IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジェイテクトの特許一覧

<>
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図1
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図2A
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図2B
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図2C
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図2D
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図3
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図4
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図5
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図6A
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図6B
  • 特許-ラックバー及びステアリング装置 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】ラックバー及びステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/26 20060101AFI20230704BHJP
   B62D 3/12 20060101ALI20230704BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20230704BHJP
   C21D 1/10 20060101ALI20230704BHJP
   C21D 1/42 20060101ALI20230704BHJP
【FI】
F16H55/26
B62D3/12 503Z
C21D9/32 A
C21D1/10 A
C21D1/42 J
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019070882
(22)【出願日】2019-04-02
(65)【公開番号】P2020169676
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2022-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】110000604
【氏名又は名称】弁理士法人 共立特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】泉 佳明
(72)【発明者】
【氏名】石見 博史
(72)【発明者】
【氏名】鳥居 功
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-133929(JP,A)
【文献】特開平11-270657(JP,A)
【文献】実開昭57-193446(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 55/26
B62D 3/12
C21D 9/32
C21D 1/10
C21D 1/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピニオン歯と噛み合う複数のラック歯を有するラック歯列を備え、少なくとも前記ラック歯列の形成された部位が中実のラックバーであって、
前記ラック歯列が形成される軸方向位置において、前記ラックバーの周方向全域に連続に形成された硬化層と、
前記硬化層の内側に形成され前記硬化層より低硬度である中央部と、
を備え、
前記ラックバーを軸心方向に見たときの前記硬化層の深さは、前記ラック歯の歯底、前記歯底に対し前記ラックバーにおける側面、前記歯底に対し前記ラックバーにおける背面の順に大きくなるように形成される、ラックバー。
【請求項2】
前記硬化層は、前記ラック歯の歯底における歯幅方向全域、及び、前記ラックバーにおいて前記ラック歯が形成されていない部位の周方向全域に形成され、前記ラック歯の歯底における歯幅方向全域と前記ラック歯が形成されていない部位の周方向全域とが連続に形成されている、請求項1に記載のラックバー。
