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特許7304559成長が増強された形質転換植物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-29
(45)【発行日】2023-07-07
(54)【発明の名称】成長が増強された形質転換植物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20230630BHJP
   A01H 6/06 20180101ALI20230630BHJP
   A01H 6/38 20180101ALI20230630BHJP
   A01H 6/54 20180101ALI20230630BHJP
   A01H 6/82 20180101ALI20230630BHJP
   A01H 6/46 20180101ALI20230630BHJP
   C12N 15/29 20060101ALI20230630BHJP
【FI】
A01H5/00 A ZNA
A01H6/06
A01H6/38
A01H6/54
A01H6/82
A01H6/46
C12N15/29
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019566530
(86)(22)【出願日】2019-01-18
(86)【国際出願番号】 JP2019001491
(87)【国際公開番号】W WO2019142916
(87)【国際公開日】2019-07-25
【審査請求日】2021-10-08
(31)【優先権主張番号】P 2018007923
(32)【優先日】2018-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、先端的低炭素化技術開発「原形質流動の人工制御:植物バイオマス増産の基盤技術としての確立」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100080089
【弁理士】
【氏名又は名称】牛木 護
(72)【発明者】
【氏名】富永 基樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 光二
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0007915(US,A1)
【文献】冨永基樹 他,植物の大きさはミオシンモーターのスピードで決まる!,生物物理,2014年,vol.54, no.5,p.259-261
【文献】段中端 他,原形質流動を操るバイオマス増産技術:ミオシンXIの速度改変により植物の大きさを制御する,化学工業,2017年,vol.68, no.6,p.444-448
【文献】冨永基樹,原形質流動による成長制御から考える植物の光戦略,光合成研究,2015年,vol.25, no.1,p.42-47
【文献】伊藤光二,原形質流動速度増進による植物成長促進システムの開発,千葉大学ベンチャービジネスラボラトリー年報,2015年,no.15,p.92-94
【文献】玉那覇正典 他,生物界最速ミオシンであるChara braunii(シャジクモ)のミオシンXIの機能解析,日本植物学会第80回大会 研究発表記録,2016年,vol.80th,p.196, P-0915
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 5/00
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスト植物と比べて増強された成長力を有する形質転換植物であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメインのアミノ酸配列を含むプチドとのキメラタンパク質を有し、
前記ドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドが、下記(i)~(iii)のいずれか1つのアミノ酸配列を有するペプチドであり:
(i) 配列番号14又は16のいずれかで表されるアミノ酸配列;
(ii) 配列番号14又は16のいずれかで表されるアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列;
(iii) 配列番号14又は16のいずれかで表されるアミノ酸配列中の1~6個のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列、
前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)又はEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)のアミノ酸配列を有し、
前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度と比較して4倍以上である、
ことを特徴とする、形質転換植物。
【請求項2】
前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、温度25℃で6μm/秒以上である、
ことを特徴とする、請求項1に記載の形質転換植物。
【請求項3】
前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、150 Pi/秒以上であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の形質転換植物。
【請求項4】
前記ミオシンXIタンパク質のモータードメインについてのドナー植物1が、シャジクモ(Chara braunii又はChara australis)であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の形質転換植物。
【請求項5】
前記キメラタンパク質が、ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、並びに、前記ドナー植物1由来のモータードメインを含むことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の形質転換植物。
【請求項6】
前記ホスト植物及び/又は前記モータードメイン以外のドメインを提供するドナー植物2が、単子葉植物及び双子葉植物のいずれかであることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の形質転換植物。
【請求項7】
前記単子葉植物が、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)からなる群から選択される1種であることを特徴とする、請求項6に記載の形質転換植物。
【請求項8】
前記双子葉植物がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿からなる群から選択される1種であることを特徴とする、請求項6に記載の形質転換植物。
【請求項9】
ホスト植物と比べて増強された成長力を有する形質転換植物の製造方法であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメインのアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外のドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドとのキメラタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を含み、
前記ドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドが、下記(i)~(iii)のいずれか1つの核酸配列でコードされたペプチドであり、
(i) 配列番号13又は15のいずれかで表される核酸配列、
(ii) 配列番号13又は15のいずれかで表される核酸配列と95%以上の同一性を有する核酸配列、
(iii) 配列番号13又は15のいずれかで表される核酸配列中の1~6個の核酸が、欠失、置換及び/又は付加された核酸配列、
前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)又はEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)のアミノ酸配列を有し、
前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度と比較して4倍以上である、
ことを特徴とする、該形質転換植物の製造方法。
【請求項10】
前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、温度25℃で6μm/秒以上である、
ことを特徴とする、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、150 Pi/秒以上であることを特徴とする、請求項9又は10に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項9~11のいずれか1項に記載の製造方法で製造されることを特徴とする、形質転換植物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成長が増強された形質転換植物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の成長を促進する技術は、植物バイオマス量を増加させるので、農業、林業及びバイオマスエネルギー産業にとって非常に重要である。そこで、例えば、栽培条件の最適化、植物ホルモンによる処理、内在性遺伝子の改変、外来遺伝子の導入などにより、トランスジェニック植物やノックアウト植物を作製する等の種々の試みがなされている。
【0003】
外来遺伝子の導入によるトランスジェニック植物の大型化に関する発明がある(非特許文献1、2)。多くの場合、植物を大型化する技術において従来タバコ、シロイヌナズナ、イネ、トウモロコシなどに導入されている外来遺伝子は、例えば、非特許文献1及び2に記載されているような光合成経路に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。しかし、このような光合成経路の増強による植物の大型化の方法には問題がある。それは、葉の光合成能力を向上させることができたとしても、植物全体に限られた効果しか発揮しないためである。さらに、光合成産物が葉に蓄積する結果として、光合成能力の向上は、フィードバック効果によって経時的に減衰する。
【0004】
本発明者らは、原形質流動の速度が植物細胞における成長の律速要因となるものと推測し、植物細胞が有するミオシンXIのアクチン上を運動する運動速度に着目した。オウシャジクモ(Chara corallina)のミオシンのアクチン上の運動速度は非常に速い。また、実験的植物モデルとして、遺伝学的及び生理学的特性が解明されているところから、単子葉植物ではミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)が、双子葉植物ではシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)が使用されている(非特許文献3、4)。そこで、本発明者らは、ホスト植物としてミナトカモジグサとシロイヌナズナを選択し、これらのモータードメイン以外のミオシンXIのドメインと、オウシャジクモをミオシンXIモータードメインのドナー植物として選択し、そのミオシンXIのモータードメインとを組み合わせたキメラタンパク質のホスト植物での発現を目的に、該キメラタンパク質をコードする遺伝子をホスト植物に導入することを試みた。その結果、ミナトカモジグサ及びシロイヌナズナの両方について、野生型と比較して成長が増強され大型化した形質転換植物の製造に成功した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許公開公報US2013/0007915号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Miyagawa et al., Nature Biotechnol, 2001, 19:965-969
