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  • 特許-摺動部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-30
(45)【発行日】2023-07-10
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/34 20060101AFI20230703BHJP
   F16C 17/04 20060101ALI20230703BHJP
【FI】
F16J15/34 G
F16C17/04 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020538458
(86)(22)【出願日】2019-08-22
(86)【国際出願番号】 JP2019032723
(87)【国際公開番号】W WO2020040234
(87)【国際公開日】2020-02-27
【審査請求日】2022-02-18
(31)【優先権主張番号】P 2018157873
(32)【優先日】2018-08-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(74)【代理人】
【識別番号】100201259
【弁理士】
【氏名又は名称】天坂 康種
(72)【発明者】
【氏名】井村 忠継
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】実開平03-041267(JP,U)
【文献】特開2011-185292(JP,A)
【文献】国際公開第2016/009408(WO,A1)
【文献】実開平03-014371(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34-15/38
F16C 17/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動面にて互いに相対摺動する一対の摺動部材であって、
少なくとも一方の摺動面は動圧発生機構を備え、前記動圧発生機構は、入口開口部から周方向で相対回転方向に延びて形成されており、前記動圧発生機構の曲率は該動圧発生機構の前記入口開口部からの流路長に応じて前記動圧発生機構の他端まで連続的に増加することを特徴とする摺動部材
【請求項2】
前記摺動面の周縁と前記動圧発生機構の入口開口部とのなす角度は0°から45°に設定されることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記動圧発生機構の形状は以下の式で表されることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動部材。
ただし、Pは前記動圧発生機構上の点の位置ベクトル、Pは前記動圧発生機構の前記入口開口部の位置ベクトル、sはPからPまでの流路長さ、hは前記動圧発生機構の流路の全長、Sはsをhで正規化したもの、φはPにおける接線方向角、i=√-1は虚数単位、φはPにおける接線方向角、φはφを有する長さhの円弧においてhにおけるφに対する接線角の増分、φuはhにおけるφに対する接線角の増分である。
【請求項4】
前記動圧発生機構は、一端が漏れ側に連通するとともに他端がランド部に囲まれていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記動圧発生機構は、一端がランド部に囲まれるとともに他端が被密封流体側に連通することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記動圧発生機構は、ランド部に囲まれていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項7】
前記動圧発生機構は、溝部からなることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項8】
