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特許7305890高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-30
(45)【発行日】2023-07-10
(54)【発明の名称】高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/021 20160101AFI20230703BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20230703BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20230703BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230703BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230703BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20230703BHJP
【FI】
H01M8/021
H01M8/0215
H01M8/0228
C22C38/00 302Z
C22C38/58
H01M8/10 101
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022527203
(86)(22)【出願日】2020-02-12
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-01-18
(86)【国際出願番号】 KR2020001939
(87)【国際公開番号】W WO2021095997
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2022-05-11
(31)【優先権主張番号】10-2019-0143672
(32)【優先日】2019-11-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム,ヨン ジュン
(72)【発明者】
【氏名】ソ,ボ‐ソン
(72)【発明者】
【氏名】キム,クァン ミン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ドン‐フン
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-026010(JP,A)
【文献】特表2018-534416(JP,A)
【文献】特開2015-155116(JP,A)
【文献】特開2013-093299(JP,A)
【文献】国際公開第2013/080533(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0075456(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2011-0074215(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間圧延及び光輝焼鈍されて表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼を硫酸溶液に浸漬して交流電解処理することを含み、
前記交流電解は、10~30A/dmの電流密度を印加して行われることを特徴とする高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
前記ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.1%以下、N:0%超過0.3%以下、Si:0%超過0.7%以下、Mn:0%超過10%以下、P:0%超過0.04%以下、S:0%超過0.02%以下、Cr:15~34%、Ni:25%以下、残りのFe及びその他の不可避な不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
前記硫酸溶液の濃度は、50~300g/Lであることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
前記硫酸溶液の温度は、40~80℃であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
前記電流密度が印加される時間は、10秒以内であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cm以下であることを特徴とする請求項1に記載の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法に係り、より詳しくは、非伝導性皮膜を効果的に除去し、新たな皮膜を形成して低い接触抵抗及び高い耐食性を確保できる高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子燃料電池は、水素イオン交換特性を持つ高分子膜を電解質として用いる燃料電池であり、他の形態の燃料電池に比べて80℃程度と作動温度が低く効率が高い。また、始動が速く、出力密度が高く、電池本体の構造が簡単で自動車用、家庭用などに使用が可能である。
