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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-30
(45)【発行日】2023-07-10
(54)【発明の名称】細胞の成熟老化促進剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20230703BHJP
【FI】
C12N5/079
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019073340
(22)【出願日】2019-04-08
(65)【公開番号】P2019180403
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2018077304
(32)【優先日】2018-04-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤松 和土
(72)【発明者】
【氏名】志賀 孝宏
(72)【発明者】
【氏名】葛巻 直子
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0113935(US,A1)
【文献】Hyun Tae Kang et al.,Nature Chemical Biology,2017年03月27日,Vol. 13,p. 616-623
【文献】Sarah E. Golding et al.,Mol Cancer Ther,2009年10月06日,Vol. 8, No. 10,p. 2894-2902
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
KU-60019を有効成分とする、未老化の神経細胞又は線維芽細胞の成熟老化促進剤であって、使用時の培地中のKU-60019の濃度が1μM~10μMである成熟老化促進剤
【請求項2】
未老化の神経細胞又は線維芽細胞が、多能性幹細胞由来の未老化の神経細胞又は線維芽である請求項1記載の成熟老化促進剤。
【請求項3】
KU-60019を1μM~10μM含有する培地で未老化の神経細胞又は線維芽細胞を培養することを特徴とする、当該神経細胞又は線維芽細胞の成熟老化促進方法。
【請求項4】
未老化の神経細胞又は線維芽細胞が、多能性幹細胞由来の未老化の神経細胞又は線維芽細胞である請求項記載の成熟老化促進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の成熟老化促進剤及び神経変性疾患治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋委縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、アルツハイマー病等の遅発性神経変性疾患は、中枢神経の中の特定の神経細胞群が死んでゆく疾患であり、まだ原因は明らかになっていない。これらの神経変性疾患の治療薬を開発するにはモデルの研究が必要である。
【0003】
また、汎用性の高い研究用培養細胞として、線維芽細胞が挙げられる。このような細胞を用いて生体内の老化機序の研究を行うためには、細胞を速やかに老化誘導する技術が重要である。
【0004】
患者iPS細胞から分化誘導した神経系の細胞を用いた神経変性疾患モデル研究において、誘導された神経系細胞の成熟には比較的長い培養期間を要し、70~100日間といった長期間の培養を行ったとしても、ヒトでその発症まで数十年を要する疾患特異的な表現型(異常タンパク質の凝集など)は観察することが難しいことが多い。この課題を解決するために、外部からの遺伝子導入(早老症遺伝子;progerin)(非特許文献1)やテロメア合成酵素の阻害(非特許文献2)といった方法を用いてiPS細胞由来神経細胞の老化を促進する技術が報告されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Cell Stem Cell.2013
【文献】Cell Stem Reports.2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの方法は遺伝子導入に際して特異的な技術が必要であり簡便では無く、その効果もそれほど強くないために細胞の老化を微弱にしか促進させることができない。
従って、本発明の課題は、種々の細胞の成熟老化を促進する薬剤、及びその薬剤を用いる神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、神経細胞又は線維芽細胞の培養系を用いて、細胞の成熟老化を促進させる低分子化合物を探索したところ、KU-60019が極めて強力な細胞成熟老化促進作用を有することを見出した。さらに、KU-60019を含有する培地でパーキンソン病患者のiPS細胞由来神経細胞を培養すれば、神経細胞におけるパーキンソン病表現型が培養7日で検出されることから、この培養系は神経変性疾患治療薬のスクリーニングモデルとして有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明〔1〕~〔8〕を提供するものである。
