(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】トラジピタントを用いた胃腸疾患の治療方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4439 20060101AFI20230704BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20230704BHJP
A61P 1/08 20060101ALI20230704BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20230704BHJP
A61P 1/06 20060101ALI20230704BHJP
C07D 401/14 20060101ALN20230704BHJP
【FI】
A61K31/4439
A61P1/04
A61P1/08
A61P1/00
A61P1/06
C07D401/14
(21)【出願番号】P 2020527780
(86)(22)【出願日】2018-11-16
(86)【国際出願番号】 US2018061593
(87)【国際公開番号】W WO2019099883
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2021-11-12
(32)【優先日】2017-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】313006588
【氏名又は名称】バンダ・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】VANDA PHARMACEUTICALS INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(72)【発明者】
【氏名】ポリメロポウロス、ミハエル、エイチ.
(72)【発明者】
【氏名】バージニックス、ガンザー
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-536458(JP,A)
【文献】国際公開第2016/141341(WO,A1)
【文献】特表2007-509143(JP,A)
【文献】国際公開第2017/112792(WO,A1)
【文献】Kirsten Tillisch et al.,T1261 The Effect of Chronic Neurokinin-1 Receptor Antagonism On Sympathetic Nervous System Activity in Irritable Bowel Syndrome (IBS),Gastroenterology,2009年05月,Vol.136, No.5, Supplement 1,A-534, T1261
【文献】Science,2008年,Vol.319,p.1536-1539
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
胃不全麻痺の治療を必要とする個体における胃不全麻痺の治療のための、トラジピタントを含む医薬組成物であって、100mg/日~400mg/日の
量のトラジピタント
及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む、医薬組成物。
【請求項2】
前記トラジピタント及び
前記1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤の形態である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記トラジピタント及び
前記1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む放出制御性固形剤の形態である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
1日2回投与される、請求項1又は請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
1日1回投与される、請求項1又は請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記トラジピタントの量が150mg/日~400mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記トラジピタントの量が150mg/日~300mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記トラジピタントの量が100mg/日~300mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記トラジピタントの量が150mg/日~200mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記トラジピタントの量が100mg/日~200mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記トラジピタントの量が170mg/日である、請求項1~請求項5のいずれか1項
に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記トラジピタントの量が、85mgの1日2回である、請求項1、請求項2、又は請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項13】
前記
個体が、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、腹痛、及び胃排泄遅延からなる群より選択される少なくとも1つの症状
を経験している、請求項1~請求項12のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項14】
前記トラジピタントが結晶型IV又は結晶型Vの形態である、請求項1~請求項
13のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
胃不全麻痺の治療のための医薬の製造におけるトラジピタントの使用であって、前記医薬は、100mg/日~400mg/日のトラジピタントの量で
個体に投与される、使用。
【請求項16】
前記トラジピタントの量が150mg/日~400mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項17】
前記トラジピタントの量が150mg/日~300mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項18】
前記トラジピタントの量が100mg/日~300mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項19】
前記トラジピタントの量が150mg/日~200mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項20】
前記トラジピタントの量が100mg/日~200mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項21】