【文献】Chida et al., Plant Cell Physiol, 2007, 48:948-957
【文献】Draper J. et al., Plant Physiology, 2001, 127: 1539-1555
【文献】Meinke DW et al., Science.282(5389), 1998, 662: 679-82
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来の製造方法で製造される植物と比較して、より増強された成長力を有する形質転換植物の製造方法を確立し、より増強された成長力を有する植物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ミオシンXIタンパク質のモータードメインドナー植物として選択したシャジクモ(Chara braunii)又はオーストラリアシャジクモ(Chara australis)のミオシンXIのモータードメインが、オウシャジクモのモータードメインと比較して、アクチン上をより高速で運動できることを見出した(以下、「新高速型モータードメイン」と記載)。そこで、ホスト植物としてミナトカモジグサを選択し、そのモータードメイン以外のミオシンXIのドメインと、新高速型モータードメインとの組合せのキメラタンパク質をホスト植物で発現すべく、該キメラタンパク質をコードする遺伝子をホスト植物に導入した。その結果、新高速型モータードメインを有するキメラタンパク質を発現したホスト植物は、野生型のホスト植物と比較して増強された成長力を有する形質転換植物を製造できることを見出した。
【0009】
さらに、本発明者は、この新高速型モータードメインによって増強された成長力を有する植物をもたらす機序を鋭意検討した。その結果、新高速型モータードメインにおいて、そのループ2領域のアミノ酸配列の相同性が高く、一方、新高速型モータードメインと前記高速型モータードメインとのループ2領域のアミノ酸配列とは相同性が高くはないことを見出した。
【0010】
さらに、本発明者らは、モータードメインのATPase活性が前記運動速度と正の相関関係を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
具体的には、本発明は、ホスト植物の増強された成長力を有する形質転換植物であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメイン由来のアミノ酸配列とを含むペプチドとのキメラタンパク質を有し、
前記モータードメインのループ2領域が、前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)若しくはEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)又はこれらの配列の複数のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を有する形質転換植物を提供する。
【0012】
本発明の形質転換植物において、前記モータードメインが、下記(i)~(iii)のいずれか1つのアミノ酸配列を有するペプチドを有してもよい:
(i) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列;
(ii) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列と85%以上の相同性を有するアミノ酸配列;
(iii) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列中の複数のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列。
【0013】
本発明の形質転換植物において、前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの4倍以上、又は温度25℃で6 μm/秒以上である場合がある。
【0014】
本発明の形質転換植物において、前記ミオシンXIタンパク質のモータードメインについてのドナー植物1が、シャジクモ(Chara braunii又はChara australis)であってもよい。
【0015】
本発明の形質転換植物において、前記キメラタンパク質が、ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、並びに、前記ドナー植物1由来のモータードメインを含んでもよい。
【0016】
本発明の形質転換植物において、前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、150 Pi/秒以上である場合がある。
【0017】
本発明の形質転換植物において、前記ホスト植物及び/又はドナー植物2が、単子葉植物及び双子葉植物のいずれかであってもよい。
【0018】
本発明の形質転換植物において、前記単子葉植物が、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)からなる群から選択される1種であってもよい。
【0019】
本発明の形質転換植物において、前記双子葉植物がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿からなる群から選択される1種であってもよい。
【0020】
また、本発明は、ホスト植物の増強された成長力を有する形質転換植物の製造方法であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外のドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドとのキメラタンパク質をコードする遺伝子を導入する工程を含み、
前記モータードメインのループ2領域が、前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)若しくはEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)又はこれらの配列の複数のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を有する製造方法を提供する。
【0021】
本発明の製造方法において、前記モータードメインが、下記(i)~(iii)のいずれか1つの核酸配列でコードされたペプチドを有する製造方法であってもよい:
(i) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列;
(ii) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有する核酸配列;
(iii) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列中の複数の核酸が、欠失、置換及び/又は付加された核酸配列。
【0022】
本発明の製造方法において、前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度と比較して4倍以上、又は温度25℃で6 μm/秒以上である場合がある。
【0023】
本発明の製造方法において、前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、150 Pi/秒以上である場合がある。
【0024】
本発明の製造方法において、前記モータードメインについてのドナー植物1が、シャジクモ(Chara braunii又はChara australis)であってもよい。
【0025】
前記キメラタンパク質が、ホスト植物又は該ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、並びに、前記モータードメインについてのドナー植物1由来のモータードメインを含んでもよい。
【0026】
本発明の製造方法において、前記ホスト植物及び/又はドナー植物2が、単子葉植物及び双子葉植物のいずれかであってもよい。
【0027】
本発明の製造方法において、前記単子葉植物が、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)からなる群から選択される1種であってもよい。
【0028】
本発明の製造方法において、前記双子葉植物がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿からなる群から選択される1種であってもよい。
【0029】
さらに、本発明は、前記製造方法で製造される形質転換植物を提供する。
【0030】
また、本発明は、前記形質転換植物から継代された形質転換植物を提供する。
【0031】
また、本発明は、前記形質転換植物からの子孫を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1図1A:植物ミオシンXI分子(二量体)の構造を表す。 図1B:植物ミオシンXIタンパク質(モノマーポリペプチド)の構造を表す。 図1C図1Bの丸で囲んだ部分の拡大図である。この領域は、本発明のキメラミオシンXIタンパク質を構築するためのモータードメインとネックドメインとの間の連結として重要な変換ドメインを含む。
図2】アクチン上を運動するミオシンXIのモータードメインの運動速度を測定するための実験系の模式図を表す。
図3】シロイヌナズナのMYA2及びシャジクモの各ミオシンXIの植物学的な系統を表す図。
図4】シャジクモのミオシンXIのミオシンXIのループ2領域のアミノ酸配列(各ミオシンの1行目のアミノ酸配列)とループ3領域のアミノ酸配列(各ミオシンの2行目のアミノ酸配列)、ループ2とループ3の正味電荷、及び、ミオシンXIタンパク質のモータードメインのアクチンタンパク質上における運動速度との関係の比較図。
図5】ミナトカモジグサをホスト植物として、シャジクモの新高速型ミオシンXIタンパク質とミナトカモジグサのミオシンXIのモータードメイン以外のドメインとを組み合わせて連結したキメラタンパク質を発現させるためのベクターを導入して形質転換された新高速型のミナトカモジグサと(T1)、野生型のミナトカモジグサと、対照群としてベクターのみを導入されたミナトカモジグサの大きさを比較した写真図。
図6】新高速型ブラキポディウム(ミナトカモジグサ)ミオシンXI-B遺伝子を導入したミナトカモジグサと、対照群として野生型のミナトカモジグサおよびベクターのみを導入したミナトカモジグサの乾燥重量を比較した結果を表す図(生育終了後(鉢上げ70日目)の植物体を用いて測定。各群:新高速型のミナトカモジグサ N = 16;野生型のミナトカモジグサ N = 7;ベクターのみを導入されたミナトカモジグサ N = 10)。**はt-検定におけるp<0.01を表す 。
図7A】新高速型ブラキポディウム(ミナトカモジグサ)ミオシンXI-B遺伝子を導入したミナトカモジグサと、対照群として野生型のミナトカモジグサおよびベクターのみを導入したミナトカモジグサの穂の数を比較した結果を表す図(生育終了後(鉢上げ70日目)の植物体を用いて測定。各群:新高速型のミナトカモジグサ N = 16;野生型のミナトカモジグサ N = 7;ベクターのみを導入されたミナトカモジグサ N = 10)。**は、t-検定におけるp<0.01を表す 。
図7B】新高速型ブラキポディウム(ミナトカモジグサ)ミオシンXI-B遺伝子を導入したミナトカモジグサと、対照群として野生型のミナトカモジグサおよびベクターのみを導入したミナトカモジグサの茎の数を比較した結果を表す図(生育終了後(鉢上げ70日目)の植物体を用いて測定。各群:新高速型のミナトカモジグサ N = 16;野生型のミナトカモジグサ N = 7;ベクターのみを導入されたミナトカモジグサ N = 10)。*は、t-検定におけるp<0.05を表す 。