【0009】
〔1〕KU-60019を有効成分とする細胞の成熟老化促進剤。
〔2〕細胞が、神経細胞又は線維芽細胞である〔1〕記載の成熟老化促進剤。
〔3〕細胞が、多能性幹細胞由来の細胞である〔1〕又は〔2〕記載の成熟老化促進剤。
〔4〕KU-60019を含有する培地で細胞を培養することを特徴とする細胞の成熟老化促進方法。
〔5〕細胞が、神経細胞又は線維芽細胞である〔4〕記載の成熟老化促進方法。
〔6〕細胞が、多能性幹細胞由来の細胞である〔4〕又は〔5〕記載の成熟老化促進方法。
〔7〕被験物質及びKU-60019を含有する培地で神経細胞を培養することを特徴とする神経変性疾患治療薬のスクリーニング方法。
〔8〕神経細胞が、多能性幹細胞由来の神経細胞である〔7〕記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞の成熟老化促進剤を用いれば、iPS細胞に代表される多能性幹細胞から分化誘導された神経細胞や線維芽細胞が極めて短期間で成熟老化する。また、神経変性疾患患者由来のiPS細胞を、本発明の成熟老化促進剤を含有する培地で培養すれば、極めて短期間で神経変性疾患の表現型が検出されるため、この培養系を用いれば神経変性疾患治療剤のスクリーニングが可能となる。線維芽細胞に作用させて老化させると、従来よりも短期間で老化した細胞を得ることができるため、老化研究を効率的に行うことが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】成熟神経細胞の蛍光レポータ(GFP-Synapsin)の蛍光強度を示す。DMSOは、ジメチルスルホキシド、KU60019はKU-60019、ACMはアストロサイトコンディション培地を示す。
図2】成熟神経細胞の蛍光レポータ(GFP-Synapsin)の蛍光強度を示す。DMSO、KU-60019は図1と同じ。
図3】実施例2の培養条件及びスケジュールを示す。FGF2:20ng/μL、SB431542(SB):2μM、Purmorphamine(PM):2μM、CHIR99021(CHIR):3μM。DAPT:10μM、GDNF:20ng/μL、TGFβ:1ng/μL、アスコルビン酸(AA):0.2mM、dbcAMP(cAMP):0.5mM。
図4】bIII tubulin(緑)とNestin(赤)抗体を用いた共免疫染色結果を示す。
図5】Nestin陽性細胞面積の定量結果を示す。
図6】チロシン水酸化酵素(TH)陽性細胞の定量結果を示す。
図7】KU-60019添加時におけるiPS細胞由来神経細胞のNAD+の濃度変化を示す。
図8】KU-60019添加時におけるiPS細胞由来ドーパミンニューロン(DAN)の老化の表現型の確認結果を示す。(A-C)KU-60019添加・非添加時におけるDANの核膜構造への影響。LaminB1(緑)、TH(赤)。(D-E)KU-60019添加・非添加時におけるDAN内のDNA損傷の観察。γH2AX(緑)、TH(赤)。
図9】パーキンソン病-iPSCsへの応用結果を示す(PARK4-iPSCs由来DAN培養におけるTH陽性細胞数の測定)。
図10】KU60019添加によるヒト線維芽細胞の老化特異的な核膜異常の発生を示す。
図11】KU60019添加によるヒト線維芽細胞の老化特異的マーカーSA-Galの増加を示す。
図12】KU60019添加によるSHSY5細胞の老化細胞促進を示す。
図13】KU60019、KU55933及びNU7441による神経細胞成熟促進効果(実施例1と同じ方法)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の細胞の成熟促進剤の有効成分は、KU-60019である。
【0013】
KU-60019は、下記式(1)で表される化合物である。
【0014】
【化1】
【0015】
KU-60019はATM阻害剤であることが知られており、ATMは、早老症である毛細血管拡張運動失調症の原因遺伝子である。近年の報告では、ATM欠損マウスやATM欠損の線虫では、細胞内のNAD+が低下することで神経細胞死が誘導され、寿命を短くすることが報告されている(Cell Metabolism.2016)。しかし、KU-60019による神経細胞の成熟老化促進効果は、培養7日程度で生じることから、ATM阻害作用だけでは説明できない。
また、本発明のような優れた成熟老化促進効果は、他のATM阻害剤であるKU55933やDNA-PK阻害剤であるNU7441では得られないことから、KU-60019に特異的である。