前記トラジピタントの量が170mg/日である、請求項
15に記載の使用。
【請求項22】
前記トラジピタントの量が、85mgの1日2回である、請求項
15に記載の使用。
【請求項23】
前記
個体が、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、腹痛、及び胃排泄遅延からなる群より選択される少なくとも1つの症状の治療を受けている、請求項
15~請求項
22のいずれか1項に記載の使用。
【請求項24】
前記トラジピタントが結晶型IV又は結晶型Vの形態である、請求項
15~請求項
23のいずれか1項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本願は2017年11月17日に出願された係属中の米国仮出願第62/587,681号の優先権を主張する。
【背景技術】
【0002】
本願は概してNK-1受容体アンタゴニストに関する。特に、本願はNK-1アンタゴニストであるトラジピタントの、特定のトラジピタント反応性の疾患及び症状に対する使用、最も具体的には、胃運動機能の改善により治療上の有益性がもたらされる胃運動障害及び胃運動症状に対する使用に関する。
【0003】
哺乳動物のタキキニン(ニューロキニン(NK))は共通のC末端配列を有するペプチド神経伝達物質のファミリーである。このグループには、サブスタンスP(SP)、ニューロキニンA(NKA)、及びニューロキニンB(NKB)が含まれる。SPは、NK受容体に結合することによってその効果を発揮する。SPはNK1受容体に優先的に結合し、NK2受容体及びNK3受容体にはより低い親和性で結合する。このNK2受容体及びNK3受容体は、それぞれNKA及びNKBと優先的に結合する。SP受容体はGタンパク質共役型受容体であり、SPが結合すると、イノシトール三リン酸、p42/44、p38ストレス制御性キナーゼ、プロテインキナーゼC等の、いくつかのセカンドメッセンジャー系、プロテインキナーゼ、及び転写因子を活性化させる。
【0004】
SPは最も豊富に存在するNKであり、例えば消化管や気管支系、血管系などにおける、多くの生理学的プロセスに関わっている。中枢神経系では、SPを有するニューロンが異なる神経回路網に分布している。これらは中脳、大脳基底核、視床下部、辺縁系、及び脊髄に見出される。SPは他の神経伝達物質と共に局在しており、神経調節作用を有する。共局在の例としては、縫線核のセロトニン、中脳と線条体のドーパミン、大脳皮質のγ-アミノ酪酸(GABA)とアセチルコリン(ACh)、視床下部の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンが挙げられる。SPの直接的な神経調節作用の例としては、ヒト大脳皮質におけるアセチルコリン放出制御、及び青斑核におけるノルアドレナリン作動性神経伝達の調節が挙げられる。
【0005】
NK1受容体は、消化不良、過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)等の機能性胃腸障害(FGID:functional gastrointestinal disorder)の治療における潜在的な治療ターゲットである。FGIDは腹痛又は腹部不快感の再発性症状の存在により診断され、IBSの対象は一般的に下痢又は便秘を呈することが多い。FGIDに対する現在の治療としては、ストレス管理戦略、食事の変更、及び対症療法に限定された薬物療法が含まれる。NK1アンタゴニスト(CJ-11,974)がIBS患者における直腸S状部拡張に関連する不快感を緩和した二重盲検試験において、腹痛におけるニューロキニンの役割についての証拠が観察されている。NK1受容体アンタゴニスト及びNK2受容体アンタゴニストはいずれも食物アレルギー及びIBSの症状緩和のための使用の可能性について研究されてきた。NK2受容体アンタゴニストであるネパデュタント(MEN11420)は、基礎的な胃腸運動機能に影響を及ぼすことなく、ニューロキニンAの運動機能刺激作用に効果的に拮抗した。
【0006】
胃腸の(gastrointestinal)(又は胃の)運動機能とは、消化管(gastrointestinal(GI) tract)の内容物を消化して当該消化管内に押し出す筋肉の協調的収縮を表す。消化管には、十二指腸、胃、小腸、及び大腸が含まれ、これらはそれぞれ異なる機能を達成するために異なる運動パターンを有する。括約筋によって区別されたこれらの消化管の部位における運動機能や感受性の異常は、腹部膨満、再発性閉塞、腹痛、便秘、悪心、嘔吐等が含まれうる特徴的症状の原因となる可能性がある。胃運動障害としては、例えば、胃食道逆流症(GERD:gastroesophageal reflux disease)、腸運動障害、偽性腸閉塞症、小腸内細菌異常増殖症、便秘、便排泄障害型便秘(骨盤底筋協調運動障害)、下痢、便失禁、ヒルシュスプルング病、胃不全麻痺、及びアカラシアが含まれうる。
【0007】
胃不全麻痺は、胃排泄障害の他覚的証拠、胃内うっ滞に伴う症状、及び機械的閉塞の非存在に特徴付けられる、慢性的な上部消化管障害である。胃不全麻痺の真の罹患数は未知であるが、米国での罹患数は500万人にも上ると推定されている。胃排泄障害の2つの主な病因は糖尿病と特発性疾患であり、これらを合わせると全症例の60%を占める。胃不全麻痺の最も頻繁に報告されている症状は悪心であり、様々な試験において90%超の患者に報告されている。2番目に多く報告されている症状は嘔吐であり、発生率には66%~88%の幅がある。その他の一般的に報告されている胃不全麻痺の症状としては、早期満腹感、食後膨満感、腹痛、及び腹部膨満感が挙げられる。胃不全麻痺の症状は胃排泄遅延がない個人にも発現することがある。このような個人は、例えば、胃不全麻痺の症状を有する、又は機能性ディスペプシア若しくは機能性悪心を有する、等と診断されることがある。胃不全麻痺の患者の症状及び関連する苦痛の深刻さにも関わらず、現在、胃不全麻痺の症状に対する、慢性的使用のための承認された治療はない。
【0008】
トラジピタントは非常に強力な、選択的、中枢浸透性、経口活性型(orally active)のニューロキニン1(NK1)受容体アンタゴニストであり、以下の式Iの化合物として表される。
【0009】
【0010】