前記動圧発生機構は、複数のディンプルからなるディンプル群からなる疑似流路であることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,たとえば,メカニカルシール,軸受,その他,摺動部に適した摺動部材に関する。特に,摺動面に摩擦を低減させるとともに,摺動面から流体が漏洩するのを防止する必要のある密封環または軸受などの摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材の一例である,メカニカルシールにおいて,密封性を長期的に維持させるためには,「密封」と「潤滑」という相反する条件を両立させる技術がある。たとえば,互いに相対摺動する一対の摺動部材において,摺動部品の摺動面にスパイラル溝を設け,該スパイラル溝のボンビング作用を利用して,低圧流体側に漏洩しようとする被密封流体を被密封流体側に押し戻すことにより,摺動面のシール機能を向上するものが知られている(例えば,特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】実開昭61-82177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし,上記技術は,一定の回転数以上にならないとスパイラル溝のボンビング作用が発揮されないため,低速回転の機器において,摺動面にスパイラル溝を設けても十分なシール効果を得ることができなかった。
【0005】
本発明は,低速回転からボンビング作用を発揮することができるとともに,密封機能及び潤滑機能を発揮することができる摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために,本発明の摺動部材は,
摺動面にて互いに相対摺動する一対の摺動部材であって,
少なくとも一方の摺動面は動圧発生機構を備え,前記動圧発生機構の曲率は該動圧発生機構の入口開口部からの流路長に応じて増加することを特徴としている。
この特徴によれば,動圧発生機構の形状は,動圧発生機構の入口開口部にて曲率小さく(曲率半径が大きい),動圧発生機構の入口開口部からの流路長に比例して曲率が大きくなる(曲率半径が小さい)。これにより,流体が動圧発生機構へ流れ込む角度と,動圧発生機構の入口開口部の角度との差を小さくできる。また,動圧発生機構内における流体の回転方向速度が流路下流側に流れるにしたがって効率良く半径方向速度に変換される。これにより,流体が動圧発生機構の入口開口部へ流入するときの流入損失を小さくできるとともに,低速回転時からポンピング作用を生じさせることができる。
【0007】
本発明の摺動部材は,
前記摺動面の内周縁と前記動圧発生機構の入口開口部とのなす角度は0°から45°に設定されることを特徴としている。
この特徴によれば,摺動面Sの内周縁5bと動圧発生機構の入口開口部とのなす角度θ1を0°≦θ1≦45°とすることで,流体が動圧発生機構へ流入するときの流入損失を極めて小さくすることができる。
【0008】
本発明の摺動部材は,
前記流路の形状は以下の式で表されることを特徴としている。
ただし,Pは前記動圧発生機構上の点の位置ベクトル,Pは前記動圧発生機構の前記入口開口部の位置ベクトル,sはPからPまでの流路長さ,hは前記動圧発生機構の流路の全長,Sはsをhで正規化したもの,φはPにおける接線方向角,i=√-1は虚数単位,φはPにおける接線方向角,φはφを有する長さhの円弧においてhにおけるφに対する接線角の増分,φuはhにおけるφに対する接線角の増分である。
この特徴によれば,上記式によって容易に、流体が動圧発生機構の入口開口部へ流入するときの流入損失を小さくできるとともに,低速回転時からポンピング作用を生じさせることができる。
【0009】
本発明の摺動部材は,
前記流路は,一端が漏れ側に連通するとともに他端がランド部に囲まれていることを特徴としている。
この特徴によれば,動圧発生機構は低速時からポンピング作用を発揮するので,低速時において動圧発生機構による動圧が十分に発生していないときであっても,動圧発生機構に流れ込んだ流体はくさび効果により正圧を発生できるので,低速回転時から摺動面を流体潤滑状態に保つことができる。
【0010】
本発明の摺動部材は,
前記流路は,溝部からなることを特徴としている。
この特徴によれば,溝部により動圧発生機構を容易に構成することができる。
【0011】
本発明の摺動部材は,
前記流路は,複数のディンプルからなるディンプル群からなる疑似流路であることを特徴としている。
この特徴によれば,ディンプル群により動圧発生機構を容易に構成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の摺動部材を備えるメカニカルシールの一例を示す縦断面図である。
図2図1のW-W矢視で摺動部材の摺動面を示す図である。