【0016】
本発明において成熟老化促進となる細胞としては、培養可能な細胞であればよいが、神経細胞、線維芽細胞、Hela細胞(ヒト子宮頸癌由来の細胞)、SHSY5(ヒト神経芽細胞腫)細胞が好ましい。
本発明の神経細胞は、神経細胞の種類は問わないが、神経変性疾患に関与している神経細胞であるのが好ましい。例えば、ドパミン作動性ニューロンを用いれば、パーキンソン病、認知機能が低下する神経変性疾患のスクリーニングが可能である。
また、本発明の線維芽細胞は、通常の線維芽細胞であればよく、入手のし易さから皮膚由来の線維芽細胞が好ましい。
【0017】
本発明において成熟老化促進の対象となる細胞は、多能性幹細胞由来の細胞であるのが好ましい。ここで多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、ntES細胞及びiPS細胞が挙げられるが、iPS細胞がより好ましい。iPS細胞のうち、ヒトiPS細胞が好ましい。細胞変性疾患治療剤のスクリーニングに用いるiPS細胞としては、細胞変性疾患患者由来のiPS細胞が好ましい。
【0018】
本発明において神経変性疾患とは、中枢神経の中の特定の神経細胞群が徐々に障害を受け脱落してしまう疾患である。例えば、筋委縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、アルツハイマー病、進行性核上性麻痺(PSP)、ハンチレトン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症(SCD)等が挙げられる。
【0019】
本発明において、細胞の成熟老化を促進するには、細胞をKU-60019を含有する培地で培養する。
【0020】
培地中のKU-60019の濃度は、成熟老化を促進する点から、0.1μM~50μMが好ましく、0.5μM~10μMがより好ましい。
【0021】
また、培養に用いる培地は、用いる細胞の分化過程によって相違するが、基礎培地としては、KBM Neural Stem Cell(KOHJIN BIO)が用いられる。幹細胞から神経細胞の生成までは、基礎培地に線維芽細胞成長因子(FGF2)、TGF-βI型レセプター阻害剤(SB431542等)、ROCK阻害剤(Y27632等)、Sonic Hedge Hog経路アゴニスト(Purmorphamine等)、GSKβ阻害剤(CHIR99021等)等を添加して培養するのが好ましい。
線維芽細胞成長因子の培地中の濃度は、10~40ng/μLが好ましく、20ng/μLがより好ましい。また、SB431542の培地中の濃度は、1~5μMが好ましく、2μMがより好ましい。Y27632の培地中の濃度は、1~50μMが好ましく、10μMがより好ましい。Purmorphamineの培地中の濃度は、1~5μMが好ましく、2μMがより好ましい。CHIR99021の培地中の濃度は、1~8μMが好ましく、3μMがより好ましい。
幹細胞から神経細胞の生成までの培養条件は、5%CO、4%O、35~40℃で行うことがより好ましい。
【0022】
また、神経細胞から神経細胞への分化誘導、成熟老化までは、基礎培地に、γセクレターゼ阻害剤(例えばDAPT)、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、トランスフォーミング増殖因子(TGFβ)、dbcAMP、アスコルビン酸(AA)等を添加して培養するのが好ましい。
ここで、培地中のDAPTの濃度は、1~50μMが好ましく、10μMがより好ましい。培地中のGDNFの濃度は、10~50ng/μLが好ましく、20ng/μLがより好ましい。培地中のBDNFの濃度は、10~50ng/μLが好ましく、20ng/μLがより好ましい。培地中のTGFβの濃度は、0.2~5ng/μLが好ましく、1ng/μLがより好ましい。培地中のdbcAMPの濃度は、0.1~3mMが好ましく、0.5mMがより好ましい。AAの培地中の濃度は、0.1~1mMが好ましく、0.2mMがより好ましい。
神経細胞の成熟老化促進の際の培養条件は、5%CO、4%O、35~40℃で行うことがより好ましい。線維芽細胞の成熟老化促進の際の培養条件は、5%CO、35~40℃で行うことがより好ましい。
【0023】
KU-60019を添加した培地を用いれば、幹細胞、例えば神経細胞凝集塊(ニューロスフェア)から神経細胞までの分化は、7日~17日で十分である。また、KU-60019を添加した培地を用いれば、神経細胞から神経細胞の成熟老化までの分化は7日~17日で十分である。なお、幹細胞から神経細胞への分化は、Nestinの減少、ドパミン作動性ニューロン(DAN)の特異的マーカーであるチロシン水酸化酵素陽性細胞の定量により確認できる。また、神経細胞の成熟老化は、例えばLaminBの崩壊、過度なDNA損傷により確認できる。