【請求項3】
前記硬化層は、前記ラック歯列が形成される軸方向位置において、前記ラックバーの周方向全域を誘導加熱することで形成される、請求項1又は2に記載のラックバー。
【請求項4】
前記ラックバーは、車両のステアリング装置に用いられ、
前記ラックバーのラック径は、前記車両の要求仕様に対応する基準ラックバーの基準ラック径よりも小さく、且つ、前記ラックバーの軸心に対する前記ラック歯の歯底の位置は、前記基準ラックバーの軸心に対する基準ラック歯の歯底の位置よりも前記ラックバーの軸心方向へ変位しているように形成される、請求項1~3の何れか一項に記載のラックバー。
【請求項5】
ハウジングと、
前記ハウジングに軸線方向に移動可能に支持され、車両の車輪に連接される請求項1~4の何れか一項に記載のラックバーと、
前記ハウジングに軸回りに回転可能に支持されて前記ラックバーの前記ラック歯列と噛み合わされ、前記車両のステアリングに連接されるピニオンシャフトと、
を備える、ステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラックバー及びステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両に用いられるラックアンドピニオン式ステアリング装置は、ステアリングホイールの操舵力を転舵輪に伝達するために、ステアリングシャフトの回転運動を転舵輪が連結されるラックバーの軸線方向の直動運動に変換する装置として用いられる。ラックアンドピニオン機構においては、ピニオンシャフトは、ボールベアリングやニードルベアリング等で支持される。ラックバーは、ラックバーに形成されるラック歯とピニオンシャフトに形成されるピニオン歯との噛み合い部やラックブッシュで支持される。ラック歯とピニオン歯との噛み合いには様々な諸元が存在し、車両の要求仕様(比ストロークやラックストローク等)に合わせて歯諸元を変更して対応している。
【0003】
ラックアンドピニオン式ステアリング装置では、ステアリングホイールから伝わる正入力トルク又はタイヤから伝わる逆入力荷重によって、ラック歯とピニオン歯との噛み合い部に負荷を受ける。タイヤから伝わる逆入力荷重は、特にラック歯とピニオン歯との噛み合いがラックストロークのエンド部(ラック歯列の端部)に近づくにつれて、タイヤの摩擦力やサスペンションのジオメトリ等の影響で高くなる傾向にある。
【0004】
また、運転手が車両の車庫入れ等によりステアリングホイールを大きく切ったとき、ラック歯とピニオン歯との噛み合いがラック歯列の端部に達するとラックバーがストッパに当たって止まる、いわゆる端当てが発生する。そして、このときの衝撃荷重はラック歯とピニオン歯との噛み合い部にも加わる。この衝撃荷重は、アシスト機構を有するラックアンドピニオン式ステアリング装置では更に大きくなる。よって、ラックバーのラック歯の必要強度(主に、軸方向強度)を確保することが必要となる。
【0005】
また、走行中の車両の転舵輪が誤って穴に落ちた場合、ラックバーには大きな衝撃荷重が掛かる。よって、ラックバーの必要強度(主に、曲げ強度)を確保することが必要となる。特許文献1,2には、複数のラック歯を有するラック歯列の周方向全域に連続した硬化層(主に、マルテンサイト組織)を形成したラックバーが記載されている。これにより、ラックバーのラック歯の必要強度(主に、軸方向強度)及びラックバーの必要強度(主に、曲げ強度)を確保することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-264992号公報
【文献】特開2017-57442号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、ラックバーに硬化層(主に、マルテンサイト組織)を深く形成すると、硬化層の内側に形成され硬化層より低硬度である靱性を有する中央部が減少するため、ラックバーの脆化のおそれがあることが判明した。
【0008】
本発明の目的は、軸方向強度及び曲げ強度を向上でき、脆化を抑制できるラックバー及び当該ラックバーを有する軽量なステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のラックバーは、ピニオン歯と噛み合う複数のラック歯を有するラック歯列を備え、少なくとも前記ラック歯列の形成された部位が中実のラックバーであって、前記ラック歯列が形成される軸方向位置において、前記ラックバーの周方向全域に連続に形成された硬化層と、前記硬化層の内側に形成され前記硬化層より低硬度である中央部と、を備え、前記ラックバーを軸心方向に見たときの前記硬化層の深さは、前記ラック歯の歯底、前記歯底に対し前記ラックバーにおける側面、前記歯底に対し前記ラックバーにおける背面の順に大きくなるように形成される。
