(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】紐状ミセル組成物および含水ゲル
(51)【国際特許分類】
B01J 13/00 20060101AFI20230704BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20230704BHJP
A61K 8/02 20060101ALI20230704BHJP
A61K 8/49 20060101ALI20230704BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20230704BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20230704BHJP
A61K 47/22 20060101ALI20230704BHJP
C07D 207/16 20060101ALI20230704BHJP
C08F 2/22 20060101ALI20230704BHJP
C08F 20/10 20060101ALI20230704BHJP
C11D 1/88 20060101ALI20230704BHJP
【FI】
B01J13/00 E
C09K3/00 103M
A61K8/02
A61K8/49
A61K9/06
A61K9/10
A61K47/22
C07D207/16
C08F2/22
C08F20/10
C11D1/88
(21)【出願番号】P 2019225407
(22)【出願日】2019-12-13
【審査請求日】2022-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】東洋インキSCホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小池 隆明
(72)【発明者】
【氏名】菊田 直也
(72)【発明者】
【氏名】間宮 倫孝
【審査官】中田 光祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-174856(JP,A)
【文献】特表2014-534220(JP,A)
【文献】特開2009-227659(JP,A)
【文献】特表2016-540757(JP,A)
【文献】特開2018-62658(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 13/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と下記一般式(1)で表される界面活性剤(A)とを含有し、界面活性剤(A)の含有量が、水100質量部に対して、1.2~20.0質量部である紐状ミセル組成物。
一般式(1)
【化1】
[一般式(1)中、Rは、炭素数11~15のアルキル基を表す。]
【請求項2】
界面活性剤(A)のアルキル基が、ドデシル基、トリデシル基またはテトラデシル基のいずれかである請求項1記載の紐状ミセル組成物。
【請求項3】
紐状ミセル中に油溶性物質(B)を含有する請求項1又は2記載の紐状ミセル組成物。
【請求項4】
油溶性物質(B)が、疎水性のエチレン性不飽和単量体を含有する請求項3記載の紐状ミセル組成物。
【請求項5】
25℃での動的粘弾性測定において、角周波数0.01rad/sで貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”よりも小さく、かつ角周波数1rad/sで貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”より大きい請求項1~4記載の紐状ミセル組成物。
【請求項6】
請求項1~5いずれか記載の紐状ミセル組成物により形成された含水ゲル。
【請求項7】
請求項4記載の紐状ミセル組成物中で疎水性のエチレン性不飽和単量体を重合させる重合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紐状ミセル組成物および含水ゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
