(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-30
(45)【発行日】2023-07-10
(54)【発明の名称】車両、特に鉄道車両の制動距離を動的に最適化する方法および装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/40 20060101AFI20230703BHJP
B60T 8/172 20060101ALI20230703BHJP
B61L 3/02 20060101ALI20230703BHJP
【FI】
B60L15/40 E
B60T8/172 Z
B61L3/02 A
(21)【出願番号】P 2021577025
(86)(22)【出願日】2020-06-15
(86)【国際出願番号】 EP2020066458
(87)【国際公開番号】W WO2020260048
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2022-01-21
(31)【優先権主張番号】102019117019.2
(32)【優先日】2019-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】503159597
【氏名又は名称】クノル-ブレムゼ ジステーメ フューア シーネンファールツォイゲ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】Knorr-Bremse Systeme fuer Schienenfahrzeuge GmbH
【住所又は居所原語表記】Moosacher Strasse 80,D-80809 Muenchen,Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100134315
【氏名又は名称】永島 秀郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】ラルフ フアトヴェングラー
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-278645(JP,A)
【文献】特開2010-104084(JP,A)
【文献】米国特許第05696682(US,A)
【文献】中国特許出願公開第1511744(CN,A)
【文献】特公平07-008083(JP,B2)
【文献】国際公開第2017/195316(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00 - 3/12
B60L 7/00 - 13/00
B60L 15/00 - 58/40
B60T 8/172
B61L 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の制動距離を最適化する方法であって、前記方法は、
(A)時点(t
0)に、所定の目標減速度(a
soll)による制動を確認するステップと、
(B)前記時点(t
0)と時点(t)との間の前記車両に実際に作用する減速度(a
ist)と、前記車両の実際速度経過(v
ist)とを求めるステップと、
(C)設定された目標減速度(a
soll)と、制動トリガの前記時点(t
0)に実際に検出された前記車両
の速度(v
0)とから前記車両の公称制動距離(s
n)を特定するステップと、
(D)求めた前記速度経過(v
ist)に基づき、または、前記制動トリガの前記時点(t
0)の前記速度(v
0)と求めた前記減速度(a
ist)とに基づき、前記時点(t)におけるそれまでの現実制動距離(s
a
)を計算するステップと、
(E)修正目標減速度(a
soll,mod)に依存して、残りの現実残余制動距離(s
a2)を定式化するステップと、
(F)前記公称制動距離(s
n)と、予想される前記現実制動距離(s
a)との間の差分を最小化することにより、
方法ステップ(D)における前記現実制動距離(s
a
)の計算時点後の今後の制動についての前記車両の前記修正目標減速度(a
soll,mod)を特定するステップと、
(G)前記車両の所望の最終速度まで、前記時点(t
0)および前記時点(t)間の定められた時間間隔(Δt)で、方法ステップ(C)~(F)を繰り返すステップと、
を有
し、
前記修正目標減速度(a
soll,mod
)と、あらかじめ設定される前記目標減速度(a
soll
)との差分を計算し、前記差分を減速度制御にインプットする、
方法。
【請求項2】
前記修正目標減速度(a
soll,mod)は、時間および/または速度および/または位置に依存する、パラメータ依存の関数であり、かつ/または定数であり、方法ステップ(F)において前記関数のパラメータを特定することにより、前記修正目標減速度(a
soll,mod)を特定する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記制動トリガの位置と、前記車両の目標最終位置とから前記目標減速度(a