高分子燃料電池は、電解質とアノード(anode)及びカソード(cathode)電極からなる膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)の両側に気体拡散層とセパレータが積層された単位電池構造からなり、このような単位電池が複数個直列に連結されて構成されたものを燃料電池スタック(stack)という。
【0003】
高分子燃料電池において、セパレータは、反応ガスである水素ガスと酸素ガスが互いに混合されないように遮断するとともに、膜電極集合体を電気的に連結し、膜電極集合体を支持して燃料電池の形態が維持されるようにする機能をする。これにより、セパレータは、2つのガスが混合しないほどの緻密な構造を有しなければならず、伝導体の役割のために電気伝導性に優れており、支持体の役割のために十分な機械的強度を有するべきである。
従来は、セパレータの素材として燃料電池の強い腐食環境に耐えるために黒鉛が一般に、使用されていた。しかし、近年、黒鉛セパレータの製造コスト及び重量などの問題によりTi合金またはステンレス鋼などをセパレータの素材として使用するようになった。
【0004】
高分子燃料電池のセパレータとしてステンレス鋼を使用する場合、約0.1mm厚のステンレス鋼板を使用するが、このようなステンレス鋼板は、通常、冷間圧延及び光輝焼鈍熱処理工程を通じて製造される。光輝焼鈍熱処理は、還元性雰囲気で行われ、酸化性雰囲気で形成される数μmの厚さの高温酸化スケール形態ではなく、滑らかな表面状態を持つ数nmの厚の不動態皮膜が形成されたステンレス鋼板から製造される。還元性雰囲気の光輝焼鈍工程を経て形成された不動態皮膜は、高い抵抗値を示すため、光輝焼鈍されたステンレス鋼を燃料電池セパレータとして使用するためには、界面接触抵抗及び耐食性を向上させるための後処理工程が必要である。
後処理工程の代表的な例として、界面接触抵抗を減少させるため、表面にさらに金(Au)などの貴金属をコーティングするか、または窒化物(Nitride)などをさらにコーティングする工程などがある。しかし、上記のような方法は、貴金属または窒化物をコーティングするための追加工程により製造コスト及び製造時間が増加し、これによって生産性が低下するという問題点を有している。また、成形されたセパレータを一枚ずつ個別にコーティングしなければならないため、大量生産が困難であるという問題を有していた。
【0005】
このような問題を解決するため、特許文献1には、硝酸溶液を用いて不動態皮膜を酸洗処理する内容を記載しているが、この場合、酸洗効率が低く、後処理工程時間が長時間かかるという短所があった。
特許文献2には、直流電源を用いた2段階の電解処理が開示されており、1段階で高電位で非伝導性皮膜を除去し、2段階では、高電位によるクロムの溶出を防ぐため、低電位で鋼の表面を改質している。特許文献2による電解処理により工程時間が短縮されたが、依然として2段階の電解処理により改質速度が遅いという短所があった。また、電解処理後、酸洗槽にステンレス鋼を浸漬する時間に長時間を要するという問題点が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】韓国公開特許第10-2014-0081161号公報
【文献】韓国公開特許第10-2015-0133565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的ととするところは、冷間圧延及び光輝焼鈍されたステンレス鋼の表面上に存在する非伝導性皮膜を効率的に除去し、新たな皮膜を形成して低い接触抵抗及び高い耐食性を確保できる高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するためになされた、本発明の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法は、冷間圧延及び光輝焼鈍されて表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼を硫酸溶液に浸漬して交流電解処理することを含み、前記交流電解は、10~30A/dmの電流密度を印加して行われることを特徴とする。
【0009】
本発明の高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法において、前記ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.1%以下、N:0%超過0.3%以下、Si:0%超過0.7%以下、Mn:0%超過10%以下、P:0%超過0.04%以下、S:0%超過0.02%以下、Cr:15~34%、Ni:25%以下、残りのFe及びその他の不可避な不純物からなることが好ましい。
【0010】
前記硫酸溶液の濃度は、50~300g/Lであることがよい。
前記硫酸溶液の温度は、40~80℃であることができる。
【0011】