ミセルが一次元的に成長して高分子鎖のように振る舞う紐状ミセルは、外部エネルギー(機械力、光、熱)に対する鎖の破壊に対して、自己修復能力を有しており、レオロジー調節や洗浄性、泡沫安定性等の観点から、洗浄剤や化粧品、土木分野におけるセメント他、多岐にわたってその活用が注目されている。また、紐状ミセルの網目構造により構成される含水ゲルについても、温度やpHなどの外部刺激に対し、粘弾性挙動等で可逆的な応答性を示すため、各種センサーに使用できるスマート材料として利用も期待されている。紐状ミセルを形成する系としては、水媒体中のカチオン性界面活性剤に電解質成分を添加した系が古くから知られている。非特許文献1では、紐状ミセルを形成する系として、カチオン性界面活性剤の臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB)に電解質として臭化カリウムを添加した紐状ミセル組成物が記載されており、特許文献1ではCTABに電解質としてサリチル酸ナトリウムを添加した紐状ミセル組成物が開示されている。イオン性界面活性剤に電解質成分を添加すると界面活性剤の親水基間の静電反発力が低下する。これに伴いミセルの曲率も小さくなり、結果として紐状ミセルが形成される。一方、親水性の高い界面活性剤と親水性の低い界面活性剤を組み合わせた系においても紐状ミセルが形成できる事が報告されている。非特許文献2ではドデシル硫酸ナトリウムにポリオキシエチレンドデシルエーテルを組み合わせた紐状ミセル組成物が、非特許文献3ではポリオキシエチレンソルビタンモノオレアートにポリオキシエチレンアルキルエーテルを組み合わせた紐状ミセル組成物が記載されている。界面活性剤の混合系は、先述した電解質を加える系とは紐状ミセル形成の機構が異なり、親水性の高い界面活性剤の疎水基間に親水性の低い界面活性剤が入り込む事で、ミセルの充填状態が変化し、紐状ミセルを形成する。しかしながら、これら紐状ミセルを形成する多くの系は、水とは別に、少なくとも2つ以上の複数の化合物を必須成分としており、界面活性剤の単一成分系で紐状ミセルを形成する報告例は非常に少ない。一方で、諸物性への悪影響や系の複雑化回避の観点から、電解質成分や複数の界面活性剤の併用を好まない紐状ミセルの要望は多い。一部のショ糖脂肪酸エステルやフッ素系界面活性剤において、単一成分系で紐状ミセルを形成する事例も報告されているものの、紐状ミセルを形成する温度や濃度の条件が極端に限られており、常温付近の温度で安定な紐状ミセルを得ることが難しい。以上のことから、界面活性剤の単一成分系にて、常温付近の温度で簡便且つ安定に紐状ミセルを形成できる界面活性剤組成物の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】F.Kern,P.Lemarechal,S.J.Candau,M.E.Cates, Langmuir,8,437-440(1992)
【文献】D.P.Acharya,T.Sato,M.Kaneko,Y.Singh,H.Kunieda, J.Phys.Chem.B,110,754-760 (2006)
【文献】D.Varade,K.Ushiyama,L.K.Shrestha, K.Aramaki, J.Colloid Interface Sci,312,489-497 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、界面活性剤の単一成分系にて、常温(5~35℃)付近の温度で簡便に紐状ミセルを形成することができ、油溶性物質の可溶化や紐状ミセルを鋳型とした反応場としての利用が可能な紐状ミセル組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、水と下記一般式(1)で表される界面活性剤(A)とを含有し、界面活性剤(A)の含有量が、水100質量部に対して、1.2~20.0質量部である紐状ミセル組成物に関する。
一般式(1)
【化1】
[一般式(1)中、Rは、炭素数11~15のアルキル基を表す。]
【0007】
また、本発明は、界面活性剤(A)のアルキル基が、ドデシル基、トリデシル基またはテトラデシル基のいずれかである上記紐状ミセル組成物に関する。
【0008】
また、本発明は、紐状ミセル中に油溶性物質(B)を含有する上記紐状ミセル組成物に関する。
【0009】
また、本発明は、油溶性物質(B)が、疎水性のエチレン性不飽和単量体を含有する上記紐状ミセル組成物に関する。
【0010】
また、本発明は、25℃での動的粘弾性測定において、角周波数0.01rad/sで貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”よりも小さく、かつ角周波数1rad/sで貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”より大きい上記紐状ミセル組成物に関する。
【0011】
また、本発明は、上記紐状ミセル組成物により形成された含水ゲルに関する。
【0012】