soll)を算出する、請求項2記載の方法。
【請求項4】
車両運転者または上位のシステ
ムによって前記目標減速度(a
soll)を定め、ひいては制動開始の位置を計算する、請求項1から3までのいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記上位のシステムは、「自動列車運転」システムである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
最初の前記目標減速度(a
soll)に対して相対的にまたは絶対的に、前記修正目標減速度(a
soll,mod)についての境界が設定可能である、請求項4
または5記載の方法。
【請求項7】
前記目標減速度(a
soll)に対する偏差の補償が、決定された時間窓で行われるように前記目標減速度(a
soll,mod)を選択する、請求項1から
6までのいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記公称制動距離(s
n)を計算するために、前記目標減速度(a
soll)の代わりに、基準モデ
ルを介して、特定されかつシステムの動的特性を考慮する基準減速度(a
ref)を使用する、請求項1から
7までのいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
前記基準モデルは、物理モデルである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
方法ステップ(B)では、制動開始時の速度(v
0)および前記実際減速度(a
ist)に基づいて実際の前記速度経過(v
ist)を求め、このようにして求めた速度(v
ist,calc)を、方法ステップ(D)における前記現実制動距離(s
a)の前記計算に使用する、請求項1から
9までのいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
方法ステップ(B)では、前記車両の適切なセンサによって前記実際速度経過(v
ist)を測定し、これにより、当該測定された速度経過(v
ist,gem)を、方法ステップ(D)において前記現実制動距離(s
a)を特定するために使用する、請求項1から
10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記方法ステップ(A)に続く複数の方法ステップを、前記方法ステップ(A)に対して時間的にずらして実行する、請求項1から
11までのいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
方法ステップ(E)における前記残余制動距離(s
a2)の定式化のために、前記求められた速度経過(v
ist)を使用する、請求項1から
12までのいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
方法ステップ(C)において前記公称制動距離(s
n)を特定するために設定される前記目標減速度(a
soll)の前記経過は、時間および/または速度および/または位置の関数であるか、または定数である、請求項1から
13までのいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
前記現実残余制動距離(s
a2)を計算するために、公称制動距離(s
n)と、予想される前記現実制動距離(s
a)との間の偏差をゼロに等しく設定する、請求項1から
14までのいずれか1項記載の方法。
【請求項16】
前記公称制動距離(s
n)を特定するために、前記公称制動距離(s
n)の、進んで来た部分(s
n1)と、さらに進むべき部分(s
n2)とを求める、請求項1から
15までのいずれか1項記載の方法。
【請求項17】
請求項1から
16までのいずれか1項記載の方法を実施する装置であって、前記装置は、
請求項1の前記方法ステップ(B)用に前記車両の速度データおよび加速度データを検出するように構成されたセンサシステムと、
対応する前記センサシステムによって検出される前記速度データおよび前記加速度データまたはその他の必要なデータを記憶するように構成された記憶ユニットと、
前記記憶ユニットに記憶されている前記データを処
理するように構成された計算ユニットと、
前記センサシステムまたは別の通信インタフェースからの必要なデータを受信して、データ交換のために別の通信ユニットと通信するように構成された通信ユニットと、
車両運転者に情報を出力しかつ前記車両運転者によって操作されるように構成された操作インタフェースと、
を有する、装置。
【請求項18】
前記計算ユニットは、請求項1の前記方法ステップ(C)~(F)を実施するように構成されている、請求項17記載の装置。
【請求項19】
請求項1から
16のいずれか1項記載の方法を実施するように構成されたコンピュータプログラム製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両、特に鉄道車両の制動距離を動的に最適化する方法と、この方法を実施する装置と、この方法を自動的に実施するコンピュータプログラム製品とに関する。
