0016】
本発明の第2の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、前記混合溶液は、濃度1質量%~5質量%の硝酸と、濃度1質量%~5質量%のフッ化水素酸と、濃度1質量%~3質量%の過酸化水素水との混合溶液であるため、金属不純物との反応性、塊表面に存在する二酸化シリコンのエッチング性及び塊表面において金属堆積(plating)を形成する金属の除去性により優れる。またV/Wの割合が小さいことに加えて、特許文献1に示される混酸よりも濃度の低い硝酸及びフッ化水素酸を用いるため、より一層酸からの汚染を低減することができる。
【0017】
本発明の第3の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、容器に収納する多結晶シリコン塊の質量(W)が40g~80gという少量であって、V/Wが10%~20%であるため、用いる混合溶液の量を減らして、分析用サンプルを作製するためのコストを低減することができる。
【0018】
本発明の第4の観点の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法では、酸からの汚染の低減とシリコンマトリックスの溶解量の削減から、ICP-MS法により、数多くの金属の定量分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明の実施形態に係る多結晶シリコン塊表面の金属不純物を分析する方法の工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に本発明を実施するための形態について図面を参照して説明する。
【0021】
本発明の実施形態の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法は、図1に示すように多結晶シリコン塊の質量(W)を測定する工程1と、多結晶シリコン塊を上部が開口した容器に収納する工程2と、硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水との混合溶液を所定のV/Wの割合で多結晶シリコン塊に滴下する工程3と、滴下した液を多結晶シリコン塊の表面に行き渡らせる工程4と、多結晶シリコン塊の表面から流下した液を採取する工程5と、採取した液に含まれる金属のICP-MS法による定量分析工程6とを含む。以下、工程順に詳述する。
【0022】
〔多結晶シリコン塊の質量(W)測定〕
本実施形態の多結晶シリコン塊は、シーメンス法で製造された棒状の多結晶シリコンをタングステン製のハンマー等で粉砕した後、フッ化水素酸と硝酸の混酸でエッチング処理して、粉砕時に付着した金属不純物を低減した多結晶シリコン塊であることが好ましい。こうした多結晶シリコン塊を、次に述べる混合溶液の量を減らして、分析用サンプルを作製するためのコストを低減するために、好ましくは40g~80g、更に好ましくは50g~70gサンプルとして1個又は複数個採取して、その質量(W)を測定する。多結晶シリコン塊は、次に述べる容器の大きさに依存し、この容器に収納することが可能な大きさであり、塊の長手方向の大きさが好ましくは10mm~50mm、更に好ましくは20mm~40mmである。
【0023】
〔多結晶シリコン塊の容器への収納〕
本実施形態の多結晶シリコン塊を収納する容器は、上部が開口した容器であって、耐薬品性のあるフッ素樹脂製であることが好ましい。フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレンコポリマー、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレンコポリマー(PFA)等が例示される。この容器の開口広さ及び容積は、上記多結晶シリコン塊を収納し得る開口広さ及び容積であればよい。容器の底部広さは、次に述べる容器底部に溜まった液をマイクロピペットで採取し得る広さであることが好ましい。また容器の深さは、次に述べる混合溶液を滴下するときに滴下した混合溶液がサンプルに当たって容器外に飛散しない程度の深さを有することが好ましい。