また、本発明は、上記紐状ミセル組成物中で疎水性のエチレン性不飽和単量体を重合させる重合体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の紐状ミセル組成物は、単一成分系にて、常温(5~35℃)付近の温度で簡便に紐状ミセルを形成することができ、油溶性物質の可溶化や反応場としての利用が可能である。したがって、そのレオロジー挙動を活かして、身体洗浄剤や化粧品、薬剤、刺激応答性のスマートゲル材料等、様々な用途への展開が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】MaxwellモデルにおけるG’(ω)、G”(ω)の模式的曲線を示すグラフ。
【
図3】実施例2の紐状ミセル組成物のG’曲線とG”曲線を示すグラフ。
【
図4】実施例2の紐状ミセル組成物のCole-Coleプロット(G”vsG’)を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<界面活性剤(A)>
まず、本発明に使用する界面活性剤(A)について説明する。
界面活性剤(A)は一般式(1)で表される界面活性剤である。
一般式(1)
【化1】
[一般式(1)中、Rは、炭素数11~15のアルキル基を表す。]
【0016】
炭素数11~15のアルキル基としては、炭素数11~15の直鎖または分岐のアルキル基が挙げられ、具体的には、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、2-エチルデシル基等が挙げられる。
【0017】
界面活性剤(A)の置換基Rは、炭素数11~15の範囲のアルキル基であり、炭素数が12~14のアルキル基である事が好ましい。炭素数が11~15の範囲である事により、界面活性剤(A)の単一成分系でも水媒体中で容易に紐状ミセルを形成する事ができる。又、炭素数が12~14の範囲の界面活性剤(A)では、より十分に発達した紐状ミセルを安定に得る事ができる。
【0018】
<界面活性剤(A)の製造方法>
界面活性剤(A)は、一般式(2)で表されるエチレン性不飽和単量体とピロリジン-2-カルボン酸とのマイケル付加反応により得ることができる。
一般式(2)
【化2】
[一般式(2)中、Rは、炭素数11~15のアルキル基を表す。]
【0019】
一般式(2)で表されるエチレン性不飽和単量体としては、例えば、ウンデシルアクリレート、ドデシルアクリレート、トリデシルアクリレート、テトラデシルアクリレート、ペンタデシルアクリレート等が挙げられる。
【0020】
ピロリジン-2-カルボン酸の内、天然物原料から製造されるピロリジン-2-カルボン酸(L体)は、アミノ酸の中でも優れた保湿性を有している上、安全性も高い事から、多くの食品や化粧品などに用いられている。
【0021】
以下、具体的な界面活性剤(A)の製造方法を説明する。一般式(2)で表されるエチレン性不飽和単量体とピロリジン-2-カルボン酸とを等モル量、反応溶媒中で加熱することで得ることができる。反応溶媒としては、アルコール溶剤を含有している事が好ましい。反応溶媒100質量%中、アルコール溶剤の含有量は40質量%以上である事が好ましく、60質量%以上である事がより好ましい。アルコール溶剤の中でも、ピロリジン-2-カルボン酸の溶解性、溶媒の安全性、除去の容易さを考慮すると、エタノールであることが好ましい。反応性を考慮すると、原料成分の濃度は20~70質量%の範囲である事が好ましい。反応温度は50~90℃の範囲でおこなう事が好ましく、反応時間は5時間~24時間である事が好ましい。
【0022】
<紐状ミセル組成物の調製方法>
本発明の紐状ミセル組成物の調製について説明する。本発明の紐状ミセル組成物は、水と一般式(1)の界面活性剤(A)を含有し、これらを混合することによって得ることができる。界面活性剤(A)の含有量は、水100質量部に対して、1.2~20.0質量部であり、5~20.0質量部であることがより好ましい。1.2~20.0質量部の範囲である事により、水中で界面活性剤(A)が紐状ミセルを形成する事ができる。
【0023】
<紐状ミセル中への油溶性物質(B)の可溶化>
更に本発明の紐状ミセル組成物は、油溶性物質(B)を含有する事が可能である。油溶性物質(B)は紐状ミセルのコア部やパリセード層(界面活性剤のアルキル基間)に取り込まれ、紐状ミセル中に可溶化される。例えば、紐状ミセル組成物に油溶性物質(B)として、香料や薬剤等の機能性物質を添加すれば、機能付与成分を内包した紐状ミセル溶液又は含水ゲルを得る事が可能である。
【0024】
本明細書における油溶性物質(B)とは、オクタノール/水分配係数(LogKow)が1以上の水に不溶な化合物を指す。LogKowは、下記の式1により表され、ある化合物Aが、水相と油相(オクタノール)のいずれに分配されやすいかを表す指標として用いられる。LogKowが高いほど疎水性が高く、逆にLogKowが低いほど親水性が高い事を示す。紐状ミセル中へ効果的に取り込まれ、可溶化される点から、油溶性物質(B)のLogKowは、1~16の範囲である事が好ましい。LogKowは、フラスコ振盪法やHPLC法などの実験からも算出できるし、ハンセン溶解度パラメータソフトHSPiPのYMB法(物性推算機能)等、化学構造からのシミュレーションで算出することも可能であるが、本明細書におけるLogKowは、ハンセン溶解度パラメータソフトHSPiPのYMB法により算出したものである。