【0010】
本発明のステアリング装置は、ハウジングと、前記ハウジングに軸線方向に移動可能に支持され、車両の車輪に連接される前記ラックバーと、前記ハウジングに軸回りに回転可能に支持されて前記ラックバーの前記ラック歯列と噛み合わされ、前記車両のステアリングに連接されるピニオンシャフトと、を備える。
【0011】
ラックバーのラック歯列が形成される軸方向位置において、ラックバーの周方向全域には、連続した硬化層が形成されるので、ラック歯の軸方向強度及びラックバーの曲げ強度を向上できる。さらに、硬化層の深さは、ラック歯の歯底、ラックバーにおける側面、ラックバーにおける背面の順に大きくなるように形成されるので、硬化層の内側に形成される硬化層より低硬度の中央部の減少を抑制でき、ラックバーの脆化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態のステアリング装置の概略構成を示す図である。
図2A】本発明の一実施形態のラックバーを軸線に直角な方向から見た図である。
図2B図2Aのラックバーを軸線方向に見たIIB-IIB断面図である。
図2C】従来の基準ラックバーを軸線方向に見た断面図である。
図2D】暫定ラックバーを軸線方向に見た断面図である。
図3】ラックバーの違いによる軸方向強度比率を示す図である。
図4】ラックバーの違いによる断面係数比率を示す図である。
図5】本発明の一実施形態のラックバーの硬化層の厚さの分布をラックバーの軸線方向に見た断面図である。
図6A】本発明の一実施形態のラックバーの硬化層の形成方法及び硬化層の状態をラックバーの軸線方向に見た断面図である。
図6B】従来の基準ラックバーの硬化層の形成方法及び硬化層の状態を基準ラックバーの軸線方向に見た断面図である。
図7】本発明の一実施形態のラックバーの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(1.ステアリング装置の概略構成)
本発明の一実施形態のラックバーを備えるステアリング装置の概略構成について説明する。ステアリング装置としては、電動モータがコラムシャフトに動力を付与するコラムアシストタイプのアシスト機構を備えるラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置や、電動モータがピニオンシャフトに動力を付与するピニオンアシストタイプのアシスト機構を備えるラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を適用できる。
【0014】
さらに、ステアリング装置としては、電動モータがラックバーに動力を付与するラックアシストタイプのアシスト機構を備えるラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置や、アシスト機構を備えないラックアンドピニオン式ステアリング装置等を適用できる。ステアリング装置は、少なくとも、操舵機構と、転舵機構と、アシスト機構とを備える。
【0015】
ここでは、ステアリング装置は、コラムアシストタイプのアシスト機構を備えるラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を例にあげる。従って、図1に示すように、このステアリング装置1は、操舵機構2及び転舵機構3を備え、運転者のステアリングホイール4(操舵部材)の操作に基づき、転舵輪5を転舵させる。操舵機構2には、運転者のステアリング操作を補助するアシスト機構6が備えられる。
【0016】
操舵機構2は、入力シャフト7a、出力シャフト7b、インターミディエイトシャフト8及びラックアンドピニオン機構RP1を構成するピニオンシャフト9を有する。入力シャフト7aは、ステアリングホイール4に連結される。出力シャフト7bは、トーションバー7cを介して入力シャフト7aに連結される。インターミディエイトシャフト8は、第2自在継手8dを介してピニオンシャフト9に連結される。
【0017】