【0024】
〔混合溶液(V)の所定の割合(V/W)での多結晶シリコン塊への滴下〕
本実施形態の混合溶液は、硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水との混合溶液である。好ましくは、濃度1質量%~5質量%の硝酸と、濃度1質量%~5質量%のフッ化水素酸と、濃度1質量%~3質量%の過酸化水素水との混合溶液である。混合溶液中のフッ化水素酸は、多結晶シリコン塊の表面に存在する二酸化シリコンを分解するために使用される。混合溶液中の過酸化水素水は、塊表面上への金属堆積(plating)からCuのようなある種の金属をより容易に回収するために使用される。混合溶液中の硝酸は、過酸化水素水の酸化力を高め、塊表面における金属微粒子の溶解を助けるために使用される。上記の濃度範囲の硝酸、フッ化水素酸及び過酸化水素の溶液を用いることにより、この混合溶液をICP-MS装置に直接導入したときに、ICP-MS装置の機器の損傷が抑制される。
【0025】
上記混合溶液中の硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水の配合割合は、質量%の比率で硝酸:フッ化水素酸:過酸化水素水=1.4:2:2であることが好ましい。少量の硝酸とフッ化水素酸と過酸化水素水を上記濃度と質量比で含む混合溶液を用いることにより、多結晶シリコン塊の表面から金属不純物を効率よく回収することができる。またフッ化水素酸の量を調整することにより、溶解するシリコンマトリックスの量を調整することができる。
【0026】
上記混合溶液の多結晶シリコン塊への滴下量は、多結晶シリコン塊の質量(W)に対する混合溶液の容量(V)が10%~20%、好ましくは10%の割合(V/W)になるように、決められる。V/Wが10%未満では、塊表面に滴下した液が塊表面全体を均一に行き渡らない上、完全に流下せず、結果として高精度に金属不純物を定量分析できない。また20%を超えると、分析する元素の液中濃度のレベルが低くなり、ICP-MS装置のカウントが低くなって、高感度で正確な分析をすることができない。混合溶液の滴下は、容器内の多結晶シリコン塊表面全体に混合溶液を行き渡らせるように行われる。こうした滴下により、多結晶シリコン塊表面の金属不純物を的確に分析することができる。この滴下器具としては、マイクロピペットが好ましい。上述した多結晶シリコン塊の質量が40g~80gの場合には、滴下量は4ml~8mlであることが好ましい。
【0027】
〔滴下液の多結晶シリコン塊表面への行き渡らせ〕
上部が開口した容器の上方から容器内に収納された多結晶シリコン塊表面全体に上記混合溶液をマイクロピペットにより滴下すると、滴下して混合溶液は塊表面全体に行き渡る。そしてポリシリコン塊の表面に存在するシリコン酸化膜と混合溶液中に存在するフッ化水素酸との反応によりシリコン表面は疎水性になるので、滴下した混合溶液は多結晶シリコン塊の表面を自重で流れ落ちて容器の底部に溜まる。本実施形態の方法では、特許文献1に示すようなローラーシェイカーを必要としない。なお、容器の底部に溜まった混合溶液を短時間、例えば1~2分間程度容器とともに揺り動かして、容器内の多結晶シリコン塊表面に混合溶液を再度行き渡らせてもよい。
【0028】
〔多結晶シリコン塊表面から流下した液の採取〕
多結晶シリコン塊表面から流下して容器底部に溜まった液は、容器上方から容器底部に挿入したマイクロピペットのような器具により採取される。特許文献1に示すように密閉した容器を開けて回収液を採取する必要はない。
【0029】
〔採取した液のICP-MS法による定量分析〕
採取した液は分析用サンプルとして、直接ICP-MS装置に導入され、そこで液に含まれる金属不純物の定量分析が行われる。従来の採取した液の濃縮、乾固は不要であり、また長い時間をかけて分析用サンプルからシリコンマトリックスを揮散分離させる作業も行う必要はない。
【0030】