前記電流密度が印加される時間は、10秒以内であることがよい。
接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来の直流電解処理に代わる交流電解処理により光輝焼鈍されたステンレス鋼の表面に存在する非伝導性不動態皮膜をより効率的に除去し、新たな伝導性の皮膜を形成することができる。具体的には、従来の2段階の直流電解処理を1段階の交流電解処理に集約することができ、電解処理後の混酸槽浸漬工程を省略することができる。また、交流電解処理所要時間は、従来の電解処理の所要時間に比べて大幅に減少される。このように本発明によれば、燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の界面接触抵抗を向上させるための後処理工程の効率を改善することにより、製造時間及び製造コストを低減して生産性を向上させることができる。
また、本発明によれば、毎時間電圧の大きさと方向が変わる交流電源の特性を用いてステンレス鋼の表面に粗い形状を付与することができ、これにより高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の接触抵抗をさらに下げることができる効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一例による高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法は、冷間圧延及び光輝焼鈍されて表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼を硫酸溶液に浸漬して交流電解処理することを含み、前記交流電解は、 10~30A/dmの電流密度を印加して行われることがよい。
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、本発明の実施形態は、様々な他の形態に変形されることができ、本発明の技術思想が以下に説明する実施形態に限定されるものではない。さらに、本発明の実施形態は、当該技術分野において平均的な知識を有する者に本発明をさらに完全に説明するために提供されるものである。
本出願で使用される用語は、単に特定の例示を説明するために使用されるものである。したがって、例えば、単数の表現は、文脈上明らかに単数でなければならないものでない限り、複数の表現を含む。また、本出願で使用される「含む」または「備える」などの用語は、明細書上に記載された特徴、段階、機能、構成要素またはそれらを組み合わせたものが存在することを明確に指称するために使用されるものであり、他の特徴や段階、機能、構成要素またはこれらを組み合わせたものの存在を予備的に排除するために使用されるものではないことに留意しなければならない。
【0015】
一方、特に定義がない限り、本明細書で使用されるすべての用語は、本発明が属する技術分野で通常の知識を有する者により一般に理解されるものと同じ意味を有するものとみなすべきである。したがって、本明細書で明確に定義しない限り、特定の用語が過度に理想的または形式的な意味で解釈されてはならない。例えば、本明細書において単数の表現は、文脈上明らかに例外がない限り、複数の表現を含む。
また、本明細書において「約」、「実質的に」などは言及した意味に固有の製造及び物質許容誤差が提示されるとき、その数値でまたはその数値に近い意味で使用され、本発明の理解を助けるため、正確かつ絶対的な数値が言及された開示内容を非良心的な侵害者が不当に用いることを防止するために使用される。
【0016】
本発明の一例による高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼は、冷間圧延及び光輝焼鈍して表面に不動態皮膜を備えることができる。一例によれば、ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.1%以下、N:0%超過0.3%以下、Si:0%超過0.7%以下、 Mn:0%超過10%以下、P:0%超過0.04%以下、S:0%超過0.02%以下、Cr:15~34%、Ni:25%以下、残りのFe及びその他の不可避な不純物からなる。
以下、前記合金組成について限定した理由について具体的に説明する。以下、特に断り言及がない限り、単位は、重量%(wt%)である。
【0017】
C:0%超過0.1%以下、N:0%超過0.3%以下
CとNは、鋼中にCrと結合して安定なCr炭窒化物を形成し、その結果、Crが局部的に欠乏した領域が形成されて耐食性が低下する虞があるため、両元素の含量は低いほど好ましい。このため、本発明においてC、Nの含量は、C:0%超過0.1%以下、N:0%超過0.3%以下に制限する。
【0018】
Si:0%超過0.7%以下
Siは、脱酸に有効な元素である。しかし、過剰添加時に靭性、成形性を低下させ、焼鈍工程中に生成されるSiO酸化物は、導電性、親水性を低下させる。これを考慮して本発明においてSiの含量は、Si:0%超過0.7%以下に制限する。
【0019】
Mn:0%超過10%以下