インターミディエイトシャフト8は、インターミディエイトシャフト8の軸線方向に伸縮可能であり、例えばスプライン嵌合によって相対移動可能、且つ一体回転可能に嵌合された第1軸8a及び第2軸8bを備える。第1軸8aには、第1自在継手8cが連結され、第2軸8bには、第2自在継手8dが連結される。ピニオンシャフト9には、ピニオン歯9aが形成される。
【0018】
転舵機構3は、ラックアンドピニオン機構RP1を構成するラックバー11及びタイロッド12を有する。ラックバー11には、ピニオン歯9aに噛み合うラック歯111(図2A参照)が形成される。タイロッド12は、一端がラックバー11に連結され、他端が転舵輪5に連結される。運転者の操作に応じてステアリングホイール4が回転すると、入力シャフト7a、出力シャフト7b及びインターミディエイトシャフト8を介してピニオンシャフト9が回転する。
【0019】
ピニオンシャフト9の回転は、ラックバー11の軸線方向の往復運動に変換される。そして、ラックバー11の軸線方向の往復運動が、タイロッド12を介して転舵輪5に伝達される。これにより、転舵輪5の転舵角が変化し、車両の進行方向が変更される。
【0020】
アシスト機構6は、トルクセンサ13、ECU(Electronic Control Unit)14、電動モータ15及びウォーム減速機16を有する。トルクセンサ13は、入力シャフト7aと出力シャフト7bとの間の捩れ量を検出する。ECU14は、トルクセンサ13により検出された捩れ量から得られる操舵トルク及び車速センサ10により検出された車速に基づいて、アシストトルクを決定する。
【0021】
電動モータ15は、ECU14により駆動制御される。ウォーム減速機16は、電動モータ15の回転力を出力シャフト7bに伝達する。その結果、アシストトルクが出力シャフト7bに付与されて、運転者のステアリング操作が補助される。
【0022】
(2.ラックバーの形状等)
本実施形態のラックバー11は、ギヤ比が一定であるコンスタントギアレシオのラックバーや、ラック歯の諸元をラックバーの軸線方向位置によって異ならせるバリアブルギヤレシオのラックバーに適用可能である。ここでは、コンスタントギアレシオのラックバーを例にあげる。
【0023】
図2Aに示すように、本実施形態のラックバー11の外周面には、複数のラック歯111を有するラック歯列112が形成され、ラックバー11の端面には、タイロッド12に連結されるメネジ113が形成される。ラック歯列112は、事前に熱処理(焼き入れ・焼き戻し)が施された鋼材でなる中実の軸部材11Rを、金型でプレス加工して塑性変形させることにより、または切削加工することにより形成される。なお、ラック歯列112の形成された部位を除いて中空とすることも可能である。
【0024】
ここで、近年の車両では、環境性能を考慮して車両燃費の向上を目的としたダウンサイジングが要望されており、ラックアンドピニオン式ステアリング装置の軽量化が必須である。この軽量化には、ラックバーのラック径の小径化が有効である。そこで、図2Bに示すように、本実施形態のラックバー11のラック径Rは、車両の要求仕様(比ストロークやラックストローク等)に対応するように設定されている図2Cに示す基準ラックバー21のラック径Raよりも小径化されている。これにより、ラックアンドピニオン式ステアリング装置の軽量化が可能となる。
【0025】
しかし、解決課題でも述べたように、一般的に、ラックバーのラック径の小径化に伴うラック歯の歯丈や歯幅の狭小化により、ラック歯の必要強度(主に、軸方向強度)を確保することが困難となる。具体的には、図2Cに示すように、従来の基準ラックバー21の基準ラック歯211は、車両の要求仕様(比ストロークやラックストローク等)に合わせた歯諸元に基づいて歯幅Wa及び歯丈Haが設定される。一方、図2Dに示す暫定ラックバー31は、基準ラックバー21を小径化したもの(本実施形態のラックバー11のラック径Rと同一)である。
【0026】
そして、暫定ラックバー31の暫定ラック歯311は、暫定ラックバー31の軸心Cbと暫定ラック歯311の歯底311vとの距離dと、基準ラックバー21の軸心Caと基準ラック歯211の歯底211vとの距離dを同一にして形成されている。したがって、暫定ラックバー31の暫定ラック歯311の歯幅Wb及び歯丈Hbは、基準ラックバー21の基準ラック歯211の歯幅Wa及び歯丈Haよりも小さくなる。よって、暫定ラック歯311の軸方向強度は、基準ラック歯211の軸方向強度より低下することになる。
【0027】