トラジピタントは米国特許第7,320,994号に開示されており、3,5-ビストリフルオロメチルフェニル部分、2つのピリジン環、トリアゾール環、クロロフェニル環、及びメタノンの6つの主要構成部分を有する。トラジピタントは2-[1-[[3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]メチル]-5-(4-ピリジニル)-1H-1,2,3-トリアゾール-4-イル]-3-ピリジニル](2-クロロフェニル)-メタノン、及び{2-[1-(3,5-ビストリフルオロメチルベンジル)-5-ピリジン-4-イル-1H-[1,2,3]トリアゾール-4-イル]-ピリジン-3-イル}-(2-クロロフェニル)-メタノンの化学名で知られており、LY686017、及びVLY-686としても知られている。米国特許第7,320,994号には、過剰なタキキニンに関連する症状の治療のためのトラジピタント等の化合物の使用方法、特に過剰なタキキニンに関連する症状がうつ病及び不安である場合の当該使用方法が記載されている。当該特許ではさらに、トラジピタント等の化合物を他のそのような疾患に使用する可能性についても述べられている。すなわち、これらの化合物は過剰なタキキニンに関連する生理学的作用を阻害するため、当該特許では、精神病、統合失調症及び他の精神病性障害;神経変性障害、例えばアルツハイマー型老人性痴呆を含む痴呆、アルツハイマー病、エイズ関連痴呆、及びダウン症;脱髄疾患、例えば多発性硬化症、及び筋萎縮性側索硬化症、並びに他の神経病理学的障害、例えば末梢神経障害、糖尿病性及び化学療法誘発性の神経障害、及びヘルペス後及び他の神経痛;急性及び慢性閉塞性気道疾患、例えば成人呼吸窮迫症候群、気管支肺炎、気管支痙攣、慢性気管支炎、ドライバーコフ(drivercough)及び喘息;炎症性疾患、例えば炎症性腸疾患、乾癬、結合組織炎、変形性関節炎、及び関節リウマチ;筋骨格系の障害、例えば骨粗鬆症;アレルギー、例えば湿疹及び鼻炎;過敏性障害、例えばツタウルシ;眼疾患、例えば結膜炎、春季カタルなど;皮膚疾患、例えば 接触性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、じんま疹、及び他の湿疹様皮膚炎;中毒障害、例えばアルコール中毒;ストレス関連身体疾患;反射性交感神経性ジストロフィー、例えば肩手症候群;気分変調性障害;有害な免疫学的反応、例えば移植組織拒絶、及び免疫増強又は抑制に関する障害、例えば全身性エリテマトーデス;内臓の神経調節に関する胃腸管系障害又は疾患、例えば潰瘍性大腸炎、クローン病及び過敏性腸症候群;膀胱機能障害、例えば膀胱排尿筋過反射及び失禁;アテローム性動脈硬化症;フィブロシン及びコラーゲン疾患、例えば強皮症及び好酸球肝蛭症(eosinophilic fascioliasis);良性前立腺肥大の刺激症状;血圧に関する障害、例えば高血圧;又は血管拡張及び血管痙攣性疾患により引き起こされる血流障害、例えば狭心症、偏頭痛、及びレイノー病;嘔吐、例えば化学療法誘発性悪心嘔吐;並びに、疼痛又は痛覚、例えば、前述の状態のいずれかに起因する、又は関するもの、等の、タキキニン受容体活性化に関連する他の多数の疾患の治療におけるこれらの化合物の有用性が記載されている。さらに、当該特許では、これらの化合物が0.001mg/kg/日~100mg/kg/日の範囲で決定される量で有効であることが記載されている。
【0011】
トラジピタントは生物学的に利用可能な様々な投与経路で治療的に投与されることが知られている。米国特許第7,320,994号では、経口、吸入、皮下、筋肉内、静脈内、経皮、経鼻、経直腸、経眼、局所、舌下、口腔等の、経口及び非経口のトラジピタントの投与が開示されており、治療には一般的に経口投与が好まれる。
【0012】
米国特許第7,381,826号には、トラジピタントの結晶型IV及び結晶型Vが開示されており、結晶性{2-[1-(3,5-ビスフルオロメチルベンジル)-5-ピリジン-4-イル-1H-[1,2,3]トリアゾール-4-イル]-ピリジン-3-イル}-(2-クロロフェニル)-メタノン(結晶型IV)の調製方法は米国特許第8,772,496号及び米国特許第9,708,291号に開示されている。
【発明の概要】
【0013】
本発明の第1の態様によれば、治療レジメン期間中、約100ng/mL以上、例えば約125ng/mL以上、約150ng/mL以上、約175ng/mL以上、約200ng/mL以上、又は約225ng/mL以上の血漿中濃度を達成及び維持するために十分な投与量及び投与頻度で、トラジピタントを、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に投与することを含む治療方法が提供される。
【0014】
本明細書において、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者とは、トラジピタントが治療的に有用であることが示されてきた1又は複数の公知の疾患又は症状を有すると診断された患者を表し、具体的には、胃運動障害、例えば胃不全麻痺、胃排泄遅延、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞、又は他の胃運動障害;並びに、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良(dyspepsia(indigestion))、機能性ディスペプシア、及び腹痛、からなる群より選択される症状を呈する疾患又は症状が挙げられる。これに関し、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状としては、胃運動機能の改善が治療的に有益となる障害が含まれる。トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状の他の例としては、化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV:chemotherapy-induced nausea and vomiting)も挙げられる。
【0015】
上記及び他の箇所で使用される、濃度や量に関する「約」という用語は、その後に記載される量に対する重要でない差異を表す。したがって、「100ng/mL」とは、100±1ng/mLを表す。
【0016】
本発明の第2の態様によれば、トラジピタントを、トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤の形態で、1日2回、100mg/日~400mg/日、100mg/日~300mg/日、又は100mg/日~200mg/日のトラジピタント量で、患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者へのトラジピタントの投与方法が提供される。このような、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に対する治療としては、胃運動障害、例えば胃不全麻痺、胃排泄遅延、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞、又は他の胃運動障害等、化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)、術後悪心嘔吐(PONV:post-operative nausea and vomiting)、及び/又は、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、及び腹痛、からなる群より選択される任意の症状、に対するものであってよい。治療は、治療を受けている患者にとって胃運動機能の改善が治療的に有益となる疾患又は症状のために行うことができる。
【0017】