図7C】新高速型ブラキポディウム(ミナトカモジグサ)ミオシンXI-B遺伝子を導入したミナトカモジグサと、対照群として野生型のミナトカモジグサおよびベクターのみを導入したミナトカモジグサの葉の数を比較した結果を表す図(生育終了後(鉢上げ70日目)の植物体を用いて測定。各群:新高速型のミナトカモジグサ N = 16;野生型のミナトカモジグサ N = 7;ベクターのみを導入されたミナトカモジグサ N = 10)。**は、t-検定におけるp<0.01を表す 。
図8】野生型シロイヌナズナ及びトランスジェニックシロイヌナズナの表現型を示す写真図。
図9】生育24日目のT3由来の植物体を真上から写真撮影して得られた画像を解析ソフトImage J(NIH)の円形ツールでロゼット葉全体を囲んで、ロゼット葉の面積(ピクセル単位)を定量した様子を示す写真図。
図10】ロゼット葉の面積(ピクセル単位)を定量しロゼット葉の直径を算出した結果を示すグラフ。**はt-検定におけるp<0.01を表す。
【発明を実施するための形態】
【0033】
1.増強された成長力を有する形質転換植物
本発明の実施形態の1つは、ホスト植物の増強された成長力を有する形質転換植物であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメイン由来のアミノ酸配列とを含むペプチドとのキメラタンパク質を有し、
前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)若しくはEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)又はこれらの配列の複数のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を有する形質転換植物である。
【0034】
このシャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインのループ2領域のEEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)又はEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)は、特許文献1に記載の高速型のオウシャジクモのループ領域では認められず、下記実施例に記載のシャジクモのループ2領域で、本アミノ酸配列に高い相同性を有するアミノ酸配列が認められる(図4参照)。
【0035】
そして、ミオシンXIタンパク質のモータードメインがシャジクモ由来の配列番号14、16及び18のアミノ酸配列で表されるペプチドと、高速型のオウシャジクモ由来のモータードメインとを、アクチン上を運動する運動速度を比較すると、2倍以上であり、好ましくは2.75倍以上である。野生型のホスト植物と比較すると4倍以上であり、又は温度25℃で6 μm/秒以上である。
【0036】
そこで、本発明の新高速型の形質転換植物において、前記モータードメインが、下記(i)~(iii)のいずれか1つのアミノ酸配列を有するペプチドを有してもよい:
(i) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列;
(ii) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列と80%以上の、好ましくは85%以上の、より好ましくは90%以上の、最も好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列;
(iii) 配列番号14、16及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列中の複数のアミノ酸、好ましくは1~6個のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列。
【0037】
上記配列番号14、16及び18で表されるミオシンは、ミオシンXIのモータードメインの分子系統樹において、近接した配列を有しており、特許文献1の実施例に記載された高速型のミオシンXIタンパク質のモータードメインを有するシャジクモ属オウシャジクモとは、分類学上別のグループに分かれる。
【0038】
ここで、本明細書において、「増強された成長力を有する植物」とは、上記のアミノ酸配列で特定されるシャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインを含むキメラタンパク質が発現するように、ホスト植物に該キメラタンパク質のアミノ酸配列をコードする核酸配列を含むベクターが導入された形質転換植物が、野生型の植物と比較して、同一の環境下、同一の期間で成育後、葉のサイズ、葉の枚数、穂の数及び/又は乾燥重量が増加した形質を表す植物をいう。増強された成長力は、植物全体の成長の向上又は植物の一部の成長の増強であってもよい。
【0039】
また、「ホスト植物」とは、前記キメラタンパク質を発現させることによって形質転換される植物、すなわち形質転換による増強された成長力の付与に供される植物をいう。「ホスト植物」は、シャジクモ以外の植物をいい、シャジクモ以外の植物であれば特に限定されず、例えば、単子葉植物及び双子葉植物のいずれであってもよい。
【0040】
本明細書において、「ドナー植物」とは、本発明に係るミオシンXIキメラタンパク質のアミノ酸配列を設計するためのアミノ酸配列又は核酸配列情報を提供する植物をいう。特に、ミオシンXIタンパク質のモータードメインを含むアミノ酸配列情報又は該アミノ酸配列をコードする核酸配列の情報を提供する植物をドナー植物1と記載し、並びに、ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインを含むペプチドのアミノ酸配列又は該アミノ酸配列をコードするポリ核酸配列情報を提供する植物をドナー植物2という。
【0041】
ホスト植物及び/又はドナー植物2として使用される単子葉植物の例としては、ミナトカモジグサ、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
ホスト植物及び/又はドナー植物2として使用される双子葉植物の例としては、シロイヌナズナ、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
ミオシンXIタンパク質のモータードメインのアミノ酸配列を提供するドナー植物1としては、シャジクモが好ましい。
【0044】
ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインを含むペプチドのアミノ酸配列を提供するドナー植物2については、前記ホスト植物とドナー植物2とが同一であってもよく、又は、異なってもよく、ドナー植物2は1種類に限定されず、2種類以上の植物を使用することができる。典型的な場合において、ネックドメインを提供する植物種は、テールドメイン(ロッドドメイン及び球状テールドメインを含む)を提供する植物種とは異なってもよい。そのような場合、それぞれの植物種に由来するドメインは、異なるタイプのミオシンXI由来であってもよい。例えば、ネックドメインを提供するドナー植物2(「植物A」と称する)及びテールドメインを提供するドナー植物2(「植物B」と称する)が使用され、ネックドメインが植物AのミオシンXI-1タンパク質由来である場合、テールドメインが植物BのミオシンXI-2タンパク質由来であってもよい。
【0045】
好ましくは、キメラミオシンXIタンパク質のモータードメイン以外のドメインは、ドナー植物2に係る植物種において同一のミオシンXI由来である。例えば、ネックドメインが植物AのミオシンXI-1タンパク質に由来する場合、テールドメインもまた、植物AのミオシンXI-1タンパク質由来であることが好ましい。これは、同一のミオシンXI型タンパク質(オルソログタンパク質)は、異なる種であっても同様の機能を有し、同様の作用効果を奏することができる。好ましくは、ドナー植物2は、ホスト植物と同じ科に属する植物である。より好ましくは、ドナー植物2は、ホスト植物と同じ属に属する植物である。さらに好ましくは、ドナー植物2は、ホスト植物と同じ植物である。したがって、ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインの全てが、ホスト植物のミオシンXIタンパク質由来であることが最も好ましい。
【0046】
ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインを含むペプチドのアミノ酸配列を提供するドナー植物2のより具体的な単子葉植物の例としては、ミナトカモジグサ、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインを含むペプチドのアミノ酸配列を提供するドナー植物2のより具体的な双子葉植物の例としては、シロイヌナズナ、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0048】
これらの植物の中、遺伝的及び生理的な特徴が既に明らかにされているところから、単子葉植物の実験的植物モデルとしてミナトカモジグサが、双子葉植物の実験的植物モデルとしてシロイヌナズナが利用されている(非特許文献3、4)。
【0049】
本発明において、ドナー植物2のミオシンXIタンパク質のモータードメイン以外の領域、具体的には、ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインと上記アミノ酸配列で特定されるシャジクモ由来のミオシンXIタンパク質のモータードメインとを組み合わせて連結したキメラタンパク質をコードするキメラ遺伝子をホスト植物に導入し、発現させることによって本発明の新高速型の形質転換植物を取得できる。
【0050】
したがって、本発明の新高速型の形質転換植物を取得するためにホスト植物で発現させるキメラタンパク質は、上記配列で特定されるシャジクモ由来のミオシンXIタンパク質のモータードメイン、並びに、ドナー植物2由来のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインを含むタンパク質であり、アクチンに結合して、アクチン上を高速で運動する活性を有する。
【0051】
本明細書において、「新高速型のミオシンXIタンパク質」及び「新高速型のモータードメイン」とは、このミオシンXIタンパク質のモータードメインがアクチンと結合して、アクチン上を運動する際に、従来より知られるミオシンXIタンパク質の運動速度よりもより速い運動速度を有するミオシンXIタンパク質やモータードメインをいう。一方、本明細書において「高速型の」、「ミオシンXIタンパク質」や「モータードメイン」は、モータードメインがアクチンに結合し、アクチン上を運動する速度が特許文献1等に記載されたキメラタンパク質の速度である「ミオシンXIタンパク質」や「モータードメイン」をいう。
【0052】
植物のミオシンXIタンパク質は、そのモータードメインのアクチンタンパク質との結合部位がATPase活性を有し、アクチンタンパク質にミオシンXIタンパク質が結合後、高エネルギーリン酸化合物であるATPを消費し、ADPを産生しながら、アクチン上をミオシンXIタンパク質が運動する。この運動は、植物細胞内の原形質流動を惹起し、ミオシンXIタンパク質のアクチン上の運動速度が原形質流動の律速要素になるものと考えられる。この原形質流動速度の上昇、すなわち、アクチン上を運動するミオシンXIタンパク質の運動速度の高速化が植物成長を増強すること、さらに、ミオシンXIタンパク質の運動速度の低速化が植物成長を抑制することが本発明者らによって証明され、特許文献1に示されている。
【0053】
したがって、より高速でアクチン上を運動するミオシンXIタンパク質のモータードメインとドナー植物2のミオシンXIタンパク質のモータードメイン以外のドメインとのキメラタンパク質をコードするキメラ遺伝子をホスト植物に導入し、ドナー植物2の細胞内で高速のミオシンXIモータードメインを融合させたキメラタンパク質を発現させ、ホスト植物を形質転換された形質転換植物に成長の促進をもたらすことができる。
【0054】