暫定ラックバー31の歯幅及び歯丈を基準ラックバー21の歯幅及び歯丈と同一にして形成した場合には、暫定ラックバー31の軸心Cbと暫定ラック歯311の歯底311vとの距離が、基準ラックバー21の軸心Caと基準ラック歯211の歯底211vとの距離よりも小さな値となり、やはり暫定ラック歯311の軸方向強度の低下を招く。
【0028】
そこで、図2Bに示すように、本実施形態のラックバー11は、径方向に深歯切りし、ラック歯111の歯底111vの位置を暫定ラック歯311の歯底311vの位置よりもラックバー11の軸心C方向へ変位させている。これにより、ラックバー11のラック径Rを基準ラックバー21のラック径Raよりも小径にしても、ラック歯111の歯幅W及び歯丈Hは、暫定ラックバー31の歯幅Wb及び歯丈Hbよりも大きくできる。よって、ラック歯111の軸方向強度は、基準ラック歯211の軸方向強度と同等にすることが可能となる。
【0029】
図3は、従来の基準ラックバー21と暫定ラックバー31と本実施形態のラックバー11の各軸方向強度比率を比較したグラフである。従来の基準ラックバー21の軸方向強度を100%とした場合、暫定ラックバー31、本実施形態のラックバー11とも、-15%程度の範囲の軸方向強度を示している。つまり、本実施形態のラックバー11のラック歯111の軸方向強度を、基準ラックバー21の基準ラック歯211の軸方向強度の許容範囲内に設定可能となる。よって、小径化したラック径を有するラックバー11のラック歯111の必要強度(主に、軸方向強度)を確保することが可能となる。
【0030】
また、さらに解決課題でも述べたように、一般的に、ラックバーのラック径の小径化により、ラックバーの必要強度(主に、曲げ強度)を確保することが困難となる。図4は、従来の基準ラックバー21と暫定ラックバー31と本実施形態のラックバー11の各断面係数を比較したグラフである。従来の基準ラックバー21の断面係数を100%とした場合、暫定ラックバー31、本実施形態のラックバー11とも、-30%程度の範囲の断面係数を示している。
【0031】
対策として、ラックバーの周方向全域に連続した硬化層を形成することが有効である。図5に示すように、本実施形態のラックバー11は、ラック歯111(ラック歯列112)の周方向全域に連続に形成された主にマルテンサイト組織で形成される硬化層K(図示クロス線部分)と、硬化層の内側に形成され硬化層より低硬度で靱性のある中央部S(図示斜線部分)とを備える。この理由としては、ラック歯111の歯先111fから歯底111vまでの部分の硬化層Kは、ピニオン歯9aと噛み合う範囲で歯面摩耗(疲労強度)及び歯部破損(破壊強度)を抑制できるからである。
【0032】
また、ラック歯111の歯底111v側の硬化層Kは、ラックバー11の曲げによる破損の起点となることを抑制できるからである。また、ラック歯111の歯底111vに対しラックバー11における背面111b側の硬化層Kは、歯底111vの次に曲げによる破損が発生する箇所だからである。また、ラック歯111の歯底111vに対しラックバー11における側面111s側の硬化層Kは、曲げに対する補強のために必要だからである。
【0033】
ここで、図6Bに示すように、従来の基準ラックバー21における硬化層Ka(図示クロス線部分)は、発熱体40を用いたコンダクション(抵抗加熱)で加熱して形成するが、1回の加熱でラック歯211(ラック歯列212)側のみ形成される。よって、ラックバー21のラック歯211(ラック歯列212)の周方向全域を加熱する場合、コンダクション(抵抗加熱)では少なくともラック歯211(ラック歯列212)側及びラック歯211(ラック歯列212)に対し背面側211bの2回の加熱が必要となる。
【0034】
そこで、図6Aに示すように、本実施形態のラックバー11の硬化層K(図示クロス線部分)は、加熱コイル50を用いたインダクション(高周波誘導加熱)にて適宜の温度で焼き入れして焼き戻しすることで形成する。ラックバー11のラック歯111(ラック歯列112)の周方向全域を加熱する場合、インダクション(誘導加熱)では1回の加熱でよく、コストの上昇を抑制できるからである。
【0035】
上述のように、本実施形態のラック歯111(ラック歯列112)の周方向全域に連続した硬化層Kを形成することで、ラックバー11の必要強度(主に、曲げ強度)を確保することが可能となる。しかし、ラックバー11に硬化層Kを深く形成すると、ラックバー11の脆化のおそれが高まることが判明した。この理由は、ラックバー11に硬化層K(主に、マルテンサイト組織)を深く形成すると、硬化層Kよりも内部に形成され硬化層Kより低硬度である靱性を有する中央部Sが減少するためである。
【0036】
