(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-29
(45)【発行日】2023-07-07
(54)【発明の名称】オペランド計測を可能とした走査型イオンコンダクタンス顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G01Q 60/44 20100101AFI20230630BHJP
【FI】
G01Q60/44
(21)【出願番号】P 2019134048
(22)【出願日】2019-07-19
【審査請求日】2022-04-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「ナノスケールの電気化学イメージング技術の創成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 康史
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-261923(JP,A)
【文献】特表2013-525760(JP,A)
【文献】特開平05-288714(JP,A)
【文献】特開2010-243355(JP,A)
【文献】特表2017-508161(JP,A)
【文献】特開平06-037088(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q 10/00-90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の電気化学的な動作条件を制御及び計測するためのポテンシオスタットと、試料表面の形状又は/及びイオン濃度プロファイルを計測するための走査型イオンコンダクタンス顕微鏡とを
備え、
前記走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に有するプローブを試料表面に対して相対的に水平方向の走査を行うためのXY方向走査手段と、前記プローブと試料表面の距離である垂直方向を走査するためのZ方向走査手段を有し、
前記XY方向及びZ方向の走査手段のうち、いずれか1つ以上は粗動制御のための第1制御ステージと、精密制御のための第2制御ステージの2種以上の複数の制御ステージを有し、前記第1制御ステージと第2制御ステージとを連動して駆動させることで、精密駆動では達成できないような起伏を有する試料や、広範囲を高い精度で計測することを可能とし、
前記試料の計測に用いる電気化学セルは対極(CE)及び参照極(RE)と、少なくとも試料の実動作を計測する第1作用極(WE1)とプローブ側を計測する第2作用極(WE2)とを有し、前記WE1の電位とWE2の電位は相互に独立制御され、電位を制御するプログラムはWE1の制御手段とWE1の変化量を差分として補完する演算手段と、これに基づいてWE2を独立制御する制御手段を有することを特徴とするオペランド計測を可能とした走査型コンダクタンス顕微鏡。
【請求項2】
前記XY方向及びZ方向の走査手段は除振装置を介して設けられていることを特徴とする請求項
1記載のオペランド計測を可能とした走査型コンダクタンス顕微鏡。
【請求項3】
前記電気化学セルはグローブボックス内に配置し、大気非暴露での計測を可能とした請求項
1記載のオペランド計測を可能とした走査型コンダクタンス顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2次電池材料,太陽電池材料,光触媒等の電気化学的材料の解析等に適した実動作下での計測を可能にした走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン2次電池等に用いられる電池材料等の電気化学的材料の分野にあっては、材料の電池性能の向上や新規開発には材料表面における反応の可視化が重要となる。
本発明者は、これまで非特許文献1に示すように走査型電気化学顕微鏡(SECM)を発展させ、ナノピペットを走査型プローブ顕微鏡の探針に用い、イオン電流を利用してピペットの位置制御を行うことで、ナノスケールの神経細胞の形状イメージングと、局所的な神経伝達物質の放出を電流計測により捉えられることに成功している。
この走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM:scanning ion conductance microscope)は、これまで生細胞の形状測定等に主に利用されている。
しかし、二次電池材料等の電気化学的材料の分野にあっては、充放電等の実動作下での材料表面の電気化学的イメージングが必要であり、従来のSICMをそのまま利用することができない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】「高解像度走査型電気化学顕微鏡の開発」,高橋 康史,化学と工業,第69巻,9号,P777-779