Mnは、脱酸に有効な元素である。しかし、Mnの介在物であるMnSは、耐食性を減少させるため、本発明においてMnの含量は、0%超過10%以下に制限する。
【0020】
P:0%超過0.04%以下
Pは、耐食性だけでなく靭性も低下させるので、本発明においてPの含量は、0%超過0.04%以下に制限する。
【0021】
S:0%超過0.02%以下
Sは、鋼中にMnと結合して安定なMnSを形成し、形成されたMnSは、腐食の起点となり耐食性を低下させるので、Sの含量が低いほど好ましい。これを考慮して、本発明においてSの含量は、0%超過0.02%以下に制限する。
【0022】
Cr:15~34%
Crは、耐食性を向上させる元素である。強い酸性環境である燃料電池作動環境における耐食性を確保するため、Crは、積極的に添加される。しかし、過剰添加時に靭性を低下させるので、これを考慮して本発明においてCrの含量は、15~34%に制限する。
【0023】
Ni:25%以下
Niは、オーステナイト相安定化元素であり、耐食性を向上させる元素である。また、Niは、一般にオーステナイト系、フェライト-オーステナイト2相ステンレス鋼に一定レベル以上の量が含まれている。しかし、過剰添加時の加工性が低下するので、これを考慮して本発明においてNiの含量は、25%以下に制限する。
Ni含量の下限は、特に制限されるものではなく、鋼種によって適宜含有されることがよい。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト-オーステナイト2相系ステンレス鋼においてNi含量の下限は、2.0%以上であることがよい。例えば、フェライト系ステンレス鋼においてNi含量の下限は、2.0%未満であることがよく、好ましくは、1.0%以下、より好ましくは、0.01%以下である。
【0024】
また、一例によるステンレス鋼は、選択的合金成分として重量%で、Cu:0%超過0.6%以下、V:0%超過0.6%以下、Mo:0.01~2.5%、Ti:0.01~0.5%、Nb:0.01~0.4%のうち1種以上を含むことがよい。しかし、選択的合金成分の組成は、本発明の理解を助けるための例示に過ぎず、本発明の技術思想を制限するものではないことに留意する必要がある。
Cu:0%超過0.6%以下
Cuは耐食性を向上させる元素である。しかし、過剰添加時に溶出して燃料電池の性能を低下させるので、これを考慮して本発明においてCuの含量は、0%超過0.6%以下に制限する。
【0025】
V:0%超過0.6%以下
Vは、燃料電池作動環境においてFe溶出を抑制して燃料電池の寿命特性を向上させる元素である。しかし、過剰添加時に靭性が低下するので、これを考慮して本発明においてVの含量は、0%超過0.6%以下に制限する。
【0026】
Mo:0.01~2.5%
Moは、耐食性を向上させる元素である。しかし、過剰添加時の加工性が低下するので、これを考慮して本発明においてMoの含量は、0.01~2.5%に制限する。
【0027】
Ti:0.01~0.5%、 Nb:0.01~0.4%
TiとNbは、鋼中にC、Nと結合して安定な炭窒化物を形成することにより、Crが局部的に欠乏した領域の形成を抑制して耐食性を向上させる元素である。しかし、過剰添加時の靭性を低下させるので、これを考慮して本発明においてTi、Nbの含量は、それぞれTi:0.01~0.5%、Nb:0.01~0.4%に制限する。
【0028】
本発明の残りの成分は、鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入することがあるため、これを排除することはできない。前記不純物は、通常の製造過程の技術者であれば誰でも知ることができるので、そのすべての内容を特に本明細書では言及しない。
【0029】
以下、本発明による高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法について詳細に説明する。
本発明の一例による高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法は、上記の合金組成を有し、冷間圧延及び光輝焼鈍されて表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼を硫酸溶液に浸漬して交流電解処理することを含む。
ここで、冷間圧延と光輝焼鈍は、通常の方法により行われることができ、特に制限されるものではない。
【0030】
例えば、冷間圧延は、Z-mil冷間圧延機を用いて上記の合金組成を有するステンレス鋼を冷延薄板で製造する形態で行われることがよい。
例えば、光輝焼鈍は、水素及び窒素を含む還元性雰囲気で光輝焼鈍熱処理を行うことができる。還元性雰囲気で光輝焼鈍熱処理を行うと、滑らかな表面状態を持つ数nm厚の不動態皮膜を形成することができ、このような表面不動態皮膜には、Cr-Fe酸化物、Mn酸化物、Si酸化物、Nb酸化物などが形成される。
【0031】
冷間圧延及び光輝焼鈍されたステンレス鋼は、表面に形成された数nm厚の不動態皮膜により界面接触抵抗が増加する。したがって、光輝焼鈍されたステンレス鋼を燃料電池セパレータとして使用するためには、表面に存在する非伝導性不動態皮膜を除去し、新たな伝導性の皮膜を形成しなければならない。