本発明の第3の態様によれば、トラジピタントを、トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤の形態で、1日1回、150mg/日~400mg/日、150mg/日~300mg/日、又は150mg/日~200mg/日のトラジピタント量で患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者へのトラジピタントの投与方法が提供される。このような、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に対する治療としては、胃運動障害、例えば胃不全麻痺、胃排泄遅延、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞、又は他の胃運動障害等、化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)、術後悪心嘔吐(PONV)、及び/又は、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、及び腹痛、からなる群より選択される任意の症状、に対するものであってよい。治療は、治療を受けている患者にとって胃運動機能の改善が治療的に有益となる疾患又は症状のために行うことができる。
【0018】
本発明の第4の態様によれば、約170mg/日のトラジピタント量で、トラジピタントを患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者へのトラジピタントの投与方法が提供される。いくつかの実施形態では、前記170mg/日の量は、85mgの1日2回投与として投与され、又は、より具体的には85mgの12時間毎投与として投与される。このような、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に対する治療としては、胃運動障害、例えば胃不全麻痺、胃排泄遅延、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞、又は他の胃運動障害等、化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)、術後悪心嘔吐(PONV)、及び/又は、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、及び腹痛、からなる群より選択される任意の症状、に対するものであってよい。治療は、治療を受けている患者にとって胃運動機能の改善が治療的に有益となる疾患又は症状のために行うことができる。
【0019】
本発明の第5の態様によれば、先行する態様において説明された任意の治療方法に用いるためのトラジピタントが提供される。
【0020】
本発明の第6の態様によれば、先行する任意の治療方法に用いるための、トラジピタントを含む医薬組成物が提供される。
【0021】
本発明の第7の態様によれば、先行する任意の治療方法に用いるためのトラジピタントを含む医薬組成物の製造に使用するための、トラジピタントが提供される。
【0022】
本発明の第8の態様によれば、胃運動障害の少なくとも1つの症状を改善するのに有効な量のトラジピタントを個体に投与することを含む、個体の胃運動障害の治療方法が提供される。
【0023】
本発明の第9の態様によれば、胃不全麻痺の又は胃不全麻痺に関連する少なくとも1つの症状を有している個体に、前記少なくとも1つの症状を緩和するのに十分な量のトラジピタントを投与することを含む方法が提供される。前記個体は胃不全麻痺を有すると診断されていてもよく、されていなくてもよい。
これらの、及びこれら以外の、発明の態様、利点、及び重要な特徴は、以下の発明の詳細な説明において明らかにされ、発明の詳細な説明では添付の図面と併せて本発明の実施形態が説明される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1はNK1アゴニスト(GR73632、3pmol、脳室内投与(ICV))誘発性の足踏み行動に対する、経口投与後のトラジピタントの効果を示す。
【
図2】
図2はNK1アゴニスト(GR73632、3pmol、脳室内投与(ICV))誘発性の足踏み行動に対する、経口投与後のトラジピタントの効果を示す。他のNK1アンタゴニストであるMK-869及びCP-122721との比較:用量反応性。
【
図3】
図3はNK1アゴニスト(GR73632、3pmol、脳室内投与(ICV))誘発性の足踏み行動に対する、経口投与後のトラジピタントの効果を示す。他のNK1アンタゴニストであるMK-869及びCP-122721との比較:経時変化。
【
図4】
図4はモルモットにおけるGR73632誘発性啼鳴に対する、0.05mg/kg~10mg/kgの濃度範囲にわたるトラジピタントの効果を示す。
【
図5】
図5はモルモットにおける0.1mg/kgの用量のトラジピタント投与後の活性、すなわちNK1アゴニスト誘発性啼鳴の抑制の持続時間を示す。
【
図6】
図6は、モルモットの啼鳴評価における、トラジピタントの用量依存性効果、及び様々なNK1アンタゴニストの効果を示す。
【
図7】
図7は実施例2.2.に説明される試験の4週間のスクリーニング期間(Screen)及び非盲検延長(OLE)期間における、64人の患者からの日毎の悪心スコアの中央値を表す棒グラフを示す。
【
図8】
図8は、実施例2.2.に説明される試験に参加している被験者が、スクリーニング期間(Screen)及び非盲検延長(OLE)期間において、悪心がなかったことを示した、すなわち悪心スコアが0であった日数の割合(%)を表す棒グラフを示す。 図面は本開示の代表的な態様を説明することを意図しているにすぎず、したがって本開示の範囲を限定するものとみなすべきではない。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の少なくとも1つの実施形態を、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状の治療のためのトラジピタントの使用に関連するその適用に言及しつつ、以下に説明する。発明のいくつかの実施形態は特定の疾患、例えば胃不全麻痺に関連して説明されているが、これらの教示は、胃排泄遅延、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞、又は他の胃運動障害、化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)、術後悪心嘔吐(PONV)、及び/又は、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、及び腹痛からなる群より選択される任意の症状等の、他の胃運動障害にも同様に適用することができることが理解される。トラジピタント反応性の疾患又は症状を有する患者において、当該患者に、約100ng/mL以上、例えば125ng/mL以上、150ng/mL以上、175ng/mL以上、200ng/mL以上、又は225ng/mL以上の血漿中濃度を達成及び維持するために必要な量及び投与頻度でトラジピタントを経口投与することができる。そのような血漿中濃度レベルは、例えば、患者に、1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤及び例えば100mg/日~400mg/日、100mg/日~300mg/日、100mg/日~200mg/日、又は約85mg/日~170mg/日の量のトラジピタントを含む速放性固形剤の形態でトラジピタントを経口投与することによって達成しうる。これらは例えば、国際公開第2016/141341号に記載されるように、50~200mgを1日2回、50~150mgを1日2回、50~100mgを1日2回、又は85mgを1日2回として投与することができる。その他の具体的な用量を本発明の一部とみなしてもよい。