【0024】
本発明の神経変性疾患治療剤のスクリーニング方法は、被験物質及びKU-60019を含有する培地で、神経細胞を培養することにより実施できる。培地及び培養条件は、前記神経細胞の成熟老化促進方法と同様である。被験物質を所定量添加して培養すればよい。
被験物質を添加した場合の神経細胞の成熟老化度合と、被験物質を添加しなかった場合のそれとを対比すれば、被験物質による神経細胞の老化抑制作用が評価できる。
【実施例
【0025】
次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0026】
実施例1
神経細胞の分化成熟を促進させる低分子化合物のスクリーニングを市販の阻害剤ライブラリーを用いて下記の手順で行い、ヒトiPS細胞から誘導した神経細胞の成熟を促進する化合物KU-60019を同定した。
(1)iPS細胞より神経幹細胞を含む神経細胞塊(Neurosphere)を浮遊培養にて作製し、6回継代を行い、神経へと分化させた。レンチウイルスベクターを用いて成熟神経細胞特異的な蛍光レポーター(GFP-Synapsin)を導入した。その後、接着培養に切り替え神経分化用培地に低分子化合物ライブラリー(Sigma Aldrich)を各10μM添加し17日間培養を行った(図1-A参照)。GFP-Synapsinの蛍光強度は、イメージングサイトメータ(In cell analyzer)を用いて定量を行った。神経分化を促進させるアストロサイトコンディション培地(ACM)をコントロールとして、蛍光強度がより近い値を示す化合物を選別した(図1図2)。
【0027】
(2)選別した化合物中で最も高い蛍光強度を示した化合物は、DNA修復機構の制御因子であるATMの阻害剤であるKU-60019であった。
【0028】
実施例2
KU-60019の神経分化成熟に対する影響を確認するために以下の実験を行った。
(1)ヒトiPS細胞からドパミン神経細胞への神経分化を行う際に神経分化培地にKU-60019を1、5、10μM加え10日間培養を行い、未分化神経系のマーカーであるNestinを発現する細胞を定量し分化効率を評価した(図3に培養条件を示す)。その結果、Nestin陽性細胞の量はKU-60019の濃度依存的に減少した(図4図5)。このことから、KU-60019神経幹細胞から神経細胞への分化を促進する効果があることが示唆された。
【0029】
(2)(1)と同様の手法により分化させたドパミン作動性ニューロン(DAN)の量を比較するため、成熟したDANの特異的なマーカーであるチロシン水酸化酵素(TH)陽性細胞の定量を行った(図6)。その結果、培養途中の7日目ではKU-60019濃度依存的にDANが増加していることから、DANの分化効率を上昇させていることが示唆された。
さらに10日目まで培養を継続すると全ての前駆細胞がDANに分化するためこの差が消失する。
【0030】
KU-60019がヒトiPS細胞からの分化において老化を促進している可能性があると考え、以下の実験を行った。
【0031】
(3)(2)と同様の方法を用いてDANの分化誘導を行い、10日目後に回収し、比色法を用いて細胞内のNAD+濃度を測定した(図7)。その結果KU-60019濃度依存的に細胞内のNAD+濃度が低下した。このことから、KU-60019が細胞老化を促進していることが示唆された。
【0032】
実施例3
細胞老化の普遍的なモデルとして、過度なDNA損傷やそれに伴う核膜構造が崩壊することが知られている。Progerinを導入した老化モデルの研究では、細胞老化を促進させたDANではLaminB(核膜タンパク質)の崩壊や過度なDNA損傷(γH2AXの蓄積)が起きることを報告している(Cell Stem Cell.2013)。これを踏まえ、KU-60019添加における老化モデルにおいても同様のことが引き起こされるかを検証した。
(1)実施例2(2)と同様の方法を用いてヒトiPS細胞からDANの分化誘導を行い、7日目にLaminB2抗体を用いた免疫染色を行った(図8-A-C)。その結果、KU-60019添加時にLaminB1の構造が崩壊していることを見出した。このことから、KU-60019の作用によってヒトiPS細胞由来のニューロンの老化が促進していることが示唆された。
【0033】
(2)実施例2(2)と同様の方法を用いてヒトiPS細胞からDANの分化誘導を行い、7日目にγH2AX(Ser139)抗体を用いた免疫染色を行った(図8-D-F)。その結果、KU-60019添加時に核内にγH2AXが蓄積していることを見出した。このことから、KU-60019によって老化モデル特有の過度なDNA損傷が引き起こされていることが示唆された。
【0034】
実施例4