【0002】
あらゆるタイプの車両の重要な安全面の1つは、その制動特性である。鉄道車両では、レールと車両との間の粘着が特に重要である。粘着は、気候条件のような外部状況により、迅速かつ急激に変化することがあり、これにより、制動距離の予測も再現性も格段に困難になってしまう。
【0003】
ここでは、車輪に加わる全制動力をあらかじめ設定された目標値に調整するいわゆる減速度制御が使用されることが多い。この減速度制御は、例えば、摩擦ブレーキの摩擦係数の許容差を補償することができる。しかしながら、あらかじめ設定された目標値が、外部の影響に起因して、例えば、レールと車輪との間の力結合が減少することにより、全制動持続時間にわたって維持することができないことがある場合、これに対応して制動距離が長くなってしまう。
【0004】
これは、車両の停車場でのブレーキングの際に、車輪とレールとの間の粘着が少なくなったことが識別され、これに基づいてレールの砂撒きのようなスリップ予防手段が講じられる場合でもある。車輪とレールとの間の力結合をこのように所期のように改善することによって確かに、それ以降に目標減速度が再度達成されるようにすることができるが、減少された力結合(
図1を参照されたい)による所定の期間内のこの制動は、より小さな減速度に、したがって全体としてより長い制動距離に結び付いてしまう。
【0005】
したがって制動には一般に複数のばらつきがつきものであり、それらの原因は、従来の減速度制御によっては部分的にしか補償できないのである。
【0006】
このことのマイナスの結果は、例えば、所望の最終位置に車両が停止しないことであり、このことは結果的に、正確な目標制動が必要である(例えば、プラットホームドアを備えた駅において)特に交通網において、遅延と、乗客にとっての快適さの喪失とをもたらし得る。
【0007】
これらのケースではこのために、列車を可能な限りにピンポイントで停止させるという目標設定を有する自動列車運転(ATO:automatic train operation)システムが使用される。しかしながらこれらのシステムは、例えば位置の識別のためにインフラストラクチャに特別な準備対策を必要とするという欠点を有する。
【0008】
したがって本発明の課題は、制動距離の高い再現性を得ることができる方法を提供することである。これは、制動中の、例えば、一時的な制動力喪失または障害を補償制御する際の一時的な偏差のような外部的な影響による、一時的に発生する障害および長期的に発生する障害の両方のケースに当てはまる。この際に制動距離の再現性は、インフラストラクチャにおける準備対策を設ける必要なしに、任意の区間において示されるようにすべきである。
【0009】
この課題は、独立請求項に記載された方法と、他の独立請求項に記載された装置およびコンピュータプログラム製品とによって達成される。本発明の有利な実施形態は、従属請求項に記載されている。
【0010】
鉄道車両の制動距離を最適化する方法は、一連のステップを有する。決定された目標減速度asollで時点t0に制動が開始されるとまず、制動距離を最適化するシステムによってこの制動を検出する。引き続き、時点t0とこれに続く時点tとの間の車両の実際速度vistも車両に実際に作用する加速度aistも特定する。この際に目標減速度asollは、一定値に確定されず、一般に一定でない経過に対応する。
【0011】
これに続いて、公称制動距離snおよび予想される現実制動距離saを計算する。公称制動距離snは、車両に作用する目標減速度asollで、時点t0における制動トリガの点から、所望の最終速度に車両を減速するために必要な制動距離である。公称制動距離snは、2つの部分で捉えることが可能である。最初の部分は、現時点tまですでに進んで来た公称制動距離sn1であるのに対し、別の部分は、さらに進むべき公称制動距離sn2を表す。全公称制動距離snは、あらかじめ設定された目標減速度asollと、制動開始の時点t0に実際に検出された車両の速度v0とから計算される。あらかじめ設定された目標減速度asollの経過は、例えば、時間、車両の速度および/または車両が存在する位置に依存する関数によって与えられてよい。しかしながらこれは定数関数であってもよい。
【0012】
予想される現実制動距離saも同様に2つの区間に分割可能である。一方では、制動開始の時点t0から計算時点tまでのこれまでの現実制動距離sa1に、また他方では、計算開始時点tから所望の最終速度に到達する時点までに、残存して予想される現実残余制動距離sa2に分割可能である。これまでの現実制動距離sa1は、時点t0と計算時点tとの間の制動区間において、求められた速度経過vistから求められる。
【0013】
制動中に現実制動距離と公称制動距離との間に起こり得る偏差は、さまざまな理由から生じ得る。特に、その原因は、例えば、ディスクブレーキではブレーキシューとディスクとの間の最適でない摩擦値、または車輪とレールとの間の粘着の減少に起因するとみなすことができる。