配列番号14のアミノ酸配列は、シャジクモ:Chara brauniiのミオシンXIタンパク質(以下、「CbM1」と記載)であり、配列番号16のアミノ酸配列は、別の種のシャジクモ:Chara brauniiのミオシンXIタンパク質(以下、「CbM2」と記載)であり、配列番号18のアミノ酸配列は、シャジクモ:Chara australisのミオシンXIタンパク質(以下、「CaM」と記載)であり、これらのミオシンXIタンパク質のモータードメインのループ2領域のアミノ酸配列は、共通してEEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)及びEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)と相同性の高いアミノ酸配列を含む。一方、Chara brauniiに分類されるシャジクモであっても低速のミオシンXIタンパク質、及び特許文献1の実施例に記載したオウシャジクモ(Chara corallina)のミオシンXIタンパク質(以下「CcM」と記載)のループ2領域は、上記の高速のミオシンXIタンパク質のループ2領域で相同性の高いアミノ酸配列を有さない。
【0055】
シャジクモの原形質流動は、植物の中でも最も高速であり、アクチン上を最も高速で運動するミオシンXIタンパク質を有する。その中でも、モータードメインのアミノ酸配列が配列番号14、16及び18で表されるシャジクモのミオシンXIタンパク質は、アクチン上を特に高速で運動する新高速型のモータードメインである。そして、このモータードメインのループ2領域は、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)又はEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)、又は、これらのアミノ酸配列と相同性の高い配列を有する。
【0056】
したがって、本発明の新高速型の形質転換植物において、前記キメラタンパク質の例としては、図1に示されるように、ドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、並びに、前記ドナー植物1であるシャジクモ(Chara braunii又はChara australis)由来のモータードメインを含む。
【0057】
また、本発明の新高速型の形質転換植物において、前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度と比較して4倍以上、好ましくは6倍以上、より好ましくは8倍以上であり、又は、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、温度25℃で6 μm/秒以上、好ましくは9 μm/秒以上、より好ましくは12 μm/秒以上である。この運動速度は、下記実施例で示されるように特許文献1に記載された高速型の運動速度4.8 μm/秒と比較してより高速であり、実に、9 μm/秒で約2倍の、12 μm/秒で約3倍の速度である。また、野生型のミオシンXIモータードメインの運動速度約1.6 μm/秒と比較して、実に、9 μm/秒で約5倍の、12 μm/秒で約8倍の速度である。
【0058】
また、ミオシンXIタンパク質のモータードメインがアクチン上を運動するとき、モータードメインに含まれるATPaseによってATPをADPに変換される。前記シャジクモ由来のモータードメインの本発明の新高速型の形質転換植物において、本発明に係るキメラタンパク質の前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、温度25℃で150 Pi/秒以上、好ましくは200 Pi/秒以上である。
【0059】
そして、上記のアミノ酸配列で特定されるシャジクモのモータードメインと、単子葉植物の実験的植物モデルとして汎用されるミナトカモジグサのネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインとを組み合わせたキメラタンパク質をコードするキメラ遺伝子を作製した。
【0060】
また、双子葉植物の実験的植物モデルであるシロイヌナズナをホスト植物として、特許文献1に示された高速型のキメラタンパク質をコードするキメラ遺伝子を、双子葉植物の実験的植物モデルであるシロイヌナズナに発現させたところ、野生型のシロイヌナズナと比較して植物体の大型化を認めている。
【0061】
したがって、本発明者らが新たに作製したシャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインを有する本件発明の新高速型のキメラタンパク質は、ミナトカモジグサやシロイヌナズナのみならず、単子葉植物、双子葉植物及び他の植物種に対して広く応用できるものと考えられる。
【0062】
なお、本件発明に使用する新高速型のキメラ遺伝子は、シャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインをコードする遺伝子と、ドナー植物2のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、をコードする遺伝子とを組み合わせて、連結した場合に限定することなく、各ドメインをコードする遺伝子の間に、レポーター遺伝子を含む、他の核酸、ヌクレオチド又はポリヌクレオチドを挿入して作製することもできる。また,本発明において、ネックドメイン,ロッドドメインについては、動物を含む植物由来以外の他のペプチドを使用しても作製することができる。
【0063】
そして、上記で詳細に説明した本発明のミオシンXIタンパク質のモータードメインが新高速型の運動速度を有する形質転換植物は、下記で詳細に説明する製造方法によって製造できる。
【0064】
本発明の新高速型の形質転換植物は、成長が増強されているため、穀物、野菜、果樹、香味植物等の植物性の食物の増産、タバコ等の嗜好性植物等の増産、ケシ、イチイ又はトウシキミ等の医薬化合物又はその原料の抽出・単離用の原料植物の増産、バイオマス燃料の増産、及び国土の緑化や林業の促進等をもたらすことができる。
【0065】
2.増強された成長能力を有する植物を製造する方法
本件発明のもう1つの実施形態は、増強された成長を有する植物を製造するための方法である。
【0066】
より具体的には、本件発明のもう1つの実施形態は、ホスト植物の増強された成長力を有する形質転換植物の製造方法であって、
前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物1のミオシンXIのモータードメイン由来のアミノ酸配列を含むペプチドと、前記ホスト植物又は前記ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIのモータードメイン以外のドメイン由来のアミノ酸配列とを含むペプチドとのキメラタンパク質を有し、
前記モータードメインのループ2領域が、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)若しくはEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)又はこれらの配列の複数のアミノ酸が、好ましくは1~6個のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するミオシンXIのキメラタンパク質が発現した形質転換植物の製造方法である。
【0067】
図4に示されるように、ドナー植物1として使用されるシャジクモのミオシンXIモータードメインのループ2領域のアミノ酸配列は、EEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)及び/又はEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)と高い相同性を有する。
【0068】
前記本件発明の製造方法の例として、前記モータードメインが、下記(i)~(iii)のいずれか1つの核酸配列でコードされたペプチドを有する製造方法が挙げられる:
(i) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列;
(ii) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有する核酸配列;
(iii) 配列番号13、15及び17のいずれかで表される核酸配列中の複数の核酸、好ましくは1~6個の核酸が、欠失、置換及び/又は付加された核酸配列。
【0069】
上記の配列番号13、15及び17で表される核酸配列は、上記「形質転換植物」の実施形態で説明される配列番号14、16及び18のアミノ酸配列をコードする核酸配列であり、配列番号13の核酸配列は、シャジクモ:Chara brauniiのミオシンXIタンパク質(以下、「CbM1」と記載)のアミノ酸配列(配列番号14)をコードする核酸配列であり、配列番号15の核酸配列は、別の種のシャジクモ:Chara brauniiのミオシンXIタンパク質(以下、「CbM2」と記載)のアミノ酸配列(配列番号16)をコードする核酸配列であり、配列番号17の核酸配列は、シャジクモ:Chara australisのミオシンXIタンパク質(以下、「CaM」と記載)のアミノ酸配列(配列番号18)をコードするである。
【0070】
上記のキメラタンパク質をコードする核酸配列を有するベクターの作製は、当業者に周知の方法によって製造できる。例えば、遺伝子配列をクローニングし、それらを適切なキャリア(ベクターまたはプラスミドなど)に挿入するための方法として、例えば、Sambrook et al.(1989)並びにGelvin及びStanton(1995)による実験マニュアルに記載の方法は当業者に周知の技術であり、これらの方法に従って実施できる。
【0071】
本発明の製造方法において、好ましくは、前記キメラタンパク質が、アクチンに結合しアクチン上を運動するin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度が、野生型ホスト植物のミオシンXIタンパク質のin vitro運動アッセイにおけるモータードメインだけの運動速度と比較して4倍以上、好ましくは6倍以上、より好ましくは8倍以上であり、又は、温度25℃で6 μm/秒以上、好ましくは9 μm/秒以上、より好ましくは12 μm/秒以上である。
【0072】
本発明の製造方法において、好ましくは、前記モータードメインのアクチン活性化ATPase活性のVmaxが、150 Pi/秒以上、好ましくは200 Pi/秒以上である。
【0073】
前記キメラタンパク質が、好ましくは、ホスト植物又は該ホスト植物以外の植物種であるドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメイン、並びに、前記モータードメインについてのドナー植物1由来のモータードメインを含む。
【0074】
本発明の製造方法において、好ましくは、前記ドナー植物1が、シャジクモ(Chara braunii又はChara australis)である。
【0075】
本発明の製造方法において、好ましくは、前記ホスト植物及び/又はドナー植物2が、単子葉植物及び双子葉植物のいずれかである。
【0076】
本発明の製造方法で利用できる前記単子葉植物としては、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)、イネ、小麦、ライ小麦、大麦、オート麦、ライ麦、モロコシ、キビ、サトウキビ及びメイズ(トウモロコシ)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0077】
本発明の製造方法で利用できる双子葉植物としては、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、タバコ、トマト、ジャガイモ、マメ、ダイズ、ニンジン、キャッサバ、アルファルファ及び綿などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0078】
以下に、本発明の新高速型の形質転換植物を製造するための、キメラミオシンXI遺伝子の構築方法及びホスト植物の形質転換方法、単子葉植物の形質転換植物を取得する方法、及び双子葉植物の形質転換植物を取得する方法について説明する。
【0079】
(1) キメラミオシンXI遺伝子の構築