以上述べたように、本実施形態の方法では、定量分析用の混合溶液の量が少量で済むため、混合溶液に含まれる酸からの分析用サンプルへの汚染を低減することができる。またシリコンマトリックスの溶解量が少ないため、分析用サンプルをシリコンマトリックスを揮散分離させる必要がない。更に混合溶液の多結晶シリコン塊への滴下から流下までの時間は約1分以内であり、分析用サンプルの採取まで極めて短時間で行うことができる。
【実施例
【0031】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0032】
<実施例1>
多結晶シリコン塊を約50g秤量し、これをポリテトラフルオロエチレン(テフロン(登録商標))製の上部が開口した容積が100mlの清浄なビーカー(容器)に収納した。濃度1.4質量%の硝酸と、濃度2質量%のフッ化水素酸と、濃度2質量%の過酸化水素水を混合した混合溶液を用意した。この混合溶液は、濃度70質量%の硝酸2mlと、濃度38質量%のフッ化水素酸6mlと、濃度35質量%の過酸化水素水6.5mlとを純水86.1mlで希釈することにより、液量が100mlになるように調製した。精密マイクロピペットで採取した混合溶液5mlを容器内に収納した多結晶シリコン塊(質量約50g)表面全体に滴下した。滴下液を多結晶シリコン塊表面全体に行き渡らせ、流下させた後、容器底部に溜まった液2mlを精密マイクロピペットで採取した。これをICP-MS装置(アジレント社製、品番7700X)に直接導入して、採取した液中の金属不純物の定量分析を行った。
【0033】
<実施例2>
実施例1と同じ多結晶シリコン塊を約50g秤量した。混合溶液のマイクロピペットによる採取と滴下の量を10mlに変えた以外、実施例1と同様にして、容器底部に溜まった液を精密マイクロピペットで採取し、これを実施例1で用いたICP-MS装置に直接導入して、採取した液中の金属不純物の定量分析を行った。
【0034】
<比較例1>
多結晶シリコン塊のサンプルとこのサンプルが十分浸漬するだけの硝酸とフッ化水素酸の混酸による従来法により、サンプルに含まれる金属不純物の定量分析を行った。即ち、実施例1と同じ多結晶シリコン塊を約50g秤量し、実施例1と同じビーカーに収納した。濃度70質量%の硝酸40mlと、濃度38質量%のフッ化水素酸10mlとを混合した液量が50mlの混合溶液を用意し、ビーカーに注入し、多結晶シリコン塊を混合溶液に埋没させた。多結晶シリコン塊の質量(W)に対する混合溶液の容量(V)の割合(V/W)は約100%であった。この状態で多結晶シリコン塊を混合溶液に6分間浸漬させた。その後、ビーカー内の混合溶液25mlを精密マイクロピペットで採取し、テフロン(登録商標)製の清浄な100mlのビーカー内に滴下し、この滴下液の入ったビーカーを230℃に維持されたホットプレート上に置き、滴下液を蒸発させた。蒸発により濃縮乾固した残渣に濃度1.4質量%の硝酸5ml加えて分析用サンプルを作製した。この分析用サンプルを精密マイクロピペットで採取して、実施例1と同じICP-MS装置に直接導入して、採取した液中の金属不純物の定量分析を行った。
【0035】
実施例1、2及び比較例1の各分析用サンプルの定量分析結果を次の表1に示す。表1には、多結晶シリコン塊の質量(W)に対する混合溶液の容量(V)の割合(V/W)が10%と20%のときの本発明の分析法の機器の検出限界も元素別に示す。また従来の分析法の機器の検出限界も元素別に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
表1から明らかなように、本発明の分析法に基づいた実施例1(V/W10%)の分析結果は、V/Wが10%の機器の検出限界より約10倍優れていた。また同じく本発明の分析法に基づいた実施例2(V/W20%)の分析結果は、V/Wが20%の機器の検出限界より約5倍優れていた。これらの機器の検出限界は、比較のために示した従来の分析法の機器の検出限界より遙かに優れていた。
従来の分析法の機器の検出限界が高い原因は、ホットプレート等に起因したクリーンルーム環境からの汚染やオペレーターがサンプルに接触したときの汚染や加熱したビーカーや高濃度の酸からの汚染等であったと考えられる。
【0038】