KU-60019はヒトiPS細胞からの神経分化・細胞老化を促進させるため、KU-60019を従来の培養方法に追加することによって、パーキンソン病-iPS細胞から分化誘導したDANにおける表現型検出に要する培養期間を短縮できるかを検証した。遺伝性パーキンソン病の中でも比較的高年層(50代以降)で発症する典型的なことがPARK4(α-synuclein重複)患者から樹立したiPS細胞を用いて、KU-60019添加・非添加時における表現型検出までの培養期間を比較した。
(1)実施例2(2)と同様の手法を用いてPARK4-iPS細胞由来DANの分化誘導を行った後、7日目・10日目にTH抗体を用いてDANの細胞脱落を解析した。その結果、培養7日目の時点では正常対照細胞と比べて添加・非添加ともに有意な脱落の増加は見られなかった。さらに培養を継続し培養10日目ではPARK4-iPS細胞におけるKU-60019非添加群では7日目同様に有意な脱落が見られなかったものの、KU-60019添加群では正常対照細胞と比べて脱落した細胞が有意に増加したことが確認できた(図9)。
【0035】
以上の結果から、KU-60019を培地に添加するとiPS細胞由来神経細胞の老化が促進され、従来の培養期間で検出が困難であった遅発性表現型を短期間で検出することが可能となる。
【0036】
実施例5
(KU60019添加によるヒト線維芽細胞の老化特異的な核膜異常の観察)
若年者由来線維芽細胞にKU60019を作用させると、老化特異的な核膜異常(LaminB1の減少)が観察され、高齢者由来線維芽細胞と同等の老化表現型を示した(LaminB1(緑)、Lamin A/C(赤))(図10A)。若年者由来線維芽細胞における正常核膜構造を示す細胞の比率はKU60019の作用で減少した(mean±SEM,n=6,*p<0.01.)(図10B)。
高齢者(51歳)から採取した線維芽細胞では、若年者(18歳)から採取したヒト線維芽細胞を比較した場合、老化特異的な核膜異常として核膜マーカーであるLaminB1の減少が認められる。若年者由来線維芽細胞にKU60019を72時間添加した場合、LaminB1の減少が認められ、老化特異的な表現型である核膜崩壊が観察された(図10)。
【0037】
実施例6
(KU60019添加によるヒト線維芽細胞の老化特異的マーカーSA-Galの増加)
若年者由来線維芽細胞にKU60019を作用させると、老化特異的なマーカーであるSA-Gal(Senescence associated galactosidase)陽性細胞が高齢者由来線維芽細胞と同等まで増加し、老化が促進した(赤:SA-Gal青:核染色)(図11A)。SA-Gal強度も同様に増加していた(mean±SEM,n=6,*p<0.01.)(図11B)。
すなわち、高齢者由来線維芽細胞では、若年者由来線維芽細胞と比較して、老化特異的なマーカーであるSA-Gal(Senescence associated galactosidase)陽性細胞が増加しているが、KU60019を処理した若年者由来線維芽細胞では、SA-Gal陽性細胞が高齢者由来線維芽細胞と同等まで増加した(図11)。
【0038】
実施例7
(KU60019添加によるSHSY5細胞の老化細胞促進)
ヒト神経芽細胞腫由来の培養細胞株であるSHSY5細胞にKU60019を作用させると、老化特異的な核膜異常を引き起こした。(緑:LaminB1 赤:LaminA/C 青:核染色)(図12A)。LaminB1(LMNB1)mRNAの減少(図12B)、老化マーカーであるp16mRNAの増加(図12C)、老化マーカーであるp21mRNAの減少、をqPCRで検出した(mean±SEM,n=4,*p<0.01.)(図12D)。
すなわち、SHSY5(ヒト神経系の不死化細胞株)においても、KU60019を添加することにより、核膜の崩壊が観察された。また、核膜を構成するLaminB1(LMNB1)mRNAの発現も低下していたことから、細胞老化が促進されていることが確認された。不死化細胞の老化研究で用いられる老化関連遺伝子であるp16・p21のmRNA発現に関しては、有意に上昇していることを確認した(図12)。
【0039】
これらの結果から、KU60019の老化促進作用は、iPS細胞由来ニューロンだけでなく、それを含めた培養細胞全般に対して有効であることが示された。
【0040】
実施例8
KU60019と類似の機能を有する化合物が同様の効果を有するか検証した。
実施例1と同様にしてヒトIPS細胞由来ニューロンにKU60019(ATM阻害剤)・KU55933(ATM阻害剤)・NU7441(DNA-PK(ATMに類似した機能を持つ、DNA修復に関連する因子)阻害剤)を作用させると、KU60019を添加した細胞だけが成熟を促進していることを確認した(図13)。この結果から細胞成熟促進・老化誘導作用はATM阻害剤および類似の薬剤の中でもKU60019のみが有していると推測される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13