キメラミオシンXI遺伝子は、シャジクモ属に属する植物のミオシンXIタンパク質のモータードメインをコードする領域と、ドナー植物2のミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインをコードする領域とを連結したキメラ遺伝子であり、ドナー植物1とドナー植物2とのミオシンXIタンパク質の各ドメインを有するキメラミオシンXI遺伝子を遺伝子組換え技術により作製する。このキメラミオシンXI遺伝子コンストラクトは、当技術分野で公知の方法を用いて構築することができる。
【0080】
具体的には、まず、シャジクモ植物及びドナー植物2のcDNAライブラリーを用いてそれぞれのミオシンXI遺伝子をクローニングする。cDNAライブラリーは、公知の方法で構築することができる。例えば、シャジクモ植物及びドナー植物2のそれぞれのmRNAを公知の方法で抽出する。次に、調製した各mRNAプールを鋳型として、RT(逆転写)反応によりcDNAライブラリーを作製する。当技術分野で公知の技術を、mRNA抽出及びRT反応条件、及び目的の遺伝子を単離する特異的な方法を含む特定の調製方法に用いることができる。例えば、以下に記載する方法を用いることができる:Sambrook J., Molecular Cloning:a Laboratory Manual Second Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY(1989)。さらに、商業的に製造され利用可能なmRNA及びcDNAを調製するための様々なキットを利用することができる。あるいは、特定のタイプのドナー植物などのために市販されているcDNAライブラリーを使用することもできる。
【0081】
次に、適当なプライマーセット(例えば、逆PCR、アンカーPCR、TAIL-PCR等のPCR法)を用いた核酸増幅法により、各植物由来のミオシンXI遺伝子をcDNAライブラリーから単離する。この場合の方法として、適切なプローブを用いたハイブリダイゼーション法(例えば、プラークハイブリダイゼーション法)が挙げられる。ミオシンXI遺伝子が核酸増幅法により増幅され、単離される場合、反応条件等は、例えば、Innis M. et al. Ed., Academic Press, PCR Protocols :A Guide to Methods and Applications(1990)の方法によって実施することができる。核酸増幅法に用いられるプライマー又はハイブリダイゼーション法に用いられるプローブは、NCBIのデータベース(http://www.ncbi.ncbi.ac.jp)、理研植物科学センターのデータベース(http://www.psc.riken.jp/database/index.html)、又は、かずさDNA研究所のDNA配列解析情報データベース(http://www.jazysa.ir.jp/j/resources/database.html)等の一般的に入手可能なデータベースから入手できる核酸配列情報に基づいて目的とするミオシンXI遺伝子を設計することができる。他にも、このようなプライマー及びプローブは、アミノ酸配列番号14、16及び18で表されるシャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメイン、さらに、アミノ酸配列番号24で表されるミナトカモジグサのミオシンXIタンパク質をはじめとした単子葉植物のミオシンXIタンパク質又はアミノ酸配列番号34で表されるシロイヌナズナをはじめとした双子葉植物のミオシンXIタンパク質のネックドメイン及びテールドメインのアミノ酸配列に基づいて予測されるヌクレオチド配列(例えば、配列番号35)に基づいて設計することができる。また、プライマー及びプローブは、設計されたヌクレオチド配列に基づく化学合成によっても調製することができる。
【0082】
シャジクモ属に属する植物のミオシンXI遺伝子については、モータードメインをコードする5’末端領域を単離することができれば、その下流領域又は全長遺伝子を必ずしも単離する必要はない。同様に、ドナー植物2のミオシンXI遺伝子に関しては、ネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインをコードする領域を単離することができれば十分であり、モータードメインをコードする領域を含む5’末端領域を必ずしも単離する必要はない。
【0083】
次に、シャジクモ属に属する植物のミオシンXI遺伝子又はミオシンXIのモータードメインをコードする領域の5’末端領域を含む遺伝子断片、及び、ドナー植物2のミオシンXI遺伝子又はネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインをコードする領域を含む3’末端領域を含む遺伝子断片を用いて、キメラミオシンXI遺伝子を構築する。キメラミオシンXI遺伝子は、適切に設計されたプライマーセットを用いた核酸増幅法及び関連するドメインをコードする各領域を、目的とする組み合わせで各ドメインの機能が発揮できるように連結して、関連ドメインをコードする領域を含む遺伝子断片をクローニングすることによって構築することができる。各ドメインは、野生型ミオシンXIと同一の配置でヌクレオチド配列上に配置されることに留意を要する。各ドメインをコードする領域の連結は、制限酵素や1本鎖オーバーハング等により生じた結合末端に対するリガーゼ処理による酵素結合、又は接続のための配列(制限酵素切断部位)を有するプライマーを用いたPCR等の核酸増幅法を用いて行うことができるが、下流のリーディングフレームにフレームシフトがないことを条件とする。
【0084】
シャジクモ属に属する植物の上記の配列で特定されるモータードメインとドナー植物2のIQモチーフ及びロッドドメインをモータードメインのC末端側に存在するレバーアームαヘリックス内で連結することが望ましい。「レバーアームαヘリックス」は、ネックドメインと変換ドメインなる領域に相当する。モータードメインに含まれる変換ドメインのC末端近傍の位置から開始するらせん構造を有する(図1参照)。例えば、Chara brauniiのCbM1の場合、レバーアームαヘリックスは、729~877番目のアミノ酸残基を有する。この場合、変換ドメインは729~741番目のアミノ酸残基を有し、ネックドメインは743~883番目のアミノ酸残基を有する。また、シロイヌナズナのミオシンXI-2の場合、レバーアームαヘリックスは722~870番目のアミノ酸残基を有する。この場合、変換ドメインは722~735番目のアミノ酸残基を有し、ネックドメインは736~876番目のアミノ酸残基を有する。具体的には、シャジクモ属に属する植物のミオシンXIの変換ドメインのC末端の直後の位置を、ドナー植物2のネックドメインの最もN末端側に位置するIQモチーフのN末端に連結することが好ましい。これは、シャジクモ属に属する植物のミオシンXIに由来するモータードメインが十分な運動活性を有するためには、シャジクモのミオシンのモータードメインの全変換領域を含む必要がある(Seki M. et al, J. Mol. Biol. 2004, 344:311-315)。ドナー植物2のミオシン軽鎖がIQモチーフに結合するためには、ドナー植物2の完全なIQモチーフが必要である。
【0085】
以下の実施例に記載したような上記の原理に従って作製されたキメラミオシンXIタンパク質において、シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXI:CbM1の第741番目までの領域はミナトカモジグサ(Brachypo Phytozozme Brachypodium distachyon v3.1: Bradi2g41977.1)の759番目の位置で結合させる。この配列は、Chara brauniiの第742番目アミノ酸残基及びミオシンXIタンパク質における、その下流領域に相当する。
【0086】
また、ドナー植物2が、例えば、シロイヌナズナの場合、シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXI:CbM1の配列番号14のアミノ酸配列の第741番目までの領域はシロイヌナズナMYA2(GenBank: BAA98070.1)の配列番号34のアミノ酸配列の735番目の位置で結合させる。この配列は、Chara brauniiのミオシンXIタンパク質の第742番目アミノ酸残基及びその下流領域に相当する。
【0087】
(2) ベクターの作製
上記で記載した方法で構築したキメラミオシンXI遺伝子を発現ベクターに挿入して、必要に応じてホスト植物に発現させることができる。「発現ベクター」とは、そこに含まれる遺伝子等を目的の植物細胞に輸送し、適切な条件下で遺伝子を発現させることができる核酸発現系をいう。具体的には、プラスミドを利用したプラスミド発現ベクター、ウイルスを利用したウイルス発現ベクター等が挙げられる。
【0088】
使用することができるプラスミド発現ベクターの例としては、pBI、pPZP、pSMA、pUC、pBR、pBluescript(ストラタジーン)及びpTriEXTM(TaKaRa)、及びpBI及びpRIバイナリーベクターなどが挙げられる。
【0089】
また、ウイルス発現ベクターの場合、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、ゴールデンモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)などを利用することができる。
【0090】
発現ベクターは、プロモーター、ターミネーター、エンハンサー、ポリA付加シグナル、5’-UTR(非翻訳領域)配列、標識又は選択マーカー遺伝子、マルチクローニングサイト、複製起点などを含むことができる。各成分の種類は、植物細胞内でその機能を発揮できるものであれば特に限定されない。当該分野で公知の成分は、発現ベクターが導入される植物又は植物におけるその成分の目的(例えば、発現パターン)に応じて適切に選択することができる。
【0091】
プロモーターとしては、ホスト植物又はドナー植物2の内在性ミオシンXI遺伝子のプロモーターの他に、過剰発現型プロモーター、構成性プロモーター、部位特異的プロモーター、時期特異的プロモーター及び/又は誘導性プロモーターを用いることができ、目的とする発現パターンに依存する。過剰発現型プロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)由来35Sプロモーター、Tiプラスミド由来ノパリンシンターゼ遺伝子プロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来アクチンプロモーター、タバコ由来のPRタンパク質プロモーターなどが挙げられる。また、リブロース二リン酸カルボキシラーゼ小サブユニット(Rubisco ssu)プロモーター又はヒストンプロモーターを使用することもできる。さらに、部位特異的プロモーターとしては、例えば、特開2007-77677号公報に記載の根特異的発現を誘導するプロモーターが挙げられる。
【0092】
上記のとおり、増強された成長力は、植物全体の成長の向上又は植物の一部の成長の増強であってもよい。
【0093】
ターミネーターとしては、ノパリンシンターゼ(NOS)遺伝子ターミネーター、オクトピンシンターゼ(OCS)遺伝子ターミネーター、CaMV 35Sターミネーター、大腸菌リポポリプロテイン(lpp)の3’ターミネーター、trpオペロンターミネーター、amyBターミネーター、ADH1遺伝子ターミネーターなどが挙げられるが、上記プロモーターにより転写される遺伝子の転写を終結させる配列を有するものであれば特に限定されない。また、ホスト植物又はドナー植物2の内因性ミオシンXI遺伝子に固有のターミネーターを使用してもよい。
【0094】
使用可能なエンハンサーとしては、ホスト植物又はドナー植物2の内在性ミオシンXI遺伝子に固有のエンハンサーに加えて、CaMV 35Sプロモーターの上流配列及びCMVエンハンサーを含むエンハンサー領域が挙げられる。エンハンサーとしては、キメラミオシンXIタンパク質の発現効率を高めることができるものであれば特に限定されない。
【0095】