図3】本発明の動圧発生機構と従来のスパイラル形状の動圧発生機構の違いを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に図面を参照して,この発明を実施するための形態を,実施例に基づいて例示的に説明する。ただし,この実施例に記載されている構成部品の寸法,材質,形状,その相対的配置などは,特に明示的な記載がない限り,本発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0014】
図1図3を参照して,本発明に係る摺動部材について,摺動部材の一例であるメカニカルシールについて説明する。実施例1においては,メカニカルシールを構成する摺動部材の外周側を被密封流体側,内周側を漏れ側として説明する。
【0015】
図1のメカニカルシール1は,回転軸9側に取付けられたスリーブ2と一体に回転可能な回転側密封環3,かつ,ケーシング4に対して軸方向移動可能で,回転不能な状態で設けられた他方の摺動部品である円環状の固定側密封環5と,固定側密封環5を軸方向に付勢するコイルドウェーブスプリング6と,固定側密封環5をシールするベローズ7を備え,鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。
【0016】
このメカニカルシール1は,回転側密封環3及び固定側密封環5は半径方向に形成された摺動面Sを有し,互いの摺動面Sにおいて,被密封流体が摺動面Sの外周側から内周側の漏れ側へ流出するのを防止するものである。
【0017】
なお,図1では,回転側密封環3の摺動面の幅が固定側密封環5の摺動面の幅より広い場合を示しているが,これに限定されることなく,逆の場合においても本発明を適用出来ることはもちろんである。
【0018】
回転側密封環3及び固定側密封環5の材質は,耐摩耗性に優れた炭化ケイ素(SiC)及び自己潤滑性に優れたカーボンなどから選定されるが,例えば,両者がSiC,あるいは,回転側密封環3がSiCであって固定側密封環5がカーボンの組合せが可能である。
【0019】
図2に示すように,固定側密封環5の摺動面Sには動圧発生機構11が,所定数(図2の実施例では18個)配設されている。動圧発生機構11は,摺動面Sの漏れ側に向かって凸となる弧状の溝部であり,漏れ側の周縁5bに開口する入口開口部11aを介して,漏れ側に連通するとともに,被密封流体側はランド部によって囲まれる止端部11bを有し,被密封流体側と隔離されている。
【0020】
動圧発生機構11は,入口開口部11a(上流)から止端部11b(下流)に向かって,動圧発生機構11の曲率が連続的に増加する形状を有する。極座標系で表した動圧発生機構11の中心線の形状は,以下の式(1)~式(3)にて表される。
ただし,Pは始点(動圧発生機構11の入口開口部11a)の位置ベクトル,Pは動圧発生機構11上の点の位置ベクトル,sはPからPまでの曲線の長さ(m),hは動圧発生機構11の流路の全長(m),Sは長さsを流路の全長hで正規化したもの,φは動圧発生機構11のPにおける接線方向角(rad),i=√-1は虚数単位,φは初期方向(Pにおける動圧発生機構11の接線方向角(rad)),φは初期方向φを有する長さhの円弧のhにおけるφに対する接線角の増分(rad),φuは動圧発生機構11のhにおけるφに対する接線角の増分(rad)である。すなわち,h(S=1)における接線方向角φ=φ+φ+φである。
【0021】
たとえば,動圧発生機構11は上記4つのパラメータh,φ,φ,φuよって定めることができる。なお,φ及びφがともに零のとき,等角螺旋と一致する。φ,φが正の値のとき摺動面Sの漏れ側に向かって凸の曲線となる。本発明における動圧発生機構11の形状を定めるために,0≦φ≦2,0≦φ≦1の範囲で設定する。また,φ,φが負の値のとき摺動面Sの漏れ側に向かって凹の曲線となる。図3Aは,式(1)~式(3)を用いて,φが零としたときのベクトルを用いて動圧発生機構11の形状を定めたものである。すなわち,動圧発生機構11の形状は,動圧発生機構11の入口開口部11aにて曲率小さく(曲率半径が大きい),動圧発生機構11の入口開口部11aからの流路長さに応じて曲率が大きくなる(曲率半径が小さい)ように設定されている。
【0022】
図3に示すように,相手側の摺動部材(回転側密封環3)が所定方向(図3では時計方向)に回転すると,流体は,その粘性により回転側密封環3の移動方向に追随して移動して,動圧発生機構11内に流れ込む。たとえば,図3Aに示すように,固定側密封環5から流体の流れを観察すると,動圧発生機構11へ流れ込む流体の速度viは,回転側密封環3の回転速度に応じた周方向速度uと,動圧発生機構11のポンピン作用による径方向速度vpとを合成したものとなる。
【0023】