〔式1〕
LogKow=Log(オクタノール相における化合物Aの濃度/水相における化合物Aの濃度)
【0025】
紐状ミセル中に可溶化できる油溶性物質(B)としては、アラキジン酸(LogKow=8.66)、イソステアリン酸(LogKow=7.78)、オレイン酸(LogKow=7.54)、カプリン酸(LogKow=3.94)、ステアリン酸(LogKow=8.01)、ソルビン酸(LogKow=1.33)、パルミチン酸(LogKow=3.72)、ベヘン酸(LogKow=9.93)、ミリスチリン酸(LogKow=6.01)、α-リノレン酸(LogKow=6.91)、リノール酸(LogKow=7.28)、リシノール酸(LogKow=6.11)等の脂肪族カルボン酸類;
【0026】
イソステアリルパルミテート(LogKow=14.57)、イソステアリン酸ヘキサデシル(LogKow=15.28)、イソ吉草酸イソアミル(LogKow=3.58)、
オレイン酸エチル(LogKow=8.49)、オレイン酸オレイル(LogKow=15.40)、セバシン酸ジイソプロピル(LogKow=5.24)、セバシン酸ジエチル(LogKow=4.45)、ミリスチリン酸イソピロピル(LogKow=7.35)、ミリスチリン酸オクチルドデシル(LogKow=14.41)、ミリスチリン酸セチル(LogKow=13.71)、ミリスチリン酸ミリスチル(LogKow=12.63)、モノステアリン酸プロピレングリコール(LogKow=7.44)、ラウリン酸ヘキシル(LogKow=7.79)、リノール酸イソプロピル(LogKow=7.38)、リノール酸エチル(LogKow=7.01)等の脂肪族カルボン酸エステル類;
ノニル酸ワニリルアミド(LogKow=3.72)等の脂肪族カルボン酸アミド類;
【0027】
イソステアリルアルコール(LogKow=7.52)、オクチルドデカノール(LogKow=7.74)、オレイルアルコール(LogKow=7.67)、ステリアリルアルコール(LogKow=6.94)、セタノール(LogKow=6.94)、ヘキシルデカノール(LogKow=6.94)、ベヘニルアルコール(LogKow=9.56)、ミリスチルアルコール(LogKow=5.85)、ラウリルアルコール(LogKow=5.01)等の脂肪族アルコール類;
【0028】
カンペステロール(LogKow=9.63)、コレステロール(LogKow=9.25)、β-シトステロール(LogKow=10.11)、ブラシカステロール(LogKow=9.62)、ラノステロール(LogKow=10.47)等のステロール類;
α-テルピオネール(LogKow=3.03)、β-テルピオネール(LogKow=2.97)、γ-テルピオネール(LogKow=3.27)、δ-テルピネオール(LogKow=3.06)等のモノテルペンアルコール類;
イソピマール酸(LogKow=4.17)、アビチエン酸(LogKow=5.08)、パラストリン酸(LogKow=5.10)、ネオアビチエン酸(LogKow=5.24)、ロジン酸類;
スクアラン(LogKow=7.42)、エイコサン(LogKow=10.23)、ヘキサヒドロクメン(LogKow=2.69)等の飽和炭化水素類;
シメン(LogKow=3.82)、リモネン(LogKow=4.39)、l-メントール(LogKow=2.89)等のモノテルペン類;
スクアレン(LogKow=13.60)等のトリテルペン類;
【0029】
クレゾール(LogKow=2.13)等のフェノール類;
クルクミン(LogKow=2.07)等のポリフェノール類;
フェニルエチルアルコール(LogKow=1.56)等の芳香族アルコール類;
メフェナム酸(LogKow=3.69)等の芳香族カルボン酸類;
安息香酸ベンジル(LogKow=3.72)、安息香酸エチル(LogKow=2.52)、
p-オキシ安息香酸ブチル(LogKow=3.37)、p-オキシ安息香酸メチル(LogKow=1.93)、p-オキシ安息香酸イソプロピル(LogKow=2.82)、p-オキシ安息香酸エチル(LogKow=2.43)、サリチル酸メチル(LogKow=2.29)、ニコチン酸ベンジルエステル(LogKow=2.94)、フタル酸ジエチル(LogKow=3.23)、フタル酸ジブチル(LogKow=4.61)、ブチルフタリルブチルグリコレート(LogKow=4.15)、フルルビプロフェン(LogKow=4.00)等の芳香族カルボン酸エステル類;
【0030】