そこで、図5に示すように、ラックバー11は、周方向の位置によって硬化層K(図示クロス線部分)の深さを変更している。これにより、中央部Sの減少を抑制でき、ラックバー11の脆化を抑制できる。具体的には、本実施形態のラックバー11を軸心C方向に見たときの硬化層K(図示クロス線部分)の深さは、ラック歯111の歯底111v、歯底111vに対しラックバー11における側面111s、歯底111vに対しラックバー11における背面111bの順に大きくなるように形成される。
【0037】
なお、本実施形態におけるラック歯111の歯底111v及びラックバー11の背面111bの各硬化層Kの深さkv,kbとは、ラック歯111の歯底111vと直角でラックバー11の軸心Cを通る直線上の深さである。また、ラックバー11の側面111sの硬化層Kの深さksとは、上記直線と直角でラックバー11の軸心Cを通る直線上の深さである。
【0038】
上述のように、ラックバー11の周方向の位置によって硬化層Kの深さを変更している理由は、以下の通りである。ラック歯111の歯底111vにおいては、ラックバー11の曲げによる破損の起点となることから、硬化層Kを深く形成したいが、以下の問題がある。すなわち、ラックバー11の硬化層Kは、加熱コイル50を用いて形成される。このため、加熱コイル50をラック歯111側にオフセットして配置することで、ラック歯111の歯底111vの硬化層Kを深く形成できる。
【0039】
しかし、ラック歯111の歯先111fが加熱コイル50に近過ぎると、ラック歯111の歯先111fが溶融したり、ラック歯111にひずみが発生する。そこで、これらの不具合が発生しないように、加熱コイル50とラック歯111の歯先111fとの間に適切なクリアランスをとる必要がある。よって、ラック歯111の歯底111vの硬化層Kの深さkvは、形成深さに限界があり、ラックバー11の曲げ強度が不足することになる。
【0040】
そこで、ラック歯111の歯底111vの次に曲げによる破損が発生し易いラックバー11の背面111bの硬化層Kの深さkbを最も深く形成することで、ラックバー11の曲げ強度を増加できる。そして、曲げに対する補強の機能を有するラックバー11の側面111sの硬化層Kの深さksを背面111bの次に深くなるように形成することで、ラックバー11の曲げ強度を増加できる。
【0041】
ただし、中央部Sの減少を抑制する必要もあるため、この点も勘案して背面111b及び側面111sの硬化層Kの深さkb,ksを決定する。つまり、ラックバー11の曲げ強度及びラックバー11の中央部Sの径方向断面積の兼ね合いから、ラック歯111の歯底111v、ラックバー11の側面111s、ラックバー11の背面111bの順に硬化層Kの深さkv,ks,kbが大きくなる(kv<ks<kb)ように硬化層Kを形成する。
【0042】
(3.ラックバーの製造方法)
次に、ラックバー11の製造方法について説明する。切削装置に鋼材でなる中実の軸部材111Rをセットし、軸部材11Rの一端面にタイロッド12に連結するためのメネジ113を切削加工する(図7のステップS1)。そして、プレス装置に切削加工が完了した軸部材11Rをセットし、軸部材11Rの外周面にラック歯列112をプレス加工する(図7のステップS2)。
【0043】
そして、高周波誘導加熱炉にプレス加工が完了した軸部材11Rをセットし、加熱する。その後、加熱した軸部材11Rを急冷して焼き入れを行う(図7のステップS3)。そして、高周波誘導加熱炉に焼き入れが完了した軸部材11Rをセットし、加熱して所定時間保持して焼き戻しを行う(図7のステップS4)。これにより形成される硬化層Kの深さは、ラック歯111の歯底111v、ラックバー11の側面111s、ラックバー11の背面111bの順に大きくなる。
【0044】
そして、プレス装置に焼き入れ・焼き戻しが完了した軸部材11Rをセットし、軸部材11Rをプレスして軸部材11Rの残留ひずみを除去する(図7のステップS5)。そして、研磨盤に残留ひずみを除去した軸部材11Rをセットし、ラック歯列112等を研磨加工する(図7のステップS6)。以上により、ラックバー11が完成する。
【符号の説明】
【0045】
1:ステアリング装置、 11:ラックバー、 11R:軸部材、 111:ラック歯、 112:ラック歯列、 111v:ラック歯の歯底、 111b:ラックバーの背面、 111s:ラック歯の側面、 K:硬化層、 S:中央部
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7