【0014】
次のステップでは、所定される修正目標減速度asoll,modに依存して、さらに進むべき現実制動距離sa2を計算公式として定式化する。修正目標減速度asoll,modは、パラメータ依存の関数として定式化可能である。この関数は、目標減速度asollと、時間と、列車の速度と、位置とに依存していてよい。これらのパラメータにより、目標減速度経過の形状が確定され、すなわち、制動の異なる領域において、どの程度の強さで制動されるかが確定される。
【0015】
次のステップとして、修正目標減速度を特定するという目的で、時点tにおける理論的な公称制動距離snと、実際に予想される現実制動距離saとの間の差分を最小化する。このために、修正目標減速度asoll,modに依存して、予想される全体の現実制動距離sa(sa=sa1+sa2)についての公式に、さらに進むべき現実制動距離sa2についての定式化を代入する。これは、理論的な公称制動距離snと、実際に予想される現実制動距離saとの間の差分を消去するためにこれらの2つの量を同一視する最小化の選択肢である。公称制動距離snも、予想される現実制動距離saも(上記を参照されたい)、すでに進んで来た区間と、さらに進むべき区間とから組み立てられ、予想される現実制動距離の、さらに進む制動距離sa2は、数式のただ1つの可変の構成部分を表し、この制動距離sa2には、今後の修正目標減速度を選択することによって影響を及ぼすことができる。したがって、時点tの後の期間についての、修正目標減速度asoll,modは、目標減速度asollに依存して特定可能であり、この目標減速度asollにより、制動の以降の経過において、すでに通過した現実制動距離sa1と、すでに通過した公称制動距離sn1との間で場合によっては生じる偏差が補償され、これにより、全体公称制動距離snを維持することができる。
【0016】
修正目標減速度がパラメータ依存の関数によって定式化される上で述べたケースでは、最小化の際に関数のパラメータは、現実制動距離saと公称制動距離snとの間の偏差が可能な限りに小さくなるように特定される。
【0017】
最後の方法ステップには、車両に実際に作用する減速度aistと、車両の実際の速度経過vistとを求めることを含む方法ステップの後の手順の繰り返しが含まれている。繰り返しの間隔、ひいては制動区間の間隔は、時間間隔Δtによって決定され、この時間間隔Δtそれ自体は、時点t0、t、t+Δtなどの間の間隔として定義される。現在の計算ステップの時点t+Δtは、次の計算についての時点tになる等々である。
【0018】
このようにして求められた修正目標減速度asoll,modは引き続き、修正目標減速度を達成するために必要な制動圧力を計算して次に制動を適合させる装置に伝送される。
【0019】
本発明の有利な実施形態では付加的に、例えば衛星利用位置特定システムを介して車両の位置を求める。
【0020】
これにより、制動トリガの位置と、制動が終了すべきでありかつ車両が所望の速度を有する、車両の目標最終位置との特定が可能になる。これらの2つの位置データと、制動開始時の列車の速度v0とを介して、上記の2つの位置間の目標減速度asollが計算可能である。
【0021】
別の有利な実施形態では、車両運転者または上位のシステム、例えば、「自動列車運転」システムによって目標減速度asollを定めることができる。この場合にこの実施形態では、車両の目標最終位置と、定められた目標減速度と、制動トリガの第1時点における車両の速度v0とを介して、制動をトリガしなければならない位置が計算可能である。
【0022】
好適には、目標減速度asollからの、修正目標減速度asoll,modの偏差は、快適さの喪失を阻止するために、またはそれどころか乗客を不必要に危険にさらすことを阻止するために、あらかじめ定められた所定の境界内だけにおいて選択可能である。この境界設定は、絶対的にも、目標値に対して相対的にも決定することが可能であるか、または別の状態量に依存していてよい。
【0023】
好適にはさらに、制動の目標経過からの制動の偏差の補償が、決定された時間窓内で行われるように、それぞれ制動区間の個々の目標減速度asollを選択する。これによって保証することができるのは、修正目標減速度asoll,modの経過が、決定された境界内だけで、目標減速度asollから相違することである。このことはさらに、与えられた時点に、場合によっては後に制動経過において相次ぐ偏差に、より良好に反応できるという利点を有する。というのは、これにより、異なる制動区間の個々の偏差が加算されてしまうという危険性が低減されるからである。
【0024】
別の有利な実施形態では、時点tにおける公称制動距離snを計算するために、好適には、目標減速度asollの代わりに、基準モデル、例えば物理モデルを介して特定される基準減速度arefを使用する。この実施形態の利点は、基準モデルを使用することにより、列車およびブレーキシステムから成るシステムの動的特性が考慮され、ひいては、公称制動距離snを計算する際に現実の物理的な制限が考慮されることにより、公称制動距離snの計算の精度が格段に改善されることである。