グリベンクラミド(LogKow=3.31)、トルブタミド(LogKow=2.08)等のスルホニル尿素類;
トコフェロール(LogKow=11.49)等の脂溶性ビタミン類;
インドメタシン(LogKow=4.00)、ウルソデオキシコール酸(LogKow=3.74)、パクリタキセル(LogKow=2.24)、プランルカスト(LogKow=4.61)、フェニトイン(LogKow=1.88)、プロブコール(LogKow=11.71)、フェニルブタゾン(LogKow=3.37)、フェノフィブラート(LogKow=6.71)、フロセミド(LogKow=1.45)、ベザフィブラート(LogKow=4.05)、ラウロマクロゴール(LogKow=4.69)、リスペリドン(LogKow=3.72)、リボフラビン酪酸エステル(LogKow=2.14)等の化合物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
また、本発明の紐状ミセル組成物は、油溶性物質(B)として、疎水性のエチレン性不飽和単量体を含有させ、紐状ミセル組成物中で疎水性のエチレン性不飽和単量体を重合させて重合体を製造することも可能である。例えば、疎水性のエチレン性不飽和単量体と光重合開始剤とを紐状ミセル中に可溶化させ、光照射して光重合する事により、紐状ミセルを鋳型とした重合体を得ることができる。紐状ミセルの形態変化を抑制する目的で、重合反応は常温以下の温度でおこなう事が好ましい。
【0032】
紐状ミセル中に可溶化できる疎水性のエチレン性不飽和単量体としては、例えば、スチレン(LogKow=2.71)等の芳香族エチレン性不飽和単量体;
ブチルアクリレート(LogKow=2.23)、ブチルメタクリレート(LogKow=2.79)、2-エチルへキシルアクリレート(LogKow=4.05)、エチルメタクリレート(LogKow=1.63)、メチルメタクリレート(LogKow=1.13)、プロピルメタクリレート(LogKow=2.16)、t-ブチルアクリレート(LogKow=1.99)等の直鎖または分岐アルキル基含有エチレン性不飽和単量体;
シクロヘキシルメタクリレート(LogKow=3.26)等の脂環式アルキル基含有エチレン性不飽和単量体;
トリフルオロエチルメタクリレート(LogKow=1.96)、トリフルオロエチルアクリレート(LogKow=1.41)等のフッ素化アルキル基含有エチレン性不飽和単量体;
【0033】
1,6-ヘキサンジオールジアクリレート(LogKow=2.93)、1,9-ノナンジオールジアクリレート(LogKow=4.62)、1,10-デカンジオールジアクリレート(LogKow=4.88)、トリシクロデカンジメタノールジアクリレート(LogKow=4.16)、ジペンタエリスリトールヘキサアクリレート(LogKow=3.04)、ジビニルベンゼン(LogKow=3.52)、ペンタエリスリトールテトラアクリレート(LogKow=1.77)、トリメチロルプロパントリアクリレート(LogKow=1.92)等、二つ以上のエチレン性不飽和基を有するエチレン性不飽和単量体が挙げられる。
【0034】
紐状ミセル中に可溶化できる光重合開始剤としては、例えば、9,9-ビス[4-(2-アクリロイルオキシエトキシ)フェニル]フルオレン(LogKow=8.02)、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン(LogKow=2.56)、ベンゾフェノン(LogKow=3.01)、O-ベンゾイル安息香酸メチル(LogKow=2.01)、ジベンジルケトン(LogKow=3.64)、フルオレノン(LogKow=3.42)、2,2’-ジエトキシアセトフェノン(LogKow=1.9)、2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオフェノン(LogKow=1.31)、2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オン(LogKow=2.51)、2-メチル-1-[4-(メチルチオ)フェニル]-2-モルフォリノプロパン-1-オン(LogKow=2.96)、1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン(LogKow=2.56)、2-ヒドロキシ-1-{4-[4-(2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオニル)-ベンジル]-フェニル}-2-メチルプロパン-1-オン(LogKow=2.95)、チオキサントン(LogKow=3.9)、2-メチルチオキサントン(LogKow=4.38)、2-イソプロピルチオキサントン(LogKow=5.22)、4-イソプロピルチオキサントン(LogKow=5.22)、2-クロロチオキサントン(LogKow=4.5)、ジエチルチオキサントン(LogKow=5.82)等が挙げられる。