また、混合溶液のマイクロピペットによる採取と滴下の量を5mlと10mlとした実施例1と実施例2の各分析結果はほぼ同じであった。ただし、採取と滴下の量を5mlにした方が、採取と滴下の量を10mlにするよりも、より正確な分析結果が得られることが分かった。これはサンプルを作製するときに使用される10mlの液の希釈係数が5mlの液の希釈係数よりも大きいためと考えられる。従来の分析法の機器の検出限界は、実際のサンプルの濃度に非常に近いため、ICP-MS装置では、高精度の分析は困難である。これに対して実施例1及び2の分析法で定量分析した値は、本発明の分析法の機器の検出限界よりも高いため、高精度の分析が可能であることが分かった。
【0039】
<実施例3~5>
異なる多結晶シリコンメーカーにおいて、シーメンス法によりそれぞれ製造された棒状の多結晶シリコンを粉砕した後、フッ化水素酸と硝酸の混酸でエッチング処理した多結晶シリコン塊A(実施例3)、多結晶シリコン塊B(実施例4)、多結晶シリコン塊C(実施例5)を用意した。これらの多結晶シリコン塊A、B、Cの各表面の金属不純物から得られた3種の分析用サンプルを実施例1で用いたICP-MS装置により定量分析した。3種の分析用サンプルは実施例1と同様にして作製した。それらの結果を次の表2に示す。表2は、それぞれの多結晶シリコンメーカーのサンプルによって、汚染のレベルが異なることを示している。表2の結果から明らかなように、本発明の分析法では、酸の量や環境の汚染のレベルをコントロールし、サンプル回収液の高い濃縮率によって、各多結晶シリコンメーカーの微量な汚染レベルを識別し、低レベルでの分析を高精度で行うことが可能であることが分かった。
【0040】
【表2】
【0041】
<比較例2>
多結晶シリコン塊のサンプルとこのサンプルが十分浸漬するだけの硝酸とフッ化水素酸の混酸による従来法により、サンプルに含まれる金属不純物の定量分析を行った。即ち、実施例3と同じ多結晶シリコン塊を約50g秤量し、実施例1と同じビーカーに収納した。濃度70質量%の硝酸40mlと、濃度38質量%のフッ化水素酸10mlとを混合した液量が50mlの混合溶液を用意し、ビーカーに注入し、多結晶シリコン塊を混合溶液に埋没させた。多結晶シリコン塊の質量(W)に対する混合溶液の容量(V)の割合(V/W)は約100%であった。この状態で多結晶シリコン塊を混合溶液に6分間浸漬させた。その後、ビーカー内の混合溶液25mlを精密マイクロピペットで採取し、テフロン(登録商標)製の清浄な100mlのビーカー内に滴下し、この滴下液の入ったビーカーを230℃に維持されたホットプレート上に置き、滴下液を蒸発させた。蒸発により濃縮乾固した残渣に濃度1.4質量%の硝酸5ml加えて分析用サンプルを作製した。この分析用サンプルを精密マイクロピペットで採取して、実施例1と同じICP-MS装置に直接導入して、採取した液中の金属不純物の定量分析を行った。実施例3の分析用サンプルによる定量分析とこの比較例2の分析用サンプルによる定量分析の結果を次の表3に示す。比較例2の分析用サンプルの作製時間は120分であって長時間であったのに対して、実施例3の分析用サンプルの作製時間は1~2分であり、極めて短時間であった。
【0042】
【表3】
【0043】
表3から明らかなように、比較例2のICP-MS法による定量分析結果では、ほとんどの元素は分析が可能であったが、BとPの元素の分析値は、大きな差が見られた。この理由は比較例2のサンプルの処理時間が長いため、環境の汚染の影響でコンタミネーション(汚染物)がかなり高いレベルで検出されたことによると考えられる。実施例3のICP-MS法による定量分析結果では、分析カウントが高く、環境や酸等の影響がほとんどないため、高精度で分析することが可能であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の多結晶シリコン塊表面の金属不純物分析方法は、高性能のシリコン系半導体デバイスに用いられるシリコンチップ素子を製造する材料である多結晶シリコン塊を評価するための金属不純物の汚染レベルを正確にかつ高精度に分析することができる。
図1