【0025】
好適にはさらに、方法ステップ(E)において付加的に、時点tにおける修正目標減速度asoll,modと目標減速度asollとの差分を計算し、減速度制御をさらに改善するためにこの減速度制御に同様にインプットする実施形態が提供される。
【0026】
本発明の有利な実施形態では、方法ステップ(B)において、車両に実際に作用する加速度aistを求めるために、車両の少なくとも1つの減速度センサおよび/または速度信号を使用する。このようなセンサもしくは信号を使用することにより、比較的容易かつ信頼性の高い加速度aistの検出が可能である。
【0027】
本発明の別の実施形態では、検出される実際の減速度aistによって時点tまで更新される、制動開始時の車両の速度v0に基づいて、現実制動距離saを特定するために所定の計算時点に車両の速度vistを求める。したがって速度vistは、制動開始時の車両の速度v0と、検出された減速度aistとから計算される。
【0028】
本発明の別の有利な実施形態では、現実制動距離saの特定のために、車両の適切な速度センサに基づいて実際の速度経過vistを測定する。測定された速度経過を以下では、vist,gemと記す。
【0029】
本発明の有利な実施形態ではさらに、第1方法ステップ、すなわち制動の検出に続く複数の方法ステップを、第1方法ステップに対して時間的にずらして実行する。
【0030】
本発明の別の有利な実施形態では、残余制動距離sa2の定式化のために、求めた速度経過vistを使用する。
【0031】
本発明の別の有利な実施形態では、公称制動距離snを特定するために設定される目標減速度asollは、時間および/または速度および/または位置の関数であるか、または定数である。
【0032】
本発明の有利な実施形態では、残りの現実制動距離sa2を計算するために、公称制動距離snと、予想される現実制動距離saとの間の偏差をゼロに等しく設定する。この手法は、公称制動距離snと現実制動距離saとの間の偏差を最小化する1つの選択肢である。
【0033】
上記の方法を実施するのに必要な装置は、以下の構成部分を有する。すなわち、方法ステップ(B)用に車両の速度データおよび加速度データを取り込むセンサシステムと、センサシステムによって検出されるデータかまたはその他のデータを記憶する記憶ユニットと、記憶されたデータを処理する計算ユニットと、上記の方法に必要なデータおよび命令を受け取る通信ユニットと、車両運転者による装置の操作を安全に行いかつ情報を出力することが可能な操作インタフェースと、を有する。
【0034】
さらに、コンピュータプログラム製品は、請求項1から15のいずれか1項記載の方法を自動的に実施するように構成されている。
【0035】
以下では図面に基づき、本発明を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】従来技術による減速度制御を説明するために使用される減速度・時間線図である。
【
図2】本発明の減速度制御を説明するために使用される減速度・時間線図である。
【
図3】本発明の減速度制御を説明するために使用される速度・時間線図である。
【
図4】本発明による減速度制御「停止距離制御」の実施形態のフローを示す図である。
【
図5】基準減速度a
refを説明するための減速度・時間線図である。
【
図6】車両のブレーキシステムに本発明による方法を実装する実施例を示す図である。
【
図7】異なる3つのシナリオに対し、時間についてシミュレートされる異なる3つの減速度の対比を示す図である。
【
図8】車両のブレーキシステムに実装するための別の実施例を示す図である。
【
図9】車両のブレーキシステムに実装するためのさらに別の実施例を示す図である。
【0037】
図1には、減速動時に従来技術による減速度制御において生じ得るような、時間tに応じた減速度aの経過が示されている。この線図には2つのグラフが示されている。一方のグラフは、減速度についての目標設定値a
soll(実線)を表しているのに対し、他方のグラフ(破線)は、実際に生じる減速度a
istを再現する経過を表している。減速度を構成する際に観察され得るのは、目標減速度のあらかじめ設定された最終値に到達するまで、実際の経過が、目標値経過を追従することである。さらに、実際に測定された減速度の低下を識別することができ、測定された減速度a
istの経過は、引き続いて再度、目標値経過a
sollに適合される。
【0038】
測定された減速度a
istのこのような低下は、例えば、車輪とレールとの間の粘着度が比較的低い区間に起因するとみなすことができる。この比較的低い粘着度それ自体は、例えば、レールの上の濡れた葉、またはちりおよび水分によって生じる油膜のような不利な外部条件に起因するとみなすことができる。
図1において見てとることができるように、測定された減速度a