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、試料の実動作環境下において試料表面の形状とイオンの濃度プロファイルの可視化を可能にしたオペランド計測型の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係るオペランド計測を可能とした走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、試料の電気化学的な動作条件を制御及び計測するためのポテンシオスタットと、試料表面の形状又は/及びイオン濃度プロファイルを計測するための走査型イオンコンダクタンス顕微鏡とを備えたことを特徴とする。
ここでポテンシオスタットは、電気化学材料が実際に充電や放電等の実動作時の相対的に大きい電流を計測対象とするものである。
この実動作状態での試料表面における微小電流をSICM(走査型イオンコンダクタンス顕微鏡)のプローブ側で計測できるようにした点に、本発明の特徴がある。
バイポテンシオスタットを用いることで、2本の作用極の電位を制御しながら、電気化学計測を行うことができる。
しかし、本技術では、試料側での計測電流と、プローブ側での計測電流が3桁以上違うため、バイポテンシオスタットでの高速かつ正確なプローブの電位の正確な制御が困難である。
また、プローブ側では、イオン電流を利用したプローブと試料との距離を制御するため、1kHz以上の高速な電流応答が求められる。
そのため、一般的に利用されているバイポテンシオスタットでは、本計測を実現することは困難である。
したがって本発明においては、プローブ側の計測に微小電流計測器を用いた点で、従来のバイポテンシオスタットとも相違する。
【0006】
このように、ポテンシオスタットにて試料の電位や電流を制御しながらSICMによる試料表面の計測を可能にする手段としては、例えば試料の計測に用いる電気化学セルは対極(CE)及び参照極(RE)と、少なくとも試料の実動作を計測する第1作用極(WE1)とプローブ側を計測する第2作用極(WE2)とを有し、前記WE1の電位とWE2の電位は相互に独立制御する方法が例として挙げられる。
【0007】
従来のSICMは、主に生細胞の形状測定に利用されていたために、マイクロピペットの内部に電極を挿入し、電解質溶液で満たしたプローブを用いて試料を走査できる範囲は、ピエゾステージ等によるために非常に微小の範囲となっている。
これに対して、電気化学材料の表面の形状の凹凸差は、生細胞の表面よりも大きい。
そこで本発明において、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に有するプローブを試料表面に対して相対的に水平方向の走査を行うためのXY方向走査手段と、前記プローブと試料表面の距離である垂直方向を走査するためのZ方向走査手段を有し、前記XY方向及びZ方向の走査手段のうち、いずれか1つ以上は粗動制御のための第1制御ステージと、精密制御のための第2制御ステージの2種以上の複数の制御ステージを有し、前記第1制御ステージと第2制御ステージとを連動して駆動させることで、精密駆動では達成できないような起伏を有する試料や、広範囲を高い精度で計測することを可能とした。
ここで複数の制御ステージは、例えばピエゾ素子によるアクチュエータ等の精密制御可能な第2制御ステージに対して、ステッピングモータ等による粗動制御のための第1制御ステージを組み合せることをいう。
このようにすると、nmオーダーレベルの精密制御しつつ、cmオーダーレベルの広範囲まで計測可能となる。
ここで、対象となる試料の起伏の差や計測範囲の広さを考慮して、XY方向とZ方向のいずれか一方にのみ、複数の制御ステージを組み合せてもよい。
【0008】
また、本発明において、XY方向及びZ方向の走査手段は除振装置を介して設けられているのが好ましい。
【0009】
リチウムイオン2次電池を代表とする蓄電材料等の電気化学材料の評価は、大気環境での水分や酸素の影響を受けるので、電気化学セルは密閉装置の内部に設けられているのが好ましい。
密閉装置としては、例えばグローブボックス等が例として挙げられる。
【0010】
本発明において計測対象となる試料は、電気化学的な用途に利用されるものであれば、広く適用できる。
例えば、リチウムイオン電池等の2次電池材料,太陽電池に用いられる材料,光触媒等の光により電気特性が変化する材料等が例として挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るオペランド計測を可能とした走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、試料の実動作下での試料表面の形状の計測やイオンの濃度プロファイルの可視化が可能になることから、電気化学材料の構造の解明や最適化に向けての開発に寄与できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係るオペランド計測を可能とした走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の構成例を示す。
【
図3】SICMによるイオンの濃度プロファイルの変化に起因したカーボン電極の電流計測例を示す。
【