選択マーカー遺伝子としては、例えば、薬剤耐性遺伝子(例えば、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、並びに、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-グルクロニダーゼ(GUS)及び緑色蛍光タンパク質(GFP))の遺伝子、並びに、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)及びジヒドロ葉酸レダクターゼなどの酵素が挙げられる。標識又は選択マーカー遺伝子を、キメラミオシンXI又は別の発現ベクターを含む発現ベクターに挿入することができる。後者の場合、各発現ベクターを目的とする植物に同時導入することにより、上記遺伝子が連結された単一の発現ベクターで得られる効果と同等の効果を得ることができる。
【0096】
キメラミオシンXI遺伝子を特定部位の発現ベクターに挿入する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。そのような方法の1例は、Sambrook J. Molecular Cloning:a Laboratory Manual Second Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (1989)に記載されており、この方法に従って実施できる。この方法によれば、通常、Taq DNAポリメラーゼを用いて得られる3’-A突出末端を有するPCR産物の場合には、対応する制限酵素部位又はマルチクローニング部位、又は5’-T突出末端で適切な発現ベクターに挿入して連結する。あるいは、市販のシステム又はキットを使用する場合、それらのシステム又はキットに特有の方法を使用して調製することができる。例えば、ゲートウェイシステム(Invitrogen(登録商標))を使用することができる。
【0097】
(3) 形質転換方法
ホスト植物を形質転換する方法としては、当該分野で公知の方法を用いることができる。一般に、キメラミオシンXI遺伝子又はその遺伝子を含むプラスミド発現ベクター又はウイルス発現ベクターをホスト植物細胞に導入することにより形質転換することができる。
【0098】
キメラミオシンXI遺伝子又はその遺伝子を含むプラスミド発現ベクターを用いてホスト植物を形質転換する場合、プロトプラスト法、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法などを用いることができる。
【0099】
プロトプラスト法は、セルラーゼなどの酵素処理によりホスト植物細胞の細胞壁を除去してプロトプラストを得て、これに既知のキメラミオシンXI遺伝子を導入する方法である。また、電気穿孔法、マイクロインジェクション法、ポリエチレングリコール法などの技術を用いて行うこともできる。エレクトロポレーション法は、プロトプラストと目的とする遺伝子との混合物に電気パルスを印加して、プロトプラストに遺伝子を導入することを含む。マイクロインジェクション法は、顕微鏡下でマイクロニードルを用いてプロトプラストに目的とする遺伝子を直接導入することを含む。また、ポリエチレングリコール法は、ポリエチレングリコールを作用させてプロトプラストに目的とする遺伝子を導入する方法である。
【0100】
パーティクルガン法とは、金、タングステン等の微粒子に目的とする遺伝子(本発明の場合、キメラミオシンXI遺伝子)を付着させ、その粒子を高率に植物組織細胞に撃ち込む方法である。目的とする遺伝子を細胞に導入することができる。これにより、目的とする遺伝子がホスト細胞のゲノムDNAに組み込まれた形質転換体を得ることができる。一般に、形質転換された細胞は、マーカー遺伝子産物の存在に基づいてスクリーニングすることができる。
【0101】
アグロバクテリウム法は、形質転換因子としてアグロバクテリウム属細菌(例えば、A.ツメファシエンス又はA.リゾゲネス)を用い、誘導されるTiプラスミドを用いてホスト植物細胞に目的とする遺伝子を導入する形質転換法である。
【0102】
上記の形質転換方法のいずれも当技術分野で公知である。これらの方法の具体例は、例えば、Bechtold et al., C. R. Acad. Sci. Paris, Life Sci. 1993に記載されており、この方法に従って実施できる。
【0103】
また、キメラミオシンXI遺伝子を含むウイルス発現ベクター(例えば、上記のCaMV、BGMV、TMV)を用いる場合には、キメラミオシンXI遺伝子をウイルスベクターと一緒に植物細胞に感染させてホスト植物細胞に導入することができる。具体的には、例えば、エシェリヒア・コリ由来のベクターなどのクローニングベクターに植物ウイルスゲノムを挿入して組換え体を作製し、この組換え体のウイルスゲノムにキメラミオシンXI遺伝子を挿入する。その後、制限酵素を用いて植物ウイルスゲノム領域の組換え体を切り出し、得られたウイルスゲノムを目的とする植物細胞に感染させることによって、目的とする遺伝子を植物細胞に導入することができる。このようなウイルスベクターを用いた遺伝子導入法の詳細は、Hohn et al., Molecular Biology of Plant Tumors(Academic Press, New York)1982, p549、及び、米国特許公報第4,407,956号などに記載されている。
【0104】
また、上記の方法で形質転換されるホスト植物は、野生株又は変異株のいずれの植物であってもよい。ホスト植物が変異株の植物である場合、キメラミオシンXI遺伝子のドナー植物2由来のテールドメインと同一の型のミオシンXIの遺伝子が欠損しているノックアウト植物であることが好ましい。例えば、ホスト植物に導入されるキメラミオシンXI遺伝子のテールドメインがドナー植物2のミオシンXI-1遺伝子由来である場合、ホスト植物は、ミオシンXI-1欠損変異株の植物であることが好ましい。
【0105】
(4) 植物再生法
形質転換されたホスト植物細胞から成長が増強された植物を再生する方法は、形質転換された植物細胞からトランスジェニック植物を再生するための公知の方法に基づいて行うことができる。
【0106】
そのような方法の1例は、未分化成長細胞なるカルスの形成を介して、形質転換された植物細胞から植物を再生するためのin vitro再生方法である。このような方法は当技術分野で公知である。この方法としては、具体的には、Bechtoldら、C. R. Acad. Sci. Paris, Life Sci., 1993等に記載の方法が挙げられる。
【0107】
また、カルスや細胞培養の工程を経ずに目的とする植物個体の細胞に核酸発現系を直接導入するin planta法を用いることも可能である。オーキシン、ジベレリン及び/又はサイトカイニンなどの植物ホルモンを、形質転換細胞の成長及び/又は分裂を促進するために使用することができる。
【0108】
(5) ホスト植物が単子葉植物の場合
ホスト植物が単子葉植物の場合について、単子葉植物の実験的モデルであるミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)を例として、その形質転換植物を製造する場合について説明する。
【0109】
ホスト植物がミナトカモジグサの場合、キメラミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインは、例えば、配列番号20で表されるミオシンXI-Bタンパク質(Brachypodium distachyon: Bradi2g41977.1)由来が使用できる。この場合、ネックドメインは、配列番号20のアミノ酸配列の734~873番目のアミノ酸残基を有し、ロッドドメインは、配列番号20で示されるアミノ酸配列の874~912番目及び971~1053番目のアミノ酸残基を有し、球状テールドメインは、配列番号20のアミノ酸配列の1054~1501番目のアミノ酸残基を有する。
【0110】
シャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインと、上記のミナトカモジグサのミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインとが連結したキメラミオシンXIタンパク質をコードするキメラ遺伝子を含むベクターをシャジクモ及びミナトカモジグサのcDNAからのクローニングとライゲーション等の当業者に周知の方法に従って製造した。例えばアグロバクテリウムを用いてミナトカモジグサのカルスに当業者に周知の方法で導入し、培養後、土又は水等に移植後栽培することによって、成長が増強されたミナトカモジグサの形質転換体を取得することができる。
【0111】
ミナトカモジグサ以外の単子葉植物をホスト植物として形質転換植物を製造する場合、上記のミナトカモジグサの場合と同様の方法を使用することによって形質転換された単子葉植物を取得することができる。
【0112】
(6) ホスト植物が双子葉植物の場合
次に、ホスト植物が双子葉植物の場合について、その実験的モデルであるシロイヌナズナを例として、その形質転換植物を製造する場合を以下に説明する。
【0113】
さらに、キメラミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインは、例えば、配列番号34に示されるシロイヌナズナ・ミオシンXI-2タンパク質(GenBank: BAA98070.1)由来を使用できる。この場合、ネックドメインは、配列番号34のアミノ酸配列の734~872番目のアミノ酸残基を有し、ロッドドメインは、配列番号34アミノ酸配列の873~946番目及び968~1048番目のアミノ酸残基を有し、球状テールドメインは、配列番号34のアミノ酸配列の1049~1520番目のアミノ酸残基を有する。
【0114】
シャジクモのミオシンXIタンパク質のモータードメインと、上記のシロイヌナズナのミオシンXIタンパク質のネックドメイン、ロッドドメイン及び球状テールドメインとが連結したキメラミオシンXIタンパク質をコードするキメラ遺伝子を含むベクターをシャジクモ及びシロイヌナズナのcDNAからのクローニングとライゲーション等の当業者に周知の方法に従って製造した。例えばアグロバクテリウムを用いてシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)にフローラルディップ法(Floral dipping method)によって導入し、形質転換されたトランスジェニック植物を、ハイグロマイシンなどの抗生物質耐性に基づいて選択後、土又は水等に移植後栽培することによって、成長が増強されたシロイヌナズナの形質転換体を取得することができる。
【0115】
シロイヌナズナ以外の双子葉植物をホスト植物として形質転換植物を製造する場合、上記のシロイヌナズナの場合と同様の方法を使用することによって形質転換された双子葉植物を取得することができる。
【0116】
上記の方法で得られたトランスジェニック植物は、第1世代のトランスジェニック植物であり、本発明において目的とする成長力が増強された植物である。また、本明細書において「第1世代トランスジェニック植物」とは、それと同一の遺伝情報を有する第1世代トランスジェニック植物のクローンも包含する。例えば、第1世代のトランスジェニック植物、細胞培養後及びカルス形成後に再生された植物、及び栄養繁殖器官生成された新しい自家栄養体で得られた植物の一部の切断、移植又は層形成を介して得られた植物(第1世代のトランスジェニック植物に由来する無性生殖により得られた植物(例えば、根茎、ツバメナット、コモン、又はランナー)を意味する。
【0117】
上記の製造方法によって製造される形質転換植物は、成長が増強されているため、穀物、野菜、果樹、香味植物等の植物性の食物の増産、タバコ等の嗜好性植物等の増産、ケシ、イチイ又はトウシキミ等の医薬化合物又はその原料の抽出・単離用の原料植物の増産、バイオマス燃料の増産、及び国土の緑化や林業の促進等をもたらすことができる。
【0118】
3.成長力が増強された形質転換植物から継代された植物
本発明のもう1つの実施形態は、形質転換植物から継代された植物である。すなわち、該形質転換植物から継代された植物は、増強された成長力を有する形質転換植物の子孫であって、増強された成長力との形質を維持する子孫である。