istが、低下に引き続いて、再び目標値経過a
sollに適合させられるという事実には、複数の理由が考えられ得る。例えば、粘着度の比較的低い領域は、極めて局所的にのみ発生しているか、それとも例えばレールの砂撒きのような、車輪とレールとの間の力結合を元通りに改善し、ひいてはあらかじめ設定された目標減速度を再び可能にする、粘着度を改善する手段が使用されていることが考えられる。
【0039】
しかしながら注意すべきであるのは、粘着度を改善する手段の使用も、たいていの場合にやや遅れて使用されることと、反応時間が存在することとに起因して、車輪とレールとの間の力結合の一時的な低下を阻止できないことである。したがってこのようなケースでは、目標値が減速度に適合されない限り、制動距離が長くなってしまうことは不可避である。このような事実により、例えば本発明によって提案されるような減速度の改善された制御が必要であることを理由付けすることができる。
【0040】
図1とは異なり、
図2には、本発明による減速度の制御において生じ得る、時間tに応じた減速度aの経過が示されている。ここでも観察できるのは、あらかじめ設定された、減速度の一定の目標値に到達するまで、測定された減速度a
istが目標減速度a
sollを追従することである。同様に、
図1のように、粘着度が低いことに起因する、測定された減速度の低下を観察することができる。しかしながら
図2では、減速度の既知の一定の目標経過に加えて、点線による別の目標経過を識別することができる。これは、本発明にしたがった制御による減速度の修正目標値経過a
soll,modを表しており、低下しかつ測定された実際減速度a
istに起因して変化している。識別できるように、修正目標値経過の減速度a
soll,modは、実際減速度a
istの低下中、より大きくなっている。車輪とレールとの間の力結合が正常化された後、実際減速度a
istは、目標値経過a
soll,modに適合し、車両のより強い減速度を達成することができる。これにより、減速度の小さい領域を補償して、実際減速度の一時的な低下にもかかわらず、最初に意図した制動距離を同様に達成することができる。
【0041】
図3には、本発明による減速度制御の作用を例証する別の線図が示されている。図示された線図により、車両の速度と時間tとの間、もしくは目標減速度a
sollおよび実際減速度a
istと時間tとの間の関係が示されている。ここでこの線図は、現在の計算時点によって定められる2つの領域に分かれている。
【0042】
この計算時点の前、車両は、設定された目標減速度asoll(実線)に起因して生じる、破線で示した現実測定減速度aistで制動される。この際に識別できるのは、実際に測定された実際減速度が、あらかじめ設定された目標値に到達せず、かつ例えば、レールと車輪との間の変化する粘着係数に起因して一定でないことである。制動の際に生じる速度経過(破線)は、センサによって測定され、実際減速度の経過に起因して生じる。
【0043】
計算時点tの後、速度グラフの傾きの変化が識別可能である。変化する傾きは、一点鎖線によって表された修正目標減速度asoll,modによって理由付けすることができる。修正目標減速度asoll,modは、本発明による方法によって計算され、計算時点の前のこれまでの目標減速度asollよりも大きい。これは、これまで現実減速度が、これまでの目標減速度から偏差していることに起因するものとみなすことができる。すなわち、目標減速度から実際減速度が偏差していない場合の最適な制動において生じ得た公称制動距離snを維持できるようにするためには、修正目標減速度asoll,modは、従来の目標減速度よりも大きくなくてはならない。ここで注意すべきであるのは、計算時点tの後の修正目標減速度asoll,modのグラフおよび速度経過のグラフは、単に計算された値を表すことである。したがってこの場合に計算時点tにおいて仮定されるのは、計算時点tの後、修正目標減速度asoll,modが一定のままになることである。そうでない場合、表されていない後の計算時点には更新された値によって目標減速度の計算が結果的に実行され、これによって目標減速度がさらに適合される。
【0044】
図4には、修正減速度経過a
soll,modの計算の、本発明による基本的なフローの実施形態が示されている。例えば、車両運転者または上位のシステムにより、外部からあらかじめ設定された目標減速度a
sollに基づき、最初に基準減速度a
refを求める。このステップは必須である。というのは、実践的にはブレーキシステムの慣性に起因して、例えば、空気圧式制動圧の構成により、1つの時点から別の時点に減速度の必要な目標値を設定することはできないからである。したがって公称制動距離s
nの計算のためには、現実的な減速度経過を特定しなければならない。これが、基準減速度a
refである。
【0045】
目標減速度a
sollと基準減速度a
refとの間の違いは
図5によって示されている。
図5には、減速度が時間についてプロットされている別の線図が示されている。ここでは目標減速度a