【0026】
本明細書において「患者」、「対象」、及び「個体」との用語はヒト、並びにコンパニオンアニマル(イヌ、ネコ等)及びその他の家畜動物(馬、牛、羊等)を意味する。最も好ましい患者はヒトであることは理解されよう。
【0027】
本発明はさらに、予防的又は治療的な、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状の治療に関する。さらに、「治療(treatment)」及び「治療する(treating)」との用語は、本明細書に説明される障害の進行を遅らせる(slowing)、遮断する(interrupting)、阻止する(arresting)、抑制する(controlling)、又は防ぐ(stopping)ことであってもよい、全てのプロセスを意味することを意図しており、これらの障害の予防的治療を含むことを意図しており、全ての障害の症状を完全に除去することを意味するものではない。
【0028】
本開示において、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状に関する「有効な量」とは、患者へ投与される、当該疾患又は症状の治療に有効なトラジピタントの用量を意味する。
【0029】
用量に関し、「qd」とは1日1回の用量を意味する。「bid」とは典型的には朝1回、夕方1回の投与を意味し、一般的には約8時間間隔以上又は約16時間間隔超の投与を表す(例えば、10~14時間間隔、又は12時間間隔(12時間毎(Q12H))。
【0030】
当業者は、上記好ましい実施形態を組み合わせたり、以下の本開示の実施例を参照したりすることによって、さらなる好ましい実施形態を選択しうることを理解するであろう。
【実施例】
【0031】
〔1.前臨床試験〕
前臨床試験によって、トラジピタントは選択的ニューロキニン1(NK1)受容体アンタゴニストであることが示される。インビトロでの機能評価では、トラジピタントはNK1アゴニストのNK1受容体への結合を強力に阻害し、NK1アゴニストの作用に拮抗する。また、NK2受容体及びNK3受容体を含むさらなる74の受容体、酵素、及びイオンチャネルのパネルでは、顕著な活性は観察されない。3つの異なる手法によれば、インビボにおいてもトラジピタントは中枢活性を有する強力なNK1アンタゴニストである。
【0032】
〔1.1.作用機序試験〕
トラジピタントはIM-9細胞で発現するNK1受容体に対する[125I]サブスタンスP(SP)の結合をKi=0.062nMで阻害し、U373細胞におけるSP誘発性の細胞内カルシウムの動員をKb=0.095nMで阻害する(表1)。
【0033】
【0034】
これらの効力はNK1アンタゴニストであるMK-869(アプレピタント)及びCP-122721において観察された効力と同程度である。さらに、トラジピタントは他の74の受容体、酵素、及びイオンチャネルのパネルで評価される。1μMの試験濃度では、トラジピタントは50%を超える結合阻害を示さない。NK2受容体及びNK3受容体に対しては、この化合物は有意な阻害を示さない。したがって、トラジピタントはインビトロにおいて高度に選択的なNK1アンタゴニストである。
【0035】
トラジピタントの主要な代謝物のうちいくつかを合成し、結合評価によってNK1受容体に対する親和性を試験する(表2)。これらの代謝物はNK1受容体に対して高い親和性を有する。
【0036】
【0037】
〔1.2 有効性モデル〕
いくつかのインビボのモデルを使用して脳NK1受容体占有率及びトラジピタントの有効性を評価する。
【0038】
〔1.2.1 スナネズミにおける中枢投与されたNK1アゴニスト誘発性足踏み行動に対するトラジピタントの効果〕
序論
NK1受容体の種間選択性の違いはNK1受容体アンタゴニストのインビボでの特徴解析を困難なものとしている。スナネズミのNK1受容体はヒトのNK1受容体と類似していることが示されている(Gitter et al. 1991, Beresford et al. 1991)。スナネズミは、苦痛(distress)、恐怖、又は嫌悪刺激に反応して特徴的な典型的な足踏み行動を示す(Routtenberg and Kramis 1967; Holman 1985; Ballard et al. 2001)。サブスタンスP又はGR73632等の選択的NK1受容体アゴニストを脳室内(ICV)に投与すると、約5分間続く後足のリズミカルな足踏みを起こす(Graham et al. 1993)。これは、脳浸透性のNK1受容体のアンタゴニストを全身投与すると阻害されうる(Bristow and Young 1994; Rupnaik and Williams 1994)。NK2アゴニスト及びNK3アゴニストは同様の反応を引き起こさないため、この反応はNK1アゴニストに選択的である(Graham et al. 1993; Li and Iyengar、未公表)。この行動的反応をさらに特徴解析及び改変することによって、インビボにおけるトラジピタント等の強力なNK1受容体アンタゴニストの特定及び最適化が可能となる。
【0039】
方法
体重26~40gの雄スナネズミ(Mongolian gerbil)(ハーラン スプラグ ドーレイ社、インディアナ州インディアナポリス)に、50μLハミルトンシリンジに取り付けられた27ゲージのカフ付き針で、選択的ニューロキニン1受容体アゴニストであるGR73632(3pmol)を、ブレグマ下4.5mmの深さまで、直接、垂直にフリーハンドで脳室内(ICV)注射により投与する。注射直後、動物を個々に、振動を検出及び定量化する感圧速度計プラットフォーム床を備える隔離されたチャンバー(サンディエゴインスツルメンツ、音響驚愕装置)に入れる。PC上のサンディエゴインスツルメンツ「SR」のDOSベースのコンピュータプログラムを用いて、床が軽くタップされた30秒後を起点とする引き続く6~10分間の間の足踏み回数を記録する。原データをMicrosoft Excelのマクロで変換し、観測開始から5.5分間、250ミリ秒のタイムビンごとにしきい値(125)を超えるイベントの数を決定する。期間中のイベントの合計数と平均強度を決定する。JMP統計ソフトウェアを用いて、一元配置分散分析(one-way ANOVA)及び事後Dunnett検定により足踏みの合計数を分析する。
【0040】
まずNK1アゴニストであるGR73632で用量反応曲線を作成する(0.3pmol、1pmol、3pmol、10pmolの用量、脳室内投与)。足踏み行動は3pmol及び10pmolの用量で最大であった。その後拮抗性実験のための選択用量として3pmolの用量が選択される。
【0041】
NK1アンタゴニストを、GR73632誘発性足踏みを低減する能力について試験する。NK1アンタゴニストを、各実験で特定される用量及び時点で経口補給チューブを介して経口投与する。全試験において、全ての動物にNK1アンタゴニストを1回だけ投与する。
【0042】
ED50の決定/用量反応試験
NK1アンタゴニストを複数の用量で投与し(少なくとも3用量、各動物につき1回)、GR73632に対する反応を測定する。
【0043】
行動試験の期間