【0035】
紐状ミセルに可溶化する油溶性物質(B)は、界面活性剤(A)100質量部に対して、0.5~10質量部の範囲で含有する事が好ましい。0.5~10質量部の範囲で含有する事により、油溶性物質(B)を可溶化した状況においても、紐状の形態が崩れにくい安定な紐状ミセル組成物を得る事ができる。
【0036】
<動的粘弾性挙動からの紐状ミセル形成の確認方法>
紐状ミセルの粘弾性挙動は、その絡み合いの程度にもよるが、十分に発達した紐状ミセルは、単一の緩和時間を有するMaxwellモデルで説明できる。これは弾性成分を表すバネ1個と、ニュートン粘性成分を表すダッシュポット1個を直列につないだモデルで示される(
図1)。単一のMaxwellモデルで定義される液体は、紐状ミセル溶液の系以外では報告されておらず、紐状ミセル特有の挙動として、紐状ミセル形成の簡易判別法に用いられている。Maxwellモデルで定義される十分に発達した紐状ミセル溶液は、ストレス制御式レオメータを用いて動的粘弾性測定を行った際、下記の式2に対応する挙動を示す。
〔式2〕
G’(ω)=G
0×(ω
2τ
2)/(1+ω
2τ
2)
G”(ω)=G
0×(ωτ)/(1+ω
2τ
2)
【0037】
ここで、G’(ω)(Pa)は貯蔵弾性率、G”(ω)(Pa)は損失弾性率、ω(rad/s)は与える剪断応力の角速度(角周波数)、τ(s)は緩和時間を示す。ここで緩和時間τ(s)は与える剪断応力の初期値が、1/e(eは自然対数の底=2.718)になるまでに要する時間を表す。G’(ω)はサンプルに対して剪断応力をかけた際に、エネルギーを貯蔵する部位、つまりバネ部分の弾性率変化に対応し、G”(ω)はエネルギー損失の部位、つまり、ダッシュポット部分の粘性率変化に対応している。この挙動を横軸ω、縦軸にG’(ω)、G’(ω)にして模式的に図示する(
図2)。式2のG
0は、高周波数側で得られるG’のプラトー領域の平坦弾性率で表される。式1からG’曲線とG”曲線はω=1/τにおいて、G’=G”となり交差する。また式2に従う動的粘弾性挙動を示す場合、Cole-Coleプロット(G”vsG’のプロット)をとるとG’軸上に中心を持つ半円状にデータが重なる。すなわち、Cole-Coleプロットにおいて、プロットが半円状に描けるようであれば、水中で界面活性剤が紐状ミセルを形成していると判別する事ができる。
【0038】
25℃での紐状ミセル組成物の動的粘弾性測定において、角周波数0.01rad/s(低周波数領域)で貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”より小さく、周波数1rad/s(高周波数領域)で貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”より大きいことが好ましい。上記の条件を満たすことで、より十分に発達した紐状ミセルを得る事ができる。
【0039】
更に動的粘弾性測定で得られたG’、G”からCole-Coleプロットを作成した際、プロットがG’軸上に中心を持つ半円状に乗る事がより好ましい。プロットが半円状にのることにより、より発達した紐状ミセルを安定に得る事ができる。
【0040】
<クライオ電子顕微鏡による紐状ミセルの確認方法>
Cole-Coleプロットにて半円状にプロットがのらない等、紐状ミセルが十分に発達しておらず、動的粘弾性測定だけでは紐状ミセル形成の判別が難しい場合、紐状ミセル組成物を凍結してクライオ透過型電子顕微鏡(クライオTEM)を用いて直接観察する事により、紐状ミセルの有無を判別する事ができる。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、以下の実施例は、本発明の権利範囲を何ら制限するものではない。なお、実施例における「部」は「質量部」、「%」
は「質量%」を表す。
【0042】
<界面活性剤(A)の製造>
[製造例1]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、デシルアクリレート92.2質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール213.4質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(3)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は、日本電子社製ECX-400P(400MHz)を用いて1H-NMR測定(測定時の溶媒には重クロロホルムを使用)によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(3)