【0119】
本明細書において、「成長力が増強された形質転換植物から継代された植物」とは、第1の実施形態の製造方法によって得られるキメラミオシンXI遺伝子を保持する第1世代のトランスジェニック植物を交配によって再生して得られる子孫を意味し、該継代された植物の中で遺伝子を発現させることができる。その1例は、第1世代のトランスジェニック植物の実生である。
【0120】
本発明の生育促進植物の子孫は、公知の方法により得ることができる。例えば、第1世代のトランスジェニック植物である成長が増強された植物は、第1世代の子孫である種子及び第2世代のトランスジェニック植物を得るための種子として取得することが可能である。本発明の第1世代の子孫から第2世代の子孫を得る方法の例としては、適当な培地に種子を発根させ、土壌を含む鉢に苗を移植し、第2世代の子孫を適切な培養条件下で培養することによって得ることができる。本実施形態で得られる子孫の作製は、第1の実施形態で説明したキメラミオシンXI遺伝子が子孫に保持されていることを条件として限定されない。したがって、第2世代の子孫を得る方法と同様の方法を繰り返すことにより、第3世代以降の子孫を得ることができる。
【0121】
本発明の成長力が増強された形質転換植物から継代された植物は、成長が増強されているため、穀物、野菜、果樹、香味植物等の植物性の食物の増産、タバコ等の嗜好性植物等の増産、ケシ、イチイ又はトウシキミ等の医薬化合物又はその原料の抽出・単離用の原料植物の増産、バイオマス燃料の増産、及び国土の緑化や林業の促進等をもたらすことができる。
【0122】
4.植物の成長を促進する方法
本発明のもう1つの実施形態は、植物にキメラミオシンXI遺伝子を導入することにより、目的とする標的植物の生育を促進する方法に関する。この実施形態の方法は、第2の実施形態の「増強された成長力を有する植物を製造するための方法」と実質的に同じである。
【0123】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0124】
シャジクモの新高速型ミオシンXI遺伝子のクローニング
材料及び方法
シャジクモ(Chara braunii)の2種類の新高速型ミオシンXI(CbM1、CbM2)のモータードメインの遺伝子を、神戸大学大学院理学研究科 坂山英俊准教授によって構築されたシャジクモ遺伝子のデータベース(非公開)を利用し、定法に従ってクローニングした。
【0125】
また、オーストラリアシャジクモ(Chara australis)の1種類の新高速型ミオシンXI(CaM5049)のモータードメインの遺伝子を、同准教授によって構築されたオーストラリアシャジクモ遺伝子のデータベースを利用し、シャジクモのミオシンXIとオーストラリアシャジクモのミオシンXIによる系統樹を作成し、同定した。
【0126】
PCR
シャジクモ(Chara braunii)から調製された全RNAは、神戸大学大学院理学研究科 坂山英俊准教授から提供されたものを使用した。全RNAを鋳型にして、一本鎖cDNAを、PrimeScriptTMII Reverse Transcriptase(TaKaRa)を用いて製造者のプロトコールに従って調製した。次に、各ミオシンのモータードメインの遺伝子を、上記で調製した一本鎖cDNAを用いてRT-PCRにより増幅した。CbM1については下記の順方向プライマー(配列番号1)と逆方向プライマー(配列番号2)との組み合わせで用いて、98℃で10秒間、68℃で2分12秒間、及び72℃で35サイクルを含む反応条件下で実施した。増幅したPCR産物を用いて、下記の順方向プライマー(配列番号3)と逆方向プライマー(配列番号4)との組み合わせで用いて、98℃で10秒間、68℃で2分12秒間で35サイクルを含む反応条件下で実施した。
【0127】
CbM2については下記の順方向プライマー(配列番号5)と逆方向プライマー(配列番号6)との組み合わせで用いて、98℃で10秒間、68℃で2分12秒間、及び72℃で35サイクルを含む反応条件下で実施した。増幅したPCR産物を用いて、下記の順方向プライマー(配列番号7)と逆方向プライマー(配列番号8)との組み合わせで用いて、98℃で10秒間、68℃で2分12秒間で35サイクルを含む反応条件下で実施した。
【0128】
CbM1、CbM2それぞれについて、PCR産物をSpeI(New England Biolabs)とKpnI(New England Biolabs)で処理し、Litmus28(New England Biolabs)のSpeIとKpnI断片にLigation high Ver.2(TOYOBO)で挿入した。
【0129】
Flag配列を有するベクターへのサブクローニング
各ミオシン遺伝子が挿入されたLitmus28を鋳型にして、CbM1については、下記の順方向プライマー(配列番号9)と逆方向プライマー(配列番号10)との組み合わせで、CbM2については、下記の順方向プライマー(配列番号11)と逆方向プライマー(配列番号12)との組み合わせで、98℃で10秒間、60℃で30秒間、及び68℃で2分12秒で35サイクルを含む反応条件下で実施した。PCR産物をIn-Fusion(TaKaRa)でpFastBac-Flag(Ito, PNAS, 2009, 106(51): 21585-21590)に挿入した。
【0130】
結果
クローニングしたシャジクモ(Chara braunii)の2種類の新高速型ミオシンXI(CbM1、CbM2)のモータードメイン遺伝子は、それぞれ、配列番号14のアミノ酸配列をコードする配列番号13の核酸配列と、配列番号16アミノ酸配列をコードする配列番号15の核酸配列とを有した。
また、系統樹により同定したオーストラリアシャジクモ(Chara australis)の新高速型ミオシンXI遺伝子(CaM)のモータードメインは、配列番号17の核酸配列及び配列番号18のアミノ酸配列を有する。
なお、図1はミオシンの構造の模式図を示す。
【実施例2】
【0131】
キメラミオシンXI遺伝子の構築
シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXIのCbM1の1番目から741番目のアミノ酸残基をコードする核酸配列と、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)のミオシンXI-Bの759番目から1529番目のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配とを結合して、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)のミオシンXI-Bのモータードメインを、シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXIのモータードメインに変更したキメラミオシンXIを作製した。配列番号19にミナトカモジグサのミオシンXI-B(Bradi2g41977.1)の核酸配列を示し、配列番号20にアミノ酸配列を示す。配列番号21は、作製したキメラミオシンXIの核酸配列を示し、配列番号22はそのアミノ酸配列を示す。
【実施例3】
【0132】
材料及び方法
in vitro運動アッセイ
ミオシンXIのネックドメインには重鎖1分子あたり6個のIQモチーフがあり、ミオシンXIの重鎖1つあたり6分子の軽鎖が結合する(図1)。ミオシンXIが運動するためには重鎖への軽鎖の結合が必須である。したがって、in vitro運動アッセイにおけるミオシンXIの運動速度の測定のためにはミオシンXI重鎖とともに軽鎖が必要であるので、in vitro運動アッセイにおいて速度を測ることができるミオシンは、軽鎖が既知のものに限る(Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 2003, 312: 958-964)。ミナトカモジグサのミオシンXIの軽鎖はわかっていない。そのため、シャジクモのミオシンXIのモータードメインとミナトカモジグサのミオシンXI-Bのネックドメインとテールドメインによるキメラミオシンの運動速度はin vitro運動アッセイで測定することができない。ミオシンはレバーアームの屈曲により運動するので、ミオシンの運動速度はレバーアームの長さと相関関係にある(Spudich, J. A.、 Nature 1994, 372: 515-518)。ネックドメインに6個のIQモチーフをもつキメラミオシンはモータードメインのみのものよりレバーアームが数倍長いため、キメラミオシンの運動速度はモータードメインのみの運動速度の約4倍であることがわかっている(Ito et al., J. Biol. Chem., 2007, 282: 19534-19545)。そこでキメラミオシンの運動速度は、in vitro運動アッセイでモータードメインのみの運動速度を測定し、その速度に4倍を掛けて算出した。
【0133】
バキュロウイルス昆虫細胞システムを用いる公知の方法で、シャジクモミオシンCbM1とCbM2のモータードメインにFlag配列及びMYC配列をつけて発現させ、抗FLAG M2アフィニティーレジン(Sigma-Aldrich)を用いて精製した。なお、対照として、ミナトカモジグサのミオシンXI-B(Bradi2g41977.1)タンパク質のモータードメイン(アミノ酸配列番号24)をコードし、核酸配列番号23で表されるミオシン遺伝子、並びに、シロイヌナズナのミオシンXI-2タンパク質(MYA2)のモータードメイン(アミノ酸配列番号26)をコードし、核酸配列番号25で示されるミオシン遺伝子、及び、オウシャジクモのミオシンXIタンパク質(CcM)のモータードメイン(アミノ酸配列番号28)をコードし、核酸配列番号27で示されるミオシン遺伝子を用いた。
【0134】
各ミオシンXIのモータードメインの運動速度は、抗c-mycモノクローナル抗体(Zymed Laboratories Inc.; Cat. No.13-2500)を用いたin vitro運動アッセイによって決定した。その詳細は(Ito, PNAS, 2009, 106(51), 21585-21590)に基づく。まず、酢酸ペンチル(WAKO)に溶解した0.1%ニトロセルロースでスライドガラスとカバースリップをコートした。ついで、未処理のカバースリップを細く切って作ったスペーサーをスライドグラスにのせ、その上にコートしたカバースリップをのせて、flow cellを作製した。カバーグラスとスライドグラスとの接着にはシリコングリース(HIGH VACUUME、ダウ コーニング アジア)を用いた。作製したflow cellに抗ヒトc-myc抗体(0.2 mg/mlにPBS、pH7.5で希釈)を容積の1倍量流し込み、室温で30分間静置した。次にc-myc抗体の吸着していないガラス表面にミオシンが非特異的に吸着しないようにBSA溶液(1 mg/ml BSA、30 mM HEPES-KOH pH7.4、150 mM NaCl、0.04% NaN3)を容積の6倍量流し込み、室温で30分間静置し、抗体の吸着していないガラス表面をBSAによってブロッキングした。30分後ガラス表面に吸着していないBSAを洗い流すために洗浄用緩衝液(150 mM KCl、4 mM MgCl2、1 mM EGTA、25 mM HEPES-KOH、pH7.4、3 mM ATP、1 mM DTT)を容積の3倍量流した。その後、ミオシン溶液を濃度がc-myc抗体全てに結合する濃度でガラス表面をブロッキングしたflow cellに、容積の1.5倍量を流し込み、室温で15分間静置した。その後、抗体に吸着していないミオシンを洗い流すために再びWash bufferを容積の3倍量流し込んだ。その後再びflow cellを洗浄用緩衝液で洗い、Rh-ph-actin(ローダミン・ファロイジン:Rhodamine-phalloidinで蛍光標識したF-actin)溶液(0.33 μg/ml Rh-ph-actin、150 mM KCl、4 mM MgCl2、1 mM EGTA、25 mM HEPES-KOH、pH 7.4、1 mM DTT)を容積の1.5倍量流し込んだ。最後にATPを入れた運動開始溶液(150 mM KCl、4 mM MgCl2、1 mM EGTA、25 mM HEPES-KOH、pH 7.4、3 mM ATP、10 mM DTT、10 mM グルコース)を容積の3倍量流し込み、Rh-ph-actinが運動する様子を蛍光顕微鏡で観察し、イメージインテンシファイア付きCCDカメラ(DII-2050 CanonFD-M52)でビデオに録画した。