トラジピタント、MK-869(アプレピタント)及びCP-122721を含むNK1受容体アンタゴニストを、処置前(生理食塩水に溶解したGR73632注射剤(ペニンシュララボラトリー社、カリフォルニア州)の注射前0.5時間、1時間、2時間、4時間、7時間、16時間、及び24時間を含む)に複数回投与する(各動物につき1回)。トラジピタントは1%CMC/0.5%SLS/0.085%PVPビヒクルに溶解する。CP-122721及びMK-869(アプレピタント)はリリーラボラトリーズで合成し、10%エタノール/エマルファー(emulphor)、及び1%CMC/0.5%SLS/0.085%PVPにそれぞれ溶解する。
【0044】
結果
経口投与のトラジピタント(0.01mg/kg、0.03mg/kg、0.1mg/kg、0.3mg/kg、経口)は、スナネズミにおけるNK1アゴニスト(GR73632、3pmol、脳室内投与)誘発性足踏み行動を用量依存的に強力に阻害し(
図1)、ED
50は0.03mg/kgである。
図1において、y軸は5分間の足踏みのイベント数を表す。本評価におけるトラジピタントの有効性を他のNK1アンタゴニストであるMK-869及びCP-122721の有効性と比較する(
図2)。トラジピタントはMK-869(メルク、ED
50=0.42mg/kg)及びCP-122721(ファイザー、ED
50=2.2mg/kg)よりも強力であることがわかる。トラジピタント(0.01mg/kg、0.03mg/kg、0.1mg/kg、0.3mg/kg、経口)はNK1アゴニスト足踏み行動をED
50=0.03+0.004mg/kgで阻害する(平均±標準偏差)。一方、MK-869は足踏み行動をED
50=0.4+0.05mg/kgで阻害し、CP122721は行動を2.2+0.5mg/kgで阻害する。
図2のデータはビヒクル対照(3pmolのGR73632に対するビヒクルの反応)に対する割合(%)で表される。
【0045】
トラジピタント(0.1mg/kg、経口)はNK1アゴニスト誘発性足踏み行動を投与後7時間まで有意に阻害するが(
図3)、この用量では投与後16時間までに効果は顕著に減衰したことがわかる。しかしながら、より高用量である1mg/kgでは(
図3)、トラジピタントは足踏み行動を投与16時間後まで有意に抑制する(足踏み行動の50%超の阻害)。トラジピタントの効果の持続期間(
図3)はCP-122721(3mg/kg)の持続期間より長く、CP-122721(3mg/kg)では足踏み行動を投与2時間後まで阻害する。一方、MK-869(1.2mg/kg、経口)は足踏み行動を投与24時間後まで有意に阻害する。平均±標準偏差、ビヒクルに対して*p<.05。データはビヒクル対照に対する割合(%)で表される。
【0046】
考察
スナネズミにおけるNK1アゴニスト誘発性足踏み行動に対するトラジピタントの効果は、トラジピタントがスナネズミにおいてインビボで非常に強力かつ中枢活性を有するNK1受容体アンタゴニストであり、比較的長い作用持続期間を有することを示唆する。
【0047】
〔1.2.2:トラジピタントを用いたビーグル犬における嘔吐誘発試験〕
序論
トラジピタントは、動物苦痛モデルで有効性が示されている強力かつ選択的なNK1受容体アンタゴニストである。ラテン方格法により、5匹の雄イヌにMK-869(陽性対照)3mg/kg、又はトラジピタント0.3mg/kg、1.0mg/kg、及び3.0mg/kgを1回経口投与する。公知の催吐剤であるアポモルヒネ0.1mg/kgを、単独で、又はトラジピタント若しくはMK-869投与2時間後に、静脈内注射する。トラジピタント、MK-869、及びアポモルヒネ単独のそれぞれの用量が発現するように、特定の投与日に各動物に異なる用量を投与する。試験の5週間の間、各動物は週1回だけそれぞれの処置を受ける。本試験の目的はトラジピタントがアポモルヒネ誘発性の嘔吐を抑制するかどうかを判定することである。
【0048】
低用量のトラジピタントはNK1受容体拮抗性に関するスナネズミ足踏み行動モデル(実施例1.2.1)におけるED50の10倍量である。高用量はこの有効量の100倍であり、また、イヌにおけるアポモルヒネ誘発性嘔吐に有効であると判断されたMK-869の用量と同じである(Gidda, 2003)。中用量のトラジピタントは低用量と高用量の対数間隔の約半分である。
【0049】
トラジピタントについては、臨床的に提案されている又は現在使用されている投与経路であるため経口の投与経路が選択された。アポモルヒネの実験的投与には通常、静脈内の投与経路が使用される。ビーグル犬はアポモルヒネ誘発性嘔吐の拮抗作用を示すために有効な種であると考えられている(Gidda、2003)。
【0050】
方法
トラジピタント0mg/kg、0.3mg/kg、1.0mg/kg、若しくは3.0 mg/kgの単回の経口用量、又はMK-869 3.0mg/kgの単回の経口用量を、ゼラチンカプセルとして、それぞれの雄イヌに週1回投与する。全ての動物に5週間にわたり投与を行う。それぞれのイヌは各投与日に5種類の異なる処置のうちの1つを受ける。トラジピタント又はMK-869の投与約2時間後に、0.1mg/kgの用量のアポモルヒネを静脈内注射により投与する。事前にトラジピタント又はMK-869を投与しないアポモルヒネ単独投与の場合、トラジピタント又はMK-869と併用する場合と概ね同じタイミングでアポモルヒネを投与する。
【0051】
各処置日前には全てのイヌは一晩絶食し、経口投与の約1時間後(アポモルヒネ投与の約1時間前)に餌を与えられる。毎週の体重に応じて個々の量を調節する。
【0052】
この用量レジメンは5×5のラテン方格法からなり、下記
図3に示される通り各対象は1週(6日のウオッシュアウト)あたり1つの用量又は用量の組み合わせの投与を受ける。
【0053】
【0054】
アポモルヒネの注射から約1時間の間の嘔吐エピソード数を記録し、トラジピタントの予想されるTmax(投与2時間後)における血漿中濃度を評価する。
【0055】
結果
トラジピタントの血漿中濃度の個々の値、平均値、及び標準偏差が下表に示される。トラジピタントを投与した全ての動物において、投与2時間後に測定可能なレベルであった。投与2時間後の血漿中濃度は、概ね、比例関係を下回る程度に、用量増加に伴い上昇した。他のイヌの試験でも観察されたように、トラジピタントへの暴露は動物毎に異なる。個々の動物のデータにおいて、血漿中濃度と投与週との間に関連はみられない。
【0056】
【0057】
それぞれの処置後に嘔吐が起こり、アポモルヒネ単独群において最も嘔吐の頻度が高い。1匹のイヌ(イヌ3)においてトラジピタントとMK-869の各用量で1回のエピソードが観察される。このイヌはアポモルヒネ単独でも嘔吐エピソード数が最も高い(12回)。その他の4匹のイヌでは、トラジピタントにおいてもMK-869においても、いずれの用量でも嘔吐は起こらない。これらのイヌではアポモルヒネ単独では平均4回の嘔吐エピソードが観察される。MK-869の制吐作用は本モデルの信頼性を支持している。
【0058】
【0059】
本試験結果はトラジピタントが各試験用量(0.3mg/kg、1.0 mg/kg、及び3.0mg/kg)においてアポモルヒネ誘発性嘔吐に有効であることを示唆している。
【0060】
〔1.2.3 トラジピタントはモルモットにおけるサブスタンスP誘発性啼鳴を阻害する〕
序論