【0043】
【0044】
[製造例2]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、ウンデシルアクリレート98.3質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール222.5質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(4)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(4)
【0045】
【0046】
[製造例3]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、ドデシルアクリレート104.4質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール231.6質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(5)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(5)
【0047】
【0048】
[製造例4]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、トリデシルアクリレート110.5質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール240.8質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(6)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(6)
【0049】
【0050】
[製造例5]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、テトラデシルアクリレート116.6質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール249.6質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(7)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(7)
【0051】
【0052】
[製造例6]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、ペンタデシルアクリレート122.7質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール259.1質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(8)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(8)
【0053】
【0054】
[製造例7]
還流器および撹拌機を備えた反応容器に、ヘキサデシルアクリレート128.8質量部、ピロリジン-2-カルボン酸50.0質量部、エタノール268.2質量部を仕込んだ。撹拌しながら昇温した後、78℃で16時間反応させた。反応の終点は薄層クロマトグラフィーにより原料のスポットが消失した事で判断した。反応後、減圧乾燥により溶媒を除去し、アセトンで再結晶をおこない、化合物(9)で表される界面活性剤の結晶を得た。生成物の同定は製造例1と同様に1H-NMR測定によりおこない、目的物である事を確認した。
化合物(9)
【0055】
【0056】
<紐状ミセル組成物の製造>
[実施例1]
製造例2で製造した界面活性剤18.0部を水100.0部に添加し、撹拌しながら溶解させ、紐状ミセル組成物を調製した。25℃にて紐状ミセルが形成されていることを動的粘弾性の測定およびクライオ電子顕微鏡による観察により確認した(以下に確認方法の詳細を示す)。
【0057】
[実施例2~15、比較例1~6]
表1、2に示す材料および配合に変更した以外は、実施例1と同様にして組成物をそれぞれ調製した。ただし、油溶性物質は、界面活性剤が水に溶解した後に添加し、撹拌しながら可溶化させた。尚、比較例2および4は、界面活性剤が水に完全に溶解せず、相転移を起こしたため、紐状ミセル形成の評価(動的粘弾性測定、クライオ電子顕微鏡観察)を断念した。実施例14、15、比較例6の組成物については、縦横1cm四方で高さ5cmの透明ガラスセルに仕込み、25℃の窒素雰囲気下、水銀キセノンランプを用いて、主波長365nm、光量48mW/cm2、20分(積算光量57.6J/cm2)の条件で更に光照射して重合した。光重合後の組成物についても、動的粘弾性の測定およびクライオ電子顕微鏡による観察を同様におこなった。光重合反応の進行はFT-IRでエチレン性不飽和単量体の不飽和基に由来する吸収ピーク(810cm-1)の消失によって確認した。