sollの経過および基準減速度a
refの経過が示されている。目標減速度a
sollが跳躍的に値0から一定の目標値に増大するのに対し、基準減速度a
refのグラフは、はじめのうちは次第に増加し、一定の目標値にゆっくり接近し、後になってはじめて結果的にこれに到達する。したがって基準減速度a
refは、真の目標減速度a
sollを追従する。
【0046】
目標減速度a
sollの設定値に加えてさらに、実際に作用する減速度a
istおよび速度v
istの測定値が、
図4のシステムに供給される。目標減速度a
sollから基準減速度a
refを特定した後、基準減速度a
refと、制動トリガ時の速度v
0、すなわち速度経過v
istの一部とに基づいて、公称制動距離s
nを求める。さらにこれと同様に、検出された実際減速度a
istと速度v
0とから、予想される現実制御距離s
aを特定する。公称制動距離s
nも予想される現実制動距離s
aも2つの区間部分から構成される。一方では、進んで来た区間s
1から、他方では、さらに進むべき区間s
2から構成される。これらの部分区間は、次のように特定される。
【0047】
・進んで来た公称制動距離は、
sn1=f(aref,v0)=∫v0+∫∫aref(t) (1)
である。例えば、物理モデルに基づいて特定を実行することができる適切な物理モデルがないために基準減速度arefを特定することができない場合、基準減速度arefの代わりに、目標減速度asollを上の数式(1)に直接に代入する。
【0048】
・進んで来た現実制動距離は、
(a)制動開始時の速度v0と、検出された減速度aistとに基づき、
sa1=f(aist,v0)=∫v0+∫∫aist(t) (2)
であるか、または
(b)測定された速度(vist,gem)に基づき、
sa1=∫vist,gem(t) (3)
である。
【0049】
・進むべき公称残余制動距離は、
sn2=f(asoll,v(t))=v(t)2/2asoll (4)
であり、v(t)は、測定された速度vist,gem、または測定された加速度aistと制動開始時の速度v0とに基づいて計算された速度vist,calc(t)=v0+∫aist(t)であってよい。
【0050】
・進むべき現実残余制動距離は、
sa2=f(asoll,mod,v(t))
=制動最適化の結果としての制動の終了までの目標設定値 (5)
であり、v(t)は、測定された速度vist、または測定された加速度aistと制動開始時の速度v0とに基づいて計算される速度vist,calc(t)=v0+∫aist(t)であってよい。
【0051】
したがって公称制動距離と、予想される制動距離との間の偏差eは、
e=sa1+sa2-sn1-sn2 (6)
となる。
【0052】
この方法の目標が、制動距離の再現性を可能な限りに正確に達成することであるという事実に起因して、偏差eを最小化する。
図4に示した実施形態では、このために偏差eをゼロに等しく設定する。4つの部分区間のうちで、さらに進むべき現実残余制動距離s
a2だけが、減速度経過を適切に選択することによって変更可能である。したがって、予想される現実残余制動距離s
a2と、ここからさらに修正目標減速度a
soll,modとが計算可能である。このために、進むべき現実残余制動距離s
a2(数式5)の表現を、上で説明した偏差の式(数式6)に代入可能である。さらに、新たな目標減速度a
soll,modと目標減速度a
sollとの間の偏差a
deltaを特定する。これは次に別の入力変数として減速度制御に使用可能である。
【0053】
時点tと時点t+Δtとの間の、制動区間を定める時間間隔Δtの後、この方法を繰り返して、時点t+Δtについての公称制動距離snと、予想される現実制動距離saとを新たに求める。現実制動距離saが公称制動距離snに対応する場合、修正目標減速度asoll,modに以下が成り立つ。すなわち、修正目標減速度asoll,modは、目標減速度asollに等しくなる。したがって目標減速度asollは、維持される。そうでない場合、別の修正目標減速度asoll,modを計算する。車両が所望の最終速度に到達するまでこれを行う。停止に至るまでの車両の減速が所望される場合、すなわち所望の最終速度が0に等しい場合、実践的には0に近い速度において、すでに目標減速度の補正を中断する。プラットホームドアを備えた駅に列車が乗り入れて、特に正確な列車の停止が重要である冒頭に述べたケースについては、車両の正確な停止位置を保証するために上記の補正を可能な限りに遅く中断する。この際には、それぞれの計算ステップについて、前の計算ステップの時点t+Δtが、新たな時点tになる。
【0054】
図6は、第1実施例を表しており、かつ車両の減速度制御と共に本発明による方法をどのように実装できるかを示している。ここでは「停止距離制御器(Stopping Distance Controller)」と称されるこの方法では、
図4で説明した手順にしたがい、最初にあらかじめ設定される目標減速度a