モルモットにおいて、NK1受容体アゴニストであるサブスタンスP(SP)は脳内に入ると苦痛的啼鳴を引き起こし、これはNK1アンタゴニストによって阻害されうる(Kramer et al. 1998; Rupniak et al. 2000)。この行動評価はモルモットにおけるNK1アンタゴニストの効力及び中枢神経系への浸透性を示すために用いられる。モルモットはNK1アンタゴニストの受容体親和性がヒトと同程度である種である。
【0061】
方法
雄Dunkin Hartleyモルモット(200~250g)にビヒクル又はNK1アンタゴニストを経口投与する。(用量反応試験では)約45分後にこの動物を麻酔し、5μLのビヒクル中の0.1nmolのGR73632(SPアナログ)を、ブレグマと頭蓋骨の正中線の交点で脳室内に注射する。動物を音響減衰部屋内の試験用暗チャンバーに入れ、麻酔回復後30分間の啼鳴を記録する。それぞれの動物について啼鳴に要した時間を定量化する。活性時間試験において(
図5)、0.1mg/kgのトラジピタント又はビヒクル溶液を経口投与し、2時間後、4時間後、又は7時間後に、0.1nmolのGR73632を上述のように脳室に投与する。上述のように啼鳴を記録し定量化する。ビヒクル溶液はCMC(
図4のデータ)、又は10%エタノール/エマルファー(emulphor)、10%プロピレングリコール溶液(
図5及び
図6)のいずれかである。データを片側t検定により分析する。
【0062】
結果
図4に示されるデータにより、トラジピタントの経口投与は、10mg/kg(p<0.001)、1.0mg/kg(p<0.001)、0.1mg/kg(p<0.001)、及び0.05mg/kg(p<0.001)の用量において、アゴニスト誘発性啼鳴の有意な阻害を生み出すことが示唆される。トラジピタントの活性は低用量でも減弱せず、用量反応性機能を生むにはより低用量の必要がありうると示唆される。
図4の括弧内の数値は対照の反応に対する割合(%)を表す。
【0063】
活性時間試験より、0.1mg/kgのトラジピタントの単回用量による効果は、アンタゴニスト化合物の経口投与7時間後において、アゴニスト誘発性啼鳴の抑制に有意な活性を有することが示唆される(
図5)。
【0064】
第2の用量反応試験(
図6)では、モルモット啼鳴評価における様々なNK1アンタゴニストの有効性を比較する。ビヒクルはエタノール/エマルファー(emulphor)溶液である。ビヒクル群は化合物あたりn=5~14である。トラジピタントの低用量を試験し、これらのデータをメルク(MK-869)及びファイザー(CP-122721)を用いて得られたデータと共に示す。試験されたいずれのNK1アンタゴニストも1mg/kgで啼鳴を有意に阻害する(p<0.001)。0.1mg/kg以下、並びにさらに低用量の0.05mg/kg及び0.025mg/kgではトラジピタントのみが有意な阻害活性を維持する。トラジピタントの最低有効量は0.025mg/kgであることが見出され、この用量では対照と比較して有意に(p<0.001)啼鳴を阻害する。
【0065】
考察
トラジピタントはモルモットにおいてNK1アゴニスト誘発性啼鳴を有意に阻害し、この化合物が経口投与可能かつ脳浸透性のNK1アンタゴニストであることが示唆される。この効果を生み出す最低有効量(MED:minimum effective dose)は0.025mg/kgである。経口投与される本化合物は7時間を超える活性持続時間を有することが示されている。本試験の枠組みでは、トラジピタントはMK-869及びCP-122721よりも実質的に効力が高い。
【0066】
〔1.2.4 NK1受容体占有率〕
トレーサーNK1アンタゴニスト化合物(GR205171)を用いて他のNK1アンタゴニストの脳NK1受容体の占有能力を評価する。これらの試験では、試験化合物を経口投与し、その後トレーサー化合物を静脈内投与する。試験化合物を増量し、脳NK1受容体に結合したトレーサー化合物を定量することによってNK1受容体占有率を評価する。この枠組みでは、トラジピタントは経口で推定ED50=0.04を有し、評価した他のアンタゴニストよりも実質的に高い効力を有する。
【0067】
〔2.臨床試験〕
〔2.1 胃腸運動機能〕
小腸通過時間に対するトラジピタントの効果を試験するため、単施設無作為二重盲検プラセボ対照試験が行われる。12名の男性及び3名の女性を含む、19歳~63歳の合計15名の健常者が本試験に参加し、試験薬剤の1回以上の投与を受ける。合計13名が試験を完了する。被験者は無作為化され、単回経口投与として、3つの期間のそれぞれに、20mgのトラジピタント、200mgのトラジピタント、又はプラセボを、最大1MBqの111Inで放射性標識されたカプセルとともに投与される。投与4時間後、全被験者は最大4MBqの99mTcで放射性標識された第2のカプセルの投与を受ける。各被験者は試験中3用量全ての投与を受ける。全ての投与レジメンにおいて、所定の間隔でインビボのガンマシンチグラフィー試験が行われ、以下のシンチグラフィーのパラメータが分析される:胃内容排出の開始及び完了、大腸への到達開始及び完了、小腸通過の開始及び完了、並びにカプセル分解の開始及び完了(解剖学的位置及び時点)。
【0068】
試験では小腸通過時間についてトラジピタントの統計学的に有意な効果が観察される。本試験では胃内容排出に対する効果は観察されない。ただし、本試験はこのパラメータに関しては検出力を下回っている。
【0069】
〔2.2 胃不全麻痺〕
胃不全麻痺患者に対するトラジピタントの第II相試験では、参加者は始めにトラジピタントによる治療前の4週間のスクリーニング期間に参加し、悪心の重症度を0から5のスケールで評価する日毎の症状アンケートに回答する。ここで、0は悪心なし、1は非常に軽度の悪心、2は軽度の悪心、3は中等度の悪心、4は重度の悪心、5は非常に重度の悪心を表す。4週間のスクリーニング期間後、患者は試験の二重盲検無作為期間に参加し、85mg、1日2回のトラジピタント、又はプラセボの投与を受ける。4週間の盲検試験薬治療の後、患者は追加の8週間の非盲検延長期間に参加する機会があり、この期間中、各被験者は85mg、1日2回のトラジピタントの投与を受ける。64名の被験者が試験の非盲検トラジピタント投与部分に少なくとも1週間参加する。被験者の、4週間のスクリーニング期間中及び最長8週間の非盲検延長期間の日毎に記録された悪心スコアの平均が報告される。
【0070】
結果
スクリーニング期間中、すなわち無作為化前において、被験者の4週間における日毎の悪心スコアの平均は、0~5のスケール上で約3.20(±標準偏差0.83)と報告される。すなわち、これは「中等度の悪心」より重度である。試験の非盲検期間中、同じ64名の患者は85mg、1日2回のトラジピタントを1~8週の間投与され、同患者の日毎の悪心スコアの平均は0~5のスケール上で約1.63(±標準偏差1.17)と報告される。
図7に、64名の被験者のスクリーニング期間における1日の悪心スコアの中央値(3.19)及び非盲検延長期間における1日の悪心スコアの中央値(1.35)をそれぞれ表す。さらに、無作為化前のスクリーニング期間中、被験者は平均9.39%(±標準偏差14.98)の日数において悪心がなかったことを報告し、非盲検延長期間中、被験者は平均45.91%(±標準偏差33.64)の日数において悪心がなかったことを報告している。