【0058】
<紐状ミセル形成の判別>
調製した組成物の動的粘弾性挙動を確認するため、TAインスツルメンツ製応力制御型レオメータAR-2000を用い、周波数分散による動的粘弾性測定をおこなった。得られたG’、G”曲線について、角周波数0.01rad/s(低周波数領域)にて貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”よりも小さく、かつ角周波数1rad/s(高周波数領域)で貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”よりも大きい(適合)か否か(不適合)かを確認し、更にCole-Coleプロット(G”vsG’のプロット)を作成して半円状のプロットが描ける(適合)か否か(不適合)かを確認した。半円状のプロットを与えた組成物については十分に発達した紐状ミセルを形成しているものと判断した。尚、実施例8、9を光重合した実施例14、15では、重合後に組成物の貯蔵弾性率G’が増加する現象が確認された。
【0059】
一例として、実施例2の紐状ミセル組成物のG’曲線とG”曲線のグラフを
図3に示す。
図3中の縦軸に記載されている「E+0m」とは「10
m」を、「E-0m」とは「10
-m」を、それぞれ意味する(但し、mは整数を表す)。低周波数領域ではG”がG’より大きく、高周波数領域になるにつれて、G”曲線がG’曲線と交わり交差し、交点でG”が極大値を示していることがわかる。更に、極大値以降の高周波数領域ではG’がG”より大きくなり、G’が一定となる平坦領域を示していることがわかる。このG’とG”に基づいたCole-Coleプロットを
図4に示す。G”=0、G’=26.4を中心とする半円状にデータが分布している事がわかる。以上のことから、実施例2の組成物は、典型的なMaxwellモデルをとることがわかり、十分に発達した紐状ミセルが形成されていることが確認された。
【0060】
また、日本電子社製クライオ透過型電子顕微鏡(JEM-2100F(G5))を用いて、液体エタンにより-170℃で凍結した紐状ミセル組成物の直接観察(「クライオTEM観察」と略記することがある)をおこない、紐状ミセルの形成の有無を確認した。クライオTEM観察は、動的粘弾性測定だけでは判断が難しい場合において、紐状ミセルの形成の有無の確認に有用である。
【0061】
上記の動的粘弾性測定、クライオTEM観察での評価を総合的に踏まえ、紐状ミセルの形成を判別した。表1、2にその結果を示す。尚、評価を断念した比較例2および4は、下記の評価結果を×とした。評価基準は下記の通りである。尚、表中において「評価NG」とは、評価することができなかったことを意味する。
◎:動的粘弾性測定およびクライオTEM観察から、十分に発達した紐状ミセルの形成を確認できた。(良好)
〇:動的粘弾性測定では判断できなかったが、クライオTEM観察から紐状ミセルの形成を確認できた。(実用範囲内)
×:動的粘弾性測定、クライオTEM観察のいずれにおいても紐状ミセルの形成を確認できなかった。(不良)
【0062】
<含水ゲルの形成の確認>
スクリュー瓶中で調製した組成物について、瓶の上と下を逆にして、そのまま1日静置し、組成物の流動性を確認した。流動性に乏しく、組成物が沈降しない場合は含水ゲルを形成しているものと判断した。評価基準は光重合下記の通りである。
〇:含水ゲルを形成した。
×:含水ゲルを形成しなかった。
【0063】
【0064】
【0065】
上記の結果より、実施例1~15の組成物ではいずれも25℃にて紐状ミセルの形成が認められた。中でも実施例2~4、6~15では、動的粘弾性測定でCole-Coleプロットが半円状に描ける程、十分に発達した紐状ミセルが形成されており、更に界面活性剤濃度が5%以上の実施例2、6、8、10~14においては、流動性を失った透明な含水ゲルが得られた。一方、比較例1~6の組成物では紐状ミセルの形成は認められなかった。また、紐状ミセル中にエチレン性不飽和単量体と光開始剤を可溶化して光重合をおこなった実施例14、15の組成物では、光重合後も外観の透明性や紐状の形態を維持しながら、貯蔵弾性率G’が増加したため、紐状の高分子重合体が得られたことが示唆された。一方、比較例6の組成物では、紐状の高分子重合体は得られなかった。重合前後における貯蔵弾性率G’の変化もなく、クライオTEM観察からも紐状ミセルは確認されていない。以上の事から、本発明の組成物は、簡便に紐状ミセルを形成し、且つ、安定に油溶性物質を可溶化できる他、紐状ミセルを鋳型とした反応場としての利用もできる事が実証された。