【0032】
本発明において硫酸溶液の濃度は、50~300g/Lであることがよい。硫酸溶液の濃度が50g/L未満の場合、伝導性の低下によって非伝導性不動態皮膜を除去することが困難である場合がある。一方、硫酸溶液の濃度が300g/Lを超える場合、非伝導性不動態皮膜除去効果が飽和となるため、経済性を考慮して硫酸溶液の濃度の上限は、300g/Lに制限することが好ましい。
本発明において硫酸溶液の温度は、40~80℃であることがよい。硫酸溶液の温度が40℃未満の場合、非伝導性不動態皮膜の除去効率が低下する虞がある。また、安定性を考慮して硫酸溶液の温度の上限は、80℃に制限されることが好ましい。
本発明では、交流電解処理を通じて光輝焼鈍されたステンレス鋼の表面に存在する非伝導性不動態皮膜を効率的に除去し、新たな伝導性の皮膜を形成することがよい。
【0033】
従来の直流電源を用いた電解処理を行うと、まず、高電位で光輝焼鈍で形成された非伝導性皮膜を完全に除去した上、高電位を維持し続けると、酸素生成反応など副反応が多く起こり、改質効率が低下する虞がある。このため、十分な伝導性を確保するためのクロムが電解処理中に溶出する虞がある。これを考慮して非伝導性皮膜を完全に除去した後は、低電位で表面改質を行わなければならず、2段階の電解処理により改質速度が遅くなるという問題点がある。
【0034】
本発明の発明者らは、直流電源ではなく交流電源を用いた電解処理を行うと、このような問題点を解決できることを見出した。交流電源は時間に応じて電圧の大きさと方向が変わる特徴を持っているため、電位を適切に制御すると、非伝導性皮膜を除去するとともに副反応を抑制し、クロムの溶出を防止し、鉄の選択的溶出を促してステンレス鋼の表面部のクロムの割合を増加させることができる。また、毎時間電圧の大きさと方向が変わる交流電源の特性上、ステンレス鋼の表面に粗い形状を付与することができ、これにより接触抵抗を下げることができる効果が生じる。
【0035】
非伝導性皮膜を除去するためには、ステンレス鋼の電位が1.0VSCE以上でなければならない。交流電源によれば、電位が1.0VSCE以上の区間では非伝導性皮膜が除去され、電位が1.0VSCE未満の区間では相対的に低い電位で酸素生成反応などの副反応が抑制され、クロムが電解処理中に溶出しない。したがって、電位が1.0VSCE以上の区間及び1.0VSCE未満の区間の割合を適切に制御すれば、非伝導性皮膜を除去するとともに副反応を抑制し、クロムの溶出を防止するとともにステンレス鋼の表面を効率的に改質することができる。
また、交流電源の特性上、ステンレス鋼の電位の最大値が1.0VSCE以上となる電流密度を印加すると、非伝導性皮膜を除去するとともに副反応を抑制し、クロムの溶出を防止しながらも鉄の選択的溶出を発生させてステンレス鋼の表面部のクロムの割合を増加させることができる。このため、直流電源を用いて電解処理する場合より相対的に高い電流密度を印加することができる。その結果、交流電解処理によるステンレス鋼の表面改質速度は、直流電解処理によるステンレス鋼の表面改質速度よりも速いという長所がある。
【0036】
本発明の一例によれば、10A/dm以上の電流密度を印加して電位の最大値が1.0VSCE以上になるようにすることがよい。10A/dm未満の電流密度が印加されると、ステンレス鋼の電位が1.0VSCE未満となり、非伝導性皮膜の除去が円滑に起こらないという問題がある。ただし、電流密度が高すぎる場合には、電位が1.0VSCE以上の区間の割合が1.0VSCE未満の区間より過度に大きくなる結果、酸素生成反応などの副反応が活発になり、電解処理中にクロムが溶出して表面改質の効果がむしろ低下するという問題がある。これにより、本発明で印加される電流密度の上限は、30A/dmに制限する。これを考慮して、本発明の交流電解処理で印加される電流密度は、10~30A/dmであることがよい。
【0037】
本発明において交流電源の波形は、正弦波(sine wave)、矩形波(square wave)、三角波(triangle wave)、鋸歯波(sawtooth wave)などのすべての波形が適用されてもよく、非伝導性皮膜を除去する区間の電位が1.0VSCE以上の区間であり、副反応を抑制し、クロムの溶出を防止するとともに鉄の選択的溶出を発生させ、ステンレス鋼の表面部のクロムの割合を増加させる区間の電位が1.0VSCE未満の区間の割合を適切に制御できれば十分である。
本発明において交流電源の周波数が低すぎると、電位が1.0VSCE以上の区間で除去された非伝導性皮膜が再形成され得るという問題がある。また、周波数が高すぎると、電解効率がむしろ低下する虞があるため、本発明において交流電源の周波数は、60~90Hzであることがよい。
【0038】
上記のとおり、本発明によれば、従来の2段階の直流電解処理を1段階の交流電解処理に集約でき、電解処理後の混酸槽浸漬工程を省略することができる。また、交流電解処理所要時間は、従来の電解処理所要時間に比べて大幅に減少することができる。一例によれば、交流電解処理において電流密度が印加される時間は、10秒以内であることができる。