図3Aにおいて,周方向速度uの影響が大きく,径方向速度が小さいため流体が動圧発生機構11へ流れ込む角度αは非常に小さい。一方,動圧発生機構11の入口開口部11aにおける,初期曲率が零に設定されているので,摺動面Sの内周縁5bと動圧発生機構11の凸側の面とのなす角度,すなわち動圧発生機構11の入口開口部11aの入口角度も零となる。これにより,流体が動圧発生機構11へ流れ込む角度αと,動圧発生機構11の入口開口部11aの角度との差は非常に小さくなるので,流体が動圧発生機構11の入口開口部11aへ流入するときの流入損失を小さくできる。また,動圧発生機構11内における流体の周方向速度uは,流路下流側に行くにしたがって効率良く径方向速度vpに変換されるので,低速回転時から漏れ側から摺動面S内に流体を吸込むポンピング作用を生じさせることができる。
【0024】
一方,図3Bは従来のスパイラル形状を有する動圧発生機構12に流体が流れ込む状態を示す。スパイラル形状を有する動圧発生機構12の場合には,流体が動圧発生機構12へ流れ込む角度αと,動圧発生機構12の入口開口部11aの角度θ2との差は,非常に大きくなるので,流体が動圧発生機構12へ流入するときの流入損失は非常に大きくなる。このため,漏れ側から摺動面S内に流体を吸込むポンピング作用は,高速回転にならないと発生しない。
【0025】
このように,本発明の動圧発生機構11を有する摺動部材は,回転側密封環3が回転を開始すると低回転時(10rpm程度)からポンピング作用を発揮して漏れ側から流体を吸い込み,低圧流体側に漏洩しようとする被密封流体を被密封流体側に押し戻すことができるので,密封性能を向上することができる。特に,摺動面Sの内周縁5bと動圧発生機構11の入口開口部11aとのなす角度θ1を0°≦θ1≦45°,好ましくは0°≦θ1≦10°とすることで,流体が動圧発生機構11へ流入するときの流入損失を極めて小さくすることができる。ここで,θ1は式2のφに相当する。
【0026】
また,動圧発生機構11は低速時からポンピング作用を発揮するので,低速時において動圧発生機構11による動圧が十分に発生していないときであっても,動圧発生機構11の止端部11bにおけるくさび効果により正圧を発生できるので,低速回転時から摺動面Sを流体潤滑状態に保つことができる。
【0027】
以上述べたように,本発明の摺動部材は以下の効果を奏する。
1.動圧発生機構11の曲率が入口開口部11aからの動圧発生機構11の流路長に比例して増大する形状に設定されるので,流体が動圧発生機構11へ流れ込む角度αと,動圧発生機構11の入口開口部11aの入口角度との差を極めて小さく設定することができるので,流体が動圧発生機構11へ流れ込むときの流入損失を極めて小さくできる。また,動圧発生機構11内における流体の周方向速度uは,流路下流側に行くにしたがって効率良く径方向速度vpに変換されるので,低速回転時から漏れ側から摺動面S内に流体を吸込むポンピング作用を生じさせることができる。
2.動圧発生機構11を式(1)から(3)の形状を有するように設定することで,容易に低損失の動圧発生機構11を設計できる。
3.動圧発生機構11は低速時からポンピング作用を発揮するので,低速時において動圧発生機構11による動圧が十分に発生していないときであっても,動圧発生機構11の止端部11bにおけるくさび効果により正圧を発生できるので,低速回転時から摺動面Sを流体潤滑状態に保つことができる。
【0028】
以上,本発明の実施例を図面により説明してきたが,具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
上記実施例において,動圧発生機構11は溝部から構成したが,これに限らない。たとえば,微小なディンプルを近接して配置した疑似流路から動圧発生機構を構成してもよい。
【0029】
外周側が被密封流体側,内周側を漏れ側としているが,これに限らず,内周側が被密封流体側,外周側が漏れ側である場合も適用可能である。たとえば,動圧発生機構11の入口開口部11aを摺動面の外周縁とし、-2≦φ≦0,-1≦φ≦0の範囲で設定することにより、動圧発生溝11を定めることができる。
【0030】
また,動圧発生機構11を固定側密封環5の摺動面Sに設けたが,回転側密封環3の摺動面Sに設けてもよい。
【符号の説明】
【0031】
1 メカニカルシール
2 スリーブ
3 回転側密封環
5 固定側密封環
6 コイルドウェーブスプリング
7 ベローズ
8 パッキン
9 ケーシング
10 回転軸
11 動圧発生機構
11a 入口開口部
11b 止端部
12 動圧発生機構
S 摺動面
図1
図2
図3