図5】プローブをホッピングさせるように移動させながら、イオン電流を計測することでイオンの濃度プロファイルを3次元的に可視化した例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るOperando(オペランド)計測を実現させた走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の構成例について、以下図に基づいて説明する。
図1にその構成例を示し、
図2に電気化学セルの構造例を示す。
【0014】
図1に示すように、除振台4の上に水平方向(X方向及びY方向)の位置制御を精密に行うために、ピエゾ素子をアクチュエータに用いたXYピエゾステージを設けて、その上に
図2に示した電気化学セル2をセットする。
これに対して、プローブ3の垂直方向(Z方向)を位置制御するためのピエゾ素子からなるアクチュエータを用いたZピエゾステージを備える。
Zピエゾステージは、精密制御のための第2制御ステージとして作用する。
このZピエゾステージによる垂直方向(高さ)の駆動範囲が試料表面の起伏よりも小さい場合にも対応できるように本実施例においては、Zピエゾステージの背面側にステッピングモータからなる粗動制御のための第1制御ステージとして、Zステッピングモータステージを有するようにした。
これにより、例えばZピエゾステージの駆動範囲の上限90%又は下限90%に達すると、Zステッピングモータステージが駆動し、Zピエゾステージを中心位置に戻すこと等により、プローブの走査範囲が広がる。
【0015】
電気化学セル2は、その構造例を
図2に示すようにフッ素樹脂等の絶縁性の樹脂を用いて、ベース樹脂2aと側壁樹脂2bにて試料を狭持(Oリング等によりシールする)し、側壁樹脂の内側に電解溶液を投入する。
試料を実動作状態にするために、集電用の金属を介して第1の作用極としての作用極1(WE1)を有し、マイクロガラスピペットの内側に第2作用極としての作用極2(WE2)を挿入し、内部を電解溶液で満たしたプローブ3を有する。
また、セル内には対極(CE)と参照極(RE)が配置されている。
これにより、
図1に示すように試料の電位,電流等は、ポテンシオスタットにて計測され、プローブ2側の電位,電流等は微小電流計測器にて計測される。
これらの機器は、グローブボックス1の内部に設置されている。
なお、本実施例では、顕微鏡やデジタルマイクロスコープを用いてプローブ及びサンプル(試料)の位置確認ができるようになっている。
【0016】
従来は、作用極1のWE1がグラウンドに接続され、参照極(RE)に目的の電位にマイナスをかけた電位を印加して相対的に目的の電位をかけていた。
これに対して、プローブ側の微小電流計測器では、作用極2(WE2)に目的の電位を加え、参照極(RE)側をグラウンドに落としていた。
しかし、これでは試料側のWE1を制御しようとすると、それに伴ってWE2が変動することになってしまい、微小電流計測器の制御が実質的にできないことになる。
そこで本発明においては、ポテンシオスタット側のWE1の電圧を変化させた際に、その変化により生じるWE2側の副作用的な電圧変化を生じさせないように、WE1の電圧に連動して、WE2の電圧を制御するプログラムあるいは電子回路を作製した。
これにより、WE1の電位を変化させてもその差分を補完することで、ポテンシオスタット側のWE1の制御と微小電流計測器側のWE2とを相互に独立して制御可能になった。
したがって本発明において、電位を制御するプログラムは、WE1の制御手段とWE1の変化量を差分として補完する演算手段と、これに基づいてWE2を独立制御する制御手段を有している。
【0017】
本装置を用いて、リチウムイオン電池のカーボンの負極表面における充放電に伴う形状変化及びイオンの濃度プロファイルを計測したので、以下説明する。
本発明においては、電位WE1とWE2と相互に独立制御したので、
図3にSICM側の電流変化(右側目もり)と、カーボン側の電流変化(左側目もり)を示すように、試料にかける電圧を掃引した際にもプローブ側の電位を一定に保つことができる。
より具体的に説明すると、
図3はカーボン電極の電圧を掃引しながら充放電反応に伴う酸化還元電流を計測し、さらにプローブをカーボン電極表面から5umの距離に保った状態で、プローブ側の電圧を一定に保ち、カーボン電極の充放電反応に伴うイオン濃度プロファイルの変化をイオン電流として、同時に捉えたものである。
WE1とWE2の電位を独立して、計測することでこのような試料側を動作させた際に形成されるイオン濃度プロファイルの変化をイオン電流として捉えている。
例えば
図4に示すように、カーボン負極材料表面に形成される充放電に伴う形状変化を計測することが可能であった。
また、プローブをホッピングさせるように移動させながらイオン電流を計測すると、
図5に示すようにカーボン電極に形成されるSEI(SolidElectrolyte Interphase)の形成に伴う構造変化や、試料の充放電により生じる試料表面のイオン濃度プロファイルを3次元的に可視化できた。
【符号の説明】
【0018】
1 グローブボックス
2 電気化学セル
2a ベース樹脂
2b 側壁樹脂
3 プローブ
4 除振台