【0135】
また、前記運動速度は、各ミオシン分子の平均滑り速度を、10 μm以上の距離にわたって滑らかに動くアクチンフィラメントの移動を測定することによって算出した。対照として、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のミオシンXI-2のモータードメイン、オウシャジクモ(Chara corallina)のミオシンXIのモータードメインを用いた。
【0136】
このin vitro運動アッセイの概念図を図2に、結果を表1に示す。
【0137】
ATPase活性
アクチン活性化ATP加水分解活性の評価は、Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 2003, 312: 958-964に従った。様々なアクチン濃度においてミオシンが1秒間あたりにATPを加水分解して生じた無機リン酸の濃度をマラカイトグリーンにより測定した。ミオシンを様々な濃度のアクチン繊維と反応させた後に、過塩素酸溶液(Perchloric Acid)で反応を停止させた。これを当量のマラカイトグリーン溶液[0.7 M 塩酸、0.2% モリブデン酸2ナトリウム(VI)2水和物 (WAKO)、0.03% マラカイトグリーン・シュウ酸塩 (CHROMA-GESELLSCHAFT)、0.05% Triton X-100]と混合し、30℃の水槽中で25分間静置して発色させた。分光光度計を用いて、発色させた溶液の波長650 nmでの吸光度を測定し、その変化から反応液のリン酸化濃度の変化を計算し、ミオシンのアクチン活性化ATP加水分解活性を測定した。様々なアクチン濃度におけるATP加水分解反応を測定し、ミカエリス・メンテン式によりアクチン活性化ATP加水分解反応のVmaxを求めた。
【0138】
結果
in vitro運動アッセイ
新高速型ミオシンXIのシャジクモ(Chara braunii)のミオシンXI(CbM1)のモータードメインの運動速度は14.5 μm/秒であり、シャジクモのミオシンXI(CbM2)のモータードメインの運動速度は13.2 μm/秒であった。これらは、対照の高速型ミオシンXIのオウシャジクモ(Chara corallina)のミオシンXIのモータードメインの運動速度(4.8 μm/秒)と比較して、約3倍速いことが明らかとなった。また、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のミオシンXI-2およびミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)のミオシンXI-Bのモータードメインの運動速度と比べて約8倍速いことが明らかになった(表1)。
【0139】
【表1】
【0140】
ATPase活性
表1から、ATPase活性はミオシンの高速化にともなって正の相関性を有する(増加傾向にある)ことが明らかとなった。
【実施例4】
【0141】
ミオシンの系統樹
ClustalX 2.1を用いて、配列番号14、16、18、24、28~33で示されるミオシンモータードメインについて分子系統樹を作成した。その結果を図3に示す。
【0142】
ミオシンの構造解析
配列番号14、16、18、24、28~33で示されるミオシンモータードメインのループ2領域について、ClustalX 2.1を用いてアライメント解析を行った。その結果を図4に示す。
【0143】
結果
系統樹
図3から、今回、シャジクモ(Chara braunii)からクローニングしたミオシンXI(CbM1、CbM2)及びオーストラリアシャジクモ(Chara australis)に存在するミオシンXI遺伝子(CaM5049)は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、オウシャジクモ(Chara corallina)、はシャジクモ属の他のミオシンXI遺伝子とは異なる独立のグループに属することが明らかとなった。
【0144】
ミオシンの構造解析
図4から、今回、シャジクモ(Chara braunii)及びオーストラリアシャジクモ(Chara australis)からクローニングしたミオシンXI(3種類)は、ループ2領域がEEPKQGGKGGGKSSFSSIG(配列番号36)若しくはEEPKQGGGKGGSKSSFSSIG(配列番号37)又はこれらの配列の複数のアミノ酸、好ましくは1~6個のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を有する。
【実施例5】
【0145】
トランスジェニック植物の表現型の検証(1)
実施例2で構築したキメラミオシンXI遺伝子で形質転換したモデル単子葉植物のミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)の表現型を検証した。対照として、ミナトカモジグサ(野生型)、及びベクターのみを導入したミナトカモジグサ(mock)を用いた。
【0146】
植物の形質転換
実施例2で構築したキメラXI遺伝子を、野生型のミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)の未熟胚から誘導したカルスにアグロバクテリウムを用いて導入し、形質転換されたトランスジェニック植物を、ハイグロマイシン耐性に基づいて選択した。以上の方法は、Alves, Nature protocols, 2009, 4 (5), 638-649に基づいた。
【0147】
トランスジェニック植物の栽培
成長状態を調べるために、培養ディッシュに準備した選択培地(1袋 Murashige and Skoog Plant Salt Mixture (Wako)、0.1 μg/mlの塩酸チアミン、0.5 μg/mlの塩酸ピリドキシン、0.5 μg/mlのニコチン酸、2 μg/mlのグリシン、100 μg/mlのミオイノシトール、3%のスクロース、40 μg/mLのハイブロマイシン、0.2%のジェランガム)に得られた第1世代のT1種子を別々に播種し、その後、4℃で3から5日間置いた。低温処理後、25℃で3日間及び5日間、16時間/日の日照下で栽培した。
【0148】
次に、茎の伸長、葉の枚数及び穂の数を調べるために各植物を土壌(プロミックスBXマイコライズ)に移植し、25℃で約80日間、20時間/日の日照下で栽培した。
【0149】
T0カルル選抜時にハイグロマイシンで選抜を行ったが、T1はハイグロマイシンによる成長阻害を考慮し、ハイグロマイシンの選抜は行なわず遺伝子導入されている植物体はリアルタイムPCRにより確認した。
【0150】
結果
図5は、キメラミオシンXI遺伝子を導入したT1植物体の写真を示す。図6は、キメラミオシンXI遺伝子を導入した植物(T1)の成長終了後の乾燥重量を野生型の植物及びベクター遺伝子のみ導入された植物体の乾燥重量と比べたグラフである。乾燥重量は野生型の植物及びベクター遺伝子のみ導入された植物体よりも顕著に増えている。図7A~Cは、キメラミオシンXI遺伝子を導入した植物(T1)のの成長終了後のそれぞれ穂の数、茎の数、および葉の枚数を野生型の植物及びベクター遺伝子のみ導入された植物体の穂の数、茎の数、および葉の枚数と比べたグラフである。キメラミオシンXI遺伝子導入植物体では、穂の数、茎の数、および葉の枚数の増大が観察され、特に穂の数と葉の枚数の増加が顕著である。以上のように野生型の植物及びベクターのみが導入された植物よりも、キメラミオシンXI遺伝子が導入されている植物(T1)では成長が促進していることが示された。また、単子葉植物で成長促進及び大型化したため、単子葉植物と同様に、双子葉植物でも成長促進及び大型化できることが示唆された。配列解析の結果から、新高速型では、ループ2領域に共通配列を有することが明らかとなった。このループ2領域が植物の成長促進及び大型化に寄与していることが示された。
【実施例6】
【0151】
トランスジェニック植物の表現型の検証(2)
構築したキメラミオシン遺伝子で形質転換したモデル双子葉植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の表現型を検証した。対照として、シロイヌナズナ(野生型)を用いた。
【0152】
キメラミオシンXI遺伝子の構築
実施例2と同様に、シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXIのCbM1の1番目から741番目のアミノ酸残基をコードする核酸配列と、シロイヌナズナのミオシンの735番目から1505番目のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配とを結合して、シロイヌナズナのミオシンのモータードメインを、シャジクモ(Chara braunii)のミオシンXIのモータードメインに変更したキメラミオシンを作製した。配列番号38にシロイヌナズナのミオシンの核酸配列を示し、配列番号39にアミノ酸配列を示す。配列番号40は、作製したキメラミオシンの核酸配列を示し、配列番号41はそのアミノ酸配列を示す。
【0153】
植物の形質転換
構築したキメラ遺伝子を、シロイヌナズナのxi-2ノックアウト株にアグロバクテリウムを用いて導入し、形質転換されたトランスジェニック植物を、ハイグロマイシン耐性に基づいて選択した。以上の方法は、花序浸し法,モデル植物の実験プロトコール改訂3版,149-154に基づいた。
【0154】
トランスジェニック植物の栽培
成長状態を調べるために、培養ディッシュに準備した選択培地(1袋 Murashige and Skoog Plant Salt Mixture (Wako)、0.1 μg/mlの塩酸チアミン、0.5 μg/mlの塩酸ピリドキシン、0.5 μg/mlのニコチン酸、2 μg/mlのグリシン、100 μg/mlのミオイノシトール、3%のスクロース、40 μg/mLのハイブロマイシン、0.2%のジェランガム)に得られた第1世代のT1種子を別々に播種し、その後、4℃で3から5日間置いた。その後、ホモ接合型の第3世代のT3種子を得て、低温処理後、25℃で24日間、16時間/日の日照下で栽培した。
【0155】
トランスジェニック植物の評価
生育24日目のT3種子由来の植物体を真上から写真撮影した。得られた画像を解析ソフトImage J(NIH)の円形ツールを用いてロゼット葉全体を囲み(図9参照)、Image Jの解析機能(Measure)を用いて囲んだロゼット葉の面積(ピクセル単位)を定量した。その後スケールバーのピクセルあたりの面積によって実際の面積に換算し、直径を算出した。
【0156】
結果
図8は、野生型シロイヌナズナ及びトランスジェニックシロイヌナズナの表現型を示す。図9は、生育24日目のT3種子由来の植物体を真上から写真撮影して得られた画像を解析ソフトImage J(NIH)の円形ツールでロゼット葉全体を囲んで、ロゼット葉の面積(ピクセル単位)を定量した様子を示す。図10は、ロゼット葉の面積(ピクセル単位)を定量しロゼット葉の直径を算出した結果を示す。図8及び10の結果から、トランスジェニックシロイヌナズナ(T3)は、野生型シロイヌナズナと比較して、大型化しており、地上部が約20%増大していた。本発明のキメラミオシンは、単子葉植物と同様に、双子葉植物でも成長促進及び大型化できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0157】
本発明の新高速型の形質転換植物は、成長が増強されているため、穀物、野菜、果樹、香味植物等の植物性の食物の増産、タバコ等の嗜好性植物等の増産、ケシ、イチイ又はトウシキミ等の医薬化合物又はその原料の抽出・単離用の原料植物の増産、バイオマス燃料の増産、及び国土の緑化や林業の促進等をもたらすことができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図8
図9
図10
【配列表】
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