sollと、上記の時点までに実際に車両に作用する減速度a
istとから、修正目標設定値a
soll,modが求められる。修正目標設定値a
soll,modは、(入力値a_sollと同様に)一定の値であっても、減速度の動的な目標値経過であってもよい。
【0055】
修正目標設定値は引き続いて、測定された実際減速度と同様に、車両の減速度制御についての入力パラメータを表す。実際に測定された加速度から出発して、減速度制御部により、減速度asoll,strgが求められる。減速度制御のこの調整量から制動力(F1、F2、…)およびその分配が計算される。「停止距離制御器」と、減速度制御部と、制動力の計算部とは、列車の電子制動制御の構成部分である。このようにして得られたデータは結果的に、対応するアクチュエータシステムを介して変換される。ここから結果的に得られる加速度aistおよび速度経過vistはここでも、対応する車両センサによって検出され、これに続く計算のために「停止距離制御器」もしくは減速度制御部にフィードバックされる。
【0056】
図7には、異なる3つのシナリオに対し、シミュレートされる異なる減速度経過の対比が示されている。これらの3つのシナリオでは、それぞれ異なる境界条件に対し、同じ車両についての制動距離が、すべてのシナリオについて同じ速度でシミュレートされている。それぞれ減速度経過は、
図7の異なる3つの減速度・時間線図に示されている。ここでは、減速度制御部を備えたシステムを仮定している。
【0057】
図7の表から見て取ることができるように、シナリオAでは、粘着度は、全制動持続時間にわたって100%である。したがってここでは理想的な条件が整っている。というのは、車輪とレールとの間の力結合は、制動のどの時点にも減少しておらず、したがって車輪とレールとの間の滑りは発生しないからである。したがってシナリオAについての線図における実際減速度経過a
istは、一定の減速度値が構成される際の小さな差分を無視すれば、目標減速度経過a
sollで一定である。したがって車両は、全制動持続時間にわたって一定の目標減速度で減速可能である。これによって生じるこの車両についての制動距離は800mである。理想的な条件に起因して、このシナリオでは、本発明による「停止距離制御(SDC:Stopping Distance Control)」を使用することの利点は得られない。したがってこのシナリオは、別の2つのシナリオについての基準シナリオとみなすことが可能である。
【0058】
これに対し、シナリオBは、理想的な条件から逸脱している。というのは、(約5秒~12秒の)領域において粘着度は、例えば不利な外部条件に起因して、90%でしかないからである。したがってこの期間の間、車輪とレールとの間にはわずかな滑りがあり、したがってこの期間においては実際減速度aistによって目標減速度asollに到達することはできない。本発明による方法は、シナリオBにおいても同様に使用されず(SDCはインアクティブ)、これにより、制動距離は、基準シナリオAにおける800mから817mmに伸びている。
【0059】
最後にシナリオCではSDCはアクティブであるのに対し、約5秒~12秒間の領域において粘着度は、シナリオBと同様に90%でしかない。シナリオCの線図において識別できるように、目標設定値は、この部分区間において低下した粘着度に応じて、制動の残りについて上げられる。これによって結果的に、減速度の実際値は、粘着度が低下した部分区間を通過すると直ちに目標値を追従し、これにより、より大きな減速度で制動されることになる。車両はその結果、800mの後、停止し、したがって粘着度の低下した部分区間にもかかわらず、基準シナリオAと同様に同じ制動距離を達成することができた。
【0060】
要約すると、本発明は、鉄道車両の制動距離を動的に最適化する方法と、この方法を実施する装置と、鉄道車両の制動距離の再現性を改善するためにこの方法を自動的に実施するコンピュータプログラム製品とに関する。この方法により、さまざまな計算時点に測定された車両速度vistと、車両に作用する加速度aistとが使用されて、理想的な条件下の公称制動距離snと、実際に予想される制動距離saとが比較対照される。偏差が生じている場合には、最初にあらかじめ設定された制動距離を引き続いて達成できるようにするために、計算時点に続いて、場合によっては目標値を減速度に適合させる。
【符号の説明】
【0061】
a 減速度
aist 車両に実際に作用する減速度(実際減速度)
asoll あらかじめ設定された目標減速度
aref 基準減速度
asoll,mod 修正目標減速度
adelta 修正目標減速度とあらかじめ設定された目標減速度との間の差分
vist 求められた速度経過
vist,gem 測定された速度経過
vist,calc 制動開始時の速度と、測定された減速度とから計算される速度経過(計算された速度経過)
v0 制動トリガ時の速度
t0 制動トリガの時点
sn 公称制動距離
sa 実際制動距離
t 計算の時点
t+Δ 時点tに続く時点
Δt 時点t0と時点tとの間の期間