また、時間毎電圧の方向が変わる交流電源の特性上、ステンレス鋼の表面に粗い形状を付与することができ、これにより接触抵抗をさらに下げることができる効果がある。本発明の一例による高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼は、接触圧力100N/cm 下での接触抵抗が12mΩ・cm以下であってもよい。
【0039】
以下、実施例を通じて本発明をより具体的に説明する。ただし、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を限定するためのものではないことに留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項とこれから合理的に類推される事項によって決定される。
[実施例]
【0040】
下記表1の合金組成を有するステンレス鋼をZ-mill冷間圧延機を用いて冷間圧延した後、水素75vol%及び窒素25vol%の還元性雰囲気で光輝焼鈍熱処理を施した0.1mm厚の冷延薄板を製造した。
表1において鋼種Aはフェライト系ステンレス鋼である。
【0041】
【表1】
【0042】
前記表1において製造された冷延薄板を下記表2の条件で交流電解処理した。ただし、表2において比較例5は、従来の2段階の直流電解処理する方法により、直流電源を用いて高電位電解処理した後、低電位電解処理を行った。
【0043】
表2において接触抵抗の値は、製造された0.1mm厚の冷延薄板を25cm面積に切断して2枚を準備した後、冷延薄板の間にガス拡散層として使用される4cm面積のカーボンペーパー(SGL-10BA)を間に配置し、接触圧力100N/cm下で接触抵抗を4回ずつ測定した後、平均値として導き出した。
表2において耐食性の評価は、製造された0.1mm厚の冷延薄板を燃料電池作動環境である1M濃度の硫酸と2ppmフッ酸を含有し、温度は、70℃の混合溶液に浸漬して基準電極である飽和カロメル電極(saturated calomel electrode、SCE)対比素材の電位を測定して評価した。測定された電位値が0.4VSCE以上であれば耐食性は良好、0.4VSCE未満であれば耐食性は不良であると判定した。
【0044】
【表2】
【0045】
表1に示したとおり、発明例1~8は、本発明が特定する硫酸溶液の濃度、温度、電流密度の範囲を満たした結果、電流密度の印加時間が10秒以内であり、接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cm以下であり、耐食性が良好であった。
【0046】
一方、比較例1は、硫酸溶液の温度が30℃で、本発明が特定する硫酸溶液の温度から外れていたため、接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cmを超えた。
比較例2は、電流密度値が5A/dmで、本発明が特定する電流密度の範囲から外れていたため、7秒間電流密度を印加すると、接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cmを超え、耐食性も不良でステンレス鋼の表面改質が行われなかったことが分かる。
【0047】
比較例3は、比較例2と同じ値の電流密度を20秒間印加したために、接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cmを超え、耐食性も不良でステンレス鋼の表面改質が行われなかったことが分かる。
比較例4は、電流密度値が40A/dmで本発明が特定する電流密度範囲から外れていたため、表面改質の効果が低下し、接触圧力100N/cm下での接触抵抗が12mΩ・cmを超えた。
比較例5は、従来の2段階の直流電解処理を行ってステンレス鋼の表面改質を完了させたが、表面改質工程に要する時間が39秒であり、交流電解処理に比べて改質速度が遅かった。
【0048】
以上の各発明例及び比較例の結果を参照すると、本発明によれば、従来の2段階の直流電解処理を1段階の交流電解処理に縮小でき、電解処理後の混酸槽浸漬工程を省略できることが分かる。
特に、発明例と比較例5を比較すると、交流電解処理所要時間は、従来の直流電解処理所要時間に比べて大幅に減少した。本発明によれば、燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の界面接触抵抗を向上させるための後処理工程の効率を改善することにより、製造時間及び製造コストを低減して生産性を向上させることができることが分かる。
【0049】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明はこれに限定されず、当該技術分野において通常の知識を有する者であれば、以下に記載する特許請求の範囲の概念と範囲から逸脱しない範囲内で様々な変更及び変形が可能であることが理解できるであろう。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、高分子燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法として利用が可能である。