図8はスクリーニング期間中の悪心がなかった日数の割合(%)の中央値(0%)及び非盲検延長期間中の悪心がなかった日数の割合(%)の中央値(49.11%)を表す。
【0071】
結論
上記に説明され、
図7及び
図8に示される結果は、胃不全麻痺を有する被験者において85mg、1日2回のトラジピタントの治療が被験者の日毎の悪心スコアの平均及び悪心がなかった日の経験のいずれも顕著に改善することを示す。治療前と比較し、85mg、1日2回のトラジピタントの投与により、被験者に報告される日毎の悪心スコアの平均は概ね半減し、悪心がなかった日数の平均割合(%)は2倍以上に延長する。
【0072】
実施形態
他の説明的実施形態に加え、本発明は以下の説明的実施形態の1又は複数を含むといえる。
1.治療レジメン期間中、約100ng/mL以上、約125ng/mL以上、約150ng/mL以上、約175ng/mL以上、約200ng/mL以上、又は約225ng/mL以上の血漿中濃度を達成及び維持するために十分な投与量及び投与頻度で、トラジピタントを、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者の治療方法。
2.前記トラジピタントが、トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤の形態で経口投与される、実施形態1の方法。
3.前記トラジピタントが、トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む放出制御性固形剤の形態で経口投与される、実施形態1の方法。
4.トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤を、1日2回、100mg/日~400mg/日、100mg/日~300mg/日、又は100mg/日~200mg/日のトラジピタント量で、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者の治療方法。
5.トラジピタントを、トラジピタント及び1種類又は複数種類の医薬的に許容可能な添加剤を含む速放性固形剤の形態で、1日1回、150mg/日~400mg/日、150mg/日~300mg/日、又は150mg/日~200mg/日のトラジピタント量で、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者の治療方法。
6.約170mg/日の量のトラジピタントを、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者に経口投与することを含む、トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状を有すると診断された患者の治療方法。
7.前記170mg/日の量が、85mgを1日2回投与である、実施形態6の方法。
8.前記170mg/日の量が、85mgを12時間毎投与である、実施形態6の方法。
9.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、胃不全麻痺である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
10.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、胃運動障害である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
11.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、胃排泄遅延である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
12.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、機械的閉塞を伴わない胃内うっ滞である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
13.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、胃運動機能の改善が治療的に有益となる障害である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
14.前記患者が、悪心、嘔吐、早期満腹感、食後膨満感、消化不良、機能性ディスペプシア、腹部膨満感、腹痛からなる群より選択される少なくとも1つの症状の治療を受けている、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
15.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、化学療法誘発性悪心嘔吐である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
16.前記トラジピタント反応性の胃腸疾患又は胃腸症状が、術後悪心嘔吐である、実施形態1~実施形態8のいずれか1つの方法。
17.先行するいずれかの治療方法に用いるためのトラジピタント。
18.先行するいずれかの方法に用いるための、トラジピタントを含む医薬組成物。
19.先行するいずれかの方法に用いるためのトラジピタントを含む医薬組成物の製造に使用するための、トラジピタント。
20.胃運動障害の少なくとも1つの症状を改善するのに有効な量である170mg/日のトラジピタントを個体に投与することを含む、個体の胃運動障害の治療方法。
21.前記トラジピタントが結晶型IV又は結晶型Vの形態である、実施形態1~実施形態20のいずれか1つの方法、トラジピタント、又は医薬組成物。
22.胃不全麻痺の少なくとも1つの症状を緩和するのに十分な量である170mg/日のトラジピタントを、胃不全麻痺の少なくとも1つの症状を有している個体に投与することを含む、治療方法。
23.前記胃不全麻痺の症状が胃排泄遅延である、実施形態22の方法。
24.前記胃不全麻痺の症状が悪心である、実施形態22の方法。
25.前記胃不全麻痺の症状が嘔吐である、実施形態22の方法。
26.前記胃不全麻痺の症状が早期満腹感である、実施形態22の方法。
27.前記胃不全麻痺の症状が食後膨満感である、実施形態22の方法。
28.前記胃不全麻痺の症状が腹痛である、実施形態22の方法。
29.前記胃不全麻痺の症状が腹部膨満感である、実施形態22の方法。
30.前記個体が胃不全麻痺を有すると診断されている、実施形態22の方法。
31.前記個体が胃不全麻痺を有すると診断されていない、実施形態22の方法。
32.前記個体が機能性ディスペプシアを有すると診断されている、実施形態22の方法。
33.前記個体が機能性悪心を有すると診断されている、実施形態22の方法。
【0073】
様々な実施形態が本明細書に記載されているが、本明細書の様々な要素の組み合わせ、その変形、又は改善が当業者に可能であり、これらが本発明の範囲内であることが本明細書より理解されるであろう。さらに、本発明の本質から逸脱しない範囲で、特定の状況又は物質を本発明の教示に適応させるために様々な改変を行うことができる。したがって、本発明は、本発明を実施するために想定されているベストモードとして開示されている特定の実施形態に限定されず、本発明は添付の特許請求の範囲の範囲内の全ての実施形態を含むことが意図される。